今注目すべき若手女優3人!『ナイト・ドクター』で好演、人気急上昇中の岡崎紗絵ほか

 今年7月クールの連続ドラマは揃って、いよいよ大詰めを迎える。各ドラマがどんな結末を迎えるか興味深いところだが、忘れてはならないのが、脇を固める助演としてキラリと光る才能を発揮した若手女優たちだ。

 そこで今回は、19~22時台のプライムタイムで放送されている連ドラに出演し、今後ますます活躍が期待される“注目の若手女優3人”を紹介したい。

岡崎紗絵

 1人目は『ナイト・ドクター』(フジテレビ系)から。本作は夜間勤務専門の救急医のナイト・ドクターとして勤務する医師たちの青春群像医療ドラマ。招集された6人のナイトドクターのひとり、高岡幸保を演じている岡崎紗絵(25)に注目したい。

 もともと彼女は2012年8月に開催された雑誌「Seventeen」(集英社)の専属モデルオーディション“ミスセブンティーン2012”に広瀬すずらと合格し、同誌の専属モデルとしてデビュー。現在は女性ファッション雑誌「Ray」(主婦の友社)の専属モデルを務めるかたわら、15年から本格的に女優業に進出した。

 同年7月公開の映画『脳漿炸裂ガール』(KADOKAWA)で映画初出演を果たすと、10月には『サイレーン 刑事×彼女×完全悪女』(フジテレビ系)で連続ドラマにも初出演。以後、16年に『仰げば尊し』(TBS系)、18年に『ブラックペアン』(TBS系)、19年に『トレース~科捜研の男~』(フジテレビ系)などの話題作に出演して存在感を発揮。着実にステップアップしてきた。

 19年には深夜ドラマながら『猪又進と8人の喪女~私の初めてもらってください~』(カンテレ/BSフジ)ではヒロインに抜擢され、コメディに初挑戦。端麗な顔立ちからは想像もつかない大胆な変顔を連発するなど新境地を開いている。今年1月に、2夜連続で放送されたスペシャルドラマ『教場Ⅱ』(フジテレビ系)でも“第200期風間教場訓練生”の1人として出演。誰にでも人当たりの良い優等生・伊佐木陶子役を演じたことは記憶に新しい。

 一方、スクリーンでは20年1月公開の映画『mellow』でヒロインの古川木帆役を好演するなど、今、勢いに乗っている若手女優の1人といえよう。ちなみに、彼女は『ナイト・ドクター』以前にも医療系ドラマに出演している。20年1月クールに放送された『アライブ がん専門医のカルテ』(フジテレビ系)である。このとき演じたのは、“がん診察のスペシャリスト”と呼ばれる腫瘍内科の研修医・夏樹奈海役。いつも前向きな努力家だが、たまに頑張りすぎて空回りしてしまうキャラを熱演していた。

 かたや『ナイト・ドクター』で演じているのは、高飛車だが頭の回転が速く、医師としての責任も兼ね備えたキャラ。ただ、人生を仕事だけに捧げるのではなく、どんなに忙しくても、いつも見た目に気を遣い、女子力を保つための努力も怠らない。一見すると、“才色兼備のデキるナイト・ドクター“に見えるが、実は「ありのままの自分を受け入れてくれる人なんていない」と思い込んでいる孤独な女性だった。さらに、相手に気に入られるため、常に相手に合わせようとする依存体質……という心に葛藤を抱えている人物。岡崎はこの難しい役柄を見事に好演、クセがありすぎるチームのメンバーの中でも、一際異彩を放つ存在となった。今後もますます演技力に磨きがかかりそうだ。

白石聖

 2人目は『推しの王子様』(フジテレビ系)に出演している白石聖(23)だ。彼女は19年に“美少女タレントの登竜門”とされる結婚情報誌『ゼクシィ』(リクルート)の第12代目CMガールに起用されており、お馴染みの人も多いのではないだろうか。

 ただ、芸能界入りは15年と早く、きっかけは高校2年生の夏休みに、原宿の竹下通りでスカウトされたことだった。そこから16年6月に『AKBラブナイト 恋工場』(テレビ朝日系)の第13話で待望の女優デビューを果たすと、同年7月クールの『仰げば尊し』(TBS系)で連ドラ初出演。以後、18年の『Missデビル 人事の悪魔・椿眞子』(日本テレビ系)、19年の『だから私は推しました』(NHK総合)、20年の『シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。』(日本テレビ系)と、確実に実績を残してきた。

 その間、ドラマではヒロイン役と主演作も合わせて8作経験。特に昨年夏に放送された連ドラ主演作『恐怖新聞』(フジテレビ系)での“怪演”は記憶に新しい。

 映画にも8作出演しており、今年6月に公開された『胸が鳴るのは君のせい』では、一度フラれてしまっても片思いを諦めない真っすぐなヒロイン・篠原つかさ役を好演。原作の魅力を守りながら、実写だからこその表現でつかさを見事に演じきった。

 そして本作、『推しの王子様』である。本作はゲーム制作のベンチャー企業が舞台。その社長が比嘉愛未演じる主人公で36歳の日高泉美。泉美は、“残念すぎる23歳”五十嵐航(渡邊圭祐)を理想の男性に育てるため奮闘する。そのなかで白石演じる古河杏奈は、泉美に憧れてインターンとして働く大学3年生。非常に高い女子力を誇るうえ、航の同郷の幼なじみで、当初は密かに想いを寄せる役だった。

