中古品買取業者の社長が「会社都合」で全社員を解雇した理由

「3月31日で、従業員全員を解雇しました」

 神奈川県内で中古物品買取店を営んできたA社の社長が一大決心をした。従業員は全員で10人。今後は規模を縮小して、社長1人で経営を続けていくという。

 A社の主な事業内容は「日本で不要になった使えるものを国内や海外へ売り渡す」ことだ。出張買い取りを積極的に行い、携帯電話やパソコン、小型家電、ゲーム機などを海外に転売してきた。たとえば、人気商品である家庭用ゲーム機「プレイステーション3」を筆頭に、ニーズがある商品を海外へ大量に卸していたのだ。

 A社は中古品を山ほど抱えているため、筆者もパソコンの調子が悪くなると、データが消去されている中古品を何度も買ってきた。つい先日も、ワイヤレスのキーボードが接触不良になったため、中古のキーボードを購入したばかりだ。

 では、なぜA社の社長は全員解雇という苦渋の決断を下したのか。その理由を語ってもらった。

“お宝品”をホームレスから買い取ったことも

「10年ほど前までは中古品の需要と供給のバランスが良く、大量に買い取って海外に卸すのが主流でした。年商が億を超えることも珍しくなかったです。たとえば、引っ越しの際に中古のゲームソフトを捨てたいという人がいると、なるべく高額で買い取ってきました。数が多ければ単価を安くして、リサイクルに金がかかる中古品(テレビ、冷蔵庫、エアコン)などを安く買い取りもしました」

 軽トラックで「ご不用になったテレビ、パソコンを買い取ります」などとアナウンスをしている業者を目にしたことがあるだろう。A社では、そうした手段のほかに、ゴミ置き場に捨てられている“お宝品”をホームレスから買い取ることもあったという。

 しかし、「メルカリ」や「ジモティー」などの普及で個人間売買がネット上で手軽にできるようになり、事業が厳しくなっていった。

「うちのような業者の存在価値が、年々低くなっていきました。人気商品を数多く所有する人たちからの供給が減り、それに伴い、利ザヤ(転売による利益)の減少も顕著でした」

 そして、コロナ騒動の影響で主要取引先の海外で買い控えが始まり、売り上げ減少に拍車がかかった。

「先日も、シンガポールから『PS3を1000台ほど売りたい』との話が来ましたが、輸入をしても日本で売りさばくメドが立ちません。コロナ騒動で品物が動かないのです。しかも、この業界はツケ(売り掛け)が多く、商品を送っても、現地ですべて売れてから入金されることもしばしば。『(競合他社は)待ってくれてるよ』などと言われます」

マネロン防止で銀行が海外との取引を注視

 半年ほど前から、海外との取引がうるさくなったことも要因のひとつだ。

「マネーロンダリング防止のため、海外からの送金があると、銀行が『これはなんのお金ですか?』と言ってきて、5枚ほどの書類を提出しなければならなくなりました。以前は電話で数分で済んでいましたが、そうしたやり取りに1時間くらいかかるなど、手間がかかって効率が悪くなってきたのです。特に、ガーナやナイジェリアなどのアフリカ諸国、カンボジアなどはマネーロンダリングがやりやすい国なので、取引をすると銀行が目を光らせてきます。金持ちが多いシンガポールなどは、ゆるいんですけどね。

 業界自体が下り坂なところにコロナ騒動が起きて、『ノーフューチャーだな』と規模縮小を決心しました。海外取引をやめて、今後は現金での国内取引をメインにします」

 この社長は、従業員の解雇にあたり「会社都合」を選択した。そのため、従業員たちはすぐに最大11カ月分の失業手当の給付を受けることができる。会社が厚生労働省からの助成金や休業補償を受け取れなくなる可能性もあるが、それも覚悟の上での決断だ。

 社長は、決してめげてはいない。「ピンチはチャンスととらえ、新たな事業を開始していく。また、人だって雇うかもしれない」と、その目は未来を見つめていた。

(文=後藤豊/フリーライター)

