日本人は使えないのに、なぜ日本へ?会員2千万人、楽天も出資した14億ドル企業

●この記事のポイント
・シンガポール発のリワード・プラットフォーム「ShopBack」のCEO、ヘンリー・チャン氏が来日。現時点では日本ユーザーは使えないサービスを引っ提げ、「日本ブランドのアジア進出支援」と「日本企業とのB2Bパートナーシップ構築」を目的に来日したと語る。
・ShopBackはAPAC13市場にアクティブ会員2000万人、2万以上の加盟店・パートナーを擁すユニコーン企業。購買履歴だけでユーザーの年齢・家族構成を推定する独自のAIデータ基盤を持つ。
・「ユーザーが勝ち、加盟店が勝ち、ShopBackが勝つ。三者が一緒に成長できなければ成立しない」と語るチャン氏の経営哲学は、米系プラットフォームのモデルとは一線を画す。

 日本のポイント経済圏に、外から風が吹いている。楽天、PayPay、dポイント……6つの巨大経済圏が消費者を囲い込む日本市場に、シンガポール発のリワード・プラットフォームが照準を合わせてきた。「ShopBack」だ。

 2014年の創業以来、APAC13市場に展開し、アクティブ会員数2000万人・加盟店2万店以上・年間流通総額55億ドルを誇る同社は、楽天キャピタル、クレディセゾン、ソフトバンク——日本の錚々たる投資家が7〜8年前から出資してきた企業でもある。

 そのCEOヘンリー・チャン氏が2026年6月末に来日した。ただし、ShopBackのサービスは今のところ日本では使えない。日本の一般ユーザー向けサービスはまだ「検討中」の段階だ。では、なぜ今、日本に来たのか。その問いへの答えが、ShopBackという企業の本質を映し出している。

●目次

「使えない」のに来た理由――日本は「売り込む市場」ではなく「連れ出す拠点」

 チャン氏が日本で語った来日目的は、明快だった。

「2つあります。1つ目は、日本ブランドの海外展開を支援したいということです。私たちはAPACに2000万人以上のアクティブ会員を持つプラットフォームです。日本ブランドがアジアに出ていきたいと思ったとき、最短経路を提供できます」

 ユニクロ、無印良品、資生堂——日本ブランドのアジアでの存在感は大きい。しかしShopBackが狙うのは、すでにアジアに出ている大手だけではない。海外進出を模索している中堅・中小ブランドにとって、ShopBackが持つAPAC横断のネットワークは現実的な足がかりになりうる。

 2つ目の来日理由は、B2Bパートナーシップだ。

「銀行、保険会社、テルコ——こうした大きなエコシステムを持つ企業が、すでにリワードプラットフォームを持っていることが多いです。ただ、リワードは彼らの専門領域ではないので、機能が十分でないことも多い。私たちがテクノロジーを提供することで、彼らのユーザーにより良い体験を届けることができます」

 オーストラリアではすでに大手銀行Westpacと協業し、同行のリワードシステムをShopBackが技術基盤として支える体制が動いている。Visa、Mastercard、Citibankとの提携も実績としてある。チャン氏が日本に見ているのは、同様のパートナー候補だ。

「日本上陸」と聞けばコンシューマー向けアプリの展開を想像しがちだが、実態は逆だ。ShopBackは日本で、日本の企業に売り込みに来ていた。

ポイントじゃない、現金だ――日本型経済圏との根本的な違い

 日本はポイント大国だ。楽天ポイント、PayPayポイント、dポイント、Vポイント、Pontaポイント……6大経済圏が激しく競合し、消費者は財布の中に複数のポイントカードを持つ。いずれも「自社エコシステム内に消費者を囲い込む」モデルだ。

 ShopBackが提唱するのは、その対極にある「オープン・リワード」だ。特定の経済圏に縛られず、2万店以上の加盟店を横断して現金でキャッシュバックする。ポイントではなく、現金。囲い込みではなく、開放。

「日本のポイントシステムは、私たちがShopBackを作る上で大きな参考になりました。日本は10年以上前から、このビジネスモデルが成功することを証明してくれていたんです」

