朝ドラにも垣間見える葬儀業界の変化——プロが語る“真にやるべき終活”とは

「もしものとき、何をすればよいのか」

 人生の最後に向き合う葬儀や終活について、漠然とした不安を抱えている方は多いはずです。

 さらに葬儀業界は現在、少子高齢化や地域とのつながりの希薄化、さらには新型コロナウイルスの影響などさまざまな要因により、大きく変化しつつあります。

 これまでの常識が通用しなくなった現代において、遺族は何に戸惑い、葬儀社はどう寄り添っているのでしょうか。

 今回は、25年にわたり葬儀に携わり、NHK連続テレビ小説『おむすび』の撮影協力なども行った株式会社公益社大阪本社 セレモニーサービス部 担当次長馬渡氏に、葬儀業界の変化や終活の必要性についてお聞きしました。

一般葬はもはや一般的ではない?葬儀業界の変化とは


——葬儀の現場で、今と昔でニーズが変化していると感じることはありますか?

 以前に比べ、「家族葬」という形で葬儀を済ませたい、と考えている方が増えています。

 現在は第一声、「家族葬でお願いします」とおっしゃるご遺族の方が大半ですね。

 そもそも、私が葬儀業界に入った25年ほど前には「家族葬」という言葉もありませんでした。

——実際には「家族葬」の定義がわからないご遺族の方もいるのではないかと思います。これまでの一般葬との具体的な違いはどこにあるのでしょうか?

「家族葬」に明確な定義はありませんが、まず、葬儀に集まる人数が圧倒的に違います。以前は、一般的な家庭の葬儀でも100人ほど集まるのが普通だったのですが、現在は10〜20人ほどで済ませる場合が多いです。

 参列される方の人数が少なくなると、会場の大きさや食事の数など、グレードダウンできる点が増え、結果として以前の葬儀より金額面でも下がるケースがほとんどですね。

 また、親戚の方々の参列が減っていると感じます。故人のごきょうだいなどが高齢で、ご自身だけでの参列が難しいためです。

 以前は、こういった方々が葬儀に関する知識を豊富に持っていて、我々葬儀社が一から十まで説明せずとも葬儀の準備が進んでいくケースが多かったのですが、最近はそういった光景が少なくなっていると、身をもって実感します。

 喪主の方が、正解がわからない状態で葬儀を進めなければならない、というイメージです。

——このように、葬儀の規模感が小さくなった要因はどこにあると考えていますか?

 新型コロナウイルス感染症の流行も加速化の一因になっていますが、高齢化も大きな要因のひとつであると考えています。

 先ほど、故人のごきょうだいが高齢で参列できないケースがあると話しましたが、これは亡くなる方自体がかなり高齢になってから亡くなられることが多いためです。

 また、亡くなる年齢が高齢になることで、勤務した会社との縁が薄くなってしまい、会社関係者の参列がなくなるということも要因としてあります。

 喪主の方も自分自身の会社関係者に葬儀のことを詳細にはお伝えしなくなっていますね。以前は、喪主の同僚の方が受付を担当するなど、葬儀への参列も仕事の一部と捉えていた会社もありました。

 縁が薄くなってしまっているのは、会社関係者だけではありません。人間関係が希薄になり、地域や町内会の関係者の参列が減少していることも要因のひとつですね。

朝ドラの現場で感じる、時代の移り変わり


——馬渡さんは、NHK連続テレビ小説『おむすび』の葬儀のシーンで作法の指導を担当されましたよね。印象的だったことはありますか?

 はい、橋本環奈さん演じる主人公の祖父役を松平健さんが演じており、そのお通夜や葬儀のシーンで取材協力や撮影の立ち会いを行いました。

 打ち合わせの段階でスタッフの方に「法名(戒名)がおかしくないか」などの質問を受けるなど、細部へのこだわりを感じることが多かったですね。

 そしてやはり、現在我々が多く担当する葬儀とは、異なる部分が多くあると感じました。

——時代背景としては平成の、阪神淡路大震災の少しあとですよね。

 そうですね。比較的、新しい時代を取り扱った朝ドラではあるものの、時代設定は十数年前です。現在のような家族葬ではなく、「顔が広い人物が亡くなった際の、中規模程度の葬儀のイメージ」と伝えられました。

「そういえば十数年前まではこうだったな」と思い出しましたね。

 お通夜が終わったあとのシーンでは、人が入れ替わり立ち替わり故人に会いにくるのですが、現在ではお通夜後にそのような様子はあまり見受けられません。

 また、関西地方などでは現在、「香典辞退」のケースが増えてきました。お香典のやり取りのシーンなどにも、逆に新鮮さを感じました。

目の前の葬儀単価ではなく、未来の顧客を見据えたサポートを


——葬儀に対する考え方の変化を受けて、市場や葬儀社の動きにも変化はあるのでしょうか?

 市場としては2040年が死亡者数のピークだといわれています。2040年に向けて葬儀の件数は増えていく一方、葬儀1件あたりの単価は下がってきています。葬儀社がビジネスとして経営を維持していくためには、限りある件数をどう確保していくかが課題になるのです。

 そのため、家族葬をお手伝いできる、という部分を大きくプロモーションに取り入れている葬儀社が多いですね。とくに、ここ十数年で業界に参入してきた葬儀社は、Web広告での集客にも力を入れている印象です。

 弊社も、家族葬をアピールするプロモーションのほか、イベントなどで認知を広げていく活動を行っています。

 また、弊社は100年近い歴史があることで、宗教関連の方やお客様からのご紹介なども多いです。我々はこの部分をとても大事にしています。

 葬儀の喪主の方、参列している方々も将来のお客様になりうると考えているため、1件あたりの単価をいかに上げるかよりも、誠心誠意寄り添って「次も頼みたい」「誰かにすすめたい」と感じていただけるようにお手伝いすることもプロモーションの一端になるのではと考えています。

——日々、そのような気持ちでお客様と向き合っている馬渡さんが、葬儀や事前相談の際に大切にしていることはありますか?

 とにかく、細かい部分まで説明を欠かさないことです。

 家族葬が増えたことで、自分自身が葬儀に参列したことがないという人が増えています。さらに、「なぜこれをするのか?」を当たり前に教えてくれる親戚の参列も減少していることで、葬儀社側がしっかり説明を行わないと金額や行動に納得感が得られないのです。

 ただ葬儀をお手伝いするだけではなく、「なぜお布施にこれだけの金額を出さなければいけないのか」「お通夜と葬儀を別で行うのはなぜか」など、多くの方々が疑問に思う部分をしっかりと解消できる、コンサルタント的な役割も果たしていかなければと思っています。

終活は遺される家族のために


——最近は、「終活」という言葉の浸透も顕著になってきていると感じます。実際に葬儀社の目線から見て、終活をする方は増えているのでしょうか?

 葬儀に関して生前に準備される方が劇的に増えている、という印象はありません。どちらかといえば、多くの方がイメージし行動している終活は、財産の整理や身の回りの断捨離、介護施設の検討などを指しているように感じます。

 一方で、お墓に関する相談は増えていますね。以前はこちらからお墓についてお伺いすることが多かったのですが、最近はお客様の方からご相談いただくことが多いです。

 自分自身のお墓をどうするかだけでなく、お墓の移転や墓じまいに関する相談も多く耳にするようになりました。

 年代の傾向としては、60〜70代の方々の相談が多いです。自分自身が動けるうちに、という意識が高くなっているのでしょう。

——多くの方がいずれ意識することになる終活ですが、そもそも終活が必要な理由はどこにありますか?

 やはり、「遺される方々のため」ですね。

 葬儀ひとつとっても、参列者や葬儀の規模、祭壇に飾る写真など、事前に伝えられていないと判断に困ってしまうことが多いのです。実際に、葬儀の現場で喪主の方々が困惑する様子を多く目にします。

 故人が本当にしたかったことが見えていないと、遺された方々が「本当にこれでよかったのか」と悩むことになってしまうケースもあるのです。

 また、葬儀だけで終わりません。葬儀後も、相続など対処する項目が数多く存在します。

——終活をした場合とそうでない場合でどのような違いが出てくるのでしょうか?

 まず、葬儀や相続などの、打ち合わせや手続きにかかる時間が違います。

 たとえば葬儀では、亡くなられた直後の打ち合わせは平均して2時間半ほどかかるのですが、終活をしている方の場合、1時間かからずに打ち合わせが終了する場合もあります。

 打ち合わせだけでなく、準備にかかる時間も大幅に短縮されることが多いです。

 これによって、遺族の方々は故人とゆっくりと最後の時間を過ごしてお別れができますし、喪主の方々が葬儀に抱える不安や不満も少ない傾向にあります。

よりよい終活のため、葬儀社や故人・家族ができること


——故人だけでなく、遺族の方にもメリットが多い終活ですが、より世の中に普及するためには何が必要だと感じますか?

