日本で長らく国教のように栄えていた仏教だが、過去には重大な試練を経験している。明治期の「神仏分離」政策で、仏像は破壊され寺院の土地まで没収されたのだ。政府から激しい弾圧を受けながら、なぜ仏教は生き残り、いまなお我々の生活に根づき続けているのか?日本人の奥底に潜む信仰の正体に迫る。※本稿は、宗教学者の島田裕巳『大乗仏教はなぜ日本人を魅了したのか』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。
地獄といえば、火の海に落とされ串刺しにされて焼かれるなどの責め苦が永劫に続く絵を思い浮かべる人が多いだろう。この世界観は、平安時代の僧・源信があえて恐ろしく描いたことから生まれたという。日本人の心に深く刻みこまれた地獄の成り立ちに迫る。※本稿は、宗教学者の島田裕巳『大乗仏教はなぜ日本人を魅了したのか』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。
キリスト教とイスラム教の対立のように、世界では宗教観の違いが争いの火種になることが珍しくない。しかし日本では、神道と仏教という大きく異なる宗教が共存してきた。日本人特有の宗教観の謎を専門家が解き明かす。※本稿は、宗教学者の島田裕巳『大乗仏教はなぜ日本人を魅了したのか』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。
遺骨は勝手に捨てれば刑法違反になる。かといって、家に置き続けるとスペースを圧迫し、墓に入れようとすれば建立費や管理料、そして寺との付き合いが発生する。頭の痛い問題に思えるが、実は負担にならない遺骨の処分方法がある。今後スタンダードになりうるその3つの選択肢とは?※本稿は、宗教学者の島田裕巳『無縁仏でいい、という選択 墓も、墓じまいも、遺骨も要らない』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。
「毎月の管理料が馬鹿にならないと、墓じまいを考え始めた。ところが寺に相談した途端、檀家(だんか)から離れるにあたっての手切れ金、いわゆる離檀料として500万円を請求された」こんな事例が増えている。はたしてお墓の管理料や離檀料は払う必要があるのか。無駄な出費を抑える「賢い墓じまい」の進め方とは?※本稿は、宗教学者の島田裕巳『無縁仏でいい、という選択 墓も、墓じまいも、遺骨も要らない』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。
仏教式の葬儀では戒名やお布施など、さまざまな費用がかかるのが一般的だ。しかし、その出費は本当に故人や遺族のためになっているのだろうか。平均寿命が延び、多くの人が「大往生」を迎える時代になった今、葬儀や弔いのあり方を見直す動きが広がっている。僧侶を呼ばない直葬や無宗教葬も増えるなか、これからの時代に合った葬儀の形とは何か。※本稿は、宗教学者の島田裕巳『無縁仏でいい、という選択 墓も、墓じまいも、遺骨も要らない』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。