ホルムズ封鎖で判明した衝撃の事実…大手メーカーは調達リスクを把握できていなかった

●この記事のポイント
ホルムズ海峡封鎖によるナフサ供給不安をきっかけに、日本の自動車メーカーで露呈した「自社の調達リスクが見えない」という構造課題。A1Aの調達DXプラットフォーム「UPCYCLE」は、3万点に及ぶ部品の原材料・コスト影響を可視化し、経営判断を支援する。自動車大手7社中4社が導入し、SaaS投資が冷え込む中でシリーズBで10億円を調達した理由と、製造業の調達変革の最前線を追う。

 2026年3月、ホルムズ海峡が封鎖された。

 ナフサの供給不安が走ると、日本の自動車メーカーの調達部門に緊張が走った。政府は「物資は足りている」と発表したが、現場の反応は違った。コロナ禍の半導体ショックの記憶が残るバイヤーたちは、こぞって多めに発注に動いた。結果として品薄感が広がり、経営は意思決定を迫られた。

 だが、そこで露わになったのは、経営の情報不足だった。「自分たちがナフサ関連の原料をどれだけ調達しているか、実はよくわからない」。大手メーカーのバイヤーでさえ、そう口にした。

 この構造的な問題を事業機会に変えているスタートアップがある。A1A株式会社だ。

 同社が提供する調達プラットフォーム『UPCYCLE』は、サプライチェーン上の原材料情報を可視化し、リスクの影響範囲と調達コストへの影響を経営レベルで把握できるようにする。2026年4月にはホルムズ封鎖・ナフサ危機への即応機能を実装し、顧客の反響を呼んだ。

 5月にはシリーズBで10億円を調達。自動車大手7社のうち4社に採用され、業界シェアは5割に迫る。生成AIの台頭でクラウドサービス(SaaS)市場が飽和し新規投資が冷え込む「冬の時代」と言われる市況にあって、なぜこの会社に資金が集まるのか。代表の松原脩一氏に聞いた。

●目次

ホルムズ封鎖が暴いた「調達の見えない死角」

 ペットボトルのキャップを手に取ってみてほしい。その樹脂は何グラム使われているか。原料はどこから来ているか。飲料メーカーの調達担当者でさえ、即答は難しい。

 自動車メーカーならなおさらだ。1台の車には約3万点の部品が使われる。その部品1点1点に原材料があり、仕入れ先がある。「ナフサ関連の材料が足りなくなる」とニュースが流れても、自分たちの調達のどこに、どれだけの影響が出るのかを瞬時に計算できる会社はほとんどない。

「影響の把握と、調達額がどれだけ変わるかの2つが同時にわからなくなりました。経営は迅速に動きたいのに、情報がないから動けない状況でした」

 松原氏はそう語る。

 6月に入り、LIXIL、TOTOなどが相次いで「供給再開」のリリースを出し、現場は落ち着きを取り戻した。しかし、「次にまた同じことが起きる」という前提で経営を組み立てなければならないことは、自動車業界の誰もがわかっている。

10億円を引き寄せた「ツールではなく意思決定」という論理

 生成AIの台頭で業務効率化ツールの価値が相対的に下がり、スタートアップへの新規投資が冷え込む「SaaS冬の時代」。その市況の中で、A1Aはシリーズ Bで10億円を集めた。

 投資家が評価した理由を、松原氏は2点に整理する。ひとつは、自動車OEMの複数社から採用を勝ち取っているという実績。もうひとつは、サービスの訴求レイヤーの高さだ。

「生成AIを入れただけでは変えられない部分を、うちはA1Aは変えにいっています。工数削減ではなく、原価低減そのものを経営層に約束する提案できるサービスです」

 その論理は数字に表れる。例えば売上1兆円の製造業は、調達額が約6000億円に達する。0.1%の原価低減でも6億円。0.5%なら30億円だ。顧客の稟議書にはその数字が書かれ、A1Aへの投資対効果として計上される。結果として、大手顧客1社あたりの年間単価は4〜5000万円に達するケースもある。

