コンビニ3社「明暗くっきり」…ローソン・ファミマが連続最高益、セブンは伸び悩み

●この記事のポイント
・ローソンとファミリーマートが増収・最高益を達成。AI発注やPB強化が奏功し、9月も既存店売上で高成長を維持。
・セブン‐イレブンは減収・営業減益。国内外で苦戦が続き、既存店売上も横ばいに。王者の構造に変化の兆し。
・コンビニ業界は「セブン一強」から「三強均衡」へ。データ活用と加盟店利益重視が次の成長を左右する。

「コンビニの王者」が揺らいでいる。2025年3〜8月期の中間決算で、ローソンとファミリーマートが増収・最高益更新を記録する一方、セブン&アイ・ホールディングスは減収・営業減益に沈んだ。

 そして直近の9月度既存店売上でも、ローソン+4.1%、ファミマ+3.3%と好調を維持、セブンは+0.5%にとどまった。物価高や人手不足、災害対策など逆風が続くなか、業界勢力図は確実に書き換わりつつある。戦略コンサルタントの高野輝氏に分析してもらった。

●目次

ローソン:AI発注とPBで「全利益過去最高」、9月も+4.1%成長

 ローソンは2026年2月期第2四半期(3〜8月)で営業収益・営業利益・経常利益・純利益すべてが過去最高。国内コンビニ全店の平均日販は60万3000円(前年同期比+5.3%)と、初めて60万円台に到達。既存店売上高は+5.3%、客数+1.5%、客単価+3.7%。

 9月度の月次も堅調で、既存店売上高+4.1%(客数100.6%/客単価103.5%)と2ケタに近い成長を維持。「ハピとくーポン」や「からあげクン」増量キャンペーンが好評で、からあげクンや米飯・調理パン・麺類など中食カテゴリーが軒並み好調だった。

 竹増貞信社長は決算会見でこう語った。

「加盟店の尽力にテクノロジーと50周年施策がうまくかみ合った。加盟店利益を基軸に経営してきた成果が数字に表れた」

 実際、加盟店オーナー1人当たりの利益は前年比10%超増。2019年度から6年連続で増益を続けている。AIを活用した需要予測による発注最適化、無印良品や厨房調理弁当など「指名買い」商品が伸び、PBのスイーツ群も販売を牽引した。

 また、KDDIと三菱商事による共同経営体制のもと、通信データ×商流を一体化した分析・供給モデルを構築。「AI×MD×物流」の統合が、売上・利益ともに押し上げた格好だ。

 ローソンは成長と並行して、防災インフラ化にも動き出している。千葉県富津市の富津湊店を皮切りに、
 サイネージによる災害情報発信、
 太陽光発電による停電時稼働、
 EV社用車による支援物資輸送、
といった「災害支援コンビニ」構想を展開。

 2030年までに太平洋沿岸を中心に100店舗設置を目指しており、“社会インフラ企業”としてのブランド転換を進めている。

ファミリーマート:辛味戦略とデジタル販促で堅調維持、9月も+3.3%

 ファミマは中間期で増収・事業利益過去最高を記録。平均日販は59万5000円(+3.8%)。「ファミチキレッド」などの辛味訴求商品や、大谷翔平選手起用のおにぎりキャンペーンが若年層にヒットした。

 ただし、中国事業再編益の反動で純利益は3割減。実質的には好業績といえる。9月度も既存店売上高+3.3%(客数98.6%/客単価104.8%)と高水準を維持。43カ月連続で前年超えを達成しており、安定的な右肩上がりが続く。

 細見研介社長は決算発表でこう強調した。

「AIやデータを活用して省人化と品揃え最適化を進め、加盟店利益拡大につなげる。店舗は“商品を売る場”から“情報を発信する場”に進化させる」

 全国約1万500店舗にデジタルサイネージを導入し、アプリ「ファミペイ」やECサイトと連動。来店・購買データを活用し、「店舗のメディア化」を推進している。中食でも、おにぎり専門店監修の「シンおむすび」や「ファミマのお芋堀り」キャンペーン商品がヒットし、売上を牽引。

 リアルとデジタルを融合させた販促モデルが、ファミマの競争優位を生み出している。

セブン-イレブン:国内営業減益、海外もガソリン減で低迷続く

 セブン&アイ・ホールディングスは中間期で減収・営業減益。海外ではガソリン販売減少が響き、米国事業が減速。国内も物価高で来店頻度が伸びず、営業減益・客数減少という結果に。

 9月度も既存店売上高+0.5%(客数97.8%/客単価102.8%)と低調。降雨が多く客数を押し下げた一方、「秋をほおばれ!」キャンペーンなどで客単価は増加した。新商品「旨さ相盛おむすび」シリーズが好調で、米飯カテゴリーの回復は見られるものの、トータルでは他2社との差は広がっている。

 ただし純利益は、前年同期のネットスーパー撤退損失の反動で2.3倍に増加。スティーブン・ヘイズ・デイカス社長は「できたてカウンター商品で客足回復を急ぐ」と述べ、惣菜・ホットスナック刷新を今後の柱に据える。

3社の数字で見る現在地(2025年3〜8月期+9月月次)


業界構図:セブン“一強”から「三強均衡」へ

 かつて不動だったセブンの牙城を、ローソンとファミマが同時に崩し始めた。両社の共通点は、
 AI・データ駆動の店舗運営
 加盟店利益を軸にした構造改革
 顧客接点のデジタル化(アプリ・サイネージ)
である。

 ローソンは「通信×商流」、ファミマは「販促×デジタル」、セブンは「品質×ブランド」で戦うが、スピード感・変革力・加盟店との信頼構築で、前者2社が明らかに先行している。

・AI発注の標準化
 ローソンが先行する需要予測発注を、他社がどの速度で追随できるか。

・中食・惣菜の“できたて競争”
 セブンが再び強みを取り戻すか、ローソンが厨房モデルで独自路線を確立するか。

・加盟店のP/L改善
 人時生産性・廃棄率・販促配分の最適化で、FC全体の利益モデルを再設計できるか。

・防災・省エネ・ESG対応
 ローソンの「災害支援店舗」構想は、業界全体に波及する可能性。

・メディア化・データ販促の収益化
 ファミマのサイネージ・アプリ連携モデルが成果を上げれば、広告収益が新柱になる。

いま業界で最も“構造を変えている”のはローソン

ローソン:平均日販60万3000円、全利益過去最高。加盟店利益10%増、AI×PB×防災で「持続的成長モデル」確立。

ファミリーマート:事業利益過去最高。辛味戦略・ファミチキでブランド力を高めつつ、メディア化で新収益を開拓。

セブン‐イレブン:減収・営業減益、既存店0.5%増。高いブランドと品質を持ちながらも、変革スピードの遅れが課題。

 いまや「規模」よりも「変化速度」が勝敗を分ける。ローソンとファミマは、データ・テクノロジー・現場をつなぐ“構造改革の先頭”に立った。セブンが次の一手を打てるかどうか──2026年、業界の主役交代が現実味を帯びてきた。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=高野輝/戦略コンサルタント)

楽天ラクマ、AIが出品をサポートする理由…品質鑑定を向上、信頼性アップに寄与か

●この記事のポイント
・楽天ラクマが導入した「AI出品サポート」は、画像からブランド名や型番を自動提案し、出品作業を効率化・高精度化する新機能。
・コメ兵のブランドデータを活用し、真贋判定や品質保証と連動。AIと人の“目利き”が融合した信頼性重視の仕組みを構築。
・出品の自動化を超え、AIが「品質算定」や「信頼設計」を担う時代へ。フリマ市場の新しい競争軸は“正確さと安心”になりつつある。

 フリマアプリ市場に、新たなAI活用の波が押し寄せている。楽天グループが運営する「楽天ラクマ」が導入した新機能「AI出品サポート」は、単なる作業効率化を超え、プラットフォーム全体の信頼性を底上げする仕組みとして注目を集めている。

●目次

画像1枚で最適情報を自動提案──“AIコンシェルジュ”としての進化

 ユーザーが商品の画像を登録すると、AIがその画像を解析し、楽天が蓄積してきた数千万点に及ぶ商品データと、ブランドリユース大手・コメ兵のデータベースの一部を照合。その結果、ブランド名・型番・商品名・カテゴリなどの最適な情報を自動で提案する。

 従来、出品者が手作業で行ってきた「商品タイトル作成」や「説明文記入」、「カテゴリ選択」といった作業は、想像以上に手間がかかる。特に初心者にとっては、商品名の入力ミスやカテゴリの誤りが購買機会の損失につながるリスクもあったが、AI出品サポートの導入により、こうした「情報入力の壁」が劇的に低くなった。

 出品作業の効率化だけでなく、データベースに基づく正確な情報提示が可能となり、購入者からの信頼を高めるという副次的効果も生まれている。

 今回のAI出品サポートにおいて、特に注目すべきはコメ兵との連携だ。コメ兵は100以上のラグジュアリーブランドを扱う日本最大級のリユース事業者であり、商品知識や真贋判定に関するノウハウを豊富に蓄積している。

 このデータがAIの提案機能に統合されたことで、例えば「ルイ・ヴィトンのバッグ」といった一般的なカテゴリ認識を超え、「モノグラム・ネヴァーフルMM(型番M41178)」といった具体的なモデル名レベルまで自動特定できる精度が実現した。

 出品者はわずかな操作で、プロレベルの情報を反映した商品ページを作成できる。
つまり「正確さ」と「信頼性」が、AIによって民主化されたといえるだろう。

“ラクマ最強鑑定”に続く信頼構築の文脈

 この動きは、楽天ラクマがすでに展開している「ラクマ最強鑑定」(旧・ラクマ鑑定サービス)の延長線上にある。同サービスは、偽造品の流通防止を目的とした仕組みで、AIによる自動検知と人による目利きを組み合わせている。

 AIは24時間365日稼働し、出品画像をもとに不正の可能性がある商品を検知。一方で、最終的な鑑定は経験豊富なコメ兵の鑑定士が行う。つまりAIが「異常を発見し」、人が「判断を下す」ハイブリッド体制だ。

「今回のAI出品サポートでは、この『AI+人』の体制が、さらに上流工程――すなわち「出品前」にまで広がった形となります。AIが正しい情報を提示し、ヒトが最終確認するわけです。これにより、『正しい情報が入力される前提』が強化され、結果的にプラットフォーム全体の健全性が底上げされる構造になっています。

 現状のAI出品サポートは、あくまで『情報提案』にとどまりますが、今後の進化方向として、専門家の間では『品質算定』への応用が見込まれています。画像解析AIの精度はすでに、スマートフォンのカメラアプリや中古車査定アプリなどで実証済みです。照明条件や背景ノイズを補正しつつ、傷・汚れ・摩耗などを自動検出することも可能になりつつあります。

 これがフリマアプリに応用されれば、AIが商品の状態を自動で評価し、『使用感:少なめ』『角スレあり』といった品質情報を自動挿入する未来はそう遠くないでしょう。品質算定が標準化されれば、出品者と購入者の間の『状態の認識ギャップ』が大幅に減ることになります。クレーム対応や返品コストの削減にも直結するため、プラットフォーム運営の効率性にも寄与するでしょう」(流通コンサルタント・永田由紀氏)

EC業界全体が迎える「AI品質管理」時代

 ラクマの動きは、フリマアプリに留まらない。すでにEC業界全体で、AIを活用した品質管理・信頼性向上の潮流が加速している。

 たとえばアマゾンは、AIによる偽レビュー検知や商品の不正出品パトロールを高度化。ヤフオクやメルカリでも、AIを用いた自動パトロールや出品ガイド生成などの試みが進む。

 今後は、単なる利便性競争ではなく、「AIによる信頼の設計」が競争軸となる可能性が高い。「どれだけ早く出品できるか」よりも、「どれだけ正確で安全に取引できるか」が評価基準となる。企業間の差は、AIに学習させるデータの質と深さで決まる。楽天がコメ兵という「真贋の専門家」のデータを活用している点は、まさにAI時代の差別化戦略といえる。

 AI出品サポートの利点は、出品者の負担軽減だけではない。購入者側にも、次のような明確なベネフィットがある。

 ・商品情報の正確性
 AIがブランド・型番・カテゴリを自動判別することで、情報誤りによるトラブルが減少。特にブランド品や家電など、スペックが重要な商品の信頼性が向上する。