銀行・保険・カード…もし自分が新型コロナで入院したらどうなる?必要な準備とは

 70代の男性や60代の女性、ではなく、よく知る名前が死亡者にあがったことは実につらい。志村けんさんに続き、岡江久美子さんも新型コロナ肺炎で命を落とされた。岡江さんは長らくテレビで朝の顔を務め、はつらつとした印象だっただけに衝撃は大きい。まだ63歳だったという。亡くなられたみなさまのご冥福を、心よりお祈りいたします。

 志村さんも岡江さんも、コロナ発症後に容態が急変して亡くなるまでの期間が、驚くほど短かったそうだ。通常の入院と異なり、たとえ家族でも患者を直接見舞えないとも聞く。もし自分が入院したら、家族に伝えたいことも伝えられないまま永久の別れになるかもしれない。そう覚悟しなくてはならないのが、コロナ肺炎の恐ろしいところだ。

 筆者はこの前、全身麻酔をかけての手術を体験したので、もし最悪目覚めることができなかったら、家族も知らない仕事の締め切りはどうなるだろうと真剣に悩んだ(病院では可能性が1%でもあれば、そういう危険も説明してくれる)。さらには、加入している保険の詳細、ネット銀行や証券へのアクセス方法などのお金関係のことも、まるで共有されていない。家族にもわかるように情報をきちんと残しておくべきだったと反省した。

 幸いなことに万が一のことは起きず、今も無事にこうして執筆できているのだが、新型コロナの脅威に再び同じ気持ちになっている。今や、誰もが感染する可能性がある。そして、家族にも会えないまま意識が戻らなくなってしまうかもしれない。そういう事態も考えて、今のうちにできる準備はしておくべきだと思う。

最低限つくっておきたい「金融機関の一覧表」

 最初は、加入している保険の確認だ。今や感染者数の増加によって、医療施設への入院が困難になっている。そのため、軽症者は自宅療養あるいはホテル等での宿泊療養を余儀なくされているのが現状だ(ただし、自宅療養では急変に対応できず、家庭内感染を防ぐためにも、今後は宿泊療養へ移行する方針)。この事態に対応して、各保険会社は自宅や宿泊施設での療養であっても入院と同等に扱うとしている。

 つまり、自宅療養でも入院給付金の対象になるということだ。そして、考えたくはないが、むろん死亡保険金も支払われる。入院するにしろ、宿泊施設に入るにしろ、そのときは突然やってくる。保険証券の内容や保管している場所を、あらためて家族で共有しておきたい。

 さらに最悪の事態が起き、自分や家族が命を落としたら、悲しみに浸る間もなく、さまざまな手続きが否応なしにやってくる。そのひとつが相続だ。亡くなった人の財産を調べて、その額を確定させなくてはいけない。

 もしコロナ肺炎が急激に悪化したら、利用していた金融機関の情報を家族に伝える時間もないだろう。最低限でも、銀行、証券会社、クレジットカード会社の利用一覧はつくっておくべきだと思う。特に、今は通帳を発行しない銀行が増えているので、遺族が気づかない場合もあるからだ。

 もっともやっかいなのはパスワード。ネット銀行・ネット証券は当然のこと、店舗型の銀行でも、最近はスマホアプリやPCサイトで管理しているケースが増えている。紙の通帳がないとすれば、ネット上でログインしないと残高もわからない。

 金融機関によって異なるが、アプリへのログインIDとログイン用のパスワードは必ず必要になる(なかには、合言葉を求められるケースもある)。正直、契約者本人でも混乱するほどパスワード管理は大変だ。しかし、コロナでなくても、いつかは人生の最期は来るのだし、その前に認知症のプレ症状も起き得る。自分のためにもパスワードを一覧にしておくと、何かと助かるはずだ。

 むろん、気になるのはその管理だ。つくった一覧表をクラウド上に保存したり、専用のパスワード管理サービスを使ったりすることもひとつだが、それにアクセスするためのパスワードがさらに必要になる。遺族の立場に立てば、紙で残すのが一番わかりやすいだろう。とはいえ、それでは防犯面が心配だ。対策はあるだろうか。

