「しまむら」の営業利益率が、高付加価値の無印良品よりも高い理由…真逆の地味な経営で成長継続

●この記事のポイント
・しまむら、25年2月期連結業績は売上高・営業利益ともに過去最高を更新
・ほぼ同じ水準の売上高の無印良品を運営する良品計画と比較すると、営業利益・売上高営業利益率ともに上回っている
・良品生活の直近の販管費比率は40%台なのに対して、しまむらは20%台

 大手アパレルチェーン「しまむら」の業績が好調だ。2025年2月期連結業績は、売上高が前期比4.8%増の6653億円、営業利益が同7.1%増の592億円で、ともに過去最高を更新。低価格路線で知られる「しまむら」だが、ほぼ同じ水準の売上高で高付加価値商品を強みとする無印良品を運営する良品計画と比較すると、意外にも営業利益・売上高営業利益率ともに上回っているのだ。その理由は何なのか。そして、ユニクロや無印良品といった強力な競合がひしめく業界内で、なぜ「しまむら」は持続的な成長を遂げることができているのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

●目次

低い販管費比率が経営のポイント

 まず、「しまむら」の営業利益と売上高営業利益率が、無印良品の運営会社のそれらを上回っている理由はなんなのか。経営コンサルタントでムガマエ株式会社代表の岩崎剛幸氏は次のように分析する。

「もっとも大きい理由は、2社の販管費のかけ方がまったく違うという点です。良品計画の直近の販管費比率は40%台なのに対して、しまむらは20%台に抑えられています。この販管費比率が低いというのが、しまむらがずっと守っている最大の経営ポイントです。以前に比べると上がってきてはいますが、小売業としては非常に低い数値です。良品計画、ファーストリテイリング、ZARA、H&MといったSPA企業(製造小売業)は自社で商品を製造するので粗利益が高い一方、販売のために広告費をかけたり、家賃が高い場所に売り場面積の大きな店舗を出店するので、多額の経費が発生します。しまむらは最近でこそ都心にも出店していますが、銀座の一等地に1000坪の店舗を出すという発想は持っていません。広告宣伝にも多くのお金をかけておらず、そういうところにお金をかけていくという発想がないんです。

 都心にお店を出す場合も、少し駅から離れた場所のビルの3階などを選んでいます。なぜなのかといえば、従来しまむらというお店は、地方の郊外でお客が車で来るような場所で営業して、大きな駐車場を備えて、そこに買い物に来てもらうというロードサイドで商売をするというローコスト経営の典型モデルなんです。その原点を守り続けることで、確実に売上を伸ばしています。粗利率もそれほど高くはないものの、経費を極力抑えて利益をしっかり出すということを続けているのです」

高付加価値商品も充実

 ユニクロ・GUや無印良品など強力な競合が存在するなか、しまむらが一貫して売上・利益ともに成長トレンドを維持できている要因は他にもあるという。

「しまむらが総合衣料品店であるという要素も大きいです。衣料品だけではなく、日用品、子ども用品、雑貨、寝具など、とりあえず生活に必要なものは一通り揃っているという業態の店舗=総合衣料品店は、かつては日本全国に多く存在しました。しまむらも以前から、そうした総合衣料品店のひとつで、子どもからおじいちゃん、おばあちゃんまでを対象に商品を揃え、特定の層をターゲットにするのではなく、すべての層の人が普段使いできるという消費者の日常の生活に対応するお店として役立ってきたお店なんです。それゆえに都心に出店しなくても、地方の小さな町でも店舗の経営が成り立つのです。一店舗あたりの売上が低かったとしても、十分に採算が取れるという構造なんです」(岩崎氏)

 しまむらといえば、追加生産よりも在庫を売り切ることを重視する「売り切り御免」型のスタイルであることが知られているが、商品開発や人材活用の面でも大きな特徴があるという。

「ユニクロや無印良品との違いとしては、自社プライベートブランド(PB)商品のほかに他社からの仕入れ商品も一定割合あるという点です。ユニクロと無印はほぼ100%が自社ブランドの商品ですが、しまむらは仕入れ商品と自社の商品を混在させるかたちで販売しており、割とバラエティーに富んだ品揃えになっています。いわゆる多品種少量販売で、この点も大きな特徴です。

 そして最近の動きで注目すべきが、高付加価値商品の充実です。少し割高な『CLOSSHI(クロッシー)』『CLOSSHI PREMIUM(クロッシープレミアム)』というPBを強化してきており、全体売上の2割を超えてきていますが、汗がすぐに乾きニオイも出にくい点がウリの『FIBER DRY(ファイバードライ)』シリーズなどは非常に好評です。男性向けの『メンズ FIBER DRY さらっとクール2枚組インナー』は2枚入りで1199円(税込)と、しまむらとしては少し高価格帯となっていますが、このようにメンズ、レディース、寝具などあらゆるジャンルで少し価格が高くても売れる高付加価値の商品が増えてきており、そこまで大きく客数が伸びなくても客単価が上がることで、売上が伸びています。

 人材活用に関していうと、パート社員の活用に非常に長けています。かつては全国の店長の9割がパート社員出身で、パートとして働いていた人がそのまま店長になるという制度が今も続いており、現在でも7割ほどに上るようです。なぜ、パートさんでも店長になって店をうまく運営できるのかというと、マニュアルが整備・徹底されているため、効率的に人員配置ができて少数の店員でも回していけるお店づくりができているからです。現場からの改善提案をもとにマニュアルがつくられており、以前私が見たときには約300ページのマニュアルが11冊ありました。これによって、個々の店員の経験に関係なく、全員が同じようなパフォーマンスを発揮できるようになっているんです」(岩崎氏)

 あえて「しまむら」の課題をあげるとすると、どのような点になるのか。

「ユニクロや無印良品と比べると、海外の店舗が圧倒的に少ないです。ベトナムなどアジアの国では、しまむらよりもっと安い商品を揃えた店が多く存在しており、仕入れ商品もあるなかで海外展開を進めていこうとすると、やや厳しいかもしれません。また、全体の売上のうちECの比率がまだ低く、そこまで強くないというのも課題でしょう」(岩崎氏)

