「感情を読む」エアコンの進化…三菱電機「霧ケ峰」が示すAI活用の未来

●この記事のポイント
・三菱電機のルームエアコン「霧ケ峰」が、AIとセンサーで人の感情を推定し、快・不快に応じて風や温度を自動調整する機能「エモコテック」を強化。
・宇宙衛星技術を応用した赤外線センサーとバイタルセンサーを組み合わせ、人の手足の温度や脈から快適さを数値化し、心地よい空間を実現。
・ 国内生産にこだわり、顧客の声を迅速に製品開発へ反映。AIとものづくりの融合で「空気を読む家電」時代を切り開いている。

 かつてエアコンは、ただ部屋を冷やす、暖めるといった単機能の機器にすぎなかった。ところが近年、AIやセンサー技術の進歩により、エアコンは「人の快適さを追求するパートナー」へと進化している。

「人の快適さを追求するパートナー」へと進化している。

 この進化の最前線に立つのが三菱電機のルームエアコン「霧ケ峰」だ。同社は上位モデルにおいて、使用者の感情まで推定して空調を最適化する「エモコテック」を搭載している。

 三菱電機 広報担当者はこう語る。

「エモコテックは、当社独自の赤外線センサー『ムーブアイmirA.I.+』とバイタルセンサー『エモコアイ』の2つのセンサーによって、在室者にあった空調を行う機能です。温度だけでなく“キモチ”を見ながら気流・温度を自動で調節し、くつろぎやすい空気を提供できるのが特徴です」

 いまやエアコンは「空気を読む家電」へ。三菱電機の挑戦は、日本の家電市場にどのような変化をもたらそうとしているのだろうか。

「エモコテック」とは何か

 今回の進化の核を成すのが「エモコテック」だ。ここには、人間の快・不快を推察し、それに応じて空調を制御するという、従来のエアコンにはなかった視点が盛り込まれている。

 三菱電機によれば、エモコテックは以下の2つのセンサーを基盤にしている。

 ムーブアイmirA.I.+:約64,000エリア[徹山1] (Zシリーズ)の温度情報を検知し、360°の視野角を持つ高精度赤外線センサー。床や壁、住宅の断熱性・気密性まで検知し、人の手先・足先の温度を把握することも可能だ。

 エモコアイ:微弱な電波を用い、人の脈を非接触で計測。その結果から快・不快を推定し、風の当て方や運転モードを調整する。

「エモコアイによって計測した脈から在室者の快・不快を推定し、不快と推定した場合には風を大きくよける運転を行うなど、くつろぎやすい空気環境に調整します」(三菱電機広報担当者)

 単に「寒い」「暑い」に対応するのではなく、「居心地がいいかどうか」に寄り添う。この一歩踏み込んだ制御こそが、エモコテックの最大の価値だといえる。

宇宙からリビングへ──技術の源泉

 注目すべきは、この技術の背景に宇宙開発がある点だ。ムーブアイmirA.I.+は、もともと人工衛星「だいち2号」に搭載された赤外線センサー技術を応用したものである。

「ムーブアイmirA.I.+は、当社がJAXAから受注・製造した地球観測衛星『だいち2号』に搭載された赤外線センサー技術を活用しています。人の手先・足先の体感温度まで検知できる精度を備えており、そのノウハウが家庭用エアコンに生かされています」(同)

 宇宙観測のために開発された最先端のセンサー技術が、いま家庭のリビングで人々の快適な暮らしを支えている。異分野の技術転用によるイノベーションの好例といえるだろう。

エアコン市場全体の潮流

 こうしたAIの導入は、三菱電機だけの動きではない。エアコン市場全体が高度化・知能化へとシフトしている。

 ダイキン工業はクラウドAI「うるるとさらら」により、外気データや気象予報をもとにした空調制御を推進。

 パナソニックは「ナノイー」技術とAIを組み合わせ、空気質改善と快適性の両立を目指す。

 シャープはプラズマクラスターを活用し、AIと連動させて空気清浄効果を最大化している。

 しかし、多くのメーカーが「外部環境」や「空気質」に焦点を当てているのに対し、三菱電機は「人の感情」に踏み込んでいる。これは市場の中でも際立ったアプローチであり、「空気を読む」ことを真に実現する試みといえる。

国内生産へのこだわり

 もう一つの特徴は、生産体制へのこだわりだ。多くのメーカーが海外生産を進める中、三菱電機は霧ケ峰をすべて国内で生産している。

「静岡製作所内に営業・マーケティング・企画・開発・製造・サービスの各部門を集約しています。部門間の距離をなくすことで、社会トレンドやお客様のニーズを早期に把握し、製品開発に即反映できる体制を整えています」(同)

「国内生産」という選択は、コスト面で不利に映るかもしれない。しかし、その裏には「顧客の声を迅速に製品に反映する」という思想がある。スピードと品質の両立こそ、同社が掲げる競争力の源泉だ。

市場背景:省エネとウェルビーイング志向

 エアコン市場が進化を続ける背景には、社会全体の変化がある。

 ・人口減少・高齢化:操作の容易さや健康への配慮が求められる。
 ・省エネ要請:脱炭素社会を目指す中で、省エネ性能の高さは購買基準の中心になりつつある。
 ・ウェルビーイング志向:生活空間を「心地よく過ごす場」として設計する動きが強まっている。

 エモコテックは、まさにこうした時代背景を反映する技術といえる。単なる冷暖房機器ではなく、人の心身の状態を踏まえた「ウェルビーイング家電」へ──その方向性を明確に示している。

未来の空気をつくる挑戦

 三菱電機の取り組みは、家電業界に限らず、ビジネス全般に学びを与える。

 ・異分野の技術転用:衛星技術を家庭用に転用したように、自社の強みを他分野に展開できるかがイノベーションの鍵となる。
 ・顧客体験の深化:「温度」ではなく「感情」にまで踏み込む発想は、顧客中心主義の真髄である。
 ・体制の一体化:開発から製造まで一気通貫で行う体制は、スピード経営を志向する企業に大きな示唆を与える。

 AIが生活に浸透し、人の感情を推定して快適さを提供する時代が到来した。「霧ケ峰」のエモコテックは、その象徴ともいえる存在だ。

 単なる冷暖房機器から「感情に寄り添う家電」へ。エアコンが空気だけでなく人の心をも整えるようになったとき、暮らしはどのように変わるのか。その先駆けとして、三菱電機の挑戦は確実に市場をリードしていく。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

AIが“声”でだます時代へ…セールスフォース情報漏洩が突きつけたクラウド運用の盲点

●この記事のポイント
・セールスフォースを通じた情報漏洩が発覚。AIを使った“ボイスフィッシング”により、脆弱性がなくても人を介して情報が奪われるリスクが浮上。
・生成AIが声を模倣し、社員をだます新たな詐欺手口が拡大。クラウドCRMの利便性の裏で、運用や人の判断が最大の脆弱点となっている。
・企業は多要素認証やゼロトラスト導入に加え、社員教育の再構築が急務。AI時代のセキュリティは「信頼をどう設計するか」が問われている。

 2025年10月9日、世界中で多くの大手企業が利用するクラウドサービス「セールスフォース(Salesforce)」を通じ、大規模な情報漏洩が発覚した。影響を受けた企業の中には、日本の自動車メーカーをはじめ、金融・小売・通信など幅広い業種が含まれると報じられている。

 セールスフォースは、企業が顧客情報を管理するためのCRM(顧客関係管理)システムとして広く利用されており、その信頼性と利便性の高さから「企業活動の中枢インフラ」とも呼ばれる。そのセールスフォースを経由した情報漏洩――。