 金融機関のパスワードはたいてい2種類ある。サイトにログインする際のパスワードと、銀行なら振り込みなど、証券会社なら買い付けや売却等の取引に使うパスワード(または暗証番号)だ。しかし、家族にとってはログインできることが先決なので、取引用のパスワードだけは記載しないでおくというのも方法だろう(そもそも銀行のアプリでは、取引には一回限りのワンタイムパスワード方式が主流になっている)。

 また、金融機関の口座番号およびIDリストとパスワードリストを別々につくるのも一案だ。2つのリストを紐づけるための合番を振っておき、異なる場所に別々に管理する。これで少しは安全度が高くなるのではないか。他人にはわからない、家族だけが通じる合言葉でもあれば、それを利用した合番などがつくれればいいのだが。

巣ごもり中に「不要なもの」は整理しておこう

 筆者も、この表づくりに取り組もうとして途中まで整理してみた。コロナ対策というよりは、仕事上の必要でつくった金融機関が膨大で、一覧にしないと絶対に忘れてしまうと思ったからだ。パスワードが正しいか、ロックされずに使えるかを試していくと、なぜか米ドルをそこそこ保有していたり、あると思っていた残高が思いのほか少額だったりと、自分でも覚えていなかった発見があった。

 コロナ不況は今後かなり厳しくなると予想され、今の収入が変わらず確保できる保証はまるでない。会社員でもうかうかしておれず、夏のボーナスだって期待薄になりつつある。表づくりの傍ら、忘れていた預金がないかしっかり探しておきたい。

 なお、銀行は休眠預金を活用するとか不稼働口座に手数料をかけるとか、あまり使っていない口座を整理してもらいたがっているので、表をつくりながら、今後も残す銀行・解約する銀行を決めていくのもいいだろう。

 自分の亡き後を想定するのは気持ちが塞ぐが、やはり家族のことを考えれば最後に残すものはシンプルなほうがいい。しばらく続きそうな巣ごもり生活だ。お金のリストをつくる、不要なものを整理する、「もし、自分がコロナにかかって入院し、家族と話せなくなったらどうなるか」と想像してみる。すると、今やるべきことが見えてくるように思う。

入院時に必要になるものとは?

 お金の話からは離れるが、同じく準備という面で書いておこう。筆者は年初に入院したばかりのため、手元に入院のしおりがある。今のうちに必要なものを荷物にまとめておこうと考え、あらためてそれを見直してみた。誰かの参考になれば幸いなので、ここに書いておくとする。

 病院からもらった冊子によれば、入院中に必要なものは以下のようなものだ。

・普段飲んでいる薬やお薬手帳 

・下着やパジャマ、上に羽織るもの

・バスタオルやタオル、洗面用品(ボディソープ、リンスインシャンプー、テイッシュ、歯ブラシ、コップ)

・室内履き ※スリッパではなく、必ず踵があるものを求められる

 むろん、これは平時の入院支度なので、コロナ入院には当てはまらないかもしれない。しかし、治療にあたって健康状態や既往症、手術歴、常備薬やアレルギーの有無は必ず聞かれると思う。医者に伝えたい健康上の注意点があるなら、メモを書いて荷物に入れておくといいだろう。

 また、病室の状況もわからないので、スマホを充電できる機器やバッテリーの予備も荷物に入れておきたい。むろん、こうした事前の準備が無駄に終わるに越したことはない。一日も早いコロナ禍収束を、ただ祈るばかりだ。

(文=松崎のり子/消費経済ジャーナリスト)

●松崎のり子(まつざき・のりこ)
消費経済ジャーナリスト。生活情報誌等の雑誌編集者として20年以上、マネー記事を担当。「貯め上手な人」「貯められない人」の家計とライフスタイルを取材・分析した経験から、貯蓄成功のポイントは貯め方よりお金の使い方にあるとの視点で、貯蓄・節約アドバイスを行う。また、節約愛好家「激★やす子」のペンネームでも活躍中。著書に『お金の常識が変わる 貯まる技術』(総合法令出版)。Facebookページ「消費経済リサーチルーム」

朝ドラ『エール』古川雄大の“ミュージックティーチャー”御手洗清太郎にモデルはいるのか?

