●この記事のポイント
成年後見制度は2000年の導入以降、後見人による横領被害が2011~2024年で累計311億円(年平均約22億円)に達し、利用率も潜在需要約1300万人に対し約2%に低迷。終身制や報酬の不透明さなど構造的欠陥が指摘されるなか、2026年の民法改正で期間設定や限定支援型への転換が盛り込まれ、「終われる制度」への再設計が進む。
超高齢社会を迎えた日本において、今や「認知症」は誰にとっても他人事ではない。厚生労働省の推計によれば、2025年には65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症になるとされる。こうしたなかで、判断能力が低下した人の財産を守る「成年後見制度」の重要性は、かつてないほど高まっている。
しかし、2000年の制度開始から約四半世紀。この制度は「利用者の権利を守る」という本来の目的とは裏腹に、数多くのトラブルと悲劇を生んできた。2011年から2024年までの累計で、後見人による横領などの不正被害額は実に311億円(最高裁判所統計)。年平均22億円、1日あたり約600万円という巨額の資産が消え続けてきた計算になる。
潜在的な需要が約1,300万人に上るとされる一方で、実際の利用者は約25万人。わずか2%にとどまる「使われない制度」は、なぜこれほどまでに敬遠され、そして綻びを見せているのか。2026年4月に閣議決定された歴史的な民法改正案の正体に迫るとともに、我々が今取るべき自己防衛策を解き明かす。
●目次
- 急増する認知症患者と「制度頼み」の現実
- 「守る制度」が生み出してきた被害の実態
- 制度に内在する構造的欠陥と国際的圧力
- 2026年民法改正で何が変わり、何が変わらないのか
- 利用者・家族が今すぐできる「防衛策」
急増する認知症患者と「制度頼み」の現実
「親の銀行口座が凍結され、施設への入居費用が引き出せない」「実家を売却したいが、親の判断能力がないため手続きが進まない」――。こうした切実な相談が、全国の自治体や専門窓口に寄せられている。
いわゆる「2025年問題」により、団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となる今、認知症患者の急増は避けられない。制度上、本人の判断能力が不十分な場合、預貯金の解約や不動産の売却といった法律行為を行うには「成年後見人」の選任が不可欠となる。
成年後見制度は、家庭裁判所から選ばれた後見人が、本人に代わって財産管理や身上監護(生活・療養に関する契約)を行う仕組みだ。最高裁の統計によれば、申立件数は2021年以降、再び増加に転じ、現在は年間約4万件で推移している。しかし、制度開始から25年が経過してもなお、普及率は潜在ニーズの2%程度。この乖離こそが、制度が抱える根深い不信感の表れといえる。
「守る制度」が生み出してきた被害の実態
制度の普及を阻む最大の要因は、「報酬トラブル」「横領」「自由の剥奪」という三つの闇である。
(1)深刻な財産横領と「親族後見人」の限界
最高裁判所事務総局家庭局の調査(令和5年)によれば、後見人等による不正報告件数は163件、被害額は約7億4,000万円に上る。驚くべきは、過去10数年の累計被害額311億円のうち、その約9割が親族後見人によるものという事実だ。「親の金は自分のもの」という甘い認識が、介護という過酷な状況下で魔を差させる。
一方で、専門職(弁護士・司法書士等)による不正も後を絶たない。過去には数千万円単位の横領で実刑判決を受けた弁護士も存在する。これを受け、東京家庭裁判所などでは、管理する流動資産が1,000万円を超える案件に対し、親族とは別に専門職の「後見監督人」を原則として選任する運用を始めているが、これは利用者にとってさらなる報酬負担を強いることにもなっている。
(2)「終わらない制度」が家計を圧迫する
「遺産分割協議のために後見人を立てたが、手続きが終わっても解任できないと言われた」。こうした悲鳴は多い。一度選任された後見人は、本人の判断能力が回復するか、死亡するまで原則として「辞めさせる」ことができない。
ある利用者は、月額3万円の報酬を10年間にわたって払い続け、総額360万円を失った。本人の財産を守るための制度が、結果として本人の財産を最も削り取っているという皮肉な構造がある。
(3)奪われる「生活の自由」
「後見」類型では、本人の行為能力が全面的に制限される。例えば、リハビリにより日常生活に支障がない程度まで回復しても、医師の診断書で「完全回復」と認められない限り、印鑑ひとつ、通帳一冊自由にできない状態が続く。本人の意思が尊重されるべき「身上監護」においてさえ、後見人の独断で施設入居が決められるケースもあり、「法的拘束力を持った人生の乗っ取り」とさえ揶揄される所以だ。
