2025年のパリでAIの多様性を考える(後編)

こんにちは、Dentsu Lab Tokyoの なかのかな です。ラボのR&D活動の一環として、2025年6月11日〜14日にフランス・パリで開催されたヨーロッパ最大級のテックイベント「Viva Technology 2025」を視察してきました。後編では、大手企業とスタートアップのコラボレーション事例や国別ブースの様子をお届けします。

LVMHはブドウから店舗までAIを活用

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会場中央に構えられたLVMHブースでは、傘下のメゾンとコラボレーションする15社のスタートアップが紹介されていました。レース状の内装は昨年のLVMHイノベーション・アワードの受賞企業Aectualが担当しており、リサイクル素材と3Dプリント技術が活用されています。

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モエ・エ・シャンドンでは、ブドウの病気や傷を見分けるシステムにAIを活用しています。農業用画像解析ソリューションを提供しているHiphenとの協業で、6000枚以上の注釈データつきブドウ画像で訓練したアルゴリズムは、1万6000パレットを超えるブドウの品質評価を3週間で終えられるようになったそうで、2024年に全てのモエ・エ・シャンドンのプレス機に導入されています。パートナー農家向けには写真の中央の黒い機器のような移動可能な検査キットも開発しています。

ブルガリは、AIでジュエリーのトレーサビリティを実現。Dev4Sideとの協業により、人の目には見えないマイクロサイズで彫り込まれたシリアル番号を専用アプリで読み取ることで、真贋(しんがん)や産地といった情報を確認したり、サポートを受けたりすることができます。

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AIで商品画像の制作デモを行っていたのがルイ・ヴィトンです。Rigstersのロボットカメラで商品を360°撮影して3D化、OKCCの生成AIソリューションによりブランドに合わせた背景を作り出すことで、ウェブサイトやキャンペーンのローカライズに役立つとしています。

ディオールはオンライン体験のパーソナライズ化にAIを用いていました。提携先のKahoonaはサイト訪問者の振る舞いからデジタル・プロファイリングを行い、実店舗の経験豊富な店員のように顧客のプロファイルや行動を予測し、個々のニーズにリアルタイムに応えることができるようにするソリューションが評価され、LVMHイノベーション・アワードで最優秀ビジネス賞を獲得していました。

生成AIを用いたビジュアルが印象的だったロレアル

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未来的なビジュアルが目を引いたロレアルブース。昨年のVivaTechで発表された社内向け生成AIラボCREAITECHは、各ブランドに対応した商品開発や広告制作を高速化する目的で作られており、来場者がブランドに即した画像や映像の生成を体験できるコーナーもありました。

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AIを活用したマルチブランドのビューティーマーケットプレイスNoli(No one like I(ノリ)は、ロレアルが設立したスタートアップで、NVIDIA(エヌビディア)、アクセンチュア、マイクロソフトとの協業を発表しています。ユーザーの「ビューティープロファイル」をもとに、製品をマッチングするAI診断ツールを搭載しており、100万件以上の肌スキャンデータと数千の製品の配合データをAIが分析し、ユーザー一人ひとりの肌質や悩みに合わせて複数ブランドから最適な製品を自宅に届けてくれるそうです。

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環境負荷を抑えながら高品質な製品づくりを目指す、サステナブルなAI活用事例もありました。香水の原料となる植物を栽培する垂直農業システムは、フランスのInterstellar Labが開発したもの。同社は宇宙ステーションや火星などでの食物生産技術を開発しています。従来の品質を保ちながらも水や栄養の最適化で資源の消費が少なく、輸送にかかるエネルギーも削減できるそうです。

また、育てた植物から香り成分を抽出するための新しい技術も紹介されていました。加熱や冷却ではなく空気の流れによって揮発した香り成分を集める手法で、これまでの手法ではできなかった香り成分を抽出することができるそうです。

鯨からがんまでAIで見分けるカナダ

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今年の国カナダのブースは中央に人形ロボットAmeca(アメカ)を設置。イギリスのEngineered Arts社のロボットですが、応答にはカナダのIVADO LABSのプログラムが使用され、AIやブースの質問に対して答える仕掛けで人を集めていました。Viva Techで今年新設された「Tech for Change」アワードのファイナリストに選出されていたReveal AIは、光学的手法とAIを組み合わせることで、生体内でのリアルタイム分子診断ができるツールを展示。がん手術の際の切除する領域を正確に判定することで再発率を下げることができるそうです。

その他にも、コンテナや倉庫などへの商品の最も効率的な積み方を3Dビジュアルで提案するソフト、鯨など海洋哺乳類を自動検出することで船への衝突防止や生態調査などに活用するツール、猫の痛み度合いを表情から推定する獣医師向けアプリなどさまざまなスタートアップがAIを応用したビジネスを展示していました。

アフリカテックアワードでもAI関連企業が受賞

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フランスという地理的・言語的な親和性から、VivaTechにはアフリカからの出展が例年積極的に行われているそうです。今年はセネガル、コートジボワール、初出店のギニアなど8カ国がブースを構えていました。4回目になるAfrica Tech Awards(アフリカテックアワード)では、eコマース&フィンテック部門でナイジェリアのZeeh Africaが受賞。銀行口座を持たない人が多数いるため、スマートフォンの取引履歴や行動パターンデータをもとにAIで信用評価を行う仕組みが評価されていました。グリーンテック部門では、AIを活用した家庭用エネルギー管理プラットフォームを開発した南アフリカのPlentifyが受賞していました。

「誰のために、誰のデータで、誰によって設計されるべきか」って誰が決めるの?

VivaTech 2025では、「AI」がまさに主役。会場のあちこちでその文字を見かけ、ラグジュアリーブランドから医療、環境、金融まで、さまざまな分野でAIが活用されている様子が紹介されていました。大手企業とスタートアップが手を組み、社会課題の解決や新たなビジネスの創出に取り組む姿も目立ち、AIが私たちの暮らしに深く入り込んできていることを実感できるイベントでした。

一方で、AIの開発には膨大なデータと計算資源が必要なため、どうしても一部の巨大企業や国家に技術が集中しがちです。そうなると、どんなデータを使うか、どんな価値観で設計するかといった判断も、限られたプレイヤーに委ねられてしまいます。これは、情報の偏りや、私たちの生活に影響を与える意思決定の偏向につながる可能性があります。

こうした懸念に対し、少数言語に対応したAIの開発や、各国が自国のデータを自国内で管理する「データ主権」の動きも進んでいます。地域に根ざした技術開発は歓迎すべき流れですが、同時に、国や地域ごとにAIのルールや価値観が分断されてしまうリスクもはらんでいます。グローバルな協調とローカルな自立、そのバランスをどう取るかが、これからの大きな課題です。

今回のイベントを通じて強く感じたのは、AIを社会にどう実装していくかを考えるうえで、「誰のために、誰のデータで、誰が設計するのか?」という問いが、ますます重要になっているということです。そしてその問いに答えるのは、企業や政府だけではなく、私たち一人ひとりかもしれません。

今回の視察では、Dentsu Lab Tokyoでも「こぼれ話」をご紹介しています。視察に関する詳細なレポートもご提供可能(有償)ですので、お気軽にお問い合わせください。

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「素材」のブランディングで新たな可能性を拓く、ゼブラ企業との挑戦

「ゼブラ企業」をご存知でしょうか?

“企業としての利益追求”と、“社会との共存性”を共に重視するスタートアップ企業を、白と黒の2色模様の動物であるシマウマに擬えた言葉です。

その内の一つ「KAPOK JAPAN」(以下、カポックジャパン)は、「カポック」という植物を活用し、サステナブルなアパレル素材の開発とファッションブランドの運営を手掛けています。

電通BXクリエイティブセンター(以下、BXCC)は、同社のビジネスパートナーとして、カポックの素材自体のブランディング(「マテリアルブランディング」)と、イタリアで開催される素材とテキスタイルの見本市「ミラノ・ウニカ」出展に向けたロゴ・ステートメント制作に取り組みました。 

本記事では、カポックジャパンの代表取締役社長・深井喜翔氏、BXCCの庄野元、三宅優輝、長谷川輝波にインタビュー。今回の取り組みでポイントとなった「ブランドストーリーを整理すること」の重要性や、マテリアルブランディングが広げる可能性、その際に必要なBXクリエイティブの観点についてお聞きします。

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電通BXCC・三宅、カポックジャパン・深井氏、電通BXCC・庄野、長谷川。

「木の実を使ったダウン」の発想で生まれた新たなブランド

──お一人ずつ自己紹介をお願いします。深井さんは「カポックジャパン」の事業内容も含めてお聞かせください。

庄野:BXCCでは、広告領域で培ったクリエイティブの力を、より経営や事業に近い領域の価値提供に生かしていくことをミッションとしています。本プロジェクトにはクリエイティブディレクターの立場で参加し、ブランディングを構想したり、事業価値の規定における全体設計部分などを担当しました。

三宅:ナショナルクライアントやスタートアップなど、幅広い企業のブランディングロゴやビジュアル制作を担当し、各ブランドの持つ世界観をアートワークでつくりあげています。日頃からSNSを通してファッション関連に携わりたいとつぶやいていたところ、庄野に声をかけてもらい参加しました。

長谷川:BXCCではプランナーなど複数の肩書を持っていますが、今回はコピーライターとして参加しました。持っている全ての肩書の業務にニュートラルに携わる中で、まだ見たことのないアイデアや事業のお手伝いをすることを仕事の軸としています。

深井:実家が代々アパレル稼業をしており、私はその4代目です。8年ほど前に家に戻り、2019年に新事業として「KAPOK KNOT(カポックノット)」というアパレルブランドを立ち上げました。そこで東南アジアに生えているカポックという木の実を使ったダウンのようなコートを製造・販売したところ、大きな反響があったため、別会社として「カポックジャパン」を設立し代表取締役社長を務めています。

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(画像左より)カポックの樹と実。

深井:元々家業のルーツが綿などの“素材”だったので、僕も素材を軸にした事業ができないかと繊維に関わる資格の勉強をしていました。その中でカポックの存在を知り、興味を持ったんです。これまでもアパレルの素材に使おうとした企業はあったようなのですが、繊維にするのが難しかったそうで……ならばダウン(羽毛)の代わりに使うのはどうかと考えました。

