推し活の行動を変容する。ミージアムが目指すクリエイティブeコマースとは?

富士フイルムビジネスイノベーション(以下、富士フイルムBI)と電通が共同で開発を進める「MeSEUM(ミージアム)」は、ファンが公式画像を自由にセレクトし、自分だけの写真集やグッズをオンデマンドでつくれる「クリエイティブeコマース」サービスです。

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今年5月には、花人 赤井勝氏の企画写真展「時静-JISE- 花人 赤井勝のせかい」を開催し、展示作品の一部をコンテンツサイトにて販売。9月25日には日本外国特派員協会で赤井氏の世界観を新たに展開するミージアムの構想が発表されました。本稿では、ミージアム総合プロデューサーのアーロン・ズー氏が、ミージアムの狙いや記者会見・企画写真展の舞台裏、今後の構想を語ります。

推し活の体験価値をアップデートする、「クリエイティブeコマース」

近年、「推し活」と呼ばれるアーティストやタレント、キャラクターへの応援活動が活発化し、ファン一人一人が多様なかたちで「推し」を楽しむ時代になっています。

ミージアムは、ファンがライブやイベントなどの公式写真の中から好きなカットを選び、自分だけの写真集としてオンデマンドで製本・購入できるサービスです。写真集以外のオリジナルグッズ制作にも対応し、単なるグッズ販売/グッズ購入を超えて、ファンとコンテンツホルダー双方にとっての新たな関係を生み出す可能性を秘めています。

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長年、銀塩写真やデジタルプリンティングを極めてきた富士フイルムグループの技術力に、電通のコンテンツ開発力を掛け合わせることで、ファンとアーティストの関係性を新しいかたちにアップデートできるのではないか。そんな思いで、私たちは共同開発を進めています。

ミージアム(MeSEUM)は、「Me(自分)」と「Museum(ミュージアム)」を掛け合わせた造語です。自分だけの推し写真集や推しグッズを、自分の部屋にある小さな博物館のようにコレクションし、飾っていく。そのような行為そのものを楽しんでもらいたいという願いが込められています。推し活は単なる消費行動ではなく、すでに日本独自の文化として定着しています。スマホをはじめとするデジタルの世界だけで完結するのではなく、「手に持ち、飾り、めでる」という身体的な行為も重視されているのが、日本の推し活文化の特徴です。

富士フイルムBIの取締役 執行役員でグラフィックコミュニケーション事業を統括する木田裕士さんは、ミージアムの構想をこのように語ります。

「ミージアムは、ファンの皆さまが好きな写真をみずからセレクトし、弊社のAI技術とデジタルプリンティング技術を活用して、世界に一つだけのオリジナルアイテムをつくれる推し活プラットフォームです。コンテンツホルダーの皆さまにとっては、眠っているコンテンツを可視化することで、その価値を再発見していただくことができます」

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富士フイルムビジネスイノベーション 取締役 執行役員 木田裕士氏(中央)

ミージアムは推し活を楽しむファンとコンテンツホルダーの双方にとってのパートナーでありたいと思っています。公式素材をもとに、ファンが自由に編集し、自分だけの、とっておきのアイテムに囲まれていく。その体験をきっかけに、アーティストやタレントの新しい魅力も今以上に深く引き出されていき、さらなるブランディング推進やビジネス拡大につながる。このように、次世代プラットフォームを通して推し活の行動変容と社会貢献につなげていく世界観を、私たちは「クリエイティブeコマース」と名付けています。

MeSEUM(ミージアム)は、
単にセレクト写真集を売るためのツールでなく。

MeSEUM (ミージアム)の「好き」をもっと好きに。
の思想・理念を広げること。

結果的に、推し活界隈のいまの人々の行動を変容する事業。

これが私が考える「クリエイティブeコマース」です。

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 「MeSEUM」サービス提供スキーム構想

写真の中に「装花」する。花人 赤井勝氏とともに探る表現の可能性

ミージアムのコンセプトを体現する手段として、私たちは花人 赤井勝さんとのコラボレーションにチャレンジしています。2025年5月に開催された企画写真展「時静 -JISE- 花人 赤井勝のせかい」は、富士フイルムの銀塩プリントとオンデマンド印刷を併用しながら、赤井さんの「装花」という行為と写真を掛け合わせた、これまでにない作品の世界を提示する場でした。赤井さんの花はいわば、瞬間芸術です。その時、その空間にしか存在しない素晴らしい作品を、写真の中に表現することで、永遠に残していくことができるのではないか。私たちはそう考えました。

赤井さんは、この写真展に込めた思いをこう語ってくれました。

「装花したものを撮るのではなく、写真の中に装花する。そして、見る人の心の中に装花する。そのような気持ちで作品をつくりました」

展示会場では、大判の銀塩プリントが放つ圧倒的な存在感と質感で赤井さんの作品を表現。展示期間中に一部の作品を、ミージアムのセレクトコンテンツとして提供しました。この写真展には1週間で約8000人が来場。富士フイルムBIの木田さんも、「個人開催としては過去最大級の集客だった」と話してくださり、多くの方の心に響いたという手応えを感じました。

赤井勝

推し活文化を世界に。ミュージアム構想発表の場にFCCJを活用

ミージアムは、ファンとアーティストの関係を深める仕組みであると同時に、日本発の推し活文化を世界に発信するプロジェクトでもあると私たちは考えています。その意味で、構想の本格始動を発表する舞台として、日本外国特派員協会(FCCJ)を選んだのは自然なことでした。

9月25日、東京・有楽町にあるFCCJで開催した記者会見には、花人 赤井勝さん、富士フイルムBIの木田裕士さんらの5人で登壇しました。

赤井勝
花人 赤井勝氏

この日、赤井さんはこれまでの活動を振り返りながら「花」と「人」とともに生きてきたことへの感謝を述べ、今後の活動として「装花」と写真のコラボレーションにも挑戦していくことを発表。私たちは、その赤井さんの新たなチャレンジを展開する場として、ミージアム構想を紹介しました。また、アーティストやタレントの魅力をコンテンツで届ける手段の一つとして、TOKYO FMで10月からスタートするラジオ番組「すきもあミージアム」の立ち上げも発表。登壇者がそれぞれの立場から「推し」や「好き」を表現する大切さを語りました。

この会見のもう一つの特別な側面は、各国の駐在大使夫人の方々がずらりと最前列に並ばれていたことです。実は赤井さんは、長年にわたり駐在大使および大使夫人と「装花」を楽しむ会を続けてこられた方で、駐在大使夫人の間でも深い信頼と敬意を集めています。そうした背景があり、この日の会場では国境や文化を超えた交流がさかんに行われていました。

推し活という言葉は、いまや一時的なトレンドではなく、自己表現とつながりを生み出す文化的な行為になっています。ミージアムは、そんな「好き」という感情に寄り添い、誰もが自分らしく「好き」を表現できる新しい入り口になれたらと願っています。そしてその入り口は、日本だけでなく、世界中のファンに向けて開かれています。今回、世界各国の駐在大使夫人も同席したFCCJでの会見は、推し活文化を世界に広める第一歩となる情報発信の機会をいただけたと、今あらためて思います。

ミージアム総合プロデューサーのアーロン・ズー氏
MeSEUM総合プロデューサー アーロン・ズー氏

一人一人の「好き」をかたちに残す

ミージアムを活用した「クリエイティブeコマース」は、ファンとアーティストの関係性をより深め、同時にアーティスト自身の魅力を新しい角度から引き出す役割も果たします。たとえば、普段は公開されないようなオフショットや未発表カットを、ファンが自分の視点で魅力的に編集し、一冊にまとめて残す。それを他のファンたちが見つけ、新たな魅力として拡散していく。そういった、個人の「好き」から生まれる新しいコンテンツを、コンテンツホルダーの公式の枠組みの中で提供することが重要なのです。

さらに、オンデマンド製造による在庫レス運用や必要なときだけ生産する体制は、コンテンツビジネスにおける廃棄の最小化、つまりサステナビリティへの貢献にもつながると考えています。

今後、より多様なジャンルやアーティストとの連携が増えていくことを想定していますが、それぞれの世界観にどう寄り添い、どのようにサービスに落とし込むか。その部分は常に、IPごとに丁寧に向き合っていく必要があると感じています。

誰かが生み出した作品と、自分の感情とを、自分自身の手でつなぎ、かたちにして残す。それがごく自然なこととして広がっていく社会を、私たちは思い描いています。今後も国内外のステークホルダーの皆さまとの連携を加速させながら、体験価値のアップデートにチャレンジしてまいります。

https://x.com/dentsuho

並河進著「AIネイティブマーケティング 人、企業、AIの幸せな関係をつくる」発売

dentsu Japanのグロースオフィサー・並河進氏による著書「AIネイティブマーケティング 人、企業、AIの幸せな関係をつくる」(宣伝会議)が10月17日に発売された。

「AIネイティブマーケティング 人、企業、AIの幸せな関係をつくる」(宣伝会議)
宣伝会議、四六判、280 ページ、2420円(税込)、ISBN:978-4-88335-633-1


【書籍の内容】
AIは社会を、マーケティングをどう変えるのか?