 ・出品スピードの向上
 出品者が増えることで、プラットフォーム上の流通量が増加。消費者はより多くの商品を比較検討できる。

 ・健全なマーケット形成
 AIによる不正検知・品質保証体制が整うことで、フリマアプリ全体が“安心して使える場所”として再評価される。

 このようにAIは、取引の効率化と信頼性向上の両立を実現する基盤技術になりつつある。

「データの信頼」がブランドになる時代へ

 AIの精度は、入力されるデータの質に比例する。つまり、AI出品サポートの本当の価値は「楽天×コメ兵」というデータ資産の掛け合わせにある。ラクマの試みは、単に“AIを導入した便利な機能”ではない。

 それは、「プラットフォームの信頼性をどう設計するか」という問いへの解答の一つである。いまや、どのEC企業もAIを活用するのは当たり前。

 しかし「誰のデータを、どう使うか」で、AIの出す答えの質が変わる。その差が、プラットフォームブランドの差異を決定づける。楽天がコメ兵と組んだ理由は、まさにこの“信頼の源泉”をAIに注ぎ込むためだ。

 今回のラクマの事例は、経営者にとっても多くの示唆を与える。AI導入の目的は、単なる自動化やコスト削減ではなく、「信頼の再設計」にある。

 ・AI導入=プロセス効率化ではなく、AI活用=価値の信頼化へ。
 ・データの多さではなく、データの信頼性と文脈が重要。
 ・AIと人間の分業による品質保証の設計が、事業の持続性を左右する。

 AIは万能ではない。しかし、AIが信頼を担保する仕組みの中で動くとき、それは企業ブランドの一部となり、長期的な競争優位を生む。

 楽天ラクマのAI出品サポートは、フリマアプリの次の進化形を示している。それは“誰でも簡単に出品できる世界”ではなく、“誰が出しても正確で信頼できる世界”を実現するための一歩だ。

 AIは作業を代替するだけでなく、取引の信頼性そのものを再構築する存在になりつつある。そして、その信頼は「データ」と「人」の協働から生まれる。AI出品サポートの背後にある哲学――それは、“テクノロジーが人間の誠実さを支える時代”の到来を告げている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

BPaaSはこれから本当に“熱い”のか中小企業99.7%の“空白”を埋めるkubellグループの挑戦 

 SaaSの次の潮流として注目される「BPaaS(Business Process as a Service)」。アメリカではすでに成果を上げ、成長市場として存在感を高めています。

 では、日本ではどうか?

“BPaaS元年”ともいわれる2025年──この新たな仕組みは本当に日本で成長し、日本の99.7%(※2024年版中小企業白書より)を占める中小企業が直面する、人材不足の課題と”空白”を埋める存在となりうるのか。

 中小企業のDX支援に取り組んできた株式会社kubellパートナー代表取締役社長 岡田亮一氏へのインタビューを通じて、日本市場が抱える課題と、BPaaSが担う可能性を紐解きます。

なぜいま、BPaaSが注目されるのか?

——SaaSでは中小企業の課題が解決しきれていないという声も聞かれます。なぜ今、BPaaSが求められているのでしょうか?

岡田氏:BPaaSが注目されている背景には、中小企業とSaaS企業それぞれが抱える構造的な課題があります。

 まず中小企業の現場では、DXがいまだ手つかずのまま、人材不足や業務の属人化が深刻化しています。本来ならSaaSを導入して効率化を進めたいのですが、ツールを選定し導入し、定着させる旗振り役の人材が社内に存在しない。結果として「入れたけれど使いこなせない」「結局元のやり方に戻ってしまう」ということが頻発しています。

 一方でSaaS企業も課題を抱えています。中小企業への浸透が思うように進まず、新規顧客の開拓が頭打ちになりやすい。そのため、既存顧客に対する機能追加や周辺領域への拡張に頼らざるを得ない状況です。さらに、2022年以降の米国金利上昇によって投資家の評価軸が「成長」から「利益」へとシフトし、広告投資などの成長戦略にもブレーキがかかっています。

 このように、中小企業はDXの波に取り残され、SaaS企業も拡大余地を見出しにくくなっているなかで、双方の課題を橋渡しできる存在としてBPaaSに注目が集まっているのです。

——実際に、日本国内でもBPaaSの認知は広がっているのでしょうか?

岡田氏:SaaS企業側では、自社の成長戦略の一環としてBPaaSを意識し始める動きが出てきています。ただ、中小企業側からの能動的な問い合わせはまだ限られており、市場全体としてはまだ黎明期と言えるでしょう。今後、成功事例が積み重なることで一気に普及フェーズに移る可能性があります。

海外で成功するBPaaSのモデルとは

——アメリカでは、BPaaSがすでに活用されていると聞きます。

岡田氏:たとえばアクセンチュアやIBMといった大手企業は、BPaaSをさまざまな領域で推進しています。なかでも、Paychexという人材管理サービス企業は「Paychex Flex」という自社SaaSを基盤に、人事・給与・保険などを一気通貫で提供しています。SaaS単体の提供ではなく、実際の業務処理まで巻き取ることで、BPaaSの強みを活かした高収益なモデルを実現しています。

 もちろん、米国と日本では法制度や雇用慣行が異なるため、単純に移植することはできません。しかし、「中小企業をメインターゲットに据え、SaaSと人によるオペレーションを組み合わせる」という点は、日本市場でも大いに参考になります。

人口減少社会でこそ、BPaaSが伸びる 

——日本におけるBPaaS市場の成長性については、どう見ていますか?

岡田氏:BPaaSは、テクノロジーコストが人件費よりも安くなる国において、特に合理性を発揮します。生産年齢人口が減少している日本や欧米諸国とは相性が良いといえるでしょう。今後ますます「人が足りないのに仕事は減らない」状況が深刻化していくなかで、BPOやBPaaSといったアウトソース市場は拡大するはずです。

 特にBPaaSは、まだ市場が未成熟で「これからの領域」です。AIや自動化技術の進化によって低コスト化が進めば、中小企業にとっても導入しやすい価格帯に近づいていきます。

 日本の企業のうち99.7%が中小企業です。需要と供給の両面で、BPaaS市場の成長余地は非常に大きいと見ています。

——大企業にも今後、BPaaSは広がっていくのでしょうか?

岡田氏:すでに一部の大企業ではBPaaS活用が始まっています。今後、AIの進化によって柔軟かつ高精度な業務代行が可能になれば、従来BPOで担ってきた業務の一部がBPaaSに置き換わっていく流れは確実に加速するでしょう。

「タクシタ」が生まれた背景 

——kubellグループが展開する「タクシタ」は、どのような経緯で立ち上がったのですか?

岡田氏:私たちはまず「Chatwork DX相談窓口」というサービスを提供していました。中小企業の課題に応じて最適なSaaSを紹介するものでしたが、実際には「導入後の運用が壁になる」という声が多かったんです。

「せっかく導入しても活用できなければ意味がない」。その問題意識から生まれたのが「タクシタ(Chatwork アシスタント)」です。導入から運用までを一気通貫で支援することで、初めて“本質的なDX”を実現できると考えました。

——具体的にはどのようなサービスなのでしょうか?

岡田氏: 中小企業が日常業務をオンラインでアウトソーシングできる仕組みです。単なる人力による業務代行ではなく、専任の担当者がSaaSやAIエージェントなど最新のテクノロジーを組み合わせながら最適な業務設計を行います。たとえば経理業務なら、お客様はSaaSの契約だけを行い、アカウントを共有いただければ、以降の運用は私たちが代行します。お客様がツールの操作方法を覚える必要はありません。さらに業務プロセス改善やシステム導入支援といった提案も行っています。

Chatworkで培ったkubellグループの強み 

——競合他社のBPaaSと比べたとき、kubellグループの強みはどこにあるのでしょうか?

岡田氏:大きく二つあります。第一に、自社プロダクトに限定せず幅広いSaaSに対応できること。第二に、「Chatwork」という日常的なコミュニケーションツールを持っていることです。

 SaaS企業が提供するBPaaSは、自社製品の運用に限定されることが多いですが、kubellは経理・労務・総務・採用・Web制作など幅広い領域をカバーしています。これは業務知識とITスキルを兼ね備えた人材を採用・育成してきたからこそ実現できることです。

 さらに、「Chatwork」という日常的に利用しているコミュニケーションツールから直接依頼できる点は中小企業にとって大きな利便性です。普段使い慣れたチャットツールを通して依頼できることで、BPaaS導入の心理的ハードルを大きく下げられます。将来的に裏側の代行部分がAIエージェントに置き換わっても、インターフェースが変わらなければ違和感なく利用できるでしょう。

——90万社以上が「Chatwork」を利用している点も、kubellグループにとって大きなアドバンテージですね。

岡田氏:おっしゃるとおりです。すでに確立された顧客基盤を持っていることで、広告費を過剰に投じる必要がなく、その分、運用効率化や新機能開発にリソースを集中できます。

 また、BPaaSを通じて開発したAIエージェントをチャットのインターフェースと接続することで、瞬間的に90万社以上のユーザーにサービスを届けることができます。これは他社にはない強みです。

——今後のサービス展開について、展望をお聞かせください。

岡田氏:現状は経理や労務といったバックオフィス領域が中心ですが、今後はマーケティング支援や営業サポートなど、フロントオフィス領域にもサービスを広げていきたいと考えています。中小企業にとっては「売上を伸ばす部分」こそ支援ニーズが高いため、そこに踏み込むことは大きな価値提供につながります。

 また、AIの活用を一層進めることで、コストを抑えながら柔軟なサービスを実現していきます。たとえば正確性が求められる業務は現在人が最終チェックを行っていますが、将来的にはAIに業務ルールを学習させ、問い合わせや運用を自動化することで、より低コストかつ迅速な支援が可能になると考えています。

 さらに、BPaaSの提供を通じて蓄積する知見を活かし、将来的にはAIエージェントそのものを開発し、多くの中小企業が日常的に使える形で届けていきたい。人とAIが協働する新しい働き方を実現し、日本の99.7%を占める中小企業の生産性を底上げしていくことが、kubellの目指す方向性です。

 SaaSの限界を超え、DXを現実のものにする新たな選択肢──BPaaS。その可能性をいち早く捉え、強みを活かして市場を切り拓くkubellグループの取り組みは、今後の中小企業の働き方に大きなインパクトを与えるかもしれません。

映画『国宝』大ヒットの裏側…世界を魅了する“女形”の革新者・中村壱太郎の挑戦

●この記事のポイント
・映画『国宝』の舞踊指導を務めた歌舞伎俳優・中村壱太郎氏が、伝統と革新を両立させながら「庶民の娯楽」としての歌舞伎を再生させようとしている。
・スペインでのフラメンコとの共演やニューヨーク公演など、海外との交流を通じて新しい表現を模索し、令和の歌舞伎の可能性を広げている。
・「生で体験してほしい」と語る壱太郎氏は、観客層の拡大と次世代への種まきを使命に、歌舞伎を世界へ発信し続けている。

 父は歌舞伎俳優の四代目中村鴈治郎、母は日本舞踊吾妻流宗家の吾妻徳穂、父方の祖父は人間国宝の四代目坂田藤十郎、祖母は元宝塚女優の扇千景という、歌舞伎をはじめとする芸能一家に生まれた中村壱太郎氏。日本の伝統芸能の筆頭格である歌舞伎の中でも、特に花形といえる女形で確固たる実力を示し、日本舞踊でも吾妻流七代目家元を務める「歌舞伎界のホープ」に、大ヒット映画『国宝』の裏話から伝統芸能としての本質、氏と海外とのかかわりに至るまで、余すところなくうかがった。

――壱太郎さんは歌舞伎を追求しながら、現代演劇やメディアへの出演、そして海外公演まで積極的に行われています。これまで歌舞伎俳優として積み重ねてきたキャリアについて、改めてお聞かせください。

 私は歌舞伎の家系に生まれましたが、私の家は父で4代目と、歌舞伎の中では比較的若い家です。これがたとえば市川團十郎のお兄さんは13代目で、中村勘九郎のお兄さんのお父上の故・中村勘三郎のおじさまになるともう18代目になります。そしてもう1つ、上方歌舞伎の流れを受け継いでいるという点にも特徴があると思います。私は東京生まれですが、父までは京都出身です。そのご縁もあり、関西での公演に積極的に参加させていただき、研鑽を積んできました。

 その中で、上方歌舞伎出身の片岡愛之助のお兄さんに可愛がっていただき、愛之助のお兄さんの相手役として、私の女形人生が始まりました。妹の役になったり、恋人の役になったり、妻の役になったり、いろんな役の経験を積ませていただくと同時に、祖父である四代目坂田藤十郎はじめ上方の女方の大先輩方からの指導も得て、女形として鍛えられていったと思います。

 私は中村壱太郎という芸名で初めて舞台に立ったのは4歳のときで、およそ30年前になります。大学を卒業した13年前から、本格的に歌舞伎俳優としてやっています。そして、母方が吾妻流という日本舞踊の流派を家系としており、私が吾妻徳陽として、7代目家元をして務めております。習い事としての日本舞踊は、宗家である私の母が主に教えておりまして、私は舞台や映像作品などにおける舞踊の創作や、振り付け、指導などを主に行っています。

――指導といえば、いま話題の映画「国宝」では、お父様の四代目中村鴈治郎さんが歌舞伎指導をされていますね。

 父は吉田修一さんが原作を執筆される時から協力していまして、映画でも指導という形で入っています。そして、振り付けとして吾妻徳陽の名で私が参加しているのですが、実際に歌舞伎のシーンを事細かに再現するお手伝いをさせていただきました。

 

――そうなんですか!

