アメリカ発の教育系アプリ「Duolingo」はいかにして日本市場に参入・成功できたのか?

左から電通 荒川太一氏、Duolingo水谷翔氏、電通 奥野圭亮氏
左から電通 荒川太一氏、Duolingo水谷翔氏、電通 奥野圭亮氏

現在教育系アプリのカテゴリーでは日本で最もダウンロードされている、アメリカ生まれのアプリ「Duolingo」(デュオリンゴ)。


 


「デュオリンゴロゴロ」の歌にあわせて緑のフクロウのマスコットDuo(デュオ)がゴロゴロと転がるCMを、目にしたことのある人も多いのではないでしょうか。

そんなDuolingoですが、2020年に日本に本格参入した当初は、認知度は5%以下でした。それが2025年現在は認知度20%を超え、デイリーアクティブユーザー数も10倍以上となっています。その背景には、電通による綿密なメディアプランニングと、日本人に刺さるクリエイティブの力が大きく寄与しました。

今回は、Duolingo日本市場責任者の水谷翔氏と、本件のクリエイティブを担当した電通の奥野圭亮氏にインタビュー。電通のビジネスプロデューサー荒川太一氏が聞き手となり、「デュオリンゴロゴロ」のテレビCM放送までの裏側を中心に、Duolingoのこれまでの歩みや電通がどのように伴走してきたかを振り返ります。

<目次>

認知度3.8%からの挑戦。テレビCMにこだわった理由は?

お風呂で楽しむユーザーからヒントを得た「デュオリンゴロゴロ」

徹底したリサーチで本国を説得!テレビCMの効果を数字でアピール

テレビCMの成功で、教育カテゴリー売り上げ1位アプリに

日本市場進出の鍵は、メディアプランとクリエイティブの徹底した準備
 

認知度3.8%からの挑戦。テレビCMにこだわった理由は?

Duolingo水谷翔氏
Duolingo水谷翔氏

荒川:水谷さんは2020年8月にDuolingo に入社されています。日本に本格参入するタイミングだったと思いますが、当時はどのような課題を抱えていたのでしょうか。

水谷:2021年3月時点でDuolingoの日本国内での認知度は3.8%で、そもそも知られていないことが課題でした。一方で、

  • アプリの存在を知ってさえいれば高い確率で利用してくれる
  • そして利用者は継続使用してくれる割合が高い

といったことも分かっていました。だからこそやるべきことは明確で、まずは認知度アップに向けて取り組む必要がありました。その中でも私は入社当初からテレビCMをやりたいと考えていたんです。

荒川:なぜテレビCMだったのでしょうか? 

水谷:一つは前職で関わっていたアプリでもテレビCMを活用した経験があり、そこで「アプリの認知度向上にはテレビだ」と、効果を体感したからです。もう一つの理由は、Duolingoという商材自体もテレビCMと相性が良いと考えていたからです。

というのも、Duolingoは若年層だけでなく、老若男女すべてに受け入れられています。特に、テレビ視聴者が多い年齢層が高めの方々は、使ってさえもらえばアプリの定着率が高いことも分かっていました。そのため、当初からテレビCMと親和性が高いと感じていたんです。

荒川:グローバル展開しているアプリの場合、各国でクリエイティブを統一していたりすることが多いと思います。日本オリジナルのクリエイティブにした理由はなんでしょうか?

水谷:DuolingoはアメリカでもテレビCMを放送していますが、アプリの認知向上が目的というよりもブランディング寄りの内容となっています。それに、いかにも海外らしい3Dアニメーションで制作されているので、本国のクリエイティブを日本でそのまま活用するのではなく、オリジナルで作る必要があると考えていました。

荒川:奥野さんは、初期からDuolingoのCMでクリエイティブディレクターを務めていますよね。関わることになったきっかけはなんだったのでしょうか?

奥野:私は水谷さんの前職時代から付き合いがあったんです。そして今でも印象に残っているのが、水谷さんになぜDuolingoに入社されるのかを聞いたときのことです。

「Duolingoは、教育格差を解消し、貧富の差が教育環境に影響しない世界の実現というミッションを掲げている。僕も世界を良くすることに人生をかけたい」

とおっしゃっていて。これは何か手伝わなきゃいけない!と思ったんです。

その後、二人で相談しながら、アプリの認知度を高めるにはまずDuolingoというネーミングを訴求したほうがいいという話になり、ウェブ用の動画を制作しました。「デュオリンゴロゴロ」のフレーズを用いてオリジナルソングを作り、結果的にこれがテレビCMの種になりました。

お風呂で楽しむユーザーからヒントを得た「デュオリンゴロゴロ」

電通 奥野圭亮氏
電通 奥野圭亮氏

荒川:「デュオリンゴロゴロ」というあの印象的なフレーズは、どこから生まれたのでしょうか?

水谷:私がDuolingoの利用者にインタビューを重ねる中で、気づいたことがヒントになっています。利用者インタビューでは、Duolingoの価値について、「朝起きたときとか寝る前にできるから便利」という声を多く聞きました。

その中で、ある男性が「2年間、お風呂場でDuolingoを毎日使っている」とおっしゃったんです。そのときは特に引っかからなかったのですが、後からよく考えてみると、不思議だなと。リラックスタイムにわざわざ勉強するのはなぜだろう?と疑問がわきました。

そこでもう一度その男性に電話をして、なぜお風呂で利用しているかを聞きました。ご自身でも理由は分かっていないようだったのですが、「以前はお風呂でInstagramを見ていた」と聞いて、Duolingoはマンガを読んだりSNSを見たりするのと同じ感覚で使われているんだ!と気づいたんです。

つまり、ボーっとしているリラックスタイムでも語学を学べるところに、Duolingoのベネフィットがある。それは「ゴロゴロしながら学べるアプリ」とも言い換えられると思いました。

それを奥野さんに話したところ、「デュオリンゴロゴロ」が出来上がりました。ああこんな手があったかと、最初に動画を見たときは一人で笑ってしまいましたね(笑)。

奥野:「デュオリンゴ」と「ゴロゴロ」の「ゴ」がリンクしたのでこれは作りやすいぞと。でも僕としてはそれ以上に、言いたいことを絞って作らせてもらえたことが良かったと考えています。

Duolingoは、無料で、40言語以上が学べて、ゲーム要素があって……とさまざまな特徴があり、伝えたいことはたくさんあったと思うんです。それを我慢して、ネーミングと、アプリの最も大きな価値を伝えることだけに注力したことが、最初に作成するクリエイティブとしては良かったポイントですね。

徹底したリサーチで本国を説得!テレビCMの効果を数字でアピール

電通 荒川太一氏
電通 荒川太一氏

荒川:まず「デュオリンゴロゴロ」のウェブ動画が作られ、その後、全国でテレビCMが放映されたのは2022年5月でした。実現までいろいろな苦労があったと思いますが、そもそも日本の地上波でテレビCMを放送したいと、アメリカ本国を説得するのは大変だったのではないでしょうか。

水谷:そうなんです。大前提として、日本と韓国以外の市場ではテレビCMがあまりうまくいっていないので、グローバルからすると「なぜテレビCM?」という疑問が最初にあります。テレビCMはコストが高すぎる上に、それが結果につながらないケースも多い。ましてやアプリという商材だと、効果をトラッキングできるデジタル広告と比べてコストに見合わないと、消極的になるグローバル企業が多いと思います。

日本や韓国でテレビCMが有効な理由は、テレビ離れと言われながらも、他国と比べるとまだまだテレビ自体が見られているから。そして日本はチャンネル数が少ないことも理由の一つです。アメリカなどではケーブルテレビが主流なんですが、そもそもの数が100チャンネル以上になるので、視聴者も分散されてしまうんですよね。

荒川:テレビのチャンネル数が少ない日本のメディア事情は、グローバルで見ると特殊なんですね。そこをどう説得していったのでしょうか。

水谷:テレビCMの全国放送の前に、地方でテストマーケティングを行えたことが説得材料としては大きかったです。実は最初のテストマーケティングでは予定していたクリエイティブの完成が間に合わず、別のグローバル素材を使用しました。とはいえそこで諦めることができず、追加でテストを行い、そのスコアが最初のテストの数値を大きく上回れたら再度挑戦させてほしいと、本国に粘り強く交渉しました。

「デュオリンゴロゴロ」を含む何パターンかのテスト動画で検証を行い、結果的に最もスコアが良かった「デュオリンゴロゴロ」でテレビCMを作ることに。最終的には、CPI(※)も最初のテストマーケティングのときの三分の一ぐらいになりました。

※CPI=Cost Per Install。アプリの1インストールあたりにかかる費用
 

荒川:テレビCMを実施する前、最後は電通も交えてDuolingoのメディアディレクターにプレゼンをしましたよね。

水谷:すでにテストマーケティングのスコアを上回る結果が出ていたので、本国の経営陣からGOサインはもらっていたのですが、メディア部門のトップが最後までテレビCMに懐疑的だったんです。そこで、電通のメディアプランナーである吉岡俊祐さんを中心にプレゼン資料を作り、当社のグローバルチームとミーティングを行いました。

そこで日本のメディア事情というものを説明し、地方でのテストマーケティング結果から算出した、「デュオリンゴロゴロ」の全国のCPIについても話しました。吉岡さんが何を聞かれても定量的な数字で答えてくれるので、説得力がありましたね。

また、説明の際に効果的だったのが、電通のソリューションである「STADIA」(※)の活用です。「STADIA」を使えば、テレビCMを見た人がどの程度アプリをダウンロードしたのか、パフォーマンスが良かった放送局・番組・時間帯までわかるので、説得材料として非常に有効でした。こうしたテレビ視聴ログやその効果測定というのは、グローバルでは取れないデータなので、本国でも高く評価されました。

※STADIA=電通による、テレビの実視聴ログに基づくデジタル広告配信・効果検証の統合マーケティングプラットフォーム。従来は効果測定が難しかったテレビで、デジタルとかけ合わせた分析が可能。

 

デュオリンゴロゴロ

もう一つ大きかったのが、日本ではテレビCMが効くということに加えて、「テレビCM期間中はデジタル広告のCPIも良くなる」という副次的効果があります。つまり一度テレビCMで見たアプリは、その後にデジタル広告で接触した際に、「テレビで見たアプリだ」といういわば“ハロー効果”が働くんですね。これも実際のテストの数値を示しました。

こうした詳細な分析と説明のおかげで、メディア部門のトップを含めて社内に理解してもらえたことで、全国放送までこぎつけることができました。

テレビCMの成功で、教育カテゴリー売り上げ1位アプリに

荒川氏、水谷氏、奥野氏
荒川:テレビCMは、結果的に大成功でしたね!

水谷:はい、社内からも「今期の最も大きな成功が、日本のこのキャンペーンだ」と評価いただき、私自身も一安心でした。Appストアでもダウンロードランキングが約100位から3位へと急上昇し、課題だった認知度も2023年6月には16%までアップしました。その後、デイリーアクティブユーザー数も日本に参入した2020年と比べると2024年には10倍を超え、2023年から現在まで、教育カテゴリーのダウンロード数・収益ともにナンバー1のアプリになるまで成長しました。

奥野:その後も全国版のテレビCMをいくつか作りましたよね。2023年にはよりアニメのクオリティを高めた「デュオリンゴロゴロ」のCMを作ることになり、辻川幸一郎監督と細かいディテールまでつめたアニメーションにしていきました。

水谷:このCMは、クオリティが高いと社内でも好評で、当社のクリエイティブチーム含め皆とても気に入っています!