本書は、AIが日常に深く浸透した社会において、企業と人がどのようにAIと関係を築き、マーケティングを再構築していくべきかを体系的に示した一冊。AIを単なるツールとしてではなく、企業活動の根幹を変革する存在と捉え、マーケティング、事業開発、コミュニケーション、クリエイティブに関わるすべての人に向けた羅針盤となることを目指している。当たり前のようにAIを使いこなす「AIネイティブパーソン」、業務プロセスがダイナミックに再構築される「AIネイティブマーケティング」、AIが人々を独自のアルゴリズムでつなぐ「AIネイティブ社会」についても解説している。

【目次より】
第1章 AIネイティブ時代がやってくる
第2章 AI技術の仕組みとできること
第3章 マーケティングプロセスの再構築
第4章 顧客体験の変革
第5章 AIは社会をよりよくする力になれるか
第6章 AI時代に生活者から愛され選ばれるブランドとは 人-AI-企業のトライアングル

【著者コメント】
マーケティングが、企業のありかたが、AIによって、いま、大きな変革のときを迎えています。

一方、「人の仕事はAIにすべて置き換わる」「人は人にしかできないことをやるしかない」といった解像度の低い諦念も世の中にはあふれています。

そうではなく、人とAIがともにある、よりよい未来を模索したい。そんな思いが本書を書く原動力となりました。

人間の能力を拡張する道具としての活用法、知性のある仲間としての可能性、AIネイティブ企業への変革のステップ、AIに依存するリスク。こうしたことを、できるだけ解像度高く、実践知や具体例に基づいて書きました。

この本が、マーケターやクリエイターをはじめとする多くの方々が、人と企業とAIのよりよい関係について考え、議論し、実践する出発点になることを願っています。

【著者紹介】

並河進


並河 進(なみかわ すすむ)
dentsu Japan グロースオフィサー/エグゼクティブクリエイティブディレクター/主席AIマスター

AIを活用したプロジェクトと、企業と社会を結ぶソーシャルプロジェクトが得意領域。2022年9月、電通クリエイティブインテリジェンス発足。東京大学AIセンターとの共同研究をスタート。Augmented Creativity Unitユニットリーダーをつとめる。著書は、「Social Design」(木楽舎)、「Communication Shift」(羽鳥書店)他多数。読売広告大賞、広告電通賞など受賞多数。


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電通、スポティファイジャパンと広告の「計測パートナーシップ協定」を締結 Spotify広告の効果計測ソリューション「SONATA」を提供開始

電通は、スポティファイジャパンと、Spotify広告の計測・分析に関する「計測パートナーシップ協定」を世界の広告会社として初めて締結した。これに伴い、電通と電通デジタルは、世界で6億9600万人以上が利用するオーディオストリーミングサービス「Spotify」の広告効果を可視化する新しいソリューションとして「SONATA(ソナタ)」を開発、10月22日(水)から提供を開始した。 

電通、スポティファイジャパンと「計測パートナーシップ協定」締結

急成長するデジタルオーディオ広告は、誰に・いつ・どんな気分で聞かれているか、に応じて届けられるパーソナライズ可能なメディアへの進化を遂げている一方で、その効果検証がまだ十分ではなく、マーケティングROI(mROI)の可視化が課題となっている。

こうした状況に対応するため、電通と電通デジタルはスポティファイジャパンと計測パートナーシップ協定を締結し、Spotifyの広告接触ログと電通が保有する各種データを掛け合わせて分析を行う「SONATA」の開発・活用により、モバイル端末での広告接触についてSpotify広告の広告効果およびmROI の可視化を実現した。

また、電通が保有する各種データ(サイト来訪データ、購買データ、TV接触データなど)との掛け合わせ分析により、テレビCMやラジオCM、デジタル動画広告など、他の広告施策との効果比較や統合リーチ計測など、Spotify広告の効果を多角的に検証する。さらに、電通が持つ既存のオーディオ広告統合プランニングシステム「オーディオトータルアロケーション」と組み合わせることで、予算の最適配分から効果検証までを一気通貫で行う。

電通と電通デジタルは今後も、Spotifyのユニークな趣味嗜好(しこう)データや楽曲聴取データを活用した効果検証の高度化、ならびにクライアントデータとの統合を可能にするSpotifyデータクリーンルームの開発・強化を目指すとともに、オーディオ広告に関するデータドリブンなPDCAサイクルを加速させていくことで、デジタルオーディオ広告市場のさらなる成長に貢献していくとしている。

「SONATA(ソナタ)」


【デジタルオーディオ広告の現在地と提言をまとめたレポート】
国内電通グループの横断組織「dentsu Japan デジタルオーディオADラボ」は、デジタルオーディオ広告の現在地と提言をまとめたレポート「急伸するデジタルオーディオ広告市場、その現在地とは? 〜dentsu JapanデジタルオーディオADラボが読み解く、耳から生まれるブランド体験〜」を公表した。

同レポートでは、市場の成長性、生活者の聴取スタイルの変化、他メディアとの組み合わせによる相乗効果など、国内外の調査データや具体的な活用事例も交えながら、デジタルオーディオ広告の「現在地」を多角的に分析している。広告主・マーケターがデジタルオーディオ広告の活用を検討する際のガイドになるレポートである。

■レポートのダウンロードはこちらから
 

■dentsu Japan デジタルオーディオADラボ
電通のマーケティング部門、ラジオを中心としたメディア部門、電通デジタル、セプテーニなど、dentsu Japanにおいてデジタルオーディオ広告の知見・経験を有するメンバーなどで構成される国内電通グループ横断組織。クライアントの事業成長に貢献するデジタルオーディオ広告の知見の集約、プランニング力の向上、事例・実績の蓄積、新たなソリューション開発を担っている。

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企業広告の「目的」が見えてきた。 個人投資家時代のIRとは?

IR×ブランディング #1 鹿川さん 上西さん 正面写真
左から電通 第20ビジネスプロデュース局・鹿川耕治郎氏、第7マーケティング局・上西美甫氏

誰もが株主になる時代に、IRは、そして企業コミュニケーションはどう変わっていくのでしょうか?

新NISAが浸透し、生活者にとってより身近になった投資。いまや日本の個人株主の数は延べ人数で8000万人を超えました。そして今後も、個人投資家の増加は加速していくでしょう。

電通は2025年、「IR-Branding360°」を開発・提供開始しました。電通が持つ「生活者マーケティング」の知見を個人投資家向けIRに活用し、コミュニケーションの戦略策定を支援するソリューションです。

電通、上場企業の個人投資家向けIRを支援するマーケティングサービス 「IR-BRANDING 360°」を開発・提供開始 - News(ニュース) - 電通ウェブサイト
 

本稿では、企業のIRブランディングに伴走する電通のマーケティング・コンサルタントの上西美甫氏と、ビジネスプロデューサー鹿川耕治郎氏にインタビュー。ソリューション開発の背景と、これからのIRの在り方を聞きました。

<目次>

個人株主数は延べ8000万人超。企業と生活者の新しい関係

これからのIRは「成長戦略」を魅力的なストーリーで伝える

電通の生活者マーケティング知見をIRに活用すると? 