「国宝」で演じられる演目はすべて女形の演目でして、父は立役、つまり男役の役者なものですから、私にお声かけいただいたんです。ただ、あくまでも歌舞伎指導は父で、私は舞踊の指導という立場でさせていただきました。

「国宝」の大ヒットを受け、歌舞伎座が新しいお客様でにぎわうほどの反響をいただいています。ただ、これは歌舞伎を題材にしているから、歌舞伎を高いレベルで再現したからというより、やはり「国宝」というドラマ自体が多くの人に響いて、海外でも注目されていると思うんです。ドラマを表現する1つの媒介、手法として歌舞伎を使い、結果としてそれが非常に良いマッチングになったのだと思います。

――壱太郎さんはご自身のインスタグラムで、試写の感想として「家とは、自分とは、歌舞伎とは、自分がやるべきこと、なすべきこととは……」という内容を記されていました。どんな風にお感じになったの、改めてお聞かせいただけますか?

 歌舞伎俳優として作品を観る、その立ち位置を超えて、やはり1つのものを極める人間としての覚悟が深く描かれている作品であると感じました。歌舞伎という題材を通して、追求する人間の心の凄さを、普遍的なものとして描き出したドラマだと思いました。

「庶民の娯楽」という歌舞伎の本質を取り戻すため、「コラボ」という武器で「生で体験してもらえる機会」を追求

――歌舞伎という舞台芸能の特徴や歴史、魅力についてお聞かせください。

 伝統芸能の先輩である能楽は、室町時代にできたものです。それから時代が進み、江戸時代になって、歌舞伎は庶民の娯楽として生まれました。生い立ちは違うんですけど、のですが、歌舞伎の演目で能楽から頂戴したり、改変して作られたりしたものがあります。

 そのほか、当時の瓦版に載っていた殺人事件やら心中事件やらをヒントに、作家がすぐ芝居を書きおろしたりして、そうやってどんどん作品数が増えていきました。近松門左衛門、鶴屋南北といった作家の名前はお聞きになったことがあるかもしれません。歌舞伎の演目にはいろいろなジャンルがあります。たとえば、武士を扱った「時代物」や、庶民の生活を描いた「世話物」などで、「国宝」で話題になっている舞踊作品も、歌舞伎の1つのジャンルといえます。

 歌舞伎の歴史は、最初は女性から始まりました。出雲阿国という女性がリーダーを務める女性グループが、京都の鴨川の河原で踊り始めたのが歌舞伎の始まりです。江戸幕府が開かれ、戦乱の世の中が終わって庶民も生活が落ち着き、娯楽を求め始めたところに出雲阿国の一派が登場しました。

 庶民たちは熱狂したそうですが江戸幕府は、歌舞伎は風紀を乱しているとして取り締まり、女性による歌舞伎が禁じられました。それならと今度は青年男性による「若衆歌舞伎」、今でいう男性アイドルグループのような歌舞伎が始まり、これも話題になったのですが、またも風紀の乱れを招くと禁じられます。こうして成人男性だけで歌舞伎をやっていくしかないとなったのですが、ゴツゴツした男だけが出てきてもあまり面白くないと。そこで、男性俳優が女性を演じる「女形」ができました。これは歌舞伎特有の、他の伝統文化にはない演出方法だと思います。こうして、時代の要請によって変化しながらも、脈々と受け継がれてきたものに加えて、現代ではアニメをはじめとする他のエンターテインメントとコラボした、新作の歌舞伎も出てきています。

――江戸時代から400年以上続いてきた歌舞伎は、令和という時代に、人々に何を伝えているのでしょうか。

 もともと歌舞伎は庶民の娯楽として生まれたのですが、文化やライフスタイルが変わっていく中で、歌舞伎は庶民の娯楽というより、少し高尚なものと思われるようになっています。正直、少し手を出しにくいというイメージがあるかもしれません。

 江戸時代から受け継がれてきた古典作品を大事に演じることが、歌舞伎の柱になっていることは確か。そこに、時代に合わせた変化を付け加えて、多くの方に観ていただこうとしているのが、今の歌舞伎だと思います。

 歌舞伎俳優として一番大切に考えているのは、やっぱり歌舞伎は「生」で体験していただきたいということです。私たちの演技と、歌舞伎ならではの舞台装置や音楽を体験しに、足を運んでいただく。今は配信もありますが、やっぱり生で観ていただくことが一番だと思います。歌舞伎座や京都南座といった歌舞伎の劇場から、小劇場も含めいろいろなイベントや実験的な舞台をやったりもしていますので、歌舞伎ならではの美を、目の前で観ていただきたいです。たとえ言葉がわからなくても、観てかっこいい、綺麗だと思っていただける力がありますから。

――言葉がわからなくても美や魅力が伝わるという点は、インバウンドとの親和性が非常に高いと思います。外国人のお客様は多く来られているでしょうか。

 インバウンド対応は力を入れていまして、外国人観光客だけが買える席や、何幕見てOKな安く座れる席などをご用意しています。歌舞伎座ではイヤホンガイドをご用意していまして、同時通訳で説明を聞きながら歌舞伎を鑑賞していただけます。

 歌舞伎を広く知っていただくうえで、大事なのは「掛け合わせ」だと思っています。歌舞伎というと、難しい、わからないというイメージを持たれている方もいると思いますが、たとえばアニメであったり、ファッションであったり、アートであったり、あるいはバレエなのかオペラなのか、他ジャンルの芸能との掛け合わせ、コラボレーションをすることで、歌舞伎の敷居を下げる取り組みをしてきました。私たちはそのような舞台で、400年間培ってきた、歌舞伎をやればいい。このような表現の機会がすごく増えていますし、これからインバウンドに開いていくにも大切だと感じています。

民俗芸能としての共通性が「歌舞伎×フラメンコ」という異色のコラボレーションに結実。そして凱旋公演へ

――外国との関わりで言うと、壱太郎さんは2023年から24年にかけて、スペインとアメリカで公演されています。

 2023年はスペインで、歌舞伎とフラメンコのコラボレーション興行を行いました。

 以前にスペインを訪れた時に、フラメンコが生まれたと言われる、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラという街に寄ったんです。すると、街のそこらで当たり前にフラメンコを踊っている人がいる。その様子を見て、私は歌舞伎が庶民にとって土着の娯楽だった時代を想って、こんなふうに芸能が日常に残っている国があるんだと、深く感動したんです。

 歌舞伎とフラメンコには、どちらも庶民の芸能であることに加えて、もう1つ共通点があります。それは、重心が下がる舞踊であること。バレエやサンバなど、いろんな踊りと日本舞踊のコラボをやったときに、実は合わせるのが結構難しかった。というのも、西洋の踊りというのはジャンプしたり伸び上がったり、重心が上に行くものが多いんです。一方、フラメンコは地面を踏みしめるので、動きが下に向かう。これが、日本舞踊や歌舞伎の「腰を折る」とか「重心を低くする」動きと親和性があるんです。それで、すごくコラボしやすかったんですね。

 こういった、土着性と舞踊としての共通性を活かして新しい表現を生み出すショーを行い、翌年のスペインはマドリードの夏のフェスティバルにもご招待いただきました。野外のフェスのような興行で踊らせていただき、すごく盛り上がりました。それで今年、日本で「イン・ヒューマン」という凱旋公演を行うことが決まっています。私をスペインへと導いてくれたアルテイソレラの皆さんと、私が脚本・振付を担当し、もちろん出演します。このように、海外で行ったこと、得たものを日本に持ち帰り、また改めて海外へ発信していくという動きを、私はとても大切にしています。

 2024年は、日本舞踊家としてニューヨークに行きました。有名なバレエ曲の「ボレロ」に合わせて、歌舞伎の演目にもなっている「道成寺」を日本舞踊で表現しました。ニューヨークタイムズにも取り上げていただき、非常に意義深い公演になったと自負しています。

――そういった活動は、今後も機会があればやっていきたいと思われていますか?

 はい。やはり今後の歌舞伎の可能性を拓いていくために、海外の方、そしてインバウンドのお客様に観ていただくことはとても大切だと思っています。現在、歌舞伎をご贔屓にしてくださっている方々は50代から70代の方が多いので、未来に向けた発信、種まきは常に行っていかねばなりません。種から花が咲くまでには時間がかかりますので、令和の歌舞伎俳優は、使命感を持って客層を育てることが求められていると思っています。

――舞踊の指導をされた映画「国宝」が大ヒットとなり、スペインやニューヨークでも公演を成功に導かれ、歌舞伎を背負い、広めることを壱太郎さんはずっとしてこられたことがよくわかりました。最後に、インバウンド関係者の方に向けて、歌舞伎俳優として、メッセージをいただけますでしょうか。

「歌舞伎を見るきっかけがなかなかない」というお言葉をよく耳にします。やっぱり、初めてご覧になる方々を少しでも多く引き入れることが、私たちの課題だと思っています。ですので、歌舞伎を扱ってもらうだけでありがたいと思いますし、ちょっとしたイベントでも身一つで行けるのが歌舞伎俳優ですから、何かできればと常に思っています。

 歌舞伎の景色を見せるだけもできますし、踊ることも含めて、いろいろなパッケージをしつらえることができます。もちろん、大きな劇場でする歌舞伎に一番真価が表れるとは思いますが、それしかできないということではもちろんありません。場所やイベントなりのパッケージでお見せする時代だと思っていますし、海外に関しても、個人で発信できる海外公演から、もう1人増えれば男女の表現ができるとか、許される幅の中で作り上げていくことが大切だと考えています。本当にまだ見ぬ土地、行ったことのない土地で歌舞伎をすることが、自分の中での目標になっていることを、知っていただければ幸いです。

(取材・文=日野秀規/フリーライター)

・『ART 歌舞伎 2025~DEEP FOREST~』
会場 : GINZA SIX 観世能楽堂
日時 : 2025年11月8日(土)16:30~ / 19:00~
公式サイト : https://artkabuki.com

・「ART歌舞伎2025~DEEP FOREST~」
【生配信】
「ART歌舞伎2025~DEEP FOREST~」19:00公演
販売期間:2025年10月18日(土) 10:00~11月14日(金) 21:00
配信期間:2025年11月8日(土) 19:00~11月14日(金) 23:59
【アーカイブ配信】
「ART歌舞伎2025~DEEP FOREST~」16:30 / 19:00の両公演、特典映像
販売期間:2025年10月18日(土) 10:00~2026年1月15日(木) 21:00
配信期間:2025年11月15日(土)~2026年1月15日(木) 23:59
チケット情報:https://w.pia.jp/t/artkabuki/
公式サイト:https://artkabuki.com

・鍵田真由美・佐藤浩希フラメンコ舞踊団 新作公演
『イン・ヒューマン (in human)』(原作:江戸川乱歩「ひとでなしの恋」より)
日時 : 2025年11月12日(水)19:00 / 11月13日(木)14:00
会場 : せたがやイーグレットホール 世田谷区民会館
料金 : SS席12,000円 / S席10,000円
http://arte-y-solera.com/new/11398/

・「當る午歳 吉例顔見世興行」 
会場 : 南座
2025年12月1日(月)初日 ~ 25日(木)千秋楽
ご観劇料 : 一等席26,000円
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/play/895

・「壽 初春歌舞伎特別公演」
会場 : 松竹座
2026年1月7日(水)初日~25日(日)千秋楽
ご観劇料 : 一等席16,000円
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/959

・「あらしのよるに」
会場 : 博多座
2026年2月7日(土)初日~20日(金)千秋楽
ご観劇料 : A席15,500円、平日夜A席14,000円
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/945