カポックは軽くて保温性が高く、ダウンと同じような機能を有しています。木の実が原料なので鳥を傷つけることはなく、樹木本体の伐採も必要ない。また、CO2を吸収し、ダウンよりはコストもかからない。そのため、ビジネス的にも社会的にも意義があると思ったのです。

KAPOK#1_カポックノットのコート

“素材を扱うプレーヤー”を増やすことが、持続可能な社会を広げる鍵になる

KAPOK#1_庄野さんソロカット

──カポックのマテリアルブランディングと2025年2月のミラノ・ウニカ出展に向けたアートワーク制作を行った、今回のプロジェクト発足の経緯を教えてください。

深井:カポックの事業を始めた当初、この「素材」を採用してもらえないか他のアパレル企業に提案をしていたのですが、採用実績がないため、かなり厳しい状況でした。であれば、自分で実績をつくろうと考え開発したのが、カポックノットのコートです。当時このコートの約2年分の在庫を用意するつもりで作ったら、発売後ほぼ一瞬で売り切れるという予想以上の反響がありました。

その後も好調な売れ行きに伴って、素材自体への手応えが見えてきたので、2024年4月に素材研究や販売に特化した「マテリアル事業」をスタートしました。本事業では海外販売の構想があり、まずは2025年2月にイタリアで開かれた展示会ミラノ・ウニカへの展示を目指していました。その過程で電通とのご縁があって、素材のブランディングやロゴなどのアートワークが必要だったため、協業させてもらうことになりました。

庄野:深井さんと知り合ったきっかけは、BXCCが企業のBX推進の取り組みの一つとして開催したイベントです。BXCC内にオープンイノベーションでスタートアップをサポートしていくプロジェクトがあり、昨年、国内の企業が自社事業を世界に発信していくためのイベントを開催しました。そこに深井さんにご参加いただいた際、お話を聞いて、互いに興味を持ったのです。

深井:それが2024年の10月頃だったので、翌年2月のミラノ・ウニカに向けてマテリアルブランディングができるとすごく助かる状況でした。プロジェクトの本格始動は12月頃、年末年始を挟んで1月中に終わらせるという非常にタイトなスケジュールではありましたが、短期で集中的に進められたらとお願いしました。

──当初からマテリアルブランディングに焦点を合わせたプロジェクトだったのでしょうか?

庄野:はい。当時深井さんも素材事業の構想はお持ちでしたが、カポックジャパンの基幹事業はあくまでもファッションブランドでした。その中で、われわれとしては素材自体に強い価値を感じ、カポックがより多くの企業で扱われるようになれば、さらに持続可能な世界が広がっていくのではないかと可能性を感じていました。

そこで、「素材」のブランディングを通して価値を伝え、カポックを扱うプレーヤーを増やす。その大元に、先行して独自の加工技術等を生み出していたカポックジャパンがいるという構造をつくれるといいのではないかと考え、マテリアルブランディングの提案をしました。

現代は“サステナブル疲れ?”ゼブラ企業が抱える課題とは

KAPOK#1_深井さんソロカット

──カポック自体をブランディングすることで市場を拡大できれば、ゼブラ企業としても、サステナビリティなどの社会性と事業性のバランスを取りやすくなりそうです。その両立にあたり、深井さんが今感じられている課題があれば、お聞かせください。

深井:カポックノットを立ち上げた2019年頃は、「サステナブル」や「SDGs」といった言葉がバズワード的に広がり始め、世の中のメインストリームになっていく気配が醸成されていました。しかし現在は、社会的に“サステナブル疲れ”の雰囲気が若干出てきていると感じます。

環境に良い素材の製品は価格が上がりがちです。以前はそれでも「サステナブルで良いものだから」という理由で選んでくださる方がいましたが、サステナブルの考え方が浸透し、ある種スタンダードになった今は、その理由だけで生活者が購入を続けるのが難しくなってきているように思います。企業側も事業を行う上でサステナブルを考えることは前提という風潮の中、他の付加価値や魅力を提示できないと選ばれなくなっているのです。

カポックも保温性などの機能面で価値提案をしていますが、価格帯はダウンよりは安価なものの、すごく手に取りやすい価格ではありません。僕らとしては、当時社会的価値と機能的価値を掛け合わせて訴求できれば選ばれていくだろうとの考えでアパレル製品を作り、当初は狙いどおり即完売したものの、その後は思ったよりも伸びていない状況です。

マテリアル事業を始める前から、アパレル製品における社会性×機能的価値というブランディングはうまくいっています。事業性のみを第一義としないゼブラ企業としては、このまま“健やかな成長”を目指す道もありました。しかし、そこで課題となるのが、カポックを栽培する人々の事業継続性です。

カポックの農園の方に、売れたらさらに木を植えたいと話したところ、ならば実が成る50年の間は買い続けてくれと言われました。カポックの製品を作る企業が多くない現状では、基本的にわれわれだけで発注量を増やし続けなくてはならない。「健やかな成長」と言いながら発注量がそのままでは、彼らの生活も守れなくなってしまいます。

そこで、素材自体を販売し、当社以外でも使い道をつくる構想を立てました。当初描いていた形とは異なりますが、事業として一定の規模にスケールさせることはやはり大切。カポックという素材自体を販売する「マテリアル事業」をスケールさせることで、社会性と事業性をうまく両立しようという、いい意味の変化が起きたんです。

庄野:今のお話は、ゼブラ企業全体の課題だと思います。サステナブルに関わる製品は、どうしても「いいもの」で終わる傾向にあり、最初は売れてもなかなか定着しない。いかに定着させられるか、共感されて買い続けてもらえるかが、重要で難しいところだと思います。サステナブルが当たり前になっていく中で、機能や本質的な価値がちゃんと伝わり、プロダクトとして定着させられるか。この点は今回のプロジェクトにおいて強く意識しました。

──今回のプロジェクトは成果報酬型のビジネスパートナーとして進められているそうですが、その理由も今の「サステナブルであるためには、ビジネスとしてスケールさせなくてはならない」というお話と関係しているのでしょうか?

庄野:はい。カポックジャパンが成長することは、BXCCが提供できた価値の結果にもなりますし、それだけ本気になって考えられるということで、成果報酬型という形を提案しました。クリエイティブの力で、社会的な価値あるゼブラ企業のグロースを支援させていただくことは、われわれのチャレンジでもあります。

深井:成果報酬型という形でなければ、当社が電通とご一緒するのは難しかったので、とてもありがたかったです。また社内的にも、電通のような大きな企業のクリエイターとしっかり取り組む経験はなかなかありません。電通のプロジェクトの進行の仕方や考え方を目の前で見る経験をさせてもらえたことも、非常に良かったと感じています。

機能、社会性、ストーリー。消費者の心を動かすすべての“スイッチ”のバランスを考え抜いた「ブランド価値抽出セッション」

KAPOK#1_長谷川さんソロカット

──プロジェクトで行われた週1回の「ブランド価値抽出セッション」では、どのようなことを話し合い、実際のクリエイティブに反映されましたか?

庄野:セッションを通して、カポックという素材が持つ価値と、カポックジャパンが有する価値の両方を洗い出し、整理しながらアウトプットを作り上げていきました。今回の場合、特に企業自体よりも、カポックという素材の価値を強く訴求していけると良いと考えました。

現状では、まだ「カポック」という言葉自体が、世間に認知されていない状況です。そこで、「NEO DOWN KAPOK」のキーワードが生まれました。ダウンという言葉をあえて引き合いに出すことで、カポックが何なのかを分かりやすく見せるような意図です。また、海外への販売を念頭に「ジャパンクオリティを訴求できると良い」という議論もあり、日本的な要素をロゴにも反映していくことになりました。

三宅:カポックを知らない人に訴求する際、カポックの実の形を伝えた方がいいのか。あるいは素材の形状として「わた」を思わせるデザインがいいのかなどを悩みました。素材ブランドとしてのネーミングにおいても、機能をフックにするのか、新しさなのか、そうした点が議論のポイントでしたね。

その中でベンチマークにしたのは、例えば「ゴアテックス」のような、何かは分からないけれど聞いたことあるし、なんか良さそうな印象を抱くような素材の見せ方です。また、そもそもミラノ・ウニカに出品する際のロゴなので、“ジャパンクオリティ”で新しい素材を生み出していることを起点に検討しました。海外視点で見た時にこの素材を「日本から」持ってきたことを伝えたい。深井さんとも何度も議論を繰り返した結果、もこもこした日の丸のような形が採用されました。

KAPOK#1_ロゴ
日の丸のようなイメージも取り入れられたロゴ。

長谷川:これは素材に限らない話だと思うのですが、生活者が新しいモノやブランドを選ぶ時には、その人の心を動かすいろんな「スイッチ」があると思います。価格、機能、環境配慮などの社会性はもちろん、ブランドイメージや、ブランドの持つ物語で選ばれることも。その見せ方は0か100かではないと思っていて、どれか一つの「スイッチ」だけ選んで、用意しておくという考えではありませんでした。

機能、ストーリー、社会性、その他消費者の背中を押す全ての「スイッチ」をどうチューニングしてバランスよく見せていけるかを、入念にディスカッションして、まずは2月のミラノ・ウニカでテストタイプとして出すコピーとビジュアルを決めました。そうした進め方が非常に難しくもあり、楽しい部分でしたね。

深井:今のお話は僕自身がずっと悩んでいるところです。社会性だけに振り切るのならブランド名自体を「脱羽毛」や「セーブ・ザ・ダック」のようにする手もありますが、それだけが言いたいわけではない。では機能はというと、ハイスペックなダウンと比べたら確実に上とまでは言えない。かといってストーリーだけで選んでほしいわけでもありません。何か一つに定めた方が販促担当は推しやすいと分かっていながらも、全てのバランスがちょうどいいことをお伝えしたかったんです。

長谷川:具体的には、キャッチコピーの目立つ部分に一番言いたいことを入れつつ、ビジュアルやボディコピーで、他の要素を少しずつまぶしていくことを意識しました。セッションの中で上がった訴求ポイントを全分解して、優先順位をつけ、何をキャッチコピーにするか、何をボディコピーにまぶしていくかの組み合わせを考える。そのバランスを緻密に設計することで、KAPOK JAPANの魅力が全て伝わるような、“左脳的”なコピーライティングだったと感じています。

