日本の宇宙港を、みんなで考えてみた!

有人宇宙船が発着する「スペースポート(宇宙港)」を日本につくる。そんなプロジェクトが今、進行中なのをご存じですか?前回は、このプロジェクトの概要をお伝えしました。

どんなスペースポートをつくろう?

スペースポートを中心に、周辺の街はどのように発展していくだろう?

スペースポートをカタチにする第一歩として、本プロジェクトを推進する、一般社団法人Space Port Japan(スペースポート・ジャパン、以下SPJ)と電通は、さまざまな企業や団体を集めてワークショップを実施。そこで出たアイデアをまとめ、「スペースポートシティ構想図」を6月に発表しました。

今回は、SPJを立ち上げた片山俊大氏と山崎直子氏、ワークショップのファシリテーターを務めた電通ビジネスデザインスクエアの国見昭仁氏が登場。ワークショップの様子やスペースポートシティ構想に懸ける思いを語りました。

3人

日本をアジアの宇宙旅行ビジネスのハブに

片山:日本にスペースポートをつくろうというオールジャパンの試み。とはいえ、私たちが立ち上げたSPJについて知らない方もまだまだいらっしゃいます。まずは、“自己紹介”しないといけませんね。

山崎: SPJは2018年に設立された組織です。国内外の企業や団体、政府機関などと連携し、有人宇宙船が発着できるスペースポートを日本につくる活動を行っています。現在40社以上の企業や地方自治体、大学の研究室などが会員になり、プロジェクトに参画しています。

人工衛星はロケットで、すでに日本からたくさん打ち上げられていますが、有人宇宙船はまだ飛んでいません。2年前にSPJを立ち上げたときは、一種の危機感がありました。他国では、ヴァージンギャラクティックやスペースXといった企業のロケットや宇宙船が開発終盤に差し掛かっていて、「宇宙船を使っていろいろな国々を短時間で結びますよ」といった構想を出しているのに日本は環境整備が立ち遅れている。日本にスペースポートを複数つくることで、日本がアジアにおける宇宙旅行や二地点間輸送ビジネスのハブになることを目指しています。

片山:日本でも海外でも、民間企業からロケットが次々打ち上げられるなど、宇宙産業は今、盛り上がっていますよね。本プロジェクトに興味を持つ企業も増えていて、SPJには、航空宇宙産業関連の他にも、不動産会社や保険会社など、さまざまな企業や団体に参画いただいています。

山崎:これは日本ならではのユニークな点です。アメリカやヨーロッパには、宇宙産業に関するコンソーシアム(共同事業体)はたくさんあるのですが、航空宇宙産業がより発達しているからなのか、あくまでもその産業に特化している面が強いんです。もちろんたくさんのベンチャー企業なども入っていますし、M&Aや技術交流も活発ですが、宇宙と無関係の異業種が参加しているケースがまだあまりないんです。その点、日本の場合は宇宙関連企業をコアにしつつも、多様な分野の人たちも参加してネットワークづくりをしているというのは、大きな強みになっていく気がします。

国見:今回実施したワークショップにも幅広い業種の参加があり、私たちが想像していなかったアイデアが次々と生まれましたよね。ワークショップでは、アイデアの幅をより広げるために、参加者はまず、会社の肩書を忘れて、一人の人間として、スペースポートでどのように過ごしたいか思い描きました。そして、いろいろなアイデアが出た後で、自社の事業を踏まえて、どんなビジネスやサービスが展開できるかを考えました。

片山:皆さんとても楽しそうで、持ち時間いっぱいまでアイデアを熱くプレゼンテーションし、活発な意見交換も行われました。

国見:ワークショップは二つのステップに分けて行いました。最初のステップでは、「スペースポートにはどんな人が来るのか」を想像してもらいました。宇宙旅行に行く人はもちろん、その人を見送る家族や友人も訪れるはず。では、具体的にそれぞれどんな人だろうと。

次のステップでは、「スペースポートを訪れた人々は、それぞれどのように過ごすのか」をテーマにしました。打ち上げ当日だけ来る人はいない。では、打ち上げの前日と当日、その翌日の3日間をどのように過ごすのかを考えてもらいました。

「宇宙に行くこと」を核にさまざまなことが繰り広げられるようにデザインすることで、スペースポートを舞台にして産業を創造できます。訪れる人の行動を一つ一つストーリーにして、実際に必要なサービスやファシリティーって何だろう?それらはどの企業が提供するの?という詰めも行いました。

ワークショップ

片山:いろいろなアイデアが出ましたよね。ワークショップを通して、多様な宇宙旅行の在り方や、そこから生まれる産業がたくさんあることに気づかされ、個人的にも非常に大きな学びになりました。国見さんが特に印象に残ったことは何ですか?

国見:面白いと感じたのは、「英才教育の一環として親の期待を背負って宇宙に行く中学生」を設定し、その子がスペースポートでどう過ごすのかを考えたチームがあったことです。

そのとき思ったのは、これからは“宇宙人”と呼ばれるような人材が出現してくるんじゃないかということです。どういうことかというと、一昔前はいわゆる国境を超えて仕事をしている人は“国際人”と言われ、環境問題が注目されるようになると“地球人”みたいな言い方をされるようになりました。

前回記事でも解説したように、スペースポートには「宇宙に行くための拠点」以外にも、「地球の別の場所に行く拠点」という機能もあって、例えば東京からロサンゼルスなど、地球上の2地点間を移動するためにも使えるんですね。滑走路からスペースプレーン(宇宙船)を飛ばし高度を上げて宇宙空間に近づくと、空気抵抗もほぼなくなりますから、飛行機の何倍もの速度で飛ぶことができます。宇宙を経由して、東京からロサンゼルスに移動するんです。

将来、宇宙に行く人や、宇宙経由で移動する人は、“宇宙人”と言われるのは間違いないでしょう。そして宇宙に行った人たちは、物事の捉え方や発想するアイデア、視座が変わってくるんじゃないかと感じました。

山崎:おっしゃる通りで、私が宇宙に行ったときのことを思い出してみると、夜になると韓国は明るいのに北朝鮮は真っ暗で境目がはっきり分かったり、インドとパキスタンの間の国境は、警備の電気がずっと灯っていたり。地球は一つの天体だけど、悲しいことに国々は分断されているケースもあることを感じました。

国際宇宙ステーションのクルーたちの国籍はバラバラで、皆、意見も立場も違うし簡単に理解し合えるほど生易しいものではなかったのですが、それでも「呉越同舟だよね」とは思えるんです。宇宙に行くことで、そのような意識が多くの人に広がっていくのかなと思いました。

国見:国と国とがけんかしているのを宇宙から見たとき、どう感じるんだろうという議論もありましたね。宇宙に行くことで、今よりも俯瞰した目で物事を捉えられるというのは、たぶんあるんだろうと。

だから宇宙視座というものをちゃんと学べる場所が、スペースポートには必要ですよね。楽しいだけの場所ではなくて、いろいろな研究が行われる場でもあるべきだと。

片山:山崎さんはずっと宇宙産業のど真ん中にいらっしゃいますが、ワークショップで異業種間でコラボしながら一つの構想を練り上げていくことについて、どう感じましたか?