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、岩崎剛幸/経営コンサルタント、ムガマエ株式会社代表取締役社長)

“相づち”まで表現…世界初の日本語版・音声対話モデルの開発に成功、人間のような自然な会話

●この記事のポイント
・名古屋大学が日本語対応の全二重音声対話システム「J-Moshi」を開発
・AIの音声対話性能を飛躍的に高め、まるで人間のような音声対話を実現
・コールセンターや接客など、さまざまな領域での活用に期待

 名古屋大学大学院情報学研究科の東中竜一郎教授の研究グループは、相手の話を聞きながら話すことのできる、世界初の日本語で利用可能なFull-duplex音声対話モデル「J-Moshi」を開発した。日本語による対話には「ええ」「なるほど」「はい」といった“相づち”が頻繁に入るため、英語と比較して自然な音声対話システムの実現は技術的に難しい。J-MoshiはAIの音声対話性能を飛躍的に高めることに成功し、人間同士の対話における発話のオーバーラップや相づちなど、同時双方向的な対話、まるで人間のような音声対話を実現。雑談や接客など、さまざまな場面での利用が期待されるという。J-Moshiが秘める可能性について、東中教授に取材した。

●目次

「誰がいつ喋るか」の課題を解決

 対話システムの開発において、最も重要な課題となっていたのが「ターンテイキング」の問題だった。

「対話システムの開発には結構長い歴史があり、音声認識や音声合成の性能も向上してきましたが、人間のようなやり取りができないというのは大きな課題でした。一番の問題はターンテイキングであり、“誰がいつ喋るのか”という部分を、いかに人間らしくするのかという点でした。

 従来の対話システムでは、音声認識をして、何を言うか考え、ターンを取るかどうかを判断してから音声合成を行うという段階的な処理を行っていました。しかし、この方法では、どうしてもトランシーバーのような対応になってしまうという限界がありました」

 この問題を解決するため、J-Moshiでは世界的な潮流となっている新しいアプローチを採用した。

「最近では音声を直接モデル化するという方法が世界的な潮流になってきています。“音声認識して、考えて、喋る”というやり方ではなく、そこまでの音声から次にシステムが出すべき音声を直接生成するというアプローチです。

 この手法により、従来のような段階的な処理ではなく、“音声から直接、次に喋るか黙るかも含めて判断することができる”ため、トランシーバーのようにならずに自然な対話が実現できるのです。結果として、ターンテイキングだけでなく音声の自然さも向上しました。会話の流れから何を、どういう声を出すかを予測しているので、声の出し方も非常に自然になり、人間らしいインタラクションになります」

データ準備が最大のハードル

 開発において課題となったのは、データの準備だったという。

「全体的に7万時間分ほどの音声データを使っていますが、綺麗なデータは非常に少ないのです。2チャンネルの音声で、例えば左側のチャンネルに話者A、右側に話者Bが入っているような音声データというのは、それほど多くありません。J-Moshiでは、数百時間の独自収集データに加え、東京大学が公開している大規模データを活用しました。そのデータを扱えるようにするための前処理にも労力を要しました。音声認識や音と単語の対応付けなど、何万時間の音声データに対する地道な作業が必要でした。名古屋大学は大規模計算機クラスターを持っており、百台を超えるGPUマシンを使った学習環境が整っていたことも成功の要因となりました」

 主にどのような領域での実用化が想定されるのか。

「基本的には対話システムが入っているところであれば、全てに活用できると思います。今の対話システムは、いつ話していいか分かりにくいので話しにくいという問題を抱えています。少し話したら急に動き出してしまったり、急に話が止まってしまったりというケースがよくあります。

 例えばコールセンターでの顧客対応では、お客さんのクレーム対応であるとか、一般的な問い合わせ対応では、人間のような速いやり取りが重要になってくるため、従来のトランシーバー型では効率が悪く、顧客満足度の面でも課題がありました。

 接客やカウンセリングなどの分野でも活用が期待され、AIで置き換えたいというニーズがあります。本技術は、人間の技量のほうが圧倒的に高いという現状を変える技術として注目されています」

GPTの進化のように段階的に改良

 現在のJ-Moshiはプロトタイプ版で、研究用データを使用しているため商用利用にはハードルがある。そこで、商用化に向けた取り組みが進んでいる。

「国立情報学研究所に日本語の大規模言語モデルをつくる国のプロジェクト、LLM-jpがあり、そのなかで商用利用が可能な音声モデルを作っていくプロジェクトを立ち上げました。今年度中にはJ-Moshiと同等レベルのものを商用で利用できるようなかたちに持ってきたいと考えています。

 1年目で商用利用可能なバージョンを開発し、2~3年目には制御性を高めて特定のタスクや業務に対応できるよう性能向上を図っていく予定です。現在のシステムは数分ぐらいしか持たないため、特定の業務にカスタマイズすることも難しいですが、初期の大規模言語モデルに近い段階から、GPTの進化のように段階的に改良していく方針です」

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=東中竜一郎/名古屋大学大学院教授)

トヨタ、バイオ燃料研究所を公開=非食用の植物由来―福島県大熊町

 トヨタ自動車は28日、福島県大熊町で、植物に由来するバイオエタノール燃料の研究所を報道公開した。研究所では、食用ではない非可食植物「ソルガム」を活用した低炭素ガソリンを開発。来年4月からの「全日本スーパーフォーミュラ選手権」での導入を目指しており、今年9月にレース場でのテスト走行を始める予定だ。

 バイオ燃料はトウモロコシやサトウキビなどの可食原料が主流で、食用との競合が問題視されている。ソルガムは痩せた土地でも育つ非可食植物で、開発中の燃料はソルガム由来の「セルロースエタノール」を混合。中嶋裕樹副社長は「ビジネスにするかは別問題。普及に向けて技術を確立したい」と語った。

 研究所は敷地面積約4万平方メートルで、トヨタのほかENEOSやスズキなど計7社で構成する「次世代グリーンCO2燃料技術研究組合」(raBit)が運営。年間60キロリットルのバイオ燃料を生産できる。 (了)
(記事提供元=時事通信社)
(2025/08/28-19:15)

