パチンコ業界の「大御所ライター」が動画で人気ライターに謝罪…ファンからは様々な意見が

 新年早々、業界の重鎮・大崎一万発氏が自身の公式YouTubeチャンネル「まんぱつ」にて謝罪動画をアップし、大きな話題を呼んでいる。

 事の発端は、大崎氏がまりも氏のツイートを引用リツイートしたことだった。まりも氏はパチスロ必勝ガイドに属する人気ライターのひとりで、自身でも公式YouTubeチャンネル「まりものパチスロチャンネル」を開設。近年ではボートレースにも参戦するなど、幅広く活躍している。

 そんなまりも氏は昨年12月、ライター生活満20年を迎えた。その旨をまりも氏がTwitter上で報告したところ、大崎氏は「まんぱつ」非公式アカウントで「うるせぇバーカ」と引用リツイート。業界内外がざわついたそうだ。

 大崎氏によると、その日は東京で飲んでいた模様。女性にあおられながら飲むうちに「前後不覚」となり、その時「手にスマホを持っていた」ことから「一切の記憶がないままに、あんなことを書いていた」と、動画『まりもさん、本当に申し訳ございませんでした。』内で説明した。

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 曰く、まりも氏については「はっきりと台の批評を忖度なしですることで支持を得ているライター」「悪い噂は一切、聞かない。本当にできたライター」との認識だそうで、この引用リツイートは「怪奇現象」と表現。翌日の夜までその事実を知らなかったとし、仕事で会った関係者から「大丈夫なんですか?あれ」「まりもさんのあれ」と聞かれたことで気付いたのだそうだ。

 これに関して大崎氏は、Twitterを開いた時に「なにかイラつく人になにかやったつもりで、まりもさんになってしまったのか。それ以外に考えられない」と分析。「お酒のせいにはしたくない」としながらも「している」とし、今後は飲酒時に「調子が上がりそうな時にはスマホを持たない」と宣言すると共に、「まりもさん、本当に申し訳ございませんでした」と深く頭を下げた。

 また、当動画で大崎氏は、盟友であるヒロシ・ヤング氏から「大崎はいろいろと問題を起こしているし、人を怒らせてもいる」からと、「謝罪動画のシリーズ化」を勧められていることも告白。今回の件は「まさに象徴的だった」とし、「それ以外でも気分を悪くされている方は、ぜひ連絡をいただければ…」と話をまとめた。

 この動画に視聴者からは「シリーズ化は良い企画」「失敗は誰にでもあります」などとのコメントが投稿された一方、「直接謝罪すべき」「何度も同じことを繰り返す」「1ミリも懲りてない」といった辛辣な意見も。今後、このような謝罪動画がまたアップされることはあるのか、当サイトとしても注目したいところだ。

JRA「まるで別人」C.ルメールまさかの重賞13連敗……大本命オーソクレース6着惨敗で、2022年重賞「馬券圏内ゼロ」行進

 23日、中山競馬場で行われたAJCC(G2)は、3番人気のキングオブコージ(牡6歳、栗東・安田翔伍厩舎)が勝利。骨折で約1年間戦列を離れていたが、復帰3戦目で見事な復活Vを飾った。

 最後は総崩れになる先行勢をあざ笑うかのような、豪快な差し切り勝ち。「いや、会心でもなかったですけど」と本人は謙遜したものの、「天才」と称されるに相応しい横山典弘騎手ならではの思い切った騎乗が見事にハマった。

 その一方で、今後に不安を残す敗戦となったのが、1番人気のオーソクレース(牡4歳、美浦・久保田貴士厩舎)とC.ルメール騎手だ。

 単勝2.0倍という1番人気で迎えた芝2200mのレース。中団から運んだオーソクレースは、早めに先頭集団を潰しに行く横綱相撲を見せた。

 直線の短い中山では珍しくない光景だが、本命馬が動いたことでレースが一気に活性化。ライバルたちが負けじと連動したことでペースが一気に上がると、最後はそのツケを支払うかのようにまとめて失速……。キングオブコージら、後方にいた馬たちの末脚に飲み込まれてしまい、オーソクレースも6着に沈んだ。

「敗れはしましたが、内容は決して悪くなかったと思います。1000m通過が61.2秒とやや遅いペースだったので、ルメール騎手が早めに先頭集団を捕らえに行った判断はそこまで間違ってないと思いますが、オーソクレースの方が思いのほか踏ん張ることができませんでしたね……。

レース後にルメール騎手だけでなく、元JRA騎手の安藤勝己さんも『成長というより太かったかも』と発言されていましたが、結果的に+10キロが響いたのかもしれません。

ただ、最近のルメール騎手は持ち前の勝負強さが感じられないというか、特に重賞などの大きなレースで、どこか噛み合っていない印象。その辺りは少し気になります」(競馬記者)

 記者が話す通り、ルメール騎手は昨年12月4日にチャレンジC(G3)を勝利して以来、現在重賞13連敗中……。特に今年に入っては、5レースで3度の1番人気があったものの、馬券にさえ絡めていない。G1・5勝を含む重賞17勝と大暴れした昨年とは、まるで別人のような低迷ぶりだ。

「大活躍だった昨年も2月にフェブラリーS(G1)を勝ってから、5月のフローラS(G2)を勝つまで重賞15連敗という期間がありましたが、それに迫るスランプですね。

昨年12月はルメール騎手としては珍しく伏兵に騎乗する機会も多かったので、結果が出ないことも仕方ないと思っていました。ですが今年は、最初の重賞騎乗となったシンザン記念(G3)の最後の直線で行き場をなくして、単勝1.8倍だったラスールを7着に沈めてしまうなど、どこか歯車が嚙み合っていない印象です。そろそろエンジンが掛かっても良い頃なのですが……」(別の記者)

 ただ、ルメール騎手にとっての朗報は、来週から東京開催がスタートすることだ。

 日本一コースが広く直線も長い東京は、比較的力通りに決まりやすいコースとして有名だ。多くの有力馬に騎乗するルメール騎手にとっては、能力を全開しやすい舞台と言えるだろう。実際に昨年の重賞17勝の内、約半数の8勝を東京で挙げており、重賞15連敗のトンネルも、今回と同じく東京開催が行われていない期間だった。

「直線はちょっと疲れてしまった。精いっぱい走っていたと思う」

 レース後、そう相棒を庇ったルメール騎手。果たして、5年連続リーディングジョッキーの“目覚め”はいつになるのだろうか。スランプ脱出へ、得意の東京開幕がキーになるかもしれない。

(文=銀シャリ松岡)

<著者プロフィール>
 天下一品と唐揚げ好きのこってりアラフォー世代。ジェニュインの皐月賞を見てから競馬にのめり込むという、ごく少数からの共感しか得られない地味な経歴を持つ。福山雅治と誕生日が同じというネタで、合コンで滑ったこと多数。良い物は良い、ダメなものはダメと切り込むGJに共感。好きな騎手は当然、松岡正海。

“外国人の人権は全て守られるべき”なのか?…法社会学者が問うウィシュマさん事件の真相

 名古屋出入国在留管理局にて収容中のスリランカ人女性(当時33歳)、ウィシュマ・サンダマリさんが2021年3月に死亡した。ウィシュマさんの死は、おりしも政府が第204回通常国会に提出した「出入国管理及び難民認定法等の一部を改正する法律案」(入管法改正案)審議のさなかに報じられ、人々の注目を集めることとなった。