個人株主数は延べ8000万人超。企業と生活者の新しい関係

IR×ブランディング #1 鹿川さんソロ

──お二人の自己紹介をお願いします。

上西:私はマーケティング・コンサルタントとして、主に生活者を対象としたマーケティングに取り組んできました。今回のプロジェクトでは、長年培ってきた生活者マーケティングの知見と、電通の持つアセットでもって、個人投資家の分析と、コミュニケーション開発を行っています。

鹿川:私はクライアント企業のパートナーとして、さまざまな課題解決に取り組むビジネスプロデューサーです。私の担当クライアントである日清製粉グループさんから、生活者とのコミュニケーションに投資家視点も入れたいとご相談を受け、上西のチームに声がけをしたことが、「IR-Branding360°」を開発する最初のきっかけになっています。

──マーケターやビジネスプロデューサーという職種のお二人が、IRという領域をサポートするのは意外な気がします。

鹿川:そもそも、電通がIRの支援というのも、ピンと来ない方がいるかもしれませんね。でも、この連載で詳しくお伝えしていきますが、これからの生活者とのコミュニケーションには、「投資」の視点が欠かせないと考えています。

というのも個人投資家、すなわち「生活者」が企業の多くの株を持つようになり、経営に影響を与えるようになっているのです。私もビジネスプロデューサーとしての立場から、クライアントの課題解決のために「IRを変えていきませんか」というご提案をさせていただくようになりました。

上西:そしてIRを生活者とのコミュニケーションと捉えるならば、電通には長年培ってきた豊富な知見があります。さまざまなデータ分析による生活者理解と、それに基づいて生活者に伝わりやすいコミュニケーションを開発するのは電通の得意とするところで、これらをIRの領域に拡張したのが今回の取り組みです。

──それではまず、個人投資家へのコミュニケーションを意識する企業が増えている背景を教えてください。

上西:日本取引所グループが、国内で株式を保有する個人投資家の延べ人数が8000万人を超えたという調査結果を発表しました。個人投資家の数は11年続けて過去最多を更新しており、新NISAの影響もあって投資のすそ野は広がっています。

企業によって異なりますが、私たちのクライアントでは、株主構成として、全体のだいたい10%前後から、多いところでは40%や、半数超を個人投資家が占めるケースもあります。いまや個人投資家は、あらゆる企業にとって見逃せない存在なのです。

また、近年、海外のアクティビスト(物言う株主)や、外国企業からの買収計画など、株主構成によっては企業経営に大きな影響が出るケースもありますよね。その点、個人投資家の中には、企業に愛着を持つ「ファン株主」と呼ばれる人たちもいて、長期で株を保有してくれたり、株価が下がったら買い増してくれたりする傾向があります。

つまり、株価の変動抑制や、買収のリスクを低減するためにも、ファン株主の獲得や個人投資家に向けた施策に力を入れ始めている企業が出てきているということです。

──個人投資家が増えることで、企業のIRにはどのような変化が起こるのでしょうか。

鹿川:伝えるべき情報、メッセージが変わります。これまで企業のIRは、多くが保険会社や投資信託会社、年金基金等の機関投資家に向けたものでした。そして機関投資家が企業を評価するときには、いわゆる「財務情報」を中心に見ていました。企業側の発信もやはり財務情報や経営戦略が大半です。

一方で個人投資家が注目するのは、「この投資が自分の生活とどうつながるか」です。今はまだ、自分の資産をいかに増やすかを重視している方が多いですが、新NISAの広がりによって個人投資家の行動も今後、変わってくると考えています。最初はローリスク・ローリターンの投資信託から始める方も多いですが、いずれ自分で銘柄を指名して買うようになっていくはずです。電通の調査でも、多くの人がインデックス系の投資信託を購入するところから始まり、だんだん個別株に投資するようになる推移が見て取れます。

そして、その時はよく知らない会社の株をいきなり買うのではなく、親族が働いている会社や仕事で関わっている会社など、まずは自分にとって身近な、応援したい会社に目を向けると思います。つまり、企業への「応援投資」の要素が次第に入ってくるのです。そこで重要になるのが「非財務情報」です。その企業を応援する気持ちを持ってもらうには、財務情報だけでは足りません。

上西:これまでIRにおいて、非財務情報は“付帯物”のように扱われてきました。非財務情報とは、企業が創出している価値や、行っている活動のうち、財務の数値としては表れていないものを指します。例えば持っている技術力や人材力、知的財産や、社会からのレピュテーション、環境に対する取り組みなども含まれます。

非財務情報は別の言い方で「未財務情報」といわれることもあり、いわば「財務指標に表れる前」の企業活動などを表す指標でもあります。これらは投資判断とはあまり関係ないと思われがちですが、のちのちインパクトを与えていくものもあるんです。

鹿川:財務情報の“背景”に、非財務情報があるということもあります。財務情報はただの数字ですが、その数字の背景には必ず企業や人間の意思や営みがあり、それをストーリーとして語ることで、生活者に共感が生まれます。これからはそうした情報も、投資判断に影響を与えるようになってくるということですね。

上西:機関投資家の間では、例えばインパクト投資のように、「財務的リターンと同時に、社会へのポジティブな影響を生み出すことを重視して投資しよう」という考えが広まっています。個人投資家にとっても、「企業活動を通じて自分たちが暮らす社会にいい影響を与えている会社かどうか」は投資の判断材料になってくるはず。そのため両者に向けて、非財務情報を分かりやすく魅力的に伝えていくことも、企業の重要課題となっています。

これからのIRは「成長戦略」を魅力的なストーリーで伝える

IR×ブランディング #1 上西さんソロ

──企業コミュニケーションに、具体的には、どのような変化が起こっているのでしょうか。

上西:これまで分断されることが多かった企業広告を担当する宣伝部のようなチームと、メディア対応を担当する広報チーム、そしてIRなど投資家対応を担当するIRチームを、統合的にマネジメントする機運が高まっています。というのも、個人投資家へのコミュニケーションと生活者へのコミュニケーションは、かなり重なる部分があるからです。

私や鹿川は個人投資家のことを「生活者投資家」とも呼んでいますが、個人投資家は、生活の延長で投資をする「一生活者」でもあります。生活者に向けて、企業の価値をどう伝えていくかが重要になっていく。今後特に重要になるのが、企業広告の目的設定です。

鹿川:企業広告とIRというのは、少し結びつきにくいかもしれないので、掘り下げてお話をします。従来、ブランディングを目的とした企業広告は、「私たちはこういうことをやっている会社です」という、いわば自己紹介に近いものが主流でした。特にBtoB企業はそうなのですが、取引先や就活生といったステークホルダーに向けて、「自己紹介」をするのが、企業広告の在り方でした。しかし今後は、個人投資家という新たなステークホルダーに向き合う必要があります。

そこで、企業広告のメッセージは、「自己紹介」から「成長戦略」へと拡張していく必要が出てきます。個人投資家を味方につけるため、「これまでやってきたこと」を自己紹介的に伝えるだけでなく、「これからやろうとしていること」を分かりやすく魅力的なストーリーにして伝えることが求められるようになります。

そして、企業が発信する成長戦略では、「このくらい収益が上がるようになる」ということだけでなく、「この会社が成長すれば、収益とともに、社会が良くなる」ことを伝えなければなりません。電通グループでは「B2B2S」(ビジネス・トゥ・ビジネス・トゥ・ソサイエティ)を掲げていますが、これはクライアントが社会を良くするお手伝いを電通がするという文脈ですね。

──個人投資家というステークホルダーの存在を考えたとき、企業広告の「主な目的」が、認知や好意向上だけではなくなっていくということなのですね。

上西:はい。企業広告のKPIには今後、「認知向上」だけでなく、「投資意向」や「企業への期待度」も含まれてくるはずです。企業に対する「好き」「知っている」という評価だけでなく、「この企業は将来良くなっていく」という、未来視点を入れた指標も必要になる。つまり、企業コミュニケーションの成果指標がアップデートされるのではないでしょうか。

鹿川:企業はこれまで、自社の商品やサービスによって生活者から「選ばれて」きました。そして今後は、もう一つの選定行動が加わります。つまり、投資すること。単なる資産形成ではなく、生活者が「この企業は社会を良くしていくんだ」と考えて、投資をするという構図です。

上西:広告に限らず、企業のブランディング活動全体を通して、成長戦略をストーリーにして伝えることも求められます。これまでは、広報部、宣伝部、IR部署などが、従業員や投資家、一般生活者や取引先など、ステークホルダーごとにバラバラにメッセージを発信していました。企業のコアとなる価値はどこなのか。将来に向けて何をやっていこうとしているのか。これらのメッセージを、今後はより統一して考える必要があるでしょう。  

──お二人が企業ブランディングやIRを支援している日清製粉グループの事例について教えてください。

鹿川:日清製粉グループは、国内の小麦粉の販売シェア(重量ベース)約40%を担う企業です。また食物繊維を豊富に含んだ高食物繊維小麦粉の開発なども行い、国内だけでなく、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど海外でも大きな生産能力を持っています。日本の企業ですが、小麦粉が主食のオーストラリアでも、なんと生産能力ナンバーワンなんですよ。

私が日清製粉グループを担当することになって、これらの情報を知ったとき、個人的にも「世界の食を支える、こんなすごい会社が日本にあるんだ!」と驚き、ワクワクした気持ちになりました。「世界を舞台に食文化や食の未来を豊かにすること」。これこそが、日清製粉グループの「成長戦略」と言えると思います。

例えば、従来の投資家向けコミュニケーションは、「小麦粉で市場の40%のシェアを持つ」といった情報の開示でした。ここに「125年前から、小麦粉の安定供給により日本の食生活を支えてきた企業」というストーリーも併せて伝える。こうしたコミュニケーション設計は、クリエイティブと生活者コミュニケーションに取り組んできた電通ならではだと思います。

──非財務情報を魅力的に伝えることが、投資につながる。だからこそ、IR領域に広報・コミュニケーション視点を入れることで企業価値を上げていこうという提案なのですね。

鹿川:まさに、そういうことです。企業の成長戦略を、未来への期待感を持ったストーリーとして、分かりやすく伝えることができれば、その企業に投資をしたくなるし、企業を応援している自分を好きになれるし、日常生活の中での意識も変わってくるはずです。

「この企業が好きで、共感できるから、商品やサービスを買う」ということに加えて、「投資する」という選択肢が入ってくる。これが、新しい時代の企業コミュニケーションの形ではないでしょうか。

電通の生活者マーケティング知見をIRに活用すると?

