空き家900万件時代、解体をDXしインフラ創出…社会課題を巨大ビジネス市場へ

●この記事のポイント
・空き家問題が深刻化する中、解体業界にDXを導入し、効率化と透明性を高めた起業家の挑戦を描く。
・レガシー産業の課題を機会に変え、社会課題解決と事業成長を両立させる経営戦略が明らかになる。
・解体を「終わり」ではなく「まちの再生の起点」と捉える発想が、新しい市場創出のヒントとなる。

 全国で空き家が900万件を超え、将来的には「3軒に1軒が空き家になる」と予測される日本社会。空き家は防災や治安、景観、資産価値に深刻な影響を与える社会課題として注目されている。そのど真ん中で、解体工事領域にテクノロジーを持ち込み、業界の変革と社会課題の解決を両立させようとしているのが株式会社クラッソーネだ。

 同社は「解体工事の一括見積もりサービス」を軸に事業を展開し、これまで2200社以上の工事会社が登録。全国152自治体とも提携するなど、解体業界におけるDXの先駆けとなっている。創業者で代表取締役CEOの川口哲平氏に、事業を通じて見えてきた市場機会と経営の学びを聞いた。

●目次

創業の原点──「『街』の循環再生文化を育む」

 クラッソーネは2011年に創業された。当初は注文住宅やリフォーム事業も手がけていたが、2019年にエクイティ調達を実施し、解体工事領域に集中する方向へ大きく舵を切った。川口氏が掲げるビジョンは「『街』の循環再生文化を育む」。

「解体というと“壊すだけ”のネガティブなイメージがつきまといますが、実は資材の95%以上はリサイクルされています。解体は循環型社会の重要な起点であり、まちを次の世代につなぐための再生事業なんです」

 解体を「終わり」ではなく「始まり」として位置づけ直す。この視点が、クラッソーネの独自性を形作っている。

空き家問題は「ニッチに見えてマス」な市場

 現在、日本の空き家数は約900万件にのぼる。総住宅数の13%に相当し、今後さらに増加することが予想される。放置空き家は景観や安全性を損なうだけでなく、不動産価値の下落を通じて経済全体にも悪影響を及ぼす。クラッソーネが代表理事企業を務める「全国空き家対策コンソーシアム」の試算では、5年間で約3.89兆円の損失になるという。 

 川口氏はこう語る。

「解体工事の市場は一見ニッチに見えるかもしれません。しかし、空き家問題が本格化するこれからは、誰もが向き合わざるを得ないテーマになります。マーケットサイズは想像以上に大きいのです」

 創業当初の需要は主に建て替えに伴う解体だったが、いまは「家じまい」需要が急増している。親世代が住んでいた住宅を相続した子ども世代が、住む予定もなく維持管理が難しいために解体を決断するケースが増えているのだ。

「社会課題に直結したニーズは、必ずしも華やかではありません。ですが、だからこそ本質的で強い。ニッチに見えても、実はマスマーケットにつながっていることが多いんです」

レガシー業界の課題に挑む

 解体業界には長らく構造的な課題があった。

 第一に、価格の不透明さである。同じ建物を解体するにも、見積もり額が業者によって大きく異なる。素人の施主にとって適正価格が分かりにくく、結果として不信感やトラブルが生じやすい。

 第二に、品質基準の曖昧さだ。法令遵守や安全対策にコストをかける業者と、最低限の対応しかしない業者が同列に比較され、価格競争に陥りやすい構造があった。

 クラッソーネはここに「透明化」という武器を持ち込んだ。複数社から見積もりを提示し、口コミや実績を可視化。工事会社には反社チェック、許可証の確認、風評調査を徹底。さらに、万一の工事トラブルを保証する仕組みも備えている。

「解体工事の発注経験がある人はほとんどいません。だからこそ、不安を払拭し、安心できる仕組みをつくることが最大の価値になる。そこにテクノロジーと仕組み化の余地が大きくありました」

自治体との連携──スタートアップが社会インフラになる道

 クラッソーネの大きな特徴は、自治体との積極的な連携だ。現在、152の自治体と協定を結び、横浜市・札幌市・神戸市など政令指定都市にも広がっている。

「多くの自治体には空き家相談窓口がありますが、実際に解体工事まで伴走する仕組みは整っていません。クラッソーネがその役割を担うことで、行政サービスを補完できるのです」

 自治体にとっても、放置空き家の解消は大きな課題。そこにスタートアップがテクノロジーとネットワークを提供することで、公共と民間の協働モデルが生まれた。これは他の社会課題領域の起業家にとっても示唆に富む事例だろう。

 プラットフォーム型ビジネスには「鶏と卵問題」がつきまとう。顧客がいなければ業者が集まらず、業者がいなければ顧客も集まらない。

 川口氏はこう振り返る。

「最初はとにかく一社一社、丁寧に口説いて登録してもらいました。業者さんからすれば『また変な仲介サービスかもしれない』という警戒も強かった。でも、実績と口コミが積み重なるにつれ、『違法業者と一緒に比較されたくないからこそ登録する』という動機が生まれてきたのです」

 登録業者数が増え、信頼できる施工事例が可視化されると、顧客の利用も増加。顧客が増えることでさらに業者の登録が加速する。こうしてネットワーク効果が回り始め、成長フェーズに入った。

 クラッソーネの挑戦からは、スタートアップ経営者にとって多くの学びが得られる。

(1)ニッチに見える市場を掘り下げよ
一見小さな市場に見えても、社会課題に直結していれば大きな成長ポテンシャルがある。

(2)レガシー業界の「不」を解消するDXは強い
不透明さや非効率をテクノロジーで可視化し、信頼を生み出すことで大きな付加価値を提供できる。

(3)自治体や既存プレイヤーを巻き込め
社会課題ビジネスは単独で広がりにくい。公共や地域プレイヤーと協働することで一気にスケールする。

(4)プラットフォームは“信頼の積み重ね”で回り出す
初期の登録者・利用者の信頼を勝ち取ることが、後のネットワーク効果につながる。

 川口氏は最後に、今後の展望についてこう語った。

「解体はゴールではなく、地域の再生のスタートです。更地になった土地をどう活用するか、建築や不動産、リノベーションへと広がっていく。その入口としてクラッソーネが機能することで、まち全体の循環が生まれると考えています。」

 解体という一見地味な領域を、社会課題の解決と事業成長の両輪で挑むクラッソーネ。そこには「スタートアップが社会インフラになる」という未来像が見えてくる。

(文=UNICORN JOURNAL編集部)

空き家900万件時代、解体をDXしインフラ創出…社会課題を巨大ビジネス市場へ

●この記事のポイント
・空き家問題が深刻化する中、解体業界にDXを導入し、効率化と透明性を高めた起業家の挑戦を描く。
・レガシー産業の課題を機会に変え、社会課題解決と事業成長を両立させる経営戦略が明らかになる。
・解体を「終わり」ではなく「まちの再生の起点」と捉える発想が、新しい市場創出のヒントとなる。

 全国で空き家が900万件を超え、将来的には「3軒に1軒が空き家になる」と予測される日本社会。空き家は防災や治安、景観、資産価値に深刻な影響を与える社会課題として注目されている。そのど真ん中で、解体工事領域にテクノロジーを持ち込み、業界の変革と社会課題の解決を両立させようとしているのが株式会社クラッソーネだ。

 同社は「解体工事の一括見積もりサービス」を軸に事業を展開し、これまで2200社以上の工事会社が登録。全国152自治体とも提携するなど、解体業界におけるDXの先駆けとなっている。創業者で代表取締役CEOの川口哲平氏に、事業を通じて見えてきた市場機会と経営の学びを聞いた。

●目次

創業の原点──「『街』の循環再生文化を育む」

 クラッソーネは2011年に創業された。当初は注文住宅やリフォーム事業も手がけていたが、2019年にエクイティ調達を実施し、解体工事領域に集中する方向へ大きく舵を切った。川口氏が掲げるビジョンは「『街』の循環再生文化を育む」。

「解体というと“壊すだけ”のネガティブなイメージがつきまといますが、実は資材の95%以上はリサイクルされています。解体は循環型社会の重要な起点であり、まちを次の世代につなぐための再生事業なんです」

 解体を「終わり」ではなく「始まり」として位置づけ直す。この視点が、クラッソーネの独自性を形作っている。

空き家問題は「ニッチに見えてマス」な市場

 現在、日本の空き家数は約900万件にのぼる。総住宅数の13%に相当し、今後さらに増加することが予想される。放置空き家は景観や安全性を損なうだけでなく、不動産価値の下落を通じて経済全体にも悪影響を及ぼす。クラッソーネが代表理事企業を務める「全国空き家対策コンソーシアム」の試算では、5年間で約3.89兆円の損失になるという。 