・「花形歌舞伎 特別公演」
会場 : 南座
日程等他詳細未定
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/play/952

「多要素認証が破られた」衝撃… 楽天証券事件“リアルタイム・フィッシング”の脅威

●この記事のポイント
・楽天証券で多要素認証を突破する「リアルタイム・フィッシング詐欺」が発生。ワンタイムパスワードを中継し、本人になりすます新型手口が浮上。
・同様のリスクはSBI証券など他社にも及ぶ可能性。対策として楽天証券は10月26日からパスキー認証を導入し、フィッシング不能化を図る。
・専門家は「入力型認証からの脱却」「リスクベース認証」「UX設計の教育化」を提唱。セキュリティは進化を続ける“文化”と位置付ける。

「ワンタイムパスワードも突破された」――。10月、楽天証券の一部顧客がフィッシング詐欺により不正送金の被害を受けた。同行は「多要素認証を採用していたが、外部サイトで入力された情報を悪用された」と発表。従来“最後の砦”とされてきた多要素認証が破られたことで、金融・IT業界に衝撃が走った。

 背景にあるのは、国内ではまだ珍しい「リアルタイム・フィッシング詐欺」だ。単なる偽サイト誘導ではなく、ユーザーの入力操作をリアルタイムに中継して本物のサイトへアクセスする――。攻撃が進化した結果、従来の防御策は“安全神話”を失いつつある。

 本稿では事件の構図を読み解きつつ、楽天証券が26日から導入予定の「パスキー認証」がなぜ“詐欺不能”といわれるのか、SBI証券をはじめとする業界動向を交えて検証する。

●目次

リアルタイム・フィッシング詐欺とは何か

 楽天証券は10月上旬に「第三者による不正ログインが確認された」と公表した。被害者は偽サイトでIDやパスワード、ワンタイムパスワード(OTP)を入力。攻撃者はその情報をリアルタイムで正規の楽天証券サイトに転送し、ほぼ同時に本人になりすましてログインした。

 同社によると「公式サイトを装ったフィッシングページが存在し、入力情報を中継される形で不正アクセスが行われた可能性がある」と説明している。被害額や件数は公表されていないが、国内の主要ネット証券で初めて多要素認証を突破された事例となった。

 この「リアルタイム型」は、従来の「後日利用型」と根本的に異なる。従来のフィッシングは盗んだ情報を後で使うため、ワンタイムパスワード(30秒〜1分の有効期限)では防げた。しかし、リアルタイム型では入力直後に転送されるため、有効期限内にログインが完了してしまう。

 つまり、「本人の操作をそのまま複製する攻撃」なのだ。ITジャーナリストの小平貴裕氏は次のように指摘する。

「この手口はすでに欧州では一般化しており、近年は自動化ツールによって大規模化しています。国内でも“人が入力する限り防げない”段階に来ています」

破られた“多要素認証”の限界

 楽天証券の多要素認証は「ID・パスワード+ワンタイムパスワード」だ。一見すると堅牢だが、人間が介在する限り“隙”が生じる。

「例えば、ユーザーが偽サイトでIDを入力 → 攻撃者が即座に本物のログイン画面へ転送 → 偽サイト上で『ワンタイムパスワード入力を求める』 → 入力された瞬間に攻撃者が本物に送信――という流れで、システム的には本人操作と見分けがつきません。結果、サーバー側では『正規ユーザーが正規デバイスから正しい認証情報でアクセスしている』と認識してしまうわけです。つまり、『多要素』ではあっても『多経路』ではないという点が盲点だったといえます」

 サーバー側での真正性確認が「データ入力ベース」である以上、通信が中継されれば突破されてしまうのだ。

ネット証券業界への波紋──SBI証券の対応は

 ネット証券最大手のSBI証券は、この事件を受けて10月にコメントを発表。

「当社ではワンタイムパスワードのほか、生体認証アプリやパスワードレスログインを順次導入中であり、同様の被害は確認されていない」
「ただし、フィッシング攻撃の高度化が進んでおり、ユーザー教育とシステム更新を継続的に行うことが不可欠」

 SBI証券はすでに生体認証を活用したアプリログインを展開しているが、パスキー認証(FIDO2対応)については「2025年秋導入を予定」としており、詳細な時期は未定だ。導入には既存勘定系システムとの統合検証や、機種変更時の認証引き継ぎ設計などが必要で、想定以上に時間を要しているとみられる。

楽天証券の次の一手──パスキー認証導入の意味

 楽天証券は今回の事件を受け、10月26日からパスキー認証を導入する。同社は「お客様がフィッシングサイトに誤ってアクセスしても、パスキーではログインできないため、安全性が大きく向上する」と説明する。

 パスキー認証は、FIDO2に基づく「パスワードレス認証」。生体認証などを用い、端末内部で生成された秘密鍵をサーバーと照合する。秘密鍵は端末から出ず、サーバーには公開鍵のみ保存されるため、仮に偽サイトにアクセスしても秘密情報は送信されない。

 さらに、端末は認証対象のドメイン(URL)を自動検証する。つまり、攻撃者が似たドメインを用意しても、署名認証が成立しない。
 これにより、フィッシング詐欺の“原理的防止”が可能となる。

 日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA)の専門委員はこう語る。

「パスキーは“パスワードを入力しない”だけでなく、“入力する余地をなくす”技術です。ユーザー教育では防げない領域を、構造的に封じる仕組みといえます」

それでも導入が遅れた理由──金融業界特有の壁

 パスキー認証はすでにアップル、グーグル、マイクロソフトが標準採用しているが、金融業界での導入は遅れている。その理由は主に2つだ。

・既存システムとの統合の難しさ
 証券・銀行の勘定系システムは法的に厳格な承認・検証を経て運用されており、新しい認証方式を組み込むには全体の再検証が必要。
 セキュリティだけでなく、金融庁ガイドライン(FISC安全対策基準)への適合も求められる。単純なSDK実装では済まない。

・ユーザー体験(UX)とサポート負荷
 パスキーは端末固有情報を使うため、スマホの機種変更時や複数端末利用時に「どのデバイスが認証可能か」を管理する必要がある。
 高齢ユーザー比率の高い証券業界では、サポートセンター対応が急増する懸念もあり、慎重な導入判断を迫られていた。
 SBI証券やauカブコム証券が2025年秋導入を予定しているのも、こうした検証や移行準備のためだ。

 今回の事件は、単なるフィッシング被害ではない。多要素認証という“技術的安全神話”が崩れた瞬間だった。

 セキュリティ研究者の徳丸浩氏(EGセキュアソリューションズ)は次のように警鐘を鳴らす。

「OTPや多要素認証が“万能”だと思い込むのが一番危険。重要なのは、“人間が操作する限り突破される可能性がある”という前提で設計することです」

 では、企業は何を学ぶべきか。IT、セキュリティの専門家たちの指摘を踏まえると、次の3点に集約される。

1.入力型認証から脱却すること
 ID・パスワード・OTPなど“入力を伴う認証”は、社会工学的攻撃に弱い。物理的・生体的・暗号署名型(パスキー)のように、入力不要の構造が今後の主流となる。

2.アクセスリスクをリアルタイム評価すること
 IPアドレス・デバイス証明書・行動パターンを基にアクセスリスクを算出する「リスクベース認証」の導入が有効。異常値を検知した場合のみ追加認証を求める仕組みが望ましい。

3.教育と設計を両輪で進めること
 ユーザー教育だけでは限界があるが、「UIそのものを教育的にする」設計でリスクは減らせる。たとえば、公式サイトのドメイン表示を常に強調したり、「公式アプリのみで取引可能」と設計すれば、誤誘導を防げる。

AI時代のフィッシングは“社会設計”の問題へ

 近年、生成AIによるフィッシングメールや音声詐欺(ボイスフィッシング)が急増している。実際、攻撃側はAIで本人の声や話し方を再現し、「サポートセンターを装った電話」でパスコード入力を誘導する事例も報告されている。

 サイバー防御の最前線では、「AI対AI」の攻防がすでに始まっている。企業に求められるのは、個々の技術導入だけではなく、「どうすれば人がだまされない社会を設計できるか」という視点だ。

 UXデザイン、教育、システムの三位一体でなければ、詐欺は進化のスピードで上回ってくる。

 楽天証券事件は、「安全設計の終わりなき更新」を突きつけた。多要素認証は万能ではなく、パスキーもまた新たな挑戦の始まりにすぎない。攻撃者がリアルタイムに行動する時代、企業もリアルタイムに防御を進化させるしかない。セキュリティとは「完成させる技術」ではなく、「進化し続ける文化」である。

“入力しない未来”に向けて、いま日本のネット証券とネット企業がその文化をどう築けるか――。楽天証券事件は、その試金石となった。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

中小企業大廃業時代に挑む。“救世主”BPaaSの正体とは

「中小企業大廃業時代」──かつてはショッキングな表現にすぎなかったこの言葉が、いまや現実味を帯び始めています。

 2025年上半期、人手不足が影響した中小企業の倒産が、前年同時期と比較して17.8%増加し、過去最多を記録しました(東京商工リサーチ調べ)。生産年齢人口の減少、後継者不在、地方からの人材流出──構造的な課題が複雑に絡み合い、企業努力ではどうにもならない“限界”が、全国の中小企業を直撃しています。

 一方で、業務の効率化や省力化をうたうSaaSは世の中にあふれ、DXという言葉もすっかり浸透しました。それにもかかわらず、現場は変わらない。ツールはあるのに、生かせない。そんな“ねじれ”が、多くの中小企業に横たわっています。

 この“ねじれ”を解く鍵として、静かに注目を集め始めているのが「BPaaS(Business Process as a Service)」という聞き慣れない言葉です。SaaSでも、BPOでもない。“業務プロセスそのものを提供するクラウドサービス”という発想が、今こそ中小企業を救うといわれる理由とは──。

 中小企業支援の現場に深く入り込んできた、株式会社kubellパートナー代表取締役社長 岡田亮一氏へのインタビューをもとに、その理由を紐解きます。

飽和するSaaSと、迷う中小企業

 現在、国内外には無数のSaaSが存在し、バックオフィス業務の自動化や効率化を支援する仕組みは、ある意味“飽和状態”にあります。しかし、これだけ多くのツールが揃っているにもかかわらず、中小企業のDXは思うように進んでいません。

 株式会社kubellパートナー代表取締役社長 岡田亮一氏は、その背景をこう語ります。

「中小企業には、ITに対してアレルギーのような反応や苦手意識をもつ人も少なくありません。さらにSaaS導入の旗振り役になる人材がなかなかいないのです」

 さらに、海外製のSaaSは「言語が違う」「IDやパスワードの管理が複雑」といった理由で、導入の段階でつまずいてしまうことも珍しくありません。

 また、ITの知識がなければ、今や膨大に存在するSaaSの中から自社にぴったりのものを選ぶのも至難の業。特に最近のSaaSは多機能化が進んでおり、それに伴い価格も高くなりがちです。岡田氏は「中小企業にとってはオーバースペックで、費用対効果が見合わない場合もある」と語ります。必要な機能だけを安価に提供するサービスも存在しますが、そもそもそうしたサービスを探し出すこと自体が難しく、結局、最適なものにたどり着けないケースも多いのです。

 また、経営者の方々も、自社の課題とDXを結びつけて考える機会が少ないのが現状です。データ管理が甘い、特定の業務がベテラン社員にしかできない(属人化している)といった問題点は認識しているものの、慢性的な人手不足のせいで見過ごされがちで、DXで解決できるとはあまり思われていないようです。なかには、過去にDX導入で失敗した経験があったり、知り合いの失敗談を聞いたりして、DXそのものに不安を感じている経営者もいます。

 では、なぜDXやSaaS導入は失敗してしまうのでしょうか? 岡田氏は、導入時のセットアップでつまずくことのほかに、「運用段階での対応力」も大きな要因だと指摘します。

 SaaSは一般的な業務フローに合わせて設計されていることが多く、一度運用に乗ってしまえばスムーズに進むことが多いもの。しかし、岡田氏は「SaaSに従来のやり方をうまく乗せられない場合は、導入が失敗に終わってしまうことがある」と、警鐘を鳴らします。これまでのやり方をSaaSにそのまま移行できるケースは少なく、ある程度SaaSの仕様に合わせて業務を変えていく必要がありますが、変化への対応力が低いと、結局SaaSが使われなくなってしまうのです。その結果、DXというSaaSの最大のメリットを享受できない中小企業が多いのが実情です。

BPaaSとは。中小企業こそ活用すべき理由

 では、BPaaSとはどのようなものなのでしょうか?

