偽情報リスクは制御できるか…76組織の国際コンソーシアムが挑む「信頼インフラ」

●この記事のポイント
・生成AIの急速な進化で偽情報・ディープフェイクが深刻なリスクに。富士通主導の国際コンソーシアム「Frontria」が多業種連携でAIリスクへの包括的対応を目指す。
・メディア・スタートアップ・ブロックチェーン企業など76以上の組織が参画。技術シーズだけでなく「情報の信頼性(トラストアンカー)」をどう設計するかが核心的課題と議論された。
・正しい情報は「量」では偽情報に勝てない。発信主体のブランドや冗長性の担保、ブロックチェーンによるトレーサビリティなど、多層的なアプローチの重要性が浮き彫りになった。

 世界経済フォーラム(WEF)がグローバル最大リスクの一つに挙げるディスインフォメーション(偽・誤情報)問題。生成AIの普及が加速するなか、ディープフェイク映像、ハルシネーション、情報ソースの真正性など、AIを巡る新たなリスクが次々と顕在化している。

 こうした課題に「一企業・一国では対応できない」として立ち上がったのが、国際コンソーシアム「Frontria(フロントリア)」だ。「フロンティア」と「トラスト」、そして「場所」を組み合わせた造語を冠するこの組織は、2024年12月の設立からわずか数か月で76以上の組織・有識者を結集している。

 SusHi Tech Tokyo 2026の「AIの光と影」セッションでは、富士通、朝日新聞社、POCKET RD、StoryHubの登壇者が、偽情報対策とAIリスクをめぐる現場の課題と展望を議論した。

●目次

 Frontriaとは何か――「オールジャパン」からグローバルへ

 富士通のセキュリティサイエンス研究所所長・今井悟史氏は、Frontriaの成り立ちをこう説明する。

「もともと弊社は、経済安全保障重要技術育成プログラム(K-Program)として国内の競争研究を進めてきました。そこから一歩踏み出し、偽情報対策やAI安全性・信頼性の問題を、グローバルなコミュニティで解決しようと立ち上げたのがFrontriaです」

 コンソーシアムには金融・保険、コンテンツ・エンタメ、AIベンダー、メディア、コンサル・リーガル、大学・研究機関など多様なセクターが参加。日本・欧州・インド・北米など国際的な拠点からメンバーが加わり、「技術IPを組み合わせて新たなマーケットをつくる」ことを目指す。

 参画組織はイノベーションパートナー(ユースケース・事業検討)、エンジニアリングパートナー(ツール・アプリ開発)、テクノロジープロバイダー(技術IP提供)、データプロバイダー(学習データ等の提供)という役割に分かれて活動。すでに複数のアプリケーション開発や実証も動き始めているという。

偽情報リスクの「現場」――巧妙化する脅威、メディアはどう向き合うか

 パネルディスカッションの最初のテーマは「各業界が抱える偽情報・AIリスクの課題」だった。

 朝日新聞社CTO室チーフエンジニア・田森秀明氏は、メディア業界の現場感覚をこう語る。

「記者が直接取ってきた一次情報は担保できます。しかしSNSや読者投稿など外部からの情報は、本当かどうかを確認しなければならない。最近は巧妙になってきており、見分けがつかないケースが増えています。以前、AIが処理した情報を悪意なく掲載してしまった経験もあります」

 また、SNSでバズっている情報がフェイクだった場合にそれをニュースとして報じる義務と、フェイクを見抜く困難さという二重の課題も指摘した。「大量の情報を効率よく、しかも正確に検証する手段が今後ますます必要になる」と田森氏は語る。

 AIを活用したコンテンツ制作サービス「StoryHub Studio」を提供するStoryHub代表・田島将太氏は、企業側の課題として「ブランドガバナンス」を挙げた。

「AIでコンテンツを作ることが容易になると、社内の各メンバーが個別に発信するようになる。その個人間の発信が矛盾したり齟齬をきたしたりする。これも広義の偽情報リスクといえます」

