ドローン、危険ばかり挙げて過剰規制の愚かさ ビジネス化で大きく世界に遅れる懸念

DJI社製ドローン「ファントム2」

「規制」でアドバンテージを逃したイギリス

 18世紀後半のイギリスでは、蒸気機関車を発明したジェームズ・ワットの助手であるウィリアム・マードックにより、蒸気自動車の開発が他の国に先駆けて行われていた。1833年には世界で最初の自動車による都市バスの営業がロンドンで始まり、36年にはロンドンから海辺のブライトンまで1万人以上の旅客を輸送していた。まさに当時のイギリスは、自動車分野のビジネスで世界の最先進国になりつつあった。

 しかし、どの時代・どの国においても新しい技術に対して脅威を感じる人は多く、異論や反論は起こる。19世紀のイギリスにおいて、「鉄のイノシシ」である自動車に対してその利便性より脅威を感じる人も多く、さまざまな妨害や過剰な規制が行われるようになった。

 その最たる例の1つは65年に導入された「赤旗法」だ。この法律によって、自動車は市外では時速4マイル(約6.4キロ)、市内では時速2マイル(約3.2キロ)と普通の人が歩くスピードよりも遅い時速で走ることが義務付けられてしまったのだ。こうなってしまうと、当時の「競合」である馬車よりも速く移動できることに魅力を感じた人も利用は遠のく。これにより、世界の先頭を走っているはずだったイギリスで自動車産業は衰退してしまい、法的規制が少なかった米国などにその立場を譲ることになった。

見過ごせないドローンのポテンシャル


「空の産業革命」を牽引するともいわれているドローンについても、日本をはじめとする各国で同じようなことが起こりつつある。ドローンとは、もともとは軍事用として使われてきた無人飛行機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)のことで、米アマゾンが小型無人機による「空の宅配サービス」を始めると発表したことから急激に注目を集めるようになった。

 しかし、昨年に起きた米国ホワイトハウスや日本の首相官邸への侵入事件により、テロや犯罪に悪用される問題や、企業や他人のプライバシー侵害の問題、空中での事故発生の問題などが懸念され、飛行を規制する声が上がっている。欧米諸国ではすでに商用利用について許可制を敷くなど制度策定が進められているが、日本は検討中の段階だ。今後、飛行場所や速度、機体重量、操縦者の免許登録等の規制が遅かれ早かれなされるだろう。

 しかしながら、かつてのイギリスのように過剰反応でイノベーションの芽を摘んでしまうようなことは避けたいところだ。ドローン市場のポテンシャルは大きい。米国際無人機協会(AUVSI:Association for Unmanned Vehicle Systems International) が発表した「ECONOMIC REPORT」によると、ドローンの市場規模は2025 年までに米国内だけでも820億ドル(約10兆円)に達し、10万人以上の新たな雇用を生み出すと予測されている。また、前述したアマゾン以外にも、グーグルやDHL、AIG、ドミノピザなど、多様な企業がドローンのビジネスでの活用を積極的に模索している。

先進的な「ドローン・マーケティング」の活用


 ドローンには、具体的にどのような活用の可能性があるのか。ドローンの活用事例として「空撮(空中からの撮影)」や「宅配」「農業支援」などがよく挙げられるが、ここでは、「マーケティング」にフォーカスして簡単に見ていこう。模索中の段階ではあるものの、ユニークな活用パターンが散見される。

(1)Product:既存商品の代替/進化

 今年1月にラスベガスで開催された家電ショー「CES2015」では、ドローンに関する展示も多かった。その中で注目を浴びたものの一つが「Nixie」。簡単にいえば、自撮り(セルフィ)のドローンだ。腕時計サイズのドローンで、通常は腕に巻きつけておき、自撮りしたいときにアームを伸ばして飛ばし、自分を写してくれるものだ。撮影後は、まるでブーメランのように空中浮遊して戻ってくる。

出典:「Damn Geeky」

(2)People:無人化(+サービスのエンタメ化)

 次に紹介するのは、ウエイターに代わって店内で料理や飲み物を運んでくれるドローン。シンガポールのフードチェーンの「The Timbre Group」が計画中だが、すでに実験段階を終えており、今年中には国内5店舗に40機あまりのウエイター・ドローンを本格的に導入する予定。さらに、料理や飲み物を運ぶだけでなく、メニューの注文や支払い対応もできるように開発を計画しているとのこと。