デュオリンゴロゴロ
デュオリンゴロゴロ

奥野:Duolingoのグローバルクリエイターであるジェームス・クジンスキーさんともお付き合いが長くなり、良い関係が築けていると感じます。日本とアメリカではクリエイティブにも違いがあって、例えば日本はCMのアニメーションは2Dが主流ですが、アメリカでは3Dが多いんです。

また、「かわいい」の認識も少し異なっているように思いました。というのも、緑のフクロウであるDuo(デュオ)はDuolingoの世界共通キャラクターですが、僕は最初に見た時にかわいいなって思ったんです。でも本国ではどちらかというと“変わり者”のキャラクターなんですよね。学習をサボると「まだやらないの?」「今日がもう終わっちゃうよ!」としつこく圧をかけてきたり怒ったり(笑)。キャラクターへの認識の違いをお互いに探り合いながら、本国にも説明をして、ご理解をいただき、少しずつすり合わせていきました。

でも、今振り返ると、最初にDuoのかわいらしさが伝わるようなCMを作れてよかったと思っています。ジェームスさんがそこをしっかりご理解してくださったのはありがたかったなと。最初からDuoらしさ全開でいくと、もしかしたら日本ではなかなか受け入れられなかったかもしれません(笑)。とはいえ、5年かけて少しずつ世界基準のDuoにキャラクターを歩み寄らせていて、2024年に放送された実写版のCMは、かわいいだけではないDuoの個性的な一面も伝わるものになっていると思います。

実写版CM 
水谷:CMの数値的な結果はもちろんですが、奥野さんたちが手掛けるクリエイティブ自体のクオリティが高く、キャラクターのこともよく理解していただいているので、当社のクリエイティブチームから信頼を勝ち得ていると思います。

そしてクリエイティブだけでなく、メディアプランニングの側面でも電通への信頼は厚いと感じます。最初はテレビCMの放送前に電通を交えたキックオフミーティングを実施して、吉岡さんたちからメディアプランのシミュレーション結果や分析結果を説明いただいていましたが、次第にその必要もなくなりました。というのも、上層部から「彼ら(電通)は“マニアック”だからもう大丈夫だろう」と言われるようになったからです(笑)。

奥野:“メディアマニア”だと(笑)。

水谷:また、キャンペーンが終わった後も、STADIAのおかげで、例えば「デュオリンゴロゴロ」のCMは土日の方がパフォーマンスが良いから、次は平日に効果を出せるクリエイティブを作ろう、といった次回の施策に向けた建設的な議論ができます。この点も社内では評価されています。

日本市場進出の鍵は、メディアプランとクリエイティブの徹底した準備

荒川氏、水谷氏、奥野氏
荒川:今回のDuolingoの成功事例から見えた、グローバル企業が日本に進出する際に重要なポイントを聞いてみたいのですが、水谷さんはどうお考えでしょうか。

水谷:まず、精緻なメディアプランを準備することが重要だと思います。本件では電通が、日本の特殊なメディア事情を熟知しており、またSTADIAなどを用いた細かな分析をしてくださったことで、最初から社内の信頼を一気につかむことができました。おかげで「デュオリンゴロゴロ」以後は予算も取りやすくなり、動きやすくなりましたよね。

また、クリエイティブに関しては、言語の壁があるので、できるだけ具体的なイメージを本国に共有することが大切だと感じました。テキストだけの説明や参考動画の共有だけでは、正確に伝わらない場合もありますよね。「デュオリンゴロゴロ」のクリエイティブは、歌も入ったビデオコンテを奥野さんに最初に作っていただけたので、社内でもイメージの共有がしやすく、ありがたかったです。

総じて、メディアプランもクリエイティブも最初からしっかりと具体的なものを準備をすることで、本国を説得しやすく、動かしやすくなると思います。

荒川:ありがとうございます!最後に、日本におけるDuolingoの今後の展望を教えてください。

水谷:現在、Duolingo内でユーザーと売り上げが最も多いのはアメリカです。そこを日本が抜くような立ち位置になることが今の目標で、当社の社長もそれを望んでいます。

マーケット的にはまったく無理な話ではなく、特に英語学習者のマーケットは、非英語圏である日本を含めたアジア地域に大きなポテンシャルがあると考えています。Duolingoの今後の戦略の上でも日本はとても重要な国。今後も新規ユーザー拡大に向けて取り組んでいきます。

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生成AIは人間の人間らしさを拡張し、世界をつなぐ?

左から日立製作所 赤司卓也氏、越智啓之氏、電通デジタル 高橋優太氏、電通岸本和也氏、越智一仁氏
左から日立製作所 赤司卓也氏、越智啓之氏、電通デジタル 高橋優太氏、電通岸本和也氏、越智一仁氏

日立製作所と電通、電通デジタルの3社による共創プロジェクト「AI for EVERY」は、生成AIを用いて生活者と企業、社会のより良い接点を構築し、さまざまな社会課題を解決しようというプロジェクトです。

フードロスを減らすために生まれた「今日の気まぐレシピ」は、その一つ。「社会課題」という大きなテーマを生成AIで解決するには、一つ先を行く「発想力」と「実装力」が必要です。

前編に引き続き今回も、プロジェクトを主導する日立製作所(以下、日立)の越智啓之氏と赤司卓也氏、Dentsu Lab Tokyoの越智一仁氏、岸本和也氏、電通デジタルの高橋優太氏に、各社の考える「実装力」や、生成AIとともに描く未来や希望についてお聞きしました。

※同姓の越智氏が2人いるため、日立の越智氏は「越智(日)」、電通の越智氏は「越智(電)」と記載します。
 
<目次>
アイデアを“絵に描いた餅”にしない。社会インフラの実装を担う日立

1億人規模の「AIペルソナ」で実装前の検証を行う電通

生成AIが人間の人間らしさを拡張していく未来はある!

 

アイデアを“絵に描いた餅”にしない。社会インフラの実装を担う日立

電通 越智一仁氏
電通 越智一仁氏

越智(電):前編では、生成AIで社会課題を解決する「AI for EVERY」のソリューション第一弾となる「今日の気まぐレシピ」(※)について、発想に至った経緯や発想方法についてお聞きしました。

ここからは、日立と電通グループの「実装力」について深掘りして伺います。日立の越智さんは主にサービスやソリューションの実装のお仕事が多いそうですね。課題解決に向けて、実際に発想を実現して機能させるという点で、日立さんが普段からどのように取り組まれているかを伺えますか。

※今日の気まぐレシピ=
日立の在庫管理システムや需給予測・受発注システムを基に「売れ残りそうな食材」を高精度に予測し、電通クリエイターの知見を学習した生成AIがその食材に関連するユニークなレシピやクーポンを生成。電通デジタルが提供する「∞AI Ads」のノウハウを活用し、これらのレシピやクーポンを、販促素材として自動生成し、店舗のアプリや店頭サイネージなどで配信する。(現在フィジビリティスタディ中)

 

日立製作所 越智啓之氏
日立製作所 越智啓之氏

越智(日):それでは、日立が日常的な社会課題に取り組んだ事例について、二つお話しいたします。一つ目ですが、日立はJR東日本さんと一緒に、鉄道路線の運行システムを開発しています。この取り組みは、首都圏の在来線の運行を管理するシステムや保守業務にAIエージェントを適用した事例であり、安全で持続可能な鉄道運行の実現をめざし取り組んでいるものです。

日立はこうしたシステムの運用管理に長年取り組んでいますが、年を追うごとに働き手の数は減っており、さらにシステムがバージョンアップすることで仕様が増えてメンテナンスも複雑になっています。何か問題が起きたときに、就業経験が浅い方でもすぐに扱えるようにするにはどうすればよいのかという課題もあります。そこで、これらの課題に対しては、生成AIにマニュアルなどの情報を取り込み、何か問題が起きたときに人間を支援できるように、今、検証を進めているところです。働き手不足という日本全体の社会課題と、システムそのものの複雑さに生成AIでアプローチするということですね。

日立、JR東日本における輸送の安定性向上に向け、鉄道運行管理システムにて初めてAIエージェントを活用する共同検証に合意

 

二つ目の話ですが、日立がダイキンさんと一緒に行っている、生成AIを活用した工場設備の異常の発見に関する検証です。生成AIが図面の情報を読み取って、工場設備の細かい構造を把握し、異常がある場合はその前後に問題がないかを確認してから原因らしきものを回答します。検証中ですが、非常に精度が高く、一般的な保全技術者が回答するのと同程度のことができます。

ダイキンと日立が協創、工場の設備故障診断を支援するAIエージェントの実用化に向けた試験運用を開始

 

このように日立は、時代ごとにtoB領域のお客さまの課題に対して、さまざまな技術でアプローチすることで解決してきました。しっかりと課題を把握し、そこに日立が持っている技術——例えば生成AIなどのIT技術もそうですし、他にもエネルギーをはじめとする科学技術の強みもたくさん持っていますので、それらを組み合わせながら解決に向かっていくことが、日立の使命だと思います。

越智(電):やっぱり日立さんは本当に社会に入り込んだサービスを実装されているので、ダイナミックさが、私たちが主に取り組んでいる広告領域とは全然違いますね!日立で長年デザインを担っている赤司さんにお伺いしたいのですが、「デザインと発想」という視点で見たときに、日立さんの実装力をどのように感じていらっしゃいますか。

赤司:僕はずっと日立でデザインの仕事をしている人間なので(笑)、他社と比較ができないんです。ただ、社会インフラを作っている会社なので、最初から実現する見込みの薄い“絵に描いた餅”として進め、結局何も実現しないということがないようにはすごく気をつけていますし、そういう企業文化で育ってきています。要は「デザイナーがアイデアを発想しました、実現してください」という仕事の仕方では、何も実現しないんです。

だから、最初からエンジニアやアーキテクトと一緒になって“よーいどん!”で動くとか、AIを活用するなら越智さんのような実装をする人と一緒に動くということは、ずっとやってきていることですね。

そして、早め、早めにフィジビリティ(実現可能性)についてチェックを入れています。技術的に実現できるかだけではなくて、実行する時に人や組織の観点で課題が無いかどうかも大切になるので、そういった準備を一緒に考えていかないと、今考えている発想の善しあしがジャッジできないんです。

越智(日):ここまでは日立の社内について主に話してきましたが、BtoB領域で社会実装するためには、1社だけではなかなか難しいです。対象領域におけるオペレーションを推進している会社さんと一緒に取り組まないと、「ものだけがある」みたいなことになってしまうんです。

つまり日立の行う社会実装とは、実際にオペレーションに取り組んでいるエンタープライズ企業と、いっしょにオペレーションを作り込むことが非常に大きなウエイトを占めていると思います。ただ、技術だけあればいいということではないんですね。

1億人規模の「AIペルソナ」で実装前の検証を行う電通

電通デジタル 高橋優太氏
電通デジタル 高橋優太氏

越智(電):続いて電通グループの「実装」についてお話しできればと思います。私は普段、Dentsu Lab Tokyoという組織でデジタルやテクノロジーを使ったクリエイティブに携わっていますが……電通ももちろんフィジビリティを意識しながらアイディエーションしていくけれど、序盤は結構、無邪気だったりするというか(笑)。その点、社会インフラを実装する日立さんは、電通よりも実現可能性への意識がかなり高い印象を受けました。電通グループのお二人は、何か違いを感じましたか。

高橋:実装という観点でいうと、電通グループは、コミュニケーションや表現を通じて「人の心を動かす」ことが、ゴールに設定されることが多いと思います。ただ、実際どれくらい人の心が動くかは、暗黙知に頼っている部分も大きくて、成果をどこまで約束できるかというと、やってみないと分からないという、難しい面もあります。それに類似事例があまりないようなコミュニケーションを手掛けることが多いのもあり、「実装後」について保証しにくい点を悩ましく思っていました。

ただ、最近の生成AIの発展により、実装の面まで意識したプランニングも増加しつつあります。例えば国内電通グループには「People Model」というものがあります。これは大規模生活者調査をもとに、仮想空間上で1億人規模のAIペルソナを作って、その中で広告表現をシミュレーションしたり、模擬的なインタビューをしたりできるようになっているんですね。 

こうして、これまでにない新しい表現については、生成AIを使うことで「どれぐらい人の心が動きそうか」をある程度検証しつつ、初めての表現として社会に送り出すことを両立できるようになると思います。従来のようにやってみなくては分からないところがありながらも、それはある程度AIの中で試せるようになりつつあるというのが、国内電通グループの実装領域における直近の動きですね。

岸本:先ほど、日立さんがJR東日本さんと一緒に運行システムを開発している話を伺って、電通のクリエイティブでは考えられない、ものすごい堅牢さを感じました。

私たちの実装についてお話しすると、所属するDentsu Lab Tokyoでは、「クリエイティブテクノロジスト」というクリエイティブ職内の技術担当とフィジビリティを詰めつつ、生活者の方や目の前の人の心がどうすれば動くのか、整合性をすり合わせてプランニングすることが多いです。しかし、やっぱりインフラレベルの社会実装にまでは思い至れない。その点、日立さんはそもそもの能力が違うとも思うんです。

越智(電):たしかに、お互いが持っている能力や文化は、大きく異なると思いますよね。日立さんがこれほどまでにフィジビリティを意識していることや、取り組みの規模、期間、領域など、何をとっても電通グループと企業文化が違うなと、正直圧倒されています。

今回のコラボレーションでは、私たちは日立さんの「実装力」に期待を掛けているんです。期間が短く、影響を与えられる部分が狭いという電通グループの弱点が、日立さんと一緒に取り組むことでダイナミックな成果に転換できるんじゃないかと楽しみになっているところです。

生成AIが人間の人間らしさを拡張していく未来はある!

