「農業とエネルギーの二重収益モデル」…福島・二本松発、営農型太陽光発電の挑戦

●この記事のポイント
・福島県二本松市で営農型太陽光発電を展開する二本松営農ソーラーとSunshineは、発電と農業を別法人化し、収益とリスクを分離する独自スキームで挑戦している。
・発電収入に加え、日射抑制による作物品質向上や支柱の兼用によるコスト削減など三重のメリットを実現。地域住民への「見せる農業」で信頼を築き、若者雇用や地方創生にも貢献している。
・一方、制度の硬直性や設備調達の中国依存など課題も多いが、食料とエネルギーを同時に確保できる営農型太陽光は、日本の脱炭素と農業再生の切り札となる可能性を秘めている。

 福島県二本松市。東京ドーム1.2個分に相当する土地に設置されたソーラーパネルが、静かに電力を生み出している。その下ではシャインマスカットが実り、若い農業従事者たちが汗を流す。営農型太陽光発電──通称「ソーラーシェアリング」の現場である。

 この取り組みを主導するのが、二本松営農ソーラー株式会社と株式会社Sunshineを率いる近藤恵氏だ。発電事業と農業法人を二段構えで運営し、エネルギーと農業を同時に成り立たせる挑戦は、再生可能エネルギーの導入だけでなく、日本の農業の持続性を考える上でも大きな示唆を与えている。

●目次

震災を契機に芽生えた「地方からエネルギーを生み出す」発想

 近藤氏がこの事業に踏み切った背景には、2011年の東日本大震災がある。震災以前は有機農業に取り組んでいたが、経営難で廃業。その経験から「農村は自給自足を誇りにしてきたが、実際にはエネルギーを生み出していない」という現実に気づかされたという。

「震災でエネルギー供給の脆弱さを痛感しました。地方こそエネルギーを生み出す主体になれるのではないか。中央集権的な大規模発電から、分散型のエネルギーへ──まるで大型コンピューターからスマホへの転換のように、エネルギーの形態も変わるはずだと思ったのです」(近藤氏)

 この思いが、ソーラーシェアリングという形に結実した。2021年9月、二本松に完成した発電所は一般家庭600世帯分に相当する電力を生み出す規模を誇る。

 事業スキームはユニークだ。発電を担う二本松営農ソーラーと、農業を担う株式会社Sunshineを別法人として分離している。背景には金融機関の要請がある。

 農地に太陽光を設置するには「営農の継続」が条件だが、農業は赤字リスクが高い。営農の収益と発電の返済リスクを切り分けるため、発電事業から営農法人に「営農支援金」を支払い、農業を維持する仕組みとした。

「金融機関にとって返済の安定性は最重要です。発電と営農を一体化すると農業赤字がリスクになる。だから法人を分け、営農支援金で農業を成り立たせる形にしました」(近藤氏)

 この構造は「農地活用型のエネルギー事業」が成り立つ上での重要な知見となる。

ソーラーシェアリングがもたらす「三重のメリット」

 営農型太陽光の強みは、単なる二重収益モデルにとどまらない。近藤氏が語るメリットは「一挙三得」だ。

(1)電力収入:固定価格買取制度(FIT)による安定収益。

(2)作物への効果:夏場の強烈な日差しをパネルの影が和らげ、シャインマスカットなどの品質向上につながる。

(3)農業コスト削減:パネルの支柱をブドウ棚に兼用し、設置コストを4分の1に圧縮。

「太陽光の影はデメリットと思われがちですが、猛暑の時代にはむしろ作物にとってプラスに働くケースがある。柱も“邪魔”ではなく活用次第で農業資材になるのです」(近藤氏)

 再エネと農業を両立させるだけでなく、互いを補完する仕組みに転化している点が革新的だ。

地域の信頼を得る鍵は「見せる農業」

 営農型太陽光を進めるうえで欠かせないのが、地域との関係構築だ。大規模太陽光発電(メガソーラー)が景観や環境破壊で反発を受ける中、近藤氏が心がけるのは「論より証拠」だという。

「農村では、周りは黙って見ています。だからこそ“見せられる農業”をすることが大事。説得よりも、収穫された作物を見てもらうのが一番の説得力になります」(近藤氏)

 実際、地元の若者2人を雇用し、農業を支える姿は地域の共感を集めている。「応援したい」という声も増えており、地方創生の観点からも一定の成果をあげている。

日本の農業・エネルギー問題への解答

 近藤氏は営農型太陽光を「打ち出の小槌ではない」としつつも、農業とエネルギーの双方に解決策を提示できると語る。

(1)兼業農家の新しい形:土日に農業を営む兼業農家でも、太陽光収入で安定経営が可能となる。中山間地など従来の大規模農業が難しい地域でも農地維持につながる。

(2)食料とエネルギーの同時確保:農地の5%にソーラーシェアリングを導入すれば、日本のエネルギーの3分の1を賄えるという試算もある。

(3)担い手不足の緩和:収入源が増えることで新規就農者の参入障壁を下げ、農家人口の減少スピードを緩やかにできる。

「大規模農業と兼業農業、それぞれの強みを活かしながら、ソーラーシェアリングがその中間を埋める存在になると思います」(近藤氏)

 一方で課題も多い。制度面では、2013年に導入された農地法上の特例以降、大きなルール改正が進んでいない。農地での発電は「下で農業を80%維持」という数値基準に縛られ、柔軟性を欠いている。

 また、設備調達の面では中国依存が避けられない。パネル、パワーコンディショナー、支柱の多くが中国製で、日本製はコスト面で太刀打ちできない。

「発明は得意でも普及が苦手なのが日本。中国は多少粗くても安価に量産する。普及を進める局面では日本が後れを取ってしまう」(近藤氏)

 規制改革と産業政策の双方が問われている。

米・牧草地へ広がる可能性と行政の役割

 今後の注力分野は「水田」と「牧草地」だ。水田は農地面積に占める割合が大きく、ソーラーシェアリングの潜在力は計り知れない。ただし景観や地域合意のハードルも高い。

「地域ぐるみで進めなければ反発は避けられません。行政が地域調整に踏み込むことが不可欠です」(近藤氏)

 国は脱炭素を掲げ、自治体はメガソーラー規制を強める。この矛盾をどう解くかが今後の大きな政治課題となる。

 二本松営農ソーラーの発電所は、二本松市の約5%に相当する電力を賄う。加えて若者雇用、地元業者への発注、環境教育など副次的効果も生んでいる。

「もしパネルや支柱を地元で生産できれば、地域経済への波及効果はさらに大きくなる。本当はそこまで含めて“地方からエネルギーを生み出す”仕組みを作りたい」(近藤氏)

 営農型太陽光はまだ黎明期にある。だが、脱炭素と地方創生を両立させる可能性を秘めた実験場として、福島・二本松の挑戦は全国に波及しつつある。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

二本松営農ソーラーを主題にした映画が公開中
『陽なたのファーマーズ ーフクシマと希望ー』

訪日中国人旅行者を中国最大のライフスタイルSNSのデータからひもとく

訪日中国人旅行者のリアル④

日本政府観光局(JNTO)のデータによれば、2025年6月の訪日観光客は約338万人 。特に夏休みシーズンは例年海外からの旅行客が最も多い時期であり、皆さんの生活圏の中でもその姿を目にする機会が多かったのではないだろうか。また今年は大阪・関西万博の開催により、さらにその数は増えることが見込まれている。中でも4分の1近くを占める中国からの観光客は規模だけでなく、消費力などから常にインバウンド・マーケティングの有力なターゲットとなってきた。

しかし新型コロナウイルス大流行による断絶を経て中国の状況も変わり、電通GBC(グローバル・ビジネス・センター)の調査からは「旅マエ・旅ナカ・旅アトの境の曖昧化」など、旅行マインドの変化・深化が浮き彫りになった。それによって行き先、アクティビティ、求めるものなども大きく「多様化・複雑化・臨機応変化」しているのが現状だ。

同調査から浮かび上がった変化の一つが、日本では今まであまり目にすることのなかったアプリ「rednote(中国名:小紅書)」の存在感だ。訪日中国人旅行者に対して行ったヒアリングでも口々に「旅マエ・旅ナカ・旅アト」すべてで「rednoteを活用している」と話してくれた。そこで今回、電通とrednoteの運営会社は、双方が持つ知見とデータを持ち寄り、組み合わせることで、訪日中国人旅行者にアプローチするための手掛かりを探った。

■rednoteとは?
rednoteはMAU(月間アクティブユーザ)3億以上、中国最大のライフスタイルアプリ。特徴はInstagramやPinterestに近い写真・動画を中心にテキストを添えるUI形式と、TikTokのように超強力なアルゴリズムに基づくレコメンデーション。海外旅行だけでなく、ファッション、話題のスポット、グルメなど、トレンドに敏感な中国の特に若者によってなくてはならない存在になっている。
 
rednoteとは?

