──須賀GO、メディアビジネスの未来を、どう見ていますか?

dentsu Japan(国内電通グループ)は、重点領域を切り開く事例創出を担う役職として、グロースオフィサー(GO)を設置しており、2025年度には、各領域から7人が選出されています。本連載では、電通が掲げる「真の Integrated Growth Partner(インテグレーテッド・グロース・パートナー)」を体現するGOたちの、未来に向けての視点と思考に迫ります。

今回登場するのは、メディアビジネスイノベーションを担当する須賀久彌GO。30年近くにわたって、主にテレビ周辺の仕事を通してメディアビジネスに関わってきたその目に、メディアビジネスの現在地と未来はどう映っているのか。激変するメディア環境にどう対応しようとしているのか。

須賀久彌(すが ひさや)
須賀久彌(すが ひさや) dentsu Japanグロースオフィサー。電通入社後、システム開発室配属。 その後、メディア・コンテンツ企画局、テレビ局ネットワーク1部(現ラジオテレビ局テレビビジネス1部)、メディア・コンテンツ計画局を経て、2006年にプレゼントキャスト(現 TVer)の設立に携わり同社に出向。2008年6月に同社代表取締役社長に就任し、gorin.jpやNHK「らじる★らじる」、TVerの立ち上げに関わる。2018年に電通ラジオテレビ局に帰任後、 2019年にラテBP局長に就任。2020年7月からTVerに取締役として出向。2025年1月より現職

 

変化に対応しながら、メディアビジネスを革新する

──最初に、グロースオフィサーとしての現在の仕事の内容について教えてください。

須賀:グロースオフィサーとして、メディアビジネスイノベーションを担当しています。この担当は、今年1月に新しく設置されたもので、果たして何をすることが正しいのか、私自身も手探りではありますが、メディア環境が大きく変わりつつある中で、変化に対応しながらメディアビジネスをどう革新していくかが問われていると思っています。

メディアビジネスと一口に言っても、新聞、テレビといった既存のマスメディアもあれば、伸長が著しいインターネットもあり、最近で言えば、コミュニティやファンダムみたいなものもメディアと呼べるかもしれないぐらい多様ですし、関わる組織や企業も多岐にわたります。電通には、テレビやラジオを担当する部署もあれば、新聞や雑誌を担当する部署もあります。インターネットなどデジタル領域に強い電通デジタルのようなグループ会社もありますし、今年サービス開始から15周年を迎えるradikoや、同じく10周年を迎えるTVer、OOH(屋外)広告を扱うLIVE BOARDなど、電通が出資している会社もあります。そういった部署や会社に対してはビジネスを活性化していくための支援を、放送局などのメディアに対しては今後の広告を中心としたメディアビジネスの進化を見据えた提言を行っていくことが自分の仕事だと考えています。

──メディアと向き合い、メディアビジネスを進化させていくうえで、特に重視していることは何ですか。

須賀:「変化に対して形を変えていけるかどうか」がとても重要だと思っています。既存のメディアは、同じことをちゃんと続けることが信頼につながる面もあって、ある意味では「変化しないことに価値がある」という考え方もありました。しかし、昨今のメディア環境の急速な変化を踏まえれば、メディアも、メディアと向き合う私たちも、変化をおそれず、むしろ変化を強みにしていくことが必要だと考えています。

電通時代の私は、テレビビジネスの新しい試みに数多く関わってきました。いくつか例を挙げれば、IPGという電子番組表サービスを扱う会社の立ち上げ、BSデジタルの立ち上げ時のデータ放送を使ったビジネス、TVerをはじめとする動画配信サービスの立ち上げなどです。いずれも今では当たり前のサービスや機能になっていますが、当時は一つ一つが手探りの試みで、成功が約束されているわけではありませんでした。

グロースオフィサーの任に就いてメディアビジネスイノベーションを担当する現在も、基本的な考え方は変わっていません。変化に対応しながら新しい試みを仕掛けていくことが重要だと考えています。一つ一つの試みは小さくても、一つ一つの変化は小さくても、それが積み重なって、メディアビジネスの進化につながっていくと信じています。

須賀久彌GO

 

メディアの細分化で、「マス」という概念が揺らいできた

──メディアビジネスの観点から、ここ数十年のメディアの変化をどうとらえていますか。

須賀:まず、インターネットのインパクトはやはり大きいと思います。ソフトバンクと電通とでサイバー・コミュニケーションズ(2022年1月 にCARTA HOLDINGSに吸収合併され解散)という会社をつくって日本で初めてインターネット広告を始めたのは、私が電通に入社した1996年でした。それから30年近くたちますが、今ではインターネットが存在しない社会というのはちょっと考えられないですよね。

最近の大きな変化でいうと、動画でしょうか。個人が簡単に動画を作成して投稿できる環境が整い、若い世代を中心に動画によるコミュニケーションが当たり前になっています。広告においても、YouTubeやTVerなどの動画広告がテレビ広告などとセットでプランニングされる時代になっています。

──今後、メディア環境はどのように変化していくと思いますか。

須賀:メディアは今よりもさらに細分化していくのではないでしょいうか。コミュニティなどが新しくメディア的な存在になり、メディアが多様化していくという意味でもそうですし、既存のメディアの中でも細分化が進んでいくのではないかと考えています。

例えば、新聞の場合、どの記事を読むかは個人の好みとしても、これまでは読者が紙面を通じて同じ記事群に接していました。しかし、紙面ではなく、アプリやウェブで見る場合には、読者が記事を自由に取捨選択したり、読者に合わせて記事が表示されたりする仕組みにシフトしています。そうなると、ある人に届く記事と、別の人に届く記事が全く違ってくるということが起こります。それはテレビでも同様で、昔は放送局が放映する番組の中から選択して見ていたのが、今はテレビ画面上でTVerが配信するテレビ番組を見ることもありますし、YouTubeを見る人もいれば、Netflix (ネットフリックス)の番組を見る人もいるという状態になっています。テレビ画面から得ている情報が人によってそれぞれ違っているわけです。

それが意味することは、新聞やテレビに広告を出稿すれば多くの人に届くという、これまでの広告出稿の常識とは違う世界になっているということです。つまり、これまでマスメディアが前提としていた「マス」という概念が揺らいできている。広告主からすれば、届けたい情報が生活者に簡単には届かない、あるいは生活者に届く経路が複雑になる、ということになります。マーケティングは昔に比べて難しくなっていると思いますね。

さらに、生成AIの登場により、文章や画像、動画など、個人が容易に情報の発信者になることができるようになってきています。そうなってくると、今後、玉石混交ではあるものの、情報の量が今の千倍、1万倍、100万倍になるような世界がやってくるかもしれません。

──そうなったとき、メディアに対する生活者の意識や行動はどう変わっていくと思いますか。

須賀:AIやレコメンドといったものが進化していき、ユーザーにとっては、欲しい情報を取るために何らかのサービスにアクセスするというより、普通に生活していると情報が自動的に入ってくるような世界になっていくのではないでしょうか。

ユーザーは、便利なものを見つけたら、高い所から低い所に水が流れていくように、みんながそれに流れていくだろうと私は考えています。生活者からすると、特に意識を変えようと思っているわけではありません。昨日まで使っていた10個のサービスがあったとして、11個目のサービスを知ったときに、そちらの方が便利だと思ったら、今までの10個の中から二つ減らして9個に変わるといったことが当たり前に起こるのだと思います。わざわざ選ぶとか、いつも探しているとかではなく、何かをきっかけに知り、そちらの方が便利だと思ったらスイッチしていくということが繰り返されるのではないでしょうか。次々と新しいサービスが生まれてくる環境になった以上、メディアやプラットフォームは、ユーザーに選ばれるものになれるよう常に進化し続ける必要があると思います。

また、メディアの細分化・多様化が進むと、情報の信頼性についても考えざるをえなくなるでしょう。みんなが議論の前提となる情報を共有していることは、民主主義の基盤の一つです。昔であれば、マスメディアと言われるものにみんなが同じように接することで情報を共有していました。しかし、メディアが細分化されていくにつれて、各人がそれぞれの情報空間の中に住んでいるような状態になり、自分が住んでいる情報空間とは異なる情報空間があることさえ知らないといったことが起こりえます。もし異なる情報空間があることを知ったとしても、「あんなのは非常識だよね」と即座に否定するかもしれません。いわゆる「分断」です。

既存のメディアはそこに対して問題意識を持っていますし、異なる意見があれば両論をきちんと提示すべきだと考えています。それは、メディアの信頼性にもつながります。広告主から見れば、信頼性の低いメディアへの出稿は商品やブランドにとってリスクになりますから、既存のマスメディアやプラットフォーマーに対して、信頼性に関わる提言を行っていくことも広告会社の仕事だと考えています。アテンションエコノミーやレコメンドが全盛の中、信頼性をどう担保するかはとても難しい課題です。総務省や行政の検討会などを見ていても、識者の方たちが喧々諤々(けんけんがくがく)に議論しているテーマでもあります。私はメディア論の専門家ではありませんが、メディアビジネスに関わる者として、それを追いかけるのも自分の仕事と考えています。

須賀久彌GO

混沌とした時代だからこそ、仕掛けることに意味がある

──メディアビジネスにおいて、dentsu Japan の強みをどう考えていますか。

須賀:生活者のことをよく知っている、ということが最大の強みだと思います。その基盤となるメディア接触データや生活者意識調査データが、dentsu Japanには豊富に蓄積されています。それらの分析に基づいて、「人がどういうときに動くのか」「何によって態度変容するのか」といったことついて、常にいちばん詳しい存在だと思いますし、今後もそうありたいと思っています。

dentsu Japanは、生活者のことを知るすべをたくさん持っていますし、メディアとの強いリレーションも持っています。加えて、dentsu Japanにはアイデア豊かな人財がたくさんいます。一方で、グループの外に目を向ければ、例えば既存のメディアの人たちと一緒に何かを立ち上げるようなこともありうるし、外資のプラットフォームと組むこともあるかもしれません。そう考えると、これからはグループ内外問わず、「協業」がカギになってくるかもしれませんね。

