非公式「2020東京オリンピック」チケット転売サイトが登場 騙されるな!

生活をもっと楽しく刺激的に。 オトナライフより】

 2020年、いよいよ東京オリンピックが開催される。残念ながら観戦チケットの抽選に漏れた人も多いだろうが、そんな人の心理につけ込んだ、東京オリンピックチケット転売詐欺と思われるサイトが登場している。下手に手を出すと、大変な被害に遭う可能性が高いので十分注意しよう!

そもそも非公式サイトで買ったチケットは無効!

 いよいよ2020年がやってきた。東京オリンピックの観戦チケット抽選で1枚も当たらなかった人も多いだろう。だが「どうしても東京オリンピックを観戦したい!」そんなアナタの心理につけ込んで、早くも東京オリンピックチケット転売詐欺と思われるサイトが登場している。

 このサイトは「olympictickets2020」というサイトで、パッと見は組織委員会の公式サイトのように見えるが、詐欺サイトである可能性が極めて高い。なぜなら、東京オリンピックのチケットは組織委員会の公式リセールスサイト以外では転売が禁止されているからだ。

 公式サイトでは、すでに各国のリセールスサイトが公表されており、「olympictickets2020」というドメインは見当たらない。つまり、「olympictickets2020」は少なくとも公式リセールスサイトではないのだ。もし、詐欺でなかったとしても非公式サイトで入手したチケットでは入場できないので、くれぐれも、このような非公式サイトで、東京オリンピックのチケットを買おうなどと思わないでほしい。最悪の場合は、個人情報やクレカ情報などを抜かれてしまうぞ!

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離婚に発展も…夫or妻が「整理整頓できない」ことに我慢できないときの対処マニュアル

 社会人になったのを機に独立して、一人暮らしをされる方が多いのではないでしょうか。子供時代は親がいる家庭で暮らし、それが当たり前だと思っているものです。そして一人暮らしをして初めて掃除洗濯、料理などの家事を経験し、これほど時間を費やすということを初めて知り、親のありがたみを身をもって知る方も少なくはないでしょう。

 日々の暮らしのなかで、「整理」は欠かせません。料理をして片付ける、掃除をするにも片付けて掃除をする、洗濯をしたらたたんで収納するという行為が発生します。そして整理は家事だけでなく、暮らしの中で「整える」という行動として常に意識されます。

 整えるという行動の基準は、いつのまにか「習慣」として“マイルール”が身についています。幼い頃の経験を生かしている方もいますね。片付けが得意な方も苦手な方も、親の影響を受けているようです。片付けが苦手な人は「親も片付けが苦手だったのです」「親が片付けできすぎたので、私ができなくなりました」と言い、片付けが得意な人は「親が苦手だったので、反面教師で片付けられるようになりました」などと言います。

 そうした意識を頭の片隅に持ちながら一人暮らしを経験していくなかで、自分の暮らし方を構成しマイルールを持つようになると、同居人との生活で何気ないルールの違いに違和感を覚えてしまうことでしょう。

夫婦喧嘩、恋人とのイライラは「整理」の相違が原因?

 朝起きたところから、洗面所での動作や台所での朝ごはんづくり、ダイニングでの食事などなど、家の中で暮らす行動があるからこそ物があり、それを使ったあとに「戻す」作業をすることで、暮らしは「整理」されていきます。しかし、その「戻す」「戻さない」や「整っている」「整っていない」という価値感の違いが、小さなストレスを感じてしまう要因になりますね。暮らす行動、つまり生活の中にある「整える」の不一致です。

 すでに育ってきた環境が異なり、暮らしてきた過程が異なるのですから、生活の「整える」のマイルールが異なるのも当然ですね。異なることはお互いに、どちらが多く「折れる」ではなく、「ほどよい譲り合い」が必要ですね。

 そのためには、気になることは溜め込まずに、少し軽いタッチで確認し合うのも良いですね。最初はお互いへの思いやりで「仕方ないなぁ」と思うことも、長年一緒にいると「なぜここまで私が、僕がやらなくてはならないのか」と言葉に出せなくなって、少しのズレがのちのち大きなズレを生みかねません。

「家族の物はどんどん捨てるけど、自分の物は捨てない」という方はとても多いです。相手に捨ててほしいと思うのであれば、自分を見直してから、一緒に協力していきましょう。

 まずは「自分はがんばっています」アピールを静かに行います。自分の領域ではなく、共有領域の物の整理をし、少しずつ使わない物が減っていくことを実感していきましょう。自分の気持ちを上げることが大切です。少しずつ自分の領域も進めていきましょう。相手には、絶対にイライラを見せてはいけません。何か整理ができたら褒めましょう。何かうまくいくと、あとはコツをつかめるようになってきます。

 今年は「整える」を、家族に思いやりを持って楽しくできると良いですね。

(文=小林朗子/整理収納コンサルタント)

パチスロ6号機「純増8枚」×「一撃2400枚」の衝撃!「最強マシン」ついに降臨!!【新台分析―パチスロ編―】

 

 アニメや映画化もされた人気ゲームをモチーフにしたパチスロ6号機が間もなくデビュー。

「AT初当り時の高確率で完走2400枚に達する」と話題になっていた衝撃マシンがついに降臨する。

『パチスロ青鬼』(オリンピア)

※2月3日導入予定

 プレイヤーが青鬼となり、生徒を襲い捕食するという新たなホラーパチスロ。5人の生徒を捕食することが出来ればATへ突入する。通常時の444Gには、必ず生徒の捕食チャンスが訪れる仕組みだ。

 最大の特徴は「純増8枚」という高純増仕様のATが搭載されている点。Vストックの数だけATが継続する仕様となっており、1セット約160枚のメダルが獲得できる。

 消化中の演出は「ポイント直乗せモード」「最終告知モード」の2種類から選択することが可能。5連させるとエンディングへ到達し、ブラックアウト発生で「ATTACK THE 2000」発動。演出成功で「2400枚」完走が濃厚となる。