映画レビュー「2人のギブス」

練習中に衝突してケガをし、ギプス姿になった愛花と詩織。「もう一度爆発してみる?」。2人は体育館でボールのパスを始める。

投稿 映画レビュー「2人のギブス」映画遊民 映画をもっと見たくなる! 映画ライター沢宮亘理の映画レビュー、インタビューetc に最初に表示されました。

花王「前髪マスカラ」異例の大ヒットを生んだ巧妙なSNS・マーケティング戦略…TikTokで信頼感を醸成

●この記事のポイント
・花王が2023年11月に発売した「前髪マスカラ」が、累計出荷数160万本を超え、マスカラとしては異例の大ヒット
・発売前からTikTokをメインにSNSを活用して、インフルエンサーなどの協力も得ながら施策を展開
・認知・話題喚起と熱量の高い生声による信頼感の醸成を図る。愛用者起点の施策が、商品への興味やエンゲージを高める

 花王が2023年11月に発売した「ケープ FOR ACTIVE 前髪ホールドマスカラ」、通称「前髪マスカラ」が、累計出荷数160万本を超え、マスカラとしては異例の大ヒット商品となっている。ヘアスプレーとしてはロングセラーブランドである「ケープ」のなかで、前髪キープのために開発された商品。メインの購入者層は10~20代の女性だが、30代以上にも売れている。ヒットの背景には、花王の巧妙なSNS・マーケティング戦略がある。発売前からTikTokをメインにSNSを活用して、インフルエンサーなどの協力も得るかたちで積極的にプロモーションを展開し、SNS上でユーザが投稿した声に回答していくという地道な活動を展開。SNSでの拡散効果も後押しとなり、発売直後から同社の計画を大幅に上回る出荷数となる好スタートダッシュを切った。具体的にどのような施策を進めてきたのか。成功の要因について、花王への取材をもとに追ってみたい。

●目次

商品設計における細かな工夫

 日頃、マスカラというものに馴染みがない人にとっては、なぜ「前髪マスカラ」がここまでヒットしているのか理解しづらい面もあるかもしれない。まず、いったいどのような商品なのかについて、花王に聞いた。

「『ケープ最強のキープ力』の『ケープ FOR ACTIVE』(通称:黒ケープ)シリーズから発売した、ケープならではのキープ力をもった、前髪特化型のヘアマスカラです。どんな前髪も夕方までしっかりホールドし、前髪フィットブラシで髪をしっかり捉え、独自処方ロックジェルでパリっと長時間キープします。どんなスタイルの前髪にも対応し、アホ毛やおくれ毛、触覚ヘアにも使えます」

 商品開発においては、さまざまな細かい点について工夫をこらしたという。

「『前髪特化型』ヘアマスカラで、どんな前髪にも対応するため、ジェルの処方、ブラシの形状にこだわって開発しました。発売当時は、特にシースルー前髪が流行していたため、ジェル処方で、毛量が少ない前髪でもしっかりキープできるように弊社独自開発のポリマーを処方し、高いキープ力を実現しております。ブラシ形状は、小回りが利くサイズ感で、シースルー前髪、ぱっつん前髪、流し前髪、立ち上げ前髪などに対応できるよう大きすぎず小さすぎず、こまわりが利くブラシ、かつ前髪をしっかりと捉えることができるブラシ形状です。また、液がブラシの間にしっかり入るように設計しているため、髪の毛一本一本に均一に塗布することができます。さらに、商品のサイズについても若年層のバッグが小さくなっていることもあり、ポーチなどに入れやすいサイズ感を考えました」

開発・発売の背景

 そもそも、なぜ前髪キープ特化型のマスカラを発売するに至ったのか。その背景には、精緻な消費者ニーズの分析があった。

「当時アホ毛対策として発売していたヘアマスカラの市場はすでに伸びていましたが、生活者は前髪メインで使用していました。競合品があるなかで、どうやってお客様のニーズに合致したケープらしいヘアマスカラを開発できるか考えたときに、前髪キープニーズは特に若年層を中心に高まっており、そのなかでスプレータイプのケープフォーアクティブは前髪をしっかりキープできるということで評価をいただいておりましたので、『前髪特化型』として発売することで、生活者のニーズに対応できると考えました。スプレーだと広範囲にかかる、細かいシースルー前髪だと顔にかかる、などというお悩みも顕在化していたため、細かく調整ができ、しっかりとキープできる前髪に特化したヘアマスカラの開発に至りました」

 累計出荷本数は160万本以上となっているが、その推移は花王の想定を大きく上回っているという。

「発売後すぐ話題になり、発売3週目で目標の2倍以上売れました。その後もコンスタントに売れ続けて、発売後1年の出荷数量が、当初計画に比べて1.7倍でした。新製品の販売数の評価は、一時期欠品してしまうほどの売れ行きで、販売店さまや生活者の方にご迷惑をかけてしまった点はありますが、売れ行きについては計画以上で良好とみなしています。マスカラの新商品としては、マスカラ内で最も売れ行きが良く、高評価をいただいています」

愛用者起点の施策がカギ

 PRや広告、SNS活用などプロモーション面においては、どのような施策を展開したのか。

「発売直後のテーマは『黒ケープから前髪マスカラ出た!』で、すでに高い認知と多くの愛用者を獲得しているケープ史上最強のキープ力を誇るスプレー『for Activeシリーズ』(愛称:黒ケープ)のイメージを活かしたプロモーションを展開しました。若年への浸透には、SNSで人気のコンテンツを参考にブランド発信の動画と、ケープを愛用してくださっているインフルエンサーさんが実際に使用している様子を動画で投稿いただく施策を組み合わせることで、女子高生の認知・話題喚起と熱量の高い生声による信頼感の醸成を図りました。なかでも、愛用者起点の施策が、商品への興味やエンゲージを高める効果が高く、以後、プロモーションを計画する際にも大切なポイントに位置付けています。

 TikTokで公式アカウントを運営しているのも、愛用者起点の取り組みで、SNSで『最適なアイテムの選び方』や『仕上がりをよくする使い方』などの投稿をもとに、アイテム紹介や、推奨しない使い方の発信をすることで、インタラクティブな環境を作り上げようとしています。もともと消費者が疑問に思っていることなので、公式が発信すると安心したり、納得したり、反響も大きいです。さらに、プロモーションにとどまらず、愛用者・ファンの声を商品開発にも活かしています。SNSで、『まつ毛をキープしたいから、まつ毛用のケープがあればいい』という声もあったことから『ケープ フォーアクティブ カールロックマスカラ下地』も発売しました」