──最後に、今後のグロースオフィサーとしての使命や役割についてどのように考えていますか。

須賀:まず、長くテレビの仕事に関わってきたので、これからもテレビの新たな可能性を追求していくお手伝いをしたいという気持ちがあります。これまでのテレビの常識を疑って、変えるべきところは変えて、新しい試みを仕掛けて、その結果として「こんなに良くなったね」というような状態をつくれたならと思っています。

また、メディアが進化していくときに、広告も共に進化しなければならないという思いもあります。かつて広告が世の中で大きな話題になったり、文化として捉えられたりした時代がありました。それに比べると、今は広告が忌避されるものになりつつあるように感じる瞬間があります。広告がよりよいユーザー体験になるよう、もう一度設計し直す必要があるのかもしれません。

今後もメディア環境は変わっていくでしょう。どう変わっていくかは、ある意味、予測不能です。生成AIを見ても、この2年くらいでみんなに認知されて、今では何の抵抗感もなく生成AIに質問したり、画像や動画の制作に使いこなしたりしています。30年前にインターネットが普及したときとは違うスピード感で社会に浸透しています。

ただ、たとえ変化のスピードが速くても、過去の知見が全く役に立たないというわけではありません。例えばdentsu Japan が持っているノウハウや調査データの蓄積など、未来を考えるうえで活用に値するものはたくさんあるはずです。だから、何か新しいことを仕掛けようというとき、すぐに助走をつけられると思っています。

時代が混沌(こんとん)としているということは、新しいものをつくるチャンスがあるということでもあります。個人的には、とてもポジティブに捉えていますし、メディアビジネスイノベーションという仕事の可能性にとてもワクワクしています。

須賀久彌GO

30年近くにわたり、テレビというメディアと向き合って仕事をしてきた須賀GOは、意外にも理系出身とのこと。入社後の初配属はシステム開発室だった。が、だからこそ、冷静と情熱のあいだで試行錯誤しながら、TVerなど新しい試みの成功に貢献することができたのではないだろうか。変化をおそれずに仕掛けていく姿勢は、グロースオフィサーとなった今も変わらない。
 

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CO2を出さず、燃料輸入も不要…日本発“夢の無限クリーンエネルギー”商用化へ

●この記事のポイント
・Helical Fusionは、日本独自の「ヘリカル型」核融合炉で商用化を目指し、エネルギー安全保障に新たな選択肢を提示している。
・世界がトカマク型やレーザー型に挑むなか、ヘリカル型は安定性・保守性に優れ、実用発電に直結する方式として注目される。
・核融合が社会実装されれば、脱炭素とエネルギー自立を同時に実現し、日本発技術が世界のエネルギー地図を塗り替える可能性がある。

「太陽のエネルギーを地上で再現する」――核融合発電は人類が長年追い求めてきた夢のエネルギー源だ。CO2を排出せず、燃料は海水から採取可能で、廃棄物の管理期間も原子力発電に比べて格段に短い。もし実用化されれば、地球規模のエネルギー問題を一変させるポテンシャルを持っている。

 その核融合に「ヘリカル型」という方式で挑むのが、株式会社Helical Fusionだ。同社は社名に「ヘリカル」を冠し、研究者とビジネス人材が結集して2021年に設立。日本が誇る国立研究機関「核融合科学研究所」の20年以上にわたる研究成果を引き継ぎ、商用化にまい進している。

 同社に、核融合の基本から、なぜ同社が「ヘリカル型」にこだわるのか、その理由と展望を伺った。

●目次

核融合とは ーー「地上に太陽をつくる」

 まず、核融合の基本から整理しておこう。現在、我々が使っているエネルギーの多くは「太陽由来」だ。太陽光発電はもちろん、風力や水力も大気や水の循環を動かす太陽エネルギーの間接利用である。石炭や石油といった化石燃料も、太古の太陽エネルギーが生物に蓄積されてできたものだ。

 核融合は、その「元」である太陽そのものを地上に再現する発電方式だ。水素の同位体である重水素や三重水素を1億度以上に加熱し、プラズマ状態にすると原子核が融合してエネルギーを放出する。このとき生じる高エネルギーの中性子を壁(ブランケット)にぶつけ、熱に変換し、タービンを回して発電する仕組みである。

 広報担当の吉村奈保氏は次のように説明する。

「核融合は暴走するリスクがなく、燃料は海水から取れます。放射性廃棄物も数十年から百年ほど管理すれば再利用可能で、原子力発電のように1万年単位で残ることはありません。持続可能なベースロード電源として世界を根本から変える可能性があります」

世界の主流「トカマク型」と「レーザー型」の壁

 現在、世界で主流とされるのは「トカマク型」だ。ドーナツ型の装置で磁場を作り、プラズマを閉じ込める方式で、多くの国際共同プロジェクトが進んでいる。しかしトカマクには大きな課題がある。

「最大の問題は、プラズマが突然消える“ディスラプション”と呼ばれる現象です。原因が完全には解明されておらず、発電炉そのものを壊しかねないリスクを抱えています。つまり、安定した商用運転に至るまでには、まだ科学的に乗り越えられていない壁があります」

 一方、レーザー方式は小さな燃料ペレットに高出力レーザーを照射して核融合を起こす。実験室レベルで「投入したエネルギー以上を出した」と話題になったが、吉村氏は冷静に語る。

「システム全体で見れば効率はまだ0.01程度。さらに規模を大きくすれば、どれだけエネルギーを出せるかという“スケーリングモデル”も確立されていません。商用化までは長い道のりが残っています」

「ヘリカル型」こそ持続可能な選択肢

 こうしたなかでHelical Fusionが選んだのが「ヘリカル型(ステラレーター)」だ。岐阜県の核融合科学研究所、その前身にあたる京都大学や名古屋大学を含めると約70年研究が重ねられてきた方式で、世界最大級の実験装置「LHD(Large Helical Device)」で実証が積み重ねられてきた。

「ヘリカル型は、他方式が抱える致命的な欠陥を持ちません。特に大きいのは“安定性”です。磁場をねじれたコイルで作ることで、プラズマを自然に閉じ込められる。トカマク型のようにプラズマ自体に流す電流を制御し続けなくても、いったん起動すれば安定して燃焼を維持できます」

 吉村氏によれば、商用化のためには3つの条件を満たす必要がある。

 1.定常運転 ― 365日24時間、安定して電気を出し続けられること
 2.正味発電 ― 入力した以上の電力を外部に供給できること
 3.保守性 ― 短期間のメンテナンスで高い稼働率を維持できること

「ヘリカル型は、この三要件を唯一、すべて満たせる方式だと考えています。特に保守性については、他の方式は必ずしもメンテナンスまで見通せているものばかりではないなか、私たちは“実用発電”を見据え、最初からこの視点を重視しています」

日本にとっての意義 ― エネルギー安全保障の切り札

 核融合の実用化は、単なる技術革新にとどまらない。日本にとっては国家戦略に直結する。

「日本はエネルギー資源の8割以上を輸入に頼っています。核融合が実用化すれば、他国から燃料を輸入せずとも高効率なエネルギーを確保できるので、エネルギー自給率を一気に引き上げられる。ひいてはエネルギーを輸出する立場に転換できる可能性もある。これは国家の安全保障にとって極めて重要な意味を持ちます」

 再生可能エネルギーも注目されているが、天候や立地に依存するため安定的なベースロード電源にはなりにくい。核融合こそが、持続可能で安定した電源の切り札となる。

 核融合研究は長らく「科学」の領域にあった。どうすれば核融合反応が起きる条件をつくって保持できるのか、その基本的な仕組みを解き明かす段階である。しかし吉村氏は「ヘリカル型はすでに科学的な段階を超え、工学フェーズに入っている」と強調する。

「プラズマを1億度以上に加熱し、安定して維持することはすでに実証済みです。残る課題は、いかに効率よく発電に結びつけるか、そして商用炉として経済性を持たせるか。この段階は“サイエンス”ではなく“エンジニアリング”です。日本のものづくりの強みが生きる領域に、ようやく核融合が到達しました」

Helical Fusionの挑戦

 Helical Fusionは、核融合科学研究所の研究者たちとビジネス人材が中心となり、「「国によって実用化直前まで進められた研究を引き継いで、社会に還元する」という強い使命感から誕生した。

「豆電球1つを点ける実験にとどまらず、商用化して人類の歴史の転換点をつくる」。私たちはそのために会社を立ち上げました。ゴールは明確で、“人の役に立つ電源”をつくること。その実現に向けて、情熱を持って挑んでいます」

 夢のエネルギーを現実のものとするために世界が多様な方式で核融合の商用化を目指すなか、Helical Fusionは日本独自の研究成果を起点に、「実用発電」という明確なゴールへと挑戦を続けている。日本発の技術が、地球規模のエネルギー構造を変える日も遠くないかもしれない。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

新築よりリフォームが主役に?滋賀・湖南エリアで広がる不動産ビジネスの新潮流

●この記事のポイント
・滋賀・湖南エリアでは草津市を中心に不動産需要が拡大し、新築よりも中古・リフォームが注目されている。
・しげのぶ不動産は建設業から不動産に参入し、リフォームや買取再販事業を強化して事業を拡大。
・新築需要減少を見据え、高い生産性を武器に、中古物件の価値を高めるビジネスモデルで地域市場をリードする。