 出玉増加スピード、一撃性は6号機「最高峰」と言えるだろう。導入後は大きな反響が寄せられそうだ。

なぜ東京大学の周囲には“なまめかしい遊び場”が密集していたのか?下谷・湯島・白山ほか

 文京区の根津に明治時代遊廓があったが、東京大学が隣の本郷にできるというので江東区の洲崎に移転させられたということは前に書いた。じゃあ、きれいさっぱり東大のまわりはお色気が消えたかというと、そんなことはない。今でいうと本郷三丁目の駅から東に言問通りを下っていけば右手に湯島天神があり、地名は湯島となって、その近辺の本郷区内には花街が5つもあったのである。

 まず1つは下谷、あるいは池之端と呼ばれる花街。今の湯島の交差点の東側から松坂屋の向かい側に至るまでの歓楽街がそれ。池之端は、古くは下谷区数寄屋町、池之端仲町から本郷区同朋町にまたがる一帯で、本来下谷と同朋町で芸妓組合が異なるが、その後合併して下谷芸妓組合となった。芸妓屋160軒、芸妓400名。料理屋20軒、待合110軒と大規模で、東京のなかでも柳橋、新橋、吉原などに次いで二流の上に位置付けられた。上野の山の精養軒から見下ろすと池之端にずらりと並んだ料亭の明かりが、不忍池に映ってなまめかしかったらしい。ここで遊んだ東大生もいただろう。

 かつての料亭で今もあるのは鰻料理の伊豆栄。池之端から本郷側に上ったところにある竜岡町を先日歩いていたら、伊豆栄のために鰻を料理する店を見つけた。

 2つ目は湯島天神の南側の天神花街。芸妓屋30軒、芸妓80名、料理屋14軒、待合25軒。周辺には天ぷら屋、すき焼き屋、寿司屋、鳥料理屋などが散在し、旧花街の余韻を残している。古い地図を見ると、旅館だったところがマンションやラブホテルに変わっている。

 隣に湯島新花町という町名が昔あったが、これは花街とは関係ない。本当に花畑があった場所である。宝永7年(1710年)、上野の寛永寺の東叡山寛永寺貫主の輪王寺宮の隠居屋敷が置かれたが、宮はまもなく亡くなり、屋敷は廃止され跡地が菜園となり、大根畑、お花畑と呼ばれた。宝暦7年(1757年)、町屋が開かれ、新町屋と呼ばれたので、「新」と「花」を取って新花町となった。

武道の練習と偽り女遊び

 3つ目が神田明神のある台地の崖下で、神田三業地。または講武所(こうぶしょ)という。講武所は江戸幕府が設置した武芸訓練機関である。神田区同朋町、台所町、旅籠町にかけての一帯であり、旅籠町まで来ると今は秋葉原のアニメ街である。花街にしてはいかめしい名前の由来は、安政年間に幕府が鉄砲洲に講武所を設置した際、当時加賀ッ原といわれていた旅籠町に、講武所の附属機関を設けたことによる。

 神田明神の隣は湯島聖堂であり、旗本の息子たちが講武所や聖堂に来た帰りに遊んだのが花街発展の最初である。そのうち、講武所に行くと称して花街で遊ぶ者も増えたという。芸妓屋55軒、芸妓130〜140名。料理店10軒、待合21軒。有名な鰻料理店「明神下 神田川本店」はまさにこの花街の旧台所町の位置にある。文化2年(1805)創業の江戸前鰻の老舗であり、加賀藩の料理賄い方であった三河屋茂兵衛が、当時、流行り始めた蒲焼に目をつけ、大根河岸に来る人足たち相手に、よしず張りの屋台で鰻を焼いたのが始まりという。

 4つ目と5つ目は以前本連載で紹介した白山と駒込。根津遊廓は根津神社の参道にあったので、東大の北東側の裏手だが、池之端は東大の南東の裏手であり、天神もすぐ近くで、距離的には根津とさして差はない。講武所も駒込も白山も歩いてすぐである。売春のための遊廓と芸者遊びの花街では違うというだけで、勉学に差し障りがあるには違いないが、果たしてどれだけの東大生が遊んだのか。

森鷗外『雁』の舞台は本郷と湯島

 森鷗外の小説『雁』は、まさに東大から池之端あたりが舞台で、散歩と小説が好きな人々の格好の散歩ネタになっている。二度映画化されているが、高利貸しの中年男と、無縁坂に住むその妾、そして妾が恋する東大医学部の学生が主人公。二度目の映画の若尾文子主演のほうは、池之端の松源という料亭(架空の名前だと思われる)で若尾が高利貸しと見合いをし、同時に東大生が同窓会の宴会をしている。

 妾になったのは父親が貧しい飴細工で、二人で浅草の鳥越の貧乏長屋に住んでいたが、妾になれば娘のみならず、父親もましな家に女中付きで住まわせてくれるからである。父親の家は池之端の仲町という設定。

 東大生は本郷で有名だった木造三階建ての下宿・本郷館に住んでいる。小説では学生は鉄門という東大の門の真向かいの下宿「上条」(かみじょう)に住んでいたが、鷗外自身もここに住んでいたらしい。鉄門から無縁坂まではすぐであり、無縁坂を下れば不忍池である。

 学生はドイツに留学することになり、妾は失恋する。つまり設定としては『舞姫』以前の学生を描いたことになる。ドイツから来た博士と上野の精養軒で食事をする。また高利貸しの男は、妾に貸した金の利息で仕入れた反物で娘に着物をつくってやるが、その反物の元の持ち主の女が落ちぶれて身体を売るのが柳原。今の御茶ノ水駅から浅草橋までの神田川沿いであり、道端で男を誘う女が集まる場所だった。