出典:「Lindsworth Deer」(mythoughtsontechnologyandjamaica.blogspot.com)http://mythoughtsontechnologyandjamaica.blogspot.jp/2015/03/Singapore-Timbre-Waiters-Infinium-Robotic-Drones-Robot.html

(3)Promotion:広告手法の多様化
 
 ドローンによって、今まで考えられなかったユニークな広告手法も可能になっている。ロシアのモスクワにあるアジア系レストランではドローンに昼食の広告チラシを搭載し、オフィスビルの前をランチタイムの直前に飛び回った。この広告手法は大成功し、これをきっかけにドローンを用いた広告手法は「Drone-vertising(Drone advertisingの略称)」として世界的に知られることになった。

(4)Place:店舗空間の拡張化

 ここまでは海外の事例を紹介したが、最後に国内の事例を紹介しよう。クロックス・ジャパンは、3月に東京ミッドタウンでドローンを使った世界初の「空中ストア」を期間限定でオープン。ストア内のiPadで欲しいシューズの色を選ぶと、ドローンが空高く舞い上がり、高さ5メートル、幅10メートルの巨大ディスプレイから指定された色の靴を運んで持ってきてくれる。今後も、こういったプロモーションが増える可能性はあるだろう。

これからも「ドローン的」なテクノロジーを見逃すな


 はじめに紹介した自動車に限らず、3Dプリンタによる銃製造やウェアラブル端末によるプライバシー侵害など、新しいテクノロジーには脅威や問題がつきものだ。悪用されない、一切の問題がないテクノロジーなどはむしろまれであり、大半は何かしらの問題があり、規制が加えられると考えたほうが自然だろう。ただし、規制されるリスクがあるからといって、企業がそのテクノロジーの活用を先延ばしにすることは避けなければならない。

 かつてイギリス自動車産業で起こった過剰規制の二の舞いを演じないためにも、そのテクノロジーがもたらす価値は何か、自分たちのビジネス全体やマーケティングにどう活用することができるか、ゆっくりでもプロペラを回して前に進んでみることが重要だ。
(文=村澤典知/インテグレート執行役員、itgコンサルティング執行役員)

●村澤典知
インテグレート執行役員、itgコンサルティング執行役員。一橋大学経済学部卒。トヨタ自動車のグローバル調達本部では、調達コスト削減の推進・実行を中心に、新興国市場での調達基盤の構築、大手サプライヤの収益改善の支援に従事。博報堂コンサルティングでは、消費財・教育・通販・ハイテク・インフラなどのクライアントを担当し、全社戦略、中長期戦略、マーケティング改革、新規事業開発、新商品開発の導入等のプロジェクトに従事。A.T.カーニーでは、消費財・外食・自動車・総合商社・不動産・製薬業界などの日本を代表する企業のグローバル成長戦略、中期経営計画、マーケティング改革(特にデジタル領域)、M&A、組織デザイン、コスト構造改革等のプロジェクトに従事。2014年より現職。大手メーカーや小売、メディア企業に対し、データ利活用による成長戦略やオムニチャネル化、新規事業開発に関する戦略策定から実行までの支援を実施。

・株式会社インテグレート http://www.itgr.co.jp/

モラル欠如の悪徳弁護士が急増!突然、企業へ滅茶苦茶な要求、銀行口座を強引に凍結

「Thinkstock」より
「ブラック企業アナリスト」として、テレビ番組『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)、「週刊SPA!」(扶桑社)などでもお馴染みの新田龍氏。計100社以上の人事/採用戦略に携わり、数多くの企業の裏側を知り尽くした新田氏が、ほかでは書けない「あの企業の裏側」を暴きます。

 国税庁の2012年度の調査によると、年収100~150万円の弁護士は585人、150~200万円が594人、200~250万円が651人、250~300万円が708人、300~400万円が1619人と、一般サラリーマンの平均年収413万円(14年度)を下回る水準の弁護士も非常に多い。また、所得が1000万円以上の弁護士は5年前から15%減少。逆に200~600万円の人が20%ほど増加しているのだ。

 難関試験を突破するために多くの時間とお金を費やしたにもかかわらず、低収入にあえぐ弁護士は多いのが現状だ。その一方で、弁護士として活動するためには、所属する地方の弁護士会へ毎月会費を支払わなければならない。金額は地域によって異なるが、年額で50~100万円に上るといわれている。

