カテゴリー: 暮らしの情報センター
スタートアップ向けコンテスト参加募集中 「engawa KYOTO」で共同イベントも
モノづくり起業 推進協議会は、ハードウエアを開発するスタートアップ(起業)向けピッチコンテスト「Monozukuri Hardware Cup 2020」(主催=同協議会 共催=Kyoto Makers Garage)への参加を呼び掛けている(12月31日応募締め切り)。

同協議会は、日本の誇る「モノづくり」のノウハウを生かして、新しいビジネスを生み出すスタートアップを推進する機運が高まる中、これを具体的な活動につなげようと、2016年9月に設立された。
一方の「Monozukuri Hardware Cup 2020」は、2015年から米・ピッツバーグで開催されているハードウエア・スタートアップ専門のビジネスプランコンテスト「Hardware Cup 2020 Finals」への出場権をかけた日本予選。過去3回は大阪市で開催したが、今回は初めて京都市で開催する。

今年5月に開催された「同2019 Finals」には、全米から 6チームと世界から6チームが参加し、優勝チームには副賞として5万ドルの投資を得る権利が与えられた。アメリカ進出を考えているスタートアップにとって、メディアや投資家から注目を集める同コンテストは大きな意義を持つ。
日本予選は2020年2月13日、書類審査を通過した応募者が、京都リサーチパークの特設会場でプレゼンテーションとブース展示を行う。優勝者には「同2020 Finals」(米・ピッツバーグ)でのピッチ登壇権が与えられ、2、3位には開催期間中のブース展示と、投資家との面談が約束される。また副賞として、アメリカ本戦に参加するための渡航費の一部が、それぞれに授与される。
「engawa KYOTO」で共同開催イベント
コンテスト2日目の14日には、電通が京都・四条烏丸エリアに開設した、個人、企業、社会のイノベーションを支援する事業共創拠点「engawa KYOTO」で、スタートアップがスポンサー企業や、ベンチャーキャピタルなどの投資家、モノづくりの専門家らに相談やメンタリングを受けられる「Speed Dating(短時間の相談会)」が行われる。
終了後には懇親会を設け、コンテスト登壇者と各界の専門家が交流できる機会を提供する。
また併催イベントして、クライアントが抱える課題の解決に取り組む「ULTRAワークショップ」(主催=クロステック・マネジメント 共催=Darma Tech Labs、京都試作ネット)を開催する。ハードウエアやソフトウエア、サービスなど、さまざまな領域のプロフェッショナルと共に事業共創する1泊2日のプログラムだ。
スタートアップ向けコンテスト参加募集中 「engawa KYOTO」で共同イベントも
モノづくり起業 推進協議会は、ハードウエアを開発するスタートアップ(起業)向けピッチコンテスト「Monozukuri Hardware Cup 2020」(主催=同協議会 共催=Kyoto Makers Garage)への参加を呼び掛けている(12月31日応募締め切り)。

同協議会は、日本の誇る「モノづくり」のノウハウを生かして、新しいビジネスを生み出すスタートアップを推進する機運が高まる中、これを具体的な活動につなげようと、2016年9月に設立された。
一方の「Monozukuri Hardware Cup 2020」は、2015年から米・ピッツバーグで開催されているハードウエア・スタートアップ専門のビジネスプランコンテスト「Hardware Cup 2020 Finals」への出場権をかけた日本予選。過去3回は大阪市で開催したが、今回は初めて京都市で開催する。

今年5月に開催された「同2019 Finals」には、全米から 6チームと世界から6チームが参加し、優勝チームには副賞として5万ドルの投資を得る権利が与えられた。アメリカ進出を考えているスタートアップにとって、メディアや投資家から注目を集める同コンテストは大きな意義を持つ。
日本予選は2020年2月13日、書類審査を通過した応募者が、京都リサーチパークの特設会場でプレゼンテーションとブース展示を行う。優勝者には「同2020 Finals」(米・ピッツバーグ)でのピッチ登壇権が与えられ、2、3位には開催期間中のブース展示と、投資家との面談が約束される。また副賞として、アメリカ本戦に参加するための渡航費の一部が、それぞれに授与される。
「engawa KYOTO」で共同開催イベント
コンテスト2日目の14日には、電通が京都・四条烏丸エリアに開設した、個人、企業、社会のイノベーションを支援する事業共創拠点「engawa KYOTO」で、スタートアップがスポンサー企業や、ベンチャーキャピタルなどの投資家、モノづくりの専門家らに相談やメンタリングを受けられる「Speed Dating(短時間の相談会)」が行われる。
終了後には懇親会を設け、コンテスト登壇者と各界の専門家が交流できる機会を提供する。
また併催イベントして、クライアントが抱える課題の解決に取り組む「ULTRAワークショップ」(主催=クロステック・マネジメント 共催=Darma Tech Labs、京都試作ネット)を開催する。ハードウエアやソフトウエア、サービスなど、さまざまな領域のプロフェッショナルと共に事業共創する1泊2日のプログラムだ。
ぜんぜん違って、意外と同じ。菅野薫と田辺俊彦の広告論
自然言語処理、AR/VR、プロジェクションマッピングなど最新のテクノロジーを駆使し、さまざまな場で「リアルタイム」の大仕掛けを成功させてきた菅野薫。
トヨタ自動車の「Start Your Impossible」に代表される、ドキュメンタリーの手法を取り入れたキャンペーンを多く手掛け、グローバルに活躍の舞台を広げる田辺俊彦。
電通を代表する二人のクリエーターは、一見方向性が異なるように見えますが、実はしょっちゅう一緒にお酒を飲む盟友同士なのだとか。田辺氏のクリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞をきっかけに企画された今回のデザイントークで浮き彫りになったのは、音楽をはじめとするサブカルチャーの歴史への傾倒とリスペクト、リアルの追求といった、意外な共通点でした。
<目次>
▼青春をささげた90年代の音楽カルチャーが現在に接続
▼アイデアそのものよりも「実現する力」がクリエーティブ
▼世の中の課題に意味をなすなら、それは「広告」
青春をささげた90年代の音楽カルチャーが現在に接続