山崎:皆さん大雑把な概念だけで話すのではなく、スペースポートを利用する主人公を具体的に設定して、「人物」に焦点を当てたことが素晴らしかった。「宇宙旅行を楽しみたいリタイア世代」「パーティー好きな人」といった個人像を設定して、それぞれの具体的なスペースポートでの過ごし方を掘り下げていくことで、アイデアが広がるのは驚きでした。

スペースポートは、子どもから大人までいろいろな人が訪れて、いろいろなことを包含する場になっていくでしょう。今はまだ想像もつかない仕事がここで生まれて、吸引力のある場になっていく可能性があるなと感じました。

「スペースポートシティ構想」をカタチにした

片山:今回のワークショップは、みんなでつくり上げた構想を内部でシェアして終わりにするのではなく、パンフレットをつくり、「スペースポートシティ構想図」として世界に発表したことも特筆すべき点ですよね。

構想図

■「スペースポートシティ構想図」(完全版)
https://www.spaceport-japan.org/concept

国見:報告書レベルのまとめでは、いずれ消えていってしまう。それはすごくもったいないことです。今回のワークショップは、未来を妄想する遊びではなく、未来に向けたひとつの設計図をつくるためのものでした。

パンフレットは、「スペースポートシティが実在している」という体裁でつくっていて、これを見ていただくことで、世の中の人に、もう間近に確実に来ている未来をリアルに感じてもらいたいという狙いがありました。

そして、スペースポートは宇宙旅行をするためだけの場ではなく、いずれさまざまな産業の交差点になり、それ以上のものになることを伝えたかった。

山崎:構想図を見てハッとさせられたんですけど、私は「空港」の延長を考えていたんですよね。でもパンフレットの表紙には、「街」全体が写っている。ウオーターフロントで、スペースポートと街が高速道路でつながっている。

都市全体を含んだシティ構想図というのが強烈なインパクトがありました。この全体図を見ていると、「こんなところに住めたらいいな」「この近くで働けたらいいな」と、すごくイメージが膨らむんですよね。

国見:やっぱり「絵」があるとリアリティーが増す。そこで、建築やデザインの専門家であるcanariaやnoizさんに協力を仰いで作成しました。

片山:スペースポートって、一般の人には距離があって、自分は関係ないって思われがちですが、具体的なパンフレット、それも現実に存在しているかのようなものを見ていただくと、自分ゴトとして捉えていただけるかなと思います。そして、このパンフレットをベースに、本構想を次のフェーズにつなげていきたいですね。

仲間を増やして、スペースポートシティ構想を実現したい

国見:本プロジェクトに参画いただける企業や団体を増やしたい。そのために何をするかがすごく重要ですよね。構想を夢で終わらせず実現するためには、いろいろな企業の事業、ビジネスに落とし込んでいく必要がある。それはサステナブルなものでなくてはなりません。

このパンフレットによりリアリティーを持たせていったり、ふとした時にスマホで見られる動画をつくってみたり、さまざまなシーンでさまざまな人がスペースポートについて議論するきっかけになるよう、この構想図を進化させていくことでもっと賛同者を増やせると思っています。

山崎:SPJの目的の一つは、「航空宇宙産業を発展させる」ことですが、この産業は、裾野がすごく広い。宇宙って「場」なんですよね。例えばロボット産業とか、AI産業といった具体的な技術とはまた違って、そこで何をするか、いろいろな可能性があります。

だからこそ、国見さんが言ったように仲間を増やさないといけない。パンフレットに描かれていることを突き詰めていけば、エンタメもそうだし、衣食住も全部絡んできますし、最先端医療や宇宙でのリハビリとか、いろんな可能性があります。

イメージとしては「サグラダファミリア」じゃないですけど、一気に完成させるというよりも、ちょっとずつつくっていって、少しずつ進化していくようなもの。スペースポート自体が魅力的で吸引力があって、いろんな人が訪れる場所になることがまず大事で、宇宙という場の中の入り口になってくれたらいいなと。

国見:僕も山崎さんも「宇宙戦艦ヤマト」に憧れた世代ですよね。昔から宇宙に行きたいと思った人はいっぱいいて、それが山崎さんのような宇宙飛行士を生んだりしました。

でももしかすると、僕たちが、宇宙に対して憧れを抱く最後の時代かもしれない。そう遠くない未来には、宇宙に行くって言ったら、「今週末?」みたいな会話になっていそうです。だからこそ今宇宙に行けるということは、最高に興奮することができる、うれしい時代というわけですよね。

片山:面白い視点ですね。スペースポートシティ構想は、もう昔のSF物語に描かれたような遠い未来の話ではなく、近い未来のことです。これからはどんどん実現のフェーズに入っていくと思います。多くの賛同者を得て、いろいろな産業の交差点になるよう、実現に向けて盛り上げていきたいですね。

 

日本の宇宙港を、みんなで考えてみた!

有人宇宙船が発着する「スペースポート(宇宙港)」を日本につくる。そんなプロジェクトが今、進行中なのをご存じですか?前回は、このプロジェクトの概要をお伝えしました。

どんなスペースポートをつくろう?

スペースポートを中心に、周辺の街はどのように発展していくだろう?

スペースポートをカタチにする第一歩として、本プロジェクトを推進する、一般社団法人Space Port Japan(スペースポート・ジャパン、以下SPJ)と電通は、さまざまな企業や団体を集めてワークショップを実施。そこで出たアイデアをまとめ、「スペースポートシティ構想図」を6月に発表しました。

今回は、SPJを立ち上げた片山俊大氏と山崎直子氏、ワークショップのファシリテーターを務めた電通ビジネスデザインスクエアの国見昭仁氏が登場。ワークショップの様子やスペースポートシティ構想に懸ける思いを語りました。

3人

日本をアジアの宇宙旅行ビジネスのハブに

片山:日本にスペースポートをつくろうというオールジャパンの試み。とはいえ、私たちが立ち上げたSPJについて知らない方もまだまだいらっしゃいます。まずは、“自己紹介”しないといけませんね。

山崎: SPJは2018年に設立された組織です。国内外の企業や団体、政府機関などと連携し、有人宇宙船が発着できるスペースポートを日本につくる活動を行っています。現在40社以上の企業や地方自治体、大学の研究室などが会員になり、プロジェクトに参画しています。

