●この記事のポイント
中東情勢悪化によるナフサ供給不安を背景に、塗料・防水材・住宅設備で受注停止が相次ぎ、住宅業界は資材不足・納期不透明・価格高騰の三重苦に直面している。日本は原油の約9割を中東に依存し、ナフサ備蓄は約20日分と脆弱。建築費は前年比5%以上の上昇が見込まれ、中小工務店の淘汰やリノベ需要拡大など市場構造の変化が進行している。
2026年春。ウッドショックの記憶が薄れ始めたかと思った矢先、住宅業界は今度は「油」の危機に直面している。
大手塗料メーカーのエスケー化研が水性下塗材の受注を4月21日より一時停止すると発表。日本ペイントも同月17日から25日にかけて下塗り材の受注停止を通告した。この動きは孤立した事例ではない。
ルーフィング材大手の田島ルーフィングは4月9日に製品の受注を一時停止。防水シートの価格は40〜50%の値上げが重なるかたちで、受注そのものが止まった状態だ。さらにTOTOは4月13日より、システムバス・ユニットバスを含む全シリーズの新規受注を一時停止しており、再開時期は未定とされている。
LIXILは4月10日の公式発表で「中東地域における緊張の高まりを背景に、原油や石油化学原料の価格が急騰し、世界的に供給不安が高まっている。弊社の生産活動への影響は、今後さらに深刻化する懸念がある」と表明した。
住宅の現場では今、「材料がない、納期がわからない、価格も確定できない」という三重苦が同時に発生している。
●目次
なぜ中東が「内装・塗装」を止めるのか――ナフサ危機の本質
この連鎖の震源地は、「ナフサ」と呼ばれる石油化学製品の基礎原料だ。
原油を精製する過程で得られるナフサは、塗料・接着剤・合成樹脂・断熱材・防水シートなど、住宅建材のほぼすべての石油系素材の出発点となる物質である。住宅建材の「細胞」ともいえるこの原料の供給が、2026年2月のイラン情勢悪化以降、急速に不安定化した。日本の原油輸入の約90%が中東ルートに依存しており、ホルムズ海峡を経由するタンカー輸送が事実上の機能不全に陥った結果だ。
問題をさらに深刻にしているのが、日本の石油備蓄制度の構造的な欠陥だ。国家備蓄原油は約230日分が確保されているが、ナフサは備蓄対象外であり、民間在庫はわずか約20日分にすぎない。原油備蓄があっても、それをナフサへ精製・供給するまでのサプライチェーンが機能しなければ、建材の生産は止まる。
価格の上昇幅は品目によって異なるが、シーリング材・接着剤(サンスター技研)は30%以上、溶剤系製品(シャープ化学工業)は40%以上の値上げが通告されている。さらに円安基調(3月時点で1ドル150〜160円台)が輸入コストの増大に拍車をかけており、国際市況の悪化と為替のダブルパンチが建設業界を直撃している。
専門家の立場から見れば、川上(原油・ナフサ)から川下(製品出荷)まで、サプライチェーン全体が連動してダメージを受けているのが今回の特徴だといえる。
「ウッドショックのときは”木材が高い”という一点突破型の問題でしたが、今回は違います。塗料・断熱材・シーリング・防水シートと、建物を仕上げるために必要なあらゆる石油化学系資材が一斉に動いている。これほど同時多発的な供給危機は、建設業界の近代史でも経験がない規模です」(不動産アナリストの伊藤健吾氏)
「待てば下がる」は幻想か――2026年後半以降の見通し
施主や事業者が最も知りたいのは「いつ価格が落ち着くのか」という点だろう。しかし、現在のデータはその期待に応えるものではない。
住宅市場を取り巻く環境が急激に変わる可能性は低く、2026年も住宅価格は高止まりで推移する可能性が高い。三井住友トラスト基礎研究所の試算によれば、現在の原油価格水準が継続した場合、建築費は前年比で+5%以上の上昇が見込まれている。
過去のウッドショック時も同様だったが、一度上がった人件費や資材価格が以前の水準に戻ることは極めて稀だ。構造的なインフレが続く現局面においては、この傾向はさらに強固になる。
業界内では二極化が鮮明になりつつある。資材の確保ができず、資金力や調達力のない中小事業者が市場から退場を余儀なくされる「選別の時代」となっている。体力のある大手・中堅ハウスメーカーは事前の一括調達や代替資材への切り替えで乗り切れる一方、地場工務店は「在庫がない→工事が止まる→資金繰りが悪化する」という負の連鎖に巻き込まれるリスクが高い。
「家を建てることを検討している方々からよく聞くのは『少し様子を見てから建てようか』という声です。ただ、”待っている間に断熱材が完全に在庫切れになり、来年は今より1.5倍の価格でしか仕入れられなかった”というシナリオは、十分にあり得ます。”待てば安くなる”という過去の経験則は、今回の局面には当てはまらない可能性が高いと思います」(同)
新築の納期が不透明化するなかで、リノベーション需要への移行も急速に進んでいる。石油化学資材への依存度が相対的に低い中古住宅の改修市場は、皮肉にも今回の危機の「受け皿」として機能しつつある。
施主・事業者が取るべき「防衛策」
では、この状況において施主や工務店はどう動くべきか。現実的な選択肢をまとめる。
(1)国産材・水性塗料への転換 石油依存度の低い代替資材の採用が急務だ。グラスウールやセルロースファイバー、羊毛系断熱材など、石油を使わない素材が今後の業界標準に近づいていくと予測される。水性塗料は油性・溶剤系に比べてナフサ依存度が低く、現時点では相対的に入手しやすい。
(2)契約への「スライド条項」導入 見積時に「為替影響を織り込んだ価格設計」を行い、契約書に「仕様変更による価格調整可能性」を明記することが現場の現実に即した対応だ。施主側も、「固定価格での請負」という前提を再考する必要がある。
(3)補助金の戦略的活用 「先進的窓リノベ2026」で最大100万円、「みらいエコ住宅2026」で最大100万円の補助が受けられ、断熱材が40%値上がりしたとしても補助金を活用すれば実質負担を抑えられるケースがある。補助金はコスト相殺の手段として、これまで以上に積極的に組み込む必要がある。
住宅は「所有」から「持続可能な維持」の時代へ
今回の危機は、住宅業界における構造的な問題を一気に可視化した。日本の原油中東依存度が9割を超えるなか、石油化学系資材に全面依存した建築サプライチェーンがいかに脆弱であるかを、現場の「受注停止」という形で突きつけている。
「必要な時に発注する」という従来型の調達モデルから「早期に確保し、保管する」モデルへの転換が、工務店の生存戦略として浮上している。それは単なる在庫管理の話ではなく、国際情勢に左右されにくい代替資材の開発・調達ネットワークをいかに構築するかという、中長期的な事業構造の問い直しでもある。
施主にとっては、「いつ、いくらで家が建つか」という問いが、今や「建てることができるか」という問いに変わりつつある。住宅は「取得する資産」から「不確実な環境の中で持続可能に維持する資産」へと、その意味合いを静かに変えている。
危機は問いを立てる機会でもある。今こそ、住まいのあり方を根本から見直す契機として、この混乱を捉えたい。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=伊藤健吾/不動産アナリスト)