アマゾンのスマートグラス、一般発売しない理由…物流を支配する新UI戦略

●この記事のポイント
・アマゾンは配達員向けにスマートグラスを導入し、物流現場でのAI支援とデータ収集を強化する。
・海外ではAI時代の新UIとして開発競争が活発化する一方、日本では制度・文化・投資面で停滞。
・“監視か共進化か”——スマートグラスは労働の在り方と人間の拡張を問い直すテクノロジーとなる。

 アマゾンが米国内で一部の配達員に向け来春、スマートグラスを本格導入すると発表した。現在、最終テスト段階にあるという。

「どの荷物を、どの順番で、どの玄関先に届けるか」。これまで手持ちの端末で確認していた情報が、グラスのディスプレイに重ねて表示される。AIがリアルタイムでルートを最適化し、誤配や迷いを減らす。両手が空くことで作業効率が上がり、雨天や夜間でもスムーズに配達が行えるという。

 導入されるのは、アマゾンが自社開発した業務専用のスマートグラス。一般販売を前提としていない点が、XREAL(エクスリアル)、Meta(メタ、旧フェイスブック)、Huawei(ファーウェイ)、Lenovo(レノボ)などが展開する“汎用型”デバイスとは異なる点だ。

 専門家は、アマゾンの目的は「未来の物流を実現するためのUI(ユーザーインターフェース)再設計」にあると分析する。

●目次

なぜ「一般向け」ではなく「配達員向け」なのか

「アマゾンはこれまでも、Echo Framesなどの一般向けスマートグラスを試作・販売してきましたが、商業的には成功していません。同社が今回、消費者ではなく現場労働者=物流従業員にターゲットを絞ったのは、ユースケースが明確でROI(投資対効果)が測定しやすいためです。物流現場では、秒単位の効率化が売上・顧客満足に直結します」(ITジャーナリスト・小平貴裕氏)

 すでにアマゾンの倉庫ではピッキング作業にARを用いた支援が導入されており、今回のグラスはその延長線上にある。つまり、同社は“人間の視界そのものをデータ化する”という方向に舵を切ったのだ。

 グラスを通して配達員の視線や動作データを収集することで、AIが学習し、より最適化された動線やレイアウト設計が可能になる。単なる便利ガジェットではなく、人間×AIによる共同作業の実験場として位置づけられている。

 メタは「Ray-Ban Meta」を、エクスリアルは軽量ARグラス「Air 2 Pro」を、ファーウェイやLenovoも独自モデルを展開。アメリカや中国ではいま、スマートグラスを“次世代コンピューティングデバイス”と位置づけ、開発投資が再び加速している。

 背景には大きく三つの潮流がある。

 1.AIエージェント時代の新UI探し
 ChatGPT、GeminiなどのAIエージェントが普及する中、スマホ画面を介さずに自然にAIと対話する新たなハードウェアが求められている。
 音声、視線、ジェスチャーといった人間の“非言語操作”を起点に、AIが行動を補助するデバイス——その最有力候補がスマートグラスだ。

 2.物流・医療・製造など現場業務のDX化
 現場作業者にとって、両手が使えるウェアラブルは圧倒的な利便性をもつ。
 マニュアル確認、映像共有、リアルタイム支援など、現場業務の効率化に直結するユースケースが多い。

 3.Apple Vision Proが開いた“XR再評価”の波
 高価ながらも市場の注目を集めたVision Proは、視覚インターフェースの可能性を再認識させた。
 各社はより軽量で日常的に装着可能な形態——つまり「グラス型」へと向かっている。

日本ではなぜ話題にならないのか

「日本では、2010年代前半にGoogle Glassが登場した際の“失敗の記憶”が根強くあります。『プライバシー侵害』『目立って恥ずかしい』『使い道がない』といった印象が社会的に残り、再ブームを阻んでいると考えられます」(同)

 さらに、構造的な課題もある。

 1.顔認識・録画などに対する法制度の未整備
 欧米ではGDPRなどの規制のもとで限定的利用が許容されるが、日本では法的グレーゾーンが多い。
 企業が本格的に導入しづらい環境にある。

 2.作業現場のDX投資の遅れ
 物流や建設といった現場労働の分野で、まだタブレット端末が中心。
 「次世代インターフェース」としての導入まで踏み込めていない。

 3.消費者向けガジェットへの慎重姿勢
 メガネ文化が強い一方で、“デジタル化したメガネ”に対する心理的ハードルが高い。
 「常時カメラがついている」ことへの抵抗感も根強い。

 結果、日本ではXRがエンタメ・展示領域にとどまり、日常や労働現場に根づくインフラとしては浸透していない。

アマゾンの戦略の本質:「物流UIの再発明」

 今回のスマートグラス導入は、「配送員をAIで置き換える」のではなく、配送員がAIと共に働く新しい形をつくる試みだ。

 グラスにはカメラ・GPS・マイク・ディスプレイが搭載され、AIが視覚情報を解析して「誤配送を警告」「荷物の置き場所を指示」「顧客からのリアルタイム要望を表示」などを行う。音声とARが組み合わさった“半自動運転的”な体験であり、人間をハードウェアの一部として再定義するような構造だ。

 この仕組みは、アマゾンが進めるAI物流ネットワーク構想と連動している。倉庫・ルート・車両・人をすべてデジタルツイン上で統合し、リアルタイムで最適化する「見える物流(Visible Logistics)」の中核デバイスとなる。

 小平氏は、「アマゾンの動きは、今後のスマートグラス市場全体にも波及する」とみる。

 すでに次のような分野での導入が視野に入っている。

 1.医療現場
 手術中の医師が、患者データやCT画像を視界に重ねて確認。
 遠隔地の専門医が映像共有しながら支援するシステムが現実に。

 2.製造・保守点検
 熟練技術者の作業を新米がAR越しに学習。
 遠隔からの支援・教育コストを削減。

 3.小売・接客
 店員の視界に顧客の過去購買履歴や在庫情報を表示し、パーソナライズされた接客を実現。

 4.教育・トレーニング
 実際の現場映像に仮想情報を重ねることで、没入型の職業訓練が可能に。

 5.観光・エンタメ
 ARナビやリアルタイム字幕翻訳によって、言語や地理の壁を超える体験を提供。

 このように、スマートグラスは「作業効率化ツール」から「拡張知覚デバイス」へと進化しつつある。AIエージェントが常にユーザーの“視界内”で働く未来——その最初の商用実験場が物流現場なのだ。

スマートグラスが描く「ポストスマホ時代」

 注目すべきは、テクノロジー倫理と労働の境界線である。配達員の動作データや視線情報がクラウドに収集されることで、効率化と同時に「監視強化」への懸念も高まる。AIが“見ている”職場は、果たして働きやすいのか。

 一方で、現場労働者がテクノロジーを活用し、熟練をAIに“転写”していくことで、ノウハウの継承や業務標準化が進むというポジティブな側面もある。

 この“監視と共進化の境界”をどうデザインするかが、今後の最大のテーマとなる。

 スマホが人間の「手の延長」だったのに対し、スマートグラスは「目と脳の延長」となる。情報は検索するものではなく、視界に自然に現れるものへ——。アマゾンのスマートグラスは、その転換点を象徴する。同社が消費者ではなく労働者に導入したのは、“未来の生活”ではなく“未来の仕事”をまず作り変える意図の表れだ。

 物流の次は、医療・建設・教育。そして、やがて私たちの生活へ。AIが目の前に“見える”世界は、もうすぐそこにある。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)


(GeekWire / YouTube)

AI時代にこそ「問い」を磨け…中村憲剛・楠木建が語る、知の最前線

「知識創造DAY 2025」11月5日、京橋TODA HALLで開催

 AIが瞬時に答えを導く時代に、人間は何をすべきか――。2025年11月5日(水)、京橋のTODA HALLで開催される「知識創造DAY 2025 ―ナレッジの資産化が、企業の未来をつくり出す―」は、その問いに真正面から挑む一日だ。

 登壇者には、元サッカー日本代表の中村憲剛氏、一橋ビジネススクールの楠木建教授という、“問いを立てる達人”が並ぶ。加えて、JR東日本、東急建設、キーエンスなど日本を代表する企業が実践事例を公開。ナレッジマネジメントの最前線を「体験」できる場として注目を集めている。

「答えよりも、問いを共有する」

 AIによって情報が氾濫する現代において、いかに価値ある“知識”を生み出すか――。
主催するany株式会社が掲げるテーマは、「共に問い、共に発見し、新たな知識を紡ぎ出す」。

 anyは、AIナレッジプラットフォーム「Qast(キャスト)」を提供する企業だ。Qastは、社内資料の分類や要約、RAG(Retrieval Augmented Generation)による質問応答までを自動化し、個人の経験や知見を「組織の資産」へと変える。

 しかし、AIが整えるのは“環境”にすぎない。最も重要なのは、人間が何を問い、どう学ぶか。その答えを、スポーツ、経営、テクノロジーの現場から探るのが今回の「知識創造DAY」だ。

【基調講演①】中村憲剛が語る「フィロソフィーの継承」
 最初の基調講演に登壇するのは、元サッカー日本代表で川崎フロンターレのリレーションズオーガナイザー中村憲剛氏。
 タイトルは「サッカークラブから学ぶ、フィロソフィーの系譜」。

 フロンターレの黄金期を支えた“哲学”をどのように受け継ぎ、チーム全体に浸透させたのか。勝敗という明確な「結果」が求められる世界で、いかに「問い」を持ち続け、選手やスタッフが共に考える文化を築いたのか――。経営にも通じる「知の継承」のリアルが語られる。

【企業講演①】JR東日本・東急建設が語る、ナレッジ変革のリアル
 続くセッションでは、JR東日本盛岡支社の佐々木大輔氏、東急建設の坂本太我氏が登壇。
 テーマは「推進担当者が語るナレッジマネジメントの変革プロセス」。

 地域に根ざした鉄道事業と、全国規模の建設事業――異なる業界でナレッジをどう共有し、どう「行動」に変えていくのか。単なるシステム導入ではなく、「現場をどう巻き込み、知識を文化として根づかせるか」という実践の苦労と突破口が披露される予定だ。

【基調講演②】楠木建教授「ナレッジが生み出す競争戦略」
 午後後半のハイライトは、経営戦略の第一人者楠木建氏による講演「ナレッジが生み出す競争戦略」。「経営とは、知識創造そのものだ」と語る楠木教授。

 データとAIが当たり前になった時代に、企業が本当に差別化できるのは「意味づけ」の力だという。表面的な情報ではなく、経験と洞察に裏づけられた“ストーリーとしての知識”こそが、企業価値を左右する。その実践的なヒントが語られるだろう。

【企業講演②】キーエンス×VCが語る「知識創造と企業価値」
続くセッションには、キーエンスの柘植朋紘氏、Archetype Venturesの福井俊平氏が登壇し、「知識創造で実現する企業価値向上」をテーマにディスカッション。