 政府の提出した入管法改正案は「退去強制手続を一層適切かつ実効的なものとするため、在留特別許可の申請手続の創設、収容に代わる監理措置の創設、難民認定手続中の送還停止に関する規定の見直し、本邦からの退去を命ずる命令制度の創設等の措置を講ずるほか、難民に準じて保護すべき者に関する規定の整備その他所要の措置を講ずる必要がある」ことを改正の理由に掲げるものであった。

 しかし、ウィシュマさんの死をめぐって繰り広げられた与野党協議の決裂や入国管理行政に対する世論の反発もあって、この第204回通常国会での採決は見送られ、さらにそこから1年たち、岸田政権発足後初の通常国会となる第208回通常国会でも再提出はされない見通しとなっている。

 一方で2021年8月には、ウィシュマさんの死亡前の様子を映した施設内の監視カメラ映像の一部が遺族に開示され、政府は死亡の経緯に関する最終報告を公表している。しかし野党側は、「報告書は不十分」として映像の開示を要求し続け、2021年12月の衆院法務委員会の与野党筆頭間協議でようやく合意。遺族に追加の映像が公開され、衆参両院の法務委員会の議員らにも一部映像が開示されたものの、全容解明はいまだ道半ばだ。

 ウィシュマさんの死は痛ましいものであり、故人の冥福を祈るとともに、二度と同じような事案が起きないよう、真相の究明と問題の把握、改善策の実行といった対応が求められることは論をまたない。また、ウィシュマさんの死が日本の入国管理行政に一石を投じたのもまた事実であろう。

 しかし、ウィシュマさんの死を奇貨として入国管理行政を糾弾し、「人権意識に優れた欧米諸国では日本と比べものにならないほど難民を受け入れている。日本もそうあるべきだ」といった“出羽守”的な議論には、慎重な意見もある。もとより、入国管理行政は突き詰めて考えれば、「誰を国民として扱い、また扱わないか」「外国人をどう扱うか」という国家観そのものの問いに行き着くとともに、「人権を擁護するために、何が求められるか」という人権論とも結びつく。

 法社会学者で桐蔭横浜大学法学部教授の河合幹雄氏は、「日本の入国管理行政を論じるには、まずその歴史・社会情勢、そして表裏一体の関係にある諸外国の入国管理行政と歴史・社会情勢を理解しなければならない。それらを理解すれば、入国管理行政の背景にある国家観や人権観も見えてくる」と語る。

 その発言の意味とは? 日本の入国管理行政はどのような歴史・社会情勢に立脚しているのか? それは世界的にイレギュラーなのか? 日本、そして世界の入国管理行政の背景にある国家観・人権観とは?

 本連載では今回、前後編の2回にわたり、ウィシュマさんの死という結果を招いた日本の入国管理行政・社会情勢と現在に連なる歴史的経緯(前編)、難民の取り扱いに関する日本および欧米諸国の異同(後編)を取り上げ、国家と人権について紐解いていきたい。

 国家と人権についての価値観は数あれども、必要なのは近視眼的な人権擁護論に留まらない、歴史的経緯や各国の姿勢を踏まえた実効性ある議論であろう。第二、第三のウィシュマさんを生まないためにも――。

【後編「日本は難民を拒否する冷たい国」なのか?…法社会学者が考えるウィシュマさん事件の意味」】はこちら

「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎない」

――名古屋出入国在留管理局による収容中に亡くなったウィシュマさんの2021年3月の死をきっかけに、当時、国会で審議中であった入管法改正案に関する議論が広く世論を巻き込んで行われることとなり、結果として当時の菅義偉首相率いる政府は、この入管法改正案を成立させることができませんでした。そもそも、ウィシュマさんの死と入管法改正の背景にはどういった事情があるのでしょうか?

河合幹雄 ウィシュマさんの死はショッキングな事案ですし、徹底した再発防止が求められるのはいうまでもないことです。しかし、ウィシュマさんの死と入管法改正をめぐる議論においてまず理解すべきは、およそあらゆる近代国家において、自国民と外国人の間には不平等が存在し、かつそれが容認されているということです。憲法学においては「外国人の人権享有主体性に関する問題」、つまり外国人に日本国憲法で保障されている基本的人権が認められるか否かの問題として議論されていますが、外国人の人権を国家がどこまで認めるかについては各国でばらつきがあります。

 日本では1970年代、ベトナム戦争や日米安保条約に反対する政治活動に参加したことなどを理由に在留期間の更新が不許可となった米国籍のロナルド・アラン・マクリーン氏が国を相手取って争った事件がありました。これは「マクリーン事件」と名づけられ、外国人の人権享有主体性を語るうえで欠かせない事件です。マクリーン事件において、最高裁判所大法廷は1978年10月4日の判決で「基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき」としながらも、「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎない」とし、マクリーン氏の訴えを認めませんでした。

 マクリーン事件のこの判決は、外国人にも政治活動の自由を認めています。しかし、その結果、法務大臣によって在留期間の更新不許可処分がなされたことについては、判断の基礎とした重要な事実に誤りがあるといった場合を除いて、法務大臣に広い裁量があるとされました。政治活動の自由はあるが、事実上の不利益が生じるのはやむなしということですね。

 ただし、だからといって「外国人に対してなら何をしてもいい」という話にもなりません。自国民と外国人の間で不平等が存在する一方、最低限の人権は守らないといけません。まず、これらの前提を理解することが必要です。

 話が複雑になってくるのは、ここに移民問題が関連してくるからです。自国民と外国人の間には不平等が存在し、かつそれが容認されているにもかかわらず、なお移民が発生するのは、国家間の経済格差があるからです。たとえばウィシュマさんの母国であるスリランカと日本でいうと、国際労働機関(ILO)のデータによれば、両国の賃金格差は10倍以上です。これほどの違いがあれば、日本国内では低水準の賃金であっても、本国で働くより断然稼げると考えるのは自然なことです。

 そして、わざわざ自国を離れて外国に働きに来る人たちですから、彼ら彼女らの大半は能力が高く、バイタリティのある人たちです。同水準の賃金で働く自国労働者と比較すれば、言語の問題は別にして移民労働者のほうが優秀である可能性が高い。かくして、移民を受け入れる企業からしても、低水準の賃金で能力の高い労働者を確保でき、双方の利害は一致するわけです。さらにいうと、企業としては景気が良い期間には働いてもらい、景気が悪くなったら本国に帰ってもらえれば、理想的です。こうした移民労働者とそれを受け入れる企業の構図は、フランスやスイスといったヨーロッパ諸国でも変わりません。

「移民が増えると治安が悪化する」は本当か…問題が顕在化する“二世問題”と「ホームグローンテロリスト」

――受け入れる企業と移民労働者の間で利害は一致しているからこそ、自国民と外国人の不平等が公然と存在していても大きくは問題にならないということですね。ところで、移民が増えると治安が悪化する、というのは巷でよく見受けられる議論ですが、その点についてはいかがですか?