田辺:今日、僕の中で二つテーマがあって、まず一つが「菅野薫」。この男のある種の危険さ、ヤバさを、実はみんな分かっていないと思うので、本当の姿をあぶり出したいです。
菅野:いや、でも、今日は田辺の日でしょう。クリエイター・オブ・ザ・イヤー、おめでとうございます。
田辺:ありがとうございます。賞は頂いたんですが、実は僕が何をやっているのかっていうのは社内でも謎めいていると思っていて(笑)。だからもう一つは、僕の宣伝に使わせていただきます。
菅野:田辺はよくそれ言うよね、「俺はあんまり知られていない」的な。今日たくさん知ってもらった方がいいよ。
田辺:でもまずは菅野さんの話題からね。菅野薫は先端テクノロジーの人だとかデジタルな人だとよく語られるじゃないですか。でもその根底は極めてアナログなジャズマンだと僕は思っていて。大学時代に菅野薫が何をやっていたのかということから掘り下げたいです。
菅野:もうやっていないですけど、大学時代はジャズバンドでギターを弾いていました。
田辺:ジャズサックス奏者の菊地成孔さんに師事して、作編曲を学ばれていたそうですね。出会いは何だったの?
菅野:学生時代は、PIT-INNのようなジャズ・クラブで、先輩のローディーをやったり演奏のお手伝いをさせてもらっていたんですが、そのとき、同じお店で菊地さんが入れ替わりで演奏したりしていて。その時に話すようになって。それから、菊地さんの小さな私塾みたいなところで楽理編曲を教えてもらったり、ゼミ的にいろんな人の演奏を採譜して分析して議論したり。4年ほど学ばせてもらいました。
田辺:そんな菅野さんは今、音楽の仕事がとても多いですよね。昔の音楽仲間とのつながりが仕事に反映されているでしょう。
菅野:20代前半の頃に遊んでいた音楽仲間から芋づる式につながっていった友人たちと、今でも一緒に仕事をしているという。ライゾマティクスの真鍋大度さん、Dentsu Craft Tokyo/Qosmoの徳井直生さん、澤井妙治さんとかそうですね。椎名林檎さんやMIKIKOさんも同世代で、音楽関係の友人関係が共通していたりします。だから、仕事でつながった感じでない人と仕事することが多いかもです。直近の仕事だと、森ビルのブランドムービーで音楽をお願いしたmabanuaさんも音楽系の友人でつながった関係ですね。
と言っても電通に入社してからは、10年くらいマーケ系部署で研究開発をしていたから、音楽と仕事は全然関係がなかったんだけど。田辺も高校時代はドイツでDJをやっていたんでしょ?
田辺:16歳のときに、ドラムンベースというジャンルですね。それで帰国して大学に入ってからも、実家が築60年の古いビルで、人を呼んでDJをしていました。そしたら遊びに来ていた某有名カルチャー雑誌の編集者が「東京アンダーグラウンドシーン20選」みたいな特集で、僕んちを16位に入れてくれたという(笑)。
菅野:もう、エピソードがすでにおしゃれだもん(笑)。アンダーグラウンドのアンダーグラウンドという、低~いところにいたときの話ね。
田辺:その反動で、電通に就職してからは今までのことを悔い改めて、ちゃんと生きようと思ったんです。
菅野:アンダーグラウンド過ぎたゆえに。入社時の志望はクリエーティブだったの?
田辺:「当然クリエーティブに配属されるだろう」「じゃなきゃなんで取ったんだよ」と思っていたら、マーケティング部門で、中部支社に配属されて。だから僕も菅野さんと同じで、若い頃やっていた音楽とおさらばをして、マーケの仕事をしてきて、クリエーティブに転局して、この4~5年で出合い直した感じです。昔やっていたストリートカルチャーやクラブカルチャー周りのことが、やっと使えるようになった。
菅野:ちょうど世の中的にも20年で一回りしてきて、90年代のカルチャーが今に接続している感じだもんね。
田辺:その感覚はめちゃくちゃ分かる。90年代のトリップホップの、ポーティスヘッドとかいたじゃない?今、2周ぐらいしてその影響を受けた、ジェイムス・ブレイクとかがヒットしていたりする。
菅野:また(挙げるものが)暗いなぁ。僕もまあ暗いけど、田辺の方が暗いわ。例えば同期の小布施(典孝)くんは性格通り、仕事でも明るくてポジティブなものをつくるけど、僕らはどうも暗い(笑)。やっぱりつくるものに人間性が出てるよね。
アイデアそのものよりも「実現する力」がクリエーティブ

