快適なハイエンド体験ができるスマホで8万円台、「arrows Alpha」の破壊力…従来のハイエンド機種と遜色なし

●この記事のポイント
・10万円台後半~20万円台と高価格なハイエンドスマホ市場に一石を投じる8万円台の「arrows Alpha」が登場
・ハイエンド体験を行うために必要なスペックと機能はひととおり揃えた上で、IP6Xの防塵性能、IPX6/8/9の最高水準の防水性能、MIL規格23項目への準拠、独自の画面が割れにくくなる構造など、高い耐久性も備えている
・90Wの急速充電を導入でも電池にやさしく、2日間の電池持ちが5年間続く

 10万円台後半~20万円台も当たり前になったハイエンドスマホ。そのジャンルにFCNTが8万円台という低価格の新型スマートフォン「arrows Alpha」を8月に投入すると発表し、話題を呼んでいる。ハイエンド体験を享受するのに必要なスペックと機能をひととおり揃え、防水・防塵性能で高い耐久性を備えているにもかかわらず、なぜ圧倒的な低価格を実現できたのか。また、より高価格帯のハイエンドスマホと比較して「こういう点は我慢する必要がある」といった点はあるのか。FCNTへの取材を交えて追ってみたい。

●目次

まず「9万円以下」という目標価格設定

 今回、8万円台という低価格のハイエンドスマホを投入するに至った背景について、FCNTは次のように説明する。

「15~20万円のスマホは一部の人は買えますが、多くの人は手に届きづらいという価格帯になっており、ハイエンドスマホのマーケット規模は縮小傾向にあります。2サイクルくらい前の時代には10万円ほどで買えたのですが、今の価格は高過ぎて以前はハイエンド端末を購入していた人でも購入を控える、ということも起こっています。ハイエンドモデルでこそ享受できる、AI機能や進化したゲーム体験などのイノベーションを端末価格が高いから体験できないという状況は、日本のデジタル発展を阻害する社会課題でもあるという認識を弊社は持っていました。そうしたなかで、消費者の方々の経済的事情や支払いの壁などを考慮した際に、実売価格で9万円以下のスマホをお届けするには、どういうものを作ればいいのかというところにもっとも重きを置き、FCNTが9万円以下でハイエンドモデルを投入することには大きな社会的意義があるという認識に立ち、チャレンジをしたという経緯です。

 価格を高くすればするほど、当然、より高スペックのものをつくれますが、まず上限を9万円と決めて、どういう仕上がりにすればいいのかと、とことん突き詰めて考えていったというのが今回のプロジェクトであり、『価格もスペックの一つである』ととらえて全体的に検討してまいりました」

 なぜ8万円台という価格を実現できたのか。

「弊社はレノボグループの傘下になり、従来と比較して部品の調達コストを抑えられるようになり、グローバルモデルと共通の部品選定を一部することによって、コスト効率性を上げることができました。また、8万円台を実現するために、お客様に対して還元していきたいという思いから、戦略的に価格を設定している部分もあります。

 弊社は継続してお客様のニーズをリサーチしていますが、CPU性能と同じくらい堅牢性やRAM・ROMの容量、耐環境性へのニーズが高いので、それらのバランスをいかに取るのかを重要視しました。新しいテクノロジーやAI機能を取り入れるなかで、“使いやすさ”というところに対して何か手当てをできないかという点も注力しました。今回の機種では、左側面に物理キーとしてアクションキーを用意していますが、単押しと長押しとダブルクリック、それぞれにAIだけではなく、ユーザーがダウンロードしたアプリも含めてショートカットで起動できるようにしております。AI利用において、従来のホームキーや電源キーの長押しという動作には心理的敷居があるのではないかと捉えており、商品企画の最初の段階から、長押しという障壁をなくしたいという思いがあったためです。そういった考え方から、AIの使い勝手をアクションキーという形で昇華させました。

 AI以外の利用においても、例えば、アクションキーにQR決済アプリを割り当てて、スマートに決済するなど、個々のユーザーにとって使い勝手が良いかたちにカスタマイズできるように仕立てております。(FCNT)

単純にCPU性能だけでは測れない快適さ

「arrows Alpha」はSoC(プロセッサ)としてミドルハイスペック端末向けのMediaTek製「Dimensity 8350 Extreme」を採用しており、メモリはハイエンドモデルでも一般的な12GBを搭載している。より高価格帯のハイエンドスマホと比較して、「こういう点はやや我慢していただく必要がある」という点はあるのか。

「弊社がターゲットとしているユーザー層は、これまではハイエンドスマホを使っていたけれども価格が上がってもう手が届きづらいと感じているユーザー様が多いです。そのようなユーザー層の方々は、CPU性能の優先順位が相対的には高くはなく、長期利用に資する仕立てやRAM・ROMの大容量へのニーズが高い傾向と捉えています。『arrows Alpha』のように512GBのROMがついて、さらにSDカードで拡張性が持てるという機種は他にほとんどなく、単純にCPU性能だけでは測れない快適さをご提供できると考えております。

 また、ハイエンドクラスのユーザー様には2~3年ぐらいで買い替えるサイクルの方が多いですが、arrows Alphaは5年間のセキュリティ更新を保証して長期利用の間も快適にお使いいただけるように、電池の持ちの改善、高い堅牢性・防水性の確保にも注力しております。

 より高い性能のSoCを採用する意味というのを改めて考えたときに、その実質的なメリットをどれだけの方々が享受できているのかというのは、非常に難しい面もあります。SoCも多数のバリエーションが出てきて、以前と比べてかなり複雑化しており、ベンチマークとして高いスコアを取ったとしても、それが実利用にどこまでリンクしてるのかは評価が難しいです。

 今回私たちが『Dimensity 8350 Extreme』を採用した理由の一つとして、オンデバイスでAIを動かせるというのが大きなポイントとなっています。例えばベンチマークテストでスコアが高くても、オンデバイスでAIが動かなければ、私たちが提供したい体験の広がりを実現するためには理想的ではないということになります。ワンランク上のSoCと比較してCPU性能は落ちるものの、AIパフォーマンスがでるということになれば、実勢品質としては劣っているとはいえないのではないでしょうか。

 今回、私たちはSoCに対してさまざまなチューニングを個別でやらせていただいており、『このチップセットだったら我々が提供したいユーザー体験というものを実現できる』というレベルにまで引き上げています。そういう意味も含めて、かなり魅力的なチップセット性能にできたと自負してるところでもあります」

2日間の電池持ちが5年間続く

 そのほかにも「arrows Alpha」には魅力的な特徴が多く詰まっているという。

「日本人は外国の方々と比較して少し手が小さいので、幅72ミリ以下にするという点にはこだわりました。そのなかで最大限のフラグシップ性能のディスプレイを用意したいといことで、今回6.4インチのディスプレイを採用し、LTPOという可変のリフレッシュレートも採用しております。1Hzから144Hzまでシーンに応じて変えられ、ユーザー様が滑らかに動いてほしいところに対しては滑らかに動くようにし、静止画は1Hzで動くようにしたりして、高い省電力性を実現しております。画面も明るく、解像度も高く、お客様が常に見て触って感じるディスプレイに関してはコストをかけています。

 2日間の電池持ちが5年間続くという点を実現しつつ、90Wの急速充電も可能になっており、充電1%状態から35分で100%まで持っていけるようにしました。全体的にスペックに関しては10万円を優に超えるハイエンドモデル級のスペックになっていると考えております」

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

当たり前を超えていく。持続的な事業成長と駅の未来とは?

企業として変えてはいけないものを守りながら、変化していくために大切なこととは?

駅を基点に、地域とつながる新しいビジネスが続々と生まれています。2025年4月に誕生した「エキュート秋葉原」は、ロボットの活用、オールキャッシュレスの集中レジ、駅の忘れ物の傘をアップサイクルした買い物かご、遊ぶと地域貢献ができるゲーム機などを導入した次世代型の新しいエキナカ商業施設。また、翌5月に高輪ゲートウェイ駅のイベントスペース「マチアイ」に期間限定でオープンした「earth song」は、「地域と花が循環する仕組み」をテーマに、地域と資源の新しい循環をつくるアップサイクル事業に取り組んでいます。

本記事では、前述の2つのプロジェクトを推進したJR東日本クロスステーション デベロップメントカンパニー(以下、JR-Cross)常務執行役員 営業部長 新事業戦略部担当の江越弘一氏、新事業戦略部長の播田行博氏と、プロジェクトに伴走した電通第1ビジネス・トランスフォーメーション局の加藤剛輔氏、三浦旭彦氏が、持続的な事業成長をテーマに語り合います。

こちらからインタビューのダイジェスト版をご覧いただけます。

 

電通 加藤氏、JR東日本クロスステーション デベロップメントカンパニー 播田氏、江越氏、電通 三浦氏
(左から)電通 加藤氏、JR東日本クロスステーション デベロップメントカンパニー 播田氏、江越氏、電通 三浦氏

常に地域に熱い想いを注いできた。これまでの20年間の延長上にある未来の姿

三浦:本連載ではJR-Crossさんが推進し、電通グループが伴走して開業した新しいコンセプトのエキナカ商業施設「エキュート秋葉原」と、高輪ゲートウェイ駅に誕生した地域と資源の循環を生み出すお店「earth song」を軸に、各プロジェクトの成功のカギをひもといてきました。今回は双方を横断して、プロジェクトの背景や事業戦略、想いにフォーカスして議論できればと思っています。

最初に、JR-Crossさんが思い描いている成功のイメージをお伺いします。例えば、今から10年後、新事業が次々に話題となり、テレビをはじめとするメディアからたくさんの取材を受けるようになっていたとしたら――。どのような内容の取材になっていると思いますか?

江越:率直に言うと、10年後くらいにはあえてメディアに取り上げられなくなっているくらいのほうが良いなと思っているんですよね。毎年新しい施策を打ち出し続けて、「またJR-Cross?」「JR-Crossならそれくらい当たり前でしょ」という社会的認識をされているのが理想です。

ただ、10年後となると、時代は相当変化していますよね。当然、現在実施している施策をそのまま続けていても、お客さまにはまったく響かないと思います。だから10年後も、今と同様10年後の若手を中心とした新しい世代が自由な発想で各施策にチャレンジしている未来を想像しています。

江越氏

三浦:組織内で世代交代しながら、企業としての視座を永続的につないでいくことを目指されているわけですね。今回、電通は「エキュート秋葉原」と「earth song」のプロジェクトをご一緒させていただきましたが、JR-Crossさんは若手や中堅社員を含めて、全員が地域に対して非常に熱い想いを持っていることに驚きました。

江越:地域への熱い想いは、JR-Crossの原動力ですね。今年度、エキュートは20周年を迎えましたが、実は20年前、「新しいエキナカ商業施設をつくろう!」と新事業を立ち上げて初代店長となったのが私です。それ以来、「地域と一緒に成長していきたい」という揺るぎない想いをずっと持ち続けていました。

地域のにぎわいに貢献したい。この一心で、さまざまなアイデアを出し、施策を打ってきました。この経験を積み重ねてきたことが、JR-Crossの財産なのだと感じています。

加藤:20年の間に、各地域はかなり変化しましたよね。ですから、単に現在の課題にフォーカスするだけでなく、「その次にどう変わるか」を見据えた施策が求められます。地域全体を見つつ、多様なステークホルダーにも目を向け、一歩先を行く新しいアジェンダをどのように作れば、地域全体がハッピーになれるのか。電通としても、常に意識しているポイントです。

播田:また、10年後といえば、エキュートが30周年を迎えるタイミングです。一般的な経営サイクルを考えると、場合によっては一度何らかの危機を迎えることもあり得ると思います。そのときに重要になってくるのが、「なぜ、この地域にエキュートがあるのか?」「その価値は、地域にしっかり受け入れられているのか?」という視点です。常に地域に溶け込み続け、地域の中に存在する必然性を確立していかないと、10年後の成功は成し得ないと考えています。

播田氏

江越:地域によって、必然性の要因はまったく違いますからね。だから今回も、「秋葉原らしさ、高輪ゲートウェイらしさとは何だろう?」という根っこの部分から、徹底して探究しました。

播田:特に現場メンバーは、「街を歩いて、地域の方々が何を求めているのかに耳を傾ける」ことを実践しています。その上で、何度もディスカッションを重ねて、アイデアを広げていくんです。

三浦:歩いてみないと、分からないことがたくさんありますからね。この視点にはとても共感しますし、大事なことだと思います。私もメモを取りながら秋葉原を歩きまくって、アイデアを考えました。

「安全・安心を守る」という使命感を土壌に、パーパスの大幹を育てる

三浦:地域の生活者と一緒に新しいビジネスを創造してきたJR-Crossさんと、人の心が動く生活者発想で新しい視座のビジネス発想を創発する電通が、ワンチームで取り組めたことはとても良かったと思います。