河合幹雄 そこにも論理の飛躍があります。まず、移民労働者自身は先ほども説明したように、優秀な労働者である場合がほとんどです。そもそも働いてお金を稼ぐことが目的であり、知り合いは少なく土地鑑もない。そんな環境で、わざわざ犯罪に手を染める理由がありません。普通に考えて、道を踏み外すのは就労先の企業が倒産してにっちもさっちも行かなくなったとき、あるいは悪徳企業にあたってしまい賃金を十分に支払ってもらえない場合、くらいのものです。

 移民に関して問題が顕在化するのは、移民労働者の子どもが学校に通い始めたときです。いくら親である移民労働者の能力が高く、バイタリティがあるといっても、子どもに現地の言葉を教えるという点では、問題のある場合が多いです。たとえば、日本人夫婦がフランスに駐在しているときに子どもが産まれたとして、自分たちで子どもにフランス語を教えられるかというと、そう簡単にはいかないのが実情でしょう。

 同様の問題が、移民労働者の子どもの言語教育には横たわっています。そうした移民労働者の子どもたちがたくさん学校に通っていると、当然自国民の子どもたちと比べて教育に手間がかかり、結果として学校全体の学力が低下することが多いです。かくして、地域住民と移民労働者の間で軋轢が生じてくるわけです。また、子どもたちも学校の勉強についていけなければ、不良グループの仲間入りをするといった非行に走りやすくなります。

 主にヨーロッパでは、移民労働者の子どもが言語障壁や苦しい家庭環境のために現地社会に適応できず、不満を募らせていくといった事象がみられます。そうした子どもたちは、まだ見ぬ母国への憧憬と生まれ育った現地社会への怨嗟を屈折させ、自身の生まれ育った現地社会やヨーロッパ諸国を対象とする「ホームグローンテロリスト」となることもあり、大きな社会問題となっています。

 まとめると、移民労働者の受け入れは短期的には企業のコスト減につながり、「儲かる」話です。しかし、長期的には子女の語学教育をはじめ、彼ら彼女らとその家族を社会に適応させるための社会的コストが発生します。少子高齢化が進む日本において、移民労働者の受け入れが必要であるという主張は一理ありますが、では誰がそれに伴って発生するコストを負担するのか? そもそも、どのように移民労働者を受け入れるのか? そうした議論がまったく煮詰まっていないというのが現状です。

留学生、日系ブラジル人、そして外国人技能実習制度…日本への“移民”と、入国管理行政の戦後史

――自国民と外国人の間の不平等に関する背景や移民労働者に関する問題などに関する議論が理解できました。ところで、日本においてどのように移民労働者を受け入れるのかについての議論はまったく煮詰まっていないとのことですが、一方で外国人技能実習制度をはじめ、日本でもさまざまな政策が実行されています。日本において、外国人の就労に関する入国管理行政は、どのように整理できるのでしょうか?

河合幹雄 日本で外国人留学生にアルバイトが解禁されたのは1983年、ちょうどディズニーランドが開園した年です。外国人留学生へのアルバイト解禁の背景にあるのが、中曽根康弘内閣の打ち出した「留学生10万人計画」です。この計画が発表された当時、日本に来ていた留学生は約1万人、うち約7500人が私費留学生、残りは国費留学生や外国政府からの派遣留学生でした。

 そこからさらに9万人といっても、国費留学生や外国政府からの派遣留学生はそんなに増やせませんし、なにより予算がない。そこでターゲットは主に私費留学生となるわけですが、そうすると日本で生活していくだけのお金が必要になる。だからアルバイトを解禁します――というロジックだったわけですね。もっともそこには、単純労働を低賃金で引き受けてくれるありがたい労働者としての側面もあったとみることもできますが。

 その後、留学を隠れみのにした就労目的の来日や、不法残留などが問題になりつつも、来日留学生の数は増加し、留学生10万人計画も2008年には留学生30万人計画へと形を変え、現在に至っています。

 留学生のアルバイトはそうした形で始まり、変化してきたわけですが、移民労働者に対してはまた違った経緯があります。まず、世間一般のイメージ通り、伝統的に日本は移民労働者をなかなか受け入れようとしませんでした。一方で、特に工場での単純労働や農繁期の収穫などの季節労働における労働力不足の解決策として、移民労働者の必要性が日増しに高まってきていたのも事実です。

 そこで政府が目をつけたのが、日系ブラジル人です。政府は1990年に日本人であるブラジル移民1世の子または孫とその配偶者に限った受け入れを開始しました。行政のやることですから、条件を満たす人は平等に取り扱わないといけません。しかし、単純に移民労働者のハードルを下げると大挙して人が押し寄せてしまい、困ったことになる。移民労働者は欲しいが、数万人レベルで細々と受け入れたい。しかも、できれば世論の反発を招かない形で――。

日系ブラジル人の移民労働者は、単純労働や季節労働に対する労働力不足のみならず、ルーツが日本人であることや、条件を満たす人がそこまで多くないこと、そしてブラジルが経済的に苦境に立たされていたことなど、彼ら彼女らを取り巻く状況が時代のニーズにマッチしていたことで始まったのです。

 彼ら彼女らは群馬県太田市や栃木県小山市といった工場地帯を中心に移住し、そのまま定住した人も数多くいます。そうした地域では日系ブラジル人コミュニティが形成され、ブラジルの食材などを扱うスーパーなどが営業しているほか、標識にブラジルの公用語であるポルトガル語が併記されている場合もあります。

悪名高き「外国人技能実習制度」…“移民反対”の警察・法務省が受け入れを認めたきっかけ「顔認証技術」

河合幹雄 そして、入国管理行政において今もっともホットなのが、ご存じ「外国人技能実習制度」です。この制度は、日本企業の海外工場で働く現地採用の従業員に対して、社員教育として行っていた研修が源流です。1993年に法整備がなされて制度化されたのち、何度かの修正を経て今の形に至っています。

「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」、いわゆる技能実習法の第一章第三条では、基本理念として「技能等の適正な修得、習熟又は熟達のために整備され、かつ、技能実習生が技能実習に専念できるようにその保護を図る体制が確立された環境で行わなければならない」「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」とされています。人手不足を安く解決するためのものではなく、あくまで開発途上国の人材育成への貢献が目的ということですね。

 監理団体等の制度も整備されていますし、性善説に立てば、程度の差こそあれ、おそらく多くの企業において外国人技能実習制度は制度の趣旨にのっとって運営されており、技能実習生と彼ら彼女らの本国にとって有用な制度であると信じたいところです。

 しかし、いくら技能実習生を受け入れる産業界がそのように主張しても、警察や法務省はそうした性善説に立ってくれません。警察や法務省の関心は外国人の不法就労や治安の悪化にありますから、基本的に労働者としての外国人受け入れには反対なのです。

 ここでポイントになったのものは何か。実は、「顔認証技術」なのです。技術の発展によって、かなりの精度で個人を特定することができるようになり、悪事を働いた外国人を強制退去させてしまえば、たとえパスポート上では別人になりすまして再度日本にやってきても、二度と入国させない――などといったことが可能になりました。この顔認証技術があったからこそ、労働者としての外国人受け入れに消極的な警察や法務省も、制度導入を受け入れた。かくして、外国人技能実習制度は今の形となったのです。

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 ここまで、留学生のアルバイト解禁、日系ブラジル人の受け入れ、そして顔認証技術に後押しされる形で始まった外国人技能実習制度と、日本の入国管理行政の経緯について整理してきた。

 ところで、入国管理行政において、難民についてはどのような制度になっているのだろうか? 国家と人権を語るうえで、労働者としての外国人もさることながら、難民としての外国人を語らないわけにはいかないだろう。また、難民問題は必然的に諸外国の制度や社会情勢とも関連づけて理解しなければ、その本質はつかめない。

 本連載の後編では、主に欧米諸国の難民に関する取り扱いや社会情勢にも触れながら、難民に対する日本の入国管理行政、そしてウィシュマさんの死の原因について掘り下げていく。

(構成=青木 隼)

【後編「日本は難民を拒否する冷たい国」なのか?…法社会学者が考えるウィシュマさん事件の意味」】はこちら

●河合幹雄(かわい・みきお)
1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著作に、『日本の殺人』(ちくま新書、2009年)や、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店、2004年)などがある。twitter:@gandalfMikio

JRA イクイノックスVSジオグリフは実現せず!? 豪華絢爛の木村哲也厩舎が抱える深刻な“C.ルメール依存症”…解決策はいつものアレ?