 このニュースは、クラウドサービスを活用するすべての企業にとって他人事ではない重大な事件だ。

「脆弱性はなかったのに漏れた」異例の事態

 今回の事件で特筆すべきは、「セールスフォース自体のシステムには脆弱性が確認されていない」という点だ。

 つまり、クラウド側のセキュリティが破られたのではなく、人の操作や判断を狙った“社会工学的攻撃”によって、内部から情報が抜かれた可能性が高い。

 関係者によると、攻撃者は企業の従業員に対して直接電話をかけ、「システム更新のために一時的にアプリをインストールしてほしい」「セキュリティ強化のための確認をお願いしたい」などと伝えたという。その際、実在するIT担当者の名前や部署を正確に名乗り、自然な日本語で応対していた。

 従業員が指示通りにアプリをダウンロードすると、それが偽装されたマルウェアであり、端末に保存されていたログイン情報や顧客データが外部へ送信された、という仕組みだ。

AIで“声”を偽装する「ボイスフィッシング」

 この手口の背後にあるのが、生成AIを使った新手の「ボイスフィッシング(vishing)」である。

「従来のフィッシング詐欺といえば、メールやSMSによる偽サイト誘導が主流だったが、今は“音声”を使った攻撃が台頭している。生成AIによって、本人そっくりの声を数分の音声データから再現できるようになった。たとえば、社内ミーティングの録音やオンラインセミナー動画に登場した担当者の声をAIに学習させ、その声で電話をかければ、『あの人の声だから信頼できる』と従業員は疑わない」

 実際、今回の攻撃でも「上司の声を再現したAI音声が使われた可能性がある」と専門家は指摘する。

 AIの進化が生んだのは、生産性だけではない。“声を信じる”という人間の心理そのものを突いた、きわめて巧妙な詐欺が現実になっている。

クラウド時代の「盲点」──システムよりも人が狙われる

 多くの企業は、クラウドを導入すればセキュリティもクラウド事業者任せにできると考えがちだ。しかし、今回の事件はその認識を根底から覆した。

 セールスフォースは世界最高水準のセキュリティを誇るが、どれほど堅牢なシステムでも、利用者の判断を欺かれれば一瞬で破られる。

 CRMクラウドのように、営業履歴・顧客リスト・見積情報・契約書ファイルなどが一元管理されている場合、1つのアカウントが乗っ取られるだけで、数千・数万件の個人情報が一度に漏洩するリスクがある。

 さらに、APIを通じて他の社内システムや外部アプリと連携している場合、その被害は芋づる式に拡大する。

 クラウド化の進展は、利便性と引き換えに「運用リスクの複雑化」をもたらしている。
つまり、システムではなく“人とプロセス”が最大の脆弱性になっているのだ。

なぜセールスフォースが狙われるのか

 攻撃者がセールスフォースを標的に選ぶ理由は明白だ。1社を突破すれば、その企業が持つすべての顧客情報、取引履歴、営業戦略データにアクセスできる。

 さらに、多くの企業が同じクラウド基盤を使っているため、1つの成功例が他社にも“横展開”できる。攻撃者にとって、セールスフォースは「一撃で大規模収益を得られる格好の獲物」なのだ。

 加えて、最近はAIを使った攻撃の自動化も進んでいる。攻撃者がわざわざ電話をかけるのではなく、生成AIがスクリプトを読み上げ、ターゲットの反応に応じて回答を変える――。そんな自動ボイスフィッシングがすでに確認されている。

 AIが攻撃を“24時間働く詐欺オペレーター”に変えた時代ともいえる。

企業が取るべき防衛策とは

 では、企業はどう守るべきか。専門家が口をそろえて挙げるのが、「多要素認証(MFA)」の徹底と、「ゼロトラストセキュリティ」の考え方だ。

 ・多要素認証(MFA)
 パスワードだけでなく、指紋認証やワンタイムコードなど複数の認証要素を組み合わせることで、仮にログイン情報が盗まれても被害を防ぐ。

 しかし実際には、「利便性が下がる」として導入を先送りにしている企業も少なくない。

 ・ゼロトラストセキュリティ
 「社内だから安全」「一度認証したら信頼する」といった前提を捨て、常に全てのアクセスを検証するという考え方。

 クラウドやリモートワークが広がる今、セールスフォースのような外部サービス利用では特に重要となる。

 さらに、従業員教育の再設計も欠かせない。
「上司の声でも確認なしに指示に従わない」「セキュリティ更新を促す電話やメールは、必ず社内IT担当に確認する」など、具体的な“行動ルール”を共有する必要がある。
特に、電話対応を担う営業やサポート部門が最前線の標的になりやすい。

「AIが人間の信頼を試す時代」に

 今回のセールスフォース情報漏洩事件は、単なるサイバー攻撃ではない。AIが人間の信い頼構造そのものを揺るがした事件といえる。

 人は「見慣れたメール」「聞き慣れた声」「信頼する企業名」などに安心感を覚える。
だがAIは、その“信頼の兆候”を正確に学習し、完璧に再現する。

 つまり、信頼の証拠がもはや証拠にならない時代に、私たちは踏み込んでいるのだ。

 企業が守るべきは、技術だけではない。社員一人ひとりの「疑う力」、そして「手順を守る文化」こそが、最大の防御壁となる。AI時代のセキュリティとは、「テクノロジーと人間の信頼の共進化」なのかもしれない。

今後の課題と展望

 セールスフォースに限らず、クラウド型のCRMやERPを利用する企業は今後さらに増える。政府・自治体・教育機関など公的セクターでも利用が進む中、情報漏洩のリスクは社会全体のリスクへと広がっていく。

 一方で、セールスフォースをはじめとするクラウド事業者も、AI検知システムや異常行動分析、音声パターン識別などの高度な防御策を打ち出し始めている。
攻撃と防御のいたちごっこは続くだろうが、今後は「AI対AIのセキュリティ戦争」が常態化する可能性もある。

 今回の事件は、「セールスフォースなら安全」「クラウドだから安心」といった思い込みが、いかに危ういかを痛感させた。クラウドは安全か危険かという二元論ではなく、「安全に使いこなす責任」をどう果たすかが問われている。

 AIが便利になるほど、信頼のハードルは上がる。セキュリティとはもはやIT部門の仕事ではなく、経営課題であり、組織文化の問題だ。

“脆弱性ゼロ”のシステムは存在しない。だからこそ、信頼を再設計することが、今の時代の最も現実的なセキュリティ対策である。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

人手不足が限界に達する物流2030年問題…“待ち時間ゼロ社会”は実現するか

●この記事のポイント
・国交省と実証実験に挑むスタートアップが、バッテリー不要の「自動物流道路」で待ち時間ゼロを目指す。
・「標準化」と「協働」を軸に、2030年問題に直面する日本の物流を根本から変える構想を描く。
・人手不足や非効率な積み替え作業を減らし、誰もが無理なく働ける社会インフラを目指す挑戦。

 日本の物流業界は、今まさに大きな転換点にある。ドライバー不足、残業規制による「2024年問題」が広く報じられたが、CUEBUS(キューバス)社長の大久保勝広氏は「むしろ本当に深刻なのは2030年問題だ」と語る。

 トラックドライバーの高齢化が急速に進み、今後数年で3割ものトラックを運行できなくなる可能性がある。労働環境も厳しい。長時間労働に加え、待機や積み替えといった非効率な作業がドライバーの負担となっている。

 EC需要が高まり続ける一方で、人手は減る――物流は社会インフラそのものであり、この課題は経済全体に直結する。そんな大きな課題に、スタートアップのCUEBUSは挑んでいる。

●目次

国交省が注目した「バッテリー不要の自動物流道路」

 今回、CUEBUSが一躍注目されたのは、国土交通省と連携して始まる大規模な実証実験だ。そのきっかけは、2024年9月の「国際物流総合展」。展示会でCUEBUSのシステムを目にした国交省関係者が「自動物流道路に最適ではないか」と声をかけたことが始まりだった。

