ミッション・ビジョン・バリューを、穴埋めでつくってない?
はじめまして、コピーライターの上田太規です。スタートアップのコミュニケーション支援チーム・TANTEKI の活動に参加しています。
TANTEKIはステートメント作成などを通して、経営者の思いやビジネスアイデアを社内外に「伝わる形」にデザインする仕事をしています。
突然ですが、皆さんの会社のミッション・ビジョン・バリュー(Mission・Vision・Value)って何でしょう?以下、本稿では「MVV」と略します。
これまでさまざまな企業のMVVに触れてきましたが、「ミッションとビジョンがごっちゃになっている」「社内外にちゃんと伝わっているのかな?」と感じることが少なくありませんでした。
MVVは、企業の背骨のようなものです。コロナ禍で社員の働き方や経営環境が変化する中、新たにMVVを設定する企業だけでなく、すでにあるMVVについても、これからの企業成長のために、そのMVVが本当に機能するのか確認する必要がありそうです。
そこでTANTEKIでは、さまざまな企業のMVVを採集してみました。本稿では 「伝わる、機能するMVV」について考察します。
【目次】
▼そもそもミッション・ビジョン・バリューってなんなんだ?
▼いろんな企業を調べて見えてきた、「ミッションとバリュー、二つにしてもいい説」
▼伝わる、機能するミッション・ビジョン・バリューのために
そもそもミッション・ビジョン・バリューってなんなんだ?
MVVについて考えるに当たり、その定義をまず確認しておきましょう。
MVVは、経営学者のピーター・F・ドラッカー氏が提唱したもの。それによると、次のように定義されています(※)。

※ミッション・ビジョンの定義は、『ドラッカー5つの質問』(著者:山下淳一郎)から引用。
実際、MVVは多くの企業が活用しているフレームですが、なぜ必要なのでしょう?
TANTEKIの主なクライアントであるスタートアップでは、会社が大きくなり社員が増えるにつれて、社長の考えや熱量が、社員一人一人に届きにくくなるケースが多く見られます。この問題は「30人の壁」ともいわれていますが、この壁を乗り越えるためにはMVVの設定・見直しが有効で、それを行うことで皆が同じ情熱を持ち、同じ方向に走ることができるのです。この他にもMVVは、事業判断や評価制度の指針になる、採用で求める人材を明確にできるなど、さまざまな面で効果を期待できます。
いろんな企業を調べて見えてきた、「ミッションとバリュー、二つにしてもいい説」
「伝わる、機能するMVV」を探るため、TANTEKIは、数十社のMVVを考察しました。その結果、主に「三つの型」に分類できることが分かりました。
①漢字型
MVVというフォームではなく、別の呼び名で設定しているタイプ。ミッションやビジョンに当たる経営の考えを「綱領」「社是」「宣言」などとし、バリューに当たる内容は「運営方針」や「行動方針」としてまとめ、これらを組み合わせて企業理念として設定。創業100年以上のナショナルクライアントに多い。
②MVV型
「ミッション」「ビジョン」「バリュー」を全て設定しているタイプ。
③MV型
「ビジョン」を置かずに、「ミッション」と「バリュー」の二つに絞って設定しているタイプ。スタートアップや、まだ社歴が浅い成長中の企業に多い。
ここで注目したいのは、三つ目のビジョンを置かないMV(ミッション・バリュー)型の存在です。企業が、この独自のMV型を取り入れている背景には、MVV型での「ある落とし穴」が絡んでいるのでは…と思ったのです。それが、「ビジョンのところで、再びミッションを語っている」という問題です(つまり、ミッション・ミッション・バリューになっている!)。
バリューについては、「行動指針」と役割がはっきりしていますが、ミッションとビジョンはどうも混同しがち。それでは、MVVが伝わりづらくなる「ミッションを二度語る問題」について、そのパターンを見てみましょう(下記のミッション・ビジョンは、例を示すためにTANTEKIで書いた架空のものです)。
パターンⒶ
ミッションが抽象的過ぎるせいで、ビジョンのところでも具体的なミッションを再び語ってしまう。

パターンⒷ
ミッションが語り切れていないため、ビジョンのところで、ミッションを補足する内容を語ってしまう。

では、ミッション・ミッション・バリューなってしまわないために、どうすればよいでしょう?
例えば、パターンⒶの場合は、具体性のあるミッションを再設定してミッションとビジョンを一本化するといいでしょう。
パターンⒷの場合は、ミッションを補足する「ミッションステートメント」を設けて、ミッションとビジョンを一本化する方法があります。
このように、混同しがちな場合には、ミッションとビジョンを一本化するMV型で整理すると、伝わりやすくなります。これが今回の考察から見えてきた「ミッションとバリュー、二つにしてもいい説」です。
伝わる、機能するミッション・ビジョン・バリューのために
前項でシンプルな「MV型」を挙げましたが、もちろんミッションとビジョンの役割分担がはっきりしていれば、「MVV型」は有効です。
ビジョンは、
「〇〇のプラットフォームになる」
「No.1◯◯カンパニー」
「◯年後に、売上◯◯億円」
など、ミッションをどの方向に発露するのか、「ミッションが実現したときの姿」になります。つまり、
・ミッション=主観的
・ビジョン=客観的
な視点が大切です。ビジョンでは中長期的にどう見られたいかを客観的に捉え、企業の輪郭をはっきりさせる。そうすることで、ミッションとの役割も整理され、伝わりやすくなります。MVV型にせよMV型にせよ、大切なのは、設定した内容が、世の中や社員に伝わるかどうかです。
MVVのフレームの中に言葉を押し込むような穴埋めが目的になると、ミッションとビジョンを混同してしまうなどして、MVVの本来の役目を果たせません。まずは、伝わるミッションを設定した上で、必要に応じてビジョンをつくるか決める、という順番がいいのかもしれません。
私たちが採集した「伝わるMVV」では、ミッションとビジョンで語る視点がはっきりしていて、それぞれの言葉が役割を果たしているものでした。
TANTEKI流にMVVを捉え直すと、以下のようになります。
・ミッション=社会で果たしたい役割や存在意義を具体的にする
・ビジョン=ミッションが実現した時、客観的にどう見られているのか具体的にする
・バリュー=企業と社員が大切にする価値観や行動指針
経営者として熱い思いはある、だけどそれを強いミッションやビジョンという「言葉」にうまく落とし込めない…そんなお悩みをお持ちの方は、ぜひTANTEKIにご相談ください!