 滋賀県の県庁所在地は大津市だが、駅前にタワマンが建つなど近年では草津市の発展が著しい。駅の乗降客数は大津駅が3万人台であるのに対し、草津駅は5万人を超え、県内トップである。草津市を含む湖南エリアで不動産業を営むのが「滋賀・湖南エリアでは草津市を中心に不動産需要が拡大し、新築よりも中古・リフォームが注目されている。

 土地、戸建、マンションと様々な物件を手がけ、リフォーム事業も展開する。創業当初は建設業だったが、事業規模拡大の一環で不動産業にも参入したという。しげのぶ不動産の伊藤重信社長に事業内容と湖南エリアの不動産事情を聞いた。

●目次

草津駅周辺は大津より活気がある

 しげのぶ不動産は湖南市、甲賀市、草津市、栗東市の4市で事業を展開し、草津と湖南に拠点を構える。伊藤社長は建設業のサラリーマンとして18年間勤務した後、独立した。5期目までは建設業の専業だったが、厳しい市場環境を背景に不動産事業にも参入した。14期目にあたる現在では、利益のうち建設業と不動産業がちょうど半々を占めるという。湖南エリアに住む住民の特徴について伊藤社長は次のように話す。

「草津市、栗東市で物件を購入される方は大阪・京都に通勤する方が多い印象です。草津から京都までの所要時間は新快速で20分程度しかありません。一方、湖南市や甲賀市には工業団地があるため、地元に勤める人も多いです」(伊藤氏)

 大津駅周辺や琵琶湖寄りのナカマチ商店街など、大津の中心地では街の活気が薄れつつある。一方で草津駅では利便性が注目され、不動産開発が進んだ。2000年以降に「リーデンスタワー草津」や「ザ・草津タワー」など30階建て規模のタワーマンションが建設されている。筆者は両駅を訪れたことがあるが、草津は駅前に大型商業施設もあり、大津駅より活気がある。

戸建は100平米超えが当たり前

(さらに…)

ポケットエコーが在宅医療を変える?排泄も嚥下も“見える化”、看護の現場に改革

●この記事のポイント
・在宅医療や介護の現場で小型エコーの導入が進み、排泄や嚥下の可視化によりケアの質と効率が向上している。
・看護師も活用できる設計やAIアシスト機能が整い、医療DXの一環として教育カリキュラムにも組み込まれ始めた。
・介護施設や訪問看護で成果が見え始め、医療従事者の負担軽減と患者のQOL向上を両立する新しいツールとして注目される。

 超音波診断装置、いわゆる「エコー検査」は、以前は病院の検査室に設置された大型機器が主流だった。健診や産科診療で広く用いられ、医師が診断に活用する代表的な画像診断装置のひとつだ。

 しかし1990年代、戦場や災害現場でも使用できる小型エコーの開発が進む。湾岸戦争では米軍が野戦病院向けに持ち運び可能な装置を要請し、のちに富士フイルムグループの一員となったソノサイト社が世界初の携帯型エコーを実用化した。以降、ICUや救急のベッドサイド、在宅医療や災害現場でも使える「小型・携帯型エコー」の需要が拡大していった。

 富士フイルムは2012年にソノサイト社を買収し、大型装置に加えて、小型装置まで幅広いラインアップを拡充。臨床現場の多様なニーズに応える体制を構築してきた。

●目次

在宅医療・高齢化社会が求める新しいエコー

 こうした歴史を踏まえ、富士フイルムメディカルが2019年に発売したのが、ワイヤレス超音波画像診断装置「iViz air(アイビズ エアー)」である。

 開発の背景には、日本社会が直面する大きな課題がある。高齢化に伴い、医療は「入院中心」から「在宅中心」へとシフトしている。寝たきりや認知症の高齢者も増え、生活の質(QOL)を維持するには「食べる・出す・眠る」といった基本的な営みを支えるケアが欠かせない。

 なかでも重要とされるのが、排便・排尿・嚥下(飲み込み)機能の評価である。従来、これらは問診や観察で把握していたが、患者本人が正確に伝えられないケースも多く、医療従事者にとって大きな課題だった。

 富士フイルムメディカル 超音波事業部 マーケティンググループの仲素弘氏は次のように説明する。

「便や尿が溜まっているかどうかを“体の中を可視化”できれば、医師や看護師は根拠を持ってケアを選択できます。高齢者や認知症患者にとっても、生活の質を支える重要な要素になります」

看護師がエコーを使う時代へ

 

 これまで「エコーは医師が診断に使うもの」という認識が強かった。しかしポケットエコーの登場により、看護師がケアの一環としてエコーを使うという新しい流れが生まれた。

 看護師が患者の腹部にエコーを当て、膀胱や直腸の状態を確認する。便秘かどうか、尿が溜まっているかを可視化し、下剤投与や導尿といった処置が本当に必要かどうかを判断する。結果は医師や介護士と共有され、多職種でのチームケアに活用される。

 2024年7月には「ポイントオブケア看護エコー(照林社)」が発売され、その表紙には「看護師がエコーを使う時代がやってきた」と書かれている。また、2025年4月からは大学の看護学教育カリキュラムに、看護師が学ぶ基本技術の中の、第6のフィジカルアセスメントとして、超音波(エコー)診が追加され、「エコーで排便(直腸の便塊の貯留)や排尿(残尿測定)をエコー下で評価する」内容が正式に盛り込まれた。これは国内の医療教育においても画期的な一歩である。

 iViz airの特徴のひとつが、AI技術を用いたアシスト機能だ。

 例えば膀胱の尿量測定は、従来は複数のステップで計測点を設定する必要があったが、AIが自動で領域を認識し、簡単に数値を算出できる。直腸内の便についても、AIが画像を解析し「便がある」「空虚な直腸(便なし)」といった判定を支援する。

 仲氏はこう語る。

「特に初めてエコーを扱う看護師の方でも迷わず操作できるように設計しています。AIアシスト機能についても、“看護師の方に使っていただきやすいこと”を主眼に開発を進めました」

現場での導入事例 ― 介護施設・訪問看護で広がる

 発売から約半年後には国内で1000台を突破。特に在宅医療(訪問看護)や介護施設での評価が高い。大手介護事業者チャームケアコーポレーションでは、全国93施設全てに導入。膀胱内尿量や直腸内の便の有無を可視化することで、下剤の使用頻度が減り、介護時間の削減やスタッフの負担軽減につながった。入居者のQOL向上に加え、人手不足に悩む介護現場の経営改善にも寄与したという。

 訪問看護ステーションでも導入が進む。看護師が在宅患者を訪問し、エコーで体内を確認。結果を患者本人や家族に示しながらケア方針を共有できるため、納得感の高い医療につながっている。

 厚生労働省や日本看護協会も「看護DX」の一環として、デジタル技術の活用を推進している。

 ポケットエコーは、単なる診断機器にとどまらず、「業務プロセスを根本から変えるツール」として認識されつつある。

 さらに、介護ロボットや排泄支援・排泄予測テクノロジー導入に対する補助金制度にも対象機器として含まれ、導入拡大に拍車がかかっている。

 仲氏は今後の展望を次のように語る。

「将来的には、僻地医療やオンライン診療との連携も進むでしょう。医師が少ない地域で、看護師が訪問し、現場で撮像したエコー画像を医師に送信し、遠隔で診療をサポートする時代がすぐ目の前まで来ていると思います」

 日本は「人生100年時代」を迎え、健康寿命をいかに延ばすかが社会的課題となっている。最後まで自分の力で食べ、排泄し、生活を続けること。その実現を支えるのがケアであり、その可視化を担うのがポケットエコーだ。

 富士フイルムメディカルは今後も医師向けの高度な診断機器に加え、看護・介護領域に根差したツールを提供することで、「高齢化社会の解決策」を提示していく。

 仲氏は取材の最後にこう締めくくった。

「ポケットエコーは、単なる医療機器ではありません。患者さんの生活を守り、介護現場を支え、医療従事者の働き方も変えていく“社会インフラ”になり得ると考えています。」

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

「10分カット」が世界を席巻?QBハウス、国内好調も海外進出で100億円戦略

●この記事のポイント
・国内で成功したQBハウスが、7カ国展開を加速。2029年に海外売上100億円を目指し、新たな成長の柱を築く。
・北米では高価格帯で少数精鋭、アジアではドミナント展開と、各市場に合わせた柔軟な戦略を展開中。
・成功の鍵は人材育成と品質維持。日本発「10分カット」が現地化しながらグローバルブランドへ進化する。

「10分1400円」で知られるヘアカット専門店「QBハウス」。1996年の創業以来、日本国内での急拡大を経て、同社は2002年から海外市場に挑戦してきた。現在ではシンガポール、香港、台湾、アメリカに加え、カナダ、ベトナム、マレーシアへと展開し、計7カ国で事業を展開している。

 この海外展開の最前線を担うのが、キュービーネットホールディングス株式会社の取締役であり海外事業責任者の山本祐樹氏だ。今回の取材では、20年に及ぶ海外事業の歩み、各国市場での戦略、そして人財育成の裏側について話を聞いた。

●目次

20年続く海外展開の歴史

 QBハウスの海外事業は、2002年のシンガポール進出が最初の一歩だった。その後、香港、台湾、アメリカへと広がり、アジアと北米の双方で存在感を示すようになった。

 山本氏は当時をこう振り返る。

「シンガポール、続く香港進出時は、今でこそ類似競合が多数存在しますが、当初は我々がフロントランナーでした。市場に“短時間でお手軽な均一料金ヘアカット専門店”という新しい概念を持ち込み、最初に地盤を築けたことが大きかったと思います」