 最大のポイントは「バッテリーを使わない」ことだ。東京―大阪間500kmをEVで走行するには頻繁な充電が必要だが、CUEBUSのリニア搬送技術なら給電ストレスがない。また、保管と搬送を一体化させることで「載せ替え」や「待機時間」を削減できる。これは従来の物流インフラにはなかった発想だ。

 物流センターを訪れると、荷物をトラックから下ろし、再び積み替える作業に多大な時間が割かれている現実が見えてくる。大久保社長は「CUEBUSの最大の価値は、この“待ち時間”をなくすことだ」と強調する。

 さらに重要なのが「標準化」である。国交省は実証実験を通じ、荷物サイズやパレット規格を統一する方針を掲げている。これが実現すれば、輸送から保管、配送に至るまでオペレーション効率が劇的に向上する。

「日本人は荷物の載せ替えやサイズ調整を真面目にやる。でも最初から規格を統一すれば不要になるはず。標準化は国が取り組むべきテーマです」と大久保氏は語る。

技術の独自性――「リニアで保管する」という発想

 CUEBUSの技術的なユニークさは、リニアモーターを保管領域に応用した点にある。一般的なロボット倉庫は回転モーターを使い、部品が多く故障リスクや制御の曖昧さがつきまとう。一方リニアモーターは摩擦が少なく、位置制御が精密で「ピタッと止められる」。

 搬送にリニアを使う事例は多いが、「保管」で活用するのは世界的にも珍しい。これにより、荷物を柔軟に並べ替えたり、必要な順序で素早く取り出したりすることが可能になる。大久保氏は「待機中の荷物をバッファとしてプールし、必要な順番で正確に出す。これはCUEBUSにしかできない」と自信を見せる。

 テクノロジーの進化は「人を置き換えるもの」と見られがちだが、CUEBUSの思想は異なる。大久保氏は「人がいた方がいい作業は人がやればいい。ただ、人に依存しなくても回せる仕組みを整えることが大事」と語る。

 特に冷凍倉庫など過酷な環境や、夜間の残業といった負担を減らすことを重視する。テクノロジーによって「人が普通に働き、普通に生活できる」状態を目指しているのだ。

 物流ロボットというと大規模導入が前提になりがちだが、CUEBUSは小規模から始められる設計になっている。数千万円単位の投資は必要だが、「バックヤードから少しずつ導入し、規模を拡大できる」点は中小企業にとって大きな魅力だ。

国交省プロジェクトが意味する「社会インフラ化」

 今回の実証実験は、単なる技術検証にとどまらない。国交省が掲げる「標準化」が浸透すれば、輸送・保管・配送のあり方そのものが変わる。

「トラックの形状や法律も、標準化されたパレットに合わせて変わっていく。これは物流の“インフラ”をつくる話です」と大久保氏は言う。

 スタートアップが国の大規模プロジェクトに参画するのは極めて稀だ。大久保氏は「5000億円規模の事業を想定している。小さな会社が国のインフラを担う覚悟で臨んでいる」と力を込める。

 海外との違いについて尋ねると、大久保氏は「意外と倉庫の中身は似ている」としながら、日本特有の課題も指摘する。欧州では「腰を曲げる作業は禁止」とされるが、日本では年配者が黙々と重い荷物を扱う現場が多い。

「日本の物流は“真面目さ”に支えられている。だが、それは現場の人の負担に依存しているということ。改善の意識を社会全体が持つべきです」と語る。

店舗や生活空間へ広がる未来

 CUEBUSの技術は倉庫にとどまらない。すでに有名ブランド店舗への導入が進んでおり、商品搬送を担うだけでなく「動くロボット」として来店客の目を楽しませる計画もある。物流だけでなく、小売や生活空間にも広がりを見せているのだ。

 最後に大久保氏は、経営者としての視点を語った。

「国のプロジェクトは公共性が高く、民間がお金を出してインフラを築いてきた歴史がある。CUEBUSもその流れに挑戦する。株主からは“まだ早い”と言われるかもしれないが、短期・中期・長期で戦略を分け、5000億円を調達してサブスク型モデルを築く覚悟でいる」

 物流は古くからの産業でありながら、社会課題が集中する分野だ。そこに果敢に挑むCUEBUSの挑戦は、単なるビジネスの枠を超え、日本社会全体にインパクトを与える可能性を秘めている。

(文=UNICORN JOURNAL編集部)

アルゴリズムが裁かれる時代へ…快手判決が示す、中国の「プラットフォーム経済」終焉

●この記事のポイント
・快手に対する判決は、ショート動画プラットフォームに著作権侵害を未然に防ぐ「合理的注意義務」を課し、監視体制の強化を求めた。
・ショート動画を「映画的著作物」として法的に保護する判断が示され、個人クリエイターの作品価値が知的財産として明確化された。
・プラットフォームに事前フィルタリングなどの技術的対策を義務づけ、著作権とデータ利用の新しいルール形成が進む転換点となった。

 2025年、中国のショート動画大手「快手(Kuaishou)」に対して下された判決が、テクノロジー業界と知的財産の両分野に波紋を広げている。

 争点は、ユーザーが長尺の映画やドラマを無断で切り抜き、ショート動画として快手上に投稿していたこと。これまでは「通知があって初めて削除する」という消極的な対応が認められてきたが、裁判所は初めて“プラットフォーム側に積極的な監視義務”を課したのだ。

 この判断は、AIとデータが情報流通を支配する時代における、新しい「責任の形」を突きつけている。

●目次

「通知・削除」では不十分…ショート動画も「映画的著作物」として保護

「今回の訴訟の本質は、著作権侵害に対するプラットフォームの責任の範囲をどこまで広げるか、という点にあります。これまで中国でも日本でも、権利者が侵害を発見し、通知を出した時点で初めて削除義務が発生する『通知・削除(Notice & Takedown)』が一般的でしたが、判決はショート動画サービスの性質を踏まえ、『単に通知を待つだけでは合理的な対応とはいえない』と明確に指摘しています」(ITジャーナリストの小平貴裕氏)

 快手のようにユーザー投稿が膨大で、しかも商業的収益を上げるビジネスモデルの場合、 プラットフォーム自体がプロアクティブ(能動的)な監視体制を構築すべきだと判断したのだ。これは単なる技術論ではない。「プラットフォームが中立的な情報の場ではなく、積極的な“選別者”である」という司法判断にほかならない。

 この一文は、中国だけでなく世界中のショート動画企業の法務部門を震撼させた。

「もう一つの重要な論点は、ショート動画という新しいメディア形式に対する著作権保護の明確化です。判決は、ユーザーが編集し創作したショート動画を、著作権法上の『映画的著作物(Cinematographic Works)』と同等に位置づけ、快手などのプラットフォームが扱うコンテンツ自体が、長期的な知的財産として保護されるべきだと認定したのです」(同)

 これは、中国のデジタルクリエイターにとって大きな追い風となる。従来、ショート動画は“切り貼り”や“派生物”とみなされ、法的保護が曖昧だった。

 だが今回の判決により、個人クリエイターが制作したショート作品も、法的価値のある創作物として扱われることが明確になった。

 この点は、TikTokやYouTube Shortsなどを運営するグローバル企業にも直結する。今後、各国の法制度においても「ショートコンテンツ=軽視できない知的財産」という認識が広がる可能性が高い。

「判決が示した第3のポイントは、プラットフォームが著作権侵害を未然に防ぐための技術的義務を負う点です。人気の高い映画や番組など、侵害リスクが高いコンテンツについては、アップロード前に自動的にフィルタリングを行う『事前スクリーニング』の導入が求められます。これにより、中国のショート動画業界では、各社が自前の著作権データベースを構築し、相互に権利情報を照合するようになっています。結果として、プラットフォーム間に『著作権の防壁』が築かれつつあるのです」(同)

