ナフサショックで住宅が完成しない…中東危機が引き起こす新築遅延と建材値上げの全貌

●この記事のポイント
2026年春、ホルムズ海峡の緊張を発端とするナフサ不足が日本の住宅業界を直撃。TOTOやLIXILが4月にユニットバスの受注を一時停止し、三菱地所・三井不動産も引き渡し遅延の可能性を契約者に通知。断熱材40%・塗料最大80%の値上げが連鎖するなか、施主・工務店双方に求められる実践的対策を解説する。

 不動産業界にとって異例の事態が静かに広がっている。三菱地所レジデンスは4月中旬以降、新築マンションの契約者や購入申込者に対し、引き渡し時期の遅延や資材・設備機器のメーカー変更が生じる可能性を文書で通知し始めた。三井不動産レジデンシャルも4月末に、建築中の一部マンション契約者へ同様の通知を実施。東急不動産も追随している。

 なかでも注目されたのが、三井不動産レジデンシャルが契約者に送付した通知の対象に、東京・中央区の総戸数約2,000戸の大型タワーマンション「ザ 豊海タワー マリン&スカイ」が含まれていた点だ。「引き渡し遅延の可能性」を大手が正式に通知するのは異例のことであり、業界関係者の間では中東情勢が住宅市場に与える影響の深刻さが改めて認識されている。

●目次

「設備有事」の震源——4月13日のTOTO受注停止

 事態が可視化されたのは4月13日。TOTOが住宅向けシステムバス・ユニットバスの新規受注を一時停止すると卸業者に通知したことだった。再開時期は未定。LIXILも状況次第では生産・出荷・受注の調整や制限を行う可能性を公表し、クリナップは4月15日からシステムバスの新規受注を停止した。パナソニックも納期未定の状態に陥った。

 国内主要4社が軒並み同時期に受注制限・停止に追い込まれるという事態は、これまでのサプライチェーン問題とは質が異なる。4月20日にTOTO、4月21日にLIXIL、4月22日にクリナップが段階的に受注を再開したものの、5月現在もパナソニックは順次対応中であり、業界全体の「完全正常化」は6月後半が見込まれている。

「通常、こうした受注制限は1社が先行し、他社が様子を見ながら対応するものです。今回は4社が数日以内に横並びで動いた。これは各社が独自判断ではなく、原料調達そのものに物理的な壁が生じていたことを示しています。単なる需給逼迫ではなく、原材料のサプライチェーンがほぼ同時に機能しなくなったという意味で、2021年のウッドショックとも異なる性質の危機です」(不動産アナリスト・伊藤健吾氏)

構造的背景——「原油高」ではなく「ナフサ供給網の崩壊」

 この問題を「原油価格の上昇」と捉えると本質を見誤る。今回の危機の核心は、石油精製過程で得られる中間原料「ナフサ(粗製ガソリン)」の供給網の目詰まりにある。

 ナフサはプラスチック・断熱材・接着剤・塗料・シーリング材・防水材といった、現代住宅を構成する石油化学製品の出発点となる基礎原料だ。危機前と比較してナフサ価格は44%以上高騰したとされており、国産ナフサ価格指標は1キロリットルあたり12万5,103円に達した。

 その背景には二重の構造的要因がある。

 第一に、ホルムズ海峡の緊張による中東産原油の調達不安定化。 日本がLNG・原油を中東に依存する割合は約9割ともいわれ、同海峡の通航制限懸念は即座にナフサ生産量の見通し悪化に直結した。経産省は「ナフサそのものが足りないわけではなく、不安心理で流通が目詰まりした状態」と説明しているが、現場では事実上の供給制約として機能している。

 第二に、紅海迂回ルートによる物流コストの二重化。 フーシ派による紅海・スエズルートへの攻撃を避けてアフリカ・喜望峰を迂回するルートへの切り替えが常態化し、欧州やインドからの輸送日数は1〜2カ月単位で増加している。輸送コスト増は資材価格にそのまま転嫁されるため、価格面と納期面の双方でダブルパンチとなった。

「一部材の欠落が全工程をストップさせる」連鎖停止の恐怖

 住設メーカーの受注制限は、住宅建設現場に連鎖反応を引き起こしている。

 5月1日出荷分を境に、建設・建材分野で30社を超える一斉値上げが実施された。値上げ幅は品目によって大きく異なり、住設建材20%以上、断熱材40%、ルーフィング(防水下地材)40〜50%、シンナー50〜80%、塗料20〜70%という水準は、施主にとって数十万〜百万円単位のコスト増要因となる。