JR-Crossさんのメンバーも、播田さんが所属する新事業戦略部だけでなく、開発や営業など、さまざまな領域からプロフェッショナルが集まりました。立場が違うがゆえに、「これは違うんだ!」と白熱した論議を繰り広げたこともありましたよね。

その様子に触発されて、「電通も負けていられない!」と私たちからも新しいアイデアをたくさん出させていただいて、2社のアイデアを共鳴させながら、一つの答えを導き出すプロセスはとても刺激的でした。

播田:そうですね。現場サイドの視点で議論するだけでなく、電通さんならではのイノベーティブな生活者発想の視点や地域に新事業を生み出すノウハウを融合させることができました。だからこそ、地域に本当に必要とされる施策が打てたのだと思っています。

三浦:電通としては、JR-Crossの皆さんが「安全・安心を守る」という使命感を強く持たれていたことにも心を打たれました。「駅という、国民の移動の要となるプラットフォームで、安全・安心が損なわれたらまったく価値はない」「この施策で、安全・安心を本当に守れるのか?」といった議論も多かったのが印象的でした。

三浦氏

江越:「安全・安心を守る」という意識は、JR-Crossに浸透する全施策の核となる考え方です。特に、デベロップメントカンパニーのパーパス「エキのひととき ちょっと、もっと、ずっと、」を実現させるためには、絶対に必要だと感じています。

例えば、事業の中心にパーパスという大きな幹があるとすると、その幹から伸びている枝葉が各施設によるさまざまな施策。まっすぐ伸びる枝もあれば、ユニークな形に曲がっている枝もあるんです。

また、幹を太く成長させるために欠かせないのが、「安全・安心を守る」という土壌です。何か迷ったときには幹の存在意義に立ち返り、安全・安心を実現する枝葉を広げていくといったサイクルで事業を成長させているんです。

播田:パーパスが真ん中にあるから、最初に聞いた段階では採用に至らないと思う意見が出ても、一度はすべてを受け入れざるを得ないんですよね。「自分が気づいていないだけで、パーパスを守るためにこの意見も重要かもしれない」「重要なら実現させないといけないし、難易度はかなり高くても実現できる方法があるかもしれない」といった議論が巻き起こり、あらゆる可能性を模索する。だから、変革するための新たな視点が生まれやすいのだと思います。

江越:このように電通さんと異なる視点を掛け合わせた刺激的なディスカッションを重ねることで、われわれのアイデアの引き出しは確実に増えましたね。地域が違うと、施策の向き合い方やアウトプットの仕方はまったく異なります。秋葉原の施策としてはお蔵入りしたけれども、アレンジ次第では別の地域のプロジェクトに応用できる可能性は十分ありますから。

三浦:それは良かったです。今回、面白いアイデアがたくさん生まれたので、皆さんから出た70個以上の施策案を、「アイデアブック」として1冊にまとめさせていただきました。業務中にパラパラめくるだけでも刺激になるし、視点を集中させたり、逆に拡散させるための材料になったらいいなと思って作りました。

播田:アイデアブック、本当にありがたかったです。JR-Crossでもこれまでのノウハウを蓄積しているとはいえ、内部で積み上げたものだけに固執していたら変化はありません。「外部の意見を取り入れると、どう変化するのか?」という視点の重要性を、改めて感じることができました。

変化を恐れない、パートナーとのイノベーティブな新しい化学結合で当たり前を超える

三浦:では、未来の事業に目を向けてみたいと思います。これまでの“当たり前”を超えていくための課題は、何だと思いますか?

江越:時代とともに、われわれのスキームも変化させなければいけませんよね。これまでの20年間に積み上げてきたものは当然、「是」だと思っていますが、だからといって、企業の成長が未来永劫(えいごう)に約束されているわけではありません。

大切なのは、変化を恐れないこと。そして、良質なアイデアを数多く出していくことこそが、今、われわれが問われている進化のかたちだと思っています。そのために、電通さんをはじめとする外部パートナーの方々とのコミュニケーションを通して、お互いのアイデアを掛け合わせていく。この引き出しの多さが、新規事業を開拓していく上での生命線だと感じています。

播田:その取り組みの一つとして今回、アイデア出しのフレームワークを電通さんと一緒に開発できたのは、非常に有効だったと思います。「ひらけ、エキナカ」というキーワードも、ワークを通じた議論の中で生まれましたから。

江越:そして、一つの成功事例が生まれると、その手法をJR-Cross内で共有して他のプロジェクトに横展開させていくことも可能になります。例えば、エキュートの店長ミーティングで施策事例の報告があると、「なぜ、この施策がうまくいったのか?」「自分たちも挑戦してみよう!」といった議論が始まるんです。

その数カ月後、似た手法の施策が別の店舗で立案されることも多くありますが、単なる模倣ではないんですよね。絶対に、その地域らしくアレンジされている。だから、お客さまからは違う施策に見えると思います。

加藤:それは、JR-Crossの皆さんがそれぞれの地域を深く理解しているからですよね。何が課題で、どういった施策が受け入れられるのか。店長だけでなく現場の若手メンバーも含めて、全員で同じ目線で取り組んでいるのもポイントだと思います。

加藤氏

若手の自由な発想を生かし、アイデアを広げる方法

江越:理想は、アイデアフラッシュも含めて全て若手に任せること。グループ外ともコミュニケーションを取って情報収集をして、もっと自発的に発信してもらいたいですね。そのために、「まだまだいける!」「ほかにアイデアはないの?」と彼らをたきつけるのが、われわれの仕事だと思っています。

播田:例えば、「この人と話をしてみたい」というキーパーソンがいたら、迷わずに行動してみる。実際に飛び込みで扉をたたき、話を聞きに行ったことをきっかけにディスカッションが始まり、立案・実施に至った施策もあります。

江越:東京・神奈川の複数店舗で実施したフェア「MATCH-UP MATCHA -抹茶に出会うひととき-」も、その一つです。新橋エリア担当が、地域に新しくできた伊藤園さんのミュージアムに、「何か面白いことができるかもしれない。行ってみよう」と訪ねたのが最初の一歩でした。

当の本人はそこまでの広がりを想像していなかったようですが、その裏では、上長が「もっと面白いことができるんじゃないの?」とたきつけていたんですよね。その流れで、「新橋だけでなく、有楽町、渋谷、横浜、藤沢などのチームにも話して、合同でやってみよう!」と、どんどん広がっていったという経緯があります。

加藤:自ら仕掛けていく姿勢が素晴らしいですね。自分から率先して仕事をつくっていく。従来、飛び込み営業というとネガティブなイメージがあったと思うんですが、JR-Crossの皆さんは完全に楽しんで実践していますよね。

三浦:同感です。既存の方法にとらわれずに常に変化し、挑戦し続けることは本当に大事だと思います。今後、例えば地域の皆さんにJR-Crossさんのアイデアを公示して、「一緒にやりませんか?」と声をかけてみるとか……。オープンイノベーション型で地域とのつながりをつくっていくのも良いかもしれませんね。

江越:それは、とても面白そうですね!今後も電通さんとJR-Crossのアイデアを掛け合わせて、次々と“当たり前”を超える取り組みを仕掛け、「エキのひととき ちょっと、もっと、ずっと、」というパーパスを実現していきたいと考えています。

播田:地域の方々にお話を伺うたびに感じるのは、駅への期待の大きさです。だからこそ、その期待以上のものをご提供しなければなりません。われわれのアイデアと、地域の方のご要望を融合させて、本当に喜ばれる施策を考えたいと強く感じました。

三浦:今後、ますます、AI含めたDXが加速する世界で、リアルの価値がより重要になっていくと予想しています。デジタルではできないもの――人と人との温かいコミュニケーション、地域に根差す交流のプラットフォームを駅という日本国民のプラットフォームを基盤に、JR-Crossさんだからこそできる唯一無二な提供価値を創っていけば、日本全体がもっと元気になるはずです。そういう新しい日本の未来づくりに電通もご一緒できたらと思っています。

座談会風景
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日本の中小企業を元気にする、経営者の「壁打ち相手」

左から中村誠氏(電通)、磯部武秀氏(磯部塗装)。大学卒業後も、週に一度は会って互いの事業について相談し合うほどに仲が良かったという二人。「経営者以外の友人に相談しにくいことも、中村さんには本音で話せる」と、磯部社長。
左から中村誠氏(電通)、磯部武秀氏(磯部塗装)。大学卒業後も、週に一度は会って互いの事業について相談し合うほどに仲が良かったという二人。「経営者以外の友人に相談しにくいことも、中村さんには本音で話せる」と、磯部社長。

経営者の仕事は、組織運営の意思決定を行い、責任を負うこと。会社の業績や成長が大きく左右されるとあって、経営者による判断の質が問われます。

2025年2月に提供が始まった「電通エイトアイズ」は、電通の各領域の専門人材が、中堅・中小企業の経営者の壁打ち相手となって経営課題の気づきや視点を提示する、定額制の相談サービスです。

関連ニュース:
中堅・中小企業向け、定額制の経営相談サービス 「電通エイトアイズ」提供開始

 

課題に応じて電通の有する多様な知見やネットワークを活用できるため、経営者にとってはより効果的な意思決定を行うことができると好評です。

この電通エイトアイズのベースとなっているのは、第6マーケティング局の中村誠氏が、家業再生に挑戦していた大学時代の後輩に伴走し続けていた取り組みでした。当時のことを二人にふり返っていただきました。

<目次>
どん底からの挑戦。27歳で負債50億円の家業を継ぐ

新・磯部塗装の第二章。中村氏が果たした役割とは?

「拡大フェーズ」に向けた組織づくりの舞台裏

どん底からの挑戦。27歳で負債50億円の家業を継ぐ

磯部塗装

──お二人の出会いについてお聞かせください。

中村:われわれは学生時代、同じ立命館大学でそれぞれベンチャー企業を立ち上げ、経営していたことをきっかけに知り合いました。2000年代の初頭、まだ学生起業なんて珍しい時代ですが、意気投合しましたね。事業について大いに議論し、大いに遊んだ同志であり、親友です。大学卒業後は、私は事業を売却して、電通に就職。磯部社長は大学時代に立ち上げたサイト制作やECコンサルの会社を中心にビジネスを展開されていました。

そんなある時、磯部社長の実家の家業がピンチを迎えたわけですが、本人から「跡を継ぐ」と聞いた時は驚きました。

磯部:50億円の負債を抱えた家業を継ぐため、大阪から東京に引っ越すことになり、中村さんを含め、何人かの友人で送別会を開いてくださいましたね。私が自己破産して大阪に帰ってくる可能性があったので、食うに困らないようにと皆がそれぞれ仕事を用意してくださっていました。それがうれしく、心強かったのをよく覚えています。

その後、私が磯部塗装の社長に就任してから、再生を経て成長し、拡大期に突入した現在に至るまで、中村さんにはずっと伴走していただいています。

中村:最初のうちは純粋に友人としてのアドバイスをしていましたが、2015年からは正式に電通に仕事をいただくようになり、今年で10年目となりました。これまで、会社の成長フェーズに合わせて一緒にさまざまな施策を打ってきましたね。

──50億円もの負債を抱えるに至ったのには、どのような経緯があったのでしょうか?

磯部:磯部塗装は明治40(1907)年に創業し、間もなく120年がたとうとしている老舗企業です。創業以降、東京タワーや皇居の二重橋、関門橋など、日本を代表する建築物の塗装工事も請け負ってきました。

磯部塗装
磯部塗装株式会社は、建築物の塗装工事を行う会社。社会インフラからマンションまで、さまざまな塗装工事を手掛けてきた。全国6カ所の拠点と、製品塗装を目的とした2カ所の自社工場を有する。

そして塗装事業と並行して進めていたのが、塗料の販売事業です。私が社長に就任する直前、塗装事業の売り上げが60億円だったのに対し、塗料の販売事業の売り上げは100憶円にも上る事業になりつつありました。

ところが、磯部塗装が100周年を迎えた翌年の2009年、その塗料の販売事業に50億円の焦げ付きが生じて、会社が実質破綻に陥ったのです。社長だった叔父は責任を取って辞任。父も旧経営陣だったこともあり、当時27歳の私が、会社再建のために跡を継いで社長に就任することになりました。

中村:東京へ行き、実際にふたを開けてみると、会社は想像以上に大変なことになっていたのですよね。

磯部:はい。銀行取引が停止され、売上げは激減、材料の仕入れもストップして、協力業者も下請けの職人さんも「磯部塗装は危ないらしい」と仕事を引き受けてくれなくなりました。そして与信調査の点数が下がり、大手を中心にクライアントとの取引も停止し、未来を悲観した社員の離職も相次ぐ状況でした。

中村:磯部社長が東京に行ってからは、月に一度は連絡を取り合っていましたね。当時の磯部社長は、悩む暇さえないほど山積みされた課題に向き合っていたと思います。

磯部:危機のさなか、会社の状況が目まぐるしく変化していた当時は、とにかく打ち手のスピードが重要だったので、困ったらすぐに中村さんに連絡して、“壁打ち”に付き合っていただいていましたね。中村さんと話すと、自分の考えや次のアクション、方向性を客観的に整理できたのです。

──社長就任後、会社再生に向けて具体的にどのようなことをしていったのですか?