人工衛星はロケットで、すでに日本からたくさん打ち上げられていますが、有人宇宙船はまだ飛んでいません。2年前にSPJを立ち上げたときは、一種の危機感がありました。他国では、ヴァージンギャラクティックやスペースXといった企業のロケットや宇宙船が開発終盤に差し掛かっていて、「宇宙船を使っていろいろな国々を短時間で結びますよ」といった構想を出しているのに日本は環境整備が立ち遅れている。日本にスペースポートを複数つくることで、日本がアジアにおける宇宙旅行や二地点間輸送ビジネスのハブになることを目指しています。

片山:日本でも海外でも、民間企業からロケットが次々打ち上げられるなど、宇宙産業は今、盛り上がっていますよね。本プロジェクトに興味を持つ企業も増えていて、SPJには、航空宇宙産業関連の他にも、不動産会社や保険会社など、さまざまな企業や団体に参画いただいています。

山崎:これは日本ならではのユニークな点です。アメリカやヨーロッパには、宇宙産業に関するコンソーシアム(共同事業体)はたくさんあるのですが、航空宇宙産業がより発達しているからなのか、あくまでもその産業に特化している面が強いんです。もちろんたくさんのベンチャー企業なども入っていますし、M&Aや技術交流も活発ですが、宇宙と無関係の異業種が参加しているケースがまだあまりないんです。その点、日本の場合は宇宙関連企業をコアにしつつも、多様な分野の人たちも参加してネットワークづくりをしているというのは、大きな強みになっていく気がします。

国見:今回実施したワークショップにも幅広い業種の参加があり、私たちが想像していなかったアイデアが次々と生まれましたよね。ワークショップでは、アイデアの幅をより広げるために、参加者はまず、会社の肩書を忘れて、一人の人間として、スペースポートでどのように過ごしたいか思い描きました。そして、いろいろなアイデアが出た後で、自社の事業を踏まえて、どんなビジネスやサービスが展開できるかを考えました。

片山:皆さんとても楽しそうで、持ち時間いっぱいまでアイデアを熱くプレゼンテーションし、活発な意見交換も行われました。

国見:ワークショップは二つのステップに分けて行いました。最初のステップでは、「スペースポートにはどんな人が来るのか」を想像してもらいました。宇宙旅行に行く人はもちろん、その人を見送る家族や友人も訪れるはず。では、具体的にそれぞれどんな人だろうと。

次のステップでは、「スペースポートを訪れた人々は、それぞれどのように過ごすのか」をテーマにしました。打ち上げ当日だけ来る人はいない。では、打ち上げの前日と当日、その翌日の3日間をどのように過ごすのかを考えてもらいました。

「宇宙に行くこと」を核にさまざまなことが繰り広げられるようにデザインすることで、スペースポートを舞台にして産業を創造できます。訪れる人の行動を一つ一つストーリーにして、実際に必要なサービスやファシリティーって何だろう?それらはどの企業が提供するの?という詰めも行いました。

ワークショップ

片山:いろいろなアイデアが出ましたよね。ワークショップを通して、多様な宇宙旅行の在り方や、そこから生まれる産業がたくさんあることに気づかされ、個人的にも非常に大きな学びになりました。国見さんが特に印象に残ったことは何ですか?

国見:面白いと感じたのは、「英才教育の一環として親の期待を背負って宇宙に行く中学生」を設定し、その子がスペースポートでどう過ごすのかを考えたチームがあったことです。

そのとき思ったのは、これからは“宇宙人”と呼ばれるような人材が出現してくるんじゃないかということです。どういうことかというと、一昔前はいわゆる国境を超えて仕事をしている人は“国際人”と言われ、環境問題が注目されるようになると“地球人”みたいな言い方をされるようになりました。

前回記事でも解説したように、スペースポートには「宇宙に行くための拠点」以外にも、「地球の別の場所に行く拠点」という機能もあって、例えば東京からロサンゼルスなど、地球上の2地点間を移動するためにも使えるんですね。滑走路からスペースプレーン(宇宙船)を飛ばし高度を上げて宇宙空間に近づくと、空気抵抗もほぼなくなりますから、飛行機の何倍もの速度で飛ぶことができます。宇宙を経由して、東京からロサンゼルスに移動するんです。

将来、宇宙に行く人や、宇宙経由で移動する人は、“宇宙人”と言われるのは間違いないでしょう。そして宇宙に行った人たちは、物事の捉え方や発想するアイデア、視座が変わってくるんじゃないかと感じました。

山崎:おっしゃる通りで、私が宇宙に行ったときのことを思い出してみると、夜になると韓国は明るいのに北朝鮮は真っ暗で境目がはっきり分かったり、インドとパキスタンの間の国境は、警備の電気がずっと灯っていたり。地球は一つの天体だけど、悲しいことに国々は分断されているケースもあることを感じました。

国際宇宙ステーションのクルーたちの国籍はバラバラで、皆、意見も立場も違うし簡単に理解し合えるほど生易しいものではなかったのですが、それでも「呉越同舟だよね」とは思えるんです。宇宙に行くことで、そのような意識が多くの人に広がっていくのかなと思いました。

国見:国と国とがけんかしているのを宇宙から見たとき、どう感じるんだろうという議論もありましたね。宇宙に行くことで、今よりも俯瞰した目で物事を捉えられるというのは、たぶんあるんだろうと。

だから宇宙視座というものをちゃんと学べる場所が、スペースポートには必要ですよね。楽しいだけの場所ではなくて、いろいろな研究が行われる場でもあるべきだと。

片山:山崎さんはずっと宇宙産業のど真ん中にいらっしゃいますが、ワークショップで異業種間でコラボしながら一つの構想を練り上げていくことについて、どう感じましたか?

山崎:皆さん大雑把な概念だけで話すのではなく、スペースポートを利用する主人公を具体的に設定して、「人物」に焦点を当てたことが素晴らしかった。「宇宙旅行を楽しみたいリタイア世代」「パーティー好きな人」といった個人像を設定して、それぞれの具体的なスペースポートでの過ごし方を掘り下げていくことで、アイデアが広がるのは驚きでした。

スペースポートは、子どもから大人までいろいろな人が訪れて、いろいろなことを包含する場になっていくでしょう。今はまだ想像もつかない仕事がここで生まれて、吸引力のある場になっていく可能性があるなと感じました。

「スペースポートシティ構想」をカタチにした

片山:今回のワークショップは、みんなでつくり上げた構想を内部でシェアして終わりにするのではなく、パンフレットをつくり、「スペースポートシティ構想図」として世界に発表したことも特筆すべき点ですよね。

構想図

■「スペースポートシティ構想図」(完全版)
https://www.spaceport-japan.org/concept

国見:報告書レベルのまとめでは、いずれ消えていってしまう。それはすごくもったいないことです。今回のワークショップは、未来を妄想する遊びではなく、未来に向けたひとつの設計図をつくるためのものでした。