 市場規模への懸念については、自動車業界に絞った対象企業数が約250社しかないという問題を正面から認め、こう答えた。

「社数が少ない分、単価を上げるしかない。でも、それが成り立つのは、お客さまんの稟議書に原価低減30億円という数字が書けるからです」

 数で勝てない市場では、単価で勝負する。その論理が投資家を納得させたのだ。

コンサバなエンプラを動かした「危機感」の使い方

 自動車業界の購買部門は、外部ツール導入に最も消極的な領域のひとつとされてきた。前例踏襲、自社専用のレガシーEDIへの依存。「コンサバ」という評判は今も健在だ。

 だが松原氏は、その評判を否定しなかった。コンサバであることを前提に、戦略を組み立てた。

「コンサバではあります。でも、危機感が強い会社から導入が進みました」

 製造業にとって原価低減が重要な理由は、実は2つある。松原氏はそう整理する。

 ひとつは利益防衛だ。トヨタの決算を見ると、売上は伸び続けているのに営業利益は減っている。コロナ以降、企業間取引の物価は大幅に上昇した。原材料費、エネルギー費、人件費……あらゆるコストが上がり続けている。市況に左右されない部分で原価を下げなければ、利益が取れない構造になっている。

「市況によらない部分で原価低減していかないと、利益が出せない状況になっているんです」

 もうひとつは競争力の問題だ。ハンドルでもサンルーフでも、日本の部品メーカーが長年誇ってきた「品質の高さ」は、中国企業の急速な追い上げによって差別化の根拠として機能しにくくなっている。品質が横並びになれば、残る武器はコストしかない。

「安心・安全というゾーンはある。でも、それを飛び越える何かって、もうそんなにないんですよ。そうなったら、コストの差で見るしかないのです」

 2つの圧力が同時にかかる中で、自動車業界の調達部門は静かに、しかし確実に変わっていた。コンサバであることと、危機感を持つことは矛盾しない。むしろ松原氏は、危機感が強いからこそ動けると言う。

「日本企業の特徴なんじゃないかと思います。危機感が強くなると、動くのです」

 この構造を読み切った上で、危機感の強い会社から順番に導入されていった。それが、大手7社中4社という実績の裏側にある戦略だ。

経験と勘が支配してきた理由――3万点の部品という現実

 調達部門のベテランが経験と勘に頼ってきたのは、意志の問題ではない。構造の問題だ。

 調達部門は、社内の他部署からも、サプライヤーからも情報を受け取る立場にある。しかし、自分たちで情報を生み出しているわけではない。営業が見積もりを作り、設計が図面を描くのとは違い、調達の情報は外から来る。バラバラのフォーマットで届く大量の情報を管理するには、「徹底した管理ルールを作るか、全部転記するか」の二択しかない。

 だが、車1台で約3万点の部品が存在する。そんな秩序だった管理など、現実には成り立たない。

「これまで、管理する手段や仕組みがないから属人化するしかなかった。勘と経験で勝負するしかなかったのは、構造的な必然だったんです」

 UPCYCLEが解いているのは、技術の問題ではなく、この構造問題だ。

毎年2倍成長、2030年IPO。そして世界へ

 調達した10億円を「広告費には使いません」と松原氏は言い切る。テレビCMを打っても、250社しかない自動車OEMの顧客は増えにくい。大量の営業員を並べても、エンプラの受注は増えない。

「結局、ちゃんといい提案をすること。それ以外に、この市場で勝つ方法はないんです」

 同社の販管費比率は同規模のSaaS企業より薄い。粗利率8〜9割のビジネスモデルで広告費を抑えられれば、損益分岐点は低い位置にある。毎年2倍成長を維持し、2030年以降のIPOを目指す。

 自動車業界での目標シェアは7〜8割。その先には電気機器、産業機器、住宅機器への展開が控えている。

「日本で実績が出れば、そのまま世界に展開できます。世界で自動車産業が強いのは日本だから」

 最後に、起業を志したきっかけを尋ねると、松原氏はこう答えた。

「うちの娘もお花屋さんになりたいって言っていましたが、そんな感じで、僕も事業をやりたいって思っていたんです」

 幼い頃からの夢、としか言いようがない話だ。壮大なビジョンも、複雑な動機もない。ただ「事業をやりたかった」。その一点で動いてきた人間が、日本の製造業が長年手をつけられなかった調達の闇に光を当て、世界を狙っている。

 3万点の部品の原価が、はじめて見える時代が来ようとしている。

(取材・文=昼間たかし)