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

PRの可能性を開く「PR思考による創造」 香田有希氏が見たカンヌ

「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月16日から20日までフランス・カンヌで開催されました。世界最大規模のクリエイティビティの祭典は参加者たちの目にどう映ったのか。それぞれの視点でカンヌの「今」をひもときます。

カンヌライオンズのロゴ

第1回は、PR部門の審査員を務めた電通PRコンサルティングの香田有希氏へのインタビュー。PR部門から見たカンヌの現在地とは。香田氏が考えるPRとクリエイティビティの関係とは。

香田 有希(こうだ ゆき)
田 有希(こうだ ゆき) 電通PRコンサルティング 第3PRソリューション局 チーフ・コンサルタント。新卒で入社以降、クライアントフロントとして数々の業務に従事。近年は、グローバルプロジェクトを主に担当し、日系クライアントの海外での対外・対内広報戦略立案・実施、および外資系クライアントの日本国内でのプレゼンスの向上を目的としたPRコンサルティングや企画立案・実施に携わる。Cannes Lions PR部門審査員(2025)/Spikes Asia PR部門審査員(2024)/Dubai Lynx PR部門審査員(2023)/SABRE Awards Asia-Pacific 審査員(2021、2023)

 

事業そのものをPR視点を通して作り出す

──今回カンヌに入って最初に感じたことは何ですか。

カンヌライオンズに参加するのは今回が初めて、コート・ダジュールを訪れるのは約20年ぶりだったのですが、ニース・コート・ダジュール国際空港からカンヌへ向かう道中の風景は、記憶よりも古びたな、というのが正直な感想でした。それでもカンヌ中心部へ到着すると、クロワゼット通りのにぎわいは想像していた通りでした。翌日からの審査と解放された後のことを思うと、久しぶりにワクワクドキドキな感覚がありました。
 
──今回、香田さんはPR部門の審査員を務められました。

審査員のオファーをいただいたときは「まさか!」という驚きが大きかったですね。というのは去年、スパイクスアジアの審査員を務めたばかりでしたし、今回の審査員長とは別の審査でご一緒したことがあったものの、このタイミングで自分に声がかかるとは思っていませんでしたから。

──審査をする中で印象に残ったことはありますか。

PR部門は2009年に創設されたのですが、以来、主にアーンド(Earned)メディア(※)を通してターゲット内で発話を促し、意識・行動を変えることで課題を解決したケースが表彰されてきました。

※生活者によるSNS投稿や報道機関によるレビュー記事など企業とは直接関係のない第三者が情報を発信するメディア


近年は情報を世の中に発信する以前のサービスやプロダクトの開発に関わる事例も多く見られるようになりました。これらは、これまでの「PR部門」の概念を変えるような、事業そのものをPR視点を通して作り出しているケースと言えます。今年は、他の部門と重複受賞したケースも多く、コミュニケーションデザインの一部にPR視点が確実に入ってきていることを改めて実感しました。

3日間通ったパレ内の審査員室
(左)3日間通ったパレ内の審査員室 (右)審査中、集中と情報漏洩(ろうえい)、受賞へのロビイング予防のためスマートフォンはここで待機

──今年のPR部門の作品を通じて、社会の潮流や時代の変化として特に感じたことがあればお聞かせください。

日本でも「界隈マーケティング」がトレンドになってしばらくたちますが、ソーシャルメディア上でのコミュニケーションがほぼ必須となった中でターゲットが細分化して狭くなり、向き合ううえでの課題も多様化してきました。中でもメンタルヘルスやペット、子どもの健康などに関する課題が多く見られ、一人一人のウェルビーイングをクリエイティビティの力で高めよう、高められる、という流れは業界内に身を置く人間としてうれしく思います。

他方では、既に各所で話題に上っているように、PRにおいてもAIが一つの選択肢として進化してきました。個人的には、AIで故人を復活させるような「よみがえり」の類いは慎重にプランニングする必要があると感じていますが、これからは既存のソリューションの一つとしてAIを活用することができるようになり、新たな施策を見ることができるかと思うと楽しみでなりません。

社会を動かすクリエイティブの起点となるPR思考

──PR部門から見たカンヌの今、世界のクリエイティビティの今について、感じたことをお聞かせください。

「アーンド」(アーンドメディアによってブランドの認知度や信頼を獲得すること)を追求するPR部門においては、各作品の発信者が誰であるかがとても重要です。発信者とメッセージの間に必然性が見られなければ、話題にもならず、当然ターゲットにも伝わりません。加えて、あふれる情報の中で目につくような強力なメッセージを出そうとすると、発信者であるブランド(組織)の本気度が大きな要素となる時代にもなりました。

今年も、住宅保険の適用範囲をDV(家庭内暴力)にまで広げ、商品の規定を変えたアクサの「Three Words」や、育児休暇中は支払いを一時停止できる住宅ローンを商品化したフィンランド最大手のノルデア銀行の「Parental Leave Mortgage」、米国大統領令に対抗して船上に「メキシコ湾」という名のバーを開設して地図上に表示したテカテビールの「The Gulf of Mexico (Bar)」、1973年に男性視点だった当時の常識を覆し、半世紀を超えた今でもブランドの核であり続ける名コピーを生み出したイロン・スペクト氏の生涯を描いたロレアルの「The Final Copy of Ilon Specht」など、ブランドの本気度を見せられた事例が多くありました。自分もPRに携わる者として、このような覚悟をクライアントと共有できる存在でありたいと思います。
 