パンフレットは、「スペースポートシティが実在している」という体裁でつくっていて、これを見ていただくことで、世の中の人に、もう間近に確実に来ている未来をリアルに感じてもらいたいという狙いがありました。

そして、スペースポートは宇宙旅行をするためだけの場ではなく、いずれさまざまな産業の交差点になり、それ以上のものになることを伝えたかった。

山崎:構想図を見てハッとさせられたんですけど、私は「空港」の延長を考えていたんですよね。でもパンフレットの表紙には、「街」全体が写っている。ウオーターフロントで、スペースポートと街が高速道路でつながっている。

都市全体を含んだシティ構想図というのが強烈なインパクトがありました。この全体図を見ていると、「こんなところに住めたらいいな」「この近くで働けたらいいな」と、すごくイメージが膨らむんですよね。

国見:やっぱり「絵」があるとリアリティーが増す。そこで、建築やデザインの専門家であるcanariaやnoizさんに協力を仰いで作成しました。

片山:スペースポートって、一般の人には距離があって、自分は関係ないって思われがちですが、具体的なパンフレット、それも現実に存在しているかのようなものを見ていただくと、自分ゴトとして捉えていただけるかなと思います。そして、このパンフレットをベースに、本構想を次のフェーズにつなげていきたいですね。

仲間を増やして、スペースポートシティ構想を実現したい

国見:本プロジェクトに参画いただける企業や団体を増やしたい。そのために何をするかがすごく重要ですよね。構想を夢で終わらせず実現するためには、いろいろな企業の事業、ビジネスに落とし込んでいく必要がある。それはサステナブルなものでなくてはなりません。

このパンフレットによりリアリティーを持たせていったり、ふとした時にスマホで見られる動画をつくってみたり、さまざまなシーンでさまざまな人がスペースポートについて議論するきっかけになるよう、この構想図を進化させていくことでもっと賛同者を増やせると思っています。

山崎:SPJの目的の一つは、「航空宇宙産業を発展させる」ことですが、この産業は、裾野がすごく広い。宇宙って「場」なんですよね。例えばロボット産業とか、AI産業といった具体的な技術とはまた違って、そこで何をするか、いろいろな可能性があります。

だからこそ、国見さんが言ったように仲間を増やさないといけない。パンフレットに描かれていることを突き詰めていけば、エンタメもそうだし、衣食住も全部絡んできますし、最先端医療や宇宙でのリハビリとか、いろんな可能性があります。

イメージとしては「サグラダファミリア」じゃないですけど、一気に完成させるというよりも、ちょっとずつつくっていって、少しずつ進化していくようなもの。スペースポート自体が魅力的で吸引力があって、いろんな人が訪れる場所になることがまず大事で、宇宙という場の中の入り口になってくれたらいいなと。

国見:僕も山崎さんも「宇宙戦艦ヤマト」に憧れた世代ですよね。昔から宇宙に行きたいと思った人はいっぱいいて、それが山崎さんのような宇宙飛行士を生んだりしました。

でももしかすると、僕たちが、宇宙に対して憧れを抱く最後の時代かもしれない。そう遠くない未来には、宇宙に行くって言ったら、「今週末?」みたいな会話になっていそうです。だからこそ今宇宙に行けるということは、最高に興奮することができる、うれしい時代というわけですよね。

片山:面白い視点ですね。スペースポートシティ構想は、もう昔のSF物語に描かれたような遠い未来の話ではなく、近い未来のことです。これからはどんどん実現のフェーズに入っていくと思います。多くの賛同者を得て、いろいろな産業の交差点になるよう、実現に向けて盛り上げていきたいですね。

 

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醤油屋が、マーケティングを語ってもいいですか?

「オリジナリティー」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第3回は、岐阜県の醤油メーカー「山川醸造」です。

岐阜市長良葵町に「たまりや」というのれんを構える昭和18年創業の醤油メーカー、山川醸造。清流長良川の伏流水を使い、杉桶で美濃の伝統的な豆味噌とたまり醤油を醸造、販売している醤油蔵が、アイスクリーム専用醤油や、醤油ふりかけなどの加工品で次々とヒットを飛ばしている。「本物は、うまい」という信念の下、蔵人が手間を惜しまず、自然の気候と共に作り上げた味をぜひ、多くの方に味わっていただきたい、と3代目の晃生氏は胸を張る。

山川醸造 店舗の写真
山川醸造が手がける「たまりや」店舗の外観。そこかしこに、歴史と伝統がしのばれる。

山川社長は、おそろしいほどフラットな人物だ。なじみの営業マンからご近所の主婦、そして心の師匠まで、人の意見に熱心に耳を傾ける。チャンスと感じたら、すぐやってみる。そこに頭でっかちな前例主義はない。

「もちろん、たまり醤油に対するこだわりはありますよ。でも、それってお客さんにとっては関係のないことですよね。うちが提供しているのは、醤油じゃなくて、幸せな食卓をつくることなんですから」。木桶仕込みの醤油のシェアは、全国で1%程度。そんなこだわりの醤油を作る会社の社長が、さらりとこんなことを言うのだ。その話だけで、僕はもうワクワクしてしまった。

あたりまえのことを、あたりまえにやることが一番むずかしい。山川社長は、伝統にも革新にもとらわれることなく、ただただおいしい食卓に向かって、まっすぐに進んでいる。そんな山川社長のお話は、学ぶべきことだらけだった。

文責:電通 第1統合ソリューション局 前田星平
 

なによりも大事なのは、商品開発力

「わが社は、実働9人くらいの、いわば『家族経営』の小さな会社です。主力商品は、たまりといわれる美濃伝統の、クセの強い、風味豊かな醤油です」と語る山川社長。でも、そのクセのある、というところが、いわゆるマーケティング的にはとても大きな壁だったのだそう。地方独特の風味が、東京のオシャレな店では受けない。甘口醤油が一般的な九州でも不評。もちろん、薄味が好まれる関西では論外の扱いだった。

醤油メーカーとしては後発で、しかも扱っているのが「たまり」という、当時、全国区では通用しない商品。「以前はBtoBの商売がほぼ100%を占めていたのですが、おやおや?この市場、どんどん先細っているぞ、ということにあるとき気づいたんです」。そのとき、愚直に「調味料」だけを作っていたのではいけないのだな。「売れる商品」をつくらなければ、と思ったのだと言う。

山川親子の写真
新桶を前に、三代目・晃生社長と、愛娘で四代目となる華奈子さんの2ショット

「私は元々、創造力に溢れたアイデアマンでもなんでもないし、経営学をマスターしているわけでもない。大学なんて、4年間、遊びに行っていたようなものですから(笑)」。作っているものの品質には、自信がある。でも、その作っているものは「豆味噌」と「たまり」だけ。さて、どうしようか、と考えたときに思いついたのが「手のひらに乗っけて、おいしく食べられる商品」を、たまり醤油で何か作れないか?ということだった。