菅野:お互いの仕事をいくつか振り返っていきましょうか。田辺と音楽といえば、去年やった「RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO」が。
田辺:最初に依頼されたのは、アートディレクションやコピーワークだけだったんだけど、それはあまり興味がなくて、「新しい音楽フェスティバルを立ち上げるなら、コンセプトからイベントの実施まで一緒にやらせてほしい」と逆にお願いしたんです。
菅野:CMがまた、すごい魅惑的な顔触れですよね。このCMって、フェスのコンセプトそのものがステートメントになっているということ?
田辺:そう。インナーのステートメントをそのままCMにした。要は、なるべくライブハウスの外に出て、音楽が「街」や「人」と融合しているフェスをつくりたかったんです。それで例えば国立科学博物館でライブをしたり、カラオケ館の各ブースにアーティストを呼んでライブ配信したり。中でもJR山手線の車両を使ったノンストップ1周ライブは、実施にこぎ着けるまでとても大変でした。
菅野:山手線の普通ダイヤの中ででしょう?よく実現できたよね。
田辺:月1回だけ、日中のダイヤに1本、車両が走れる隙間があったんですよ。JRだから当然、安全上の基準がとても高くて、音楽機材の固定方法や重量制限、搬入時間などを一つ一つクリアしていくのが本当に大変でしたね。でも、こうして思いついたことを一緒に実現できるプロが仲間にいることが、大人になったことの良さかなと思った。
菅野:電通の強みでもあるね。僕は若い時は、「よくこんなことを思いつくな」ということを思いつくのがクリエーティブのすごさだと思っていたのね。だけど大人になって分かったのは、思いつくことより「世の中に実現して、実際に空気に触れる」ことに本当のすごさがあるということ。アイデアは発想だけでなく、「よくこんなことを本当にやったな」というところにも驚きや感動がある。
田辺:次に菅野さんと音楽というところで、仕事ではないけど、「LOVE展:アートにみる愛のかたち」(森美術館10周年記念展)を。
菅野:森美術館10周年記念展に提供した作品です。ライゾマティクスの真鍋くんと石橋素くんと一緒に作品をつくろうと、お声掛けいただいたんです。でも僕は広告が専門なので、「作品」といわれても困ったなと。そこで、やくしまるえつこさんにも入ってもらって、昔からの僕の専門だった自然言語処理システムを使ったインスタレーション作品《LOVE+1+1》をつくりました。来場者がマイクに向かって言葉を発すると、それをタイトルにしたラブソングがその場で生成されて、やくしまるえつこさんの声で歌いだすという作品。
田辺:電通入ってからずっとやってきてたという自然言語処理ね。
菅野:僕の専門なので(笑)。人工知能っぽいけどシンプルな統計なんです。過去のJ-POPからラブソングだけを7万曲集めて解析し、「この単語の次に来る可能性が高い単語はこれ」という言葉のつながりをパターン化している。コンピューターは意味も詞も何も理解していない。ありがちという理由だけで提示された詞を、人は勝手にラブソングだと感じるんですよ。「こういった言葉を組み合わせるとラブソングだと思うでしょ」という皮肉が入っています。
田辺:業界歴40年のプロデューサーみたいな発想だよね。
菅野:そうそう(笑)。それで、来場者がそのデータベースにはない言葉を発した場合は、いったんSNSでその言葉の関連語とか共起する言葉を見てきて、「その言葉の関連語」をもう一度検索し直して、つないでいく。だから例えば下品な言葉とかを入れてもちゃんとラブソングっぽくなるようにしてあるんだけど、何を歌いだすか分からない。森美術館にはたくさんの人が来るし、当時の皇后陛下がいらっしゃったと聞いたときは失礼な歌詞が出ていなかったかと震え上がってました。
世の中の課題に意味をなすなら、それは「広告」
田辺:菅野薫作品は「Sound of Honda/Ayrton Senna 1989」だったり、“1回性”のものが多いですよね。
菅野:Perfumeなどのミュージシャンとの仕事もそうですが、生放送だったり、失敗したら取り返しがつかない状態の本番を迎えることがとても多いですね…。
田辺:そのスリルはヤバいなぁ。国立競技場の映像を見てみましょうか。56年の歴史を経て取り壊される国立競技場の、最後の15分間の演出「SAYONARA国立競技場FINAL “FOR THE FUTURE”」ですね。
菅野:アスリートたちによる数々の名勝負の足跡を、“走馬灯”のように再現しようということで。走馬灯だから抽象化されていて、それも写実じゃなくて異化された形で、「光」で表現しています。
田辺:伝説の選手たちが国立の最終日に1回だけよみがえるという。この「1回だけ」っていうのが諸行無常というか、仏教的な世界ですよね。
菅野:ものすごい長い時間と手間暇をかけて、でもたった1回しか起こらない。その1回きりの奇跡というものに徹底的に関わってるから、いつも本番が過呼吸みたいになる(笑)。
田辺:僕は最近はドキュメンタリー系のプロジェクトも多くて、そっちの人だと思われがちなんですけど。根っこがリアルじゃないとあまりテンションが上がらなくなってきちゃって。
菅野:俺も、基本的にはびっくりするようなファクトをつくって、それ自体をドキュメンタリー化してみんなに伝わる形にすることが多い。「映像はうそをつく」ってことはもうみんな知ってるじゃない?だから、うそを前提とした上で真実をどう言付けていくかという方向と、俺みたいに「うそをついてない」ことを証明するために生中継とか一発勝負にするかみたいな方向に分かれている気がする。
でも、最近はリアルタイムで一発モノでも、高度な映像処理を混ぜ込んでバーチャルな映像演出を行う方向も挑戦しています。どこまでが本当で、どこまでがフェイクか分からないという。
田辺:「ドキュメンタリーはうそをつけないから大変ですよね」って言われることがあるけど、描きたい真実を左側から切り取るのか右側から切り取るのかで全然違う物語ができるから、そういう意味では6割うそなんですけどっていうね。1回性の話から強引につなげると、1回しか流れなかったCMというのを僕もやっていて、これはアメリカのスーパーボウルで流れたCMですね。
菅野:電通でスーパーボウルで流れるCMの仕事を手掛けたのは、田辺が初めてじゃない?
田辺:「もしやれるんだったら来週ロス行ってくれ」と言われて、一人でロサンゼルスに丸腰で行ったら、競合の欧米のエージェンシーが、12人のプランナーで2週間くらいかけて企画を考えてきていて。それでもその場で必死に考えて勝ち抜いたんだけど、実は流れたCMって最初に競合を勝った企画とは全然違うんですよ。
当初は夏季オリンピックと聞いていて、あるオリンピック選手が金メダルを取るまでの半生を100メートル走の競技に見立てた2分ものを提案したら、「企画はいいけど、冬季パラリンピックなんだよね」と言われて。パラリンピックのアルペンスキー金メダリストで企画をつくり直しました。
菅野:その時に通ったもう1本の企画は、ミシェル・ゴンドリーに撮ってもらったんでしょう。みんな企画会議で「監督はミシェル・ゴンドリーで」とか冗談で言ったりするけど、まさかの(笑)。
田辺:新作映画の脚本を監督に配ってキャスティングする会社がロスにあって、たまたまこの広告チームに入ってくれていたんですよ。「広告のスクリプトだけど撒いてみるか」と、すごくカジュアルに複数の映画監督に送ったら、なんと「スパイク・ジョーンズとミシェル・ゴンドリーからコールバックがきました」って。
菅野:一本釣りじゃなかったんだ!?そりゃまた、良い二人から返事が来たね~。
田辺:大声で言いましたね、「どっちでもOK!」って(笑)。どっちも僕のアイドルだから。大学時代に彼らの作品見て映像やりたいと思って、こういう映像をつくれるんだと思って電通に入ったんだから。
菅野:クリス・カーニンガム、スパイク・ジョーンズ、ミシェル・ゴンドリー。僕らの世代にとって彼らは育ての親みたいなものなんですよね。僕も大学時代、「ディレクターズ・レーベル」のビデオを本当によく見ていた。ちなみにビョークは彼ら全員と絡んでいるから、ビョークのMVもかなり見てたんですが、後にビョークと仕事することになるという…。
田辺:ビョークのMVをつくれたら明日にでも仕事辞めますよ(笑)。ビョークの時はどういう経緯で?
菅野:「Sound of Honda」とか僕が関わった仕事の映像をビョークのチームが見てくれていたんです。とはいっても、最初の仕事は、ビョーク本人が「今回は、私の口の中を360度VRで撮影してくれ」と言うから、企画のしようがなくて(笑)。僕は、そういう特殊な撮影用のカメラの開発や、合成するソフトの開発のサポートをしただけなので、テクニカルサポートから始まって、がっつりライブとかMVの仕事を一緒にしたって感じです。
田辺:菅野はテクノロジーが専門といっても、ダンスとか身体芸術が好きですよね。
菅野:これはビョークもブライアン・イーノも同じことを言っていたんだけど、テクノロジーって表現の目的にはならない、あくまでもエモーションを引き出す道具じゃないですか。じゃあテクノロジーを通して何を見るか、何を発見するかというと、やっぱり人間そのもの。そう思うと、被写体は魅力的な人間、そういう人がやるダンスとか、原始的な行為にどうしても惹かれていきます。田辺もダンス好きでしょう。
田辺:僕も年に1回はダンスの映像を撮ることにしていて。一番面白かったのが、菅原小春さんに振り付けから全部一緒にやってもらった「Bose EARPHONES DANCING」という企画で。昔はBluetoothもないから、二人で聴きたいときってこうやって片方ずつ付けてたじゃない?だからこれをつないだままコレオグラフィーを考えようって。
菅野:これ、ガムテープで止めてたりするわけでもなく?(笑)
田辺:なんにもやってない。二人とも一流だから取れないの。
菅野:さて、時間もないから最後に聞きたいんだけど、クリエイター・オブ・ザ・イヤーを取ると、この後どうするんですか?とか聞かれるでしょう。この後どうするんですか?
田辺:どうしましょう。いや、でも何も変わらないですよね。給料も変わらないし仕事が増えたわけでもないし、「いいね!」を押されたくらいの感じです。ご自身の時はどうでした?
菅野:僕の時は、クリエーティブの賞をもらって、初めてそこで「クリエーターなんだ」となったという…つまり、僕はクリエーティブ局への転局試験を受けたわけでもなく、ただなんとなく仕事がだんだんクリエーティブの方に移行していっただけだから。だって最初にクリエイター・オブ・ザ・イヤーの審査員特別賞をもらった2012年は、電通総研所属だったんですよ。クリエーターとしての自覚がそもそもあんまりなかった。
田辺:クリエーティブ職ではない人が賞を取ったのは初めてですよね。
菅野:まあでも、何をもってクリエーティブ職とするのか。広告の仕事を選んだ以上、自分たちの専門性をもってクライアントや社会の課題に対してアイデアを提供するわけだけど、それって営業も媒体局もやらなければいけないことだからね。クリエーティブというのは、「CMとかをよくつくる」とかいうレベルの話で、電通人全員がクリエーティブということが正しい気もする。
田辺:たしかにね。それで、「課題を解決する」というミッションは絶対にあるんだけど、そのアウトプットが「広告」かどうかは怪しい、ということも実は思っていて。
菅野:今日も、そんなに広告の話してないもんね(笑)。まずいな(笑)。
田辺:最近、あんまりそこの区別がなくなってきてるよね。最初は広告の相談が来たけど、話を聞いてみたらマーチャンダイジングとか川上から設計した方がいいなということになったり。RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYOもそういうパターン。広告は、「課題解決に取り組んだ結果、最後のプロセスに勝手にできるもの」という気が最近はしている。
菅野:クライアントや世の中の課題に対して意味をなす表現やソリューションであれば、CMとかポスターといった形にとらわれる必要はないんだよね。「誰かのために機能する表現を提供する」というゆるい定義においては、全て広告だと思っています。今日はありがとうございました!
ぜんぜん違って、意外と同じ。菅野薫と田辺俊彦の広告論
自然言語処理、AR/VR、プロジェクションマッピングなど最新のテクノロジーを駆使し、さまざまな場で「リアルタイム」の大仕掛けを成功させてきた菅野薫。
トヨタ自動車の「Start Your Impossible」に代表される、ドキュメンタリーの手法を取り入れたキャンペーンを多く手掛け、グローバルに活躍の舞台を広げる田辺俊彦。
電通を代表する二人のクリエーターは、一見方向性が異なるように見えますが、実はしょっちゅう一緒にお酒を飲む盟友同士なのだとか。田辺氏のクリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞をきっかけに企画された今回のデザイントークで浮き彫りになったのは、音楽をはじめとするサブカルチャーの歴史への傾倒とリスペクト、リアルの追求といった、意外な共通点でした。
<目次>
▼青春をささげた90年代の音楽カルチャーが現在に接続
▼アイデアそのものよりも「実現する力」がクリエーティブ
▼世の中の課題に意味をなすなら、それは「広告」
青春をささげた90年代の音楽カルチャーが現在に接続

