供託金違憲訴訟弁護団。2月27日最終口頭弁論後の報告集会。右から2番目が原告の近藤直樹氏
この夏の参議院議員選挙を控え、あるいは衆参ダブル選挙の可能性も指摘されるなか、5月24日午後3時から東京地裁103号法廷で、「供託金違憲訴訟」の判決が言い渡される。
国政選挙に立候補する場合、公職選挙法によって、選挙区で出馬には300万円、比例代表では一人当たり600万円を国に供託しなければならない。これを供託金という。
選挙区から立候補した場合、有効投票総数の10分の1に達しなければ、供託したカネは全額没収される(国庫に入る)。つまり、日本では事実上、一般人、特に貧しい人は立候補できない制度になっている。
2014年12月の衆議院選挙に立候補しようとしていた埼玉県在住の近藤直樹氏は、出馬に必要なすべての書類を準備したが、供託金300万円を用意できず、立候補を断念した。
そこで近藤氏は、高額の供託金を義務付ける公職選挙法92条は、選挙権に関して財産や収入による差別を禁じた憲法44条但し書き「人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならない」に違反するとして、訴訟に踏み切った。
近藤氏は提訴の理由を、裁判後の報告会などでこう述べている。
「おかしいことは自分たちの力で変える。そう思っても具体的に行動する人は少ないから、提訴というかたちで行動を起こしました。
最初はどうしていいかわからず、インターネットなどで情報を集め、宇都宮健児弁護士を見つけ、“ダメ元”で事務所に電話してみたのです」
電話を受けた宇都宮弁護士は何人もの弁護士に呼び掛け、最終的に8人の弁護士で弁護団を結成した。
これまでにも、近藤氏と同じ疑問や怒りを感じて、何人かが供託金違憲訴訟を提起したが、裁判所はまともに審理もせず、口頭弁論を1回か2回開くだけだった。それも、書面の確認をするだけである。
筆者の知人も提訴したことがあるが、原告が法廷で意見陳述させてほしいと主張しても、「書面を出してもらっていますので」と、裁判長はまともな陳述さえ許さず、5分程度で閉廷する始末だった。当然のごとく、過去の同種の訴訟は、原告の主張が退けられてきた。
ところが、今回の訴訟では8人の弁護士が代理人となり、毎回傍聴者も多く、注目の裁判になった。口頭弁論も12回開かれ、原告の近藤氏の尋問も法廷で行われた。
これまでの同種の裁判とは、様子がまるで違うのだ。そのため、原告の主張を一定以上認めるような判決が出るのではないかとの見方も出ている。
「結果いかんでは、国会も対応せざるを得ない」と、宇都宮弁護士は言う。
もし、供託金が憲法違反とされたら、ただちに国会は公選法改正をしなければならないだろうし、仮に原告敗訴でも判決理由に何が書かれるかによって、廃止しないまでも供託金の大幅減額へ向けて国会が動く可能性もある。
最大の政治勢力である「無党派」が排除されている
選挙に立候補するのに300万円、あるいは600万円も支払わなければならない高額供託金のルーツを、改めて確認する必要があるだろう。
1925年(大正14)、25歳以上のすべての男子に選挙権が与えられたが、同時に弾圧法の治安維持法、そして供託金制度ができた。
立候補も投票も自由にできれば、無産政党(労働者政党)、一般人が大量に国会に進出してしまう。それを阻止するための治安維持法と供託金だった。
そして第二次大戦敗戦後の民主化のなかでも、供託金は廃止されるどころか年々高額化され、世界一高くなってしまった。
ちなみに、戦前は一定の税金を納めた者にのみ選挙権が与えられていたが、選挙法が改正されるたびに納税額が引き下げられてきた。戦後は逆に、供託金の額が選挙法改正ごとに何度も引き上げられてきた。
したがって、2019年の現在も平等な自由選挙(普通選挙)は実現されていない。
さらに、公選法では、文書図画の配布も原則禁止で、政治団体のニュースレターを配っただけで逮捕・長期拘留・起訴有罪にされた例もある。さらには戸別訪問の禁止をはじめ、ビラ配りやポスター張り、ハガキも公選法で厳しく制限されている。世界でも珍しい制限選挙といえるだろう。
一方で現役議員、とりわけ与党所属の者は、1日24時間365日選挙運動しているも同然であるのに、新人や新しい政治威力、無党派市民は、わずかな選挙期間しか運動は認められない。そのため、存在さえ有権者に知らせるのが難しい。
とりわけ最大の政治勢力である無党派市民の立候補が、高額供託金と選挙運動規制で阻まれているのが現状だ。
まさに制限選挙であり、公職選挙法は政治弾圧の側面が非常に強い。
自民党からも「供託金は高すぎる」という声
民主制度の根幹にかかわるこの訴訟は、2月27日に行われた第12回口頭弁論をもって結審し、5月24日の判決文言い渡しを待つのみである。
原告側が提出した書面で注目されるのは、供託金について国会や政党がどのように議論してきたかを示した部分だ。
一般人や無党派市民、新政党所属者が立候補を断念せざるを得ない世界一高い供託金によって、もっとも恩恵を受けている自民党の対応が実に興味深いので紹介しておこう。
(1)2001年の「衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」。議員の質問に対し、大竹邦実・政府参考人は「日本の場合は諸外国に比べますと、供託金の額が非常に高いものになっているのは事実でございます」と、世界的に見て供託金が高いことを認めている。
(2)2009年の国会では、供託金減額の公職選挙法改正案が衆議院で可決された。その内容は、選挙区300万円を200万円、比例区600万円を400万円にするというものだったが、衆議院が解散されたため参議院で可決せずに廃案になった。
(3)2015年の「衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」で船田元議員は、「やはり今の公職選挙法全体の体系が、諸外国のなかでもかなり厳しいということは、私自身も認識をしております。しかし、昨今投票率が下がってきている、恒常的に下がってきているという原因のひとつには、やはり厳しすぎる公職選挙法の縛りが、ある程度は原因している」と述べ、選挙運動の厳しい制限と供託金が、恒常的な投票率の低下の原因だと指摘している。
(4)2016年3月12日、自民党青年局は自民党に対して、多くの若い世代が政治に挑戦しやすい環境を整備するために供託金の金額を早急に下げるべきだと提言している。
このように、さすがに自民党の中からも、供託金が高すぎるという声が相次いでいるのだ。
判決を前に、もう一度、立候補について差別を禁じている憲法44条を掲げておく。
「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならない」
判決内容が注目される。
(文=林克明/ジャーナリスト)
〇5月24日(金)15:00
〇東京地裁103号法廷(地下鉄「霞ケ関駅」A1出口)
※傍聴券抽選の可能性もあるため20分前までに裁判所正面入り口わきの抽選券配布場所へ
〇記者会見 16:00(司法記者クラブ)
〇報告集会 16:00~17:00(弁護士会館508ABC)