KAPOK#_ステートメントなど

イタリアでは想定を超える50社との商談が実現。ヨーロッパ市場におけるビジネスの足掛かりに

KAPOK#1_三宅さんソロカット

──ミラノ・ウニカへの出展で、どんな成果が得られましたか。

深井:ブースでの関連企業のコンタクト数では、約30社の目標に対して50社近く商談ができ、期待を大きく上回りました。具体的なサンプル提供や、商談のテーブルに付いた上で、今も関係を継続している企業が10社程度あります。

ただし、アパレルの場合、こうしたイベントには、おおよそ1年から1年半先の企画を見越して参加する企業がほとんどです。現地ですぐオーダーがあるわけではないので、売り上げ面の成果につながるのはまだまだ先の話になります。2025年7月のミラノ・ウニカにも出展するので、ここでビジネスにつなげていく予定です。

とはいえ、これまでネットワークを持てなかったヨーロッパの企業と直接話せて、最初の扉を開けたのは大きな進歩です。電通のサポートを得て、ヨーロッパ市場に飛び込んで良かったと感じています。

──今後の取り組みや展開について教えてください。

深井:7月のミラノ・ウニカ以外に、実は10月3日(金)~7日(火)に2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)で展示することが決まりました。「未来航路-20XX年を目指す中小企業の挑戦の旅-」という体験型展示企画で僕らが取り組んでいる、「2030年のダウンのスタンダードを作る」というコンセプトの、「植物由来100%ダウン」を展示してほしいとお話があったんです。

また、カポックの市場が伸びたとき、ダウンに代わる素材としての使用量は増えたとしてもその「種」は今、副産物としてあまり使いようがない状況です。そこで、実はその種から抽出した油を燃料として使えば新しい経済圏をつくれるかもしれないといったプロジェクトを進めています。最終的にはカポックを丸ごと捨てるところなく使う、いわば“サーキュラーインパクトモデル”のようなものをつくっていきたい。アパレル企業が本気で考えた結果、サステナブル素材を使うだけではなく、種から新たなバイオ燃料を作るといった分野にも飛躍していけたら、すごく面白いと考えています。

カポックを軸に事業セグメントがさらに広がっていく可能性は大きくあります。その拡大やブランディング時には、また全然違う脳が必要になってくるので、引き続き電通のクリエイターと一緒に組めたら非常にいい形になると期待しています。

三宅:メインコピーの「NEO DOWN KAPOK」を作ったとき、今後この素材が綿やウール、カシミヤのように誰もが知ってるものになれたらいいねと話していました。そうなったとき、1つのアパレルブランドのロゴマークが浮かぶのではなく、もっと大きな規模の、「このマークさえついていれば高度な品質が保証されている」と認識してもらえるような話にしていきたいと考えています。

僕らとしても、1つのアパレル商品をブランディングしてロゴを作っている感覚ではなく、世界を変える新たなものに携わっている感覚で仕事ができたので、とても夢がありました。ぜひ次の機会でもお互いの発想と力をぶつけ合いながら、グロースしていきたいですね。

長谷川:私も今回はコピーライターとしてミラノ・ウニカ用のブランドコンセプト、ステートメントを固めましたが、次はより多くの人にカポック自体と、カポックジャパンという会社の魅力を広く発信し、ビジネスにもつながるようなクリエイティブやPRのサポートをしたいです。

庄野:今回のアウトプットは、まだ本当に1歩目を踏み出すためのもの。あくまでミラノ・ウニカという展示会で、海外企業に対してカポックという素材を打ち出すためのクリエイティブでした。

サステナビリティの受け止め方を含め、世の中は変化していきますし、カポックジャパンも成長していく。その中で、BXCCには事業の構造デザインや、事業自体のアイデアをクリエイターとして価値提供していけるメンバーが多くいます。ご支援できる領域はまだたくさんあるので、今後もぜひ伴走を続けながら、カポックジャパンの事業グロースに貢献していきたいと思います。

KAPOK#1_集合カット

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インドの大手システム開発会社が日本市場に攻勢をかけても、オフショア開発は広がりにくい根本的要因

●この記事のポイント
・TCSやインフォシスをはじめとするインドの大手システム開発会社が、日本市場での売上拡大に向けて攻勢を仕掛けている
・日本企業にとってはオフショア開発によるコストメリットが薄まった
・日本企業は権限を持ったCIOが不在のため最終決定権がボードにないことも多く、海外企業からするとコミュニケーションコストが高い

 タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)やインフォシスをはじめとするインドの大手システム開発会社が、日本市場での売上拡大に向けて攻勢を仕掛けているようだ。6月10日付「日経クロステック」記事によれば、TCSはインド国内に日本の顧客企業向け開発拠点を設置し、約5000人のエンジニアが常駐しているという。かつて日本のシステム開発の現場では、インド企業へのオフショア開発委託が盛んだった時期もあるが、「現在では、そこまで多いという状況ではない」(専門家)という。日本のIT業界は今、深刻な人手不足といわれるが、優秀といわれ低コストのインド人エンジニアを数多く抱えるインド企業が攻勢を強めてくれば、SIerやSES会社をはじめとする日本のシステム開発会社は大きな影響を受けることになるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

●目次

オフショア開発の現状

 現在、日本のシステム開発の現場においてインド人エンジニアと一緒に作業するケースは多いのか。企業のシステム企画・支援を手掛ける株式会社AnityA代表の中野仁氏はいう。

「オフショア開発の利用状況は領域によって異なってきますが、私が携わることが多いコーポレートIT、社内向けシステム開発に関しては、大規模なプロジェクトでベトナム人エンジニアの方などが参画しているケースはあるものの、そんなに多くはないという印象です。日本でオフショア開発が盛んだったのは、円高だった2000~2010年代頃であり、中国から始まってインド、ベトナムに移行してきたというイメージです。現在は円安になったのに加えてアジア諸国の賃金が上昇し、日本企業にとってはオフショア開発によるコストメリットが薄まったという側面があると思います。

 インドのシステム開発会社が日本市場におけるシェア拡大に力を入れている背景には、米国企業の動きが影響しているのかもしれません。米国の大手テック企業がAI導入による開発効率の向上などもあり大量に人員を削減しており、その一環としてオフショア開発の委託量も減らし、インド企業がこれまで大口の発注者であった米国企業から発注量を大きく減らされ、余剰人員をどこかに投入する必要があるということで、日本市場に目をつけている可能性があります」

 では、以前よりは平均の人員単価が高くなったとはいえ日本人エンジニアよりは割安なコストで発注することができ、かつ優秀とされるインド人エンジニアを抱えるインドのIT企業が日本市場に攻勢をかけてきた場合、日本のSIerをはじめとするシステム開発会社やSES会社が打撃を受ける可能性はあるのか。

「前提として、円安やアジア諸国のインフレの影響で、日本企業からしてみると、オフショア開発を委託するコストメリットがあまりなく、これからインドやベトナムの企業に目立つほど積極的に発注していくのかといわれれば、そこまで大きな動機がないという印象です。オフショア開発の需要が一気に高まるという状況は考えにくい気もします。AIの普及と性能向上で言語の壁は低くなりつつありますが、要件定義や成果物のクオリティの問題はコミュニケーションギャップが要因として大きく、日本の発注者が提示した仕様通りの成果物が上がってこないということは多いです。もっとも、委託先に問題があることばかりではなく、日本企業側の要件定義能力やプロジェクト管理能力が低いことが原因であることも少なくありません」

海外企業が日本企業と取引する上でのハードル

 日本企業特有の傾向も、オフショア開発へのハードルを高めているという。

「海外企業からしてみると、日本企業と付き合うのは面倒くさいという側面があります。日本企業はシステムに関してなかなか意思決定できなかったり、権限を持ったCIOが不在のため最終決定権がボードになかったり、すり合わせ文化が根強かったりするので、取引する海外企業からすると、コミュニケーションコストが高いんです。システムに対するいい意味での割り切りのなさが目立ち、おもてなしを求めてしまうような面があるので、要件定義の部分が非常に面倒くさく、付き合っていくのは難易度が高いといえます。これはシステム以前の問題なので、外国の優秀なエンジニアであれば対処できるという話でもありません。

『どういう目的で何をいつまでに作るのか』をきちんと決められて、オーナーシップを持ってプロジェクトマネジメントできる海外の企業があれば、開発を委託したいと考える日本企業も増えてくるかもしれませんが、そのような海外の委託先企業が数多く存在していれば、日本のSIer業界やコンサル業界がここまで大きな存在にはなっていないいでしょう。あとは、すでに入っているかもしれませんが、大手コンサル会社の下請けとしてインドのシステム開発企業が多く入っていくというかたちはあり得るかもしれません。

 では、日本のSIerやSES会社をはじめとするシステム開発会社が非常に有利かといわれれば、そうは言いきれない部分もあります。海外企業と異なり日本のシステム開発会社は、発注先から無理を言われても、なんとか対応してしまう傾向もあるので、そういう点で選ばれやすいという面はあるかもしれません」

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=中野仁/AnityA代表)

SOMPOケア、インド介護人材受け入れ=現地企業と育成協力

 SOMPOホールディングス傘下のSOMPOケア(東京)は14日、インドの介護人材6人が2日付で入社したと発表した。インド国家技能開発公社(NSDC)の完全子会社NSDCインターナショナル(NSDCI)との協業により現地で育成した1期生で、日本で3週間の研修を受けた後、現場に配属される。

 SOMPOケアは2024年8月、インド介護人材の育成、受け入れに関するNSDCIとの協業を開始。就業希望者を対象に、日本式介護を理解し、専門用語や異文化コミュニケーションを身に付ける約9カ月間の研修を提供している。

 今後、育成人材の数を増やし、年60人規模の受け入れを目指す。入社後のフォロー研修やキャリア支援を強化し、定着促進を図るほか、日本社会が抱える介護人材不足の解決に貢献するとしている。(時事)
(記事提供元=時事通信社)
(2025/07/14-19:12)

日本上陸も?“東洋のスタバ”が米国IPO、8年で約7千店舗展開のFC戦略

●この記事のポイント
・中国で急速に成長しているカフェ・ティーブランドといえば、Luckin Coffeeともうひとつ、CHAGEEがある。
・CHAGEEは創業からわずか8年で7000店にまで拡大し、米国でIPOを果たした。日本にも上陸の兆しがある。