下宿屋の増加

 映画で学生が住んでいた本郷館がそうであるように、東大があったために本郷に増えたものに下宿屋がある。学生も住むし、出張で東京に来た人が旅館として使うこともあり、本郷区の下宿屋は全盛期の明治40年(1907年)で541軒もの下宿屋があった。神田区にも338軒、牛込区にも362軒があり、同時期がピークである。下宿といっても、旅館を兼ねている所も多く、上京してきた人が1週間だけ泊まる、上野でしばしば開催された博覧会のときだけ泊まる、病院に通院するときだけ泊まる、といった利用のされ方も多かったらしい。今でいうとゲストハウスやウイークリーマンション、マンスリーマンションである。

 下宿屋は今はもうほとんど残っていないが、旅館に業態を換えているものはわずかにある。一度その1つに泊まってみたが、庭が立派で都心にいながら行楽気分が味わえる。泊まった旅館は違ったが、下宿屋の造りはしばしば料亭のように中庭のあるかたちである。学生時代、戦後の安い木造モルタルのアパートに住んでいた私からすればずっと豪華である。下宿とはいえ、次代を担うエリートが多く住むわけだから、しっかりした建物が建てられるケースも多かったのであろう。

下宿は堕落の根源

 下宿人の属性は男性がほぼすべてだった。本郷神田あたりは学生が多かったが、京橋、浅草、本所、深川はサラリーマンが多かったらしい。いずれにしろ独身男性ばかりであるから、次第に風紀が乱れることも多かったらしい。

 下宿数がピークを迎えつつある頃から、下宿を問題視する論調が増えていった。いわく、「堕落の根源」「学生の堕落期間」「学生を腐敗」させる、「魔窟」「悪書生の巣窟」「魑魅の巣窟」「罪悪の養成所」といった具合である。学生たちは勉強もせず、礼儀作法をわきまえず、街に繰り出して飲食し、歓楽街で遊び、揚弓場(ようきゅうじょう。矢場<やば>ともいう。今で言うとダーツバーだが、実は女性と遊ぶ場所)、銘酒屋(めいしや。酒を並べているが実は売春する)、遊廓で女性を買い、翌朝は寝坊をし、昼寝をして過ごした。

 学生が勝手に遊んでいただけではない。下宿屋のほうも、客を集めるためにきれいな女中を置いた。その女中が、住人を誘惑したり、売春の手引きをすることもあった。下宿している者だけでなく、彼を訪問してくる客も誘惑することがあったという。

 こういう具合であるから、真に修養を積み、将来成功したいなら、下宿屋などというものは最も選ぶべきではないといわれたのである。

(文=三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表)

参考文献

堀江亨・松山薫・高橋幹夫著『日本の近現代における都市集住形態としての下宿屋の実証研究』第一住宅建設協会

パチスロ「1発確認」で天国ゲット! 特化ゾーンから快勝……激レア台でも要チェック!!

 大松のパチスロ「ハイエナ」実戦。今回は2020年1月24日の実戦について書いていきたい。この日は用事があったために夕方からのスタートだ。

 まずは『パチスロ リング 強襲ノ連鎖』が287ゲームでヤメられていたので、384ゲームの強いゾーンまで打つことに。

 するとゲーム数でのチャンスゾーンに当選。期待度3まで上げた演出から疑似ボーナスをゲットするもATには繋がらず、有利区間開始時の時計演出も通常パターンのため即ヤメ。投資94枚の回収が101枚だ。

 続いて『天晴!モグモグ風林火山 全国制覇版』が残り3国の状態でヤメてあったので打つことに。液晶ゲーム数は268ゲームだ。

 順調に残り1国まで減らしていくも、「織田モグ長」が強くて全く倒せない。1度惜しいところまで追い詰めるが、そこで仕留められなかったのが響いて「モグー提督との決戦の刻」まで来てしまった。

 負けてしまうと有利区間をリセットされてしまうこの演出だが、残り1国の状態であれば約35%でATに当選する。ここは何とか勝ちたい、が失敗。何事もなく「再起の刻」が終了しヤメ。投資470枚の回収が46枚だ。

 次は『パチスロ ガン・ソード』で16ゲームヤメの台を発見。本機のゲーム数当選は少し特殊で、左の小型液晶に青・黄色・緑・赤の天体が表示される。青なら256ゲーム周期、黄色は128ゲーム周期、緑は64ゲーム周期、赤は32ゲーム周期に対応している。

 AT終了後にいずれかの天体に振り分けられる。それぞれ周期ゲーム数の4倍が天井となるが、どの天体に滞在しているかは基本的に分からない。

 ややこしいかもしれないが、例えばたまに赤の天体だけが表示される場合がある。これは他の天体が無いので32ゲーム周期、つまり128ゲームまでには必ず当たるということになる。

 話を戻すが、小型液晶を確認すると赤の天体しかない。これは打たねばなるまい。

 前兆を挟んで144ゲームに当選、赤7が揃いAT「リベンジバトル」がスタート。1セット18ゲームしかないが継続率は最低でも77%、最高で98%の爆連型ATだ。

 赤7なのであまり期待はしていなかったが5連で終了。左上の「MODE」は継続率と完全リンクしていて今回は84%だった。

 本機で6連続単発も経験したことがあるので、5連してくれただけ僥倖。と、レバーを叩くと即前兆演出が発生。たまにそのまま当たってくれるので様子を見るとしっかりと再びATに当選してくれた。

 また赤7が揃い、先程と同じく期待薄であったが今回は少し違った。どうにか7連荘まで漕ぎ着けることに成功。すると「狙え」演出から鉤爪図柄が揃う。

 本機の特化ゾーン「オーバーフロー」に突入。3セットまで継続が約束され、以降は50%で特化ゾーンが継続していく。

 その50%を4回継続させ、最終的には19連荘まで伸ばすことが出来た。「MODE」はD、77%に対応している。継続率を考えるとよく頑張ってくれた。投資188枚の回収964枚だった。

 しかしながら本機の最大継続率は98%(MODE S)、1度だけ引いたことがあるが2連で終わってしまった。いつかこのリベンジをしたいと思っているのだが、いつになることやら。
(文=大松)

パチスロ大手ユニバーサル「新機種」発表! 待望の「正統後継マシン」2機種へ熱視線!!