 香港では現在60店舗を超え、シェアトップを維持している。一方シンガポールでは類似競合も増え、店舗数では3位となるなど、市場環境は刻々と変化している。

コロナ禍を経て再加速した出店戦略

 コロナ禍では一時的に店舗閉鎖や出店停滞を余儀なくされた。しかし2023年、海外事業本部を新設。従来の“現地分散型”から、本部主導の戦略立案・横断的サポート体制へと大きく舵を切った。

 その成果として、2023年以降は新規国展開が相次ぐ。カナダ(トロント)、ベトナム(ホーチミン)、マレーシア(ジョホールバル)が加わり、7カ国体制となった。

「シンガポールに近いジョホールバルでは、既存リソースを活かしながら出店しました。今後はクアラルンプールや台湾の地方都市など、既存国での多都市多店舗化も視野に入れています」

 国内ではすでに2025年6月期末で585店舗を超えているものの、出店の余地はまだある。一方で人口減少や理美容師不足など、日本特有の課題も顕在化している。

 山本氏は、海外展開の意義をこう語る。

「一つはポートフォリオの分散。香港に依存している現状を改め、複数国での収益基盤を作る必要があります。もう一つは、日本市場が頭打ちになりつつある中で、海外を新たな成長の柱に育てるということです」

 同社は中期計画として、全社売上高を約355億円へ拡大し、そのうち2割を海外事業で担う方針を掲げている。

北米とアジア、市場の違い

 興味深いのは、北米とアジアでの戦略の違いだ。

 北米では1回のカット料金がアメリカで35ドル(約5000円前後)、カナダでも4000円を超える水準。通常のサロンがチップを含めれば1万円以上かかることを考えれば「リーズナブル」だが、日本の感覚とは大きく異なる。加えて、家賃や人財採用の難しさから、多店舗展開ではなく「一都市での高収益モデル」を志向している。

 一方、アジアでは香港やシンガポールで数十店舗を構え、台湾やベトナム、マレーシアでも拡大を狙う。「ドミナント展開」と呼ばれる地域集中型の出店戦略が有効で、日本に近いビジネスモデルが通用する。

 QBハウスの強みは「10分カット」というシンプルなモデルだが、海外では必ずしも“10分”にこだわらない。

 北米では髭のお手入れなど日本では提供しないサービスを追加し、施術時間もやや長め。台湾ではスタイリングを含めた形で展開し、現地価格水準に合わせて350台湾ドルで提供している。

「QB事業の軸足は変えずに、現地のニーズに応じたアレンジを加える。これが差別化につながっています」

人財確保と教育が最大の鍵

 山本氏が繰り返し強調したのは「人財の重要性」だ。

 アジアでは理容師・美容師の国家資格がない国も多く、異業種からの未経験採用も可能。その場合、6カ月間の研修を経てスタイリストデビューする。香港と台湾には自前の技術スクール「ロジスカット」があり、計画的な人財育成を行っている。

 北米では即戦力の経験者採用が中心だが、QB独自の施術スタイルを浸透させるため、日本人技術者を駐在させ、現地で直接トレーニングを行う。

「小売業とは違い、商品はなく、人財こそがサービス品質そのもの。誰を採用し、どう育てるかが成功の分かれ目です」

 現在、海外店舗はすべて直営で運営されている。初期にはフランチャイズの試みもあったが、サービス品質やブランド維持の観点から直営に一本化した。

「直営であれば本部の意思が伝わりやすく、軌道修正もスムーズです。ただ、将来的に国によっては合弁やフランチャイズも検討余地はあるでしょう」

今後の注力市場はアジア…日本品質を世界へ

 今後の成長の鍵はASEAN市場だ。ベトナムとマレーシアは1号店を出したばかりで、これからの本格展開に期待がかかる。両国ではイオンモール内に出店し、集客力を活かした認知拡大を狙う。

 同時に、香港やシンガポールといった成熟市場では、新業態や付加サービスの開発にも取り組み、既存顧客の満足度向上を図っている。

 日本人駐在者や現地の日本人利用者からは「日本と同じ品質で安心した」という声も多い。一方で「日本より価格が高い」と驚かれることもある。しかし顧客の大多数は現地の人々であり、彼らに納得されるサービス提供こそが持続的成長の条件だ。

「最初は“日本人に切ってもらいたい”というお客様もいましたが、今では現地スタッフがしっかり技術を身につけ、お客様に選ばれています。日本品質を現地化することが、信頼とブランド力につながるのです」

 QBハウスの海外展開は、単なる「日本式の輸出」ではなく、各国市場に合わせた柔軟なローカライズと、人財育成への徹底投資によって成り立っている。

 その姿勢は、海外進出を志す日本企業にとって大きな示唆を与える。

・現地ニーズに耳を傾け、サービスを柔軟に調整すること
・人財こそ最大の資産であり、教育体制が差別化の源泉であること
・直営で品質を守りながらも、市場に応じて新たなモデルを模索すること

「10分カット」というシンプルなビジネスモデルが、世界各地で異なる形に進化しながら広がっていく。その過程は、日本発ブランドがグローバルで生き残るための実践的なケーススタディといえるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

映画レビュー「レッド・ツェッペリン:ビカミング」

4人はいかなる経緯で出会い、どのようにして世界の頂点に立ったのか。メンバーが自らの肉声で語る、ツェッペリン誕生と成功の物語。

投稿 映画レビュー「レッド・ツェッペリン:ビカミング」映画遊民 映画をもっと見たくなる! 映画ライター沢宮亘理の映画レビュー、インタビューetc に最初に表示されました。

JAL、社員8割超が活用の生成AIが衝撃的…情報漏洩リスク回避目的で独自開発

●この記事のポイント
・JALは生成AIの情報漏洩リスクを懸念し、安全に使える独自プラットフォーム「JAL-AI」を開発。
・全社員の9割近くが利用するJAL-AIは、空港現場や整備部門など多様な業務に適応。
・現場密着の教育・アジャイル開発で定着を実現し、業務効率化だけでなく新たな発想も促進。

 日本航空(JAL)は、独自の生成AIプラットフォーム「JAL-AI」を開発し、グループ全社員の8割以上が利用するという驚異的な浸透度を誇っている。生成AIの導入は多くの企業で試みられているが、ここまで幅広く活用が進んでいる事例は稀だ。なぜJALは短期間でこれほどの定着を実現できたのか。背景を同社システムマネジメント部担当者に聞いた。

●目次

セキュリティ部門が主導したAI導入

 ChatGPTが注目を集め始めた2022年、同時に「情報漏洩リスク」への懸念も社内で高まった。
「社員が無防備に外部サービスを使えば、機密情報が漏洩する恐れがある。安全に使える環境を早急に整えることが社員を守る第一歩だと考えました」とJAL担当者は語る。

 この危機感を起点に、セキュリティ部門が主導して2023年8月に「JAL-AI」が全社員向けに稼働を開始した。セキュリティ部門が旗振り役を務めた点は、他社との大きな違いだ。

 導入の過程では失敗もあった。当初は他のベンダーとナレッジ検索システムを構築したが、精度やコストの問題で断念せざるを得なかった。

「そこから“何を目的にAIを使うのか”を改めて整理し、技術力の高いパートナーと組むことにしました」(同社担当者)

 2024年以降はアジャイル開発を取り入れ、「3カ月で成果が出なければ切り替える」というスピード感でプロジェクトを進めた。この柔軟さが成功につながった。

「JAL-AIキャラバン」で現場に浸透

 JALグループ社員の約4万人のうち、3万人は空港や機内といった現場で働く。AIを定着させるには、彼らの声を反映する必要があった。

「『JAL-AIキャラバン』と名付け、担当者が本社の各部門をはじめ国内外の支店や空港などを回って現場スタッフに対面で説明やハンズオンを行う活動を行いました。延べ1000人以上と対話し、実際に業務にどう役立つかを共に考えました」(同)

 単なる説明会ではなく“共創の場”としたことが、現場ニーズの掘り起こしに直結した。

 具体的な活用事例は多岐にわたる。

 ・空港スタッフ:便の遅延などのイレギュラーアナウンスを多言語で生成し、iPadから音声出力できる仕組みを導入。「新人スタッフでも標準的なアナウンスがすぐできるようになった」(担当者)。

 ・整備部門:安全最優先のため生成AIを業務にそのまま使用するのは禁止。その代わり、オンラインストレージ上の技術資料を高精度で検索する仕組みを導入。「必要な情報に瞬時にアクセスできるようになり、業務効率化につながっています」(同)

 業務特性に応じて「生成するAI」と「生成しないAI」を使い分ける姿勢が際立つ。

高い利用率を実現した教育施策

 JAL-AIの利用率は導入初期は2割程度だったが、現在は8割以上に達する。そこには教育施策が大きく寄与している。
「DX啓発プログラムという全社員向け教育に、AIのハンズオンを組み込みました。Zoomでのグループワーク形式で、現場とオフィスの社員が一緒にAIの使い方を考えるんです。座学ではなく“体験”が定着を後押ししました」と担当者は強調する。

 AI導入の初期目的は生産性向上だが、JALはそれ以上の成果を感じている。

「ROIを厳密に算出するのは難しい部分もありますが、AIと対話することで新しい発想や気づきが得られる。社員が『仕事の幅が広がった』と感じていることが大切だと考えています」(同)

 今後はAIエージェントの展開を見据える。

「労働力不足が深刻化する中で、AIを仲間として業務を担わせる仕組みを整えています。2025年秋までに20種類のエージェントを実装し、現場での実証も進めていきます」(同)