 現場データを武器に成長してきたキーエンスの「現場知」と、スタートアップ投資を通じて“次の産業構造”を読み解くVCの「未来知」。両者の視点が交差し、知識が企業の意思決定やイノベーションにどう貢献するかを深掘りする。

 このセッションの後には、実務に直結する「社内を動かす稟議書の作り方」というミニセッションも用意されている。ナレッジの活用が、いかに組織を動かすかを体感できる内容だ。

【懇親会】リアルな対話が「知の化学反応」を生む
 イベントの締めくくりは、登壇者と来場者が自由に交流できる懇親会。会場には軽食も用意され、同じ課題を持つ仲間とのネットワーキングができる。
 AIツールでは得られない、「偶然の出会い」や「生の対話」から新たな発想が生まれる瞬間を目指す。

※プログラムの内容・登壇者などは都合により予告なく変更する場合があります。

いま、企業に求められる“知識の資産化”とは

 AIが組織の知識を自動で検索・要約し、誰もが瞬時にアクセスできる時代――。
それでも企業の成長を左右するのは、“人の中に眠る知”をどう引き出し、どうつなぐかだ。

 anyが提唱する「ナレッジの資産化」とは、単なるデータベース構築ではない。社員一人ひとりの経験や問いを、組織全体の“思考の財産”に変えるプロセスだ。

 この「知識創造DAY 2025」は、AIが進化するほど、人間の“知”の価値が高まることを実感できるリアルイベントだと言える。

【開催概要】
名称: 知識創造DAY 2025 ―ナレッジの資産化が、企業の未来をつくり出す―
日時: 2025年11月5日(水)13:00開場/14:00開演
会場: TODA HALL & CONFERENCE TOKYO(東京都中央区京橋1-7-1 TODA BUILDING 4F)
主催: any株式会社
参加費: 無料(事前登録制)
対象: 企業経営層・役職者(経営企画/DX推進/ナレッジマネジメント部門など)
公式サイトhttps://conference.anyinc.jp/

AIでは代替できない、「共に考える」1日へ

 ビジネスの現場で「答え」があふれる今こそ、「問い」を立てる力が価値になる。
画面の向こうでは生まれないリアルな対話と、異なる知が交わる体験を求めて――。

 11月5日、京橋に集う一日が、あなたの組織の「知」を進化させるきっかけになるかもしれない。

シティバンク、2026年に暗号資産カストディサービスを開始へ

米金融大手のシティバンクは、2026年に暗号資産(仮想通貨)のカストディサービスを開始する予定であることを、関係者を通じて公表しました。 この構想はすでに3年にわたって準備が進められており、現在は技術的な実装段階に入っているとのこと。

これまで暗号資産の保管や管理は、主にコイン取引所が担ってきました。最近も、ビットコインL2銘柄やWeb3とAIを組み合わせた銘柄などの価値が急上昇しており、それらの預け先として今なお取引所の活用事例は増え続けています。

一方で、ハッキング被害のリスクがたびたび問題となり、機関投資家の参入をためらわせる要因にもなっていました。そうした中で、シティバンクによる信頼性の高いカストディサービスの登場は、デジタル資産市場にとって大きな転換点となる可能性があります。

長い間、伝統的な金融機関が距離を置いてきたデジタル資産の世界に、ついにウォール街の老舗銀行が本格的に参入しようとしているのです。

銀行が暗号資産を預かる時代へ

カストディサービスとは、顧客に代わって資産を安全に保管・管理する仕組みのことです。

株式や債券などの資産においては長年、銀行や信託機関がその役割を担ってきました。しかし、暗号資産の登場により、その対象が広がりつつあるのが現状。 そして今回、シティバンクが計画している新しいサービスでは、資産運用会社や機関投資家の暗号資産を信頼性の高い保管ソリューションを通じて直接預かることになります。

この実現に向けて、同行は現在、自社開発による独自の技術基盤と外部の専門企業との提携という2つのアプローチを並行して進めています。

特定の顧客層には自社の強固なインフラを活用し、より軽量な運用が求められるケースではサードパーティのシステムを導入するなど、柔軟な対応を取る方針です。

従来の銀行姿勢からの大きな転換

これまで多くの銀行は、暗号資産を投機的で不安定であるとみなし、取り扱いに慎重でした。

しかし近年は、世界的に規制が整備されつつあります。特に米国では、2025年7月にトランプ大統領が署名したGENIUS(ジーニアス)法など、デジタル資産の扱いを明確化する法案の成立が進んでいます。 こうした環境の変化により、銀行業界が少しずつデジタル資産へと歩みを進め始めているのです。

シティバンクによる暗号資産カストディサービスのローンチは、その流れを象徴するものといえるでしょう。

ウォール街で広がるデジタル資産競争

また、今回の発表は単なる新規事業ではなく、ウォール街全体が暗号資産を金融システムの一部として、正式に取り込もうとする動きの一環であると表現できます。

たとえば、JPモルガンやバンク・オブ・アメリカなどの大手銀行は、すでにブロックチェーンを活用した決済・送金技術の導入を進めています。 特にJPモルガンは、商業銀行の預金をトークン化した「デポジット・トークン」の実証を行っており、 これはイーサリアムネットワーク上で稼働して、顧客間の資金移動を即時かつ低コストで実現するものです。

また、シティバンクも同様に、「Citi Token Services」という独自のブロックチェーン基盤を構築しています。 これにより、ドル建ての国際送金ネットワークが稼働し、 ニューヨーク、ロンドン、香港の各拠点間で24時間365日体制の送金処理を実現しています。

ステーブルコインへの期待と課題

カストディサービスに加えて、シティバンクは独自のステーブルコイン取引の可能性も検討中です。

2025年7月、同行のCEOであるジェーン・フレーザー氏は「シティ版ステーブルコインの発行を視野に入れている」と述べ、企業顧客向けのトークン化預金サービス開発を進めていることを明らかにしました。

ステーブルコインとは、ドルやユーロなどの法定通貨に連動するデジタル通貨であり、既存の仮想通貨に比べて価格変動が少ないのが特徴です。 現在はTether社のUSDTやCircle社のUSDCが市場をリードしていますが、 シティバンクのような大手銀行が参入することで、安全性と信頼性がさらに担保された、新しいステーブルコインの登場が期待されています。

一方で、銀行がこの分野に進出することについて、一部の専門家は「ステーブルコインが銀行預金の代替手段となり、資金流出を招く恐れがある」と警鐘を鳴らしています。

実際、イギリスに本拠を置くスタンダード・チャータード銀行は「ステーブルコインの普及により、2028年までに新興国の銀行から1兆ドル超の預金が流出する可能性がある」と指摘しました。

この懸念を受け、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行は、個人が保有できるステーブルコイン残高に1万〜2万ポンドの上限を設ける案を提示。 ただし、その後の批判を受けて、取引所や企業など流動性確保が必要な事業者には例外措置を設ける方向で再調整を進めています。

G7通貨連動ステーブルコイン構想

こうした流れの中で、シティバンク、ゴールドマン・サックス、ドイツ銀行、BNPパリバ、サンタンデール銀行、三菱UFJ銀行など、 G7諸国を代表する主要銀行9行が共同でステーブルコインの開発に着手。G7各国の法定通貨を裏付け資産とし、1対1で連動するデジタルトークンを発行する構想を掲げています。

そして、各銀行は規制当局と連携しながら、公的ブロックチェーン上で利用可能な国際決済資産を提供する計画を進めています。

なお、2024年のステーブルコインの年間送金量はすでに27.6兆ドルを記録。2030年までには国際送金や貿易決済の仕組みを根本から変える可能性があると各専門家は分析しています。

次世代決済インフラの未来

実際にはシティバンク社内においても、一部慎重な見方があります。

低金利にある銀行から資金が急激に流出し、銀行業界全体が大きな打撃を受ける可能性があるからです。この懸念事項から、米銀行協会などは議会に対して「暗号資産企業によるステーブルコインの利息付与を制限すべきだ」という主張も。

一方で、暗号資産業界の側には、こうした銀行の姿勢を「競争を抑え込む動き」とみる声もあります。実際、大手の仮想通貨取引所であるCoinbaseは「ステーブルコインの普及と銀行預金の減少に、はっきりとした因果関係はない」と主張しています。

こうした議論を踏まえつつ、シティバンクは、2兆5,000億ドルを超える資産をすでにカストディ業務として扱っており、その経験と信頼を今度はデジタル資産の世界へと広げようとしています。

2026年に予定される新サービスの開始は、単なる新しい事業の立ち上げではなく、伝統的な銀行がクリプト経済の中心へと踏み込む本格的な一歩になるかもしれません。

この挑戦が、今後10年のウォール街をどう変えるのか。それを見極めるための試金石として、多くの関係者が、動向を注視しています。

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第一三共ヘルスケア、「マスク崩れ」を科学的に評価 ――エビデンスに基づく研究文化と企業姿勢

 コロナ禍で長時間のマスク着用が日常となり、多くの人が経験したのが「マスク崩れ」。マスクを外した瞬間に気になるメイクのヨレや色移りは、生活者にとって小さくない不快感となっていました。しかし従来、この「崩れやすさ」を測る明確な基準は存在せず、あくまで「気になる」「崩れたように見える」といった主観的な感覚に頼らざるを得ませんでした。

 第一三共ヘルスケアは、この曖昧な現象を科学的に捉えるべく研究を実施。その成果を動画で公開しました。目的は「マスク崩れを客観的に評価する方法をどう確立するか」 という手法の探求にあります。

「感覚」を科学で裏付ける

 第一三共ヘルスケア H&B研究所 製品化研究グループの廣田梢さんは、こう語ります。

「実は『マスク崩れしにくい』というのは、今まで個人の感覚の話で、客観的で常に一定の評価基準はありませんでした。私たちはよりエビデンスに基づいた製品をお届けしたいと考え、『マスク崩れ』を客観的に評価する方法を生み出すことにしました」

「崩れにくい」という表現を感覚ではなくデータに落とし込む。この姿勢は、同社が掲げる「エビデンス・ベースド」という考え方に直結しています。医薬品研究で培った「根拠を示す文化」をスキンケア研究にも応用する点こそ、製薬会社としての第一三共ヘルスケアの独自性といえるでしょう。

装置を用いた再現実験

 研究チームは、マスクと肌が擦れる現象を再現できる装置を用いて試験を行いました。人工皮膚に製品を塗布し、動作条件(スピード・回数・加重)を設定して摩擦を再現。崩れの程度を画像や数値で記録する仕組みです。

 H&B研究所 基盤技術グループの大坪桃さんは、装置について次のように説明します。

「こちらがその試験に使用する装置です」

「この装置は、マスクが肌に擦れる現象を、いつでも同じ条件で再現することができます。試験方法は、まず人工皮膚に検証したいアイテムを塗り、その上に一定の重さのおもりを乗せます。次に、スピードや回数といった動作の条件を設定し、スタートさせます。マスクを巻いたパーツで擦った際の、メイクの落ち具合を見ることができます」