 まず、終活は1人でやるには限界がある、という認識が広まることが必要だと感じます。

 どうしても終活をする方は、身の回りの整理など、たった今、自分自身だけでできることばかりに目が向く印象があります。しかし、実際には葬儀や相続関連の手続きなど、故人以外の方がやることのほうが多くあるのです。

 自分の死後に関わる誰かを巻き込んで、「引き継ぎをする」意識で終活を進めるのがよいですね。

 今後、喪主を経験した方が「こういうことをしておけばよかった」「こんな終活をしてくれていて助かった」など、終活の重要性を発信できるようなイベントや終活カフェなどの場が、もっと認知されていくことも、終活普及の一助になると感じます。

——葬儀業界や終活市場が変化していくなか、公益社をはじめとする葬儀社はどういった役割を担っていくのでしょうか?

 これまで葬儀社は、葬儀のお手伝い、サポートをすることが仕事でしたが、今後はその範囲がどんどん広がっていくのではないかと考えています。

 実際、葬儀社は江戸時代に葬儀に使用する道具を貸し出すところから始まり、徐々に葬儀の手伝いや進行を担当するというふうに、役割を変化させてきました。現在は、徐々に葬儀に関わるコンサルタントや、作法や金額の理由をレクチャーするという役割も加わっていると感じます。

 今後は、お墓や相続など葬儀後の分野のサポートも担っていくことが予想されますし、我々のグループではすでにそういった業務を専門に担当する会社も備えています。

 時代の変化に合わせて、葬儀に関わるスタッフも、葬儀に関する知識だけではなく葬儀の前後に関する知識も持っておかなければなりません。

 親戚や近所づきあい、宗教観などが変化し、葬儀や終活に関して迷いが多く生じるなか、多くの方々にとって「相談窓口」や「駆け込み寺」のような存在になれればと思っています。

「もしものとき、何をすればよいのか」

 その問いに、明確な正解はないかもしれません。

 しかし、準備をしておくこと、信頼できる相手に相談することは、自分自身への安心をもたらします。また、「もしものとき」への不安を話し合い、備えることは、遺される方々への優しさにもつながるのではないでしょうか。

 人生の終わりに寄り添うプロの視点から学び、できることから始めてみましょう。

※本稿はPR記事です。

水辺の安全を1秒で守る――プライムセンス「Meel」が変える溺水事故防止の未来

●この記事のポイント
・2025年夏、東京・小金井市のスイミングスクールで小1児童が溺死する事故が発生。全国的にも溺水事故は増加しており、監視の死角や救助までの時間が課題となっている。
・株式会社プライムセンスが開発した「Meel」は、RFID技術を用い、溺水の兆候を検知して約1秒で通知。プライバシーに配慮しつつ誤検知も少ない。来シーズンには閉鎖水域での導入を予定し、将来的には海水浴場などへの応用も視野に入れる。
・普及にはコストや装着ルール、文化的課題が残るが、同社は業界団体や行政との連携で社会実装を目指す。水辺の安全を社会インフラとして標準化し、「1秒で命を救う」未来を創ろうとしている。

 2025年夏、東京・小金井市のスイミングスクールで小学1年生の児童が溺死する事故が起きた。事故はさまざまなメディアでも報じられ、SNS上では監視体制や施設運営の在り方を巡って激しい議論が交わされた。

 監視員が配置され、一定の安全対策が講じられているはずのスイミングスクールで、なぜ命が失われてしまったのか――。その背景には、施設運営の人員不足や監視の死角、そして「異常を発見してから救助までの時間の長さ」という課題がある。

 実は、全国的にも溺死事故は増加傾向にある。警察庁の統計によると、コロナ禍による外出自粛の影響で一時的に減少していた溺水事故は、2023年以降、再び増加に転じた。暑さの厳しい夏が続く中、川や海だけでなく、管理されたプール施設でも事故が相次いでいる。

 溺水事故は数十秒で命に直結する。特に子どもは静かに沈むため、周囲が気づきにくい。監視員が異常を発見してから救助に向かうまでの数十秒〜数分の遅れが、生死を分けることになる。

目次

検知から通知まで約1秒――「Meel」の革新性

 こうしたなか、株式会社プライムセンスが開発したプール向け安全監視システム「Meel(ミール)」が注目を集めている。溺水の兆候を検知してから通知まで、わずか約1秒。現場の監視員やインストラクターに即座に知らせ、救助活動を開始できる。

 代表取締役の高木淳氏は、開発の背景をこう語る。

「私はもともとトライアスロン競技の経験者で、水泳の危険性を肌で感じていました。子どもたちが安全に水泳を学べる環境を作りたい。でも、これまで世の中に本格的な溺水検知システムはほとんどなかった。それなら自分たちで作ろうと、千葉大学との共同研究を始めたのです」

 高木氏自身、泳げない状態からトライアスロンを始め、水の怖さと正しい泳ぎの重要性を実感してきたという。その経験が、命を守る技術の開発を後押しした。

技術の中核はRFID――プライバシーに配慮した検知方式

 Meelの心臓部は、交通系ICカード「Suica」や「PASMO」にも使われるRFID(無線自動識別)技術だ。ただし、同社が採用するのは長距離通信に対応した周波数帯で、25メートルプール全域をカバーできる。

 利用者は、RFIDチップを内蔵した小型センサーを水泳帽やゴーグル、首輪状のバンドに装着。監視システムは、センサーが一定時間水中に留まり続ける状態を検知すると、瞬時に警報を発する。

 検知~通知の所要時間は約1秒。人間の視覚監視に頼るより圧倒的に早く、誤検知率も低い。

 最近は監視カメラ映像+AI解析による検知方式も開発されているが、日本ではプライバシーへの懸念や設置コストの問題で普及が進みにくい。対象が水着という特性から、この問題は避けて通れない。RFID方式は顔や身体を映さずに検知できるため、導入の心理的ハードルも低い。

市場投入は来シーズン、まずは「閉鎖水域」から

 現在、Meelは大学との共同研究フェーズを終え、実証実験の最終段階にある。リリースは来シーズンを予定しており、当面はスイミングスクールや小学校プールといった閉鎖水域に特化する。

 その理由は明快だ。

 第一に、海や川など広大な水域では電波が届きにくく、監視精度が落ちる。第二に、一般客が集まる海水浴場ではセンサー着用を義務付けるのが難しい。ただし、沖に浮かぶ小規模なフロートや限定水域では導入の可能性がある。近年、沖合に人工浮島を設置した海水浴場が増えており、こうした限られた範囲なら技術的に対応可能だという。

 さらに、太陽光発電による駆動も実証済み。電源確保が困難な屋外施設でも、日中であれば安定稼働できることが確認されている。

溺死事故は「どこでも」起きる――普及の急務

 高木氏は「事故が多いのは海や川だけではない」と強調する。プールでも事故件数は増加しており、特に夏休みの水泳教室やレジャープールでは監視体制が追いつかないケースがある。

 実際、小金井市の事故をはじめ、過去数年でも市民プールや学校施設での死亡例は報告されている。

「Meelのようなシステムが全国のプールに配備されれば、数秒で救える命が確実に増えます」

導入の壁――コスト、運用ルール、文化的課題

 全国展開には課題も多い。まずは導入コストだ。機器本体やセンサーの価格、メンテナンス費用は自治体や民間施設にとって負担となる。

 また、利用者全員にセンサーを装着させるためのルールづくりや、学校・保護者の理解も必要だ。

 海外では監視カメラ+AI解析方式のシステムが導入され始めているが、日本はプライバシー意識の高さから慎重姿勢が目立つ。RFID方式はその懸念を回避できるが、「装着を嫌がる子ども」や「自由度の高い海水浴場」での対応は依然として課題だ。

スタートアップが挑む「社会実装」

 安全分野の製品は、開発後すぐに売れるわけではない。社会全体での信頼獲得と制度整備が必要だ。高木氏はこう語る。

「我々だけでやるのではなく、水泳連盟、スイミングクラブ協会や教育委員会、ライフセービング協会など、関係者が手を組むことが重要です。安全は競争ではなく、協力で作るものです」

 補助金や助成制度、保険会社の割引制度などが組み合わされれば、導入の加速も期待できる。スタートアップとしては、技術面だけでなく行政・業界団体との連携が成功のカギとなる。

技術を「社会の標準」に――命を守るインフラとしてのMeel

 水辺の安全はサービスではなく、社会インフラだ。道路に信号機があるように、プールや海水浴場にも「命を守る仕組み」が当然のように備わる未来が必要だ。

 高木氏は最後にこう締めくくった。

「溺水事故をゼロにすることは難しいかもしれません。でも、1秒で気づけるなら、防げる命は必ずある。そのために技術を磨き続けます」

 事故は起きてからでは遅い。今求められているのは、「誰もが安心して水辺を楽しめる社会」を実現するための行動だ。その第一歩として、Meelはすでにスタートラインに立っている。