一番の「弱み」こそが、一番の「強み」になる

山川社長がまず取り組んだのは、どうしたら「たまり醤油」が主役になれるのだろう?ということを徹底的に考えることだったのだという。最初に挑戦したのは、醤油ゴマ。この醤油ゴマ、一般的な醤油の賞味期限が2年ほどあるのに対して、わずか半年。なかなか勇気のいる挑戦だった。

ところが、この醤油ゴマが全国的なヒット商品となる。東海地方でしか消費されない、評価されない、いわば「弱み」と思っていた味が、全国で通用する「強み」になり得る、という手応えを感じた。「そこから、たまごかけごはんのたれ、アイスクリームにかける醤油、といった具合にラインナップを増やしていきました」

みたらし団子のように、甘いものとしょっぱいものって、意外と相性がいいもの。ああ、これはイケるぞ、と思ってメーカーに相談に行ったところ、かなりの数のロットがないと製品化は難しい、と言われたのだそう。「ああ、やっぱりダメだったか、とあきらめかけたのですが『じゃあ、アイスにかけるため専用のたまりをつくればいいじゃないか!』と発想を変えたんですね」

山川社長によると、アイスに限らず、料理とは「完成されたものがうまいかどうか」で価値が決まるものであって、たまりそのもので勝負していても意味がない。とにかく、アイスに合うたまりをつくってやろうと、水飴を加えたり、みりんとか、だしとか、あらゆるものを調合してみた。「若い女性に受け入れてもらえるほんのりとした、でも濃厚でクセになる甘さをどう演出するかなど、必死で考えました」

生醤油ではハードルになっていた「たまりのクセの強さ」が、加工品に形を変えた途端、唯一無二のおいしさの秘密として武器になる。その経験から山川醸造では、本当に醤油屋さんですか?と驚かれるほどの多彩な商品をラインアップするようになっていく。

ふりかける醤油
山川醸造のヒット商品のひとつ「ふりかける醤油」


とはいえ、「主役」を張れなければ、生き残れない

山川社長が面白い、と指摘するのは「文句を言う人がお客さんになるとは限らない」ということ。長年付き合いのある取引先やベテランの社員は、大切なパートナーであるものの、新規の顧客にはならない。なので、新しい味に敏感な若い世代、特に女性の意見に積極的に耳を傾けた。その結果、ジャムやシロップのように、アイスクリームにどばっとかけておいしい「たまり」を、1年ほどの試行錯誤の末、作り上げた。

とはいうものの、「主役」を張れるような商品を生み出せなければ、しょせん下請けのメーカーにすぎない。「日本酒で言うなら『あのブランドの、純米大吟醸』みたいな商品が世の中に認められない限り、岐阜の名もなき醤油メーカーです。『ふりかける醤油』というヒット商品も、そうした発想から生まれました」。

これまで家畜の飼料にするしかなかった醤油のカスを、山形に送って「醤油味の塩」にしてもらうという発想。なんだか、本末転倒のような気もするものの、これが受けた。それまでにもあった粉末の醤油ではなく、「醤油味の塩」。それも、たまり醤油味の。まさに、コロンブスの卵のような発想だ。

はちみつ醤油バター
柔軟な発想から、これまでになかった商品が次々と生み出されていく。

良いものが売れる、とは限らない

山川社長が心の師匠と仰ぐ人の言葉を、二つ、紹介してくれた。

「伝統や文化を振りかざしてモノを売ろうとするのは、メーカーのおごりでしかない」

「キミは、まんじゅうを食べたことはあるの?」

まんじゅうの話はどういうことなのですか?と尋ねると、要するに、子どもの頃に食べたまんじゅうと、今売られているまんじゅう、何か違うと思わない?ということなのだそう。そういえば、昔のまんじゅうは砂糖コテコテだったけど、今のまんじゅうはクリーミーな気がします。と答えたところ「それが、消費者ニーズというものじゃないの?」と、ズバリと刺され、心に響く言葉となった。

「学ぶとは、まねることなんだということも、同時に気づかされました」。いきなり「我流」を突っ走っても、迷走するだけ。とりあえず、100%徹底的に真似してみる。これが、山川社長流の極意だ。今は山川醸造の名物となっている「蔵開放イベント」も、元々はとある酒蔵の取り組みにヒントをもらったものだと言う。「まねているうちに、だんだん『自分流』が見えてくる。まねたものを、アレンジしていくこと。それが、クリエイティブなことだと思いますね」

木桶
山川醸造の心臓部とも言うべき「木桶」。微生物が醸し出す旨味は、木桶でしか出せないものだという。

伝統は守り抜く。でも、固執はしない

山川社長の娘で4代目となる華奈子さんは、こう言う。「伝統に固執せずに、なにか新しいことができないかというチャレンジを常にしているところが、山川醸造の強みなのかもしれません」と。それは、ネットを使った「蔵見学」の企画はもちろん、商品のパッケージひとつにも表れている。「食卓に置かれた時に、ごちゃごちゃした印象にならず、でも、どこかウキウキする」そんなデザインを追求しているのだそう。

「その意味では、父も母も、そして私も、伝統を守りつつも、これまでにない楽しいこと提供できないか、ということを諦めていないんだと思います」。お客さまとの距離がまた一つ縮まったな、と感じられた瞬間が、ものすごくうれしい。そう語る華奈子さんの表情は、とても無邪気で、優しいものだった。

山川醸造が営む「たまりや」のホームページは、こちら


なぜか元気な会社おヒミツ ロゴ

「オリジナリティー」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく連載のシーズン2。第3回は、醤油メーカー「山川醸造」をご紹介しました。

Season1の連載は、こちら
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら


(編集後記)

山川社長の表情は、どこまでも穏やかだ。「もうけてやろう」「成功してやろう」といったものが、どこにも感じられない。社員やお客さま、そして家族に「楽しいね」と言ってもらうために、自分にはいったい何ができるんだろう?そんなことを、毎日考えている人なんだろうな、という印象だった。

そのためには「接点を持つこと」が大切なのだ、と山川社長は言う。広告業界のワードで言えば「コンタクトポイント」ということだ。接点を持つためには、ネットでも、SNSでも積極的に利用する。クラウドファンディングも、ブログも、一から勉強した。もうけるためではない。つながりたい一心で、おいしいものをより多くの人に知ってもらいたいというその思いで、マウスを握り、キーボードを叩くのだ。

リモート取材の日、期せずして「白い衣装」で画面に現れた山川親子に、どうして今日はお二人とも白いお召し物なのですか?と尋ねてみた。さあ、どうしてなのでしょう?と、照れながら顔を見合わせるお二人に、とてつもない絆の強さのようなものを感じた。
 

醤油屋が、マーケティングを語ってもいいですか?