磯部:私が最初に着手したのは、朝から晩まで過去3年分の工事データをひたすらに読み込んで、組織の課題を洗い出していく作業でした。目に付いたのは、業界に残る古い体質の中で、優秀な若手社員の能力が生かされていなかったこと。会社に残ってくれた有望株の数人を中心に、組織図を再構築しました。そのメンバーの何人かは、現在の幹部になっています。

収益体質にも改善の余地がありました。お付き合いを重視した採算度外視での受注が多数あり、一見すると売り上げが上がっていながらも、支出も非常に多く、利益が出ていなかったのです。社内にはびこっていた過度な売り上げ至上主義から脱却するため、案件の詳細をチェックしてから決裁を通す受注管理システムに変更しました。

そうした変革を行いつつも、離職を踏みとどまってくれた社員たちと毎日のように食事をしては、業界のことや会社のことについてのインプットを繰り返していました。

中村:絶望的な状況からのスタートでしたが、磯部社長が繰り返し口にしていたのは「世界で一番良い会社にしたい」という言葉。厳しい決断を迫られ、悩んだり怖さを感じたりすることもあったと思いますが、その強い信念が再建を後押ししたのだと思います。

磯部:その後も幾度かの危機はありましたが、地道な変革の甲斐があり、会社は徐々に信用を取り戻して、2012年に大手取引先との取引が再開。2013年時点で売り上げが23億円と、過去実績から半減してはいましたが、営業利益がしっかりと残る正常な営業体制に改善しました。

2014年からはついに金融機関との取引も再開して、再生は完了。業績回復に伴って社内のモチベーションも上がり、磯部塗装は以前よりも“筋肉質”で、良い状態になっていったのです。

新・磯部塗装の第二章。中村氏が果たした役割とは?

磯部武秀氏
学生時代にサイト制作やECコンサルの会社を起業し、磯部塗装を継ぐまで同社を経営。著書に「周りが自然に助けてくれる人の仕事術 ―27歳で借金50億を抱え、5年でゼロにした私の『透明貯金』」(合同フォレスト株式会社)がある。

──会社再生後、磯部塗装は順調に業績を伸ばしていますが、社内でどのような施策を打っていたのでしょうか。

磯部:再建のめどが立った2013年、私の中から湧き上がってきたのは「これで終わりじゃないぜ」という思いでした。まずは、20億円ほどだった当時の売り上げを2倍にまでもっていこうと決意。そのためには、社員の意識の足並みをそろえる必要があります。

この段階まで、中村さんには大学時代の友人としてさまざまなアドバイスをいただいていましたが、さらなる協力を求め、「電通の」中村さんに仕事を依頼することにしたのです。

中村:世間で塗装業界のイメージが良いものとはいえなかった中、業界の枠にも、過去にもとらわれない、磯部塗装の新しいイメージを打ち出したいと磯部社長はおっしゃっていましたね。私がその時に提案したのは、CI (コーポレートアイデンティティ)とVI(ビジュアルアイデンティティ)の刷新です。

コーポレートロゴ
コーポレートロゴ
磯部塗装の技術力(タテ軸)と従業員やお客さまの絆(ヨコ軸)を(+)で表現し、塗装(PAINT)と社是「信」と共に(together)を組み合わせたステートメントは、創業115年来の実績と信頼、これからの未来に向けて、全てのステークホルダーと共に歩んでいくブランドメッセージとして策定。
橋梁(きょうりょう)とグローバルイメージを曲線で表現した[ベーシックタイプ]と、多様なビルディングとランドマークなどの実績をイラスト化した [ランドマークタイプ]の、2種類をデザイン。

磯部:「再生の完了」を社内外にアピールするためには、門構えから変える必要があると感じていたので、中村さんのご提案はありがたかったです。ロゴは、中村さんやデザイナーさんとディスカッションしながら5パターンほどつくっていただきましたね。最終的には社内投票をして、現在の2つのロゴに決定しました。そして、次に中村さんに依頼したのが、社員旅行先での研修の講師でした。

中村:「うちの社員に何か研修をしてくれないか」と突然言われて、焦りました(笑)。そこで、「再生が完了して成長のフェーズに入った会社の社員」に適切なテーマを考えた結果、「経営計画の自分ゴト化」を促す研修を実施することになりました。

会社の将来やビジョンは、頭で理解できても、それをどう目の前の仕事に落とし込めばよいかが分からなかったりするものです。研修では、「5年後に会社の目標が達成されたら、自分(社員)は、家族や取引先、同僚からどう思われていたいのか」を想像するようなワークショップをしました。

磯部:中村さんは、会社員生活で培った “現場主義”的な感覚をとても大切にされていて、「会社員としての責務」と、「個人としての幸せ」をリアルに結びつけて磯部塗装でのキャリアを考える研修にしてくださいました。そういうことは、社内の人間が言うとうまく伝わらなかったりするものなので、ありがたかったです。

中村:研修前、社員たちは磯部塗装のことを「磯部」と言っていたのですが、研修が終わった頃から「うちの、自分の会社」という言い方をすることが増えたのが印象的でした。これは当事者意識が芽生えた証しです。

磯部:社員の当事者意識こそが会社の利益の源泉なので、うれしいですね。さすがに社長である私に対しては、みんなあまりそういう言い方(=自分の会社)はしないと思いますが(笑)。

中村:次に磯部社長にご相談いただいたのが、人事制度改革です。社員研修を通して、私にも社員の顔が見えてきていたので、着手しやすかったです。

磯部:中村さんは、電通で数多くの企業を担当する中で、多様な人事施策や制度に触れてこられていますよね。その経験を生かして、さまざまな事例を用いて磯部塗装の人事思想について一緒に議論してくれました。

中村:私がさまざまな経営者と話をする中で知ったのは、戦略的に人材育成をする会社、属人的な人事を実施する会社など、良い・悪いではなく、さまざまなケースがあるということ。これらを提示しながら、磯部塗装にとってベストな人事思想を模索するところから始めましたね。

磯部:はい。最終的に、人事制度改革で顕著に現れた結果が、離職率の改善です。旧態然とした育成方法から、現場での育成をむらなく効果的に実施するためのOJTツールを作成しました。これは、入社3年で一人前になるために、いつまでに何をクリアするべきかということが具体的に記された表です。属人性を排し、社員のスキルや成長を底上げすることにつながっています。

結果として、社員は、自分の未来像を描くことができて、成長が実感できるようになり、簡単に会社を辞めなくなりました。

人事制度改革以前は、採用も社員の定着も思うようにはいっていませんでしたが、社員が着実に成長できる仕組みづくりをしていくと、離職率が1%にまで落ち着きました。

中村:その後、2017年には磯部塗装創業110周年を記念し、周年誌を制作しました。そして2018年、またしても磯部社長から突然、「磯部塗装の社是、経営理念、行動指針を整備したい。社員研修で発表するから、中村さん、書いてくれないか?」というご依頼をいただきました。

その頃には、研修や人事制度改革を通じて社員の皆さんと話す機会が増えており、彼らの言葉の根本に同じ思いが流れているということに気付いていました。その思いと、磯部社長の考えを言語化しながら「社是、経営理念、行動指針」を作成。2018年、社内外に発表されましたね。

社是、経営理念、行動指針

磯部:社員が少ないうちは、みんなが同じ方向を向くことが比較的やりやすいんです。でも社員が増えてくると、考えややり方が多様になってきます。そこで、磯部塗装の行動指針を評価制度に連動させて、行動指針を実践した社員が昇格する仕組みにしました。それにより、社員一人ひとりが会社の価値観を日々の業務に落とし込み、自然とみんなが同じ方向を向けるようにしているのです。

ちなみに、今年の春に入社してくれたある女性社員は、「磯部塗装の社是、経営理念、行動指針がカッコいいから入社を決めた」と話してくれたんですよ。

中村:なんと、それはうれしいですね!

「拡大フェーズ」に向けた組織づくりの舞台裏

中村誠氏
学生時代にインターネット調査会社を起業し、ライブドアグループに売却した後、電通に入社。クライアントのビジネス開発や海外進出、イベント事業、PR領域など各種のプロジェクトを担当してきた。現在は、中小企業の事業拡大や地方創成プロジェクトのサポートに従事する。

──現在、磯部塗装が強化しているのはどのような部分ですか?

磯部:人材を十分に確保することと、幹部を育てることです。この2つが、今後、業界で勝っていくために必要な条件だと考えております。

塗装会社の重要な役割の一つが、インフラの整備です。今、国内では橋梁など、交通インフラを中心とした建造物が老朽化してメンテナンス需要が高まる一方、建設業界はプレーヤーが激減し、工事をすること自体が難しくなってきています。そこで重要になるのが、全国の拠点における人材の確保です。

また、磯部塗装は、2023年には売り上げが54億円、社員数は264人までに増えました。人を増やしていく中で重要になってくるのが、「経営の文脈を理解したうえで現場を運用できる幹部」の育成です。その幹部になるべき人の採用も、課題の一つ。中村さんに相談して、2024年からは電通の採用ブランディングチームに入っていただくことにしました。

中村:電通のチームメンバーは、磯部社長だけではなく、現場の社員にも話を聞き、採用のコンセプトメーキングを行っています。

磯部:そう、ものすごく丁寧に社員の生の声を聞いてくれていますよね!実は、そういう細やかなヒアリングをしてくれるのは中村さんだけかと思っていました(笑)。地道で地に足のついた仕事ぶりを拝見し、私の中で電通へのイメージがだいぶ変わりました。

中村:マーケティングの専門家である電通は、買っていただくお客さまと、作り手の思いをつなぐことを仕事にしています。徹底的にお客さまの視点に立つには、地道にヒアリングを重ねるのは当然のことなんです。これを採用に置き換えると、経営のステークホルダーである社員の皆さんの声を聞くということになります。人の心情や本質、気持ちに寄り添っていくのは、私たちの得意分野ですから(笑)。

――磯部塗装はどのような未来像を描いているのでしょうか?

磯部:当社は、再建のめどが立ち始めた2013年時点では売り上げ約23億円、社員数は60人ほどでしたが、2024年時点で売り上げが65億円、社員数は280人ほどにまで増えました。M&Aを重ね、グループ6社の合計売り上げも今期見込みで200億円、社員数は500人になります。

現在は、買収した会社も含めて一貫した経営を行うために、ホールディングス化を見据えて次の一手を電通に相談し始めています。中小企業の私たちは、どうしても思考の限界があり、枠の捉え方が狭くなってしまいますが、中村さんはじめ電通の皆さんは、毎回、視座を上げてくれるような話をしてくださいます。

中村:ありがたいお言葉です。磯部塗装さんとの取り組みが評価されて、2025年に「電通エイトアイズ」という、中小企業経営者をサポートする新サービスをリリースしました。電通エイトアイズは、各専門領域の社員が経営者の“壁打ち相手”になるサービス。私たちならではの強み、例えば経営者の言葉を分かりやすく言語化する力や、マーケティングのノウハウを活用して、一般的な経営コンサルタントとは異なる視座を提供できます。今まで見えていなかった会社の課題や、成長を早めるポイントなどの気づきが得られるはずです。

磯部:うれしいのは、中村さんをはじめ電通の皆さんは、私たちのことをただの取引先ではなく、仲間・身内という認識で接してくださることです。それが伝わってくるので、私自身も、社員も自分の中の思いを正直に伝えられる。そして、電通の皆さんはその思いに確実に応えてくれる。そんな好循環があると思っています。

中村:そう言っていただけるとうれしいです。電通の取引先は大手企業、という先入観をおもちの方も多いと思いますが、まったくそんなことはありません。私たちが、大企業や中小企業など、あらゆる経営者とのコミュニケーションにより培ってきた経験や知識をフル活用していただくことで、日本の中小企業を元気にしていきたいと思っています。

磯部:今後とも、私たちの良き兄貴分として、ご協力をよろしくお願いします!