 もともとは摩擦力を測る機械でしたが、研究者たちは「顔が動くとマスクと肌が擦れる」ことに着目し、この装置を応用することを思いつきました。

 実験では、CCクリームだけを塗布した場合には崩れが線のようにくっきりと現れ、パウダーを重ねた場合には崩れが目立ちにくいという違いが確認されました。画像解析で面積を数値化することで、感覚的な「崩れやすさ」を客観的に示すことが可能となったのです。

 大坪さんはこう振り返ります。

「おもりの重さや擦るスピード・回数、アイテムを塗布する量など、さまざまな要素を検討しました」

感覚を「見える化」する意義

 廣田さんは、この研究の価値をこう説明します。

「実際に使用した感覚を視覚的に見せることで、分かりやすい形で製品の特長を伝えることができればと考えています」

 主観に頼ってきた領域を、再現性のある実験と数値で示す。この「感覚の見える化」は、同社の研究文化そのものを体現しています。

企業姿勢としての「エビデンス・ベースド」

 大坪さんは入社の理由について、こう話しています。

「入社を決めた一番の理由は、エビデンス・ベースドという考え方に共感したことです。これは、全ての物事に対してデータや根拠を示し、みんなが納得できるものを出していこうという考え方です」

 廣田さんも、品質評価やブランドの安定性に携わる立場から「お客様に長く使っていただけるブランドをつくりたい」と語っています。お客様から寄せられる声は日々社内で共有されており、それが研究開発を支えるモチベーションになっていると言います。

 このように「生活者の感覚」を大切にしながら、それをデータとエビデンスで裏付ける――この姿勢が第一三共ヘルスケアの研究文化であり、企業姿勢の中核にあるのです。

「Fit for You」を研究で体現する

 同社はコーポレートスローガンとして「Fit for You 健やかなライフスタイルをつくるパートナーへ」を掲げています。

「マスク崩れ」を科学的に評価する研究は、このスローガンを体現する取り組みといえます。生活者が日常で感じる小さな不便や不安を研究テーマとし、エビデンスをもって理解しようとする姿勢。それは、製薬会社ならではの信頼性をもって生活者の健やかな暮らしに寄り添う企業姿勢そのものです。

 今回ご紹介した第一三共ヘルスケアの「マスク崩れ研究」は、製品の開発を目的とした研究ではなく、主観的な感覚を客観的に評価する方法論を確立しようとする試みでした。

 エビデンスを重視し、科学的に現象を可視化する。生活者の声を大切にし、研究に反映する。そして、健やかなライフスタイルを支えるパートナーであることを企業理念として掲げる。

 この一貫した姿勢は、創薬型企業をバックボーンに持つ同社の強みと言えます。この強みを背景に、「感覚の見える化」という新たな挑戦を通じて、第一三共ヘルスケアはこれからも生活者の信頼に応えていくでしょう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

<第一三共ヘルスケア株式会社について>

 第一三共ヘルスケアは、第一三共グループの企業理念にある「多様な医療ニーズに応える医薬品を提供する」という考えのもと、生活者自ら選択し、購入できるOTC医薬品の事業を展開しています。

 現在、OTC医薬品にとどまらず、機能性スキンケア・オーラルケア・食品へと事業領域を拡張し、コーポレートスローガン「Fit for You 健やかなライフスタイルをつくるパートナーへ」を掲げ、その実現に向けて取り組んでいます。

 こうした事業を通じて、自分自身で健康を守り対処する「セルフケア」を推進し、誰もがより健康で美しくあり続けることのできる社会の実現に貢献します。

 第一三共グループは、イノベーティブ医薬品(新薬)・ワクチン・OTC医薬品の事業を展開しています。

※本稿はPR記事です。

ChatGPTがまた進化、社内のあらゆる情報が検索不要に…リスクは?便利な使い方は?

●この記事のポイント
・ChatGPTの「Company Knowledge」は社内データをAIが理解・活用する仕組みで、検索の手間を省き生産性と業務品質を大幅に向上させる。
・一方で、機密情報漏洩や誤情報の拡散、AIへの過信といったリスクも大きく、ガバナンスとAIリテラシーが不可欠となる。
・AIが社内の知を統合し「賢い同僚」として機能する時代が到来。知識管理のあり方が「探す」から「届ける」へと変わろうとしている。

 2025年、生成AIの進化は新たな段階に入った。単なる文章生成や質問応答の枠を超え、企業内部の知識そのものを理解・活用するAIが現実化している。その中心にあるのが、OpenAIが提供する「Company Knowledge」機能だ。

 ChatGPTをはじめとする生成AIは、すでに多くの企業で業務効率化やアイデア創出に使われている。しかし、その多くは「外部の一般知識」に基づいた回答にとどまっていた。

「Company Knowledge」は、そのAIに企業固有の情報を学ばせる仕組みを提供する。社内の議事録、マニュアル、ナレッジベース、チャットログ、プロジェクト資料などを接続することで、AIがその企業ならではの知識に基づいて回答できるようになるのだ。

 では、この仕組みはどのような変化をもたらすのか。そして、どのようなリスクが潜むのか。

●目次

生産性を根底から変える「検索の終焉」

 これまで、社員が必要な情報を探すには社内Wikiやクラウドドライブを横断検索し、数分から数十分を費やすのが当たり前だった。

 だが「Company Knowledge」を使えば、ChatGPTに「前回の製品発表のプレス対応マニュアルを教えて」「A社との契約更新手順は?」と尋ねるだけで、即座に正確な情報を得られる。

「この“検索不要”の構造は、情報探索に費やしていた膨大な時間を解放することになります。特にナレッジが分散しがちな大企業や、リモートワーク環境では効果が顕著でしょう。社員がAIに自然言語で質問し、必要な情報を即座に得る。これは、インターネット検索の次に訪れる『社内情報検索の終焉』とも呼べる変化です」(ITジャーナリスト・小平貴裕氏)

 AIが企業特有の知識を理解するということは、単に「早く答える」だけでなく、「より正しく、より一貫した判断を下せる」ことを意味する。

「意思決定の前提となる情報を常に最新・正確に保つことで、属人的な判断を減らし、組織全体のアウトプットの品質を底上げする効果が期待できます」(同)

 また、新入社員や異動者の教育にも有効だ。社内ルールや業務プロセスをAIが理解しているため、「この業務の流れを説明して」と聞くだけで、AIが最適な手順を提示してくれる。研修資料を読むよりも、AIに“質問しながら学ぶ”ほうが圧倒的に早く、実践的だ。

「知識のブラックボックス」を解体する

 もう一つの大きな効用が、知識の偏在解消だ。日本企業では長年、熟練社員のノウハウが属人化し、共有が進まないことが生産性のボトルネックとされてきた。

「Company Knowledgeの導入により、チャットや報告書、議事録といった“非構造的情報”がAIの知識として再利用可能になります。これにより、『誰が知っているか』ではなく、『組織が知っているか』という構造へ転換するわけです。AIがナレッジを橋渡しすることで、ベテランと若手の知識格差が縮まり、全社の知的基盤が強化されます」(同)

 言い換えれば、AIが“企業の記憶”を再構築するのだ。

 一方で、この仕組みは強力であるがゆえに、リスクも大きい。

「第一に挙げられるのは、機密情報漏洩のリスクです。AIが接続するデータには、顧客情報や社外秘の戦略、取引条件などが含まれる可能性があります。OpenAIや各AIベンダーは、企業専用環境やデータ分離を強調していますが、接続設定やアクセス権限の管理を誤れば、情報流出のリスクは残ります。特に、『誰が』『どの情報に』アクセスできるかを厳格に管理しなければ、AI経由で機密情報が思わぬ形で再利用される危険もあります。

 第二に、情報の正確性とガバナンスの問題です。AIは学習データの内容に忠実ですが、古い資料や矛盾する情報が含まれていれば、それをもとに誤った回答(ハルシネーション)を出します。そのため、AI導入後も『情報の鮮度』『レビュー体制』『出典の明示』といったガバナンス整備が不可欠です。

 そして第三に、AIへの過信です。AIが正確そうに見える回答を出すことで、社員が最終確認を怠る可能性があります。『AIがそう言っていたから』という理由で誤った判断が下される危険は、むしろ人間側の油断から生まれます」(同)

AIは「答える装置」から「考える同僚」へ

 Company Knowledgeは単なる機能拡張ではなく、人間とAIの関係性そのものを変える技術だ。従来、AIは「社外の知識」をもとに一般的な回答をする存在だった。しかし、企業固有のナレッジにアクセスできるようになることで、AIは組織の文脈を理解する“内部の知性”へと進化する。

 たとえば、マーケティング担当者が「昨年のキャンペーンと同様の施策を提案して」と言えば、AIは過去の資料や議事録を参照し、社内基準に即した提案を返す。これは、もはや「検索ツール」ではなく、「社内の賢い同僚」と呼ぶべき存在だ。

 この方向性は、AIを“企業のOS”として活用する構想と重なる。意思決定、教育、ナレッジ共有──すべての知的活動を支えるプラットフォームとしてのAI。その未来の入口に立っているのが、Company Knowledgeだといえる。

「現状では、Google DriveやSlack、Notionなどのクラウドストレージが主要な接続対象ですが、今後はさらに多様な基幹システムとの統合が進むでしょう。ERP(基幹業務システム)やCRM(顧客管理システム)と連携すれば、AIは財務データや顧客履歴を踏まえた助言も行えるようになります。

 たとえば、経理担当者が『今期の売上傾向を分析して』と尋ねれば、AIが会計データを参照してリアルタイムに回答。営業担当者が『A社の契約更新リスクを評価して』と言えば、過去の交渉履歴や売上推移をもとに提案を返すという光景が、現実のものとなり得るのです」(同)

 つまり、AIが「知識を検索する存在」から「企業活動を伴走する存在」へと変わる時代が始まっているのだ。

ナレッジマネジメントのパラダイムシフト

 この変化は、単に技術的進歩ではなく、知識管理そのもののパラダイムシフトを意味する。

 これまでのナレッジマネジメントは、「情報を集め、整理し、分類しておく」ことが中心だった。

 しかし、AIが介在する世界では、「必要なときに、AIが自動で最も関連性の高い知識を引き出す」ことが主流になる。社員はデータベースを探す必要がなく、AIが代わりに“最適解”を提示する。

 つまり、「人が知識を探す」時代から、「AIが知識を届ける」時代への転換だ。これは、企業の知的生産性の構造そのものを変える。

 とはいえ、技術の進歩だけでは未来は拓けない。AIが社内知識を扱う以上、情報の扱い方、責任の所在、倫理的判断を含めた人間側の統治(ガバナンス)が重要になる。その中心にあるのが「AIリテラシー」だ。

 AIが万能ではないこと、情報の正確性や偏りを常に検証する姿勢を組織全体で共有する必要がある。また、誰がどの情報にアクセスできるか、どのように更新されているかを可視化する仕組みも欠かせない。