 NHKの連続テレビ小説『エール』第5週では、とうとう古山裕一と関内音が対面を果たした。2人の恋が急スピードで走り出した4月27日(月)~5月1日(金)までのストーリーを振り返ろう。

裕一のプロポーズを受けた音

 なんの連絡もせずに音(二階堂ふみ)の実家に乗り込んだ裕一(窪田正孝)は、音の母の光子(薬師丸ひろ子)から注意を受けつつも、しばらく音の家に世話になることに。音は裕一の突然の訪問に喜ぶ半面、期待をさせるなという光子からの忠告もあり、いまいち素直になりきれずにいた。

 しかし、豊橋を案内するという名目でデートを重ねて、お互いのことを知っていき、徐々に2人の心は近づいていく。父との思い出が詰まった海岸を訪れた際には、音が書いた詩に裕一が曲をつけるという約束も交わす。

 そんな中、興行師の鶴亀寅吉(古舘伊知郎)は、音が声楽を習っている“ミュージックティーチャー”こと御手洗清太郎(古川雄大)から、裕一が豊橋にいることを聞きつける。そして、鶴亀から演奏会を開かないかと持ちかけられた裕一は、うさん臭いと思いながらも、この誘いを受けることに。

―――

 一方、裕一がいなくなったことで古山家は大騒ぎになっていた。裕一が失踪したと叔父の権藤茂兵衛(風間杜夫)が古山家に押しかけて来たため、父の三郎(唐沢寿明)は裕一を追いかけて豊橋へ。

 花火大会から帰ってきた裕一と音は、関内家を訪れていた三郎と光子の4人で話し合いを始め、その流れで裕一は音にプロポーズをする。

 突然のプロポーズに動揺する音。2人を別れさせたい親同士の間で一悶着あるが、親たちが席を外した隙に、裕一と音はお互いの気持ちを確認し合う。音は、結婚後も歌手になる道はあきらめないが、それでもいいかと尋ねると、裕一は、お互いにエールを贈り合いながら一緒にがんばろうと即答し、2人は結婚を決める。

 裕一と音の決意が固いことを確認した光子は、心にモヤモヤを抱えながらも2人の結婚を認め、三郎は古山家を説得すると約束した。

―――

 以前、音の書いた詩に裕一が曲をつけるという約束を交わしたが、音は作家を目指す妹の梅(森七菜)に作詩を依頼する。スランプに陥っていた梅は、裕一からのアドバイスもあり、無事に詩を完成させた。

 演奏会当日、音は練習のしすぎで思うように声が出ず、本番直前まで悩んでいた。しかし、裕一のフォローもあり、音はいつものように歌い上げ、演奏会は無事に成功を収める。意外としっかりしている裕一の振る舞いに、音の家族も裕一を認めるようになる。

―――

 東京では、日本を代表する作曲家の小山田耕三(志村けん)のもとに、豊橋で開催された裕一の演奏会を称賛する新聞記事が届いた。

 国際作曲コンクールで2位に輝き、ストラヴィンスキーから大絶賛を受けたという裕一の経歴を見て、小山田の秘書は、やっと才能のある若者が出てきたと言う。しかし、小山田は顔色ひとつ変えずに「本物かまがい物か、楽しみだね」と新聞を放り投げた。

志村けんの登場に近江アナも涙

 第5週のハイライトは大きく2つある。ひとつは、3月末に新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなったタレントの志村けんさんの出演シーンだ。待ちに待った志村さんの登場に、世間は大きな感動に揺れた。

 ツイッターでは、志村さんの俳優然とした姿を称賛する声や「涙が止まらなかった」という声であふれた。また、『エール』終了後に放送される『あさイチ』では、司会の近江友里恵アナが感極まって涙を見せ、それを笑いで慰める博多華丸・大吉とのやりとりも話題となった。

 もうひとつは、音に声楽を教えるハイテンションなオネエキャラのミュージックティーチャーだ。今回は、ミュージックティーチャーこと御手洗清太郎と、それを演じる古川雄大について見てみよう。

御手洗清太郎は何者なのか?