中村氏、磯部氏

中堅・中小企業支援プログラム「電通エイトアイズ」
先行事例紹介セミナーを2025年8月7日(金)開催

 
●実施日時 :2025年8月7日(木) 15:00~16:30
●登壇者  :磯部武秀様(磯部塗装株式会社 代表取締役社長)
       中村誠(株式会社電通 第6マーケティング局プロジェクト開発部プロデューサー)
●実施方式 :会場リアル参加 or  ウェブ参加(Teamsでの実施/URLは後日送付します)
●実施会場 :電通関西オフィス
      (大阪市北区中之島3-2-4 中之島フェスティバルタワー・ウエスト)
●会場定員 :約30人(お申込み多数の場合は抽選となります)
●参加費  :無料
●申込先  :下記URLより申込みください。
       https://forms.office.com/r/tE2kyySE23
●申込締切 :2025年7月25日(金)17:00
●その他  :参加者が極端に少数な場合などは中止の可能性があります。
       中止の場合は、7月30日(水)までにご連絡します。
●問い合わせ:電通 第6マーケティング局:6mk_prokai@group.dentsu.co.jp
 

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2025年のパリでAIの多様性を考える(中編)

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こんにちは、Dentsu Lab Tokyoのなかのかなです。ラボのR&D活動の一環として、2025年6月11日〜14日にフランス・パリで開催されたヨーロッパ最大級のテックイベント「Viva Technology 2025」を視察してきました。中編は、VivaTech本会場のスタートアップ展示を中心にお届けします。

※前編はこちら

 

暮らしの中に溶けこむAI

会場の目玉のひとつが「AI AVENUE」と呼ばれるエリア。一般入場口から奥まで会場を斜めに横切るように配置された小径です。主催者が選んだAIに関連する注目企業6社が並びました。

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最も人が集まっていたのが二足歩行ロボットのUnitree G1を展示していたUnitree Robotics(宇樹科技)社です。2016年の設立で、最近では人を交えての集団演舞の動画でも話題になっていました。価格は1万6000ドルからで、エンターテインメント、製造、高齢者介護などに応用できるとしています。日本では2000年に発表された本田技研工業(以下Honda)のASIMOが二足歩行ロボットとしては先駆的な役割を果たしていましたが数年前に開発が終了し、日本科学未来館での業務も2022年に引退しています。

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そのHonda発のスタートアップAshiraseの姿も「AI AVENUE」にありました。自動運転技術などを応用した視覚障害者向けのナビゲーションシステムで、スマートフォンで事前にセットした目的地まで歩きやすいルートを提案、靴の内側にセットしたデバイスが振動することで曲がる方向やタイミングをナビしてくれます。アプリは看板やメニューなどを読み上げるAI画像認識にも対応しているそうです。

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にっこり笑顔を振りまいていたのは、フランスのスタートアップBodyoが提供する家庭向け健康管理ロボット。小型のテレビのような見た目をしていますが、画面の奥には血圧計がついており、腕を差し込むと血圧を測ることができます。側面ポケットに収納された体温計や心電図計などと併せたバイタルデータから、未病に役立つアドバイスや運動、健康的な食事のレシピ動画などを視聴したり、医療機関と連携してオンライン診療を受けることができるとのこと。

その他にも商品タグの画像から偽物を見分けるアプリ、需要と共有の最適化によってCO2排出量や交通量を削減するモジュール式EV車、気分障害を早期に発見する診断AIなどが展示されており、買い物、移動、健康などさまざまな分野で、これからの生活の中にAIが活用されていく様子がわかる展示となっていました。

社会を支えるAIの力

今年からスタートした「Tech for Change」アワードは、テクノロジーが生活、仕事、民主主義に与える影響が拡大する現代社会で、テクノロジーで「何ができるか」だけでなく「何をするべきか」を問いかけることが必要だとの考えから創設されました。出展しているスタートアップを対象とするもので、環境や社会にポジティブな影響を与えているか、イノベーションがあるか、スケーラビリティがあるかの3つの軸で評価されます。500以上の応募の中から、325社以上が「Tech for Change」として公式に認定され、会場内で認証マークを掲出していました。

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グランプリに選ばれたGenesisは、世界の国内総生産(GNP)の50%以上が依存する「土壌」の健全性に特化したソリューションを提供しているパリ発のスタートアップです。サンプリングなどを通じた現場データと衛星画像を統合し、土壌の健康状態を評価するAIプラットフォームを開発。企業が持続可能なサプライチェーンを構築し、再生型農業プログラムを管理するのを支援します。現在すでに、繊維、化粧品、食品、ソーラーパネルなど多様な企業と提携し、世界20カ国以上で活動しているそうです。また、LVMHのテックパートナーズ15社にも選ばれており、モエ・ヘネシーのブドウ栽培を支援しています。

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増え続ける森林火災の早期発見にAIを用いた例もありました。ニューカレドニアのFire Trackingによるこのソリューションは、通信用の鉄塔や給水等など、高所に設置した40倍光学ズームカメラからの映像を解析、最長20km離れた場所から、3分以内に火災を検知することができ、誤作動率も10%未満に抑えられるそうです。火災発生時には延焼シミュレーションと給水所や道路情報を提供し、消火活動を支援します。消防署や地方自治体向けに販売されており、農業や住居など人の生活だけではなく、貴重な生態系の保護に貢献できるとしています。

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大手通信会社Orangeは、OpenAIおよびMetaと提携し、アフリカの地域言語に対応するAIモデルを開発しています。セネガルやギニア、モーリタニアなど西アフリカで使用されているウォロフ語とプラール語からスタートし、将来的にはサービスを展開している18カ国全てをカバーするとしています。主にカスタマーサポートなどでの利用を想定していますが、教育や公衆衛生などの非営利目的の場合にはオープンソースとして無償提供されるとのこと。西欧を中心とした書き言葉をベースに開発されてきたLLM(大規模言語モデル)の偏りやデジタルディバイドの解消策として良い取り組みだと感じました。

工場のオートメーションや自動運転といった分野だけでなく、農業や生態系保全、さらにはコミュニケーションなどのテクノロジーとは縁遠いと思われている領域でも、AIが社会を支え始めていることを実感しました。

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年収4000万円も…ディスコ、高収益を支える社内通貨Willとは?業務は社員の意思で獲得

●この記事のポイント
・ディスコ、社内通貨「Will」を使った「Will会計」というユニークな管理会計手法を採用
・社員は社内オークションで自身の意志で仕事を落札。Willを獲得して「収入」を増やし、賞与額が変動
・各種業務の遂行のために必要な費用を従業員から募り、必要な金額が集まれば経営承認を経ることなく多額の費用を案件に投入

 昨年(2024年)冬のボーナスの平均支給額が353万円(日本経済新聞社「2024年冬のボーナス調査」より)となるなど高額な報酬で知られる半導体製造装置メーカーのディスコ。同社は社内通貨「Will」を使った「Will会計」というユニークな管理会計手法を採用している。上司の指示に基づき業務を遂行する一般的な企業とは異なり、社員は社内オークションで公開された仕事のなかから自身の意志で仕事を落札し、仕事の出品者と希望者の合意によりWillの価格が決定。仕事を行うことでWillを獲得して「収入」を増やす一方、自分への人件費や備品使用料、他者への仕事依頼費はWillの「支出」となり、その「収入」と「支出」の差分=「収支」に基づき賞与額などが変動する。この制度により、社員は基本的には上司の指示ではなく、自身の意思に基づいて業務を選択・遂行することになる。4月10日付「日経ビジネス」ウェブ版記事によれば、この制度により年収4000万円を超える社員もいるとのことだが、人事・報酬制度として、どのように評価・分析できるのか。また、同社の好業績にどのように結びついているのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

●目次

社員の評価への納得感が生まれる

 大手半導体装置メーカーであり世界シェアトップの製品も数多く持つディスコの業績は好調だ。2025年3月期連結決算の売上高は前期比27.9%増の3933億円、純利益は同47.1%増の1238億円で過去最高を更新。営業利益は1668億円であり、売上高営業利益率は42%にも上る高収益企業だ。

 そんなディスコが導入しているのが前述の「Will会計」だ。同社はこれによって「イノベーションの活性化」「リソースの適正配分」「業務の洗練」「コスト意識の向上」「パフォーマンス向上」を実現できるとしている。

 上記以外にも、個人Will 会計の収支に応じて配分される社内ポイントに基づく経費決裁権「DISCA」を使って、業務用の備品の購入などを上長の承認を介さずに決済することが可能。社内クラウドファンディング「Investment Box(IB)」で各種業務の遂行のために必要な費用を従業員から募り、必要な金額が集まれば経営承認を経ることなく多額の費用を案件に投入することもできる。

 こうしたディスコの制度は、人事・報酬制度という面ではどのように評価できるか。人材研究所ディレクターの安藤健氏はいう。

「非常に優れた制度だと思います。人事評価制度というのは、全社員が納得できる評価基準を会社がつくることはできないといわれています。なぜなら、社員の行動をどのように評価するのかという基準は、基本的にトップダウンで会社が決めることが多いからであり、評価結果に納得できない社員も出てきてしまうものです。特に部門や職種をまたいで一律の評価基準を導入すると、人事や総務などバックオフィス系の部署は営業部署とは違ってわかりやすい成果が見えにくかったりするので、納得できない人が多く生じやすいです。一方、ディスコは全部門のあらゆる業務に“値付け”を行って相対化しているので、結果的に社員の評価への納得感が生まれていると考えられます」

 こうした制度によって、どのような効果が生じることが期待できるのか。

「まず、社員が主体的に動くようになります。また、ディスコさんもいうように、社員が自分で自分のキャリアや働き方を選ぶことができます。高い報酬を得たい人は多くのWillを獲得しにいきますし、家族との時間が大切だという社員はWillを多くは獲得しないで業務量を少なくするということも可能です。このように主体的にキャリア形成ができるというのは素晴らしいことだと思います」

“社員の意思の総量”が会社の成長つながる

 同様の制度を導入している企業はあるのか。

「ここまで徹底しているケースは見たことはないですが、例えばスピード対応したことによって他の従業員から得られた賞賛をポイント化したり、社員同士で感謝の気持ちをピアボーナスというかたちで送り合い、その一部が賞与に反映されるというケースはあります。これらは社内のチームワーク向上や、上司一人が部下全員の評価をする負担を減らすという意図で取り入れられているケースが多いです」

 このWill会計がディスコの好業績につながっている面はあるのか。

「米ヒューレット・パッカードの創業者の一人であるビル・ヒューレットは、人間は男女問わず良い仕事や創造的な仕事をやりたいと願っていて、それにふさわしい環境に置かれれば誰でも良い仕事をするという主旨の言葉を残していますが、その思想をすごくディスコさんに感じます。“社員の意思の総量”が会社の成長や利益につながっていると思います」

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=安藤健/人材研究所ディレクター)

物流施設に太陽光システム導入=仏トタルとエネオスの合弁―シンガポール

【シンガポール時事】フランスのエネルギー大手トタルエナジーズと日本の石油元売り最大手ENEOS(エネオス)による合弁会社トタルエナジーズENEOSリニューアブルズ・ディストリビューション・ジェネレーション・アジア(TEERDG)は8日、シンガポールの海運物流大手リー・ファット・ヤップ・キー(LHYK)の物流施設2カ所に太陽光発電システムを導入し、稼働したと発表した。

 合計出力は1.2メガワットピーク(MWp)で、年間約1600メガワット時(MWh)を供給する見込み。シンガポールの一般的な4部屋の公団住宅(HDBフラット)350戸以上の1年分の電力使用量に相当し、毎年約600トンの二酸化炭素(CO2)排出削減が期待される。

 長期電力購入契約(PPA)に基づき、LHYKに初期投資の負担はない。設備の資金調達、設置、運用、保守はすべてTEERDGが担い、LHYKは契約期間中に生産された電力を購入する仕組みとなっている。

 TEERDGは、トタルエナジーズとエネオスが50%ずつ出資し、アジアにおける事業用太陽光発電設備の展開を目的としている。今後5年以内に総発電容量20MW規模の分散型太陽光発電システムの開発を目指している。(了)
(記事提供元=時事通信社)
(2025/07/09-14:32)

ファッション産業の価値基準を変える新・認証システム

re-creation

ファッション産業におけるサステナビリティの重要性が高まる中、企業やブランドの取り組みを“見える化”し、生活者や社会との新たな関係を築こうとする動きが生まれています。伊藤忠ファッションシステムが立ち上げた「Re-Creation」も、その挑戦の一つです。

本プロジェクトでは、企業のサステナブルな取り組みを可視化し、信頼できる仕組みとして社会に提示する認証スキームを開発。生活者が商品を手に取るときに、価格やデザインだけではなく「環境や生産現場に配慮できる選択かどうか」を考えるきっかけをつくり、業界全体はもちろん、生活者も共にバリューチェーンを再創造することを目指しています。

なぜ伊藤忠ファッションシステムが旗を上げ、新たな認証基準の開発に至ったのか。そして、その認証の導入企業第一弾となったアーバンリサーチの思いとは?

