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サイゼリヤ、マレーシア進出の真意…ハラル認証が拓く「20億人市場」への道
●この記事のポイント
サイゼリヤが6月4日、マレーシア1号店をオープン。国内営業利益率3.5%に対しアジアセグメントは約11%と、収益構造はすでに海外主導へ転換している。ハラル認証(JAKIM)取得を目指す今回の出店は、インドネシア・中東など20億人のムスリム市場参入への足がかりと位置づけられ、低価格SPAモデルとハラル対応の両立が最大の焦点となる。
サイゼリヤは6月4日、クアラルンプールのイオンモール・タマンマルリにマレーシア1号店をオープンした。開店直後から現地では長蛇の列が形成され、SNS上では「日本で食べたあのサイゼリヤが来た」という投稿が相次いだ。マレーシアでは以前から日本旅行中に同店を訪れた経験を持つ消費者も多く、出店発表の段階から大きな話題となっていた。
単なる人気店の海外進出であれば、それ自体は珍しくない。市場が注目したのは別の点だ。サイゼリヤは認証を取得すれば初のハラル店舗となる見通しで、豚肉もアルコールも提供してきたイタリアンチェーンが、あえてイスラム戒律に基づく食のルールへの適合を宣言した。この一手が持つ戦略的な意味を、財務構造から読み解いていく。
●目次
「国内薄利・海外高収益」という構造的ねじれ
まず押さえておくべきは、現在のサイゼリヤの収益構造だ。
2026年8月期第2四半期(上半期)の連結業績は、売上高1,428億円(前年同期比17.5%増)、営業利益86億円(同39.9%増)と大幅な増収増益を達成した。好調に見えるこの数字の内訳を見ると、国内と海外で鮮明な「ねじれ」が浮かび上がる。
セグメント別では、国内(日本法人)の売上高961億円に対し、アジアセグメントの売上高は467億円。しかし営業利益は国内33億円に対し、アジアが51億円と逆転している。売上高では国内がアジアの約2倍だが、稼ぎ出す利益はアジアが国内を上回る。
営業利益率で見ると、国内は0.8%から3.5%へと改善傾向にあるものの、依然として低水準だ。一方、アジア事業は11%前後の高い利益率を維持している。この差を生む構造は明確だ。国内では客単価が842円から862円と微増にとどまっており、値上げではなく客数増で売上を伸ばしている。同業他社が相次いで価格改定を実施するなか、同社は「値上げしない」方針を貫く。その代償として、原材料費では為替の影響や米・ピザチーズ等の単価上昇で国内原価が前年比マイナス要因となっており、原価上昇圧力が続いている。
この状況について、外食産業の財務分析に詳しいアナリストはこう評する。
「サイゼリヤの国内事業は”ブランド維持コスト”として機能しています。安さの象徴であり続けることで客数を確保し、日本での認知度・ブランド力が海外展開の信用力を支える。しかし純粋に利益を生む機械としては、海外、とりわけアジア事業がすでに主役です」(外食産業コンサルタント・杉田誠氏)
なぜ「マレーシア」なのか…ハラル先進国という戦略的立地
サイゼリヤは4月にはインドネシアへの進出も発表しており、海外店舗数を2026年第2四半期時点の670店舗から、8月末までに700店舗超へと拡大する計画だ。東南アジアへの連続出店において、マレーシアが最初の足がかりに選ばれた理由は明確だ。 Asiax
マレーシア政府のイスラム開発庁(JAKIM)が発行するハラル認証は、国際的に最も信頼性が高いとされている。原材料の成分分析から製造工程の管理体制、保管・輸送条件に至るまで包括的な審査が行われ、多くのイスラム諸国がJAKIM認証を自国の基準と同等以上と認めている。
つまり、マレーシアのJAKIM認証は「ハラル市場のグローバルパスポート」として機能する。日本企業がハラル市場に参入する際の最初の足がかりとしてマレーシアを選ぶことには合理性があり、マレーシアは”ハラルのハブ”としての地位を確立している。
長岡伸取締役海外事業本部長は「将来的にマレーシア国内で100店舗程度に拡大したい」と述べている。ただし、その真の狙いは100店舗そのものにあるのではない。世界のイスラム人口は約20億人に達し、2030年には世界人口の約4分の1を占めると予測される。JAKIM認証のノウハウを確立することで、インドネシア(人口約2億7000万人、ムスリム比率約87%)や中東へのアクセスを視野に入れているとみるべきだろう。