 つまり、コンテンツの相互利用や転載が厳しく制限され、各社のAIモデルが利用できるデータ範囲にも境界が生まれているのだ。

 その一方で、こうした制約は、AI開発におけるデータ利用の透明化を促す効果もある。
 AIが生成するコンテンツの著作権をめぐる国際的な議論に対しても、中国は先行的なモデルを提示したといえる。

「法がアルゴリズムを裁く」時代の幕開け

 快手判決の根底には、「技術的中立性」という神話の終焉がある。
 アルゴリズムが何を推薦し、どのコンテンツを拡散させるか――それ自体が社会的影響を持つ以上、企業は“単なるプラットフォーム”ではいられない。

 今回、著作権の文脈で示された「合理的注意義務」は、今後、AIやレコメンドシステム全般に拡張される可能性がある。
 動画の自動要約や生成、広告配信など、AIが創作や意思決定に関与する領域で、「リスクを予見し、未然に防ぐ」義務が標準化するだろう。

 つまり、アルゴリズムも法の支配下に置かれる時代が始まったのである。

 快手判決は、中国の法制度にとっても大きな意味を持つ。同国ではここ数年、国家インターネット情報弁公室(網信弁)や市場監管総局による「アルゴリズム推薦管理規定」や「プラットフォーム責任指針」などの整備が進められてきた。

 だが、それらは行政ガイドラインにとどまり、実際に司法判断で具体化された例は少なかった。今回のケースで、裁判所が企業の“コード(仕組み)”にまで踏み込み、「アルゴリズム的運営も法的義務の範囲に含まれる」と明言したことは画期的だ。

 EUのデジタルサービス法(DSA)、米国のAI Accountability Actと並び、中国の“司法的アルゴリズム規制”は世界のAIガバナンス議論において欠かせない参照点となる。

ショート動画も「映画的著作物」として保護

 一方で、こうした「プロアクティブな監視義務」が進めば、プラットフォームの創造的自由が損なわれる懸念もある。企業がリスクを恐れて過剰な検閲を行えば、ユーザー生成コンテンツの多様性は失われる。イノベーションを促すはずのプラットフォームが、法的安全性を最優先にした“萎縮構造”に陥る可能性もある。

 結局のところ、今回の判決が突きつけたのは、「表現の自由」と「知的財産の保護」、「技術の革新」と「法の統制」という、社会が抱える二律背反の構図だ。

 快手判決は、中国のショート動画市場における単なる法的節目ではない。それは、テクノロジー企業が“無限の自由”から“有限の責任”へと転換する象徴でもある。

 著作権の合理的注意義務、ショート動画の法的地位、事前フィルタリングの責任――いずれもAIとデジタル社会の「次の標準」を先取りする動きだ。これからのプラットフォーム競争を決めるのは、単に技術力やユーザー数ではなく、どれだけ責任をデザインできるか。アルゴリズムの透明性、データ利用の倫理、そして創作者を守る仕組み――そのすべてを統合した企業こそが、次の時代の信頼と市場を勝ち取るだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

スポーツ観戦時の「感情」を可視化…博報堂とDAZNが仕掛ける次世代アドテク

●この記事のポイント
・博報堂とDAZNが仕掛けるのは、スポーツ観戦中の視聴者の「感情」をAIで可視化し、体験そのものを進化させる実証実験。
・試合の熱狂に合わせて広告を届ける仕組みは、従来の視聴回数ベースから「感情反応」を基準とする新しい広告モデルを提示する。
・2025年度には新サービスとして形になる予定。広告とスポーツ産業の未来を変える可能性を秘めた試みが、いま動き始めている。

 テレビやネット配信でスポーツ観戦をする人にとって、「歓喜」「落胆」「緊張」といった感情の高まりは試合の醍醐味だ。これまではスタジアムに足を運ばない限り、周囲とその感情をリアルタイムで共有するのは難しかった。しかし今、博報堂とDAZNが共同で進める実証実験は、そうした「視聴者の感情」をデータとして可視化し、新しい観戦体験と広告のあり方を切り拓こうとしている。

 今回、博報堂のこの取り組みの担当者に取材し、その狙いと今後の展望について話を聞いた。

●目次

感情を起点に進化するスポーツ視聴体験

 博報堂は、この取り組みについてこう説明する。

「DAZNとの戦略的提携の一環として、スポーツ視聴体験を“感情”という新たな視点から進化させる取り組みを進めています。視聴者の感情を定量データとして可視化することで、観戦体験をアップデートしたいと考えているのです」

 まるでスタジアムにいるかのように観客同士が盛り上がりを共有する――そんな体験をオンラインで再現するのが狙いだという。スポーツ配信の差別化が難しくなるなか、「感情」という新しい切り口でDAZNの価値を高めようとしていることが取材を通じて浮かび上がった。

 今回の取り組みは視聴体験の進化にとどまらない。広告の新しい形を模索する意味もある。

「感情が高まる瞬間が可視化されれば、広告主のブランドメッセージを最適な形で届けられます。試合の決定的なシーンや、視聴者の心拍数が一斉に高まる場面こそ、広告の価値が最も発揮されるタイミングなのです」(博報堂 ストラテジックプラニング局 腰前伸圭氏)

 従来のスポーツ配信広告は、試合前後やハーフタイムに枠を設けるのが一般的だった。しかし本当に心を動かされるのは、ゴールや逆転の瞬間だ。そこで広告を差し込めれば、ブランドの印象は強烈に残る。今回の取材で見えてきたのは、広告の評価基準そのものが「インプレッション数」から「感情指数」へと移りつつある未来像だった。

実証実験の現場――生体データと試合データの統合

 では、具体的にどのような実証実験が行われているのか。

「詳細はまだ開発段階でお伝えできない部分もありますが、試合中のプレーに関する事象データと、視聴者の生体反応データ(例えば心拍数など)を組み合わせ、感情をスコア化しています」と担当者は説明する。

 例えばサッカーの試合で得点が決まった瞬間に心拍数が一斉に上がる。そうしたデータが積み重なれば、どのシーンで観戦者の感情が揺さぶられるのかを定量的に捉えることができる。取材を通じ、スポーツの「熱狂度」をデータで裏づける仕組みが着実に構築されつつあることが明らかになった。

 博報堂が強調するのは「広告開発だけではない」という点だ。

「私たちが目指すのは、観戦体験そのものの進化です。視聴者がリアルタイムで同じ感情を共有できれば、オンラインであってもスタジアムでのどよめきや熱狂に近い体験を提供できます」と担当者は語る。

 もし配信画面に「いま全国の視聴者がもっとも興奮している瞬間です」といった指標が表示されれば、離れた場所で観戦している人々も一体感を味わえる。今回の取材で浮かび上がったのは、スポーツをより「ソーシャルな体験」に変えていこうとする両社の姿勢だった。

ビジネス展開の展望――2025年度中に新サービス発表へ

 今後のロードマップについても聞いた。

「2025年度中には、このプロジェクトから生まれる新しいコンテンツや広告ソリューションを発表できるよう取り組んでいます。視聴者や広告主の期待に応えられるよう、継続的に進化させていきたいと考えています」と担当者は展望を語る。

 取材から見えてきたのは、この実証実験が単なる技術検証ではなく、明確に事業化を前提とした取り組みであるということだ。観戦体験の拡張と広告ソリューションの商用化――この二本柱でスポーツビジネスに新たな価値を創出しようとしている。