(文=UNICORN JOURNAL編集部)

OpenAIが無料の「オープンウェイトモデル」GPT-ossを出さざるを得なかった理由

●この記事のポイント
・OpenAI、オープンウェイトAI言語モデル「GPT-oss」をリリース
・無料で使うことができ、「重み」を開示しているため、開発者が自由にカスタマイズして利用可能
・市場圧力とプライベートAI需要の拡大に対応する動き

 OpenAIは7日(現地時間)、「ChatGPT」向けの新AIモデル「GPT-5」を発表したが、その直前の5日に同社が発表したオープンウェイトAI言語モデル「GPT-oss」が注目されている。無料で使うことができ、出力結果を左右するモデルの仕組みである「重み」を開示しているため、開発者が自由にカスタマイズして利用することができる。ここ数年、OpenAIは新たなモデルをリリースしてもソースを開示しない姿勢を示してきたが、今回、「GPT-2」以来5年ぶりにオープンモデルを発表。その背景は何なのか。また、「GPT-oss」はどのような特徴を持ち、どのような用途に向いているのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

●目次

オープンウェイトモデルとは何か

 軽量モデルといわれる「GPT-oss」は推論機能を持つリーズニングモデルで、数学やプログラミングなどに優れているという。公開されたモデルは「gpt-oss-120b」と「gpt-oss-20b」の2種類。「120b」は80GBの単一のGPU、米エヌビディアのGPU「H100」1枚で動作し、性能は「OpenAI o4-mini」とほぼ同等。一方、「20b」は性能的には「OpenAI o3-mini」と同程度で、ノートパソコンやスマートフォンなど16GBのGPUを搭載したエッジデバイスでも実行可能な点が大きな特徴。Apache 2.0ライセンスの下でリリースされ、マイクロソフト「Azure」、「AWS」、開発プラットフォーム「Hugging Face」などを通じて無料でダウンロードでき、商用目的での改変も可能。

 ちなみに8日に発表された「GPT-5」は、無料ユーザも使用できるが制限があり、一定量以上を利用する場合は月額20ドルの「ChatGPT Plus」、もしくは「ChatGPT Pro」を契約する必要がある。

 オープンウェイトモデルとは何か。ソフトウェアエンジニアで合同会社Hundreds代表の大塚あみ氏は次のように解説する。

「学習済み重み(weights)を公開し、ダウンロードしてローカル実行・再学習・蒸留・オンプレ運用ができる言語モデルを指します。しばしば“オープンソース”と混同されますが、学習データや学習コードの全面公開までは含みません。今回の gpt-oss は Apache 2.0 ライセンス+利用規約で提供されています。

 近年のオープンウェイトをめぐる潮流としては、米メタ(Llama系)、仏Mistral AI、中国アリババ(Qwen)が牽引し、中国勢(例:DeepSeek)の台頭で一段と加速しました。OpenAIが 2019年のGPT-2以来となるオープンウェイトを再開したのは、この市場圧力とプライベートAI(自社環境で完結させる運用)需要の拡大に対応する動きと見られます」

なぜオープンウェイト型のモデルをリリース?

 今回のGPT-ossの特徴・優位点は何か。

「性能レンジ:120bは標準ベンチマークで o4-miniに匹敵/一部で上回る、20bはo3-mini級の結果が公表されています。ツール使用(関数呼び出し/ブラウジングやPython実行)、構造化出力、CoT(Chain of Thought)に対応し、reasoning_effort(推論強度)も段階的に調整可能です。

運用性:120bは単一80GB GPUで推論可、20bは16GB級メモリでも動作可能とされ、クラウド/オンプレ/エッジまで展開しやすいのが強みです(それぞれ、80万円/15万円程度で買えるパソコンで使える)

安全性:OpenAIの Preparedness Framework下での追加評価レイヤー導入やシステムカードが用意され、同社内の安全性ベンチマークでフロンティア系に準じる水準と説明されています

 用途としては、クラウドに機微データを出せない現場や、レイテンシ/コスト/カスタマイズを最適化したい企業に有効です。ローカル運用であればプロンプトは自社環境外へ出ません」

 前述のとおり、OpenAIは近年、情報の公開を限定するかたちでAI言語モデルをリリースしてきたが、ここへきて5年ぶりにオープンウェイト型のモデルをリリースした理由は何であると考えられるのか。 

「あくまで私見ですが、以下が重なった結果だと考えます。

・データ主権・コンプライアンス要件に応えるローカル/オンプレ需要
・開発者エコシステムの奪還(Llama/Qwen等へ流れていた)
・『プライベートAI』市場の拡大(企業内での自律エージェント運用やツール連携)
・中国勢の高性能オープンモデルへの対抗」

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=大塚あみ/合同会社Hundreds代表)

古代壁画からAIの時代まで――米PRミュージアム「PR Timeline」で歴史から未来を学ぶ

電通PRコンサルティングが昨秋から都内各所で展開しているPR展「What’s PR?~PRって何だろう?身近な活動から社会を変えるチカラまで」では、ニューヨークの「ザ・ミュージアム・オブ・パブリックリレーションズ」の協力を得て、同ミュージアムのコンテンツの一部を展示しています。本稿ではこのPRを専門に展示するユニークなミュージアムの紹介と、PRミュージアムが目指すもの、さらには、われわれが展示会を通してそこから学んだこと、日本で伝えたいことをご紹介していきます。

マンハッタンのPR専門の常設ミュージアム

私たちが「パブリックリレーションズ(以下PR)」と呼ぶ営みは、古代壁画に始まり、国家の碑文、宗教的スクロールを経て、印刷物・ラジオ・テレビ・デジタルプラットフォームへとメディア環境の革新にともなう、“コミュニケーション技術の進化”を基盤として発展してきました。その歴史的な足跡を1カ所で俯瞰(ふかん)できる常設施設が、マンハッタン南端のウォールストリートにある「ザ・ミュージアム・オブ・パブリックリレーションズ(以下PRミュージアム)」です。

この施設は、ニューヨーク州教育局(Board of Regents)から公式認可(ミュージアム・チャーター)を取得した登録博物館であり、私設展示ではありません。運営母体も、非営利の教育法人(501(c)(3)団体)として認可を受けています。PRを唯一のテーマに据えた常設登録ミュージアムは、世界でここだけとされています。所在地は金融街の高層ビルの23階。研究者、学生、PR実務者が集う「知のアーカイブ」としての空間が広がっています。

ザ・ミュージアム・オブ・パブリックリレーションズ
所在地:120 Wall Street,23階,New York, NY 10005 
営業時間:平日(月〜金)11 :00~17 :00、土日は休館 
入館料:学生 $10、教育関係者 $15、一般 $25
image
PRミュージアムの共同創設者のバリー・スペクター氏(左)と共同創設者で館長のシェリー・スペクター氏(右)と

1997年、PR史研究家のシェリー・スペクター氏とその夫でありパートナーでもあるバリー・スペクター氏が、近代PRの父の一人であるエドワード・バーネイズの私蔵資料を引き継ぎ、まずはオンライン博物館として公開し、その後、物理的なアーカイブとしても拡張しました。ミュージアムの基本姿勢は「PRの歴史から未来を学ぶこと」。過去の記録を保存し、次世代が活用できる形で共有することに重きが置かれています。

5000点を超える所蔵品と展示ハイライト

PRミュージアムのコレクションは5000点を超えます。エドワード・バーネイズとともに、もう一人の近代PRの父と呼ばれるアイビー・リーのプレスリリース草稿、エドワード・バーネイズの初版本や、企業PRの父と呼ばれる元AT&TのPR担当副社長アーサー・ペイジの社内覚書、大手PR会社バーソン・マーステラ(現バーソン)の創業者ハロルド・バーソンのメディアトレーニング資料など、PR黎明(れいめい)期から現代までの原資料が体系的に保存されています。

加えて、このミュージアムには第1次世界大戦期のプロパガンダ資料、ベトナム戦争下の政府PR記録、企業の危機対応文書なども収蔵され、政治・社会運動・企業実務が交錯する多層的な展示構成が特徴です。

われわれは、東京でPR展を開催するに当たり、展示内容を以下のような方針で構成しました。

1)ニュートラルで営業色のないものとすること
2)「グローバル視点と日本の視点」「過去と現在」といった多層的な展示とすること
3)PRを単なる実務やビジネスとしてではなく、より広い社会的営みとして提示すること

そこでわれわれが目をつけたのが、ニューヨークにあるPRミュージアムでした。同ミュージアムにアプローチし、シェリーとバリー両氏の協力の下、同館の貴重なコンテンツを和訳・編集し、展示に盛り込むことにしました。