 そのような中、収入を安定させるために弁護士たちはさまざまな仕事に手を出している。中には、弁護士としてふさわしくないと思われる仕事ぶりの人物もいる。今回は、そのような質の低い弁護士たちを紹介する。

A弁護士の事例

「儲ける」「成功する」といったテーマにまつわる方法論や手法を動画やテキストにまとめ、主にインターネット経由で販売されているものは「情報商材」と呼ばれ、1件当たり数万円、高いものになると数十万円で取引されている。

 それら販売元の中には、真摯にビジネスを行っているところもある一方で、「1日たった30分○○するだけで月収100万円」「投資必勝法」「必ずモテる」など、射幸的なフレーズを打ち出して高額な教材を買わせるものの、実際には「価格に見合う価値がない」「何もサポートがない」「効果がない場合の返金保証をうたいながら、返金に応じない」といったトラブルも多数報告されており、国民生活センターなどに相談も寄せられている。

 このような「情報商材詐欺」の被害に対して、トラブル解決と返金実績をうたうのがA弁護士である。このテーマを専門に取り組んでいる弁護士は珍しいようで、インターネットで検索しても表示される法律事務所は数えるほどだ。

 いかにも弱者の味方に見えるこのA弁護士だが、実際はとんでもないブラックな実態を秘めていたのだ。

 ある日、投資情報を販売する会社にA弁護士から内容証明郵便が届いた。「貴社が販売している投資情報商材は実現可能性がないもので、購入者は内容通りに取引したが利益が上がらなかった。よって、商材の代金24万8000円の返金を求める」という内容であった。

 この商材の内容に本当に虚偽があるなら、確かに弁護士の要求は正当なものかもしれない。しかし、この申し入れの時点でA弁護士の対応に複数の重大な疑義があった。

(1)事実確認をせずに、いきなり「口座凍結要請」を行った疑い

 A弁護士はこの申し入れと時を同じくして、情報商材販売会社の「口座凍結要請」を行っていた。口座凍結とは、裁判所の審査を経ずに警察や弁護士が銀行に依頼して口座を止めるという極めて強力な手法であり、振り込め詐欺やヤミ金融被害等、「明らかな犯罪行為」に使われている口座に対する措置である。制度の運用上、弁護士側で証拠を十分に精査することが求められるのだが、本事件においては、被害者とされる人物が実際に支払った金額と、弁護士から請求された金額に齟齬があることが判明している。

 すなわち、これはA弁護士が依頼者に対して十分に事実確認を行わず、しかも客観的な資料の確認を十分に行うことなく、依頼者の言い分のみに依拠して口座凍結要請を行った可能性があることを意味する。

(2)未契約の依頼者分も、一まとめに和解交渉を行おうとした疑い

 情報販売会社の経営者は、自社の顧問であるB弁護士に交渉の代理を依頼した。するとA弁護士は、B弁護士に対して「被害者8名分一括での和解交渉」を提示。しかし、販売会社に送られた内容証明の日付と、A弁護士が和解に言及した日付を見比べると、内容証明のうち一部は「和解言及日より後」の日付になっていた。すなわち、依頼者から正式に受任していない事件について交渉を代理しようとしていた可能性があるのだ。

(3)依頼者との面談を行っていない疑い

 上記(1)の事実確認有無とも関連するが、現時点で判明しているだけでも、今回の被害者とされるA弁護士への依頼者は四国、静岡、山口と点在しており、弁護士自身が依頼者と面談を行ったか疑わしい。被害者の一部は弁護士を通さず、直接販売会社へ連絡を繰り返していたことも、この疑いの根拠の一つである。

 本事件は結果的に、返金については和解が成立したのだが、口座凍結については、販売会社側が不当と訴えているにもかかわらず、依然として解除されていない状況だ。また販売会社はA弁護士の強引な手法について、A弁護士が所属する第一東京弁護士会に訴え出たが、弁護士会側もA弁護士をかばうばかりで話し合いにならない状況であった。

C弁護士の事例

 C弁護士は、ある県の弁護士会をはじめとして、さまざまな法人の要職を歴任してきた人物である。弁護士の鏡として行動を律して範を示すべき立場のC弁護士だが、法律で規制対象となっている利益相反行為を疑われる事態となっている。