田辺:今日、僕の中で二つテーマがあって、まず一つが「菅野薫」。この男のある種の危険さ、ヤバさを、実はみんな分かっていないと思うので、本当の姿をあぶり出したいです。
菅野:いや、でも、今日は田辺の日でしょう。クリエイター・オブ・ザ・イヤー、おめでとうございます。
田辺:ありがとうございます。賞は頂いたんですが、実は僕が何をやっているのかっていうのは社内でも謎めいていると思っていて(笑)。だからもう一つは、僕の宣伝に使わせていただきます。
菅野:田辺はよくそれ言うよね、「俺はあんまり知られていない」的な。今日たくさん知ってもらった方がいいよ。
田辺:でもまずは菅野さんの話題からね。菅野薫は先端テクノロジーの人だとかデジタルな人だとよく語られるじゃないですか。でもその根底は極めてアナログなジャズマンだと僕は思っていて。大学時代に菅野薫が何をやっていたのかということから掘り下げたいです。
菅野:もうやっていないですけど、大学時代はジャズバンドでギターを弾いていました。
田辺:ジャズサックス奏者の菊地成孔さんに師事して、作編曲を学ばれていたそうですね。出会いは何だったの?
菅野:学生時代は、PIT-INNのようなジャズ・クラブで、先輩のローディーをやったり演奏のお手伝いをさせてもらっていたんですが、そのとき、同じお店で菊地さんが入れ替わりで演奏したりしていて。その時に話すようになって。それから、菊地さんの小さな私塾みたいなところで楽理編曲を教えてもらったり、ゼミ的にいろんな人の演奏を採譜して分析して議論したり。4年ほど学ばせてもらいました。
田辺:そんな菅野さんは今、音楽の仕事がとても多いですよね。昔の音楽仲間とのつながりが仕事に反映されているでしょう。
菅野:20代前半の頃に遊んでいた音楽仲間から芋づる式につながっていった友人たちと、今でも一緒に仕事をしているという。ライゾマティクスの真鍋大度さん、Dentsu Craft Tokyo/Qosmoの徳井直生さん、澤井妙治さんとかそうですね。椎名林檎さんやMIKIKOさんも同世代で、音楽関係の友人関係が共通していたりします。だから、仕事でつながった感じでない人と仕事することが多いかもです。直近の仕事だと、森ビルのブランドムービーで音楽をお願いしたmabanuaさんも音楽系の友人でつながった関係ですね。
と言っても電通に入社してからは、10年くらいマーケ系部署で研究開発をしていたから、音楽と仕事は全然関係がなかったんだけど。田辺も高校時代はドイツでDJをやっていたんでしょ?
田辺:16歳のときに、ドラムンベースというジャンルですね。それで帰国して大学に入ってからも、実家が築60年の古いビルで、人を呼んでDJをしていました。そしたら遊びに来ていた某有名カルチャー雑誌の編集者が「東京アンダーグラウンドシーン20選」みたいな特集で、僕んちを16位に入れてくれたという(笑)。
菅野:もう、エピソードがすでにおしゃれだもん(笑)。アンダーグラウンドのアンダーグラウンドという、低~いところにいたときの話ね。
田辺:その反動で、電通に就職してからは今までのことを悔い改めて、ちゃんと生きようと思ったんです。
菅野:アンダーグラウンド過ぎたゆえに。入社時の志望はクリエーティブだったの?
田辺:「当然クリエーティブに配属されるだろう」「じゃなきゃなんで取ったんだよ」と思っていたら、マーケティング部門で、中部支社に配属されて。だから僕も菅野さんと同じで、若い頃やっていた音楽とおさらばをして、マーケの仕事をしてきて、クリエーティブに転局して、この4~5年で出合い直した感じです。昔やっていたストリートカルチャーやクラブカルチャー周りのことが、やっと使えるようになった。
菅野:ちょうど世の中的にも20年で一回りしてきて、90年代のカルチャーが今に接続している感じだもんね。
田辺:その感覚はめちゃくちゃ分かる。90年代のトリップホップの、ポーティスヘッドとかいたじゃない?今、2周ぐらいしてその影響を受けた、ジェイムス・ブレイクとかがヒットしていたりする。
菅野:また(挙げるものが)暗いなぁ。僕もまあ暗いけど、田辺の方が暗いわ。例えば同期の小布施(典孝)くんは性格通り、仕事でも明るくてポジティブなものをつくるけど、僕らはどうも暗い(笑)。やっぱりつくるものに人間性が出てるよね。
アイデアそのものよりも「実現する力」がクリエーティブ