「東洋のスタバ」と聞くとどんな企業を思い浮かべるだろうか。破竹の成長を見せつつも、不正会計問題で市場を揺るがせた「Luckin Coffee(ラッキンコーヒー)」を挙げる人が多いかもしれない。

 そんなラッキンコーヒーと同じ2017年に設立され、凄まじい速度で成長するリテールの巨人が中国にもう一社存在する。直近でナスダック市場への上場を果たしたプレミアムティーブランド「CHAGEE(チャジ―/霸王茶姬)」である。日本上陸間近とも囁かれている。

 創業からわずか8年ほどだが、店舗数はすでに7000店舗に迫る。売上高は2022年度で4.9億元(約100億円)だったが、2024年度には124.1億元まで成長。2年間で実に25倍もの売上拡大を実現している。

「With every cup of our tea, we aspire to foster a global connection of people and cultures.」(一杯のお茶で、人と文化のグローバルな繋がりを育む)

 掲げるミッションをまさに体現する急成長を見せるCHAGEEは、なぜ短期間に飛躍的な規模拡大を遂げることができたのか。その戦略や事業モデルについて解説していきたい。

目次

コーヒーチェーンの成功に着想を得た「モダンな茶体験」の創造

 創業者でありCEOの張俊傑氏の経歴は異色だ。大学教育は受けず、17歳でタピオカティーショップの見習いとしてキャリアをスタートさせ、業界のあらゆる階層を経験してきた。この現場経験が、のちに構想する壮大なビジョンの発端となる。

 グローバルな大規模展開をするコーヒーチェーンはいくつか存在するが、それは彼らが1970年代から、「コーヒーを世界的なライフスタイルであり社会的な概念にする」ということに成功したからだと張氏は考えた。

 そうであるならば、数千年の歴史を持つ東洋の「お茶」もまた、テクノロジーとブランドの力をかけ合わせれば、現代の消費者に響く新しい体験へと昇華させることができるはずだ。その信念がCHAGEEの原点となった。

「喜茶」からはブランディングを、「Huawei」からはITと組織構造を、「茶顔悦色」からはプロダクトを、「海底撈」からは店舗オペレーションの標準化を学んだとの指摘もある。

 2017年に設立されたCHAGEEは、「お茶の新しい可能性を切り拓き、東洋のお茶を世界の若者に届ける」というビジョンを掲げた。健康的で美味しいだけでなく、利便性も兼ね備えた「プレミアムティー」を提供することで、世界中の人々と文化をつなぐグローバルブランドになることを目指している。

 不動の人気No.1は定番のジャスミンミルクティー(伯牙絶弦)で、ホワイトピーチウーロンミルクティー (花田烏龍)なども人気だ。その他にもフレッシュグレープフルーツジャスミンティー、フレッシュウォーターメロンジャスミンティーなどフルーツティーも販売。ドリンクの甘さや氷の量などを自分好みにカスタマイズもできる。

急拡大と品質を両立する「管理されたフランチャイズ」モデル

 CHAGEEの核となる競争優位性は、ブランドの一貫性やオペレーションの質を犠牲にすることなく、資本効率の高い拡大を可能にしたビジネスモデルにある。2024年末時点の全6440店舗のうち、実に97.4%にあたる6271店舗がフランチャイズ加盟店によって運営されている。

 同社のFCモデルは、単にブランド名と商品を供給するだけの伝統的なフランチャイズとは一線を画す。彼らが採用するのは「管理型フランチャイズモデル(managed franchise model)」と呼ばれる中央集権的なアプローチで、製品や接客の品質やサプライチェーンマネジメントなどコア業務については、本部が定めた統一基準に厳格に従うことを全加盟店に義務付けている。

 フランチャイズパートナーは出資者として店舗を所有するが、本社側が人材採用やトレーニング、マーケティング、仕入れに至るまで、すべての店舗運営をコントロールする。店舗のパフォーマンスは定期的に評価され、4つの等級に分類される。業績が振るわない店舗には、本部が専門チームを派遣して現場での監督指導を行い、改善が見られない場合は店舗閉鎖や契約解除といった厳しい措置も辞さない。

 本部の強力なガバナンスの下でフランチャイズネットワーク全体を統制することで、通常はトレードオフになりがちな「急速な規模拡大」と「提供クオリティ」の双方を両立させている。

 ラッキンコーヒーとCHAGEEは同じく2017年創業だ。2025年3月末時点での店舗数はそれぞれ2万4097店舗と6681店舗であり、規模ではまだラッキンコーヒーが大きく上回る。

 ラッキンコーヒーは直営モデルでの無理な急拡大を理由に経営不振に陥ったことを踏まえ、そこからコスト負担を軽くできるフランチャイズモデルに切り替えた経緯がある。そのためフランチャイズ比率でみると、CHAGEEが97%である一方でラッキンコーヒーは35%にとどまる。

独自テクノロジー「Tea Tech」と逆説の製品ストラテジー

 ではそんな広大なフランチャイズネットワークの品質と効率を、いかにして中央集権的に担保するのか。その答えは、彼らが「Tea Tech」と呼ぶテクノロジーへの徹底した投資にある。

 象徴的な例が、サプライヤーと共同開発した自動ティーマシンだ。独自に開発したドリンクのレシピパラメータをマシンに組み込み、従業員は複雑な手順を覚えることなく、ボタン一つで常に高品質のドリンクを「約8秒」で提供できるというもの。属人性を排除し、トレーニングコストを削減しながら、顧客の待ち時間も大幅に短縮できる。

 同社は「Five Things Online(5つのオンライン化)」というコンセプトを掲げ、事業運営のあらゆる側面をデジタル化している 。

1.ドリンク調理のオンライン化:上述の自動ティーマシンによる標準化。わずか8秒で誰でも高品質なティードリンクを作ることができる。
2.顧客・パートナー関係のオンライン化:デジタルツールを通じたシームレスなコミュニケーションと管理。メンバーシップ会員は2024年末時点で1億7730万人。
3.サプライチェーンのオンライン化:データに基づいた需要予測と自動補充システム。中国37箇所の倉庫サービスを利用でき、翌日仕入れを実現する。
4.店舗管理のオンライン化:開店から閉店までの一元管理。在庫状況の監視や自動仕入れなどで運営を標準化・省人化する。
5.支払いのオンライン化:キャッシュレス決済の推進。GMV(総流通額)の74%はデジタル上で決済された。

 自社で大規模な倉庫を保有する代わりに、サードパーティの物流サービスを活用し、中央倉庫と地域倉庫からなる2層の倉庫システムを構築する。これにより、中国国内のネットワークにおいてコールドチェーン輸送と翌日配送を実現しつつ、物流コストをGMVの1%未満に抑えている。iResearchによれば、2024年におけるCHAGEEの在庫回転日数は約5.3日で、これは中国国内の1000店舗以上を持つ生茶飲料ブランドの中でもっとも短い数値だという。

 製品・ブランド戦略も巧みだ。差別化を生み出す複雑な製品ではなく、あえて様々な顧客層に普遍的にアピールできる「シンプルで時代を超越したレシピ」に焦点を当てている。事実、売上上位3つに該当するティーラテだけで、2023年度のGMVのうち57%、2024年度では61%を生み出している。

 このシンプルさこそが、いわゆる「オペレーションエクセレンス」につながる。仕入れが簡素化され、ボリュームディスカウントによる原価削減もできる上に、自動ティーマシンのようなテクノロジーを活用した標準化とも相性がよいというわけだ。

世界6000億ドル市場への挑戦と日本進出の噂

 CHAGEEが事業を展開する市場には、依然として大きな成長ポテンシャルが眠っている。iResearchの調査によると、主戦場とする中国の生茶飲料市場は、2024年の2727億人民元(約380億ドル)から2028年には4260億人民元(約600億ドル)へと成長すると予測されている 。特に、同社のメインターゲットである「プレミアム」セグメント(1杯あたり平均17.0人民元以上)は市場全体の成長を上回るペースで拡大しており、2028年には市場全体の31.7%を占めるまでに成長する見込みだ。

 グローバル市場に目を向ければ、茶飲料市場全体の規模は2024年時点で4671億ドル、2028年には6019億ドルに達すると見込まれている 。その中でも生茶飲料市場は、2024年から2028年にかけて年平均18.9%で成長し、1220億ドル規模に達すると予測されており 、CHAGEEにとって巨大な機会が広がっている。

 日本進出が間近だという推測もある。2025年4月には「CHAGEE JAPAN株式会社」として法人登記されており、Linkedinなどでは日本における「サプライチェーンマネージャー」の求人があった形跡もみられる。世界的な文化にまで昇華したコーヒーの成功例をティーブランドで再現しようとする同社が日本含むグローバルでどのような展開をしていくのか。まずは消費者として楽しめる日が近いかもしれない。

(文=干場健太郎)

サントリーHD、男性社員の育休取得率100%、業務面で意外な効果…カギは仕事と育児の両立計画書

●この記事のポイント
・サントリーHDが2024年、男性社員の育休取得率100%を達成
・取得の5カ月前から本人と上長が「仕事と育児の両立計画書」作成
・会社が早期に従業員の子どもの誕生を把握することで、計画的にコミュニケーションを取り、適切な時期の育休取得を促す

 大手酒類飲料メーカー・サントリーホールディングス(HD)が2024年、男性社員の育休取得率100%を達成したことが注目されている。社会的に男性の育休取得を推奨する動きが広まるなか、現実的にはなかなか取得が進まない企業も多い。なぜ、サントリーHDは男性社員の取得率100%を実現できたのか。また、その取り組みを通じて生まれた、職場における業務面での意外な効果とは何か。同社への取材からは、取得の5カ月前から本人と上長が「仕事と育児の両立計画書」を作成したり、「子の誕生予定申請」という制度を導入したりと、同社が全社的かつ“本気で”取り組んでいる様子が垣間見えた。

●目次

子の誕生予定申請フローの導入

 男性社員の育休取得率100%を目標に据えた背景・理由について、同社の人材戦略本部 DEI推進部 課長の秋山憲太氏はいう。

「サントリーでは性別にかかわらず一人ひとりがいきいきと活躍できる組織を目指し、皆が子育てをしながら働き続けることができる職場環境作りに取り組んできました。さらなるインクルーシブな風土を醸成すべく、ダイバーシティ経営推進に向けた大きな柱の一つとして『男性育休』を掲げ、『男性育休取得率100%』の早期達成を目標に活動を強化してきました。男性の育児参画をいっそう促し、育児の初期ステージから協力し合う体制を構築することは、女性の活躍推進、そしてインクルーシブな風土醸成にもつながっていくものと考えています」

