嫌いな著名人が炎上しているのを見て、どこか胸がすっとした――そんな経験はないだろうか。匿名アカウントから放たれる石つぶては、いまや大手メディアに匹敵する打撃力を持つ。一方で、投げる側が反撃にさらされる場面はほとんどない。Xという舞台で、安全地帯から繰り出される攻撃は、なぜこれほどまでに加害者と傍観者の双方に快楽をもたらすのか。その構造を、SNS研究者が冷静に解き明かす。※本稿は、岡嶋裕史『子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
スマホを開くたびについ見てしまう「X」。多様性の時代と言われる現代で、人は他人と比較されることに疲弊している。そうした状況下で、自分の居場所の1つとして見出されているのがXだ。しかしなぜか息苦しさや不安も感じてはいないだろうか。その理由を著者が、Xが持つ承認と比較の構造から明らかにしていく。※本稿は、岡嶋裕史『子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
友人とだけつながるLINEと、見知らぬ他者の意見が流れ込んでくるX(旧Twitter)は、同じく「SNS」と呼ばれていながら、実体は全く別物と言える。この特殊なサービスであるXについて考えることで、これまで混沌としていた「ネットの炎上問題」の構造が見えてくる。Xが持つ「世界をあまねく接続する能力」を悪用する者たちを追う。※本稿は、岡嶋裕史『子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。