 

ビッグデータから見えてきた訪日客のリアル

今回入手したのは2024年に日本を訪れたことがあるユーザの検索、閲覧行動のビッグデータ。ヒアリングなどと違い、ビッグデータは「実際の行動」の蓄積であり、言葉にならないような細かい行動やホンネまでも明らかになる。

まずrednoteユーザ全体と、その中の日本旅行者の違いを見てみよう。デモグラフィックで見ると、rednoteは女性の比率が高いプラットフォームだ。その中でも日本旅行者セグメントでは女性比率がさらに高めになっている(中国からの日本入国者全体の比率は男性44.6%、女性55.4%(※1)であることからしても、女性比率が際立って高い)。若者が多いrednoteの中でも、日本旅行者は年齢が若く、20代が過半数である。そして北京・上海といった1級都市(※2)、それに続く成都(四川省)、杭州(浙江省)、武漢(湖北省)といった新1級都市の比率が高い傾向にあることがわかる。

※1 出典:出入国管理統計統計表 2023年年報(法務省)、在留資格:短期滞在(15日以内+90日以内)、国籍・地域:中国
 
※2 中国の都市区分:
中国では、都市を人口や経済レベルなどさまざまな観点から1級(北京・上海など)・新1級(青島・成都など)〜5級までの6つに分けられている。習慣的なものであり法律などで定められた正式な行政区分ではないが、一般的には中国の大手経済誌「第一財経」とその傘下のシンクタンクが発表する「都市魅力ランキング」が基準とされ、毎年少しずつ顔ぶれが変わる。
参考サイト;中国広播電視台「第一财经发布《2025新一线城市魅力排行榜》 ,刷新过往重新发现」
https://www.smg.cn/review/202505/0166469.html

 

rednoteユーザのデモグラフィック特性

検索ワードから見る「旅マエ・旅ナカ・旅アト」のココロの変化

では、彼ら・彼女らは日本で実際に何をしているのか? 多様化・複雑化とは、具体的に何を指すのか? まず最近起こっている全体的な変化を探るために、直近3年間の春節期間における検索キーワードTop10の推移を「旅マエ・旅ナカ・旅アト」ごとに見てみよう。

検索キーワードTop10の推移 旅マエ・旅ナカ・旅アト
旅行の準備を始める「旅マエ」期間では、中国からの日本入国に必須のビザの手続きがトップに来るのは変わらない傾向だ。加えて「日本旅行」「大阪」「京都」といった地名、あるいはそこに「攻略(日本語由来の単語で、旅行に関する中国語では『ヒント・Tips』『指南・ガイド』といった意味)」を加えた、大まかな情報探索が行われていることがわかる。中国からの旅行者にはリピーターも多く、「もはや東京・大阪・京都だけではない」と言われながらも、全体から見ればこれらの定番スポットの人気はいまだ圧倒的だ。

日本到着後の「旅ナカ」には、グルメや買い物に関するキーワードが一気に増える。とはいえ「日本旅行攻略」といったビッグワードが上位に残り続けていることからも、いまだ行動計画が完全に固まっていない人が多いこともうかがえる。また25年については、春節期間中の2月2日に非常に知名度が高い台湾出身の女優、徐熙媛が日本を旅行中にインフルエンザにかかり、不幸にして亡くなってしまった。この影響でrednoteでも「日本ではインフルエンザが大流行しているのでは」といううわさが流れ、関連のキーワードが上位を占めることとなった。

「旅アト」については、「旅マエ」「旅アト」で登場したようなキーワードが多くみられる。これは閲覧というよりは、自らの体験をノートとして投稿する際、他の投稿を参考にすることが多いことに由来する。写真や文章、用いるハッシュタグなど、閲覧数が多い投稿を参考にして自分の体験をできるだけ多くの人に見てもらえる形にするのは万国共通の特徴と言えるだろう。この中にはもちろん、すでに次の日本旅行についての情報収集をしている人も含まれる。

旅マエ・旅ナカ・旅アトごとのキーワードと投稿例
「旅マエ・ナカ・アト」ごとのキーワードと投稿例

では実際に日本に来ている人たちはどういう特徴をもち、何を求めているのか? その行動や目的地などごとにさらに分析すると、4つのペルソナが浮かび上がった。それが「美食探求者」「爆買い継承者」「二次元聖地巡礼者」「秘景旅行者」だ。また、女性利用者が多いとはいえ、月間アクティブユーザが3億を超えるrednoteにおいて、全体の4分の1程度は男性であるため、 男性の特徴をあぶりだすために、独立したセグメントとして切り出して分析している。

若手グルメ中国人殺到中、「食い倒れの街」面目躍如の大阪、冬の定番北海道急上昇

 

美食探求者 ランキング

ここではそのうち特徴が比較的明確な「美食探求者」を紹介しよう。東京・京都・大阪は本州のゴールデンルートといわれ、元々訪日観光客がもっとも人気の都市だ。なかでも検索数上位を大阪関連の地名が占めており、中国人の若者からの注目が集まっていることがわかる。「心斎橋」のほか「日本橋」「長堀橋」「大国町」「りんくうタウン」など非常に具体的な地名と共に検索されている。その一方、「お好み焼き」や「たこ焼き」といった、一般的に大阪名物といわれて日本人が思いつく料理の名前は出現しない。たこ焼きは中国でも比較的よく目にする料理で「日本のもの」というイメージはあるが、訪日中国人旅行者の中で大阪という地名と日本人ほどには結びついていないことが考えられる。

美食探求者 検索ワード上昇率上位
 
また調査時期が冬であったことも影響してか、急上昇ワードには北海道関連が多く見られた。一般的に観光名所として思い浮かぶ時計台ではなく、日本風情がある「北海道神宮」が美食のキーワードとしても現れているのが興味深い。また、TOP10には小樽が北海道の地名としては唯一ランクイン。札幌や富良野といった大定番の目的地からの行先の広がりが感じられる結果となった。

美食探求者たちが参考にしているのは、フォロワー1000万前後の全領域における影響力を持つ大物KOL(インフルエンサー)のほか、フォロワー数千人ではあるが、TGI(※) の高いKOC(Key Opinion Consumer)も多くランクインしている。しっかりとした訴求テーマが決まっている場合は、むしろこうした、フォロワー数は多くないが特定のテーマに関しては影響力を持つKOCとのコラボレーションでの情報発信は、効果・効率の両面で十分に検討に値するだろう。

※TGI: Target Group Indexの略。あるセグメントの母集団からの乖離程度を表し、100を標準として、数字が大きいほど母集団の特徴と異なる(=個性を持つ)ことになる。例えば母集団の10%がりんご好き、某セグメントの20%がりんご好きだった場合、TGIは200となる。

 

KOL-TGI
 
他のカテゴリにおいても、例えばアニメ・マンガ好きの「二次元聖地巡礼者」であれば好きな作品の舞台となった街の名前や、買い物好きの「爆買い継承者」の間で共有される免税手続きのTipsなど、同じプラットフォームの中でもまったく異なるキーワードで検索が行われ、異なるKOLの発信が影響力を持つ。漠然と「訪日観光客」とひとくくりにするのではなく、日本国内向けの一般的なマーケティング活動同様、入手可能なデータに基づき事前に「誰が潜在顧客なのか」を見定めたうえで戦略を定めないと、期待したような効果を得ることは難しいだろう。


電通が提供する中国インバウンド向け統合ソリューション

 

訪日中国人に対する包括的なソリューション

電通は、訪日客の「旅マエ・旅ナカ・旅アト」向けマーケティングを一気通貫で解決するソリューションを提供している。今回取り上げたrednoteに加えて、最大手旅行OTA(オンライン旅行代理店)であるCtripや、電通中国がもつ12億IDのデバイス情報にもとづいたオーディエンスプラットフォーム”Mercury”によるターゲット属性や行動に応じた効果的、効率的でピンポイントな広告投下など、さまざまなツールやプラットフォームとの提携によって、訪日消費取り込みの最大化を狙うクライアントをサポートする。

参考:ウェブ電通報 | 「データから読み解く訪日中国人旅行者のリアル2025」


また、今回そのソリューションに加わったrednoteは、単純な広告出稿だけではなく、有力KOLへの投稿作成依頼や、特有のリスクを避けながらブランドの魅力を最大限引き出す公式アカウント運用、そしてサイト内Eコマース(現在は中国国内向けが中心)など、サービス傘下の多岐にわたる機能を組み合わせることで、その費用対効果を最大化することができる。電通もまた、プラットフォームのデータと電通の知見をかけあわせ、これら多彩なパレットから最適な組み合わせを導出し、提供していきたい。

 

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しかし新型コロナウイルス大流行による断絶を経て中国の状況も変わり、電通GBC(グローバル・ビジネス・センター)の調査からは「旅マエ・旅ナカ・旅アトの境の曖昧化」など、旅行マインドの変化・深化が浮き彫りになった。それによって行き先、アクティビティ、求めるものなども大きく「多様化・複雑化・臨機応変化」しているのが現状だ。

同調査から浮かび上がった変化の一つが、日本では今まであまり目にすることのなかったアプリ「rednote(中国名:小紅書)」の存在感だ。訪日中国人旅行者に対して行ったヒアリングでも口々に「旅マエ・旅ナカ・旅アト」すべてで「rednoteを活用している」と話してくれた。そこで今回、電通とrednoteの運営会社は、双方が持つ知見とデータを持ち寄り、組み合わせることで、訪日中国人旅行者にアプローチするための手掛かりを探った。

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rednoteはMAU(月間アクティブユーザ)3億以上、中国最大のライフスタイルアプリ。特徴はInstagramやPinterestに近い写真・動画を中心にテキストを添えるUI形式と、TikTokのように超強力なアルゴリズムに基づくレコメンデーション。海外旅行だけでなく、ファッション、話題のスポット、グルメなど、トレンドに敏感な中国の特に若者によってなくてはならない存在になっている。
 
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今回入手したのは2024年に日本を訪れたことがあるユーザの検索、閲覧行動のビッグデータ。ヒアリングなどと違い、ビッグデータは「実際の行動」の蓄積であり、言葉にならないような細かい行動やホンネまでも明らかになる。

まずrednoteユーザ全体と、その中の日本旅行者の違いを見てみよう。デモグラフィックで見ると、rednoteは女性の比率が高いプラットフォームだ。その中でも日本旅行者セグメントでは女性比率がさらに高めになっている(中国からの日本入国者全体の比率は男性44.6%、女性55.4%(※1)であることからしても、女性比率が際立って高い)。若者が多いrednoteの中でも、日本旅行者は年齢が若く、20代が過半数である。そして北京・上海といった1級都市(※2)、それに続く成都(四川省)、杭州(浙江省)、武漢(湖北省)といった新1級都市の比率が高い傾向にあることがわかる。