ニューノーマル時代の店舗とは。5Gが生んだ「AR接客」
電通のクリエイティブ横串組織「Future Creative Center」(FCC)は、広告の枠を超えて、未来づくりの領域をクリエイティビティーでサポートする70名強による集団。この連載では、「Future×クリエイティビティー」をテーマに、センター員がこれからの取り組みについて語ります。
今回特集するのは、KDDIが9月26日にオープンした「GINZA 456 Created by KDDI」。銀座の一等地に位置し、5Gを体験できるコンセプトショップとして誕生しました。コロナ禍の中、体験を軸にした店舗をつくるのは、さまざまな苦労があったといいます。FCCメンバーも店舗の空間設計からPRまで多岐に関わり、そのハードルをテクノロジーとクリエイティビティーで突破しました。
ニューノーマルといわれる時代の中で、企業と人の“接点”となる店舗にはどんな工夫が求められるのでしょうか。KDDIの坂本伸一氏(コミュニケーション本部宣伝部 ブランドマネジメント室長 兼 戦略グループリーダー)と、電通のプロデューサー加藤俊文氏、FCCメンバーである電通の南木隆助氏が振り返りました。
※この取材は、オンラインで行われました。
「見る・触れる・集まる」が厳しい中、店舗はどうあるべきか
坂本:GINZA 456 Created by KDDI(以下、GINZA 456)は、5Gを体験できるコンセプトショップです。店名の「456」は、住所の中央区銀座4丁目5番6号が由来であると同時に、4Gから5G、その先へつなぐという意味も込めています。文化の発信地である銀座で、他のauショップとは異なる空間にしました。auではなくKDDIを冠した特別な店舗です。
加藤:山野楽器の本店が入っているビルの、B1F、1F、2Fが使われています。 私はKDDIさんの仕事をここ数年担当しており、テナント交渉からコンセプト設計、PRまで、企画全体を統括しました。
南木:僕は店舗のデザインとその統括を担当しました。店舗の企画・構想から、店内の空間デザイン、設計、外観まで。B1Fが5Gを体験できるイベントフロアとなっており、1Fはエントランスショールーム、2Fは販売ショップとなっています。この2Fも、KDDIの旗艦店として、最上級のおもてなしをする空間というコンセプトです。とはいえ、やはりGINZA 456の目玉となるのはB1F。5Gを体験できるスペースですよね。
坂本:はい。5Gの提供がスタートしましたが、本当の意味で浸透させていくには「体験」が重要だと思っています。例えば4Gのスタート期は、スマホというデバイスが同時に普及したタイミングで、消費者がスマホを新たに買う中で自然と4Gも普及していった。しかし今は、スマホがほぼ行き渡っており、4Gのようにデバイスの買い替えから普及させるのは期待しにくいでしょう。その中で5Gを浸透させるには体験価値が重要で、多くの方にとってまだ「想像」でしかない5Gを「体験」してもらうことで魅力を感じていただく。結果、5Gを使う人が増える。そんな場所にしたいと考えました。
加藤:この場所でどんな体験を用意すべきか、時間をかけ議論を重ねていたのですが、途中からコロナの問題が深刻化し……。密や接触を避けなければならない中で、どういった体験がよいのか、そもそも店舗はどうあるべきか。かなりの難題を突きつけられました。ニューノーマルの時代に求められることと、店舗での体験は相反する要素も多いですから。
坂本:まさに「見る・触れる・集まる」が難しい中で、さあどうしましょうと。皆さんとひたすら議論する中で生まれたのが、タレントの池田エライザさんによる「AR接客」でしたね。アイデアが出たとき、これを「ニューノーマル時代の接客体験」にしようと。
加藤:そうですね。GINZA 456では、予約されたお客さまに入り口で5G対応スマホをお貸しします。そうして店に入ると、そのスマホのARで池田エライザさんが登場し、案内してくれるのです。「GINZA 456を案内する池田エライザです」と自己紹介するところからスタートして。
坂本:AR接客は今後につながるアイデアだと感じています。お客さまとの新しいインターフェイスが、コロナ禍での店舗を考える僕らの議論の中で生まれて実現できたのはよかった。
コロナ禍を踏まえた体験コンテンツと、展示スペースの設計
南木:B1Fの体験コンテンツも、すべてお客さまの手にある5Gスマホを通して見るものにしました。世界中の好きな場所に行ける「au XR Door」や、バーチャル空間の横浜スタジアムを歩き回れる「バーチャルハマスタ」など。
加藤:この状況なので、人を集めるイベントは難しいですし、実物展示には多くの人が触れる、集まるリスクがあります。であれば思い切り舵を切って、お客さまが一人でスマホを見ながら体験できるものにしようと。なるべく感染リスクを抑えた形を選びました。このあたりは、KDDIさんと一緒に議論しながら、だんだんとアイデアが膨らんできたのを覚えています。
