AIが働き方も学びも行政も変える…生成AI時代の人的資本戦略の最前線

●この記事のポイント
・「AIは人の仕事を奪う」から「AIが人を成長させる」へ。
・生成AI時代の人材戦略を先進事例から探る『GenAI HR Awards 2025』が幕張メッセで開催された。
・企業、教育、自治体など多様な現場で、AIが“人の力”を引き出している。

 一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)が主催する「GenAI HR Awards 2025」の最終審査・表彰式が10月9日、幕張メッセ開催の展示会イベント「NexTech Week 2025 AI・人工知能EXPO【秋】」会場内で実施された。

 本アワードの趣旨は、生成AI時代における人的資本戦略の優れた実践事例を発掘することや、組織内外で生成AI活用を推進している人々を称えることにある。そのうえで、人と生成AIが協働する社会の実現に向けたヒントや、先進的な事例を世の中に広げていく場としたい考えだ。

 最終審査では、ファイナリストが10分間のプレゼンテーションと5分間の質疑応答を行う形式を採用。アワードは「企業セクター(中小企業)」「企業セクター(大手企業)」「教育セクター」「公共セクター」の4部門で構成され、グランプリが選出された。

SALES ROBOTICS──AIが“時間”を取り戻す

 企業セクター(中小企業)部門のグランプリは、BPO支援を手がけるSALES ROBOTICS株式会社が受賞。テーマは「AI利用率98.7%。『AIが当たり前』の組織文化が、新たな顧客価値を創造する」だ。

 同社は、BPO業界が抱える構造的課題や慢性的な人材不足、ノンコア業務の増加によって顧客対応の時間を確保しにくいという現実を背景に、「5年後も事業を継続できるのか」という危機感のもと、生成AIの本格導入に踏み切った。

 目の前の顧客に向き合う時間を増やすことを目標に、組織体制の構築では現場主体の推進を意識。経営層はその体制を支えながら、現場が自らの課題としてAI活用に取り組める環境づくりに注力した。

 人材育成においては、学び続けるマインドを重視。日々の業務の中で生まれる問いを明確にし、その解決にAIを活用するという循環的な仕組みを整備した。たとえば、既存システムにAIを組み込み、「AIなしでは業務が回らない」環境の構築にも取り組んだ。

 その結果、2025年6月時点で社内の生成AI利用率は98.7%に達し、利用頻度も半年で2.5倍に増加したという。審査員は、「BPOという受け身の業務構造を、生成AIの導入によって主体的な人間回帰型の働き方へと変えた点に感銘を受けた」と評価した。

ソフトバンク──AIが“成長機会”を創る

 企業セクター(大手企業)部門のグランプリは、ソフトバンク株式会社が受賞。テーマは「人的資本経営を基軸とした全社生成AI活用と価値最大化の仕組み」だ。同社はAI戦略の推進において、「テクノロジーを扱う人の意識と能力」を重視し、人材戦略を構築。

 社員が自ら未来を選び取り、成長をデザインできる機会を提供しており、生成AIやクラウドセンターなど新たな領域にすでに1,000名がシフトしたという。

 全社員が生成AIを活用できる環境づくりにも注力し、安心してAIを利用できる基盤整備、学習機会の提供、活用促進施策の実施。また、ガバナンス体制の整備により、安全な利活用を推進している。全社員向けのAI人材育成プログラム「AI Campus」では、レベルに応じた学習が可能で、2025年7月時点でAI関連資格を保有する社員は全体の約13%に達した。

 さらに、日本一生成AIを活用する企業を目指すにあたって、新しい事業を生み出すことと、業務効率向上を両立させ、そこで生まれた時間を次の挑戦へとつなげる好循環を生み出すことに挑んでいる。その象徴的な取り組みが、全社員参加型の「生成AI活用コンテスト」だ。現在11回目を迎え、これまでに累計26万件を超えるアイデアと1万件以上の特許出願を生み出し、優れた提案は実際の事業化にも結びついている。

 審査員は「取り組みの規模・多様性・成果のどれをとっても素晴らしく、日本の生成AI活用におけるベストプラクティスになるもの」と評価した。

麻生塾──AIが“学び”を変える

 教育セクター部門のグランプリは、学校法人麻生塾が受賞した。テーマは「独自開発AI『Alis』が切り拓く教育DX!教職員の能力を最大化し、学校全体の人的資本価値を高める麻生塾の挑戦」だ。

 教育現場には課題がある。学力を伸ばすには個別指導が効果的だが、リソースには限りがあるため、従来型の一斉授業により成果に伸び悩む中間層が多かった。そのためAI活用が求められる一方、従来のChatGPT活用法を発信しても、なかなか普及が進まなかったという。

 そこで開発されたのが、麻生塾専用AI「Alis」だ。授業資料作成や類題問題生成など、約40の機能を搭載している。

 発表では、AIを活用した授業の実例として「SQL」の授業が紹介された。SQLは生徒から人気が低く、成績も伸び悩む科目だった。そこでAlisを活用し、授業をゲーム風の動画に生成することで、生徒が楽しみながら学べるように改善。さらに授業を早く終えた生徒には、教員キャラクターと対話できるチャットボットを用意し、質問や問題出題を通じて生徒のレベルに合わせた学習を提供した。

 その結果、学年平均点は161.9%に向上。授業コマ数は半減し、準備工数も75%削減と、目覚ましい成果が確認された。発表を行った藤澤昌聡氏は「AIはズルの道具ではなく、学生のための愛。この愛をもって明るい教育改革を進めていきたい」と語った。

 審査員は「AIによるみんながワクワクする教育を実現した事例で、強烈なインパクトを残した」と評価した。

南あわじ市──AIが“行政”を進化させる

 公共セクター部門では、兵庫県南あわじ市役所がグランプリを受賞した。テーマは「自ら開発・実装する!人材育成とサービス向上の両立を目指す南あわじ市の挑戦」。市長の守本憲弘氏が情報課長とともに登壇した。

 同市は「最強の市役所」の実現を掲げ、人材育成に注力している。2022年には業務効率化に向け、自前でDXを推進する「DX人材育成プロジェクト/DIYプロジェクト」を始動し、職員自身がDIYでDXに取り組める体制づくりを進めた。

 DIYグループの取り組みとして、3つの事例が紹介された。1つ目は、移住支援サイト「住みニコ」へのAI検索システム導入。従来、電話問い合わせが多かった原因はサイト内検索で必要な情報にたどり着けないことにあり、RAGによるAI回答システムを導入で効率化を推進した。

 2つ目は、庁内問い合わせ向けのAI検索システムだ。公共建築には細かいルールがあり、国交省マニュアルが膨大のため、AI検索システムを構築。AIが現場状況を考慮しない回答をする点を補うため、回答時には関連するマニュアル項目を5件表示する仕組みを採用した。

 3つ目の事例は、ごみ分別ガイド「わけるんです♪」の開発だ。従来Excelで公開していた分別リストは問い合わせが多く、外国人人口の増加も課題だったため、多言語対応アプリを開発。PythonやHTMLコードの作成には生成AIを活用し、問い合わせ件数が減少した。

 審査員は「市長自らが AI 活用推進に取り組む素晴らしい発表。日本全国のロールモデル自治体として広く知っていただきたい」と評価した。

 最後に大会全体を振り返り、審査員長の山本貴史氏は「深みのあるプレゼンは、日々の苦労の証だ」と述べ、出場者へ敬意を示した。

(取材・文=福永太郎)

中古マンション平均1.1億円の衝撃…止まらぬ価格上昇、どうすれば家を買える?

●この記事のポイント
・東京23区の中古マンション平均価格が初の1.1億円超え。新築の高騰で実需が中古市場に流入し、価格差はわずか2割に。実需と投資マネーが交錯する「構造的高騰」が進んでいる。
・新築用地の不足と建設費高騰により供給が減少し、「高くても売れる」状況が続き、築浅中古も新築並みの価格になっている。都心では海外投資家の買いも増加している。
・ファミリー層の現実的選択肢は、23区周縁の足立区など“ねらい目”エリア、または埼玉・千葉など郊外の通勤圏。今後は価格の二極化と、早期判断が鍵を握る。

「中古マンションが新築に比べて安価に購入できる」という常識は、もはや過去の話になりつつある。不動産調査会社・東京カンテイが10月23日に発表した最新データによれば、2025年9月時点の東京都23区の中古マンション平均価格は、ついに1.1億円を突破。調査開始以来、初の大台乗せとなった。

 一方で新築マンションとの価格差は、わずか約2割まで縮小している。なぜ今、中古市場がここまで加熱しているのか。そして、一般のファミリー層が現実的に住宅を手に入れるにはどうすればいいのか。

●目次

新築価格の異常な高騰が「玉突き現象」を生む

 背景には、まず新築マンションの価格高騰がある。建設用地の枯渇、資材費や人件費の上昇が重なり、23区内で新築マンションを建てること自体が「贅沢な事業」になりつつある。国土交通省の統計によれば、東京23区での新築分譲マンションの平均価格は2024年度に1億3000万円を超え、10年前の約2倍に膨らんだ。

「新築は高すぎて買えない」層が中古市場に流れ込む。結果として、実需に基づく買い需要が中古市場に集中し、成約件数はこの1年で6割増。不動産仲介大手の担当者が「以前は中古といえば“価格重視の妥協策”でしたが、今は“新築と遜色ない選択肢”と見なされる。結果的に価格も吊り上がっている」と語るように、中古市場の需要が高まり価格が高騰している様子が見て取れる。

 中古市場の熱気を背景に、販売事業者側の姿勢も変わった。「高くても売れる」——この確信が、価格設定の強気を後押ししている。

 不動産経済研究所によると、都心3区(千代田・港・中央)の中古マンションの平均成約単価は、2023年から2025年にかけて約25%上昇。築浅(築10年以内)の物件では、新築とほぼ同水準の坪単価で取引されるケースも珍しくない。その裏にあるのは「実需+投資」の二重需要だ。かつて中古市場は“実需の受け皿”として安定していたが、今や投資家マネーの流入が加速している。

投資マネーの流入が中古市場を押し上げる

 近年、国内外の投資家が「都心の中古マンション」を“代替資産”として買い始めている。その理由は明確だ。供給の減少見込みと資産価値の安定性である。

 デベロッパー各社が都心での新築開発を進めたくても、土地取得コストと建設費があまりに高いため、供給は減少傾向にある。結果として、すでに存在する中古ストックが「希少資産」と化しているのだ。金融アナリストの一人はこう語る。

「金利が相対的に低水準で推移する日本では、不動産は依然として“インフレヘッジ”の代表的な選択肢。新築が高すぎて利回りが取れないため、築浅中古に投資マネーが流れています」

 特に都心部では外国人投資家の買いも目立つ。香港や台湾からの富裕層が「円安+日本の不動産安」を好機と見て、港区や渋谷区の築浅中古を現金で購入するケースが増えているという。

ファミリー層の「現実的な選択肢」

 では、東京で働くファミリー層にとって、どのような選択が現実的なのか。不動産コンサルタントの秋田智樹氏に聞いた。

(1)23区内で“ねらい目”を探す

「23区の平均が1.1億円を超えたとはいえ、区によって差は大きいです。足立区・葛飾区・江戸川区などでは平均価格が5000万円前後にとどまり、まだ現実的な水準にあります。実際、足立区内の北千住駅周辺では、駅徒歩10分圏・築15年・70平米クラスの物件が6000万円前後で取引されています。