 すでに25年4月には、DX推進体制を再編し、グループ横断でDX推進を担う「JALデジタル」を発足させている。

 JALの取り組みから学べるポイントは多い。

 ・セキュリティ部門が主導し、安全性を担保した
 ・現場の声を徹底的に吸い上げ、ユースケースを最適化した
 ・体験型教育で社員自ら使い方を考えさせた
 ・ROIだけでなく創造性や発想の広がりを評価した
 ・アジャイル開発で進化に追随した

 これらは、生成AIを導入しても定着に苦しむ企業にとって大きなヒントとなるだろう。

「社員が安心してAIを使える環境をつくることが出発点でした」と担当者は言う。守りの発想から始まったJALの挑戦は、いまや社員の働き方を変える原動力となった。現場と共にAIを育ててきた同社の取り組みは、“AIネイティブ企業”への進化を目指す企業にとって格好のモデルケースといえるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

ツジツマシアワセに取り組む6社と語った!食と健康のシアワセな関係

左から電通 北島陽介氏、ニチレイフーズ 齋藤猛氏、ハウス食品 吉川由利子氏、J-オイルミルズ 髙倉安佑子氏、味の素 小山仁見氏、キッコーマン 中島みどり氏、エブリー 栗原晃氏
左から電通 北島陽介氏、ニチレイフーズ 齋藤猛氏、ハウス食品 吉川由利子氏、J-オイルミルズ 髙倉安佑子氏、味の素 小山仁見氏、キッコーマン 中島みどり氏、エブリー 栗原晃氏

食べたいものを好きなだけ食べることは、人を幸せにしてくれます。たとえ、1回の食事で食べ過ぎたり、栄養バランスが偏ってしまってもOK!その前後の食事でゆる~くツジツマをあわせていけば、健康的な食生活が実践できるのです。

そんな新しいコンセプトのもと、国内の主要食品メーカーを中心に、多くの企業が合同で推進するプロジェクト「ツジツマシアワセ」。

趣旨に賛同し、新たに参画する企業も続々と増えている中、今回はPROJECT TOP PARTNERの6社による座談会を開催。プロジェクトの事務局を務める電通の北島陽介氏も交え、これまでの取り組みと今後の展望を語り合います。

参画企業紹介(五十音順):味の素エブリーキッコーマンJ-オイルミルズニチレイフーズハウス食品

<目次>
1社だけでなく「複数の企業」で生活者に寄り添いたい

「レシピ」の提案方法を中心に、各社が新たなアプローチを実践!

食に関わる全ての領域とつながり、人々の生活に根づく活動を!

1社だけでなく「複数の企業」で生活者に寄り添いたい

ニチレイフーズ 齋藤猛氏、ハウス食品 吉川由利子氏、エブリー 栗原晃氏
ニチレイフーズ 齋藤猛氏、ハウス食品 吉川由利子氏、エブリー 栗原晃氏

北島(電通):本日は私から「ツジツマシアワセ」参画企業の皆さんにいろいろお話を伺えればと思います。

最初に、各社が「ツジツマシアワセ」プロジェクトに参画した経緯を伺います。皆さん、幹事会社の味の素さんのお声がけで参画されたと思うのですが、「楽しくおいしく食べながら、無理なく栄養バランスを整えていく」というプロジェクトのコンセプトを聞いてどう思われましたか?

ハウス食品 吉川由利子氏

吉川(ハウス食品):いかに楽しみながら健康づくりをしていくかは今、社会全体の課題になっています。ここに集った各社でもさまざまな取り組みを推進していると思いますが、1社だけの取り組みではどうしてもアプローチ方法に限りがあります。そういう意味で、各社と連携することは本当に心強いですし、これまでにない社会的影響力を生みだせそうだと期待が募りました。

J-オイルミルズ 髙倉安佑子氏

髙倉(J-オイルミルズ):当社は植物油の機能性表示食品に注力していますが、「商品の機能性をアピールするだけでよいのか?」「楽しく生きるというWell-beingの観点でも、何か施策が打てないか?」などと模索しているところでした。「ツジツマをあわせながら楽しく食べよう」という提案を複数の企業が協力して推進していけば、より生活者の心を捉えたメッセージを発信できると感じました。

エブリー 栗原晃氏

栗原(エブリー):私たちも、レシピ動画メディア「デリッシュキッチン」の運営を通じて、「おいしく食べて健康になりたい」という社会的ニーズの高まりを感じています。しかし、情報発信の難しさも感じています。健康や栄養に関するトピックは、堅苦しく、ハードルが高い印象を与えたり、押し付けがましいと受け取られる可能性もあると思います。その点、「毎食の栄養バランスを考えましょう」ではなく、「無理をしなくていいんだよ」という発信の仕方は、とても現代的で、生活者にも受け入れていただきやすいものだと思いました。

北島(電通):各社それぞれに課題があり、その解決の糸口が「ツジツマシアワセ」にあると考えられたのですね。今の時代にマッチした考え方だからこそ多くの生活者に声を届けることができるし、各社の連携によりさらに大きな影響力が期待できます。

キッコーマン 中島みどり氏

中島(キッコーマン):日々忙しい暮らしの中で、毎食、栄養バランスを完璧に整えていくことは相当に難しいと思います。日本の食に携わる各社が力を合わせて、(健康な食生活を)実践するハードルをできるだけ下げるのは、生活者に寄り添った発想で、すてきだと思いました。

北島(電通):「ツジツマシアワセ」でもう一つ重要なのは、単にゆるく考えるだけではなく、確固たる科学的な根拠があることですよね。食事の栄養バランスや品質を評価する新たな仕組み「JANPS(Japan Nutrient Profiling System)」という栄養プロファイリングシステムを開発し、栄養バランスのツジツマあわせをする際の指標も定めています。

ニチレイフーズ 齋藤猛氏

齋藤(ニチレイフーズ):この取り組みは、幹事会社の味の素さんが、日本で初めて独自の栄養プロファイリングシステムを導入した会社であることもポイントです。今後、こういった「業界共通の指標」は、国内の栄養課題を解決するために必要となるはずなので、当社も勉強させていただきたいと思っています。

北島(電通):味の素さんは幹事会社としてプロジェクトを牽引されてきましたが、各社が連携する意義や、現在の感触をお聞かせください。

味の素 小山仁見氏

小山(味の素):皆さんと一緒に、足し算ではなく掛け算のようなかたちで活動を広げていくことが、本取り組みの“社会ゴト化”への第一歩だと考えています。生活者の方々は、当然ですが特定メーカーの商品だけを食べて生活しているわけではなく、さまざまな企業の商品やレシピを活用しています。そのため、皆さんと協力しながら、生活者のWell-beingを高める接点を増やしてしていければと考えています。ツジツマシアワセマーク

「レシピ」の提案方法を中心に、各社が新たなアプローチを実践!

キッコーマン 中島みどり氏、J-オイルミルズ 髙倉安佑子氏、味の素 小山仁見氏
キッコーマン 中島みどり氏、J-オイルミルズ 髙倉安佑子氏、味の素 小山仁見氏

北島(電通):実際に各社でどのような取り組みをされているのか、伺えますでしょうか。

中島(キッコーマン):当社では、生活者との接点となる「商品」と「レシピ」を軸に、新しい試みを始めています。例えば、サイト内に掲載しているレシピに、毎日の食事で不足しがちな栄養素を補えるように工夫した「サプリ副菜」というカテゴリーを加えました。併せて、栄養に特化した記事も充実させたり、レシピアプリに献立の摂取カロリーや栄養バランスがグラフで確認できる機能を加えたりなどの工夫をしています。

髙倉(J-オイルミルズ):当社も同じく、「商品」と「レシピ」を中心に、生活者とコミュニケーションをしています。「ツジツマシアワセ」への参画は新たな切り口でメニュー提案ができるチャンスと捉えています。今後、参画企業の皆さまとコラボレーションしてメニューの開発をするなど、新しい展開ができるとうれしいですね。

北島(電通):各社の多様な食材を使って、健康でおいしいメニューをたくさん開発していただければ、「ツジツマシアワセ」のバリエーションも増えますね。レシピ開発・提案という視点で、エブリーさんにもご意見をいただければと思います。

栗原(エブリー):プロジェクトに参画する以前から、「生活者が知りたい情報を分かりやすくまとめて発信し、食と健康を考える場を作りたい」という思いが常にありました。そこで、プロジェクト参画と同じタイミングで、「デリッシュキッチン」から紹介しているレシピすべてに、主要な栄養成分を無料で表示するようにしました。これにより、カロリー、炭水化物、脂質、タンパク質、糖質、塩分といった情報が誰でも手軽に閲覧できるようになりました。健康的な食生活を送るきっかけを提供し続けていきたいと考えています。

北島(電通):エブリーさんは、「ツジツマシアワセ」のサイト設計にも関わっていらっしゃいますよね。

栗原(エブリー):はい。「デリッシュキッチン」のレシピメディア運営ノウハウを活かし、サイトの企画、開発、デザイン、運用までを全面的にサポートさせていただいております。ユーザー体験を考慮したUIUX設計のほか、レシピの表記の揺れを整えるお手伝いをしています。茄子なのか、ナスなのか。スパゲッティなのか、パスタなのか。各社の表記を統一して、レシピを探しやすくしました。

北島(電通):ハウス食品さんとニチレイフーズさんは参画されたばかりですが、どのような活動をしていきたいなどの抱負はありますか?