坂本:決して形式的な議論ではなく、本当にフリーハンドで雑談しながらでしたよね(笑)。リモートワークだったので、パワーポイントで出てきたワードや図をメモしながら。未来の店舗やサービスを考えるとき、言語化できないことはたくさんあります。それをプレゼンや会議で形式的な話すと、中身がぼやけたままになりやすい。むしろ、お互い自由に思いついたことをどんどんブレストしながら、アイデアを積み上げて明確化する方が合っていると思いました。
南木:未来を見据えるという意味では、B1Fの構造もポイントですよね。壁全面をスクリーンにし、その他に可動式の壁も設置。投影するプロジェクターも、自由に設置場所を決められるよう天井を工夫しました。その結果、B1Fは「展示を自由に変えられる仕様」となっています。これは、KDDIさんが企画当初から決められていたことですよね。

坂本:未来の体験をテーマにしている以上、今後予測できない変化がたくさん起こるはずです。想像すらできないテクノロジーやサービスが出てくるかもしれません。さらにコロナ禍で先が読めない今、ハードも、どこまで柔軟に変化できるかが重要になります。いろいろな未来に対応できる空間設計にしたいと強く考えていました。
サイバー世界へのゲートを示す、エントランスのファサード
南木:地下の設計以外にも、KDDIさんは企画当初から一貫して大切にしていた点がありました。それがGINZA 456という店名と、エントランス(店舗入り口)の見せ方ですよね。エントランスには、LED映像が流れるファサードを設置。このデザインも僕が担当したのですが、使用するLEDを決める際に、工場まで足を運んで、見え方の確認をしようとLEDを簡易的に組んで実験したり。KDDIさんのこだわりを強く感じました。
坂本:5Gはサイバー世界の進化であり、エントランスは、まさにリアルからサイバーへの入り口。銀座の街中を歩いていた人が、サイバーの世界に飛び込む。そのゲートとしての世界観を表す必要がありました。5Gの普及に体験が重要な中で、どれだけ気軽に敷居をまたいでもらうか。ここが鍵でした。
加藤:エントランスの非現実感がサイバー世界へのゲートになっていますよね。そうして中に入ると、未来のコンテンツ・空間が広がっている。そういう体験設計になったのはよいかなと。
南木:ですので、ファサードのデザインは工夫しました。大きなファサードを取り付ければインパクトは出ますが、店舗の外壁面積には限りがあります。そこで、ファサードを外壁からエントランス、店内までうねるようにつなげて、奥行きを出しました。これにより、外から見たときのインパクトが生まれたと思います。
一方、エントランスのサイドに展示スペースを設けることを当初提案していました。これだけの土地なので、スペースを余らせたくないという思いもあり(笑)。ですが、KDDIさんは「エントランスは象徴的に強く見せたい」と。極力モノをなくし、削ぎ落とした空間にしたいと話されました。その覚悟というか、ブレない姿勢は印象に残りましたね。
デジタル化が進むほど、接点を生む「ブランドスペース」が重要に
南木:今回の店舗のように、ブランドとしての意思を発信する空間は今後重要になると思っています。FCCではそれを「ブランドスペース」と呼んでいるのですが、KDDIのブランド戦略に携わってきた坂本さんはどう感じていますか。
坂本:リアルなスペースの役割は今後増していくと思いますね。ブランドを築く上で一番大切なのは、お客さまとの接点づくり。コミュニケーションする場や機会を生むことです。デジタル化が進むほど、その接点は簡単にはできなくなってきました。そこで、リアルの役割が重要になる。サイバー世界が進化するほど、お客さまとの接点となるリアルスペースが求められると思っています。その中でKDDIとしてのブランドを感じていただくのが大切です。
南木:僕が今回の設計で学んだのは、5Gの体験コンテンツという「ソフト」と、建物という「ハード」が絡み合った空間になっていることです。ソフトを最大限生かすためのハードになっているし、どちらかが違えばこのスペースは成立しない。高次元で融合しています。ブランドスペースは、リアルを軸にブランドを伝えていく場所ですが、今後はソフトとハードが融合した空間が増えていくのかもれません。
坂本:私たちとしても、未来の方向性は無限にあるので、変化を前提にした施設ができてよかったです。今は5Gのスマホを中心とした展示ですが、今後はスマホに限らないコンテンツや楽しみも用意したいので、どんどん入れ替えていきます。もちろん、自社だけでなくパートナー企業とコラボした体験施策も考えていきたい。最新のテクノロジーに敏感な方だけでなく、普通に銀座を歩いていた方が“ちょっと先の体験”を簡単に味わえる。そんな場所にしたいですね。
新潮が報道 菅首相と「第二の森友事件」の相手とのもうひとつの疑惑 所有ビルを事務所費問題発覚後に買い取ってもらっていた
JRA川田将雅「ダノックス」に乗り続けられる理由。 天皇賞・秋(G1)ダノンプレミアム馬主・野田順弘氏の「男気」に結果で応える!?