菅野:お互いの仕事をいくつか振り返っていきましょうか。田辺と音楽といえば、去年やった「RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO」が。
田辺:最初に依頼されたのは、アートディレクションやコピーワークだけだったんだけど、それはあまり興味がなくて、「新しい音楽フェスティバルを立ち上げるなら、コンセプトからイベントの実施まで一緒にやらせてほしい」と逆にお願いしたんです。
菅野:CMがまた、すごい魅惑的な顔触れですよね。このCMって、フェスのコンセプトそのものがステートメントになっているということ?
田辺:そう。インナーのステートメントをそのままCMにした。要は、なるべくライブハウスの外に出て、音楽が「街」や「人」と融合しているフェスをつくりたかったんです。それで例えば国立科学博物館でライブをしたり、カラオケ館の各ブースにアーティストを呼んでライブ配信したり。中でもJR山手線の車両を使ったノンストップ1周ライブは、実施にこぎ着けるまでとても大変でした。
菅野:山手線の普通ダイヤの中ででしょう?よく実現できたよね。
田辺:月1回だけ、日中のダイヤに1本、車両が走れる隙間があったんですよ。JRだから当然、安全上の基準がとても高くて、音楽機材の固定方法や重量制限、搬入時間などを一つ一つクリアしていくのが本当に大変でしたね。でも、こうして思いついたことを一緒に実現できるプロが仲間にいることが、大人になったことの良さかなと思った。
菅野:電通の強みでもあるね。僕は若い時は、「よくこんなことを思いつくな」ということを思いつくのがクリエーティブのすごさだと思っていたのね。だけど大人になって分かったのは、思いつくことより「世の中に実現して、実際に空気に触れる」ことに本当のすごさがあるということ。アイデアは発想だけでなく、「よくこんなことを本当にやったな」というところにも驚きや感動がある。
田辺:次に菅野さんと音楽というところで、仕事ではないけど、「LOVE展:アートにみる愛のかたち」(森美術館10周年記念展)を。
菅野:森美術館10周年記念展に提供した作品です。ライゾマティクスの真鍋くんと石橋素くんと一緒に作品をつくろうと、お声掛けいただいたんです。でも僕は広告が専門なので、「作品」といわれても困ったなと。そこで、やくしまるえつこさんにも入ってもらって、昔からの僕の専門だった自然言語処理システムを使ったインスタレーション作品《LOVE+1+1》をつくりました。来場者がマイクに向かって言葉を発すると、それをタイトルにしたラブソングがその場で生成されて、やくしまるえつこさんの声で歌いだすという作品。
田辺:電通入ってからずっとやってきてたという自然言語処理ね。
菅野:僕の専門なので(笑)。人工知能っぽいけどシンプルな統計なんです。過去のJ-POPからラブソングだけを7万曲集めて解析し、「この単語の次に来る可能性が高い単語はこれ」という言葉のつながりをパターン化している。コンピューターは意味も詞も何も理解していない。ありがちという理由だけで提示された詞を、人は勝手にラブソングだと感じるんですよ。「こういった言葉を組み合わせるとラブソングだと思うでしょ」という皮肉が入っています。
田辺:業界歴40年のプロデューサーみたいな発想だよね。
菅野:そうそう(笑)。それで、来場者がそのデータベースにはない言葉を発した場合は、いったんSNSでその言葉の関連語とか共起する言葉を見てきて、「その言葉の関連語」をもう一度検索し直して、つないでいく。だから例えば下品な言葉とかを入れてもちゃんとラブソングっぽくなるようにしてあるんだけど、何を歌いだすか分からない。森美術館にはたくさんの人が来るし、当時の皇后陛下がいらっしゃったと聞いたときは失礼な歌詞が出ていなかったかと震え上がってました。
世の中の課題に意味をなすなら、それは「広告」
田辺:菅野薫作品は「Sound of Honda/Ayrton Senna 1989」だったり、“1回性”のものが多いですよね。
菅野:Perfumeなどのミュージシャンとの仕事もそうですが、生放送だったり、失敗したら取り返しがつかない状態の本番を迎えることがとても多いですね…。
田辺:そのスリルはヤバいなぁ。国立競技場の映像を見てみましょうか。56年の歴史を経て取り壊される国立競技場の、最後の15分間の演出「SAYONARA国立競技場FINAL “FOR THE FUTURE”」ですね。
菅野:アスリートたちによる数々の名勝負の足跡を、“走馬灯”のように再現しようということで。走馬灯だから抽象化されていて、それも写実じゃなくて異化された形で、「光」で表現しています。
田辺:伝説の選手たちが国立の最終日に1回だけよみがえるという。この「1回だけ」っていうのが諸行無常というか、仏教的な世界ですよね。
菅野:ものすごい長い時間と手間暇をかけて、でもたった1回しか起こらない。その1回きりの奇跡というものに徹底的に関わってるから、いつも本番が過呼吸みたいになる(笑)。
田辺:僕は最近はドキュメンタリー系のプロジェクトも多くて、そっちの人だと思われがちなんですけど。根っこがリアルじゃないとあまりテンションが上がらなくなってきちゃって。
菅野:俺も、基本的にはびっくりするようなファクトをつくって、それ自体をドキュメンタリー化してみんなに伝わる形にすることが多い。「映像はうそをつく」ってことはもうみんな知ってるじゃない?だから、うそを前提とした上で真実をどう言付けていくかという方向と、俺みたいに「うそをついてない」ことを証明するために生中継とか一発勝負にするかみたいな方向に分かれている気がする。
でも、最近はリアルタイムで一発モノでも、高度な映像処理を混ぜ込んでバーチャルな映像演出を行う方向も挑戦しています。どこまでが本当で、どこまでがフェイクか分からないという。
田辺:「ドキュメンタリーはうそをつけないから大変ですよね」って言われることがあるけど、描きたい真実を左側から切り取るのか右側から切り取るのかで全然違う物語ができるから、そういう意味では6割うそなんですけどっていうね。1回性の話から強引につなげると、1回しか流れなかったCMというのを僕もやっていて、これはアメリカのスーパーボウルで流れたCMですね。
菅野:電通でスーパーボウルで流れるCMの仕事を手掛けたのは、田辺が初めてじゃない?
田辺:「もしやれるんだったら来週ロス行ってくれ」と言われて、一人でロサンゼルスに丸腰で行ったら、競合の欧米のエージェンシーが、12人のプランナーで2週間くらいかけて企画を考えてきていて。それでもその場で必死に考えて勝ち抜いたんだけど、実は流れたCMって最初に競合を勝った企画とは全然違うんですよ。
当初は夏季オリンピックと聞いていて、あるオリンピック選手が金メダルを取るまでの半生を100メートル走の競技に見立てた2分ものを提案したら、「企画はいいけど、冬季パラリンピックなんだよね」と言われて。パラリンピックのアルペンスキー金メダリストで企画をつくり直しました。
菅野:その時に通ったもう1本の企画は、ミシェル・ゴンドリーに撮ってもらったんでしょう。みんな企画会議で「監督はミシェル・ゴンドリーで」とか冗談で言ったりするけど、まさかの(笑)。
田辺:新作映画の脚本を監督に配ってキャスティングする会社がロスにあって、たまたまこの広告チームに入ってくれていたんですよ。「広告のスクリプトだけど撒いてみるか」と、すごくカジュアルに複数の映画監督に送ったら、なんと「スパイク・ジョーンズとミシェル・ゴンドリーからコールバックがきました」って。
菅野:一本釣りじゃなかったんだ!?そりゃまた、良い二人から返事が来たね~。
田辺:大声で言いましたね、「どっちでもOK!」って(笑)。どっちも僕のアイドルだから。大学時代に彼らの作品見て映像やりたいと思って、こういう映像をつくれるんだと思って電通に入ったんだから。
菅野:クリス・カーニンガム、スパイク・ジョーンズ、ミシェル・ゴンドリー。僕らの世代にとって彼らは育ての親みたいなものなんですよね。僕も大学時代、「ディレクターズ・レーベル」のビデオを本当によく見ていた。ちなみにビョークは彼ら全員と絡んでいるから、ビョークのMVもかなり見てたんですが、後にビョークと仕事することになるという…。
田辺:ビョークのMVをつくれたら明日にでも仕事辞めますよ(笑)。ビョークの時はどういう経緯で?
菅野:「Sound of Honda」とか僕が関わった仕事の映像をビョークのチームが見てくれていたんです。とはいっても、最初の仕事は、ビョーク本人が「今回は、私の口の中を360度VRで撮影してくれ」と言うから、企画のしようがなくて(笑)。僕は、そういう特殊な撮影用のカメラの開発や、合成するソフトの開発のサポートをしただけなので、テクニカルサポートから始まって、がっつりライブとかMVの仕事を一緒にしたって感じです。
田辺:菅野はテクノロジーが専門といっても、ダンスとか身体芸術が好きですよね。
菅野:これはビョークもブライアン・イーノも同じことを言っていたんだけど、テクノロジーって表現の目的にはならない、あくまでもエモーションを引き出す道具じゃないですか。じゃあテクノロジーを通して何を見るか、何を発見するかというと、やっぱり人間そのもの。そう思うと、被写体は魅力的な人間、そういう人がやるダンスとか、原始的な行為にどうしても惹かれていきます。田辺もダンス好きでしょう。
田辺:僕も年に1回はダンスの映像を撮ることにしていて。一番面白かったのが、菅原小春さんに振り付けから全部一緒にやってもらった「Bose EARPHONES DANCING」という企画で。昔はBluetoothもないから、二人で聴きたいときってこうやって片方ずつ付けてたじゃない?だからこれをつないだままコレオグラフィーを考えようって。
菅野:これ、ガムテープで止めてたりするわけでもなく?(笑)
田辺:なんにもやってない。二人とも一流だから取れないの。
菅野:さて、時間もないから最後に聞きたいんだけど、クリエイター・オブ・ザ・イヤーを取ると、この後どうするんですか?とか聞かれるでしょう。この後どうするんですか?
田辺:どうしましょう。いや、でも何も変わらないですよね。給料も変わらないし仕事が増えたわけでもないし、「いいね!」を押されたくらいの感じです。ご自身の時はどうでした?
菅野:僕の時は、クリエーティブの賞をもらって、初めてそこで「クリエーターなんだ」となったという…つまり、僕はクリエーティブ局への転局試験を受けたわけでもなく、ただなんとなく仕事がだんだんクリエーティブの方に移行していっただけだから。だって最初にクリエイター・オブ・ザ・イヤーの審査員特別賞をもらった2012年は、電通総研所属だったんですよ。クリエーターとしての自覚がそもそもあんまりなかった。
田辺:クリエーティブ職ではない人が賞を取ったのは初めてですよね。
菅野:まあでも、何をもってクリエーティブ職とするのか。広告の仕事を選んだ以上、自分たちの専門性をもってクライアントや社会の課題に対してアイデアを提供するわけだけど、それって営業も媒体局もやらなければいけないことだからね。クリエーティブというのは、「CMとかをよくつくる」とかいうレベルの話で、電通人全員がクリエーティブということが正しい気もする。
田辺:たしかにね。それで、「課題を解決する」というミッションは絶対にあるんだけど、そのアウトプットが「広告」かどうかは怪しい、ということも実は思っていて。
菅野:今日も、そんなに広告の話してないもんね(笑)。まずいな(笑)。
田辺:最近、あんまりそこの区別がなくなってきてるよね。最初は広告の相談が来たけど、話を聞いてみたらマーチャンダイジングとか川上から設計した方がいいなということになったり。RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYOもそういうパターン。広告は、「課題解決に取り組んだ結果、最後のプロセスに勝手にできるもの」という気が最近はしている。
菅野:クライアントや世の中の課題に対して意味をなす表現やソリューションであれば、CMとかポスターといった形にとらわれる必要はないんだよね。「誰かのために機能する表現を提供する」というゆるい定義においては、全て広告だと思っています。今日はありがとうございました!