 AIを恐れるのではなく、“信頼できる知的基盤”として育てる姿勢が企業に問われている。

 Company Knowledgeが示すのは、単なるツールの進化ではない。それは、企業という“知の集合体”の在り方を根本から変える可能性を秘めている。情報が人から人へと渡るのではなく、AIを介して常に最適化され、全員が同じ知のレベルに立てる。そんな世界が、すぐそこにある。

 だが同時に、その力は「扱い方次第」で善にも悪にも転じる。AIが企業の知を拡張する未来を迎えるために、必要なのはテクノロジーではなく、人間の知恵と覚悟なのかもしれない。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

学生たちと考える、「わかりあえないこと」の先にある可能性

アドミュージアム東京で、6月25日(水)から8月30日(土)まで開催された「わたしたちはわかりあえないからこそ展」。本展ではさまざまな広告事例を通じて、ジェンダーにまつわる課題や「わかりあえないこと」の先にあるコミュニケーションの可能性が探られました。

7月30日(水)、dentsu Japan DEIオフィスがお茶の水女子大学の「サマープログラム」の一環として、本展を活用したワークショップを開催。ジェンダー課題に関する講義とワークを行いました。本記事ではその様子をレポートします。

企画展をフックにジェンダー課題を自分事として捉えてもらう

今回のワークショップの目的は、参加した学生たちが企画展を見学して気づきを得るだけでなく、自分たちにできることやジェンダー課題解決のアイデアまで考えること。ワークショップは2部構成で、前半は「わたしたちはわかりあえないからこそ展」を見学、後半はグループに分かれて2つのワークを実施しました。

参加したのは、サマープログラム受講生であるさまざまな国・地域からの留学生、お茶の水女子大学の学生および附属高校の生徒たち約60人。男子学生も数人参加し、多様な学生たちが集まりました。また、講義やコミュニケーションはすべて英語で行われました。

展示作品から浮かび上がる、日本のジェンダーギャップ

ワークショップ前半は、アドミュージアム東京で企画展を見学。最初に講師の兼崎知子さん(電通/クリエイティブディレクター)から、日本のジェンダーギャップ指数が146カ国中118位(2024年 World Economic Forum調査結果)であるという実態のほか、dentsu Japanが取り組むブランディングの仕事や、ブランディングが時にステレオタイプを生み出す可能性があることなどが語られました。また、本企画展の制作に関わった明田川紗代さん(電通/コピーライター)からは、企画展の背景について説明がありました。

dentsu Japan DEI
dentsu Japan DEI

その後は、4つのグループに分かれて展示をまわりつつ、数ある展示の中からピックアップされた2つの作品について、dentsu Japanでジェンダー課題やクリエイティブ制作に長く携わるスタッフが複数人協力し、英語で広告作品の説明を行いました。

働く中での「ジェンダーに関する違和感」を可視化

企画展では、「新しくしてみる」「声をあげてみる」「データから考えてみる」などのテーマごとに作品を展示。ジェンダー平等を訴える企業広告のほか、「女性らしさ」の偏見、性暴力、生理への間違った認識といったさまざまな課題にアプローチする取り組みなど、国内外の多様な事例が紹介されていました。

ワークショップで焦点を当てた展示の一つが、求人検索サイトを展開するインディードジャパンの企業広告。この広告は、同社が実施した「ジェンダーギャップに関する意識調査」の結果を「これでいいのか?」というコピーとともに、グラフィック広告としてビジネス街の主要駅などに展開されたものです。説明後、広告の詳細や広告展開後の取り組みについて学生たちが質問する場面もありました。

dentsu Japan DEI
ハロー、ニュールール!/インディードジャパン

この広告は、職場や仕事探しにおけるジェンダー課題を解消するためのキャンペーン「ハロー、ニュールール!」の第一弾として作られたもの。調査の結果から、ジェンダーギャップを解消した方が良いと考える人が6割以上いる一方で、身近なテーマと捉える人は2割以下であることなどが明らかになりました。

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(右)広告作品の解説をする飯沼瑶子さん(電通/プランナー)

東京大学に女性が少ないのはなぜ?学生たちのリアルな声がポスターに

二つ目は、東京大学が学内に掲出した「なぜ東京大学には女性が少ないのか?」と問うポスター。女性が少ない原因を可視化して問題提起を行ったポスターの制作背景や意図を説明しました。

#言葉の逆風:なぜ東京大学には女性が少ないのか?/東京大学 多様性包摂共創センター ジェンダー・エクイティ推進オフィス
#言葉の逆風:なぜ東京大学には女性が少ないのか?/東京大学 多様性包摂共創センター ジェンダー・エクイティ推進オフィス

東京大学の学生や研究者が性別にもとづいて投げかけられた言葉をアンケート調査し、集まった回答をもとにポスターを作成。センシティブな内容も含まれるため、寄せられた回答はポスターをめくることで見られる仕組みになっています。

説明後、dentsu Japanスタッフが学生たちに感想を尋ねると、イタリアやオーストラリアなど多様な国籍の学生たちが自国の大学事情について話す場面も。日本の学生はもちろん、留学生たちも自分事として捉えて考えている姿が見られました。

(左)広告作品の解説をする坂本陽児さん(電通/クリエイティブプロジェクトプロデューサー)
(左)広告作品の解説をする坂本陽児さん(電通/クリエイティブプロジェクトプロデューサー)

多様な視点でジェンダー課題を知るきっかけに

企画展ではそのほかにも、体験型のインスタレーションとして社会に潜むアンバランスを体感できる「データから考えてみる」シーソーや、多様な質問に回答して他者との答えの違いを知る「問いかけてみる」テーブルなども展示。実際に手を動かしながら体験する学生たちもいました。

「データから考えてみる」シーソーを体験する学生
「データから考えてみる」シーソーを体験する学生

企画展での気付きをヒントに、具体的なアイデアを考えるワークを実施

後半は、dentsu Japanの汐留オフィスに移動してワークを実施。企画展での気付きを生かしながら、具体的に自分たちができることやアイデアをグループワークで考えました。

わかりあえないからこそ私たちにできることは?

一つ目のワークは「私たちはわかりあえないからこそ、○○する」の、○○に当てはまる内容を考えるもの。

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学生からは、「話しやすい環境を作る」「相手の発言や行動を受け入れるだけでなく、背景について思いをはせる」などさまざまな意見が出ました。そのほか「違いを楽しむ」というポジティブなアイデアも。

それぞれのグループにdentsu Japanスタッフがサポートに入り、時にアドバイスをする場面も。限られた時間の中で、活発な議論が行われていました。
それぞれのグループにdentsu Japanスタッフがサポートに入り、時にアドバイスをする場面も。限られた時間の中で、活発な議論が行われていました。
それぞれのグループにdentsu Japanスタッフがサポートに入り、時にアドバイスをする場面も。限られた時間の中で、活発な議論が行われていました。

生理についてオープンに話すには?

次に実施したのが「生理についてオープンに話すためのアイデア」を考えるワーク。ワークの前にdentsu Japanメンバーから、生理をテーマとして扱った広告やコミュニケーションツールなどディスカッションのヒントとなるような事例が共有されました。

ワークでは、いきなりアイデアを出し合うのではなく、生理をオープンに話すことについてどう思うかなど個人的経験のシェアから始めるグループもありました。多様なバックグラウンドの学生が集まっていたため、「生理の話題を男性ともオープンに話せるかどうか」など、生理に対する考え方や課題感にも違いが見られました。

ワークの後に、それぞれのグループがアイデアを発表。多くのグループから、「学校での性教育」「男性にも正しい情報を知ってもらうための取り組み」が大切だという意見があがりました。

お茶の水女子大学

最後はdentsu Japanメンバーから学生たちに向けてコメント。「自分とは異なる意見でも相手を否定せず、そこからよりよいアイデアにつながるよう議論している姿が印象的だった。皆さんのアイデアやジェンダー課題に向き合う姿勢に刺激を受けた」と話し、ワークショップを締めくくりました。


【ワークショップを終えて】

・お茶の水女子大学 キャロル マイルズ先生
今年のお茶の水女子大学サマープログラムでは、ジェンダー、多様性など幅広いテーマが取り上げられ、広告業界がこれらの課題をどのように取り組んでいるかを目の当たりにでき、大変有意義でした。「わかりあえないからこそ」をテーマにした展示と生理についてのワークショップは、多様化が進む現代社会において、他者とより寛容に向き合う方法を考える貴重な機会となりました。

・電通 クリエイティブディレクター兼崎知子さん
生理ほど、「わかる」と「わからない」がはっきりしているものはない。と、同時に国を超えても痛みは同じ。わかりあえないことをわかるようにできるだろうか。それは、私たちの原点(カンヌ帰りホヤホヤから、PR、マーケティング、生理プロジェクトに関わるメンバーまで)。今夏は、電通での体験を豊かにするためにDEIオフィスの半澤さんとプロ知能とスキルを集結。学生たちの熱と「世の中はもっと良くなる」と信じる姿勢を目の当たりにし、大事なテーマと向き合う勇気をもらった。帰り際、参加者の1人が「去年の参加者から絶対にいい体験だから行ったほうがいいと言われ参加したんです。来てよかった」と言葉をかけてくれた。電通の仲間を心から誇りに思うと同時にこの連携がつづくことこそGlobal Presence Upの一歩になると確信した。


dentsu JapanのDEIに関する取り組みは以下をご覧ください。
https://www.japan.dentsu.com/jp/deandi/

【問い合わせ先】
dj-dei-office@dentsu.co.jp

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都市と地方をめぐることが、訪日旅の新たな醍醐味に。インバウンド地方回遊を促す3つの視点

ジャパンブランド調査は2011年にスタートした電通オリジナルの海外大規模調査です。訪日観光や地方創生、食分野、日本産品、コンテンツ、価値観、ライフスタイル、社会潮流など、日本全般に関する海外生活者の意識と実態を把握することを目的としています。15年目を迎えるジャパンブランド調査2025では、過去最大規模の20の国・地域(調査概要)、20を超える産業分野、10を超えるテーマを網羅したデータとなっています。

第1回では、観光および持続可能な未来に焦点を当てながら、調査結果を広くご紹介させていただきました。

第2回の今回は「地方観光」に焦点を当て、持続可能な観光の実現における「地方」の重要性に着目。調査から見えてきた海外生活者からのまなざしや、さらなる誘客に向け意識すべき視点をご紹介していきます。全国の観光事業者・自治体などで訪日外国人の誘客に取り組まれる方々の参考になれば幸いです。

<目次>
持続可能な訪日観光に向けて「地方回遊」は不可欠なピース
満足度&再訪意向90%超!「地方をめぐる」旅行こそ、日本の醍醐味に
「地方回遊」を促すために意識したい「ルート・シーズン・コンテンツ」の視点
「都市と地方をめぐる旅」が持続可能な訪日観光を築く

 

持続可能な訪日観光に向けて「地方回遊」は不可欠なピース

2024年、日本を訪れた外国人は3687万人と過去最多を記録しました。これは、コロナ前に最多を記録した2019年の3188万人を上回り、30年前である1995年の334万人からは10倍以上増加したことになります。2025年は、上半期(1-6月)で過去最多の約2151万人を記録し、年間4000万人達成ペースで推移しています。