電通 岸本和也氏
電通 岸本和也氏

越智(電):今後、生成AIを利用していくと世界がどのように変化していきそうか、希望も込めて議論できればと思います。

……どうなっていくんでしょうね。例えばアバターのように、店員さんがAIであるようなことは入り口としてありえると思います。AIが活躍する方法っていろいろあるような気がしていて。みなさん、どうお考えですか。

岸本:手段はどんどんそろっていくので、AIにできることもどんどん増えると思うんですよ。それゆえに、人間が「どうしたいか」「どうなるとより良いのか」という意思を明確にした方がいいかなという気持ちがあります。

多分今後は、生成AIを使うことで、人に寄り添ったサービスやプロダクト、インフラがもっと作られるようになると思います。どういうことかというと、例えば今のいわゆるマルチモーダルなAIは、文章や音声、画像などいろいろなものを一気に入力しても理解してくれるし、あるいはその場で解釈して返答してくれたり、ざっくり言うとかなり「空気を読んでくれる」ようになりました。

こうなってくると、AIがもっともっと人の気持ちに寄り添ったり、場の雰囲気を読んだりもできるし、より高度な表現ができるようになります。さらに、さっき高橋さんがおっしゃったPeople Modelの例にあったように、AIが「この表現は人々にどう伝わるか」というシミュレーションを事前にできるようになっていくかもしれない。

そんなふうに進化していく中では、AIが「人に取って代わる」よりは、「人に溶け込んでいく」ことを目指せるといいのではないかと思います。そのための手段はどんどんそろってきていますよね。

越智(電):なるほど。変な思いつきだと思われるかもしれないのですが、例えば、打ち合わせの雰囲気が良くなるようにAIが手伝ってくれる、なんてこともあるのかもしれないですね。参加者それぞれのバックグラウンドを読んで、アイスブレークをしてくれるとか。

岸本:沈黙が訪れたら空気を読んで突っ込んできたり、「そろそろ飽きてきましたね」とコメントを差し込んでくれたり(笑)。そういう役割は、マルチモーダルな生成AIが、人間たちの「ことば」だけでなく、「表情」や「音」などの情報を取り込めるようになると実現できるのかなと思います。

越智(電):日立のお二人はいかがでしょう。

越智(日):未来の予測は、なかなか難しいですね。ただ言えるのは、コンピュータープログラムとのやり取りが、プログラミング言語ではなく自然言語になったというのが、やっぱり一番大きな変化なのかなと思います。

例えばAIチャットボットは、自然言語の中にある意味的な「深さ」や「幅」をかなりいい感じに理解してくれます。だからできることがものすごく多くなったし、プログラマーじゃない人でもかなり高度にAIを使えるようになりました。そうした変化は、やっぱりインターフェースが自然言語だからというのがものすごく大きいと思っています。

今後はさらにAIの能力が拡大・拡張されていき、AIエージェント同士がコミュニケーションし、複雑な課題解決もどんどんできるようになっていきます。操作できる対象もコンピューターの中の世界だけではなく、例えば人がブラウザをマウスで操作するのを生成AI上でシミュレートできるようにもなっています。

さらにその先のことですが、未来ではロボットとのコミュニケーションがもっともっと簡単になっていくかもしれない。今、世界はインターネットという通信でつながっていますが、生成AIによって、もっと「つながり」が意味的に広がっていくと思います。世界とつながるためのコストはもっと安くなっていきますし、つながるときの情報のやりとりの深さ、意味的な深さは、自然言語をインターフェースにすると、どんどん発達するでしょう。それが将来、一体何になるのかっていうところは……どうなるんでしょうねえ(笑)。

越智(電):今のお話を伺っていて、生成AIは「いろんな人の力を拡張できる能力」を高めていくんじゃないかという気がしました。 例えば「プログラミングの知識はないけど、すごくセンスのよい人」のアイデアを、生成AIによってデザインやアプリケーションなどに置き換えることができて、それを求めている人が購入できる……みたいなことも実現していくのではないかと。それがいろんな領域で起こる気がしています。赤司さんはいかがですか?

日立製作所 赤司卓也氏
日立製作所 赤司卓也氏

赤司:うちの越智さんが、私の伝えたいことを結構話してしまったのですが(笑)。マン・マシン・インターフェースとしてのAIが世界を変えていくという流れは、絶対にあるじゃないですか。コードやプロトコル、キャリブレーションやパラメーターを一切操らなくても、何か価値交換が生まれるって、すごいことですよ。私は、「人間の仕事はAIに代替されて、仕事を失っちゃうよね」っていう話よりは、こちらの議論をもっともっと盛り上げていきたいんです。

もう一つ、私は、先ほどの「人と人をつなぐコスト」の話が大好きなんですよ(笑)。前編で、日立で取り組んでいる「ビジョンデザイン・プロジェクト」活動の話をしたんですが、社会課題においては結局何らかの「新しい関係性」みたいなものが社会に登場しないと、その価値って実現されないじゃないですか。例えばフードロスが社会課題だとして、フードロスをしている現場と生産者の間に「新しい関係性」を作り出してあげて、そこにサービスを通さないと、フードロスの解決は実現しない。でも今までは、その「新しい関係性」を作るコスト、つまり「つなぐ」コストがものすごく高かったんです。

あるいはギグワーカーの世界でも同じで、例えば僕が一対一で高橋さんと仕事を交換したいと思っても、高橋さんは僕を信頼しうる情報を持ってないので、信頼してもらえないわけです。結局その信頼情報は誰かが作り出さないと、ギグワークやCtoCのような話も実現しません。

じゃあそこは誰がつなげてくれますか?というと、なかなかビジネスにするのが難しい。データはありますよね。それに人と人をつなぐことで社会が良くなることも分かっていますよね。でも、できない。この「できないもどかしさ」も、生成AIで「つなぐ」コストが下がれば、実現できるかもしれないと思うんです。

AIエージェントが、これまで社会インフラの中であまりにコストが高すぎて「つなげなかったもの」を、「つないでくれるピース」になったら、できることはめちゃくちゃ増えると思いますよ。

越智(電):面白いですね!生成AIによってもたらされる効率化を考えてしまうと、「人はAIに代替されちゃうんじゃないか?」と、つい想像してしまいます。しかし今のお話を伺うと、やっぱり生成AIで目指すべきは、人の存在価値がすごく担保されていて、人と人がマッチングして新しい価値が生まれていくというところにあるんですね。本当に「目からうろこ」の話でした。高橋さんはいかがですか。

高橋:まず前提として、いろいろな生活領域に生成AIが拡張していくトレンドがすでに動いていますし、今後、多くの人がアクセスできるようになるというのもおっしゃる通りだと思っています。

例えば、私自身はコードを書けなかったんですが、今はAIに頼むことでプログラミング言語であるPythonを書いてもらうことができます。人間の力をAIで拡張することで、いろんな可能性が生まれます。もう少し進化すると、例えばシニアの方が肉声でAIに話しかけるだけで、介護に関する情報を簡単に得られるような世界が広がっていくのかなと思います。

そこで、「人間が根源的にやりたいこと」と「AIにお願いしてもいいこと」をいかに分けるかということが、今後の論点として大きくなっていくと思っています。「AIが何でもできる」からこそ、「人間があえて何をやりたいか」ということを、より問い直す機会が訪れるのではないかと。

そういう意味では、人間の人間らしさを担保できるシステムづくりであるとか、逆に人のミクロな視点で「そもそも人が持つ欲求とは何なんだっけ?」とか、「これから社会がどのように移り変わっていくのか?」というようなことを行ったり来たりしながら、AIを通じて社会のあり方をよりよくしていけたらと思います。日立さんと電通グループがタッグを組むからこそ、「人間らしさを拡張していく」という軸がぶれないAIの社会実装を実現できると思います。

越智(電):〆としてふさわしいお話をありがとうございます(笑)!このAI for EVERYのプロジェクトも、今のような発想で、人と人をつなぎ、人の能力・価値を拡張していくAIのあり方を提示していけるような、そんな取り組みになるといいなあと、聞いていて思った次第です。

高橋:人を置き去りにもしないし、“絵にかいた餅”で終わらせない。あくまでも実装力をもって取り組む。そのバランスを取ることが大切だと思います。

越智(電):ありがとうございます!今日は非常にエキサイティングな、本当に楽しいお話ができました。今後ともよろしくお願いいたします。
 

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AIがブラウザを動かす時代へ…ChromeとClaudeのタッグがもたらす変革

●この記事のポイント
・Chrome拡張機能「Claude for Chrome」は、指示を出すだけでブラウザ操作を自動化するAIエージェント。
・Googleと正式提携ではないが、普及率の高いChromeで展開されることで大きなインパクトが期待される。
・OpenAIやGoogleも同領域に参入し、ネット体験を塗り替える「AIエージェント時代」の到来が近づいている。

 AIが人々の仕事や生活に入り込みはじめてから、まだ数年しか経っていない。それでも、生成AIはすでに「文章を考える」「プログラムを書く」といった創造的タスクにとどまらず、実際の操作を肩代わりする「エージェント」領域に足を踏み入れようとしている。

 その象徴ともいえるのが、ブラウザChromeとAnthropic社の大規模言語モデル「Claude」が組み合わさった拡張機能「Claude for Chrome」だ。

一見すると「GoogleとAnthropicが正式に提携した」と受け止められがちなこのニュースだが、実態はどうなのか。そして、そこから見えるインターネットの新しい姿とは。
今回は、AIの社会実装に詳しい株式会社ウレルブン代表取締役の酒井麻里子氏に話を聞いた。

●目次

Claude for Chromeとは何か

「Claude for Chrome」は、Anthropic社が開発したChrome拡張機能である。ブラウザのサイドパネルにチャット画面が表示され、ユーザーが自然言語で指示を出すと、そのままページ移動やクリック、入力操作をAIが代行してくれる。

 酒井氏はこう説明する。

「たとえば『受信メールの内容を読み、そこに記載された会議をカレンダーに登録し、さらに返信メールの下書きを作る』といった一連の操作が、チャット上のシンプルな指示だけで完結します。経費申請の処理やWebサイトの機能テストなどもユースケースとして示されています」

 これまで生成AIは文章や画像の「生成」が主軸だったが、Claude for Chromeは一歩進んで「操作の自動化」にまで踏み込んでいる点が新しい。

 こうした仕組みを耳にすると「AIが勝手に操作するのでは」と不安を抱く人もいるだろう。しかしAnthropicは安全性を強く意識し、アクセス権限の制御や操作前の確認、高リスクサイトのブロック機能を実装している。

 現段階ではプレビュー版に限られ、誰もがすぐに利用できるわけではない。だが酒井氏は「可能性は非常に大きい」と強調する。

「“やってほしいこと”をそのまま伝えるだけで作業が終わるインターフェイスは直感的で利便性が高い。実装が進めば、従来の“自分でクリックして入力する”というネット体験が、大きく変わる可能性があります」

ChromeとClaudeの「タッグ」の実像

 今回の発表を受け、「GoogleがAnthropicと正式に提携したのか」との声もある。しかし実際にはそうではない。

 酒井氏は次のように整理する。

「Claude for ChromeはあくまでもAnthropicが開発した拡張機能です。GoogleがClaudeを公式に採用したわけではありません。ただし、世界的に圧倒的なシェアを誇るブラウザChromeに組み込めることで、多くのユーザーにリーチできるという点では大きな意味があります」

 つまり「タッグ」といっても業務提携ではなく、「Chromeのプラットフォーム上にAnthropicが乗り込んできた」というのが正しい構図だ。

 実際に広がるかどうかは、料金体系や認知度に左右されるだろう。

 ClaudeはChatGPTやGoogleのGeminiに比べると日本での知名度はやや低い。そのため有料提供になった場合、「Claudeのために課金するかどうか」が利用拡大の分かれ目になる。

 また、現状のプレビュー版は「すぐに業務効率化に直結する」というレベルには至っていない。タスクによっては時間がかかることや、人間がログイン作業を代行しなければならない場面も残されている。