伊藤忠ファッションシステム ifs未来研究所の山下徹也氏、アーバンリサーチ執行役員の萩原直樹氏、Re-Creationのコミュニケーション設計に伴走し、委員会組織にも参画している電通の外崎郁美氏が語り合いました。

<目次>
新たな認証基準で挑む社会変革
素材・価格・デザインの先にある「誰かの幸せ」を選択肢に
業界に先駆けてサステナビリティを掲げてきたアーバンリサーチ
行動変容は“気づき”から。生活者が変わるきっかけをどうつくるか
信頼される認証として、生活者の選択に寄り添い続けるために

新たな認証基準で挑む社会変革

外崎:まず、Re-Creationがどのような組織なのか、改めて教えていただけますか。

山下:Re-Creationは、伊藤忠ファッションシステムが設立した一般社団法人で、2024年の秋からファッション業界を皮切りに、アパレルや服飾雑貨を対象とした独自のサステナビリティ認証を開始しました。企業単位ではなく製品単位で審査を行い、基準を満たしたものに二次元バーコードを付与することで、生活者に情報を届け、行動変容を促す仕組みです。認証項目はウェブサイトでも公開しており、企業の取り組みを可視化することで、生活者が商品を選びやすくしています。この取り組みを通じて、生産者と生活者双方の、信頼性と透明性のあるコミュニケーションを目指しています。

外崎:構想段階から非常に綿密に準備されていたと伺っていますが、立ち上げに至るまでの背景についてお聞かせください。

山下:構想自体は3年前にさかのぼります。ファッション業界に関わる方々、延べ400〜500人ほどにヒアリングを行いながら、課題の整理と方向性の検討を進めてきました。その中で明らかになったのが、業界の構造的課題を解決するには、企業側の取り組みだけでなく、生活者の行動も一体となって変わる必要があるということでした。2023年4月に展示会で構想を発表したところ、予想を上回る反響があり、業界内外から関心を寄せていただきました。半年後、さらに大きなイベントでの登壇依頼をいただき、以前からSDGsの研究をご一緒していた慶應義塾大学の蟹江憲史教授と共に発表の機会を得ました。この場をきっかけに、大学やメディア、広告会社、国際認証機関、行政、金融など多様なステークホルダーとの協働が徐々に生まれていきました。

外崎:今回、Re-Creationを株式会社ではなく、一般社団法人として立ち上げた理由はどのような点にあったのでしょう。

山下:株式会社だと、どうしても営利的な印象を持たれがちですし、企業や業界の垣根を越えて活動する上での心理的なハードルもあります。一方で社団法人であれば、利益を株主ではなく活動に還元できる構造になっており、目的が明確であればあるほど、より多くの方に参加していただきやすくなると考えました。また、伊藤忠グループとしても初の一般社団法人であることに意味があります。私たちはこの取り組みを非財務情報、いわば「未来財務」として位置づけています。利益を求めていたら株式会社にしていたはずですが、一般社団法人たるRe-Creationでは社会的価値をどう生み出すかを第一に考えています。
 
re-creation

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外崎:今回、認証基準を開発した背景や目的についてもお伺いしたいです。

山下:ファッションは本来、生活を彩り、気持ちを豊かにするものだと思っています。ただ近年は、過剰在庫や環境汚染、労働問題といった複合的な課題が結びつき、業界全体にネガティブな印象を与えているのも事実です。その背景には、正しい評価のための仕組みがなかったことがあると感じています。Re-Creationの認証基準は、そうした課題に対して明確な基準を設け、生活者にも分かりやすく伝えるための新しい指標として開発しました。

外崎:その指標となるのが、10種類の認証基準項目ですね。設計にあたっては、どういった点を重視されたのでしょうか。

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認証基準項目は、外部専門家とともに、サプライチェーンの課題を洗い出した上で、SDGs17のゴールと照らし合わせて独自の基準を策定。SDGsの上位概念である「5つのP」のうち、「人間(People)」「地球(Planet)」「繁栄(Prosperity)」をもとに、「社会」「環境」「動物福祉」「トレーサビリティ」「ジャパンメイド」の観点から、ファッション業界における上記Ver1.0の認証基準を策定している。詳しくはこちら

山下:重視したのは、単なるチェックリストではなく、重要課題に根ざした設計にすることです。たとえばオーガニックコットンは、日本では「肌にやさしい素材」として広く知られていますが、本来の意義は農薬使用の抑制や水質・土壌への配慮、そして生産者の労働環境改善にあります。Re-Creationでは、そうした本質的な視点に立ち返り、背景にある重要課題をしっかりと伝えることを意識しました。

外崎:国際的な認証基準との整合性についても考えたのでしょうか?

山下:日本の市場に流通している衣料の98%が海外で生産されているという現実を踏まえると、グローバルスタンダードな視点を持つことは必須でした。既存の国際的な規格や科学的なエビデンスも多数参照しながら、生活者が納得する視点でていねいに設計していきました。ただ、国際認証は取得のハードルが高く、そのために生活者にもあまり認知されていないという課題もあります。そこで、Re-Creationではコストの最適化や手間を省いて効率化するための視点も反映させています。

素材・価格・デザインの先にある「誰かの幸せ」を選択肢に

外崎:Re-Creationの立ち上げに際して、私たちもコミュニケーション設計に伴走させていただきました。その中で生まれたのが、「その一着で、世界をあたらしく。」というコンセプトです。改めて、この言葉に込めた思いをお聞かせください。

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山下:「一着」という言葉には、かなりこだわりました。「衣食住」と言われるようにファッションは日常の暮らしに根付いており、無意識のうちに選んだ一着が、実は社会や環境に影響を与えているという事実があります。だからこそ、自分の意思で手に取ったその一着が、世界を少し変えるきっかけになっていく。その実感を持っていただきたいという思いがありました。日々の選択の優先順位が少し変わるだけで、社会のあり方も自然と変わっていく。Re-Creationは、そんな変化を支える仕組みでありたいと考えています。

外崎:服を選ぶとき、色やデザイン、価格といった要素が判断軸になるのは当然ですが、その服がどういう環境で、どんな人たちの手によって作られているのかまで想像する人は、まだまだ多くないのが現状です。そうした“見えない背景”にも意識を向けてもらいたいという思いが、まさにこのコンセプトの中に込められていますよね。そんな思いを視覚的にも伝えたのが、今回制作したコンセプトムービーでした。

https://www.youtube.com/watch?v=K1VK_IvqjnY
【Re-Creation】concept movie 2025 Staff List:〈dentsu team〉CD/CW 外崎郁美、PL/CW 大澤希美恵、AD 山口さくら、BP 島田諒/秋山駿 〈movie〉Producer 須藤江理/臼井明里、PM 横山街、監督/editor 川島真美、カメラマン 柏井彰太、スタイリスト 田中寿希、キャスティング 柴田芽育/NA Hattie Mortimer、カラリスト 安田真理、ミキサー/MA録音作業 浅田将助、オンラインeditor 稲本真帆

外崎:制作の過程では、山下さんをはじめアパレルの現場を経験してきた皆さんの声もたくさん伺いました。「暮らしを楽しくしたい」「日常に彩りを与えたい」という純粋な思いでファッションの仕事に携わる方が多い中で、実は自分たちが関わっている産業の裏側で起きている環境破壊や人権問題を知って、ショックを受けたという声も少なくありませんでした。だからこそ、生活者も生産者も、お互いに思いを馳せられるような視点を持てるきっかけをつくりたいというのが、ムービーの制作意図でもありました。

山下:あまり理屈っぽく説明するのではなくて、見た人に直感的に感じ取ってもらえるような映像になっていますよね。

外崎:伊藤忠ファッションシステムの海外の取引先企業にもご協力いただいて、実際の映像素材を取り寄せるなど、リアリティのある内容にしましたね。押し付けがましくなく、でも確かに伝わるように。そういった距離感は大事だと感じます。

山下:若い世代からの反響も多くて、うれしい驚きがありましたね。それから、コンセプトの中にある「未来を変えるのは、私たちの今の選択だ。」という一文。外崎さんに書いていただいたものですが、チームのメンバーがとても共感してくれたフレーズでした。自分たちの意思で動きたい、自分ごととしてこの活動に関わりたいという思いが、言葉に宿ったのだと思います。そうやって一緒に考えながら形にできたのが、すごく良かったと感じています。

業界に先駆けてサステナビリティを掲げてきたアーバンリサーチ

外崎:今回、アーバンリサーチが第一弾企業として、Re-Creationの認証を導入した背景についてお聞かせください。

萩原:最初の接点は、2022年に当社が「ジャパンサステナブルファッションアライアンス」という団体に正会員として参画したときです。当時、山下さんが事務局を務められていて、そこからご一緒する機会が増えました。課題解決に向けて一緒に汗をかいた仲間というか、個人的にも非常に信頼している方です。その後、Re-Creationを立ち上げるというお話を聞いたときに、基準評価委員会のメンバーとして声をかけていただき、私ともう1名で参加することになりました。委員会で議論を重ねる中で、取り組みの意義や内容に深く共感していましたので、迷わず「やってみよう」と即決しました。

外崎:御社では、サステナビリティへの意識はいつ頃から高まり始めたのでしょうか。

萩原:私は2013年に入社したのですが、社内ではそれ以前から動きがあったようです。たとえば2011年の震災後、東北エリアでコットンを育てて、そのコットンを使って商品を作り、地域を盛り上げていく「東北コットンプロジェクト」に発起人の一社として参加していました。また、使用済みの羽毛を回収・再生する「Green Down Project」にも初期から参加しています。いずれも自発的にメンバーが集ってプロジェクトを牽引・発展させていった印象があります。

外崎:現在のように全社的な取り組みとして広がっていったのは、いつ頃からでしょうか。

萩原:2018年にSDGsへの本格的な対応を掲げて、ウェブサイトでいち早くリリースを出しました。当時、他の企業がまだそこまで発信していなかった中で、私たちが先陣を切って走ろうと、SDGsとアーバンリサーチの“R”を組み合わせた「SDR」というサステナビリティチームを立ち上げたんです。社内口コミでメンバーを募り、バイヤー、ウェブ担当、バックオフィスなど部門を超えた15人ほどのメンバーが集まりました。毎週ミーティングを重ね、2019年に「アーバンリサーチSDGs基本方針(3C)」を策定しました。

山下:当時、国内アパレルメーカーではあまりサステナビリティを全面に掲げる動きがなかったので、すごく印象に残っています。

外崎:そのチームでは具体的にどのような活動を展開していたのですか?

萩原:たとえば社外向けにサステナブルと表現する際に本当に問題ないことを確認したり、社内のサステナビリティ意識向上のため活動をしたり、一部ブランドで行っていた「Green Down Project」を全社的に横展開したりしました。2020年にはSDRメンバーが「THE GOODLAND MARKET」というサステナビリティに特化した店舗を立ち上げました。その流れで最近では大阪・関西万博にアップサイクル系の雑貨やアパレルを販売する店舗を出店しています。

the goodland market

外崎:サステナビリティへの取り組みは必ずしも短期的な利益にはつながらないこともある中で、これだけ活動が発展していくまでには社内調整も大変だったのではないかと想像します。どのようにして機運が高まっていったのでしょうか。

萩原:大きなターニングポイントの一つになったのが、「commpost」という廃棄衣料のアップサイクルブランドの開発です。これが環境省のグッドライフアワードをはじめとする複数のアワードを受賞し、障害者のインクルージョン推進に取り組む世界的な活動「The Valuable 500」に加盟するきっかけになるなど、社会的評価につながったことで、社内でも納得感や期待感が醸成されたのではないかと思います。

外崎:そのような取り組みを脈々と続けてこられたからこそ、Re-Creationの導入も自然な流れとして決まったのですね。今回認証を取得された商品について教えていただけますか。

萩原:先ほど申し上げた「commpost」ブランドのウェアで、再生コットンを30%、バージンコットンを70%使用しています。

commpost

外崎:再生素材はどのように調達されているのですか?

