ホンダ、2.5兆円損失でも評価されるワケ…日産・いすゞ連携で描く再成長シナリオ

●この記事のポイント
ホンダは2026年3月期に最大6900億円の最終赤字見通しを発表し、EV3車種中止などで最大2兆5000億円規模の損失を計上。これはEV戦略見直しと不採算資産の一括処理による「戦略的損切り」で、財務再建を優先する判断だ。今後は日産との機能別連携や、いすゞとのFCV協業、全固体電池を核に「モビリティ・エネルギー企業」への転換を加速する。

 3月12日に本田技研工業(ホンダ)が発表した一枚の資料は、自動車業界に衝撃を走らせた。2026年3月期の連結最終損益が最大6900億円の赤字(前期は8358億円の黒字)になる見通しとなり、従来予想から最大9900億円の下振れ。最終赤字は上場以来初めてという歴史的な数字だ。

 しかし、この数字の本質は「失敗の証明」ではなく「戦略的な膿の出し切り」にある。ホンダが北米で生産予定だったEV「ゼロSUV」「ゼロ・サルーン」「アキュラRSX」の3車種の開発および発売を中止。これにより8200億〜1兆1200億円の営業費用を計上する。加えてEV戦略の見直しに伴い、今期と来期以降を合わせた損失規模は最大2兆5000億円に上ると試算した。そのうちキャッシュの流出を伴う損失は最大1兆7000億円にのぼる。

 オンライン会見に臨んだ三部敏宏社長は「事業環境は想定をはるかに上回るスピードで大きく変化した。現実を正面から受け止める」と語った。2040年までにEVと燃料電池車(FCV)の販売比率を100%にするとの目標は「現実的に困難だろう」と述べ、見直す考えを示した。かつてホンダ自らが掲げた「脱エンジン宣言」の旗を、今度はホンダ自身が降ろした形だ。

 市場の反応は二極化した。ネット上では「日本の名門が没落した」という声が溢れた一方、一部の機関投資家の間では「ようやく現実を直視した」という評価が広がった。将来への足かせとなりうる不良資産を今期に集中して処理し、翌期以降の財務体質を一気に浄化する「バッドバンク型」の経営判断——それがこの赤字の本質である。

「今回の損失計上は、経営判断としては遅れたとも言えますが、踏み切った点は評価できます。EV投資の回収が見込めなくなった時点で早期に損切りする判断は、長期的なキャッシュフローを守る上で合理的です。問題は次の一手に何を置くかです」(自動車アナリストの荻野博文氏)

 経営責任として、三部社長らは月額報酬の3割(3カ月分)を自主返上することとなった。株主への説明責任を果たしながらも、経営陣は留任のまま「変革の続行」を選択した。

●目次

二輪王者の苦闘と、新興国での「エコシステム争奪戦」

 ホンダの強さの源泉はエンジン技術だけではなかった。世界最大の二輪メーカーとして、インド・東南アジアで盤石の地位を築いてきた。しかしその足元でも「電動化の波」は静かに、しかし確実に侵食を始めていた。

 インドや東南アジアでは、政府の補助金政策を追い風に現地系・中国系の電動二輪メーカーが急速に台頭。単なる「モノ売り」の競争では、量産規模と価格競争力を持つ新興勢力に対抗するのが難しくなっている。

 ここでホンダが持ち出したのが、「インフラ売り」という発想だ。交換式バッテリー「Honda Mobile Power Pack」を軸にしたエコシステムがそれである。充電を待つ必要なく、放電したバッテリーを充電済みのものと交換する仕組みは、充電インフラが整備されていない新興国市場との相性が良い。電動バイクを単なる移動手段ではなく、社会に分散配置された「移動する蓄電池」として機能させる水平思考は、ホンダらしい発想の転換と言えるだろう。

 ホンダは2030年に、自社総販売台数の約15%にあたる年間350万台レベルの電動二輪車の販売を目指している。二輪という「主力事業」をEV転換の試験場として活用しながら、バッテリーインフラ事業者としての地位を確立していく——この二段構えの戦略こそが、ホンダが新興国市場で生き残るための現実解となりつつある。

「自前主義」の終焉——日産・いすゞとの連携が示すもの

 ホンダのDNAには、創業者・本田宗一郎以来の「自前主義」が深く刻まれている。エンジン技術の自社開発にこだわり、合従連衡よりも独立独歩を重んじてきた。その矜持が、いま大きく揺らいでいる。

 2024年12月、日産自動車とホンダは共同持株会社設立による経営統合を検討する基本合意書を締結し、三菱自動車も統合への関与を検討する覚書を結んだ。しかし協議は想定外の早さで暗礁に乗り上げる。ホンダが株式交換による経営統合を提案し、ホンダを親会社、日産を子会社とする体制への変更を模索したが、2025年2月に協議は中止となった。