 御手洗清太郎は、ドイツの音楽留学帰りの歌の先生だ。幼少期からオネエの気があり、まわりからは白い目で見られてさまざまな嫌がらせに遭ってきたが、幸い音楽の才能があったため、若くしてドイツに音楽留学に出た。ドイツでも後ろ指をさされることはあったが、才能と実力さえあれば、どうにかできるものだという学びも得た。そんなふうに、裕一に語っている。

 御手洗のモデルは正式には発表されていないが、史実によると、音のモデルとなった古関金子は裕而と結婚して上京した後に、帝国音楽学校の声楽部本科に入学して、ベルトラメリ能子という声楽家に師事している。

 ベルトラメリ能子は声楽を学ぶためにイタリア留学を経験しているなど、御手洗との共通点はあるが、そもそも性別が違っているため、純粋なモデルとは言えないだろう。おそらく、御手洗は、裕而と金子を取り巻く人物たちから個性的な要素をかき集めて誕生したのではないかと思われる。

 そんな御手洗清太郎を演じる古川雄大は、長野県出身の32歳の若手俳優だ。近年は『下町ロケット』(TBS系)、『トップナイフ-天才脳外科医の条件-』(日本テレビ系)、『コンフィデンスマンJP プリンセス編』などのドラマや映画のほかに、数々のミュージカルにも出演している。

 一度見たら忘れられないミュージックティーチャー御手洗が、今後、夫婦となる裕一と音とどのようにからむのか楽しみだ。

(文=安倍川モチ子/フリーライター)

安倍首相の新型コロナを利用した「憲法に緊急事態条項を」メッセージに非難殺到! 失策を棚上げ、日本会議系集会でお仲間と改憲PR

 いったいどういう神経をしているのか。安倍首相がきょう3日の憲法記念日、日本会議が主体となった団体が開催するネット上の改憲集会「憲法フォーラム」に新型コロナを利用して緊急事態条項の必要性を訴えるビデオメッセージを出す。 「憲法改正への挑戦は決してたやすい道ではないが、必ず...

糸井重里が“スポーツ中継のかわりにコロナの医療現場を実況中継しろ” コロナ禍すら“消費対象の娯楽”と捉える80年代脳

 糸井重里がコロナ禍をめぐって再び呆れる発言を口にし、物議を醸している。  糸井重里といえば、本サイトでも報じたが、4月はじめに〈わかったことがある。新型コロナウイルスのことばかり聞いているのがつらいのではなかった。ずっと、誰かが誰かを責め立てている。これを感じるのがつら...

「精神0」想田和弘監督 単独インタビュー

患者たちとの別れ。認知症を患う妻との生活。引退を決めた精神科医・山本氏の人生に迫る、純愛ドキュメンタリー。

投稿 「精神0」想田和弘監督 単独インタビュー映画遊民 映画をもっと見たくなる! 映画ライター沢宮亘理の映画レビュー、インタビューetc に最初に表示されました。

安倍首相が「PCR検査2万件」と現実の乖離を追及され逃亡、加藤厚労相は「能力あっても使うわけじゃない」と検査抑制続行宣言

 安倍首相が、緊急事態宣言の延長をする方針を打ち出し、きのう国民に「ある程度の持久戦は覚悟しなければならない」と訴えた。だが、安倍首相は「持久戦」を国民に強いるだけで、やるべきことをまったく実行できていない。実際、「PCR検査体制を1日2万件に増やす」と国民に宣言してからも...