 川口氏はこう語る。

「解体工事の市場は一見ニッチに見えるかもしれません。しかし、空き家問題が本格化するこれからは、誰もが向き合わざるを得ないテーマになります。マーケットサイズは想像以上に大きいのです」

 創業当初の需要は主に建て替えに伴う解体だったが、いまは「家じまい」需要が急増している。親世代が住んでいた住宅を相続した子ども世代が、住む予定もなく維持管理が難しいために解体を決断するケースが増えているのだ。

「社会課題に直結したニーズは、必ずしも華やかではありません。ですが、だからこそ本質的で強い。ニッチに見えても、実はマスマーケットにつながっていることが多いんです」

レガシー業界の課題に挑む

 解体業界には長らく構造的な課題があった。

 第一に、価格の不透明さである。同じ建物を解体するにも、見積もり額が業者によって大きく異なる。素人の施主にとって適正価格が分かりにくく、結果として不信感やトラブルが生じやすい。

 第二に、品質基準の曖昧さだ。法令遵守や安全対策にコストをかける業者と、最低限の対応しかしない業者が同列に比較され、価格競争に陥りやすい構造があった。

 クラッソーネはここに「透明化」という武器を持ち込んだ。複数社から見積もりを提示し、口コミや実績を可視化。工事会社には反社チェック、許可証の確認、風評調査を徹底。さらに、万一の工事トラブルを保証する仕組みも備えている。

「解体工事の発注経験がある人はほとんどいません。だからこそ、不安を払拭し、安心できる仕組みをつくることが最大の価値になる。そこにテクノロジーと仕組み化の余地が大きくありました」

自治体との連携──スタートアップが社会インフラになる道

 クラッソーネの大きな特徴は、自治体との積極的な連携だ。現在、152の自治体と協定を結び、横浜市・札幌市・神戸市など政令指定都市にも広がっている。

「多くの自治体には空き家相談窓口がありますが、実際に解体工事まで伴走する仕組みは整っていません。クラッソーネがその役割を担うことで、行政サービスを補完できるのです」

 自治体にとっても、放置空き家の解消は大きな課題。そこにスタートアップがテクノロジーとネットワークを提供することで、公共と民間の協働モデルが生まれた。これは他の社会課題領域の起業家にとっても示唆に富む事例だろう。

 プラットフォーム型ビジネスには「鶏と卵問題」がつきまとう。顧客がいなければ業者が集まらず、業者がいなければ顧客も集まらない。

 川口氏はこう振り返る。

「最初はとにかく一社一社、丁寧に口説いて登録してもらいました。業者さんからすれば『また変な仲介サービスかもしれない』という警戒も強かった。でも、実績と口コミが積み重なるにつれ、『違法業者と一緒に比較されたくないからこそ登録する』という動機が生まれてきたのです」

 登録業者数が増え、信頼できる施工事例が可視化されると、顧客の利用も増加。顧客が増えることでさらに業者の登録が加速する。こうしてネットワーク効果が回り始め、成長フェーズに入った。

 クラッソーネの挑戦からは、スタートアップ経営者にとって多くの学びが得られる。

(1)ニッチに見える市場を掘り下げよ
一見小さな市場に見えても、社会課題に直結していれば大きな成長ポテンシャルがある。

(2)レガシー業界の「不」を解消するDXは強い
不透明さや非効率をテクノロジーで可視化し、信頼を生み出すことで大きな付加価値を提供できる。

(3)自治体や既存プレイヤーを巻き込め
社会課題ビジネスは単独で広がりにくい。公共や地域プレイヤーと協働することで一気にスケールする。

(4)プラットフォームは“信頼の積み重ね”で回り出す
初期の登録者・利用者の信頼を勝ち取ることが、後のネットワーク効果につながる。

 川口氏は最後に、今後の展望についてこう語った。

「解体はゴールではなく、地域の再生のスタートです。更地になった土地をどう活用するか、建築や不動産、リノベーションへと広がっていく。その入口としてクラッソーネが機能することで、まち全体の循環が生まれると考えています。」

 解体という一見地味な領域を、社会課題の解決と事業成長の両輪で挑むクラッソーネ。そこには「スタートアップが社会インフラになる」という未来像が見えてくる。

(文=UNICORN JOURNAL編集部)

「防災の話、家族としたことある?」半数が“ゼロ”と回答 Simejiが診断機能で会話を後押し

●この記事のポイント
・「Simeji」を提供するバイドゥが、防災週間にあわせて防災に関する意識調査を行った。
・「家族と防災を話したことがない」との回答は全体の約3割に上ったほか、「覚えていない」との回答も2割近くを占めた。
・全体として、家庭内の防災コミュニケーション不足が浮き彫りとなった。

「家族と防災について話したことがない、あるいは覚えていない」と回答した人が約半数に上る――。スマホ向けキーボードアプリ「Simeji」を提供するバイドゥが、防災週間にあわせて実施した意識調査で、家庭内の防災コミュニケーション不足が浮き彫りとなった。

 調査は8月25日~30日にかけて、全国のSimejiユーザーを対象にアプリ内アンケートで実施(有効回答数8,793件)。「家族と防災を話したことがない」との回答は全体の約3割、「覚えていない」との回答も2割近くを占め、Z世代から29歳以上の層まで「防災会話が定着していない」現状が示された。

会話を阻む要因と、話すきっかけ

 防災について「話したことがない」理由には、「知識がない」「災害が少ない地域に住んでいる」「忙しくて時間がない」といった声が多く寄せられた。反対に「話したことがある」理由には、学校での授業やニュース報道、非常袋の確認など“外部からのきっかけ”が多いことも明らかになった。

 一方、防災の話を「切り出しにくい」と感じる人は3人に1人にのぼり、その理由は「気まずさ」「親が真剣に聞かなそう」「難しそうで分からない」といった心理的ハードルが上位を占めた。必要性は感じながらも、家族内で会話が生まれにくい状況が浮かび上がっている。

備えはあるが“偏り”も

 調査では、7割以上が「防災グッズを備えている」と回答したが、“十分”と答えた人は26.6%にとどまった。備えの中心は懐中電灯や飲料水、ウェットティッシュなど生活必需品が多い一方で、簡易トイレや非常用バッテリーといった災害時に欠かせないアイテムは4割前後にとどまり、備えの偏りが課題となっている。

 また「家族と防災チェックリストを一度もやったことがない」と答えた人は72.6%。日常的な点検や共有が定着していない実態も示された。

Simejiが提供する新機能

 こうした状況を踏まえ、Simejiは9月5日から新機能「防災タイプ診断 with 防災ノート」を公開した。防災アドバイザー・岡部梨恵子氏監修のもと、災害時の行動傾向を16タイプに分類し、それぞれの特徴や注意点を提示する仕組み。診断結果はSNSでシェア可能で、会話のきっかけづくりに活用できる。

●特徴1:防災タイプ診断
災害時を想定した設問に答えると、性格や行動傾向から16タイプに分類。各タイプに応じた「特徴」「陥りやすい落とし穴」「おすすめ行動」を提示し、診断結果はSNSでシェアできる。

●特徴2:防災ノート
診断結果に基づき、自分専用の「#my防災ノート」を自動生成。専門家監修の備蓄品リストや家族のサポート項目を収録し、スマホで管理・更新できる。

●特徴3:シェア&キャンペーン
診断結果をSNSでシェアすると抽選で防災グッズが当たる。診断から保存・共有までの一連の流れを通じ、家族や友人との会話を促す仕組みとなっている。

 さらに、診断結果をもとに「#my防災ノート」を自動生成。専門家監修の備蓄品リストや家族のサポート項目をスマホ上で記録できる。紙では続きにくいチェックリストをデジタル管理することで、習慣化につなげる狙いだ。Simejiを提供するバイドゥは「若い世代から家庭へ、さらに学校や地域へと“新しい防災コミュニケーション”が広がるきっかけになれば」としている。

■キャンペーン情報
・体験可能期間:2025年9月5日(金)17:00~未定
・参加方法:Simeji公式Xアカウントのキャンペーン投稿またはアプリ内バナーからアクセスし、診断を受けた後に結果をシェア。
・賞品:投稿者の中から抽選で5名に、防災アドバイザー厳選「防災グッズセット」をプレゼント。当選者には10月15日(水)までにDMで通知される。