 利益相反行為とは、ある行為によって一方の利益になると同時に、他方への不利益になる行為のことだ。特に弁護士など、中立の立場で仕事を行わなければならない者が、自己や第三者の利益を図り、依頼者の利益を損なう可能性のある行為については、法律によって禁じられている。しかし、C弁護士は利益相反行為を行ってきたと疑いをかけられている。

 事件は、県内に本社を置く運送会社の経営者一族による遺産相続に関わるものだった。経営者が亡くなり相続が発生したのだが、経営者の妻は後妻であり結婚する際、「彼が自分より先に亡くなった場合、彼の財産のうち自宅マンションだけしかいらない」と誓い、その旨の念書も書いていた。しかし、実際に相続が発生してみると、遺言書がないこと、および事前の相続放棄は無効であることを理由に法定相続分を要求している。この件は現在、弁護士間で交渉中である。

 本件相続問題において、後妻側の代理人となったのがC弁護士なのだが、ここに利益相反の問題があるのだ。

 C弁護士は、当該運送会社が加盟し、かつ当該経営者が理事を務めたこともある社団法人の監事を務めている。法人の監事が、所属する運送会社のお家騒動の一方の代理人となって騒動に参画している状況なのだ。

 筆者は別の弁護士に当該事案について質問したところ、彼も同様に疑問を抱き、このような見解を示した。

「同法人の公的側面、弁護士に対する社会的な信頼という観点からいうと、相当問題がある。厳密には違法とまでは言えなくとも、利益相反として倫理的には避けるべきケースと言わざるを得ない」

 筆者はこの見解を受け、C弁護士に取材を申し入れたが返答を得られなかった。致し方なしに直接事務所を訪問したが、強硬な剣幕で「答えることは何もない。立ち去らないと不退去罪だ」と恫喝してくる始末であった。弁護士ならば然るべき論理で、根拠を挙げて説明してもらいたいものである。
(文=新田 龍/株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト)

新田 龍(にった・りょう):株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト。早稲田大学卒業後、「ブラック企業ランキング」ワースト企業2社で事業企画、人事戦略、採用コンサルティング、キャリア支援に従事。現在はブラック企業や労働問題に関するコメンテーター、講演、執筆を展開。首都圏各大学でもキャリア正課講座を担当。

資産運用も「スループット」する時代 – オヤジの幸福論

多くの方にとって海外では常識の自動運用の仕組みは合理的であると考えます。今回はその理由について触れていきますが、ここでのキーワードは「スループット(Through put)」です。オヤジ世代の皆さんはこの単語をご存じですか?

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“厄介者”社長の超異例経営 倒産寸前から奇跡の復活!元請けを買収、2年で黒字化

セーレン 公式サイト」より
 北陸新幹線の開業に沸く北陸地方。その地で、知る人ぞ知る存在ながら、斜陽といわれる繊維産業の再成長を牽引している地場企業がある。その名はセーレンだ。売上高1000億円あまり、1889年創業の老舗メーカーである。

 30年ほど前まで、セーレンは染色加工事業が主力の繊維製品下請けメーカーにすぎなかった。14期連続の赤字を垂れ流し、業績はボロボロだった。地元では「ボロレン」と揶揄され、会社は危急存亡の秋を迎えていた。

 そんな同社は、社員のやる気を引き出す「仕事の仕組みの変革」で窮地から脱却した。

 さらに、入社直後に経営批判をしたことで「異端児」「厄介者」といったレッテルを貼られ、冷や飯を食わされていた社員が勝手に開発、ヒットした自動車内装材事業を軸に、事業構造改革を断行した。それにより、電磁波シールド、人工血管材、建材シートなどの機能性繊維を次々に開発し、繊維製品の産地・福井県を代表する、先端的な繊維総合メーカーに生まれ変わった。

 同社を一躍有名にしたのは、05年のカネボウの繊維事業買収だ。

 元請けを下請けが買収する異例のM&Aに、当時の繊維業界関係者は一様に驚いた。それだけではない。当時の産業再生機構が「不可能」とさじを投げていたカネボウ繊維事業の再建を、同社はたった2年で達成し、業界を再び驚かせた。

 その後、同社はITを駆使することで、繊維事業を婦人服の製造小売事業に進化させるなど、今ではカネボウ繊維事業が成長エンジンの一つになっている。カネボウの化粧品事業を買収した資生堂の場合、13年に発生した「白斑問題」で被害者から集団訴訟を起こされるなど、カネボウ化粧品事業がお荷物と化しているが、それとは対照的だ。

 同社は、なぜ不可能といわれたカネボウ繊維事業の再建を達成することができたのだろうか?