※1 出典:出入国管理統計統計表 2023年年報(法務省)、在留資格:短期滞在(15日以内+90日以内)、国籍・地域:中国
 
※2 中国の都市区分:
中国では、都市を人口や経済レベルなどさまざまな観点から1級(北京・上海など)・新1級(青島・成都など)〜5級までの6つに分けられている。習慣的なものであり法律などで定められた正式な行政区分ではないが、一般的には中国の大手経済誌「第一財経」とその傘下のシンクタンクが発表する「都市魅力ランキング」が基準とされ、毎年少しずつ顔ぶれが変わる。
参考サイト;中国広播電視台「第一财经发布《2025新一线城市魅力排行榜》 ,刷新过往重新发现」
https://www.smg.cn/review/202505/0166469.html

 

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では、彼ら・彼女らは日本で実際に何をしているのか? 多様化・複雑化とは、具体的に何を指すのか? まず最近起こっている全体的な変化を探るために、直近3年間の春節期間における検索キーワードTop10の推移を「旅マエ・旅ナカ・旅アト」ごとに見てみよう。

検索キーワードTop10の推移 旅マエ・旅ナカ・旅アト
旅行の準備を始める「旅マエ」期間では、中国からの日本入国に必須のビザの手続きがトップに来るのは変わらない傾向だ。加えて「日本旅行」「大阪」「京都」といった地名、あるいはそこに「攻略(日本語由来の単語で、旅行に関する中国語では『ヒント・Tips』『指南・ガイド』といった意味)」を加えた、大まかな情報探索が行われていることがわかる。中国からの旅行者にはリピーターも多く、「もはや東京・大阪・京都だけではない」と言われながらも、全体から見ればこれらの定番スポットの人気はいまだ圧倒的だ。

日本到着後の「旅ナカ」には、グルメや買い物に関するキーワードが一気に増える。とはいえ「日本旅行攻略」といったビッグワードが上位に残り続けていることからも、いまだ行動計画が完全に固まっていない人が多いこともうかがえる。また25年については、春節期間中の2月2日に非常に知名度が高い台湾出身の女優、徐熙媛が日本を旅行中にインフルエンザにかかり、不幸にして亡くなってしまった。この影響でrednoteでも「日本ではインフルエンザが大流行しているのでは」といううわさが流れ、関連のキーワードが上位を占めることとなった。

「旅アト」については、「旅マエ」「旅アト」で登場したようなキーワードが多くみられる。これは閲覧というよりは、自らの体験をノートとして投稿する際、他の投稿を参考にすることが多いことに由来する。写真や文章、用いるハッシュタグなど、閲覧数が多い投稿を参考にして自分の体験をできるだけ多くの人に見てもらえる形にするのは万国共通の特徴と言えるだろう。この中にはもちろん、すでに次の日本旅行についての情報収集をしている人も含まれる。

旅マエ・旅ナカ・旅アトごとのキーワードと投稿例
「旅マエ・ナカ・アト」ごとのキーワードと投稿例

では実際に日本に来ている人たちはどういう特徴をもち、何を求めているのか? その行動や目的地などごとにさらに分析すると、4つのペルソナが浮かび上がった。それが「美食探求者」「爆買い継承者」「二次元聖地巡礼者」「秘景旅行者」だ。また、女性利用者が多いとはいえ、月間アクティブユーザが3億を超えるrednoteにおいて、全体の4分の1程度は男性であるため、 男性の特徴をあぶりだすために、独立したセグメントとして切り出して分析している。

若手グルメ中国人殺到中、「食い倒れの街」面目躍如の大阪、冬の定番北海道急上昇

 

美食探求者 ランキング

ここではそのうち特徴が比較的明確な「美食探求者」を紹介しよう。東京・京都・大阪は本州のゴールデンルートといわれ、元々訪日観光客がもっとも人気の都市だ。なかでも検索数上位を大阪関連の地名が占めており、中国人の若者からの注目が集まっていることがわかる。「心斎橋」のほか「日本橋」「長堀橋」「大国町」「りんくうタウン」など非常に具体的な地名と共に検索されている。その一方、「お好み焼き」や「たこ焼き」といった、一般的に大阪名物といわれて日本人が思いつく料理の名前は出現しない。たこ焼きは中国でも比較的よく目にする料理で「日本のもの」というイメージはあるが、訪日中国人旅行者の中で大阪という地名と日本人ほどには結びついていないことが考えられる。

美食探求者 検索ワード上昇率上位
 
また調査時期が冬であったことも影響してか、急上昇ワードには北海道関連が多く見られた。一般的に観光名所として思い浮かぶ時計台ではなく、日本風情がある「北海道神宮」が美食のキーワードとしても現れているのが興味深い。また、TOP10には小樽が北海道の地名としては唯一ランクイン。札幌や富良野といった大定番の目的地からの行先の広がりが感じられる結果となった。

美食探求者たちが参考にしているのは、フォロワー1000万前後の全領域における影響力を持つ大物KOL(インフルエンサー)のほか、フォロワー数千人ではあるが、TGI(※) の高いKOC(Key Opinion Consumer)も多くランクインしている。しっかりとした訴求テーマが決まっている場合は、むしろこうした、フォロワー数は多くないが特定のテーマに関しては影響力を持つKOCとのコラボレーションでの情報発信は、効果・効率の両面で十分に検討に値するだろう。

※TGI: Target Group Indexの略。あるセグメントの母集団からの乖離程度を表し、100を標準として、数字が大きいほど母集団の特徴と異なる(=個性を持つ)ことになる。例えば母集団の10%がりんご好き、某セグメントの20%がりんご好きだった場合、TGIは200となる。

 

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訪日中国人に対する包括的なソリューション

電通は、訪日客の「旅マエ・旅ナカ・旅アト」向けマーケティングを一気通貫で解決するソリューションを提供している。今回取り上げたrednoteに加えて、最大手旅行OTA(オンライン旅行代理店)であるCtripや、電通中国がもつ12億IDのデバイス情報にもとづいたオーディエンスプラットフォーム”Mercury”によるターゲット属性や行動に応じた効果的、効率的でピンポイントな広告投下など、さまざまなツールやプラットフォームとの提携によって、訪日消費取り込みの最大化を狙うクライアントをサポートする。

参考:ウェブ電通報 | 「データから読み解く訪日中国人旅行者のリアル2025」


また、今回そのソリューションに加わったrednoteは、単純な広告出稿だけではなく、有力KOLへの投稿作成依頼や、特有のリスクを避けながらブランドの魅力を最大限引き出す公式アカウント運用、そしてサイト内Eコマース(現在は中国国内向けが中心)など、サービス傘下の多岐にわたる機能を組み合わせることで、その費用対効果を最大化することができる。電通もまた、プラットフォームのデータと電通の知見をかけあわせ、これら多彩なパレットから最適な組み合わせを導出し、提供していきたい。

 

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【参加者募集】電通×電通マクロミルインサイト 共催ウェビナー「値上げ時代のプライシング ~電通発の価格戦略モデル『Marketing For Growth With Pricing』~」10月7日開催

電通電通マクロミルインサイトは、10月7日(火)に共催するウェビナー「値上げ時代のプライシング ~電通発の価格戦略モデル『Marketing For Growth With Pricing』~」の参加者を募集している。

価格上昇が常態化し、消費者は価格に対し、一層敏感になっている。「価格に見合わない」と感じた消費者のブランドスイッチや離客が発生する一方、価格が上昇しても支持が揺るがない商品・サービスも存在する。

こうした中、電通と電通マクロミルインサイトは、“企業と消費者双方に納得感をもたらす価格変更の意思決定”を支援する「Marketing For Growth With Pricing」の提供を2025年から開始した。

本セミナーでは、「商品やサービスに対して、消費者が思い浮かべる価格」に注目したプライシングの考え方を、調査結果や事例を交えて解説する。ブランドイメージと価格・需要の関係性の分析と企業の業績に直結する価格戦略の策定から、商品・サービスの魅力を高める価値創出、その価値を消費者へ届けるための最適な価格運用やコミュニケーション戦略まで、価格戦略を成果へ導く一貫したアプローチを紹介する。
 
「値上げ時代のプライシング ~電通発の価格戦略モデル『Marketing For Growth With Pricing』~」

【概要】
日時:
10月7日(火)13:00~14:00
形式:オンライン
費用:無料
主催:電通、電通マクロミルインサイト
※セミナー終了後、1週間アーカイブ配信も予定しております。当日のご参加が難しい方もお申し込みいただければ、後日視聴URLをお送りいたします。


■参加登録・ウェビナー詳細はこちらから
 

【プログラム】

【1】物価上昇による価格デザインニーズの背景 
【2】プライシングの基本的な考え方と「Marketing For Growth With Pricing」の着眼点
【3】「Marketing For Growth With Pricing」について、調査結果・事例をもとに解説
【4】「Marketing For Growth With Pricing」で実現できること

【登壇者プロフィール】

川嶋 麻友
電通  マーケティング/コミュニケーションプランナー

共感と好意を軸に、ファンを増やす戦略立案・コンセプト開発を行う。生活者が価値と価格に納得できる状態の実現を目指し、「Marketing For Growth With Pricing」プロジェクトの開発・進行を担当。FMCG(トイレタリー・飲料・食品)から銀行・機械などのBtoB領域まで、幅広い企業・ブランドの戦略プランニングを経験。

小川 明浩
電通マクロミルインサイト ビジネス開発部 アカウントリード1グループ グループ長 

大学卒業後に入社したITベンチャーで、スタートアップの立ち上げ、UXコンサルティングとキャリアを積んだ後、電通マクロミルインサイトに入社。デジタルマーケティング、UI/UX コンサルティング、マーケットデータの分析などについて豊富な実績を持つ。現在はビジネス開発部1Grマネージャーを務める。事業戦略の立案、DXの推進などに携わり、各種ソリューションの開発にも取り組む。
 

【参加者募集】電通×電通マクロミルインサイト 共催ウェビナー「値上げ時代のプライシング ~電通発の価格戦略モデル『Marketing For Growth With Pricing』~」10月7日開催

電通電通マクロミルインサイトは、10月7日(火)に共催するウェビナー「値上げ時代のプライシング ~電通発の価格戦略モデル『Marketing For Growth With Pricing』~」の参加者を募集している。