「勝つという結果が出せなかったことに申し訳なく思います」――。
ダノンプレミアム(牡5歳、栗東・中内田充正厩舎)で挑んだ昨秋のマイルCS(G1)。2着という結果に、鞍上の川田将雅騎手が口にした言葉だ。
11月1日、天皇賞・秋(G1)で、約4カ月半ぶりにターフに復帰するダノンプレミアム。前走のD.レーン騎手から乗り替わり、再び手綱を握るのは川田騎手だ。
馬主は野田順弘氏(名義はダノックス)。冠名「ダノン」でお馴染みの有名オーナーである。
冠名「ダノン」といえば、もうすっかり「川田騎手」というイメージが定着。これまでのG1でも今回騎乗するダノンプレミアムのほかに、ダノンスマッシュ、ダノンファンタジーなど、過去にはダノンバラードにも騎乗している。
では、G1での成績はというと16戦1勝。思ったほどの成績を残せていないのが現状だ。
ただ、唯一G1で勝利したのが、今回騎乗するダノンプレミアムの朝日杯FS。近年活躍したダノンファンタジーと同じ中内田厩舎の管理馬だ。
しかし、川田騎手、中内田調教師のコンビはG1成績も思わしくない。22戦1勝と、やはりダノンプレミアムの朝日杯FSしかないのだ。
調教師、オーナーとも、コンビとしての結果が出せていない川田騎手。今年の春は乗り替わりも目立っていた。
ダノンプレミアムは、4月のロンジンクイーンエリザベスS(豪・G1)で川田騎手からJ.マクドナルド騎手に乗り替わり。6月の安田記念(G1)はレーン騎手が騎乗していた。
また、ダノンスマッシュにしても、5月の京王杯スプリングCで川田騎手からレーン騎手に乗り替わり。その後6月の安田記念、9月のセントウルS(G2)でも三浦皇成騎手が騎乗している。
しかし、10月のスプリンターズS(G1)では、再度ダノンスマッシュの鞍上が川田騎手に。これには、セントウルS直前に行われた「ある事」が関係しているという。
『うまスクエア』によると、セントウルS直前に川田騎手とオーナーサイドで話し合いがもたれ、「今後はダノックスの馬は優先的に川田騎手が乗る」という事に話がまとまったというのだ。
11月23日(月・祝)に行われる東京スポーツ杯2歳S(G3)を予定しているダノンザキッドも北村友一騎手から川田騎手に乗り替わる事が27日に発表されたが、こちらもセントウルS前には川田騎手で内定していたようだ。
ここまでくると、まさに心中。オーナーである野田氏も腹をくくっているということだろう。
マイルCSレース後の言葉「勝つという結果が出せなかったことに申し訳なく思います」というのは、オーナーの期待に応えたいという川田騎手の気持ちの表れだろう。
確かに、現時点で結果は出せていない。しかし今回は、川田騎手とのコンビで唯一のG1勝利をもぎ取ったダノンプレミアムだ。
腹をくくったオーナーの「男気」に、川田騎手は応えられるのか……。
このコンビ、2度目のG1勝利となる事を期待したい。
日立物流、完全漂流…佐川急便との経営統合が突然の破談、日立グループからも切り離し
佐川急便を傘下にもつSGホールディングス(HD)と日立物流は9月24日、経営統合を見送ると発表した。SGHDは日立物流が保有する佐川急便の発行済み株式の20%分すべてを875億円で買い取る。日立物流はSGHDが持つ自社株を988億円を上限として市場で取得する。SGHDの持ち分は現在の29%から6%前後に低下する。日立物流はSGHDの持ち分法適用会社から外れる。トラックの共同利用といった業務提携は続ける。
佐川急便は宅配便大手。日立物流は3PL(物流の一括請負)首位。2016年3月、資本・業務提携を決め、将来の経営統合を視野に入れていた。新型コロナウイルスの感染拡大で世界的に物流が停滞するなど経営環境が一変したことを統合見送りの理由に挙げている。
これで日本通運に次ぐ陸運業界第2位企業の誕生はなくなった。
日立物流の株価は下落、SGHDは上昇と明暗を分ける
経営統合の見送りは明暗を分けた。発表翌日の9月25日の東京株式市場。日立物流株は一時、前日比220円(6.2%)安の3350円まで下落した。「日立物流がSGHDにTOB(株式公開買い付け)される」という期待感が失われ、失望売りが出た。
一方、SGHD株は一時、前日比700円(14.7%)高の5470円まで上げた。その後も上昇を続け、10月20日に上場来最高値の5830円をつけた。3月13日に年初来安値(1977円)をつけており、7カ月あまりで2.9倍の水準に達した。株価上昇にはいくつかの要因が重なった。
まず業績。巣ごもり消費によって宅配事業が好調なだけではない。日立物流株の売却で売却益を計上する。SGHDは2021年3月期の連結純利益を前期比32%増の625億円に上方修正した。日立物流株の売却益は75億円。日立物流から取得することになる1億株の自社株の評価益が25億円出るため、合計100億円の利益が上乗せされる。
9月末の中間配当で10円の特別配当を実施。普通配当合わせて34円とした。期末配当は28円。年間配当は62円になる。通期の売上高にあたる営業収益は4%増の1兆2200億円、営業利益は15%増の870億円。従来予想を据え置いた。10月31日を基準日として1株を2株に分割するとした(実施は11月1日付)。これを好感してSGHDの株価は上昇した。
経営統合に備えて東証に新規上場
2013年、SGHDに大きな転機があった。宅配便業界最大手、ヤマトホールディングス(ヤマト運輸)に追いつき追い越せとばかりに、インターネット通販大手のアマゾン・ジャパンの配送を引き受け、宅配便個数を増やしてきた。ところが、取扱荷物の急増でドライバーの不足が深刻化し経営を圧迫した。13年、アマゾンとの値上げ交渉が決裂、アマゾンの宅配から撤退した。
新たな収益源を求めて企業間物流に着目した。佐川急便と日立物流の資本・業務提携はこうした背景から結実した。日立物流は3PLの国内最大手。3PLとは、保管や配送、荷役、輸出入、物流コンサルタントといった企業の物流を一括して請け負うことを指す。
SGHDは17年12月13日、東証1部に新規上場した。初値は公開価格を17%上回る1900円。初値ベースの時価総額は6083億円だった。SGHDは上場に当たって新株を発行していない。資本調達なしにIPOに踏み切った理由について町田公志社長(当時)は「時価総額が欲しかったから」と話す。
SGHDと日立物流は水面下で経営統合を検討していた。株式市場で公正な時価総額が決められていれば、株式交換方式による合併交渉を迅速に進めることができる。SGHDが株式を上場したのは日立物流との統合に備えてだった。初値ベースの時価総額6083億円は日立物流のそれ(約3000億円)の2倍。統合比率は自動的に1対2になる。