吉川(ハウス食品):これまでも当社は、生活者のさまざまなニーズに応えるべく多様なライフスタイルに合わせた商品を開発してきました。また、シーズンごとのレシピなど情報発信も積極的に行ってきました。今後は、「JANPS」を活用して、自社開発した商品や提案したレシピの健康価値を可視化できればと考えています。

齋藤(ニチレイフーズ):当社は、冷凍食品が主軸です。冷凍食品は簡便性がある一方で、健康的な食品というイメージを持たれにくい。おいしく手軽に栄養バランスを整える手段の一つとして冷凍食品を選んでいただけるように、まずは、ツジツマあわせの基本となる4つの栄養/食材にフォーカスしたレシピを開発したり、健康や栄養バランスをテーマにした情報発信を積極的にしていきたいと考えています。

北島(電通):プロジェクトを牽引する味の素さんとしては、どのような活動に注力することを考えていますか。

小山(味の素):当社としては引き続き、皆さんに使っていただいているJANPSの整備を続けていきます。そのほか、TikTokなどオウンドメディアを活用したプロモーションにも注力したいと考えています。メインターゲットである主婦層だけでなく、さらに多様な層にアプローチできるようなコンテンツの開発ができれば、本プロジェクトに共感してくれる層に厚みができるかなと。まずは当社が実践し、その結果を参画企業にフィードバック、そこから各社が新しい活動に広げていく。そんなことが実現できたら最高ですね。


食に関わる全ての領域とつながり、人々の生活に根づく活動を!

参画企業による定例セッションの様子。
参画企業による定例セッションの様子。

北島(電通):最後にこのプロジェクトを通して描ける未来についてお伺いしたいと思います。皆さん、どのようなアイデアをお持ちですか?

齋藤(ニチレイフーズ):長期的には「自炊しない人」や「健康課題を意識していない人」にもアプローチしていきたいと考えています。「ツジツマシアワセ」の考え方は、間違いなく万人に受け入れられると思うんです。だから、自炊だけに限定してしまうのは、もったいない。今後、「内食・中食・外食のトータルでツジツマをあわせていこう」という活動に成長できるとうれしいです。

北島(電通):それはすてきなアイデアですね!僕も、「ツジツマシアワセ」は、食に関わるすべての領域に広がる可能性を秘めていると思います。

栗原(エブリー):食に関わる領域は本当に広いですからね。当社の「デリッシュキッチン」でも、食品メーカーのほか、食品販売小売店や、省庁など、さまざまな方と取り組みを行っています。ですから、一緒に活動を推進していける領域は、まだまだあるはずです。今後、プロジェクトを拡大させるために、われわれがどう立ち回れるのかも意識して活動していきたいですね。

中島(キッコーマン):まずは、小規模でも良いので、何か一つ成功事例を作れればと考えています。当社も産官学で連携して食環境を整える取り組みをするほか、食育活動の一環で「栄養バランス」をテーマにしたコンテンツを開発しています。こういった活動を、「ツジツマシアワセ」に連携できると良いですよね。

北島(電通):まず、成功事例を作ることはとても大事だと思います。プロジェクトの起爆剤にもなりますし。

髙倉(J-オイルミルズ):例えば、流通や販売店などを巻き込んで、「ツジツマシアワセ」の売り場を作るという取り組みも考えられます。「ツジツマシアワセ」のロゴマークを使って売り場をレイアウトして……。結果的にプロジェクトの認知度が上がっていくとうれしいですね。

吉川(ハウス食品):最終的に、誰もが食と健康を自分で考えて、選択し、幸せを感じながら食を楽しむ――そんな社会になっているのが理想ですよね。健康や栄養を考えるのは難しいことでもないし、特別なことでもありません。食を通して、笑顔が広がっていくことを願っています。

北島(電通):皆さんから、すてきなご意見をたくさんいただきました。プロジェクトの事務局としても、各社が協力し合って、「ツジツマシアワセ」を盛り上げてくださることを願っています。最後に、味の素さんから、今後の抱負をお聞かせいただけますか。

小山(味の素):このプロジェクトが、生活者の皆さん一人一人の生活の中に落とし込まれていくと良いですよね。バランスの良いおいしい食事を楽しむことが、Well-beingにもつながっていくはずです。

また、今は情報があふれている時代です。ときには誤った情報が一気に拡散されてしまうこともあります。われわれのような食に関わる企業は、生活者に食を通じてより良い生活を実現してほしいと願っています。そのため、これからはたくさんの企業が協力して正しいメッセージを発信していけるといいなと考えています。

生活者に正しい情報をしっかりと伝え、多くの人に楽しくおいしく食べ続けられる人生を送っていただくことを目指して、これからも活動を続けていきます。

集合写真

※味の素
本プロジェクトの幹事会社である味の素。パーパスは、「アミノサイエンスで、人・社会・地球のWell-beingに貢献する」。独自の栄養プロファイリングシステムANPS(食品の栄養面での品質を科学的な根拠に基づいて値化する指標)を導入するなど、食品の栄養価値指標の標準化にも力を入れている。

※エブリー
ミッションに「前向きなきっかけを、ひとりひとりの日常にとどける。」を掲げ、月間利用者数5600万人以上を誇るレシピ動画メディア「デリッシュキッチン」を運営するエブリー。「誰でも簡単においしく作れること」をコンセプトに開発された55000本以上のレシピは、すべて管理栄養士など食のプロが監修している。

※キッコーマン
しょうゆ、和風調味料、みりん、料理酒などを展開する「キッコーマン」をはじめ、「デルモンテ」「マンジョウ」「マンズワイン」などのブランドをもつキッコーマン。「おいしい記憶をつくりたい。」をスローガンに、「食にまつわる体験を通じて、人々のこころもからだもすこやかになってゆく」ことを願い、「食と健康」の取り組みを続けている。

※J-オイルミルズ
企業ビジョン「Joy for Life -食で未来によろこびを-」を実現する手段として、「おいしさ×健康×低負荷」を推進。「AJINOMOTOブランド」の家庭用油脂や、国内シェア約40%を誇る業務用油脂のほか、スターチ、マーガリンの製造・販売を行う。植物油を使ったレシピ開発にも積極的に取り組む。

※ニチレイフーズ
「人々のくらしを見つめ、食を通じて、健康で豊かな社会の実現に貢献します」というミッションと、「おいしさと健康を、わかちあえる世界へ FoodJoy Equity」というブランドステートメントを掲げる、冷凍食品のフロンティアカンパニー。冷凍食品、レトルト食品、ウエルネス食品を中心に事業を展開。

※ハウス食品
カレーやシチューなどの調味料・調理品のほか、デザート、スナック、ラーメンを中心にさまざまな商品の製造加工・販売を手掛けるハウス食品。「食を通じて、家庭の幸せに役立つ」を企業理念に掲げ、「食べることは、栄養をとるだけではないし、ココロまで豊かになること」だと定義している。

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ツジツマシアワセに取り組む6社と語った!食と健康のシアワセな関係

左から電通 北島陽介氏、ニチレイフーズ 齋藤猛氏、ハウス食品 吉川由利子氏、J-オイルミルズ 髙倉安佑子氏、味の素 小山仁見氏、キッコーマン 中島みどり氏、エブリー 栗原晃氏
左から電通 北島陽介氏、ニチレイフーズ 齋藤猛氏、ハウス食品 吉川由利子氏、J-オイルミルズ 髙倉安佑子氏、味の素 小山仁見氏、キッコーマン 中島みどり氏、エブリー 栗原晃氏

食べたいものを好きなだけ食べることは、人を幸せにしてくれます。たとえ、1回の食事で食べ過ぎたり、栄養バランスが偏ってしまってもOK!その前後の食事でゆる~くツジツマをあわせていけば、健康的な食生活が実践できるのです。

そんな新しいコンセプトのもと、国内の主要食品メーカーを中心に、多くの企業が合同で推進するプロジェクト「ツジツマシアワセ」。

趣旨に賛同し、新たに参画する企業も続々と増えている中、今回はPROJECT TOP PARTNERの6社による座談会を開催。プロジェクトの事務局を務める電通の北島陽介氏も交え、これまでの取り組みと今後の展望を語り合います。

参画企業紹介(五十音順):味の素エブリーキッコーマンJ-オイルミルズニチレイフーズハウス食品

<目次>
1社だけでなく「複数の企業」で生活者に寄り添いたい

「レシピ」の提案方法を中心に、各社が新たなアプローチを実践!

食に関わる全ての領域とつながり、人々の生活に根づく活動を!

1社だけでなく「複数の企業」で生活者に寄り添いたい

ニチレイフーズ 齋藤猛氏、ハウス食品 吉川由利子氏、エブリー 栗原晃氏
ニチレイフーズ 齋藤猛氏、ハウス食品 吉川由利子氏、エブリー 栗原晃氏

北島(電通):本日は私から「ツジツマシアワセ」参画企業の皆さんにいろいろお話を伺えればと思います。

最初に、各社が「ツジツマシアワセ」プロジェクトに参画した経緯を伺います。皆さん、幹事会社の味の素さんのお声がけで参画されたと思うのですが、「楽しくおいしく食べながら、無理なく栄養バランスを整えていく」というプロジェクトのコンセプトを聞いてどう思われましたか?