「母の日」を「母の月」に “三密”“配送の混乱”回避に協力

日本花き振興協議会は5月1日、年間で業界最大のイベント「母の日」を、消費者や花店、配送の安全のため「母の月」とするべく、特設サイトの公開をはじめ新たなキャンペーン「MAY is MOTHER’s MONTH」をスタートした。

花き業界の9団体で構成する同協議会では、新型コロナウイルスのまん延による緊急事態宣言を受け、4月24日に“今年は「母の日」を「母の月」とするお願い”を発表していた。キャンペーンに協力する農林水産省では、江藤拓農水相が同日の定例記者会見でこの取り組みに触れ、その意義について話した。
協議会では、5月を迎えたのを機に、それをさらに周知したいとの考えからさまざまな施策を行うことにした。

1日付けの読売新聞朝刊(全国)には、全ページフルカラー広告を掲載した。
「母の日」当日(5月10日)だけではなく、5月の1カ月に分散して母親への感謝の気持ちを伝えようとのメッセージと共に、帰省できない若者をはじめ全ての人に「会って伝えられない今だから。花で言葉を伝えてみよう」と呼び掛けた。

特設サイト(https://nippon-fc.jp/hahanotsuki/)では、定番のカーネーションに加え、5月に旬を迎える多くの花を紹介。また、それぞれの「花言葉」を、若者の言葉に変換する試みにより、自分の伝えたい言葉を持つ花を贈るなど、新たな「母の月」の楽しみを提案する。また、「母の月」オリジナルの花柄をベースにしたメッセージカードや、SNSに活用できる壁紙、オンライン会議の背景にできる画像データなど、今どきのコミュニケーションに使えるアイテムを提供する。
 

同キャンペーンでは、このムーブメントを1カ月間継続させようと、アーティストやインフルエンサーらに参加してもらう計画で、スタート時には、男性デュオグループ「スキマスイッチ」とのコラボが実現した。
スキマスイッチは2018年から、日々の生活の“スキマ”を彩る“花”を届けるというコンセプトの「スキマの花屋」という取り組みを行っている。
サイトの花の紹介コーナーには、スキマスイッチの楽曲「未来花(ミライカ)」がその一つとして取り上げられ、花言葉も添えられている。
「スキマの花屋」のサイト(http://www.office-augusta.com/sukimaswitch/hanaya/at-home/)では、「母の月」のオリジナルぬりえを掲載している。

 

 

映画レビュー「タレンタイム~優しい歌」

民族や宗教が違えば、恋愛も結婚もタブー。抗い難い現実に、恋する二人はどう立ち向かっていくか。ヤスミン・アフマド監督の遺作。

投稿 映画レビュー「タレンタイム~優しい歌」映画遊民 映画をもっと見たくなる! 映画ライター沢宮亘理の映画レビュー、インタビューetc に最初に表示されました。

子どもたちは、大人が思っているよりもSDGsに真剣だよ

SDGsは、あらゆる世代が目標達成に向けて取り組む必要があります。さまざまなステークホルダーがアクションを行っていますが、目標達成期限の2030年に、社会に出て活躍している子どもたちにとっても、いや、子どもたちこそSDGsは他人事ではないのです。

今回は、学校の授業にSDGsを取り入れている学校デザイナーの山藤旅聞(さんとう・りょぶん)先生にインタビュー。先生のお話から、子どもたちとSDGsに取り組むためのヒントが見えてきました。

山藤旅聞氏
SDGsを入り口に、生徒自らが主体的に学び、問題解決のために行動する力を引き出す授業を目指している学校デザイナーの山藤旅聞先生。プロジェクトベースで学校や企業とプロ契約し、活動を行っている。

SDGsを窓にすると、授業の学びと社会課題のつながりが見えてくる

――山藤先生は都立高校の生物教諭を15年務めた後、2019年から都内の新渡戸文化小中学校・高等学校で生物を受け持ち、SDGsを取り入れた授業を展開されています。まず、山藤先生ご自身がSDGsに関心を持たれたきっかけを教えてください。

山藤先生: 都立高校の教諭時代から、大学合格がゴールの教育や、教師が一方的に教える“知識詰め込み型授業”に疑問を感じていました。旧来の教育をすべて否定するわけではありませんが、これまでとは違う価値観で教育を行う学校があってもいい。もっと生徒が主体となって、学校での学びと社会のつながりが実感できるような授業を行いたいと考えていました。