ところが、新型コロナで両社の経営環境は一変した。宅配便が膨らみSGHDの時価総額は今や1兆7738億円(10月22日現在)。初値ベースの2.9倍となった。日立物流のそれは3901億円(同)。SGHDの企業価値は日立物流の4.5倍。これだけ差が広がると日立物流が完全にSGHDに飲み込まれることになる。しかし、SGHDは佐川急便を完全子会社にすることを選択して、日立物流との経営統合を見送った。
日立物流がSGHDと手を組んだのには、お家の事情があった。日立物流の親会社、日立製作所が非主力の上場子会社を連結決算から外す動きを見せたからだ。上場子会社を売却して“親子上場”を解消する。
ところが、日立物流とSGHDの統合交渉は破談となった。もはや日立製作所に頼るわけにはいかない。日立物流は新たなパートナーを求めて漂流することになる。
日本触媒と三洋化成工業の経営統合も中止
紙おむつの原料の高吸水性樹脂で世界首位の日本触媒と三洋化成工業は10月21日、2021年4月に予定していた経営統合を中止すると発表した。両社は19年5月に経営統合を発表し、世界シェアを高める考えだった。だが、日本触媒の業績悪化を受けて統合時期を延期。19年7月以降、日本触媒は3度目の業績予想の下方修正を迫られた。
時価総額は日本触媒が2154億円に対して三洋化成は1058億円(10月22日時点)。業績が悪化したとはいえ日本触媒の時価総額が三洋化成を大きく上回る。日本触媒の筆頭株主は住友化学である。これでは統合比率が決められない。両社は統合後の新しい社名まで決めていたが、三洋化成側から経営統合の中止を申し入れた。
コロナの前と後で企業を取り巻く環境が激変した。今後、経営統合が白紙となる事例が増えるとみられている。
(文=編集部)
「原点回帰」その本質とは何か?
「オリジナリティー」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第6回は、大阪で創業78年、ガラス製造を営むOMG(オーエムジー)という会社の波乱万丈、積極果敢、そのユニークな経営に迫ります。
OMG(オーエムジー)という社名の原点は、「大阪眼鏡硝子」にある。1942年に大阪で創業した、メガネレンズ用ガラスの製造会社だ。大阪は、メガネレンズ発祥の地といわれている。幕末の1850年頃、現在の生野区の辺りでフレームを含めて国産初となるメガネの製造が始まった。ここまでは、歴史物語としてとてもいい話。でも、そもそもガラスというものに、現代人は正直、そんなに興味を持っていない。でも、想像してみてください。障子や襖で仕立てられていた日本家屋に、初めてガラスが持ち込まれたときの衝撃を。キラキラと輝くガラス製のグラスでワインを飲むときのとてつもない贅沢感を。そんな感情を思い出させてくれる大阪の小さな会社の挑戦に、今回は迫ってみたいと思います。
今回話を伺ったのは、私の中高の同級生でもあるオーエムジー常務の堤友厚氏。大学に進学して以降は、疎遠だった。ところが、数年前にふとしたきっかけで親交が復活し、彼のプロジェクトを手伝うことに。ガラス、メガネ、そして電通。なにがどう結びつくのか分からないこの「三題噺」が成立したとき、ああ、この仕事をしていてよかったな、としみじみ思った。
でも、よかった、と過去形で語るのは早いと思う。堤氏の挑戦は、まだ始まったばかりだ。読者の皆さまには、たかがサングラスという「色眼鏡」をぜひ外して、この記事をお読みいただきたい。今まで見えていなかった色が、きっと見えてくるはずだから。
文責:電通 CDC 中川真仁
プラスチックの猛威、という試練
「そもそも僕は、法律家になりたかったんです」と、堤氏は言う。法学部を卒業したのち、数回、司法試験を受けるも挫折。本人いわく「仕方なく」金属加工の会社の現場で働き、28歳のときに家業を継ぐことになった。まあ、これはこれでいいだろう。なにしろ歴史ある会社だし、実績もある。と考えていたところ、リーマンショックに襲われた。
従業員が、次々と辞めていく。ただでさえ、プラスチックレンズへの転換が進むメガネ業界。かつてはガラスが常識だったメガネのレンズに、1980年代、軽くて安いプラスチックなるものが参入してきた。黒船来航の衝撃である。「メガネ=ガラス」という常識は、今の若い世代にはまったく理解されないと思うんです、という堤氏の指摘に、確かにそうだ、と思った。
誤って踏んづけようが、その上に座ろうが、結構なんともない。価格だって、安いものはとても安く、たいした思い入れはない。それが、メガネに対する今の認識ではないか。歴史あるレンズ用ガラスメーカーとしては、まさに存亡の危機ともいえる状況だった。
もはや「メガネ屋」であってはならない
大阪眼鏡硝子という創業以来の社名が表していた、メガネ=ガラスという常識がふっ飛んだ。そこで会社は、大きく舵を切る。ガラスの新たな市場価値を探り始めたのだ。医療機器に使われるフィルター、飛行場の誘導灯、カメラレンズ、クルマのフロントガラス……。「旭日章みたいな勲章、あるでしょう。ああいうものにもガラスが使われているんですよ」と堤氏。ガラスが必要とされる分野は、まだまだ無限にある。そこで一度、大阪眼鏡硝子は、メガネを捨てた。そして社名をオーエムジー株式会社に。メガネガラスから光学メーカーへの転身。そこに飛躍の第一歩があった。
どの業界にも、同じような話はある。絶対に揺らがない市場、と思っていたものがある日、とんでもない新技術の出現や時代の変化によって、根底から覆ることが。そのとき企業はどうあるべきか。堤氏は言う。「大切なことは、自分たちが持っている技術とは、いったい何なのか?自分たちが磨いてきたものは、いったい何だったのか?そのことに、今一度向き合うことだと思うんです」
ブランドを思うとき、人は「原点」に戻る
堤氏が、実家の稼業に入ったのは、まさにそんなときだった。「正直なところ、大阪の町工場のガラス屋を継ぐ、みたいなことには抵抗があったんですよ」と堤氏は言う。ガラス製品全般を扱う光学メーカーとして活路を見いだしつつあったオーエムジー。でも、「ものづくりの醍醐味は、やっぱりエンドユーザーにダイレクトに届くもの、なんですよね」と堤氏。ガラスの魅力を伝えるために、京都のお香屋さんと組んで「お香立て」をつくったりもした。「おかげさまで、いい評価は頂けたんです。でも、僕がやっていることはその評価の一部、つまり、部品をつくっているだけなのかもしれない、ということに気づいちゃったんですよね」。そこから、堤氏のチャレンジが始まった。
ガラスの魅力って、なんだろう?