一方で、その内訳を見ると、訪問先の地域別の偏りが顕著に見られています。観光庁発表のデータからは、2024年の都道府県別の訪日客数を確認できます。1位は東京都の1446万人、2位は大阪府1288万人、3位は千葉県1064万人と都市圏への偏りが見られます。これに対して下位は、島根県4.3万人、福井県5.2万人、高知県は7.1万人となっています。

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訪日客数の過度な集中は、地域社会へ少なくない影響をもたらしています。「オーバーツーリズム」が社会課題として認識されてすでに久しいですが、観光客の過度な集中によって地域の深刻な交通渋滞やごみの増加などの「環境的影響」、ホテルや飲食店の物価上昇などの「経済的影響」が起きています。

このような状況に対し、観光庁は2023年に「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」を取りまとめ、その柱の1つに「地方部への誘客促進」を掲げています。

地方部の経済活性はもちろんのこと、2025年の訪日観光客が4000万人を超える見込みの中、「住んでよし、訪れてよし」の持続可能な観光の実現に向けて「地方回遊」は国全体の観光振興の不可欠なピースとなっています。

満足度&再訪意向90%超!「地方をめぐる」旅行こそ、日本の醍醐味に

ジャパンブランド調査2025からは、国別での地方訪問の傾向の違いや、ユーザー目線からの「地方回遊」の価値が見てとれます。

訪日経験のある海外生活者に対して、直近の訪日旅行で「都市部のみ(東京、大阪、京都、名古屋)」「地方部のみ」「両方を訪れた」のかを尋ねた調査結果では、国・地域間において大きなばらつきがあることが明らかになりました。例えば東アジアにおいても、韓国は「都市部のみ」の旅行実施率がおよそ70%、中国本土・台湾・香港は「地方部」の訪問がおよそ50%となっていました。

地方部を訪問した訪日客のうち、地方観光の満足度は96.2%、また訪れたいという回答は93.4%となっており、地方観光の高い満足度と再訪意向が明らかになりました。この傾向は調査対象すべての国・地域で共通でした。この数値は、地方回遊を促すことが、日本の持続可能な観光を推進するだけでなく、訪日客目線でも満足度の高い訪日経験につながるWin-Winな取り組みであることを示唆しています。

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一方で、海外生活者において、都市部に対し地方部の「認知度」や「訪問意向」が明確に低いことは依然として課題であると言えます。都道府県別では、「東京都」が「認知」「経験」「意向」ともに他を圧倒して高く、次いで「北海道」「大阪府」「京都府」が他県と大きく差をつけています。

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ジャパンブランド調査2025では主要都市についても同様に聴取しています。「札幌市」「大阪市」「京都市」はやはり群を抜いて高い認知・経験・意向を誇り、認知度でいえば「福島市」「横浜市」「広島市」が比較的高い傾向にありますが、経験・意向に差はあまり見られません。

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では、「誘客に向けて、うちの地域も注目を集めていこう!」となったとき、多様な海外市場に対して何をしていけばいいのか、悩むことも多いと思います。また、都市部の自治体や観光事業者に比べて、予算にも比較的限りがあると推察されます。そこで、今回は公的統計やジャパンブランド調査を活用し、地方回遊を促す上で意識したい3つの視点もご紹介します。

「地方回遊」を促すために意識したい「ルート・シーズン・コンテンツ」の視点

地方部に訪日客を誘客する上で意識したい視点として、

「ルート(=訪日客が物理的に地方に来ることのできる経路は何か?)」
「シーズン(=訪日客が特に来たいと感じる時期はいつか?)」
「コンテンツ(訪日客が特に目当てにしてくれそうな魅力・体験は何か?)」

の3つの視点があると考えています。
 
まず「ルート」の視点です。地方部における都市部との最大の違いは「海外からのアクセス性」言い換えれば「訪日客の輸送力」にあります。

日本国内には97の空港がありますが、2025年夏の国際旅客定期便数(国土交通省発表)を空港別で見てみると、成田国際空港、東京国際空港(羽田)で約50%を占め、関西国際空港で25.5%、中部国際空港で5.8%、福岡空港で8.4%となり、その他地方空港で12.1%となっています。

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国際便の運航がない空港も全国には多くありますが、訪日客がまず日本に訪れる入り口がある程度限定的であることが分かります。地方の観光地がまず念頭に置くべきは、「どの空港および空港付近のエリア」から訪日客を呼んでくるかという視点です。例えば九州の観光地であれば、最寄りの国際便のある空港に加え、福岡空港からの誘客も検討する必要があります。

加えて、参考になるのが各空港に「どの国・地域から訪日客が来ているか」を把握することです。法務省が発表している出入国管理統計からは、空港別で国・地域からの来訪者を分析することができます。

例えば、羽田空港は米国・ヨーロッパからの来訪が4割近くある一方、成田空港はアジアからの来訪が7割を占めています。また福岡空港は過半数が韓国からの来訪になっていて、地域別の傾向が明確にあることがわかります。

このことから、例えば九州においては、韓国からの観光客を念頭に置いたプロモーションや受入体制の整備が基盤となりそうです。

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この最寄りの主要空港に訪れる訪日客がターゲット市場のベースになり、そこからバス・電車・新幹線などによる陸路の交通網や輸送力を考慮していくことが、地方部におけるターゲット国・地域を分析する視点になると思います。

続いてシーズンの視点です。訪日旅行で関心のある体験としては、1位が「和食を食べること」2位が「自然景勝地」3位が「四季の体験」となっています。

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上の表から国・地域別の特徴も見てとることができます。和食は欧米豪も含め全体的に意向が高く、四季体験は特に気候が異なる東南アジア地域で人気となっています。和食・日本の自然景勝地は「季節」や「旬」との関連性が非常に高いため、訪日客を誘客できるような「シーズン」を見定めることも重要となります。

訪日観光で海外生活者が「最も訪れたい」と答えた季節は「桜シーズン」となり、「その季節ならではの景色を楽しみたい」という訪問理由がトップになっています。一方で、桜シーズンに次ぐ訪日時期については、国・地域によって関心が分散する傾向があり、欧米は「夏休みシーズン」東南アジアや台湾は「雪シーズン」への関心が高いのが特徴です。季節を意識した、ターゲットや魅力への着目も地方誘客の重要な視点となるでしょう。

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最後に「コンテンツ」の視点です。前述のとおり訪日体験では、「自然景勝地」や「四季体験」の関心が高い結果となっていましたが、「自然体験」の関心についてさらに細かくみていきましょう。

図表9を見ると、「桜の花見」に次いで「温泉入浴」「自然散策」の他「紅葉狩り」「花火大会」「星空観察」「フルーツ狩り」などが人気であり、山岳・海洋・河川などのアクティビティはまだ注目を獲得できる余地が見られます。

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日本は森林地域が国土の2/3を占め、山が多く河川にも恵まれた自然環境が特徴ですが、その特徴を生かした体験の磨き上げが全国的な課題といえそうです。近年は、混雑していない地域やまだ知られていない景色の価値も高まっているため、地方部における自然景勝地に今一度目を向けてみてはいかがでしょうか。

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参考:地方で光るジャパンブランドとは?訪日客を地方に呼び込むための3+1のコト
 

「都市と地方をめぐる旅」が持続可能な訪日観光を築く

今回は、「日本の地方観光」に着目し、持続可能な観光・訪日客の満足度獲得に向けたポテンシャルと、さらなる地方誘客に向けた3つの視点を公的統計や調査結果をもとに考察してきました。オーバーツーリズムが指摘される中で、訪日観光の地域・時期の分散は今後も大きなテーマとなります。また訪日客としても、地方を訪れる観光の満足度・再訪意向は高いため、継続的な訪日リピーター獲得の重要な要素となります。

「地方観光」に限らず、観光の促進は観光庁が掲げるように、「住んでよし、訪れてよし」と地域住民にも配慮され進められることが大前提と考えます。ただその中で、「地方観光」が官民で促進される現在の国内機運は、今よりももっと多くの人たちに自分たちの地域を好きになってもらえる、千載一遇のチャンスと捉えることもできます。

ジャパンブランドプロジェクトチームとしても、今回の「ルート・シーズン・コンテンツ」の視点に限らず、地方観光の持続可能な促進に、ぜひ貢献していきたいと思います。

【本件に関するお問い合わせ先】
株式会社電通 ジャパンブランドプロジェクトチーム
japanbrand@dentsu.co.jp

【電通ジャパンブランド調査 実施目的】
2011年、東日本大震災で日本の農水産物や訪日旅行に風評被害が発生した際に、ジャパンブランドが世界でどのように評価されたかを把握するために始まった電通の独自調査。2022年、調査設計・分析アプローチおよびアウトプットを抜本的再構築し、専門性を高める全社横断プロジェクト活動へと進化。2025年、一般向けナレッジポートフォリオを新たに企画・構築し、生活者インサイトに立脚した社会的価値の創出を目指す。
ジャパンブランド調査では、訪日観光や地方創生、食分野、日本産品、コンテンツ、価値観、ライフスタイル、社会潮流などジャパンブランド全般に関する海外生活者の意識と実態を定期的に把握。変わりゆく生活者の気持ちとジャパンブランドの課題・可能性を可視化し、複雑化が進む企業活動に寄与するとともに、日本社会における異文化理解の促進にも貢献する。
 
【電通ジャパンブランド調査2025 調査概要】
・対象エリア:20カ国・地域※1(アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、サウジアラビア、インド、インドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム、中国本土、香港、台湾、韓国)
・対象者条件:20~59歳の男女(中間所得層以上)※2
・サンプル数:12400(内訳:アメリカ・中国本土 各1600、インド1200、韓国・台湾・イギリス 各800、その他の国・地域 各400)※3
・調査手法:インターネット調査
・調査期間:2025年5月20日~6月22日
・調査機関:株式会社電通(調査主体)、株式会社ビデオリサーチ(実施協力)

【注記・免責事項】
※1:中国本土の対象エリアは上海・蘇州・北京・天津・広州・深セン・成都・重慶、インドの対象エリアはデリー・ムンバイ・ベンガルール、オーストラリアはシドニー都市圏、東南アジアは主にメトロポリタンエリアに限定。 
※2:中間所得層の定義:OECD統計などによる各国平均所得額、および社会階層区分(SEC)をもとに各国ごとに条件を設定。
※3:各国・地域とも性年代別に均等割付で標本収集し、人口構成比に合わせてウエイトバック集計を実施。
※4:本調査における構成比は小数点以下第2位(一部整数表示の場合は小数点以下第1位)を四捨五入しているため、合計しても100%にならない場合があります。
※5:本調査レポートおよびウェブサイトからの情報発信における対象国・地域の名称表記は、従来からの日本政府の見解、日本の社会通念やビジネス慣習に沿ったものです。
※6:本調査の図表作成において、分析対象となる国・地域名は一部例外を除き、国際基準ISOカントリーコード(ISO 3166-1 alpha-2)を使用しています。
アメリカ/US、カナダ/CA、オーストラリア/AU、イギリス/UK、ドイツ/DE、フランス/FR、イタリア/IT、スペイン/ES、サウジアラビア/SA、インド/IN、インドネシア/ID、シンガポール/SG、マレーシア/MY、フィリピン/PH、タイ/TH、ベトナム/VN、中国本土/CN、香港/HK、台湾/TW、韓国/KR
※7:本調査における国・地域の名称表記は、統計上または分析上の便宜を目的としており、いかなる政治的立場や見解を示すものではありません。
※8:本調査で使用した地図(世界地図および日本地図)は分析内容やページのレイアウトに合わせて一部加工・トリミングを行っており、必ずしも国境線および国土範囲を正確に反映したものとは限りません。

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約半数に“推し”がいる時代、広告・マーケティングに必要な視点とは?