萩原:主に自社の不良品など廃棄予定のアイテムです。たとえば、製造工程で破損したものや、店舗で日焼けしてしまったものなど、販売が難しくなった製品です。さらに、それだけでは足りないということで、今回は今治の老舗タオルメーカー・藤高さんの販売できないタオルを原料として活用させていただきました。藤高さんにとっても、廃棄されずに商品として活用されるのはプラスですし、われわれとしても資源の再利用を推進できるので、まさに双方にとって価値のある循環が成立しています。

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外崎:今回申請された認証項目についても教えていただけますか。

萩原:2項目を申請しました。一つは「雇用倫理」で、これは生産プロセスの全工程が国内で完結しており、一番高いレベル3の基準を満たしています。もう一つは「資源循環」で、リサイクル素材の使用について申請しています。国内生産はコストもかかりますが、だからこそ高めた付加価値をしっかり伝えるのが私たちの役割だと考えています。今回のRe-Creationの認証も、その価値を伝える手段になればと期待しています。

行動変容は“気づき”から。生活者が変わるきっかけをどうつくるか

外崎:Re-Creationの認証項目にも含まれている「雇用倫理」は、環境に比べて少しイメージが湧きづらい側面もあると感じます。生活者にとってはどのように伝えていけると良いのでしょうか。

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山下:私たちの調査では、雇用倫理のような“見えづらいテーマ”が可視化されたとき、イメージしていた現場の姿と実態が異なれば、大きなインパクトにつながることが分かっています。実際に、自分の選択が生産者の働き方に影響を及ぼすことが理解できると、価格が多少高くても雇用倫理に配慮された商品を購入したいと考える人は一定数います。ただし、そのためには情報の正確性が非常に重要です。だからこそ、信頼できる認証を通じて、裏付けされた情報を届ける必要があると考えています。

萩原:おっしゃる通りで、たとえばA商品とB商品があって、A商品は通常の生産で1万円、B商品は雇用倫理や環境への配慮を重ねた結果、1万2千円だったとしたら、今のところ、多くの方はその違いを知る機会がないため、価格だけでA商品を選んでしまうことが多いと思います。でも、その2千円の差がどうして生まれているのかを知ることができれば、B商品を選ぶ理由になるかもしれません。Re-Creationのような認証によって製品の背景が可視化されれば、価格差に納得感が生まれる。認証制度はその手がかりになる仕組みだと思います。今はその実態や背景が見えづらいからこそ、グリーンウォッシュのような話題が出ることがあるのかもしれません。こうした認証があることで、しっかり取り組んでいることが証明される意義は大きいと思います。

山下:私たちも、多くの企業が誠実に取り組まれていると実感しています。ただ、それを示す手段が非常に限られているのが実情です。海外の認証制度もありますが、取得コストが高額で、さらに1年で更新が必要なものも多い。そこでRe-Creationでは、認証の有効期限を設けず、製品が生まれた時点の状態を審査するという方式をとっています。その結果、取得にかかるコストも抑えられ、持続可能な仕組みとなっています。

外崎:企業単位やブランド単位ではなく、製品単位で登録できることも、参加のハードルを下げる要素になりそうですね。

山下:そう思います。ただし、認証基準のレベル自体は下げていません。たとえば工場監査を必須とはせず、提出された情報を精査することで判断する仕組みにしていますが、必要があればインタビューや追加確認も行い、信頼性を担保します。その柔軟性によって、審査にかかるコストを抑えつつ、質の高い認証が実現できているという点は、Re-Creationならではの特徴です。

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外崎:アーバンリサーチのお客さまと日々接する中で、「多少高くても、背景に共感できる商品を選びたい」という声は増えていると感じますか?

萩原:個人的な感覚としては、そういった声は徐々に増えてきているように思います。特にSDGs教育を受けて育った若い世代からは、そうした意識が強く感じられます。「安いから」ではなく「意味があるから」選ぶという考え方が根付いている印象です。

山下:Re-Creationの設計にあたって、インターンの大学生たちにもヒアリングを行いました。「服の内側についている品質表示タグに、認証情報を確認できるQRコードが入っているのはどうか?」という問いには、ほとんどの学生が「問題ない」と答えましたが、「下げ札につけるのは?」と聞いたら、それは「すぐに捨ててしまうものだし、紙がもったいない」と否定的でした。また、品質表示タグにつけることで、二次流通でも価値が伝わるし、買う前にスマホで調べてから店舗に足を運ぶという購買行動にもつながるという話が出てきました。それ自体が「新しい買い物体験」だと彼らは表現していました。

外崎:まさに今の時代を象徴するような新しい買い物体験ですね。

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信頼される認証として、生活者の選択に寄り添い続けるために

外崎:第一弾の導入企業であるアーバンリサーチとして、Re-Creationにどのような期待を寄せているのか、そしてRe-Creationとしての今後の展望について、それぞれお聞かせください。

萩原:Re-Creationがさまざまなブランドの商品をしっかり認証していき、認証を受けたことの価値が業界でどんどん高まっていくと良いなと思っています。認証機関としての信頼性が上がれば、登録する側としても参加の意義がより明確になりますし、そのような可能性のある取り組みに最初から関わらせてもらえたことはラッキーでした。今後、参加企業を増やすための取り組みがあれば、ぜひ協力したいと思っています。

その一方で、私たちとしてはサステナブルであることに甘えてはいけないとも思っているんです。「サステナだから高くてもいいでしょ」ではなくて、まずは商品としての魅力があることが大前提。その上でA商品が1万円、B商品が1万2千円だったときに、たとえば「Bはサステナブルなだけじゃなくて、素材やデザインにも価値があるからこの価格なんだ」と納得してもらえるような工夫をしていきたいです。店頭で素材やデザインに惹かれて手に取ってみたら、実は環境にも配慮された商品であることをスタッフがさりげなく教えてくれる。そのようなスタンスが私たちの考える“かっこよさ”でもあるので、そこを追求していきたいと思っています。

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山下:私たちとしては、まずは信頼して参加してくださった皆さんに対して、約束したことをきちんと果たしていく。それが何よりも大事だと思っています。認証の信頼性を高めるという意味でも、そこは最優先で取り組むべき部分です。

中長期的な視点では、Re-Creationを国際的な基準として確立していきたいという構想もあります。現在、各国が独自に規制を進めていますが、それぞれがバラバラで対応が難しい状況です。私たちが目指すのは、それらを横断して柔軟に対応できる、普遍的で信頼性の高い基準づくりです。

それから、ESGの観点では今後、金融や投資の領域ともつながっていく可能性があります。実際、統合報告書においても、私たちの認証がESGやサステナビリティに関する指標として活用できるという評価をいただくようになってきています。日本は統合報告書の公開件数が世界でもトップクラスなので、そうした場でRe-Creationの価値が発揮されるよう整備を進めていきたいと考えています。

外崎:世界にも通じる共通の指標があることで、評価や比較もスムーズに行えるようになりそうですよね。

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山下:おっしゃる通りです。もう一つ大切にしたいのは、生活者との接点です。たとえばアーバンリサーチのように、お客様との関係性を大切にしているブランドにとって、その先にいる生活者にも自然に価値が伝わる仕組みである必要があります。

ファッション業界では、トレンドを消費して使い捨てる流れが長らく続いてきました。これはグローバルSPA(製造から小売りまで自社で手掛けるビジネスモデルで海外展開している企業)の台頭など、経済メカニズムの変化によって起きたことでもあるので、否定するつもりはありません。ただ、今改めて「良いものを長く使いたい」という感覚が若い世代の中でも生まれてきていると感じます。Re-Creationは、そのような生活者意識の変化に合わせて、ロングライフの視点も取り入れています。

循環型社会に向けた議論でも、技術的には今すぐに実現できたとしても、それを推進するためのルールや経済合理性、インセンティブの仕組みなどが必要になります。また、キャパシティ問題を解決するために国内で処理せずに海外に出すと、それはそれでCO2排出の問題が発生します。つまり、短期的に取り組むべきことと、中長期的に整備すべきことの両方に目を向けなければなりません。Re-Creationは、その両方の視点を併せ持ち、企業の実践や生活者の意志をしっかりと拾い上げられる仕組みでありたい。進化を止めず、時代に合った認証であり続けたいと思っています。

萩原:アパレル業界は「世界で2番目の環境汚染産業」とも言われていて、その責任も重い。だからこそ、横のつながりを強めて、業界全体でこうした課題に取り組んでいけるような機運が必要であると感じています。Re-Creationがその旗振り役になってくれるとうれしいですね。

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“ベジファースト”に続く新・習慣に!?時間栄養学が開く食の未来

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電通では、中期的視点でヘルスケア市場において着目するべき50のトレンド(未来)を予測し、新規事業のアイディエーションや商品・サービスに活用できる情報ツール「ヘルスケアトレンド予測50」の提供を開始しました。

このツールでは、一般に起こると予測されるメガトレンドの中で、特にヘルスケア市場で影響が大きいと推察できる5つのトレンドを抽出。それぞれのメガトレンドの影響を受け、ヘルスケア市場ではどのような潮流が起こりうるかを予測しています。

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本連載では、この50個のヘルスケアトレンドの中から、特に着目したいテーマをピックアップ。その分野における第一人者をゲストスピーカーにお招きし、より深く未来を考察していきます。

第4回で取り上げるテーマは、「体内時計と時間栄養学」の未来予測です。2017年に体内時計に関するアメリカ人科学者の研究がノーベル生理学・医学賞を受賞し、近年注目を集めている体内時計や時間栄養学。今後、私たちの生活に浸透し、関連する商品・サービスも増加することが予測されています。日本における時間栄養学の第一人者である早稲田大学 名誉教授の柴田重信先生をゲストに迎え、電通ヘルスケアチームの姜 婉清氏が、時間栄養学の今とこれからについてお話を伺いました。

<目次>
“食べるタイミング”が健康を左右する時代へ

高齢者ケアサービスに時間栄養学を活用

エビデンスを蓄積しやすい環境が、社会実装のヒントに

食のタイミングまで個別最適化できる社会へ

 

“食べるタイミング”が健康を左右する時代へ

姜:私たち電通ヘルスケアチームでは、未来のヘルスケア領域を予測する情報ツール「ヘルスケアトレンド予測50」を開発しました。さまざまなメガトレンドをもとに、健康領域ではどのような変化が起こり得るのかを見立てています。その中で、「時間栄養学」を未来予測の一つとして挙げています。

柴田:私が時間栄養学という言葉を使い始めたのは2013年のことです。同時期に「日本時間栄養学会」も設立し、さまざまな科学的研究に取り組んできました。2017年には、体内時計の研究がノーベル生理学・医学賞を受賞し、少しずつ注目が集まるようになりました。講演会などで参加者の方々に時間栄養学という言葉を知っているか聞いてみると、以前は1割程度しか手が挙がらなかったのですが、最近は徐々に増えてきた実感があります。

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姜:食事という切り口は私たちの生活に身近で実践にもつなげやすいという点からも、ますます関心が高まっていくのではないかと感じています。ただその一方で、ビジネスに活用していく上でのハードルもあると思います。今日はそのあたりも含めて、お話を伺えればと思っています。

柴田:まず、時間栄養学という言葉そのものについて少し補足すると、「時間」という日本語は少し曖昧なんですね。「何時」という時刻も「時間」ですし、「1時間経過」といった経過時間も「時間」と表現します。でも、ここで本来伝えたいのは「時刻」、つまり食事のタイミングの重要性なんです。

この概念には二つの視点があります。一つは、体内時計が食事のタイミングに影響を与えるということ。たとえば、同じ食事内容でも朝と夜では、インスリンの分泌量や血糖値の推移が異なります。朝なら血糖値が上がってもすぐに落ち着きますが、夜だとそれが持続しやすくなり、結果として脂肪として蓄積されやすくなるんです。

もう一つは、逆に食事のタイミングが体内時計に影響を与えるという視点です。私たちの体内時計は、実は24時間ぴったりではなく、15〜30分ほど長いリズムを持っています。そのままだと毎日少しずつズレてしまうため、朝の光を浴びることで脳にリセットのスイッチを入れ、体内時計を調整しているのです。

これが「主時計」だとすると、肝臓や膵臓(すいぞう)などにある「子時計」も同様に調整が必要です。そのために欠かせないのが朝食を取ることです。朝の光で主時計を、朝食によって子時計をリセットする。この二つがそろってはじめて、心身ともに「朝」が始まるのです。

姜:なるほど、朝ごはんをしっかりと食べることが重要なんでね。

柴田:そうです。朝食を抜いてしまうと、子時計はリセットされず、体内時計が1〜1.5時間も遅れてしまうといわれています。脳は光で「朝だ」と認識していても、肝臓や膵臓など体内は 「夜のまま」という状態になります。学校に行っても「1限目に頭が働かない」、出勤したのに「午前中はぼーっとしている」といったプレゼンティズム(疾病出勤)の要因にもなっています。

姜:私自身も学生時代、それから社会人になってからも同じような経験があります。朝ごはんを食べずに急いで家を出て勉強や仕事を始めたのに、午前中のパフォーマンスがなかなか上がらない。それは食事が原因だったのかもしれませんね。

柴田:そうですね。ただ、やはり毎日のことですから、無理をしても続かないんですよ。だからこそ、日常の中に「無理なく組み込める工夫」が必要です。夜ごはんに唐揚げを食べるのが好きな人が、それを我慢するのは難しいかもしれません。それなら、5個のうち3個食べて、残り2個は翌朝の楽しみに取っておき、朝のタンパク質補給にまわす。これだけでも身体への負担は変わってきます。

高齢者はタンパク質が不足しがちですが、食が細くなると毎日タンパク質をしっかり取るのが難しくなります。それならば、毎食じゃなくてもいいから、朝だけ十分にタンパク質を取り、夜はお茶漬け程度で済ませても良い。そうした「少しの工夫」が、日々の健康づくりにつながると思います。

姜:実際、私たちが2024年に実施した「ウェルネス1万人調査」でも、「健康によいことでも、無理やりなことやガマンを強いることはしない」と答えた人は全体で65.9%と、過半数を超えています。また、「健康のために何かするなら、効率性を重視する」という人も、全体で47.6%と高い割合を示しています。


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柴田:続けやすく、やってみたくなる提案のほうが良いということですね。

姜:同じ調査で、食事に関する心がけについても聴取しています。食事は毎日のことですから、大きな努力や我慢は続きません。「22時以降は食事を摂らない/食事を控える」というレベルであれば、女性の7割以上、男性の半数以上が実践しています。

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柴田:早食いは肥満や糖尿病のリスクと深く関係していますし、食べる順番も血糖コントロールの観点から見ると大きな意味があります。全部を完ぺきに実践しようとすると長続きしませんが、いくつかを意識するだけで、将来的な健康に大きな差が生まれる。時間栄養学においても「続けられる工夫」は多く見つけられると思います。

高齢者ケアサービスに時間栄養学を活用

姜:時間栄養学は、生活者の健康意識とも親和性が高くビジネス活用が期待されています。実際に、どのようなソリューションや活用事例があるのでしょうか。先生のご経験からいくつかご紹介いただけますか?
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柴田:全国の特別養護老人ホームなどの施設に食事サービスを提供している会社と連携し、施設利用者の低栄養問題に対して、朝・昼・夕それぞれの時間帯に応じた栄養摂取の工夫を取り入れたメニューを提供するという介入を3カ月間実施しました。

すると、通常は体重が徐々に減っていく傾向にある高齢者施設の入居者の平均体重が、3カ月で0.9キロも増加するという結果が得られたのです。これは非常に有意な成果として評価され、今では他の施設にも導入が進められています。

姜:具体的にどのようなメニューを提案したのでしょうか?