価格上昇が常態化し、消費者は価格に対し、一層敏感になっている。「価格に見合わない」と感じた消費者のブランドスイッチや離客が発生する一方、価格が上昇しても支持が揺るがない商品・サービスも存在する。

こうした中、電通と電通マクロミルインサイトは、“企業と消費者双方に納得感をもたらす価格変更の意思決定”を支援する「Marketing For Growth With Pricing」の提供を2025年から開始した。

本セミナーでは、「商品やサービスに対して、消費者が思い浮かべる価格」に注目したプライシングの考え方を、調査結果や事例を交えて解説する。ブランドイメージと価格・需要の関係性の分析と企業の業績に直結する価格戦略の策定から、商品・サービスの魅力を高める価値創出、その価値を消費者へ届けるための最適な価格運用やコミュニケーション戦略まで、価格戦略を成果へ導く一貫したアプローチを紹介する。
 
「値上げ時代のプライシング ~電通発の価格戦略モデル『Marketing For Growth With Pricing』~」

【概要】
日時:
10月7日(火)13:00~14:00
形式:オンライン
費用:無料
主催:電通、電通マクロミルインサイト
※セミナー終了後、1週間アーカイブ配信も予定しております。当日のご参加が難しい方もお申し込みいただければ、後日視聴URLをお送りいたします。


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【プログラム】

【1】物価上昇による価格デザインニーズの背景 
【2】プライシングの基本的な考え方と「Marketing For Growth With Pricing」の着眼点
【3】「Marketing For Growth With Pricing」について、調査結果・事例をもとに解説
【4】「Marketing For Growth With Pricing」で実現できること

【登壇者プロフィール】

川嶋 麻友
電通  マーケティング/コミュニケーションプランナー

共感と好意を軸に、ファンを増やす戦略立案・コンセプト開発を行う。生活者が価値と価格に納得できる状態の実現を目指し、「Marketing For Growth With Pricing」プロジェクトの開発・進行を担当。FMCG(トイレタリー・飲料・食品)から銀行・機械などのBtoB領域まで、幅広い企業・ブランドの戦略プランニングを経験。

小川 明浩
電通マクロミルインサイト ビジネス開発部 アカウントリード1グループ グループ長 

大学卒業後に入社したITベンチャーで、スタートアップの立ち上げ、UXコンサルティングとキャリアを積んだ後、電通マクロミルインサイトに入社。デジタルマーケティング、UI/UX コンサルティング、マーケットデータの分析などについて豊富な実績を持つ。現在はビジネス開発部1Grマネージャーを務める。事業戦略の立案、DXの推進などに携わり、各種ソリューションの開発にも取り組む。
 

ステークホルダーの信頼を得るために。“伝わる”インパクトレポートのつくり方

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2015年12月の設立以来、研究成果を活用したスタートアップに投資・育成を行い、広く社会の発展に貢献することを使命に掲げている慶應イノベーション・イニシアティブ (以下、KII)。

2023年10月に「KII 3号インパクトファンド」を設立し、総額202億円の調達に成功。2025年4月 にはその影響や社会的意義を正しく伝えることを目的とした「インパクトレポート 」を公開しました。

レポートはこちら:Impact Report 2024 


同レポートは、ディープテック×インパクトという不確実性の高い分野でありながら「非常に分かりやすい」と、同ファンドのステークホルダーのみならず、インパクト投資業界から好評価を得ました。今回は、KIIの プリンシパルの宜保友理子(ぎぼゆりこ)氏と、インパクトレポートのディレクションを担当した電通のクリエイティブディレクターの鈴木契氏の対談を通して、“伝わる”インパクトレポートのつくり方をひもときます。

インパクトレポートとは?
企業活動が社会や環境に与えたポジティブな影響を定量的に測定・評価し、その結果を示す報告書。環境、社会、ガバナンス(ESG)などを重視する動きが活発化する中、企業の透明性を図る指標や信頼を向上させる手段として、注目を集めている。

 

世界的にもまだ珍しいディープテック×インパクト投資
 

──まず、KIIの事業内容を教えていただけますか。

宜保:KIIは、2015年に設立された、慶應義塾大学のオフィシャルベンチャーキャピタル(成長が見込まれるスタートアップの事業将来性を見極めて、出資・ビジネス支援をする会社)です。ミッションに「その研究が、その発明が、そのイノベーションが、社会を変えるまで。」を掲げ、大学の研究成果を活用して事業化に取り組むスタートアップに投資・コンサルティングを行い、社会の発展に貢献することを目指しています。

支援するスタートアップは主に、AI、宇宙などのテクノロジー領域や、医療、創薬などの健康領域を中心とする「ディープテック」と呼ばれる分野です。2016年の「1号ファンド」以来、2020年、2023年と3回にわたってファンドを組成してきました。

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直近となる3つ目のファンドは、より社会を変革させる力(インパクト)を加速させるため、「大学ベンチャーキャピタル初のインパクトファンド」というチャレンジに踏み切りました。「KII 3号インパクトファンド」として募集し、総額202億円を調達。現在の運用総額は350億円、投資社数は70社となっています。

──ディープテックに特化したインパクト投資を行っているのも特徴の一つなのですね。

宜保:そうですね。インパクト投資という言葉はあまり聞きなれないかもしれませんが、定義的には、財務的リターンと社会的・環境的インパクトを同時に追求する投資手法です。

一般的にインパクトというと、“衝撃”のような意味合いをイメージしがちなので分かりにくいかもしれませんが、インパクト投資でいう「インパクト」とは、お金を投じた結果として社会に起こる“よい変化”のことです。社会課題の解決につながる前向きな変化を指します。その変化が「投資をしたからこそ生まれたもの」なのかどうかが、特に大切です。

KIIは、先端技術に挑むスタートアップへの投資を通じて、社会に新しい変化をもたらすことを目指しています。

──今回、インパクトレポートを発行した理由を教えてください。

宜保:そもそもディープテックに特化したインパクト投資は世界でもまだ珍しく、事業そのものがチャレンジングな領域です。今後事業をさらに成長させていくためには、投資の特徴や意義を周知させる必要があります。

「KII 3号インパクトファンド」では、総額202億円の資金を大企業様より出資していただいております。当然、大きな責任がありますし、われわれとしても出資者に対して評価・測定・開示の義務はしっかりと果たしていきたいと考えました。

鈴木:近年、サステナビリティ経営という言葉が注目されているように、企業の品格や社会性が問われる時代になってきていると思います。同じように、投資に対しても社会的な意義が求められるようになったことは間違いありません。

そういった潮流にある今、KIIはこれまで行ってきた2回の投資を発展させ、よりインパクト志向を強めた「インパクトファンド」というかたちで設立したのだと僕も解釈していました。

宜保:その通りです。出資者の方々は、資金がどのように投資されてどのようなことに役立っているのかを知りたいわけです。KIIもディープテック×インパクト投資の先駆者として、前例のない領域のインパクトレポートを作成するというチャレンジに挑もうと考えました。

効果計測が難しい領域へ投資をする意義を伝える難しさ


──インパクトレポートを作るにあたって、どういった点が課題になりましたか?

宜保:私たちの投資先はディープテックの中でも、「シード」と呼ばれる初期段階の研究を行うスタートアップです。効果の計測は難しいですし、この先その事業がどうなるか分からない不確実性を大いにはらんでいます。ですから、既存のビジネスのように「この研究を応用して、こういう製品を作りました」といった成果を明確に出すことができません。

どのような表現をすれば、私たちの活動の意義やプロセスを正確に伝えることができるのか……。インパクト投資を行う業界の方々にも伝えにくいどころか、世界各国を見渡しても誰も言語化できていない状況に、絶望的な気持ちになり、頭を抱えていました。

──それほど、伝えることが難しい領域だったのですね。

宜保:そうなんです。でも、私が思い悩んでいたさなかに、鈴木さんから連絡がきたことが転機となりました。以前にもサイトのリニューアルやパンフレットでもお世話になっていたこともあり、鈴木さんなら絶対に間違いない!とすがるような思いで、「すごいタイミングで連絡をいただきました。ご支援ください!」とお願いしたんです。

鈴木:僕も以前から、KIIはとても意義のあるビジネスをしていると感じていました。特に、大学発のスタートアップを支援しているのが興味深いですよね。ディープテック×インパクト投資の説明の難しさも感じつつ、「一つひとつ情報を整理して、インパクトレポートのお手本になるようなものを提示したい」と思いました。


何を伝えれば、いったんはOKなのか?ポイントを決めて段階的に伝える

──専門的であり、説明の難易度も高い。そんな領域のインパクトレポートの制作はとてもハードルの高い、難儀な作業だったかと思われます。鈴木さんはどんなことに注視して制作を行っていったのでしょうか?

鈴木:まず、ざっくりとした全体の構成をいただいてから、KIIが感じている「ジレンマ」を含めて、宜保さんとたくさん対話をしていきました。とはいえ、最初はかなり混とんとしていて、まるで絡まった糸が無限に広がっているような感じがしました。

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いろいろなお話を聞きながら、「一番気になるのは、ここですか?それともここですか?」と、絡まった糸を部分的につまんで引っ張ってみる作業から始めました。

でも、なかなか糸はほどけない。「まだ絡まったままだな」と思いつつも丁寧に何度も何度も繰り返していくと、あるところを引っ張るとスルスルと糸がほどける瞬間があるんです。さらに繰り返すと、もっとほどけるところが見つかっていく。「ここが根っこか!ここから話せば伝わるのか!」と、だんだん分かってくるわけです。

こういった対話を経て確信したのは、「一番大事なのは、この投資の何が難しいのかを伝えること」でした。そこで、冒頭の「はじめに」でKIIのインパクトファンドの概要や意義を簡潔に表現し、難しさの大前提となる状況を説明しました。

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──1から10まで全部を一気に説明するのではなく、その中でポイントを決めて、段階的に伝えていくことを第一優先にしていくのですね。

鈴木:そうですね。私はよく「何さえ分かっていれば、いったんOKにしましょうか?」という会話をすることがあります。じつは、これがコミュニケーションの仕事の本質だと思っていて、今回のレポート制作においても、「ディープテック+インパクト投資は難しい、大変だ」ということばかり言っていたら、「それなら、やめたらいいじゃないですか?」となってしまいますよね。

「大変だ。でも、こういうチャレンジをしている」という前向きな姿勢を示すことで、「そうか、このチャレンジも悪くなさそうだね」という期待感をもってもらいたいという思いがありました。

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上記のページでは、ディープテック×インパクト投資の難しさと可能性を端的に説明しています。

登山に例えると、左のパート「ディープテックならではのチャレンジ」で山の高さや険しさを見せて、右のパート「インパクトマネジメントプロセス/体制」で登り方を見せているイメージです。山の全体像と、その登り方を見せて、「なんとか登れそうだな」と思ってもらえたら、ひとまずOKということを、宜保さんたちとすり合わせをしながら作っていった感じですね。

不確実な未来や、事業に対する熱意と自信をどう見せるか?