 統合が破談に終わった主因は「力の非対称」への抵抗だった。日産側がホンダの完全子会社化に応じることを拒否し、意思決定スピードを重視したホンダ側もこれ以上の時間消費を嫌った。「大山鳴動してネズミ一匹」と揶揄する声もあったが、今後も両社は2024年8月に締結した戦略的パートナーシップに基づき、電動化・知能化分野での連携を継続し、新たな価値創造を目指す。完全統合ではなく「機能別の水平連携」という形で、協力関係は継続している。

 一方、商用車領域での連携はより実務的な段階に入っていた。いすゞ自動車はホンダと共同開発していた燃料電池車(FCV)の大型トラックを、当初予定の2027年めどから延期することを決定。水素ステーションの整備が遅れているほか、技術的な課題が解消されていないと判断した。

 この延期を「失敗」と見るのは早計だ。大型車ではバッテリー重量や充電時間の制約からEVよりFCVが有利とされ、長距離輸送の脱炭素手段として注目される構図は変わっていない。「乗用車はEV、商用車はFCV」という棲み分けの論理は市場でも受け入れられつつあり、インフラ整備と技術成熟を待ちながら「勝てる市場」を見極める姿勢は、むしろ成熟した戦略判断といえる。

「ホンダが日産との完全統合を諦め、機能ベースの水平連携に切り替えたことは現実的です。統合のガバナンスコストは膨大で、ソフトウェア開発のスピードを優先するなら、機能ごとのアライアンスの方が有効な場合もある。いすゞとの燃料電池協業も、商用物流という特定ドメインに絞った連携であり、目的が明確です」(同)

「0(ゼロ)からの再構築」——2030年ビジョンの現在地

 今回の「損切り」は終着点ではなく、むしろ「次の賭け」のための資源解放だ。ホンダが描く2030年の設計図には、独自の野心が宿っている。

 その中核をなすのが「Honda 0 Series(ゼロシリーズ)」だ。「Thin, Light, and Wise(薄く、軽く、賢く)」という開発アプローチを掲げ、独自のプラットフォームにより、車高を抑えたデザインとゆとりある室内空間を両立させる。北米で中止が決まったEV3車種は、外部調達バッテリーに依存したモデルだった。対して0シリーズは、ホンダ独自のEEアーキテクチャと自社製バッテリー技術を前提に設計された「次世代の本命」と位置づけられている。

 そのバッテリー戦略の鍵を握るのが全固体電池だ。栃木県さくら市の本田技術研究所に約430億円を投資してパイロットラインを構築し、2025年1月から稼働を開始した。ホンダはこの全固体電池を四輪車に用いるだけでなく、二輪車や航空機など自社が手がけるさまざまなモビリティに適用することで、スケールメリットを生かしたさらなるコスト低減が期待できるとしている。

 つまり、全固体電池は「クルマのための技術」ではなく、二輪・四輪・空飛ぶクルマ(eVTOL)・ロボティクスを貫く「共通言語」として位置づけられている。この視点で見れば、ホンダが目指しているのは「自動車メーカーとしての成長」ではなく、バッテリー技術を核とした「モビリティ・エネルギー企業への変態」だと解釈できる。

「全固体電池の量産化競争では、トヨタや日産が先行している面もありますが、ホンダが二輪・四輪・航空機というポートフォリオ全体でスケールを出せれば、コスト構造で逆転する可能性があります。技術の汎用性と用途の幅広さは、ホンダの最大の武器になりうる」(同)

ホンダは「普通の会社」になったのか?

 かつてのホンダは「技術の本田」として、独善とも言えるほどの自前主義を貫いた。それが時代の要請に合わなくなったとき、どう変われるか——今回の一連の判断はその問いへの回答である。

 赤字計上も、日産との経営統合破談も、いすゞとのFCトラック延期も、表面だけ見れば「計画の失敗」に映る。しかし一段深く掘り下げれば、いずれも「変わりゆく現実に合わせてリソースを組み替える」という経営の本質的な作業だ。

 ホンダが示したのは、成功体験を持つ大企業が「自己否定」を行う難しさと、それをあえて実行する意思決定の重さである。独善的な自前主義を捨て、水平連携と技術の汎用化によって生き残りを図る——その姿は「かつての輝き」とは異なるかもしれない。しかし、現実に根ざした強さを模索する企業としての成熟を示してもいる。

 成功体験は、時として最大の障壁になる。ホンダが「6900億円」という痛みをもって示したのは、いかに大きな組織でも「現実を見て変わる決断」を先送りすることが、最終的により大きなコストを生むという、古くて新しい経営の真理である。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=荻野博文/自動車アナリスト)