PR Timeline

image
南欧に点在する古代洞窟壁画

PRミュージアムのコンテンツの一つに、「PR Timeline」という、PRの歴史をまとめたものがあります。これは、同ミュージアムと米ホフストラ大学が共同で制作したもので、「Public Relations through the Ages(時代を超えて見るパブリックリレーションズ)」というタイトルの下、PRの進化と人類のコミュニケーションの発展との関係を示した歴史年表です。時代を超えて、「メッセージ」と「伝え手」をつないできた重要な人物、出来事、技術発明の数々が紹介されています。

このタイムラインは、古代洞窟壁画から始まります。これまで洞窟壁画は人類による初期の芸術的表現と見なされてきましたが、近年では、動物を描いた壁画の周りに見られる螺旋(らせん)、楕円、手形、交差する線などの抽象的な記号に注目する文化人類学者が増えています。これらの記号は、単なる装飾ではなく、視覚的な世界を抽象的な記号に置き換える文字の始まりであると考えられるようになっています。そして人類がことばを持つ前の、初期のコミュニケーション手段であった可能性があるとされ、「PR Timeline」ではPR史の出発点と位置付けています。

聖書に見られるスポークスパーソン

image
旧約聖書に登場する預言者モーセ

 「スポークスパーソン(代弁者)」という重要なPRの役割は、実は紀元前に書かれた旧約聖書にその起源を見いだすことができます。「出エジプト記」は旧約聖書の2番目の書で、ヘブライ人がエジプトでの奴隷状態から解放され、神との契約の下に民族として形づくられていく過程を描いています。その中に出てくる預言者モーセは、神からイスラエルの民  を導き出す使命を受けますが、自身の話し下手を理由にためらいます。そこで神は、雄弁な兄アロンに「彼の口となる」役割を与え、モーセが神から受け取った意志をアロンが民やファラオに伝えるという形で「神→モーセ→アロン→民」という伝達の構図を設けます。さらに、民の信頼を得るため、奇跡を起こすつえを与えます。これによって、民は、モーセが神によって遣わされたことを信じたと記されています。モーセが神の意志を受け取り、アロンが民やファラオに向けて語るという役割分担で、兄弟は共に使命を果たしていきます。

聖書において、神の言葉は特別な啓示を受けた預言者など、限られた者しか直接受け取ることができません。「出エジプト記」では、モーセが仲介者として神のメッセージを受け取り、さらにアロンというスポークスパーソンが、それを民にとって理解可能な言葉へと変換しました。つまり、聖書に登場する預言者たちは、神から受け取ったメッセージを人々が理解できる文脈に翻訳して伝え、民の態度変容を促していったのです。さらに、神はモーセに対し、視覚的・体験的な証拠となるつえを与えることで、民の信頼を得ながらその権威を補強したことが描かれています。これはまさに、エビデンスに基づく信頼を背景としたコミュニケーションの一例と見ることもでき、現代のPRの実務でも行われていることです。

新約聖書に見られる「ストーリーテリング」の技術

image
新約聖書の著者の一人、使徒パウロ

初期キリスト教会の発展において、コミュニケーションは中心的な役割を果たしました。使徒パウロは地中海各地を旅しながらキリストの教えを広め、新約聖書27巻のうち13巻を執筆したとされます。彼の書簡は、信徒の疑問に答えるために書かれ、礼拝の場で読み上げられることを前提としていました。歴史家の中には、こうした活動を「PRキャンペーン」と位置付ける見解もあります。実際、現在、全世界で約24億人、世界総人口の32%がキリスト教徒であることを考えれば、パウロの宣教活動は人類史上最も成功したPRキャンペーンの一つといっても過言ではありません。新約聖書には、また、「善きサマリア人  」や「放蕩(ほうとう)息子」など、さまざまなたとえ話が描かれています。神の教えやメッセージを人々が理解できるよう、親しみやすい物語を通して語られているものです。これは現代のPRにおいて重視される「ストーリーテリング」と本質的に同じ技法であり、新約聖書にはその原点ともいえるさまざまなストーリーテリングの実例が見られるのです。

PRの歴史は古代から始まり、AIの時代まで続きますが、その一部を電通PRコンサルティングのウェブサイトで公開しています。
https://www.dentsuprc.co.jp/pr/beginners/

世界のリーダーたちはPRの専門家に支えられてきた

PRミュージアムからはこの「PR Timeline」の他に、ハロルド・バーソンがレーガン元大統領と写る写真も提供していただきました。

image
レーガン元大統領(左)とハロルド・バーソン(右)

大手PR会社の社長は、一国の大統領や首相のアドバイザーとして助言することがよくあります。イギリスのPR会社ベル・ポッティンガーの社長であったティモシー・ベルはマーガレット・サッチャー元首相のアドバイザーとして有名でした。アメリカではハロルド・バーソンが、歴代の大統領へ助言してきたことで知られています。中でもロナルド・レーガンとは友人関係にあり、レーガンがホワイトハウスを去った後も、月に1回は昼食を一緒に取っていました。PR展ではこういったPR業界のトリビアも展示しています。国家のリーダーが、PRの重要性を理解していたことがこれらの資料から分かります。

社会改革をもたらすPR

展示コンテンツはPRミュージアムから提供された歴史資料だけではありません。日本におけるPRの歴史では、60年前の電通報の記事の一部も紹介し、「パブリックリレーションズ」という言葉がどのようにして日本に入ってきたのかを紹介しています。

さらに、近年実施されたPRキャンペーンの成功事例なども動画とPOPで展示しました。その一つが、世界最大級のPR会社エデルマンがスウェーデンの家具ブランドであるIKEA(イケア)のためにカナダで実施したPRキャンペーン「SHT(シット)」です。このPRキャンペーンは「カンヌライオンズ2024」PR部門でゴールドを受賞しました。

社会を動かしたイケアのSHTキャンペーン

カナダでは、2022年ごろから全国的な物価高騰が続いており、イケアの調査によると、カナダ人の45%が自身の家計に不安を感じ、多くの人が限られた予算の中でより多くの価値を得るために、中古品市場に活路を見いだしていました。実際、月に1回以上中古品を購入している人は全体の31%に達していました。

一方、オンタリオ州では、全ての売買取引に13%のHST(ハーモナイズド・セールス・タックス/統一売上税)が課されます。この税は1997年から導入されており、もはや誰も疑問を持ちません。

ところが、イケアではある問題に気付きました。中古品を購入すると、税金が二重にかかってしまうことです。新しい持ち主は、最初の購入時にすでに支払われたHSTを、再び支払わされることになります。こうした二重課税によって、連邦政府にはなんと年間数百万ドルもの収益がもたらされていました。

image
イケアのSHTキャンペーン

イケアでは、環境保護のため、また、経済的な手頃さを提供するため、自社製品の中古品の売買を行っています。そのイケアが、この二重課税の問題と戦うため、「SHT(セカンドハンド・タックス)」を考案しました。これは、中古品に課される二重課税を事実上打ち消す“対抗税”です。仕組みはシンプルです。HSTが13%であるのに対し、SHTはマイナス13%。顧客がイケアで中古製品を購入する際、税金が相殺され、実質的に0%の税率となるのです。

イケアは、SHTの取り組みについて広くメディアに情報提供を行い、イケアの中古マーケットプレイスへのアクセスとHST廃止を訴える署名活動への参加を促しました。

このキャンペーンの結果、3万5000件以上の署名が集まり、イケアの中古品売り上げが192%の増加をしました。そしてカナダ政府は、二重課税を長期的に廃止するための政策変更についてイケアとの協議に応じることを決定したのです。

このようにPRには、社会課題を浮き彫りにし、その解決に向けたムーブメントをつくり上げるチカラがあるのです。われわれは、PR展で、こういったPRの可能性やチカラについても来場者に訴えていきました。

PRの歴史から未来を学ぶこと

過去を学ぶことは、単に知識を蓄積することではなく、未来のイノベーションを生み出すインサイトを得ることにつながります。洞窟壁画から、AIによる高度な対話が可能となった現代に至るまで、「パブリックリレーションズ」は、人や組織が社会に働きかけ、改革を生み出すチカラとして発展してきました。PR展「What’s PR?」は、小規模ながら、展示する歴史資料と、クリエイティブなケーススタディによって、その歩みと新たな可能性について考える機会の場となることをめざしています。

私たちPR展の運営チームは、「PRとは何か」「PRは人類社会にどのように関わってきたのか」を知っていただくことを出発点に、これからのPR、そして新たなイノベーションへとつながるインスピレーションを感じていただけることを願っています。