「情報メディア白書2025」(電通メディアイノベーションラボ編、ダイヤモンド社刊)が4月23日に発行されました。情報メディア産業の全貌を明らかにするデータブックとしてまとめられた本白書の発行は、今年で32年目となります。

巻頭特集の「メディアの大変革期、未来を形作る新たなコミュニケーションの地平」では、情報メディア市場や人々の行動のトレンドを解説。本連載では、この巻頭特集の内容を一部を紹介します。

本稿では、2024年9月に電通が実施した「推し活」とメディア利用などに関する調査結果とそこからの示唆を解説します。「推し」の存在が与えるメディア接触への影響に加え、消費全般やウェルビーイングなどの生活への影響をひもときます。

さらには「推し活」を取り入れた広告などのマーケティング・コミュニケーションがどのような効果があるのか、またそれらの「推し」のジャンルによってどういった差異があるかなどについて考察。メディア、クリエイティブ、プロモーションなどの広範なプランニング領域で有効と思われるデータを、電通メディアイノベーションラボの長谷川想が解説していきます。

<目次>
約半数に“推し”がいる!「推し活」の広がりの実態

“推しジャンル”の上位はアーティスト、スポーツ関連、日本のアイドル。年代で傾向に差も

“推しとの出会い”は「テレビ番組」が最多。「推し活」とメディア利用

「推しあり」と「推しなし」で、メディア接触時間には顕著な違い

時間とお金の消費率が圧倒的に高いのは、「日本のアイドル」を推すファン

“推し”の広告起用がファンにもたらす影響の実態は?
 

約半数に“推し”がいる!「推し活」の広がりの実態

近年注目を浴びている「推し活」。近頃はコンテンツやキャラクタービジネスの視点だけでなく、推し活の熱量に期待し、消費の拡大などを目的とした、マーケティングの観点やウェルビーイングの観点からなどでも語られることが多いと感じます。

「推し活」が広まりつつある背景のひとつとして、動画配信・共有サービスやSNSの利用普及など、メディア環境の変化がよく指摘されます。動画配信・共有サービスの多くは自らの趣向に合った動画をいつでもどこでも視聴可能にしています。またSNSは、「推し」に関するコアな情報を日々アップデートすることを可能にし、さらには自己表現の場や、同じ「推し」の仲間とのコミュニティ的な役割を果たしています。

このようにメディア環境の変化と「推し活」は密接に結びついていると言え、特に若者のメディア利用行動の理解を深める上で、「推し活」の実態を知ることは重要になりつつあります。

今回の調査ではまず、「推し」の有無を質問し、無いと回答した回答者にはさらに、「ファンや応援している人・もの」の有無を質問しています。その際に対象として、アーティスト、アイドル、スポーツ選手やチーム、芸人、タレント、俳優、YouTuber、インフルエンサー、VTuber、作家、映像作品、漫画、小説など広く例示を行っています。

その結果、「推し」があるとの回答率は37.8%となりました。また「推し」はいないと回答したものの、「ファン・応援している人・もの」(以降「ファン」と記載)はあると回答した回答者を加えると、合計では47.0%となり、「推し+ファン」は、全体の約半数に及ぶことがわかりました。

図表1は、性年齢別に「推し」と「ファン」の有無を示したものです。


情報白書#2 性年齢別の「押し+ファン」がいる割合 図版1

図表1を見ると男性より女性、中高年層よりも若年層が、「推し」、「推し+ファン」ともに多くなっています。特に女性15~29歳では、4分の3以上が「推し+ファン」があると回答し、最も少ない男性50~69歳でも3分の1弱があると回答しています。「推し」や「推し活」という言葉そのものは若年層により浸透している状況もあり、前述の通り動画配信サービスやSNSなどのメディア接触状況と密接に関係しているとも考えられます。

“推しジャンル”の上位はアーティスト、スポーツ関連、日本のアイドル。年代で傾向に差も

図表2は、性年代別の「推し」のジャンル(複数回答あり)をまとめたものです。(以降、「推し+ファン」を統合して、「推し」と表記)

情報白書#2 性年齢別の「推し」のジャンル(複数回答) 図版2

全体では、「アーティスト・ミュージシャン・音楽家」「スポーツ選手・チーム(野球・サッカーなど)」「日本のアイドル」の3つのジャンルで回答率が高くなり、3つとも複数回答ありで13%を超えました。(「最も推し」としての単一回答でもいずれも7%超え)

それ以降には、「アニメ・漫画のキャラクター」、「日本の俳優、女優、タレント・モデル」、「YouTuber・VTuber」、「アニメ・漫画・小説などの作品」、「国内外で人気のキャラクター、ゆるキャラなど」、「海外のアイドル(K-POPなど)」が続きました。

「推し」の名前について自由回答で質問したところ、ベスト10に、「日本のアイドル」が5つ、「スポーツ選手・チーム(野球・サッカーなど)」が3つ、「海外のアイドル(K-POPなど)」、「キャラクター」がおのおの1つ入りました。

その中で「スポーツ選手・チーム(野球・サッカーなど)」「日本のアイドル」は特定のチームやグループに回答が集まり、反対に「アーティスト・ミュージシャン・音楽家」は回答が大きく分散する傾向となりました。

なお1位はプロ野球の大谷翔平選手、2位は阪神タイガース、3位はSnow Manでした。

性年齢別でもう少し詳しく見ていくと、女性15~29歳は多くのジャンルで「推し」の回答率が高くなっています。また「アニメ・漫画のキャラクター」「ゲームのキャラクター」「ゲーム実況者」「YouTuber・VTuber」などは特に若年層で高く、中高年齢層では低くなるなど、年齢による傾向の違いが明らかとなっています。

一方、男女50~69歳では、「スポーツ選手・チーム(野球・サッカーなど)」や「アーティスト・ミュージシャン・音楽家」が高くなっています。このように性別による違いよりも、年齢による違いが顕著となりました。
 

“推しとの出会い”は「テレビ番組」が最多。「推し活」とメディア利用

以降は、特に女性15~29歳の支持を集めた8つの「推し」のジャンルを抜粋し、解説を行っていきます。図2の薄黄色で網掛けした6ジャンルに加えて、一定のサンプル(回答)数を確保した分析のために、「ゲーム関連(実況を除く)」(薄緑色2カテゴリー分)と「配信者・インフルエンサーなど」(薄青色7カテゴリー分)という合算したジャンルを設定した上での分析結果となります。


図表3はこういった「推し」を最初に知ったメディア(情報源)について尋ねた結果です「最も推し」として単一回答した結果に基づく)。

情報白書#2 「最も推し」を知った情報源(複数回答) 図版3

「テレビ番組」が最も多く、8ジャンルの中で比較すると「日本のアイドル」がテレビ番組で知った「推し」としてもっとも高い数値になっています。

テレビ番組での露出の多さが強く影響していると考えられますが、それ以外でもテレビ番組を通じて知ったとの回答が最多のジャンルが複数あり、テレビ番組が「推し」に出会うきっかけとして強い影響力を有していることがわかります。

一方「ゲーム関連(実況を除く)」や「配信者・インフルエンサーなど」は、インターネット動画がテレビ番組を大きく上回っています。さらに「海外のアイドル(K-POPなど)」も同様にインターネット動画が高くなっています。図表2で明らかになったような各ジャンルを「推し」としている年代構成ごとのメディア接触状況の差異や、当該メディアにおけるコンテンツの流通量が、「推し」を最初に知るメディアの違いに影響しているとも考えられるでしょう。

「国内外で人気のキャラクター、ゆるキャラなど」をはじめとして、SNS(タイムラインやトレンド)、口コミ(家族・友人・知人の紹介)が多くなっているジャンルもあります。SNS上では、トレンドやフォロワーの投稿、おすすめ投稿で知るケースも考えられますし、「推し」の口癖やダンスなどをまねた、いわゆる「ミーム」を通じたものも多く含まれていると考えられます。

また書籍、DVD、グッズなどとの相性が良いジャンルは、会話に登場しやすく、リアルな場での口コミを通じて知るケースも多いと考えられます。これらのデータは、コンテンツビジネスだけでなく、「推し」を使ったキャンペーンのプランニングに際して、有効なヒントになりうるでしょう。

「推しあり」と「推しなし」で、メディア接触時間には顕著な違い

「推し」の有無によって、メディア接触時間がどのように異なるのか、ジャンルごとにまとめたデータが図表4です。

集計の区分は、「マスメディア合計」、DVD・ブルーレイ、書籍(写真集も含む)などの「パッケージメディア合計」、音楽配信、動画共有、動画配信、SNSなどの「インターネットメディア合計」の3種類。この3区分について、1週間あたりのメディア接触分数を示しています。また、比較対象として「推しなし」の回答者のメディア接触時間も掲出しています。

情報白書#2 「最も推し」別の1週間あたりのメディア接触時間(分数) 図版4

図4に示した8つのジャンルすべてで、「推しなし」よりも、メディア接触時間が多くなりました。グラフを見て分かるとおり、接触時間の伸びの多くはインターネットメディアになっています。図表には示していませんが、この傾向はジャンルを問わない年代別の「推し」の有無による差異でも同様です。例えば最も差異が顕著な女性15~29歳では、メディア接触時間合計が「推し」ありでは3487分、「推し」なしでは1188分、インターネットメディア接触合計ではおのおの、2693分と775分になっています。

この傾向は今回掲出した8ジャンル以外でも同様です。おそらく多くの人が自宅外であっても、スマートフォンを通じて好きな時に「推し」の動画やSNSにふれられることから、インターネット接触時間が長くなり、結果としてメディア接触時間全体が長くなっていると言えるでしょう。

マスメディア合計では、「アニメ・漫画・小説などの作品」「アーティスト・ミュージシャン・音楽家」「日本のアイドル」を推す人々の接触時間が多くなっています。この結果はテレビ視聴とやや距離がある若年層の含有率が比較的高めのジャンルであっても、「推し」が登場することでテレビ番組の視聴が促されるという仮説の信ぴょう性を高めるものです。