そんな理想を実現するために、いろいろな試みを行ってきました。例えば、生徒と先生の対話がメインの双方向性授業デザインです。僕の問いに生徒が答えたら、次は生徒の問いに僕が答える、これをずっと繰り返していくことで、生徒自らが疑問を生み出し、それを解決するための力を養います。

学びと社会との関わりを知ってもらうために、社会人をゲストスピーカーに招き、学生時代の生物の授業が仕事にどのようにつながったかを語ってもらう授業をしたこともあります。次年度は、オンラインでもこのような授業を実施していこうと思っています。

授業を通して生徒たちには、学ぶことの意義や面白さに気付いてほしい。そのために、「社会と教育をもっとつなげたい」「人々の未来や地球のために社会活動をしている多様な大人と感性豊かな子どもたちをつなげたい」という気持ちがどんどん高まっていきました。2012年ごろからは、勤務時間外にさまざまなステークホルダーと会い、積極的にコミュニケーションを取るようになりました。

特に企業やNPO・NGOの方が参加するCSRやCSVの勉強会にはよく参加していました。そのときに「SDGsって、よく話題になっているな」と感じて…。話を聞けば聞くほど、SDGsについての興味は増すばかり。そこで企業向けの勉強会や大学の講座に1年ほど通って学び、2016年の夏ごろから少しずつ授業に取り入れていきました。

――4年も前からSDGsを授業に活用されているのですね。山藤先生は生物教師としてSDGsのどのようなところに魅力を感じたのでしょうか?

山藤先生: SDGsはあらゆるものを包括していると感じます。さまざまな社会課題もそうですし、生徒一人一人の興味のあることややってみたいことも、最終的にはSDGsが掲げるよりよい未来につながりそうだと。しかもSDGsの各目標は分かりやすいし、子どもも共感できる内容です。

SDGsと出合う前から、授業で環境問題などを取り上げることはありました。生物と環境は親和性が高いので、授業内容にうまく結びつけられる。しかし、他の社会課題、例えば貧困や経済成長、産業と技術革新の基盤づくりなどは、生物学と結びつけるのは少し難しい。

しかし、SDGsの本質の一つである「つながり」を意識できると、環境問題も、他の課題に関係性があることが分かり、結果的には生物学を学ぶ意義も強まる。SDGsを窓にして授業を展開すれば、いろいろな思いを持った生徒にアクセスできると思っています。

SDGsを窓にすると生徒は自分の“好き”と未来をつなぐイメージができる。そして、社会課題解決のために生物の教科を学ぶという意義も強まる…。さまざまな魅力を感じ、授業でSDGsを活用するようになりました。

山藤旅聞氏2

子どもたちの枠にとらわれない発想と企業の実現力を掛け合わせる

――山藤先生が行っているSDGsを取り入れた授業とは、どのようなものでしょうか?

山藤先生:4月は、何のために生物を学ぶのか、生徒たちに理解してもらうことから始めます。新聞などを使って社会課題や時流を読み解きつつ教科書の内容を見て、生物の学習とSDGsがどのようにつながっているのかを生徒と一緒に考えるのです。そして、生徒自身が何を深く学びたいかディスカッションします。

SDGsを授業に取り入れるといっても、目標やターゲットがいくつあるか暗記させたり、それぞれの内容を覚えさせたりといったことはしません。それに、「〇番の社会課題の解決方法を考えなさい」と、僕から強制することもない。生徒一人一人が、自分にとってSDGsのどの目標が大事か、課題解決のためにどんなことをやってみたいのかを考えます。

そして、生徒がこんなことをやってみたい!と言ってきたら、僕が普段コミュニケーションしているステークホルダーを紹介します。この企業や団体とならこんなことができそうだよとアドバイスして、生徒のアクションにつなげていきます。

――生徒の「やってみたい」気持ちに、山藤先生が持ついろいろな選択肢をリンクさせるのですね。生徒たちはどんなアクションを起こすのでしょう? 