ふてくされ社員に希望を与えた「川田再建」


 それは、05年秋のことだった。

「カネボウからKBセーレン(セーレンの子会社)に変わって3カ月。みなさんへのあいさつが遅れて申し訳なかった」

 長浜工場で、旧カネボウの全社員に初対面したセーレン社長(現会長)の川田達男氏は、そう陳謝した。旧カネボウ社員たちからどよめきが起こったのも無理はない。

 長浜工場は、かつて「東洋一の綿布工場」と呼ばれた、旧カネボウの主力繊維工場だ。しかし、カネボウは80年代以降の経営不振で倒産、産業再生機構の再建計画で、同社の繊維事業は最下位の「第四分類」にランクされた。

 つまり、繊維事業の再建は不可能と判断されていたわけだ。そんな繊維事業を買い取ったのが、旧カネボウ社員にとっては無名に等しい、福井の染色加工メーカーだった。旧カネボウ社員の誰もが、「田舎の染色屋に、上流の製糸・紡織ができるのか。買収は、カネボウの製造設備と技術の転売目的ではないか」と疑心暗鬼に陥り、「新会社に残れるのは、ほんの一握り。これから、どんな人員整理の嵐が吹き荒れるのやら」と不安に駆られていた。

 ところが、初めて長浜工場の視察に来たセーレンのトップは、開口一番「あいさつが遅れた」と陳謝し、繊維事業再建の道筋を詳細に説明した。「話の意外な展開に、安堵するより唖然とする思いだった」と、旧カネボウ社員は当時を振り返る。

 川田氏が、長浜工場で旧カネボウ社員に説明した繊維事業再建の道筋は、三つだ。

 一つ目は、製品の高付加価値化だ。買収の目的は、製糸から縫製まで繊維製品の一気通貫生産体制の構築である。それにより、低コストで付加価値の高い製品を製造・販売する。したがって、心配しているような人員整理はあり得ないどころか、再建が軌道に乗れば増員が必要になる。

 二つ目は、「カネボウが誇った、日本一の栄光を取り戻そう」というものだ。会社は倒産したが、優秀な人材が残っている。不幸だったのは、旧カネボウで自分たちの独自性を存分に発揮できる環境が与えられなかったということであり、それが倒産の一因でもあった。だから「栄光を取り戻すため、諸君の独自性発揮を尊重する」というわけだ。

 三つ目は「変えよう」である。古い企業体質を変えることができるか否かが、再建の鍵を握る。社員全員が自分の役割と責任を自覚し、仕事への取り組み方を自ら変え、「会社を変えられるのは、自分たちだけだ」という気概で再建に取り組んでほしい、というものだ。

 その後、川田氏は月に一度は長浜工場に足を運び、社員とマンツーマンで話し込み、「もう一度、みんなが夢を持てる会社に作り直そう」と語り続けた。倒産で意気消沈し、ふてくされていた旧カネボウ社員たちも、川田氏の熱意に打たれ、やがて競うように業務改善を提案し、率先して再建に取り組むようになった。

 川田氏は、現場の社員とのコミュニケーションと並行して、90億円の設備投資を断行した。当時は、セーレン本体の設備投資額が年間120億円だったが、生産設備を一新することで、川田氏は再建の本気度を旧カネボウ社員に示したのだ。

 カネボウ時代、設備投資は修繕レベルの年間数億円だったため、彼らは活気づいた。「カネボウ時代は雲上人だったトップが現場へ来て、一対一で自分たちの意見に耳を傾けてくれる。さらに、あり得ないと思っていた最新設備まで入るのだから、再建意識が高まるのは当然でした。今では、新規事業創出にチャレンジするまで士気が上がっています」と、前出の社員は語る。