一方インターネットメディア合計では、「配信者・インフルエンサーなど」と「海外のアイドル(K-POPなど)」が多くなりました。ライブ配信が多い、長時間のコンテンツが多い、視聴可能な動画コンテンツ種類が豊富なことなどから、インターネットメディア合計の接触時間が増えていると考えられます。パッケージメディア合計については、大方の想定どおり「アニメ・漫画・小説などの作品」が最も多い接触時間となりました。

では、具体的にどういったメディアの接触時間が伸びているのでしょうか。図表5は、全ジャンルにおける「推し」の有無で区分集計した、主なメディアの1週間あたりの接触時間となります。

情報白書#2 1週間あたりのメディア別接触時間(推しあり・推しなし) 図版5

「推し」の有無に関わりなく、テレビ(地上波・BS・CS)が最も長く、YouTubeがそれに続く接触時間となりました。一方「推し」の有無による接触時間の伸びを確認すると、X(旧Twitter)の伸び率がほぼ4倍と、最も高い結果になりました。

また、本図表では示していませんが、図表4で取り上げた8ジャンルをそれぞれ個別に分析した結果でも、X(旧Twitter)の接触時間はすべて「推しなし」の2倍を超える伸び率になることが分かりました。これは他のメディアにはない結果で、本稿の冒頭で立てた仮説を証明するものです。X(旧Twitter)は日々のコアな情報のアップデートやコミュニティ形成のための鍵となるメディアとして、大きな役割を果たしていると考えられるでしょう。

時間とお金の消費率が圧倒的に高いのは、「日本のアイドル」を推すファン

本調査では自由に使える時間とお金のうち、どれくらいの比率を「推し活」に投資しているかについても調査しています。その結果を「最も推し」のジャンル別にプロットしたものが図表6になります。

情報白書#2 「最も推し」別推し活の「時間と消費のエンゲル係数」 図版6

X(横)軸が時間、Y(縦)軸がお金となりますが、一見してわかるように「日本のアイドル」が他を圧倒して時間も金銭も投資している比率が高いとわかります。この結果を分析すると、下記の影響によって、時間比率が突出していると考えられます。

・さまざまなメディアに多くのコンテンツがある
・コンサートや握手会などのイベントといった過ごし方のオプションも豊富にある

また消費に関しても、コンサートやイベントなどへの参加費に加え、パッケージメディアやさまざまなグッズの購買も考えられます。ビジネスとして成熟した結果、そのすそ野が広がっていると想定され、消費額比率も高いのではないでしょうか。

時間比率の優位(グラフ右下方向)ジャンルとしては、「配信者・インフルエンサーなど」、「海外のアイドル(K-POPなど)」がプロットされました。これは、前節で述べたとおり、インターネットメディアの接触時間の長さが寄与していると思われます。

一方金銭比率の優位(グラフ左上方向)ジャンルには「アニメ・漫画のキャラクター」がプロットされました。これにはフィギュア、アクリルスタンド、クリアファイル、缶バッジ、ぬいぐるみなどさまざまなグッズなどを扱うマーチャンダイジングのすそ野の広さが影響していると考えられます。

時間比率優位なジャンルは、「推しと同じ空間・時間を共有したい」「あの瞬間の感動が忘れられない」「ファンの一体感を味わいたい」といった気持ちが強い傾向があり、いわば“フロー型推し活”と呼べるでしょう。

一方金銭比率優位なジャンルは、「自分の好きな空間を推しで満たしたい」「コレクションが増えていくのがうれしい」といった気持ちが強い傾向があるとみられ“ストック型推し活”と呼べます。

また「いつでも推しを感じていたい」といった心理は、インターネット動画の視聴のような時間消費で満たされることもあるでしょうし、グッズを購入して手元に置くような金銭消費で満たされることもあると言えるでしょう。

“推し”の広告起用がファンにもたらす影響の実態は?

図表7は、「推し」が広告に起用されることで、その商品やサービスに関して、どういった気持ちになるかの質問に対する回答結果になります。

情報白書#2 「最も推し」が広告に起用された場合の気持ち 図版7

8ジャンル以外も含めた全体を通して、「商品・サービスの広告をすべて最後まで見聞きする」、「商品・サービスを意識するようになる、目にとまるようになる」、「商品・サービスに興味・関心がわく」などの認知や興味喚起のスコアが高くなりました。これはわかりやすい広告効果と言えるでしょう。

「日本のアイドル」は、「推し」のすそ野も広く、広告の視聴や注目に効果があると確認できます。一方「アニメ・漫画・小説などの作品」は、「商品・サービスを詳しく調べたくなる・問い合わせたくなる」に加え、「商品・サービスを欲しくなる・利用したくなる」という項目で特に高くなりました。アニメ作品などとの企業のタイアップキャンペーンが多く実施される今日、調べたい、購入したいなどの行動喚起にきちんと効果があることが確認できました。

さらに、キャラクター関連のジャンルについては、多くの項目で上位になっています。日本はかねてよりキャラクター文化が根付いており、自治体などの「ゆるキャラ」も含めてキャラクターが多くの場面で活用されていますが、広告やマーケティングにおいても、幅広い効果があると言えるでしょう。 

今回の調査では、「推し」が起用されたキャンペーンや広告などについて、印象に残ったものを、その理由とともに自由回答で質問を行っています。「推し」が起用されている商品やサービスへの好意度が高いことはもちろん、熱量のある回答の中には、トラブルがあったときでも「推し」の広告起用を中止しなかった企業に対して、企業そのものに感謝するような回答も複数ありました。

SNS上では、個人のものも企業からのものも、その投稿などは同じタイムライン上に表示されますが、企業のスポンサーシップも「推し活」と同じように考えることもでき、自らの「推し」を推す企業は、“同志”や“同担”のような見え方になっているとも考えられます。

生活者の興味関心やメディアが細分化し、商品の多くがコモディティ(汎用)化する中、マーケティング・コミュニケーションを展開していく上では、リーチだけを追求すれば良いという時代は過去のものになりつつあります。

その状況に対するひとつの解として、企業自体が「推し活」の視点を取り入れてみてはどうでしょうか。広告に起用するといった視点をアップデートし、企業として「推し活」に参加するという考え方でプランニングを行うということです。それが単発ではなく持続的であれば、企業への共感が誘発され、さらにはその共感がSNSなどを通じて好意的に拡散していくかもしれません。

冒頭にも述べましたが、「推し」もしくは「ファン」がいるとの回答率は47.0%となりました。また「推しがあることで、日々の生活が楽しく、充実して感じられるようになった」という人は、65.5%に上ります。つまり、生活者の3分の1が、「推し」によってポジティブな生活を感じているということです。

今回「推し」に注目した理由のひとつに、一部で広告が嫌われ者になっているような風潮がある中、「メディア、コンテンツ、広告との幸せな関係」を再構築する役割を「推し活」が果たしうるのではないかとの仮説がありました。まだまだ検証の途上ですが、紹介してきたデータなどを、マーケティング・コミュニケーションやコンテンツビジネス領域などでのプランニングのヒントにしていただければ幸いです。

【調査概要】
調査時期:2024年9月
調査手法:ウェブ調査
調査エリア:全国
サンプルサイズ:4,925(SC調査)、1,374(本調査:「推し」あり)、720(「推し」なし)
対象者属性:男女15~69歳
 
分析における各ジャンル(「最も推し」)のサンプルサイズ
日本のアイドル:232
海外のアイドル(K-POPなど):88
アーティスト・ミュージシャン・音楽家:216
アニメ・漫画のキャラクター:113
アニメ・漫画・小説などの作品:41
ゲーム関連(実況を除く):51
国内外で人気のキャラクター、ゆるキャラなど:55
配信者・インフルエンサーなど:109


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AIが働き方も学びも行政も変える…生成AI時代の人的資本戦略の最前線

●この記事のポイント
・「AIは人の仕事を奪う」から「AIが人を成長させる」へ。
・生成AI時代の人材戦略を先進事例から探る『GenAI HR Awards 2025』が幕張メッセで開催された。
・企業、教育、自治体など多様な現場で、AIが“人の力”を引き出している。

 一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)が主催する「GenAI HR Awards 2025」の最終審査・表彰式が10月9日、幕張メッセ開催の展示会イベント「NexTech Week 2025 AI・人工知能EXPO【秋】」会場内で実施された。

 本アワードの趣旨は、生成AI時代における人的資本戦略の優れた実践事例を発掘することや、組織内外で生成AI活用を推進している人々を称えることにある。そのうえで、人と生成AIが協働する社会の実現に向けたヒントや、先進的な事例を世の中に広げていく場としたい考えだ。

 最終審査では、ファイナリストが10分間のプレゼンテーションと5分間の質疑応答を行う形式を採用。アワードは「企業セクター(中小企業)」「企業セクター(大手企業)」「教育セクター」「公共セクター」の4部門で構成され、グランプリが選出された。

SALES ROBOTICS──AIが“時間”を取り戻す

 企業セクター(中小企業)部門のグランプリは、BPO支援を手がけるSALES ROBOTICS株式会社が受賞。テーマは「AI利用率98.7%。『AIが当たり前』の組織文化が、新たな顧客価値を創造する」だ。

 同社は、BPO業界が抱える構造的課題や慢性的な人材不足、ノンコア業務の増加によって顧客対応の時間を確保しにくいという現実を背景に、「5年後も事業を継続できるのか」という危機感のもと、生成AIの本格導入に踏み切った。

 目の前の顧客に向き合う時間を増やすことを目標に、組織体制の構築では現場主体の推進を意識。経営層はその体制を支えながら、現場が自らの課題としてAI活用に取り組める環境づくりに注力した。

 人材育成においては、学び続けるマインドを重視。日々の業務の中で生まれる問いを明確にし、その解決にAIを活用するという循環的な仕組みを整備した。たとえば、既存システムにAIを組み込み、「AIなしでは業務が回らない」環境の構築にも取り組んだ。

 その結果、2025年6月時点で社内の生成AI利用率は98.7%に達し、利用頻度も半年で2.5倍に増加したという。審査員は、「BPOという受け身の業務構造を、生成AIの導入によって主体的な人間回帰型の働き方へと変えた点に感銘を受けた」と評価した。

ソフトバンク──AIが“成長機会”を創る

 企業セクター(大手企業)部門のグランプリは、ソフトバンク株式会社が受賞。テーマは「人的資本経営を基軸とした全社生成AI活用と価値最大化の仕組み」だ。同社はAI戦略の推進において、「テクノロジーを扱う人の意識と能力」を重視し、人材戦略を構築。

 社員が自ら未来を選び取り、成長をデザインできる機会を提供しており、生成AIやクラウドセンターなど新たな領域にすでに1,000名がシフトしたという。

 全社員が生成AIを活用できる環境づくりにも注力し、安心してAIを利用できる基盤整備、学習機会の提供、活用促進施策の実施。また、ガバナンス体制の整備により、安全な利活用を推進している。全社員向けのAI人材育成プログラム「AI Campus」では、レベルに応じた学習が可能で、2025年7月時点でAI関連資格を保有する社員は全体の約13%に達した。