 工務店や設備業者が直面しているのは、単なるコスト増だけではない。

「屋根ルーフィングが届かなければ上棟後に施工を進めることができない。断熱材が入らなければ内装工事に着手できない。一部材の欠落が全工程をストップさせる」——現場の実務者からはこうした声が相次いでいる。引き渡し直前の段階で「一部の設備が納品されない」「外壁塗料が届かない」という事態が発生し、最終引き渡しが数カ月単位でずれ込む案件が出始めているのが現状だ。

 中堅工務店の経営者はこう語る。
「うちの規模では、引き渡しが3カ月ズレると資金繰りに直接響いてきます。建設業の入金構造は、工事の完成・引き渡し時点で大きな金額が入る仕組みです。工事は進んでいるのに入金が来ない状態が続けば、売上の帳簿上の数字とは無関係に手元の現金が枯渇する。いわゆる黒字倒産のリスクです。大手と違って中小には体力がないので、かなり苦しい」

契約トラブルと国交省の特例措置

 引き渡し遅延は、法的・商業的な問題も引き起こしている。

 新築マンションの売買契約書の多くには「天災地変、経済情勢の急変、行政指導その他やむを得ない事情による遅延は補償対象外」との条項が設けられている。

「複数の物件担当者が『引き渡しが遅延しても原則補償はしない方針』としながら、『他社動向を鑑みながら検討を進めている』と述べており、デベロッパー各社の対応は足並みが揃っていない状況です」(伊藤氏)

 こうした状況を受け、国土交通省は住宅設備が未設置のまま建物が完成した場合でも、完了検査や住宅ローン実行を可能とする特例的な運用を開始した。行政側も「正常な状態」の前提が崩れた現場に対し、柔軟な対応を余儀なくされている。

 また、資材高騰分の費用負担を巡る「スライド条項(価格変更条項)」の適用については、請負契約書への盛り込みが普及しきっていない中小工務店では特にトラブルの温床となりやすく、施主と施工側の双方にとって契約内容の再確認が不可欠な局面となっている。

「価格上昇」から「選べない時代」へ

 2021年の木材不足(ウッドショック)では、「待てば値段が下がる」という予測がある程度機能した。しかし今回の局面では、それは通用しないとみられている。

 ホルムズ海峡の緊張緩和が明確になるまでは、石油化学原料の供給回復を楽観視することは難しい。住設大手の受注はいったん再開されたものの、塗料・断熱材・防水材など建材の値上げは5月以降も継続中であり、先行きの不透明感は続く。

「今後の住宅市場では、『どのメーカーのどのグレードにするか』という選択の前に、『そもそも指定のメーカーの商品が入手できるかどうか』という前段の問いが生まれます。施主にとって『こだわりを持って選ぶ』フェーズから、『いま確保できるものを素早く確定させる』フェーズへの転換が求められる。これは消費者心理にも大きな変化をもたらすでしょう。完成済みの物件を求める志向が高まるのは、ある意味で合理的な反応です」(同)

国際情勢と直結した「構造的な問題」

 こうした状況のなかで、家づくりを進める方(施主)が今できる備えは何か。

 まず工期バッファの再設定が急務だ。住宅ローンのつなぎ融資を利用している場合、当初の引き渡し想定から3〜6カ月程度のズレを前提に融資期間の設定を金融機関と協議しておくことが現実的だ。現在の住まいを退去する時期についても、同様に余裕を持たせる必要がある。

 次に仕様の早期確定と代替品の事前合意。住設メーカー・グレード・品番を早期に確定させ、万一欠品が生じた場合の代替品についても施工会社と事前に書面で合意しておくことが、後のトラブル回避につながる。見積書の有効期限が現在2週間程度に短縮されているケースも多く、価格決定のタイミングも以前より慎重に判断する必要がある。

 今回の混乱は、特定の企業の判断ミスや一時的な需給バランスの崩れではない。中東の地政学リスクが、日本の住宅建設に不可欠な石油化学原料の供給網を直撃するという「川上から川下への連鎖」が現実に起きている。

 2021年のウッドショックは供給回復とともに数年で落ち着いた。しかし今回の「ナフサショック」は、国際情勢そのものが解決しない限り根本的な改善は見込みにくく、構造的な問題として長期化する可能性がある。

 施主と施工側が現在のリスクを正確に共有し、代替案を早期に協議する——その地道な対話こそが、2026年現在の住まいづくりにおける最も現実的な防衛策である。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=伊藤健吾/不動産アナリスト)

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