 ところが泉美と航が別れたことで、航にアプローチ。結果的に付き合うこととなったのだが、本当は航も泉美も両想いだった……という、かなり難しい展開。そこで古河は、一途に航を想う女性を健気に演じ、強いインパクトを残した。ただ、こうした正統派の女性だけでなく、彼女は『恐怖新聞』のようなぶっ飛んだ世界観を持つホラー作品でも、その美が際立つ点が優れている。サバイバルゲームを題材とした深夜ドラマで、主演作でもあった『ガールガンレディ』(毎日放送製作)でもそうだったが、彼女の透き通った肌には深紅の血が実によく似合うのだ。

工藤美桜

 そして最後の3人目は『TOKYO MER~走る緊急救命室~』(TBS系)の工藤美桜(21)だ。都知事の命で新設された救命救急のプロフェッショナルチーム“TOKYO MER”が、重大事故、災害、事件現場に飛び込んで活躍する様を描く本作は、チームのメンバーが“1人も死者を出さない”というミッションのもと、東京都の危機管理対策室と連携を取りながら人命救助に当たる。活動終了後には毎回、危機管理対策室からケガ人の数が報告されるが、そのシーンでクローズアップされているのが、「死者は、ゼロです!」のセリフでお馴染みの、工藤演じる危機管理対策室のメンバー・清川標なのである。

 工藤は15年、16歳のときに特撮ドラマ“仮面ライダーシリーズ”の『仮面ライダーゴースト』(テレビ朝日系)に出演。仮面ライダースペクター、深海マコト(山本涼介)の妹・カノンを演じて本格的な女優デビューを果たしている。

 そこから5年後の20年、今度は20歳で再びテレビ朝日日曜朝の東映特撮作品にレギュラー出演することになる。“スーパー戦隊シリーズ”の第44作『魔進戦隊キラメイジャー』で女戦士のキラメキピンク、大治小夜役を演じ、新條由芽(キラメイグリーン/速見瀬奈役)とともにダブルヒロインを務めている。

 さらに今年5月、アプリサービス“東映特撮ファンクラブ”で独占配信されたオリジナル作品『仮面ライダーセイバー×ゴースト』で深海カノン役を再演。さらに6月から配信された続編の『仮面ライダースペクター×ブレイズ』では、深海カノンから“仮面ライダーカノンスペクター”に変身。女性キャストで初めてスーパー戦隊と仮面ライダーの両シリーズでヒーローに変身するという快挙を達成している点は注目に値しよう。

 映画も、仮面ライダーシリーズとスーパー戦隊シリーズを筆頭に12本に出演。さらに女優以外ではモデルとしても活躍し、今年4月発売の『with』(講談社)6月号からはレギュラーモデルを務めている。

 そんな彼女は、この『TOKYO MER』が『キラメイジャー』後初となる連続ドラマとなった。演じる清川標はTOKYO MERチームが出動した際に、室長の指示のもと活動をサポートする役目を担っている。要はMERメンバーが急行する現場の被害状況などをわかりやすく、正確に伝達しなければいけない役。そのため、撮影前に滑舌を猛特訓したそうで、まさにその成果が画面から伝わってくる。

 また、ときに年齢に似合わない大人っぽい演技をみせる点も見逃せない。実は演技の引き出しが多い女優なのである。

 最後にあえて1人追加するなら、『ナイト・ドクター』で深澤新(岸優太/King & Prince)の病弱な妹・深澤心美を演じている原菜乃華(18)の名を挙げておきたい。
(文=上杉純也/フリーライター)

五代目山健組が六代目山口組復帰情報…山口組分裂問題はついに「終わりの始まり」か

 6年前、六代目山口組が分裂して、神戸山口組が誕生した。その背景を語る上で、山健組という巨大勢力の存在は必要不可欠だった。山健組は、山口組の長い歴史の中にあっても一際特別な存在であり、その組織が六代目山口組体制から割って出たという出来事は大事件といえることだったのだ。

 そんな山健組が大きく揺れたのは、神戸山口組が発足して、わすが1年数ヶ月後のこと。当時、神戸山口組の最前線に立ち、時の人として各メディアからも脚光を浴びていた織田絆誠会長(現・絆會会長)らが、突如、神戸山口組を離脱し、新組織を結成。山健組が分派されることになったのだ。そのことは、すなわち神戸山口組全体の勢力にも影響を与え、ひいては山口組分裂騒動の行方を左右することにつながっていった。

 さらに、その後も山健組傘下の武闘派組織が六代目山口組に復帰するなど、神戸山口組の勢いに目に見えた翳りが生じることになっていく。

 それでもこの間、山健組は、四代目の井上邦雄組長から中田浩司組長に代替わりを果たすなどの新体制を発足させ、神戸山口組の中核を担い続けてきた。

 「それは、神戸山口組は山健組を中心として、最後まで諦めず闘い続けるという意思の現れだったといえるのではないか。実際、多くの離脱者が出て、神戸山口組が劣勢に立たされたといわれる中でも、五代目山口組時代には最大勢力を誇っていた山健組が神戸山口組に存続する限り、分裂問題が解消するのには時間がかかるだろうという声が業界内では囁かれていた」(組織関係者)

 だが、そこでも神戸山口組は、思いもよらない事態に見舞われてしまうことになるのだった。

 昨年夏、五代目山健組を継承していた中田組長が、拘禁先から神戸山口組の離脱を表明。五代目山健組の多くの組員らが、中田組長と共に神戸山口組を後にするのである。

 その五代目山健組は、2つの山口組とは一定の距離を起きつつ、独立路線の道を選択することになると思われた。しかし、ここに来て、六代目山口組に復帰するのではないかと噂されているのだ。

 「一部の大手メディアも、このことについては報じています。当局筋からも同じような情報が流れてきています。中田組長率いる山健組が六代目山口組に復帰するのと、そのまま独立路線でやっていくのでは、神戸山口組にとっての意味合いも変わっていくでしょう」(ヤクザ事情に詳しいジャーナリスト)