「マレーシアでの実証実験が成功すれば、低価格イタリアン×ハラル認証という”世界初の組み合わせ”が完成します。競合他社がほぼ存在しないカテゴリーで、人口密度の高い市場を独占できる可能性があります。リスクに見える宗教の壁が、参入障壁として機能するわけです」(同)
サプライチェーンという最大の難関
もっとも、ハラル対応はサイゼリヤの最大の強みであるサプライチェーンを根底から問い直す挑戦でもある。
同社の低価格の源泉はオーストラリアの自社加工施設(カマノポリス)を中心とした垂直統合型のサプライチェーンにある。牛肉・乳製品を一括調達・加工し、アジア各地の店舗へ届けるこの「製造直販モデル」が、驚異的な低価格を可能にしてきた。
ハラル認証に向けて、サイゼリヤはハラル認証を受けた食材のみを使用すること、すべての工程を経験豊富なハラル責任者が監視すること、食材の調達・取り扱い・調理工程を厳格に管理すること、を宣言している。しかしこれは宣言で済む問題ではない。JAKIM認証の基本は施設認証が主流であり、ハラル製品とノンハラル製品の分離管理、ムスリムスタッフによる管理体制など、工場・厨房レベルでの構造的対応が必要となる。
物流・輸送においても保管から配送まで、サプライチェーン全体のハラルの完全性を維持することが求められる。オーストラリアで加工された食材を、既存のサプライチェーンとハラル基準で完全に分離した状態でマレーシアまで届けるには、設備・人員・プロセスの抜本的な見直しが不可欠だ。
メニューでは日本ではおなじみのハンバーグを廃止しチキンを主力とし、スパゲッティ・ビーフボロネーゼやマルゲリータピザなどがRM8.90(約360円)から提供されている。現地の好みに合わせたアレンジを施しながら、”サイゼリヤらしい破壊的な安さ”は維持されている。
「値上げしない」企業が挑む、コストとの闘い
ハラル対応には当然コストが伴う。食材の切り替え、専門スタッフの雇用、サプライチェーンの再設計——これらを「ハラル・プレミアム」と呼ぶ専門家もいる。
国内ですら原材料価格の上昇が利益を圧迫し、2026年8月期の通期純利益予想を118億円へ下方修正した。松谷秀治社長は「売り上げが想定以上に伸びており、原材料確保のため価格が高い調達先から買っている」と説明している。
この状況にハラル対応コストが上乗せされるが、サイゼリヤには独自の突破口がある。同社は商品開発、調達、加工、保管、物流に関して、グローバルな視野で取り組める組織へのサプライチェーン再編を進めている。ハラル市場向けのサプライチェーンを独立して構築し、スケールアップすることで、将来的に「ハラル専用の低コスト供給網」を実現しようとする構想が透けて見える。
「コスト増をどこかで吸収しなければならない局面で、サイゼリヤが選択するのは値上げではなくオペレーション改善と仕組みの再設計という過去の実績がある。ハラル対応も、最終的にはシステムの問題として解こうとするでしょう」(同)
日本企業への示唆
人口が減少し、消費市場の縮小が不可避な日本において、国内での価格競争に固執することは戦略としての有効期限が迫りつつある。
サイゼリヤの事例が示すのは、「宗教的制約」のような一見ネガティブな参入障壁を、丁寧なオペレーション設計によって「競合の少ないブルーオーシャン」へ転換できるという可能性だ。日本の外食チェーンによるマレーシア進出が増加するなか、初出店と同時にハラル認証取得への取り組みを明確に打ち出した同社の姿勢は、今後マレーシア市場への進出を検討する日本企業にとっても参考となる事例と言えそうだ。
もちろん、課題は多い。JAKIM認証の取得プロセスは複雑かつ長期を要し、既存のグローバルサプライチェーンとの整合性をどう確保するかは未解決の問題だ。中国市場では景気減速の影響でアジア事業の既存店売上高が一時期低下した局面もあり、海外頼みの構造が持続するかどうかについても継続的な検証が必要だ。
それでも、「ハラル×低価格イタリアン」という組み合わせに勝負を仕掛けたサイゼリヤの戦略は、グローバル展開を模索するすべての日本企業に一つの問いを投げかけている。
あなたの会社の「強み」は、どんな壁を参入障壁に変えられるか——。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=杉田誠/外食産業コンサルタント)
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エヌビディア「一強揺らぐ」は誤解か…AI半導体多極化がもたらすコスト破壊
●この記事のポイント