柴田:主に、朝のタンパク質と水溶性食物繊維の摂取を強化しました。高齢者はタンパク質だけでなく、水溶性食物繊維の摂取量が少ない傾向にあります。朝の食事でこれらをしっかり取ることで、栄養の吸収や腸内環境の改善が期待できます。さらに、DHAやEPAといった魚に含まれる脂質も、実は朝に摂取すると吸収効率が良いことがわかっています。

姜:そういった食材の選び方にも、時間帯が関係してくるのですね。他にも事例はありますか?

柴田:朝にトマトジュースを推奨する企業の取り組みは興味深いですね。リコピンは抗酸化作用のある成分で、脂溶性のため、やはり朝の吸収が良いとされています。朝にリコピンを摂取することで、日中の紫外線や酸化ストレスから身体を守る効果が期待できます。

私も講演会で「トマトジュースはいつ飲みますか?」と聞くと、「夜寝る前に飲んでいます」という声を意外と多く聞くのですが、それでは抗酸化のタイミングとしては少しもったいない。朝飲んだほうが、日中に受けるダメージを抑えるという意味でも望ましいとされています。

姜:タイミングによって、同じ成分でも生かし方が変わってくるのですね。

柴田:そうです。最近、GABAの含有量を高めたトマトジュースも開発されています。GABAにはストレス緩和や睡眠の質を向上させる効果があるとされていますから、こちらはむしろリラックスしたい夜に飲むのが良い。つまり、同じトマトジュースでも、成分の特性によって推奨される摂取時間帯が変わるということです。こうした時間栄養学のメカニズムを生かせば、企業の商品設計も、生活者の選択も、より効果的なものになりますよね。

エビデンスを蓄積しやすい環境が、社会実装のヒントに

姜:一方で、時間栄養学がしっかりと活用されている事例は、まだそれほど多くない印象があります。その背景には、どのような難しさがあるのでしょうか?

柴田:やはり一番の課題は「エビデンス不足」ですね。時間栄養学に関しては、人を対象にした介入研究がまだ少なく、基礎研究やマウス実験にとどまっているものも多い。たとえば「朝にタンパク質を取ると良い」というのはある程度知られるようになりましたが、それ以外の栄養素やタイミングについては、まだ科学的な裏付けが十分とはいえません。
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しかも、日本では食品に関する機能性の表示がとても厳しく制限されています。アメリカやヨーロッパでは、サプリメントに「朝用・夜用」といった表示が認められており、日本よりも意図が生活者に伝わりやすいといった印象があります。

姜:また、毎日の身近な食事だからこそ、中長期に取り組んで経過を見る必要がありますよね。

柴田:そうですね。病院や高齢者施設のように食事の提供や管理ができる場のほうが、データもエビデンスも蓄積しやすいです。特に病院や特別養護老人ホームなどでは、朝8時に朝食、夜6時に夕食といったように、入院・入居した瞬間から自然と健康的な時間配分で食事ができるようになっています。あえて「プチ断食」や「時間栄養学」を意識しなくても、体内時計に合った食生活ができているんです。こうした現場は、時間栄養学の社会実装において、非常に良いモデルになると思います。

食のタイミングまで個別最適化できる社会へ

姜:時間栄養学のビジネス活用について、今後の具体的な展開や活用イメージについてお聞かせください。

柴田:昨今、「個別化栄養」という概念が注目を集めています。人によって生活習慣も体質も異なる中で、AIやIT技術の進化によって、個人の行動や特性に合わせたサービス提供ができるようになりつつあります。ただ、私自身もスマートウオッチを使っていますが、運動や睡眠の記録はできても、食事のタイミングや内容まではなかなか記録しにくいのが現状です。

姜:「いつ、何を、どのように食べたのか」までをデータ化するのは、ハードルが高そうですね。

柴田:私がよく話す例に「ラーメンが好きな人の健康をどうサポートするか」というのがあります。どうしても週1回はラーメンを食べたい人は、昼に食べればいいのか、夜でも早い時間に食べるなら許容範囲なのか。そうした判断を、個人のライフスタイルや過去の食行動、ストレス状況まで踏まえてサポートしてくれるアプリがあれば便利だと思うんです。たとえば「今なら近くのこのラーメン店がちょうどいい時間に食べられます。クーポンも使えますよ」と通知してくれるようなイメージですね。こうしたテクノロジーの発展が、より自然に生活に溶け込んでいく未来を期待しています。

あるいは、冷蔵庫の中身や買った食材の履歴から、朝食・夕食でどんな料理を作ったか、どの時間に何を食べたかを推測できるようになれば、生活の記録精度も高まります。外食だと記録は難しいですが、自炊がメインであれば、一定の精度で食習慣を把握できるようになるはずです。

姜:確かに、わざわざ入力しなくても記録できる手段があれば浸透しそうですね。

柴田:また、医療分野では健康保険組合などと連携して、特定保健指導の中に時間栄養学の考え方を取り入れていく動きも出てきています。たとえば、メタボや糖尿病、高血圧、CKD(慢性腎疾患)などのガイドラインに、適切な摂取タイミングも組み込むことができれば、治療や予防の質がより高まっていくでしょう。昼は味の濃い食事でも、夜は塩分控えめにするなど、タイミングを工夫するだけで、患者さんの負担感も軽減できるかもしれません。

介護施設などでは、筋肉量の計測が難しいという課題もあると聞きますが、たとえば、車椅子に乗ったままでも測定できるような体組成計など、高齢者の筋肉量を負担なく計測できる技術が開発されれば、時間栄養学の考え方をフレイル※対策にも生かせるようになるでしょう。

姜:時間栄養学が社会のさまざまな仕組みと連動していくことで、より大きな影響力を持っていく未来が見えてきますね。

柴田:スマートフォンやセンサー技術の進化で、個人の食生活を把握できる時代になりつつあります。将来的には、日々の予定や体調に合わせて最適な食事のタイミングを提案してくれるサービスが当たり前になるかもしれません。こうした時代の変化に合わせて、行政や医療ガイドラインも柔軟に進化していくことが求められると思います。時間栄養学の考え方が社会の標準になっていくことで、より健康的で持続可能な生活が広がっていくことを願っています。

姜:日々の暮らしに寄り添いながら、一人一人の健康と社会全体の豊かさを育んでいく。時間栄養学は、そうした未来に向けてますます重要な役割を果たす可能性を秘めていると思います。

たとえば「ベジタブルファースト」も、かつては新しい考え方・行動として注目されました。行政や企業による啓発活動とともに、商品やメニュー、キャンペーンといった形で社会に実装されていく中で、いまでは多くの生活者にとって当たり前の習慣として定着しつつあります。時間栄養学もまた、同じように少しずつ社会に広がっていく可能性があります。

企業がこの考え方を商品やサービス設計の根幹に組み込むことで、「食材や栄養素は、より効率的に効果を得られるタイミングに摂取する」という視点が、健康意識の新たなスタンダードとなる日がくるかもしれません。

時間栄養学は、健康を支える科学的知見であると同時に、生活者が「無理なく・自分らしく」食と向き合うための新しい選択肢でもあります。一人一人が日々の食事を前向きに、楽しみながら選べる未来に向けて、この考え方がより多くの人に届いていくことを期待しています。本日はありがとうございました。

※フレイル=加齢に伴い生活機能や予備能力が低下し、健康状態に対する脆弱(ぜいじゃく)性が増した状態。「健康」と「要介護」の中間の状態にあることを指す。

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築古ビル改修でCO2排出削減と不動産価値向上を両立…賃料改善、コスト回収の効果が明らかに

●この記事のポイント

・日建設計、日本政策投資銀行、DBJアセットマネジメントは既存ビルのエネルギーをゼロに近づけるリノベーション「ゼノベ」プロジェクトを推進
・築古の既存ビルを環境改修してCO2排出量削減と不動産価値向上を両立
・省エネにより水光熱費を削減、バリューアップにかかる改修費用を約3年で回収

 日建設計、日本政策投資銀行(DBJ)、DBJアセットマネジメントの3社は、既存ビルのエネルギーをゼロに近づけるリノベーション、「ゼノベ」プロジェクト(ゼロエネルギーリノベーションプロジェクト)を共同で推進している。ゼノベは、築年数を経た既存ビルを環境性能の高い建物への再生し、二酸化炭素(CO2)排出量削減と不動産価値向上の両立を図るのが目的だ。第一弾となった日建ビル1号館では、ZEB化に伴うバリューアップ部分に約4,000万円の改修費を投じたが、省エネ化により年間約1200万円の水光熱費の削減が見込まれており、仮にその削減分をすべて改修費用に充当した場合、約3年での回収が可能と試算されている。さらに環境価値及び不動産価値の上昇により改修前の建物スペックでのマーケットレントと比較して、2~3割の賃料増加を見込んでいる。

 この取り組みの背景には、「2050年ネットゼロ」がある。2050年までにCO2をはじめとする温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることは、地球温暖化対策として世界的に合意された目標であり、各業界において様々な取り組みが行われている。不動産業界においては、2030年までに2013年度比51%のCO2排出量の削減がロードマップとして示されている。日建設計に取材した。

●目次

既存ビルの環境改修が現実的な選択肢

 日建設計のゼノベプロジェクトのプロジェクトリーダー横瀬氏は不動産業界を取り巻くネットゼロ実現に向けた社会的背景について次のように説明する。

「不動産分野におけるCO2排出量は約18%を占めており、2030年までに2013年度比で約50%の削減を目指すロードマップが示されています。では、どのような建物がストックを占めているのかといえば、建物の築年数別ストックを見ると、築10年以上の建物が全体の約8~9割を占めており、ここが大きなボリュームゾーンとなっています。新築のビルに関しては、省エネやさまざまな環境性能向上に取り組んでいますが、ネットゼロの実現を目指すうえで、ストックの大半を占める既存ビルへの対応が不可欠です。」

 新築への建て替えは、多くのCO2を排出するうえに、昨今の建設費高騰といったコスト面の影響も大きいため、現実的な選択肢とは言い難い。こうした背景から、既存ビルを対象とした環境改修こそが、ネットゼロ目標達成に向けた実行可能で有効な手段として注目されている。

 ただ、改修による環境価値が十分に不動産評価に反映されない現状では、多くのビルオーナーが投資を躊躇するという課題があった。このような既存ストックに対して、どのようなアプローチが可能かを検討するために、2022年に前述の3社がアライアンスを組んだ。DBJとその子会社であるDBJアセットマネジメントは不動産金融の知見から、日建設計が建築技術の観点から改善策を提案を行い、環境と経済性の両立を目指して不動産マーケットにアプローチしていく。

環境改修によるZEB化の追加コストはおおよそ3年で回収

 新築への建て替えと比較して、環境改修するほうがコスト面で有利であることは、専門外の立場でも容易に理解しやすい。一方で、環境改修にかかる余分のコストが、どの程度で回収できるかについては懸念が残る。一般的に、環境改修に伴う投資は追加コストと捉えられがちだ。日建設計の小谷氏が次のように説明する。

「通常の改修工事での機能回復は、建築的なものであったり、設備的なものだったりしますが、環境改修ではそういう単純な機能回復に加えて、CO2削減や省エネを目的としたZEB化改修を行います。設備的には高効率の機器を入れるようにしますし、建築的には断熱効果を高めます。例えば照明については、最近の一般的なオフィスビルでは平均照度750ルクスですが、それを500ルクスに下げる。しかし、この照度はシミュレーションをしたところ、業務上支障のない範囲での設定であり、省エネを図ると同時にコストダウンも図る。イニシャルコストがやや高くても高効率な機器導入で省エネ化することにより、水光熱費のランニングコストを抑えることができ、仮にその削減分をすべてZEB化によるコストアップ分に充当した場合、概ね3年で回収できる試算となります」