 100%を達成するために、どのような工夫をしたのか。また、カギとなった取り組みは何か。

「具体的には以下があげられます。

1.子の誕生予定申請フローの導入
 ―24年3月より運用開始
 ―会社が早期に従業員の子どもの誕生を把握することで、計画的にコミュニケーションを取り、適切な時期の育休取得を促す。

2.仕事と育児の両立計画書
 ―業務によって育休取得期限を迎えてしまうことがないよう、 育休取得対象となる社員が計画書を作成し、それをもとに上司と会話(将来、両立にどう向き合いたいかについての考えも記入)。
 ―業務引継ぎなどを経てスムーズに育休に入れるよう、早期(育休取得5カ月前)から育休取得までを計画化。

3.ウェルカム・ベビー・ケア・リーブ
 ―男女ともに育休の一部を有給化する制度。
 ―育休開始から最初の連続5日間は給与が100%支払われる(有給扱いとなる)。

4.ウェルカムベビーセミナー
 ―第一子が誕生した際には参加を必須化しているセミナー。
 ―対象となる社員の所属長も含めて実施し、過去に育休を取得した男性社員の事例を共有している。
  その他、育児に関する情報提供、心理カウンセラーからの講話。

5.シッターサービスの費用補助
 ―保育園の入園が困難な際、子どもの病気や緊急時等に利用可能
 ―乳幼児や児童の保育、保育所への送迎にも利用可能

 特に、事前に『子の誕生予定申請』を行い、所属長と『仕事と育児の両立計画書』を用いた面談をすることを必須とし、育休取得の時期や仕事において必要なサポート、今後の働き方などを話し合うことがスムーズな育休取得や業務の引継ぎにつながっています」(秋山氏)

 男性社員の育児取得率向上の取り組みのなかで、課題やハードルとなった点は何かあったのか。

「会社としては下記の2つの課題があると考えていました。1つ目は会社が社員の子どもの誕生をどれだけ早期に把握できるかということです。把握が遅れることで会社から社員へ情報提供やコミュニケーションが遅くなり、結果的に取得が後ろ倒しになったり、取得の期限を迎えてしまったりすることがありました。また、二つ目は組織単位で、育休を取る意識をどれだけ高められるかということでした。これらの課題を解決するため、上記のような取り組みを行いました」(秋山氏)

アジリティの強いチーム・会社づくりのきっかけに

 男性社員の育休取得率の上昇によって、社員の働き方やビジネス面、業務面において意外な正の効果も生じているという。

「男性育休取得者自身が、次世代の対象者が出た際に取得を周囲に推奨するケースも出てきており、取得に向けた追い風になっています。また、男性育休取得への施策などにより、取得する人だけでなく、上司やチームリーダーなど会社全体として、『育休を当たり前にする』という意識に変わってきています。

 男性育休を取得した社員の事例としては、育休を取得する際に引継書を作成したことで、自身の業務の棚卸しができるとともに、今後異動があった際にそのまま使用できるものとなりました。チームのメンバーが一定期間休暇を取ることは、育児休暇以外でもあり得ることです。『子の誕生予定申請』や『仕事と育児の両立計画書』などの施策で早めに対話をしながら、業務を属人化させず『チーム』で取り組むようにすることで、メンバーが休暇を取ったとしても大きな問題が生じない、アジリティの強いチーム・会社づくりのきっかけになることができると考えています」(秋山氏)

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

ispace「HAKUTO-R」ミッション2、アジア民間初の月面着陸は成功に至らず

RESILIENCEランダー

月面資源開発に取り組む宇宙スタートアップ企業ispaceは6月6日(金)、「RESILIENCE(レジリエンス)」ランダー(月着陸船)の月面着陸を試みたが、通信が途絶え、失敗したと発表した。2023年4月のミッション1に続く2度目の着陸挑戦も、惜しくも成功には至らなかった。

ispaceは6月6日(金)午前4時17分(日本時間)、月面探査プログラム「HAKUTO-R」のMission2 “SMBC x HAKUTO-R VENTURE MOON”(ミッション2)による月面着陸に再挑戦した。RESILIENCEランダーは、1月に打ち上げられ、約半年かけて月へ向かい航行し、アジアの民間企業初の月面着陸を目指していた。

同日、東京都内で行われていたMission2 “SMBC x HAKUTO-R VENTURE MOON”着陸応援会では、深夜にもかかわらず、ispace社員やパートナー企業の関係者など約500人が来場。月面に向けて降下中の月着陸船から送られてくる高度や速度のデータがスクリーンに表示されると、多くの人々が固唾(かたず)を飲んで着陸の瞬間を見守った。

都内で開催されたMission 2 “SMBC x HAKUTO-R VENTURE MOON“ 着陸応援会の様子
都内で開催されたMission2 “SMBC x HAKUTO-R VENTURE” 着陸応援会の様子

しかし、着陸予定時刻を過ぎたあと「通信が確立できていない」という情報が伝えられると、会場は緊迫した雰囲気となった。RESILIENCEランダーは、高度約100 キロメートルから降下し、約20 キロメートルで予定通り主エンジンの噴射により減速を開始、着陸船がほぼ垂直になったことも確認されたが、高度192メートルというテレメトリーデータ(遠隔測定法によるデータ)を最後に通信途絶。袴田武史 ispace代表取締役CEO & Founderは、月面への「ハードランディング」の可能性が高いとし、同日午前の記者会見にて「月面着陸は達成が困難であり、ミッションの終了を判断いたしました」と発表した。

Mission 2 “SMBC x HAKUTO-R VENTURE MOON“ 着陸応援会に展示されたRESILIENCEランダー
Mission2 “SMBC x HAKUTO-R VENTURE MOON”着陸応援会に展示されたRESILIENCEランダー

6月24日(火)、ispaceはミッション2の軟着陸未達について、技術的要因に関する解析結果を発表。月着陸船が挑んだ月面着陸の失敗について、高度を測定するレーザーレンジファインダー(※)のハードウェア異常が原因だったとした。

※レーザーにより目標物との距離を計測する装置。ランダーから月面までの高度を測定するために利用。

 

6月24日(火)ispaceによる ミッション 2 軟着陸未達に関する技術要因分析報告の記者会見の様子
6月24日(火)ispaceによる ミッション 2 軟着陸未達に関する技術要因分析報告の記者会見の様子

ispaceは6月の月面着陸の挑戦に向けて、電車内広告、モックアップ展示、YouTube広告、TVer広告なども展開。そこでは、ミッション1で月面着陸に失敗したものの、そこで歩みを止めることはなかったこと、失敗を恐れずに、困難を乗り越え、ミッション2に向けて再挑戦を続けてきたこと、挑戦を貫く強い信念と月面着陸に懸ける覚悟を示してきた。

羽田空港第1ターミナルに、期間限定で月着陸船のモックアップを展示
羽田空港第1ターミナルに、期間限定でランダ―のモックアップを展示
東京メトロ電車内(ドア横)にポスター展示
東京メトロ電車内(ドア横)にポスター展示
着陸前日、朝日新聞朝刊に掲載された広告
着陸前日、朝日新聞朝刊に掲載された広告

今回のミッション2における月面着陸への挑戦は、惜しくも成功には至らなかった。しかし、ispaceの挑戦は、民間企業による月面輸送という、これまで国家主導で進められてきた宇宙開発の流れに一石を投じる試みであり、今回の挑戦においても、膨大なデータと貴重な経験が蓄積されたことに疑いの余地はない。

月に向かうRESILIENCEランダーから撮影されたアースライズ(月に昇る地球)
月に向かうRESILIENCEランダーから撮影されたアースライズ(月に昇る地球)

袴田氏は、「ispaceは失敗を単なる技術的な失敗で終わらせず、決してここで立ち止まらず、関係者の皆様からの信頼を取り戻せるよう、常に挑戦者として、次のミッションに向けて再び歩み始めます。“Never Quit the Lunar Quest”」と述べた。

ispaceは、2027年以降にミッション3およびミッション4打ち上げの計画も発表しており、これまで以上に多くの貨物を積載できる着陸船を用いることで、月の裏側・南極付近への輸送や月面探査によるデータ提供を目指していく。

これからもispaceは、高頻度で顧客の荷物を月へ輸送、そして要望に応じて月面のデータを取得するなどの取り組みを行い、月と地球に広がるエコシステムの構築に向けた挑戦を続けていく。

ispaceの挑戦は、終わらない。
 

HAKUTO-Rサイト:https://ispace-inc.com/jpn/m2

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300万回プレイ達成!α世代に効く「プル型」のマーケティング施策って?

左から電通グループ 小田岳史氏、電通 高橋ゆり氏、ambr 添田光彰氏
左から電通グループ 小田岳史氏、電通 高橋ゆり氏、ambr 添田光彰氏

一般に、新規コンテンツのプロモーションは難しいもの。中でも、ファミリー向けコンテンツで、若年層(子ども)へのアプローチに苦労しているプロモーション担当者も多いでしょう。

そんな中、無料ゲームを用いたプロモーションが若年層に大ヒットし、累計300万回プレイを達成した施策が、「野生の島のロズ:ロズの動物探しアドベンチャー」です。

本施策は、ドリームワークス・アニメーション制作の映画「野生の島のロズ」のプロモーションの一環として実施。世界最大の没入型プラットフォーム「Roblox」上で、主人公のロズを操作する無料ゲームとして公開されました。

いかにしてRobloxユーザーを引きつけ、ロズというキャラクターへの“愛着”を獲得したのか?プロモーション施策をリードした電通グループの小田岳史氏と、映画「野生の島のロズ」のプロモーションを担当した電通の高橋ゆり氏、ゲーム開発を担当したambr(アンバー)の添田光彰氏が振り返ります。

<目次>
「能動的な体験」で、ロボットの主人公・ロズへの愛着を生む

スピード感あるアップデートが、Robloxでのヒットのカギ

国内外への発信力を生かし、長く愛されるファンダムを築いていきたい

「能動的な体験」で、ロボットの主人公・ロズへの愛着を生む

電通グループ 小田岳史氏
電通グループ 小田岳史氏

──まず、Robloxでの映画プロモーション施策のコンセプトについて教えてください。どのような経緯でプロジェクトが始まったのでしょうか。

小田:私は電通グループで、投資や出資も含んだ国内外のパートナーとのアライアンス構築と、共同での事業/ソリューションへの落とし込みを担っています。今回活用した没入型プラットフォーム・Roblox、そしてゲーム開発を担った日本のスタートアップ企業ambrとの協業も、その一環です。