 昨年、所属騎手へのパワハラに関する訴訟に関連して、JRAから調教停止処分を受け、同年11月に復帰した木村哲也調教師。復帰後は着実に勝ち星を挙げ、重賞を2勝するなど順調な再スタートを切っている。

 昨年は悪目立ちしてしまった木村厩舎だが、名誉挽回へ向けて大きなチャンスとなりそうなのが3歳クラシック戦線だ。今年は主役となり得る、強力な3歳馬が揃っている。

 中でも筆頭格はイクイノックスだろう。

 8月の新馬戦では、後に2歳女王となるサークルオブライフ、エリカ賞(1勝クラス)勝ちのサトノヘリオスなどに7馬身以上の着差をつけ圧勝。2戦目の東京スポーツ杯2歳S(G2)でも上がり3F32.9秒の豪脚を繰り出し快勝。暮れの2歳G1こそ姿がなかったが、現時点で同世代の中でも頭ひとつ抜けた存在になっている。

 次に名が挙がるのがジオグリフだ。

 2戦目となる札幌2歳S(G3)を圧勝し重賞初勝利。続く朝日杯FS(G1)では2番人気の支持を受けるも5着に敗れている。しかし、距離短縮や直線での不利など、ベストパフォーマンスとは言い難い内容だった。陣営からもポテンシャルは高く評価されており、札幌2歳Sの内容から世代間での実力は上位だろう。

 その他にも、重賞2勝のリアアメリアの妹で、ベゴニア賞(1勝クラス)2着のリアグラシア。サウジアラビアロイヤルC(G3)2着のステルナティーア。カンナS(OP)勝ち馬で、叔父にG2・3勝のシャケトラがいる良血コラリンなど、実力馬が揃う。

 大将格のイクイノックスは皐月賞(G1)直行を予定。その他の馬も、今後順調に駒を進めればクラシック本番でも有力候補の一角となってきそうだ。

 その一方で、陣営が今後頭を悩ますであろうことが「鞍上問題」だ。木村厩舎で勝ち上がっている現3歳世代の7頭のうち、6頭に直近のレースでC.ルメール騎手が騎乗している。

 阪神JF(G1)でのステルナティーアのみ、主戦の福永祐一騎手が香港で騎乗するための代打騎乗で、今後は福永騎手に戻る可能性がある。しかし、他の馬は事実上ルメール騎手が主戦の馬ばかり。今後は前哨戦だけでなく、本番を迎える際にも多くの馬が他の騎手への乗り替わりを強いられる事になりそうだ。

 ただでさえG1での乗り替わりはマイナスと言われるが、名手ルメール騎手からの乗り替わりとなると、鞍上弱化は否めない。管理馬が勝ち上がれば嬉しい反面、鞍上問題では陣営も頭が痛いところだろう。

 牡馬路線では、現状イクイノックスを選ぶ可能性が高いと見られているが、ジオグリフも次戦に予定している共同通信杯(G3)の内容次第では、ルメール騎手を悩ませる事になるかもしれない。ちなみにルメール騎手には、他にも国枝栄厩舎所属のコマンドラインなどがおり、実力馬を選り取り見取りといった状況だ。

 最近では、同じ騎手でレースに出走するために、お手馬同士の直接対決を避けるレース選択をするケースもあるようだ。木村厩舎の管理馬の多くはノーザンファーム生産馬で、馬主もサンデーレーシング、シルクレーシング、キャロットファームなどノーザンファーム系の一口馬主クラブがずらりと並ぶだけに、いわゆる”使い分け”も視野に入るだろう。

 陣営がどういったレース選択をし、ルメール騎手がどの馬に騎乗するのか。この春の主役となり得る木村厩舎と5年連続リーディングジョッキーの動向から、目が離せない。

(文=椎名佳祐)

<著者プロフィール>
 ディープインパクトの菊花賞を現地観戦し競馬にのめり込む。馬券はアドマイヤジャパン単勝勝負で直線は卒倒した。平日は地方、週末は中央競馬と競馬漬けの日々を送る。

精神科医が語る、石原莞爾“ADHD”の可能性…成績優秀と奇行、東條英機を罵倒して左遷

 1931年(昭和6年)9月、中華民国の奉天(現在の瀋陽)郊外の柳条湖で、関東軍が南満州鉄道の線路を爆破した事件(柳条湖事件)をきっかけとして、関東軍は満州全土を占領するに至った。これが満州事変である。

 関東軍とは旧日本軍の部隊のひとつで、当初、遼東半島先端にある関東州の守備などを目的としたためこう呼ばれ、司令部は旅順に置かれていたが、中央の了解なしに独断専行でこの作戦を実施したのであった。

 その後、関東軍の主導の下に満州は中華民国からの独立を宣言し、1932年(昭和7年)3月、満洲国が建国された。元首(後の満洲国皇帝)には、清朝最後の皇帝であった「ラストエンペラー」愛新覚羅溥儀が招かれた。

 満州事変の首謀者のひとりである石原莞爾は、代表的な軍国主義者としてみなされることが多いが、実は一風変わった才能豊かな独特な思想を持った人物でもあった。

 石原は、昭和3(1928)年に関東軍作戦主任参謀として満州に赴任し、自身の「最終戦争論」を基本として、「満蒙領有計画」を実行に移し、1万数千人の関東軍で広大な満州を占領した。

 満州国の建国にあたって石原は、「王道楽土」「五族協和」をスローガンとし、日本人も国籍を離脱して満州人になるべきだと主張し、日本と中国を基盤にした独立国を構想した。さらに関東軍に代わって満州国協和会による独裁制によって、満州国を自立させようと企てた。しかしこうした石原の行動は軍部の主流派であった東條英機らとの対立を生むこととなり、閑職に左遷となっている。

 本稿の記載にあたっては、『石原莞爾 生涯とその時代』(上下巻、阿部博行著、法政大学出版局)、『石原莞爾』(青江舜二郎著、中公文庫)、『鬼才 石原莞爾』(星亮一著、潮書房光人新社)などを参考にした。

鶴岡生まれ、14歳で仙台の陸軍幼年学校へ…奇行が目立ち、美術の授業では「便所において我が宝を写す」

 石原莞爾は1889(明治22)年に、山形県西田川郡鶴岡(現在の鶴岡市)で誕生した。父親は警察官であり転勤が多かった。子ども時代の石原は、手が付けられないほど乱暴であると同時にいたずら好きで利発であり、成績は常にトップクラスだった。石原は10人の兄弟姉妹の三男であったが、うち4名が夭折している。

 石原の小学校時代の同級生は、「恐ろしく腕白」だが、「それでいて、なかなか義侠心があって、上級生が下級生をいじめたりすると、飛んできてかばってくれた」と述べている。