「オリジナリティー」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第3回は、岐阜県の醤油メーカー「山川醸造」です。

岐阜市長良葵町に「たまりや」というのれんを構える昭和18年創業の醤油メーカー、山川醸造。清流長良川の伏流水を使い、杉桶で美濃の伝統的な豆味噌とたまり醤油を醸造、販売している醤油蔵が、アイスクリーム専用醤油や、醤油ふりかけなどの加工品で次々とヒットを飛ばしている。「本物は、うまい」という信念の下、蔵人が手間を惜しまず、自然の気候と共に作り上げた味をぜひ、多くの方に味わっていただきたい、と3代目の晃生氏は胸を張る。

山川醸造 店舗の写真
山川醸造が手がける「たまりや」店舗の外観。そこかしこに、歴史と伝統がしのばれる。

山川社長は、おそろしいほどフラットな人物だ。なじみの営業マンからご近所の主婦、そして心の師匠まで、人の意見に熱心に耳を傾ける。チャンスと感じたら、すぐやってみる。そこに頭でっかちな前例主義はない。

「もちろん、たまり醤油に対するこだわりはありますよ。でも、それってお客さんにとっては関係のないことですよね。うちが提供しているのは、醤油じゃなくて、幸せな食卓をつくることなんですから」。木桶仕込みの醤油のシェアは、全国で1%程度。そんなこだわりの醤油を作る会社の社長が、さらりとこんなことを言うのだ。その話だけで、僕はもうワクワクしてしまった。

あたりまえのことを、あたりまえにやることが一番むずかしい。山川社長は、伝統にも革新にもとらわれることなく、ただただおいしい食卓に向かって、まっすぐに進んでいる。そんな山川社長のお話は、学ぶべきことだらけだった。

文責:電通 第1統合ソリューション局 前田星平
 

なによりも大事なのは、商品開発力

「わが社は、実働9人くらいの、いわば『家族経営』の小さな会社です。主力商品は、たまりといわれる美濃伝統の、クセの強い、風味豊かな醤油です」と語る山川社長。でも、そのクセのある、というところが、いわゆるマーケティング的にはとても大きな壁だったのだそう。地方独特の風味が、東京のオシャレな店では受けない。甘口醤油が一般的な九州でも不評。もちろん、薄味が好まれる関西では論外の扱いだった。

醤油メーカーとしては後発で、しかも扱っているのが「たまり」という、当時、全国区では通用しない商品。「以前はBtoBの商売がほぼ100%を占めていたのですが、おやおや?この市場、どんどん先細っているぞ、ということにあるとき気づいたんです」。そのとき、愚直に「調味料」だけを作っていたのではいけないのだな。「売れる商品」をつくらなければ、と思ったのだと言う。

山川親子の写真
新桶を前に、三代目・晃生社長と、愛娘で四代目となる華奈子さんの2ショット

「私は元々、創造力に溢れたアイデアマンでもなんでもないし、経営学をマスターしているわけでもない。大学なんて、4年間、遊びに行っていたようなものですから(笑)」。作っているものの品質には、自信がある。でも、その作っているものは「豆味噌」と「たまり」だけ。さて、どうしようか、と考えたときに思いついたのが「手のひらに乗っけて、おいしく食べられる商品」を、たまり醤油で何か作れないか?ということだった。

一番の「弱み」こそが、一番の「強み」になる

山川社長がまず取り組んだのは、どうしたら「たまり醤油」が主役になれるのだろう?ということを徹底的に考えることだったのだという。最初に挑戦したのは、醤油ゴマ。この醤油ゴマ、一般的な醤油の賞味期限が2年ほどあるのに対して、わずか半年。なかなか勇気のいる挑戦だった。

ところが、この醤油ゴマが全国的なヒット商品となる。東海地方でしか消費されない、評価されない、いわば「弱み」と思っていた味が、全国で通用する「強み」になり得る、という手応えを感じた。「そこから、たまごかけごはんのたれ、アイスクリームにかける醤油、といった具合にラインナップを増やしていきました」

みたらし団子のように、甘いものとしょっぱいものって、意外と相性がいいもの。ああ、これはイケるぞ、と思ってメーカーに相談に行ったところ、かなりの数のロットがないと製品化は難しい、と言われたのだそう。「ああ、やっぱりダメだったか、とあきらめかけたのですが『じゃあ、アイスにかけるため専用のたまりをつくればいいじゃないか!』と発想を変えたんですね」

山川社長によると、アイスに限らず、料理とは「完成されたものがうまいかどうか」で価値が決まるものであって、たまりそのもので勝負していても意味がない。とにかく、アイスに合うたまりをつくってやろうと、水飴を加えたり、みりんとか、だしとか、あらゆるものを調合してみた。「若い女性に受け入れてもらえるほんのりとした、でも濃厚でクセになる甘さをどう演出するかなど、必死で考えました」

生醤油ではハードルになっていた「たまりのクセの強さ」が、加工品に形を変えた途端、唯一無二のおいしさの秘密として武器になる。その経験から山川醸造では、本当に醤油屋さんですか?と驚かれるほどの多彩な商品をラインアップするようになっていく。

ふりかける醤油
山川醸造のヒット商品のひとつ「ふりかける醤油」


とはいえ、「主役」を張れなければ、生き残れない

山川社長が面白い、と指摘するのは「文句を言う人がお客さんになるとは限らない」ということ。長年付き合いのある取引先やベテランの社員は、大切なパートナーであるものの、新規の顧客にはならない。なので、新しい味に敏感な若い世代、特に女性の意見に積極的に耳を傾けた。その結果、ジャムやシロップのように、アイスクリームにどばっとかけておいしい「たまり」を、1年ほどの試行錯誤の末、作り上げた。

とはいうものの、「主役」を張れるような商品を生み出せなければ、しょせん下請けのメーカーにすぎない。「日本酒で言うなら『あのブランドの、純米大吟醸』みたいな商品が世の中に認められない限り、岐阜の名もなき醤油メーカーです。『ふりかける醤油』というヒット商品も、そうした発想から生まれました」。

これまで家畜の飼料にするしかなかった醤油のカスを、山形に送って「醤油味の塩」にしてもらうという発想。なんだか、本末転倒のような気もするものの、これが受けた。それまでにもあった粉末の醤油ではなく、「醤油味の塩」。それも、たまり醤油味の。まさに、コロンブスの卵のような発想だ。