 さらに、日本一生成AIを活用する企業を目指すにあたって、新しい事業を生み出すことと、業務効率向上を両立させ、そこで生まれた時間を次の挑戦へとつなげる好循環を生み出すことに挑んでいる。その象徴的な取り組みが、全社員参加型の「生成AI活用コンテスト」だ。現在11回目を迎え、これまでに累計26万件を超えるアイデアと1万件以上の特許出願を生み出し、優れた提案は実際の事業化にも結びついている。

 審査員は「取り組みの規模・多様性・成果のどれをとっても素晴らしく、日本の生成AI活用におけるベストプラクティスになるもの」と評価した。

麻生塾──AIが“学び”を変える

 教育セクター部門のグランプリは、学校法人麻生塾が受賞した。テーマは「独自開発AI『Alis』が切り拓く教育DX!教職員の能力を最大化し、学校全体の人的資本価値を高める麻生塾の挑戦」だ。

 教育現場には課題がある。学力を伸ばすには個別指導が効果的だが、リソースには限りがあるため、従来型の一斉授業により成果に伸び悩む中間層が多かった。そのためAI活用が求められる一方、従来のChatGPT活用法を発信しても、なかなか普及が進まなかったという。

 そこで開発されたのが、麻生塾専用AI「Alis」だ。授業資料作成や類題問題生成など、約40の機能を搭載している。

 発表では、AIを活用した授業の実例として「SQL」の授業が紹介された。SQLは生徒から人気が低く、成績も伸び悩む科目だった。そこでAlisを活用し、授業をゲーム風の動画に生成することで、生徒が楽しみながら学べるように改善。さらに授業を早く終えた生徒には、教員キャラクターと対話できるチャットボットを用意し、質問や問題出題を通じて生徒のレベルに合わせた学習を提供した。

 その結果、学年平均点は161.9%に向上。授業コマ数は半減し、準備工数も75%削減と、目覚ましい成果が確認された。発表を行った藤澤昌聡氏は「AIはズルの道具ではなく、学生のための愛。この愛をもって明るい教育改革を進めていきたい」と語った。

 審査員は「AIによるみんながワクワクする教育を実現した事例で、強烈なインパクトを残した」と評価した。

南あわじ市──AIが“行政”を進化させる

 公共セクター部門では、兵庫県南あわじ市役所がグランプリを受賞した。テーマは「自ら開発・実装する!人材育成とサービス向上の両立を目指す南あわじ市の挑戦」。市長の守本憲弘氏が情報課長とともに登壇した。

 同市は「最強の市役所」の実現を掲げ、人材育成に注力している。2022年には業務効率化に向け、自前でDXを推進する「DX人材育成プロジェクト/DIYプロジェクト」を始動し、職員自身がDIYでDXに取り組める体制づくりを進めた。

 DIYグループの取り組みとして、3つの事例が紹介された。1つ目は、移住支援サイト「住みニコ」へのAI検索システム導入。従来、電話問い合わせが多かった原因はサイト内検索で必要な情報にたどり着けないことにあり、RAGによるAI回答システムを導入で効率化を推進した。

 2つ目は、庁内問い合わせ向けのAI検索システムだ。公共建築には細かいルールがあり、国交省マニュアルが膨大のため、AI検索システムを構築。AIが現場状況を考慮しない回答をする点を補うため、回答時には関連するマニュアル項目を5件表示する仕組みを採用した。

 3つ目の事例は、ごみ分別ガイド「わけるんです♪」の開発だ。従来Excelで公開していた分別リストは問い合わせが多く、外国人人口の増加も課題だったため、多言語対応アプリを開発。PythonやHTMLコードの作成には生成AIを活用し、問い合わせ件数が減少した。

 審査員は「市長自らが AI 活用推進に取り組む素晴らしい発表。日本全国のロールモデル自治体として広く知っていただきたい」と評価した。

 最後に大会全体を振り返り、審査員長の山本貴史氏は「深みのあるプレゼンは、日々の苦労の証だ」と述べ、出場者へ敬意を示した。

(取材・文=福永太郎)

中古マンション平均1.1億円の衝撃…止まらぬ価格上昇、どうすれば家を買える?

●この記事のポイント
・東京23区の中古マンション平均価格が初の1.1億円超え。新築の高騰で実需が中古市場に流入し、価格差はわずか2割に。実需と投資マネーが交錯する「構造的高騰」が進んでいる。
・新築用地の不足と建設費高騰により供給が減少し、「高くても売れる」状況が続き、築浅中古も新築並みの価格になっている。都心では海外投資家の買いも増加している。
・ファミリー層の現実的選択肢は、23区周縁の足立区など“ねらい目”エリア、または埼玉・千葉など郊外の通勤圏。今後は価格の二極化と、早期判断が鍵を握る。

「中古マンションが新築に比べて安価に購入できる」という常識は、もはや過去の話になりつつある。不動産調査会社・東京カンテイが10月23日に発表した最新データによれば、2025年9月時点の東京都23区の中古マンション平均価格は、ついに1.1億円を突破。調査開始以来、初の大台乗せとなった。

 一方で新築マンションとの価格差は、わずか約2割まで縮小している。なぜ今、中古市場がここまで加熱しているのか。そして、一般のファミリー層が現実的に住宅を手に入れるにはどうすればいいのか。

●目次

新築価格の異常な高騰が「玉突き現象」を生む

 背景には、まず新築マンションの価格高騰がある。建設用地の枯渇、資材費や人件費の上昇が重なり、23区内で新築マンションを建てること自体が「贅沢な事業」になりつつある。国土交通省の統計によれば、東京23区での新築分譲マンションの平均価格は2024年度に1億3000万円を超え、10年前の約2倍に膨らんだ。

「新築は高すぎて買えない」層が中古市場に流れ込む。結果として、実需に基づく買い需要が中古市場に集中し、成約件数はこの1年で6割増。不動産仲介大手の担当者が「以前は中古といえば“価格重視の妥協策”でしたが、今は“新築と遜色ない選択肢”と見なされる。結果的に価格も吊り上がっている」と語るように、中古市場の需要が高まり価格が高騰している様子が見て取れる。

 中古市場の熱気を背景に、販売事業者側の姿勢も変わった。「高くても売れる」——この確信が、価格設定の強気を後押ししている。

 不動産経済研究所によると、都心3区(千代田・港・中央)の中古マンションの平均成約単価は、2023年から2025年にかけて約25%上昇。築浅(築10年以内)の物件では、新築とほぼ同水準の坪単価で取引されるケースも珍しくない。その裏にあるのは「実需+投資」の二重需要だ。かつて中古市場は“実需の受け皿”として安定していたが、今や投資家マネーの流入が加速している。

投資マネーの流入が中古市場を押し上げる

 近年、国内外の投資家が「都心の中古マンション」を“代替資産”として買い始めている。その理由は明確だ。供給の減少見込みと資産価値の安定性である。

 デベロッパー各社が都心での新築開発を進めたくても、土地取得コストと建設費があまりに高いため、供給は減少傾向にある。結果として、すでに存在する中古ストックが「希少資産」と化しているのだ。金融アナリストの一人はこう語る。

「金利が相対的に低水準で推移する日本では、不動産は依然として“インフレヘッジ”の代表的な選択肢。新築が高すぎて利回りが取れないため、築浅中古に投資マネーが流れています」

 特に都心部では外国人投資家の買いも目立つ。香港や台湾からの富裕層が「円安+日本の不動産安」を好機と見て、港区や渋谷区の築浅中古を現金で購入するケースが増えているという。

ファミリー層の「現実的な選択肢」

 では、東京で働くファミリー層にとって、どのような選択が現実的なのか。不動産コンサルタントの秋田智樹氏に聞いた。

(1)23区内で“ねらい目”を探す

「23区の平均が1.1億円を超えたとはいえ、区によって差は大きいです。足立区・葛飾区・江戸川区などでは平均価格が5000万円前後にとどまり、まだ現実的な水準にあります。実際、足立区内の北千住駅周辺では、駅徒歩10分圏・築15年・70平米クラスの物件が6000万円前後で取引されています。

 足立区などは治安や学区のイメージが過去の印象で語られがちですが、近年は街づくりが進み、若い世代の移住も増えています。早めの判断が功を奏するでしょう」

 ただし注意点もある。人気上昇によって地価上昇スピードが加速しており、「待てば安くなる」構図は通用しにくい。早期の資金計画が重要だ。

(2)郊外に目を向け、広さと価格を両立

 通勤時間を許容できる層には、郊外エリアという現実的な選択肢もある。

「首都圏全体の中古マンション平均価格は約6000万円ですが、埼玉・千葉の一部では2000万~3000万円台の物件も多く、通勤時間1時間圏で3LDK・70平米超も狙えます。とりわけ、埼玉県川口市・千葉県市川市・松戸市などは、東京都心へのアクセスがよく、再開発も進む人気エリアです。住宅価格に対して教育・生活環境の満足度が高いとして、若いファミリー層が流入しています。

 新築でも中古でも、“駅徒歩15分以内・築20年以内”の物件は資産価値が落ちにくいので、将来的な売却も見据え、流動性の高いエリアを選ぶべきです」

 そのうえで、購入を検討する際の「3つの視点」を提示する。

1.築年数・修繕履歴を確認する
「中古物件では、築年数が浅くても管理組合の財政が不安定なケースもあります。大規模修繕の履歴や積立金の水準を必ずチェックすることが肝心です」

2.金利上昇リスクに備える
「変動金利でローンを組むケースが多いですが、日銀の金融政策転換次第では支払額が上昇するリスクもあることに注意が必要です。固定金利や繰り上げ返済を視野に入れ、長期的な返済シミュレーションを行うべきでしょう」

3.将来の売却・賃貸需要を見極める
「職住近接ニーズが高まるなかで、駅近・再開発エリアなど“貸しても価値が残る”物件を選ぶことが、結果的に資産防衛につながります」

価格上昇はどこまで続くか

 専門家の間では、「価格の上昇ペースは鈍化するが、下落局面には入りにくい」との見方が支配的だ。

「国交省の住宅着工統計によれば、都心部の新築供給戸数は前年から約15%減。一方、東京23区の人口は依然として微増傾向にあり、需要が大きく落ち込む要因が見当たりません。中古価格が1.1億円を突破しても、実需と投資の両輪で支えられているのでs、今後は“築浅・好立地”と“築古・郊外”で二極化が進むと考えられます」

 東京23区の中古マンション価格高騰は、単なる“バブル”ではなく、新築高騰・供給減少・投資流入という構造的な要因に支えられている。

 この状況でファミリー層が住宅を取得するには、
 ・価格上昇が続く「ねらい目エリア」を早めに確保する
 ・郊外に目を向け、通勤とのバランスを取る
 ・資産価値と管理状況を重視する
といった“戦略的判断”が求められる。

 今や「マンションを買う」という行為は、単なる住まいの確保ではなく、資産設計とリスク管理の意思決定でもある。住宅市場の変動を正しく読み、早めに動けるかどうかが、次の10年の暮らしと資産を左右する。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)