 次に記すのは、小学校の授業についての石原の回想である。

 私は小学校で割合出来る方でしたが、授業は一番出来ないビリを相手にするから、50分の時間退屈して困る。仕様がないから、先生の隙に乗じて前の頭をコツンと殴る。それから先生が余り油断してをると、奇襲作戦の稽古として、二三人おいた先を殴る。

 また次のエピソードは、石原の隣人によるものである。

 ある時、私の長男の子守りが莞爾に向かってアカンベーをした。莞爾は怒って、棒を振り上げ「背負っているのは中根の子供ゆえ、ケガをさせてはならぬから早く降ろせ。貴様ばかりは殺してやる」といって追いかけてきたので、子守りは青くなり、家に逃げ込んでくる。家族は驚き、やっと莞爾をなだめて帰すようなこともありました。

 石原は鶴岡の荘内中学をへて、14歳のときに仙台の陸軍幼年学校に進学、ここでも成績は常にトップクラスだった。試験のときにはいつも一番先に答案を出し、悠々と教室を出ていった。しかしスポーツは苦手で、さらに日常の態度は優等生とはかけ離れていた。教官や上官の言動を気にすることもなく、時には真っ向から彼らの説を否定しゆずらないことも多かった。

 さらに石原はいたずらもので、無頓着で無精であり、事件をひんぱんに起こした。なかなか風呂に入らないため、体中がシラミだらけとなった。そのシラミを集めては紙の上に並べて競争させたりもした。

 図画の宿題に、自分の性器を描いて提出したときには大きな問題となった。美術の教師が嫌いだった石原は、「便所において我が宝を写す」と題をつけて提出したのである。このため「品行下劣、上官抵抗」という理由で退学になりそうになったが、学校長の裁量のおかげで放校にはならないで済んだ。

 このように石原は奇行が目立つことが多かったため、「もしかしたらあいつは、七番の部の病気(精神疾患)ではないか」と同級生から噂されたという。

 もっとも、石原はおうようで小事にこだわらない性質で冗談もうまかったので、周囲の人気は高かった。ただ服装や身の回りに気を使うことがなかったため、上官からはよく注意をされていた。

陸軍士官学校を卒業、給料日には借金取り、過去の戦史やマルクス主義関連書籍などなんでも読みあさる

 明治40(1907)年、石原は陸軍士官学校に入学した。あいわからず上官への反抗や侮辱などを繰り返すなど、以前と同様に生活態度は悪かった。剣道の試合で、教官と組打ちになり、相手の急所をにぎって気を失わせたこともあった。

 陸軍士官学校を卒業した後は、山形をへて会津若松の部隊に赴任になる。ここで石原は料亭でよく遊ぶようになり、給料のほとんどを使い尽くした。給料日には借金とりが押し寄せてくるので、当座の小遣いだけ抜いて、あとは早いものがちにと給料袋のまま渡していたという。

 軍隊時代の石原は末端の兵士のことをよく考える士官で、行動は合理的であった。石原が京都第16師団長のときのことである。陸軍記念日には、通常は閲兵式・分列行進で3時間かかる式典を行うのが通例であったが、石原は指揮官1人とともに各部隊の前面を馬を駆け足で走らせて閲兵を済ませ、式典を5分程で終えてしまったという。

 一方で上官に対しては、自分の意見を大声で直言した。二・二六事件のときには、上官である荒木貞夫に対し石原は「ばか! お前みたいなばかな大将がいるからこんなことになるんだ」と怒鳴りつけたことが知られている。

 また一方で石原は非常に勉強熱心であり、毎朝5時に起床して、過去の戦史などを研究し、マルクス主義など当時の新しいテーマを扱った本も熱心に読んだという。

東條英機に対し「憲兵隊しか使えない女々しい奴」、太平洋戦争直前に左遷

 1932(昭和7)年3月、国際連盟からリットン伯爵ヴィクター・ブルワー=リットンを団長とする調査団(リットン調査団)が派遣され、満州国に関しての現地調査を行われた。1933(昭和8)年2月、リットン調査団の報告書をもとに、満州国の存続を認めないという勧告が国際連盟から提出された。このため同年8月、日本は国際連盟を脱退した。

 1937(昭和12)年の日中戦争開始時、石原は参謀本部第一部長であったが、強硬路線を主張する部下を抑えきれず、早期和平の方針で参謀本部をまとめることはできなかった。

 石原は同年9月に関東軍参謀副長に任命されて着任したが、参謀長の東條英機との路線対立が深まり、最終的には1938(昭和13)年には参謀副長を罷免されている。石原の東條への侮蔑は徹底したもので、「憲兵隊しか使えない女々しい奴」などと罵倒、東條を無能呼ばわりしたため、修復不可能な仲となっていたという。

 1941(昭和16)年3月に石原は現役を退いて、予備役へ編入されることとなった。この先、日本軍は泥沼となった日中戦争に加えて、太平洋戦争にも突入することとなる。

太平洋戦争に対しては終始反対、「油が欲しいからとて戦争を始める奴があるか」

 軍を去った石原は、執筆活動、講演活動に力を入れ、立命館大学国防学研究所長に就任したが、軍部からの干渉により辞任している。太平洋戦争に対しては終始反対の態度を示し、「油が欲しいからとて戦争を始める奴があるか」と絶対不可であると主張したが、受け入れられることはなかった。

 石原は「最終戦争論」を唱え、武器の発達によって戦争という事態が絶滅し、恒久平和がもたらされると主張した。戦後の極東国際軍事裁判においては、戦犯の指名から外れたが、証人として山形県酒田の出張法廷に出廷した。

 ここで彼は、「日本に略奪的な帝国主義を教えたのはアメリカ等の国だ」との持論を披露するとともに、東條英機を無能であったと厳しく批判した。

 その後の石原は政治や軍事に関わることはなく、庄内の「西山農場」にて仲間とともに共同生活を送り、1949(昭和24)年に没している。

 東條英機の副官を務めた西浦進は、「石原さんはとにかく何でもかんでも反抗するし、投書ばかりしているし、何といっても無礼な下戸だった。軍人のくせに酒を飲まずに周りを冷たい眼で見ている」と批判している。しかし一方で、石原はカリスマ性を持つ魅力的な人物でもあり、多くの信奉者が存在したことも事実である。

石原莞爾に不注意症状は認めなかったが、ADHDに近い特性を持っていたのではないか

 石原莞爾は軍人としてだけではなく、思想家としても多くの人を引き付ける魅力を持っていたが、同時に破天荒なキャラクターの持ち主だった。彼は子ども時代から天才肌の能力を持っていたにもかかわらず、あばれ者でいたずら好きのかんしゃく持ちであったし、生活面では無頓着でだらしなかった。

 長じて軍の主要なポストについてからも、組織のロジックに盲目的には従おうとせず、上官に対しても自己主張を繰り返した。このように何事にも物怖じしない態度は、幕末に活躍した小栗上野介を思い起こさせる(『精神科医が分析する小栗上野介=ADHD説…有能にして傲慢、生涯に70回余の降格・罷免』)。小栗は幕閣のなかでもっとも有能な官吏であったが、周囲に忖度しない言動により、罷免と任用を繰り返された。

 また私生活において身なり風体へのこだわりがなく、金銭の蕩尽もみられる点を考えると、江戸時代の浮世絵師である葛飾北斎に通じるように思われる(『精神科医が語る葛飾北斎のADHD…生涯93回の転居、頻繁な改名、無礼で金銭には無頓着』)。石原に明らかな不注意症状は認められないが、その特性はADHDに近いものが存在していたと考えられる。もし石原が軍部の実権を握っていたのであれば、日中戦争の様相は様変わりをし、太平洋戦争も防げていたのかもしれない。

(文=岩波 明/精神科医)

●岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書インテリジェンス)、共著に『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

パチスロ新台「激甘ボーナスタイプ第2弾」は“BIG280枚”の限界に挑戦!!