※本サービスは、予告なく終了となる場合があります。

※詳細はSimeji公式Xアカウントまたはアプリ特設ページを参照してください。

・HP:https://simeji.me/
・X(旧Twitter):https://twitter.com/Simeji_pr
・Simejiランキング:https://simeji.me/?p=news
・iOS版:https://itunes.apple.com/jp/app/id899997582?mt=8
・Android版:https://play.google.com/store/apps/details?id=com.adamrocker.android.input.simeji

※本稿はPR記事です。

テスラ、EV低迷を背景に電力小売事業へ …「家庭の電力×蓄電池×EV」をつなぐ新戦略

●この記事のポイント
・テスラが電力小売り事業に参入、EVや蓄電池・ソーラーと連動した統合的エネルギー戦略を展開。
・再エネ普及と電力地産地消の流れを背景に、家庭・企業向けに「発電から消費まで」を一元化。
・EV販売に留まらず、電力プラットフォームを狙う挑戦で、規制や競合動向にも注目が集まる。

 近年、世界的に注目を集めてきた米テスラのEV(電気自動車)が、2025年に入り販売台数を大幅に減少させていると報じられている。欧州では4月の前年同月比で約半減、イギリスでは7月のEV登録が約60%も減少したとの数字もある。

 テスラはなぜ、これほどの販売不振に陥っているのか。ITジャーナリストでロボスタ編集長の神崎洋治氏は、その背景について「主に三つの要因がある」と指摘する。

●目次

EV販売不振の3つの要因

 EV市場の競争激化 中国のBYDやウーディンといった地場メーカーが急速に成長を遂げており、テスラのシェアを押し下げている。市場全体のパイが拡大する中で、テスラが相対的に押されている状況である。

 イーロン・マスクCEOの政治的関与 イーロン・マスク氏の政治的な発言や行動が、特に米国や欧州でのブランドイメージに影響を及ぼしている。従来、高級車の部類に入るテスラにとって、ブランド価値の低下は販売に直結する大きな問題である。

 主力モデルのアップデート停滞 主力モデルである「モデル3」や「モデルY」の性能アップデートが、他社に比べて停滞しているとの指摘もある。技術の進化が目覚ましいEV市場において、この停滞はテスラの魅力度を損ねる要因となっている。

 これらの要因が重なり、テスラの販売落ち込みに直結していると神崎氏は分析する。

EV不振への対応策「電力小売事業」の全貌

 こうした状況下で注目されるのが、テスラの「電力小売事業」への本格参入である。実はテスラは、2015年頃からすでにエネルギー事業に着手していた。

「EVは大量の電力を消費するため、そのあたりのところを利用して、家庭に『パワーウォール』という蓄電池システムを設置した」と神崎氏は語る。このシステムをソーラーパネルと組み合わせることで、余剰電力を販売したり、電力料金が高い時間帯に蓄電池から電力を供給したりするなど、家庭のエネルギーコストを最適化する仕組みを構築した。

 テスラがこの事業へ本格的に力を入れ始めたのは、2021年頃である。「テスラ・エナジーベンチャーズ」として、小売電力事業者としての登録を完了。そして、「仮想発電所(VPP:Virtual Power Plant)」事業をテキサス州で展開し始めた。これは、各家庭に分散して設置された蓄電池をネットワークでつなぎ、まるで一つの巨大な発電所のように機能させるシステムである。これにより、従来の電力会社とは異なる、効率的なビジネスモデルを確立したのである。

後発ながらテスラが持つ圧倒的な強み

 なぜ今、テスラは欧州で電力事業を拡大するのか。神崎氏はその理由を「欧州でEV販売が落ち込む中、既存のユーザーに対して価値を提供する戦略」だと説明する。

 報道によると、英国ではすでに25万台のテスラEVが販売され、数万台のパワーウォールが導入済みである。これらの既存ユーザーは、改めて設備を導入する必要がないため、サービスへの「参加障壁が非常に少ない」のである。

 ユーザーは、電力小売り事業に参加することで、例えば「月額6万円ぐらいの収入」を得られる仕組みとして紹介されており、経済的なメリットを享受できる。EV販売が伸び悩む中でも、テスラは既存ユーザーとの関係を強化し、新たな収益源を生み出そうとしている。

 電力事業としては後発となるテスラだが、神崎氏はその優位性を次のように指摘する。

「テスラは、すでに多くの家庭にパワーウォールという蓄電システムを導入しているという、いわゆる“下地”があることが最大の強みである。ゼロから蓄電池の導入を促すのは大変なコストと時間がかかるが、テスラはすでにある基盤を活かせる」

 さらに、電力小売事業とEV事業は、消費者の利便性向上という点でも密接に結びついている。停電リスクへの備えや、EVの安定的な充電といったメリットは、テスラ製品のパッケージとしての価値を高めている。

EVと電力事業の「両立」で進む未来

 テスラは今後、主力事業をEVから電力事業に変えていくのだろうか。神崎氏は「EVと電力事業は一体として進めていくのが、非常に効率が良い」と述べ、二本柱として両事業を展開する合理性を強調する。

「どれだけ利益が出ているか、加入者数がどれだけいるかなど、公的な情報は限られているので予測は難しい。しかし、家庭への浸透度の高さや、既存ユーザーの収益化可能性の大きさから、電力事業も一気に成長する可能性は高い」

 テスラの戦略は、単なる車の販売から、EV、蓄電池、太陽光発電、そして電力小売りを統合した「エネルギーのプラットフォーム」を構築することへとシフトしている。この統合型アプローチは、従来の自動車メーカーや電力会社にはない、テスラ独自の競争優位性を生み出している。

 テスラの電力小売り事業参入は、EV販売減少という課題への対応であると同時に、エネルギー領域での長期的なプラットフォーム戦略の一環である。今後、EVと電力事業のシナジーを活かした新たな収益モデルが、テスラの競争力を再び押し上げる可能性が高いといえる。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=神崎洋治/ITジャーナリスト)

企画することと提案すること

これはまったく架空のお話ですが。

続ろーかるぐるぐる#201_肉写真01

とある地域に、カリスマ創業社長が経営して急成長を遂げている精肉店がありました。

そこでは、和牛、国産牛、輸入牛を取り扱っているけれども店頭には「しゃぶしゃぶ用」「焼肉用」「煮込み用」といった、あらかじめスライスされた商品はありません。「大人5人でBBQ」とか「2000~3000円で肉塊がゴロゴロのカレーをつくりたい」とか、鶏でも豚でも、おおよその予算で何をしたいのかを店員さんに相談してはじめて商品を提案・カットしてもらうスタイル。正直、値段は安くないけれど、確実にファンを獲得し続け、週末には行列もできる人気店に。

そこでカリスマ創業社長は、地元の調味料メーカーと漬物(主にキムチ)メーカーを買収。「総合ミートエンターテインメント」をコンセプトに据え、東京進出を計画。コミュニケーション計画全体を広告会社に相談したところ……。

広告会社の担当者は、「総合ミートエンターテインメント」という創業社長が立てたコンセプトに基づいて、新しいロゴ、PR計画、そしてテレビ、デジタル、OOHを統合したトリプルメディアの広告企画を提案しました。

……という(しつこいですが、まったく架空の)話なのですが。ここまで聞いて皆さんは、この広告会社のお仕事をどう思いますか?