──香田さんが考えるPRとクリエイティビティの関係についてお聞かせください。

PRとクリエイティビティの境界線はもはやかなり揺らいでいますが、PRを情報伝達手段ではなく思考として捉えると、その関係性は境界線で分けるものではなく、共創・共存していくものだと感じます。今年の受賞結果を見ても、無賃乗車対策として切符そのものを宝くじにしたインド鉄道の「Lucky Yatra」のように法制度をユーモラスに変換したり、SNS上に一見奇抜で理解が難しい動画をいくつも投稿したアメリカの老舗クッキーブランド・ナッターバターの「Nutter Butter, You Good?」のようにZ世代のカルチャーにひたすら寄り添い続けたりと、世の中を動かす装置としてのクリエイティブの起点が合意形成を神髄とするPR思考だったものも見られました。「PR思考による創造」をこれからも多く見ることができたらうれしいです。

審査メンバーと
審査メンバーと。事務局の担当者もナイスワークでチームの一員でした

──カンヌから見たdentsuは、どうでしたか。

年々感じてはいましたが、世界のdentsuになったことをカンヌで改めて実感できました。「dentsuってどこ?」と言われることは、審査員やPR業界の中でもなくなり、ビーチハウス(カンヌライオンズ期間中のdentsuの拠点)を見ながらdentsuは世界ブランドになったんだなぁと感じました。審査を通して他国のメンバーと知り合うこともでき、特に海外に拠点が少ないPRパーソンとしてはone dentsuの強みを感じられる機会にもなりました。

dentsuは授賞式でも存在感を示し、PR部門では4作品が受賞しましたし、他の部門でも「dentsu」の名前を聞くのは誇らしかったです。
 
──審査以外に、刺激となるセッションやイベント、現地での交流などありましたか。

2009年のPR部門誕生年から開催されている日本から集まるPRパーソンの会があるのですが、今年、過去最大の参加人数を記録したそうです。過去に海外でお仕事をご一緒したPR仲間とも再会することができ、PRがカンヌでの16年の年月で築き上げてきたものの大きさを感じることができました。

世界のコミュニケーションの意思決定が集約される場

──今回、カンヌで審査員を経験したことで、視野が広がったようなことなどあれば、お聞かせください。  

印象的だったのは、審査員全体の「多様性の質」でした。英語を母語としない人が過半数を占め、全員の出身国が異なる現地審査員団だったので、さまざまな角度から興味深い議論ができました。最終的には国籍・文化・言語が違っても、相互理解や社会に対する姿勢を「社会との合意形成」という共通の思考回路を持って各受賞作品を審査できたと思います。
 
──審査を終えて、改めて「カンヌ」という場について思うことはありますか?

カンヌは単なるアワードの場ではなく、「世界のコミュニケーションの意思決定が集約される場」だと感じました。カンヌで評価されるということは、文化を動かすことのできる構造を提示した、と認められることです。そして同時に、カンヌは自分たちの日ごろの仕事に対する向き合い方やその精度を見つめ直す場でもありました。部屋に缶詰めになって審査した3日間(現地入り前のオンライン審査も含めれば約2カ月)だけでなく、滞在中、常に「それは本当に効果的な課題解決策か?」「それは胸を張って次の世代に伝えていけることなのか?」といった問いを突きつけられ、今までの自分の仕事を思いっきり振り返らされる1週間でした。

今回審査員という機会をいただき、特にその問いに向き合う時間が長かったことは本当に幸運でありがたいことでした。初めてのカンヌでしたが、こういう体験ができるからこそ、一度訪れた者を引きつけてやまない唯一無二の場所なのだなと思います。

香田さんのタグ

 

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CATLのプラットフォームを日産やマツダが導入

●この記事のポイント
・CATL(寧徳時代新能源科技)が電池メーカーからEVプラットフォーム供給企業へ進化
・日本の自動車メーカーが中国市場でのコスト競争力確保のためCATL製プラットフォーム採用
・電池単体販売から統合システム提供への事業転換で自動車業界の主導権握る戦略

 世界最大の車載電池メーカーである中国の寧徳時代新能源科技(CATL)が、電池の枠を超えてEVプラットフォーム事業に本格参入している。日産自動車やマツダがCATL製EVプラットフォームの採用を決めたほか、ホンダも中国市場でのコスト競争力確保を目的に採用を検討しており、自動車業界の勢力図に大きな変化をもたらしている。

●目次

TDK子会社から独立、8年連続世界シェア首位

 CATLの前身は、日本のTDKの中国駐在社員が設立したスタートアップ企業ATLだった。オートインサイト株式会社代表で技術ジャーナリストの鶴原吉郎氏は、同社の成り立ちについて次のように説明する。

「CATLの前身となっているのがATLという会社です。このATLという会社は元々、TDKの中国に駐在していた社員が独立して作ったスタートアップ企業で、その後、TDKの子会社になりました。そこから分離独立して発足したのがCATLで、そこから急速に発達して、もう自動車業界ではかなり有名な会社となり、世界最大の車載電池メーカーになっています」

 CATLの設立は2011年と比較的新しいが、その成長スピードは驚異的だ。

「今、車載電池のシェアで言うと2024年に38%になっています。8年連続でシェアトップ、しかも2位がBYDで17%ぐらい、3位が韓国のLG Energy Solutionで11%ぐらいです。日本で1番シェアが高いパナソニックでさえ4%程度とCATLの10分の1くらいの規模しかないのが実態で、CATLは圧倒的な世界トップの車載電池メーカーです」

「電池の使いこなしノウハウが必要」

 では、なぜ電池メーカーがプラットフォーム事業に乗り出したのか。鶴原氏は電池技術の特殊性を指摘する。

「電池は結構使いこなすのにノウハウが必要です。例えば電池が充電する時や放電する時は熱が発生するので、それを冷却する必要があります。大体40°C以上に電池がなると劣化が進むと言われているので、それ以下にコントロールしなくてはいけません。同様に、充放電の速度をどのようにコントロールするかも重要です」

 電池の性能を最大限に引き出すには、バッテリーマネジメントシステム(BMS)と呼ばれる制御システムが不可欠だ。

「電池の技術そのものも大事ですが、電池の充放電を管理するBMS、バッテリーマネジメントシステムという制御するコンピューターがあります。搭載する電池ごとに、異なるコントロールが必要になります」

 スズキが発売予定の「eビターラ」を例に、鶴原氏は統合システムの利点を説明する。

「スズキは電池をBYDの子会社から、セル(単電池)の単位ではなく、電池パックとして購入しています。それはeビターラがスズキにとって初めてのEVであるため、電池の使いこなしのノウハウが不足していたため、冷却システムやBMSなども一体化した電池パックとして購入したほうが安心と判断したようです」