他社との比較:OpenAIやGoogleの動き

 この分野で競合となるのが、OpenAIやGoogleだ。

 OpenAIはすでに「ChatGPTエージェント」を有料ユーザー向けに提供している。仮想ブラウザを開き、ECサイトで商品を検索・カートに追加したり、旅行予約サイトで航空券を探すといったことが可能だ。ただし「自分のアカウントでログインした状態から操作を開始する」ことは現時点ではできず、完全自動化には至っていない。

 一方Googleは、自社AI「Gemini」を検索に組み込む「AIモード」を開始。さらに「チケット購入やレストラン予約を自動化するエージェントモード」も導入予定で、これはClaude for Chromeと真っ向から競合する機能といえる。

 酒井氏はこう指摘する。

「各社とも“AIに任せられる領域”を着々と広げています。現状ではまだ実験的な要素が強いですが、課題が解決すれば私たちのネット利用のあり方を根本から変える可能性があります」

 もしAIエージェントが日常的に活用できるようになれば、どんな世界になるのか。

 まず考えられるのが「定型的で手間のかかる作業の自動化」だ。たとえば出張の際、これまでのように航空券と宿泊を自分で探して入力する必要はなく、「来週の大阪出張に必要なフライトとホテルを予約して」と指示するだけで済むかもしれない。

 ビジネス現場では、経費処理やスケジュール調整などの“雑務”が大幅に削減され、より創造的な仕事に時間を割けるようになるだろう。

「AIエージェント時代」の入り口

 AIの進化は、単なる“答えを返すツール”から“実際に行動するパートナー”へとシフトしつつある。Claude for Chromeは、その変化を実感できる最初の一歩だ。

 酒井氏は最後にこう展望を語った。

「今はまだ『すぐに生活や業務を激変させる』段階ではありません。しかし、複数の大手がこの分野に参入している以上、AIエージェントは確実に進化を続ける。私たちはまさに“AIに操作を任せる時代”の入り口に立っているといえるでしょう」

「ChromeとClaudeがタッグを組む」というニュースは、見方によっては誤解を招きやすい。しかし、その本質は「AIエージェントが一般ユーザーのブラウザ体験に近づいてきた」という事実にある。

 OpenAI、Google、Anthropic。巨頭が揃って「操作するAI」に注力していることは、これが一過性の実験ではなく、今後のネット体験を形作る基盤技術であることを示している。

 Claude for Chromeは、AIエージェントの可能性と課題を同時に映し出す鏡のような存在だ。私たちがネットをどう使うか――。その常識が近い将来、大きく塗り替えられるかもしれない。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=酒井麻里子/株式会社ウレルブン代表取締役)

特集 ザンドラ・ヒュラー  変幻する〈わたし〉のかたち

次々と名高い映画賞を受賞し、世界的に注目されるドイツの女優ザンドラ・ヒュラー。今回、未公開作3本を含む主演作7本が特集上映される。

投稿 特集 ザンドラ・ヒュラー  変幻する〈わたし〉のかたち映画遊民 映画をもっと見たくなる! 映画ライター沢宮亘理の映画レビュー、インタビューetc に最初に表示されました。

メタ×グーグルの衝撃タッグ…GAFAMの競争関係が崩壊、新たなAI戦争時代へ

●この記事のポイント
・メタが競合のグーグルに1.5兆円を発注、生成AI開発加速のため「時間を金で買う」戦略を選択。
・両社は広告やAIで競合しつつも、AIインフラでは利害一致し「協調と競争」の関係に移行。
・今後のAI競争はインフラ・モデル・アプリの三層構造で、最強のアライアンス構築が勝敗を左右する。

 米メタ(旧フェイスブック)が、生成AI開発を加速させるために競合であるグーグルのクラウドサービスを利用し、総額1.5兆円(約100億ドル)規模の発注を行った──。このニュースはテック業界に大きな衝撃を与えた。

 両社は広告市場でライバル同士であり、またAI開発でも覇権を争う立場にある。そのメタが、あえて「宿敵」のインフラを頼る選択をした背景には何があるのか。そしてこの動きは、GAFAM+OpenAIという巨大勢力の競争構造にどのような変化をもたらすのか。

 ニューズフロントLLPパートナーでテックジャーナリストの小久保重信氏に話を聞きながら、この動きを紐解いていく。

●目次

メタがグーグルに頼った理由:「時間を金で買う」

「一言で言えば『時間を金で買う』ためです。あるいは『スピードと専門性』を買うのです」

 小久保氏はこう語る。AI開発は、スピードがすべてのゲームだ。世界中の研究者や企業が日々新しいモデルを発表し、数か月単位で技術の優劣が入れ替わる。自社でゼロから大規模データセンターを建設し、GPUを百万基超で調達・稼働させるには数年単位の時間がかかる。その間にライバルは前進を続け、取り返しのつかない差がつく。

 メタはオープンソース戦略を掲げ、生成AIモデル「Llama」を公開している。しかし、その開発や学習には膨大な計算資源が必要だ。そこで同社は「世界最高水準のAIインフラ」を持つグーグルを利用する決断を下したのである。

 言い換えれば、メタにとってグーグルは「敵」であると同時に「最速の武器を調達できるサプライヤー」でもあるのだ。

なぜ競合同士が接近できるのか

 ここで浮かぶ疑問は、なぜ競合関係にあるメタとグーグルが「共存」できるのかという点だ。

 小久保氏は次のように指摘する。

「これは両社にとって明確なWin-Winの関係だからです。
 ・メタのWinは、AI開発に必要な『スピード』を手に入れること。
 ・グーグルのWinは、1.5兆円という巨額の売上と、競合すら利用するほど優れたインフラであるというブランド効果です」

 この関係は、スマートフォン市場の構図にも似ている。サムスンはアップルのライバルでありながら、iPhone向けの有機ELディスプレイを供給している。両社は販売の現場では戦うが、供給網では互いに欠かせない存在なのだ。

 今回のグーグルとメタもまた、事業部単位で見れば利害が一致した「合理的な提携」といえる。

GAFAMの競争関係は変質している

 では、この動きはGAFAM(Google, Apple, Facebook/Meta, Amazon, Microsoft)間の競争構造にどのような意味を持つのだろうか。

「単純な競争関係は崩れつつあります。今は“Co-opetition(協調と競争)”の時代です」と、小久保氏は強調する。

 背景には、AI開発にかかる莫大なコストと技術の専門性がある。AIの研究開発は、単に金を積めばできるものではなく、GPU調達ルートの確保、最適化されたデータセンター設計、そして高度な研究チームの存在が不可欠だ。

 もはや一社ですべての領域でトップを走り続けるのは不可能に近い。そのため、GAFAMの各社は「自社の強みに集中し、不足部分は競合からでも調達する」という現実的な戦略をとり始めているのだ。

AI競争の「三層構造」

 小久保氏によれば、今後のAI競争は「3つの階層」で展開されるという。

 1.インフラ層(計算基盤)
 クラウドや半導体をめぐる戦い。グーグル、アマゾン、マイクロソフトが中心で、NVIDIAも不可欠な存在。

 2.モデル層(頭脳)
 GPT(OpenAI)、Gemini(Google)、Claude(Anthropic)、Llama(Meta)など、生成AIそのものの競争。

 3.アプリ層(製品・サービス)
ユーザーが直接触れるアプリケーション。Copilot、ChatGPT、Siri、WhatsAppのAIアシスタントなど。

 勝者は一社が独占するのではなく、この三階層をまたいで「最も強力なアライアンスを築いた陣営」となる。すでにマイクロソフトとOpenAIの提携は、その典型例だ。

 今回の「メタがグーグルに1.5兆円発注」という事実は、単なるIT業界のニュースにとどまらない。日本のビジネスパーソンにとっても、次のような示唆を含んでいる。

 ・スピードが最大の武器になる
 競合からでも「使えるものは使う」という柔軟性が、AI時代の成長企業に共通する。

 ・競争と協調の二重構造
 かつての「敵か味方か」という二分法ではなく、状況に応じて協調も競争も使い分けることが重要になる。

 ・生態系で勝つ発想
 単独で全領域を制覇するのではなく、自社の強みを軸にして最適なアライアンスを築くことが、AI時代の生き残り戦略となる。

新しいAI覇権争いの幕開け

 メタの今回の決断は、AI時代における企業戦略の縮図といえる。かつては「GAFAM同士は敵」という単純な構図だったが、いまや彼らは競い合いながら、必要に応じて互いの力を借り合う「共進化」の関係にある。

 そして、この動きはさらに複雑なアライアンスと競争を生み出し、次世代のAI覇権争いを形作っていくだろう。

 ビジネスパーソンに求められるのは、「敵か味方か」の発想を超え、状況に応じて協調と競争を柔軟に使い分ける視点だ。AI時代の勝者は、スピードとアライアンスを制する企業──そして個人である。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=小久保重信/ニューズフロントLLPパートナー)

Z世代の「海外旅行離れ」は国際意識の低下を招くのか?

電通デザイアデザイン(DDD)は消費と欲望の関係から、さまざまなソリューション開発や情報発信を行う組織です。

第21回からは、DDDが実施している「心が動く消費調査」を分析。調査結果から得られたインサイトやファインディングスをお伝えしています。

今回は、2024年11月に実施した第9回の調査結果に基づき、DDDの小野江理子が若者の国際感覚をテーマに調査の結果を考察します。

仮説:海外旅行経験の有無と国際意識の低下は相関しない?

2024年、国内の外国人労働者は約230万人に増加、訪日外国人旅行客は過去最多ペースで増加しており、国内ではインターナショナルな空気感のある街も増えてきました。

一方、コロナの流行が去り、出国日本人数は2024年1301万人に回復しましたが、コロナ前の水準までは到達していません。日本人のパスポートの保有率は、6人に一人、17%にまで落ち込んでおり、とりわけ、若者の海外旅行離れや国際意識の低下を不安視する情報をよく目にするようになりました。

実際のところ、海外旅行は、円安・物価高の影響で、若者だけでなく、年代関係なしに、なかなか手の届きにくいものになっていると感じます。

SNSの発展で情報はボーダレスになり、多くの外国人が国内にいる状況のなか、「海外旅行に行かないことが、Z世代の国際意識の低下につながるわけではない」との仮説を立て、調査を進めました。

なお、厳密な定義は無いものの「Z世代」と呼ばれていた層は、今年おおむね15歳~29歳になっています。当調査では10代は15歳~19歳に聴取しているので、便宜上、この記事の中では、15歳~29歳をまとめて「Z世代」と呼ぶことにします。

Z世代の海外旅行意欲は特別低いものではない

円安・物価高の影響で、海外旅行は金銭的なハードルが高くなっていますが、「今後一生、一度も海外旅行に行けなくても別に構わない」という質問に対しては、「そう思う」「ややそう思う」と答えた人の合計は、全体で60.1%でした。つまり、ふたりに一人以上が、今後一生海外旅行に行けなくても構わないということです。Z世代全体では、58.4%と全体と同程度でした。また、他の年代に比べて、「そう思う」は低い傾向です。

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 今後一生、一度も海外旅行に行けなくても構わない 図1
本調査における構成比は小数点以下第2位を四捨五入しているため、合計しても100%にならない場合があります。(以降の図版すべて同様です)

近い未来のこととして聞いた「今後2~3年以内に海外旅行に行きたい」の質問に対する「そう思う(計)」は、全体で39.2%、Z世代では47.3%と全体よりも高い結果が出ています。

Z世代は他の年代に比べて、海外旅行意欲が低いわけではなく、むしろ30代以上に比べて高い結果です。

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 2~3年以内に海外旅行に行きたい 図2

SNS時代に国境はない!?Z世代にとって、国内で国際感覚を身に付けるのは“簡単” 

次に、国際感覚に関する項目についてご紹介していきます。

「外国人と交流できる能力が必要だと感じている」人は、全体で55.7%。Z世代では59.4%、特に10代で「そう思う」が飛びぬけています。「今後日本人には、グローバルに活躍できる能力が必要だ」という質問に対しての「そう思う(計)」は、全体で76.7%、Z世代で72.2%という結果でした。

この2点から日本人の国際化の必要性はZ世代も感じていることがわかります。

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 外国人と交流できる能力が必要と感じている 図3

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 今後の日本人にはグローバルに活躍できる能力が必要だ 図4

一方、Z世代で特徴的だったのは、「日本にいながら国際感覚を身に付ける」という意識です。

「日本にいながら、国際感覚を身に付けることは簡単だ」「日本にいながら、外国人や海外の人とコミュニケーションすることは簡単だ」という質問への回答が、全体と比べて「そう思う(計)」で10ポイント以上高くなりました。

若者の間では、外国人と交流できるイベントや語学習得アプリを使うことが一般化されています。若者たちは無意識のうちに、国内にいても国際感覚を身に着けられる環境が整っていると感じているのではないでしょうか。また、SNS上では海外の文化を簡単に知ることができるので、外国人と直接交流のない人も、海外の情報に接することは日常の一部かもしれません。

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 日本に居ながら国際感覚を身に付けることは簡単だ 図5

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 日本に居ながら、外国人や海外の人とコミュニケーションをすることは簡単だ 図6

「海外に一生いけなくても構わない派」でも、国際意識は十分高い!