──具体的な成果を示せない中で、ステークホルダーや出資者に納得してもらうために工夫したことなどあれば教えてください。

鈴木:このインパクトレポートは、派手な成果は何一つ書かれていません。最終的に「こんな成果が出ました」という成果物を見せることができないので、ひたすら「この観点で、こういうプロセスを踏んでいます」「この部分では効果が出ました」という事実を積み上げて、信頼を得るしかないんですよね。誠実に伝えることで、事業の安全性・信頼性を表現することを心がけました。

そのため、コピーに関しては、全体を通して情熱と自信を感じさせる言葉選びを意識しました。極限まで無駄を省いて事実を客観的かつ明確に、堂々とした語り口で伝えるようにしています。

また、企業の報告書にありがちな、理路整然とした無機質な感じは避けたかったため、各ページにはKII担当者の写真とコメントを入れて、人間味のある手触りも表現しています。さらに、リアリティを感じてもらうために、スタートアップの方にインタビューをしてコメントを載せました。KIIとスタートアップ、双方向からの評価を掲載することで、より具体性が増したと感じています。

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宜保:レポートの後半では、私たちがどのようなスタートアップに投資しているのかを、投資先一覧とともに紹介しています。KIIでは、投資を通じて社会にどのような変化をもたらしたいのかを示す指標として、(Theory of Change=ToC)に基づき「QOLの向上」「社会経済システムの変革」「環境保護」の3つのインパクト領域を定義しています。

今回のレポートでは、そうしたポートフォリオや専門的な内容について、単なる文章の羅列ではなく、ToCや各社の目指す方向性をアイコン化するなど、視覚的な要素を取り入れて丁寧に整理してくださっています。その工夫が、読みやすさや伝わりやすさにつながっていると感じています。

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鈴木:また、投資先各社を紹介するにあたって、ファンド出資者に向けた限定版のレポートでは、2024年のトピックとともに、モニタリング項目と長期的な展望が分かるロジックモデルを掲載しています。ただ、ここで私たちの頭を悩ませたのが各社の事業フェーズです。

KIIでは、シード、アーリーステージのディープテックスタートアップを主な投資対象としているため、まだ技術・事業の開発フェーズである企業も多いのが特徴です。そのためインパクトの測定ができるのが、数年後、数十年後という企業も少なくありません。

そこで私たちは、進捗を伝える楔(くさび)としてインパクト創出フェーズに達している企業は「インパクトKPI」を、開発フェーズの企業は「インパクトマイルストーン」として表現し、将来的なインパクトをイメージしやすくしました。

宜保:「インパクトKPI」「インパクトマイルストーン」、どちらも専門用語として使われている言葉ではないのですが、電通チームで「短くても誰もがイメージしやすい、伝わる言葉」を考えていただけたのもありがたかったです。


出資者の期待を上回るインパクトレポートが完成

──インパクトレポートを公表して、反響はいかがでしたか?

宜保:今回は、ファンド出資者に向けた限定版と、たくさんの方に見ていただく公開版の2種類を作成しました。限定版をご覧になる出資者は、「どのような情報を開示するのだろう」という強い期待と、「何も進展がなかったら……」という不安が入り混じった感情を持ちながらインパクトレポートを手にしたと思います。

そんな状況でしたが、「成果が見えない中で何を提示するのかと思ったら、仕組みを表現したのか。このような仕組みなら非常に安心できる」という多くの反響がありました。

また、公開版をご覧になったインパクト投資の専門組織からは、「インパクト投資のインテンショナリティ(何を変えたいかという社会に対する明確な意思)がしっかり伝わってきた」。政府のインパクトコンソーシアムからは、「ディープテック×インパクトという非常に困難な領域に参入したのは素晴らしい。この先の成長も大いに期待できそうだ」。また、若い学生さんからは、「知見のない領域だったけれど、インパクト投資の概念が分かったし、テクノロジーを活用した課題解決の可能性も感じた」という声をいただきました。

──「安心できる」「可能性を感じた」という評価は、素晴らしいですね。

宜保:ひとえに、鈴木さんをはじめ、電通チームが実直にこのプロジェクトに取り組んでくださったおかげです。インパクト投資におけるインパクトレポートで一番怖いのが、本当は効果を生み出していないのに、あたかもインパクトを創出しているようにアピールする「インパクトウォッシュ」です。誠実であることが何よりも大切なので、電通チームにお願いして本当に良かったと思います。

鈴木:私たちも読む人の気持ちをずっと考えながら、制作に携わっていました。そもそも、読み手が「ここが違うな」と感じる表現が一カ所でもあったら、その時点で信頼を失ってしまいます。また、成果がまだ見えないことを言い訳がましく説明するのも、絶対に良くない。

ですから、読み手が違和感を持たずに、ディープテックの社会的意義を理解し、将来的な可能性を感じる――。そんなポテンシャルを感じられるレポートを作ることを模索し続けていました。

伝えることが事業の成長を促す!多様なIR資料の参考にも

──このインパクトレポートは、今後、一つの指針になるのではないでしょうか。

宜保:その通りだと思います。まさに、電通が推進し、コンサルティングを行っている「IR For Growth 」の成果だと感じています。今回、2024年のインパクトレポートを作りましたが、今後、このファンドは10年間続くので、来年、再来年……と、この先もレポートを出し続けることになります。

来年は、進捗の差分が見えないと出資者に不信感を与えてしまうので、私たちもこのインパクトレポートとともに成長しなければと、身の引き締まる思いです。

電通チームにはインパクトレポートの制作だけでなく、KIIのコンサルティングとバリューアップをしていただけたことに感謝しています。

鈴木:インパクトレポートでも、「チャレンジによってディープテックとKIIは鍛えられ、成長します」と宣言していますよね。このレポートが人の目に触れることで、自分自身も鍛えられていくという感覚は、僕も感じました。

加えて、インパクトレポートに限定せず、多くの企業のIRづくりに応用できるフォーマットを提示できたという手応えもあります。

近年は、新NISAなどの影響によって個人株主が増加傾向にある中、IRの視点もBtoCに広がっているような印象があります。電通としても今後、多くの対象に向けて新しいかたちのコミュニケーションを築いていきたいと考えています。

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──さまざまなシーンでIR資料の表現の仕方の参考になるのは間違いなさそうですね。

宜保:今後、このレポートはさまざまなサイトで紹介されます。世界にも前例のない表現を見て、参考にする企業は多そうですよね。金融機関だけではなく、成果がかたちになっていないけれど将来的に意義のある取り組みをしている組織にとっては、最適なまとめ方だと思います。

鈴木:自分の作った成果物をリファレンスされるのは、クリエイターの一番の喜びです。完成するまでの思考の積み重ねがあったからこそ、受け入れてもらえたんだなと。派手な結果や成果がなくても、仕組みを誠実に伝えることで事業の安全性・信頼性は表現できるんです。今回、その一つの見本を作れたのはとても光栄です。いろいろな企業でアレンジしてもらえるとうれしいです。

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ステークホルダーの信頼を得るために。“伝わる”インパクトレポートのつくり方

kii01
2015年12月の設立以来、研究成果を活用したスタートアップに投資・育成を行い、広く社会の発展に貢献することを使命に掲げている慶應イノベーション・イニシアティブ (以下、KII)。

2023年10月に「KII 3号インパクトファンド」を設立し、総額202億円の調達に成功。2025年4月 にはその影響や社会的意義を正しく伝えることを目的とした「インパクトレポート 」を公開しました。

レポートはこちら:Impact Report 2024 


同レポートは、ディープテック×インパクトという不確実性の高い分野でありながら「非常に分かりやすい」と、同ファンドのステークホルダーのみならず、インパクト投資業界から好評価を得ました。今回は、KIIの プリンシパルの宜保友理子(ぎぼゆりこ)氏と、インパクトレポートのディレクションを担当した電通のクリエイティブディレクターの鈴木契氏の対談を通して、“伝わる”インパクトレポートのつくり方をひもときます。

インパクトレポートとは?
企業活動が社会や環境に与えたポジティブな影響を定量的に測定・評価し、その結果を示す報告書。環境、社会、ガバナンス(ESG)などを重視する動きが活発化する中、企業の透明性を図る指標や信頼を向上させる手段として、注目を集めている。

 

世界的にもまだ珍しいディープテック×インパクト投資
 

──まず、KIIの事業内容を教えていただけますか。

宜保:KIIは、2015年に設立された、慶應義塾大学のオフィシャルベンチャーキャピタル(成長が見込まれるスタートアップの事業将来性を見極めて、出資・ビジネス支援をする会社)です。ミッションに「その研究が、その発明が、そのイノベーションが、社会を変えるまで。」を掲げ、大学の研究成果を活用して事業化に取り組むスタートアップに投資・コンサルティングを行い、社会の発展に貢献することを目指しています。

支援するスタートアップは主に、AI、宇宙などのテクノロジー領域や、医療、創薬などの健康領域を中心とする「ディープテック」と呼ばれる分野です。2016年の「1号ファンド」以来、2020年、2023年と3回にわたってファンドを組成してきました。