 岡田氏によると、「型化されたプロセスと人材を含むオペレーションをクラウド上で購入できるビジネスモデル」とのこと。現在kubellパートナーでは経理や労務、総務、採用、Web制作などの領域でサービス提供が行われています。

 一方、BPaaSと比較されることが多いアウトソーシングサービスが従来型のBPO(Business Process Outsourcing)です。

 BPOは、基本的に企業のこれまでのやり方をそのまま受け取って、業務を代行します。個別対応が可能なため、特殊な手順がある業務に有効ですが、人件費や初期コストが高くなる傾向にあります。

 岡田氏は「中小企業の場合、BPaaSのほうがフィットしやすいサービスだと思う」と語ります。その理由は、中小企業は大企業に比べて業務量が少なく、1顧客あたりの売上が少なくなるため、個別の対応が基本となるBPO企業が仕事を受けにくいという事情があるからです。BPOは業務プロセスを整理したり、内容をインプットしたりする初期コストが大きく、人件費もかさみます。岡田氏は「大企業と同じ業務単価で業務を受けてしまうとBPO企業の採算が合わず、逆にBPO企業が小ロットであることを加味した割高の受注単価を設定してしまうと、中小企業は価格的に導入が難しくなる」と、中小企業にとってのBPO利用の難しさを指摘します。

 BPaaSのように、テクノロジーで自動化できる部分を増やすことで、たとえ業務量が少なくても利用しやすい価格でサービスを提供できるため、ビジネスとして成立しやすいのです。今後、BPaaSでAIの活用が進めば、岡田氏は「BPOのように柔軟性の高い対応が安価に提供できる可能性もある」と語ります。

ラーメン屋の店主が、BPaaSを活用する時代の到来

 BPaaSの普及は、中小企業、ひいては社会にどのような変化をもたらすのでしょうか。kubellグループは「すべての人に、一歩先の働き方を」というビジョンを掲げており、岡田氏は「BPaaSの普及によって、まさにこのビジョンが実現できるのではないか」と期待を込めます。

「ノンコア業務に使う時間を減らし、多くの方が本来注力すべき業務、自社の強みになりうる業務にフォーカスできる社会に変化していくのではないか」と岡田氏は語ります。

 例えば、ラーメン屋の本当の仕事は美味しいラーメンを提供してお客様に喜んでいただくことです。しかし実際には、経理処理や求人対応といったノンコア業務に多くの時間を費やしています。もし、そうした時間を減らせたらどうなるでしょうか? 岡田氏は「ニーズをキャッチした新しいメニューの開発や海外展開も視野に入れられるかもしれません」と具体例を挙げます。

 岡田氏は「BPaaSが上手に活用され、こういった働き方が可能になれば、『働く』ということに対する価値観も、より楽しく、創造的な方向に変化してくると感じている」と締めくくります。仕事に対する価値観の変化によって、BPaaSの立ち位置も「DXのためのサービス」から「より良く働くためのサービス」へと変わっていく可能性があるのです。

「大廃業時代」は、BPaaSの力によって「ITが苦手でも、DXできる時代」へと転換するかもしれません。BPaaSは、時代の波に取り残されがちな中小企業のDXを力強く支え、より創造的で前向きな働き方を実現するための、まさに「仕組み」としての可能性を秘めているのです。

 中小企業が、いきいきと活躍し続けられる未来――その実現を支えるキープレイヤーとして、BPaaSが静かにその存在感を増しています。

「企業と地域社会の未来に、テクノロジーの追い風を。」──ファインズ三輪社長が明かすパーパス策定の舞台裏

 2022年に上場し、2023年には売上高29億円、営業利益7億円超まで成長した株式会社ファインズ。しかし、その翌期以降、売上の伸び悩みや優秀な人材の流出という厳しい現実に直面しました。

 その打開策として、ファインズが最初に着手したのは、「パーパスの再定義」です。なぜ、営業力の向上や教育制度の整備といった実務的な施策の前に、会社の根幹となるパーパスの策定を掲げたのでしょうか?代表取締役社長・三輪幸将氏に、その理由と未来への展望を聞きました。

「皆でつくるパーパス」にこだわった理由

——経営改革の出発点としてパーパスの再定義を選んだのはなぜでしょうか。

 社員が持つ価値観をすり合わせ、同じ方向を向くことで、会社の成長をより加速させるためです。これまでも「誰からも必要とされる会社になる」という理念は掲げていましたが、その本質的な意義が曖昧で、社内で浸透していませんでした。結果として社員の方向性がバラバラになり課題の一因になっていたのです。

——実際にどんな課題があったのでしょうか。

 2022年9月に上場し、2023年6月期には売上高29億、営業利益も7億ほどに成長しました。しかし、その翌期から売上高が伸び悩んでいます。さらに、人材の定着が進まず、優秀な人材が離職するケースも増えました。根本には、やはり経営理念やビジョンが真の意味で浸透しておらず、社員が同じ方向を向けていなかったことがあったと考えています。

——経営改革は、外部のコンサルタントではなく、社内に経営改革の担当者を置いて進めているそうですね。なぜでしょうか?

 外部のコンサルタントの方にパーパス策定を丸ごと依頼すると、パーパスや改革の概要決定までにスピード感は出せますが、社長である私の意見や考えばかりが落とし込まれて、ただ社員に向けて発信されるという一方的なものになってしまう、と考えたためです。ファインズが組織として変化するためのパーパス策定は、ファインズに所属する皆の魂が入ったものでなければ、共感を得ることができず、意味のないものになってしまいます。

 そこで今回、組織に対して望んでいることや、どのようなパーパスを掲げたいかなどを探るため、社員全員へのアンケートや役職者へのフォーカスインタビューを行い、パーパスやバリュー策定の重要な材料として活用しました。その後、4回の役員合宿を経て、徐々に候補を絞り込んでいきました。

——実際に社員から上がってきた意見やアイデアにはどのようなものがあったのでしょうか?また、それを見てどう感じましたか?

 さまざまな意見を目の当たりにできて、非常に勉強になりました。特にポジティブな意見が課長以下から挙がっているのに触れ、役職者だけではなく、多くの社員を巻き込んでダイナミックに行動していかなければいけないと痛感しました。一方でネガティブな意見に対しては、組織としての方向性を示せていなかったことへの自省も生まれましたね。

——今回は、パーパス策定の手順として役員合宿を行っていますよね。この合宿の際に感じたことも教えてください

 役員という立場でも、こんなにも意見や感覚が違うのだということに驚きがありました。今後、何年先の未来を見据えてパーパスを策定するのか?という部分も人によってバラバラだったのです。

 とくに1回目の役員合宿では、役員間でもなかなかパーパス策定に対する目線が合わせられず、意見が出づらい状況でした。そこで2回目の役員合宿の前に、サステナビリティや社会貢献に関する勉強会やワークショップを行い、目線を合わせていくという工程も入れ込んでいます。2回目以降は、合宿での発言の質も徐々に変化していき、連鎖的に次々と新しいフレーズが出てくるなど、活発に議論が交わされていました。

 最終的に、その場にいる皆の「ファインズにとって重要」と感じるキーワードが一致して、パーパスが決定しています。

パーパスのキーワードに込めた想い

——最終的に決定した『企業と地域社会の未来に、テクノロジーの追い風を。』というパーパスに込めた想いを教えてください。

「企業」は、全国に存在するファインズのステークホルダーの方々を表しており、「地域社会」とは、その企業の方々の先にいるお客さまや、企業が影響を与える地域に根付く方々を内包する形で表しています。ファインズと直接的に関わっている企業の方々だけでなく、その企業の方々からつながる方々すべてに、我々が提供するテクノロジーでより豊かに、笑顔で生活していただきたいという想いを込めたものです。

 また、現在の我々のプロダクトは動画やそのデータ活用によるDX、マーケティング支援ですが、あえてDXなどのキーワードは使っていません。これは、今後ファインズが何十年も歴史を刻んでいく上で、「必ずしもDXという枠に収まり続けるわけではない」と考えたためです。

 過去数十年を振り返っても、AIの登場などテクノロジーの分野は日々変化しています。そういった世の中に変化を取り入れて、サービスやプロダクトをアップデートさせていける部分はファインズの強みです。枠にとらわれず、強みを活かし続けるために、あえて「テクノロジー」という広義に捉えられるキーワードを使っています。

——今回のパーパス策定にともない、4つのバリューも策定していますが、このバリューを策定する際に重要視したことはなんでしょうか?
 
今回、「大胆に挑戦する」「誠実に向き合う」「変化を楽しむ」「学び続ける」というファインズの社員としての行動指針を示したバリューも、パーパスと同時に策定しています。

バリュー策定の際に重要視したポイントはおもに3つです。「社員自身がこうありたいと感じること」「経営層が社員に求めること」「ファインズが中長期的に成長していくために必要なこと」この3つに重きを置いて絞り込みました。

バリューは、新しい評価制度に紐づくものになっています。これまでのファインズの評価基準は営業職に寄っていて、定量的な部分を意識したものでした。今後は、これにパーパスへの共感やバリューに基づく行動など、定性的な部分も含めて評価していきます。現場にいけばいくほど、プロセスを評価する定性的な部分を重要視していく形の評価制度になる予定です。

——今後、パーパスやバリューをどのように社内に浸透させていくのでしょうか?

直近では全社朝礼などでの周知、詳細部分については動画や勉強会を行っています。また、中長期的な観点でのパーパス浸透がなされていくことが理想ですね。
 
今回策定されたパーパスに共感し、バリューをもとに行動して成果を出した社員がマネージャー以上になることで、どんどんパーパスやバリューが継承されていくと考えています。

まずは足元から。ファインズが実現させたい未来

——パーパスの浸透は、ファインズの今後の成長や経営にどのような変化をもたらすと考えていますか?

「働きがい」に変化をもたらしてくれるのではないかと期待しています。

 ファインズは、上場企業になり、福利厚生や制度などの面で「働きやすい会社」になったと自負しています。しかし、働きやすさと働きがいは別のものですよね。パーパスが浸透し、バリューを重要視して動くことで社員は受け身でなく、自らが選択して行動する自立的な動きをするようになり、それが働きがいにつながると考えています。そうなったとき、ファインズは社員一人ひとりが最大限のパフォーマンスを発揮できる会社になると思っています。

——対外的にはどのような変化が起きると考えていますか?

 パーパス策定を含めた経営改革を対外的に周知することで、実行力を監査される立場になります。しかし、その責任をしっかりと果たすことで、より世の中から認められる会社になれると考えています。

 実は、今回社員にとったアンケートのなかに「世の中から認められる人間になりたい」「家族に自慢できる会社で働きたい」という意見がありました。今回のパーパス策定の取り組みが世の中に認められることで、ファインズで働いていることがステータスになり、こういった期待を寄せてくれている社員の皆にも還元していくことができると感じます。

——それでは最後に、パーパスを通じて経営者として実現したいことを教えてください。

「パーパスを通じて」というより、パーパスそのものが実現したい未来だと思っています。今回のパーパスは、時間が経っても色あせず、光を放ち続けられるようなものをと考えて策定しました。10年、20年先も「企業と地域社会の未来にテクノロジーで寄り添う」という姿勢を貫いていきたいですね。

 パーパスの実現に尽力することは、「日本全体を盛り上げて、よりよい国にする」ということにもつながることなのでしょうが、今の私がそこまでを語るのはまだ早いとも感じています。まずは足元から。お客様や地域社会の未来に、我々が持つテクノロジーの力で寄り添っていくことを、しっかりと実現させたいですね。

 組織の方向性を示す“軸”となるパーパス。それを全社員が一丸となって築き上げたことで、ファインズは次の成長に向け、大きく舵を切りました。テクノロジーの力で、「企業と地域社会の未来」をどう照らしていくのか。成長の経験と試練を糧にしたファインズの挑戦は、まさにこれからが本番です。

※本稿はPR記事です。

AI時代の“データ連携”戦略…Boomi CEOが語る、日本企業が世界で戦う条件

●この記事のポイント
・生成AI時代の鍵は「データ統合」。Boomi CEOスティーブ・ルーカス氏は、AIの成功率を左右するのは質の高いデータとリアルタイム連携だと語る。
・日本のスタートアップには、国内完結ではなく「世界との統合」が不可欠と指摘。文化的アイデンティティを保ちながらグローバル展開を進める重要性を説く。
・ルーカス氏は「信頼できるAI=トラステッドAI」の構築を強調。AI時代の企業成長には、スピードよりも信頼と文化を重んじる経営が欠かせないとする。