 独立組織として五代目山健組が存続している場合、神戸山口組と即敵対関係とはならないだろう。一方、六代目山口組は、神戸山口組の存在自体を認めていない。つまり神戸山口組が存続し続ける限り、分裂問題は解決したとはいえないのである。そんな六代目山口組に復帰した場合、五代目山健組は神戸山口組の存在を否定し、壊滅を目指す側に立つ。つまり完全なる敵対関係になるのだ。

 「神戸山口組は、そもそも山健組と宅見組がタッグを組む形で立ち上がり、もしかしたら山口組と両立しながら存続し続けるのかとも思ったが、山健組が六代目復帰となれば、当初の目論見は完全に崩れることになる。やなりヤクザは筋を違えては、存続ができないということだったのではないか」(某組織幹部)

 言い尽くされてきた言葉だが、山口組の分裂問題はいよいよ「佳境に入った」という表現がはっきり当てはまるところまで来たようだ。

(文=山口組問題特別取材班)

毎週末の夕方に「全財産が無くなる」!? パチンコ業界の重鎮が開店プロの「剛の者」を紹介!

 当サイトでは以前、大御所ライターのヒロシ・ヤング氏が自身のYouTubeチャンネル「ヤングちゃん、寝る」で開店プロの実態について触れたことをお伝えした。

 その名の通り、開店プロとは新装開店のホールを狙い打つ集団で、ヤング氏や、同じく業界の重鎮・大崎一万発氏もかつては所属。メンバーは大崎氏の所属時で200人、ヤング氏の所属時で150人ほどいたそうで、インターネットがなかった当時、新装開店の情報はそれぞれのエリア担当が入手して事務所に連絡していたという。

 今とは違って、パチンコがややアンダーグラウンドな時代。当然、開店プロのメンバーも特殊な人々が多く、先のYouTubeチャンネルで新たに公開された動画では、そんな開店プロの剛の者たちを紹介し、大きな反響を呼んでいる。

 そもそも開店プロの多くは本名を名乗っておらず、「今月から、名前違うから」といったパターンもあったそうで、そんな中の1人は大の競馬好き。パチンコでは「めちゃくちゃ稼いでいた」ものの、毎週日曜日の夕方5時には「全財産が無くなる」生活を繰り返していたそうで、ヤング氏は「それでも最低限の種銭は残していたんだろうな」と笑いながら振り返っている。

 これに対して動画にゲスト出演した大崎氏は、「基本はその日暮らし。先のことを考えてない」と開店プロの思考を解説し、「明日起きて打ちにいけば金になるんだろ」と「のんきな発想の人ばかりだった」とも。ヤング氏も開店プロの人々を「The・キリギリス」と称し、それ故「家を借りていない人もいた」そうだ。

 一方、中には「セコいやつ」もいたそうで、新装開店の状況報告でウソをついたり、状況報告を入れない者も。後者についてはグループ内で「しんねこ」と呼ばれていたそうで、このしんねことは、男女が人目を避けて仲良く語り合うことを意味する「しんみりねっこり」から転じて、他人に内緒でコソコソやっていることを指す意味だという。

 また、今では一般的に使われる「ノリ打ち」とは開店プロ発祥の言葉だそうで、先輩メンバーには自分がダメだった時などに、いきなり「今日はノリな」と出た後での「後ノリ」を指示する者も。大崎氏も「恐怖の後ノリ」と苦笑いし、「そんなズルいこと、あります」と当時の理不尽ぶりを回想している。

 このほか、開店プロ内では玉の共有などホールのルール違反が公然と行われていたそうで、ヤング氏は、その点について謝罪。ただ、「パチンコのおかげで今日があることは自覚している」とし、何かしらの形で「恩返しできたら」とも続けている。

 これだけでも濃い内容だが、当記事でピックアップしたトピックは、ほんの一部である。もっと詳しく知りたい方は、是非とも動画をチェックしていただきたい。

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元JRA藤田伸二氏「ルメールのせいで勝てなかった」10年越しの恨みを発散!? 騎乗停止になるも着順変更なしに不満、凱旋門賞(G1)前哨戦を前に怒りの回顧

 日本時間12日夜、フランスのパリロンシャン競馬場では凱旋門賞(G1)の前哨戦・フォワ賞(G2)が行われる。

 今年は日本からディープボンド(牡4歳、栗東・大久保龍志厩舎)が参戦。本番と同舞台だけに注目しているファンも多いだろう。

 数時間後に迫ったフォワ賞を前に10年前の出来事をつぶやいた人物がいる。JRA通算1918勝を誇る元騎手の藤田伸二氏だ。

「今日の夜は凱旋門賞の前哨戦が行われる」と自身のTwitterで切り出した藤田氏。10年前のフォワ賞を次のように振り返った。

「俺もフォア賞にヒルノダムールで挑み悔しくも2着

本番1番人気になるルメール騎乗のサラフィナと好勝負だった。

最後の直線で俺の馬にアタックしてきてバランスを崩した

ルメールは騎乗停止になったものの着順は変わらん

勝っていただろう
悔しい思い出だ!」(原文ママ)

 藤田氏とヒルノダムールがフォワ賞をステップに凱旋門賞挑戦を果たしたのは2011年。4歳を迎えたヒルノダムールはその春、天皇賞・春(G1)を7番人気で制し、ナカヤマフェスタとともに日本競馬界の悲願を達成すべく渡仏していた。