エヌビディアが第1四半期で売上高816億ドルと過去最高を更新する一方、グーグルのTPU、アマゾンのTrainiumなど独自推論チップの台頭でAI半導体は多極化局面へ。LLM APIの価格は急低下し、AI活用コストは急速にコモディティ化。中小企業含む全企業に競争の土台が均等化されつつあり、問われるのはインフラ調達力ではなく自社データの活用力だ。
5月20日、エヌビディアは2027会計年度第1四半期(Q1 FY2027)の決算を発表した。売上高は前年同期比85%増の816億ドル(約13兆円)、データセンター部門だけで752億ドル(約12兆円)と全体の約92%を占め、いずれも単一四半期の過去最高を更新した。Q2のガイダンスとして示した910億ドル(±2%)も市場予想を大きく上回り、ジェンスン・ファンCEOは「ハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)が高水準の需要を維持している」と述べた。
数字だけを見れば「AI半導体はエヌビディアの一人勝ちが続く」という印象を持つのは自然だろう。しかし、決算説明会で語られた「もう一つの文脈」に注目したい。ファンCEOはグーグル、アマゾン、インテルなど大手クラウド事業者が独自の推論チップ(ASIC)を開発中であることを認めつつ、「彼らは高水準の需要を維持できている」と述べた。これは「脅威がある」という認識の裏返しでもある。
エヌビディアの株価が好決算後も小幅下落した背景に、この「構造的変化への懸念」があったことは投資家の間で広く指摘されている。ビジネスパーソンが注視すべきは、エヌビディアの業績そのものではなく、そこに透けて見えるAIビジネスの地殻変動だ。
●目次
- 「学習」から「推論」へ。需要の重心が移動した
- ビッグテックの「脱エヌビディア」が引き起こすコスト革命
- 「AIコスト破壊」が日本企業のDXを一変させる
- エヌビディアはどうなるか——「フェラーリ」と「軽バン」の共存
- 「インフラを使いこなす」時代の始まり
「学習」から「推論」へ。需要の重心が移動した
AIに投じられる半導体需要は、大きく「学習(トレーニング)」と「推論(インファレンス)」の二種類に分けられる。
学習は、GPT-4やGeminiのような大規模言語モデルを「生み出す」フェーズだ。膨大なデータを処理し、何千億ものパラメータを調整するために、汎用性が高くどんな計算処理も高速に行えるエヌビディアのGPUが必要となる。工場を建設するための重機に例えるなら、建設開始時の大規模投資に相当する。
一方の推論は、完成したAIモデルを「日常的に動かす」フェーズだ。ユーザーがChatGPTに質問するたびに、企業の業務システムがAIを呼び出すたびに、推論処理が走る。工場に例えれば、完成した生産ラインで製品を量産する段階であり、1個あたりのコストが経営上のKPIになる。
業界紙EE Times Japanの分析によれば、「業界は大規模な基盤モデルでの実験から、大規模かつコスト効率な推論を優先する方向へと移行しており、エヌビディアは重大なリスクに直面している」という。市場調査会社eMarketerのアナリスト、ジェイコブ・ボーランド氏は「AIインフラの需要が2027〜2028年にかけて緩和されることを投資家に納得させられるかどうかに(市場の関心が)移ってきている」と指摘する。
この推論フェーズにおいては、エヌビディアの「何でも高速に処理できる万能GPU」は、必ずしも最適解ではない。特定の演算に処理を絞り込み、消費電力と単価を圧縮した専用チップ(ASIC)の方が、推論コスト面で大きく有利なケースがある。これが、Googleの「TPU」やAmazonの「Trainium/Inferentia」が急速に台頭してきた理由である。
ビッグテックの「脱エヌビディア」が引き起こすコスト革命
グーグルはTPUの前世代比80%のコスト改善を発表している。アマゾンは政府機関向けAIインフラに最大500億ドルを投資すると発表したが、そのシステムにはエヌビディアチップと並んで独自開発のTrainiumが明示的に組み込まれている。メタもMTIAと呼ぶ独自アクセラレータシリーズの開発を進めている。
半導体アナリストの視点から見ると、この動きは「エヌビディアへの反乱」ではなく、経済的な必然だ。AI推論のコストはデータセンターの運営費用に直結し、クラウドサービスの価格に跳ね返る。独自チップの開発によって推論コストを下げることができれば、自社クラウド(AWS、グーグルクラウド)の競争力が高まり、最終的には顧客企業へのAPIサービス料を引き下げることができる。