制度に内在する構造的欠陥と国際的圧力
なぜ、これほどまでにトラブルが頻発するのか。そこには制度設計上の致命的なミスがある。
まず、現行法は「終身制」を前提としており、期間限定の利用を想定していない。また、制度には「後見・保佐・補助」の3類型があるが、実際には最も制限が強い「後見」が全体の約7割を占める。これは、家庭裁判所や実務家が「管理のしやすさ」を優先し、本人の残存能力を活用する「補助」などの柔軟な運用を避けてきた結果とも言える。
さらに、報酬基準の不透明さも根深い。報酬額は「家庭裁判所の裁量」で決まり、地域や担当官によってバラツキがある。利用者は事前に「いくらかかるか」を正確に把握できないまま、ブラックボックスに足を踏み入れることになる。
こうした現状に対し、国際社会の視線は厳しい。2022年、国連の障害者権利委員会は日本に対し、「代行決定(後見人による決定)」から「意思決定支援(本人の意思を尊重した支援)」への転換を強く求め、現行制度の廃止を含めた勧告を出した。
「日本の成年後見制度は、25年前にドイツなどの制度を参考に作られましたが、運用の硬直化が最大の問題でした。本人の尊厳よりも『財産の保全』、つまりマイナスを出さないことばかりに目が向き、本人の生活の質(QOL)を向上させるためのお金の使い方ができなくなっていたのです。今回の改正は、まさにその『硬直した歯車』を回すための劇薬となるでしょう」(社会保障の専門家で社会福祉士の高山健氏)
2026年民法改正で何が変わり、何が変わらないのか
4月3日、政府はついに民法改正案を閣議決定した。これは制度開始以来の大転換となる。改正のポイントは大きく4点だ。
(1)「終わらない制度」から「終われる制度」へ
家庭裁判所が個別に「期間」を設定できるようになる。相続手続きや不動産売却など、特定の目的が達成された段階で後見を終了させることが可能になる。
(2)「包括代理」から「限定的支援型」へ
本人の全財産を管理するのではなく、必要な項目(例:この銀行口座だけ、この契約だけ)に絞って支援を依頼できるようになる。
(3)後見人の交代が容易に
これまで後見人の交代は「不正」などの明確な非がない限り困難だった。新制度では「本人の利益のために特に必要がある場合」という、より柔軟な理由での交代・解任が認められる方向だ。
(4)報酬体系の透明化と適正化
業務内容に応じた報酬体系を明確にし、最高裁が全国的な基準データを公表することで、利用者の予見可能性を高める。
順調に進めば、2027年から2028年頃には新制度がスタートする見込みだ。しかし、注意が必要なのは、制度終了の最終判断はあくまで「家庭裁判所」に委ねられるという点だ。運用が旧来のままであれば、画餅に帰す恐れも残されている。
利用者・家族が今すぐできる「防衛策」
制度改正を待つ間も、時計の針は止まらない。今、家族にできる最善の防衛策は何か。
・「任意後見制度」の優先検討
判断能力があるうちに、将来の支援者と内容を公正証書で契約しておく。これなら、自分が信頼できる人(親族や特定の専門家)を指名でき、支援の範囲も自分で決められる。
・「家族信託」との併用
財産管理(特に不動産や株式)が主目的であれば、成年後見よりも柔軟な「家族信託」が有効だ。後見制度のような裁判所の監督や終身の報酬負担を避けつつ、スムーズな資産承継が可能になる。
・「後見制度支援信託」の利用
もし法定後見を利用せざるを得ない場合、日常の支払いに必要な分だけを手元に残し、残りを信託銀行等に預ける仕組みを導入すべきだ。これにより、後見人による大規模な横領リスクを物理的に遮断できる。
成年後見制度は、本来「人生の最後を自分らしく生き抜くための盾」であるべきだ。2026年の法改正は、その盾をより軽く、使いやすくするための大きな一歩といえる。
しかし、最も重要なのは、制度に丸投げするのではなく、本人が元気なうちに「将来をどう生きたいか」を家族で話し合い、準備することだ。制度の「落とし穴」を正しく理解し、複数の選択肢を組み合わせる知恵こそが、家族の財産と尊厳を守る唯一の手段なのである。
【付録:成年後見制度を理解するための視点】
「『とりあえず後見人』という安易な申立ては禁物です。一度始めると、改正後であっても取り消しには相応の手間と費用がかかります。まずは家族信託や任意後見、あるいは見守り契約など、より制限の少ない手段から検討することを強くお勧めします。法律は道具であり、使いこなす側の知識が問われているのです」(後見制度に詳しい司法書士・津久井朔氏)
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=津久井朔/司法書士)