 足立区などは治安や学区のイメージが過去の印象で語られがちですが、近年は街づくりが進み、若い世代の移住も増えています。早めの判断が功を奏するでしょう」

 ただし注意点もある。人気上昇によって地価上昇スピードが加速しており、「待てば安くなる」構図は通用しにくい。早期の資金計画が重要だ。

(2)郊外に目を向け、広さと価格を両立

 通勤時間を許容できる層には、郊外エリアという現実的な選択肢もある。

「首都圏全体の中古マンション平均価格は約6000万円ですが、埼玉・千葉の一部では2000万~3000万円台の物件も多く、通勤時間1時間圏で3LDK・70平米超も狙えます。とりわけ、埼玉県川口市・千葉県市川市・松戸市などは、東京都心へのアクセスがよく、再開発も進む人気エリアです。住宅価格に対して教育・生活環境の満足度が高いとして、若いファミリー層が流入しています。

 新築でも中古でも、“駅徒歩15分以内・築20年以内”の物件は資産価値が落ちにくいので、将来的な売却も見据え、流動性の高いエリアを選ぶべきです」

 そのうえで、購入を検討する際の「3つの視点」を提示する。

1.築年数・修繕履歴を確認する
「中古物件では、築年数が浅くても管理組合の財政が不安定なケースもあります。大規模修繕の履歴や積立金の水準を必ずチェックすることが肝心です」

2.金利上昇リスクに備える
「変動金利でローンを組むケースが多いですが、日銀の金融政策転換次第では支払額が上昇するリスクもあることに注意が必要です。固定金利や繰り上げ返済を視野に入れ、長期的な返済シミュレーションを行うべきでしょう」

3.将来の売却・賃貸需要を見極める
「職住近接ニーズが高まるなかで、駅近・再開発エリアなど“貸しても価値が残る”物件を選ぶことが、結果的に資産防衛につながります」

価格上昇はどこまで続くか

 専門家の間では、「価格の上昇ペースは鈍化するが、下落局面には入りにくい」との見方が支配的だ。

「国交省の住宅着工統計によれば、都心部の新築供給戸数は前年から約15%減。一方、東京23区の人口は依然として微増傾向にあり、需要が大きく落ち込む要因が見当たりません。中古価格が1.1億円を突破しても、実需と投資の両輪で支えられているのでs、今後は“築浅・好立地”と“築古・郊外”で二極化が進むと考えられます」

 東京23区の中古マンション価格高騰は、単なる“バブル”ではなく、新築高騰・供給減少・投資流入という構造的な要因に支えられている。

 この状況でファミリー層が住宅を取得するには、
 ・価格上昇が続く「ねらい目エリア」を早めに確保する
 ・郊外に目を向け、通勤とのバランスを取る
 ・資産価値と管理状況を重視する
といった“戦略的判断”が求められる。

 今や「マンションを買う」という行為は、単なる住まいの確保ではなく、資産設計とリスク管理の意思決定でもある。住宅市場の変動を正しく読み、早めに動けるかどうかが、次の10年の暮らしと資産を左右する。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

「ターゲット以外への無駄打ちが多い」は、ホント?テレビCMの価値を改めて考えた

本連載では、高度化するテレビメディアについて、広告主のKPIや課題を踏まえて、どのようにテレビCMを活用していけばよいかをお伝えします。

「テレビCMは一度に多くの人にリーチできるものの、ターゲット以外への無駄打ちが多い」。メディアプランニングに携わっていると、このような声を聞くことがあります。デジタルメディアの高精度なターゲティングが主流になったことの副作用のようなものかもしれません。

しかし、マーケットは流動的です。テレビは、「今後顧客になるかもしれない、潜在的なターゲット」にも広告を当てることができます。

今回は、電通のメディアプランナー・窪谷航が、「マーケットの流動性」を踏まえたテレビCM活用について、データを示しながらお伝えします。

「無実化する“平均”」。難易度が上がるメディアプランニング

これまでの広告プランニングは、メディア接触に関する複数のサンプルデータの「平均」に着目し、世の中を捉えようとすることが一般的でした。

以前は、お茶の間で家族みんながそろってテレビを見る暮らしが多くの人に共通していました。テレビ以外のメディアの選択肢に限りがあったこともあり、メディア視聴データの平均値は「典型的な視聴スタイル」として、メディアプランニングにおいて機能していました。だからこそ、平均値を用いた分析や効果予測は、世の中の実態を確度高く捉えて説得力があるものでした。

しかし、現在は生活者のメディア接触は多様化しています。これにより「典型的な視聴スタイル」というものはなくなり、一人一人のメディア接触が異なるため、「平均値が誰のことも表していない」環境になりつつあります。そのため、以前よりもメディアプランニングや効果予測・分析が難しくなっています。

テレビCM

テレビだけを取り上げても、「無実化する“平均”」の傾向が見られます。下図は、電通のデータベース「DCANVAS」を用いて、テレビへのCM出稿に対して、獲得できた認知を算出したものです。横軸は個人全体の出稿量(TRP)、縦軸は認知率を表しています。

テレビ

これを見ると、「2019年」「2021~2024年4月」ともに、出稿量に対して獲得できる認知の平均をとったグラフ(曲線)の形は大きく変わっていません。一方で、各キャンペーンを表すグラフのプロットは、「2021~2024年」の方が、より上下に大きくバラついています。テレビが好きで毎日見ている人もいれば、たまに視聴する人もいるといった視聴の差もあってか、近似曲線が実態から離れつつあることを感じます。この図からも、メディアプランニングの難易度が上がっていることがお分かりいただけると思います。

このように、メディア視聴データの平均値の実態がなくなりつつあることを、私たちは「無実化する“平均”への挑戦」と捉え、これからのメディアプランニング領域における大きなテーマであると考えています。

「マーケットの流動性」を捉えたメディアプランニングが必要

メディア消費の多様化が進んでいく状況下で、テレビの強みとして注目したいのは、数あるメディアの中でも突出した「リーチの同時性」です。テレビとデジタルそれぞれのリーチの特徴を見てみましょう。

下図は、電通のプランニングツールを用いて、テレビスポットとデジタル動画(いずれも20~34歳をターゲティング)、それぞれに1億円を投資した場合の想定リーチを表しています。20~34歳へのリーチ率はデジタル動画が優位ですが、それ以外の層へ同時に発生するリーチを加味すると、テレビがカバーするリーチの広さがお分かりいただけると思います。

テレビ

テレビの強みである「リーチの同時性」を伝えると、「テレビCMは無駄が多い投資なのでは?」と思う広告主がいらっしゃることを感じます。テレビが幅広い年代に広くリーチできるために、「ターゲット以外への広告リーチ=無駄な投資」と捉えられているからです。このときによくお伝えするのが、「マーケットの流動性」です。

下図は、某サービスカテゴリを趣味とする人々の2年間の推移を示しています。趣味とする人は、2022年が調査対象の10.1%、2023年が9.4%でおおよそ横ばいですが、内訳を見ると、1年間でその4割が入れ替わっています。つまり、マーケットにおける顕在層は固定化しておらず、流動化していることが分かります。

テレビ

このことは、多くのマーケットに共通して言えることです。下図は、某飲料カテゴリの認知率・認知継続率を調査したものです。横軸は「2024年の認知率」、縦軸は「2024年の認知率を100%としたときの2025年の認知継続率」を表しています。これを見ると、
・認知水準が高いほど継続率も高く、忘れられづらい
・認知継続率は65%~90%のレンジで、強いブランドは認知が高止まりしている
ということが分かります。

テレビ

続いて、前述した飲料カテゴリ市場において、商品別の主飲用ブランドとその継続率を見てみます。横軸は「2024年に主飲用していたブランドの割合」、縦軸は「2025年の継続率、つまり主飲用し続けている割合」です。最も飲まれているブランドでもその継続率は66.8%で、約3分の1が1年間で主飲用しなくなったことを示しています。

テレビ

これら2つのデータから、「認知」と「利用」のファネルの変化スピードは一定ではないことが分かります。この事例では、ボトムファネル(主飲用ブランドの継続率)指標の方が、より多くの人の入れ替わりが発生しています。

ここで挙げた例以外でも、いままでサービスや商品に対する利用意向のなかった人が、ある日突然、利用意向が芽生えて潜在層から顕在層に変わることは決して珍しいことではなく、世の中で頻繁に起こっています。

「認知はもう十分に取れているから、テレビCMは打たなくてよい」といった判断もたまに聞きますが、テレビCMには「流動するマーケット環境下で、まだ顕在化していないが、これから顕在化する可能性が十分にある人々に対して、最も効率的に広告を届けてマインドシェアを上げておく機能」があります。この点がリーチパワーに長(た)けるテレビCMがマーケティングに果たす重要な役割の1つだと考えます。

ターゲティングが得意なデジタル広告は、潜在層や非顕在層に対する広告コストをそぎ落すことで費用対効果を上げています。多くのブランドやサービスは、デジタルの高精度なターゲティングで顕在層をカバーしていることを踏まえると、潜在層や非顕在層を含む広い性年代にコミュニケーションできるテレビCMはカテゴリーシェアを上げる有効な手段と言えます。

非顕在層のマインドシェアの重要性については、ブランド想起のキャパシティと関連します。下の図はその一例ですが、いずれの商品カテゴリにおいても純粋想起するブランドの数は1、2個ほど。つまり、私たちが瞬間的に頭に浮かべられるブランドは想像以上に少ないのです。もちろん、早く想起されたブランドの方が、選択肢や検討時間の面から考えて有利なので、消費行動につながる欲求が顕在化した瞬間に思いついてもらえるサービスになることは価値のあることだと言えるでしょう。

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フリークエンシーを抑えて効率を上げるだけがメディアプランニングではない

ここまで、マーケットの流動性とその中でテレビCMが果たす役割についてお伝えしてきました。このマーケットの考え方に立脚したテレビ投資の考え方の事例を紹介します。

ここでは、複数のサービスライン・ブランドを持つある企業(A社)を例に取り上げます。電通が保有する、テレビ実視聴データを用いた統合マーケティング基盤「STADIA360(スタジア・サンロクマル)」(※)で、3カ月に1回ごとにA社の「テレビCM接触カテゴリ数」を分析しました。接触カテゴリ数とは、1人が一定期間にテレビCMで接触した、同社のブランドやサービスカテゴリの数を可視化したものです。

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接触カテゴリ数が増えるごとに、A社のサービス全体における利用意向率が上昇することが分かりました。接触が多ければ多いほど、利用意向率が上がることは想像できますが、ここで注目してほしいのは、5カテゴリ接触したときに大きく利用意向率が伸長している点です。1年間を通じて複数カテゴリに接触し続けている状況を生むことで、サービス全体の利用意向を押し上げることが証明できました。

※STADIA360(スタジア・サンロクマル)=電通が提供する、ユーザーの同意許諾を得たテレビ実視聴データを基盤とした国内最大規模のマーケティングプラットフォーム。テレビ実視聴データとデジタル行動データを連携することで、オンオフ統合での分析が可能。


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調査では、「STADIA360」を利用して、接触カテゴリ数の割合とテレビCMのフリークエンシー(接触回数)を突合させた分析も行いました。A社のテレビCMへのフリークエンシーが1~3回の人は、当然、CMの接触カテゴリ数も1~2カテゴリほどしかありません。しかし、フリークエンシーが積みあがっていくと、接触カテゴリ数も増加していきます。