世界のスタートアップと電通。事業開発で一番大切なこととは?
スポーツ系スタートアップの支援プログラム「SPORTS TECH TOKYO」(以下、STT)。今回は、STTに参加している電通のプロデューサー3人に、同プログラムの最大の特徴ともいえる事業開発について聞いた。
スタートアップの技術やアイデアを新たなプロダクトやサービスに昇華し、パートナー企業や団体の協力を得て実際のビジネスとして動きだすところまで、電通のプロデューサーたちはどんな役割を果たしているのか?
<目次>
▼SPORTS TECH TOKYOの本質は「事業開発」にあり
▼ワールドデモデイに向けて電通がやったことと分かったこと
▼スタートアップが望む支援プログラムとは何なのか?
SPORTS TECH TOKYOの本質は「事業開発」にあり
スタートアップ向けの支援プログラムや、投資家とのマッチングイベントが世界中で盛んになる中、ひときわ大きな盛り上がりを見せるのがSPORTS TECH TOKYO(STT)だ。その特徴は、運営側(オーガナイザー:電通)が事業開発の構想からネットワーキング、実証実験、最終的なビジネス化まで強くコミットしている点にある。
電通で企業の新規事業開発を支援するトランスフォーメーション・プロデューサーの出張宏明氏は、STTにおける自分たちの役割をこう説明する。
「私たちオーガナイザーの仕事は、“新しいビジネスをつくる”こと。後で説明しますが、スタートアップの持つ技術を事業化し、マネタイズするのは、スタートアップ1社だけでは難しい。そこで、スタートアップと一緒に技術検証すると同時に、スポーツ界にどんな課題があるのかという検証も行い、その課題解決のためにどういうパートナーが必要なのかを考え、ビジネススキームを構想し、パートナーとの折衝や交渉を含め、コーディネートしていきます」
同じくトランスフォーメーション・プロデューサーの小出将平氏は、STTというプログラムの魅力について、「そこに熱量が集まっている」と表現する。
「これからの時代、新しいビジネスがどこで生まれるかというと、いろんな多様性の中で突然生まれるものになっている。われわれもクライアントの依頼を待つのではなく、外に出ていろんなタイプの人と交流しないと、ビジネスができないようになっていくでしょう。STTにはスタートアップ、スポーツ団体、メディア、パートナー企業など、多様な人たち、熱量を持った人たちが集まっており、それがいわば効率性になって、“ビジネスが生まれる場”になっています」(小出氏)
同じく、「STTはビジネス機会があふれているコミュニティーを生み出した」と語るのは、プログラムに初期から関わっていた安武祐太氏だ。
「STTには多くのパートナー企業、スポーツ関連団体、スポンサー(さまざまな形でSTTプログラムをサポートする企業、団体)が参画してくれています。ポイントはスポーツという、みんなが共有できるテーマだったこと。スポーツのカバーする領域は実は非常に広くて、いろんなところに接点を持てるという点に、パートナー企業は期待しています。結果として予想以上に熱気のあるコミュニティーができ、多くの企業から、それもフランスなど他の国からも『このプログラムはどうやって実現しているのか?』という問い合わせがありました」(安武氏)
出張氏も、スポーツという分野の持つ“拡張性”がSTTの盛り上がりの大きな要因だったと考えている。
「スポーツをコアにすると、社会のいろんな課題解決に広げていきやすいんです。僕が驚いたのは、今回のプログラムに33カ国以上、およそ300ものスタートアップから応募があったこと。これだけの数のスタートアップと触れ合える機会は、“スポーツの引力”あってこそ。先ほども話題に出ていたように、今の時代は外に出ていかなければビジネスは生まれません。そのいろんなところにいる人たちと出会える場所になったのは、STTのひとつの価値だと思います」(出張氏)
しかし、コミュニティーづくりそのものはプログラムの最終目的ではない。新たなビジネスが生まれる場で、スタートアップと共に事業開発を行い、スポーツ以外の領域にもビジネスを拡張してゆく、その中に電通がいるということがあくまでも重要だと3人は口をそろえる。
「スタートアップの技術がどこで役立つのか、彼らだけでは分からないところを、われわれは情報を得て、つなげる。そういう接着剤になっているのがまずポイントです。電通の従来のビジネスは買い切り案件のセールスに代表されるように、いわば短時間で“閉じる”ことが前提でした。しかし僕らは逆にビジネスを外に向けて開きまくる。世界の宝になるようなスタートアップが埋もれないように、長期的な視点で取り組んでいます」(小出氏)
ワールドデモデイに向けて電通がやったことと分かったこと
STTの成果の中間発表である「ワールドデモデイ」が、プログラムのひとつの集大成として8月に開催された。このデモデイに向けて、3人のプロデューサーはスタートアップと共に事業開発に取り組んできた。
安武氏は、実際の取り組みとして、「まず各スタートアップの技術を検証し、その付加価値を再定義した」と語る。
例えば、Omegawaveというフィンランドのスタートアップの場合。すでにプロサッカークラブのアヤックスなどでコンディショニングの管理ツールとして使われているサービスだが、心拍数などのフィジカル面だけでなく、脳波などでメンタル面のデータも取得できるのがユニークな点だった。
「Omegawaveの話をよく聞いてみたら、お酒を飲んだり、睡眠不足になった選手のメンタルの数値を見て、コーチと選手が会話するきっかけになる、コミュニケーションツールとしての定義もあったんです。そうすると、スポーツチーム以外にも広げられる可能性があります。もっと社会に浸透するツールになるかもしれない。こういった検証を、他のスタートアップに対しても行っていきました」(安武氏)
「スポーツ」が起点ではありつつも、さらなる可能性を見据えて、各スタートアップの事業開発が進んでいった。事業開発で重視したポイントを、出張氏はこう述べる。
「それを実現することで、どんな課題が解決されるのか。人が幸せになるとか、社会がもっと豊かになるという観点が重要です。どうしてもビジネス、お金が先行すると『この技術を使いたいから、ここにはめよう』という発想になりがちですが、あくまでも課題ありきで考えないとうまくいきません」(出張氏)
安武氏も「課題から入る」ことの重要性に同意する。
「スポーツの周辺だけでも課題がたくさんあるんですが、当のスタートアップからはそこが見えていなかったりします。ある課題に対して、スタートアップ1社だけでは解決できなくても、僕らがパートナーを連れてくることで解決できることがある。例えばそこにメディアがいた方がよければメディアを呼んでこられます」(安武氏)
スポーツ界の課題にはどんなものがあるのだろうか。
「一つは、ほとんどのスポーツが『撮影』『放映』されていないということ。プロでもマイナーな競技だったり、あるいは小中学生の試合だったり、個人が山や海に出向いて行うスポーツだったり。そうしたスポーツにも、撮影したいというニーズや、放送されているなら見たいというニーズがある。そこに例えば無人撮影機やドローンを飛ばすというスタートアップがいたとして、じゃあどこで放送するのか?どうやって届けるのか?を考えると、やはりパートナーが必要ですよね。そしてファンエンゲージメントシステム。これまで届けられなかったスポーツの映像を届けられるようになると、そこにはファンの熱量が生じます。生まれた熱量をどうやって事業やビジネスに変えていくか、スキームづくりが必要になります」(小出氏)
例えばイスラエルのPixellotは、AIが自動的にスポーツを撮影・録画してくれるというプロダクトだ。もともとはプロスポーツの現場での活用を想定しているものだが、出張氏は「学校や地域の体育館に設置しておけば、運動会の写真販売のように、ロングテールの動画事業も構築できる可能性があります」と語る。
また、アメリカのSportsCastrは、スポーツの実況解説を一般人にも開放するプラットフォームだ。例えばJリーグでタイ人やベトナム人の選手が活躍しているが、他のローカル放送同様、多種多様な言語での放送をしているわけではない。出張氏はそれゆえ、「タイのファンが例え興味を持ったとしても、継続的に視聴することに対する壁があるように個人としては感じています」という。そこに、Jリーグにも詳しいタイのサッカーファンがキャスターとなって実況すれば、Jリーグの放送がグローバルに広がっていく可能性も生まれるのではないかと出張氏は考える。
「プラットフォーマーにとって“多言語化”はコストがかかることですが、SportsCastrはそこの課題を解決すると同時に、キャスターたちにとっては副業や自己実現の手段にもなり得ます。そういう社会課題から入ることによって、スタートアップの価値、輝き方も全く変わります」(出張氏)
こうしたユニークなスタートアップも、1社で課題を解決できるケースは少ない。そこでハブとなる電通の出番となる。
「例えばトライアスロンという競技がテレビで流れることはまだ少ないですが、仮にすぐに見られる環境と、適切に解説してくれる人がいれば、そこにファンエンゲージメントが生まれる可能性がある。それこそ例えばSportsCastrとPixellotを掛け合わせたら、そういうことが実現できるかもしれないですよね」(小出氏)
スタートアップが望む支援プログラムとは何なのか?
しかし、期間の限られるプログラムの中で、ビジネスが見えるところまで持っていくのは簡単なことではなかった。その中で、電通側のメンバーも鍛えられたという。
「まずテクノロジーがちゃんと稼働するかというフィージビリティー(実現可能性)のチェック、そしてそれが本当に課題に対して役に立つのか、人を喜ばせるものになるのかを、実際にチームや選手に実装して検証します。このPDCAサイクルはとにかく速く回さないといけない。スタートアップにはスピード感が重要で、わずか数カ月の遅れが命取りになることがあるんですね。だからわれわれは、『どのチーム、どの選手でPoC(Proof of Concept=概念実証)をするべきか?』『誰の協力を得るべきか?』を判断し、即座にまとめて提案し、さらに環境づくりをするのですが、正直かなりの力が必要です」(小出氏)
「STTでは、期間が限られている中で事業開発をなんとかしなくてはいけない。電通の従来のビジネスではクライアントのオリエンありきで考えていたのが、自分たちで課題を見つけなければいけないんです。そんな中で学んだのは、まず勇気を持って飛び込んでみること。構想は1日でつくり上げて、あとはとにかく動くことで、違うものが見えてくる。そういうことを日々学んでいます」(安武氏)
出張氏は、「僕らのやっている事業開発は、いわばゼロイチ(0→1)への挑戦」だと語る。そして0から1の種が芽生えたら、今度は電通社内のさらに多くのメンバーの協力を募り共闘してグロースさせていく、というのがSTTの事業開発の一つの流れだ。
「電通は一回できているものを耕す力は相当あります。ただ、0→1の挑戦はまだまだ機会が少なく、勝ち筋をつかみ切れていない。0→1をどうつくっていくか、そのためにどう行動をしていくかという部分で、このプログラムを通じて成長させてもらっているし、STT以外の仕事にも生かしていけると思っています」(出張氏)
8月に、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地オラクル・パークで行われたワールドデモデイ。さまざまなスポーツのリーグや協会関係者、投資家、メディアが詰めかけ、大きく報道された。
「デモデイには本当に多くの人が集まってくださり、これだけのことを電通が仕掛けられたのはすごいことだなと感動しました。デモデイ後もかなりの反響があって、来年もあるなら参加したいという企業の方や、ぜひ投資を検討したいという問い合わせをSNS経由でも頂きました」(出張氏)