 4頭立ての少頭数で行われた前哨戦は、当時最強牝馬との呼び声も高かったサラフィナが1番人気。ヒルノダムールは最低4番人気と、その評価は決して高くなかった。

 レースは日本の2頭が好スタートを切ると、ナカヤマフェスタが逃げ、ヒルノダムールは3番手を追走し、サラフィナは最後方で末脚を温存。淡々としたペースで4頭は一列縦隊で進んだ。

 フォルスストレートを抜け最後の直線を迎えると、直線半ばで4頭が横一線に並ぶデッドヒート。外に進路を取ったヒルノダムールが鞍上のゴーサインに反応し、いったんは前に出た。しかしそのすぐ内の狭いところをこじ開け伸びてきたのがC.ルメール騎手騎乗のサラフィナ。最後は2頭の追い比べとなったが、短首差だけサラフィナが先にゴール板を通過した。

「レースは4頭立てでしたが、最後の直線は手に汗握る激しい追い比べだったのを覚えています。中継映像では分からなかったのですが、サラフィナが狭いところをこじ開けた際にヒルノダムールにタックルしたのでしょう。

レース後に藤田氏が『日本ではあのような狭いスペースに突っ込んでくることはない』とコメントを残していたのが印象に残っています。藤田氏のツイート通り、このときヒルノダムールがバランスを崩すほどの不利を受けていたのなら、本番(凱旋門賞)に多少なりとも影響があったのかもしれませんね」(競馬誌ライター)

 その後、中2週で本番を迎えた藤田氏とヒルノダムール。11番人気に評価を下げたナカヤマフェスタとは対照的に4番人気と評価を上げて大一番を迎えたが、パドックから激しく入れ込んでしまい、10着に敗れた。

 藤田氏にとって生涯唯一の凱旋門賞挑戦は悔しい結果に終わったが、その数年後に“因縁”のルメール騎手が日本に拠点を移したことで、2人による名勝負が何度も実現している。

 あれからちょうど10年、今年こそ日本競馬界の悲願はかなうだろうか。まずはディープボンドの走りに注目が集まる。

(文=中川大河)

<著者プロフィール>
 競馬ブーム真っただ中の1990年代前半に競馬に出会う。ダビスタの影響で血統好きだが、最近は追い切りとパドックを重視。

『ニュース女子』沖縄基地反対運動へのデマでDHCテレビに敗訴判決!訴えた辛淑玉が改めて語る「犬笛によるヘイト」と判決

 総裁選出馬を表明した高市早苗氏がネトウヨ番組『虎ノ門ニュース』に出演したことが話題になったが、その数日前、この『虎ノ門ニュース』を制作しているDHCテレビジョンが東京地裁で敗訴判決を受けた。  同じくDHCテレビジョン(放送当時の社名はDHCシアター)制作の番組『ニュー...

パチンコ超ブームで「爆裂連チャン機」の頂点に君臨!【初代『CR大工の源さん』】

 稼働絶好調の三共『Pフィーバー機動戦士ガンダムユニコーン』やまだまだ衰え知らずのサンセイR&D『P牙狼虹ノ旅人』が牽引するパチンコ業界。

 しかし、この約1年余りにわたりパチンコ業界を引っ張ってきた機種といえばやはり三洋物産『P大工の源さん 超韋駄天』ではないでしょうか。

 中古価格の方もガツ~ンと高値を付けていた時期と比較すれば、随分とお求めやすくなってきました。未設置の店は、今からでも導入されてみてはいかがでしょうか(全国ホールの約3割が未導入店舗と思われます)?

 その名の通り韋駄天の如き速さで連チャンしドル箱を積み上げていく神速マシンですが、そのルーツとなる初代『CR大工の源さん』も当時CR爆裂機ブームの真っ只中、頂点に君臨したメガヒットマシンでした。

 初代源さんがリリースされたのは『CR機』の登場から3年が経過した1996年。三段階設定付きで設定1=約1/369・設定2=約1/405・設定3=約1/438というマックスタイプ並みの大当り確率の重さでしたが注目すべきはその“爆発力”。

 確変突入率こそ1/3ですが2回ループ(通常絵柄を2回連続で引かないと終了しない)のため、ひとたび確変に突入すると大連チャンも難しくなく見返りも非常に大きかったのです。

 更には100回の時短付きですから、ホールも鉄火場の様子で高稼働店ともなれば空き台がないのも日常茶飯事でした。

 演出もまだまだシンプルな時代でしたが数種類の予告と数種類のスーパーリーチで構成され、ノーマルリーチ以外は全てそれなりの期待度があるというのも優れた点でしょう。

 現在のような《これはほぼ当らない演出》というのがあまり存在しないのです。

 正に頂点を極めた初代源さんでしたが、以降は後継機種が登場しつつも『そば屋の源さん』になったり『寿司屋の源さん』になったり今一つ落ち着かない感じだったので…令和に再び大ブレイクするとは誰が予想できたでしょうか。

 SNSの拡散力も大きく影響した機種と思われます。正直なところ導入当初は、特に高稼働という程ではありませんでしたからね。

 主には『Twitter』でしたが、その凄まじい神速の如き連チャンや圧巻の出玉報告tweetが相次いで拡散されていき、我も我もと高稼働に繋がっていく様子は正に『時代の寵児』といった感じでした。

 ちなみに『大工の源さん』というコンテンツ自体は三洋物産のオリジナルと思われている方が大半だと思われますが、元々は『アイレム』という会社から1990年に発売されたアーケードゲームだということはご存知でしたか?

 私自身はゲーセンで遊んだことがありますし、ファミコン版でも遊んだことがありますが単純にアクションゲームとして面白いゲームでしたね。もはや完全にパチンコから生まれたキャラクターと思われがちですが、実はそうではなかったのですね。

 という訳で今回は、実に25年もの歴史がある源さんの原点に迫ってみましたがいかがでしょうか。源さん同様、長きにわたりパチンコ業界を牽引し続ける三洋には今後も要注目ですね!