先ほど述べた、利用意向率がアップする5カテゴリ接触を目指した場合、テレビCMへのフリークエンシーを約33回にすると、ほぼ5カテゴリに接触できることが分かりました。よって、3カ月間でフリークエンシーが33回以上になるようにテレビCMを出稿すると、年間を通じたA社の利用意向を高められるということです。

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テレビとデジタルを統合的に分析する際の一般的な最適フリークエンシーの議論では、「いかにフリークエンシーを抑えて効率を上げるか?」という論調になりがちです。しかし、「ブランドや企業全体の利用意向を押し上げるために必要な接触量」という観点では、まるで違う結論に至った例と言えます。

もちろん、利用意向を高めることができるフリークエンシーは、業種やマーケットの成熟度合いによって異なります。電通には、さまざまな生活者の過去のメディア接触経験やタイミング、意識のデータがあり、それらをひもづけて精緻に分析することができます。

メディアの視聴スタイルが多様化し、世の中の実態が捉えにくくなった昨今、思い込みやコアターゲットの獲得だけを目的にしたメディアプランニングでは、十分な広告効果を発揮することが難しくなってきています。

生活者が「欲しい」と思ったときに一番に思い出してもらえるブランドになるために、今回お話ししたテレビを含め、あらゆるメディアの特性と「マーケットの流動性」を踏まえて、広告プランニングをすることが必要です。

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「成長し続けるチーム」をつくるには 〜経済学・人間科学・AIで、生産性向上にどうつなげるか〜

日本の1人あたり労働生産性はOECD加盟国38カ国の中で32位と長期低迷しています。本記事では生産性向上の鍵を握るデジタル化とモチベーションに焦点をあて、「タレントマネジメント」や「ミドルマネジメントのサポート」を通じた生産性向上のヒントを探ります。

ミクロ経済理論やマーケットデザインを専門とする政策研究大学院の安田洋祐教授と、HRテック企業のミイダス執行役員の越智道夫氏、同社最高科学責任者の神長伸幸氏と、電通サステナビリティコンサルティング室ディレクターの田中理絵の4人の座談会を紹介します。

越智氏、安田教授、神長氏、田中氏
(左から)ミイダス 越智道夫氏、政策研究大学院 安田洋祐氏、ミイダス 神長伸幸氏、電通 田中理絵

ミイダス
パーソルグループのダイレクトリクルーティングサービス会社。求職者のスキルや経験、コンピテンシー診断(個人の行動特性や思考性を診断)の結果に基づき自社に合いそうな人材に自動スカウト送信できる定額制サービスが特徴。また定額料金内で求職者からの応募の促進を実現する採用ブランディングのサービスも好評。

<目次>
出社などによって、人の距離(D)を縮めると組織の生産性(S)は上がるのか?

上司が弱みをさらすチームは、エンゲージメントも生産性も高い

類似性の魅力と成長実感のバランス

 

出社などによって、人の距離(D)を縮めると組織の生産性(S)は上がるのか?

田中:本日のテーマは「外から働きかけて、チームの成長をどう促進できるか?」です。精神論ではなく、データの裏付けを持つ形で、ビジネスにおいて人を動機づけてチームや組織が成長する方法を探りたいと思っています。最初に、今回の思考の補助線となる「SDG仮説」について安田先生、解説していただけますか。

安田教授、田中氏
安田:SDG仮説のSは、「Scale(尺度)」のことで、スキルや売り上げなどで測れる定量的な評価や見える化を表しています。Dは「Distance(距離)」で人と人との相対的な距離感をつかむ物差し。価値観など距離が近い人とは自然と協力関係が生まれると考えられます。Gは両者がバランス良くかけ合わさって引力が生まれることから「Gravity(引力)」、魅力的な場ができるという仮説です。

大きく見れば、日本企業はDを大事にして、同質化が進んだ。その後、能力主義のSの尺度を人事評価に取り入れたけれど生産性が上がらない、という状況だと思います。組織にとって、SとDという性質の異なる2つの尺度両方を持つことの効果を実証できたらと思っています。

安田洋祐教授のSDG仮説
安田洋祐教授のSDG仮説

田中:働く人にとっても、職場の居心地のよさに関わるDと事業成長に関わるSの両方が、所属企業としての魅力になりますよね。昨今、出社を促す企業が増えたのは物理的な距離(D)が、生産性や成果(S)に関係するためでしょうし、DをSにどうつなげるかはサステナビリティ経営でも注目の領域です。

神長:実は本日お話しできるのを楽しみにして、ガチで勉強して資料を作ってきました。

安田:おおっ、本当だ。「ミイダスのアセスメントからみたSDG仮説」と書かれてる!他の人が作った、SDG仮説が使われている資料をはじめてみました。光栄です。

神長氏が作成した資料の表紙
神長氏が作成した資料の表紙

上司が弱みをさらすチームは、エンゲージメントも生産性も高い

越智氏、神長氏

神長:「データサイエンスは、データから傾向を見つけて検証し、プロダクトに実装するまで時間がかかる。仮説を持てたら、ショートカットできるのでは」とミイダスの現社長・後藤が考えたことをきっかけに、2019年にミイダス HRサイエンス研究所を設立しました。AIやデータサイエンスを扱う情報科学と、心理学・経済学・言語学などの理論・仮説を扱う人間科学を融合して研究しています。

安田:神長さんが早稲田大学で研究していらっしゃったときと、ミイダスでは、研究の仕方は違うのでしょうか。

神長:取得できるデータ量が大学の研究とは全然違います。ミイダスは55万社と契約し、転職前と転職後、組織サーベイなどを通じて約150万人のステータス別データが分析できます。

田中:コンピテンシー診断は、たしか転職のマッチングをする際にスキルだけではなく、性格を含めた転職希望者の資質が、転職先の組織文化と「肌が合うか」や「活躍できそうか」を、判定するものでしたよね。

神長:はい。コンピテンシー診断ではパーソナリティ、ストレス要因、上司または部下としての適性など52項目を10段階でアセスメントします。さらに、バイアス診断ゲームという無意識に働く思考バイアスを診断するサービスもリリースしたので、合計で74項目のかけあわせが可能です。

越智:そこまで項目が多いと、同じスコアになることはほぼないので、その組織で評価されるハイパフォーマーに共通する高い項目3つを設定して、募集ポジションに合わせて職場で活躍できそうな人を自動判定します。

座談会風景
田中:上位3つの属性を重要と決め、スコア管理するのは、越智さんお得意のブランドマネジメントの考え方と近いですね。このコンピテンシー診断は、転職以外では、人事セクションが人材配置に使うのでしょうか。

越智:使い方としては人事セクションが裏で密かに使うよりも、あえて「自分をさらす」ような使い方を推奨しています。客観的な数字をベースに上司が弱みを見せたチームの部下たちは、エンゲージメントも生産性も高く、しかもダブルスコアぐらい違っていました。だから、コンピテンシー診断をもとに上司部下の1on1が変わるような活用方法や、コンピテンシー診断の結果をラップにしてカジュアルに自己紹介できるなど、いくつかの活用方法をつくって働きかけています。

神長氏のコンピテンシー診断とミイダスラップ
神長氏のコンピテンシー診断とミイダスラップ

安田:あえて公表するとか、ラップにする発想が面白いですね。ミイダスラップは後半「チームワークを重視しない」とか、毒も入っているのに受け入れやすい。そもそも、なぜラップにしたのでしょうか。

越智:52項目のデータをメンバー全員分なんて見ていられないし、自分のものさえ覚えられない。じゃあどうシェアするといいのか。上司の弱みをどんなタイミングで見せてほしいかを調査したら「雑談とか飲み会の時で、あんまりシリアスにやってほしくない」という意見があったので。

越智氏
神長:科学的な知見って「難しそう」と捉えられがちですが、われわれとしてはせっかくアセスメントされた個人の特徴はできるだけ活用していただきたいので、親しみを持てるようなラップの形はとても良いと思っています。私たちHR研究所のミッションは、「科学的な知見を生かし、活躍の機会損失を減少させること」なので、研究としても雇用後に活躍するところまで追いかけたいですし、研究成果の活用という視点でも雇用後にどんどんコンピテンシー診断を利用してほしいですね。

越智:採用以降もデータプラットフォームで支援できるようになり、ダイレクトリクルーティング以外のプロダクトも拡充しました。例えば、朝日新聞さんとの「人」を大切にする企業を表彰する「はたらく人ファーストアワード」は3年目で、賛同企業数3627社になりました。アワード規模では日本で2番目、グッドデザイン賞の約6000社に次ぐ多さで、企業価値向上や企業PRに貢献しています。そのほかに福利厚生やeラーニングなど、中小企業だと手が回りにくいけれど若い従業員から重視されている仕組みをミイダスプラットフォームで利用できるようにしています。

田中:すべてに共通して「人への投資が組織を成長させる」という信念を感じますね。

類似性の魅力と成長実感のバランス

神長:自分に似ている人に魅力を感じるという「類似性魅力仮説」という研究がありまして、類似性の要素は、人口統計的な類似性(性別・年代・社会的地位など)と心理的な類似性(性格・興味・心情など)があります。2024年の学術論文「就業場面における類似性魅力仮説の検証」によると、人口統計的類似性は採用選考やチーム誕生時に影響し、心理的な類似性は長期間チームで働く際に影響しやすいそうです。

安田:採用といえば、経済学にはオーケストラ演奏のブラインド・オーディションにおける有名な研究があります。社会的地位の高いオーケストラは男性の演奏家が多いのですが、性別がわからないように姿を隠して演奏し審査を行ったところ、女性の合格者が増えたというものです。著者のクラウディア・ゴールディン氏は、2023年にノーベル経済学賞を受賞したことでも話題となりました。

神長:まさに「人口統計的な類似性が採用選考に影響した」事例ですね。この場合は、単純に類似性だけに頼ってしまった結果、ネガティブな影響も出てしまったんだと思います。

安田:男性という同質性の強いD軸だけだと、実力のS軸で優秀な女性を落としてしまう。かといって、もしも完全実力主義でS軸の尺度だけでメンバー選定すると、パレートの法則(売り上げの8割は2割の社員に依存することを表す法則)で上位2割しか活躍できない組織になってしまう恐れもあります。一人でやりきる仕事は企業にほとんどありませんし、チームで動く前提ですよね。コンピテンシー診断のように、SとDの要素両方で「この組織で活躍できそうな人」の指標を持つことが大事だと思います。

田中:自社メンバーに類似した「ウチに合う人」はチームでうまくやってくれて、評価されやすいでしょう。でもSとDともに近すぎる状態だと、多様性がなく変化に弱くなりませんか。

安田:全員の距離が近くなる必要はないと思います。人同士の距離が見えない組織の中で、同じ学校とか出身地とか、趣味とか理念とか、軸が増えてくると距離感の近い集団がポコポコ出てくる。距離感の近い人同士は、部署が違ってもやり取りするから、担当している仕事は遠くても何をしているかの情報共有ができ、困っている時に協力関係を築きやすい。

Dの物差しがいろいろあることによって団子状態の人の集まりができ始め、協力行動が生まれてくる。一方で、違う団子もできるので、異なる集団間での競争も適切に働く。こうしたDがある組織の方が、Dの尺度や仕掛けがない組織に比べると適切に協力できるのではないか、という捉え方をしています。

田中:そうか……優劣をみるSと違って、Dは軸が1つではないのですね。テックカンパニーで、あえて登山などのカルチャーイベントが盛んなのは、個人と会社の距離を近づけるためだと考えていました。でも実際は、イベントがきっかけで協力しあう団子がいくつかでき、それが生産性に効果をもたらすのかもしれません。アメリカの大手調査会社であるギャラップ社の従業員エンゲージメント調査「Q12®」(※1)でも「仕事上で最高の友人と呼べる人がいる」が重要な問いとして入っていますし。

※1=ギャラップ社の従業員エンゲージメント調査「Q12®」
ワークエンゲージメントとも呼ばれる、仕事への熱意や没頭度合いを測定するための12の質問項目で企業のパフォーマンス向上のための示唆を得る


神長:フレッド・ルーサンスという研究者が、人的資本の一部として「心理的資本」という考えを提案しています。業務成績向上のために測定・開発される心理学的な特性のことで、「自己効力感」「希望」「レジリエンス」「オプティミズム」の4つがあります。これらは生産性を上げる項目を心理的にみるもので、組織行動領域特有かつ、開発や変化が可能という考察がされています。ミイダスのコンピテンシー診断の項目の多くは、ルーサンスの心理的資本の定義にあてはまると考えています。

安田:「自己肯定感」はよく聞きますが、「自己効力感」はそれとは違うのでしょうか。

神長:「自分は何でもできる」と思うのは自己肯定感や有能感で、自己効力感はタスク別に設定されます。例えば数学はできるけど、英語はできない人がいたとして、「数学だけ使うこの仕事なら役に立てそう」と感じるのは自己効力感です。

安田:なるほど。何でもできるのが肯定感、個別で役に立てそうなことを考えるのが効力感ですね!