半導体業界に詳しいアナリストはこう解説する。
「ビッグテックの目的は半導体メーカーとして勝つことではなく、クラウドサービスとしての競争優位を確立することです。推論チップの内製化は、AWSやGoogle CloudのAIコストを下げるための手段であり、その恩恵は最終的にAPIを利用する一般企業に還元されます」(元半導体メーカー研究員で経済コンサルタントの岩井裕介氏)
事実、LLM APIの市場価格はすでに急速な低下傾向にある。2025〜2026年にかけて、各社の軽量モデルのAPI単価は1Mトークンあたり1〜3ドル台にまで低下しており、上位モデルでもDeepSeek V4 ProやGemini Flashクラスが価格競争を引き起こしている。今後も半導体の多極化(推論チップの専用化)が進むにつれ、この価格低下は加速する構造にある。
「AIコスト破壊」が日本企業のDXを一変させる
AIを「動かし続けるコスト」が劇的に下がるとき、何が起きるか。
これまでのDX・AI投資は、潤沢なIT予算を持つ大企業や金融機関、一部のテック企業が先行してきた。理由は明快で、「AIシステムの導入・運用には莫大なコストがかかるから」だった。月額数千万円規模のクラウド費用、GPUサーバーの調達コスト、専門エンジニアの人件費——これらが中堅・中小企業にとっての「参入障壁」だった。
しかし、AIのコモディティ化はその前提を崩す。「2026年のLLM API市場は、各社の値下げ競争により中小企業にとって現実的な価格帯になった」(GXO社調査)という状況はすでに始まっており、今後の推論コスト低下はその流れを決定的なものにするだろう。
「予算がないからAI化が遅れた」という言い訳が通じなくなる日は近い。逆説的に言えば、テクノロジーへのアクセスコストが横並びに近づくことで、「誰がよりインテリジェントにAIを使いこなすか」という競争が始まる。
総務省「令和7年版 情報通信白書」が示すように、日本企業のAI利活用は大企業と中小企業の間に依然として大きな格差がある。しかし欧米の先行事例を見ると、AIのコスト低下局面で最も大きな恩恵を受けるのは、初期投資の制約から解放された中堅・中小企業と、既存のしがらみなくゼロから設計できる新興企業だという指摘もある。
エヌビディアはどうなるか——「フェラーリ」と「軽バン」の共存
では、エヌビディアは衰退するのか。そう断じるのも早計だ。
同社はすでにCPU分野への参入という次の布石を打っている。推論処理に特化した新型CPU「NVIDIA Vera」を発表し、ファンCEOは「2027年度末までにVera関連の売上高が200億ドルに達する」と述べた。また、次世代プラットフォーム「NVIDIA Vera Rubin」(CPUとGPUを組み合わせた統合アーキテクチャ)は、同社の推論コスト競争力を「1/10に削減する可能性がある」(TradingKey分析)とも言われる。
前出の岩井氏はこう整理する。
「エヌビディアのGPUは、今後も最新フロンティアモデルの学習や、汎用性が求められる研究開発用途では他の追随を許さないでしょう。一方、日常的な推論処理では専用チップとの棲み分けが進む。それはエヌビディアの敗北ではなく、市場の成熟を意味します」
万能型の重機と、特定ルートに特化した効率的な輸送車が市場に共存するように、次の数年間でAI半導体は「目的別の多層構造」へと進化する。
「インフラを使いこなす」時代の始まり
AI半導体の多極化が示している本質的なメッセージは、「テクノロジーの調達コストが競争優位の源泉である時代の終わり」だ。
エヌビディアの強力なGPUを持っているかどうかではなく、安価になったAIインフラを使って自社のどの固有データを活かし、どの業務プロセスを変革できるかが、企業の競争力を決める。現場の顧客データ、属人化した業務ノウハウ、蓄積された取引履歴——こうした「泥臭いデータ」を推論チップに流し込む「アプリケーションの知恵」こそが、次のDX競争の焦点になる。
AI半導体の勢力図が変わることは、ビジネスのルールが「インフラを握った者が勝つ段階」から「インフラを使いこなした者が勝つ段階」へ移行したことを意味する。その意味では、日本の中堅・中小企業にとって、これほどフェアでチャンスに満ちた局面はないかもしれない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済コンサルタント)