 さらに担当者は「将来的には音楽やエンタメ分野にも応用できる」と話す。音楽ライブやeスポーツ、映画やドラマなど、感情が大きく動くコンテンツは数多い。

 もし感情データがリアルタイムで取得できれば、広告や演出だけでなく、コンテンツそのものの設計に活用できる。取材を通じ、今回の技術がスポーツの枠を超え、エンタメ産業全体に波及する可能性を秘めていることが実感できた。

 一方で、課題もある。

「生体データは非常にセンシティブな情報です。視聴者が安心して利用できる仕組みづくりが不可欠ですし、広告における倫理的な配慮も重要です」と担当者は指摘する。

 感情データの活用は、視聴体験を豊かにする一方で「感情を利用される」という懸念も生じかねない。そのバランスをどう取るか。取材を通じ、今後の事業化に向けて透明性と説明責任が大きな鍵になると感じた。

「感情」を軸にした新しい広告と観戦の未来

 今回の取材で浮かび上がったのは、博報堂とDAZNが取り組む実証実験が、単なる技術開発ではなく「スポーツ観戦の本質」に迫る挑戦だということだ。人々がスポーツに熱狂する理由は、まさに感情の揺れ動きにある。その瞬間をデータ化し、共有し、広告やコンテンツに生かすことで、新しい価値を生み出そうとしている。

 2025年度の発表に向け、両社の取り組みは大きな注目を集めることになるだろう。スポーツビジネス、広告業界、そしてエンタメ全体の未来を見据える上で、この「感情データ」の挑戦は見逃せない。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

「森を切らずに稼ぐ」静岡市の挑戦…カーボンクレジットで生まれる新しい森林経済

●この記事のポイント
・静岡市は森林を「循環林」と「環境林」に区分し、環境林を対象にカーボンクレジット創出の実証を開始。
・衛星・AI・DNA解析を活用し、二酸化炭素吸収量だけでなく生物多様性など公益機能も評価。
・収益は森林整備や地域還元に充て、持続可能な森づくりと企業参加型の新たな仕組みを目指す。

 静岡市は2025年度から、市内の森林を対象にカーボンクレジット創出の実証実験に乗り出した。背景にあるのは、森林を「経済資源」としてだけでなく「環境資源」として管理していくという大きな方針転換だ。従来、森林の所管は経済局に置かれていたが、今年度から環境局へ移管。これにより、木材生産に依存しない森林管理のあり方が議論され始めた。

 市は森林を「循環林」と「環境林」に区分する方針を示した。循環林は従来通り木材生産を中心に管理されるが、環境林は水源涵養(かんよう)や生物多様性保全など、公益的機能を重視する。この環境林を活用したカーボンクレジット創出が、今回の実証実験の核心となる。

●目次

環境林が抱える「収益化の壁」

 森林が持つ環境機能の重要性は誰もが認めるところだ。しかし現実には、木材を生産しない環境林は収益を生みにくく、維持管理の財源確保が課題となってきた。森林整備には人件費や機材費がかかり、補助金に頼る構造が続いている。静岡市の担当者はこう語る。

「環境林は木を切って売ることが前提ではないため、お金を生む仕組みがない。だからこそ、カーボンクレジットで環境価値を収益化し、整備のインセンティブにしたいのです」

 市内の森林面積は約10万7000ヘクタール。そのうち人工林が半分を占め、環境林としては約3.5万ヘクタールが該当する見込みだ。これだけの規模を有効に活かせば、市独自のカーボンクレジット市場形成にもつながる可能性がある。

 カーボンクレジットとは、森林や再生可能エネルギーによるCO₂削減・吸収量を「クレジット(証書)」として取引できる仕組みだ。日本では国主導の「J-クレジット制度」が広く知られるが、これは主に木材生産林や再エネ事業が対象となってきた。

 静岡市が挑むのは、従来の制度ではカバーしきれなかった環境林を対象にした新しい方法論の確立だ。岐阜県の「Gクレジット」など、自治体独自の制度も出始めているが、静岡市は環境林に特化した仕組みづくりで独自性を出そうとしている。

実証実験の仕組み

 今回の実証実験では、衛星画像やレーザー測量(LiDAR)を用いて森林の状態を解析し、CO2吸収量を算定する。さらに、環境DNA解析など最新技術を活用し、生物多様性の把握も試みる予定だ。

 期間は2025年度から2027年度までの3年間。最終的には「新しい方法論」を策定し、国際的・国内的に認証されることを目指す。担当者は語る。

「二酸化炭素吸収量に加えて、環境林が持つ公益的機能をどう評価するかが最大のハードルです。水源涵養や災害防止、生物保全など、多面的な価値をクレジットにどう反映するかが鍵になります」

 クレジット取引の収益規模については現時点で明言されていない。認証手続きや市場での評価が定まらない段階だからだ。ただし、仕組みが確立されれば、収益は森林所有者や地域に還元される見込みだ。市としても「持続可能な森づくりに賛同する企業」を募り、資金循環を生み出す構想を描く。

 これは単なる財源確保策にとどまらない。企業がカーボンニュートラルの一環として静岡市のクレジットを購入すれば、地域と企業が共に価値を享受する新しい連携モデルとなりうる。

 もちろん課題も少なくない。最大の難点は「環境価値をどう数値化するか」だ。J-クレジットのようにCO2吸収量だけを基準にすれば簡潔だが、静岡市が重視するのは水の貯留機能や生態系保持など目に見えにくい価値である。これを第三者が認める形で評価・認証するのは容易ではない。

 また、こうしたクレジットは必ずしも国の温室効果ガス削減目標に算入できるわけではない。そのため「どの企業が買うのか」「市場でどの程度の価値がつくのか」は不透明だ。担当者も慎重に語る。

「国の温室効果ガス削減量としてカウントできないため、どれだけ企業の関心を引き込めるかが成否を分けます」

地域全域への拡大と市民参加

 静岡市は将来的に、今回の方法論を市内全域や民有林にも広げたい考えだ。すでに市有林だけでなく民有林での調査も予定されている。制度が成熟すれば、市民や地域企業が寄付や協賛を通じて参加する道も開けるだろう。

 さらに、環境林が価値を持てば、観光や教育と連動する可能性もある。自然体験や環境教育の拠点として活用すれば、地域ブランド向上にもつながる。

 静岡市の試みは、森林を「木材生産」から「環境資本」へと再定義する挑戦だ。気候変動対策の一環としてカーボンクレジットは注目されるが、静岡市の取り組みはそれを単なるCO₂削減の道具にとどめない。

「生態系サービスの価値をどう社会に埋め込むか」という問いは、自治体や企業に共通する学びを与える。都市開発や産業振興だけでなく、地域資源を持続的に管理する仕組みをどう構築するか。そのモデルケースになる可能性がある。

 静岡市の取り組みは、単なる森林政策の一環にとどまらず、「森林を環境資本としてどのように社会に位置づけ直すか」という大きな挑戦といえる。従来のように木材を生産して経済的価値を生む「循環林」だけではなく、公益的な機能を担う「環境林」にも光を当て、その価値を「カーボンクレジット」という新しい市場に乗せて可視化・収益化しようとしている。

 この方針転換の背景には、森林整備にかかるコストや人手不足といった構造的課題がある。木材価格の下落や人件費の高騰により、森林の維持は補助金頼みになりがちだった。しかし、カーボンクレジットという仕組みを通じて「環境林が持つ水源涵養・災害防止・生物多様性保全といった機能」に市場価値を与えることができれば、整備のインセンティブを生み、補助金に頼らない持続可能な管理体制が可能になる。

 また、クレジットの収益は森林所有者や地域に還元される見込みであり、企業がカーボンニュートラルの一環として購入することで「環境貢献の見える化」にもつながる。

 この実証実験は「森林の公益的機能を資産化する」という点で先駆的であり、他の自治体や企業にとっても大きな示唆を与える。今後、環境林の整備やカーボンクレジットの市場形成が進めば、静岡市は「持続可能な森づくり」を先導するモデルケースとなりうるだろう。

