岸本:しかし、ようやくこのELSIブームによって、日本における「E」とは何だろうかと、ビジネスからもアカデミアからも関心が寄せられるようになりつつあります。平たくいうと「日本らしさ」みたいなことですね。欧州スタイルでもなく、アメリカスタイルでもない日本らしさにビジネスチャンスがあるのではないか、ということです。ただ、例えば情報銀行は日本特有のアプローチだといわれますが、必ずしもその理論的基礎付けは十分になされていません。
朱:欧米の「E」に対して、それをお手本として日本の「E」を未熟なもの、劣っているもの、と考えるのではなく、日本ならではの「E」をきちんと表現することができれば、そこに新たな可能性がある、ともいえるわけですね。
岸本:そう。「E」の話を、もう少し続けますと、世界では今、「E」の奪い合いが起きているんです。押し付け合いといってもいい。自国の「E」こそが世界基準なんだという主張を、アメリカ、ヨーロッパ、そして中国が、それぞれ展開しているんですね。そう考えると、「E」が政治や経済、果ては環境保全に至る全ての問題の中核に据えられているといってもいいわけです。
ELSIは、アカデミズムにとって諸刃の剣
朱:産業界が、ELSIに注目し始めている理由について、研究者の側ではどのように見ていますか?
岸本:分かりやすい例を挙げますと、昨今では行政に対して企業側から「規制をつくってくれ!」と訴えたりしてるんですね。行政サイドからすると、もうびっくりなんです。「規制を外してくれ」「規制を緩めてくれ」というのがこれまでのロビー活動の常識だったわけですから。
朱:面白い話ですね。
岸本:前世紀では、新しい技術が社会に出てきたとき、暗黙に「安全だ」というのがデフォルトだったんです。つまり「危険だ」という証拠がない限り安全と見なされる。ところが、近年は、デフォルトが「危険だ」になってきた。
つまり、「安全だ」という証拠を示せない限り危険だと見なされ、その製品や技術を社会が受け入れてくれないんです。新規技術は皆、最初は安全に使えるという実績がない。だから実績によって示すことができない。なので、企業は行政に規制をつくってもらって、それを順守しているから安全だという「お墨付き」をもらいたくなったわけです。しかし、技術の発展スピードが速くなると、法規制はそれに追い付けない。そういう困った事態が起き始めているんです。
朱:なるほど。それで、企業はアカデミズムに目を向け始めるわけですね。
岸本:そう、本来は自ら「安全だ」ということを示すロジックをつくって、世界に示せばいいのですがそのノウハウがない。そのためにアカデミアと協同して、まずE(倫理)の観点から判断し、S(社会)も考えつつ、最終的にはL(法律)の提案に結び付けるわけです。今後はそういうスタイルが主流になるかもしれない。しかしながら、そこにも問題があるかもしれない。
朱:といいますと…。
岸本:一番大きな問題は、「利益相反」の問題でしょうね。企業が学術界に期待するのは、行政への期待と同じように「お墨付き」が欲しい、ということなんです。しかしながら、「お墨付き」を提供しているばかりでは、研究者としての独立性、すなわち、本来持っているべき「現実世界への批判的精神」を放棄していることになる。つまり、アカデミズムにとってELSIは諸刃の剣なんです。
朱:下手をすると、いわゆる「エシックス・ウォッシング」(=形だけのELSI対応をして、自分たちを正当化しているという批判)につながってしまうわけですね?
岸本:そこで「第三者委員会」を設置したりするわけですが、その委員会にどこまでの権限を与えるのか、ということに正解はない。つまり、「E」を明確に動かしていくための「建て付け」をどうつくっていくか、そこが難しいわけです。
朱:透明性や説明責任はもちろん重要ですが、ことビジネスの場合、競争原理が働く以上全てをオープンにはできないでしょうからね。クローズな場で、研究者と企業が、お互いに隠し事をしないで話せる「場」と「空気」が必要なんでしょうね。
岸本:それが、一昨年の9月に発足させた「データビジネスELSI研究会」につながっているんです。朱さんにも、大いに尽力いただいたこの研究会の活動と成果をまとめて開催した昨年末のシンポジウムにも、多くの関心が寄せられました。
「ELSI対応なくして、データビジネスなし」という挑発的なテーマを掲げましたが、特にデータビジネス事業者から、今後のELSI対応を研究会の場で相談したいという声が多く寄せられたのが印象的でした。
朱:時流を背景に、漠然と感じられていた不安の受け皿として、産学共創でのELSIの取り組みに注目が集まったという手応えはありました。
攻めのELSIとは何か?
朱:これまでの岸本先生の話を伺っていると、「リスクヘッジ」とか「リスクマネジメント」といった守りの発想ではなく、いわば「攻めのELSI」を模索しておられるように感じます。
岸本:おっしゃる通りです。例えば、倫理学者というと「抽象的な概念にしか興味がない人」という先入観、ありません?ところが、実際にお会いして話をしてみると、企業が生み出す最先端の技術、といったものにものすごく関心を示されるんです。その興味とか、発想、分析力といったものを、ビジネスに生かさないのは、いかにももったいない。日本ならではの「E」をつくり上げていく上で、客観的なデータが不足していることは、事実。であれば、今までビジネスと関係がないように思われていたプロフェッショナルに入ってもらうのも、有効な手段だと思います。
朱:ただちにデータを示すことができないにしても、新しい技術、新しい概念について「言語化」することが大事なんでしょうね。 ELSI研究会でも、そうした実践的な関心を持つ若手の優秀な研究者たちと、データビジネスの現場との接点を創出することが、双方にとってのニーズだったのだなと感じます。
岸本:日本型の「E」をつくる上で、「人々がどう考えているのか?」「その考えの基礎には、何があるのか?」ということを深く知ることは、ビジネスにとっても、とても大事なことだと思います。上っ面の「トレンド」ではなく、そのトレンドの根底にある何かを知り、言語化、あるいは数値化していく。それが「攻めのELSI」ということだと思います。
朱:われわれのビジネスでも「ルールづくり」や「そのルールの運用の仕方」は、時代がどう変わろうと大事なことなんです。「最適化」というワードを使ってしまうと、どうしても「机上の空論」のように思われがちですが、近江商人の「三方良し」ではありませんが、みんなが幸せになれる「仕組みづくり」というのは永遠のテーマですよね?
岸本:その通りです。学術界としても「攻めのELSI」を究めていきたい。日本の企業は、行政機関の判断を「待ってしまう」場合が多いように感じます。それでは、勝てるビジネスができない。イノベーションが起きない。「攻めのELSI」にとって、コミュニケーションは不可欠です。
炎上しないように、びくびくと行動するのではなく、より多くの人、より多くの意見に、自分が正しいと信じること、ものを訴えかけていく。たとえ今のコンプライアンスの観点からすると、明らかに法律違反であったとしても、倫理的コンプライアンスや社会的コンプライアンスという観点では、もしかしたら正しいのかもしれない。より多くの人を幸せにできるのかもしれない。
朱:大切なのは、胸襟を開く勇気ということですね。データビジネスELSI研究会では、2020年も引き続き、「データビジネスにおけるELSIの対応の在り方」について、引き続き取り組みます。「パーソナルデータに対する国際比較意識調査」の実施も予定しております。今後、ますます関心が寄せられ、またガイドライン整備なども進んでいくELSI領域、これからの本研究会での産学共創での取り組みも、ますます深めていきたいですね。