 その言葉は、敬意であり同時に宣戦布告でもある。チャン氏は「学んだ」と語るが、ShopBackが持ち込もうとしているものは、日本の消費者が慣れ親しんだポイント経済圏とは構造からして異なる。楽天・クレディセゾン・ソフトバンクがShopBackに投資しているのは偶然ではない。彼らはその違いを、7〜8年前から見抜いていた。

42歳、子供2人――購買データが暴く「知らなかった自分」

 チャン氏はプレゼンテーションの途中で、スマートフォンの画面を取り出した。

 そこに映っていたのは、あるユーザーのプロフィールだった。年齢は35〜45歳。男性。子供が2人いて、年齢は3〜8歳。よく飛行機に乗り、テクノロジー製品を好む。健康意識が高い。

「このユーザーは私自身です。でも私はShopBackに、自分が42歳だと教えたことはありません。子供が4歳と6歳だとも、一度も話していません。3ヶ月間の購買履歴だけで、AIがここまで導き出すんです」

 アマゾンも楽天も、自社プラットフォーム内の購買データは持っている。しかしShopBackの強みは、2万店以上の加盟店を横断したクロスプラットフォームデータだ。オンラインだけでなく、店舗でのレシートスキャン(ShopBackSNAP)によるオフライン購買データも加わる。

「アマゾンは、あなたがアマゾンで買ったものしか知りません。しかし私たちは、あなたがどこで買ったものでも知っています」

 このデータ基盤の上に、AIショッピングアシスタント「ShopWhiz」が乗る。ユーザーが椅子の写真を撮れば、2万店を横断して最安値と最良の選択肢を提示する。TikTokが「見るほど最適化される」ように、ShopBackは「買うほど最適化される」プラットフォームを目指している。

「勝つのは三者一緒でなければならない」――収奪しないプラットフォームの論理

 取材の中で、こんな問いをぶつけた。

「アメリカのテック企業と比べ、ユーザーから取るのではなくユーザーに還元しようという思想が強く見える。なぜか」

 チャン氏は、他社についてのコメントを静かに断った。そして自社についてだけ、こう語った。

「私たちがやること全てに、ユーザーの時間とお金を節約することが必須です。そしてブランドの成長を支援することも必須です。ユーザーが勝ち、加盟店が勝ち、ShopBackが勝つ——三者が一緒に成長できる形でなければ、成立しません」

 他社に言及しなかったことが、むしろ雄弁だった。クリックや表示ごとに課金するのではなく、購買が成立した時だけ課金する完全成果報酬型モデル。有料ソーシャル広告の約12分の1というコスト効率は、この設計思想から生まれている。加盟店が売上を出さない限り、ShopBackも収益を得ない。

 プラットフォームが一人勝ちする構造では長続きしない——その確信が、11年の経営を支えてきた。

ホテルの一室から年間流通総額55億ドルへへ――「想像をはるかに超えた」11年間

 2014年、チャン氏と共同創業者のジョエル・リョン氏は、車の中でアイデアを話し合っていた。米国と日本で実証されたポイント・キャッシュバックのモデルを、東南アジアに持ち込めないか。2人は仲間を集め、ホテルの一室で週末を徹して最初のプロトタイプを作り上げた。

 家族には内緒だった。

「両親は反対すると思ったから、許可を取りに行きませんでした。最悪の場合は失敗して仕事に戻ればいい。本当の損失はそれほど大きくないと考えていました」

 その判断から11年。ShopBackは現在、APAC13市場・アクティブ会員2000万人・加盟店2万店以上・年間流通総額55億ドルのプラットフォームに成長した。

「今の状態は、当時の想像をはるかに超えています。我々自身が驚いているんです」

 最初の数年間、チャン氏の両親は息子が正しい選択をしたかどうかわからなかったという。ユーザーが増え、加盟店が増え、市場リーダーの地位が見え始めた頃、ようやく親は気づいた。

 今、その息子は東京にいる。日本人がまだ使えないサービスを携えて。しかし、その眼差しはすでに次の11年を見ていた。アジア全域を横断するショッピングインフラの上で、日本のブランドと消費者がどうつながるか——その絵を描きながら。

(構成=昼間たかし/フリージャーナリスト)