日本メーカーの中国戦略転換点

 日本の自動車メーカーがCATLのプラットフォームを採用する背景には、中国市場での厳しい競争環境がある。

「日本の自動車メーカーは中国で非常にシェアを落としています。1番シェアを落としている原因は、日本のメーカーのコスト競争力、特にEVにおけるコスト競争力が、現地のBYDやGeelyなどに対して大きく劣っているからです。いかに現地化をして、現地のメーカーに対抗できるようなコスト構造を作り上げていくかが重要な課題となっています」

 実際に、日本メーカーは段階的な現地化戦略を進めている。

「第1段階として、マツダは長安という会社が開発したEVの中身はほとんどそのまま使い、デザインや味付けをマツダ独自のものにしています。日産は、合弁先の東風汽車が開発した車を、ほぼそのまま日産のバッジを付けて売っています」

 ホンダの事例は、独自開発の限界を示している。

「ホンダは最近、合弁先と共同で新しいEV専用の工場を立ち上げて、競争力のあるEVを作ろうとしていましたが、残念ながら同じクラスの中国メーカー製EVに比べて価格が割高になってしまい、売れ行きは芳しくありません」

 この状況を受けて、ホンダも戦略の軌道修正を図っている。

「ホンダはCATLのEVプラットフォームの採用を検討していると言われていますが、いずれにせよ部品調達から開発まで徹底的に現地化しなければコスト競争力を確保できないことが明らかになり、戦略を軌道修正しているところだと思います」

 一方で、鶴原氏は市場の棲み分けも指摘する。

「こうした動きは、日本のメーカーが独自のEVの開発をやめるということを意味するわけではありません。日米欧といった先進国向けには、各社とも次世代EVの開発を進めています。しかし中国のマーケットにおいては、EVのコアになる部分も含めて現地化をしていかないと、コスト競争力が確保できないことが明らかになりました。CATLからEVプラットフォームを丸ごと購入することも、そのための手段として日本メーカー各社が決定、あるいは検討していることだと思います」

 CATLの世界展開も着実に進んでいる。

「CATLはすでにドイツに工場があり、ハンガリーやスペインなどにも工場を建設しようとしています。これまでヨーロッパの自動車メーカーは韓国メーカーの電池を多く採用してきましたが、今後はCATLを含めた中国メーカーの電池の採用を増やしていくと思われます」

 ただし、アメリカ市場では政治的な障壁が存在する。

「フォードがアメリカでCATLの技術を導入した電池工場を作ろうとして、トランプ政権がそれに対して差し止めをしました。CATLがアメリカに進出するのはかなり難しそうです」

 ここまで見てきたように、CATLは電池メーカーから総合的なモビリティソリューション提供企業への転換を目指している。電池単体の供給からプラットフォーム全体の提供へと事業領域を拡大することで、自動車業界における影響力を飛躍的に高めようとしている。日本の自動車メーカーにとっては、グローバル市場での競争力維持と技術的自立性の両立が今後の重要な課題となりそうだ。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=鶴原吉郎/オートインサイト代表)

広がるロボット活用=運搬や販売で、業務効率化狙い

 オフィスビルやマンション、競技場などの大規模施設で、運搬や販売などの業務にロボットを活用する動きが進んでいる。人手不足への対応が喫緊の課題となる中、業務の効率化に向け、ロボットと人間の労働力の共存を模索する取り組みが広がってきた。

 プロ野球日本ハムの本拠地「エスコンフィールド北海道」(北海道北広島市)では4月、ビールだるの運搬用に、作業支援ロボット「SUPPOT(サポット)」を導入した。作業者の位置を検知して自動追従する機能があり、一度にビールだるを最大60個運ぶことが可能。観戦者に飲食物を移動販売するロボットも実証中で、業務を担うヤマトホールディングスは「他の物流現場にも展開できれば」(広報)と話す。

 三井不動産などが開発した大型分譲マンション「三田ガーデンヒルズ」(東京都港区)では、ポーターサービスにロボット4台を活用。住民の買い物などの荷物(重さ最大30キロ)を載せ、エントランスと各住戸の間を運搬する。ロボットの動きに連動してドアやエレベーターなども作動するため、スムーズに自動走行できる。実証段階から効率的な配送ルートを検証し、住民への周知も行ったことで「ポーターサービス業務の2割超がロボット配送になった」(広報)という。

 KDDIは7月、ローソンと連携し、東京都港区の再開発地区「高輪ゲートウェイシティ」にある本社内にデジタル技術を駆使した実験店を設けた。10台のロボットを導入し、商品を社員の執務室まで配達するほか、巡回販売も行う。店舗の業務効率化や利便性が高いサービスの開発に向け、知見を集める狙いがある。 (了)
(記事提供元=時事通信社)
(2025/08/27-15:32)

AI活用の成否のカギ握る「AI-Ready」って何?AI導入で成果を出すための変革…マイクロソフトに聞いた

●この記事のポイント
・AIの導入・活用が増えるなか、「AI-Ready」の重要性への認識が広まりつつある
・経営トップのコミットメント、ビジネス部門の巻き込みが重要
・導入前にデータ基盤を整備し、業務で毎日使うという組織文化をつくる

 企業においてAIの導入・活用が増えるなか、「AI-Ready」の重要性への認識が広まりつつある。AI導入の効果を生むためには、導入前にデータ基盤や業務プロセス、組織などの面で準備を進めておくべきとされ、総務省の「AI利活用ガイドライン」でも「AI-Readyな社会」への変革の必要性が指摘されている。AI-Readyとして押さえるべきポイントは何か。また、企業がAI導入で一定の成果を生むために必要なこととは何か。日本マイクロソフトへの取材をもとに追ってみたい。