それでは、「今後一生、一度も海外旅行に行けなくても別に構わない」に「そう思う」と答えたZ世代は、国際意識が低くなりそうな傾向があるのでしょうか。

「今後一生、一度も海外旅行に行けなくても別に構わない」に「そう思う/ややそう思う」と答えたZ世代と、「あまりそう思わない/全くそう思わない」と答えたZ世代を分類して比較してみました。

本記事では前者を「行けなくても構わない派」、後者を「行きたい派」を呼ぶことにいたします。(※データは割愛いたしますが、この2派に性年代構成比、未既婚の比率の違いはほぼありません)

まず、意外なことに「行けなくても構わない派」のほうがむしろ「グローバルに活躍できる能力の必要性を感じている」人の比率が高いというという発見がありました。さらに、「日本にいながら、国際感覚を身に付けることは簡単だ」という認識も「行きたい派」よりも高い結果となったのです。

「行けなくても構わない派」でも、海外への関心や、国際感覚を身に付けようというモチベーションは十分に高いと推察できます。

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 今後日本人にはグローバルに活躍できる能力が必要だ 図7

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 日本に居ながら国際感覚を身に付けることは簡単だ 図8

「海外に一生いけなくても構わない派」は、効率主義で失敗を嫌う

続いて、DDDが定義した、現代の「11の欲望」(※1)の元となる「欲求項目」や「価値観項目」について見ていくと、「行けなくても構わない派」は、次の項目が、「行きたい派」と比べて「そう思う(計)」が10ポイント以上も高いことがわかりました。

  • 「自由でいたい・縛られたくない」「自分だけの時間を大事にしたい、邪魔されないようにしたい」などの自由に関する項目
  • 「危険な目にあうこと、失敗すること、損することを避けたい」といったリスク回避に関する項目
  • 「うまくやりたい、効率よくしたい」といった効率化に関する項目

「行けなくても構わない派」は、自由を重視し、コスパ・タイパ意識がより高く、リスク・失敗を嫌う、といったいわゆる“Z世代らしい”特徴が顕著な層であるといえそうです。

※1「11の欲望」について詳しくは、こちらをご覧ください。
「新しい欲望に、名前をつけてやる。」(ウェブ電通報)
DENTSU DESIRE DESIGN、人間の消費行動に影響を与える「11の欲望」2024年版を発表

 

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 「自由でいたい・縛られたくない」 図9

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 「自分だけの時間を大事にしたい、邪魔されないようにしたい」 図10

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 「うまくやりたい・効率よくしたい」 図11

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 「危険な目に合うこと、失敗すること、損することを避けたい」 図12

そのほかの特徴として、英語習得に関するAB設問をご紹介します。

次にあげる「生活全般に関する考え方や行動」について、あなたに近いものをお知らせください。
【A】同時通訳の技術(翻訳AI)が発達したら、英語は話せなくてもいい 
【B】同時通訳の技術(翻訳AI)が発達しても、英語は話せるようになりたい

この質問に対しては、「行けなくても構わない派」が「行きたい派」よりも「Aに近い(計)」の回答が顕著に高い結果になりました。

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 同時通訳技術(翻訳AI)が発達したら英語は? 図13

「行けなくても構わない派」は「行きたい派」に比べると、英語は手段と割り切っており、「国際感覚の身に付け方」も効率重視なのかもしれません。

総じて、「行けなくても構わない派」にとって、「海外旅行」は、コスパ・タイパが悪く、わざわざ行くことで得られる魅力を実感していないのかもしれません。治安のよい日本で、おいしいものを食べて、安心して幸せに過ごせるのであれば、わざわざ失敗リスクを負ってまで海外を旅する必要はないと感じている可能性があります。

実際、「行けなくても構わない派」は、「おいしいものを食べたい・飲みたい」「安心して、平穏に過ごしたい」といった項目も「行きたい派」よりも顕著に高い結果がでています。さらに、「自分は幸せだと思う」という指標も「行けなくても構わない派」のほうが高いのです。(当記事内でデータの紹介は割愛)

一方、「行けなくても構わない派」の意外な特徴は、「人と出会いたい、仲間と共感したい」「疑似体験だけでなく、リアルな体験を大事にしている」といった社交性やリアルな体験を重視する項目が「行きたい派」に比べてやや高く出たことです。

DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 「人と出会いたい、仲間と共感したい」 図14
DDDが考える「欲望理論」からのマーケティング再構築 #529 疑似体験だけでなくリアルな体験を大事にしている 図15

リアルな体験を軽視しているわけでもないのに、海外旅行には行けなくてもいいということは、安全で快適な日本を離れるほどの大きな「海外旅行の魅力」が、実感しづらいということが考えられます。

「行けなくても構わない派」を海外旅行にいざなうには、現地で得られる体験に対する具体的な興味喚起が必要のようです。

SNSで海外の文化情報を日常的に見られ、外国人との交流も盛んになっている中、海外旅行との違いとして挙げられるのは、やはり、“現地の空気感”も含め、五感を通じた文化体験が欠落することです。

その五感を使った体験を、国内いながら画面を通じてではなくリアルに実感できると、海外旅行への興味喚起につながっていくかもしれません。

例えば、2025年の大阪・関西万博において、海外パビリオンでリアルな文化体験をすることは、海外旅行への興味喚起につながる可能性がありそうです。実際、X上では、海外パビリオンの没入感のある体験型コンテンツや食事についての投稿が多く見られます。

あるいは今後、VR旅行体験がさらに進化することで興味喚起の機会が増えることも考えられます。2050年に向けて内閣府が掲げるムーンショット目標によれば、サイバネティックアバター(※2)を用いて、あたかもその地にいるような感覚を五感でリアルに味わうことができる「テレイグジスタンス」技術が発達するといわれています。国内にいても海外旅行を五感で味わう体験ができるようになる可能性があります。その「テレイグジスタンス」体験が、リアルな海外旅行の意向喚起につながるかもしれません。

※2 サイバネティックアバター:遠隔操作でき、自分の体と同じように感覚を共有できる“身代わりロボット”のこと

 

結論、Z世代の海外旅行意欲はほかの年代に比べて低いわけではなく、大多数が国際感覚を身に付ける必要性を感じており、さらに、ほかの年代に比べて、日本にいながら国際感覚を身に付けることは簡単と捉えていることがわかりました。

また、Z世代のなかでも、「今後一生、一度も海外旅行に行けなくても別に構わない」と答える人たちのほうが、日本人の国際感覚の必要性をより感じており、さらに、日本にいながら国際感覚を身に付けることは簡単だと考えているようです。

DDDではこれからも、「心が動く消費調査」を通じ、生活者意識やトレンドを分析していきたいと考えています。


<第9回「心が動く消費調査」概要>
・対象エリア:日本全国
・対象者条件:15~74歳
・サンプル数:計3000サンプル(15~19歳、20代~60代、70~74歳の人口構成比に応じて割り付け)
・調 査 手 法:インターネット調査
・調 査 時 期:2024年11月8日(金)~ 11月13日(水)
・調 査 主 体:電通 DENTSU DESIRE DESIGN
・調 査 機 関:電通マクロミルインサイト

 

sns

単身高齢者のリアルなリスク…危篤でも家族に連絡取れず、無縁遺骨になる例も増加

●この記事のポイント
・豊島区は、終活の意向を「もしもの時」に伝えるため、終活情報登録制度を開始した。これは、意思表示が困難な状況で、登録情報を警察や医療機関などに開示する仕組みだ。
・高齢化で「おひとりさま」が増える中、横須賀市や大和市など他の自治体も、情報登録に加え、経済支援や専門家による総合的な終活支援を展開している。
・豊島区の課題は、登録手続きの煩雑さにあり、利用拡大にはデジタル化や簡素化が必要だが、終活を始めるきっかけとして効果を発揮している。

 近年、高齢化と核家族化の進展により、「終活」は個人の人生の終わりを自らの意思で準備し、残された人々の負担を軽減するための重要な活動となっている。特に単身高齢世帯の増加や、親族との関係性の希薄化が進む社会情勢を背景に、「もしもの時」に本人の意向が尊重され、迅速かつ円滑な対応が可能となるよう、自治体による支援の必要性が高まっている。

 この社会的背景のもと、東京都豊島区が導入した「終活情報登録制度」は、本人の意思を未来につなぐ具体的な仕組みとして注目される。本稿では、終活を取り巻く現代社会の状況を概観しつつ、豊島区福祉部高齢者福祉課終活支援グループへの取材に基づき、豊島区の取り組み内容とその課題を整理する。さらに、他の自治体の事例と比較することで、終活支援の多様なアプローチを明らかにする。

●目次

現代社会における「終活」の重要性

 終活とは、人生の終わりに向けて、自分自身の希望や準備を整理する活動の総称だ。具体的には、介護、医療、葬儀、相続、遺品整理、そして緊急時の連絡先など、多岐にわたる項目が含まれる。

1. 高齢化と単身世帯の増加
 日本の高齢化率は世界的に見ても高く、2025年には団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となる「2025年問題」を抱えている。さらに、生涯未婚率の上昇や家族の多様化により、「おひとりさま」として生活する高齢者が増えている。

2. 「もしもの時」の意思表示の困難さ
 単身者が事故や病気で意識不明になったり、急死したりした場合、本人のリビングウィル(延命治療に関する意思)や、葬儀・納骨に関する希望を家族や関係者に伝える手段がないという問題が深刻化している。これにより、行政による身元の確認や死後事務が滞り、無縁遺骨の増加や、故人の尊厳を守れない事態が発生しやすくなる。

3. 残された人々の負担軽減
 終活が不十分だと、残された親族や知人は、本人の意思を推測しながら、煩雑な手続きや費用の負担、人間関係の調整などに追われることになる。終活は、自身が望む最期を実現するためだけでなく、大切な人々への「思いやり」や「負担軽減」という意味合いも持つ。

豊島区の「終活情報登録制度」:本人の意思を未来につなぐ仕組み

 豊島区は、こうした社会情勢を踏まえ、区民の「もしもの時」に備えるための具体的な支援策として、「終活情報登録制度」を導入した。

1. 制度開始の背景・理由
 豊島区は、終活の相談窓口である「豊島区終活あんしんセンター」を令和3年2月より先行して開始していた。相談を通じて、区民が介護、葬儀、相続などの希望を整理しても、事故や病気で意思表示ができなくなった場合、その希望を伝える手段が無くなってしまうという切実な課題に直面した。この経験から、「ご本人の想いを正しく意思表示できる仕組みが必要」であると考え、令和4年4月に「終活情報登録制度」を立ち上げた。

2. 制度の具体的な内容
 この制度は、区内在住の65歳以上の方(その他必要と認める方)を対象としている。

 対象者:区内在住の65歳以上(その他必要と認める方)
 登録内容:終活で準備したこと(リビングウィルの有無、葬儀・納骨の希望など)や、緊急連絡先など
 情報の開示:万が一の際(意思表示ができない状態・死亡)に、区が情報を開示する。
 照会可能な者:警察、消防、医療機関、福祉事務所、および本人があらかじめ照会可能な者として登録した方。
 留意点:区から関係者へ連絡する制度ではない。照会があった場合にのみ情報を開示する。

 この制度は、あくまで「情報伝達の保険」としての役割を果たす。本人の意思が書かれたエンディングノートなどの保管場所や、緊急時の対応者を区が預かり、必要な時にのみ開示することで、本人の尊厳と意思を確保することを目的とする。

3. 現状と効果・成果
 事業開始から現在までの登録者数は50名(取材時点)と、まだ限定的だ。運用開始から情報開示に至ったケースは確認されておらず、登録者の死亡例もほとんどない状況だという。

 しかし、この制度が持つ間接的な効果は確認されている。

 終活を始める足掛かり:情報登録をきっかけに、特に身寄りのない方の死後事務委任などの相談につながるケースがあり、「終活を始める一歩」となっていることが実感されている。