Robloxは世界各国でα世代やZ世代の若年層から絶大な人気を集めるプラットフォームで、数多くの企業やブランドがゲームやアイテムを配信するなどの形で参入しています。

関連記事:α世代も夢中!約8000万人が毎日遊ぶ“没入型ソーシャルプラットフォーム”の衝撃
 

そして今回、高橋さんのエンターテインメントビジネス・センター(EBC)から新しいプロモーション手法の相談を受けた「野生の島のロズ」(以降「ロズ」)は、ファミリー層、特に子ども向けの映画だったため、これはRobloxと相性が良いなと感じたのです。

高橋:本作のメインターゲットの一つである子どもにリーチできるメディアは、限られます。その点Robloxは、α世代と呼ばれる若年層のユーザーが圧倒的に多いプラットフォームなので、私も「ロズ」のプロモーションにはぴったりだと思いました。

また、本作は児童書が原作で、映画化はこれが初めてです。そこで、まずはユーザーに、ロボットの主人公・ロズや、物語を知ってもらう必要がありました。その点、バーチャル空間(※1)でロズのアバターを通した能動的な体験をユーザーに提供できれば、キャラクターに親しみを感じてもらえるのではという期待がありました。

※1 バーチャル空間=Robloxにおける、ユーザーや企業が制作した独自の世界のこと。多くのバーチャル空間はゲームとして提供される。英語版では「Experience」という名称。
 

小田:「ロズ」は米国でもRobloxを用いたプロモーションを実施しており、既にRoblox用のロズのアバターがつくられていました。日本でのプロモーションでもこのアバターを利用しながら「プレーヤーがロズになって動物を探す」という映画のコンセプトにも合ったゲームをつくることにしました。

このゲーム設計からフィールドデザインまでを手がけたのが、添田さんをはじめとするambrの開発チームです。提供できる素材がロズのアバターと一部BGMのみという中、ほぼゼロからゲーム開発をしていただきました。

添田:私は普段ambrで、CG制作をメインに担当しています。今回はディレクターを担当し、プレーヤーのキャラクターやフィールドのデザインを行いました。当社とパートナー企業合わせて5人の少人数チームで、約2カ月の制作期間でゲームを完成させました。

小田:ambrは、東京ゲームショウのバーチャル会場の制作/運営などのプロジェクトに加えて、自社プロダクトとして国内外で100万以上のユーザーを集めるアバター集中支援アプリ「gogh(ゴッホ)」も手がけています。そうしたIPも含んだコンテンツづくりの経験や企業文化が、Robloxでのバーチャル空間(ゲーム)制作にもふんだんに生きていると感じています。

──ゲーム開発というと、もっと長い期間をかけて大人数で行っているイメージがありましたが、少人数のチームで、しかもわずか2カ月で開発されたのですね。CGアニメーション映画のゲーム化という点で意識したことはありますか。

小田:まずはambrの制作チームにも映画を観てもらい、ゲームにどう落とし込むかを話し合いました。作品について全く知らない人たちに向けてのプロモーションなので、あえて映画の情報量を多く詰め込みすぎないようにしたのもポイントです。

開発中画面

添田:Robloxでのゲーム開発には、プレーヤーの肌感覚を理解する必要があります。せっかくRobloxを活用しても、 あからさまに「大人が宣伝色を押し出したコンテンツ」は、プレーヤーから「ゲームを分かっていない」と言われてしまいます。

当社では、Robloxユーザーの感覚を理解するために、毎週社員みんなでRobloxのプレイ会をやっていて、「ここが面白かった」「じゃあ次のゲームに組み込んでみよう」といった感じでユーザー感覚を養い、リリース後のゲームも改善を繰り返しています。

小田:今、添田さんがおっしゃったようなRobloxのユーザー特性を踏まえ、ゲームデザインについては、「Robloxユーザーにとっての面白さ」を一番のベースにしつつ、映画の魅力も知ってもらう、ちょうどその中間を担うようなゲームを狙いました。

そこで、Robloxの人気ゲームジャンルの1つであるFind系ゲーム(マップ上のアイテムやキャラクターを探して集めるゲーム)に、「ロズが野生の島で動物と出会う」という映画のテーマを落とし込むことにしたのです。

添田:Robloxでは、みんなが好きな「いつもの定番」ジャンルがいくつかあります。そして、斬新さやオリジナリティよりも、「いつもの定番」が好まれる傾向が強くあります。Find系はその一つですね。今回はプレーヤーがロズの姿になって、マップ上にいる20匹の動物を順番に見つけていくというシンプルな構成にしました。

──遊びの面ではどんな特徴がありますか?

添田:プレーヤーは、動物を見つけるごとに、その動物と関係する新しい「スキル」を手に入れていきます。最初は2本足で歩行とジャンプしかできないロズが、例えば鹿を見つけたら4本足で速く走れるようになったり、カニを見つけたら爪先立ちで岩壁を登れるようになったりするんです(笑)。

高橋:この「ロズのアバターが島を走り回って動物たちを探していく」過程が、まさに映画におけるロズが野生の動物たちの仲間として受け入れられていく物語と重なっているんですよね。実際に映画の中でも動物たちを探すシーンがありましたし、映画のテーマである「多様性」や「共存」という要素にも通じるゲームになっていました。

結果として、プレーヤー体験の中でロズというキャラクターに愛着を覚え、さらに作品のテーマにも触れられるという、期待以上のアウトプットになったと思います。

スピード感あるアップデートが、Robloxでのヒットのカギ

ambr 添田光彰氏
ambr 添田光彰氏

──映画の公開2週間前にゲームをリリースしてから、順調にプレーヤーを獲得していき、映画公開後すぐに目標プレイ数だった10万人を超えたそうですね。

添田:Robloxは、プレーヤーの滞在時間や流入・離脱ポイント、再訪率などの分析機能が充実しています。開発側はその反応を見てアップデートを繰り返し、プレイ数を伸ばしていけるのが特徴です。

滞在時間や再訪率が伸びると、ホーム画面のレコメンデーション(おすすめ)にも表示される可能性が上がるので、さらなる流入も見込めます。今回はレコメンデーションにうまく載ることができたのが、成功の要因の一つでした。

小田:他のUGC(※2)コンテンツプラットフォームなどと同じく、Robloxにはユーザーが楽しんでいる優れたコンテンツを発見し、さらに多くのユーザーにレコメンドするアルゴリズムが備わっています。添田さんのお話にあったように、開発者向けの分析機能が優秀なので、改善によるプレーヤーの行動の変化を数字で分析し、PDCAを回せるのも面白いポイントです。

※2 UGC=User Generated Contents、ユーザー生成コンテンツ。Robloxはクリエイターエコノミーに力を入れており、バーチャル空間(ゲーム)やアバター、販売されているアイテムの大半は、ユーザーが作成したもの。


添田:今回もリリース当初、20%のプレーヤーが1匹目の動物を見つけるまでに離脱していることが分かったので、「プレイ開始後すぐに見つかる場所」に1匹目の動物を配置し直したら、プレイの継続率がぐっと上がりました。

小田:それからは、動物の数を20匹から50匹に増やすなど、短いサイクルでアップデートを繰り返していきました。結果として、リリース後約3週間で20万回プレイを突破。その後レコメンデーションによる流入が一気に増えて、最終的に7月14日時点で300万回プレイを達成しました。プレイ回数は300万回ですが、レコメンデーションでユーザーの画面にサムネイルが表示されたインプレッション数は、6700万回以上に及びます。

流入
 
──プレーヤーの分析をしながら、どんどんアップデートしていくことで、アルゴリズムを味方に付ける方法で伸ばしていったんですね。

添田:最初のFindを改善してから、どんどんプレイ回数が伸びていきましたね。また、ゲームの難易度は、 “Robloxネイティブ”である社員のお子さんに遊んでもらったりして、調節していきました。あとはRobloxでは「小さな成功体験」をたくさん積ませることが重要なので、動物が見つかったときの「おめでとう」の仕掛けなども工夫しました。

小田:結局、広告からの流入はわずかで、最終的には、ホーム画面およびフレンドのレコメンデーションからの自然流入が9割近くを占めました。最後に行ったアップデートでは、2回に分けてアバターアイテムを500個ずつ配布したのですが、1時間半で配布終了になるほど、ユーザーが盛り上がってくれましたね。

3月時点でいったんアップデートは終えたのですが、その後もアップデートを続けたらどこまで伸びていただろうと妄想してしまうくらい、いい結果が得られました。

──目標の30倍ものプレイ回数を獲得できたポイントはどこにありますか?

小田:今回の成功は、添田さんたちが日々スピード感をもって分析と改善のサイクルを回してくれたことが大きく、重厚長大な開発チームだと難しかったと思います。ユーザーからの反応を踏まえた改善を重ねることが必要なRobloxでは、小さく始めてブラッシュアップしながら効果を伸ばしていくのも、いいものづくりにつながるのではないでしょうか。

高橋:予算については、映画のプロモーションにおけるRobloxの影響力が未知数な中での試験的な施策だったこともあり、莫大な予算はかけられませんでした。小規模にもかかわらず予定していた以上の結果を出したことで、特に若年層向けのRobloxでの施策の効果をしっかり証明することができました。

また、成功のポイントとして、「野生の島のロズ」には原作となる児童書はあったものの映画としては新しいIPだったからこそ、アメリカ本国(権利者であるユニバーサル・ピクチャーズ)も、IP活用方法については寛容だったことも挙げられます。比較的自由度高くゲームの世界観に落とし込めたので、それが成功要因になったのかなと思います。

私は本国との連絡を密に取りながらゲームの監修をしたのですが、今回はRobloxユーザーに楽しんでもらうことを優先し、Robloxの仕様や好まれるゲーム性などを大事にしながら、映画の世界観を落とし込むことができました。

──自由度高くというのは、具体的にはどんなことでしょうか?