X

人事・労務管理に革新をもたらすBPaaSとは?最新サービスと導入成功のポイント

●この記事のポイント
・人事・労務管理の分野でBPaaSの導入が拡大
・給与計算や勤怠管理といった定型的かつ法令遵守が求められる業務を迅速かつ正確に処理できる
・代表的な人事・労務管理向けBPaaSサービス5選

 企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速するなか、人事・労務管理の分野にも新たな業務効率化の波が押し寄せている。その中心にあるのが「BPaaS(Business Process as a Service)」だ。BPaaSは、従来のアウトソーシング(BPO)とSaaSを融合させたサービス形態で、業務プロセスの効率化とコスト削減を同時に実現するモデルとして注目を集めている。

 今回は、人事・労務管理に特化したBPaaSの概要から、その具体的なサービス例までを解説し、今後の展望を考察する。

●目次

 BPaaSは、業務プロセスをクラウド上で提供し、専門業者の人的リソースとクラウドベースのソフトウェアを組み合わせて業務の自動化・効率化を促進するサービスだ。人事・労務管理領域では、給与計算、勤怠管理、社会保険手続き、年末調整、人事評価など、正確性と法令遵守が強く求められる定型業務が多く存在する。

 これらは企業のコア業務とは異なり、多くの担当者にとって負担となりやすい。一方で、属人化や法改正対応の遅れはコンプライアンスリスクにもつながる。BPaaSは、こうした課題を解決しつつ、企業が戦略的な人材活用や事業成長に専念できる環境を整備する。

BPaaSの特徴と企業メリット

 BPaaSの導入にあたって押さえておきたい特徴は主に以下の3点だ。

・クラウド活用による業務一元管理
 クラウド上で業務プロセスとデータを一元管理し、リアルタイムの進捗確認や情報共有を実現。法改正や保険料率の変更にも即応可能な自動更新機能が強みとなる。

・専門家による高品質な代行サービス
 人事・労務の専門家が業務を代行することで、精度とコンプライアンスを担保。複雑な法規制や煩雑(はんざつ)な手続きも安心して任せられる。

・柔軟なコストモデルと運用スケーラビリティ
 サブスクリプション型や従量課金制のため、企業規模や業務量に合わせてコストを最適化。初期投資を抑えつつ拡張性の高い運用が可能だ。

導入メリットと注意点

 BPaaSを導入することで得られる最大のメリットは、業務効率の飛躍的な向上とコスト削減だ。クラウド技術を活用したシステムの自動化により、給与計算や勤怠管理といった定型的かつ法令遵守が求められる業務を迅速かつ正確に処理できるため、人的ミスの軽減や作業時間の短縮が可能となる。また、専門知識を持つプロフェッショナルが業務代行を行うため、コンプライアンスリスクの低減にもつながる。さらに、サービスをサブスクリプション型や従量課金制で利用できるため、初期投資を抑えつつ、企業規模や業務量に合わせた柔軟な運用が実現可能となる。

 一方で、いくつかの注意点も存在する。業務の重要な情報をクラウドに預けるため、情報漏洩や不正アクセスといったセキュリティリスクを十分に考慮しなければならない点だ。また、特定のベンダーに依存することで、将来的に他社サービスへの移行が難しくなるベンダーロックインのリスクも念頭に置く必要がある。さらに、BPaaSは標準化された業務プロセスに基づくため、自社の独自要件に対してはカスタマイズに制約がある場合が多い。そのため本格的に導入する前の業務適合性の確認が重要となる。

 これらのポイントを踏まえ、自社の業務内容や要件に最適なサービスを慎重に選択し、運用開始後も継続的な管理と改善を行うことが不可欠だ。

代表的な人事・労務管理向けBPaaSサービス5選

 ここからは、国内で実績のあるBPaaSサービスを紹介する。

1.Chatworkアシスタント
 ビジネスチャット「Chatwork」を活用し、勤怠管理や給与計算代行などバックオフィス業務全般をサポート。ITリテラシーの低い企業にも導入しやすいシンプル運用が強み。介護事業をはじめさまざまな業界での利用実績を誇る。

2.freee人事労務アウトソース
 クラウド型人事労務システムと専門スタッフの代行サービスを融合。給与計算や年末調整、入退社手続きなど幅広い業務をカバーし、中小企業やスタートアップの負担軽減に寄与。法改正対応やリアルタイム進捗管理も特徴。

3.HR BPaaS
 大規模企業向けに設計され、100万人超の給与計算をサポート可能。AIを活用したデータ分析機能や堅牢なBCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)体制を備え、複雑な給与体系や業界特有の要件にも対応。金融や外食業界での導入実績が豊富。

4.奉行クラウドBPaaS
 給与計算から採用支援まで幅広い人事労務業務をアウトソーシングできる。税理士・社労士など専門家の関与により業務品質を担保し、中堅から大企業まで幅広い層に支持されている。業務カスタマイズが柔軟にできる点も人気。

5.ジンジャーBPaaS
 クラウド型人事労務システム「ジンジャー」を基盤に、BPOパートナーと連携。人事評価運用支援や従業員問い合わせ代行も含め、多彩な機能を提供。スタートアップやIT企業での導入が進んでいる。

BPaaS導入成功のためのポイントと今後の展望

 BPaaSを効果的に導入し事業成功へ反映させるためには、いくつかの重要なポイントが存在する。まず、自社の業務フローや業界特有の要件に適合するサービスを選定することが不可欠であり、そのために導入事例やユーザーレビューの活用が有効となる。次に、情報セキュリティの観点から、ISO/IEC 27001認証の取得状況やデータ暗号化の有無など、堅牢なセキュリティ体制の確認が欠かせない。また、導入時における業務設計支援の充実度や、運用後のトラブル対応力を含むサポート体制の充実も成功の鍵となる。さらに、初期費用や月額料金、従量課金などコスト構造の詳細を把握し、自社の予算と整合させることも重要である。

 今後は、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)技術の進化に伴い、自動化や高度なデータ分析機能がさらに強化されることが期待される。特に国内市場においては、少子高齢化や働き方改革の推進による人事労務管理の効率化ニーズが高まっており、BPaaSの役割と普及が一層拡大すると予想される。

(文=齋藤めぐみ/有限会社リーゼント、ライター)

【アジア風・猿島だより】インバウンドが生む新名所

◆初夏の頃、久しぶりに横須賀市(神奈川県)の猿島を散策した。日露戦争で活躍した戦艦「三笠」が保存されている三笠公園の隣の桟橋から船で約10分の沖合にある猿島は、東京湾で唯一の自然島であり無人島。要塞として幕末から第2次世界大戦まで東京湾を守り、今も砲台や弾薬庫、兵舎など往時の遺跡がある。

◆東京近接にして原生林などの自然と要塞跡が共存する希少なロケーションから、「仮面ライダー」や「西部警察」など多数のドラマや映画の撮影が行われている。れんが造りの兵舎にツタが絡まり、砲台に木の根が這う風景は、宮崎駿監督のアニメ作品「天空の城ラピュタ」のシーンを連想させると今や横須賀観光のハイライトになっている。

◆神奈川県公式観光サイト「観光かながわNow」によれば、SNSの投稿で猿島は三浦半島エリアでインバウンド観光客に際立って人気がある。「国内観光客(日本語)の投稿数3位に対して、インバウンド観光客(5言語合計)の投稿数は断トツ1位。中国語(簡体字)やベトナム語ではアニメの情報やシーンと合わせて投稿されている可能性が高いことが分かった」(※投稿量は全数ではなくサンプルより算出、同サイト)という。

◆約20年前に初めて猿島を探訪した時、同島行きのフェリーで中華系のカップルと乗り合わせたが、当時は今ほど日本人にも知名度がなく、SNSも普及していなかった。「(猿島を)よく知ってるね…」と思った記憶がある。

◆猿島に限らず、SNSで拡散され人気スポットとなった歩道橋(富士市、眼前に富士山)や江ノ島電鉄鎌倉高校前駅の踏切(鎌倉市、アニメ「スラムダンク」に登場)、JR高山線飛騨古川駅(飛騨市、アニメ「君の名は。」で主人公が訪れた)、伊予鉄道梅津寺駅ホーム(松山市、ドラマ「東京ラブストーリー」の最終回などの舞台)など、日本人より外国人観光客が敏感に反応し、新しい観光名所となった所が日本国内で数多く生まれている。

◆かつて韓国ドラマ「冬のソナタ」が日本で大ブームを巻き起こし、ロケ地巡りに日本の女性がソウルや春川に殺到したことがあったが、今の日本には当時のような集団的な熱さや、インバウンド客のように外国で新名所を発掘する旺盛なパワーは感じられない。この変化の理由は日本人の興味の範囲が広がり旅行文化が成熟したからなのか、それとも失われた30年と共に元気も失ってしまったからなのか…考察を続けたい。(宗)
(記事提供元=時事通信社)
(2025/08/13-06:00)