IR×ブランディング #1 図版1

──「IR-Branding360°」がどういうサービスなのか、詳しく教えてください。

鹿川:概観としては、全方位型のマルチステークホルダー視点で、企業コミュニケーションとIRを統合的にマネジメントするソリューションです。これを実現するために、電通の生活者マーケティングの知見を活用しています。まず、基点となるのが生活者理解です。

上西:企業はIR活動として、株主総会を開いたり、個人投資家向けにセミナーを行ったりすることもありますが、参加する株主は一部です。そのため、「自社の株を買ってくれたり、興味を持っている個人投資家がどのような人なのか」が見えていない企業が意外と多いという課題がありました。

IR-Branding360°は、電通が持つ生活者のビッグデータと、個人投資家に対して大規模に実施する調査結果をかけ合わせたデータから、

  • 個人投資家の投資傾向別タイプ別
  • 各クラスターごとのペルソナ
  • 各クラスターごとの投資ジャーニー

を分析・可視化できます。

電通のPeople Driven DMPなどのデータ基盤や、生活者のテレビ番組への接触と広告効果を可視化するSTADIAといったソリューションを活用することで、自社の株に関心を持ってくれている人の性別や年齢、趣味、価値観、投資の予算、投資家としてのタイプや、銘柄を知ってから購入に至るまで、どのメディアでどんな情報に接しているかなど、さまざまなことが分かります。

──投資家としてのタイプというのは、どういったものでしょうか。

上西:新NISAをきっかけに個人投資を始めた「新NISAエントリー型」や、商品や企業自体を応援するために株式を購入している「応援志向サポーター型」など、8つのクラスターに分けており、自社株の購入者にはどのタイプが多いかを分析可能です。調査・分析してみると、かなりくっきりとタイプが分かれていることに私も驚きました。各タイプごとのペルソナやジャーニーだけでなく、どの層にどのくらいボリュームがあるのかも分かります。

IR×ブランディング #1 図版2 投資家タイプ

上西:ここにさまざまなデータをかけ合わせることで、どのクラスターの人が自社の株を買ってくれているのか?このクラスターの人は、どういう趣味を持っていて、どの時間帯にどのテレビ番組を見ているのか?銘柄を知ってから購入に至るまで、どういうメディアに接してどういう行動をしているのか?といったことが分かります。

──分析結果はどのように活用されるのでしょうか。

上西:「このクラスターの人たちが、このくらい自社の株を買ってくれている」「銘柄を知ってから投資に至るまで、こんなメディアにこんなふうに接触している」ということが具体的に分かれば、その層に向けた効果的なメディアプランニングなど、個人投資家向けコミュニケーションの戦略を策定できます。

また、自社の株を買ってくれている個人投資家たちが、会社のどの事業に魅力を感じているか、どういうストーリーが“刺さる”かも、投資家タイプ別で分かるので、成長戦略を伝える方法や情報発信も、より効果的に設計できます。本ソリューションでは、分析を基にした情報発信はもちろん、統合報告書の作成に至るまでワンストップで提供しています。

鹿川:日清製粉グループさんのケースで、どんな分析をしてどんなコミュニケーション設計をしたかについては、別の回で詳しくお伝えします。最終的なアウトプットの部分だけ少しお話しすると、私たちは上記のような分析を基に、日清製粉グループさんのブランディングサイトと、IRサイトのリニューアルを担当しました。どちらも、広報部宣伝チームとIR・SR室の垣根を越えたご協力をいただいて実現したものです。

ブランディングサイトでは「自己紹介」よりも「成長戦略」を、個人投資家が共感できるような物語で見せる作り方にしました。「IRは、IRだけでは伝えきれない」というのが私の考えで、ブランディングだからこそ伝えられるストーリーや意思というものがあります。

一方IRサイトでは、図版やインフォグラフィックを活用し、UI/UXの観点を意識的に入れました。従来のIRは、多くの場合は機関投資家向けに作っていて、「リンク集」のような形になっている企業も多いと思います。また、正確な財務情報を発信することに特化していて、ある意味「無表情」なところがあります。そこに、広報・広告的な視点を入れていくことで、企業や経営者の「意思」が投資家に伝わりやすくなるという設計です。

>The Base of Life スペシャルサイト
https://www.nisshin.com/thebaseoflife/

>個人投資家の皆様へ
https://www.nisshin.com/ir/investor/

上西:企業のトップが持つ「意思」を投資家に伝えるのはとても大事なことなんですが、従来のIRのコミュニケーションだと意外と見えづらかった部分なのかなと思います。会社がこの方向に成長していくんだという意思も、投資家にとっては重要な情報になります。

──生活者が企業活動を応援したくなるようなストーリーとして伝える、それも広告や広報のコミュニケーションも統合して行う、という事例になっているんですね。

鹿川:最後に今日の話をまとめます。これからの生活者は、商品やサービスで企業を選ぶだけでなく、「投資対象」としても企業を選ぶようになっていきます。投資が身近になり、生活者と企業の関係が大きく変わる中で、IRの考え方も、企業広告の考え方も変わっていかざるを得ません。従来は「いろんなステークホルダー」に向けてバラバラに行っていた施策が、これからは一つのストーリーを中心に一貫性を持って行うものになっていくと私たちは考えています。

今後、ますます生活者が企業に投資するようになっていく中、私たち電通は生活者マーケティングの知見を強みにしながら、クライアントの企業コミュニケーションをサポートしていけたらと思います。 

IR×ブランディング #1 鹿川さん 上西さん 向かい合うショット

sns

10年で3割増、重すぎる税負担に苦しむ家計も…高騰する地価で固定資産税も増加

●この記事のポイント
・全国的な地価上昇で固定資産税の負担が増加。特に東京23区では10年間で税負担が3割上昇し、家計への影響が深刻化している。
・固定資産税を抑えるには、取得時や相続時の評価確認、省エネ住宅の減税活用、土地分割、課税内容の精査など複数の手段がある。
・2024年度の税制改正で空き家や更地への課税強化が進行。今後は「不動産をどう持ち続けるか」が節税と資産防衛のカギとなる。

 全国的な地価上昇が続くなか、家計にじわりと影響を与えているのが固定資産税だ。土地や建物の評価額をもとに算出されるこの税金は、地価や路線価の上昇に連動して増加する。

 国土交通省が発表した最新の基準地価(2025年)では、全国平均で住宅地が2年連続の上昇。特に東京23区は再開発の進展やインバウンド需要を背景に上昇幅が顕著で、過去10年間で住民・事業者が負担する固定資産税は3割増となった。

 たとえば、都内で3000万円相当のマンションを所有する家庭の場合、10年前と比べて年間数万円単位で負担が増えている。家賃や光熱費と違い、毎年確実に請求されるこの税は「家計の見えない圧力」ともいえる。

 しかも、全国の固定資産税収のうち約2割が東京23区に集中している。土地面積では全国のわずか1%しかない地域にこれほど税収が偏る構造は、地方自治の観点からも課題視され始めている。

●目次

都市に課される“ペナルティ”か、資産価値の証明か

 固定資産税は本来、地方自治体の貴重な財源であり、インフラ整備や教育・福祉に使われる。だが一方で、「住む場所によって負担が極端に偏る」という批判も根強い。
 特に東京23区では、評価額の上昇ペースが所得上昇を大きく上回っており、「住民税より重い固定資産税負担」と嘆く声も少なくない。