 全ての設定で機械割100%オーバー。パチスロメーカーのボーダーはこのほど、最新タイトル『言い訳はさせないわよby激壇蜜』の機種情報及びデジタルガイドブックを公開した。

 周知の通り、同社は2020年にタレントの壇蜜を主役に起用したボーナスタイプ『パチスロ言い訳はさせないわよby壇蜜』を発売。完全告知タイプの本機はビッグとREG、2種類のボーナスを搭載しており、ビッグは200枚、REGは約80枚の獲得が可能。設定は「3」「5」「6」の3段階で、ボーナス合算確率110.0分の1の設定3はBR比率が1対1、同118.9分の1の設定5はビッグ偏向、同94.4分の1の設定6はREG偏向と、それぞれで違った出玉推移を演出している。

 また、本機はフル攻略ならば設定3でも機械割は101.84%に到達。同じくフル攻略ならば設定5の機械割は104.40%、設定6は107.68%にも及ぶ。

 そんな激甘スペックの正統後継機として2月20日に先行導入の開始を予定している『言い訳はさせないわよby激壇蜜』は、先代と同様にビッグとREGで出玉を増やすシンプルな仕様。ビッグの獲得枚数は280枚、REGは104枚と限界までアップさせており、ボーナス中の目押しは一切不要だ。

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パチンコ実戦「一撃5000発オーバー」最高のスタートも…帰り道は遠回りしたくなる展開で撃沈!?

 本機最大の特徴は「ダブルルートシステム」と呼ばれる2つの大当りへの道のり。図柄による液晶当りと役物抽選を契機とした小当り経由、つまり本来的な1種2種混合機のゲーム性となっている。

 もちろん、告知ランプが点灯すればボーナス確定で、その告知パターンは先告知25%、後告知75%。「ドキドキフラッシュ」「キューティーストップ」「ゲキミツ告知」といったプレミア告知はビッグ確定と思われ、ボーナス終了後100G間はこれらプレミア告知の出現率がアップするようだ。

 新演出としては「ぷるるん」予告があり、レバーONでリールが震えたらハネorボーナス成立のサイン。「うふふ」ボイスを伴った場合は大チャンスで、ビッグ期待度が約50%まで跳ね上がるという。

 そのぷるるん予告発生時は左・中リールにハネを狙い、右リールはフリー打ち消化でOK。ぷるるん予告非発生は左リールにBAR絵柄を目安にチェリーをフォローしよう。

 各種攻略情報誌によると、肝心の設定は「L」「3」「6」「H」の4段階で、ビッグ確率は284.9分の1(設定3・6共通)、REG確率は364.1分の1(設定3)、284.9分の1(設定6)、その機械割は101.84%(設定3)、107.68%(設定6)だという。

 ちなみに、50枚あたりの平均消化ゲーム数は設定ごとに特徴的な挙動を取るようなので、設定の看破は容易いと思われる。

「癖馬職人」池添謙一が魅力のメイケイエールはここが試金石! 元JRA藤田伸二氏も“賛辞”の好相性でカレンモエとの牝馬対決【シルクロードS(G3)展望】

 30日(日)、中京競馬場ではシルクロードS(G3)が行われる。春のスプリント王決定戦、高松宮記念(G1)と同じ舞台ということで、本番に直結する可能性があり注目度も高くなりそうだ。

 人気を集めるのはメイケイエールとカレンモエの牝馬2頭だろう。ただし、安定感には欠けるが一発の魅力にあふれるメイケイエールに対し、まさに正反対なのがカレンモエと、両馬の性質は大きく異なる。

 まずはメイケイエールから見ていこう。

 2歳~3歳春にかけて、1200m、1400m、1600mの各距離で重賞を勝利しているメイケイエール(牝4歳、栗東・武英智厩舎)だが、爆発力を秘める一方で気性に大きな課題を抱えている。

 それは、とにかく前半から全力を出そうと行きたがってしまうところだ。これまで武豊騎手と横山典弘騎手という百戦錬磨のベテランジョッキーが騎乗してきたが、制御するのに手を焼いてきた。

 横山典騎手とのコンビで臨んだ昨春の桜花賞(G1)はシンガリ18着に敗退。距離を2ハロン短縮して臨んだキーンランドC(G3)は武騎手に手が戻ったが、やはり抑えが利かず7着と人気を裏切った。

 そこで白羽の矢が立ったのが“癖馬”の矯正に定評がある池添謙一騎手だった。

 7番人気まで評価を落として臨んだのはスプリンターズS(G1)。スタートで遅れると、外に逃避・斜行し、タイセイビジョンなどの進路を妨害。レース後には平地調教注意を受ける羽目になった。

 それでもその一戦でポテンシャルの高さは見せた。序盤に他馬に迷惑をかけた以降は池添騎手もなんとか制御に成功し、7番手で4コーナーへ。前の馬に有利な馬場と展開ながら、直線でしぶとく脚を伸ばし、大健闘といえる4着に入った。

 このときYouTubeでレースを生配信していた元JRA騎手の藤田伸二氏は、「いい意味で勝ちにいっていない。馬に勉強できるレースができたんじゃないかな」と、池添騎手の騎乗に賛辞を送っていた。藤田氏の言葉通りなら今回は人馬ともに前走の学びをここで生かしたいところだろう。

 池添騎手は1週前追い切りにも跨がり「雰囲気は良く、馬場入りの時は落ち着いていたし、他の馬が追い抜いていっても我関せずといった感じだった」と状態の良さを『日刊スポーツ』の取材で明かしている。池添騎手が施した“教育”の成果を見せることはできるだろうか。

 一方、メイケイエールにはない安定感を持っているのが父ロードカナロア、母カレンチャンという良血馬カレンモエ(牝6歳、栗東・安田隆行厩舎)だ。

 20年9月に3勝クラスを突破。昇級後も重賞で常に人気を背負ってきたが、勝てないまま明けて6歳となった。これまでスプリントG3では3戦連続で2着。1着馬との差はクビ、ハナ、クビと、いずれも惜敗続き。前走セントウルSは初のG2だったが、3番人気で、自己ワーストとなる5着に敗れた。

 前走後は左肩に軽度な捻挫があり、スプリンターズSを見送っていたが、ここで戦列に復帰。集大成の6歳春へ向けて始動する。

 一頓挫あったが、秋に無理をさせなかったことはプラスに働きそうだ。20日の1週前追い切りは栗東坂路で49秒8-11秒9を計時。これはこの日の一番時計で、その充実ぶりが光る。

 今度こそ重賞初制覇を果たし、両親が相まみえたスプリントG1の大舞台にたどり着きたい。

 有力牝馬2頭に対抗するのが、快速セン馬のビアンフェ(セ5歳、栗東・中竹和也厩舎)だろう。

 この馬の魅力はなんといってもテンのスピードだ。12戦中7戦でハナを切っているように、ダッシュ力は現在のスプリント界でも1、2を争う。

 ただし、G1の大舞台ではこれまで苦い思いを2度経験している。2年前のスプリンターズSではゲートインに5分以上を要し、スタート後にはモズスーパーフレアに絡む大暴走で16着に大敗。その後は去勢効果もあってか、4歳初戦のオーシャンS(G3)で3着、続く函館SS(G3)を制したが、2年連続で参戦したスプリンターズSで再びゲートインに手間取ると、ハナを切れず7着に敗れた。