「IVSは人生の加速装置」…Growth Teamのリーダーが語る、熱狂と進化の舞台裏

●この記事のポイント
①「IVS 2025」は過去最大となる1万3000人超の来場者を記録し、スタートアップ業界の熱気を示すイベントとなった。このイベントの成功を裏側で支えたキーパーソンの一人が、Growth Teamのリーダーである中村大睦氏である。
②中村氏は、IVSを「起業家と投資家のため」の場から、「スタートアップに関わるあらゆる人のためのマーケット」へと進化させ、「人生の加速装置」として機能するようイベントの設計を改革した。
③具体的には、来場者が目的の人物に効率的に出会えるよう、イベント会場の導線を再設計したり、展示会とは異なる「スタートアップマーケット」という新しい試みを導入したりした。

  2025年7月、京都で開催された日本最大規模のスタートアップカンファレンス「IVS2025」は、来場者が過去最大の1万3000人を突破し、スタートアップエコシステムの“熱”を象徴する場となりました。

 だが、この“熱狂”の舞台裏を誰がどのように支えていたのか、知る人は少ない。IVSでGrowth Teamを率いた中村大睦(だいむ)氏は、そのキーパーソンの一人だ。

 医療学科で学んだものの、より広い世界への憧れからスタートアップの世界へと飛び込んだ異色の存在。人生そのものを「人生ゲームのよう」と捉える彼が語るIVSの裏側には、熱狂の理由と、その仕掛けのすべてが詰まっていた。

目次

「17歳で選んだ道と21歳で見る社会は違った」

 中村氏のキャリアは一風変わっている。大学では医療学科を専攻していたが、社会に出る頃には違う世界への関心が芽生えていたという。

「そもそも人生は『人生ゲーム』のようなもので、思いもよらない選択肢が突然、目の前に提示される。17歳で選んだ学科と21歳で見る社会の見え方は全く違うんです。医療職か、営業か、マーケティングか、エンジニアか、自分が何に向いているかもわからない。それなら決めつけすぎず、もっと広い世界を見てみようと思ったんです」

 中村氏が選んだのは、スタジオ運営からアプリ開発までを手掛けるヘルスケア企業だった。彼はここで8年間、現場業務からマーケティングまでを経験した。

「結局どれだけ楽しみ、そこに意味づけられるかが大切」という当時の価値観は、現在のIVS運営にも通じると中村氏は振り返る。

「少し手伝って」が、人生を変えた

 IVSとの出会いは、意外にも「頼まれごと」から始まった。2023年、ヘルスケア企業時代の先輩であり、Headline AsiaでIVSの運営を担う今井遵氏から「ちょっと手伝ってほしい」と声がかかる。転職を考えていたタイミングもあり、興味半分で手伝いはじめたのがすべての始まりだった。

「性格的に、気になったことを放っておけないんです。チケット販売の予測から、ウェブ制作サポート、プレスリリースまで、自分が力になれそうなことを全部手伝っていたら、いつの間にか“Growth”というポジションができていた(笑)」

 もともと「IVSなんて雲の上の存在」と感じていた中村氏にとって、「自分の力が必要とされる」こと自体が驚きだったという。運営チームの熱意に引っ張られ、気づけば受付の全責任も担うまでに。そこで得たのは、スキルだけでなく、価値観そのものの変化だった。

スタートアップ界の“お祭り”はこうして拡張した

 IVS2022 NAHA時の約2000人規模から、2023年のIVS2023 KYOTOでは1万人超へと来場者数を伸ばしたIVS。中村氏が関わり始めたこの3年間で、イベントは大きく様変わりした。

「起業家と投資家のための場から、スタートアップに関わるあらゆる人のための“マーケット”に変わったと感じています」

 IVS2023 KYOTOでは、招待制からオープン制へ移行したばかりで、参加者には戸惑いも見られた。「誰と会えばいいのか」「どう動けばいいのか」といった声が多かったという。IVS2024 KYOTOでは参加人数のさらなる増加に伴い、「会うべき人に会えない」「話すきっかけが難しい」という声も見られた。

 だが、そこからの学びを踏まえ、IVS2025では「テーマゾーン制」や「Central Park」といった導線を設計し直し、効率よく“会いたい人に会える”構造を整えた。

 その結果、IVSは「リード獲得」「採用」「資金調達」など、3日間でビジネスのあらゆる面で実利が得られる“加速装置”となった。

展示会じゃない、「スタートアップマーケット」の正体

 中村氏が特に印象に残っているのが、「スタートアップマーケット」という新たな試みだ。

 3日間で出展企業を入れ替え、投資家がリードするツアー形式で巡る――。単なる展示会に見せないための仕掛けが詰まっていた。

「最初はIVSの代表である島川がなにを言っているのか、わからなかった(笑)。でも、結果として“営業っぽくないのに深く話せる場”になっていて、メディアからも評価されました。島川のアイデアが光っていましたね。そして、それを実現したIVS Startup Market Teamもすごい。

 最先端のスタートアップが一堂に集い、『なぜ注目を集めているのか?』を投資家が語る。エンタメ性のあるコンセプトにより、IVSらしい『偶然出会い、自然と話すきっかけが生まれるスタートアップ市場』ができたんだと思います」

 SNSでは「いかがわしい」「いい意味で狂っている」との表現が話題になったが、それすらも「IVSらしさ」だと中村氏は笑う。

「“狂っている”って、つまり全員が全力でぶつかり合う熱狂のことだと思っていて、日本の他のカンファレンスではあまり見られない光景だと思いますよ。それだけ高い熱量でIVSに参加していただく皆さまに感謝です」

人生を変える“フィルタリング”の場に

 中村氏はIVSを「フィルタリングの場」とも語る。特に印象的だったのは、アンケートやSNSでIVS後に寄せられる声だ。

「参加者の中には、同年代や他社のレベルを見て自信を失う人もいます。『自分はまだまだ』と。私もそのひとりですが…でもそれって、遅かれ早かれ、どこかで必ず直面する壁なんですよね。たとえ青い炎に火がついたとしても、むしろIVSがその反骨心の“きっかけ”になるなら、それも価値です」

 一方で、事前にサイドイベントを企画して「これをやりたい」と言ってくれる参加者の声は、中村氏にとって最大のモチベーションだ。

「『このサイドイベントで盛り上がりましょう』と我々と同じ熱量でイベントを企画してくれる人がいる。同じ熱量かそれ以上でIVSに関わろうとしてくれる方々に支えてもらってますね」

陰キャでも、実行委員になれる

「自分は根っからの陰キャ。初対面の人に話しかけるのはとてつもないパワーがいる」と認識する中村氏だが、IVSという場が彼にとって「企画を通して、素敵な人と出会えるきっかけ」を提供してくれるという。

「普通の仕事だと関わることのない人たちと、年間を通してがっつり一緒に走れる。それだけで財産ですし、信頼や愛着が自然と生まれます」

 実行委員としてIVSに関わることのメリットは、「最先端の情報がリアルタイムで入る」ことだと中村氏は語る。どのような技術や市場に人材や資金が集まっているのか、有望な投資家や大きく成長が期待される企業との接点。こうした貴重な情報が“内側”にはゴロゴロ転がっているのだ。

「Growth」という名の意味

 中村氏は自身の役職に「Marketing」ではなく「Growth」と名付けた。その理由をこう語る。

 「これは個人的な言葉の解釈になりますが……、『マーケティング』はより成熟した市場に対して用いる言葉だと感じています。カンファレンスを『市場』として捉えた場合、IVSは、まったくPMF(Product Market Fit)していないプロダクトです。こうした未成熟な市場では、既存の手法より実験と学習を重視する『Growth』という言葉のほうが適していると考えています」

 実際、限られた予算の中でOKRを設定し、可能な限りデータドリブンな施策で事業成長を実現する戦略的な立ち位置にあることも、「Growth」と名付けた理由だという。

 チケット販売が、直前で急激に伸びる傾向があることから、それまでの施策や、SNS上での波の作り方にも注力した。

海外カンファレンスのように、参加者が事前にスケジュールを組んだ状態で参加できるよう、年間のタイムラインを見直したいと中村氏は展望を語る。

「目的を明確に持って来てください」

 最後に、これからのIVSに向けて中村氏はこうメッセージを送る。

「IVSは、なんとなく盛り上がっているから社会見学的に一度、参加しようという姿勢では、何も実利は得られません。でも、目的を持って参加すれば、間違いなく人生が変わる3日間になります。自分が何を得たいのか、そこを明確にして飛び込んでほしいです。IVSにはそれをサポートする環境があります」

 熱狂を仕掛ける側として、冷静に「加速装置」としての機能を捉える一方で、IVSを「人生ゲーム」と楽しんでいる中村氏。その二面性こそが、IVSを唯一無二のカンファレンスへと進化させている要因なのかもしれない。