 つまり、この挑戦は「静岡市の森林を守る」だけではなく、「地域の未来を守る」ための一歩である。読者にとっては、環境価値をどう社会に埋め込み、持続可能性と経済性を両立させるかという普遍的なテーマを考えるきっかけとなるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

動画×DXで急成長、上場を経たファインズが挑む、さらなる成長に向けた経営改革

かつては親会社の一事業に過ぎなかった、小さなWebマーケティング会社。
しかし、時代はガラケーからスマートフォンへ、静的な広告から動画マーケティングへと、劇的に変化していきました。

その波を敏感に捉え、「動画を起点としたマーケティングDX」を武器に、ファインズは急成長を遂げ、2022年にはついに上場を果たします。

けれど、そこがゴールではありませんでした。 代表取締役社長・三輪幸将氏は「成長のなかで多くの課題に直面した」と語ります。

マーケティングを、もっと多くの企業の武器にしたい。現場に根ざしたDXを、もっと“機能するもの”にしたい。その想いの先にあったのは、「経営改革」という大きな決断でした。

なぜいま、ファインズは変わるのか──。
“動画屋”の殻を破り、企業の成長を支援するマーケティングソリューション企業へと進化を遂げようとしているファインズの現在と未来を、三輪氏に聞きました。

時流に乗り成長した、動画マーケティング事業

——ファインズ創業の経緯を教えてください。

株式会社ファインズは、もともとフリーセル(現ブランディングテクノロジー)という会社の中の、Webコンサルティング部門を子会社化して誕生しました。2010年の子会社化当時は、ちょうど世の中がガラケーからスマートフォンへの移行期。多くの企業がモバイル専門の事業や子会社を立ち上げる中、ファインズも同様の意図で誕生しました。当初はモバイル向けのFlashサイト作成、SEOやMEO(マップエンジン最適化)などWeb施策を中心に展開していました。

動画マーケティング事業は、私が海外のWebサイトで動画が埋め込まれたページを多く目にしたことがきっかけで、スタートしました。企業やサービスの魅力を効果的に伝えられる動的コンテンツの可能性を感じ、2015年頃から本格的に事業を開始したのです。

——ファインズの顧客は中小企業がメインですよね。動画マーケティングは当時の日本になじみがない中で、どのような反応がありましたか?

想像よりもリーズナブルだという評価を多くいただきました。動画によるマーケティングは大手企業が行うことという印象が強い中、中小企業向けの動画制作を提案していたので、導入もしやすく、他社との差別化も図りやすいというお声をいただくことが多かったです。また、当時の顧客は「編集の方法がわからない」「編集ソフトが高額」といった課題を抱えており、また動画コンテンツの埋め込みがページランクに影響しやすいというSEO的な事情も追い風となり、事業は早期に軌道に乗りましたね。

——ファインズは動画マーケティングを軸に2022年に上場するなど、急成長を遂げていますよね。その要因はどこにあると考えていますか?

お客さまにとって「意外に導入ハードルが低かった」ということが要因のひとつです。加えて、企業向けの動画マーケティング事業を、営業組織を活用して本格展開する競合がほとんどいなかったことも動画マーケティングを軸に成長できた大きな要因だと考えています。また、外的な要因もありますね。上場前にコロナ禍に突入したことで、対面以外で詳細にプロダクトや企業の魅力を伝えられるプロモーション手法に対するニーズが広がり、動画マーケティングに注目が集まったことも大きいです。

——データを活用した顧客への伴走力も、競合他社との大きな差別化のポイントになったのではないでしょうか。

そうですね。インタラクティブ動画にも対応した動画のプラットフォーム事業にも力を入れていたことで、蓄積されたデータをもとに、お客様に対して「動画を活用したDXコンサルティング」という形でサービス提供ができるようになりました。これも、他社との差別化や成長の要因となった部分です。

データ活用で、メイン顧客である中小企業の方々の多くが抱く、「認知が足りない」「予算に限りがある」「確度の高いリード獲得がしたい」という要望にも、しっかりと伴走ができるようになっています。エリアや年代を限定したターゲティング広告、動画を閲覧したユーザーへのリターゲティング広告などはもちろん、ホームページ内の動線、価格やサービスの分析など、あらゆる側面からサポートしています。

外からではなく、中から変える。経営改革の決断

——急成長の一方、会社として課題を感じた部分などがあれば教えてください。

事業の拡大に伴い、“人的資本”への投資不足が成長のボトルネックとして表れてきたと感じます。

Webに関するコンサルティングは、経営に関する知識も必要ですが、そうした知識が標準化されないまま成長してきたため、個々の仕事の質や営業成績にバラつきが生じていました。これは、社内の人材教育ができていなかったことに由来していると考えています。

さらに、営業以外の部署での採用も進まず、AI活用などが思った速度で進められない、あるいは優秀な人材が流出するという事態に。これは、そもそも自社の魅力を社内外に伝えきれていないことも影響した結果でした。

——課題を抱えるなか、なぜ「経営改革」という大きな動きに踏み切ったのでしょうか?

2022年の上場後、会社をさらに成長させたいと願う一方で、売上も利益もやや低下傾向にある、という現実があります。

この停滞の根底には、先述の人材的な課題があると認識していました。経営コンサルタントとも協議しましたが、外部の力で社内を変えるイメージが持てませんでした。そこで、優秀なCXO人材を社内に招き入れて、内部から改革を起こそうと決断したのです。

——実際に経営改革に着手して、浮かび上がってきた問題などはあったのでしょうか?

まず感じたのは、会社のビジョンが、従業員にしっかりと浸透していないのではないか、という点です。「なんのために働くのか」「どうして頑張るのか」というメッセージが届かず、従業員が「自分自身の成長のため」「お金を稼ぐため」といった個人的な目標に終始しているのが現状でした。

上場までは、皆「上場する」という目標に向かって動けるのですが、その後にしっかりとしたビジョンを設計し、示せていなかったことが原因だと考えています。このような状態では、仕事のやりがいを見出すことも難しく、優秀な人材を採用したり、志の高い従業員に勤続してもらったりすることが困難になります。ビジョン設計の甘さが、先にお話しした課題にもつながっているのだという気づきがありました。

そこで、最初に着手しているのが企業としての一丁目一番地である経営ビジョンの再設定です。ミッションやバリューなど、さまざまな側面がありますが、まずは「なぜやるのか」という企業としてのパーパスを設定し、自分たちのあるべき姿や目指すべき方向性を示していくことが大事ではないかということになりました。

とくにこだわっているのは、「従業員全員でパーパスを創り上げること」です。ただ上層部からの指示で浸透させるのではなく、現場で働く従業員からのアンケートや議論を重ね、全員が納得し、自らの魂を込められるようなパーパスを目指しています。

顧客にも従業員にも、選ばれ続ける企業であるために

——今回の経営改革も踏まえ、今後目指していきたいファインズの姿について教えてください。

今回の経営改革では、パーパスなどのほか、OKRや1on1の導入、併せて従業員の評価制度や教育制度についても大きく変えていきます。「働きやすさ」だけでは、働く意味を見失いがちですし、「働きがい」だけでも、よい働き方は実現できません。今回の経営改革を通じて、ファインズは「働きやすさ」と「働きがい」が両立する組織を実現していきたいですね。

また、日本の生産年齢人口が減少していくなかで労働生産性を上げていくため、DXやAI活用がますます重要になっていきます。ファインズでは、自らがDXやAI活用を積極的に実践し、活用事例を体現することで、お客様に具体的な成功モデルを提示できる「ショーケースビジネス」としての存在を目指しています。

