JR北海道“赤字155億円”に拡大…年225億円の安全投資と「1列車1人」の限界

●この記事のポイント
JR北海道の黄線区8路線、2025年度営業赤字が155億円に拡大。運賃値上げも効果限定的。年225億円規模の安全投資と人手不足が経営再建を阻み、上下分離方式による資産譲渡で年100億円の経費削減を試算。札幌圏は初黒字化。地方インフラの固定費構造が抱える限界を財務・組織両面から分析する。

 JR北海道が7月3日に発表した2025年度(令和7年度)の線区別収支は、鉄道業界関係者の間に複雑な波紋を広げた。単独では維持が困難とされる「黄線区」8路線の営業損失は155億円となり、前年度から約7億円拡大した。2019年10月と2025年4月の2度にわたる運賃値上げ(直近は平均7.6%)を実施してもなお、赤字は縮小するどころか過去最大級の水準に達している。

 一方で、同じ発表の中には明るいニュースもあった。新千歳空港と札幌を結ぶ札幌圏4路線は、収支公表を開始した2014年度以降で初めて営業黒字(9億7300万円)を達成。インバウンド需要の急回復と、プロ野球日本ハムの本拠地「北海道ボールパークFビレッジ」開業による沿線人口増が寄与した。北海道新幹線の赤字も117億円と前年度から7億円縮小し、全路線合計の営業赤字は561億円と、12年連続の赤字ながら前年度比20億円の改善となった。

 札幌圏の「黒字元年」と、地方路線の「赤字最大」。この明暗の対比こそが、JR北海道という会社が置かれた構造の本質を物語っている。単独維持困難の方針表明から10年、あらゆるコスト削減策を講じてきたはずの同社で、なぜ地方路線の赤字だけが増え続けるのか。財務と組織運営の両面から、その内実を読み解く。

●目次

削減努力を上回る「3つの壁」

 黄線区の赤字が縮まらない最大の理由は、乗客が減っても線路・駅・車両を維持する固定費がほとんど減らないという鉄道事業特有の構造にある。JR北海道によれば、2025年度は物価高騰や人件費上昇に加え、大雨で被災した宗谷線の復旧工事費として3億円を計上したことなどで営業費用が7億円増加し、運賃値上げによる増収分をほぼ相殺した。

 見落とされがちなのが、安全投資という「絶対に削れないコスト」の存在だ。JR北海道は2011〜2013年にかけて相次いだ脱線事故やレール検査データ改ざんなどの不祥事を受け、2014年1月に国土交通省から事業改善命令を受けた。以後、同社は「安全計画」に基づく設備投資を経営の最優先事項と位置づけている。直近の「中期経営計画2026」(2024〜2026年度)では、安全投資額を3年間で約675億円、年平均で225億円規模と見込む。老朽化した線路・変電設備・踏切の更新に加え、老朽気動車「キハ40形」を新型車両「H100形」へ置き換える投資がその中心だ。

 つまりJR北海道は、155億円という赤字を圧縮したくても、その1.4倍以上に相当する額を「安全のため」に投じ続けなければならない。乗客が減った路線から不採算部門を切り離すような、通常の民間企業的な大胆な合理化が構造上できない。安全と経営再建がトレードオフの関係にあるという不条理が、ここに存在する。

「1列車に運転士1人」すら維持できない皮肉

 コスト削減の切り札として同社が進めてきたのが、ワンマン運転に適した新型車両H100形の大量投入だ。国や北海道の補助金を活用し、老朽気動車からの置き換えはほぼ完了している。中期経営計画では、この置き換え完了を理由に安全投資額そのものが今後減少に転じる見通しも示されている。

 しかし、車両の効率化だけでは赤字構造は解消しない。JR北海道の給与水準はJRグループの中でも低めとされ、豪雪地帯での保線・運転業務という過酷な労働環境もあいまって、札幌圏以外での人材確保は年々難しくなっている。実際、同社の中途採用倍率は他のJR各社に比べて低く、人材の裾野が狭いことがうかがえる。広大な北海道で線路を守る保線員や、悪天候下で列車を安全に走らせる運転士という「最後の1人」は、どれだけ車両をDX化しても自動化できない。省力化投資が人件費の抑制にはつながっても、採用競争そのものを勝ち抜くコストは別に発生する。効率化の努力と、それを支える”人”の確保コストが同時進行でせめぎ合う構図だ。

 地域交通に詳しい北海道教育大学の武田泉准教授は、黄線区問題の協議が進まない現状について「道庁や国が財源を示して議論すべき問題で、JR北と沿線自治体だけでは議論が進まないのは当然の結末だ」と指摘する。JR北海道単独の経営努力だけでは、もはや解決の射程を超えているという見方は、専門家の間でも共有されつつある。

 公共交通政策の研究・分析を行う交通政策研究所の岩田敏正氏は「黄線区の赤字は、運賃改定や省力化といった”点”の努力で埋まる規模ではなく、資産の保有構造そのものを変える”面”の改革が必要な段階に入っている」と話す。

残された施策に「ウルトラC」はあるか

 観光列車「宗谷」「オホーツク」の運行や、ふるさと納税を活用した実証実験など、JR北海道は単価アップに向けた施策も進めている。だが、こうした施策が呼び込めるのは限られた観光客や鉄道ファンという「点」の需要であり、年間155億円という「面」の赤字を埋めるには力不足なのが実情だ。

 そこで浮上しているのが、線路や変電設備などの鉄道資産を自治体や国が保有し、JR北海道は運行だけを担う「上下分離方式」だ。同社は2026年4月、沿線自治体に対し(1)輸送体系の見直し、(2)除雪や駅業務の自治体移管などによる担い手確保、(3)鉄道資産譲渡による固定資産税負担の軽減、(4)上下分離方式の検討——の4項目について協議を申し入れている。JR北海道の試算では、鉄道資産を自治体側に譲渡した場合、黄線区の経費は年間約100億円削減できる見通しだという。ただし、これは負担が自治体側に移るだけとの見方もあり、鈴木直道知事も「上下分離ありきではなく様々な方向で議論してほしい」と慎重な姿勢を崩していない。国と自治体、JR北海道の三者がどこまで財源負担を分かち合えるかが、今後の焦点となる。

公共インフラを「民間経営」させる歪み

 JR北海道の赤字拡大は、経営陣の怠慢の結果ではない。人口減少、物価高、そして北海道特有の厳しい自然環境という逆風のなかで、1987年の国鉄分割民営化という制度設計そのものが耐用年数を迎えつつある証左と見るべきだろう。国土交通省は2024年度から3年間で計1092億円の財政支援を決めているが、それでもなお黄線区の赤字は縮まっていない。

 この構図は、鉄道業界だけの話ではない。人口減少が先行する地方では、上下水道、地方銀行、物流網など、固定費型のインフラ事業が同様の課題に直面しつつある。JR北海道の「155億円」という数字は、遠くない将来、あらゆる地方インフラ事業が突き当たる「固定費ビジネス崩壊」の先行指標として捉えておく価値があるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩田敏正/交通政策研究所)