カネボウ買収で完結した、セーレンの一気通貫事業モデル


 セーレン自身にとっても、旧カネボウ繊維事業再建は、斜陽の繊維産業で自社が生き残るための必須条件だった。

 90年代、自動車内装材事業に参入した同社は、製品の低コスト化と品質向上を図るために一気通貫の生産体制構築が不可欠と考え、織り・編み、染色加工、縫製の内製化を進めた。しかし、製糸の内製化だけが未解決だった。

 上流工程の製糸を、非製糸メーカーがゼロから立ち上げるのは、無理に等しい難題だった。そこで、製糸メーカーの買収先を物色していた矢先の04年に、カネボウが倒産した。事業再建が不可能と判断され、買い手がなかったカネボウ繊維事業を、セーレンは運良く買収した。

 したがって、カネボウ繊維事業の再建は、同社の至上命題だった。再建に失敗すると、製糸工程の内製化が頓挫し、一気通貫生産体制の構築が不可能になる。しかし、再建に時間がかかれば、それだけコストが膨らみ、品質向上も中途半端になる。

 このため、川田氏は優秀だった旧カネボウ社員を「再建に巻き込んで、自主的に動かそう」と考え、潜在能力を引き出すための環境整備に腐心した。指示待ち意識を払拭し、自主性、責任感、使命感を植え付けることに注力したのだ。

 そうした努力の結果、KBセーレンは設立2年目の07年3月期に営業利益14億円を達成、長年の赤字から脱却した08年3月期に、営業黒字が約17億円の増益となり、再建が確定的となる。同時に、セーレンは自動車内装材を製糸から販売まで一気通貫で行う、現在の事業モデルの原型も確立させた。

再建を妨げる問題をあぶり出せ


 カネボウ繊維事業再建成功の秘訣は、実はセーレン自身の経営再建体験にあった。

 セーレンは、繊維製品メーカーの染色工程を下請けして加工賃を稼ぐだけの事業に安住し、80年代の繊維不況で倒産寸前に陥った。その時、創業家の指名で、末席取締役から社長に抜擢されたのが、子会社の自動車内装材の開発・販売で唯一売り上げを伸ばしていた川田氏だった。「異端児」「厄介者」といったレッテルを貼られ、社内で冷や飯を食わされていた社員というのは、川田氏のことである。

 しかし、危機感をあらわにして、社員に自主性、責任感、使命感の大切さをいくら訴えても、彼らはまったく動かなかった。そこで初めて、川田氏は「かけ声や説教では、長年染み付いた意識は変わらない。仕事の仕組みを変えなければ、意識は変わらない」と気付いた。

 その後、具体的な経営再建方針を示すと同時に、目標と実績のギャップから、再建を妨げている問題を顕在化させる仕組みと、問題が起きたら管理職が責任を持って解決し、再発を防ぐ仕組みを導入した。その一方で、染色加工メーカーとして蓄積した技術を水平展開し、新製品開発や新事業創出につなげていった。

 そうした「仕事の仕組みの変革」の中から、現在の主力事業の一つとなっている、デジタル染色システム・ビスコテックスが開発され、オーダーメード婦人服の製造小売事業が誕生した。

 経営再建の柱となり、現在は売上高の54.7%(15年3月期)を占める自動車内装材は、国内シェア約40%、世界シェア約15%の事業に育っている。

 まず「目標ありき」の計画経営ではなく、「問題点を顕在化させる」ことを重視し、さらに既存技術の水平展開で新事業を育てる「逆転の発想の経営」が、同社再建の要因となった。

 それにより、社員が仕事に自信を持ち、ユーザーと直接接触する製造小売事業モデルがユーザーを意識したモノ作りを促し、社員の意識は完全に変わった。

「ファッション流通革命」への挑戦


 その後、同社はビスコテックスをオーダーメード婦人服のオンデマンド販売システムに進化させた。これにより、大量生産から1着ずつの個別生産が可能になった。同社は、消費者が買いたい時に、自分だけのオリジナル婦人服が買える「ファッション流通革命」を起こそうとしている。狙いは、需要創出だ。

 それに向けた、オリジナル婦人服専門店「ビスコテックス・メーク・ユア・ブランド」1号店を、4月1日に福井市の本社で開業した。今後は、実需ベースでシステムの改善を続け、1~2年で全国の有名百貨店を中心にチェーン展開する計画だ。

 同社にとって、経営不振は「経営者の怠慢」、成長は「需要創出」を指すようだ。
(文=福井晋/フリーライター)