神長:最後に、場の魅力Gは個人が持つのではなく、関係性からでてくるとするなら、社会関係資本に近いのかなと。人々の関係性には類似性による結束型ネットワークと、非類似性の橋渡し型ネットワーク(※2)があります。橋渡し型は、結束力は弱いが開放的で、さまざまな資源が流入するので、新たな情報の獲得が容易です。

※2=橋渡し型ネットワーク
幅広くて薄い人間関係や組織間のネットワークのこと。同質的な「結合型」と対比され、異質な人・異なる専門性がつながることで、知識伝達やイノベーションの推進に役立つ。
(Adler & Kwon, 2002; 服部, 2020; Putnam, 1995)


田中:橋渡し型ネットワーク、ヒントになりそうです。私がいる部署は専門職に近いので「居心地は良いし、自律的に働けてやりがいもあり、不満はない。でも成長実感が得にくい」という30~40代もいます。働きやすくても、成長実感がないと組織へのエンゲージメントは下がってしまう。

神長:私も、類似性のネットワークで満足できなかった人が橋渡し型ネットワークを作り両方が共存すると生産性が向上するのではと仮説をたてています。今後、実証的に研究したい話題です。

田中:下記の1on1動画で「デザイナーは専門職として接していたが、実はリーダーをやりたい人だ」とミドルマネジメントが気づいたように、異動しなくても新しい成長の道を見つけられる仕組みはいいですよね。

コンピテンシー診断を1on1に用いたドキュメンタリー動画の一場面
【とあるチームの記録】上司が部下を知るためにやったこと。部下が上司を理解して気づいたこと。(コンピテンシー診断を1on1に用いたドキュメンタリー動画の一場面)
※画像をクリックすると動画をご覧いただけます

安田:ひょっとすると、SDGのGはGrowth(成長)にした方がしっくりくるかもしれませんね。ある時点を捉えたスナップショット的なSとDだけではなく、従業員目線で自分が今後成長できるかどうかは、重要な尺度だと感じました。こういう部署でこの能力を磨けたら「おそらく成長できる可能性が高い」という期待は、強い動機づけになりそうです。

田中:成長という言葉の中に「隠れた資質が開発される期待」や「ポジションへのこだわり」が強い場合は、本人の努力ではどうにもならなくてしんどい。だったら、目指すものはチームの成長においたほうが気も楽になるし、貢献実感も持てる。マネジメント以外のメンバーにも「チーム・組織の成長を担っている」というオーナーシップが持てるといいのではと個人的には考えています。

越智:HRは競合他社のベンチマークデータがない、自社データしかないというのがネックです。業界共通の指標や尺度を持つこと。そして上司の責務だけでなく、部下の役割や義務とは何だろうということと両面からいかないと。リーダーシップと同じようにフォロワーシップが評価されるようにしていきたいです。

神長:隠れた資質やフォロワーシップを測定し、個人の成長度合いをトラッキングできる仕組みは使えるようになってきたので、ミドルマネジメントが活用できるシチュエーションも考え、実装していきたいと思います。

田中:まだまだ話は尽きませんが、本日は生産性向上のためにできることについてさまざまな角度から、示唆に富んだお話をいただきました。ありがとうございました。

 
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「予定意識」が日本人の旅行を阻む?今どきの“旅意識”とは

電通デザイアデザイン(DDD)は消費と欲望の関係から、さまざまなソリューション開発や情報発信を行う組織です。

第21回からは、DDDが実施している「心が動く消費調査」を分析。調査結果から得られたインサイトやファインディングスをお伝えしています。

今回は、2025年5月に実施した第10回の調査結果に基づき、DDDの松本泰明が日本人の「旅行」にまつわるインサイトを読み解きます。

なぜ減った?日本人の海外旅行数

近年、「日本人が海外旅行に行かない」という話題を非常に多く聞きます。これは単なる印象論にとどまらず、2024年の日本人のパスポート取得率は16.8%(引用元:観光産業ニュース「トラベルボイス」)で、G7各国、例えばアメリカ36%、ドイツ41%と比較しても低い水準にあります。

また、2024年の出国者数は約1301万人、出国率は10.5%(引用元:観光産業ニュース「トラベルボイス」)で、これも海外諸国と比べても非常に低い水準です。2020年の新型コロナで急減した出国者数の回復基調が遅れていることもありますが、海外がそれ以上に伸び続けているという側面もあります。

日本人はなぜ海外旅行に行かない、もしくは行かなくなったのでしょうか?

宿泊費や外食費などの旅行にかかる諸費用の増加、コロナ禍の影響によりそもそもの旅行経験の乏しい世代が増えた、情報取得がバーチャル化して海外旅行の魅力がなくなったなどの理由をしばし見かけます。

本稿ではDDDの「心が動く消費調査」の結果から、今の日本人の「旅行意識」(旅行に対して持っている意識)を読み解き、日本人の旅行離れに歯止めをかける方法について検討していきます。

日本の生活者は旅行が“好きではない”?

心が動く消費調査では毎回の調査で「最近、心に残った消費体験」について自由回答によるコメントを収集しています。この回答内で「旅行/観光」関連を挙げている人は5.5%。全体で7位となります。

10代では男女ともにほとんどいないのですが、男性は20代で5位、同女性では14位となり、それ以降の年代はほぼ10位前後に位置しています。さまざまな消費体験の中でも「旅行/観光」は比較的上位に入るものと言えます(図表1)。

DDD#25_図版01

また「あなたが普段、興味や関心をもっていることを教えてください。」という質問への回答を見ると「旅行・観光」は46項目中の1位です。こちらも男女ともに10代はやや低いのですが、それ以外の世代はほぼ3位以内に入っています(図表2)。

DDD#25_図版02

10代は旅行への関心は低めなものの、20代以降は依然としてかなり関心を持っているのです。若者の場合は、関心のある事柄が分散されていることで、相対的に旅行の位置づけが落ちている面もあるのではないでしょうか。

ファミリー層は旅行による金銭的負担感が強め。生活者による「旅行」の捉え方

心が動く消費調査の価値観項目では旅行意識についても尋ねています。その結果をひもといてみましょう。

「旅行は富裕層のものになってしまったと思う」という質問では男性全体の54.9%、女性全体の59.7%が「そう思う」と回答しています。年代別で見ていくと男女ともに特に40~50代で高い傾向があります(図表3)。言い換えると、ファミリー世代は旅行に対する金銭的な負担感が大きいことがうかがえます。

DDD#25_図版03
※構成比(%)は小数点以下第2位で四捨五入しているため、合計しても必ずしも100%にならない場合があります。

一方で「金銭的に無理をしても、少なくとも年に一回は旅行したい」という質問には男性全体の54.1%、女性全体の51.8%が「そう思う」と回答しています。こちらは10~20代の若年層の方が高い傾向にあります。先の結果と合わせて考えると、若年層は他のさまざまなものと比べて旅行への関心は低くなっているものの、旅行に行きたいという気持ちは他の年代より強いようです(図表4)。

DDD#25_図版04

“贅沢派”?それとも“長期のんびり派”?今の生活者が求める旅行とは

今度は旅行の仕方についての意識を見てみましょう。

「【A】期間は短くても、贅沢感のある旅行がしたい」と「【B】節約しても、より期間の長い旅行にしたい」では、どちらに気持ちが近いかを聞いたところ、全体傾向では「【A】期間は短くても、贅沢感のある旅行がしたい」が高いのですが、男性ではやや「【B】節約しても、より期間の長い旅行にしたい」が多い傾向にありました(図表5)。

また、グラフでは示していませんが、女性の方が旅行に出たら、その土地の名物を食べたり、名所や景勝地を観光したりしないともったいないと思う割合が高い傾向もあります。この結果から、女性の方がより旅行に対していろいろな予定や経験を詰め込みたいという欲望の強さがうかがえます。

DDD#25_図版05

上記のデータを見ると、女性はおおむね「短い期間で食も観光も目いっぱい楽しめる贅沢感のある旅行」を求める傾向が見えてきます。実際に心が動く消費調査の「最近、心に残った消費体験」での旅行に関する女性の回答を見てみると、下記のような贅沢感のある旅行についての記述が多くみられました。

  • 湯布院の温泉宿「日常を離れゆったりとしたラグジュアリーな旅で、一度泊まりたかった憧れの旅館に泊まって想像通りの満足度が、味わえた」(70代女性)
  • 都内のホテルステイ「子どもが生まれる前の夫婦2人きりで過ごせる最後のゆっくり時間ということで選んだ。ホテルマンの対応がものすごく良く、思い出に残った」(30代女性)
  • テーマパークの宿泊付きパッケージ「非日常、わくわくする気持ちを味わいたかった」(20代女性)
  • パッケージツアー「日常から離れて温泉やグルメを堪能したくて」(60代女性)

対して男性の場合は、旅全体への期待というよりも、特定の目的への記述が多くみられます。

  • 遊漁船「自分の釣り方で本命の魚を釣り上げたい」(60代男性)
  • 長良川鉄道フリーパス「初めて向かう地域へのわくわく感を感じたい」(20代男性)
  • 雪の大谷見学バス「一度見てみたい景色だったので計画を立てていった」(50代男性)

女性の贅沢感のある旅行志向、男性の目的のある旅行志向、いずれも金銭的、時間的な余裕がないと簡単にはできないものです。しかし、旅行離れの要因はそれだけなのでしょうか。

旅行意識に影響する日本人の「予定意識」

ここで心が動く消費調査の価値観項目のひとつに着目してみたいと思います。

「【A】一日の予定をあらかじめしっかり組む方だ」(以下、「予定順守層」と記載)「【B】一日の予定はなるべくその日の気分で決めたい方だ」(以下、「気まぐれ層」と記載)の項目を見ると、全体ではやや【A】予定順守層が多い傾向にあります(図表6)。

しかし若年層ほど【B】気まぐれ層が多い傾向が強く、男性の10~20代と女性の10代では【B】気まぐれ層が【A】予定順守層を上回っています(図表6)。さらに【A】予定順守層と【B】気まぐれ層の年代構成を比較すると、【A】予定順守層はややシニア寄り、【B】気まぐれ層はやや若年層寄りになります(図表7)。