続ろーかるぐるぐる#201_肉写真02

想像するに、もしかしたらその「カリスマ創業社長」は自信満々であまり他人の話を聞くタイプではないのかもしれません。そして広告会社としても、新規取引でクライアントに怒られたくはないという心理が働くのも当然です。

しかし一方で思うのです。「最終的にどのような提案にまとめるかは置いておいて、いったんフラットに生活者とクライアント企業との関係を見ることから企画を始めませんか?」と。

ぼくがその広告会社の社員だった場合、少なくとも先の話を聞く限りでは、このお店が成功した秘訣は、店員さんに相談しないとお肉を買えない仕組みにあるように思われます。つまりそこにあるお客さまとお店のつながり(コンセプト)は「お肉のコンサルティング」的なことと推察されます。

あるいは、現地で詳細な観察をしてみた結果、(実はもっと店員さんの役割が大きな)キャストが主役の「ミート劇場」みたいなコンセプトが適当だという提案になるかもしれません。

そしてお店のコンセプトが実際のところ「お肉のコンサルティング」であるなら、PR等で伝えたいのも「こんな独自で面白い提案があるんですよ」になるでしょうし、キャストが主役の「ミート劇場」なら「こんなに面白い店員さんがいるよ」という人物紹介は欠かせません。

「『総合ミートエンターテインメント』というコンセプトを出発点にしないと、あのカリスマ創業社長に嫌われる」という思考停止は、提案の質を下げるリスクにつながってしまうのです。

言い換えると、残念ながら「総合ミートエンターテインメント」はどこにも焦点が当たっていない「コンセプトもどき」です。最終的に何か具体的な施策を挙げて「……というのが、御社の目指す『総合ミートエンターテインメント』の実践です」というふうに提案するにせよ、いったん企画段階では「お肉のコンサルティング」や「ミート劇場」といった、生活者との独自のつながりを見いだして基点にしないと、このお店の魅力を伝える独自の具体策も生まれません。

最近社内でCreative Dialogue※を重ねる中、クライアントの良きパートナーになることとクライアントに言われたことを丸呑みすることは違うんだけどなぁ……なんてことを感じる機会が何回かあり、「企画すること」と「提案すること」の違いについて考えたのでした。

※Creative Dialogue:コンセプトの“製造”や“品質管理”の方法論について考える対話の場。電通社内で300回以上実施されている。(詳しくはこちら
 

続ろーかるぐるぐる#201_肉写真03

さてさて。思い返すと、山形県尾花沢市の雪降り和牛をお手伝いしてから10年以上の月日が流れました。ありがたいことに、きょうも銀座三越、片葉三でそのおいしいお肉を買うことができます。

事例:尾花沢市の雪降り和牛 /後半 | ウェブ電通報

続ろーかるぐるぐる#201_片葉三ロゴ

そういえば、片葉三のロゴにある「CONNOISSEUR OF BEEF」とは「牛肉の目利き」という意味。まさにこの店に相談すれば、和牛の楽しみ方をいろいろと提案してもらえます。今晩も雪降り和牛の切り落としを炒めて、冷凍してあった粒山椒をパラリ。誰が調理をしても間違いなく、絶品。無限にお酒もごはんも進みます。
 
どうぞ、召し上がれ!

続ろーかるぐるぐる#190_ロゴ
山田壮夫が取り組む「Indwelling Creators」について詳しくは、ロゴをクリック。

お問い合わせ/担当:山田

書籍「コンセプトのつくり方」

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【Reflection】

アーティゾン美術館

「あの展覧会、素晴らしかったですね!」

そんな雑談を、社会課題を背景に制作している旧知のアーティストである林田真季さんとしていた。この熱量を雑談からもう一歩だけ進めてみたいと思った。思い切って連絡を取ってみた。

アーティゾン美術館
アーティゾン美術館は、1952年開館のブリヂストン美術館を前身とし、約4年半にわたる建て替えと館名変更を経て、2020年1月、最新の設備を備えた美術館として同じ東京・京橋の地に開館した

舞台はアーティゾン美術館(東京・京橋)。

「ARTIZON」とは、「ART」と「HORIZON」を組み合わせた造語だそうだ。実際に足を運んでみると、約3000点のコレクションを背景に、教科書でも見たことがあるようなとても有名な作品をリアルで目にすることができる。

今回、林田さんとの雑談のきっかけになった展覧会「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」展(2025年6月24日-9月21日)を担当された学芸員の上田杏菜さんに、アートの地平を押し広げる一つの象徴的な事象、「オーストラリア美術コレクション」のお話を中心に伺った。より深い対話になるよう、聞き手は林田真季さんにお願いした。

美術館に行くと価値観が揺さぶられたとか、景色が変わったとか、そんな言われ方をよく耳にしたりもするが、その舞台が東京駅から歩いてちょっとのところに、本当にあるのだ。(宮川裕)

アーティゾン美術館学芸員 上田杏菜さん
アーティゾン美術館学芸員 上田杏菜さん
聞き手 林田真季さん
聞き手 林田真季さん

──私は今回の展覧会を観る前と観た後で、「アボリジナル・アート」と聞いて思い浮かぶものががらりと変わりましたが、「アボリジナル・アート」とは何を指すのでしょうか?

オーストラリアの先住民の人たちの芸術であるというのが大前提にあります。そして「アボリジナル・アート」と呼ばれる場合は主に視覚美術をさしています。伝統の部分と現代社会を反映している部分の二つの側面があり、両方をオーバーラップさせて作品を制作している作家もいれば、どちらかを追求している作家もいます。

オーストラリアの先住民の文化は、現存する世界最古の文化形態の一つと言われています。彼らは文字を持たなかったので、芸術的・身体的な表現を用いて文化を紡いできました。そういった部分がアートとして表出したものが伝統の側面にあたります。たとえば儀式のときに身体に施すボディ・ペインティングのデザインを絵画のモチーフにしたり、「ドリーミング」という神話の物語を砂に描いたりするのですが、砂絵の模様が絵画作品になっている場合などがあります。

現代社会の反映としてのアボリジナル・アートについては、イギリスの植民地としてたどってきたオーストラリア社会の歩み、その歴史が強く影響しているところがあります。先住民の人たちが経験してきたできごとを現代の作家はもう一度見つめ直して、アボリジナルの歴史としてもう一度つなぎ直す、語り直す作業をしている。現代社会において彼らが日常的に経験していること、ポジティブであってもネガティブであっても、それを着想源として作品に反映しています。伝統の面と、歴史と地続きの現代社会が反映された面が作品になっている、それがアボリジナル・アートの全体像だと思っています。

アーティゾン美術館
左:ユーカリの樹皮に彩色する「バーク・ペインティング」の解説 中央:吊るす展示により360度鑑賞可能 右:ユーカリの樹皮であることがよくわかる作品の裏面(展示風景より)
ノンギルンガ・マラウィリ《ボルング》2016年、天然オーカー・樹皮、石橋財団アーティゾン美術館
© the artist ℅ Buku-Larrŋgay Mulka Centre

──アボリジナルのバックグラウンドを持つということは、オーストラリアではどのように捉えられているのでしょう?

オーストラリアでは、作家へのレジデンスプログラムやフェローシップなどで、アボリジナルのバックグラウンドがないと応募できないものがあったりします。キュレーター職でも、アボリジナルのルーツを持っている人が優先される場合もあります。当事者の目線を大事にするという側面もありますし、オーストラリアは多文化主義を掲げているため政策的な面もあります。今やアボリジナルのバックグラウンドしかもっていない人はあまり多くはなく、ヨーロッパ系やアジア系などのミックス・ルーツをもつ人のほうが多いと思います。自分の中に複数のルーツがあったとして、どのアイデンティティを打ち出すかといったときに、アボリジナルのルーツを選択する作家はけっこう多いですね。

また複数のルーツ、言わばいくつものレンズを複層的にかさねて作品を制作し、それによって面白いレイヤーを生み出していたりします。やっぱり、こういうことがアートが可能にする語りの豊かさなんだなと思います。いろんなストーリーを引き出しながら、一つの作品にそれらを要素として入れることができる。現地に行くと、そういう作家は本当に多く活躍しています。

──アーティゾン美術館のオーストラリア美術のコレクションは、アボリジナル・アートの比率が高いことがユニークですよね。また、その中でも女性作家の作品を多く収集している印象を受けました。そこにはどのような意図があるのでしょうか?

オーストラリアの現代美術は女性作家の活躍が顕著であり、その多くが先住民のバックグラウンドを持っています。当館がオーストラリア美術のコレクションを拡充していく中で、必然的に女性作家の作品が増えていき、現在ではコレクションの約7割が女性作家によるもので、その全員がアボリジナルをルーツに持っています。オーストラリア美術を収集し始めたころは、作家の性別にこだわることなく、良い作品を集めていこうというところからスタートしていたのだと思います。

そこから、研究や展示活動などを通じて作品の背景やテーマをより深く掘り下げていく中で、現在のコレクションのかたちが形成されてきました。「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」展は、これまでの収集活動と研究の成果でもあります。

イワニ・スケースの《えぐられた大地》という作品を本展で展示しましたが、これは2024年に新収蔵しました。微量のウラン酸化物が含まれた42個の吹きガラスからなる作品で、オーストラリアのウラン資源採掘とそれによって引き起こされる環境問題をテーマにしています。ウランはもちろん核兵器の原料となる元素であり、 それは冷戦期にスケースの祖先の土地で行われたイギリスによる核実験と深く関わります。1956年から1963年にかけて行われた核実験は、いまだにそこに戻ることはできない状況をつくったわけですが、それはオーストラリアでもあまり語られてこなかった歴史です。日本は唯一の被爆国ですが、作品鑑賞を通じてこういったオーストラリアの歴史にも思いを寄せる、共感することができるのではないか。つまりわれわれにとってアボリジナル・アートとは、異国の文化を受容するためだけのもの、ではないと考えています。時代も場所も違いますが、そういったものを超えられるのがアートの持つ力なのだと思っています。今も世界で核武装による脅威はずっと続いていますが、作品や展覧会を通じて、そこに対する問題意識を持ち続ける、そういうふうに続いていくといいなと。