堤氏は言う。ガラスの魅力とは、質感、耐久性、透明度。この3点に集約される、と。高級食器の質感、あれはプラスチックでは到底得られない。耐久性、これも追随を許さない。江戸時代につくられたガラス製品でも、今なお、その光は色あせることはない。透明度も他の素材とは一線を画す。しかも、配合する金属の量などを調整することで波長を自在にコントロールできる。鉄を混ぜれば、赤っぽい色合いになる。紫外線に近い青を排除すれば、鮮やかな緑をつくり出せる。「ガラスって、素晴らしい。そんな原点に立ち返ったときに、そうだ、うちはメガネ屋だったんだ、とふと思ったんですよ」
サングラスだ!と思い立った堤氏は、表参道のセレクトショップや大手アパレルメーカーなどに、次々と売り込みに行く。デザインが全て、といってもいいシティー向けサングラス。そこに、あえて、高機能なレンズを入れる。その切り口が受けた。サングラスは、まぶしさや紫外線をカットするための機能商品か、いわゆる“おしゃれアイテム”か、どちらか。そこに風穴を開けようというオーエムジーのチャレンジに、最先端のショップが、こぞって共感したのだ。
大事なことは規模でなく、事業の質だと思う
「古いものほど、かえって新しいと思うんですよね」と、インタビューの間、堤氏は繰り返し主張した。オーエムジーの社員数は、現在19人。だからこそ「事業の規模よりも、品質を大事にしている」「そしてその品質は、世界にも通用するものだと思う」ということも。
長年培ってきた技術への揺るぎない自信、ガラスがこの世からなくなることは絶対にないという信念、プライド。その先に広がる、新たな世界。「サングラスだ、と思いついてから商品化するまでに、1年ほどかかってしまいました」と堤氏は言う。たったの1年。そのスピード感に圧倒される。
オーエムジーにとって、サングラス事業は収益の2割程度だという。屋台骨はあくまでBtoB向けのガラス製造。でも、その2割のPR効果は、計り知れない。「技術力、発想力、そして、PR力」この三つがそろってこそ、時代を変えていけるのだということに、改めて気づかされた。
オーエムジーのホームページは、こちら。
THINGLASSのホームページは、こちら。

「オリジナリティー」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく連載のシーズン2。第6回は、大阪でガラス製造を展開する「OMG(オーエムジー)」をご紹介しました。
season1の連載は、こちら。
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら。
【編集後記】
インタビューの終わりに、こんなことを堤氏に尋ねてみた。「そもそも、メガネの、サングラスの魅力って何だと思われますか?」と。
帽子、マスク、マフラー、ネクタイ……人が身に着けるものは、本来すべて「機能」から始まる。メガネやサングラスにしてもそうだ。モノをよく見たい、まぶしい光を遮りたい。でも、例えばサングラスは、数々の有名タレントのトレードマークになっている。メガネ女子にときめいてしまう男性も多い。こんなアイテムは、他にはない。
堤氏の答えは、極めてシンプルだった。「メガネ、特にサングラスは、キャラクターを変えられるアイテムなんじゃないですかね?」。トレードマークとしてのサングラスではなく、違う自分に変身できるアイテム。そう考えると、サングラス市場には無限の可能性がある。プロダクトの質にはとことんこだわる一方で、それと同じくらいデザインにもこだわる。機能や質プラスアルファの魅力を常に模索することで、堤氏はガラスの持つポテンシャルを引き出そうとしている。
インタビューの中で堤氏は、アパレル業界の話をしきりに引き合いに出していた。流行だったり、今日はこの気分の服、といった意識だったり。それによって、生活や街が華やぐ。市場が活性化していく。「サングラスには、そんな可能性がまだまだあると思うんですよ」。そう語る堤氏に、「固定概念から脱却すること」の大切さを教えられた。
根っこにあるのは、突飛なアイデアではない。長年培ってきた技術を、時代に合わせてどう生かしていくか、ということだ。
ディズニー公式アプリのユーザーが激減…楽天トラベルは“Go Toの恩恵”で驚異の盛り返し
ダウンロードしたものの、数回使っただけで休眠状態だったり、アンインストールしてしまったりしたアプリがある人も多いはずだ。テレビCMなどでは「数百万ダウンロード突破!」と威勢のいい言葉を聞くが、実際にどんなアプリがどの性年代にどのくらい使われ続けているのか。
本連載では、ダウンロード数だけでは見えない「アプリの利用率」をモニターの利用動向から調べるサービス「App Ape」を提供しているフラーに、四半期ごとに人気アプリの実態について聞いている。
同社のオウンドメディア「App Ape Lab」編集長の日影耕造氏に、2020年第3四半期(7~9月)のアプリ利用動向を聞いた。
“半沢直樹効果”でTVerユーザーが増加?