 

 ホールによっては今なお鉄火場。その様は往年の裏モノを彷彿とさせるアクロスの『沖ドキ!』だが、そんな沖ドキ!の正統後継機がリリースされることが分かった。

 1月27日、都内本社にてユニバーサルエンターテインメントは『沖ドキ!2-30』の発売を大々的に発表。初代と変わらぬゲーム性を採用しているそうで、30パイのみで勝負をかけるとのことだ。

 初代と変わらぬゲーム性ということは複数あるモードのうち、天国へ移行すれば32G以内の連チャンが約束されるのか。そのモードを示唆する告知パターンは受け継がれているのか。

 となると、有利区間の途切れるタイミングはどこなのか……。現時点で詳細は不明だが、ファンにとっては興味深いところであろう。

 また、この日はもうひとつの新機種『サンダーVライトニング』も初お目見え。こちらも沖ドキ!2-30と同じくアクロスブランドで、パチスロ本来の魅力を追求する「A PROJECT」の6号機第2弾となる。ちなみに、A PROJECTの6号機第1弾は『ドンちゃん2』だ。

 4号機の初代『サンダーV』は1997年、メーシー販売(現メーシー)より誕生した。予告音、リール消灯、バックライトフラッシュなどのチャンス予告は当時のファンをアッと驚かせ、そのチャンス予告と大量リーチ目との絡みでいまだかつてない秀逸なゲーム性を実現。パチスロ史上初となる左リールのボーナス3連絵柄も、のちのパチスロ界に大きな影響を及ぼした。

 2002年には『サンダーV2』、2006年には5号機『サンダーVスぺシャル』、2011年には『ダイナミックサンダーV』、2015年には『サンダーVリボルト』が発売。

 サンダーV2のみ当時の流れに乗ってAT機だったが、基本的にはボーナスタイプとして初代の優秀遺伝子が脈々と受け継がれている。

 それだけに、このサンダーVライトニングの仕上がりは非常に気になるところ。伝統を継承しつつも新要素が組み込まれているそうなので、その新要素が大きなポイントとなることは間違いないだろう。沖ドキ!2-30と共に詳細が分かり次第、当サイトでもお伝えしよう。

 なお、導入は沖ドキ!2-30が5月、サンダーVライトニングが4月予定とのこと。沖ドキ!は6月上旬に認定期間満了を迎えることから、沖ドキ!2に関してはバトンを譲り受ける形でそれなりの台数が導入されることだろう。

武蔵小杉“居住不能事件”以後、世間のタワーマンションへの評価低下が鮮明に

武蔵小杉のタワーマンション群(撮影=編集部)

 2019年の10月12日、台風19号が関東地方に襲いかかった。その後、関東甲信越、東北地方にかけて大きな被害をもたらし、多くの住宅が冠水して使用不要となった。

 そのようななか、なぜか神奈川県川崎市の武蔵小杉エリアにある47階建てのタワーマンションに関する報道が目立って多かった。他ならぬ私にも、原稿依頼やテレビ出演、コメント依頼などが殺到した。私にとっては、いかにも不思議だった。台風によって亡くなった方も多いなかでなぜ、ただ電気と水道とトイレが使えなくなっただけのタワマンに関心が集まるのか。あるいは冠水して住めなくなった住宅がたくさんあるなかで、それらに比べればうんと軽微な被害しか受けていないタワマンについて、多くの報道がなされるのか。

 そういった疑問に対して、私は心の中で出した答えがあった。

――これはタワマン居住者に対する「ザマア」だ。

「ムサコマダム」

 武蔵小杉にタワマンが建ち始めたのは12年ほど前からである。最初は、ちょっとだけ高収入なサラリーマンが買えるレベルの価格だったが、ここ5年ほどは「ちょっと」レベルではなくなった。世帯年収が1500万円以上でないと、なかなか買えない水準にまで価格が高騰してしまった。

 ただ、今回被害を受けたタワマンは建物完成が2008年3月と、ごく初期に分譲された物件。2007年頃に世帯年収が1000万円前後だった方々が購入層の中心かと推定できる。だから、専業主婦がいる世帯も多かったはずだ。そういったファミリーの専業主婦たちが、武蔵小杉の街で平日のデイタイムを優雅に過ごす姿を捉えて「ムサコマダム」なるワードが出てきた。

 実のところ、武蔵小杉でタワマンを購入した人々の属性は、東京湾岸のタワマン族とほぼ同じであると思われる。すなわち、「ニューカマーのプチ成功者」。大学入学か就職の時点で東京へ移住してきた人々で、その後、世帯年収が1500万円前後に達したファミリー。

 こういった属性の人々は、東京のどこかのエリアに地縁や愛着があるわけではない。だから、湾岸の荒漠とした風景が広がる埋立地に住むことを厭わない。むしろ、そこに未来への可能性を見いだしさえする。

 武蔵小杉も、昭和の頃は工場と工場労働者の街だった。その時代の武蔵小杉を知る人からすると、「ムサコマダム」と言われても、白々しい気分になるそうだ。

 しかし、彼らはなんといってもプチ成功者であるので、やや目立っていたのかもしれない。そういった彼らに対して送られる眼差しは、賞賛をたたえたものだけではない。彼らのプチ成功を快く思わない人も一定数いることは想像に難くない。