アーティゾン美術館
展示室をブラックライトで照らした視覚訴求(展示風景より)
イワニ・スケース《えぐられた大地》2017年、ウランガラス(宙吹き)、石橋財団アーティゾン美術館
© Courtesy the Artist and THIS IS NO FANTASY

また、この展覧会におけるコレクションの活かし方として、マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリの《私の祖父の国》を展示の最後に持って行ったというのがあります。5階から4階に降りると、印象派や日本の近代洋画などを中心としたコレクションを紹介する展示室になるのですが、一気にモダンの作品群の世界になります。ガボリの作品は抽象的な絵画なので、4階とうまくつなぐ意図もあり、最後に展示しました。彼女のコミュニティは伝統的な視覚表現をもともと持っておらず、またガボリは西洋の美術教育も受けていないため、作品に描かれるイメージは作家自身の内側から出てきた独自の表現です。アボリジナル・アートはこういうもの、という固定したイメージがあった人にとっては、そこをきれいに打ち破ってくれる作品だと思います。私たちが持っている固定観念を解放してくれる、そんな作品も当館のコレクションです。

アーティゾン美術館
左:5階から4階を見下ろせる吹き抜け 右:4階へ下りるとコレクション選の会場(展示風景より)

10月からは「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着」展を開催予定です。ジャム・セッションは、現代作家が当館学芸員と協働して当館のコレクションを選び、作家自身の作品とともに新しい見せ方を提示する企画です。その一つとして、参加作家である山城知佳子さんが選んだ作品が、ジンジャー・ライリィ・マンドゥワラワラの《四人の射手》でした。土地創造神話(ドリーミング)の物語が具象的に描かれている作品で、当館のいろいろな企画でアボリジナル・アートの多様な表現を紹介できることは、コレクションとして作品を収蔵していることのメリットです。

さらに、オーストラリア美術の話でいうと、2026年1月には、リンディ・リーという作家の屋外彫刻が完成する予定です。両親が中国からの移民ということで、彼女はいわゆる移民2世のオーストラリアの作家です。この作品は、当館の屋外彫刻プロジェクトの作品の一つです。ご期待ください。

──アーティストとキュレーターは厳密には役割が違うとはいえ、私はキュレーターも広義な意味での「アーティスト」だと思っています。上田さんはキュレーターとしてどのようなことを心がけているのですか?

キュレーターとして心がけていることは、まず、先人たちがいて自分がいる、ということ。印象派などの展覧会に比べると日本でのアボリジナル・アートの展覧会って本当に数は少ないんですが、私がすごく影響を受けた2008年のエミリー・カーマ・イングワリィの展覧会も、それを開催しようと尽力した方々がいました。アボリジナル・アートの魅力を日本に紹介しようとしてくださった方々が、世代を超えているんです。もちろんまだあまり日本で紹介されていない分野であるのは事実ですが、実は地道に活動をしている美術館や研究者の方々がいて、自分はその延長線上に今いるだけと思っています。同様に、当館のアボリジナル・アート・コレクションを鑑賞して興味を持ち、この分野の展覧会をやってみようと行動を起こす人が未来に現れるかもしれない。徐々に醸成してくる、根付いてくるものだとすると、長いスパンで見ていくものなのかなと思っています。

アーティゾン美術館
(展示風景より)

また、幅広いコレクションを収蔵している美術館のキュレーターとして、他の分野のコレクションについても知識を深め展示活動をおこなっています。他分野の作品を知ることで、自身の専門分野を相対的に見直すことができ、新たな視点を得るきっかけにもなります。その上で、自分の専門性、私であればオーストラリア美術だったりしますが、そこで最善を尽くしてやる。たとえば、イワニ・スケースの《えぐられた大地》を収集候補として提案したとき、まわりは必ずしももろ手を挙げて賛成、というわけではありませんでした。というのも、当館では絵画以外のアボリジナル・アートを収蔵するのは初めてで、しかも素材がガラスという点も、新たな試みだったからです。そのため作品の背景や価値を共有するのにいつもより時間がかかりました。今回の展覧会で初めて展示したのですが、「これは収集してよかったね!」と納得の声が上がるようになりました。作品はシンプルな見た目で美しいため、来場された方々は、きれいという印象だけで終わってしまうのかな、もう一歩先のところまで掴んでくれるのかな、と少し不安な部分がありました。でもSNSなどで反応を見ていると、深く掴んでくださっている方がけっこう多くて。思った以上に来場してくださった方々はテーマをきちんと受け止めてくれている、というのが素直な実感です。

──最後に、ビジネスパーソンがアートに触れることについて、上田さんのお考えを聞かせていただけますか?

私は、アートは私たちが生きる社会の一部だと思っています。アートの先には、社会があって自分がいる。アートを見ていると、その先に今の自分が見えてくる。今の自分はどういう状況なのかとか、そこから先どうなりたいのかとか、そういうことをリフレクションとして戻してくれるのがアートだなって感じています。

ビジネスパーソンにおけるアートと考えたとき、アートという新しい知識を増やしてビジネスパーソンとしてのボキャブラリーを増やす、そういうことよりも、自分の内側に何か戻してくれるもの。そう思うと、そんなに敷居が高いものと思わず、ふらっと美術館に行って、素の自分のままで作品と向き合って、そこで素直に対話してみてはどうでしょうか。作品との対話だけど、多分その先には自分との対話がある。アートにはそういう見方もあるということを、ビジネスパーソンの方にも知ってもらえるといいな、と思っています。

アーティゾン美術館

自分になじみのない歴史や文化、社会課題を背景とするアート作品ならびに展覧会は、それらを通してただ「知る」だけではなく、自分たちの生きる社会や文化と照らし合わせて思いを巡らせるものという考えに、私は強く共感しました。アートという手段でメッセージを伝える醍醐味はここにあるように思います。(林田真季)

アーティゾン美術館

画像制作:岩下 智

「A3サイズに畳めるベビーカー」誕生の舞台裏…コンビが描く次世代の子育て支援

●この記事のポイント
・A3サイズに折り畳める新型ベビーカー「auto N second BQ」が話題に。都市部の子育て世代に向けた革新設計。
・開発元コンビは「狭い玄関や車内でも置きやすい」ニーズに応え、安全性とコンパクトさを両立させたと強調。
・小型化を実現する構造設計の工夫や素材選びに注力。国内外市場への展開やシリーズ化への期待も高まっている。

 育児用品メーカー大手のコンビ株式会社が9月(上旬)に発売した新商品「auto N second BQ(オートエヌ セカンド ビーキュー)」が、発売前からSNSを中心に話題を呼んでいる。最大の特徴は、折りたたむと床設置面積がA3サイズになるという驚異のコンパクトさだ。

 子育て世代にとって、ベビーカーは生活を支える必需品である一方、収納場所や持ち運びの負担が課題となってきた。その制約を打ち破る新製品は、どのような発想から生まれたのか。開発・販売元であるコンビの開発担当者に話を聞いた。

●目次

セカンドベビーカー市場に見えたニーズ

 今回登場した「auto N second BQ」は、生後6〜7カ月頃から使える、いわゆる「セカンドベビーカー」と呼ばれるカテゴリーに属する。生後1カ月頃から使えるフルフラットの「ファーストベビーカー」に続く、2台目として選ばれるケースが多い。

「1才以降などお子様が一人で立って歩けるようになると、ご家庭ではより軽量で持ち運びやすいベビーカーが求められる傾向があります。玄関や車のトランクに置いたときに場所を取らず、かつ片手で操作できるような製品があれば、育児の負担を大きく減らせると考えました」(開発担当者)

 つまり、メインの大型ベビーカーに加えて、日常の移動や旅行でストレスを減らす“セカンドベビーカー”としてのニーズに狙いを定めたのだ。

開発の着眼点:「片手開閉」と「A3サイズ収納」

 開発の出発点は、利用シーンに直結するユーザー体験だった。小さな子どもと手をつなぎながらベビーカーを操作する場面は多く、片手で開閉できることは必須条件とされた。さらに、近年高まる都市部の居住スペース問題がもう一つの着眼点となった。