 税率そのものは原則1.4%(地方税法で上限1.7%)と一見低いように見える。しかし、評価額が上がればそのまま課税額が増える。さらに、建物の評価は経年で減少する一方、土地の評価は上昇を続けているため、トータルの納税額は減るどころか増えるケースが多い。

 これに対し、「都市集中による地価高騰が原因なのだから、ある程度の負担は仕方ない」との意見もある。だが、実際には所得や資金余力の乏しい高齢世帯が、上昇した評価額に耐えきれず住み替えを迫られる事例も増えており、社会問題化の兆しも見える。

固定資産税を抑える5つの視点

 では、こうした負担を少しでも抑えるためには、どんな手段があるのか。不動産コンサルタントの秋田智樹氏に、主な5つの対策を紹介してもらった。

1.「最初が肝心」──取得・相続時の評価を確認

 固定資産税は、土地・建物の評価額をもとに3年ごとに見直しが行われる。つまり、最初の評価が高すぎると、その後の課税がずっと重くなる。

 購入時や相続時には、自治体が発行する「固定資産税評価証明書」や「課税明細書」を確認し、近隣の類似物件と比べて不自然に高い場合は再評価を申し立てることができる。

 実際、自治体による評価ミスや、登記情報の誤りで本来より高く課税されていたケースも散見される。根拠書類の「地目」「地積」「建物構造区分」などを見落とさないことが重要だ。

2.長期優良住宅・省エネ住宅の減税を活用

 国の制度として、長期優良住宅や省エネ住宅に対する減税措置が設けられている。たとえば新築住宅の場合、一定の省エネ性能を満たすと固定資産税の3〜5年間の減額(最大1/2)が受けられる。さらに、自治体によっては独自の補助や延長措置を設けている場合もある。

 東京都世田谷区や神奈川県横浜市では、ZEH住宅や太陽光発電システム付き住宅への追加減免を実施。エネルギーコスト削減だけでなく税コスト削減の観点からも“エコ住宅”は賢い選択肢になっている。

3.「土地の分割」でトータル納税額を減らすケースも

 固定資産税は、土地1筆ごとに課税されるため、分割の仕方次第で課税額が変わる。

 たとえば、同一敷地内に自宅と賃貸住宅がある場合、分筆登記を行うことで住宅用地特例(200平米までの1/6課税など)を適用しやすくなる場合がある。

 ただし、安易な分割は登記費用や将来の売却時の制約を生むため、税理士や不動産鑑定士に相談のうえで判断すべきだ。

4.「固定資産税が間違っている」可能性を疑う

 自治体から毎年送られる「固定資産税・都市計画税納税通知書」。多くの人はそのまま納付しているが、誤課税の指摘で還付された事例も少なくない。特に多いのが、建物の老朽化や増改築後の評価が反映されていないケースだ。

 地価が下落している地域でも、3年間の評価替えが終わるまで課税額が据え置かれることもあり、「実勢より高い評価」で課税されている可能性がある。不審に感じたら、市区町村の固定資産税課に「縦覧制度」や「閲覧制度」を利用して他物件と比較するのが有効だ。

5.新税制・都市税制改正にも注意

 2024年度の税制改正では、空き家対策や土地利用促進の観点から、固定資産税の扱いにいくつかの変更が加えられた。

 たとえば、住宅が取り壊され更地になった場合、従来は翌年度から税額が最大6倍に跳ね上がる「住宅用地特例の除外」が適用されたが、今後は再利用予定がある場合に限り猶予される仕組みが導入された。

 一方で、空き家の放置に対する課税強化も進んでおり、今後は「使わない不動産」への税負担がより重くなる方向だ。

いま求められる「固定資産税リテラシー」

 不動産価格の上昇は、一見すると所有者にとって喜ばしいニュースに映る。しかし、評価額上昇=税負担増という現実を忘れてはならない。

 特に、相続や転勤などで複数の不動産を保有する家庭では、固定資産税だけで年間100万円以上を支払うケースもある。

 秋田氏は、「地価が上がる時代ほど、固定資産税を“見える化”して管理する必要がある」と指摘する。税額や評価の根拠を理解し、制度を使いこなすことが最良の“節税策”なのだ。

 固定資産税は、購入時の決断だけでなく、その後の維持・運用のあり方をも左右する。「家を買えば終わり」ではなく、「持ち続けるコスト」をどう最適化するかがこれからの時代の鍵となる。

 評価をチェックし、制度を知り、適正な負担を守ること――それが、資産を守る最も現実的な防衛策である。

 以下にチェックリストを用意したので、活用していただきたい。

 ・固定資産税評価証明書を確認したか?
 ・省エネ・長期優良住宅減税を活用しているか?
 ・土地の分筆や用途区分を見直しているか?
 ・納税通知書の内容を精査しているか?
 ・空き家や更地の扱いに新制度が影響していないか?

 固定資産税は「取られる税」というだけではなく、「活用できる制度」でもある。国や自治体は、省エネ化・空き家対策などの政策誘導を、税制を通じて行っており、これを理解して動くことが、結果として家計を守る最善の戦略になる。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

映画レビュー「ローズ家~崖っぷちの夫婦~」

かつては情熱的に愛し合ったカップル。力関係が逆転したのをきっかけに、ひびが入り、やがて修復不能な状態にまで悪化していく。

投稿 映画レビュー「ローズ家~崖っぷちの夫婦~」映画遊民 映画をもっと見たくなる! 映画ライター沢宮亘理の映画レビュー、インタビューetc に最初に表示されました。

ChatGPT Atlas、満を持して登場…ChromeやCometと何が違う?OpenAIの真の狙い

●この記事のポイント
・OpenAIがリリースした「ChatGPT Atlas」は、従来のブラウザと異なりAIがユーザーの代わりに行動する“実行型ブラウザ”。ChromeやEdgeとは設計思想が根本的に違う。
・Atlasの狙いはブラウザ覇権ではなく、AIがウェブを自在に操作する「GPT OS」構想の実現。ユーザー行動データを直接学習に活かす“AIの手足”となる存在だ。
・Chrome時代の「情報の支配」から、Atlas時代の「行動の支配」へ。OpenAIはAIがウェブの中心となる新たなインターフェースの覇権を狙っている。

 10月21日、OpenAIがリリースしたAI搭載ブラウザ「ChatGPT Atlas」が、早くも世界中のテック業界をざわつかせている。

 SNSでは「Gemini搭載のChromeと変わらない」「Cometのほうが革新的」といった辛口評価が目立つ一方、「Agentモードが圧倒的に便利」「ChatGPTとの統合が秀逸」といった肯定的な声も少なくない。

 だが、表面的な“使い勝手”や“デザイン比較”だけでこのプロダクトを語るのは浅い。Atlasの登場は、ブラウザという枠を超えた「AIがウェブの主役になる時代」の幕開けであり、OpenAIが掲げる「GPTのOS化」構想の中核を担う布石である。

 これは単なるChrome対抗ではなく、AIによる新しい情報経済の覇権をかけた戦略的な一手だ。

●目次

なぜ後発となったのか…“遅れ”ではなく“熟成”

 OpenAIによるブラウザ開発は2024年から検討が進められていたとされる。しかし実際のリリースは、すでにグーグルの「Gemini搭載Chrome」、マイクロソフトの「Edge+Copilot」、そしてPerplexityの「Comet」などが先行した後だった。

 一見、出遅れたようにも見えるが、この“遅れ”には明確な理由がある。ひとつめは、エージェント機能の完成度を最優先したことだ。

「既存のAIブラウザの多くは、検索や要約の補助という“アシスタント的役割”にとどまっていました。これに対しAtlasは、AIが実際にユーザーの代わりに行動することを目的に設計されています。たとえば、AtlasのAgentモードは、ニュース記事の要約やSNS投稿の下書き作成だけでなく、LinkedInでの返信、Instacartでの注文、資料作成など、複数サイトを横断してタスクを代行できます。この実行型AIブラウザを実現するには、ウェブ構造やAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)、UI(ユーザーインターフェース)変化への高度な学習が必要であり、結果として他社よりもリリースが遅れたといえます」(ITジャーナリスト・小平貴裕氏)

 もう一つの理由は、ChatGPT本体との“文脈(コンテキスト)統合”だ。

「Atlasは単独アプリではなく、ChatGPTの拡張機能として設計されており、ユーザーの過去の会話履歴、メモリ機能、アプリ連携がブラウザ内でもシームレスに活用されます。つまりAtlasは、AIが人間の思考・行動を継続的に理解し、ウェブ操作に反映するための実行環境──AIエージェントのOS層として熟成を待っていたのです」(同)