●目次

AIを使うユースケースをもう一段深くまで考える必要性

 まず、AI-Readyとしておさえるべきポイントは何か。日本マイクロソフトのカスタマーサクセス事業本部長の二宮稔恵氏は次のように説明する。

「これまで企業様が取り組んでこられたITを使ったDXは、人間が行っていたプロセスを、どのようにITに置き換えていくかというのが主な作業であり、ユースケースも明確で、無駄が多いプロセスなどを人間が判断をして、それをシステムに置き換えていくというかたちでした。一方、AI化というのは、それとは少し次元が異なり違いまして、単なるプロセスの置き換えではなく、業務プロセス自体を変えるような取り組みにつながっていく可能性が高いものです。我々がお客様の数限りないAIのプロジェクトに伴走して気づいたことは、『AIを使うこと』を目的にするのではなく、『今まで解決できてない根本的な業務課題に対して、どうやってAIを戦略的に使うことができるのか』に主眼に置き、AIを使うユースケースをもう一段深くまで考える必要があるということです。

 これを実行していくにあたっては、経営トップのコミットメントが非常に重要になってきます。トップの方が『AIをしっかりと使っていくんだ』という意気込みでスポンサーシップを取ると、現場の方々も新しい取り組みを進められます。AIエージェントが使われるようになり、思いもよらないユースケースが出てくるようになっており、トップがコミットしながら現場をどう巻き込むかという点が重要です。特にビジネス部門の巻き込みが非常に重要になってくるというのが、これまでのDXと大きく違うところです。」

 AI導入にあたっては、具体的にどのような準備を進めておくべきなのか。

「最初にやっていただきたいのは、データ基盤の整備、品質の向上です。データとして呼び出せるソースがないと、アウトプットのクオリティは上がらないため、散在しているデータが使えて品質が担保され、AIが読める形でデータを用意するというのが重要です。2つ目のポイントは、AIを活用する人材と組織文化に変えていくという点です。この点でもトップがコミットして現場を巻き込むということが重要になってきます。AIは小さなPDCAのサイクルを回し続けているようなものなので、導入してすぐに品質が上がったり、何かができるようになるわけではなく、AIの性能を向上させるためには使い続けることが重要です。よって、使い倒せる人材、使い続けていく組織文化の醸成がカギを握ってきます。」

成果を上げるために踏むべき3ステップ

 AIを導入して成果を上げる企業に共通する点は何か。

「AIと聞くと『魔法の杖』のように思われがちですが、まずは現場の方から経営トップの方まで全員が地道に毎日、業務で実際に使うということが重要です。効果には、いくつかのステップがあると我々は考えています。まず社員一人一人が使うところから始まり、次に組織としてどうやって使っていくのか、たとえば業務プロセスで非効率なところをAIを使って効率化する、お客様の満足度を上げるにはどうしたらいいかを検討するというフェーズがあります。それを踏まえて会社全体の業務プロセスをどうするべきかという大きい視点が出てきます。この3ステップにどこまで踏み込めるかで、最終的に効果というのが変わってくるのではないでしょうか。

 ここでも、いかに経営トップがコミットメントするのかがカギとなってきます。上場企業の経営層の方々は株式総会などでさまざまな質問を受ける機会があります。その際、事前の準備や対策にAIを使うというユースケースがあり、こうした機会をきっかけに経営層の方々にAIの重要性を認識いただくというのも一つの方法です。企業様の場合、上層部の方がご利用を始められると、現場の方々にも自然と浸透していくケースが多く見られます。

 そして実際に導入を進めていくうえでは、重要な点が大きく2つあります。まずセキュリティです。、AIによってデータのアクセシビリティが上がってくるので、情報漏洩やデータアクセスに起因するアクシデントが増える可能性があるため、情報漏洩リスクを十分に理解し、社内ガイドラインを作成すべきです。2点目は、AIをどう使うのかというフェーズの先の、業務プロセスや事業をどうしていくかという点にまで踏み込んでいく際に大きなボトルネックになってくるのが、開発環境です。システム開発・運用をすべて他社にアウトソースしていると、コスト削減などのメリットを享受しにくいので、いかに内製化を進めることができるのかも重要です。」

製造業の事例

 具体的な事例として、製造業の生産現場でもAIの導入が進んでいるという。

「ものづくりの会社様ですと、製品を生産するための知見や設計の考え方が社員個人に依存・特化してしまっているケースも珍しくありません。また、社員の高齢化が進んで、そうした知見を後継するにはどうすればよいのかという課題を抱えている企業様も多くいらっしゃいます。そこで、複数のAIエージェントをうまく使ってAIで解決できた例があります。また、大きな組織の中で、『この分野に詳しい人は誰?』『この細かい設計のコツって、どうやって考えたらいいの?』といった疑問が出た際に、全て文書で残っていればいいのですが、情報が分散した状態で存在すると探し出せなかったりします。そこでAIエージェントを使って問題を解決したという例もあります。ものづくりの根幹である開発プロセスを効率化し、製品不良率を低下させることに全社で取り組んで結果を出している企業様もいらっしゃいます。」

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

物価高時代でも「心を動かされたい!」現代の消費者マインドとは

電通デザイアデザイン(DDD)は消費と欲望の関係から、さまざまなソリューション開発や情報発信を行う組織です。

今回から、DDDが2025年5月に実施した「心が動く消費調査」を分析。調査結果から得られたインサイトやファインディングスをお伝えしていきます。

その第1弾として、昨今家計を圧迫する「物価高」の現象にフォーカスし明らかになった、いまどきの消費者の金銭に対する意識をDDDの立木学之がご紹介します。

食品関連の値上げが家計を圧迫

家計を苦しめるこの物価高はいつまで続くのでしょうか。

物価が高くなっても実質賃金が伸びていけば家計の負担は変わりませんが、実質賃金はむしろ下落状況が続いています(2025年5月時点) 。その結果、毎日必要となる食品関連の値上げが家計を直撃しています。

実際、2025年には加工食品で2121品目、酒類・飲料で1834品目、パンで1227品目と、実に6000を超える食品が値上げされ、「野菜がずいぶん高くなった……」と感じることも多くなったのではないでしょうか。

最近では、野菜の価格もガソリン価格も一時期より下がったものの、まだ割高感は否めません。日本人の主食である米も大幅な値上がりで、「令和の米騒動」と呼ばれる事態に発展。政府が災害時用などとして備蓄している古米を市場に解放し、店頭に行列ができた光景が記憶に新しいところです。