4. 運用・利用拡大にあたっての課題
 利用拡大に向けた課題として、個人情報をお預かりする上での登録手続きの煩雑さが挙げられている。

 登録の手間:登録票への直筆が必要な形式であること。
 同意書の取得:緊急連絡先となる方への同意書の取得が必要であること。

 個人情報の適正な管理と、迅速な情報伝達の必要性を両立させるための、手続きの簡略化やデジタル化などが今後の課題となるだろう。

他自治体の終活支援事業との比較

 終活支援は、地域の実情や課題に応じて、全国の自治体で多様な形で展開されている。豊島区の「情報登録・伝達」に主眼を置いた取り組みに対し、特に先進的な取り組みを行う自治体の事例を並列で比較する。

1. 神奈川県横須賀市:経済的支援と情報登録の二本柱
 横須賀市は、全国でも早期に終活支援に取り組み、特に「無縁遺骨の増加」という深刻な問題に対応するため、経済的な支援と情報登録を組み合わせた独自のモデルを構築している。

【エンディングプラン・サポート事業(ES事業)】
 対象者:所得・資産に制限のある身寄りのない一人暮らしの高齢者
 目的・内容:低額(25万円など)で協力葬儀社と葬儀・納骨の生前契約を支援。市が間に入り、本人の希望に沿った葬送を確保する。
 豊島区との違い:経済的な支援と、死後事務の契約行為そのものを支援する点が、情報登録に特化した豊島区と大きく異なる。

【わたしの終活登録】
 対象者:希望するすべての市民
 目的・内容:緊急連絡先、リビングウィルの保管場所、葬儀・納骨の生前契約先など、死後事務に関わる情報を幅広く登録。万が一の際の情報伝達を目的とする。
 豊島区との違い:豊島区と同様の情報伝達の仕組みだが、登録できる情報がより広範で、終活全般をカバーしている。

 横須賀市の取り組みは、生活困窮層への具体的な葬送支援と、一般市民への情報登録による意思尊重の、両面から市民の尊厳を守ろうとする複合的な支援モデルといえる。

2. 神奈川県大和市:「条例制定」と「コンシェルジュ」による総合支援
 大和市は、終活を市の重要な施策と位置づけ、「大和市終活支援条例」を制定(令和3年7月)するなど、自治体の強い意志を示している。

【終活支援条例の制定】
 内容:終活に関する市の責務、市民や事業者の役割を明確化。継続的な支援事業の土台とする。
 豊島区との違い:条例に基づいた支援であり、行政としての強いコミットメントを示す点が、事業ベースの豊島区と異なる。

【終活コンシェルジュのサポート】
 内容:終活に関する相談、生前契約に関する情報提供、支援事業所との橋渡しなど、専門家による個別具体的な相談・仲介を実施する。
 豊島区との違い:相談と伴走支援に重点を置いている。豊島区の「あんしんセンター」は相談が中心だが、大和市のコンシェルジュはさらに踏み込んだ支援や情報提供を行う。

【エンディングノートの配布と市による保管サービス】
 内容:市独自のエンディングノートを配布し、作成したノートを市が預かり保管するサービスを提供。
 豊島区との違い:エンディングノートの保管という具体的なサービスを提供しており、情報登録に加え、意思が記された現物の保全も行う。

 大和市の取り組みは、制度的な基盤と、対人サービスの充実を重視しており、「終活をどう進めてよいかわからない」という市民に対し、きめ細やかなサポートを提供している。

終活支援のこれから

 豊島区の「終活情報登録制度」は、先行する「終活あんしんセンター」での経験を活かし、「もしもの時の意思表示」という現代社会の核心的な課題に対応するための、効率的かつ重要な情報伝達の仕組みとして機能し始めている。登録者数や開示実績はまだ少ないものの、この制度が終活への一歩を踏み出す動機付けとなっている点は、大きな成果といえる。

 豊島区の課題である「登録の手間」の解消は、今後の利用拡大の鍵となる。今後は、デジタル技術を活用したオンラインでの情報登録や更新、あるいはマイナンバーカードとの連携など、より簡便でセキュリティの高い仕組みが求められるだろう。

 横須賀市や大和市の事例に見られるように、終活支援は「情報伝達」に留まらず、経済的な支援、専門家による相談・伴走、条例による継続性の担保など、多角的なアプローチへと進化している。

 終活支援の最終的な目標は、市民が自身の人生の最期について不安なく、尊厳を持って準備できるよう支えることだ。そのためには、豊島区のように行政が「意思を伝える仕組み」を提供し、他の自治体の事例も参考にしながら、地域社会全体で「終活」を当たり前の文化として根付かせていくことが重要である。

 終活情報登録制度の利用拡大は、「人生の最期まで、自分らしく生きる」という個人の願いを社会が支える、共生社会の実現に向けた重要な一歩といえるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

総延長約66万km、水道管の老朽化は深刻な課題…衛星データで漏水調査を効率化

●この記事のポイント
・リモート・センシング技術センターは、衛星データを活用した「mizuiro」で、水道管周辺の地表湿潤を解析し、漏水調査の効率化を支援。
・日本の環境や排水管データに特化したAIモデルで、調査対象を絞り込み、自治体や企業の調査コスト・時間を削減。
・将来的には農業や海外インフラ管理など、水分解析技術を応用した幅広い分野への展開も視野に入れている。

 日本の社会インフラ、とりわけ水道管の老朽化は深刻な課題となっている。総延長約66万kmにも及ぶ水道管の多くが高度経済成長期に敷設され、耐用年数を超えるものが年々増加している。しかし更新には莫大なコストと時間がかかり、漏水による水資源の損失や道路陥没などのリスクは後を絶たない。

 こうした課題に対し、衛星データを活用した革新的な漏水調査サービス「mizuiro」を提供しているのが、一般財団法人リモート・センシング技術センター(RESTEC)だ。同センター ソリューション事業部 参事の奥村俊夫氏に、技術の仕組みから社会的意義、今後の展望まで話を聞いた。

●目次

光学カメラではなく「マイクロ波」で地表を観測

 RESTECの強みは、人工衛星データの専門機関として長年培ってきた解析技術にある。mizuiroの中核を担うのは、光学カメラではなく「合成開口レーダー(SAR)」と呼ばれるマイクロ波レーダーだ。

「SARは可視光よりも波長が長く、雲や植生を透過できるのが特徴です。地表の浅い層が湿っているかどうかを衛星から把握できるため、地中深く埋設された水道管からの漏水を間接的に捉えることが可能になります」(奥村氏)

 実際の解析では、10m四方単位で地表の湿潤状態をマッピング。排水管データと組み合わせることで、どの地点に異常がある可能性が高いかを“赤い点”として示す。従来の音聴調査のように人手で数千キロの管路を点検するのではなく、調査対象を効率的に絞り込めるのが大きな強みだ。

 福岡市での実証実験は、その有効性を示す象徴的な例だ。市内2平方キロを対象に、mizuiroが提示した候補地点と実際の音聴調査結果を比較したところ、13カ所の漏水のうち7カ所を検出できた。

「我々は漏水そのものを直接見ているのではなく、地表の湿潤を手掛かりに“怪しい場所”を抽出しています。ですからmizuiroは『漏水調査』ではなく『スクリーニングサービス』と位置づけています」と奥村氏。

 つまりmizuiroは万能な“漏水探知機”ではなく、調査すべき範囲を大幅に絞り込むフィルターの役割を担う。従来の調査を置き換えるのではなく、効率化のための前段ツールとしての価値が高い。

他社サービスとの差別化ーー「日本仕様」のAIモデル

 

 現在、衛星を用いた漏水調査サービスは国内外で複数展開されているが、mizuiroには独自性がある。

 一つは「国内完結」の体制だ。データ解析やAI学習はすべて日本国内で行われるため、海外に情報が流出することがない。安全保障上の懸念が高まる中で、自治体にとって安心材料となっている。

 もう一つは「日本の環境に特化したAIモデル」だ。乾燥地帯で開発された海外サービスは、日本のように湿潤な気候では誤検知が多発する可能性がある。mizuiroは国内の水道局が蓄積してきた過去の漏水データを学習に活用することで、地域ごとに適応したモデルを構築している。

「過去の修繕履歴をきちんと管理されている自治体ほど、解析精度も高まります。地道なデータ整備がAIモデルの品質を左右するのです」と奥村氏は強調する。

 もっとも、衛星観測には限界もある。豪雨や降雨直後のデータは地表が一様に濡れてしまうため、解析に使えない。またJAXAの衛星は多目的利用されており、漏水調査のためだけに高頻度観測が行われるわけではない。

「現状では年に1回程度しか観測機会がないケースもあります。今後、新しい衛星の打ち上げで頻度が増えることを期待しています」(奥村氏)

 さらに、地表に水分が現れないタイプの漏水(下方に浸透するケース)や、池や溜め池からの浸水など、誤検知や見逃しの要因も存在する。mizuiroはあくまで「スクリーニング」であり、現地調査と組み合わせることが前提だ。

社会的意義ーー水道インフラ維持の切り札に

 埼玉県での事例では、mizuiroが示した有力候補地点を対象に音聴調査を行い、漏水の疑いが高い地点を掘削したところ、地表は乾いていたにもかかわらず、地下1.1mの水道管から実際に漏水が確認された。

「衛星画像上では赤く表示されていたのに、現地では乾いている。これを信じて掘削したら本当に漏水していた、という事例は複数あります。衛星の目がなければ見過ごされていた可能性が高い」と奥村氏は振り返る。

 従来の方法では膨大な労力とコストが必要だった調査を、mizuiroは大幅に効率化できる可能性を示している。

 全国の水道管の更新率は年間0.8%程度と極めて低く、このままでは「全ての管路を更新するのに約130年かかる」と試算される。財政難に直面する自治体にとって、更新も調査も現実的に全件対応することは不可能だ。

「闇雲に調査しても効率が悪い。mizuiroは『この辺が怪しい』というヒントを与えることで、調査の効率を飛躍的に高めます。しかも衛星で見えるのは比較的大規模な漏水が多いため、修繕効果も大きい」(奥村氏)

 限られた予算と人員で最大限の成果を出す――mizuiroはそのための強力な武器となり得る。

今後の展望ーーインフラ監視のプラットフォームへ

 RESTECは現在、主な顧客を自治体や水道事業体に据えているが、将来的にはインフラ全般の監視に活用の幅を広げる構想を描く。道路陥没のリスク評価や産業用水の管理など、水道以外の用途も見込まれる。

「私たちは株式会社ではなく、一般財団法人です。営利追求ではなく、社会のために技術をどう役立てるかを最優先に考えています。衛星データの可能性を広げ、インフラ維持管理の基盤を支える存在でありたい」と奥村氏は語る。

 RESTECの「mizuiro」は、衛星データを駆使して“見えない漏水”を浮かび上がらせる新しい調査手法だ。課題はあるものの、老朽化するインフラに対して効率的な調査を可能にする意義は大きい。

 水資源の有効利用、防災リスクの低減、そして限られた公共予算の有効活用――。mizuiroは、社会全体が直面する課題に応える衛星ソリューションとして、今後ますます注目を集めていくことだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

企業、スポーツ団体、生活者の「スポーツの価値」を可視化する、「スポーツの地図」とは?