DDD#25_図版06DDD#25_図版07

この【A】予定順守層と【B】気まぐれ層について先ほど見た旅行意識の項目で比較してみましょう。

「旅行は富裕層のものになってしまったと思う」は【A】予定順守層は59.0%が「そう思う」と答えているのに対し、【B】気まぐれ層は55.2%とやや低くなっています。また、「金銭的に無理をしても、少なくとも年に一回は旅行したい」は【A】予定順守層は57.7%が「そう思う」のに対し、【B】気まぐれ層は47.0%と低くなっています。

旅行の仕方に関しても【A】予定順守層が「期間は短くても、贅沢感のある旅行がしたい」と答える割合が66.1%に対し、【B】気まぐれ層は59.7%にとどまり、「節約しても、より期間の長い旅行をしたい」と答えている人が40.3%います(図表8)。

DDD#8_図版08

総じて【A】予定順守層は先ほど見てきたような一般的な旅行意識に近い一方、【B】気まぐれ層は「旅行は富裕層のもの」とまでは思っていないものの、そもそもの関心が低めな状況が見えてきます。

その日の気分で予定を決める【B】気まぐれ層にとっては、旅行にまつわるさまざまな予定を立てることや事前の準備はハードルが高く、関心を下げているのかもしれません。また【A】予定順守層は年に一回は旅行をしたいものの、金銭的、時間的な余裕がないということが読み解けます。

日本人の旅行意識を活性化させるヒントは、「旅行準備」のハードルをどう下げるか

多くの人が選ぶフリープランや自由旅行は準備のための労力が大きくなりがちです。ホテルや交通手段の予約、旅先での過ごし方、旅行用品の購入などの旅行準備こそ、旅のだいご味と考える人もいると思いますが【B】気まぐれ層のタイプには、こうした旅行準備が旅行のハードルになっている可能性があります。

心が動く消費調査の「最近、心に残った消費体験」を見ると、景勝地や観光スポットの名前だけではなく、ツアーの名称や泊まったホテルの名前を挙げる人が多くみられます。つまり、自分自身で行きたい場所をピックアップして旅程を組んだものに限らず、旅行会社等が企画したツアーへの参加や、ホテルでの滞在をメインとした旅行も印象に残っているということではないでしょうか。

また、近年の旅行トレンドとして話題になる、オールインクルーシブなホテルやクルージングなどは、日程さえ決めれば後は準備の労力は少なくて済みます。

結論として、近年はシニア向けでより充実しているパッケージツアーも、より幅広い世代向けの商品としてのチャンスがあると言えそうです。旅行準備という視点で見ると、アメニティが充実したホテルや朝食が充実したホテルなども、こうした気まぐれ層にはチャンスと言えそうです。

DENTSU DESIRE DESIGNでは旅行も含めたさまざまな消費行動について、より深い分析を進めていきます。

【調査概要】
第10回「心が動く消費調査」
・対象エリア:日本全国
・対象者条件:15~74歳男女
・サンプル数:計3000サンプル(15~19歳、20代~60代、70~74歳の7区分、男女2区分の人口構成比に応じて割り付け)
・調 査 手 法:インターネット調査
・調 査 時 期:2025年5月13日(火)~ 5月16日(金)
・調 査 主 体:株式会社電通 DENTSU DESIRE DESIGN
・調 査 機 関:株式会社電通マクロミルインサイト
 

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Google Veo 3の衝撃。超進化する動画生成AIは、SNS動画施策をどう変える?

動画生成Ai_GoogleVEO3_メインカット
左から電通 第1ビジネスプロデュース局 餅原創平氏、伊豫田敏広氏、Google ランディ・ハン氏

非常に速いスピードで進化し、近年ビジネスの舞台でも積極的に活用されている生成AI。

特に動画生成AIは、高い制作効率と無限の創造性、そして現実世界と見間違えるほどの精巧さにより、広告やマーケティング領域において大きな存在感を示しています。

今回は、そんな動画生成AIの中から、Googleの動画生成AIモデル「Google Veo 3(以下、Veo 3)」とショート動画施策の可能性に着目。

トヨタ自動車(以下、トヨタ)のグローバルSNS施策を担当する電通の伊豫田敏広氏と餅原創平氏が、Googleのグローバル営業チームとしてトヨタをサポートするランディ・ハン氏と、マーケティング領域における動画生成AI活用の可能性について語り合いました。

Journey on a whole different scale.
https://www.youtube.com/shorts/ln3UAkOs9c8

 

What rumbles but never crumbles?
https://www.youtube.com/shorts/rhPSf1GJ7Ew

 

<目次>
もはやAIが生成したと気付けない?Google Veo 3の3つの進化ポイント

他のプロダクトと連携すれば、より簡単により良い映像を作れる

SNS戦略、今後のキーワードは「たくさん」と「映像の多様性」

ネガティブな面ともポジティブな面とも向き合いながら、AI時代の制作プロセスを模索

もはやAIが生成したと気付けない?Google Veo 3の3つの進化ポイント

動画生成Ai_GoogleVEO3_伊豫田さんソロカット
電通 伊豫田氏

伊豫田:私と餅原は現在、トヨタのグローバルSNSの運用やコンテンツ制作を担当しているのですが、年間150本を制作・投稿するショート動画の制作効率や、移り変わりの早いSNSトレンドにどうついていくか、という点に課題を抱えていました。

そんな中、2025年5月に行われたのが、トヨタと電通が参加したGoogle主催のワークショップです。そこで、同月に日本でローンチされたばかりだったVeo 3を試用させていただき、性能の高さとSNSマーケティング領域での可能性を強く感じました。

餅原:このワークショップについては、前世代のモデルであるVeo 2で制作した映像を見て衝撃を受けた私が、ランディさんにお声がけして、開催に至りました。ちなみにその映像はLaszlo Gaalというクリエイターがつくったものですが、本当に衝撃的な作品で、大きな話題を呼んだものです。

ランディ:もともとは「Veo 2のワークショップを」という話だったんですよね。ところがそのワークショップ開催の3日前にVeo 3が公開されまして(笑)。結果として、早い段階でVeo 3に触れていただくことができました。

Google Veo
https://gemini.google/overview/video-generation/?hl=ja

「Google Veo」は2024年5月に発表された動画生成AIモデルです。約半年後の2024年12月にVeo 2を、2025年5月にVeo 3を発表。約半年ごとという非常に速いペースでバージョンアップを行っています。

伊豫田:生成AIの進化のスピードを感じる話です。そんなVeo 3ですが、Veo 2と比べてどの部分が進化したのでしょうか?

ランディ:進化したポイントは大きく3つで、「物の動きを再現した動画生成」「複雑な演出への対応」「アクセシビリティの向上」です。

まず物の動きを再現した動画生成ですが、プロンプトで細かく指示しなくても、物理的な特性を再現して、より自然な動画を生成できるようになりました。例えばVeo 3は重力などの「現実世界の物理法則」も再現できます。水が流れ落ちたり、地面ではじける様子なども、簡単に生成可能です。また、プロンプトで「車が走る」と指示すれば、車が人間のように走るのではなく、車として正しく走行する動きを生成できます。プロンプトに対しての出力が、全体的に自然になっているんです。

2つ目は、クリエイターの創造の幅をより広げる、複雑な演出が可能になった点です。物の動きを再現したことで、ドローンショットやパノラマショットなどの高度なカメラワークが実現できるようになるなど、クリエイターが使いやすい機能が追加されました。

最後に、アクセシビリティの向上です。Veo 2まではあくまでも単体のツールでしたが、Veo 3ではGoogleのさまざまなサービスからVeo 3にアクセスできるようになりました。Geminiや、現在はアメリカのみですがGoogle フォトといったプラットフォームへの提供も開始しています。自由な発想を表現するためのツールとして、より多くのユーザーに使ってもらいたいという狙いです。

餅原:ワークショップでは、クリエイターの制作したデモ映像のクオリティの高さに衝撃を受けました。Veo 2の段階でも実写のような完成度だと思っていましたが、Veo 3はもはや実際に撮影した映像と比べてもほとんど遜色ない出来で、「プロンプトを打つだけでこのレベルの映像が作れるのか」と。

伊豫田:私が注目したのは、映像と音が同時に生成できることです。特に、音声に合わせて人の口が動く、「リップシンク」の精度の高さには驚かされました。音声の内容と人の動きの整合性も問題ありませんし、日本語の方言もプロンプトひとつで再現できるんです。

また、トヨタの動画施策で使うことを考えると、車のエンジン音や走行音の再現度の高さもうれしいですね。まだよく見ると細部に違和感がある場合はあるのですが、車が静止している映像や、細かい部分が見えない引きのカットであれば、十分なものを作ることができています。Veo 3ではすでに企業がSNS向けに活用できるレベルのものになっていると思いますね。

トヨタのグローバルSNSのコンテンツとして、Veo 3を使った動画制作はスタートしており、現在プロトタイプを公開中です。冒頭でご紹介した2つの動画ですが、トヨタのランドクルーザー300を主役に、「クッキーでできた荒野を走り抜ける」というユニークな世界観の映像と、反対に自然のエネルギーや雄大さを感じさせる、リアルで迫力のある映像となっています。どちらもプロの映像クリエイターが主にVeo 3を使って作ったもので、マーケティング観点でもすでに実用レベルになりつつありますが、さらなる進化も予感させます。

他のプロダクトと連携すれば、より簡単により良い映像を作れる

動画生成AI_GoogleVEO3_餅原さんソロカット
電通 餅原氏

伊豫田:どんどん進化している動画生成AIですが、それをわれわれがどのように活用するのか、という課題もありますよね。餅原さん、制作側の視点から、いい映像を作るためのコツみたいなものはありますか?

餅原:やっぱり「プロンプトをどこまで的確に書けるか」だと思います。ただ、僕自身も、自分の持っているイメージを言語化できないことはあります。例えば「ドローンショット」という単語は、映像制作のプロでなければなかなか思い浮かばないですよね(笑)。ツールがどんなに進化しても、やはり使う人間によってアウトプットには差が出ます。

そういうときは、チャット型のAIアシスタントであるGeminiなど、他の生成AIにVeo 3用のプロンプトを作ってもらったりしています。また、Veo 3はテキストのプロンプトで指示を出す「Text to Video」だけでなく、他の画像や動画を読み込ませることで対象物を正確に再現できる「Image to Video」や「Video to Video」も有効で、私たちも動画生成に当たっては他のGoogleプロダクトを活用しています。そうすれば、制作経験がない人でも比較的簡単に動画生成ができると思います。

特にGoogleはクリエイティブのエコシステムがあり、VeoとGemini、まだアメリカのみですがGoogleフォトの画像からも動画生成できるということで、豊富なプロダクトを生かした制作環境が整っている点が魅力ですよね。

ランディ:「Text to Video」「Image to Video」といった制作プロセスは、生成AI時代にはじめて生まれた新しいやり方ですから、Google社内でも「Veoの使い方ガイドライン」が頻繁にアップデートされています。「こういうふうにプロンプトを書けばこれができる」というふうに、制作におけるノウハウを蓄積している最中です。

生成AIは進化のスピードが速いので、もし今後Veo 4、Veo 5が発表されたとして、今積み重ねたガイドラインやノウハウがそこで使えるかはわかりませんが(笑)。

餅原:自分たちで作ったプロダクトに関してのガイドラインを、実際に使いながら作っていくのって珍しいですよね。それが生成AIの大変さでもあり、面白さでもあるんだと思います。そして、進化の方向性としては、「ガイドラインが要らなくなる未来」を目指して進んでいるんですよね?