「マンションの玄関や車内スペースを広く使いたいという声は非常に多く聞かれました。そこで、片手開閉に加えて、床設置面積がA3サイズ以下に畳めるほどのコンパクトさを実現することを目指しました」

 この二つの条件を両立することは容易ではなかったが、同社は数年にわたる試行錯誤を重ねた。結果、片手でボタンを押すだけで自動的に折りたためる“オートクローズ機構”を搭載し、業界でも画期的なモデルを完成させた。

技術的な挑戦──安全性と軽量化の両立

 ベビーカーに求められるのは「小ささ」だけではない。むしろ安全性・安定性・耐久性が最も重視される。

「安全基準に適合することは大前提です。その上で、折りたたんだ時に勢いでベビーカーが倒れることがないようにスタンド機能を付けるなど、細部に工夫を凝らしました」

 また、軽量化の追求も欠かせなかった。担当者自身が一児の母であり、実体験から「片手で子どもと手をつなぎながら操作できる軽さ」を徹底的に意識したという。結果として、4歳まで使用できる剛性を確保しながらも、床設置面積がA3サイズに収まる軽量設計を実現した。

 では、このベビーカーは具体的にどのような場面で力を発揮するのか。

・都市部のマンション:狭い玄関や収納スペースに置いても邪魔にならない
・共交通機関での移動:電車やバスに乗る際、足元に置けるサイズ感
・自動車での帰省・旅行:チャイルドシートと荷物に加え、トランクや座席足元に収まる利便性

 特に「特急や新幹線での帰省シーン」は開発者自身の経験から強く意識されたという。

「従来型ではベビーカーの置き場に困り、予約が必要な場合もありました。床設置面積がA3サイズ以下なら足元に収まるので、移動時のストレスを大幅に減らせます」

店頭での「一番の質問」を解決

 ベビーカーを初めて購入する家庭にとって、最も大きなハードルは「操作の複雑さ」だ。

「お客様からよくいただく質問が『どうやって畳むんですか?』なんです。スマートフォンのように使い方が事前にわかるものではなく、子育てを機に初めて手に触れる製品だからこそ、操作方法に戸惑うものです」

 その課題を解決するのが、今回のオートクローズ機能だ。片手でボタンを押すと自動で折りたたまれ、余計な操作は不要。

「また、セカンドベビーカーはすでに、ベビーカーを使用した経験のある方が、その体験を踏まえて追加購入を検討されるケースが多い製品です。そこで、ベルトや収納カゴが開閉時に引っかからないように設計するなど、細部に至るまで機能を磨き上げ、快適にご使用いただけるようにこだわりました」

 従来、セカンドベビーカーの多くは3歳頃までの使用を想定していた。

 しかし「もっと長く使いたい」という声は年々強まっている。今回のモデルでは剛性を高め、4歳まで使えるロングユース仕様を実現した。

「お子様の成長に寄り添い、長く安心して使えることは大きな付加価値です。買い替えコストの軽減にもつながるため、ユーザーにとってメリットは大きいと思います」

市場の反応と今後の展開

 SNSで発表された瞬間から反響は予想を上回るものだった。

「今回、『できないこと、なくなれ』というメッセージを掲げてオートクローズ機能を中心に発信したところ、これまでの新製品発表時と比べても、桁違いのリアクションをいただきました」

 9月上旬から各店舗に順次並んでいる。社内目標としては「セカンドベビーカー市場で過去最大の販売数」を目標に掲げており、発売後の販売も好調だという。

 さらに、今後の展望についても前向きだ。

「今回のセカンドと同時に、ファーストモデルでもオートクローズ機構を導入しました。ユーザーの“もう一つの手”となる存在として、製品群を広げていきたいと考えています」

 ベビーカーの小型化は単なる利便性の追求にとどまらない。都市部の住宅事情や共働き家庭の増加、公共交通の利用環境といった社会背景に直結している。

 企業にとっても、“ユーザーの日常の小さな不満”を丁寧に拾い上げ、それを技術とデザインで解決することが次の市場を切り拓くことを示している。

 今回の開発には、ユーザーの実体験に基づく視点、徹底した安全性検証、直感的な操作性の追求があった。これは、あらゆる消費財の開発に通じる学びである。

 つまり、「ユーザーの困りごとを言語化し、そこから逆算して技術を組み合わせる」──その積み重ねこそが、生活を変えるヒット商品を生み出す鍵となるのだ。

「A3サイズに畳める」という一見シンプルな特徴の裏には、生活者の声に耳を傾け続けたメーカーの執念があった。ベビーカーは単なる移動手段ではなく、育児における親の自由度を左右する重要な存在だ。その一台が、都市部の狭い玄関や新幹線の足元にすっきり収まり、子育て世代の行動範囲を広げていく。

 今回の「auto N second BQ」は、単なる新製品ではなく、“小さな不便を解消することで、大きな生活の変化を生む”というものづくりの本質を体現しているといえるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

茨城空港は首都圏第三の国際空港になれる?インバウンド6000万人時代に向けて

●この記事のポイント
・羽田・成田空港はインバウンド急増で容量不足の懸念があり、茨城空港が「第3の国際空港」として注目されている。
・しかし茨城空港は規模が小さく、成田の不足分を担うには限界があり、受け皿としては地方空港の役割も重要となる。
・空港戦略は容量拡大だけでなく、オーバーツーリズム対策や地方分散を含めた観光政策と一体で進める必要がある。

 東京の空の玄関口である羽田空港と成田空港。日本の空の需要を支える両空港は、急増するインバウンド需要に対応し、すでにキャパシティの限界が迫っているとささやかれている。こうした状況のなか、「首都圏第3の国際空港」として、茨城空港の活用が浮上している。

 本当に茨城空港は、将来の日本の空の需要を支える「第三の選択肢」となり得るのだろうか。航空経営研究所主席研究員の橋本安男氏への取材に基づき、首都圏の空港が抱える現状と、茨城空港の将来的な可能性、そして日本全体の空港戦略について考察していく。

●目次

羽田・成田の現状と将来的な課題

 まず、首都圏の空の現状を見ていこう。

 羽田空港は年間発着回数50万回と国内線を中心にほぼ上限まで活用されており、これ以上の余裕はほとんどない 。一方、成田空港は年間発着回数30万回(2025年10月以降は34万回)のキャパシティに対し、2024年度の実績は25.5万回で、まだ余裕がある状態だ 。この余裕は、旅客数に換算すると約1,500万人分に相当する 。

 しかし、政府が掲げる「2030年にインバウンド6,000万人」という高い目標を達成するためには、成田空港のさらなるキャパシティ拡大が不可欠だ 。成田空港では現在、B滑走路の延長とC滑走路の新設工事が本格的に進められており、2029年3月の供用開始をめざしている 。これが実現すれば、年間発着回数は50万回に達するため、当面は問題なく運営できると見込まれている 。

 ただし、この拡張計画には不確定要素も存在する。用地買収が全体の2割弱残されており、交渉が難航すれば供用開始が2030年以降にずれ込む可能性も十分に考えられる 。もし工事が遅れた場合、インバウンド需要が急増すれば、一時的に成田空港のキャパシティが不足する事態も起こり得るのだ 。

茨城空港は「第三の国際空港」になれるのか

 このような状況のなか、将来の容量不足に備えるため、茨城空港の活用が議論されている 。

 茨城県は、茨城空港を「首都圏の第3の国際空港」とブランディング戦略の一環としてアピールしている 。このキャッチフレーズに偽りはないが、その実態を知ると、成田空港の容量不足を補う主要な「解決策」にはなり得ないことがわかる 。

 茨城空港は、自衛隊の百里飛行場と滑走路を共有する「共用空港」として、2010年に開港した 。開港当初は自衛隊により「離陸は1時間に1回」などの運航制限が課せられていたが、現在は解除されている 。

 最も大きな課題は、その規模だ。茨城空港は、当初の想定利用者数81万人、国内線は小型機(リージョナルジェット)の使用を前提に設計された 。そのため、2024年度の利用者数が78万人になった現在でも、すでにターミナル内は混雑し、空港としてのキャパシティは限界に達している 。

 2024年度の国内空港における国際線年間旅客数ランキングを見ると、成田・羽田の両空港だけで日本の国際線旅客全体の5割以上を占めている 。茨城空港は国際線旅客数で約7万人弱と、成田のわずか0.2%に過ぎない 。この数字からもわかるように、茨城空港は現状、他の主要な国際空港とは規模感がまったく異なるのだ 。