Chrome・Edge・Cometとの違い

 Atlasの技術基盤は、Google Chromeと同じ「Chromium」。見た目や操作感は馴染み深いが、その設計思想はまったく異なる。

 既存の主要ブラウザと比較してみよう。

 既存のブラウザが「人間が操作するためのAI補助」を提供しているのに対し、Atlasは「AIが操作するための人間補助」ともいえる構造だ。

 つまり、ウェブを“読む”のではなく、AIが“使う”時代における最初のブラウザである。

OpenAIの真の狙い──“データ主権”と“GPT OS”の確立

 では、OpenAIはなぜいま独自ブラウザを出したのか。その答えは明快だ。それは「検索エンジンからAIエージェント時代のOSへ」という覇権構造の転換を狙っているからである。

1.データ主権の確立
 グーグルのChromeは、検索データを中心に膨大な行動情報を収集し、広告収益を支えている。
 これに対しOpenAIは、ユーザーのウェブ行動を自社のAI学習に直接取り込むために、ブラウザというインターフェースを掌握する必要があった。
 AIがユーザーの行動を理解し最適化するには、その“行動データ”こそが最も重要な資源となる。Atlasは、AI学習にとっての「現実データの入口」としての戦略的位置を担う。

2.AIエージェントの実行環境=新OS
 OpenAIのCEOであるサム・アルトマンは、「AIが人間の代わりに仕事を行う世界」を構想している。その実現には、AIが自由に動ける“標準実行環境”が必要だ。
 Atlasはまさにそれであり、ウェブブラウザをAIのOS層へと転換する試みである。Chromeが人間の視覚的探索の窓であったのに対し、AtlasはAIが現実世界へアクセスする“手足”となる。

3.ChatGPTを中心とした“AIエコシステム”戦略
 OpenAIはChatGPTを単なるチャットサービスではなく、「AIがあらゆるアプリを呼び出す統合プラットフォーム」と位置づけている。Atlasはその“外界アクセスモジュール”にすぎない。言い換えれば、AtlasはChatGPTのためのブラウザであり、人間のためのブラウザではない。
 この視点が、グーグルやマイクロソフトとの最も本質的な違いを生む。

Geminiから見たAtlas──「AI中心設計」vs「AI付加設計」

 グーグルのGemini視点で見れば、Atlasは根本的にアプローチが異なる。Gemini搭載Chromeは、既存の検索・ブラウジング体験にAIを“付け足す”モデルだ。

 一方、AtlasはAIを中心に据え、「ブラウザをその一機能として作り込む」モデルである。

 この違いは単なる設計思想ではなく、「情報アクセスの主導権」をめぐる哲学の差である。

 Googleは依然として「情報を見つける手段」を支配しているが、OpenAIは「タスクを完了させる手段」を握ろうとしている。

 それは“検索の覇権”ではなく、“行動の覇権”の争いである。

ブラウザ市場での展望──AtlasはChromeに勝つ必要がない

 現在、世界のブラウザシェアはChromeが63%、Safariが20%、Edgeが6%。OpenAIがこの牙城を崩すのは容易ではない。だが、同社の狙いはそもそも“シェア”ではない。

 ChatGPTの月間アクティブユーザーは約2億人。もし彼らがAtlasをデフォルトブラウザとして使い始めれば、Chromeに次ぐ「AIネイティブ層」の巨大基盤を確立できる。

【カギとなる3要素】

 ・エージェント機能の進化:AIがウェブ上の複雑な操作を正確にこなせるようになれば、Atlasは代替不可能な“AIの職場”になる。

 ・モバイル展開:macOS版に続き、Windows・iOS・Androidへ展開すれば、AIエージェントが「どこでも動く」環境が整う。

 ・検索体験の再定義:ChatGPT検索の精度・即時性がグーグル級に進化すれば、ユーザーは「検索する」ではなく「AIに任せる」を選ぶようになる。

 ChatGPT Atlasは、単なる新ブラウザではない。それは「AIがWebを使うためのOS」であり、検索・表示・行動を一体化する“AIネイティブ・インターフェース”の原型だ。初期の評価は賛否両論だが、長期的にはブラウザの概念そのものを塗り替える可能性を秘めている。

 グーグルが支配したのは「情報」だが、OpenAIが狙うのは「行動」である。その境界を消し去る最初の一歩が、ChatGPT Atlasというわけだ。ブラウザ戦争の次なる戦場は、画面の上ではなく、AIの内部で始まっている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

【参加者募集】「ゲーミフィケーション カンファレンス QUEST」11月21日開催

ゲーミフィケーション事業を展開するセガ エックスディーは11月21(金)、ゲーミフィケーションの可能性を探るカンファレンス「ゲーミフィケーション カンファレンス QUEST」を開催する。産官学民のトップランナー18人が登壇し、全8セッションを通じて、社会課題解決や顧客体験の革新に向けた実践的なアプローチを共有する。

■QUEST 公式サイト:https://quest.segaxd.co.jp/

「QUEST」

本カンファレンスでは、「発見ステージ」「探求ステージ」の2ステージに加え、「実践エリア」「共創エリア」の2エリアを展開し、産官学民のトップランナーや事業者が登壇して、社会課題の解決や体験設計、企業活動を通じたゲーミフィケーションの可能性を探る議論を行うほか、優れた取り組みを表彰する「Gamification Award 2025」の表彰式も実施する。

【発見ステージの主なプログラム】 ※敬称略
14:10~15:00    ゲーミフィケーションの現在地と未来
藤本 徹(東京大学大学院情報学環 教授) 
岸本 好弘(きっしー)(遊びと学び研究所 ゲーミフィケーションデザイナーLv.99)
谷 英高(ゲーミフィケーション研究所 所長/セガ エックスディー 代表取締役 社長執行役員CEO)
15:10~16:00    「使いたくなる」体験の本質
石田 洋輔(ベネッセコーポレーション 高校生プロダクト開発部 部長)
山田 耕三(Digital Entertainment Asset(DEA)Founder & Co-CEO )
後藤 裕之(面白法人カヤック 面白プロデュース事業部・企画部ディレクター)
伊藤 真人(セガ エックスディー取締役 執行役員COO) 
16:10~17:00    社会課題×ゲーミフィケーションのアプローチ
池田 圭佑(富士通 未来社会&テクノロジー本部 マネージャー)
上田 泰成(前新潟県三条市副市長/新潟県eスポーツ連合顧問) 
荻上 健太郎(東京学芸大学 教育インキュベーション推進機構 准教授)
伊藤 真人(セガ エックスディー取締役 執行役員COO)

■他のステージやエリアの概要など詳細は公式サイトをご覧ください

【開催概要】
日時:
11月21日(金)14:00〜18:30(13:30受付開始 )
会場:Tokyo Innovation Base 1F(東京都千代田区丸の内3-8-3)
参加費:無料(事前申し込み制)
定員:先着500人
主催:ゲーミフィケーション研究所 、セガ エックスディー
パートナー:コミューン、電通、電通デジタル、Braze ※五十音順
サポーター:カルビー

■お申し込みはこちらから

※注意事項
・先着順のため、申し込み後でも参加できない場合があります。
・勧誘・営業目的の参加はご遠慮ください。
・入場にはTokyo Innovation Base施設の会員登録が必要です。
・内容は予告なく変更・中止となる場合があります。

 

【お問い合せ】
https://forms.gle/Ed3dH2qKjifAH7dY7
 

迷走する日本のスタートアップ、お金も支援もあるのになぜ?その本質的課題とは

●この記事のポイント
・スタートアップが市民権を得る一方で、凡庸化や閉鎖的「界隈化」も進行。挑戦者精神の再確認が必要だと伊藤信雄氏は語る。
・スモールIPO難や資金過多の副作用を経て、M&Aやソリッドベンチャーなど多様な成長モデルが台頭。
・AI時代にビジネス構造が変化するなか、「まずは稼ぐ」「良いネットワークを持つ」など原点回帰の重要性を強調する。

 かつて一部の“異端児”の領域だったスタートアップが、いまや行政も大企業も支援する「社会の表舞台の存在」になった。

 だが、その一方で「キラキラ化」「スタートアップ村(の閉鎖性)」といった批判的な視線もある。テンキューブ株式会社代表で、資金調達面などで多くの起業家を支援してきた伊藤信雄氏は、「スタートアップが当たり前になったからこそ、改めて“挑戦者精神”をアップデートする必要がある」と語る。