ランディ:そうですね、「ヒューマンクリエイティビティの拡張」を目指し、人間のクリエイティビティをより容易に、最大限に引き出せるように進化していくと考えています。Veoのプロンプトガイドラインについては、Googleクラウドのオフィシャルブログから定期的に公開していますので、興味のある方はご覧になってください。

https://deepmind.google/models/veo/prompt-guide/ 
https://blog.youtube/news-and-events/made-on-youtube-2025/

SNS戦略、今後のキーワードは「たくさん」と「映像の多様性」

動画生成AI_GoogleVEO3_ランディさんソロカット
Google ランディ氏

伊豫田:ここまで「動画生成AIの現在」について話してきましたが、ここからは「企業が動画生成AIをどう活用し、SNSに組み込んでいくか」について考えたいと思います。

動画生成AIがビジネスの領域に登場することで、企業のSNSマーケティングにおける投稿戦略なども変わってくると思いますが、いかがでしょうか?

ランディ:まず制作面については、動画生成AIによって予算や時間など、さまざまな制限が解決され、提案の数や幅が大きく広がるでしょう。

従来の映像作りとの違いについて、Veo 3でトヨタの動画をプロトタイピングしてくれたクリエイターは、

「場所や時間、天気など、いろいろな制限を気にせずに、『どう見せるか』『どう伝えるか』に注力することができる」

と言っています。予算的・時間的制限がなくなることで、これまで以上に多彩な映像表現が期待できるのではないでしょうか。

伊豫田:私も「映像の多様性」はキーワードになってくると思います。AIによって、これまで作れなかったものが簡単に作れるようになり、制作過程に存在するあらゆる制限がクリアになる。そういう環境の中で制作していると、「この発想はなかった」と思わされるものが出てきやすいんです。つまり、「誰でも作れる」ようになったからこそ、感性の部分で「その人にしか作れない」ものに価値が出てくる。

そうしたクリエイターのユニークな感性と、SNSのトレンドを掛け合わせ、動画生成AIが制作をサポートすることで、すごくいいものが作れるなと感じています。

また、動画生成AIによって映像制作のプロセスが短縮されることで、企画を重視し、より多くのアイデアを出すことができるようになるでしょう。その際に、膨大なアイデアをどう選定するか、どう管理するかは、今後考えていくべき部分です。1つ挙げると、スピード感が重要なSNS領域に関しては、「クライアントに企画を提案する工程」も簡略化を目指すべきなのではないかと考えています。

餅原:SNSにおいては、やはりショート動画が重要になっていくと思います。「短い動画をたくさん見る」という生活者行動が浸透している中で、企業も「短い動画をたくさん作る」という方向に動いているんです。

私たちが運用を担当しているトヨタのグローバルSNS施策では、365日SNSを運用していく上で、フォロワーの方とコンタクトにコミュニケーションを取り、よりブランドを知っていただくために、ある程度の投稿数の担保が必要になります。戦略的に本数と投稿頻度を計算しながら、 年間150本くらいショート動画を制作しています。

伊豫田:過去に「なぜそんなにたくさん作るのか?」と聞かれたことがあるんですが(笑)、個人的な答えとしては、単純にいろんなコンテンツがあった方が見ている人が楽しいから。そういうエンターテインメント性は、やはり数があってこそ成立するものだと思うんです。「数を作る」という部分では、制作効率の良さも含めて、動画生成AIの存在は大きいです。

餅原:それに加えて、「ヒューマンクリエイティビティの拡張」という面でも、生成AI活用は重要になってきます。SNS施策の目的として、動画を見た人に、ブランドやプロダクトのファンになってもらいたいという思いがあります。そのためには、そもそも見てもらえるような面白いコンテンツが必要ですよね。動画生成AIだからこそ実現できる、ユニークなアウトプットに期待しています。

伊豫田:ただ、先ほど挙げたように、「誰でも作れる」ことで映像が普遍化・陳腐化してしまうことは避けられません。そこにどうエッジを付け、個性を出していくかが、制作側としての課題です。先ほどランディさんがおっしゃっていたヒューマンクリエイティビティにわれわれも目を向け、生成AIで効率化をした分、人間はアイデアや企画の部分に時間を割いていくことが、今後重要になってくると思います。

ネガティブな面ともポジティブな面とも向き合いながら、AI時代の制作プロセスを模索

動画生成AI_GoogleVEO3_渋谷ストリーム壁前
渋谷ストリーム内、Googleオフィスにて、壁に書かれた文字は「Unlock Your Creativity(自身の創造性を解き放て)」というメッセージ。

伊豫田:最後に、これからの動画生成AIの在り方、そしてわれわれの関わり方についてお話をできればと思います。まず、Veoの今後の展望についてはいかがでしょう?

ランディ:今日何度かお話ししたように、Googleはより多くの人が自由な発想のもとで多彩なクリエイティブを生みだせるよう、より良いツールを提供していきます。

そのうえで、Veoについては、ビジネス領域だけでなく一般ユーザーにも使っていただきたいという思いから、アクセシビリティの向上と、ユーザーベースの拡大を進めています。

また、電通をはじめとする企業やクリエイターから、使用感、機能面などについてフィードバックやインプットをいただきながら、Veo 4、Veo 5と進化させていきたいです。

餅原:動画生成AI全体としては、「たくさん作る」という今のSNSの環境と、「制限を気にせずいろいろなものを簡単に作れる」という動画生成AIの特徴がうまく掛け合わさって、いろいろ試せる時代になったなと思います。今後、動画生成AIを使った映像制作はさまざまな領域で増えていくと思います。その未来がすごく楽しみですね。

ただ、生成AI活用における著作権や肖像権といった権利の問題は非常に重要で、クリエイティブ業界全体の課題だと思います。Veo 3では、企業用には権利関係の保証が用意されていますよね。そういった部分にも企業としてきちんと向き合いつつ、面白いものを作るためにどうバランスを取っていくか、考え続けていきたいです。

伊豫田:私は、とある海外クリエイターが言っていた「この時代に生まれてよかった」という言葉がすごく印象に残っています。広告業界にとって、動画生成AIはネガティブな存在に見えるところもあるかもしれませんが、効率やヒューマンクリエイティビティなど、ポジティブな要素がとても多いんです。

そこをいかに理解して、パートナー企業と手を組んで前向きに進めていくかといった制作プロセスを、電通としてもしっかりと考え、適切なやり方を模索していきたいですね。

AI主導型SNSソリューション「VERTICAL」

電通、電通ライブを含む、複数企業によるコンソーシアム型プロジェクト。SNS領域の本質課題に向き合い、強力なプレイヤーと、クライアント、ユーザー、コミュニケーション観点を深く理解しながら、垂直統合型で瞬発力をもって一気に推進する取り組みです。
 
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トヨタ・アルファード、1年待ちの悪夢再来か…第2次半導体ショックと中国依存リスク

●この記事のポイント
・中国・ネクスペリアの輸出規制により、再び自動車業界に半導体不足の波が到来。
・トヨタなど人気車種の納期長期化、部品調達難、受注制限の再来も懸念される。
・EV・ソフトウェア化が進む中、日本車の中国依存リスクが急速に拡大しており、“国産回帰”の現実性とスピードが問われている。

 トヨタ自動車の人気車種「アルファード」と「ランドクルーザー」。いずれも納期が1年を超えた“伝説の品薄車”として記憶に残るモデルだ。2021〜22年にかけての世界的な半導体不足の影響は、自動車生産ラインを一時停止に追い込み、ユーザーは数カ月から1年の納車待ちを強いられた。

 そして今、再びその「悪夢」がよみがえろうとしている。背景には、中国による半導体輸出規制という新たなリスクがある。

●目次

中国発・ネクスペリア規制の衝撃

 2025年秋、中国政府が突如として打ち出したのが、半導体メーカー「ネクスペリア(Nexperia)」製品の国外輸出制限だ。ネクスペリアはオランダに本社を置くが、中国のウィルセミ(Wingtech Technology)の傘下企業であり、実質的には中国資本が支配している。自動車向けアナログ半導体やパワートランジスタなどを数多く生産し、世界の自動車生産ラインの“縁の下の力持ち”として知られる。

 欧州の自動車メーカーでは、すでにこの輸出規制の影響が表面化している。ドイツのフォルクスワーゲン(VW)は、一部車種の生産停止を発表。同社関係者は「短期間で代替部品を確保できず、生産ラインの再編に時間がかかる」とコメントしている。一方、日本でも大手自動車メーカーが「一部車載用半導体の入手に支障が出ている」と報告。現時点では生産停止には至っていないが、供給リスクは現実化しつつある。

 日本の自動車メーカーは、ルネサスエレクトロニクスを中心とする国内半導体メーカーとの取引を強化している。

 だが、車載用半導体の供給構造をみると、国内調達だけでは到底賄いきれないのが実情だ。自動車1台あたりに搭載される半導体は、ガソリン車で約1000個、ハイブリッドやEVでは2000〜3000個にも及ぶ。

 ルネサスが得意とするマイコン(制御用チップ)は国内調達できても、電源制御や通信系、センサー、カメラ用などの多くは海外製だ。特にネクスペリア製品は、トヨタ・日産・ホンダの主要サプライチェーンにも広く使われているとされ、輸出制限の影響が長期化すれば、「2021年の半導体危機」の再来もあり得る。自動車アナリスト荻野博文氏はこう指摘する。

「車載用半導体は汎用品ではなく、車種や機能に合わせてカスタマイズされている。一度調達先を変えるには設計変更と認証試験が必要で、最短でも半年はかかる。“代替調達”は口で言うほど簡単ではない」

人気車種「アルファード」「ランクル」に集中するリスク

 市場ではすでに、人気車種の納期が再び延び始めている。特にトヨタの高級ミニバン「アルファード」とSUVの「ランドクルーザー」は、国内外で爆発的な人気を維持しており、受注が生産能力を上回る状況が続く。

「前回の半導体危機時には、転売目的での“投機的注文”も殺到。ランドクルーザー300は一時、納期4年待ち・中古価格が新車の1.5倍という異常事態を引き起こした。トヨタは今回、こうした混乱を防ぐために『受注制限』『グレード限定受注』などの対策を講じているが、部品供給が滞れば、いずれ同様の事態が起こりかねない。

 また、ハイブリッド車特有の制御系半導体や、人気オプション(大型ディスプレイ、パノラマルーフなど)に使用される電子部品は、依然として供給逼迫が続く“ボトルネック部品”だ。特定の部品が欠けるだけで、完成車が出荷できないケースもある」(同)

EV時代が生む「中国依存の罠」

 今回の問題は、単なる一時的な供給トラブルにとどまらない。むしろ、日本の自動車産業が直面する「中国依存の構造的リスク」を浮き彫りにしている。近年、日本メーカーはEV開発の加速に伴い、中国企業との連携を強化してきた。

 たとえば、
 ・日産やホンダは、中国CATL製のEV電池や車体プラットフォームを採用。
 ・トヨタは、中国BYDとの提携でEVセダン「bZ3」を開発。
 ・ソフトウェアや自動運転技術では、ファーウェイ製OSや通信モジュールを利用。

 こうした“合理的な協業”が進む一方で、地政学リスクが高まる今、「もし中国が供給を止めたらどうなるのか」という根源的な懸念が現実味を帯びてきた。

「EVのコア技術であるバッテリー、制御半導体、OSのいずれも中国の存在感が圧倒的に強い。中国が輸出制限カードを切るたびに、日本メーカーは『サプライチェーンの独立性』という難題に直面する」(同)