 2年連続の“失態”には、当然のごとく発走調教再審査を課せられたが、11月には無事に合格。シルクロードSを目標に調整されてきた。

 鞍上はもちろんデビューから手綱を取り続けている藤岡佑介騎手が務める。前走のスプリンターズSではモズスーパーフレアにハナを譲ったが、今回は忖度なしの大逃げを打つか。

 強烈な末脚を持つ牡馬2頭も侮れない。

 名牝ビリーヴの仔ジャンダルム(牡7歳、栗東・池江泰寿厩舎)は、前走のスプリンターズSで4番人気に支持され、課題の発馬もクリアしたが、11着に終わった。今回はコンビ通算「2-0-1-1」と相性抜群の荻野極騎手に戻って巻き返しを期す。

 嵌まったときの差し脚は威力抜群のナランフレグ(牡6歳、美浦・宗像義忠厩舎)。中京では6戦して1勝だけだが、「1-3-1-1」で複勝率は83.3%と安定感がある。差し馬有利の展開になればこの馬も面白い存在だ。

 5歳牝馬の2頭にもチャンスがある。

 3歳春にファルコンS(G3)を制覇したシャインガーネット(牝5歳、美浦・栗田徹厩舎)は、それ以降、低迷していたが、前走のオーロC(L)で1年8か月ぶりの馬券圏内となる3着に好走し、復活の兆しを見せた。

 エーポス(牝5歳、栗東・北出成人厩舎)は、初スプリントの前走ラピスラズリS(L)を制し、20年のフィリーズレビュー(G2)以来、1年9か月ぶりの美酒を味わった。スプリント路線で完全復活を印象づけられるか。

 高松宮記念に向けて勝ち名乗りを受けるのは果たしてどの馬か。シルクロードSは30日15時35分に発走予定だ。

JRA【根岸S(G3)展望】「12戦0勝」武豊、連勝中ヘリオスで初制覇の大チャンスも…「6連勝中」の超新星クロパラントゥは除外が濃厚

 30日(日)、東京競馬場では根岸S(G3)が行われる。フェブラリーS(G1)へ最重要の前哨戦として定着しており、過去10年で4頭がこのレースをステップに上半期ダート王に輝いている。今年も目が離せない一戦となりそうだ。

 1年前の当レースで8着、続くフェブラリーSでは最下位16着に敗れたヘリオス(セ6歳、栗東・寺島良厩舎)がパワーアップして戻ってきた。

 20年4月にオープンに昇級すると、それ以降はほぼ東京1400mもしくは1600mにこだわって使われてきた。近2走は今回と同じ東京1400mのグリーンチャンネルC(L)と霜月S(OP)を勝利。どちらも上位人気に推されマークされる立場だったが、積極的にハナを奪い押し切る強い内容だった。

 新たな戦法で結果を残しているヘリオスだが、逃げ馬にとってこのレースは鬼門になっている。過去10年の逃げた馬の成績は「0-0-0-10」で、10頭中8頭が2桁着順に沈んでいる。最後の勝利は05年のメイショウボーラーまで遡らなければいけないほど、逃げ馬には鬼門のレースとなっている。

 ヘリオスが逃げるかどうかは、今回が初騎乗となる武豊騎手の腹次第だろう。根岸Sは過去12回騎乗し、10年サマーウインドと15年ワイドバッハで2度の2着はあるが、勝ち切れていない。13度目の挑戦で秘策はあるか。

 なお、ヘリオスは『サウジカップデー』のリヤドダートスプリント(G3)にも登録している。まずは国内重賞レースで結果を残し、選択肢を広げることはできるか。

 6歳にして前走・武蔵野S(G3)を制したソリストサンダー(牡7歳、栗東・高柳大輔厩舎)も主役候補の1頭だ。

 前走は中団から鋭く脚を伸ばし、2着エアスピネルに1.1/4馬身差をつけ、前年2着の借りを見事返した。

 その後はチャンピオンズC(G1)には向かわず、根岸Sをステップに陣営が「ベストの距離」と話すフェブラリーSへ向かう予定だ。本番には中2週になるため、次走を見据えての仕上げなら他馬にも付け入る隙がありそうだ。

 7歳という年齢も、やや割引材料になるかもしれない。過去10年の7歳馬の当レース成績は「1-1-1-30」とイマイチ。好走率は「0-2-4-31」の8歳以上にも見劣るほど。果たして前走重賞勝利の勢いが、このデータを覆すことはできるか。鞍上は16年モーニンに続き、このレース2勝目を狙う戸崎圭太騎手が引き続き騎乗する。

 リステッド競走を2勝しているジャスパープリンス(牡7歳、栗東・森秀行厩舎)が国内では初めて重賞に挑戦する。

 20年と21年には本場アメリカのブリーダーズCに挑戦。2年前は15頭立てのBCスプリント(G1)で14着、昨年は8頭立てのBCダートマイル(G1)で最下位8着に敗れている。

 リステッドの2勝はどちらも中京1400mが舞台のエニフSで、左回りの1400mはベストの舞台。ただし、東京1400mでは2戦して、競走中止と16着と結果が出ていない。テン乗りとなる川田将雅騎手が、先行力を生かす展開に持ち込めるか。その手綱さばきに注目したい。

 堅実な末脚が魅力のオメガレインボー(牡6歳、栗東・安田翔伍厩舎)も侮れない。

 近5走は全て馬券圏内に好走しており、初の1200m戦となった前走カペラS(G3)ではスタートで後手を踏むも、直線内を鋭く伸びて3着を確保した。1ハロン距離が延びる今回の方が競馬はしやすいだろう。

 他には、地方では活躍するも中央では一歩足りない2頭にも注意が必要だ。

 地方交流重賞で6勝を誇るサクセスエナジー(牡8歳、栗東・北出成人厩舎)だが、中央の重賞は18年プロキオンS(G3)の4着が最高着順。15着に大敗した昨年のフェブラリーS以来となる中央のレースで一発を狙う。

 前走の兵庫GT(G3)で地方交流重賞4勝目を挙げたテイエムサウスダン(牡5歳、栗東・飯田雄三厩舎)は、これが中央での重賞3戦目。過去2回は13着と9着に敗れているが、コンビ通算3戦3勝と手が合う岩田康誠騎手の存在が何とも心強い。

 もう1頭名前を挙げておきたいのはクロパラントゥ(セ4歳、美浦・藤沢和雄厩舎)だ。

 2歳時に芝でデビューするも3戦連続で大敗。その後は門別に移籍すると3連勝を飾った。さらに中央に再転入後も3連勝し、ダートでは7戦6勝、現在6連勝中という上がり馬だ。現時点では除外される可能性が高いが、今後のダート路線で面白い存在になり得るだろう。

 フェブラリーSを占う前哨戦で新星は誕生するか。根岸Sは30日15時45分に発走予定となっている。

パチンコ実戦「一撃5000発オーバー」最高のスタートも…帰り道は遠回りしたくなる展開で撃沈!?