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直近となる3つ目のファンドは、より社会を変革させる力(インパクト)を加速させるため、「大学ベンチャーキャピタル初のインパクトファンド」というチャレンジに踏み切りました。「KII 3号インパクトファンド」として募集し、総額202億円を調達。現在の運用総額は350億円、投資社数は70社となっています。

──ディープテックに特化したインパクト投資を行っているのも特徴の一つなのですね。

宜保:そうですね。インパクト投資という言葉はあまり聞きなれないかもしれませんが、定義的には、財務的リターンと社会的・環境的インパクトを同時に追求する投資手法です。

一般的にインパクトというと、“衝撃”のような意味合いをイメージしがちなので分かりにくいかもしれませんが、インパクト投資でいう「インパクト」とは、お金を投じた結果として社会に起こる“よい変化”のことです。社会課題の解決につながる前向きな変化を指します。その変化が「投資をしたからこそ生まれたもの」なのかどうかが、特に大切です。

KIIは、先端技術に挑むスタートアップへの投資を通じて、社会に新しい変化をもたらすことを目指しています。

──今回、インパクトレポートを発行した理由を教えてください。

宜保:そもそもディープテックに特化したインパクト投資は世界でもまだ珍しく、事業そのものがチャレンジングな領域です。今後事業をさらに成長させていくためには、投資の特徴や意義を周知させる必要があります。

「KII 3号インパクトファンド」では、総額202億円の資金を大企業様より出資していただいております。当然、大きな責任がありますし、われわれとしても出資者に対して評価・測定・開示の義務はしっかりと果たしていきたいと考えました。

鈴木:近年、サステナビリティ経営という言葉が注目されているように、企業の品格や社会性が問われる時代になってきていると思います。同じように、投資に対しても社会的な意義が求められるようになったことは間違いありません。

そういった潮流にある今、KIIはこれまで行ってきた2回の投資を発展させ、よりインパクト志向を強めた「インパクトファンド」というかたちで設立したのだと僕も解釈していました。

宜保:その通りです。出資者の方々は、資金がどのように投資されてどのようなことに役立っているのかを知りたいわけです。KIIもディープテック×インパクト投資の先駆者として、前例のない領域のインパクトレポートを作成するというチャレンジに挑もうと考えました。

効果計測が難しい領域へ投資をする意義を伝える難しさ


──インパクトレポートを作るにあたって、どういった点が課題になりましたか?

宜保:私たちの投資先はディープテックの中でも、「シード」と呼ばれる初期段階の研究を行うスタートアップです。効果の計測は難しいですし、この先その事業がどうなるか分からない不確実性を大いにはらんでいます。ですから、既存のビジネスのように「この研究を応用して、こういう製品を作りました」といった成果を明確に出すことができません。

どのような表現をすれば、私たちの活動の意義やプロセスを正確に伝えることができるのか……。インパクト投資を行う業界の方々にも伝えにくいどころか、世界各国を見渡しても誰も言語化できていない状況に、絶望的な気持ちになり、頭を抱えていました。

──それほど、伝えることが難しい領域だったのですね。

宜保:そうなんです。でも、私が思い悩んでいたさなかに、鈴木さんから連絡がきたことが転機となりました。以前にもサイトのリニューアルやパンフレットでもお世話になっていたこともあり、鈴木さんなら絶対に間違いない!とすがるような思いで、「すごいタイミングで連絡をいただきました。ご支援ください!」とお願いしたんです。

鈴木:僕も以前から、KIIはとても意義のあるビジネスをしていると感じていました。特に、大学発のスタートアップを支援しているのが興味深いですよね。ディープテック×インパクト投資の説明の難しさも感じつつ、「一つひとつ情報を整理して、インパクトレポートのお手本になるようなものを提示したい」と思いました。


何を伝えれば、いったんはOKなのか?ポイントを決めて段階的に伝える

──専門的であり、説明の難易度も高い。そんな領域のインパクトレポートの制作はとてもハードルの高い、難儀な作業だったかと思われます。鈴木さんはどんなことに注視して制作を行っていったのでしょうか?

鈴木:まず、ざっくりとした全体の構成をいただいてから、KIIが感じている「ジレンマ」を含めて、宜保さんとたくさん対話をしていきました。とはいえ、最初はかなり混とんとしていて、まるで絡まった糸が無限に広がっているような感じがしました。

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いろいろなお話を聞きながら、「一番気になるのは、ここですか?それともここですか?」と、絡まった糸を部分的につまんで引っ張ってみる作業から始めました。

でも、なかなか糸はほどけない。「まだ絡まったままだな」と思いつつも丁寧に何度も何度も繰り返していくと、あるところを引っ張るとスルスルと糸がほどける瞬間があるんです。さらに繰り返すと、もっとほどけるところが見つかっていく。「ここが根っこか!ここから話せば伝わるのか!」と、だんだん分かってくるわけです。

こういった対話を経て確信したのは、「一番大事なのは、この投資の何が難しいのかを伝えること」でした。そこで、冒頭の「はじめに」でKIIのインパクトファンドの概要や意義を簡潔に表現し、難しさの大前提となる状況を説明しました。

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──1から10まで全部を一気に説明するのではなく、その中でポイントを決めて、段階的に伝えていくことを第一優先にしていくのですね。

鈴木:そうですね。私はよく「何さえ分かっていれば、いったんOKにしましょうか?」という会話をすることがあります。じつは、これがコミュニケーションの仕事の本質だと思っていて、今回のレポート制作においても、「ディープテック+インパクト投資は難しい、大変だ」ということばかり言っていたら、「それなら、やめたらいいじゃないですか?」となってしまいますよね。

「大変だ。でも、こういうチャレンジをしている」という前向きな姿勢を示すことで、「そうか、このチャレンジも悪くなさそうだね」という期待感をもってもらいたいという思いがありました。

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上記のページでは、ディープテック×インパクト投資の難しさと可能性を端的に説明しています。

登山に例えると、左のパート「ディープテックならではのチャレンジ」で山の高さや険しさを見せて、右のパート「インパクトマネジメントプロセス/体制」で登り方を見せているイメージです。山の全体像と、その登り方を見せて、「なんとか登れそうだな」と思ってもらえたら、ひとまずOKということを、宜保さんたちとすり合わせをしながら作っていった感じですね。

不確実な未来や、事業に対する熱意と自信をどう見せるか?

──具体的な成果を示せない中で、ステークホルダーや出資者に納得してもらうために工夫したことなどあれば教えてください。

鈴木:このインパクトレポートは、派手な成果は何一つ書かれていません。最終的に「こんな成果が出ました」という成果物を見せることができないので、ひたすら「この観点で、こういうプロセスを踏んでいます」「この部分では効果が出ました」という事実を積み上げて、信頼を得るしかないんですよね。誠実に伝えることで、事業の安全性・信頼性を表現することを心がけました。

そのため、コピーに関しては、全体を通して情熱と自信を感じさせる言葉選びを意識しました。極限まで無駄を省いて事実を客観的かつ明確に、堂々とした語り口で伝えるようにしています。

また、企業の報告書にありがちな、理路整然とした無機質な感じは避けたかったため、各ページにはKII担当者の写真とコメントを入れて、人間味のある手触りも表現しています。さらに、リアリティを感じてもらうために、スタートアップの方にインタビューをしてコメントを載せました。KIIとスタートアップ、双方向からの評価を掲載することで、より具体性が増したと感じています。

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宜保:レポートの後半では、私たちがどのようなスタートアップに投資しているのかを、投資先一覧とともに紹介しています。KIIでは、投資を通じて社会にどのような変化をもたらしたいのかを示す指標として、(Theory of Change=ToC)に基づき「QOLの向上」「社会経済システムの変革」「環境保護」の3つのインパクト領域を定義しています。

今回のレポートでは、そうしたポートフォリオや専門的な内容について、単なる文章の羅列ではなく、ToCや各社の目指す方向性をアイコン化するなど、視覚的な要素を取り入れて丁寧に整理してくださっています。その工夫が、読みやすさや伝わりやすさにつながっていると感じています。

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鈴木:また、投資先各社を紹介するにあたって、ファンド出資者に向けた限定版のレポートでは、2024年のトピックとともに、モニタリング項目と長期的な展望が分かるロジックモデルを掲載しています。ただ、ここで私たちの頭を悩ませたのが各社の事業フェーズです。

KIIでは、シード、アーリーステージのディープテックスタートアップを主な投資対象としているため、まだ技術・事業の開発フェーズである企業も多いのが特徴です。そのためインパクトの測定ができるのが、数年後、数十年後という企業も少なくありません。

そこで私たちは、進捗を伝える楔(くさび)としてインパクト創出フェーズに達している企業は「インパクトKPI」を、開発フェーズの企業は「インパクトマイルストーン」として表現し、将来的なインパクトをイメージしやすくしました。

宜保:「インパクトKPI」「インパクトマイルストーン」、どちらも専門用語として使われている言葉ではないのですが、電通チームで「短くても誰もがイメージしやすい、伝わる言葉」を考えていただけたのもありがたかったです。


出資者の期待を上回るインパクトレポートが完成

──インパクトレポートを公表して、反響はいかがでしたか?

