●この記事のポイント
BYDの新車販売が2026年1〜6月に前年比16%減(180万8511台、6年ぶり減)となった背景を、中国の購入税半減政策や海外販売急増(海外比率43.6%)、IEA「Global EV Outlook 2026」の世界販売予測(2026年2300万台・28%)、中東情勢緊迫化による原油高とEVシフト加速の観点から分析する。
中国の自動車大手・比亜迪(BYD)は7月1日、今年1〜6月の新車販売台数が前年同期比16%減の180万8511台になったと発表した。同期間として販売がマイナスになるのは6年ぶりのことで、国内外メディアが「BYD失速」「EVバブル崩壊」といった見出しで報じた。
たしかに数字だけを見れば衝撃的だ。1〜3月期の純利益は前年同期比55%減、新車販売は3割減という厳しい決算も出ている。しかし、このニュースを「中国EV神話の終わり」という一枚の絵で片づけてしまうと、いま世界の自動車市場で進行しているもう一つの大きな流れ――中東情勢の緊迫化を引き金にした「EVシフトの再加速」――を見落とすことになる。本稿では、BYDの数字の裏側にある構造変化を、客観的なデータをもとに多角的に読み解いていく。
●目次
- 「16%減」の舞台裏…補助金という”松葉杖”が外れた中国市場
- 内なる不振を相殺する「海外シフト」の全貌
- 激変する世界トレンド…中東危機がEV市場にもたらした「追い風」
- 世界全体で見ればEVシフトは再加速している
「16%減」の舞台裏…補助金という”松葉杖”が外れた中国市場
まず押さえておくべきは、今回の落ち込みが中国国内の政策変更と密接に連動しているという事実だ。
中国では2014年から続いてきた新エネルギー車(NEV)に対する車両購入税の全額免税措置が2025年末で終了し、2026年1月からは免税額の上限が1台あたり3万元から1万5000元に半減する「減半征収」に切り替わった。これに加えて、プラグインハイブリッド車(PHV)については純電動航続距離100km以上といった技術要件も厳格化されている。
この制度変更を前に、2025年末には駆け込み需要が発生しており、2026年に入ってからの販売減はその反動という側面が大きい。実際、BYDの月次データを見ると2月には前年同月比41%減まで落ち込んだが、6月には単月として前年同月比5.46%増の40万3472台まで回復し、2026年の年初来最高を更新している。四半期ベースでも1〜3月期の70万463台から4〜6月期には110万8048台へと58%増加しており、「一貫した下降トレンド」というより「政策の節目を境にした反動減からの回復過程」と捉えるほうが実態に近い。自動車アナリストの荻野博文氏は次のように指摘する。
「今回の数字の変化は、BYDという一企業の競争力低下というより、中国のEV市場が10年間続いた”政策温室”を卒業し、価格ではなくブランド力・残価性・技術力で選ばれる『実需主導』のフェーズに移行し始めたシグナルとして読むべきです。中国自動車工業協会のデータでも新エネルギー車の浸透率は5割を超えており、市場そのものが縮小しているわけではありません」
つまり今回の「16%減」は、市場の”死”ではなく、普及期特有の踊り場——いわゆるキャズム(普及の溝)——を示すデータと見るのが妥当だろう。
内なる不振を相殺する「海外シフト」の全貌
国内が踊り場を迎える一方で、BYDは輸出を成長のエンジンに据える戦略へと急速に舵を切っている。
2026年6月の海外販売台数(乗用車・ピックアップトラック)は前年同月比95%増の17万4897台と単月の過去最高を更新し、1〜6月累計の海外販売は78万9367台、全体に占める比率は43.6%まで上昇した。海外分を差し引いて計算すると、6月単月の中国国内販売はむしろ前年割れという分析もあり、海外市場が国内の不振を実質的に穴埋めしている構図が浮かび上がる。
この動きはBYD一社にとどまらない。IEA(国際エネルギー機関)が2026年5月に公表した「Global EV Outlook 2026」によれば、中国は世界のEV製造の約4分の3を担う一大生産拠点であり、2025年の中国製EV輸出は前年から倍増して250万台超の過去最高を記録した。中国・欧州・米国という3大市場を除く「その他地域」で販売されたEVの55%が中国からの輸入車であり、これはわずか5年前の5%未満から急上昇した数字だ。