●目次

「市民権を得た」スタートアップの光と影

「10年前は、スタートアップといえば“端っこの人たちの世界”だった。でもいまは大企業も行政も巻き込み、日が当たる存在になった。これは本当にポジティブなことです」

 伊藤氏はこう語る。

 日本のスタートアップ・エコシステムはこの10年で大きく変貌した。起業家、投資家、行政、支援者が連携し、社会的な認知も飛躍的に高まった。その一方で、「スタートアップと名乗れば誰でもそう見なされる」といった側面も見逃せない。

「本来少数の“挑戦者”だった人たちが、いつの間にか“当たり前の存在”になっている。その分、挑戦の泥臭さや、歯を食いしばって地道な作業を続ける面が見落とされるようにも感じます」

「界隈化」するエコシステムの危うさ

 伊藤氏は、「スタートアップ界隈」という言葉に象徴される“閉じた空気”にも警鐘を鳴らす。

「エコシステムは本来、起業家を支えるための“応援団”の集まりのはずなんです。投資家も支援者も行政も、同じ方向を向いていた。でも顔ぶれが固定化して、外から見えにくくなっていないか。仲間内で盛り上がっているだけでは、仲間の“外”にいるスタートアップを社会につなぐ役割を失ってしまう危険があります」

 かつては“アウトサイダー”として始まったスタートアップが、いつの間にか“内輪の世界”になっていないか。

「外の人が入ってこられない」「自分たちだけで回っている」と見られるようになれば、エコシステムは社会的信頼を失いかねない――。その危機感が、伊藤氏の根底にある。

「一人でもやり抜く」人間の底力

 伊藤氏の言葉の背景には、支援してきた数多くの起業家の姿がある。

「スタッフが全員辞めて社長一人になっても、数年後に数十億円の売上を出すような人を複数、見てきました。あの“人間の底力”こそスタートアップの本質です。他人の評価やSNSの空気ではなく、“やり抜く力”にこそ価値がある。それを揶揄したり“ブラック”の一言で片付ける風潮があるなら、それこそが危ういと思います」

 スタートアップとは、表面的な華やかさではなく「逆境の中で挑戦を続ける意思」に宿るものだ。その原点を、スタートアップが定着した今の時代だからこそ、思い出すべきだと伊藤氏は強調する。

スモールIPO難の時代に変わる「出口戦略」

 近年、東京証券取引所がスモールIPOに対する基準を厳格化したことで、「上場ゴール」と呼ばれる動きが難しくなっている。

「以前は『とりあえずIPOを目指す』しかなかった。でも今は“上場したあと、どう成長するか”まで問われている。結果、起業家も投資家も、より真剣に事業の持続性を考えるようになりました」

 IPO一択から、M&Aやセカンダリーマーケットの活用へ――。「売却=敗北・撤退」ではなく、「次の挑戦への合理的な選択肢」として評価されつつある。伊藤氏はこれを「健全な多様化」と捉えている。

 一方で、コロナ以降の金融緩和やスタートアップ支援政策により、資金調達環境は好転した。

 しかし、それが「副作用」も生んでいないかと伊藤氏は指摘する。

「シード段階から投資家も資金量も層が厚くなり、詰めの甘いまま多額のエクイティをまず狙いにいってしまうようなケースも散見される。本来は希薄化やデットとの併用を意識すべきなのに、ダウンラウンド(株価の低下)で苦しむ企業も少なくない。“調達して、赤字を掘っての成長ありき”ではなく、“しっかり事業を作りながら資本政策をどう組んでいくか”が問われるフェーズに来ています」

「ソリッドベンチャー」の台頭とポジティブな変化

 そんななかで注目されるのが、“非・急成長型”のスタートアップ――いわゆる「ソリッドベンチャー」だ。堅実なキャッシュフローを重視し、自己資金や融資を活用して成長する企業群である。

「これは非常にポジティブな流れです。昔からある中小企業とやっていることは、外見上は変わらないけれど、“自分たちは社会を変える”という意思を持って挑むのがスタートアップ。ユニコーンだけが正義じゃない。成長カーブは多少ゆるくとも、強い企業をつくる行き方が、見直されてきていると思います」

スタートアップと中小企業の境界を越えて

 では、「スタートアップ」と「中小企業」の違いとは何か。伊藤氏は、「切り離す必要はない」と断言する。

「飯を食えて、社員が雇えて、税金を納めてるなら立派な経営ですよ。どちらが偉いとかじゃない。ただ、スタートアップには“社会の認識と人の行動様式を根本から変えていく力”がある。そこを本気で目指し行動しているか。そこが最大の価値」

 儲けることは共通の使命。だが“世の中を変えること”にコミットするか否か――。その一点に、スタートアップの本質があるという。

 今後のエコシステムに求められるのは、閉鎖的な“界隈”を超えて、社会全体のインフラとなることだ。

「東京の真ん中でキラキラしたイベントをやっても、独特のノリに外の人が入れなければ意味がない。誰でも参加できて、“自分も挑戦してみたい”と思えるコミュニティに変わること。それが、次の10年の成長に必要だと思います」

ユニコーンだけが成功ではない

 伊藤氏は、ユニコーン志向以外にも多様な成功パターンがあると強調する。

「国内でドミナントな地位を築く。海外市場に直行する。あるいは、キャッシュフローを重視して堅実に育つ――。これからは、そのどれもが“正しいスタートアップの姿”になるはずです」

 米国ではすでにExitの8割がM&Aによるもの。日本でも同様の構造変化が進みつつあり、それが主流になるだろうと見ている。

「IPOありきの思考を変えないと、また“オルツ事件”のような歪みを生むだけです」と、伊藤氏は冷静に語る。

生成AIがスタートアップの定義を変える

 そして、生成AIの急速な進化は「スタートアップの形そのもの」を変えると伊藤氏はみる。

「生成AIを使うことがデフォルトになる、いや既にそれが前提。圧倒的なスピードとレベルの機能進化により小規模なSaaSなどは無力化されかねない。従来型の大量の資金と人を投入しながらARRを伸ばすやり方だけでは通じなくなりつつある。AI前提のビジネス構築力が問われます」

 最後に、これから起業する人へのアドバイスを尋ねた。

「とにかく“1円でもいいから、まず売上を立てる”こと。イベント登壇や受賞も素晴らしいことだけれど、まずは自分の足で顧客に会い、物を売る。解は顧客との向き合いからしか生まれないから。その経験がすべての基礎になる。そして、良いネットワークに早くつながること。自分の顧客や、その顧客を直接知る人にアクセスできる環境を持つだけで、事業の成長は10倍早くなります」

 最後に、エコシステム全体への提言として、伊藤氏はこう結んだ。

「行政は“お金を出すだけ”ではなく、AI時代に即した柔軟な政策を。投資家やわれわれ支援者はIPO一辺倒ではなく、M&Aやグローバル展開など多様な成長やExitを一層支え、そのために自らも高い次元で汗をかくこと。そして起業家は、“本丸の成長”を常に問い直すことに尽きます。

 スタートアップは特別な存在ではない。しかし“社会を変える挑戦”であることを忘れてはいけない。市民権を得た今こそ、10年前には手探りだった挑戦のレベルを何段もアップデートできるか、試されていると思います」

 伊藤信雄氏のこの言葉は、次の時代を担う起業家たちにとっての道標だ。キラキラではなく、地に足のついた挑戦――それこそが、日本のスタートアップが次の10年に向けて再び進化するための原動力になる。

(文=UNICORN JOURNAL編集部)

「モームリ」弁護士法違反疑惑で家宅捜索、社長は過去に疑惑否定…50億円市場に波紋

●この記事のポイント
・警視庁が退職代行「モームリ」運営会社アルバトロスを家宅捜索。非弁行為や弁護士紹介料授受の疑いを捜査している。
・同社の谷本社長は以前のBUSINESS JOURNALの取材で「交渉や報酬提携は一切行っていない」と説明し、合法性を主張していた。
・急拡大する退職代行市場で、法的な線引きと業界の透明性確保が今後の焦点となっている。

警視庁が家宅捜索、捜査の焦点は「非弁行為」と「弁護士紹介料」

 退職代行サービス「モームリ」を運営する株式会社アルバトロス(東京都新宿区)に対し、警視庁が弁護士法違反(非弁行為)や弁護士法第27条に抵触する「非弁提携」の疑いで家宅捜索を実施したと報じられている。