宜保:今回は、ファンド出資者に向けた限定版と、たくさんの方に見ていただく公開版の2種類を作成しました。限定版をご覧になる出資者は、「どのような情報を開示するのだろう」という強い期待と、「何も進展がなかったら……」という不安が入り混じった感情を持ちながらインパクトレポートを手にしたと思います。

そんな状況でしたが、「成果が見えない中で何を提示するのかと思ったら、仕組みを表現したのか。このような仕組みなら非常に安心できる」という多くの反響がありました。

また、公開版をご覧になったインパクト投資の専門組織からは、「インパクト投資のインテンショナリティ(何を変えたいかという社会に対する明確な意思)がしっかり伝わってきた」。政府のインパクトコンソーシアムからは、「ディープテック×インパクトという非常に困難な領域に参入したのは素晴らしい。この先の成長も大いに期待できそうだ」。また、若い学生さんからは、「知見のない領域だったけれど、インパクト投資の概念が分かったし、テクノロジーを活用した課題解決の可能性も感じた」という声をいただきました。

──「安心できる」「可能性を感じた」という評価は、素晴らしいですね。

宜保:ひとえに、鈴木さんをはじめ、電通チームが実直にこのプロジェクトに取り組んでくださったおかげです。インパクト投資におけるインパクトレポートで一番怖いのが、本当は効果を生み出していないのに、あたかもインパクトを創出しているようにアピールする「インパクトウォッシュ」です。誠実であることが何よりも大切なので、電通チームにお願いして本当に良かったと思います。

鈴木:私たちも読む人の気持ちをずっと考えながら、制作に携わっていました。そもそも、読み手が「ここが違うな」と感じる表現が一カ所でもあったら、その時点で信頼を失ってしまいます。また、成果がまだ見えないことを言い訳がましく説明するのも、絶対に良くない。

ですから、読み手が違和感を持たずに、ディープテックの社会的意義を理解し、将来的な可能性を感じる――。そんなポテンシャルを感じられるレポートを作ることを模索し続けていました。

伝えることが事業の成長を促す!多様なIR資料の参考にも

──このインパクトレポートは、今後、一つの指針になるのではないでしょうか。

宜保:その通りだと思います。まさに、電通が推進し、コンサルティングを行っている「IR For Growth 」の成果だと感じています。今回、2024年のインパクトレポートを作りましたが、今後、このファンドは10年間続くので、来年、再来年……と、この先もレポートを出し続けることになります。

来年は、進捗の差分が見えないと出資者に不信感を与えてしまうので、私たちもこのインパクトレポートとともに成長しなければと、身の引き締まる思いです。

電通チームにはインパクトレポートの制作だけでなく、KIIのコンサルティングとバリューアップをしていただけたことに感謝しています。

鈴木:インパクトレポートでも、「チャレンジによってディープテックとKIIは鍛えられ、成長します」と宣言していますよね。このレポートが人の目に触れることで、自分自身も鍛えられていくという感覚は、僕も感じました。

加えて、インパクトレポートに限定せず、多くの企業のIRづくりに応用できるフォーマットを提示できたという手応えもあります。

近年は、新NISAなどの影響によって個人株主が増加傾向にある中、IRの視点もBtoCに広がっているような印象があります。電通としても今後、多くの対象に向けて新しいかたちのコミュニケーションを築いていきたいと考えています。

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──さまざまなシーンでIR資料の表現の仕方の参考になるのは間違いなさそうですね。

宜保:今後、このレポートはさまざまなサイトで紹介されます。世界にも前例のない表現を見て、参考にする企業は多そうですよね。金融機関だけではなく、成果がかたちになっていないけれど将来的に意義のある取り組みをしている組織にとっては、最適なまとめ方だと思います。

鈴木:自分の作った成果物をリファレンスされるのは、クリエイターの一番の喜びです。完成するまでの思考の積み重ねがあったからこそ、受け入れてもらえたんだなと。派手な結果や成果がなくても、仕組みを誠実に伝えることで事業の安全性・信頼性は表現できるんです。今回、その一つの見本を作れたのはとても光栄です。いろいろな企業でアレンジしてもらえるとうれしいです。

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 AIが顧客対応を一気通貫で支援…FAQの進化が企業成長を加速する

●この記事のポイント
・株式会社Helpfeelは、FAQ検索技術「意図予測検索」を核とする新戦略「AIナレッジデータプラットフォーム」を発表し、AIを活用した3つの新サービスを公開した。
・FAQから予約・購入まで完結できる「Helpfeel Agent Mode」、問い合わせ管理を自動化する「Helpfeel Support」、顧客の声を分析しFAQ改善を支援する「Helpfeel Analytics」である。
・これにより自己解決から有人対応、改善提案まで一気通貫の顧客支援を実現。既に700サイト以上で導入され、問い合わせ削減やROI向上に寄与している。

 FAQに単語を入れるだけで質問予測を提示する特許技術「意図予測検索」を搭載したFAQソリューション「Helpfeel」を提供するテック企業、株式会社Helpfeelは8月27日にメディア向けの事業戦略発表会を開催した。 当日は基本戦略を解説しつつ、AIエージェントに搭載する新機能を初公開。さらに、累計59億円の資金調達に至った背景と今後の成長戦略についても説明した。

 

 Helpfeelの中核戦略は「AIナレッジデータプラットフォーム」だ。これは企業の内外に散らばるマニュアルやFAQ記事、問い合わせログといった情報をひとつにまとめて整理し、AIが「迷わず、正しく、速く」活用できる形に整えた情報基盤を指す。この情報基盤を使うことで、FAQはより的確に回答へ導けるようになり、社内ヘルプデスク対応の効率化につながる。

「近年の生成AIは強力ですが、社内事情を反映できず、回答が曖昧になり実務で使いにくいという課題があります。社内のメール文作成やコールセンター分析のような実務にAIを活用するには、社内に蓄積された膨大なナレッジデータと、分析や検索ができる仕組みが不可欠です。

 また、生成AIの回答は企業の公式サイトやFAQなど公開ナレッジの整備状況から大きく影響を受けるため、エンドユーザーに最新かつ正しい情報を提供できるよう、最新かつ正確な情報提供が重要になります。本来必要な公開情報やナレッジの整備が不十分であることは、生成AI時代の企業課題といえるでしょう」(洛西氏)

「答える」から「解決する」へ進化した、3つの新サービス

 このような基本戦略を持ちつつ、自己解決チャネルで顧客の課題解決を支援してきたHelpfeelだが、今回発表したのは、答えを提示するだけでなく、解決まで導くAIへと進化した、AIエージェントを含む3つの新サービスの「Helpfeel Agent Mode」「Helpfeel Support」「Helpfeel Analytics」だ。いずれも「AIナレッジデータプラットフォーム」を構成する新サービスとして位置づけられている。

 Helpfeel Agent Modeは、FAQとチャットボットを組み合わせ、自然な対話で課題を引き出し、解決まで導くAIエージェントだ。対話型UIを備え、回答内に予約フォームやオンラインストア、地図などを埋め込み、ページ遷移なしで予約や手配まで完結できるようにした。

 架空のホテルサイトを使ったデモでは、FAQからチャットモードへ自然に移行し、会話の流れのなかで予約まで完了する様子が披露された。「誕生日」と入力すると関連質問が即座に提示され、レストラン利用や客室演出などの選択肢が会話に沿って表示される。「牛乳アレルギー」などの条件追加にも対応し、ニーズに合わせて次のアクションまでつなげる動作が示された。

「最初は、お客様が実際に運用しているシステムと連携していただきますが、将来的にはこのミニアプリ自体を当社と一緒に作れるようにすることも検討しています。

 社内システムでは、パソコンの不具合がある場合に、問い合わせへのチャット回答からPC交換フォームへとつながり、そのままチャット内で申請まで完了できるなど、社内の問い合わせ自体を減らす仕組みを構築できるのも特長です」(秋山氏)

 Helpfeel Supportは、問い合わせを管理するためのプラットフォーム。従来は自己解決を促す検索エンジンの提供が中心でしたが、有人対応のカスタマーサポート業務まで機能を広げることで、AIによる一気通貫の支援を実現する。

 具体的には、受信した問い合わせをAIが自動でチケット化し、内容を分類して担当者に振り分け、返信文面のドラフトまで自動作成。オペレーターはAIが用意した内容を確認・送信するだけで初期対応を完了できる。さらに、対応履歴からFAQの改善点を抽出し、自己解決を促すコンテンツの作成も支援するため、問い合わせ件数の削減にも寄与する。

 Helpfeel Analyticsは、お客様の声を分析するためのプラットフォームだ。数千〜数十万件規模のメールや電話の問い合わせログをAIが自動で分類・クラスタリングし、既存のFAQ記事と照合して改善案や記事案を提案する。

 たとえば、「閲覧数が多いのに問い合わせも多い」といった課題を定量的に特定し、記事の見直しや追記など具体的な改善案を提示。未掲載のテーマについては、実際の問い合わせ内容をもとにFAQのドラフトも自動生成する。これまでコンサルティングで行ってきた分析・改善提案を、継続的に使えるプロダクトとして“SaaS化”した点が特徴だ。

 リリース予定については、Helpfeel Agent Modeは10月提供開始予定。Helpfeel Supportはクローズドベータの形で10月から提供開始予定。Helpfeel Analyticsは12月の提供を目標として開発を進めている。

3年平均CAGR80%超、26億円調達で北米展開を加速

 直近3年間の年平均成長率(CAGR)は80%超に達している。Helpfeelの導入効果としては、コールセンターの人員最適化に寄与し、問い合わせを20〜64%削減。導入は700サイト以上に広がっているようだ。

「Helpfeelが多くの企業に選ばれる理由は、顧客や社内からの不要な問い合わせを明確に減らし、粗利率や販管費の効率改善、人手不足への対応などで成果が出ていて、投資対効果(ROI)がはっきり示せることにあります。

 もうひとつは、AI時代に合わせてウェブやアプリの体験を改善し、デジタルネイティブ世代を取り込めている点です。エンドユーザーが速く正確な体験を求めるなか、Helpfeelの対応によって売上の伸長にもつながっています。AIがPoC段階から、実運用で結果が求められる段階に移る潮流に対し、当社としての答えを示しています」(洛西氏)

 2025年8月にはシリーズEのファーストクローズで26億円を調達し、累計59億円に到達。資金はAIナレッジデータプラットフォームの開発体制強化に充当し、公開ウェブサイト、コールセンター、社内利用の複数領域での提供を加速するという。海外需要を追い風に、中長期的には北米市場をはじめ海外展開を進める方針だ。

(取材・文=福永太郎)