 そういった人々にとっては、台風19号によって電気と水道とトイレが使えなくなって、一定期間にしろ居住不能となった武蔵小杉タワマンのニュースには、好奇心がそそられたのであろう。下世話な言い方をすれば「ムサコマダム、ザマア」という感情だ。

 そんなタワマンへの複雑な感情は、せいぜい数カ月程度で消えてしまうのかと私は考えていた。しかし、どうやら違ったようだ。2020年になってからは、タワマンという住形態に対する疑念を呈するようなメディアの企画が、いくつも私のところに持ち込まれた。どうやら、あの武蔵小杉のタワマン被災をきっかけにして、タワマンという住形態そのものに対する世間の見方が変わりつつあるようだ。

造形的に醜悪だと捉える感覚

 私は2019年の6月に『限界のタワーマンション』(集英社新書)という拙著を世に問うた。それまでタワマンというのは賞賛の対象ではあったが、否定的な見解を提示している書物はなかった。この拙著を出したことによって、多くの一般消費者から「やっぱりタワマンはちょっと危ない住まいだったのですね」的なことを言われることが多くなった。また、取材にやってくるメディアの少なからぬ人士が「前からタワマンに違和感がありましたが、この本を読んで納得できました」的な感想を述べてくださった。

 つまり、台風19号による被災事件の以前から、タワマンそのものに疑問や違和感を抱いていた人々は一定数存在したのだ。それが、あの出来事で一気に表面化したのではなかろうか。

 私は昭和時代の京都で生まれ育った。ご存じの通り、京都にはタワマンがない。超高層な建物は一部のホテルくらい。それも市の中心部からは幾分離れたところにある。そういった環境で育ったせいか、東京にやってきて初めてタワマンを見た時には恐ろしい違和感が心の中に生じた。

「人間は果たしてこんなものを、つくってよいのか」

「こんなところに住むべきなのか」

 しかし、多くの人がタワマンに喜んで住み始めた。普通のマンションよりも価格が高いのに、それを払って住むことに喜々としている。私は長らく変わっているのは自分で、世間の大多数はタワマン好きであると考えてきた。まあ、そういったことは私の人生ではままあることなので、気にもしなかった。

 しかし、ある時にタワマンに対して否定的な見解を表明したら、かなりの反響があることに気付いた。それも、私の考えを頭から否定するようなヒステリックな内容が多かった。

 人間は痛いところを衝かれた時に、そういった反応をすることが多い。ジャーナリストとして活動する私にとって、自分の見解に対する否定的な反応はむしろ歓迎すべきなのだ。なんといっても、それだけ私の考えが逆に刺さっている、ということなのだから。

 その後、タワマンについていろいろと調べた。どうやら、私がタワマンを造形的に醜悪だと捉える感覚は、日本では少数派でもヨーロッパではかなりの多数派であることがわかってきた。私の勝手な解釈では、京都もヨーロッパも昔の街並みを大事にする。そういう価値観のある人の眼には、鉄筋コンクリートの塊であり、やたらと存在感を誇示するかのようなタワマンは醜悪に映るのだろう。

 そして台風19号は結果的に、少数派だと思っていた私にもかなりの同調者がいることを教えてくれた。さらに、タワマンに対して肯定派でも否定派でもない中間層に対して、タワマンという住形態の脆弱性や災害リスクを強烈に提示してしまった。多分、中間層の何割かを否定派に傾いたのだと想像する。だからこそ、2020年になってからタワマン自体に疑問を呈する方向性での、メディアの企画が増えたのだと思う。

「こんなのは一過性で終わるだろう」

 あの台風通過後にメディアが次々に接触してきた時期に、私はそう考えていた。しかし、どうやら私の予測は外れた。世間の眼は、徐々にではあるがタワマンに対して冷たくなっている。

(文=榊淳司/榊マンション市場研究所主宰、住宅ジャーナリスト)

寝たきり高齢者が“使える入れ歯”にしたら歩けるようになった!健康寿命伸長&認知症予防のカギは歯

「人生100年時代」という言葉がよく使われるようになってきました。実際に日本人の平均寿命は伸び続けており、女性の平均寿命は84.17歳(2016年)となっています。

 政府では、2007年に日本で生まれた子供については、107歳まで生きる確率が50%もあるとする研究結果などを踏まえて「人生100年時代構想会議」を立ち上げて、超長寿社会に対応できる政策のグランドデザインを検討しています(人生100年時代構想会議)。

 この背景にあるのは、高齢者に使われる社会保障費の増大と、少子化による財源の縮小にほかなりません。

 2017年の国民医療費は43兆710億円で、そのうち65歳以上の高齢者にかかった医療費は25兆9515億円と全体の60.3%を占めています。平均寿命が延びればそれだけ高齢者人口は増えるので、医療費もその分増加します。

 一方、出生率の低下で少子化は定着し、年金や医療費など社会保障費を負担する現役世代は一向に増えません。そこで、元気なお年寄りに働いてもらおうというのが、人生100年時代構想会議の本音です。

 働くかどうかは別としても、高齢になっても健康でいたいというのは万人の願いです。しかし、下図で示すように平均寿命と健康寿命には男性が約9年、女性が約12年のギャップがあります。健康寿命とはWHO(世界保健機関)が提唱した指標で、平均寿命から寝たきりや認知症など介護状態の期間を差し引いた期間です。この「寝たきりや認知症など介護状態の期間」は、「不健康期間」とも呼ばれています。平均寿命は延びていますが不健康期間は縮まってはいないのが実情です。この不健康期間が、国民医療費の6割を使っている原因となっています。