電通は、競技団体やリーグ、クラブなどのスポーツ団体、およびスポーツをマーケティング活用する企業の事業成長を支援し、魅力的な体験の創出など生活者にとっての価値へと循環させるための戦略フレームワーク「スポーツの地図ver1.0」(以下、スポーツの地図)を開発しました。

本記事では、スポーツの地図を開発したメンバーが集まり、スポーツコンテンツやスポーツ団体が抱える課題、スポーツの地図の開発背景とポイント、活用事例について語り合いました。

スポーツ
左から、電通スポーツビジネスソリューション局・安渕哲平氏、スポーツビジネスソリューション局・富山成貴氏、スポーツビジネスソリューション局・川堀登史氏、第5マーケティング局・林将宏氏、スポーツビジネスソリューション局・中北隆盛氏

企業全体でスポーツの価値を共有できる地図が必要

川堀:始めに自己紹介を。私は、電通のスポーツビジネスソリューション局(以下、SBS局)に所属しています。SBS局は、ステークホルダーと連携し、スポーツを通して世の中にさまざまな価値を生み出す取り組みを行っている組織です。

中北:同じくSBS局に所属しています。スポーツをマーケティングに活用する企業や、スポーツ団体と向き合い、データに基づいたマーケティング戦略や企画のプランニングを行なっています。

林:私は、第5マーケティング局に所属しており、事業戦略やマーケティング関連の領域の仕事をしています。特にスポーツ関連の案件が多く、スポーツを活用した企業のマーケティング支援や、競技団体の事業戦略のコンサルティングに携わっています。 

川堀:今回、SBS局メンバーや、林さんのようにスポーツ関連の案件に携わるマーケター、外部コンサルタントが集まって、スポーツの地図を作ったわけですが、まず、企業によるスポーツのマーケティング活用がどのように変化しているか、改めてお伝えしたいと思います。

大きく4つのフェーズがあったと理解しています。はじまりは、金銭的支援を中心とした寄付的な関わり方が多かったのですが、その後、競技が成長してくるとテレビに企業の看板やロゴが映るといった露出価値が生まれ、メディアとしてスポーツが捉えられるようになりました。2000年代になると、グッズを作りや販促キャンペーンに取り組むなど、単なるメディアをこえてマーケティングに活用するケースが増えてきました。

最近では、元来スポーツが持ち合わせている価値である社会や人とのつながりなどに注目が集まり、マーケティングだけでなく社会貢献や社会課題解決に資するスポーツの活用という視点も生まれ、企業がスポーツを活用する目的は多様化しています。 

いまの時代、「統合諸表ver1.0」(概要はこちら)にも表されているように、企業は利益を上げることだけでなく、多様なステークホルダーに対して価値を生み出していく必要があり、解決すべきさまざまな課題を抱えています。その課題解決に、スポーツが持つ価値を活用できるのではと考える企業が増えていると感じます。

とはいうものの、具体的にスポーツにはどんな価値があり、何ができるのかがイメージできず、十分に活用できていない、活用に踏み込めない企業もまた、多いと感じています。

中北:スポーツが企業のマーケティング活動や事業成長にどのように貢献できるのか、論理的・体系的に説明できるものは、これまでほとんどありませんでした。電通でもスポーツの活用手法についてはマーケターや担当者の経験則や各々のロジックのもとに提案されてきました。

林:そうですね。企業側にもスポーツのマーケティング活用についての明確な方法論が定まっていないので、それぞれの過去の経験や実績をもとに取り組まれていることが多いのが現状です。そのため、メソッド化することによって、より多くの企業にとってスポーツを企業戦略やマーケティング戦略として活用してほしいという思いもありました。

川堀:企業は、部署によってそれぞれ違う目線や目的を持っていて、何のためにスポーツを活用しているのか、全社での共通認識を持てていないケースもありますよね。

中北:はい。共通言語が持てなかったり、部署ごとに意識しているKGI/KPIが違ったり、共通の指標を持ってスポーツをマーケティング活用する意義を語れるものがありませんでした。

林:企業課題が複雑化するに伴い、多くの企業がスポーツの価値に注目するようになっています。そんな今こそ、何のためにスポーツを活用するのか、複数の部署やステークホルダーと同じ目線や目的を持つ“羅針盤”のようなものが必要だと感じたのが、スポーツの地図の作成に取り組むきっかけとなりました。

林将宏


 

企業、スポーツ団体、生活者の三者がWin-Winの関係になることが目的

川堀:改めて、スポーツの地図とはどのようなものか説明をお願いします。

中北:スポーツビジネスに関わる多様なステークホルダーが、共通の認識と視点を持って戦略・戦術を議論し、意思決定できるようにすることを目的としています。スポーツマーケティングの目的やKGI/KPIの設計、アクティベーションの方向性、必要なアセットの可視化など、事業成長というゴールにつながる道のりを体系的に整理し、そのゴールに到達するための「地図」の役割を果たすものです。

スポーツの地図は、企業向けとスポーツ団体向けの2種類があります。スポーツの地図を作るにあたり、スポーツコンテンツが、企業と団体の事業成長やマーケティング活動にどう寄与できるのか、その要素や要因を網羅的に洗い出しました。そして、因果関係を体系的に整理した戦略フレームワークになっています。 

地図はそれぞれ別々のものではなく、例えば、スポーツ団体とともに、この地図を使ってスポーツの価値向上に取り組むことで、サポートしている企業のマーケティング活動にも還元される好循環を生み出せると考えています。

●企業のスポーツマーケティングの戦略設計をサポート(スポーツの地図 for Business Partners)

スポーツの地図は、既にスポーツをマーケティング活用している企業に対しては、現状の施策と目標との整合性を診断し、より効果的な活用方法を導き出す支援を行う。また、新たにスポンサーシップの活用を検討する企業に対しては、マーケティング課題の可視化と仮説構築を通じて、最適な戦略設計の立案をサポートする。

スポーツ

●スポーツ団体の事業成長にも貢献(スポーツの地図 for Sports Organizations)

競技団体やリーグ、クラブなどのスポーツ団体に対しては、ゴールを達成するための重要な変数や因子、またその因子を刺激するのに必要な要素であるアセットを体系的に整理。ゴールにたどり着くためにすべきことの設計を支援することで、スポーツコンテンツ自体の価値向上にも寄与する。

スポーツ

林:企業は、マーケティング活用以外にも、ESGなども含めたコーポレート活動や、インターナルコミュニケーション、企業文化づくりにスポーツを活用することもあります。そういったことも網羅できるように設計しています。また、最近ではROI(Return On Investment:投資利益率)の視点が求められるケースも増えていますが、スポーツに投資した効果も見えるようにしています。

中北:そうですね、財務と非財務の両面でスポーツの価値が可視化できていることがこの地図の特徴ですね。スポーツには、人と人とのつながり・一体感を生み出す、人を勇気づける、気分転換になる、健康づくりに役立つ、地域の活性化に貢献できるなど、いろいろな社会的な役割があると思います。スポーツの地図を活用して、企業とスポーツ団体がこのようなさまざまなスポーツの価値を再認識することで、企業、スポーツ団体、生活者の三者がWin-Winの関係になれるきっかけになればと考えています。

中北隆盛


 

スポーツの地図によって、企業が享受しているさまざまな価値が見えてくる

中北:ここからは、スポーツの地図を活用した事例をお伝えします。私が紹介するのは、あるスポーツ大会のオフィシャルパートナーになったクライアント企業の事例です。スポーツをどのようにマーケティングに活用していけばよいかをスポーツの地図をもとに考えました。

このクライアントが行ったブランド調査によると、世の中からの信頼度は高く、技術力も認められていたのですが、クリエイティビティ、イノベーティブ、新しいことにチャレンジといったスコアが相対的に低かった。そこで、アクティベーション施策は、売り上げをKPIとせず、課題となる企業イメージの向上を通じて、企業ブランドのファンを増やし、社会的価値や企業価値を上げていくことでクライアントと合意できました。

さまざまなアクティベーション施策を検討する中で、その施策がどのイメージ強化に寄与し、このクライアントのファンの拡大につながるのか、スポーツの地図を使って目的から逆算しながらクライアントと施策を組み立てていきました。さまざまな施策を展開しましたが、早い段階で目的が明確に定まっていたため、大会後の成果を把握するためにどんな調査を行ってPDCAを回していけばよいかについてもスムーズに議論することができました。 

川堀:スポーツの地図を使うことで現場の担当者だけでなく、経営層も含めて最終的に目指すことが理解できたので、共通認識を作るという意味でとても役立ちましたよね。他に事例はありますか?

中北:あるスポーツリーグのタイトルパートナーになっている企業に対してもスポーツの地図を活用しています。タイトルパートナーを務める意義をスポーツの地図を使って整理したところ、とても分かりやすいという声をいただきました。 

この企業は、自社の認知拡大がタイトルパートナーを務める主目的だったので、企業認知がどれくらい上がったかという指標だけで、タイトルパートナーを継続するか否かを判断しようとしていました。

そこで、スポーツの地図を使うことで、タイトルパートナーを務めることにより、各チームへの営業活動のルートができたことや、社内向けには、試合のチケットが福利厚生として社員に人気があることもタイトルパートナーの成果であることを再認識していただきました。

川堀:スポーツのマーケティング活用は、いろいろな効果が出ていることに気づかないことがありますよね。スポーツの地図で俯瞰(ふかん)して見ると、実は企業が享受できている価値に気づくきっかけを与えられるということですね。

川堀登史
林:そうですね。採用活動に役立っていたとか。社員同士の交流につながっているとか、いろいろなところに好影響が出ているケースがあります。

これは事例ではないのですが、スポーツ×企業において、金融機関や流通系の企業などでは、本社と支店がバラバラに競技団体やチームを支援しているケースがあります。その背景には、各支店の営業活動や昔からのお付き合いといった側面があり、企業全体のマーケティング視点で見ると複雑化しているケースがあります。そういったケースでは、それぞれの支援の目的が何か、企業全体としてスポーツマーケティングをどう考えていくか整理するときにも役立ちます。

中北:確かに。他にも、スポーツのマーケティング活用では、「どのスポーツが良いのか」という話に終始することがあります。それでは目的を見失ってしまい、どこかの時点でスポーツの活用に疑問を感じてしまうこともある。そうではなく、まずは目的や意義を定めた上で競技を考える。そのように、スポーツの地図を役立てることもできるかなと思います。

川堀:スポーツ団体の事業成長という点で、スポーツの地図はどのように役立ちそうですか?

林:スポーツ団体は、自分たちが行っている競技を成長させるために、どうすれば人気が出るかということばかり考えてしまうことが多いんです。確かに、それはとても大事ですが、成長プロセスを俯瞰して考えることも必要です。例えば、競技人口を増やすという成長の方法もあれば、いろいろな観戦手法を増やしたり、パラスポーツ的な視点での成長もあります。スポーツの地図で、成長に向けたストーリーを考えるヒントになるのではないでしょうか。

中北:スポーツ団体・スポーツの中期的な成長のために、どのようなKGIを定めて、経済価値と社会価値を上げていく必要があるか、バックキャストで考えることが大事です。短期的なチケットセールスにとどまらずに、視座を引き上げるためにもスポーツの地図は役立ちそうですね。

川堀:本日、スポーツの地図について語り合って、企業、スポーツ団体ともに、スポーツの地図の活用可能性が改めて見えてきました。

林:スポーツをマーケティング活用したいが、検討には至っていない企業も多いと思います。どうしたらよいか分からない場合のきっかけにしてもらいたいですね。

川堀:スポーツは価値が見えにくい側面がありますが、その価値を明らかにしていくときにぜひ、スポーツの地図を役立ていただけるとうれしいですね。

「スポーツの地図」に関する詳細や導入に関する問い合わせ:sports-solution@dentsu.co.jp
 

sns

モバイル決済が生活に浸透する先、日本のキャッシュレスはどう変わる?