 ChatGPTをはじめとする生成AIの普及により、企業の業務プロセスはかつてない速度でデジタル化している。

 だがその裏側で、「データの分断」という深刻な課題が浮き彫りになっている。AIが本来の力を発揮するためには、社内外に散在するシステムや情報をリアルタイムで連携し、連携させる仕組みが欠かせない。

 こうした“見えないインフラ”を支える存在として、世界で注目を集めるのが米Boomi社だ。

 クラウド上で複数システムを連携させるiPaaS(Integration Platform as a Service)市場のリーダーである同社は、SunBridge Partners, Inc.との合弁会社として2024年に日本法人を設立し、3年間で5000万ドル規模の投資を発表。AI時代の企業基盤を支える「データ連携」の重要性を訴える。

 本稿では、Boomiのスティーブ・ルーカスCEOに、グローバル経営の意思決定、日本のスタートアップへの提言、そしてAIと人間の共存に向けた展望を聞いた。

●目次

Dellから独立、グローバル展開で直面した“最も難しい決断”

――BoomiがDellから独立し、グローバル展開を進める上で、もっとも難しかった意思決定は何だったか。

 ヨーロッパも日本も重要な市場だと考えていた。しかし、大きな市場に挑戦する際に最初にすべきことは、その地域でどのようなデータ需要が存在するかを理解することだ。そして、組織を急速に拡大していくためには、優れたチームを築く必要がある。

 日本ではそのチームがうまく機能している。代表の河野氏を中心に、極めて優秀なメンバーが集まった。しかし、最初の段階でこのような選択をするのは難しく、いわば一種の“賭け”のようなものだった。その賭けが日本では良い結果を生んだと思っている。

――企業の経営課題にとって、システム連携戦略は地味に見えがちだが、なぜ今これほど重要なのか。

 システム連携を考えるとき、私は都市のインフラを思い浮かべる。もし東京に水道や電気、道路、地下鉄などがなければ、人々は生活できない。ビルだけあっても街は機能しない。企業も同様で、システム同士をしっかりつなげ、動きを可能にすることが不可欠だ。

 私たちが生きる世界は、AIによって駆動される社会へと急速に進化している。しかし、その基盤となるのは質の高いデータであり、リアルタイムでそれを届ける仕組みだ。Boomiはまさにその「データのデリバリーシステム」を提供している。AIが機能するためには、データが流れ続けることが前提条件になる。

 顧客企業の多くは、障害予測や復旧時間の短縮、財務帳簿の早期締めといったAI活用を進めているが、これらはすべてデータとインフラの統合があってこそ実現する。
MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究では、世界のAIパイロットプロジェクトの約95%が失敗しているという。その大きな理由は連携の欠如にある。AIの成否は、連携の質にかかっている。

「世界とつながる」ことが、スタートアップの成長を決める

――米国や欧州のスタートアップと比較して、日本のスタートアップに足りない点、または強みは何だと思うか。

 日本にも非常にイノベーションに満ちたスタートアップが数多く存在している。しかし、真の成長は“世界との連携”によって初めて生まれる。国内だけで完結するのではなく、グローバルな市場の中で他国の企業と結びつくことで、技術も組織も大きく進化する。

 特に多国籍ソフトウェア企業との連携を視野に入れるなら、インテグレーションの重要性はさらに増す。いまやビジネスもデータも国境を越えて流れる時代なのだ。

――グローバルに市場を広げる際、どのタイミングで「国内最適」から「世界基準」に切り替えるべきだと思うか。

 私自身、多くの企業を成長させてきた。小規模の企業を数十億ドル規模にまで育てる過程で感じたのは、収益の20%が海外から生まれた時点が転換点になるということだ。その段階で、グローバルスタンダードへの移行を本格的に検討すべきだと考えている。

 ただし、あまりにも早く自分たちのローカルなアイデンティティを手放してはならない。日本、ヨーロッパ、アメリカ、それぞれの文化的背景が企業をユニークな存在にしてきた。

 文化的要素を軽視すれば、企業の強みは失われる。私はいつも、独自の文化を守りながら世界に挑戦すべきだとアドバイスしている。

「完全な情報を待つな」──CEOが語る意思決定の本質

――CEOとして、最も大きな失敗や後悔は何か。それは何を教えてくれたのか。

 私の後悔は、慎重になりすぎて動きが遅れたことだ。私は“完全な情報”を待っていたが、実際にはそんなものは存在しない。

 あるCEOがこう言ってくれた。「真北を探して立ち止まるより、北西に一歩進んでみなさい」と。完璧を待つよりも、行動しながら軌道修正するほうが早いという意味だ。

 私は「失敗とは、あきらめた瞬間にだけ生まれるもの」だと考えている。挑戦をやめない限り、それはすべて学びである。成功とは、理想の結果に近づこうと何度も試行を重ねる過程そのものだ。

――生成AIやクラウドの急速な進化により、スタートアップ経営者が「今のうちに備えておくべきこと」は何か。

 AIは今後さらに強力になり、人類にもたらす影響は火や電気以上になるだろう。なぜなら、それは“知性”そのものだからだ。

 ただし私が注目しているのは、AIが自律的に意思決定を行うかどうかではない。私たちはAIを信頼できるかどうか、そこが本質である。AIはブラックボックスであり、望む結果を確実に導けるかを判断するのは容易ではない。

 だからこそ必要なのが、「トラステッドAI」、すなわち信頼できるAIシステムだ。BoomiではAIガバナンスを支える「エージェントコントロールタワー」を展開し、AIを制御・監視する仕組みを提供している。企業が安心してAIを使える環境を整えることが、次の時代の成長基盤になる。

――Boomiの経営を通じて、「スピードと安定」を両立させるために最も大切にしている原則は何か。

 信頼(トラスト)と文化(カルチャー)だ。どれほど優れた戦略や技術を持っていても、信頼関係と健全な文化がなければ持続的な成長は望めない。

 CEOとして、私はチームの信頼を最優先に置いている。そして日々の小さな改善を重ねることが、最終的に大きな進化につながると信じている。

 AI時代の企業は、「AIを作る」ことに注力しがちだが、「AIをどう信頼し、どう連携するか」という視点が欠けている。国や文化によってプライバシー規制が異なるなかで、AIを越境的に管理し、信頼できる形で運用する技術が求められている。
もし日本からそのようなイノベーションが生まれれば、世界にとって大きな前進となるだろう。

AI×統合が築く“信頼の経済圏”

 スティーブ・ルーカスCEOの言葉から浮かび上がるのは、「AIの時代における連携の本質」である。

 AIは魔法のツールではなく、信頼できるデータの上にしか成り立たない。連携こそが知能を動かす“血流”であり、企業の成長を支える見えないインフラだ。

 95%のAIプロジェクトが失敗するという現実は、裏を返せば「連携できた企業が勝つ」ことを意味する。

 その成功の鍵は、スピードよりも“信頼”と“文化”をどう守るかにある。AIが進化しても、最後に企業を支えるのは人のつながりと価値観である。

 日本企業がAI時代を勝ち抜くためには、技術導入だけでなく「データ連携」と「トラステッドAI」の基盤づくりが欠かせない。Boomiが描くビジョンは単なるシステム戦略ではなく、信頼に基づく新たな経済圏の構築を示している。

(構成=横山渉/フリージャーナリスト)

未来の音声ブランディング~AIエージェントがブランドの将来にもたらすものとは?~

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BXクリエイティブセンター岡田憲明氏の監修でお届けします。
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「ねえSiri、お話を聞かせてくれる?」

昨晩、筆者の子供たちが寝る前にお話を読み聞かせてくれたのは、Apple社の音声アシスタント「Siri」です。実際のところ、程よく短い話で内容も面白く、なかなかのものでした。子どもたちもとても楽しんだようで、もう一つ聞かせてとせがみました。するとSiriは、今度は猫の話をしました。子どもたちは人の話にじっと聞き入るタイプです。これはおそらく、筆者がたびたび寝る前の読み聞かせをしていることと関係があるのでしょう。そのためもあってか、ある残念な事実にも気づいてしまいました。二つ目の話が終わったとき、Siriの声がとても平板で単調なことに気づいてハッとしたのです。

筆者がSiriの話にどうも感情移入できなかったのは、それが理由だと思います。その後、子どもたちが夢の世界に入ってしまった後、声のトーンの大切さについて考え始めました。心のつながりを感じられるかどうかは、話の内容そのものよりも、むしろどんな風に話すかが大きくかかわります。

声のトーンは、ずっと以前からブランド表現の重要な一要素でした。生成AIがバラバラなツールから、リアルタイムで会話ができるマルチモーダル(※1)なインターフェースへと進化していく中で、その重要性はさらに増していくでしょう。声のトーンこそ、サウンドロゴやブランドのテーマ曲の先にある、未来の音声ブランディングの鍵なのです。

※1 マルチモーダル=テキスト、動画、音声など複数の種類の情報(モード)を組み合わせて、処理する技術・手法。

 

会話型インターフェースが主流の新たな世界におけるAIエージェント

ダイナミックな双方向体験をリアルタイムで提供する生成AIの出現を機に、ブランド各社は従来の顧客エンゲージメントツールから脱却しようとしています。生成型検索エンジンが登場したことで、いまや人々の注目はブランドのウェブサイトから離れつつあり、時代は検索エンジン最適化(SEO)から、生成検索最適化(GEO)に移ろうとしています。

数々のアプリはやがて、ユーザーの代わりにすべてのアプリとやりとりをしてくれるAIエージェント(自律的にタスクを実行し、状況に応じて判断・行動できるAIシステム)に取って代わられるでしょう。そのうちに、いくつものプラットフォームやチャネルを別々に操作する必要はなくなります。

AIエージェントがそうしたバラバラの要素を一つにまとめてくれるようになるからです。AIエージェントが見えないアシスタントとして働き、さまざまなチャネルやプラットフォームにまたがる無数のタスクをまとめてスムーズに対応してくれる――。そんな未来へ飛び込むのは、難しいことではありません。ただ、そのような未来には身体的な体験がさらに重要になることは間違いないのですが、その点についてはまた別の機会にお話ししましょう。

私たちはやがて、日々の煩雑な事務手続きから解放されることになるでしょう。ルームランナーでエクササイズしながら、週末の小旅行のプランを立てるのもお手のもの。朝食で摂り過ぎたカロリーを燃やし終える前に、AIエージェントが行き先を選び、移動手段やホテルを手配して、あなたの好みに合った本を注文し、レストランの予約までしてくれます。ついでにエクササイズも代わりにやってくれれば、なおいいのですが。

とはいえ、もしルームランナーで走っているときに足をねんざしたら、AIエージェントに足首用サポーターの注文も頼むことができます。さらに、そうした事務作業だけではなく、精神的なサポートが欲しいときにも、AIアシスタントが心のこもった人間らしい声のトーンで応えてくれるでしょう。寝る前の読み聞かせをするSiriの単調な声とは違って、未来の生成AIの音声は温かく情緒的なものになるのです。


「やあAIエージェント、僕が今日どんな気分かわかる?」

2024年のTEDトークで、Microsoft AIのCEOのムスタファ・スレイマンは、生成AIは単なるツールやプラットフォームをはるかに上回るものとみなすことが必要だという話をしました。生成AIを新しい「デジタル種」ととらえようと呼びかけたのです。そして、この考え方を踏まえて、生成AIは敬意をもって扱い、時間をかけて育てていく必要があるものだと示唆しました。

「私たちはAIを構築するに当たって、良いもの、私たちが愛するもの、人類の優れた特性、つまり共感や優しさ、好奇心、創造性といったものをすべて反映させることができるし、そうしなければなりません。」(ムスタファ・スレイマン)

この論理に従えば、 AIエージェントがただの音声以上のものになり得る理由が見えてきます。 自然言語へのシフトによって、顧客との間でより親密なやりとりができるようになるのは明らかです。AIエージェントはユーザーの嗜好や習慣を学習することで、その時々の状況や感情をいっそう理解できるようになるでしょう。誤解のないように言えば、感情を理解する能力は、一般的な知性とは別のものであるため、AIエージェントに命が宿るとか、何らかの形で意識を持つと言いたいわけではありません。AIエージェントが素晴らしく賢いデジタルエコシステムになることに変わりはありませんが、ユーザーについての知識が蓄積されていくにつれて、そのユーザーにとって親密さを感じられる音声の作り方を学習していくということです。

また、音声が関係するのはそうしたやりとりの一方だけにとどまりません。AIエージェントはユーザーの声も聴いています。つまり、プロンプトに応じた声のトーンで、ユーザーの知りたいことを伝えることができるわけです。

例えば、今日の午後にゴルフができるか、天気予報を尋ねるとします。晴れる場合は熱のこもった声で、雨風が強いなら残念そうな声で答えてくれるでしょう。もう一歩先に進めば、ユーザーの家族一人ひとりに合わせてやりとりの仕方を変えることもできるようになるはずです。冒頭にあげた、子どもたちに猫のお話を聞かせてくれた話に戻れば、猫のキャラクターを演じるときはもっと楽しげな声のトーンを選ぶだろうと想像できます。

「やがて、あらゆることが会話的インターフェースを通じてできるようになるでしょう」(ムスタファ・スレイマン)

音声は非常に大きな影響力を持つため、視覚や触覚、嗅覚など、聴覚以外の感覚にも幅広くアプローチしていくための入口になり得ます。インターネットへの接続が当たり前になる新しい世界では、AIエージェントが私たちの想像を超えていくかもしれません。AIエージェントは、単に予約をしたり、商品やサービスを注文したりするツールをはるかに超える存在になる可能性を秘めています。

最近は、孤独を感じ、それに関連する健康問題を抱える人が急激に増えていると警鐘を鳴らす声が聞かれます。AIエージェントの普及に伴ってそうした人々の数が減ったとしても、驚くには当たらないでしょう。しかし、ブランドの役割に関して言えば、孤独感はなくならないかもしれません。例えば、ユーザーのAIエージェントがブランドのAIエージェントとだけやりとりしているとすれば、ユーザー本人とブランドとの結びつきはないも同然ではないでしょうか?