添田:例えばFind系ゲームの定番として、空中に足場があってどんどんジャンプして登っていったりできるんですが、映画はリアルな野生の島なので、もちろんそんな足場はありません。でもRobloxユーザーにはそういう遊ぶためのギミックが期待されているので、ゲーム内にはそうした要素も盛り込みました。

ロズ
高橋:作品によって条件が異なりますが、今回の日本での成功を踏まえて、Robloxとのコラボレーションの形はいろいろ考えられそうです。

国内外への発信力を生かし、長く愛されるファンダムを築いていきたい

電通 高橋ゆり氏
電通 高橋ゆり氏

──今回の施策を通して、改めて感じたRobloxでプロモーション施策を行う利点は何ですか。

小田:Robloxを用いた施策の特徴はいくつかありますが、まずはコミュニケーションが特に難しいα世代のターゲット層にリーチできること。それも、ユーザーの能動アクションを引き出す「プル型」の施策がしやすいことが挙げられます。

広告の中には「プッシュ型」で、ユーザーからすぐにスキップされてしまうようなものもあると思います。しかし本施策では、平均プレイ時間7.4分というエンゲージメントを獲得しました。Robloxのレコメンデーションで表示されたバーチャル空間に来てくれるユーザーは、自分の意思で能動的にIPやブランドと触れ合ってくれるため、結果として自然とエンゲージメントが高くなるのです。

もちろんその前提として良いゲームをつくることが不可欠ですが、このようなエンゲージメントを得られるメディアは他にそうないと思います。

エンゲージメント

──Robloxは開発者向けの分析機能が充実しているということですが、今回ユーザーの属性などはどんな傾向がありましたか。

小田:まず特徴的だったのは、全体の39.1%が「9歳未満」のプレイで、全世代で最大であったことです。当初の想定通り、ターゲットの子どもに楽しんでもらえていたというのが一つ。また、日本向けの施策だったにもかかわらず、オーガニックに世界中のプレーヤーに楽しんでもらえたということも挙げられます。

年齢分布
 
添田:Robloxは自動翻訳機能に力を入れていて、ゲームなどのUGCを公開すると自動的に多言語に翻訳されます。そのため、低コストで全世界のユーザーにフラットにアプローチできるのが大きな利点ですね。

小田:今回も、あくまでも映画の日本公開に合わせた国内向けのプロモーションだったものの、アメリカからのプレーヤーが最も多く、最終的に約180か国以上からプレーヤーが集まりました。

つまり、Robloxは日本のIPを海外に発信していくのにも有効な施策であると感じています。日本のコンテンツやIPを全世界に波及させるという点で、グローバルネットワークを持つ電通のポテンシャルを発揮できる余地が大いにあると思います。

──映画のプロモーション施策としては、今後Robloxはどのように活用できそうですか。あるいは今回課題に感じたことがあれば、教えてください。

高橋:今回の施策が実際、映画への送客につながったのかの効果測定はできていないので、その点は課題として残りました。例えば海外の他映画作品のプロモーションとしては、Roblox内に映画のバーチャル空間をつくったうえで、バーチャル空間内に映画チケットの購入動線を置いて販売促進に成功したアメリカの事例もあります。若年層が大半を占めるプラットフォームで商品の購入を促す取り組みを日本で実現するのはだいぶハードルが高いですが、このようなことが日本でもできるようになれば、今回できなかった効果測定ができるようになるかもしれません。

一方で個人的には、Robloxは購買促進というよりも「ファンを形成するプラットフォーム」として捉えられるといいのかなと思っています。プロモーション期間に限った単発のものだけでなく、長期的にアップデートを続けて、能動的に映画の世界に触れ続けてもらい、ファンの愛着を育てるようなコンテンツを発信するのに向いていると思いますし、そうした形をつくることが理想ですね。

添田:既存のIPをRobloxに持ち込むケースは多いですが、逆にRobloxの中の独自コンテンツがIP化していくケースも多いんですよね。既存IPであっても、Robloxでヒットすれば、その要素をRoblox外に波及させていくのも面白そうです。今回に限らず、ambrではRobloxユーザーに受け入れられるためのノウハウが蓄積されているので、今後もいろんなIPでゲーム開発をしていきたいです。

小田:今回の若年層向けの施策では、Robloxを活用し、そのカルチャーに向き合うことで1つの成功事例をつくることができたと思います。IPホルダーの方々のコンテンツをグローバルに届けていく上で、Robloxを用いた施策は大きな可能性を秘めていると感じています。

一方で、コミュニティのカルチャーや話法に向き合うことは、Robloxに限らず重要です。IPやブランドを届ける際には、そのコミュニティやユーザーに向き合って届けたいコンテンツとの接着点をデザインすることで、着実にヒットを生むことができるはず。ユーザー体験に向き合いながら、今後もIPホルダーの皆さまと一緒に、Robloxなどのプラットフォームを活用して、コンテンツのファンダムを育てていける存在になれたらと思います。

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メンタルヘルスと向き合うはじめの一歩~社内ピアグループでの活動紹介~

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電通では、自社グループ内のメンタルヘルスの不調経験者やサポーター、大学などで心理学を学ぶ社員が自発的に集まり、2021年に有志の「電通メンタルヘルスラボ」がスタートしました。

本連載では、私たち電通メンタルヘルスラボのメンバーがラボ活動を通して学んだメンタルヘルスを取り巻く状況と、社内での取り組みについてご紹介しています。

第一回の記事はこちら:
今、身の回りで起きているメンタルヘルスの潮流とERGの取り組み


今回は、電通メンタルヘルスラボがどのようにして設立されたのか――。そのきっかけや背景を振り返りながら、運営する上で大切にしているキーワードやポイントをラボメンバーの竹本奈央がお伝えします。また、不調経験者と一緒に取り組む「メンタルヘルスカフェ」を深掘りし、実際の取り組みの様子についてもご紹介します。

<目次>
電通メンタルヘルスラボが生まれた背景ときっかけ

ラボのメンバーは皆、自身や周囲の不調経験者。運営する上で心がけていることは?

参加者それぞれが自らと向き合う時間「メンタルヘルスカフェ」

専門家から見る、「メンタルヘルスカフェ」の役割と効果

電通メンタルヘルスラボのこれから



 

電通メンタルヘルスラボが生まれた背景ときっかけ

うつ病に代表される気分障害などを含む精神疾患は、2013年度から、癌、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病と並ぶ5つの重要疾患のひとつとなり、2023年、その患者数は、603万人で糖尿病(552万人)を超えました。
また、メンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者がいる事業所の割合は、事業規模に比例して年々増加し、2023年、300人以上の事業所で74.1%、1,000人以上の事業所では91.2%に上っています。(厚労省「労働安全衛生調査」2023年)

電通メンタルヘルスラボは、2021年初頭、代表の渡邊はるかの「メンタル不調による制約があっても、自分らしく働ける社会をつくりたい」という思いがきっかけとなり、始まりました。

渡邊も、うつによる長期休職経験があります。会社の制度のおかげで、約2年にわたる療養後に復職しましたが、当時つらかったのは、うつによる不調だけではなかったと言います。
それは、周囲への申し訳なさに加え、

「メンタル不調=ダメな人だとレッテルを貼られるのでは」
「一度休職したらキャリアが閉ざされるのでは」

という不安感や、周囲から置いてきぼりにされたような孤独感でした。当時から電通には、メンタルケアに関する制度や相談窓口はありましたが、さまざまなネガティブな感情から、周囲に相談することが難しかったそうです。

復職して6年経った頃、渡邊は「社内で、同じような不調経験をした人と話せる場」や「不調経験があっても働き続けている人の話を聞く機会」があれば必要以上に苦しまず、自分にとっても周囲にとってもちょうどよいバランスで働くヒントになるのではないかと、社内有志と共にラボの立ち上げに向けて動きはじめました。

専門家による知識の共有ではなく、メンタルヘルスに関する当事者目線でのコミュニティづくりや情報発信を目指したアプローチは、今でこそERG※1と定義されますが、当時、まだ珍しい試みでした。

※1 ERG=従業員リソースグループ、社員による自発的なコミュニティ活動。Employee Resource Groupのこと。


時には、渡邊が自ら出向いて同じ思いを持っている人に活動の参加を依頼することもあったそう。

その中の一人が、当時CXクリエーティブセンターのマネージングディレクターだった並河進(現 電通 CXクリエイティブセンター センター長/エグゼクティブクリエイティブディレクター/主席AIマスター/dentsu Japan グロースオフィサー)です。

並河自身も、メンタル不調で仕事から離れていた経験があり、さらに渡邊と同じ思いを抱えていることを、ラボ初期メンバーの一人が聞いていたことから、本人に活動への参加を依頼しに行きました。

当時のことを思い出して渡邊はこう話します。

「並河さんへの提案はとても緊張しましたが、開口一番、『ぜひやりましょう!これはやりたいと思ってたんです』とおっしゃったんです。すごくうれしかったし、並河さんが同じ方向を向いてくれて、安心感と心強さがありました」

渡邊は、センシティブな領域に誠実に取り組むため、業務と並行して通信大学やゼミで臨床心理学やカウンセリングを学び、知識を深めていきました。

社内の健康推進部門や産業保健スタッフのほか、大学やゼミでお世話になった医学博士・臨床心理士の沢哲司先生、心理学を学ぶ過程で知り合った心療内科医の鈴木裕介先生にも、たくさんのアドバイスをいただきながら、2021年4月、メンタルヘルスラボは社の公認ラボとなりました。

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メンタルヘルスラボのイベントで自身のメンタル不調体験を語る渡邊

ラボのメンバーは皆、自身や周囲の不調経験者。運営する上で心がけていることは?
 