「自分の口で食べる」ことが健康寿命の第一歩

 歯も歯ぐきも老化します。個人差はありますが、年齢が上がるほど平均喪失歯は増えてゆきます(下図参照)。しかし、歯は失っても入れ歯などで補うことが可能です。歯の老化は個人差が大きいので、比較的若いうちから歯を失ってしまう人もいれば、いくつになっても自分の歯が多いという人もいます。仮に歯を失ってしまっても、“使える入れ歯”を装着すれば、噛む能力に遜色はほとんどありません。

 高齢になっても健康でいるための基本は、「自分の口で食べる」ことです。栄養補給だけならばほかの手段でも可能ですが、よく噛んで自分の口で食べる栄養摂取にはかないません。美味しいものを楽しく食べることは、精神的にも良い効果がありますし、なんといっても老後の大きな楽しみのひとつでもあります。

 寝たきりだった93歳の高齢者が、入れ歯を入れて「自分の口で食べる」ようになったことで、栄養状態が改善されるとともに体力がつき、やがて歩けるようになり、介護認定も4から2になった例もあります。「自分の口で食べる」効果はとても大きいのです。

 また、よく噛むことで脳が活性化され、認知症の予防になるとも報告されています。

 筆者の歯科医院でも、重度のめまいで介護が必要だった80代の女性が、使える入れ歯に変えたところ、めまいが消失し、介護なしにひとりで出歩けるようになった例や、頭痛、偏頭痛、肩こり、手足の冷えなどの軽減、なかには薬を飲んでいても高かった血圧が正常範囲まで下がった人もいました。

 いずれにしても、“使える入れ歯”を手に入れた人は食事へのストレスが減り、旅行に行けるようになったとか、集まりに出かけるようになったなど、生活自体が前向きで活動的になり、表情も明るくなります。「自分の口で食べる」ことは、間違いなく健康寿命の質の向上につながっています。

 ただし、“使える入れ歯”を手に入れることは、大変難しい状況であるのも事実で、入れ歯治療に自信を持って取り組んでいる歯科医や歯科技工士は、残念ながら少数派です。

“使える入れ歯”を手に入れるポイントは、労力を惜しまず歯科医院を訪れ、よく説明を聞くこと。さらに、自ら入れ歯を使っている歯科医師ならば、より一層、患者さんの身になった治療を行っていることでしょう。

 筆者自身、できるだけ自分の歯を残したいと思いつつも喪失歯があり、現在は部分入れ歯を使い何不自由なく自分の口で食べています。しかし、将来的には加齢とともに失う歯が増えるであろうことは、自然の摂理と受け入れています。

 健康寿命を延ばすには、自分の歯を残すことも大切ですが、それ以上に失った歯を補う“使える入れ歯”でいつまでも「自分の口で食べる」ことが重要なのです。
(文=林晋哉/歯科医師)

●無料講演会のお知らせ
自分自身の入れ歯体験をもとに「人生100年時代の入れ歯と健康」について無料の講演会を開催します。申込方法など詳細はこちらをご覧ください。

無料講演会 2020年3月1日(日)14時~
入れ歯を選んだ歯医者が語る「体験的入れ歯論」
-私がインプラントにしない理由(ワケ)-
https://www.exajp.com/hayashi/free+lectures/


●林 晋哉(歯科医師)
1962年東京生まれ、88年日本大学歯学部卒業、勤務医を経て94年林歯科を開業(歯科医療研究センターを併設)、2014年千代田区平河町に診療所を移転。「自分が受けたい歯科治療」を追求し実践しています。著書は『いい歯医者 悪い歯医者』(講談社+α文庫)、『子どもの歯並びと噛み合わせはこうして育てる』(祥伝社)、『歯医者の言いなりになるな! 正しい歯科治療とインプラントの危険性』(新書判) 、『歯科医は今日も、やりたい放題』(三五館)など多数。近著は『入れ歯になった歯医者が語る「体験的入れ歯論」: -あなたもいつか歯を失う』(パブフル)。

林歯科HP:http://www.exajp.com/hayashi/

ゲーセン業界瀕死…プレステ&セガ登場の「約10年後」、凋落開始を招いた出来事とは?

 ゲームセンターという業態は、心ない一部の人々から「オワコン」と呼ばれてしまうような状況に陥っているが、本当にゲームセンターはこのまま“終わってしまう”のだろうか。

 確かに一昔前はターミナル駅の近辺や国道のロードサイドを中心に、大小のゲームセンターがひしめき合っていたが、ここ最近はその姿を減らし、残っている店舗も客数がまばらな印象だ。しかし、2008年頃まではショッピングセンターなどに入る大型店舗は増加傾向にあった模様。また、ここ数年は市場規模の縮小に歯止めがかかっており、わずかながら上昇に転じているというデータもある。

 ゲームセンターは本当にこのままオワコン化してしまうのか、それとも復活の兆しがあるのか。今回は、ゲームセンターの店長などを務め業界の現場を約6年間経験し、現在はゲームメディアのライターとして多くの著作を執筆している、日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表・鴫原盛之氏に話を聞いた。

ここ30年で店舗数は8割減、だが最盛期は意外と00年代?