 一撃5000発オーバーを達成と、華々しいデビューを飾った「年つっぱ」。さすが『乃木パ』、アイドル性がエグいです。この調子でぐいぐいと出玉を量産させたいところですが、スペック的にはそんなに甘くないので、こちらもアイドルと同じ、調子に乗ると叩かれます。

 最近のインターネット社会では予想もつなかい角度から炎が立ち上ったりします。私も知らぬ間にホールを敵に回してしまったのでしょうか、前回とは打って変わって全然回りません。これはハライチ岩井の提唱する「監視カメラにお辞儀をすれば当る」攻略法を実践すべきでしょうか。

 1/24に勃発する『慶次』『牙狼』『北斗無双』『とある』の強コンテンツ四つ巴鬼修羅場導入に備えて超回収モードに入っているのか、かなり厳しい状況です。2ヵ月経過したとはいえ、長く使う想定の機種でしょうに。

 とはいえ、これは時代です。『海』ですら入れ替え初週で三流タイトル並みの即回収状況に陥ることが珍しくなくなってきましたからね。

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 なんてことを考えながら打っているとサブ液晶に遊タイムまでのカウントダウンが表示されるじゃないですか。なるほど、遊タイムが比較的近かったからか。よくよくデータを見れば前日に景気よく出していた模様。すべてがつながりましたね。そして素人の思いつきなんて大概は見当違いの戯言です。

 で、順調に(?)245回転で遊タイム突入。ただ『乃木パ』の遊タイムは極わずかとはいえスルーする可能性もあるし、当ったとしても初当りと同じ状態、つまりRUSH突破の50%が控えているわけですよ。この状況ではあまりお得感を感じられない展開です。

 はたして、首尾よく遊タイムで大当りはしましたが「チャレンジBONUS」からのチャレンジ演出失敗でRUSH突入ならず。噛み合わなさが噛み合っているここまでの流れとなりました。

 次の初当りは369回転。出玉がない状況でこの手こずりはツラい。そのうえ再びRUSHを逃してしまってオーマイガー。突破率が1/3になってしまいました。ちなみに選んだ演出は「LIVE」「MUSIC」の2つです。

 初回とは正反対の苦しい展開。これは1回成功したアイドルがすぐに人気が凋落するもののひたむきに努力して復活していくパターンのシナリオでしょうか。そう思い込んで前向きに続けます。

 3回目の初当りは113回転と早めに奪取。帰り道モードが50回転分あったのでほぼ数珠連です。そういうことにしてください。そしてこの当りはRUSH直撃の「ぐるぐるRUSH BONUS」。安心して大当りを消化できる喜び。

 さてようやくのRUSHは流れを変えようとこれまであまり選択してこなかった「MUSIC ATTACK」に挑戦。一発告知の王道はパトランプの「ガチ信頼度モード」ですが、ここは京楽「Air-Vibモード」に決めました。

 スーッとメーターがなくなっていくのに何も起きない緊迫感。好きな人にはたまらないゲーム性でしょう。しかしながら虚しく時が進むばかりで、儚く画面がグレーアウト。時短が終わってしまいました。

 いやいやまだ「ファイナルカウントダウン」があるじゃないですか。ほら、3、2、1、プスン。RUSHノーヒットスルー。いやー、マジか。今日は何をやってもダメな日に違いありません。帰り道でしょぼくれる町男でした。

(文=大森町男)

<著者プロフィール>

 羽根物によってパチンコの魅力にとり憑かれ、パチンコ雑誌を製作する編集プロダクションに入社。パチンコに関する記事作りや編集業務に携わる。編集長としてファン雑誌の制作に取り組むなどの経験を活かし、その後は携帯サイトやweb、動画コンテンツなど幅広いパチンコメディアに従事。現在はフリーランスのパチンコライターとして活動。パチMaxを中心に消極的に執筆の場を広げている。

 

日本電産・永守重信が語る「成しとげる力」がある人の共通点

 どんな分野であれ、「一流」と呼ばれる人には、一風変わった人や奇抜な人が多い。それはビジネスの世界も同じで、抜きん出た実績を残してきた起業家や経営者の中には際立った個性を放つ人がいるものだ。

 日本電産の創業者で、現会長の永守重信氏もその一人だろう。

 著書『成しとげる力』(サンマーク出版刊)で明かされている「京都の自宅六畳間で仲間三人とともに、たった四人で」創業するところから、売上高1兆円を超える世界屈指の電機メーカーを築き上げた永守氏の考え方や経営哲学、人の見方はいかにも泥臭く、ともすると時代錯誤に見えることもあるが、そこから垣間見える不動の信念と個性は「時代錯誤」などという言葉をものともしない強烈さだ。

「人生は七割が運」ではその運をいかに呼び込むか?


 0からのし上がった叩き上げ経営者だがにもかかわらず、というべきか、叩き上げ経営者だけに、というべきかわからないが、「人生は運が七割、努力が三割」が、永守氏の人生観だ。

 ただ、運が向けば勝てるし、運がなければ負ける、と割り切る淡白さではどんなことであっても成功を収めることはできない。

 まず、つね日頃より準備と努力を怠らず続けていることである。努力の積み重ねがないところには運もやってこない。じっさい、よい流れが来たときは即断即決が原則である。チャンスは一度しかやってこないし、たいていはものすごいスピードでやってくるものである。(『成しとげる力』より)

 運は自分で呼び込むもの。七割の運を呼び込むために三割の努力を積み重ねよ、というのが永守氏の考えの真意だろう。準備と努力がなければ、いざという時に素早い判断でチャンスを掴みにいけないのだ。

「成しとげる力」をつける人の法則


 人間には二種類の人がいる。

 ひとつは、人生どう生きてもつらいことはやってくるのだから、楽しいこと、楽なことに目を向けて生きて行こうというタイプと、あとあとで大きな喜びを手にするために、今は苦しくてもがんばろうというタイプだ。

 永守氏が「成しとげる力」をつけるための条件としているのは後者の生き方。人生が終わった時に振り返ったらどちらのタイプも楽しいことと辛いことの量は「プラスマイナスゼロ」かもしれないが、あとから大きな喜びを手にするために、今は苦難と逆境を味わってしまおう、という心がけが運を呼び込む、ということか。

大言壮語でも大ホラ吹きでも構わない


 大きなことを成しとげた人の多くに共通しているのは、自分がまだ無名で何者でもなかった時から、バカでかい野心を周囲に語っていたこと。周囲に笑われようがバカにされようが、おかまいなしである。

 日本電産が売上高1兆円を超えたのは2014年のこと。しかし、永守氏は創業した1973年から「世界に羽ばたく兆円企業になる」と宣言していた。たぶん、当時その言葉を信じた人はいなかっただろうし、「こいつならやりそうだ」と思った人もいなかったはずだ。

 それでも永守氏だけはあきらめずに自分の大言壮語を現実にしようとしてきた。懸命に努力を重ねていくにつれ「大ボラ」は「中ボラ」になり、「小ボラ」になり、実現可能な「夢」に変わっていったのだ。

 本書では、リーダー論や人心掌握術、仕事論などについて永守氏の熱のこもった言葉がつづられているだけでなく、日本電産を語るうえなかば伝説のようになっている「大声試験」「早飯試験」といった、かつて行われていた特徴的な入社試験の裏にあった永守氏の考えも明かされていて興味深い。

 何よりもどんな時代であれ目標や夢を実現するために一番必要なのは努力であり、ハードワークであり、絶対にあきらめない意志なのだという当たり前のことに改めて気づかされる一冊だ。(新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。