パスワードはもういらない?大阪万博で世界を驚かせた日本発の「次世代決済」技術

 55年ぶりに日本で開催されている大阪・関西万博。その国際舞台で、キャッシュレス社会が抱える根源的な課題に切り込む日本発のベンチャー企業が注目を集めた。8月10日、大阪ヘルスケアパビリオン「リボーンステージ」で開催された「第4回 METインクルーシブ・スマイルデー in 大阪万博 2025」に登壇した株式会社PAY ROUTEだ。

キャッシュレス社会の「見えないリスク」

 クレジットカードやスマートフォン決済が普及し、キャッシュレスは生活に欠かせないインフラとなった。一方で、利用者は常にIDやパスワードの入力を求められる環境に置かれ、不正利用リスクも増大している。世界の被害額は2023年時点で4,290億ドルに達し、多要素認証さえ突破されるケースも少なくない。代表取締役・田川涼氏は、「ID・パスワードでの認証はすでに限界がきている」と指摘する。

「ROUTE PAY」が描く次世代認証

 同社が開発した「RC-Auth」を基盤とする決済アプリ「ROUTE PAY」は、秘密鍵・公開鍵を用いた双方向認証によってID・パスワードを不要とする仕組みである。ユーザーは画面に表示される数桁のコードを入力するだけで認証が完了する。従来の3Dセキュアのように複雑なアプリ間移動は必要なく、「高いセキュリティ」と「シンプルな操作性」の両立を可能にした。

 来場者からは「難しい知識がなくても安心して使える技術だ」と驚きの声が上がり、体験した人々の関心を大きく集めた。

テレビが決済端末に変わる――「TVPAY」の可能性

 続いて田川氏が紹介したのは、テレビに決済機能を付与する「TVPAY」だ。ROUTE PAYの認証を活用し、専用リモコンからショッピングやオンライン診療の決済までをテレビ画面上で完結できる。

 これまで別デバイスを使っていたテレビショッピングも、検索から購入・決済までをワンストップで実現する。特に高齢者にとっては、慣れたテレビ操作でオンライン診療や生活サービスを利用できる点が大きな魅力となる。高齢化が進む日本社会において、デジタル包摂の切り札となり得るだろう。

障がい者に寄り添う「YELLPAY」

 さらに発表されたのが、障がい者専用キャッシュレス「YELLPAY(エールペイ)」。従来、障がい者手帳を利用した割引は現金決済が中心で、キャッシュレスの普及が進みにくい背景があった。

 YELLPAYでは、手帳情報を登録することでキャッシュレス決済でも割引が適用され、よりスムーズな買い物が可能になる。登壇したMETイノベーション国際推進機構・副代表の村上美文氏は「障がいのある方“も”使える仕組みではなく、障がいのある方の困りごとに特化した点に大きな意義がある」と強調した。

万博が示した「世界共通の課題」と日本発の突破口

 今回のイベントには、吉村洋文大阪府知事や大阪観光局・溝畑宏理事長らも来賓として出席。雨にも恵まれ、来場者数は1万5,000人を超えた。ステージ前に人だかりができ、PAY ROUTEの技術は予想以上の注目を浴びたと言う。

 田川氏は最後に「PAY ROUTEの認証技術は、決済の安全性とシンプルさだけでなく、今まで見られなかった世界を実現していくことができる」と語り、万博という国際舞台から世界にメッセージを発信した。

 ID・パスワード認証に依存する現在の仕組みは、日本だけでなく世界が直面する共通課題だ。大阪万博での発表は、グローバルに展開可能なソリューションとしての第一歩となった。同社の取り組みは、決済分野にとどまらず社会のあり方そのものを変える可能性を秘めている。今後の普及の行方が、世界のキャッシュレス社会の未来を占う試金石となるだろう。

※本稿はPR記事です

サントリーHDが挑む「協調の脱炭素」…食品業界4社がサプライヤー支援に乗り出す理由

●この記事のポイント
・サントリーホールディングスは食品大手4社と共同で、国際団体CGFのもとサプライヤーへの脱炭素支援を開始した。
・食品業界は裾野が広くスコープ3排出が大きいため、一社単独では限界がある。取り組みは、サプライヤー向けの啓発活動や排出量算定の支援、実践型ワークショップの実施など多面的に展開される。
・競合関係を超えた協調により、農業分野での環境負荷低減や安定調達を目指す点が特徴。将来的には協調型脱炭素プラットフォームとして共同調達やシステム活用に発展する可能性もあり、日本企業にとって「協調」が持続的競争力の源泉となることを示唆している。

 世界的に「脱炭素」は企業活動の最重要課題となりつつある。国や業界の枠を越え、サプライチェーン全体を巻き込んだ行動が求められるなか、サントリーホールディングス(以下、サントリーHD)は、食品大手4社と共に新たな取り組みを開始した。

 それは、国際的な消費財業界団体「The Consumer Goods Forum(CGF)」のもとで、サプライヤーの脱炭素化を支援する協調型のプラットフォームを立ち上げるというものだ。競合であるはずの企業同士が手を取り合う今回の動きは、食品業界における「協調領域」でのイノベーションを象徴している。

 本記事では、その背景や具体的施策、そして日本企業にとっての学びを探っていきたい。

●目次

なぜ「協調」に踏み出したのか

 サントリーHDが食品業界4社と共に脱炭素支援に乗り出した背景には、スコープ3と呼ばれる「サプライチェーン全体の温室効果ガス(GHG)排出」がある。

 製造業や小売業にとって、自社工場や店舗だけでなく、原材料調達から物流、農業生産に至るまでの排出量が環境負荷の大半を占めることはよく知られている。食品業界は特に裾野が広く、複雑に企業が絡み合う。こうした事情から「一社だけの努力」では限界がある。

 サントリーHDは語る。

「ネットゼロ実現には、業界全体の協調が不可欠です。今回の4社の取り組みを通じ、将来的には消費財業界全体へと波及することを目指しています」

 CGFが4月に発表したプレスリリースによれば、この協調プログラムは「サプライヤー脱炭素支援」「持続可能な農業モデルの推進」など4つの協調領域に基づいている。国際的に見ても、食品業界におけるサプライヤー支援型の協働はまだ珍しい。まさに業界初の試みといえる。

サプライヤー支援の具体像

 では、実際にどのような支援が行われるのだろうか。サントリーHDは「啓発」と「算定」の両輪で取り組みを進める方針を明らかにしている。

(1)啓発
 サプライヤーに対し、GHG削減の意義やメーカーからの期待を伝えるとともに、勉強会やオンラインコンテンツを通じて、ネットゼロに向けた基本知識や具体的削減手法を提供する。

(2)算定
 排出量の算定は、多くの中小サプライヤーにとって大きな負担だ。そこで、共通ルールに基づきサプライヤー固有の排出係数を算出・提供する事務局を設立し、第三者保証付きのデータをメーカーに提供できるよう支援する。

 さらに、単なる知識提供にとどまらず、「削減」の実践も重視する。有志サプライヤーとメーカーが共に参加する分科会やワークショップを設け、テーマや品目ごとに具体的な削減策を検討していくという。

 このアプローチは「トップダウンの要請」ではなく、「共創」に近い。サプライヤーが主体的に動ける仕組みを整えることで、長期的な関係性の強化につながる。

複数社で取り組むメリット

 競合他社と手を組むことにデメリットはないのか。そう問うと、サントリーHDは明快に答える。

「GHG削減は競合領域ではなく、協調領域です。ここで協力することが、結果として持続可能な調達につながります」

 特に農業分野における効果は大きい。農家はしばしば輪作(複数の作物を同じ畑で順に育てる農法)を行っており、単一企業による支援では十分な効果を得にくい。複数企業が協働すれば、農家にとっても一貫性のあるサポートとなり、実効性が高まる。

 さらに、規模の効果や費用分担の点でも協働の利点は大きい。脱炭素の取り組みには多大な投資や人材リソースが必要であり、単独で進めれば非効率になりがちだ。協調によって「共通基盤」を整えることが、業界全体の加速につながる。

将来展望:プラットフォーム化の可能性

 今回の取り組みの第一歩は、協調型の脱炭素プラットフォームを立ち上げることにある。サプライヤー支援や農業モデルの推進を通じて、データやノウハウの蓄積が進めば、将来的には「共同調達」や「共通システム」の利用といった、より深い協力へ発展する可能性もある。

 欧州では、業界横断的な再生可能エネルギー調達や、共通プラットフォームによる排出量管理が広がりつつある。日本企業が国際的な競争で存在感を維持するためにも、こうした協調の基盤づくりは不可欠だ。

脱炭素潮流と日本企業への示唆

 脱炭素は単なる「環境対策」ではなく、企業の競争力を左右する経営課題だ。世界的にカーボンプライシングや規制が強化され、投資家や消費者の目線も厳しさを増している。

 特にスコープ3への対応は、企業単独では限界がある。今回のサントリーHDら4社の取り組みは、日本企業にとって次の3つの学びを示している。

(1)競合との協調が新しい競争力を生む
環境課題は「競争」ではなく「協調」が前提。業界横断的な枠組みづくりは、企業価値の持続性を高める。

(2)サプライヤー支援は長期的な投資
下請け企業や農家を単に「コスト削減の対象」と見るのではなく、共に成長するパートナーとして支援する姿勢が重要。

(3)プラットフォーム化が加速を生む
脱炭素の知見やデータを共有する基盤は、将来的な新事業や調達力強化にもつながる。

おわりに──「協調」こそ次世代の競争軸

 サントリーHDらの挑戦は始まったばかりだ。しかし、競合を超えて協力するという姿勢は、今後の産業界における新たな常識となるかもしれない。

 企業がサステナビリティを真に実現するには、「一社の努力」ではなく「業界全体の協調」が不可欠だ。ビジネスパーソンにとっても、今回の事例は「自社の取り組みをどう広げ、誰と共に進めるか」を考えるきっかけになるだろう。

 脱炭素時代の競争軸は、「どれだけ速く単独で走るか」ではなく、「どれだけ広く共に進むか」にある。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)