はちみつ醤油バター
柔軟な発想から、これまでになかった商品が次々と生み出されていく。

良いものが売れる、とは限らない

山川社長が心の師匠と仰ぐ人の言葉を、二つ、紹介してくれた。

「伝統や文化を振りかざしてモノを売ろうとするのは、メーカーのおごりでしかない」

「キミは、まんじゅうを食べたことはあるの?」

まんじゅうの話はどういうことなのですか?と尋ねると、要するに、子どもの頃に食べたまんじゅうと、今売られているまんじゅう、何か違うと思わない?ということなのだそう。そういえば、昔のまんじゅうは砂糖コテコテだったけど、今のまんじゅうはクリーミーな気がします。と答えたところ「それが、消費者ニーズというものじゃないの?」と、ズバリと刺され、心に響く言葉となった。

「学ぶとは、まねることなんだということも、同時に気づかされました」。いきなり「我流」を突っ走っても、迷走するだけ。とりあえず、100%徹底的に真似してみる。これが、山川社長流の極意だ。今は山川醸造の名物となっている「蔵開放イベント」も、元々はとある酒蔵の取り組みにヒントをもらったものだと言う。「まねているうちに、だんだん『自分流』が見えてくる。まねたものを、アレンジしていくこと。それが、クリエイティブなことだと思いますね」

木桶
山川醸造の心臓部とも言うべき「木桶」。微生物が醸し出す旨味は、木桶でしか出せないものだという。

伝統は守り抜く。でも、固執はしない

山川社長の娘で4代目となる華奈子さんは、こう言う。「伝統に固執せずに、なにか新しいことができないかというチャレンジを常にしているところが、山川醸造の強みなのかもしれません」と。それは、ネットを使った「蔵見学」の企画はもちろん、商品のパッケージひとつにも表れている。「食卓に置かれた時に、ごちゃごちゃした印象にならず、でも、どこかウキウキする」そんなデザインを追求しているのだそう。

「その意味では、父も母も、そして私も、伝統を守りつつも、これまでにない楽しいこと提供できないか、ということを諦めていないんだと思います」。お客さまとの距離がまた一つ縮まったな、と感じられた瞬間が、ものすごくうれしい。そう語る華奈子さんの表情は、とても無邪気で、優しいものだった。

山川醸造が営む「たまりや」のホームページは、こちら


なぜか元気な会社おヒミツ ロゴ

「オリジナリティー」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく連載のシーズン2。第3回は、醤油メーカー「山川醸造」をご紹介しました。

Season1の連載は、こちら
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら


(編集後記)

山川社長の表情は、どこまでも穏やかだ。「もうけてやろう」「成功してやろう」といったものが、どこにも感じられない。社員やお客さま、そして家族に「楽しいね」と言ってもらうために、自分にはいったい何ができるんだろう?そんなことを、毎日考えている人なんだろうな、という印象だった。

そのためには「接点を持つこと」が大切なのだ、と山川社長は言う。広告業界のワードで言えば「コンタクトポイント」ということだ。接点を持つためには、ネットでも、SNSでも積極的に利用する。クラウドファンディングも、ブログも、一から勉強した。もうけるためではない。つながりたい一心で、おいしいものをより多くの人に知ってもらいたいというその思いで、マウスを握り、キーボードを叩くのだ。

リモート取材の日、期せずして「白い衣装」で画面に現れた山川親子に、どうして今日はお二人とも白いお召し物なのですか?と尋ねてみた。さあ、どうしてなのでしょう?と、照れながら顔を見合わせるお二人に、とてつもない絆の強さのようなものを感じた。
 

スタートアップのテレビ広告出稿をより簡単に!

インターネット広告の出稿には慣れているスタートアップ企業にとって、ある意味ハードルが高かったのが、テレビ広告です。

そこで、国内電通グループのDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するCARTA HOLDINGS(以下、CARTA)は電通と共同で、デジタル広告を買うような感覚でテレビ広告枠を購入できるサービス「PORTO tv」を開発しました。

CARTAは、インターネット広告のプラットフォームやメディア運営などを幅広く手掛けるVOYAGE GROUPと、電通グループのサイバー・コミュニケーションズ(CCI)が経営統合し、2019年に誕生した組織です。今回は、CARTAの会長であるVOYAGE GROUP創業者・CEOの宇佐美進典氏に「PORTO tv」の内容と目的を聞きました。

宇佐美進典

「初めてのテレビ出稿」のハードルを下げたい

VOYAGE GROUPでは、以前1度だけテレビ広告を打ったことがあります。ネットサービスの広告でしたが、実施した率直な感想は、「効果があったかどうかよく分からない」というものでした。

広告を打ったことにより、利用者数がある程度動いていることは把握できましたが、広告効果のデータ分析は2週間以上かかりました。インターネット広告なら翌日に効果測定ができてPDCAを回せるのに、これでは遅いと感じ、継続してテレビ広告を打とうとはなりませんでした。

初めてテレビ出稿をする広告主として、テレビ広告は、企画や制作、放送枠の獲得や効果検証など、多くの費用や労力が必要でした。また、私自身も実際に経験したように、効果指標が複雑で配信実績の可視化までに時間がかかるため、リアルタイムでの比較や最適化がしにくく、費用対効果が不透明という課題もありました。これではテレビ広告は敬遠され、インターネット広告の出稿だけを考える広告主も多いことでしょう。

私はVOYAGE GROUPを経営する中で、デジタル広告のプラットフォームを長年運営し、デジタル広告の良さも悪さもよく理解しています。そんな私から見てテレビ広告は、ある一定時期に同じメッセージを繰り返し生活者に届け、ニーズを喚起したり、商品やサービスを購入したいと思わせたり、潜在的な部分に訴える力があります。また、ブランド認知やイメージ醸成にも寄与します。加えてテレビ広告は、番組間に広告が入るという、長年、生活者に受け入れられてきたフォーマットも秀逸です。

また、電通のラジオテレビ局と議論していく中で、テレビ広告にデジタル広告のエッセンスを加えていけば、実はテレビ広告もデジタル広告のようにPDCAを回すことができ、効果を即座に可視化することも可能だということが分かりました。

こういったサービスをプラットフォーム化することで、商品やサービスへの態度変容を促すのに有効なテレビ広告を、もっと気軽に利用してもらえないだろうか?