生活者の4人に3人が物価高への対策の必要性を感じる

この物価高が続く中、消費者は今どのようなマインドになっているのでしょうか。

一般的に給与や所得が増えにくい中で物価が高止まりしてしまうと、家計において何らかの対策を講じる必要があります。今回DDDが分析した結果でも、図1の通り、全体では76.2%が対策の必要性を感じていると回答しました(「そう思う」と「ややそう思う」の合計)。

調査では、対策の中身までは質問していませんが、報道では、例えば物を買うときも新品ではなく中古を購買、所有ではなくシェアリングを利用するといったものから、攻めの投資で資産を増やそうとしたり、サブスクプリションサービスや保険を解約するなど、多岐にわたるようです。

DDD 物価高で家計圧迫 図1

DDD 図1の性別×年齢別傾向 図2

さらに、図2の性別×年齢別で細かく見ていくと、比較的女性の方が対策を講じる必要性を強く感じており、特に女性50代は「そう思う(計)」が87.5%という高スコアになっています。対照的に低いのが男性10~20代で、それぞれ65.6%と65.0%です。

こうした結果が現れた理由としてまず、女性50代が家族の食事をつくるためなどで食材を購入する機会が多いこと、家計を気にする立場にあることが考えられます。さらにこのスコアをDDDによる欲望基点で読み解くと、若年男性のほうが享楽的な気持ちが先行する傾向があるため、楽観的な意識が他のセグメントよりも強いのではないかと考えられます。

また、女性50代が高スコアなのは上で述べましたが、60代、70代でスコアが上下するのも興味深いポイントです。例えば、60代では年金が出て家計にゆとりを感じる人が多くなった結果スコアが低下し、70代では現実的に「人生100年時代」を見据えて年金生活でも家計のやりくりをしていく必要性を感じてスコアが再び高まっている可能性が考えられます。


したいことや欲しいものにお金をかけてもよいと思う人は、約3割に留まる

次に、別の視点からも読み解いていきます。図3は、「したいことや欲しいものがあってもそのためのお金がない」と感じるか、についての回答結果です。

こちらも図1の傾向に近く、全体の「そう思う(計)」は68.2%。およそ約7割と高い数値になっています。やはりこの物価高時代に家計に余裕を見いだせない個人や世帯が多いことがうかがえますし、もし何かしたいことや欲しいものがあっても、その対価が高ければ享受することは難しくなります。

実質賃金が上がってこない中で、したいことがあっても気持ちに蓋をしてしまうこともあるでしょう。例えば、楽器などの趣味をしたいけれど、楽器代やレッスン料などお金がかかるため、「もう少し先でいいかな……」と我慢するといったことです。
DDD お金がない 図3

DDD 図3の性別×年齢別傾向 図4

性別×年齢別で見たときに、特に着目したのが10代女性のスコアです。「そう思う」と「ややそう思う」のスコア計が83.5%に達しています。調査対象者年齢が15~19歳は、学齢的には中学3年生~大学2年生。例えば自分が応援する「推し」のグッズを買いたいけれど、買えない方なども多いのではないかと想像されます。

物価高でも「心が動く体験」をしたい生活者たち

ここまで見てきたように、家計が物価高によって圧迫を受けている中、したいことや買いたいものがあっても、社会経済の影響で先行き不透明な状況も影響し、なかなか身動きが取りにくい状態にあることが分かりました。

一方で、今回の調査ではこんな興味深い分析結果も得られています。DDDが定点的に追いかけている直近1カ月での「良い気分・気持ちが得られた消費経験」を見ると、2023年11月時点の調査からスコアにはあまり変動がないことが分かりました(図5)。

そうした経験が「たくさんあった」から「たくさんあった~あったかも計」までのスコアで見ても、この1年半ほどの間ではほとんど誤差とも言ってよい変動しか示していません。

DDD 直近1か月の消費経験 図5

つまり、物価高かどうかにかかわらず、なんらかの「心が動く消費体験をしたい」「している」と思っている生活者は世の中にたくさんいるということです。そうした生活者の心をどう動かしていくのか、DDDが提唱する「11の基本的な欲望(図6)」とそれを基にした「欲望行動モデル(図7)」からヒントをお伝えします。

DDD 11の基本的な欲望 図6

DDD 欲望行動モデル 図7

生活者はこの11個の欲望を全て併せ持っているという考え方で、人によって欲望の“濃度”は異なります。その中で生活者の心を動かす体験を設計するには、11の内どの欲望を喚起するとアクションにつながりやすいのかを把握することが重要です。

また、図7は個々人固有の特質を表した「価値観基盤」という変数と、根源的欲求を掛け合わせることで、「欲望」が形を成していくというメカニズムを表した図です。「根源的欲求」は、人の性格や生きてきた時代、その過程で育まれた価値観等によって形成される個々人固有の特質と出合うことで、ある性向は強まりを見せ、別の性向は弱まりを見せます。また他の性向と組み合わさる等の影響から、11個の欲望が生成されるものと考えられます。(詳しくはこちら ) 

つまり、図6の11の基本的な欲望や図7の欲望行動モデルで示しているように、いま目の前にある現象や具体的な消費行動、例えば世の中のヒット商品が、どの欲望に関連していそうか?を考察してみる、ということが大切になります。

もちろん業種や商材、生活者のタイプなどによって、フックとなる欲望はケースバイケースです。それも踏まえタイプ別の欲望に目を向けることで、物価高時代の要素も入れこんだ、欲望基点のマーケティング戦略やコミュニケーション戦略を練ることが可能になるでしょう。

家計に逆風が吹いている今、いかに消費者に「心が動く商品体験」を提供できるのかを企業と社会が問われているということなのでしょう。

【調査概要】
<第10回「心が動く消費調査」概要>
・対象エリア:日本全国
・対象者条件:15~74歳男女
・サンプル数:計3000サンプル(15~19歳、20代~60代、70~74歳の7区分、男女2区分の人口構成比に応じて割り付け)
・調 査 手 法:インターネット調査
・調 査 時 期:2025年5月13日(火)~ 5月16日(金)
・調 査 主 体:株式会社電通 DENTSU DESIRE DESIGN
・調 査 機 関:株式会社電通マクロミルインサイト

 

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