――7~9月のアプリの利用動向はいかがでしたか?
日影耕造氏(以下、日影) 時期的には、コロナ第2波の懸念があり、コロナ禍ではゴールデンウィーク以来の長期休暇となるお盆もありました。そのような中で、アプリがどう使われていたかを見ていきましょう。
やはり強いのはコンテンツ系でした。特に動画系ですね。「TVer」が順調に伸ばしています。「Amazonプライム」「Netflix」といったグローバルな競合がある中、伸び率は穏やかですが、確実に底上げされていることがわかります。
――動画アプリが数多ある中で、TVerならではの強みはどういった点でしょうか。月額制のNetflixやAmazonプライムと違い、基本的に無料で使える点は大きいですよね。
日影 他には、全国の民放テレビ局が連携し、地域ローカルも含めた番組を提供するコンテンツ力の強さですね。7~9月に放送された人気ドラマ『半沢直樹』(TBS系)は、最終回直前にそれまでの1~9回全話をTVerで無料配信しました。通常は直前回や初回のみを配信するケースが多いのですが、全話配信で改めて復習した人もいるでしょうし、それなら見てみようか、という新たなファンも取り込めたかもしれません。
――全話無料配信自体が、いい話題づくりにもなったでしょうね。「放送と配信の融合」は数年前から課題となっていましたが、コロナ禍で一気に身近なものになった印象ですね。
ディズニー公式アプリはコロナ禍が直撃
日影 一方で、巣ごもり生活から、それまでの日常に少し戻りつつあるジャンルを紹介します。「レジャー、旅行」です。
図2は、東京ディズニーリゾート公式アプリ「Tokyo Disney Resort App」の月間利用ユーザー数の推移です。アトラクションの待ち時間などがリアルタイムでわかるなど、「その日に施設を訪れる人」向けの機能が中心のアプリです。東京ディズニーリゾートは春休みシーズン直前の2月29日から6月末まで休園していましたが、そうした事情がわかる利用動向になっていますね。
東京ディズニーリゾートのアプリは「コロナ以前」までは盛り返していませんが、コロナ以前を超える好調な回復を遂げたアプリもあります。図3は「楽天トラベル」アプリの月間利用ユーザー数推移です。Go To キャンペーンの影響もあり、2020年9月にはコロナ以前の水準を超えていることがわかります。Go Toに関しては政府の予算枠などについて発言が二転三転しましたから、早く予約を取っておこうとした方が多かったのかもしれないですね。
もはやゲームユーザーは少数派?
――毎回ゲームについてもお話しいただいていますが、今回はいかがでしたか?
日影 昨年の9月と今年の9月で主要ゲームの月間利用ユーザー数を比較してみたのですが、前年比でちょっと割れているんですよ。
――巣ごもり生活が続いている中で、ちょっと意外です。
日影 もともとゲームを利用している方の利用時間が長くなっているのかもしれませんが、月間利用ユーザー数推移では、それはわからないですからね。ゲーム以外の動画などの選択肢に目が向いた方が多かったのかもしれません。
もし、コロナがスマホ以前の社会で起きていたら、置き型のゲームやレンタルビデオを利用したり、「Yahoo!掲示板」や「mixi」などのコミュニティサイトを利用したり……という形で巣ごもり生活を送っていたでしょう。しかし、今はスマホを通じて、さまざまなアプリという受け皿がありますからね。その中のひとつの選択肢としてゲームがある、というくらいの感覚になってしまったのかもしれませんね。
――確かに、それまでまったくゲームをしなかった人が「コロナだから」といきなりゲームをするというのも考えにくいですよね。以前お話しいただいた「ハイパーカジュアル」のような、パズルゲーム的なシンプルなものならとっつきやすいですけど、ガチャを回したり、協業して敵を倒したりするようなゲームは、軽い気持ちでやるにはハードルが高いですし。
日影 スマホを通じて、その人に合ったコンテンツやサービスを選べる環境が整ったということでしょうね。
* * *
後編は引き続き日影氏に、米中間で騒動を起こした「TikTok」の最新動向についてうかがう。CMのイメージで抱きがちな「10代のサービス」感とは異なる実態や、動画配信者としては「YouTube」よりも“狙い目”な理由について。
(構成=石徹白未亜/ライター)
シルク姉さんが大阪都構想を大批判…維新とズブズブの吉本に干されないか心配の声多数
“吉本の美容番長”とも呼ばれるお笑いタレントのシルク。“シルク姉さん”の愛称でも親しまれる彼女が、11月1日に住民投票が行われ、その是非が問われる「大阪都構想」について持論を述べ、話題を集めている。
10月26日、シルクは自身の公式ブログを2度にわたって更新。
まず、同日0時半付近になされた『告白いたします。。。』という投稿では、2015年に行われた1回目の住民投票で、自身は賛成票を投じたことを明かした。この際、母にいさめられたものの、聞く耳を持たなかったと当時を振り返り、「大阪市民のみなさん、吉村人気に流されず、私のような間違いを犯さないで!」と大阪市民に呼びかけている。また同じ投稿のなかでは都構想の問題点を多数指摘。特に、経済学者で実業家の竹中平蔵氏を名指しし、都構想のなかで新たな利権を得ようとしているのではないかと批判した。
続いて同日20時半頃には、「恐ろしいことを書きます。。。」というタイトルの記事を投稿。前エントリーと同様、都構想の問題点を指摘し、改めて反対意見を表明することとなった。さらに、大阪維新の会副代表で、現大阪府知事である吉村洋文氏についても批判。