現在のブランドの立ち位置とは

「ブランド(brand)」という言葉には「燃える(burn)」という意味があり、元々は所有者を示すために家畜に焼き印を押すことを指していました。やがて時を経て、製造元や原産地を示すために商品に付けられる印を指すのに使われるようになりました。現在では、ブランドという言葉は組織の存在感を示すための重要な要素となっています。しかし、AIエージェントが導く新しい世界では、ブランドの役割は先細りしていく危険があります。

AIエージェントを自社開発するにせよ、他社のエージェントを最適化するにせよ、ブランド各社にとっては、できる限りほかとの区別がつきやすい独自の音声レイヤーを制作することが不可欠になるでしょう。これは何層にも重なったバースデーケーキのようなものと考えることができます。

一番上の層はロウソクとトッピング(ブランドレイヤー)。その次の層はアイシング(状況や顧客一人ひとりの嗜好に合わせて構築する感情レイヤー)。そしてケーキの残りの部分がLLM(大規模言語モデル)レイヤーで、音声を作動させる原動力となります。

こうしたことをすべて考え合わせると、一つの疑問が浮かびます。ブランドをありのままに表す音声を、どのようにして決めればいいのでしょうか?

「ブランドは、その使命や価値観、ターゲット層に適合した独自の音声(ボイス)を決める必要があります。ブランドボイスは、そのブランドの個性とアイデンティティ、そしてコミュニケーション目標に最もよく適合したトーンとスタイルを反映したものでなければなりません。また、すべてのチャネルやプラットフォームを通じて、一貫して識別可能で記憶に残る印象を顧客に残すものでなければなりません」

上の一節は生成AIによって作成されたものです。間違ってはいませんが、あまりクリエイティブな文章とは言えません。ブランドの音声レイヤーをどうやって決めるかという問いへの答えは、おそらくすでに既存のブランド表現の中にあるはずですが、ブランドガイドラインからブランド化された音声へと軸足を移すに当たっては、それは出発点にすぎません。

そのブランドのストーリーを語り、そのストーリーがこんな風に聞こえてほしいという理想に合わせてクリエイティブに語られるように(さらに言えば、著名人の声の使用許諾を得るのに巨額の支出をしなくて済むように)する必要があります。匿名化した個人情報や、抽出・分析した公共データ、リサーチの結果、さらには創作データといった各種のデータが、ブランドボイスを制作するための秘密兵器となります。

例えば、有名な創業者のいる消費財ブランドなら、ブランドの個性をよくとらえたさまざまなフレーズに加えて、創業者の思想や録音物を元にしてブランドボイスを構築するという方法があります。世界的なスポーツ用品ブランドなら、一つのボイスに絞るのではなく、特に影響力のあるアンバサダーやキャンペーンの音声を活用して、競技別に複数のボイスを用意するといいでしょう。金融サービスブランドなら、地域ごとの特徴やニーズに合うように気を配りながら、顧客サービス部門のスタッフの声を録音して使うのも一案です。

遠くからこだまする未来のサウンドをとらえる

世界の中でも先見の明に優れた組織、特に特徴の強いブランドを持っている場合は、すでに独自のブランドボイスと新たな時代の会話的インターフェースを模索し始めています。そうして探し出す「ブランドの声」は、顧客体験(CX)戦略のほかの部分と同じように、戦略的に妥当で、明確に識別でき、ブランドの個性を際立たせるものでなければなりません。ただし、CX戦略の他の部分とは異なり、ブランドボイスはブランドポートフォリオの中で最も感情訴求力の高いアセットであり、大切に保護し、育てる必要があります。次に筆者の娘たちに読み聞かせをしてもらうときには、そんな風にして育てられた声で、心に響く楽しい猫の物語を聞かせてくれることを願いたいものです。

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NET ViVi編集長に聞く、Z世代のリアルとコンテンツ作り

雑誌や書籍作りで培った出版社のクリエイティブ力やブランド力が、いま注目されています。本連載では、世の中のマーケターに向けて、さまざまなテーマでいまの時代における出版社のアセットやコンテンツ作りを紹介しながら、出版業界を活用するヒントをお届けします。

今回のテーマは、「Z世代に刺さるコンテンツ作り」。SNS総フォロワー数は、約828万(2025年9月現在)。若年層メディアの中でも圧倒的な数を誇る、講談社の女性誌「ViVi」のデジタル版「NET ViVi」の取り組みを通して、Z世代のリアルとコンテンツ作りのヒントを探ります。

ゲストは、「NET ViVi」編集長の平本哲也氏。聞き手は、10~20代女子のインサイトを研究している電通のソリューションチーム「GIRL’S GOOD LAB」代表の辰野アンナ氏です。

NET ViVi……
講談社の女性誌「ViVi」のデジタル版。SNS・ウェブサイト・本誌を連動させた立体的なコンテンツ作りを行い、10代~20代の女性に、ファッション、ビューティをはじめ、ライフスタイル全般のトレンドと共感を届けている。
 
NET ViVI


 

Z世代は、ツンツンしてそうだけどかわいげのある「究極のサバサバ世代」

辰野:はじめに、NET ViViは、Z世代から大きな支持を得ているわけですが、平本さんはZ世代をどのように分析していますか?

平本:一言で言うと「究極のサバサバ世代」ですね。Z世代は好き嫌いがとてもはっきりしている。NET ViViのコンテンツも、数字が伸びるものとそうでないものの差がとても激しいです。コンテンツは冒頭の1秒程度で見るかどうか判断されて、興味のないコンテンツは見向きもしてくれません。逆に、彼女・彼らに刺さるものを作ると、ちゃんと見てリアクションもしてくれる。僕はミレニアル世代で、興味のないものもとりあえず見ていましたが、Z世代にそれは当てはまらない感じがします。 

辰野:分かります。一昔前は、テレビ番組でも流れてくるものを一度受け取り、そこから自分の好きなものを取捨選択していましたよね。でも、Z世代は自分からコンテンツを取りに行って、好きなものだけを選んでいるような感じです。メディアへの接触の仕方が全く違っています。普段コンテンツを作る中で、Z世代が絶対見ないと思うものはありますか?

平本:作り手側のエゴが入っていて、押しつけがましいもの。取り繕ったもの。リアルじゃないものは跳ねません。キラキラした世界の裏側やモデルたちの本音を出さないと見られなくなっています。 

辰野:とはいえ、雑誌は作られた世界でモデルがキラキラとしていて、リアルな世界と結構ギャップがあると思うんです。雑誌とデジタルでどのようにすみ分けしていますか?

平本:雑誌は、ViViの世界観をしっかりと体現しているものです。そして、ViViのいろいろなメディアのハブ、すなわちデジタルで発信するコンテンツの基点となります。そのため、誌面には読者の目を引く強いビジュアルを配置する使命があります。ただし、その使命があるからこそ実現できないこともあり、またページ数には限りがあります。

ViVI

平本:ですから、デジタルでは雑誌でできないことをどんどんやっていく。デジタルでここ数年進めているのがエンパワーメント企画です。「ViViのファンが興味のあるものは、ファッションとビューティだけではないはず」という考えをもとに、ヘルスケアや社会問題など、扱うテーマをライフスタイル全般に広げています。例えば、ハラスメントにどう対応すればよいかといったコンテンツをデジタルで展開することもあり、大きな反響もありました。

辰野:私が所属する、電通の「GIRL’S GOOD LAB」が研究したインサイトでも、「若い世代ほど共通の話題を探している」ことが挙がっています。選択肢が無限にあり、SNSでもおのおのが違うものを見ている中で、自分のとなりの人がどんなものが好きなのか全く分からない。だから、みんなで同じテーマについて語りたい、同じ場所に集まりたいといった思いがすごくある。

平本:そうですね。コミュニティ化が進んでいると感じます。SNSもただ自分を見せる場ではなくなってきています。

辰野:いまは「いいね」を求めるというよりも、突っ込みが欲しいというか、誰かからのコミュニケーションを求める場になっている感じがしますよね。ただ「映えのスポットに行きました」と伝えるのではなく、自分なりの工夫をして投稿して、そこを話のネタにしてほしいといったような。常にコミュニケーションの種を探している感じがします。

平本:ViVi編集部のZ世代のスタッフと接していても、トレンドのものを持っていることに対して「いいね」と言ってほしいというよりも、「自分がそれに先に気づいて持っていることを分かってほしい」「どうやってそれを見つけたのか聞いてほしい」といった、より深いコミュニケーションを望んでいることを感じます。

冒頭で、Z世代を「究極のサバサバ世代」と表現しましたが、彼らは決して冷たい人たちではなくて、「なんかツンツンしてそうだけど、突っ込んでほしい人」「ちょっと欲しがりでかわいげのある人」といった感じで捉えています。

平本哲也 

SNSもAIも駆使。Z世代のメディア接触とは?

辰野:Z世代のメディア接触の特徴について、さらに詳しく教えてください。SNSにたくさんの情報があふれている中で、どのように情報を得ているのでしょう。

平本:いろいろなSNSを駆使して、ものすごい数のライトな情報を得ていますね。その中から自分の琴線に触れるものを深掘りしている。掘り方について、以前はInstagramの検索で調べたりしていたのが、いまはChatGPTなどのAIを使い、いろいろなことを相談しているようです。 

辰野:情報を調べる手段も変わってきている?

平本:はい。いまはウェブサイトで調べている人はいないんじゃないかと思うほどです。記事はSNSから誘導されたら読むと思いますが、分析を見ていると直接は拾いにはいかない印象です。

辰野:SNSが常に入り口になっているということですね。

平本:ですね。簡単ですし。無料のSNSが担う役割は大きい。出版社の人間としては課題に思っていますが、記事をじっくり読むことがカルチャーとしてなくなっているのかなと。

辰野:ただ、SNSも最近は短尺で情報が詰め込まれ過ぎている動画があふれていて、動画を見ることに疲れるときもあるのかなと感じます。

平本:NET ViViもそうですが、跳ねる動画の特徴は、冒頭でインパクトを与えて、テンポ良く展開する。中毒性はあるものの、世の中そういう動画が多くて、見るのがイヤになってくるかもしれません。TikTokに動画ではなくて画像を投稿すると割と跳ねたりしますし。とはいえ、いまのSNSは動画を優先的に回す仕様になっているので、動画コンテンツに注力する流れはまだ続くでしょうね。

辰野アンナ


 

コンテンツ作りの基本は、「編集者として何を作りたいか」

辰野:ここからはNET ViViのコンテンツ開発について教えてください。コンテンツ開発にあたり、どのような工夫をされていますか? 