 ゼノベプロジェクト第一弾として、環境改修した築57年の「日建ビル1号館」(大阪市中央区)では、LED照明や空調の高効率化、断熱性向上など、汎用性の高い技術を組み合わせ、投資効率の高い環境技術から優先的に採用された。建物はそれぞれ日照条件や風向きなどの立地環境が異なるため、環境改修は個々の建物の特性に応じて最適化される必要がある。

 こうした適切な投資判断と建物特性に応じた最適な改修により、同ビルは「ZEB Ready」認証を取得した。ZEB Readyとは、ZEBを見据えた先進建築物として、外皮の高断熱化及び高効率な省エネルギー設備を備えた建築物のことだ。

高まる環境コミュニケーションの重要性

 ゼノベプロジェクトの大きな特長は、「環境性能の向上が不動産価値に結びつく」という視点を重視している点にある。横瀬氏は、次の3点を経済的な効果として挙げる。

「経済的な効果は3つほどあると思います。まず1つ目は、水光熱費などのランニングコストが削減できる点です。近年は、電気料金の上昇が続いていますが、今後も上昇が続くのであれば、想定以上に削減効果が期待できます。

 2つ目は、賃料への影響です、従来、オーナーやデベロッパーにとっては、環境性能を高めたことを根拠に賃料を上げることが可能かどうかの判断が難しく、慎重にならざるを得ない状況があります。

 しかし、日建ビル1号館の例で言えば、改修前の建物スペックでのマーケットレントと比較して、2~3割の賃料増加を見込んでいます。実際にリーシングを進める中で、テナント候補からは、『ゼノベのコンセプトに共感した』『建物のデザインに魅力を感じた』といった反応もあり、まさにこちらが伝えたい環境価値と建物価値の両立が図れているのではないかと実感しています。

 3つ目は、CO2削減量そのものが経済価値を持つという点です。実際に炭素取引(排出量取引、排出権取引)を行うわけではありませんが、昨今ICP(Internal Carbon Pricing)を企業内部の評価軸の1つとして用いられるケースも増えています。今回の日建ビル1号館では、年間137トンのCO2を削減できる見込みであり、こうした効果も不動産の価値として可視化されつつあると思います。」

 上場企業を中心に、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への対応など、環境への取り組みに関する情報開示の重要性が高まっている。これまで中小規模のビルで環境改修がなかなか進まなかった背景には、投資対効果の不透明さや情報の非対称性といった課題があった。しかし、環境配慮が市場の要請となりつつある現在、環境改修は不動産戦略における重要な選択肢の一つとして位置づけられるようになってきている。

 日本の建築業界では、高度経済成長期に急激な都市化が進む中で、スクラップアンドビルドが主流となった。しかし、時代は大きく変化している。限られた資源の有効活用やネットゼロ社会の実現が求められるいま、持続可能な建築のあり方が再定義されつつある。

 ゼノベプロジェクトには、これまで当然とされてきた開発手法に対して、新たな選択肢を提示し、既存ストックの価値を最大限に引き出す、新たな常識を築く契機となることが期待されている。

(文=横山渉/ジャーナリスト)

ワークマンと日高屋、なぜ値上げしても顧客が離れない?共通点と成功戦略

●この記事のポイント
・さまざまな要因が重なり、この数十年で類を見ないほどの物価高に見舞われているなか、飲食店や小売店でも値上げが続いている。値上げは客離れを招く要因となりやすいが、値上げしても好調を維持している企業もある。
・BUSINESS JOURNALではワークマンと日高屋に着目し、値上げしても客離れを最小限に防げた理由を聞き、客から支持される4つの共通点を分析した。

 原材料費や人件費、エネルギーコストの高騰などを背景に、多くの企業が製品やサービスの価格引き上げに踏み切っている。帝国データバンクの調査によると、2024年においても食品分野を中心に値上げの波は継続しており、消費者の生活に大きな影響を与えている。

 このような状況下で、企業は「値上げ」という避けて通れない経営判断を迫られている。しかし、安易な値上げは顧客離れを招き、売り上げの減少に直結するリスクをはらむ。一方で、巧みな戦略で値上げを実施し、むしろ顧客の支持を強め、売り上げを伸ばしている企業も存在する。明暗を分けるのは、一体何なのか。

 そこでBUSINESS JOURNALでは、値上げが続く中でも多くの顧客から支持され、好調な業績を維持している企業として、飲食業界の「日高屋」と、作業服・アウトドアウェア市場を席巻する「ワークマン」に注目し、両社への取材を通じて、値上げを成功に導く戦略と、顧客に選ばれ続けるための取り組みを深掘りし、多くの企業にとって示唆に富む「共通点」を探っていく。

目次

日高屋

ワークマン

【日高屋 – DXと顧客接点の再構築で値上げの壁を越える】

 首都圏を中心に「熱烈中華食堂日高屋」を展開するハイデイ日高は、2023年3月、2024年5月、同年12月に価格改定を実施した。度重なる値上げにもかかわらず、同社の既存店売上高や客数は堅調に推移している。その裏には、緻密な戦略と地道な企業努力があった。

値上げ直後の客数減を乗り越えた「次の一手」

 同社によると、2023年3月の値上げは、コロナ禍からの回復期と重なり、外食需要の増加に支えられ、大きな影響はなかったという。しかし、2024年5月の値上げ直後は、それまで増加傾向にあった客数が明確に減少に転じた。「直近の月(3~5月の値上げ直前)に比べて、一日あたり5000人ぐらいの客数が減った」という状況は、値上げが顧客に与える影響の大きさを物語っている。

 この客数減少の流れを反転させたのが、同年8月末に導入した「楽天ポイント」であったという。日本最大級の会員数を誇るポイントプログラムの導入は、新たな顧客層の呼び込みに成功。ハイデイ日高は、特に女性客の取り込みに効果があったと分析している。

 さらに、2024年12月の3回目の値上げ後も、一時的に1日あたり1万5000人の客数が減少したものの、その後は回復傾向にある。「現状は24年12月比でマイナス3000人ほど。つまり1万2000人ほどのお客様が戻ってきている」という。同社は、その要因として、世の中の物価高による消費者の節約志向の高まりを挙げる。今年に入り、コンビニのおにぎりなど、中食(なかしょく)商品も値上がりする中で、相対的に日高屋の価格競争力が高まり、他の外食や中食からの顧客流入が起きているのではないかとみている。

顧客体験を変えたDXの力

 日高屋の値上げ戦略を語る上で欠かせないのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進だ。その中核を担うのが、現在350店舗に導入されているタッチパネル式のオーダーシステムである。

 タッチパネルの導入は、顧客と従業員の双方にメリットをもたらした。顧客は、店員を呼ぶことなく自分のタイミングで注文できるようになり、従来は「忙しそうだから」と遠慮しがちだった追加注文がしやすくなったことで客単価の上昇に直結。

「現状は350店舗に導入していますが、タッチパネル導入の店舗は、毎月15~30店舗近く増えていました。タッチパネルに変えると、客単価が上がるんです。客数も伸び、若干女性客も増えてきているような状況です」(ハイデイ日高)

 一部店舗では客単価が150円ほど上昇する効果が見られ、客層の拡大にも繋がった。事実、コロナ前は20%程度だった女性客の比率は、直近では35%まで上昇している。

 従業員側にとっては、オーダーを取る業務が削減され、ホールの人件費抑制に繋がった。この人件費の削減分が、高騰する原材料費を吸収するための一助となり、値上げ幅を抑制する企業努力を支えている。

揺るぎない事業基盤と従業員への還元

 日高屋の強みは、DXだけではない。自社工場(セントラルキッチン)を保有し、主要な食材を集中生産することでコストを抑制している。また、出店エリアを首都圏に集中させるドミナント戦略により、配送コストも効率化している。こうした盤石な事業基盤が、価格競争力の源泉となっている。

 さらに特筆すべきは、従業員への手厚い還元だ。5年連続となるベースアップの実施や、利益の一部を「成長分配金」として社員に還元している。アルバイト・パート従業員(フレンド)に対しても、大規模な「フレンド感謝祭」を開催するなど、従業員満足度の向上に努めている。こうした取り組みが、従業員のモチベーションを高め、サービスの質を維持・向上させ、ひいては顧客満足度にも繋がっていると考えられる。

【ワークマン – 「ブレない軸」が顧客の信頼を繋ぎとめる】

 作業服からアウトドア・スポーツウェアへと領域を拡大し、一大市場を築いたワークマン。同社も2025年3月期上期(4~9月)に一部商品で価格改定を行ったが、「客数既存比-0.8%、チェーンストア売上比+1.1%」と、値上げによる影響は“出ていない”と回答している。なぜワークマンの顧客は、値上げを受け入れたのか。その理由は、同社が長年かけて築き上げてきた、顧客との揺るぎない信頼関係にあった。

「圧倒的な低価格」と「高機能」の両立

 ワークマンが顧客の支持を失わない最大の理由は、その事業の根幹にある「変わらない価値提供」にある。同社は、値上げ後も顧客が離れない理由として、以下の3点を挙げている。

 1.他社に負けない圧倒的な低価格
 2.低価格だけではない、高機能性がある製品の販売
 3.「やる値」の取り組みによる、プロ(職人)顧客の信頼維持

 ワークマンのブランドイメージは、「高機能な製品が、驚くほど低価格で手に入る」という点に集約される。この強力なコストパフォーマンスは、一朝一夕に築かれたものではない。サプライヤーとの強固な関係、需要予測に基づく大量発注、そして無駄を徹底的に省いた店舗運営など、長年の企業努力の結晶だ。

 顧客は、たとえ一部商品の価格が上がったとしても、「それでもワークマンは安い」「この機能でこの価格なら納得できる」と感じている。これは、同社が提供する価値が、価格という一面的な指標だけでは測れないことを示している。

主要顧客との信頼の絆「やる値」

 特に注目すべきは、「やる値」という取り組みだ 。これは、プロの職人が仕事で使う消耗品などを、長期間価格を据え置く、あるいは値下げするという施策だ。物価高騰の最中にあっても、働く人々にとって不可欠な商品を安定した価格で提供し続けるという強い意志の表れであり、主要顧客であるプロ層からの絶大な信頼を獲得している。

 この施策は、短期的な利益を追求するのではなく、顧客との長期的な関係性を重視するワークマンの姿勢を象徴している。コアなファンであるプロ客のロイヤリティを確実に維持することが、ブランド全体の安定感を支え、一般客にも安心感を与えているのだ。

値上げを成功させる企業の「4つの共通点」

 日高屋とワークマン。業態は全く異なるが、両社の事例から、値上げ時代を勝ち抜くための普遍的な共通点が見えてくる。

1. 価格以上の「付加価値」を提供しているか:両社に共通するのは、単に商品を売るのではなく、価格以上の「体験」や「機能」という付加価値を提供している点だ。日高屋は、タッチパネル導入による「注文のしやすさ」や「気兼ねなさ」という快適な食事体験を創出した。ワークマンは、「プロが認める高機能」という絶対的な信頼性を製品に付与している。顧客がその価値を認めれば、多少の価格上昇は受け入れられる。値上げは、自社の提供価値を改めて問い直す機会となるのだ。

2. 顧客との「エンゲージメント」を深めているか:値上げは、企業と顧客の関係性が試される瞬間だ。日高屋は、楽天ポイントの導入で新たな顧客層との接点を作り出し、女性客の増加に成功した。ワークマンは、「やる値」という施策を通じて、主要顧客であるプロ層との絆をより強固なものにした。既存顧客のロイヤリティを高めると同時に、新たなファンを獲得する。こうした地道なエンゲージメント活動が、価格改定という逆風を乗り越える力になる。

3. 見えないところでの「企業努力」を徹底しているか:顧客は、企業の努力を見ていないようで、敏感に感じ取っている。日高屋は、セントラルキッチンやDXによるコスト削減努力を続け、高騰する原価の吸収に努めている。ワークマンは、サプライチェーン全体で効率化を追求し、低価格を実現している。こうした「なぜこの価格で提供できるのか」という背景にあるストーリーが、価格への納得感を生み出す。値上げ幅を最小限に抑えようとする真摯な姿勢こそが、信頼の礎となる。

4. 従業員の「満足度」が顧客に向いているか:意外に見落とされがちだが、従業員満足度(ES)は、顧客満足度(CS)と密接に連動している。日高屋は、ベースアップや感謝祭といった施策で従業員に報い、モチベーションの維持・向上を図っている。高いモチベーションを持つ従業員は、質の高いサービスを提供し、それが顧客の満足に繋がる。値上げという局面だからこそ、最前線で顧客と接する従業員への配慮が、企業の総合力を高める。

 物価高騰の時代、値上げは多くの企業にとって避けられない選択肢だ。しかし、それを単なるコスト転嫁と捉えるか、自社の価値を見つめ直し、顧客との関係を深化させる機会と捉えるかで、未来は大きく変わってくる。日高屋とワークマンの戦略は、価格競争から一歩抜け出し、顧客に選ばれ続けるための本質がどこにあるのかを、力強く示している。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)