茨城県が描く将来ビジョンと現実

 茨城県は、空港の現状を打開するため、2024年に「茨城空港のあり方検討会」を立ち上げ、2025年7月には「茨城空港将来ビジョン~首都圏第3の空港を目指して~」を発表した 。

 このビジョンでは、茨城空港の役割として、以下の3つを掲げている 。

 役割1: 茨城県や近隣県の観光・ビジネスの拠点となる空港
 役割2: 羽田・成田とともに、首都圏第3の空港として、日本の国際・国内航空需要に対応する空港
 役割3: 大規模災害時の災害対応拠点となる空港
ビジョンでは、ターミナルビルや駐機場の拡張、誘導路の増設など、大規模な改修による空港容量の拡大が計画されている 。これにより、国際線の旅客数を2030年代に50万人、2040年代には60万人まで増やすことを中期・長期目標としている 。

 これは、茨城空港にとっては大きな目標であり、実現すれば大きな成長となる。しかし、もし成田空港の工事が遅れ、年間2万回分の便が溢れた場合、旅客数にして約350万人分が受け入れ先を必要とする 。茨城空港が将来的な目標を達成したとしても、受け入れられるのは国際線で50万〜60万人程度だ 。残りの大半は、他の地方空港に分散して対応せざるを得ない 。

 茨城空港は「首都圏第3の国際空港」と名乗っているが、国全体で見た場合、その規模感は小さく、成田空港の容量不足をすべて賄うのは現実的ではない 。

 では、溢れた需要はどこへ向かうのだろうか。

 国内の国際線旅客数ランキングを見ると、成田・関西・東京国際(羽田)に次いで、福岡、中部、新千歳、那覇空港などの基幹空港が300万~900万人の国際旅客を扱っている。溢れた需要の一部は、首都圏を離れた入国とはなるが、これら基幹空港に向かうであろう。

 また、首都圏に比較的近い地方空港として、仙台空港は国際線旅客数が50万人程度、静岡空港も20万人程度と、茨城空港よりも多い実績があり、首都圏の需要の受け皿となる可能性を秘めている 。これらの空港は、首都圏からのアクセスも比較的良好で、今後、需要の受け皿として機能していくことが期待される 。もちろん、各空港がさらに発着数を増やすには、誘導路の増設などそれなりの改修が必要となり、時間も費用もかかるが、これらが現実的な選択肢となるだろう。

オーバーツーリズムと日本の観光戦略

 もう一つ、忘れてはならないのが、観光客の増加に伴うオーバーツーリズムの問題だ。

 観光庁自身も、一部の地域でオーバーツーリズムが深刻化していることを認識しており、この問題に対する委員会を立ち上げるなど、対策を講じ始めている。もしインバウンド需要が目標通りに増加しても、それを運ぶ交通インフラや宿泊施設が追いつかないという、空港のキャパシティとは別の問題も発生する。

 首都圏の空港が容量不足になった場合、地方の空港を活用する動きは、観光客の流れを分散させ、地方創生にも繋がる可能性がある。また、インバウンドの増加を抑制することで、日本人が旅行しにくくなる、航空券が高騰するといった問題を回避できる側面もある。

 茨城空港が「首都圏第3の国際空港」という看板を掲げ、将来に向けた大規模改修計画を進めていることは、高く評価すべき努力だ。しかし、日本の航空需要全体を支えるためには、茨城空港だけでなく、仙台や静岡をはじめとする地方の国際空港が連携し、それぞれの強みを活かした戦略を構築していくことが重要となる。

(文=Business Journal編集部、協力=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、元桜美林大学客員教授)

考えなくても回るオフィス…“成長するAI”が描くバックオフィス自動運転化

●この記事のポイント
・バックオフィスの“自動運転化”を掲げる新サービスが登場。AIが自社固有のルールや例外処理を学習し、業務を丸投げで自動化する。
・導入企業では数千時間規模の業務削減や数千万円単位のコスト削減を実現。ROIは平均3~6カ月で回収可能と高い効果を発揮している。
・「考えることからの解放」を掲げ、現場負担を減らす設計が特徴。経営者にとってはAI導入の本質と業務設計の重要性を学べる事例だ。

 AIの進化が加速し、生成AIや自動化ツールはビジネスの現場に急速に浸透している。しかし、多くの企業が依然として“人手”に頼り続けている領域がある。それが、バックオフィスにおける書類処理やデータ入力だ。

「自動車が自律走行する時代に突入した一方で、企業の働き方は依然として“手動運転”に留まっています」 

 こう語るのは、株式会社YOZBOSHI(ヨツボシ)の代表取締役社長CEO、藤井翔吾氏だ。同社が開発・提供するクラウドサービス「Connected Base」は、単なるAI-OCRやRPAでは届かなかった“人の判断を伴う業務”を代替し、バックオフィスを“一任型の自動化”する。

●目次

バックオフィスの「自動運転」構想

 藤井氏は、現場の状況をこう指摘する。

「請求書や契約書の転記、ハンコ待ち、Excelへの入力……。こうした作業はいまだに人の判断と手作業に依存しています。AIやRPAを導入しても、例外処理や現場独自のルールが残り、結局人が対応しているケースが多いのです」

 そこでYOZBOSHIが打ち出したのが「Connected Base」。同サービスの特長は以下の3点に集約される。

(1)“成長するAI”:自社固有のルールや例外処理を学習し、運用するほど精度が向上
(2)“丸投げ”設計:ユーザーは書類をフォルダやクラウドに保存するだけで処理が完了
(3)“全方位対応”:定型・非定型、複雑なフォーマットや外国語文書まで一気通貫で対応

 従来の自動化ツールが「定型業務の一部自動化」にとどまったのに対し、Connected Baseは“現場判断ごと”自動化する点で異なる。

 導入事例を見ると、その効果は顕著だ。「2024年社内導入調査(YOZBOSHI調べ)」。

・大手建設ゼネコン:年間7,350時間=46人月、約1,300万円のコスト削減
・大手医療機器ディーラー:月1,600時間削減、年間2,600万円のコスト効果
・中堅製造業(ユミックス社):経理処理の324時間/月削減=年間約505万円の削減

 いずれの事例でも、単なる効率化にとどまらず、ROIは平均3~6カ月で回収可能というスピード感を実現している。

「現場に“難しい操作”を強いると定着しません。だから私たちは『書類を保存するだけ』で済む仕組みに徹底的にこだわりました。現場負担が軽減されることで、自動化は全社に広がっていくのです」(藤井氏)

なぜ“丸投げ”が可能なのか──AI導入の本質

 Connected Baseは、AI-OCRや生成AIに加え、YOZBOSHI独自の「解析カスタム」を組み合わせている。YOZBOSHIは、従来のAI-OCRが苦手とする“文脈補正”や“業務要件への再構成”を独自アルゴリズムで実現しているといえる。

(1)特定する:ユーザー固有のフォーマットを見分ける
(2)補正する:OCRの誤読を意味ごと修正し、正しい文脈でデータ化
(3)纏める:文章や数値を業務要件に沿ったまとまりへ整理

 さらに、必要に応じて人のオペレーターが最終チェックを行う。これにより「完全非定型の書類」や「外国語の契約書」にも対応できる。

「AIは万能ではありません。だからこそ、AIと人間の役割分担を設計し、“人を減らす”のではなく“人を活かす”方向に進める必要があります」(藤井氏)

 藤井氏の言葉からは、経営者がAIを導入する際に見落としがちなポイントが見えてくる。

・経営者が押さえるべき3つの視点」

(1)「業務設計」が最初の壁
単にAIを導入しても成果は出ない。現場に存在する「例外ルール」や「属人判断」をどう可視化し、共通化するかが成否を分ける。
(2)「教育投資」を惜しまない
Connected Baseでも、導入時にAIをカスタムする工程がある。これは人材教育と同じで、「初期の投資が、その後の安定稼働を決める」という考え方だ。
(3)「丸投げ設計」で現場を解放する
DXが失敗する最大の理由は「現場に負担を強いること」。逆に現場が自然に使える設計なら、全社的なスケールは容易になる。

今後の展望──“自動運転”の次へ

 YOZBOSHIは今後、Connected Baseをバックオフィス業務にとどまらず、**業務全般の「自動運転基盤」**へと拡張していく構想を持つ。

・法令対応:電子帳簿保存法やインボイス制度などへの完全対応
・クラウド連携:freeeなど外部サービスとの自動連携
・グローバル対応:海外書類や多言語処理の拡張

「バックオフィスは企業活動の“血流”です。ここが滞ると、どんな戦略も実行できません。私たちは、この領域を“自動運転化”することで、企業が本来注力すべき価値創造に集中できる社会をつくりたいと考えています」(藤井氏)