(文=UNICORN JOURNAL編集部)

ジャパンブランドウイークリーチャート

image

再び訪れたいという満足度指標

この10年間で、インバウンド(訪日観光)は市場規模・来訪者数ともに急拡大しました。来訪者の約7割は近隣地域からとなっており、リピート率の高い国・地域やアジアパシフィックエリアを中心に、再訪日観光の意向も高水準を維持しています。

なお、本チャートで紹介している再訪意向は、海外旅行経験者を対象とした訪問経験のある旅行先(国・地域)への再訪意向を複数選択・水平比較したものであり、訪日経験者に限定した日本への再訪意向ではありません。

image

地方観光への期待

オーバーツーリズムの軽減と地方創生の実現を同時に満たす対策として、地方送客が代表的な手法として注目されています。難易度の高い地方分散を実現するためには、それぞれの地域にあった戦略と戦術の構築が求められており、特に地方観光における観光資源の再発見・再編集が重要と考えられます。そのためには、海外の消費者が求める可能性のある観光資源について、定期的かつ切口別の把握が必要です。

具体的には、属性軸において、リピーターとのエンゲージメントづくり、対日関心度・理解度の高い人の誘致戦略が不可欠です。また、体験軸においては、季節性を生かした自然景観、心身ともにリラックスできる環境、観光資源としてのローカル電車・バス、各地域の名湯、歴史を感じさせる街並み、地元でしか味わえない郷土料理、ガストロノミー体験などが挙げられます。これらの要素から読み取れるのは、物質的な豪華さよりも、その土地ならではの景観的・文化的な豊かさを五感を通じて提供できるかが重要であるという示唆です。


問い合わせ先:
ジャパンブランドプロジェクトチーム
japanbrand@dentsu.co.jp
 
※注記・免責事項
1.本記事における対象国・地域の名称表記は日本国内の読者を想定対象とし、日本の社会通念やビジネス慣習に沿ったものになります。
2.本調査における国・地域の名称表記は、統計上または分析上の便宜を目的としており、いかなる政治的立場や見解を示すものではありません。
3.本調査における構成比は小数点以下第2位(一部整数表示の場合は小数点以下第1位)を四捨五入しているため、合計しても100%にならない場合があります。
4.本調査で使用した地図(世界地図および日本地図)は分析内容やページのレイアウトに合わせて一部修正・加工・トリミングを行っており、必ずしも国境線および国土範囲を正確に反映したものとは限りません。
5.各国・地域とも性年代別に均等割付で標本収集し、人口構成比に合わせてウエイトバック集計を実施。

伊藤忠商事や日本郵船など産業界が「アンモニア燃料」の事業化にこぞって注力し始めた理由…CO2排出ゼロ

●この記事のポイント
・産業界でアンモニア燃料の事業化に向けた動きが活発化
・伊藤忠商事はアンモニア向けバンカリング船について、2028年の実用化を目指す
・年間3000万~5000万トンのアンモニアが2050年頃には流通するようになるという予測も

 産業界でアンモニア燃料の事業化に向けた動きが活発化している。日本郵船などは2024年8~11月、アンモニアを燃料とするタグボートの実証航海を実施。世界で初めてアンモニアを燃料として商用船を航海させた。伊藤忠商事は6月、造船会社のアンモニア向けバンカリング船(船舶に燃料を供給する専用船)建造の契約を締結。2028年の実用化を目指す。伊藤忠はアンモニア燃料のばら積み船を共同で開発しており、保有・運航も検討中だ。なぜアンモニア燃料に関する事業が産業界で活発化しているのか。また、将来的にアンモニア燃料に関する事業・ビジネスは、大きく成長すると予想されるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

●目次

化石燃料の代替としてのアンモニア燃料

 産業界でアンモニア燃料に関する事業の展開が活発化している理由は何か。広島大学大学院先進理工系科学研究科教授の市川貴之氏はいう。

「次世代の燃料として水素が注目されていますが、水素と同様にアンモニアも燃える際に二酸化炭素(CO2)が出ないので、石油をはじめとする化石燃料の代替としてアンモニアが使えるのではないか、将来的にも大きなシェアを取っていきそうだという予想のもとで、投資が活発化しています」

 実用化に向けた動きはどのような状況なのか。

「例えば石炭火力発電所では、すでに混焼はいつでもできるという状況であり、3割から5割程度は石炭の代わりにアンモニアを混ぜて燃やすことができる状況にあります。ガスタービンも混焼であれば、ある程度できるとみられています。課題はアンモニアの確保です。日本ではアンモニアは年間約100万トン流通していますが、これはもちろん燃料としてではなくて化学品として流通しています。また、現在流通しているアンモニアは全て天然ガスなどの化石燃料から作られているので、今あるアンモニアを使ってもCO2削減には寄与しません。ですので、再生可能エネルギー由来のグリーン水素、もしくはブルー水素が製造され、これを用いて作られるグリーンアンモニア、もしくはブルーアンモニアが広く流通する必要があります」

グリーンアンモニアの普及への課題

 グリーンアンモニアの普及には課題がある。

「製造コストが高いです。2027年の先物の入札では、グリーンアンモニアの価格は現在流通してるアンモニアの3~4倍くらいとなっています。企業のなかには価格が3倍でもCO2排出に対するペナルティを考慮すれば採算が取れると考えるところや、グリーンアンモニアを使うことによる宣伝効果を期待して多少高くても使うというところもあるかもしれません。ですので製造の動きが広がりつつあり、伊藤忠商事がインドネシアで製造するというニュースも出ていたり、別の企業が以前からサウジアラビアで太陽光パネルを敷き詰めて製造するというような話も出ています。土地が広くて日照がいいオーストラリアの西部地区でも水素を使ったアンモニアの製造の動きは続いています」

 グリーンアンモニアの製造コストは将来的に下がってくるのか。

「結局は水素の製造コストがそのまま効いてきます。現在、水素の製造コストは1リューベあたり100円以上と考えられていますが、グリーン水素の製造コストが目標を大きく超えて10円くらいで安定するようになれば、通常の化石燃料由来の水素と大きな差はなくなるとみられています。こうしたコストを決定する要素として、電気代は大きな要素でして、日本では再生可能エネルギーの発電コストは高くなってしまいますが、一つのポイントとしては余剰電力や卒フィットなどの電気代が1キロワット時1~2円くらいになるかどうかです。また、ほかの要素として、水素を製造するための電解装置の価格とその利用率が挙げられます。現時点では、流通量も多くはなく、将来的に量産体制に入って量産効果が効いてくれば価格が下がってくるという見通しはあります。また、設備利用率をどう向上させるか、については様々な工夫が必要となりそうです」

 アンモニア燃料が普及し始めるのは、いつ頃になりそうなのか。

「石油などの化石燃料の価格やカーボンプライシングがどう推移していくのかといった要因が複雑に絡み合うので、化石燃料の価格と比べて安くなるのがいつ頃なのかという予測は、非常に難しいです。ですが、2030年代の早い段階で、グリーンアンモニアと従来のアンモニアの価格の差はなくなってきて、将来的にはバランスしてくると予想しています」

 グリーンアンモニアの価格が下がるまでの間は、事業者は燃料としては従来のアンモニアを使うことになるのか。

「化石燃料由来のアンモニアの利用を増やしても、環境負荷低減やCO2削減の面では意味がないので、そういう動きは基本的には生まれないと思います。グリーンアンモニアが大量に、かつ徐々に安く手に入るようになって、事業化の動きが本格化するという流れでしょう」

アンモニアの製造工場が増える

 アンモニアが環境負荷低減につながるということに懐疑的な見方もある。例えば、アンモニアには窒素が入っているので、燃やすとNox(窒素酸化物)が増えるのではないかという見方だ。

「実際には石炭火力発電でアンモニアを30~50%ぐらい混ぜても、NOxは減る方向に行くという結果が出ています。一方、ガスタービンにはNOx除去する排煙脱硝設備がついておらず、アンモニアを混ぜた時にNOxが出ることが懸念されるため、ガスタービンの場合はNOxを除去する脱硝設備をつけなければならないという指摘があります。燃焼条件によってNOxが出るということになった時に、それをどう取り除くのか。アンモニアではなくて、その前段階で水素にクラッキングしておいて水素を入れるほうがいいのではないかという議論もあります。ですので、ガスタービンで使うには技術開発すべき要素が残っていますが、一方で石炭火力に関しては、すぐにでも入れられるというのが実際に石炭火力を運用している側の人たちの意見です」