「ゲームセンターのくくりや定義は定めづらいんです。そもそもの始まりは、デパートの屋上に設置してあった遊具の一環であり、喫茶店などにおいてあったピンボールなどのフリップゲームに人気が集まり、そうした筐体を多数設置するようになっていった流れにあります。デパート屋上や喫茶店なども広義の意味でゲームセンターとすることもできますが、今回はいわゆるビデオゲームなどを多数設置し、そういったビデオゲームをメインコンテンツとした商業施設を『ゲームセンター』として、話を進めたいと思います」(鴫原氏)

 では現在のゲームセンター業界はどうなのか。業界下降の現状は、店舗数の面から見ると顕著だという。

「1985年に施行された改正風営法で営業許可を受けた店舗数を比較すると、風営法制定から4年後の89年には2万1929店舗ありましたが、2017年には4381店舗に激減。約30年間の間に5分の1にまで減少してしまっており、これは主に小型店舗の淘汰が進んだと考えられます。

 ちなみにゲームセンター業界は、大型スーパーマーケットの登場で小さな商店街が危機に陥った現象とは構造が異なります。まず、ゲームセンター業界は同業者間の価格競争がほぼ起きない業態ですので、大型店舗だからお得だということはありません。そして、そもそも駅前の雑居ビルなどを主戦場とする小型ゲームセンターと、郊外などで大人数の集客を狙う大型ゲームセンターではターゲトが違いますので、お客さんを奪い合っていたということもないのです。つまりどちらも等しく、時代と需要の変化にさらされており、体力のある大型店舗のほうがわずかに倒れるのが遅いというだけで、危機的状況であることに変わりはないのです」(同)

 約30年前と比べると2割程度の店舗数しかないことを考えると、業界全体が右肩下がりであることは否定できないだろう。

「店舗数が一番多かったのは1990年代。ビデオゲーム全盛期の1990年代は、街のいたるところに小型のゲームセンターが乱立していましたよね。しかし、意外に思えるかもしれませんが、売上面での最盛期はそれよりもあとの2006年なんです。『アミューズメント産業界の実態調査報告書』によると[t1] 、2001年から2006年までの間に7311億円から9263億円と、約2000億円も市場規模が拡大しています」(同)

 2008年頃までは大型店舗は増加傾向にあったというデータもある。00年代後半まではゲームセンター業界は活況だったようだ。

市場規模ピークの06年から4年で急落、何が起こったのか

 そんなゲームセンター業界だが、10年を境にその売上が急激に落ち込んできたという。

「市場規模がピークだった2006年からわずか4年後の2010年には、約2500億円ものマイナスに転じているのです。一体何があったのか、その原因はケータイでどこでも遊べるソーシャルゲームの台頭でしょう。『グリー』や『モバゲータウン』などが配信する人気ソーシャルゲームの登場で、ゲームセンターは一気に人気が下降。わざわざゲームセンターまで出向いてゲームをするという感覚が、この頃を境に激減してしまったんです」(同)

 ソシャゲの台頭が大きな理由だと語るが、遠因はほかにも多いと鴫原氏。

「かつてはゲームセンターに置いてあるビデオゲーム筐体のほうが、家庭用ゲーム機よりも高性能だったのですが、プレイステーションやセガサターンが登場した1994年頃からその優位性が失われていったのです。

 例えば、スーパーファミコンで『ストリートファイター2』が登場したときも、クオリティーは落ちるけど家でスト2ができる――という理由でヒットしていたんです。つまり“一番いいゲーム体験ができるのはアーケード”という認識が根強いものでした。ですがプレステやセガサターン時代、その後継機のプレステ2やドリームキャスト時代には、家庭用ゲーム機とアーケードゲーム機のクオリティーの差が徐々に縮まっていったのです。ゲームセンターにわざわざ足を運ぶ意味が、少しずつ失われていったといえるでしょう」(同)

 ではなぜ、06年に市場規模の最盛期を迎えられたのだろうか。それは、ゲームセンターでしか体験できないゲームの登場が関係しているそうだ。

「太鼓とバチが導入された体験型リズムゲームである『太鼓の達人』(01年稼働開始)、業界初のリアルタイムオンライン対戦が可能となった『麻雀格闘倶楽部』002年稼働開始)、小学生に爆発的人気を博したトレーディングカードアーケードゲーム『甲虫王者ムシキング』(03年稼働開始)といった、ゲームセンター発のヒットゲームが登場し、大ヒットとなりました。

 これらのヒットがあったからこそ、10年の『グリー』や『モバゲータウン』の台頭まで、ゲームセンター業界がたえられたのでしょう。ただ悲しいかな、こうしたヒット作はブームが去ってしまえばそれまでで、業界全体の下降の根本的歯止めにはなりませんでした。また、ゲームセンターの収益の柱は、もうずっと以前からビデオゲームよりもプライズやメダルゲームです。プライズやメダルゲームはケータイだけでは遊べませんが、ビデオゲームの場合はケータイでも比較的似たようなゲームが遊べてしまうため、ビデオゲームに依存した店舗はどうしても経営が苦しくなります」(同)

eスポーツをゲームセンター業界の起爆剤にできない理由

 そんなゲームセンター業界だが、近年盛り上がり、急激に普及し始めている話題のeスポーツ需要を取り込むなどの秘策はないのだろうか。

「実に残念なことなのですが、ゲームセンターでeスポーツ大会を開催することが、かなり困難なのです。風営法で『遊技の結果に応じて賞品を提供してはならない』といった定めがあり、賞金をかけた大会を催せないからです。また、入場料を取ってそれをプレイヤーの賞金に充てようとしても、景品表示法で引っかかってしまうというジレンマもあります。ゲームセンターと関係のない第三のスポンサーを立てて主催してもらい、ゲームセンターで賞金付きのeスポーツ大会を開催するということも可能なのですが、それではゲームセンターの大きな収益につながるスキームができるかどうかも未知数です」(同)

 では、ゲームセンター業界はこのまま凋落していくのか。

「ゲームメーカー側が発表する新作の数は落ちてきていますし、ゲームセンター業界の経営努力も限界にきている節があります。今のままでは、復活の狼煙を上げることなく、このまま緩やかに右肩下がりを続けていくのではないでしょうか」(同)

 ゲームセンターという業態はこのままオワコン化が進むのかもしれない。しかし、ゲームセンターで培われていたゲーム対戦カルチャーや、その対戦により生まれたコミュニケーションは、近年、普及が進むeスポーツが文化として引き継いでくれるのではないだろうか。