 こうしたリスクを背景に、トヨタやホンダは国内生産体制の再構築に動き始めている。ルネサスを中心に、車載向け半導体の生産拠点を国内で強化。

 また、ソニーとホンダが共同で設立した「ソニー・ホンダモビリティ」では、自社開発OS「Arene OS」による制御統合を進め、ソフトウェア面でも“脱中国”を模索している。

 一方で、サプライチェーンの完全な自立には時間がかかる。車載半導体の多くは長寿命かつ耐熱・耐振動性を求められ、一般的なPC向けチップのように数カ月単位で設計変更できるものではない。トヨタ幹部の一人はこう語る。

「われわれが本当に確保すべきは“数”ではなく“安定供給”。そのためには国内外のパートナーとどう分散するかがカギになる」

見えない在庫、膨らむリードタイム

「世界の半導体供給は、パンデミック期を経て一度は安定したように見えた。だが実際には、車載用半導体市場は慢性的な“隠れ不足”が続いている。納入リードタイムは平均で20〜40週(約5〜10カ月)。設計変更が難しいため、メーカーは「過剰在庫」と「欠品」の両極端を行き来している。

 特にハイブリッド・EV化が進むほど、必要な半導体の種類は指数関数的に増える。自動運転支援(ADAS)やコネクテッド機能には高性能チップが必要で、今後、“ソフトウェア定義車”時代に入るにつれ、車はもはや「走る電子機器」となる」

 つまり、半導体不足は“過去の一時的トラブル”ではなく、今後10年にわたって続く構造的課題だと見るべきだ。

 今回のネクスペリア問題を受け、政府も動き始めている。経済産業省は車載半導体を「戦略物資」と位置づけ、TSMC熊本工場(JASM)やラピダス(北海道)の支援強化を通じて、国産供給網の整備を急ぐ。

 しかし、これらの工場がフル稼働するのはまだ数年先だ。短期的には、「ネクスペリア代替の確保」が最大の課題となる。経済安全保障の専門家は「今の日本車は、中国製チップやソフトに“無意識的に”依存している。サプライチェーンの安全保障を軽視すれば、いずれ“戦略的な急所”を突かれる」と警鐘を鳴らす。

供給リスクが変える「モノづくりの発想」

 半導体不足は、もはや一過性の危機ではない。それは、自動車産業が直面する構造転換の“引き金”でもある。2020年代初頭、半導体の確保をめぐって「トヨタ・ショック」と呼ばれる教訓が生まれた。その後、トヨタはサプライヤーとの情報共有を強化し、在庫戦略を見直した。

 だが、地政学の激変とEV・AI化の進展により、今やその“勝ちパターン”も通用しなくなりつつある。「納期1年待ち」というニュースは、単なる流通トラブルではない。それは、世界のモノづくりが“再構築”を迫られているサインであり、自動車という巨大産業が「安全保障」と「サプライチェーンの主権」を取り戻す闘いの始まりでもある。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

池袋で第2次家電量販店戦争が勃発…なぜ今「リアル店舗回帰」が起きている?

●この記事のポイント
・池袋にヤマダ・ヨドバシ・ビックが再び集結。体験型店舗や複合モール構想で家電量販店が復権へ。
・EC時代にリアル店舗が「動画・SNS・ライブコマース」の拠点となり、販売戦略が逆転。
・各社が競争よりも共存を選び、池袋を「家電と観光の街」として再定義。都市型商業の転換点に。

 池袋駅周辺が、再び家電量販店の戦場と化している。

 ヤマダデンキ、ビックカメラ、ヨドバシカメラ——日本を代表する家電量販3強が、相次いで池袋駅周辺に新店舗・大規模リニューアルを仕掛けているのだ。EC(電子商取引)全盛の時代に、なぜ今あえて「リアル店舗」に注力するのか。そこには、単なる販売競争を超えた“都市型商業の再定義”が進んでいる。

●目次

リニューアルしたヤマダが示した「家電の未来像」

 9月、池袋東口にヤマダデンキの大型店「LABI1 LIFE SELECT池袋東口」がグランドリニューアルオープンした。従来の「量販型」店舗とは一線を画し、コンセプトは“体験型”。店舗内には実際のリビングやキッチンを再現し、ソニーやパナソニックなど各メーカーの最新製品を「生活空間の中で」試せる構成となっている。

 例えばリビングゾーンでは、ソニーのテレビとBOSEのスピーカー、日立のエアコンを組み合わせたホームシアター体験が可能。スタッフがAIスピーカーで照明や音量を操作するデモも行う。「製品を“買う場所”ではなく、“暮らしを体験する場所”にしたい」(ヤマダ広報)という構想のもと、ライブ配信を通じた商品紹介や、ライブコマース連携も始まった。

「これは単にECに客を奪われた家電量販店の”延命策”ではなく、むしろ店舗を“動画スタジオ”として活用し、SNSやECへの流入を促すハブ機能として再定義しているといえます。つまり、リアル店舗がオンライン販売の“起点”となり始めているのです」(戦略コンサルタント・高野輝氏)

「ヨドバシ×西武」の衝撃…家電と百貨店の融合モデル

 今回の“第2次家電戦争”の引き金を引いたのは、ヨドバシカメラの動きだ。同社は今年、西武池袋本店内への大型出店を発表。詳細はまだ明かされていないが、業界関係者によれば「百貨店の上層階を大胆にリノベーションし、“百貨店×家電”の複合モールにする構想」が進んでいるという。

「背景にあるのは、ヨドバシが近年展開してきた“ヨドバシタワー構想”です。秋葉原や梅田などでも見られるように、家電だけでなく、書店、飲食、ホテル、そして物流を一体化させる戦略です。西武池袋という都内有数の立地に進出することで、観光・宿泊・ショッピングを一気通貫で体験できる都市型拠点を目指している可能性が高いです」(同)

 百貨店が苦戦するなかで、ヨドバシとの連携は西武にとっても“救いの一手”だ。百貨店が担ってきた「リアルの上質体験」を家電の分野に転用することで、新しい来店価値を創出する。その象徴的な一手となりうる。

EC時代の「逆転」…店舗がショールームではなくメディアに

 長らく家電量販店は“ショールーム化”が進んでいた。来店客が商品を確認した後、最安値を検索してECで購入する――そんな構図が業界の悩みだった。

 しかし、今起きているのは、その“逆転”だ。体験型店舗の進化によって、店舗そのものが「SNS的な拡散装置」へと変化している。ヤマダのライブ配信やヨドバシの複合施設構想のように、リアルな接点が「動画」「SNS」「インバウンド」に拡張され、顧客とのタッチポイントが無限に広がっているのだ。

 さらに、家電業界では製品の高機能化・高価格化が進んでおり、「比較・体験・相談」が購買プロセスの中心になっている。特にAI家電やスマートホーム機器などは、機能を理解してもらうために実演・体験が欠かせない。店舗は単なる販売の場ではなく、「体験と理解の場」としての価値を取り戻しつつある。

“戦い”ではなく“共存”へ

 池袋では、東口のヤマダ、西武のヨドバシ、西口のビックカメラが半径500メートル圏内に並ぶ。一見、過当競争のようだが、実際には「エリア戦略」として機能している。

「消費者にとっては、複数の大型家電店が集中することで比較検討がしやすくなることが大きい。観光客や地方からの来訪者にとっても、池袋が“家電の街”として再び認識されるようになります。この結果、エリア全体の来街者が増え、各社がそれぞれの得意分野で収益を上げる構図が成立します」(同)

 特にインバウンド需要の回復が追い風だ。家電量販店は免税販売の比率が高く、2024年以降、外国人観光客による高額家電の購入が戻りつつある。訪日客は「秋葉原か池袋か」で家電を買いに行くケースが多く、各社は「池袋を第二の秋葉原」に育てることを狙っているともいえる。

 家電量販店の動きは、池袋東口の再開発とも連動している。駅前では新たな商業施設「ハレザ池袋」や、グローバルブランドホテルの進出など、街全体が“滞在型・体験型”の街へと進化している。

 豊島区のデータによれば、池袋の訪日客数は2019年比で約9割まで回復(2025年6月時点)。新宿や渋谷よりも宿泊費が安く、交通アクセスが良いことから“滞在拠点”として人気が高まっている。家電量販店各社は、単なる商業施設ではなく「観光インフラ」としてこの流れに乗ろうとしているのだ。

“体験経済”の中での再定義

 従来、家電量販店のKPI(重要業績評価指標)は「売上」「来店数」「在庫回転率」だった。

 しかし今、注目されているのは「体験時間」「SNS投稿数」「ライブ配信視聴者数」など、新しい指標である。ある大手家電メーカー幹部はこう語る。

「ユーザーが店舗で30分過ごしてくれれば、SNSに一回投稿してくれる。その投稿をきっかけにECで購入することもある。店舗のROI(投資利益率)を“来店→購買”ではなく、“来店→拡散→購入”で捉える時代です」

 つまり家電量販店は、もはや小売業ではなく「体験を起点にしたメディアビジネス」へと進化している。ライブ配信スタジオ、SNS動画、メーカーとの協業イベント……そのどれもが新しい“販売装置”となる。

 ヨドバシの動きは、単なる出店ではなく、都市インフラへの参入でもある。同社は物流拠点「マルチメディア配送センター」を全国で拡大しており、店舗を倉庫・EC配送のハブとして機能させている。家電を売るだけでなく、「都市生活における最後の1マイル」を自社で掌握しようとしているのだ。

 この構想は、Amazonなどのプラットフォーマーに対抗する日本型の“リアルOS”構想ともいえる。家電、宿泊、飲食、配送を統合するヨドバシの都市モデルは、地方都市への展開も視野に入っている。

家電量販店は「街の体験拠点」として生き残るか

 家電量販店の戦いは、もはや「どこが安いか」ではなく、「どこが面白いか」の勝負に変わった。体験・滞在・拡散・接客といった、非価格要素の競争が始まっている。

 その意味で、池袋東口の動きは、家電業界だけでなく、日本の都市商業の未来を占うリトマス試験紙といえる。

 今後は、AI家電やロボティクス、エネルギー機器など“体験しないとわからない製品”が増えていく。それらをどのように「街の中で体験させるか」が、次の競争軸になるだろう。

 池袋東口に再び家電量販店が集う理由は、単なる競争ではなく「共創」にある。各社が同じエリアに集まることで、話題性と利便性を高め、エリア全体での集客を狙う。リアル店舗はもはやECに対抗する存在ではなく、むしろその“入口”となる。

 “第2次・池袋家電量販店戦争”とは、リアルとデジタルの境界を超え、家電量販店が「体験のメディア」として進化する戦いなのである。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

三井住友カード、年会費約10万円“超高級カード”の狙い…改悪後の経済圏戦略

●この記事のポイント
・三井住友カードが年会費9万9000円の最上位カード「Visa Infinite」を新設。富裕層の囲い込みとVポイント経済圏の強化が狙い。
・楽天、PayPay、d、au、Vポイントの5大経済圏が競合。買い物還元から金融・投資連携へと主戦場が移行している。
・各社がAIや自治体連携を強化するなか、ユーザーは生活スタイルに合った経済圏選択とポイント最適化が重要となっている。

 三井住友カードが9月30日に発行を開始した、同社として初となる最上位クラスのクレジットカード「Visa Infinite」。年会費は9万9000円(税込)で、プラチナカード(年会費5万5000円)のさらに上に位置づけられる。