「他でもない自分自身が、メンタル不調への偏見にとらわれ、自分を否定していた」と語る渡邊は、ラボの活動を通じて、メンタルヘルスについて話しやすい空気をまず作りたいと考え、セミナーや研修、メンタルヘルスカフェの開催などさまざまな取り組みを行っています。

活動5年目に入る電通メンタルヘルスラボは、現在10人ほどのメンバーで運営しています。参加のきっかけ、バックグラウンドはそれぞれですが、どのメンバーも、自身や周囲の不調経験から、メンタルヘルスに興味や課題意識を持った仲間たちです。

私、竹本は、ラボの存在はラボ主催のセミナーで知っていましたが、「まさか自分が不調になるなんて」と、自分自身の不調をしばらく受け入れられず、仕事上最小限の人にしか打ち明けていませんでした。

そんな中で意を決して参加したメンタルヘルスカフェで、「不調は克服するものではなく付き合っていくもの」と客観的に捉え、自身の経験や糧の一つにしながら前に進んでいるある参加者の姿を目の当たりにしたのです。あの人のように私も自分自身を受け入れられたら――、不調を経験しても働くということに、ほんの少し光が見えたような気がしました。

さらに、私も(計らずも)不調を経験した一人として、どうしても感じてしまう同僚への申し訳なさやレッテルへの不安感を分かち合ったり、他の人のリカバリーの役に立ちたい、この経験からタダでは起きまい、そう考えるようになり、ラボのドアをノックしました。

コミュニティづくりやモチベーションの観点からラボに関心を持ち参画しているメンバーもいます。

あるメンバーは、自身の経験から、「入社・異動・出向といった変化や挑戦にはメンタル不調はつきもので、誰でもなりうる」という考えから、現在、広告業界専門の産業カウンセラーとして活動中です。また別のメンバーは、ラボ活動を通してダイバーシティにも範囲を広げ、特例子会社で活動を始めました。

どのメンバーにも共通しているのは、自分自身の目線で自身と社会課題としてのメンタルヘルスに向き合い、積極的に知識を深めていることです。所属部署での活動のほかにも、大学に通ったり、産業カウンセラーやキャリアコンサルタントなどの資格取得、各種検定受験にも取り組んだりしています。

さらに、ラボが当初から目指す、当事者によるメンタルウェルネスのきっかけづくりに関して、以下のポイントやキーワードを日々心がけながら、活動を積み重ねています。

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参加者それぞれが自らと向き合う時間「メンタルヘルスカフェ」

そんなラボが、2カ月に1回、昼休みに開催しているのが「メンタルヘルスカフェ」です。2022年以来オンラインで定期開催し、25年3月に20回目を迎えました。

同じ文化を共有する自社グループ内で、似た経験を持つ人同士が話すピアグループをつくったら、社員にとって心のよりどころになり、不調のケアやメンタルフィットネス※2の実践となるのでは、と考えたことが出発点です。

※2  メンタルフィットネス=心の健康を保ち、ストレスに対処するための方法や習慣


立ち上げにあたっては、医学博士・臨床心理士・医学博士の沢哲司先生に監修していただきました。また、当時すでにグループ内でピアグループとして確立されていた、がんサバイバー向けの「ラベンダーカフェ」を主催する高田愛さんに相談しながら、方針を固めていきました。

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イラスト:渡邊はるか

カフェへの参加はその都度事前申込制で、通常業務において予定を共有している他の方にはわからないオンライン会議システムを使っています。

参加人数の上限は設けていませんが、毎回さまざまな部署や会社から10人程度が集まって、自身の経験や感情と向き合い、共有しています。

実施にあたっては、毎回、沢先生の立ち会いのほか、社の公式窓口紹介など専門家との連動や、秘密保持をはじめとするグランドルールも設けています。

心理的安全性担保と、参加できる健康レベルの目安として、カメラONの顔出しをルールとしていますが、発言したいと思った時にしたい人がする、自主性に任せた進行をしています。そのため、考え込んだり、話そうかためらったりする「沈黙」の時間もしばしば発生します。

私たちは業務で日々、問題解決型の思考を求められる機会が多いため、初めての参加者を中心に、最初は沈黙に慣れず戸惑い、違和感を抱く方もいるようです。ラボのメンバーも、同じでした。

しかし、カフェは問題解決のためのミーティングではなく、「参加者それぞれが自らと向き合う時間」です。沢先生からも「沈黙こそ価値のある時間」というお話をいただき、今では沈黙の時間も意味のあるものとして受け止められるようになりました。

試行錯誤を重ね、テーマは「メンタル不調を経験して気づいたこと」で定着していますが、その回のメンバーや、季節ごとの傾向、社会的なニュースがアップデートされるので、毎回全く違った様相の1時間になります。

そのたびに、不調の原因も症状も、それを経ての思いも、今抱える葛藤も、それぞれで、ひとくくりにはできないと実感します。これこそが、効率化重視の社会で、メンタルヘルスが「捉えがたいもの」「対応し難いもの」と敬遠される要因なのではないでしょうか。だからこそ、自分を含め、「当事者と個別に向き合う時間」の必要性を感じており、メンタルヘルスカフェがその時間の一部となれればと考えています。

専門家から見る、「メンタルヘルスカフェ」の役割と効果

監修の沢先生は、メンタルヘルスカフェの取り組みや役割について、以下のように解説しています。

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医学博士・心理士/公認心理師 沢哲司先生

「時代が進み、技術が発展しても、メンタルヘルスの問題は依然として人間にとって重要な課題であり続けています。また、生き方について考え続けることは、人類の歴史の中で常に行われてきました。
しかし、その答えが見つかるどころか、むしろ、複雑化する一方です。

立ち止まると気づけることですが、誰でもがもうかる方法がないように、メンタルヘルスにおいても、画一的な答えや解決策を求めるのではなく、一人ひとりが自分の心と向き合うことが大切です。

メンタルヘルスラボのような場が電通に5年近く存在し、社員が利用できること自体が大きな成果だと感じています。

社内文化の中で個々が立ち止まり、自己理解や課題の正体を深める機会を提供しているという点で非常に価値のあるものだといえるでしょう」

運営に携わるラボメンバーとしては、このようなコメントをいただけて、とてもホッとしています。また、これまで約1000人の社員が参加したラボ主催のイベントに寄せられた多くのあたたかい声にも、とても励まされています。

近年は、電通グループが発表した「Diversity, Equity & Inclusion Report 2023」の健康とウェルネス領域で、dentsu Japanの「メンタルヘルスラボ」がリストに入り、社内のERG活動の代表として紹介されました。

少しずつ、メンタルヘルスについて考える機会が当事者以外にも広がり、メンタルヘルスに向けられる視線に変化がうまれ、一人ひとりがメンタルヘルスについて考えたり話したりしやすい時代の空気が醸成されてきた、と言えるかもしれません。

業務においては、即効性があり定量的でインパクトがある効果や成果を求めてしまいがちですが、ラボ活動においては、まずは安心できる安全な場づくりを続け、一人ひとりの声に耳を傾けることをこれからも大事にしていきます。

電通メンタルヘルスラボのこれから
 

ラボのメンバーは、自身の体験に加えて、カフェで参加者の不調体験を追体験することで、n=1の理解を深めています。さらに、前述の通り、メンバーそれぞれが、自身とメンタルヘルス領域の課題を見つめ、メンバー同士切磋琢磨しています。

ラボ全体としては、不定期ですが、専門家の先生と勉強会を開催したり、メンバーのグループチャットではほぼ毎日、何らかのメンタルヘルスにまつわる情報交換や企画を画策したりしています。

「メンタル不調による制約があっても、自分らしく働ける社会」を、一日でも早く、現実にできるように――。
目まぐるしい毎日の中でも、電通メンタルヘルスラボは、少し立ち止まって考えることができる場を作り続けます。

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沢先生とそのゼミ生にお越しいただいて開催した勉強会の様子

当記事では、メンタルヘルスラボの成り立ちと、ラボが運営する当事者が自分自身と向き合う場所「メンタルヘルスカフェ」についてご紹介しました。

次回連載最終回では、ラボが最難関課題として取り組んでいる、不調の当事者「以外」へのかかわり方についてお話しします。

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【アジア進出インタビュー】第581回〔アジア全般〕「潜在需要、非常に大きい」アイリスオーヤマの佐々木雅人食品事業部長

 アイリスオーヤマ(仙台市)は食品事業拡大の一環として、2022年にアジア向けにパックご飯と飲料水の輸出を開始した。24年7月には佐賀県の鳥栖工場がアジア圏全体への輸出拠点として稼働し、パックご飯などを生産している。アジア圏への食品事業進出の背景や今後の展開について、佐々木雅人食品事業部長=写真=に聞いた。

 ―アジアに進出した理由は。
 日本で食品事業が好調ということもあり、3年ほど前からアジア現地で販売したいという声が上がっていた。22年末に本格的に輸出に取り組んでいこうとかじを切った。

 ―進出する上での課題と解決策は。
 販売店がなかなか見つからず、お客さまの開拓に半年から1年ぐらいかかった。輸入商材の公開、展示会が各国で年1回から年2回ある。去年からそうした海外展示会に積極的に出展するようになり、そこで新しいお客さまにコンタクトする形でパックご飯を食べてもらったり、炭酸水を飲んでもらったりしている。

 地道ではあるが、新しいチャンネルを開拓し、ようやく動きが出てきた。今年もそういった活動を継続して行い、日本で食べても海外で食べてもおいしい、同じ味が体験できるような試食会を組んでいきたい。最初はあまり反響はなかったが、少しずつリピートという形で手に取ってもらえるようになった。手応えを感じている。

 ―アジアのポテンシャルをどうみる。
 非常に潜在需要は大きいと考えている。訪日客も非常に多い地域で、日本食も人気が高い。それをチャンスと捉え、進出先を増やしていきたいという思いでいる。数字としても日本の農産物の輸出は、香港や台湾も含めたアジア圏全体では米国と同規模か、それ以上というデータもある。ポテンシャルは感じており、営業を強化している段階だ。香港には現地法人がまだないが、市場規模は非常に大きいので、飲料を皮切りにパックご飯など増やしていけたらと考えている。

 ―中国本土は。
 中国の食品事業は、今年から本格的に展開できるようになればと考えている。東京電力福島第1原発の処理水問題で輸出ができず、例えば山梨産のコメを精米して輸出することもできなかった。佐賀県の鳥栖工場が稼働し、輸出態勢は整っている。まだ認証は取れていないが、今年からできるように調整をかけている。

 ―中国市場に今後注力していくのか。
 そうできたらありがたいが、現地でコメを作っているところが多く、販売価格の面でも日本との差が大きい国になる。この価格差がクリアできたら、チャンスは非常に大きいと思っている。

 日本の10倍以上の人口を抱える非常に大きな国なので、気に入ってもらえれば大きな輸出になる。小売店とはまだ交渉していないが、どうしても価格といった面で難しい。このため、台湾、香港にもう少し頻繁に営業を仕掛けた方が、アジア圏全体で見れば売り上げが増える可能性が高い。(聞き手=仙台支社・清水実乃里)
(記事提供元=時事通信社)
(2025/07/14-06:00)