 気になるのは、アンモニア燃料に関する事業・ビジネスは将来的に大きく成長するのかという点だ。

「一般的に石炭火力発電所の発電量は60万kWほどですが、それに対して3分の1の20万kW分、もしくは2分の1の30万kW分をアンモニアに置き換える場合に、どのくらいアンモニアが必要なのかという議論になると思います。そうなると、火力発電所1カ所で、日本の現在流通している量に相当する100万トンほどのアンモニアが必要になります。10カ所だと10倍の1000万トンという規模のアンモニアが必要になってきます。ですので、大規模なアンモニアの製造工場が海岸線を持っている県などにいくつもつくられて、年間3000万~5000万トンのアンモニアが2050年頃には流通するようになるという予測が広まっています。

 また、アンモニアと似た製造方法であるメタノールも、アンモニアと同じく年間100万トンほど流通しており、メタノールについても産業界はウォッチしています。アンモニアもメタノールも水素からつくるものであり、基本的には水素社会の実現という大きな枠組みで捉えるものです」

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=市川貴之/広島大学大学院教授)

「感情汚染回避」と「人間回帰」。若者の新たな行動価値観を読み解く

電通若者研究部(以下、電通ワカモン)は、高校生、大学生、社会人1~3年目の若年層を中心に、2年ぶりとなる大規模調査を実施(調査概要はこちら)。その結果をもとに、若者の価値観をひもといた「若者まるわかりナレッジ2025」を作成しました。(お問い合わせはこちら)

本連載では、調査から得られたファインディングスを紹介します。

本音を言えない若者たち~「感情汚染」を避ける行動価値観~

誰かと話していて「相手の感情を傷つけてないかな」と不安になること、ありませんか?実は今、若者の間でそれが「日常」になっています。

今回、電通ワカモンが実施した大規模調査で明らかになった、最も象徴的なファインディングス。それは、「感情汚染を避けたい」という行動価値観が若者を中心に高まってきているということです。

人間関係の中で本音を語ることは、ときに他人を不快にさせたり、空気を乱したり、自分自身が疲れてしまうリスクを伴います。そのリスクを避けることを何よりも優先し、自分の本音を言わない、そして相手の本音に踏み込まないようにして、自分も他者の感情も疲弊させないようにする。

電通ワカモンは、このような考え方を、「感情汚染」を避ける行動価値観と定義しました。調査では、下記のような声が聞かれました。

電通若者研究部

喜びや不満の感情さえ、周囲に与える影響を想像しながら調整していく……。若者たちは今、「感情の出し方に慎重さを求められる時代」を生きているのです。

「全方位配慮」が、マナーの世の中

電通若者研究部

「『本音』を誰かに話すことは、相手が誰であってもリスクを伴うと感じる」。今回の調査で、実に76.8%の若者がこのように回答しました。ここでいう相手とは、職場の上司や先輩はもちろん、親しい友人や同僚も含まれています。若者にとって本音を話すことは、親密度にかかわらず「慎重に扱うべき行為」となっているのです。

なぜ、本音や感情を出すことがこれほどまでに気を遣う行為になっているのでしょうか?電通ワカモンによる若者へのヒアリング調査では、こんな声がありました。

電通若者研究部

めでたい話ですら、テンションを誤ることで誰かを不快にさせてしまうかもしれないという不安が先立つ時代。ポジティブな感情ですら出しどころが難しいのです。

つまり若者たちは、日常での何気ない感情を表す一言が、
「誰かのタブーに触れる」
「空気を乱す地雷になる」
「意図と異なるかたちで誤解される」
という感情の伝達リスクを強く意識しています。

それが特に顕著になるのは、SNSやLINEといった、「感情が可視化・拡散・再解釈される場」が常に日常にあるからだとわれわれは考えています。

今の若者たちが置かれているのは、「全方位に気を遣うことがマナー」とされる時代。そのような時代を生きる若者の思考を、電通ワカモンでは「全方位配慮思考」と表現しています。

本音を出したことで誰かを不快にさせてしまうかもしれない。あるいは、誰かの本音を受け取った自分が感情的に巻き込まれてしまうかもしれない。そうした感情(本音)の交差による疲労を回避し、心の負担を最小限に抑えたいという「感情汚染」を避ける志向が、いまや若者世代の基本的な行動価値観として根付きつつあるのです。

タイパよりも優先?「感情汚染」を避ける志向は仕事観やコンテンツ消費にも波及

「心がすり減るくらいなら、成果は二の次でいい」。今の若者たちの中には、そんなふうに働き方の価値基準を切り替えている人が少なくありません。

電通若者研究部

私たちの調査でも、「仕事での成果よりも、自分の心の安定を重視して働きたい」と答えた社会人1~3年目は75.0%。さらに、「職場で何かを成し遂げるよりも、面倒ごとなく“うまくやる”ことが大事」と答えた人も77.3%と多数にのぼりました。このように、キャリア形成に対しても「心をすり減らさない」という基準が第一に置かれるようになってきています。また、仕事選びの基準にもこの傾向は色濃く表れています。

電通若者研究部

たとえば、「キャリア形成には時間がかかるが、心の安定が保てる職場で働きたい」と答えた人は76.9%。これは、かつて若者の間で重視されてきた「タイパ(タイムパフォーマンス)」志向と真逆とも言える結果です。「早く成長したい」ではなく、「無理なく続けたい」。時間より心の燃費を大事にする感覚が、新しい時代の働き方を形づくっているのです。

この感情汚染を避ける価値観は、日常のコンテンツ消費にも広がっています。

電通若者研究部

「心に余裕がないときは長編の動画コンテンツを見るのが億劫に感じる」と答えた若年層は63.7%。「何も考えずに眺めているだけでよさそうな動画コンテンツが好きだ」とする回答も67.3%にのぼりました。できるだけ感情が汚染されない「何も考えなくていい」ものを選びたいという無意識の欲求が見え隠れしています。

このような感情汚染を避ける(できるだけ感情の負担を最小限にする)ことを重視する価値観は、仕事の姿勢、キャリア設計、日常のエンタメ選びに至るまで、現代の若年層のあらゆる行動価値観に浸透しつつあります。

人間回帰の兆し~本音でつながれる関係への憧れ~

これまで見てきたように、若者たちはコミュニケーションに対して慎重になっており、とてもリスクが高いものだと考えています。しかしその一方で、彼らの内面には「本音でつながれる人間関係」への強い渇望があることも見えてきました。

電通若者研究部

「なんでも言い合える友達が欲しい」「『本音』を言い合える相手が欲しい」といった声は大人たちよりもスコアの高い結果となりました。彼らは本音を我慢することに慣れていますが、それを望んでいるわけではありません。むしろ、自分をさらけ出せる相手をつくりにくくなっていることへの寂しさや、そうした関係を築ける未来への渇望を、静かに抱え続けているのです。

職場などのフォーマルな場面においてもその傾向は見られます。

電通若者研究部

関係性さえ築ければ、上司や先輩とももっと踏み込んだ会話がしたい。さらに、プライベートまで仲良くなれる関係を望んでいる若者も少なくありません。距離を保つことが前提になっているからこそ、本音を交わせる関係性には特別な価値が宿るのです。

このような「心からつながれる関係性」への憧れは、近年SNSなどでよく見られる「尊い」という表現にも表れています。たとえば、なんでも言い合える友人や、思い合っている恋人同士など、お互いに本音で関わり合っているような関係に対して、羨望や感動の意味を込めて「尊い」と表現されることが増えています。これは希少な本音でつながれる関係性への願望が、時代の共感語として表れたものだと捉えることができるでしょう。

電通ワカモンは、こうした傾向を「人間回帰の兆し」として捉えています。若者は人とのつながりに冷めているのではなく、むしろ本気で向き合いたいからこそ慎重なのです。誰とでもすぐ仲良くなりたいというような軽さではなく、「ちゃんと信頼し合える関係を築きたい」という静かな人間回帰の兆しが、若者の本音として浮かび上がったと言えます。

「若者まるわかりナレッジ2025」では、この記事で紹介した若者たちの「本音」にまつわる意識に加え、職場意識、つながり意識、恋愛意識、メディア意識、行動インサイトなど幅広いテーマでファインディングスをまとめています。本連載ではそのファインディングスをさまざまな角度からご紹介していきます。

【調査概要】
調査名:若者まるわかり調査
調査機関:電通マクロミルインサイト
調査時期:2024年12月
調査方法:インターネット調査
調査対象エリア:全国
調査対象・サンプル:高校生以上の未婚15~46歳男女 2000ss (以下セグメントごとに男女均等割付)
(内訳)高校生 400ss/大学生 400ss/社会人1~3年目 400ss/社会人4~10年目 500ss/社会人11~20年目 300ss
 
※上記サンプルの抽出にあたり、15~69歳の一般男女(高校生以上、未既婚・職業不問)を対象にスクリーニング調査を実施、その結果から人口構成比に基づいた10000ssを抽出し、別途分析に使用
 

X