ハウス食品 吉川由利子氏

吉川(ハウス食品):いかに楽しみながら健康づくりをしていくかは今、社会全体の課題になっています。ここに集った各社でもさまざまな取り組みを推進していると思いますが、1社だけの取り組みではどうしてもアプローチ方法に限りがあります。そういう意味で、各社と連携することは本当に心強いですし、これまでにない社会的影響力を生みだせそうだと期待が募りました。

J-オイルミルズ 髙倉安佑子氏

髙倉(J-オイルミルズ):当社は植物油の機能性表示食品に注力していますが、「商品の機能性をアピールするだけでよいのか?」「楽しく生きるというWell-beingの観点でも、何か施策が打てないか?」などと模索しているところでした。「ツジツマをあわせながら楽しく食べよう」という提案を複数の企業が協力して推進していけば、より生活者の心を捉えたメッセージを発信できると感じました。

エブリー 栗原晃氏

栗原(エブリー):私たちも、レシピ動画メディア「デリッシュキッチン」の運営を通じて、「おいしく食べて健康になりたい」という社会的ニーズの高まりを感じています。しかし、情報発信の難しさも感じています。健康や栄養に関するトピックは、堅苦しく、ハードルが高い印象を与えたり、押し付けがましいと受け取られる可能性もあると思います。その点、「毎食の栄養バランスを考えましょう」ではなく、「無理をしなくていいんだよ」という発信の仕方は、とても現代的で、生活者にも受け入れていただきやすいものだと思いました。

北島(電通):各社それぞれに課題があり、その解決の糸口が「ツジツマシアワセ」にあると考えられたのですね。今の時代にマッチした考え方だからこそ多くの生活者に声を届けることができるし、各社の連携によりさらに大きな影響力が期待できます。

キッコーマン 中島みどり氏

中島(キッコーマン):日々忙しい暮らしの中で、毎食、栄養バランスを完璧に整えていくことは相当に難しいと思います。日本の食に携わる各社が力を合わせて、(健康な食生活を)実践するハードルをできるだけ下げるのは、生活者に寄り添った発想で、すてきだと思いました。

北島(電通):「ツジツマシアワセ」でもう一つ重要なのは、単にゆるく考えるだけではなく、確固たる科学的な根拠があることですよね。食事の栄養バランスや品質を評価する新たな仕組み「JANPS(Japan Nutrient Profiling System)」という栄養プロファイリングシステムを開発し、栄養バランスのツジツマあわせをする際の指標も定めています。

ニチレイフーズ 齋藤猛氏

齋藤(ニチレイフーズ):この取り組みは、幹事会社の味の素さんが、日本で初めて独自の栄養プロファイリングシステムを導入した会社であることもポイントです。今後、こういった「業界共通の指標」は、国内の栄養課題を解決するために必要となるはずなので、当社も勉強させていただきたいと思っています。

北島(電通):味の素さんは幹事会社としてプロジェクトを牽引されてきましたが、各社が連携する意義や、現在の感触をお聞かせください。

味の素 小山仁見氏

小山(味の素):皆さんと一緒に、足し算ではなく掛け算のようなかたちで活動を広げていくことが、本取り組みの“社会ゴト化”への第一歩だと考えています。生活者の方々は、当然ですが特定メーカーの商品だけを食べて生活しているわけではなく、さまざまな企業の商品やレシピを活用しています。そのため、皆さんと協力しながら、生活者のWell-beingを高める接点を増やしてしていければと考えています。ツジツマシアワセマーク

「レシピ」の提案方法を中心に、各社が新たなアプローチを実践!

キッコーマン 中島みどり氏、J-オイルミルズ 髙倉安佑子氏、味の素 小山仁見氏
キッコーマン 中島みどり氏、J-オイルミルズ 髙倉安佑子氏、味の素 小山仁見氏

北島(電通):実際に各社でどのような取り組みをされているのか、伺えますでしょうか。

中島(キッコーマン):当社では、生活者との接点となる「商品」と「レシピ」を軸に、新しい試みを始めています。例えば、サイト内に掲載しているレシピに、毎日の食事で不足しがちな栄養素を補えるように工夫した「サプリ副菜」というカテゴリーを加えました。併せて、栄養に特化した記事も充実させたり、レシピアプリに献立の摂取カロリーや栄養バランスがグラフで確認できる機能を加えたりなどの工夫をしています。

髙倉(J-オイルミルズ):当社も同じく、「商品」と「レシピ」を中心に、生活者とコミュニケーションをしています。「ツジツマシアワセ」への参画は新たな切り口でメニュー提案ができるチャンスと捉えています。今後、参画企業の皆さまとコラボレーションしてメニューの開発をするなど、新しい展開ができるとうれしいですね。

北島(電通):各社の多様な食材を使って、健康でおいしいメニューをたくさん開発していただければ、「ツジツマシアワセ」のバリエーションも増えますね。レシピ開発・提案という視点で、エブリーさんにもご意見をいただければと思います。

栗原(エブリー):プロジェクトに参画する以前から、「生活者が知りたい情報を分かりやすくまとめて発信し、食と健康を考える場を作りたい」という思いが常にありました。そこで、プロジェクト参画と同じタイミングで、「デリッシュキッチン」から紹介しているレシピすべてに、主要な栄養成分を無料で表示するようにしました。これにより、カロリー、炭水化物、脂質、タンパク質、糖質、塩分といった情報が誰でも手軽に閲覧できるようになりました。健康的な食生活を送るきっかけを提供し続けていきたいと考えています。

北島(電通):エブリーさんは、「ツジツマシアワセ」のサイト設計にも関わっていらっしゃいますよね。

栗原(エブリー):はい。「デリッシュキッチン」のレシピメディア運営ノウハウを活かし、サイトの企画、開発、デザイン、運用までを全面的にサポートさせていただいております。ユーザー体験を考慮したUIUX設計のほか、レシピの表記の揺れを整えるお手伝いをしています。茄子なのか、ナスなのか。スパゲッティなのか、パスタなのか。各社の表記を統一して、レシピを探しやすくしました。

北島(電通):ハウス食品さんとニチレイフーズさんは参画されたばかりですが、どのような活動をしていきたいなどの抱負はありますか?

吉川(ハウス食品):これまでも当社は、生活者のさまざまなニーズに応えるべく多様なライフスタイルに合わせた商品を開発してきました。また、シーズンごとのレシピなど情報発信も積極的に行ってきました。今後は、「JANPS」を活用して、自社開発した商品や提案したレシピの健康価値を可視化できればと考えています。

齋藤(ニチレイフーズ):当社は、冷凍食品が主軸です。冷凍食品は簡便性がある一方で、健康的な食品というイメージを持たれにくい。おいしく手軽に栄養バランスを整える手段の一つとして冷凍食品を選んでいただけるように、まずは、ツジツマあわせの基本となる4つの栄養/食材にフォーカスしたレシピを開発したり、健康や栄養バランスをテーマにした情報発信を積極的にしていきたいと考えています。

北島(電通):プロジェクトを牽引する味の素さんとしては、どのような活動に注力することを考えていますか。

小山(味の素):当社としては引き続き、皆さんに使っていただいているJANPSの整備を続けていきます。そのほか、TikTokなどオウンドメディアを活用したプロモーションにも注力したいと考えています。メインターゲットである主婦層だけでなく、さらに多様な層にアプローチできるようなコンテンツの開発ができれば、本プロジェクトに共感してくれる層に厚みができるかなと。まずは当社が実践し、その結果を参画企業にフィードバック、そこから各社が新しい活動に広げていく。そんなことが実現できたら最高ですね。


食に関わる全ての領域とつながり、人々の生活に根づく活動を!

参画企業による定例セッションの様子。
参画企業による定例セッションの様子。

北島(電通):最後にこのプロジェクトを通して描ける未来についてお伺いしたいと思います。皆さん、どのようなアイデアをお持ちですか?

齋藤(ニチレイフーズ):長期的には「自炊しない人」や「健康課題を意識していない人」にもアプローチしていきたいと考えています。「ツジツマシアワセ」の考え方は、間違いなく万人に受け入れられると思うんです。だから、自炊だけに限定してしまうのは、もったいない。今後、「内食・中食・外食のトータルでツジツマをあわせていこう」という活動に成長できるとうれしいです。

北島(電通):それはすてきなアイデアですね!僕も、「ツジツマシアワセ」は、食に関わるすべての領域に広がる可能性を秘めていると思います。

栗原(エブリー):食に関わる領域は本当に広いですからね。当社の「デリッシュキッチン」でも、食品メーカーのほか、食品販売小売店や、省庁など、さまざまな方と取り組みを行っています。ですから、一緒に活動を推進していける領域は、まだまだあるはずです。今後、プロジェクトを拡大させるために、われわれがどう立ち回れるのかも意識して活動していきたいですね。

中島(キッコーマン):まずは、小規模でも良いので、何か一つ成功事例を作れればと考えています。当社も産官学で連携して食環境を整える取り組みをするほか、食育活動の一環で「栄養バランス」をテーマにしたコンテンツを開発しています。こういった活動を、「ツジツマシアワセ」に連携できると良いですよね。

北島(電通):まず、成功事例を作ることはとても大事だと思います。プロジェクトの起爆剤にもなりますし。

髙倉(J-オイルミルズ):例えば、流通や販売店などを巻き込んで、「ツジツマシアワセ」の売り場を作るという取り組みも考えられます。「ツジツマシアワセ」のロゴマークを使って売り場をレイアウトして……。結果的にプロジェクトの認知度が上がっていくとうれしいですね。

吉川(ハウス食品):最終的に、誰もが食と健康を自分で考えて、選択し、幸せを感じながら食を楽しむ――そんな社会になっているのが理想ですよね。健康や栄養を考えるのは難しいことでもないし、特別なことでもありません。食を通して、笑顔が広がっていくことを願っています。

北島(電通):皆さんから、すてきなご意見をたくさんいただきました。プロジェクトの事務局としても、各社が協力し合って、「ツジツマシアワセ」を盛り上げてくださることを願っています。最後に、味の素さんから、今後の抱負をお聞かせいただけますか。

