●この記事のポイント
繊維商社GSIクレオスが、模型塗料「Mr.カラー」で培った技術を背景に、鉛を含まない有機薄膜太陽電池(OPV)を2029年度にアジア初となる量産へ。大本命ペロブスカイト太陽電池が抱える鉛規制リスクや耐久性課題を整理し、変換効率・コストの壁とOPVの勝算を検証する。
次世代太陽電池といえば、積水化学工業や東芝、パナソニックなどが開発を進める「ペロブスカイト太陽電池(PSC)」の名前ばかりが目立つ。軽くて曲がり、シリコン系にも迫る変換効率を実現しつつあるこの技術は、経済産業省なども普及支援に力を入れる「国策級」のテーマだ。
そんななか、2026年7月、意外な企業がもう一つの次世代型太陽電池で存在感を放った。プラモデル用塗料「Mr.カラー」で知られる専門商社、GSIクレオスである。同社は有機薄膜太陽電池(OPV:Organic Photovoltaic)について、2029年度にもアジアで初めての量産に乗り出す計画を明らかにした。ガンプラファンにはお馴染みの企業が、なぜエネルギー分野の最前線に立とうとしているのか。そしてPSC一強論に、本当に一石を投じられるのか。
●目次
「繊維×工業製品」で生き抜いてきた老舗商社
GSIクレオスのルーツは1931年、横浜で生糸輸出を手がけた個人商店にさかのぼる。その後グンゼグループの商社として「グンゼ産業」を名乗った時期が長く続いたが、2001年に現社名へ改称。現在は東京証券取引所プライム市場に上場し、グンゼは主要取引先の一つではあるものの、2021年以降は筆頭株主でもない独立企業として、繊維事業と工業製品事業(半導体材料・化学品・ホビー・機械)を両輪に展開している。
単なる「口銭商売」の商社から脱却するため、同社は自ら技術シーズを持つ海外企業に出資し、国内外での事業化権を握る「事業創造型商社」への転換を進めてきた。今回のOPV事業も、その延長線上にある。2017年、半導体高分子の研究開発を行うカナダのスタートアップ「ブリリアント・マターズ(BM)」の創業者らと出会ったことが出発点だ。市場調査を重ねたのち2021年・2023年にBMへ出資し、2024年にはBMがOPV材料の本格量産を開始。さらにブラジルのOPV製造大手PHD(Power Harvesting Dynamics Semiconductors Impressos)グループと2025年に事業提携を結び、2026年5月には合弁会社「ウロボロス・パワー・ハーベスティング」を川崎市に設立。2029年度以降の国内製造を目指す青写真を描いている。2030年代半ばには、OPV事業で売上高100億円規模を目標に掲げる。
ペロブスカイトの「不都合な真実」とOPVの強み
政府や自治体が後押しするPSCには、投資家やビジネスパーソンが知っておくべき弱点がある。実用レベルの高性能なPSCの多くは、発電材料にヨウ化鉛メチルアンモニウム(CH₃NH₃PbI₃)など鉛(Pb)化合物を用いており、電気電子機器の有害物質使用を制限するRoHS指令の規制対象になり得る。破損時に鉛が溶出するリスクや、将来の回収・リサイクルコストの増大は、実用化における現実的な課題として指摘されている。鉛を使わないスズ系材料の研究も国内外で進むが、現状の変換効率は10%台にとどまり、鉛系(20〜26%程度)に及ばない。
これに対しOPVは、炭化水素を中心とした有機化合物のみで構成され、鉛などの有害物質を含まない。GSIクレオスが手がける半透明OPVモジュールは、重さ1平方メートルあたり0.5kg程度と、PSCの半分以下という軽さが特徴だ。ロール・ツー・ロール印刷技術による製造ゆえ薄く曲げられ、丸めることもできるため、耐荷重の低い既存ビルの壁面や窓ガラス、ロールカーテンなど「シリコン系太陽電池では設置が難しかった場所」に展開しやすい。透明度が高くカラーバリエーションも作れるため、都市部の景観を損ないにくい意匠性も評価されている。
それでも立ちはだかる「効率・寿命・コスト」の壁
もっとも、無条件にOPVが優位というわけではない。第一に、変換効率の低さだ。PHDが手がける量産型半透明OPVの現状の変換効率は7〜8%程度で、2030年までに15%以上を目指す計画だが、実験室レベルで26%を超え、タンデム型では30%台に達するPSCとの差は依然として大きい。同じ面積で得られる電力量が少なければ、投資回収期間は長くなる。
第二に、有機材料ゆえの耐久性の課題である。紫外線や水分、熱による劣化はプラスチック同様に避けがたく、シリコン系太陽電池が20年以上の耐用年数を持つのに対し、有機系材料の長期耐久性の確立は発展途上にある。
第三に、量産化コストをめぐる「鶏と卵」のジレンマだ。安価に供給するには大量生産が前提となるが、価格が下がらなければ建材メーカーやゼネコンといった採用側の重い腰は上がりにくい。GSIクレオス自身、2025年からの実証実験を経て投資判断を固める段階にあり、事業化の可否は今後2〜3年の実証結果に左右される。
太陽電池材料に詳しいエネルギー政策研究家の佐伯俊也氏は、こうした次世代太陽電池の位置づけについて次のように述べる。
「ペロブスカイトとOPVは競合というより、適材適所で棲み分ける技術だと捉えるべきだ。ペロブスカイトが変換効率を武器に大規模発電や屋根置き用途を狙うのに対し、OPVは軽さと透明性を生かした建材一体型や窓向けの用途に強みがある。どちらも量産段階でのコストと耐久性の実証が普及の鍵を握る」
老舗商社の事業転換モデルとなるか
ペロブスカイトが環境規制という壁に直面する可能性がある一方で、OPVがビル壁面やモビリティ分野でニッチな地位を築けるかどうかは、これからの実証データ次第だ。繊維・商社セクターが構造変化を迫られる中、GSIクレオスが「持続可能な社会のインフラを支える事業創造者」へと自らを再定義できるかは、単なる一企業の挑戦にとどまらず、日本の商社が技術と事業をどう結びつけていくかを占う一つの試金石になるだろう。
2029年度の量産開始という目標に向け、実証実験の進捗、コスト低減の道筋、そして建材・自動車業界からの採用実績——これらの積み重ねを、今後も注視していく必要がある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=佐伯俊也/エネルギー政策研究家)