平本:NET ViViは、ウェブサイトの他、Instagram、X、TikTok、YouTube、LINE、中国のWeiboやREDなど、さまざまなSNSを運用しています。SNSごとに「どんな投稿が跳ねやすいか」というアルゴリズムや特性は異なります。そのため、プラットフォームごとに専任チームを設けて最適な運用を追求し、動画の尺や編集手法、演出などもSNSごとに最適化しています。ですから、Instagramの動画をそのままTiktokにアップするようなことはあまりしません。その結果、SNSの総フォロワー数が約828万と、国内随一の数字になっているのだと思います。

辰野:すごいですね。SNSはどのようなことを意識して作られているのですか。

平本:SNSの運用では、ハッシュタグの数やカバー画像の作り方など、いろいろなテクニックがあります。でも、そういったテクニックだけではコンテンツ力は生まれません。コンテンツ作りの根本的なこととして、「編集者として何を作りたいか」を大事にしています。毎週の振り返り会でも、数字だけを分析するのではなく、コンテンツの面白さに関しても突き詰めて話をします。

辰野:でも、読者が見たいものや再生数が伸びるものと、編集者が作りたいもののバランスをどう取るかが難しそうです。どのようにバランスを取っているのでしょう。

平本:NET ViViのコンテンツ作りでは、「この企画は誰が見たいのか」という視点がまず根底にあります。読者のことを分かった上で、編集者としてのアイデアを出す。他のSNSで流行っていることをそのままやるのは発展性がないし、つまらないですよね。それに、トレンドに振り回されすぎると、自分たちの首を絞めることになると思うので。「自分たちがやりたいことをやろうよ」ということは、チームメンバーに言っています。

辰野:流行っているからやるのではない。

平本:語弊を恐れずにいうと、ViViは常になにかしらもめているんですよね。凪がないと言いますか。一つのカットのためだけに、撮影場所に徹底的にこだわり、すごいエネルギーをかけて作っています。そういった怒涛の時間を経て、カワイイが爆誕する瞬間を見てきました。

最近は少し落ち着きましたが、コンテンツの細部にまでこだわるスピリットは持ち続けています。例えば、イベント「ViVi 超ポジティブ EXPO」(※1)では、「超ポジティブえんじぇるず」というキャラクターが爆誕しました。キャラクターを作ることをイベントのKPIにしていたわけではないのですが、「キャラクターがいたらカワイイよね」という担当者の強い思いが形になりました。いまではキャラクターが独り歩きして、タイアップやガチャガチャの森などで展開されています。

NET ViVI


辰野:直感的に「カワイイ」って思えることが、最近の若い世代にとって大事だなと思います。そのほかに最近、手ごたえを感じたコンテンツは何でしょうか?

平本:Z世代のトレンドやマインドを紹介する「びびずむ -ViVism-」(以下、びびずむ)という企画です。モデルやタレントが登場して、みんなが悩んでいることを、「これっておかしいよね」と投げかけるような内容です。例えば、4人組YouTuber「午前0時のプリンセス」のメンバーであるジェシカさんが、自身の体型について率直に語るコンテンツは500万回再生されました。

辰野:生理の話や精神的な悩みの話など、「みんなが言いたくても言えなかったことを代弁してくれるコンテンツ」は、Z世代のオープンマインドの価値観に刺さる、最近の潮流ですよね。びびずむを企画した背景は何だったのでしょうか?

平本:編集部にはZ世代のスタッフも多いのですが、彼女たちが日々悩んでいる姿を間近で見てきました。そんな人たちの助けになれればと思いましたし、ViViとZ世代との距離感の近さを世間にもっと知ってもらいたいという思いもありました。

辰野:他にはどのようなコンテンツが人気ですか?

平本:「ViVi国宝級イケメンランキング」(※2)ですね。Z世代は参加意欲が高くて、アンケートに積極的に参加してくれますし、毎回Xで世界トレンド1位を取る企画です。でも、2025年7月の発表は、KPIをXの数字ではなく、「体験」にしようという話になり、渋谷センター街の液晶ビジョンで1位を発表しました。現場ではファンが歓声を上げて、中には泣いている人もいました。その様子を見て、ハイエンゲージメント層を抱える企画を持てたことは大きな強みだと実感しました。

辰野:SNSでも毎回話題となっていて、推しをお祝いする恒例イベントになっていますよね。ViVi国宝級イケメンランキングでは、ViViならでは強みがどのように発揮されていますか?

平本:ViViは根本にファッションという視点があるので、「ViViは男の子をおしゃれに撮ってくれる」という読者からの需要があります。ただ、ViViはメジャー誌であるという気持ちは常に忘れず、距離感を作ってしまうほど決めすぎるのではなく、ちょっと肩の力を抜いたスタイルや、あえて外した要素も取り入れます。その等身大で親しみやすい「かわいさ」が、読者に刺さるのだと思います。

辰野:ViVi国宝級イケメンランキングは、推し界隈での流行りにとどまらず、「ViViに載ることで一般の人にまで自分の推しが届いた」という感覚があって、ファンはうれしいのかもしれませんね。

平本:ときには、「自分たちだけの大切な子だったのに」という声が編集部に寄せられることもありますが、多くの人には「ありがとう」と言われます。実はViVi国宝級イケメンランキングの企画を始めた当初は、もっと炎上するかと思いました。でも、ファンや事務所が受け入れてくれて大きな支持を得ています。

※1 ViVi 超ポジティブ EXPO :Z世代を中心とするViVi読者の「自分らしく生きること」をエンパワーメントするViVi主催のリアルイベント。2024年秋、2025年春に開催され、2025年秋も開催予定。毎回、モデルのほかインフルエンサー、一般来場者が600人集まり、イベント会場での訴求にとどまらずSNSでの拡散も期待できると人気のイベント。

※2 ViVi国宝級イケメンランキング: ViVi公式ウェブサイト「NET ViVi」でアンケート調査を実施。読者やViVi公式SNSから訪問してくれた方々に“好きなイケメン”を投票してもらい、半年間の活躍度などを加味して国宝級イケメンランキングを決定。毎年、上半期・下半期の2回開催する大人気企画。
 
平本哲也

 

「千本ノック」で数字に向き合うから、ヒットが生まれる

辰野:Z世代のトレンドやマインド、刺さるものをどのようにキャッチアップしているのでしょうか?

平本:毎日、SNSを運用していることが大きいですね。まるで、千本ノックのような感じです。投稿したコンテンツの結果がデータとしてすぐ自分たちに返ってくる。跳ねると思った企画が跳ねなくて、意外なコンテンツが注目を集めることも。SNSの運用の中で気づくことは本当に多くて、広告案件にもその気づきを生かしています。

辰野:さきほど、「編集者の視点を大切にしている」というお話がありましたが、データも追いかけていますか?

平本:企画会議では、もちろん担当編集者の感覚も大事なのですが、数字などをベースに話をします。編集者には数字が苦手なタイプが多いですが、慣れればいろいろと俯瞰(ふかん)してコンテンツを考えられるようになります。

世の中で流行っているものはたくさんありますが、なぜそれが流行っているのか考えるところまでが編集の仕事だと思っていて。目線を変えるという感覚がないと一般のユーザーと同じになってしまうので、それは気を付けてほしいと編集者にも現場の人にも言っています。

辰野:なるほど。

平本:ただ、今年からは「型を作る」ことをテーマにしてコンテンツを作っています。これまでは一発ドーンとぶち上げるような企画は十分やってきたのですが、ViViのシグネチャー企画はなかったかもと思って。

これまでViViは数字をすごく追っていて、跳ねないコンテンツは続けない方針でした。でも、ここらで腰を据えて型を作ろうと。先ほど話したびびずむも型の一つです。他にも、ヘアメイクさんがメイクテクニックを紹介する「プロの技シリーズ」や、モデルたちが聞いている曲を教える「#nowplaying」という企画も始めました。これらの企画によって、これまでお付き合いのなかった企業からタイアップの声がかかることもあります。

辰野アンナ


 

Z世代と接点のなかった企業にもリーチできる企画を!

辰野:企業がどのようにViViを活用できるのかという視点から、タイアップ事例を教えてください。

平本:「ViVi 超ポジティブ EXPO」は、これまで2回開催し、多くの企業にブースを出していただきました。ViViの強みを集結させたイベントです。ViViからは、若者向けの独特な言葉遣いや表現である「ViVi語」が多数生まれているのですが、ブースのキャッチフレーズをViVi語で考えたり、タイアップ動画を撮ったり、ViViモデルがライブをしたりしました。

辰野:特に印象的だった企業はありますか? 

平本:カネボウ化粧品さんです。同社の高級化粧品ブランド「LUNASOL(ルナソル)」のメイン購買層は、ViVi読者よりも年齢が上で、これまで若い世代との接点がなかなかありませんでした。でも、ブースを出していただいたところ、若い世代が喜んで商品を体験して、商品の良さを実感していました。

辰野:世代が違うと思っていた商品がViViの力でリーチできたわけですね。他には、どんなタイアップ事例がありますか?

平本:2025年4月に、「ViVi国宝級イケメンランキング」でランクインしたイケメン2人を起用して、持ち帰り弁当「Hotto Motto(ほっともっと)」とコラボキャンペーンを行いました。国宝級イケメンのグッズプレゼント企画を実施したほか、オリジナル動画をSNSで配信しました。

辰野:ファンの熱量をうまく掛け合わせた企画ですね。

平本:最近では、ViViモデルをMCに、ゲストを招いて、ドラマやアニメ、漫画について熱く語るYouTube番組「ウチらの語りたい夜」という企画を行っています。この企画は、Amazon Prime Videoとのタイアップです。番組を切り出して動画を作り、SNSで発信してYouTubeへの導線を作ったのですが、非常に再生数が取れています。

辰野:ViViモデルたちが普段見ているものを知ることができる。この企画は、NET ViViでリアルな部分を見せることを実現していますね。

平本:他には、ファッションブランド「MOUSSY(マウジー) 」とのタイアップ動画もあります。ViViモデルがお互いに自分の身に着けているものを指して「MOUSSY」と言い合うのですが、この動画は50万回以上再生されました。

このような企画は、頭をひねってもなかなか出てこないと思います。最近よく見かける、「街ゆく人に突然インタビューを仕掛ける」スタイルの企画があるじゃないですか。担当した編集者は、「これをViViがやったらどうなるだろう」って考えたのだと思います。ちょうどViViには英語が堪能なモデルもいるので、その子に「MOUSSY」を本格的な発音で連呼してもらい、ブランド名を強く印象づける。そんなZ世代らしいノリで仕上げた企画です。

辰野:「MOUSSY」のネイティブな発音が気になるというのは、確かにそうですね!視点の変わった企画ですね。

平本:コンテンツ作りは、全部几帳面にやらなくてもよくないかと思うこともあって。もっと肩の力を抜いて、Z世代に本当に刺さるものは何かを考えてみようという提案です。 

平本哲也


 

情報そのものより、編集力がいま問われている

辰野:最後に、NET ViViの今後の展望について教えてください。

平本:コンテンツを作ってただバズを起こせればいいわけではなく、若者との深い共感や信頼性、メッセージ性を持つブランドにならないとメディアとして厳しくなると思っています。ViViは「トレンド情報メディア」とアピールしていた時代もありましたが、いまは違う説明をするようにしています。

辰野:言わなくなった理由は何でしょうか?

平本:情報がコモディティ化しているというか、情報が特別なものではなくなってきているからです。情報の中身よりも、誰が発信したり編集したりしているのかが重要になっています。そのことを考えると、「ViViが言っている」と思ってもらうためには、コミュニティとして強くならないとダメだと思います。これまでViViは、映えとかバズ、情報力を前面に出してきたので、新たな挑戦なのですが。

辰野:情報をどう見るかといった編集力がいま問われている?

平本:そうですね。でも、編集って出版社がずっとやってきたことなので、感覚的には元に戻ってきた感じがします。これまで一過性のコンテンツをどんどん出して数字を稼いできましたが、いま立ち返るべきは、自分たちのスタンス、読者やフォロワーとの関係性です。ですから、編集力がより大事になってくるし、より厳しい戦いになってきます。 

辰野:ファンを作るためのViViならではのポイントは?

平本:人間関係と同じで、コミュニティの深い関係性を作るためには自己開示が必要です。メディアとしてViViは何を見せてくれるのかが問われている。だからといって見せすぎると、引かれてしまうこともあるのですが。そのバランスが難しいですね。

辰野:逆にこれは絶対やらないということは何でしょうか。

平本:ネガティブなことや、いたずらに不安をあおるようなことは数字が取れたとしてもやらないようにしています。読者の背中を押したり、プラスの気持ちにさせたりすることが大事で、エンパワーメントにならないものはやらないと決めています。

辰野:なるほど。今回お話を伺って、Z世代とメディアの関係性や、Z世代に刺さるコンテンツ作りのヒントを得ることができました。本日はありがとうございました。

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