実際に現在、全従業員がAIを活用し、業務の効率化を図るなど、具体的な行動に移しています。これらの成功事例は、積極的にお客様に共有しています。

従業員やお客様など、ファインズに関わる方々が「ファインズがいてくれてよかった」と誇りに感じ、必要とされる企業を皆で構築していければと思っています。

時代の変化に伴う大きな流れに乗り、急成長を遂げたファインズ。その成功に満足することなく、その裏で浮かび上がってきた課題に正面から向き合い、自ら変革を選んでいます。
テクノロジーの力と人の想いを掛け合わせながら、「ファインズがいてくれてよかった」と実感される企業を目指す挑戦は、いま始まったばかりです。

【経歴】
株式会社フリーセル(現 ブランディングテクノロジー株式会社)の営業部門にてキャリアをスタート。その後、株式会社ファインズの立ち上げメンバーとして参画し、Webマーケティングの営業を中心としながらも経営戦略や事業全般の企画・推進に従事し、執行役員、常務取締役に就任。また、子会社を立ち上げ代表取締役に就任するなど、グループ内外での事業展開にも深く携わる。
2018年に株式会社ファインズの代表取締役社長に就任。2022年にはグロース市場上場へと導くなど、常に未来を見据えた経営戦略を推し進めている。

※本稿はPR記事です。

映画レビュー「ホーリー・カウ」

父親が死んで、人生が一変した。幼い妹を世話し、生計を立てるため、トトンヌはチーズ作りを学び、コンテストでの優勝をめざすが――。

投稿 映画レビュー「ホーリー・カウ」映画遊民 映画をもっと見たくなる! 映画ライター沢宮亘理の映画レビュー、インタビューetc に最初に表示されました。

誰も置き去りにせず変革を生む。ネクスウェイが提案する「変えないDX」構想

 デジタルとアナログをつなぐ通信サービス、SaaSを提供する株式会社ネクスウェイ(TISインテックグループ)が2025年10月2日、「変えないDX」の構想発表会を開催した。

「変えないDX」とは、世の中でDX推進が加速するなか、企業が大切にしたい価値を変えないまま、実現可能な変革を見つけ、ストレスなくアナログからデジタルへシフトしていくという考え方だ。

 当日は、ネクスウェイのサービス支援により「変えないDX」を実践している茨城県笠間市、うまい棒などで知られる株式会社やおきんを迎えたトークセッション、さらにアナログとデジタルの狭間で苦悩する“アナログサラリーマン”に扮したキンタロー。氏を招き、新ネタ披露なども行われた。

変化することの難しさがDX格差を生む

 まず、代表取締役社長 坂本倫史氏から、日本のDX事情が語られた。

 いわゆる大企業といわれる規模の企業の96.6%が「DXが進んでいる」と回答したのに対し、従業員が100名以下の中小企業のDX推進は44.7%にとどまっている。予算も人員も不足するなか、中小企業の価値変化に必ずしもDXが寄与しないことが、中小企業における対応遅れの原因のひとつになっているという。

 また、中小企業のDXが進まないことが、中小企業を取引先とする大企業のDX推進を阻害している一面についても語られた。

 DXは変化することが前提となっている一方で、大胆で急激な変化が難しい部分があることが、大企業と中小企業のDX格差からも見てとれる。

 この部分に対して、変化を押し付けるのではなく、“変えずに変える”ことをひとつのステップとしてDX支援をしていこうという考えが、ネクスウェイの提唱する「変えないDX」だ。

 坂本氏は、

「ゆっくりと優しく変わっていけるような世界観を、さまざまなコンテンツと寄り添った支援を通じて啓蒙していきたい」

 と語った。

【茨城県笠間市】選択肢を増やすことで「変えない」部分をつくる

「変えないDX」の実例として、茨城県笠間市の定額減税補足給付金の支給決定通知が紹介されるとともに、笠間市長である山口伸樹氏と坂本氏によるトークセッションが行われた。

 定額減税補足給付金とは、令和6年の定額減税で減税しきれないと見込まれる住民に対し、その不足分を追加で支給するもの。笠間市では従来、この給付にかかる通知を住民1人当たり合計3回の郵送で行っていたが、郵送コストや住民への給付スピードが課題になっていた。

 そこで、すでにネクスウェイのSMS配信サービス『SMSLINK』を導入していた笠間市は、住民から提出される支給確認書に支給決定通知の手段として、郵送またはSMS、どちらを希望するか選択する欄を設けて住民の希望を取り、SMS通知の希望者には携帯電話番号を記載してもらうという試みを実施したそう。

 結果、66.2%もの住民が『SMSLINK』による SMS配信での通知を希望。職員の作業負担軽減やスピード感のある給付につながった。

「すべてを変えるのではなく、選択肢を増やすという方法をとったことで、住民の方々にほとんど抵抗感がないように見えた。これまで笠間市ではほとんど紙ベースで作業をしていたが、7割近くの住民の方がSMSを選択したことで、デジタルが我々の生活に深く浸透してきていることを強く感じた」

 と、山口氏は話している。

 山口氏の発言を受け、坂本氏も、

「給付のスピード感に寄与できたことに加えて、職員の方々の作業を効率化できたことがうれしい。こういった流れが、前向きな自治体運営につながっていくのでは」

 と、喜びを表していた。

 実際、笠間市職員の間では、この仕組みをより多くの住民サービスに活用できるのではないか、という意識が高まっているという。

【株式会社やおきん】「変わりたくない」という感情を乗り越えるDX

 受信したFAXをウェブブラウザで管理、返信できるネクスウェイの『FNX e-受信FAXサービス』を活用し、「変えないDX」を実践した例として紹介されたのは、株式会社やおきん。

 すでにデジタル化されている部分がある一方で、FAXによる受注業務もいまだ多いやおきんでは、繁忙期には1日2000枚以上にも及ぶ受信書類の仕分けにかかる時間や、複合機の順番待ちで生じる取引先への返信遅延などに悩まされていたそう。

『FNX e-受信FAXサービス』の導入により、取引先のデジタル環境に寄り添い、FAXという受信手段は変えることなく、FAXでの受注や振り分けのデジタル化、自席でのFAX返信が可能になり、従業員の作業効率が大幅に改善された。

 リモートワークでもFAXの送信ができることで、よりフレキシブルな働き方を実現するとともに、紙での出力がなくなり経費の削減にも寄与したという。

 やおきんの営業企画部システム業務課次長、栗林雅治氏は、

「(DX)導入に際しては、『変化したくない』という人の感情が大きな課題だった」

 と語る。しかし、取引先から見ると業務フローに変化がないこと、操作性がよく使いやすいことで、意外なほどに社内ではすんなり受け入れられたそう。

 この使いやすさはネクスウェイが「変えないDX」を支援するにあたって、非常に重要視したポイントだ。

 営業企画部商品課係長の小野貴裕氏も、従業員が『FNX e-受信FAXサービス』の活用に順応していく様子を見て、「変えないDX」を行ったことによる働きやすい環境への変化を感じたそう。

 トークセッションを受け、坂本氏は、

「世の中的にDXを強力に進めていかなければいけない一方で、固定化された業務を変えられないという方はたくさんいる。その間に我々ネクスウェイが入って支えることで、デジタルの恩恵を受けながら“変わらない”状態をつくることができれば」

 と、今後の「変えないDX」への展望を口にした。

キンタロー。扮するアナログサラリーマンも登場

 そして「変えないDX」構想発表会の最後には、お笑い芸人のキンタロー。氏による“アナログサラリーマン”、酒田光男が登場。この日、初めて披露される新ネタだ。

 ネタづくりのこだわりを聞かれ「出オチ」と答えた一言に違わず、登場のインパクトで会場の心を掴んでいた。

 また、トークセッションでは、お笑い芸人として、個人事務所を立ち上げたビジネスパーソンとして、母としての顔を持つキンタロー。氏が「変えないDX」にかけ、3つの役割で活躍し続けるために変わらずに大事にしている軸を語った。それぞれ「明快」「志」「変顔育児術」を挙げ、