(文=電撃しらっち)
<著者プロフィール>
業界歴30年。遊技機販売業など様々な業種を経験し、現在はライターとしての活動にも力を入れている。レトロパチンコ・パチスロの実戦記事や、業界関係者への取材記事も担当。羽根モノや一発台を特集するなど、オールドファンにも響く内容も積極的に作成している。

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JRA「16年ぶり」川田将雅が演じた大失態!? 「絶対に負けられない」単勝1.1倍を襲った3つの想定外にファンから怒りと諦めの声

 12日、中山競馬場で行われた7Rの3歳上1勝クラスは、新人・永野猛蔵騎手が騎乗したアドマイヤチャチャが勝利した。

 道中でハナに立ったフジマサディープを交わして先頭を奪うと、そのまま後続の追撃を凌いでの押し切り。13着に惨敗した前走から巻き返しに成功した。前の馬が止まりにくい開幕週の馬場を味方につけた永野騎手の好判断も光ったレースだった。

 これに対し、絶対に落とせない一戦で失態を演じてしまったのが、川田将雅騎手とボーデン(牡3、美浦・岩戸孝樹厩舎)のコンビだ。

 ボーデンは、1月30日に行われた東京の3歳未勝利(芝1800m)で、JRA未勝利戦史上最速と1分45秒2をマークした実力馬。2着に6馬身差をつける圧勝に加え、母系にエアグルーヴがいる血統的背景からクラシック候補ともいわれた逸材である。

 スプリングS(G2)で3着に入るもその後、右後肢にフレグモーネを発症していることが判明し、登録していた皐月賞(G1)を回避。1番人気に推された前走のラジオNIKKEI賞(G3)で6着と敗れ、復活を期待されていた。

 近走の敗戦は、重賞ということで情状酌量の余地もあっただけに、メンバーが一気に弱化した1勝クラスとなれば、1.1倍の断然人気を集めたのも無理はないだろう。

 それだけに、“勝って当然”のレースを敗れてしまったことは、陣営としても大誤算だったに違いない。

 14頭立て芝1600mのレース。ゲートが開いてすぐ、腰を落とすような格好でスタートしたボーデンは、後方4番手からの苦しい位置取りを強いられた。これには鞍上の川田騎手も後ろ過ぎると判断したのか、徐々にポジションを押し上げて中団まで進出する。

 距離のロスが少ない内からスルスルと上がっていったボーデン。このまま最短距離でリカバリーしたいところだったが、ここで誤算があった。最終コーナーを待たずにバテたフジマサディープが下がり始め、ボーデンは進路変更を余儀なくなされたのだ。

 これにより、追い出しがワンテンポ遅れたボーデンは懸命に追い上げを図ったものの、ようやくエンジンが掛かった頃には時すでに遅し。勝ち馬だけでなく、3着馬すら捉えられない4着での入線となった。

「まず一つは、スタートで後手を踏んだことが大きかったです。二つ目は、勝負所での進路変更。三つ目は、マイルへの距離短縮でしょうか。

 ただ、本当に強い馬なら少々の不利は跳ねのけても勝ってしまうだけの力があります。結果的にボーデンは過剰人気だったというしかなさそうです」(競馬記者)

 圧倒的1番人気の敗戦に、ネットの掲示板やSNSでは「なにやってるんだ!」「いや、これは馬が弱かった」など、一部のファンから川田騎手の騎乗を責める声や諦めの声も出ていたが、馬券圏内にも入れなかった走りに、“負けて強しだった”のかと問われると微妙なところ。

 未勝利戦を除くと、JRAで単勝1.0~1.1倍の馬が4着以下に敗れたのは、2005年4月2日の阪神8R(4歳上500万下)アドマイヤレオンが6着に敗れて以来とのこと。今回の敗戦には、16年5ヶ月ぶりというオマケまでついた。

 スパっと切れる脚も見られなかっただけに、ボーデンの次走はもう少し距離が長い方がいいのかもしれない。

(文=高城陽)

<著者プロフィール>
 大手新聞社勤務を経て、競馬雑誌に寄稿するなどフリーで活動。縁あって編集部所属のライターに。週末だけを楽しみに生きている競馬優先主義。好きな馬は1992年の二冠馬ミホノブルボン。馬券は単複派で人気薄の逃げ馬から穴馬券を狙うのが好き。脚を余して負けるよりは直線で「そのまま!」と叫びたい。

パチンコ軽くなっても出玉は「80連・4万5000発」のミドル級!?「15分で万発」の2タイプ確変マシンなど…激アツ新台初打ち速報!!

 9月6日からの週は、注目の大型タイトルが新台として数多く登場した。今回は、その中から当サイトがピックアップした新機種に対するユーザーの反応などを紹介しよう。

・『Pキャプテン翼2020』(サンセイR&D)

 大当り確率1/319.68のミドルタイプで、確変突入率・継続率は共に75%。特筆すべきは「2種類の連チャンモード」を搭載している点である。

 まず一つ目はオーソドックスな確変モードとなる「VICTORY ROAD」。ヘソ大当り時の50%で突入し、モード中の大当りの半数で10Rを獲得できる。モード終了後に突入する「Additional Time」は時短or確変となり、最後まで連チャンの期待が持てる仕様だ。

 二つ目の確変モードとなる「全力BIG BONUS」は、通常時の大当り25%で突入。ここでは小当りRUSHが展開され、平均獲得出玉は「約4900発」と十分な出玉感を有している。「2タイプの確変」が噛み合うことによって、まとまった出玉を得ることも十分に可能だ。