一方で、デモデイを迎えるに当たってはプレッシャーも大きかった。
「4月のキックオフも盛況でしたが、それは期待感で集まってくれたわけです。でも、デモデイに人が集まるかどうかは、『キックオフからわれわれが何をやってきたか』による。キックオフにどれだけ人が集まっても、デモデイに人が来なかったら失敗ということです。でも実際は多くの方が集まってくれた。それだけ皆さん、自分たちだけでは解決できない課題を持っていて、STTに期待してくれたのだと思います。デモデイで一番良かったのは、特にファイナリストの12社がすごく喜んでくれたこと。ファイナリストだけでなく他のパーティシパントからも、STTこそがスタートアップが望んでいたプログラムだと言っていただけました」(小出氏)
スタートアップが望んでいたプログラムとはどういうものか。それは、ただ投資家とスタートアップを結びつけるだけではなく、一緒にそこで事業開発をサポートし、スタートアップの技術を本当に必要な場所で生かすビジネスに変えていってくれる、そんなプログラムだった。
「電通のネットワークを生かし、僕らのポジショニングだからこそ見える企業課題や社会課題を、スタートアップの価値と掛け合わせてビジネスにしていく。これは電通にしかできないし、STT以外の場でも、これから多様なビジネスを生み出していける可能性があると思います」(安武氏)
スポーツを起点としつつも、そこで生まれたビジネスモデルを、他分野や社会課題の解決にまで展開していく。そんな取り組みが多数生まれつつあるSTTの今後に、ぜひ注目いただきたい。
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LIXIL パラリンピック聖火ランナー 募集開始
東京2020オリンピック・パラリンピックゴールドパートナーで、パラリンピック聖火リレー プレゼンティングパートナーのLIXILは11月27日、聖火ランナーの募集開始に当たり、東京都のティアラこうとうで記者発表を行った。
ランナーへの応募は、LIXILと競技が開催される4都県(静岡、千葉、埼玉県、東京都)から可能だが、同社が先行して募集を始めた(2020年2月29日まで)。