「Connected Base」の本質は、単なる業務効率化ツールではなく、「人間の思考負担を減らす」という発想にある。

「人が考えるべきなのは、もっと創造的で付加価値の高いこと。ルールに従うだけの作業からは解放されるべきです。私たちは、そのための“自動運転”を提供しています」(藤井氏)

 AIが進化する時代において、経営者に求められるのは「人とAIの役割分担をどう設計するか」だ。YOZBOSHIの挑戦は、バックオフィスの未来を映す鏡であり、ビジネスパーソンにとっても多くの学びを与えてくれるだろう。

(文=UNICORN JOURNAL編集部)

病院の待ち時間をなくせ!「MRIの空き時間シェア」で医療の未来を変える挑戦

●この記事のポイント
・株式会社Seamrは、病院間でMRIを貸し借りできるオンラインプラットフォームを運営し、医療機器のシェアリングを可能にした。これにより、大病院の待ち時間を解消し、活用されていない機器を有効活用する。
・このサービスは、成功報酬モデルを採用し、初期費用を不要にすることで、慎重な医療現場でも導入しやすい仕組みだ。また、自治体との連携で信用を得て、事業を拡大している。
・薬剤師の経歴を持つ佐野CEOは、「時間がかかる医療」を変えたいという想いから起業。将来的には、場所に関係なく質の高い医療を受けられる社会を目指している。

 MRI(磁気共鳴画像装置)と聞けば、多くの人が大病院の奥に設置された高価で巨大な機械を思い浮かべるだろう。実際、日本はOECD加盟国の中でも人口当たりのMRI保有台数が世界トップクラスであるにもかかわらず、大学病院などの大規模医療機関では「一か月以上待ち」という状況が常態化している。

 その一方で、十分に活用されないまま「遊んでいる」MRIも少なくない。このミスマッチを解消し、医療資源を社会全体で有効活用することを目指すのが、株式会社Seamr(シームル)だ。同社は「医療機器のシェアリング」という新たな概念を切り開き、病院間でMRIを貸し借りできるオンラインプラットフォームを運営している。

 本稿では、Seamr代表取締役CEOで薬剤師でもある佐野隼也氏の言葉をもとに、この挑戦の全貌と、医療ビジネスを動かす視点を探る。

●目次

「MRI版・じゃらん」──病院間をつなぐシェアリングモデル

“MRI版・じゃらん”という比喩は、医療機器の空き枠を検索・予約できる利便性を直感的に伝えるものだ。Seamrのサービスは一言で言えば「医療機器のマッチングプラットフォーム」である。大病院が持つMRIの空き時間をWeb上で公開し、撮影を希望する地域の病院やクリニックが検索・予約できる仕組みだ。従来は電話やFAXを介した煩雑なやり取りに頼っていたが、同社のサービスではすべてオンラインで完結する。

「仕組み自体は以前から制度的に認められていました。厚労省も病院間の機器シェアリングを推奨していますし、保険点数も上乗せされているんです(2020年の診療報酬改定により、病院間の機器共用に対する加算が認められた)。ただ実際には使われてこなかった。理由は単純で、やり取りが電話とFAXで非効率だったからです」(佐野氏)

 まるで「じゃらん」や「ホットペッパービューティー」のように、空き枠を検索しクリック一つで予約が完了──そのシンプルさが医療現場に新たな利便性をもたらす。

 日本におけるMRI普及率は世界トップ水準。ベッドを持つ病院の約6割がMRIを設置していると言われる。しかし稼働状況をみると、全体の7割の病院が「採算割れ」の状況にある。MRIの損益分岐点は1日8件程度だが、それを上回っている病院は全体の3割に過ぎない。需要は偏在し、大病院には患者が殺到する一方で、地方の病院では機械が活かされていない。

 結果として、患者は診断まで長く待たされ、治療開始の遅れによる重症化リスクを抱える。これは医療費増大の一因でもある。

「重症化を防ぐためには、早期に検査を受け、早期に治療を始めることが大切です。待ち時間を短縮するだけで、医療費全体を抑制できる可能性があるんです。」(佐野氏)

成功報酬モデルで広げる「使いやすさ」

 Seamrがこだわるのは「医療現場にとって導入ハードルの低い仕組み」である。利用料はサブスクリプションではなく、撮影利用が発生した際に10%の成功報酬を支払うだけ。初期費用も専用システムの導入も不要で、すぐに利用を開始できる。

「医療機関はサブスクモデルに慣れていません。定額でずっとお金が出ていくことに抵抗感がある。だから使った時だけ費用が発生する仕組みにしました。」(佐野氏)

 この柔軟なビジネス設計は、医療という慎重な業界にこそ適している。

 Seamrの可能性は「医療の効率化」だけにとどまらない。将来的には予防医療やヘルスケア分野への応用も視野に入れる。

 たとえば「違和感を覚えたので念のためMRIを撮っておきたい」というニーズや、スポーツ分野、企業の福利厚生での利用などである。さらに、交通事故後の診断に保険会社がMRIを求めるケースもあり、既存の医療制度を超えた広がりが期待できる。

 もっとも、自由診療分野への展開には医療業界特有の抵抗感もある。しかし佐野氏はこうした「壁」を崩していくことも、長期的なミッションの一つだと語る。

 Seamrのチームには、医師や放射線技師といった現場の専門家が加わっている。もともとはサービスの必要性を探るインタビュー対象者だったが、課題に共感し、仲間となったという。

 この背景には、医療領域特有の「信頼の獲得」がある。医療機関は閉鎖的で、外部の新興企業に門戸を開かない傾向が強い。そこでSeamrは自治体と連携し、社会的信用を得る戦略をとった。茨城県やつくば市でのトライアル実績は、病院への説得力を高めている。

創業の原点──「時間がかかる医療を変えたい」

 佐野氏は薬剤師資格を持ちながら、長らく製薬会社のMRとして勤務していた。病院と病院をつなぎ、新薬を紹介する立場で見えてきたのは「患者が医療を頼らずに重症化する」現実だった。

「もっと早く医療にかかっていれば救えたはずの人がたくさんいる。でも病院に行くには半日、丸一日つぶれる。有休を取らないといけない社会人も多い。医療は『時間がかかる』業界なんです。そこを変えたいと思ったのが起業のきっかけでした。」

 時間とアクセスの壁をなくし、患者と医療の距離を縮める──その志がSeamrの根幹にある。

 医療領域は規制や倫理の制約が多く、ビジネスライクな論理だけでは進まない。佐野氏も当初は「効率化」という視点で事業を立ち上げたが、現在は「現場理解」に軸足を置いているという。

「人が関わる業態なので、机上の効率化だけでは動かない。医療の現場を深く理解する姿勢が不可欠だと感じています。」

 この柔軟なスタンスは、医療領域で挑戦する起業家にとって重要な学びとなる。

 佐野氏が強調するのは「自治体との連携」の重要性だ。医療は公共性の高いインフラであり、自治体の課題感と合致すれば協働の余地が大きい。県立病院や市立病院への橋渡し役にもなるため、事業の最初の足掛かりとして極めて有効だ。

 また、資金調達や仲間集めにおいても「課題を共有できる専門家を仲間にする」ことが鍵だという。インタビューから共感者を見つけ、チームに引き込んでいく──これは多くの起業家に応用可能なアプローチだろう。

どこに住んでも質の高い医療が受けられる社会を

 佐野氏が描く未来像は明確だ。国民皆保険の仕組みの上に、地域の病院が一つの大きなネットワークとして機能し、どの地域に住んでいても均質で質の高い医療サービスを受けられる社会を実現することだ。

「病院が少ないから引っ越さなきゃいけない──そんな社会をなくしたい。医療インフラを“つなぐ”ことで、場所に縛られない医療アクセスを実現したいと思っています。」

 Seamrの挑戦は「高価で特殊な医療機器をシェアする」という単なる効率化ではない。それは「医療資源を社会全体で最適化し、アクセスの格差をなくす」という大きなビジョンに裏打ちされている。

 ここには、スタートアップ経営者にとって学ぶべき多くの要素がある。

・規制産業に挑む際の「信用構築の方法」
・成功報酬モデルに象徴される「導入ハードルを下げる工夫」
・現場理解を深めながら進める「医療とビジネスのバランス」

 医療領域に限らず、社会インフラの課題に挑む起業家にとって、Seamrの取り組みは示唆に富む事例だ。

(文=UNICORN JOURNAL編集部)