 本機を遊技したユーザーからは演出面に対して様々な意見があったが、出玉性能に関しては「15分で万発」「小当りRUSHはかなり速い」などポテンシャルの高さを称賛する声も多かった。「全力BIG BONUS」を引けるかどうかが重要といった印象である。

・『Pコードギアス 反逆のルルーシュ ライトミドルver.』(ビスティ)

 大当り確率約1/222.2で、初当りの大半(97%)が「時短1回+残保留4回」のブラックリベリオンへ移行。ここで約1/7.7となる図柄揃いを射止めることができれば、RUSH「コードギアスチャンス」へ突入だ(トータル突入率約51%)。

 コードギアスチャンスは「時短13回+残保留4回」で構成されており、継続率は約91%と連チャン性能は強力。出玉振り分けも「520発~1000発」の振り分けが合計67%と、強ライトミドルの名に相応しいボリューム感を実現している。

 ヘソ賞球1玉となったことで「玉持ちが…」といった意見もあったが、出玉性能に関しては「ミドルと遜色ない」といった高評価の声が目立っていた。「80連・4万5000発」という出玉報告もあがっており、遊びやすくもパワフルな仕上がりといえるだろう。

 また、ミドルでは非搭載だった遊タイムが新たに追加されている点も好ポイント。大当り終了後666回転で発動し、「大当り+RUSH突入」が濃厚という強力な恩恵となっている。今後の更なる活躍が期待されるマシンだ。
○○○

 今回は新台2機種をピックアップして紹介させていただいた。どちらも個性あふれる武器を持った魅力的なスペックとなっているので、興味のある方は遊技してみてはいかがだろうか。

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凱旋門賞(G1)大本命スノーフォールに「ゴドルフィン」の刺客!? 「この馬はジョッキーの夢」世界的名手が惚れ込む愛ダービー馬がG1・3連勝

 現地時間11日、英国ドンカスター競馬場で行われた英セントレジャー(G1)は、圧倒的1番人気に推されたハリケーンレーン(牡3歳、英・C.アップルビー厩舎)が勝利。今年の愛ダービー馬が単勝1.7倍の人気に応えてG1・3連勝を飾った。

 空前絶後の豪華メンバーと称されている今年の凱旋門賞(G1)に、また1頭の有力候補が加わるかもしれない。

 芝2900m(14.5ハロン)で行われる英セントレジャーは、英国クラシックの最終戦。日本競馬でいえば、菊花賞(G1)にあたる。10頭立てのレースに挑んだ愛ダービー馬は、最後の直線を迎えると先団に取り付き、残り400mでスパート。2着とは2馬身3/4差だったが、着差以上の楽勝だった。

 世界的オーナーのゴドルフィンの所有馬であるハリケーンレーンは、これで愛ダービー、パリ大賞、そして英セントレジャーとG1・3連勝。その充実ぶりも然ることながら、凱旋門賞と同じパリロンシャン競馬場の2400mで行われたパリ大賞を6馬身差で圧勝している実績は大きい。

 そしてこの日、本馬を管理するアップルビー調教師が「凱旋門賞は皆の心中にある」と世界最高峰のレースへの挑戦を示唆。早くも「エネイブル2世」と称されているスノーフォール中心の勢力図に一石を投じる存在になりそうだ。

「今年の3歳牝馬では、英・愛オークス馬のスノーフォールが断然の存在ですが、3歳牡馬も当たり年かも。愛ダービー馬ハリケーンレーンはこれでG1・3連勝ですし、その本馬を英ダービー(G1)で負かしたアダイヤーは、その後にキングジョージ6世&QES(G1)も制して、凱旋門賞の最有力候補に挙げられています。

また、凱旋門賞には進まない可能性があるものの、仏ダービー(G1)を制したセントマークスバシリカも11日の愛チャンピオンS(G1)を制してG1・5連勝中。欧州各国のダービー馬が、これだけ順当に実力を発揮し続けるシーズンは非常に珍しいと思います」(競馬記者)

 英セントレジャーを楽勝したハリケーンレーンについて、主戦のW.ビュイック騎手も「彼はジョッキーの夢だ。乗っていて楽しい」と最大級の賛辞を送っている。

 なお、ビュイック騎手はアダイヤーでキングジョージ6世&QESを制しており、凱旋門賞では本馬に騎乗することが濃厚だ。そんな中でもう1頭の相棒ハリケーンレーンも凱旋門賞へ意欲を見せたことには「決断を急いだりしない」と、“究極の選択”を迫られる未来を予感している。

 今年の凱旋門賞には、日本からもクロノジェネシスが挑戦予定。12日には、前哨戦となるフォワ賞(G2)が開催され、日本の“もう1本の矢”ディープボンドが参戦。そしてヴェルメイユ賞(G1)では、話題の女王スノーフォールがフランスの競馬ファンにお披露目される予定だ。

 10月3日に行われる頂上決戦、第100回・凱旋門賞へ――。いよいよ、空前絶後の出走メンバーたちの“間合い”が詰まってきた。

(文=大村克之)

<著者プロフィール>
 稀代の逃亡者サイレンススズカに感銘を受け、競馬の世界にのめり込む。武豊騎手の逃げ馬がいれば、人気度外視で馬券購入。好きな馬は当然キタサンブラック、エイシンヒカリ、渋いところでトウケイヘイロー。週末36レース参加の皆勤賞を続けてきたが、最近は「ウマ娘」に入れ込んで失速気味の編集部所属ライター。