瀬戸欣哉会長は、ランナー募集キャンペーンのテーマは「おもいやりと、おもてなしの、光をひろげよう。」で、自薦、他薦を問わないと発表。自薦の場合は、“誰もが活躍できる未来に向けて、自身が取り組んでいるおもいやり・おもてなし”について、他薦については、“誰かのために頑張っている、夢や希望を与えてくれる存在について”のエピソードを添えてほしいとした。
また「当社は、多くの人が快適な住生活を送れることを目指している」と話し、同社がパラリンピック聖火リレートーチの製造において、東日本大震災の仮設住宅のアルミ建材を再利用して素材を提供したことや、全国の小中学校で行っている「ユニバーサル・ラン スポーツ義足体験授業」、観光地の公共トイレを清掃する「おもてなし清掃」(ともに東京2020公認プログラム)などの活動に触れながら、たくさんの人にリレーに参加してほしい」と語った。

東京2020組織委の布村幸彦副事務総長は、パラリンピック聖火リレーでは、その場で初めて出会う3人が共に走る、などの新しい取り組みを説明し「より多くの応募に期待する。LIXILやランナー、沿道で応援する皆さんと力を合わせ、リレーを盛り上げていきたい」とあいさつした。

会場には、同社公式アンバサダーでプロテニスプレーヤーの錦織圭選手と、パラ陸上の佐藤圭太選手、パラバドミントンの長島理選手(同社社員)が駆けつけ、瀬戸会長と共にトークを展開した。3人のアスリートは、11月30日から放送のテレビCM「パラリンピック聖火リレー ランナー募集」編で共演している。
応募要件にちなみ、身近なヒーローを聞かれた瀬戸会長は「笑顔で支えてくれる妻」と答えた。錦織選手が「松岡修造さん」と明かすと、会場は笑いに包まれたが、錦織選手は、世界を目指すきっかけになった人であり、テニス界への貢献も大きいと、その理由を述べた。佐藤、長島両選手は“どんなヒーローでありたいか”と問われ、「障がいはネガティブに捉えられがちだが、私たちの努力や競技を見てポジティブな感情や変化を起こしてもらえたらうれしい」などと話した。

ステージでは、東京2020マスコットのソメイティと、同社オリンピック・パラリンピック推進本部長の佐竹葉子氏が加わり、本番のリレーに倣って3対3のトーチキス(聖火の受け渡し)を行った。
錦織選手は「キスが終わったら連絡先を交換して、3人で食事にでも行ってほしい」と提案し、会場を沸かせた。
公式募集サイト:
https://www.lixil.co.jp/feel_the_moment/paralympic_torch/runner/
関連記事:東京パラリンピック聖火リレー ランナーは約1000人で、11月27日から募集開始[2019.11.26]
LIXIL パラリンピック聖火ランナー 募集開始
東京2020オリンピック・パラリンピックゴールドパートナーで、パラリンピック聖火リレー プレゼンティングパートナーのLIXILは11月27日、聖火ランナーの募集開始に当たり、東京都のティアラこうとうで記者発表を行った。
ランナーへの応募は、LIXILと競技が開催される4都県(静岡、千葉、埼玉県、東京都)から可能だが、同社が先行して募集を始めた(2020年2月29日まで)。

瀬戸欣哉会長は、ランナー募集キャンペーンのテーマは「おもいやりと、おもてなしの、光をひろげよう。」で、自薦、他薦を問わないと発表。自薦の場合は、“誰もが活躍できる未来に向けて、自身が取り組んでいるおもいやり・おもてなし”について、他薦については、“誰かのために頑張っている、夢や希望を与えてくれる存在について”のエピソードを添えてほしいとした。
また「当社は、多くの人が快適な住生活を送れることを目指している」と話し、同社がパラリンピック聖火リレートーチの製造において、東日本大震災の仮設住宅のアルミ建材を再利用して素材を提供したことや、全国の小中学校で行っている「ユニバーサル・ラン スポーツ義足体験授業」、観光地の公共トイレを清掃する「おもてなし清掃」(ともに東京2020公認プログラム)などの活動に触れながら、たくさんの人にリレーに参加してほしい」と語った。

東京2020組織委の布村幸彦副事務総長は、パラリンピック聖火リレーでは、その場で初めて出会う3人が共に走る、などの新しい取り組みを説明し「より多くの応募に期待する。LIXILやランナー、沿道で応援する皆さんと力を合わせ、リレーを盛り上げていきたい」とあいさつした。

会場には、同社公式アンバサダーでプロテニスプレーヤーの錦織圭選手と、パラ陸上の佐藤圭太選手、パラバドミントンの長島理選手(同社社員)が駆けつけ、瀬戸会長と共にトークを展開した。3人のアスリートは、11月30日から放送のテレビCM「パラリンピック聖火リレー ランナー募集」編で共演している。
応募要件にちなみ、身近なヒーローを聞かれた瀬戸会長は「笑顔で支えてくれる妻」と答えた。錦織選手が「松岡修造さん」と明かすと、会場は笑いに包まれたが、錦織選手は、世界を目指すきっかけになった人であり、テニス界への貢献も大きいと、その理由を述べた。佐藤、長島両選手は“どんなヒーローでありたいか”と問われ、「障がいはネガティブに捉えられがちだが、私たちの努力や競技を見てポジティブな感情や変化を起こしてもらえたらうれしい」などと話した。

ステージでは、東京2020マスコットのソメイティと、同社オリンピック・パラリンピック推進本部長の佐竹葉子氏が加わり、本番のリレーに倣って3対3のトーチキス(聖火の受け渡し)を行った。
錦織選手は「キスが終わったら連絡先を交換して、3人で食事にでも行ってほしい」と提案し、会場を沸かせた。
公式募集サイト:
https://www.lixil.co.jp/feel_the_moment/paralympic_torch/runner/
関連記事:東京パラリンピック聖火リレー ランナーは約1000人で、11月27日から募集開始[2019.11.26]