そこでCARTAと電通の共同サービスとして、広告主が抱える問題を解消し、出稿のハードルを下げるべく「PORTO tv」をリリースしました。

「PORTO tv」は、テレビ出稿用のプラットフォーム

CARTAは、ブランド広告主向けの統合マーケティングプラットフォーム「PORTO」を2019年に開発。これまでに「PORTO」内において、radikoやSpotifyといったオーディオメディアに音声広告を配信したり、DOOH広告(Digital Out of Home:デジタル屋外広告)を配信したりするための機能をリリースしてきました。

「PORTO tv」は、テレビにフォーカスした「PORTO」のフォーマットのひとつです。テレビ広告枠の購入や広告制作の発注などを、従来のデジタル広告のようにネット上で行えます。本サービスのターゲットは、主にスタートアップなど、これまでテレビ広告になじみがない企業です。今までインターネットの運用型広告を行ってきた企業にとっては、出稿のシステムが似ているのでなじみやすいのではないかと思います。

電通が保有する日本最大級のテレビ広告に関わるアセットをフル活用し、「このエリアでこのくらいの予算をかけるとこのような効果が見込める」といった、出稿前の広告効果シミュレーションをかなり詳しくできますし、オンエア後はレポーティングツールにより、最短で広告配信翌日には配信実績を把握することが可能です。

事前のシミュレーションデータと比較しながら、AIによるチューニングで、さらなる最適化を図ることもできます。出稿した結果を踏まえ、次はどういうキャンペーンを行えばいいか、どのように出稿するのかイメージできる形にしていきます。

また、単なるテレビ広告枠の購入ツールというだけではなく、同一のインターフェース上でテレビ広告制作の発注も行えるのが大きな特徴です。Kaizen PlatformやCrevoなど、さまざまなクリエイティブパートナーと連携し、ニーズに合った広告制作が行えます。もちろん、出稿する広告主や配信する広告に対するテレビ局などの考査はこれまで通り行われるので、広告の倫理性は担保されます。

「PORTO tv」は、基本的に広告主が自ら操作できるインターフェースを提供するサービスですが、運用に当たっては広告主に丸投げするのではなく、CARTAがサポートします。適切なプランニングから広告クリエイティブ制作、PDCA運用に至るまで、デジタル技術を交えながら、企業ごとに最適なソリューションを提供します。

PORTOtv

目指すのは、マス広告とインターネット広告の融合

CARTAが「PORTO tv」に取り組む大きな目的のひとつは、テレビ広告とインターネット広告の統合的なプラットフォームをつくっていくことです。

「PORTO tv」では、マーケティング上のPDCAをうまく回すための、レポーティング機能を重視しています。テレビ広告のいろいろな指標を可視化することで、適切なタイミングで広告予算を増やすなど、経営者の方の迅速な意思決定をサポートできるようになっていくのが理想です。

また、長期的にはテレビ広告だけで完結するのではなく、インターネット広告とどうつながるかは重要な視点です。マスとデジタルにまたがった統合プランニングや、統合PDCAをうまく回せるようなプラットフォームへと「PORTO」を育てていきたいのです。

今後は、Premiumインストリーム、Premiumオーディオ、Premium DOOHといったデジタル広告購入のサービスと、「PORTO tv」を組み合わせていくことも視野に入れています。現在、PORTOのプラットフォーム上でデジタル広告のみを実施している広告主にも、「PORTO tv」があることでテレビ出稿を検討するようになっていただければと思います。

インターネット広告も、昔は大手のポータルサイトに出稿するには1000万円単位の予算がかかり、気軽に広告は出せませんでした。しかし運用型広告が出てきて、それこそ予算が1000円からでも広告を出せるようになり、新しい広告主が増えて、市場も拡大していきました。テレビ広告も従来よりも少ない予算で、よりターゲットを絞った形で広告を出せるような仕組みを「PORTO tv」でつくっていくことが、新しい需要喚起につながります。

今後は、広告主にサービスを提供していく中で、さまざまな要望の声を開発にフィードバックしていき、どんどんサービスを改善し続けていきたい。それによってより満足度の高いサービスに進化させていきます。

「PORTO tv」のリリースを機に、多くの広告主にテレビ広告の価値に気づいてもらい、テレビ広告市場の拡大を図りたいと考えています。

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JRA稀代の快速馬サイレンススズカも撃破! 競馬の神様も本命に推したアノ菊花賞馬が永眠

 31日、1997年の菊花賞(G1)を制したマチカネフクキタルが、けい養先である山梨県の小須田牧場で亡くなったことが分かった。公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナルが発表した。

 オールドファンには懐かしいマチカネ軍団で唯一のG1勝ち馬がフクキタルである。同馬とセットで有名なワラウカドやマチカネタンホイザなど、多数の活躍馬を送り出した故・細川益男氏(さん)がオーナーだった。

 マチカネフクキタルが活躍したこの年のクラシックはサニーブライアンが皐月賞(G1)、日本ダービー(G1)を優勝して二冠を達成。同世代にはメジロブライト、シルクジャスティス、サイレンススズカなどの個性豊かなライバルがいた。

 後の菊花賞を勝つことになるマチカネフクキタルだが、春のクラシックシーズンは一介の穴馬に過ぎなかった。世代トップクラスの評価を受けていたメジロブライトやサニーブライアンらに比べると地味な存在だったといえるだろう。プリンシパルS(OP)で2着に食い込んで、何とか出走した日本ダービーは、11番人気で7着に終わった。

 頭角を現したのはさくらんぼS(900万下・当時)を楽勝して臨んだ神戸新聞杯(G2)だろう。1番人気に支持されたサイレンスズスカの作り出したハイペースを直線最後方から一気に差し切った。

 この勝利を評価された京都新聞杯(G2)では、春当時は雲の上の存在だったメジロブライトから1番人気の座を奪い取ることにも成功。夏の上がり馬は3連勝で最後の1冠となる菊花賞へと歩を進めた。

 だが、スピード重視の近代競馬とは違って、当時はまだまだ長距離戦でステイヤーが幅を利かせていた時代である。マチカネフクキタルの父クリスタルグリッターズは短距離志向が強かった上に、スピード色の強い母系も嫌われて3番人気の評価にとどまった。

 そんななかで距離不安説を真っ向から否定したのが、競馬の神様といわれた故・大川慶次郎氏(さん)だ。多くの競馬記者やTMが距離不安を唱えた中で敢然と本命を打ち、マチカネフクキタルも大川氏の期待に応えて見事に優勝。長距離の申し子リアルシャダイ産駒ダイワオーシュウを上がり3ハロン最速の末脚で2着に退け、スピードでステイヤーを圧倒してみせた。

「当時はまだレース体系が現在ほど明確に分かれていなかっただけに、マチカネフクキタルの菊花賞勝利は強烈なインパクトを残しました。

また、大御所であるにもかかわらず、先入観に捉われなかった予想もさすが競馬の神様といえる予想でした。オッズを左右するほどの影響力を持った予想家は、後にも先にも大川先生くらいだったかもしれません」(競馬記者)

 近年はスピード競馬が全盛の時代ともいわれ、かつてに比べてトップクラスの馬が長距離レースを避ける傾向が強くなっている。

 短距離血統だったマチカネフクキタルが菊花賞を制したことは、スピード重視の時代の幕開けを告げる象徴だったのかもしれない。