 これまでの三井住友カードといえば、「三井住友カード ゴールド(NL)」や「プラチナプリファード」など、キャッシュレス還元とステータス性を両立させたラインナップで人気を集めてきた。しかし、2024年以降のVポイント還元率改定(実質改悪)や、「SBI証券とのポイント付与見直し」など、コスト圧縮の動きが相次いでいた。

 そんななかで、なぜ今、“ハイエンド層向け”カードを新設したのか。ファイナンシャルプランナーの荒井友美氏に分析してもらった。

●目次

Vポイント経済圏の再構築:銀行・証券・カードの三位一体

「三井住友カードの関係者に話を聞いたのですが、狙いは『富裕層セグメントの囲い込みと、海外利用のシェア拡大』にあるようです。円安・物価高のなかでも海外旅行や外資系ホテル利用が活発な層を対象に、Visaグローバルの特典(空港VIPラウンジ、海外旅行保険、ホテル優待など)を強化し、さらに三井住友銀行・SBI証券・Olive(オリーブ)口座連携を通じて、Vポイントを経済圏の中核通貨として育てる方針を明確にしています」(荒井氏)

 つまり、Visa Infiniteは「カード単体の収益」ではなく、富裕層を経済圏にロックインする“旗艦プロダクト”としての役割を担う。

 Vポイントは2024年4月、Tポイントと統合されて誕生した。統合直後は利便性が向上した一方、「付与率低下」や「交換先制限」への不満も多かった。しかし、三井住友カードとSBI証券、さらに三井住友銀行の“Olive連携口座”によって、Vポイントの生態系は大きく変化している。

 ・SBI証券:投信積立や株式取引でVポイントを貯める/使う
 ・三井住友銀行:給与振込・光熱費支払いでポイントアップ
 ・三井住友カード:Visaタッチ加盟店で最大7%還元(コンビニ・マックなど)

 このように、Vポイントは「クレカの特典」から「資産形成・決済を一体化した経済圏ポイント」へと進化中だ。

 また、三井住友カードは2025年に向けて「ポイントの長期優遇設計(ロイヤル会員制度)」も検討しており、富裕層とリテール層を明確に分けた設計を進めているとみられる。

■5大経済圏の比較:楽天、PayPay、ドコモ、au、Vポイント

「各経済圏の競争軸は、従来の買い物還元から金融・投資・通信・公共料金など、生活インフラへの接続度に移行しています。特にVポイントとPayPayは金融分野での勢いが強く、楽天・ドコモ・auが築いた既存顧客層への浸透を狙う構図です」(同)

「ポイント改悪」の裏にある共通構造

 2024〜2025年にかけて、多くの経済圏で「ポイント付与率引き下げ」「特典縮小」が相次いだ。背景には、
 ・加盟店手数料の低下(特にQR決済)
 ・物価上昇とシステム維持コスト増
 ・ユーザー還元よりもエコシステム強化へ投資転換
といった要因がある。

 たとえば楽天は「SPU(スーパーポイントアッププログラム)」の条件を厳格化、PayPayは「PayPayステップ」の達成条件を複雑化。ユーザーの間では“改悪”と捉えられるが、企業側は「選別的ロイヤリティの最適化」と説明する。

 つまり今や、“誰にでも高還元”の時代は終わり、ロイヤル層に集中投資する時代になったのだ。

2025年のポイントプログラム最新潮流

 1.「共通ポイント→通貨化」への流れ
 Vポイント・dポイント・楽天キャッシュはいずれも送金・投資・外貨両替機能を強化。電子マネーから“疑似通貨”へと進化している。

 2.クレカとQRのハイブリッド統合
 PayPayカードや楽天カードタッチ決済など、「一体アプリ」での利用が進み、支払方法を自動最適化するAI機能が搭載されつつある。

 3.AIによる最適還元提案
 楽天の「AIお買い物ナビ」や三井住友の「Olive AIアシスタント」は、ユーザーの生活行動から自動で最適な支払い手段を提示。無意識のうちにポイントを最大化できる仕組みが整いつつある。

 4.地方自治体との連携強化
 PayPay・d払い・au PAYは、地方税や公共料金支払いでポイント還元を提供。全国の自治体と「地域通貨」的に連動するケースも増加している。

 ここで、意外と知られていないお得なテクニックを聞いた。

 1.SBI証券×三井住友カード(プラチナプリファード)で投信積立1.0%還元
 高額積立ユーザーほど恩恵が大きい。年間上限5万円分のVポイントが狙える。

 2.PayPay公共料金支払い+ソフトバンクまとめ請求で実質1.5%還元
 自治体支払いでも還元がつく珍しいケース。固定費節約に有効。

 3.楽天キャッシュ×楽天証券の再連携(2025年春再開)
 積立設定をキャッシュ払いに変えるとポイント二重取りが可能に。

 4.dポイント投資「おまかせコース」で毎週自動積立
 元手ゼロでも投資体験でき、ドコモ利用状況によってボーナス還元も。

 5.au PAYマーケット「還元率ブースト」+じぶん銀行残高連動
 金利優遇と合わせると実質年利換算で1.8%超え。貯蓄型利用に最適。

経済圏競争の主戦場は「決済」から「金融」へ

 クレジットカードやQR決済の競争は、もはや“支払いの便利さ”ではなく、「お金をどう運用し、どれだけ生活に還元できるか」が焦点となっている。

 三井住友カードが「Visa Infinite」という象徴的な最上位カードを導入したのは、単なる富裕層向けの贅沢品ではなく、Vポイントを軸にした金融エコシステムの頂点を築く意思表明だ。楽天・PayPay・d・auが築いた生活圏を追う形で、三井住友は“資産形成+決済+信用”を統合した「新・金融型経済圏」のリーダーを狙う。

 そしてユーザー側に求められるのは、「どの経済圏で生きるか」を意識し、自分の生活行動とポイント還元を最適化する“戦略的家計管理”である。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

ENEOS、AI異常予兆検知システム導入へ…安定稼働と効率化、背景に老朽化と人材不足

●この記事のポイント
・ENEOSが国内製油所にAI予兆検知システム「Aspen Mtell」を導入。老朽化設備と人材減少に対応し、安定稼働を図る。
・過去データをAIが学習し、異常兆候を早期に検知。運転停止リスクの低減や補修費削減など経営的効果を期待。
・ENEOSはAIを製造現場だけでなく素材開発やサプライチェーン効率化にも活用し、事業全体のデジタル転換を推進。

 エネルギー大手のENEOSは、国内の製油所にAIを活用した異常予兆検知システム「Aspen Mtell」を導入する取り組みを進めている。背景には製油所設備の老朽化や熟練技術者の減少といった構造的課題がある。ENEOSは「第4次中期経営計画」でAI活用を掲げ、製油所へのデジタル技術の導入を加速している。本稿はENEOS技術計画部次世代技術グループのコメントを基に、導入の狙いと効果、エネルギー産業におけるAI活用の展望を探る。

●目次

背景:エネルギー産業が直面する「二重の課題」

 石油精製業界は変革期にある。脱炭素の潮流が進む一方、依然として石油製品の安定供給は社会にとって不可欠だ。その中で日本の製油所が抱える課題は二つある。

 第一は設備の高経年化だ。日本の多くの製油所は1960年代から70年代に建設されたものが中心で、設備の老朽化が進んでいる。小さな不具合が大規模トラブルに発展するリスクが高まり、保全コストや運転停止のリスクが増大している。

 第二はベテラン運転員の減少である。長年にわたり設備の「異音」や「微妙な振動」を感覚的に察知してきた熟練技術者の退職が進み、経験知をどのように継承するかが大きな課題となっている。

 こうした背景を踏まえ、ENEOSは「製油所稼働率の最大化」と「AI活用の推進」を第4次中期経営計画の重要テーマに位置づけている

「製油所設備の高経年化やベテラン運転員の減少といった構造的課題を踏まえ、製油所の安定・高効率運転を実現するため、AIを用いた設備トラブルの早期予兆検知を可能にするAspen Mtellの導入を決定しました」(ENEOS技術計画部次世代技術グループ)

Aspen Mtellとは:データが語る「異常の兆し」

 Aspen Mtell(AspenTech提供)は、AIを用いて異常の予兆を検知するシステムだ。

 同システムの特徴は、過去の膨大な運転データをAIに学習させ、正常運転時と異常発生時のデータ相関を解析することで、従来の閾値監視では捉えにくかった微細な前兆を検知する点にある。

「本システムでは、過去の膨大な運転データからAIを用いて正常運転時・設備故障時における計器データ間の相関関係を学習することで、設備の異常予兆や過去に経験した類似故障の予兆検知を可能にします」(同)

 従来、定期点検やセンサー等での運転データの閾値監視では見つけられなかったごく小さな兆候や、経験の浅い運転員では見落としがちだった兆候をAIに検知させる。例えば、わずかな温度変化や圧力変動など、センサーの数値としては許容範囲内でも、異常発生の前触れであるケースを検知することができる。

導入効果:運転停止リスクの最小化とコスト削減

 異常予兆検知により、設備トラブルを早期に発見・対応できれば、製油所の計画外停止の抑制や補修費の低減が期待できる。

 同社は効果について次のように説明する。

「本システムの導入により、設備トラブル(従来は検知が難しかったものを含む)を初期段階で検知することが可能になるため、設備トラブル発生時の運転停止期間の短縮や補修費の削減といった効果が期待されます」(同)

 製油所の計画外停止は生産損失や補修費用などで大きなコストが発生するため、AIによる早期検知で停止回数や期間の削減につながれば、経営面でのメリットは大きくなる。

ENEOSのデジタル戦略:製油所を超えて

 ENEOSのAI活用は製油所だけにとどまらない。2025年7月に公表した「ENEOSデジタル戦略」では、以下の分野でのAI活用が示されている。

 ・革新的材料開発:新素材の探索や性能予測にAIを活用
 ・サプライチェーン効率化:需要予測や在庫最適化によるコスト削減
 ・製造領域:プラント自動運転への挑戦

「当社では『革新的材料の開発』や供給領域における『サプライチェーンの効率化』において先進的なAIを活用しています。また、製造領域においては異常予兆検知システム以外にも『AIを用いたプラントの自動運転』にも取り組んでいます」(同)

 つまりENEOSは、AIを単なる省力化ツールとしてではなく、事業基盤を再定義する「成長のカギ」と位置づけている。

ビジネス的含意:エネルギー×AIの未来

 今回の導入は、エネルギー産業が抱える課題をAIでどう解決できるかを示す象徴的な事例といえる。

 1.リスク管理の高度化
 従来は人の経験に依存していた異常予兆検知をAIに置き換え、先手の対応を可能にする。

 2.人材不足の補完
 熟練技術者の「暗黙知」をAIに取り込み、技術継承を支援する。

 3.経営資源の最適配分
 効率化で生まれた余力を事業投資等に振り向けることが可能になる。

 経営層にとって重要なのは、この取り組みが単なる「守りの施策」にとどまらず、次の成長へとつながる点だ。

 ENEOSの事例は、老朽化した製油所設備という課題に対してAIを戦略的に活用するモデルケースだ。従来の「守りの安全対策」を、経営戦略としての「攻めのAI活用」へと転換しようとする試みである。製油所の安定稼働は社会インフラの根幹に直結しており、そこにAIを中核に据えることは、エネルギー企業にとどまらず、多くの産業に示唆を与えるだろう。今後、AIは「製造現場の効率化」から「企業全体の経営判断支援」へと役割を広げていくことが期待される。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)