「0歳の子でも笑える単純明快さを変わらず大事にしている」

 と、その場で架空のキャラクターを演じながら話し、会場の笑いを誘った。

 最後、「変えないDX」が世の中に広まることのメリットや価値を聞かれ、キンタロー。氏は、

「自分の中でルーティン化されたものをガラッと変えるのは怖いこと。“変えない”部分があることでDXに対するハードルが低くなり、間口も広がるのではないかと思う。自分の守りたい部分を守りながら、徐々に便利にしていくサービスはとてもありがたいものだと思う」

 と締めくくった。

「変えないDX」は、急激な変化を強いるのではなく、一人ひとりのビジネスパーソンや企業が大切にしてきた価値を守りながら前へ進むための考え方をもとにしている。

 変化に重きを置く時代にあえて、「変えない」勇気を後押しするネクスウェイ。デジタルの力で優しく社会を変えていく挑戦に、今後も大きな注目が集まりそうだ。

世界初のAI規制法SB53成立の裏側…規制緩く投資や戦略も弱い日本の未来は

●この記事のポイント
・カリフォルニア州がAI規制法SB53を制定し、開発者に透明性と安全性確保を義務づけ、連邦政府と逆の姿勢を示した。
・EUや中国と異なるアプローチが浮き彫りになり、世界でAI規制の在り方をめぐる多様なモデルが展開しつつある。
・日本は緩やかな規制の一方で投資や戦略が弱く、スタートアップは世界の規制潮流を理解し備えることが重要となる。

 人工知能(AI)が社会のあらゆる分野に浸透しつつあるなかで、そのリスクをどう管理するかが国際的な課題になっている。とりわけ注目を集めているのが、2025年9月29日に成立したカリフォルニア州のAI規制法「SB53」だ。

 AIの安全性向上や透明性確保を目的としたこの法律は「世界初」とも評され、今後の規制議論の先行モデルとなる可能性を秘めている。

 明治大学専門職大学院ガバナンス研究科の湯浅墾道教授(※浅の字は旧字体)への取材を基に、アメリカの現状と日本の課題、そして世界の潮流について整理する。

●目次

カリフォルニア州SB53とは何か

 SB53は、AI開発者に対して 安全性確保の方針を策定・公表する義務 や、重大インシデントの州当局への報告義務を課す法律である。対象となるのは主にシリコンバレーの大手企業であり、スタートアップや中小企業については一定の例外規定も盛り込まれている。

 湯浅教授は次のように語る。

「AIはブラックボックス化しやすく、開発過程や学習内容が見えにくい。透明性を高めるために、開発者自ら安全性確保の方針を公表させることは、社会的に大きな意義があります」

 背景には、カリフォルニアが歴史的に「規制先進州」であったことがある。自動車の排ガス規制や個人情報保護法制など、全米に先駆けて新たな規制を導入してきた。SB53もその流れの延長にあるといえる。

州と連邦のねじれ:アメリカにおけるAI規制の構図

 注目すべきは、カリフォルニア州と連邦政府の姿勢が正反対である点だ。

 ・連邦政府(トランプ政権)…AI規制を撤廃し、開発を加速させる方針
 ・カリフォルニア州…安全性や透明性を担保するため、開発者への規制を強化
 
「トランプ政権は規制緩和どころか、規制自体を否定しています。一方でカリフォルニアは安全性や透明性を理由に強く規制を打ち出した。全く逆の方向性です」

 この「州対連邦」の対立構図は、今後のAI政策をめぐるアメリカの大きな特徴となるだろう。シリコンバレーを抱えるカリフォルニアの影響力を考えれば、州法の影響は州境を越えて全米企業に及ぶことになる。

 SB53を支持する側は「透明性の欠如」と「被害発生後の救済困難」を問題視している。インシデント報告義務がなければ、政府は被害の全体像を把握できない。

 一方、反対派は「規制が中国との競争で不利になる」と主張する。規制による開発の遅れは、米中の技術競争で決定的な差につながるという懸念だ。

 湯浅教授は「この二つの主張は当面並立し、激しい論争が続く」と指摘する。

EU・中国との比較:利用者規制か開発者規制か

 世界のAI規制の潮流を見渡すと、各地域でアプローチが異なる。

 ・EUのAI Act…利用者への規制が強い。利用禁止用途を定め、間接的に開発者も規制。
 ・中国…生成AIコンテンツへの表示義務など厳格な統制。国家戦略と一致する部分のAI応用は加速。
 ・カリフォルニアSB53…開発者に直接義務を課す。

 湯浅教授は「卵と鶏の問題」と表現する。利用者を規制するか、開発者を規制するか。各地域の産業構造や技術力の違いがアプローチの差を生んでいる。

 日本は「緩い規制」のままでいいのか

 一方、日本のAI新法は「責務規定」が中心で、違反に対する制裁は存在しない。湯浅教授はこれを「日本独特の官民協調型アプローチ」と分析する。

「日本は役所が示す方針に企業が自主的に従う文化があり、強制的な規制を嫌う傾向があります。だが海外で規制強化が進むなか、日本の緩さは国際競争上の不利益につながりかねません」

 特に、シリコンバレーを抱えるカリフォルニアですら厳格な規制を敷く事実は、日本にとって示唆的だ。規制を設けることで「ここまではやってよい」というラインが明確になり、むしろ開発の促進につながる可能性もあるという。

 SB53は直接的にはビッグテックを対象にしているが、スタートアップにとっても無関係ではない。規制が強化されると、大企業がコンプライアンス対応に資金を投じる一方で、中小企業には「信頼性」を武器に差別化できる余地が生まれる。

 投資家やVCにとっても、規制はリスクと同時にチャンスとなり得る。安全性や透明性を確保した企業は、規制を逆手にとって市場優位を築く可能性があるからだ。

今後の展望:二つの対立軸

 湯浅教授は、今後のAI規制議論を「二つの対立軸」が支配すると予測する。

 ・規制撤廃派…技術発展を阻害しないことを最優先に、中国との競争で遅れを取らないことを強調。
 ・規制強化派…消費者の安全確保と開発基準の明確化を重視。むしろ規制によって安心して開発できると主張。

 EU、日本、アメリカそれぞれの立場や産業構造によって、どちらのアプローチを取るかは異なる。だが少なくとも、規制が「技術抑制」か「健全な発展の枠組み」かをめぐる論争は続く。

 最後に湯浅教授は、日本のスタートアップが備えるべき点として「規制対応」以上の課題を挙げる。

「日本はAIの著作物利用については非常に緩く、開発しやすい環境を持っています。しかし研究支援や補助金投下は乏しく、ハード偏重でソフトウェアへの投資が足りない。このアンバランスを解消しないと、米中に追いつくのは難しいでしょう」

 つまり、規制だけでなく、研究開発投資、人材育成、産業戦略を総合的に見直す必要がある。

 カリフォルニア州SB53は、AI規制の新しいモデルとして世界に波紋を広げている。規制は一見すると技術開発のブレーキのように見えるが、枠組みを明確にすることで企業に安心感を与え、新たな市場を切り開く可能性もある。

 日本が周回遅れを脱するためには、規制緩和に頼るだけでなく、研究開発支援や戦略的投資を含めた包括的な政策が不可欠だ。スタートアップにとっては、世界の規制動向を正しく理解し、透明性や安全性を自社の武器に変えていく姿勢が求められる。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅墾道/明治大学専門職大学院ガバナンス研究科教授)