山藤先生: 例えばエシカル消費の具体策では、バレンタインデーのチョコレートに地球環境のことを伝えるメッセージを入れるアイデアを食品業界に提案しに行きました。

脱プラスチックに関心を持つ生徒は、マイボトルに飲料を注げる自動販売機がつくれないかというアイデアを企業へプレゼンしたこともあります。

現在動いているプロジェクトには、東京都檜原村での里山保全活動があります。耕作放棄された畑を開墾して地元の農作物やオーガニックコットンを栽培して、加工・販売までの6次産業化を目指すチャレンジです。

――さまざまなプロジェクトを通し、SDGsに真剣に取り組む生徒たちと接した、ステークホルダーの反応はいかがですか?

山藤先生:生徒たちの発想力はずば抜けていて、僕の想定外の方向性やアイデアを出してくることに驚きます。しかも企業に提案しに行くと、相手も「それは一理あるよね」とうなずくケースも少なくありません。加えて、ビジネスではない、子どもたちのピュアな発想に企業の方も初心を思い出され、自社の社会的価値を再認識することも多々あります。

企業が持っている実現力や、豊富なコネクションは生徒にはないので、そこはリスペクトすべき点です。一方で、生徒たちには、ピュアで枠にとらわれない発想という大きな武器がある。お互いの長所を掛け合わせれば、一段階上のプロジェクトに醸成できることが多いんじゃないかと感じます。

山藤旅聞氏3

子どもたちとフラットな関係を築き、課題を一緒に考える

――山藤先生のお話には、若い世代と一緒にSDGsに取り組むためのヒントがあると感じました。生徒たちと活動するときに気を付けていることはありますか?

山藤先生:プロジェクトをイベント化させないことですね。授業にSDGsに取り入れ始めた当初は、一回アクションを起こしたらそれで終わり、ということが時々ありました。そうなってしまう原因は、僕たち大人の主導が強いから。生徒は「自分でやろう」という気持ちを持って取り組んでいないと途中で苦しくなってしまいます。

SDGsのプロジェクトを、子どもたちにとって持続可能なものにするためには、大人がレールを敷き過ぎないようにすることが大事です。話し合いをしていても、大人の方が知識や経験が豊富なので、先にいろいろと意見を言ってしまいがち。そこを少し待ってもらうだけで、僕たち大人が思いつかないようなアイデアが出てくることがあります。

それと、もう一つ心がけているのは、先生と生徒という上下関係でなく、フラットな関係で、答えのない世界の課題を一緒に考える姿勢をいつも忘れないこと。そのためには、SDGsとは関係がない、人としてパーソナルな部分での共感が大事です。

僕は初めて子どもたちに会ったとき、まずは、山藤旅聞がどういう人間なのかを分かってもらうように努めます。「二人の子を持つ普通の父親です」「昨日はこんな友達と会って楽しかった」「高校時代はラグビー部で一心不乱にボール追いかけてたよ」って、パーソナルな話をします。そんな一人の人間に、教師としての肩書が乗り、今は社会と教育と掛け算する活動を行っているよと。

生徒と一緒に活動をしていく中では、意見がぶつかることもあります。でも、人として理解して共感し合えていたら、生徒も思い切って意見がいえるし、委縮することなく取り組んでいけます。

――確かに今の時代は、人も企業も“共感”が大事なキーワードになってきています。人間関係の土台をつくることは、子どもたちが自発的にSDGsに取り組む上で大切なんですね。では最後に、これから子どもたちとSDGsに取り組んでいきたい大人に向けてメッセージをください。

山藤先生:子どもたちは体力があるし、エネルギーがどんどん湧き上がってきます。そんなパワフルな存在をずっと学校に閉じ込めておくのはもったいない。いろいろなステークホルダーの方たちと一緒に活動すれば、すごいアイデアを出せるし、社会課題解決の大きな原動力になってくれるはずです。ぜひ、もっと接点を持って、子どもたちの話に耳を傾けていただけると面白いんじゃないかと思います。


TeamSDGs
TeamSDGsは、SDGsに関わるさまざまなステークホルダーと連携し、SDGsに対する情報発信、ソリューションの企画・開発などを行っています。

TeamSDGsのウェブサイトでは、ウェブ電通報とは違う切り口で山藤先生のインタビューを紹介。併せてご覧ください。