「トラストアンカー」をどう設計するか

 議論が深まるにつれ、「情報の信頼性をどう担保するか」という「トラストアンカー」の問題が核心に浮かび上がった。

 ブロックチェーン技術を提供するPOCKET RD代表・籾倉宏哉氏は、ブロックチェーンの活用可能性を示しつつも限界も認める。

「ブロックチェーンは書き込んだ情報の改ざんを防ぎます。しかし、そもそも間違った情報を書き込んでしまったら(オラクル問題)、それを防ぐことはできない。何をトラストのポイントとして記録するか、そこが重要です」

 田森氏は、朝日新聞社としてのトラストアンカーの考え方をこう語る。

「AI時代だからこそ、朝日新聞というプロが書いたという事実が、信頼の拠りどころになる。そこを担保し続けることが私たちの役割です」

 田島氏は、偽情報問題の本質を「非対称性」と捉える。

「情報を作るのは簡単になった。量では正しい情報は偽情報に勝てない。だから発信主体のトラスト――メディアであればトラスタシー、事業会社であればブランド――で正しさを担保するしかないんです」

 また田島氏は、コンテンツがどの素材から作られたかを紐付けておくこと、そして人間がファクトチェックして「正しい」と記録したログが積み重なることで、AI時代の「ファクトチェック済みデータベース」が構築できると展望を示した。

 籾倉氏はさらに、投稿者本人のカメラアプリから撮影した時点でブロックチェーンに記録することで、情報の出所を追跡しやすくする仕組みを、朝日新聞社と共同で構想中だと語った。富士通の偽情報検知技術、朝日の編集・認証技術、そしてPOCKET RDのブロックチェーン基盤を組み合わせた、まさにFrontriaらしいアプローチだ。

技術の可能性と限界――「情報の変容チェーン」をどう可視化するか

 富士通シニアリサーチマネージャー・中山貴祥氏は、偽情報問題の構造的な難しさを指摘した。

「信頼性の高い情報がメディアから発信されても、それを最初に見るのはインフルエンサーです。そこにコメントが付与されたり、違った解釈が加えられたりしながら拡散していく。この『情報の変容チェーン』を技術的にトレースできるようになれば、社会の情報リテラシーにとって大きな前進になる」

 また、富士通が開発中の技術として、97%精度のAI生成画像検知、生成AIのハルシネーション検出、テキストと画像の整合性チェックなどが紹介された。偽情報の分析は「意見か事実か」を切り分けたうえで、テキスト・画像・動画をそれぞれ階層的にチェックする必要があり、「総合的な真偽判定技術」の研究開発が急務だという。

 田島氏は、メディアの記事に含まれる「まるまるか」「との情報では」といった不確実性を示す語尾・表現が、読者にとってより分かりやすいUI/UXで届けられるようになると、情報リテラシーの向上に貢献できるとも指摘した。

Frontriaへの期待――業界を超えた「信頼のインフラ」へ

 セッションの締めくくりに、各登壇者がFrontriaへの期待を一言で語った。

 田森氏はこう期待を述べた。

「記者と技術者の距離が縮まるなか、現場では素早い技術対応が求められている。Frontriaと一緒にそのスピード感を高めたい」

 田島氏は偽情報をメディアだけの問題と捉えない。

「これは企業のブランドガバナンスの課題でもある。Frontriaの技術がどんどん一般に展開されて、企業の情報発信の信頼性を高めていけるといいですね」

 籾倉氏は具体的な仕組みを求める。

「コンソーシアムの外でも通用する『Frontriaマーク』のような信頼認証の仕組みをつくってほしい」

 中山氏はより広い参加を呼びかけた。

「金融・保険から医療、エンタメまで、あらゆる業界でAIリスク・偽情報の課題は共通している。業界横断で取り組めることは多い。ぜひ多くの方に参画いただきたい」

 AIが高度化するほど、偽情報の巧妙化も進む。技術だけでは解決できない「信頼」の問題に、メディア・IT・法律・金融など多様なセクターが一体となって向き合う試み――それがFrontriaの本質だ。「一社では無理」という認識から生まれたこのコンソーシアムが、どこまでグローバルな「信頼のインフラ」を構築できるか。その挑戦は始まったばかりだ。

(取材・文=昼間たかし)