(文=A4studio)

ビックカメラ、この冬、絶対買うべき調理家電5選!1台で5役の鍋、簡単蒸し料理器

 冬場は、鍋やおでんなどの温かい料理が恋しくなる。家電量販店のなかでもビックカメラ調理家電の品揃えが豊富で、一癖も二癖もある商品が多いことで知られる。

 そこで、一人分を手軽に調理できる便利なものから、友人や家族とワイワイ盛り上がれること間違いなしのイベント感満載のものまで、ビックカメラで買えるお値打ちな調理グッズを紹介する(価格は税込み)。

杉山金属/多用途おでん鍋 ふるさとのれん/4760円

 家庭では土鍋などでつくることが多い「おでん」だが、仕切り付きの四角いおでん鍋に入れると、よりいっそう本格的な雰囲気を味わえる。杉山金属のおでん鍋「ふるさとのれん」の木のぬくもりあふれる見た目は、まさにおでん屋台ののれんをくぐったときのワクワク感を想起させてくれることだろう。

 さらに、おでんの保温以外にも、煮る、茹でる、焼く、蒸す、炒める、の5役を1台でこなせるため、オールシーズン大活躍の代物だ。おでん用の仕切りのほか、蒸し物用のプレートも付属されており、アルミ鍋の表面はフッ素樹脂加工されていて、お手入れが簡単なのもうれしい。鍋には深さがあるので、ホットプレートで炒めものをして具材が外にはね飛ぶストレスも低減できる。

象印マホービン/グリル鍋 あじまる/1万3000円

 象印マホービンのグリル鍋「あじまる」は、「土鍋風なべ」「遠赤すき焼きなべ」「平面スペースつき溝つき焼肉プレート」の機能が備わった1台3役の優れものだ。土鍋風なべには水や濃縮つゆの量が測れる目盛りが付いているので、計量カップを使う手間が省ける。また、土鍋は直火OKのため、コンロで具材の下ごしらえをする際に便利だ。

 すき焼きを調理する際は普通のフライパンでは味気なく、鍋では深すぎるが、すき焼きなべは深さ40mmでちょうどいい。溝つきの焼肉プレートはこびりつきにくく、余分な油を落としてくれるので健康を気にする人にとってもありがたい。いずれも遠赤外線効果で肉に均等に火が通るため、うまみを逃さずおいしく調理することができる。また、食べている最中に蓋の置き場に困ることがあるが、透明のガラス蓋がななめに置ける仕様になっているのも地味にうれしいポイントだ。

阪和/ラクレットモア/9680円

 スイスの伝統料理「ラクレット」は、チーズの切り口を温めて、香ばしく焼き目がついて溶けた部分を削ぎ、じゃがいもなどの具材にからめて食べる料理のこと。チーズフォンデュの次世代版ともいえる人気メニューだが、飲食店で食べる場合は、削いだチーズが冷めて固くなってしまうのが難点。その点、「ラクレットモア」なら自宅で熱々のチーズを最後まで楽しめる。

 本品は二段構造になっており、上段のホットプレートで具材を焼きながら、下段のグリルでチーズの加熱が可能。ミニパンが4つも付いているため、各々理想の“チーズのお焦げ”をつくることもできる。温度は65~250度まで調整でき、魚料理や肉料理、クレープなどのスイーツまで、幅広いプレート調理に対応している。付属の焼き網をセットして焼きマシュマロ(専用フォーク付き)をつくってもいいし、正月に余った餅を焼くのも悪くない。

ツインバード/フードスチーマー/4480円

 油を使わずヘルシーに仕上がる「蒸し料理」に注目が集まっているが、コンロで蒸しと蒸し器を使って調理するのは、初心者にとってはハードルが高い。ダイヤルひとつで蒸し料理が完成するツインバードの「フードスチーマー ホワイト」は2段調理タイプ。上段で温野菜、下段で蒸し鶏といった具合に2品を同時調理できるため時短になり、タイマー付きなので火の元の管理でハラハラすることもない。

 また、冬の定番・肉まんを電子レンジで温める際、加熱時間を間違うと生地がしぼんでしまって残念な食感になることも多いが、フードスチーマーを使えば水分を保ちながらふっくらと仕上げることができる。ゆで卵や蒸し芋、茶碗蒸しなどの基本調理はもちろん、50メニューを収録したレシピブックを参考にすれば、蒸し料理マスターだって夢じゃない。

象印マホービン/電気フライヤー あげあげ/6960円

 揚げ物は油の温度調節が難しく片付けの手間がかかるので、少々ハードルが高い料理法だ。しかし、揚げ物専用の電気調理器を使えば、揚げ物にまつわるさまざまな問題を一気に解決できる。

「カラッと上手に揚がる」とユーザーから高評価を得る象印マホービンの電気フライヤー「あげあげ」は、油温を160~200度に調節できるため、温度計で計ったり勘に頼ったりする必要もない。片づけに関しても、内容器がフッ素樹脂加工されているため、油の拭き取りが楽ちんだ。間口は広めの約21×14cmで大ぶりなエビも丸ごと1尾揚げられるという、大きすぎず小さすぎずの絶妙なサイズ感。円形ではなく長方形の形状は、収納スペースへの収まりもいい。

 何よりうれしいのは、食卓に置けば揚げたて熱々を楽しめることだ。ひとり晩酌の肴に串揚げをつくってもよし、複数人で天ぷらパーティーをしてもよし、楽しみ方は自由自在だ。

 家にこもりがちな冬は、こうした調理家電の出番が多い。「おもしろそう」で「簡単」な冬のあったか料理に挑戦してみてはいかがだろうか。

(文=清談社)