プラスチックカードからモバイルへ。

「決済手段の主役が変わった。」
そう思わせる結果が、2024年12月に実施したキャッシュレス調査(調査概要はこちら)で表れました。

「電通キャッシュレス・プロジェクト」が、毎年実施して今年で第7回となる「生活者のキャッシュレス意識調査」。今回のテーマは、「モバイル決済の利用実態解明」です。

日本のキャッシュレス決済に構造変化が起き、今後はモバイル決済が主役となる―。この仮説をベースに、

  • 生活者のキャッシュレス認知に変化はあるのか
  • キャッシュレス利用者が一番利用している決済手段はなにか
  • 個人間送金、投資、融資、保険などの金融サービス利用とモバイル決済との関係はあるのか

といった問いを立て、調査を実施しました。

カードが推進してきた日本のキャッシュレス決済は、今大きな転換点を迎えているように感じます。

「キャッシュレス・インサイト2025」では、前編/後編で、「生活者」とキャッシュレス決済を受け付ける「店舗」の両面から、電通の吉富才了が日本のキャッシュレス決済を俯瞰(ふかん)して考察します。

<目次>

日本のキャッシュレス指向を、より鮮明に

キャッシュレス派が8割超え。噂の“年齢格差”もなし

キャッシュレスの主役の座は、カードからモバイルへ

最も使うキャッシュレス決済手段は、モバイル決済が最多に

2年で上がったモバイル決済の浸透力

決済事業者が期待する新たな収益源とは

“合わせて使える”金融サービスで、顧客エンゲージメントを高める

日本のキャッシュレス指向を、より鮮明に

キャッシュレス・インサイト2025 #724 キャッシュレス利用分類 図版①
出典: 電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 2024年12月」

日本人のキャッシュレス指向が強まっている。今回の調査では、そう感じる結果が出ました。直近1年間の日常生活において、キャッシュレス決済を利用できるところで、どのくらいの頻度でキャッシュレスを使っているのでしょうか。

今回の調査では「100%キャッシュレス」「80%キャッシュレス:20%現金」「60%キャッシュレス: :40%現金」「40%キャッシュレス:60%現金」「20%キャッシュレス:80%現金」「現金しか使わない:100% 現金」の6分類から選んでもらいました。

この分類によって、大きくキャッシュレス派と現金派に分けることができます。「100% キャッシュレス」「80%キャッシュレス」「60% キャッシュレス」はキャッシュレス派。「40% キャッシュレス:60%現金」「20%キャッシュレス:80%現金」「現金しか使わない:100% 現金」は現金派と見なすことができます。

キャッシュレス派が8割超え。噂の“年齢格差”もなし

キャッシュレス・インサイト #724 キャッシュレス利用者の実態 図版②
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 2024年12月」【SA サンプル数=1000】

今回の調査結果では、日常生活の決済シーンで、5割以上キャッシュレスの決済手段を使っている人たち、つまりキャッシュレス派は80.2%となりました。内訳は、「100%キャッシュレス」が43.2%、「80%キャッシュレス」が25.1%、「60%キャッシュレス」が11.9%です。

前回(2023年11月)の調査結果で、キャッシュレス派は78.0%でした。直近1年間で2.2 ポイント増えたことになります。キャッシュレス派が8割を超え、またじわりと生活者の決済状況がキャッシュレス利用へ動いている状況がうかがえます。

現金派はどうでしょうか。今回の調査では前回の22%から減って19.8%となり、2割を切りました。これまで現金派の中でも一部キャッシュレスを使っていた「60%現金」と「80%現金」の人たちが、キャッシュレス派へ少しずつ移行しているようです。

ちなみに、キャッシュレス推進協議会※によれば、日本のキャッシュレス決済比率(日常の支出金額の中でキャッシュレス決済が占める率)は2023年時点で、39.3%と報告されています。キャッシュレス派が8割を超え、なおかつ完全キャッシュレス派とも呼べる「100% キャッシュレス」が4割を超えているにもかかわらず、キャッシュレス比率はなぜそんなに低いのでしょうか。

その理由は、まだ多くの中小店舗がキャッシュレス決済に対応していないからだと考えられます。この点については、キャッシュレス決済受付側の店舗に関する第2回「中小店舗のキャッシュレスの壁」で、触れていく予定です。

※:一般社団法人キャッシュレス推進協議会「キャッシュレス・ロードマップ2024 」(2024年12月)を参照 

 

また、キャッシュレスについては、「年齢が高くなるにしたがって、キャッシュレス決済利用が減り、現金派が増える」と都市伝説的に言われることがあります。しかし、今回の調査では、20代のキャッシュレス派は83%、30代は85%、40代は74%、50代は79%、60代は80%となり、年齢によるキャッシュレス格差はあまり見られませんでした。

キャッシュレス・インサイト #724 キャッシュレス派の年齢差はない 図版③
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 2024年12月」【SA サンプル数=1000】

 

キャッシュレスの主役の座は、カードからモバイルへ

キャッシュレス・インサイト2025 #724 キャッシュレス決済手段の認知度
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 2024年12月」【SA サンプル数=1000】
 

今回の調査で、キャッシュレス決済手段の認知度にはあきらかな変化がありました。

図表4のチャートは、5年前の2019年3月の調査と、2024年12月の調査を比較した結果です。これを見ると、モバイル決済の認知度だけが5年間で上昇しています。逆に、カードの認知度は下降気味です。オンライン決済や現金払いはほぼ変わっていません。具体的に見ていきましょう。

2019年3月といえば、PayPayがローンチした2018年10月から約半年後ということになります。モバイルQR決済がキャッシュレス決済であるという認知度は64.7%でした。この時点でも、短期間での認知向上という意味で、驚異的な数字であることは間違いありません。

日本中にPayPay旋風が巻き起こり、メディアは連日キャッシュレス決済を特集していました。2024年12月時点では13.7ポイント増えて78.4%に。モバイルQR決済の認知度はキャッシュレス決済手段としてクレジットカードにならび、交通系(Suica、PASMOなど)、流通系(WAON、nanacoなど)といった電子マネーとほぼ同格にまでなったのです。

また、カードやデバイスを専用機器にかざすだけで決済できる「モバイル非接触決済」は、2019年の40.5%から8.2ポイント増えて48.7%となり、認知率では6位になっています。この5年間で大きく伸びたのは、モバイルQR決済とモバイル非接触決済だけと言えます。モバイル決済がキャッシュレス決済手段として認知されてきたことの表れでしょう。

一方、認知率で大きく減退したのはカードです。クレジットカードは2019年の84.5%から78.4%へ6.1ポイント減少しました。デビットカードは59.0%から50.1%へ8.9ポイント減少。プリペイドカードは57.4% から39.3%へ18.1ポイントも減少しています。カードがキャッシュレス決済の代表格ではなくなりつつあることの現れかもしれません。

 

最も使うキャッシュレス決済手段は、モバイル決済が最多に

キャッシュレス・インサイト2025 #724 最も利用頻度の高い決済手段 図版⑤
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 2024年12月」【SA サンプル数=1000】

では、利用頻度で見てみるとどうでしょうか。日常生活において最も利用頻度の高い決済手段はなにかを聞いてみました。

その結果、モバイル決済(QR 決済と非接触の合計)を第一決済手段としている人が42.8% で最も多いということがわかりました。前回調査の36.5%から6.3ポイント上昇し、5人いたとしたら2人強がモバイル決済を第一決済手段として使っているということになります。

一方で、カード(クレジット、デビット、プリペイドの合計)は33.0%で、前回から3.2ポイントのダウンとなりました。現金は18.7%で前年から2.4ポイントのマイナス。電子マネーは5.1%で、前回から1.1ポイントダウンとなりました。

今回の調査で伸びたのはモバイル決済のみとなり、カードや現金、電子マネーが下落した分がモバイル決済に替わっていると分かります。

前回の調査では、モバイル決済が36.5%、カードが36.2% で、モバイル決済がわずか0.3%でトップでした。しかし今回は42.8%と33.0%で、その差は9.8ポイントと大きく開きました。キャッシュレス決済の主役が変わったと言ってもいいでしょう。

なお、年代別に見ると、若年層ほどモバイル決済を第一決済手段とする割合が高いことがわかります。20代は49.0%、30代は49.6%。若年層では実に半数がモバイル決済主義です。
 

キャッシュレス・インサイト2025 #724 最も利用頻度の高い決済手段(年代別)図版⑥
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 2024年12月」【SA サンプル数=1000】

詳しくは後述しますが、彼らは今後も長らくキャッシュレス決済を使い続ける可能性がある有望ユーザーです。40代になると40.1%となり、50代では39.5%、そして60代では36.0%まで低下します。60代は唯一、カードを第一決済手段としている人の割合(38.5%)が高いという結果でした。

 

2年で上がったモバイル決済の浸透力

キャッシュレス・インサイト2025 #724 モバイル決済の回数は増えたか 図版⑦
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 2024年12月」【SA サンプル数=929】

モバイル決済はいつから浸透していったのでしょうか。今回の調査結果では、キャッシュレス決済を利用している人のうち、61.1%が「2024年に入ってからモバイル決済の回数が増えた」と回答しました。とても増えたという人は4人に1人(24.3%)、やや増えたという人は3人に1人(36.8%)。これらのデータから、カードや電子マネー、現金よりもモバイル決済の利便性の高さが示唆されています。

では、どこでモバイル決済が増えているのでしょうか。最も多かったのがコンビニ(51.8%)、ついでスーパー/モール(45.2%)、ドラッグストア(41.0%)となっています。このトップ3は、いずれもレジが混み合いがちな場所です。
 

キャッシュレス・インサイト2025 #724 モバイル回線が増えた場所
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 2024年12月」【SA サンプル数=880】
 

これらの場所でのモバイルQR決済は利用者提示型(CPM: Consumer Presented Mode)で、スマートフォンに表示されるQRコードを提示するだけで良く、カードを決済端末に挿入し暗証番号を入力するなどの手間がありません。

グラフ表示はしていませんが、場所ごとの決済手段の頻度を見ると、コンビニのトップはモバイル決済(62.6%)で、クレジットカード(31.2%)や現金(33.4%)の2倍も使われています。ドラッグストアでもモバイル決済がトップで56.8%。2021年時点では、現金(49.2%)がトップで、モバイル決済(39.5%)は2位につけていたところ、17.3ポイントも上昇しました。

スーパー/モールでは、クレジットカード(60.0%)がトップですが、モバイル決済(54.9%)は2位。2021年時点では、36.3%と3位で、カードや現金の方が高い結果となっていました。

直近わずか2年でモバイル決済の浸透度は大きく上がり、日本のキャッシュレス決済の利用状況を大きく変えつつあります。

 

決済事業者が期待する新たな収益源とは

キャッシュレス・インサイト2025 #724 モバイルUQ決済利用者の金融サービス利用 図版⑨
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 2024年12月」【SA サンプル数=716】

モバイル決済が浸透する一方で、モバイル決済事業者はカードではむずかしかった金融サービスのクロスセルを推進し、着々と新たな収益源を手に入れています。つまり、個人間送金、投資、保険、融資などの金融サービスを一つのアプリ(デジタルウォレット)で提供しようとしているのです。

個人間送金の場合、モバイルQR決済利用者の39.9%が利用しています。確かに、送金手数料は無料なので、直接的には収益とはなりません。しかし、資金の受け手は、その資金で決済アプリ経済圏内でショッピングする可能性があり、手数料収入が見込めます。手数料率は減少しても、件数が増えればトップラインは伸びていきます。

モバイルQR決済と投資のクロスユース率も34.9%と高い数値です。NISAによって決済と投資の連携がこれまで以上に強まっています。モバイルQR決済事業者の多くは投資サービスを決済に紐づけて提供しています。少額投資からNISAでのつみたて投資まで、年間にすれば相当な額が決済されることになり、その分投資手数料がはいります。投資で増えた資金は、いずれ決済にまわり、手数料収入に変わる可能性もあります。

“合わせて使える”金融サービスで、顧客エンゲージメントを高める

モバイルQR決済利用者で保険を利用している人は、21.4%でした。熱中症やインフルエンザ見舞金、自転車保険、ゴルフ保険など、手軽に買える短期少額保険が人気を呼んでいます。少額とはいえ保険料収入が積み上がれば、安定的な収益源になります。

融資を利用している人は10.8%でした。融資からは金利収入が見込めます。モバイル通信キャリアの融資サービスは、ブランド力と手軽さで伸びています。加盟店手数料収益が減速する中、消費者からの収益確保は重要なポイントです。

モバイルQR決済の利用者のうち、QR決済のみを使っている人は40.6%でした。つまり約6割の人は、何らかの金融サービスをクロスユースしていることになります。モバイルQR決済がデジタルウォレットアプリとして機能していることの証左でもあります。
 

キャッシュレス・インサイト2025 #724 モバイルUQ決済と他金融サービスのクロスユース率 図版⑩
出典:電通キャッシュレス・プロジェクト「第7回生活者のキャッシュレス意識調査 2024年12月」【SA サンプル数=716】

利用サービス数がモバイルQR 決済+1件の人は32.5%でした。+2件は14.7%、+3件は6.6%、+4件は5.6%でした。デジタルウォレットであれば、その中にいくつでも金融サービスを組み込むことができます。

クロスユースが進めば進むほど、顧客のエンゲージメントも高くなり、収益を継続的に伸ばすことができます。また、モバイルQR決済と他サービスのクロスユース率が高いことは、ユーザーにとっても利便性が高いなどのメリットがあることの証左であると考えられます。モバイル決済は金融サービス利用の入口としても、今後さらに存在感を増していくかもしれません。

次回は、キャッシュレス決済を提供する店舗側の変化について見ていきたいと思います。

【調査概要】
第7回「生活者のキャッシュレス意識調査」
・目   的:生活者の決済手段の変化の把握
・対象エリア:日本全国
・対象者条件:20~69歳男女
・サンプル数:1000 ※
・調 査 手 法 :インターネット調査
・調 査 期 間 :2024年12月1日~12月3日
・調 査 機 関 :楽天インサイト株式会社
※ 1000人に対し、性年代構成比を人口構成比(R2国勢調査)にあわせてウエイトバック集計を実施。「%」および「n」はウエイトバック後のスコア、サンプル数を掲載。
 
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