福沢諭吉と渋沢栄一の甥っ子たちが繰り広げた仁義なき戦い…王子製紙を舞台に乗っ取り戦争

福沢諭吉の甥っ子・中上川彦次郎、14歳で藩校の教員になる才能を、井上馨に見初められる

 今年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主役・渋沢栄一の新1万円札印刷が始まったというニュースを耳にした。現在の1万円札は福沢諭吉だが、2024年に渋沢栄一にバトンタッチする予定だという。そう、NHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公の渋沢栄一だ。

 興味深いことに、この2人のそれぞれ甥っ子が、栄一の創った企業の争奪戦を繰り広げたという歴史がある。つまり、新旧1万円札が争ったわけだ。この争奪戦は結局、福沢側の勝利となった。そこで今回は、この争いについて述べていこう。

 諭吉の甥・中上川彦次郎(なかみがわ・ひこじろう)は、安政元(1854)年に中津藩士・中上川才蔵の長男として生まれた(母が福沢諭吉の姉/中津は現在の大分県中津市)。

 彦次郎は幼少の頃から親戚筋の儒者に漢学を習い、明治元(1868)年にわずか14歳(満年齢)にして藩校・進修館の教員に採用された。その後、彦次郎は上京して慶應義塾に入り、卒業後は故郷・中津の洋学校、宇和島(現在の愛媛県宇和島市)の洋学校の英語教師を経て、慶応義塾で教鞭を取った。

 明治7(1874)年、彦次郎は慶応義塾の門下生・小泉信吉とともにイギリスに留学。特定の学校には学ばず、将来政治家になるために西欧の知識、見識を深め、視野を広める姿勢をとった。当時、新政府で財政を担当していた井上馨が欧米視察中で、彦次郎と小泉はロンドンで井上の英語勉学の相手をして、井上にその才能を認められた。

 明治11(1878)年7月、井上馨が参議兼工部卿に任じられると、彦次郎はその推挙で工部省に入るが、翌年9月に井上が外務卿に転じたため、彦次郎も外務省に転じ、外務省書記官に就任。11月には25歳で公信局長に抜擢される。しかし、1881年に「明治十四年の政変」が起こり、大隈重信が失脚。“大隈のブレーンでもあった”福沢諭吉の関係者も職を追われ、彦次郎も辞任を余儀なくされた。

福沢諭吉の甥っ子・中上川彦次郎、時事新報の社長から山陽鉄道の社長へ、そして三井銀行に入行

 翌明治15(1882)年、福沢諭吉は「時事新報」を創刊、彦次郎を時事新報社の社長に据えた。彦次郎は自ら執筆・編集を行う一方、新聞社の経営にも関与した。特に広告、宣伝を重視し、海外ニュースの掲載、読者欄の開設など、斬新なアイデアで販売に努めたため、売上部数はたちまち増え、明治18(1885)年には三大新聞の一角を担うまでになった。

 そんな彦次郎の才能を見込んで、明治20(1887)年に三菱社の荘田(しょうだ)平五郎から、創業計画中の山陽鉄道会社(現・JR西日本)の社長にならないかと打診があった。諭吉もこの話には賛意を示したが、彦次郎が去った後の時事新報社の経営を心配して荘田と相談し、この話を白紙に戻してしまう。しかし、彦次郎は諦めなかった。井上馨に手を回して阪神の政財界に圧力をかけ、山陽鉄道の社長就任に成功した。

 彦次郎の施策は一事が万事、当初莫大な費用を要するものの、長い目で見ると廉価で済み、効率的というものが多かった。彦次郎は複線化を前提とした用地買収を予定していたが、株主の反対によって頓挫してしまう(彦次郎が社長を辞任した後、山陽鉄道は複線化のために多額の費用を払うハメになった)。また、線路設計に関して「100分の1勾配」「15度以内のカーブ」などの原則論を強硬に主張。その実現に莫大な費用がかかったという(九州鉄道では初期費用を抑えて40分の1勾配で設計したため、数年後に再工事を余儀なくされた)。

 こうした彦次郎の施策は、短期的な利益を望む株主には、評価されなかった。株主との攻防の末、彦次郎は明治24(1891)年に山陽鉄道を辞任。井上馨の推挙で三井銀行に入行した。

 当時、空前の不況が経済界を直撃し、日本有数の富豪といわれた三井家をも揺るがした。

 三井家は江戸時代に両替商(金融機関)と呉服商を営んでいたが、明治維新後は銀行業への進出を渇望。経営不振の呉服商を切り離すことで、三井銀行の設立に漕ぎ着けた。ところが、不況で三井銀行が多額の不良債権を抱えるに至り、再建および事業改革の全権が井上に委ねられた。当時、三井の事業は三井銀行だけだったので、銀行の経営不振は大問題だった。

 井上は抜本的な改革を成し遂げるには外部から人材を招聘すべきとの結論を出した。

 その頃、井上はたまたま汽車で彦次郎に乗り合わせた。井上は彦次郎の才能を高く買っていたが、当時、彦次郎はまだ山陽鉄道の社長であるから、「もし、君がもうひとりいたら、三井家の改革を任せたいんだがなぁ」と嘆息した。ところが、彦次郎は無理解な株主の要求に飽き飽きしていたから、「渡りに船」で即座に井上の要請を受け入れた。言ってみるものである。

 かくて、中上川彦次郎は三井銀行副長に任じられた。非常にわかりづらいのだが、当時の三井財閥では「三井銀行副長」が事実上のトップの肩書きなのである。その上の総長は三井一族の三井高保が務めていたが、かれは彦次郎に全幅の信頼を置いていたので、彦次郎はこれを背景として大英断を振るった。