日本市場への本格参入に加え、東南アジアや欧州、そして後述する中東・アフリカ市場への展開も加速しており、ハイブリッド車(HEV)に強みを持つ日本メーカーと、価格競争力のあるEV・PHVを武器にする中国勢が、新興国市場で今後どうシェアを分け合うかが焦点になっている。
激変する世界トレンド…中東危機がEV市場にもたらした「追い風」
BYDの国内減速だけを見ていると気づきにくいが、世界全体では2026年に入ってEVシフトを後押しする、ある地政学的な出来事が起きていた。
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの軍事攻撃に踏み切り、これに対しイラン側がホルムズ海峡を事実上封鎖する事態に発展した。世界の原油輸送の約2割が通過するこの海峡の混乱を受け、原油価格は急騰し、WTI原油は一時120ドル近辺まで上昇。日本国内でもガソリン価格が全国平均で190円台に達する場面があり、政府は石油備蓄の放出や補助金による価格抑制策を余儀なくされた(4月8日には米国とイランが2週間の停戦に合意し、価格はいったん落ち着いたものの、事態は現在も予断を許さない状況が続いている)。
こうした燃料価格の急騰は、世界の消費者マインドを再びEV・PHVへと向かわせる要因になった。IEAは今回のGlobal EV Outlook 2026の中で、燃料価格の変動リスクを懸念する消費者からの需要がEV需要を下支えする可能性を指摘しており、実際に欧州連合(EU)ではEVの年間燃料費節約効果が2025年比で35%拡大したと分析している。
世界全体で見ると、2025年の電気自動車(BEV・PHV合計)販売は前年比20%増の2000万台超となり、新車販売に占める比率は25%に達した。2026年については1〜3月期こそ中国と米国の需要減速により世界全体で8%減となったものの、欧州は前年同期比で約3割増、中国を除くアジア太平洋地域は8割増、中南米は7割5分増と、他地域では力強い成長が続いている。IEAは2026年通年の電気自動車販売を2300万台、新車販売に占める比率を28%前後と予測しており、欧州では新車の3台に1台がEVになるとの見通しも示されている。
中東地域そのものの動きも興味深い。産油国であるUAE(アラブ首長国連邦)は2050年、サウジアラビアは2060年のネットゼロ達成を掲げ、経済の脱石油依存・多角化戦略の一環としてEV普及を推進している。サウジアラビアの公的投資基金(PIF)は米EVメーカーのルーシッド・モーターズに出資し現地生産を進めているほか、国営石油会社サウジアラムコの子会社とBYDが新エネルギー車の共同開発で戦略提携するなど、「産油国が自ら脱石油を進め、そこに中国メーカーが食い込む」という構造が現実のものとなっている。
「中東産油国にとってEV普及は、単なる環境対応ではなく『石油に依存しない経済構造』への布石です。皮肉なことに、中東発の危機がガソリン価格を押し上げたことで、世界中の消費者がランニングコストの低いEV・PHVを再評価する流れが強まっており、結果として産油国自身のEV戦略とも歩調が合ってきています」(荻野氏)
世界全体で見ればEVシフトは再加速している
BYDの「16%減」という数字は事実であり、誇張する必要はない。しかし同時に、それは中国国内の税制変更に伴う一時的な反動と市場の成熟化という「点」の話であって、世界全体で見ればEVシフトはむしろ地政学リスクを背景に再加速しているという「線」の事実と併せて理解する必要がある。
この構図から日本企業が得られる教訓は明確だ。第一に、補助金や政策依存のフェーズはどの国においてもいずれ終わりを迎える。第二に、その先に来るのは燃料価格や地政学リスクといった外部環境と実需によって市場が動くフェーズであり、そこでは価格競争力だけでなく、ブランド力・技術力・供給網の柔軟性が問われる。トヨタなど日本の自動車メーカーが掲げる、HEV・PHV・BEV・燃料電池車を並行して展開する「マルチパスウェイ戦略」は、こうした市場のボラティリティ(変動性)に対応するための現実的な選択肢として、改めて評価されるべきだろう。
「〇〇大不振」「〇〇バブル崩壊」といった刺激的な見出しに一喜一憂するのではなく、政策・地政学・実需という複数のレイヤーを重ねて市場を読む視点こそが、変動の激しい2026年のグローバル自動車市場を生き抜くための羅針盤になる。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=荻野博文/自動車アナリスト)