 複数の報道によると、同社が退職希望者を弁護士に紹介し、その見返りとして報酬を受け取っていた疑いもあるという。警視庁は、退職代行業務の実態とともに、こうした斡旋・報酬の流れが法に抵触していないかを慎重に調べている模様だ。

 同社が展開する「モームリ」は、退職の意思を企業に直接伝えづらい人に代わって通知を代行するサービス。SNSを中心に広まり、2022年3月の事業開始からわずか2年あまりで退職実施件数が1万5000件を突破するなど、退職代行市場を代表する存在となっていた。

 今回の捜査で焦点となっている「非弁行為」については、BUSINESS JOURNALが今年3月6日にすでに取材記事を掲載している(『弁護士「モームリは非弁行為で違法では」→社長が反論し話題…退職代行への誤解』)。

 当時、SNS上で一部の弁護士が「モームリのサービス内容は弁護士法に抵触するのではないか」と指摘したのに対し、同社代表の谷本慎二氏が「当社は交渉は行っていない」と反論。そのやり取りが話題を呼んだ。

 谷本氏はBUSINESS JOURNAL編集部の取材に対し、次のように説明している。

「弊社はあくまで退職の意思を企業に伝えるだけで、条件交渉は一切行っていません。もし交渉が必要になりそうな案件があれば、弁護士を紹介しています。その際も当社が紹介料を受け取ることはなく、純粋な紹介です」

 つまり、今回の疑惑である非弁行為および非弁提携のいずれも否定しているのだ。

 また同社は、労働組合法に適合した「労働環境改善組合」と提携し、組合員が団体交渉権を持って退職を伝える仕組みを採用していると説明している。谷本氏は「弁護士監修のもとで運営しており、非弁行為には当たらない」と繰り返し強調していた。

「非弁行為」と「非弁提携」――2つの法的リスク

 弁護士法第72条では、弁護士資格のない者が他人のために法律事務を行うこと(非弁行為)を禁じている。また、同法第27条では、弁護士と非弁業者が提携して利益を分け合うこと(非弁提携)を禁止している。

 今回の家宅捜索では、これら2つの観点が同時に捜査対象になっているとみられる。

 特に、退職代行の過程で「弁護士への紹介が有償で行われていたかどうか」は、捜査の大きな焦点のひとつとみられる。斡旋報酬を受け取っていた場合、弁護士法違反に該当する可能性があるためだ。

 一方で、業界関係者の間では「退職代行から弁護士への紹介自体は、利用者保護の観点から一定の合理性がある」という見方もあり、合法・違法の線引きが改めて問われている。

退職代行市場の急拡大とルール整備の遅れ

 退職代行市場は、働き方の多様化とSNSの普及を背景に急拡大してきた。民間調査によると、2025年時点で市場規模は50億円前後に達すると見込まれており、弁護士法人、労働組合、一般事業会社など多様な形態が乱立している。

 しかしその一方で、利用者と企業の間でトラブルになるケースも報告されており、法的リスクの所在が曖昧なまま成長してきた側面もある。今回のモームリへの捜査は、こうした市場全体に対し「適法運営の線引きをどこに置くか」を問い直す契機となりそうだ。

 現時点では、アルバトロス社や谷本社長が法的な処分を受けたわけではなく、警視庁の捜査も「疑い」の段階にとどまっている。

 今後、同社の業務内容や弁護士との関係性、報酬の授受の有無がどのように立証されるかが焦点になる見通しだ。

 退職代行サービスは、働く人の心理的・時間的負担を軽減する一方で、法規制の空白地帯にも足を踏み入れている。今回の捜査が、利用者保護と業界の健全化をどのように両立させる方向に進むのか、注目が集まっている。

 以下、3月6日付当サイト記事『弁護士「モームリは非弁行為で違法では」→社長が反論し話題…退職代行への誤解』を再掲する。

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 利用者が急増している退職代行サービス「モームリ」について、ある弁護士が非弁行為に該当するため弁護士法違反に該当するのではないかとX(旧Twitter)上にポスト。これに対しモームリ運営会社アルバトロスの谷本慎二社長がX上で「説明しましょうか?」と反応し反論。SNSという公開の場で、弁護士から次々に出される質問に回答して“ラリー”が展開されている件が話題を呼んでいる。弁護士等でない者が法律的な問題について、本人を代理して相手方と交渉することは非弁行為に該当するが、谷本社長は「そもそも弊社は企業側と交渉はしないので、非弁行為には該当しない」と説明する。谷本社長に詳細を聞いた。

 労働者本人がなんらかの理由で所属会社に直接、退職の意思を告知することを避けたい場合に、それを代行してくれる退職代行サービス。そんなサービスを社会的にポピュラーな存在にまで押し上げたといえるのがモームリだ。昨年8月の時点で、2022年3月の事業開始からわずか2年4カ月で相談件数2万8000件、退職代行実施件数1万5000件を突破。利用によって蓄積された膨大なデータの公開に積極的なのもユニークな点で、昨年8月には利用者1万5934人分について、退職代行利用の経緯・退職理由、性別・年代別利用者数、職種別利用者数、勤続年数別利用者数、退職金制度の有無、複数回退職代行を利用された企業などを公開。今年2月には、最も多く利用された企業40社を発表(1位:人材派遣会社、2位:コンビニチェーン、3位:人材派遣会社)して話題を呼んだ。

「非弁行為に該当するか否かという話ではないんです」
 そんな同社のサービス内容について、ある弁護士が非弁行為に該当しているのではないかと指摘し、議論を呼んでいる。

 モームリの利用イメージはこうだ。退職の意思を持つ利用者は退職代行業者と打ち合わせを行い、業者が利用者の所属会社に退職の意思を連絡。退職届の提出や会社からの貸与品の返却、オフィスに残っている私物の返却など必要な手続きは郵送で行い、退職が確定する。利用者本人が会社と直接やりとりすることなく退職に至る。サービス内容については弁護士の監修を受けており、労働組合法適合の資格証明を受けた「労働環境改善組合」と提携しており、労働組合の組合員が団体交渉権を持って企業と交渉を行うため、企業側は原則これを拒否することはできないという。料金は正社員・契約社員・派遣社員・個人事業主は2万2000円(税込)、パート・アルバイトは1万2000円。退職できなかった場合は全額返金される。

 今回、前述の弁護士は、モームリが実質的に退職交渉まで行っているのではないかと懸念され、労働者と会社間の紛争が避けられない局面となった以降に話し合い・交渉を継続すると弁護士法72条違反になる可能性が高いとして、サービス内容が法律に抵触しているのではないかと指摘している。X上では弁護士から繰り返し出される質問に対して、一つひとつ谷本社長が回答するというかたちで、やりとりが続いていたが、谷本社長はBusiness Journalの取材に対し、次のように説明する。

「先方の弁護士の方が、当社のサービス内容をあまり把握されておられないのかなということはありまして、弊社のサービスでは、会社側との交渉に該当する事例の場合は対応していません。当社にご依頼が来た時点で『退職の確定』に重きを置き、当社はあくまで会社に利用者の退職の意思をお伝えするというかたちにとどまっております。それによって、正社員であれば法律に則って2週間後に退職が確定するという流れです。契約社員などの有期雇用の場合は、やむを得ない理由をお伝えして、退職が確定するというかたちになります。

 たとえば会社側から『今から退職日まで2週間、ずっと出勤しないのか』と聞かれれば、『本人は“どうしても出勤できない”と言っています』『御社としても2週間出勤してもらうメリットはないかと思います』と伝えて、それで終わりです。ほとんどが即日、もしくは最終出勤日に退職が決まるという流れで、当社が行うのは、それだけです。基本的には退職をするという事実を伝えて、確定するという流れなので、非弁行為に該当するか否かという話ではないんです。

 例えば賃貸住宅のオーナーが不動産管理会社に依頼して、家賃を滞納している入居者に督促の連絡をさせるケースで考えてみると、不動産管理会社が単に『家賃を支払い忘れてますよ』と入居者に伝えるだけなら、非弁行為にはならないと思いますし、『不動産管理会社は非弁行為をやっているから、なくそう』という声はあがっていません。

 よく勘違いされるのですが、未払い給与や残業代の請求などの退職以外の内容のご依頼が来た場合は、弁護士や労働基準監督署にご相談してはいかがでしょうかとお伝えしています。また、最近では、退職を伝えた企業と交渉にまで発展することは、ほとんどありません。企業側も『あ、そうですか』という感じで終わることが多いです。利用者の方から相談をいただいた段階で、交渉が必要になりそうな案件であれば、弁護士を紹介するようにしています」

(文=Business Journal編集部)