 不良債権の整理・回収を強引に推し進め、抵当流れとなった工場等を再建。また融資先の有力企業を乗っ取り、三井財閥の資金を使って工業化を邁進した。そして、それを成し遂げるために大量の学卒者を採用し、人材を育成した。

 三井銀行の貸出金のほぼ3分の1は不良債権であり、政官癒着を背景にした回収困難なものも少なくなかった。ところが、中上川彦次郎は相手が誰だろうがお構いなしで、気鋭の学卒行員を差し向け、不良債権の回収を断行した。その尖兵として選ばれたのが抵当係・藤山雷太(らいた)である。

福沢諭吉の甥っ子・中上川彦次郎の腹心の部下・藤山雷太、王子製紙に乗り込み、社長の渋沢栄一に辞任を要求す

 藤山雷太の活躍ぶりは鮮やかだった。のちの総理大臣・桂太郎の邸宅が実弟への貸金の担保となっていたため、これを差し押さえようとしたり、松方正義の実兄が担保にしていた旧薩摩藩屋敷を差し押さえたりした。彦次郎は雷太をよほど気に入ったと見え、夫人の妹・みねとの結婚を雷太に勧めたくらいである。

 そして、明治29(1896)年、藤山雷太は王子製紙専務に就任した。

 王子製紙は、渋沢栄一の提唱によって明治6(1873)年に設立され、栄一が王子製紙の「工場の煙突から煙の上るのを朝夕眺めるのはひとつの楽しみだった」というほど目を掛けていた。

 王子製紙は業容拡大のため、明治29(1896)年から明治32(1899)年にかけて3度、都合475万円の増資を行った。彦次郎は三井銀行が増資に応じる代わりに専務の派遣を打診。2名の候補者の中から藤山雷太が選ばれた。

 専務就任にあたり、雷太は彦次郎に呼ばれ、密命を受けた。

「渋沢が君に専務になってほしいということだから是非やってほしいが、そのかわり君に命ずることがある。君の目的は王子製紙を三井の会社にすることだ。彼らに懐柔されてはならない」

 当時の王子製紙社長は渋沢栄一だったが、実際に業務を握っていたのは専務・大川平三郎。栄一の甥っ子で、娘婿である。

 叔父が創った会社を任されている大川と、それを三井のものにしようと企む雷太。当然、両者の仲はうまくいくはずがなく、感情の上でも仕事の上でも衝突することが少なくなかった。

 そこで雷太は渋沢を訪れ、「私が三井を代表して入社以来、新しい人も採用したから社内に二派が出来たようで、どうも物事がうまく運ばない。はなはだ言いづらい話であるが、あなたに王子製紙の社長をやめてもらいたい」と直談判に及んだ。

 これにはさすがの栄一も驚き、「それは君の考えか、三井の考えか」と尋ねた。

 雷太は「もちろん、専務取締役として私個人の考えである。そのわけはあなたが辞職してくださらなければ、会社の前途が安全でありません。大川君が専務取締役としてあなたのところに先に行き話を決めてくれば、ほかの重役は盲判を捺(お)すばかりで、私は責任をもって経営することができません」と理由を述べた。渋沢はしばらく考え、「話はよくわかった。早速重役会を開く手続をせよ」と応じ、大川平三郎を取締役技師長工場主管に降格した。

 大川失脚後、大川派の職工が内紛を起こし、その責任を取る形で大川は辞職。ここに、王子製紙は完全に三井の掌中に落ちた。

自分を追い出した藤山雷太を、大日本製糖の社長に指名する、渋沢栄一のあっぱれな度量

 近代日本の財界を代表する渋沢栄一を、かれのつくった会社から追い出そうというのだから、藤山雷太の胆力には恐れ入る。これを承諾した渋沢の度量もあっぱれというほかない。しかも、この話には続きがあったのである。

 翌明治30(1897)年に雷太は脊椎カリエスという大病を患い、余命3年を宣告された。結局、難病は治癒したが、心身衰えている間に職工はストライキを起こし、明治34(1901)年に後ろ盾の中上川彦次郎が死去。雷太の心労はピークを迎え、明治35(1902)年に雷太は王子製紙を辞し、三井から去った。

 その7年後の明治42(1909)年、日本を代表する企業・大日本製糖が一大疑獄事件に巻き込まれ、社長が自殺するという危機的状況に陥った。その時、同社相談役・渋沢栄一がこの難局を乗り切れる人材として、藤山雷太を後継社長に指名した。自分を王子製紙から追い出した、憎い男(?)の胆力を信じたのである。

 藤山雷太は悲壮な覚悟で大日本製糖社長に就任。企業再建を成功させ、製糖業を戦前日本の三大産業(電力、紡績、製糖)のひとつといわれるまでに育成した。大日本製糖を中心とする企業グループは、藤山コンツェルンと呼ばれた。

 ん? 結局は福沢諭吉の甥っ子の義弟と渋沢栄一本人との企業争奪戦ではないかと。まぁ、確かにそうなのではあるが、甥っ子同士の代理戦争ではあるので、ご勘弁願いたい。

(文=菊地浩之)

●菊地浩之(きくち・ひろゆき)
1963年、北海道札幌市に生まれる。小学6年生の時に「系図マニア」となり、勉強そっちのけで系図に没頭。1982年に國學院大學経済学部に進学、歴史系サークルに入り浸る。1986年に同大同学部を卒業、ソフトウェア会社に入社。2005年、『企業集団の形成と解体』で國學院大學から経済学博士号を授与される。著者に、『日本の15大財閥 現代企業のルーツをひもとく』(平凡社新書、2009年)、『三井・三菱・住友・芙蓉・三和・一勧 日本の六大企業集団』(角川選書、2017年)、『織田家臣団の系図』(角川新書、2019年)など多数。