小山(味の素):このプロジェクトが、生活者の皆さん一人一人の生活の中に落とし込まれていくと良いですよね。バランスの良いおいしい食事を楽しむことが、Well-beingにもつながっていくはずです。

また、今は情報があふれている時代です。ときには誤った情報が一気に拡散されてしまうこともあります。われわれのような食に関わる企業は、生活者に食を通じてより良い生活を実現してほしいと願っています。そのため、これからはたくさんの企業が協力して正しいメッセージを発信していけるといいなと考えています。

生活者に正しい情報をしっかりと伝え、多くの人に楽しくおいしく食べ続けられる人生を送っていただくことを目指して、これからも活動を続けていきます。

集合写真

※味の素
本プロジェクトの幹事会社である味の素。パーパスは、「アミノサイエンスで、人・社会・地球のWell-beingに貢献する」。独自の栄養プロファイリングシステムANPS(食品の栄養面での品質を科学的な根拠に基づいて値化する指標)を導入するなど、食品の栄養価値指標の標準化にも力を入れている。

※エブリー
ミッションに「前向きなきっかけを、ひとりひとりの日常にとどける。」を掲げ、月間利用者数5600万人以上を誇るレシピ動画メディア「デリッシュキッチン」を運営するエブリー。「誰でも簡単においしく作れること」をコンセプトに開発された55000本以上のレシピは、すべて管理栄養士など食のプロが監修している。

※キッコーマン
しょうゆ、和風調味料、みりん、料理酒などを展開する「キッコーマン」をはじめ、「デルモンテ」「マンジョウ」「マンズワイン」などのブランドをもつキッコーマン。「おいしい記憶をつくりたい。」をスローガンに、「食にまつわる体験を通じて、人々のこころもからだもすこやかになってゆく」ことを願い、「食と健康」の取り組みを続けている。

※J-オイルミルズ
企業ビジョン「Joy for Life -食で未来によろこびを-」を実現する手段として、「おいしさ×健康×低負荷」を推進。「AJINOMOTOブランド」の家庭用油脂や、国内シェア約40%を誇る業務用油脂のほか、スターチ、マーガリンの製造・販売を行う。植物油を使ったレシピ開発にも積極的に取り組む。

※ニチレイフーズ
「人々のくらしを見つめ、食を通じて、健康で豊かな社会の実現に貢献します」というミッションと、「おいしさと健康を、わかちあえる世界へ FoodJoy Equity」というブランドステートメントを掲げる、冷凍食品のフロンティアカンパニー。冷凍食品、レトルト食品、ウエルネス食品を中心に事業を展開。

※ハウス食品
カレーやシチューなどの調味料・調理品のほか、デザート、スナック、ラーメンを中心にさまざまな商品の製造加工・販売を手掛けるハウス食品。「食を通じて、家庭の幸せに役立つ」を企業理念に掲げ、「食べることは、栄養をとるだけではないし、ココロまで豊かになること」だと定義している。

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コメ価格高騰に歯止めかける可能性も…AIでコメ農家の肥料コストを半減

●この記事のポイント
・静岡県でAIを活用した肥料削減の実証実験が開始。衛星画像解析で圃場ごとに肥料投入量を最適化し、農家の負担軽減を目指す。
・実験では肥料使用量を半減。コスト削減だけでなく、稲の生育均一化や労働負担軽減にも効果が期待されている。
・肥料削減による生産コスト低下は、米価格の安定化や環境負荷低減にもつながる可能性があり、今後のスマート農業普及のモデルとなる。

 米の価格高騰が続く中、静岡県で始まった新たな挑戦。AIが衛星画像を解析し、圃場ごとに肥料の投入量を最適化することで、農家の肥料コストを大幅に削減する実証実験が進められている。コスト削減は、将来的に米価格の安定や家計への負担軽減にもつながる可能性があり、スマート農業の新たなモデルとして注目を集めている。

●目次

 静岡県の志太榛原農林事務所が中心となり、AIシステムを活用してコメ農家の肥料コストを削減する実証実験が始まった。取り組みの背景には、2022年の肥料価格の急激な高騰がある。ロシアのウクライナ侵攻や円安の影響で、農家の経営を直撃したのだ。

「当時、農林事務所でも『肥料高騰対策を考えなければならない』という機運が一気に高まりました」と語るのは、静岡県志太榛原農林事務所 生産振興課 主査の井鍋大祐氏だ。現場の農家からも「このままではやっていけない」という声が相次ぎ、なんらかの新しい解決策が求められていた。

 そんななかで浮上したのが「緑肥」の活用だ。レンゲやヘアリーベッチといった植物を栽培し、刈り取らずに土へすき込むことで、肥料として活かす方法である。ある農業法人から「緑肥を取り入れてみたい」という相談があり、同事務所が提案したのはレンゲを取り入れ養蜂業者との連携も組み込んだ仕組みだった。

「レンゲは花を咲かせるので、養蜂業者にとっても蜜源になります。稲作農家と養蜂業者が協力すれば、双方にメリットがあると考えました」(井鍋氏)

 こうした取り組みは「耕蜂連携」という名称のもと着実に成果をあげたが、一方で「圃場によってレンゲの育ち具合にばらつきがある」という課題も浮き彫りになった。次の稲作にもその差が影響し、収量や品質に不安定さを残したのだ。

AIと可変施肥田植機の導入

 そこで新たに導入されたのが、AIシステム「ザルビオ」と可変施肥田植機だ。ザルビオは衛星画像をAIで解析し、圃場の生育状況を5段階に分類することができる。

「例えばレンゲがよく育っているところは緑色、育ちが悪いところは赤色というように、色分けして表示されます。そのデータをUSBで田植機に取り込むと、圃場内での肥料の投入量を調整してくれるんです」(井鍋氏)

 結果、通常300キロ必要だった肥料を150キロにまで削減することに成功した。実に50%の削減だ。農家にとって肥料費は大きな負担だけに、この成果は非常に大きい。

 ただし、現状ではAIがすべてを自動化してくれるわけではない。最終的な肥料の投入量は人間が設定する必要がある。

「完全にAIに任せる段階にはまだ至っていません。農家の経験や勘を組み合わせながら使うことで、より精度の高い施肥が実現できると考えています」(井鍋氏)

 つまりAIは“万能の代替手段”ではなく、“人の判断を支える道具”として機能するのだ。

農家の反応と広がる期待

 実際に導入した農家の反応は前向きだ。肥料コストが半減したことで負担が軽くなり、さらに稲の生育も均一化してきているという。ある農家は実証実験を機に可変施肥田植機を購入し、ザルビオの本格導入も決めた。

「実際に試してみて成果を実感できたからこそ、自費で導入するという選択につながったのだと思います。農家の方にとっても“投資する価値がある技術”として映ったのでしょう」(井鍋氏)

 現状は一つの農家・75アールの規模での実証にとどまっているが、今後成果が確実に示されれば、大規模農家を中心に普及していく可能性は高い。

 農家にとっての最大の利点はコスト削減だが、それは消費者にも無関係ではない。

「今でこそ米価の高騰が話題になっていますが、米価が長年下落傾向にあるなかで、農家の多くが赤字経営に陥っています。生産コストを下げることができれば、消費者にとっても価格が安定する可能性が出てきます。さらに環境負荷の低減という点でも意義があります」(井鍋氏)

 化学肥料の多くは輸入に依存し、製造過程でも環境負荷が大きい。削減が進めば、農業の持続可能性を高めることにもつながる。

デジタル技術が変える農業の現場

 ザルビオは肥料コスト削減だけでなく、稲の生育ステージを予測する機能も持つ。穂が出る時期や収穫期をAIが提示することで、農薬散布や収穫作業の計画が立てやすくなる。

「大規模農家は圃場が分散していることが多いため、作業の順番をどう組むかが重要になります。AIを上手に使えば“刈り遅れ”を防ぐこともできるのです」(井鍋氏)

 高齢農家にとっても、スマホで操作できる簡便さは大きな利点だ。難解なシステムではなく、直感的に使えることが普及の鍵となる。

 この取り組みは、行政がトップダウンで推し進めたわけではない。最初は一農家の声から始まり、養蜂業者との連携、農家同士の意見交換を経て、徐々に広がっていった。

「農家と養蜂業者双方がメリットを得られる仕組みを作ることで、自然と面積も拡大してきました。今では32ヘクタール規模に広がっています」(井鍋氏)

 現場の声を丁寧に拾い、試行錯誤を重ねながら広がる“ボトムアップ型”の取り組みは、農業政策においても一つの理想的な形といえるだろう。

農業の未来をどう描くか

 井鍋氏は「レンゲの生育状況を見ながらAIと可変施肥を組み合わせる取り組みは、全国的にも前例が少ない」と話す。もし成果が明確に示されれば、全国の自治体や農家が注目する可能性は高い。

「レンゲが自生して翌年も生えてくる生態を活かせば、さらにコスト削減が見込めます。今回の実験は新しい農業の可能性を示す第一歩だと思います」(井鍋氏)

 農業の高齢化や大規模化が進むなかで、AIやデジタル技術の導入は避けられない流れとなっている。肥料コスト削減だけでなく、労働負担軽減、収量安定、環境配慮――その効果は多方面に及ぶ。

 一方で、AIにすべてを委ねるのではなく、人の経験や勘を組み合わせながら使いこなすことが求められる。そこにこそ「持続可能な農業」のヒントがあるのかもしれない。

 今回の実証実験は、静岡県の一部で始まった小さな挑戦にすぎない。しかし、その成果が全国へと波及すれば、日本の米作りの姿を大きく変える可能性を秘めている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)