「付き合う前は、おいしいレストラン連れて行ってくれて、、お花もくれたのに。。自分にものになるや、一銭もださないで、お金ないから貸してていうやつね、、そんな人いたわ! 騙されて100万とられて、苦労したわ、おもいだした。。吉村さんに、似てるわ、元ダメ彼」と、吉村知事を以前付き合ったと思しき男性になぞらえるという独特の表現でこき下ろしてみせた。
大阪維新の会とズブズブの吉本興業からシルク姉さんが干されないか、心配の声多数
同じ日に2度も、しかもかつては自身が賛同していた大阪都構想についての批判を展開したシルク。そんな彼女の所属する吉本興業は、2017年9月に行われた堺市長選挙の際、大阪維新の会公認候補である永藤英機氏の応援演説を池乃めだかが行うなど、同党とは何かと蜜月関係にあることが指摘されている。
加えて同年11月には、大阪市と吉本興業の間で「包括連携協定」を締結。大阪市24区にそれぞれ芸人を在住させる「大阪24区住みます芸人」などのプロジェクトが現在も進行中であり、大阪府議会、大阪市議会で共に与党である維新とは、まさにガッツリとタッグを組んでいる状況なのだ。
そんななか、“会社の方針”とは真逆の主張を行ったシルクに対してネット上では、「詳細に問題を説明してくれてありがたい」「すごい勉強している」など、大阪都構想反対派からは賞賛の声が多く上がっている。
一方で、「吉本にいながら都構想に反対するということは、干されるのも覚悟しているということか」「維新とズブズブの吉本でこういう声を上げて大丈夫なのか」など、シルク姉さんの今後を心配する声も少なくない情勢だ。
「大阪都構想」反対派の知識人が、シルク姉さんのブログを絶賛
さらに、知識人からもシルクに賛同の声が上がった。
2018年に亡くなった批評家の西部邁氏と関係の深かったことでも知られ、独自の保守思想で言論活動を続ける藤井聡・京都大学大学院教授はTwitter上で、「都構想に大反対のよしもとのシルク姉さん、下記ブログで5年前は賛成票を投じたと告白!」などとシルクの今回のブログを紹介。
都構想に大反対のよしもとのシルク姉さん、下記ブログで5年前は賛成票を投じたと告白!理由は橋下さんを支持してたからで、真実を知った今は大いに反省…ついては
— 藤井聡 (@SF_SatoshiFujii) October 25, 2020
「大阪市民のみなさん、吉村人気に流されず私のような間違いを犯さないで」
と訴えています…是非、ご一読を!https://t.co/nzfBY1eCsX
2011年の大阪市長選で橋下徹氏に破れたことで知られる元大阪市長の平松邦夫氏も同じくTwitter上で、「今日のシルクさんのブログ、私と柳本(顕・元大阪市議)さんの名前が何回か。ブログで謝ってくださるという経験は初めてです」などと、シルクにブログについて言及した。
今日のシルクさんのブログ、私と柳本さんの名前が何回か。ブログで謝ってくださるという経験は初めてです。市政研究今年の夏号藤井聡教授の見出しは「大阪都構想」は、大阪市民を対象にした巨大な詐欺である」です。シルク『恐ろしいことを書きます。。。』
— 平松邦夫 (@hiramatsu_osaka) October 27, 2020
⇒ https://t.co/0tCCDiPsJ6 #アメブロ
読売新聞は10月26日、同23日から25日にわたって同紙が行った都構想に対する世論調査の結果を発表。それによれば賛成が44%、反対が41%と拮抗状態にあるものの、それぞれ48%、34%であった9月の調査に比べて、反対が増加傾向にあることを報じている。
政令指定都市である「大阪市」を廃止し4つの特別区に再編するという「大阪都構想」。11月1日の住民投票を前にして、シルク姉さんの今回の“言論活動”は、大阪市民の投票行動に大きな影響を与えそうだ。
(文=編集部)
映画界の生きる伝説・角川春樹再研究!
1970年代から80年代にかけて、今では当たり前になったメディアミックスによる大胆な広告戦略で、娯楽映画の一時代を築き上げた革命的プロデューサー、角川春樹。『犬神家の一族』『セーラー服と機関銃』『時をかける少女』といった数々の名作を世に送り出した一方、プライベートもかなりドラマチック。いわゆる“お家騒動”や6度の結婚など「事実は小説より奇なり」を地で行く破天荒な人生は、自由でおおらかだった時代の空気と共に興味をそそられる。
そんな角川が78歳にして、“生涯最後の監督作”として映画『みをつくし料理帖』を完成させたのだ(ストーリーはコラム参照)。過去に2回、テレビドラマ化されている本作は、髙田郁による累計発行部数400万部を突破するベストセラー時代小説シリーズを原作とする。シリーズの1作目がハルキ文庫(角川春樹事務所)から出版された2009年当初から、角川は原作を敬愛する人物のひとりでもある。ゆえに、満を持して挑んだ作品のように思えるが、そう単純な話ではなさそうで……。なぜ、10年ぶりに監督をすることになったのか――。そこには、映画顔負けの予測不能な展開が!
白鳳と天狗を見て監督を決意した
――『みをつくし料理帖』は10年ぶり8作目の監督作だそうですが、なぜこのタイミングで、この作品だったのでしょう?
角川 原作が出たのが11年前で、髙田郁さんはその前年に『出世花』という作品で祥伝社からデビューしていました。1万5000部刷って、売れたのが500部くらいだったそうですが、そのうち200冊を本人が買い、200冊を私が買っていました。つまり書店で買った読者は、実質100人しかいなかった。だけど、私はこの作品が好きで、髙田さんを売り出したいと思ってね。だから、ウチで書いてもらえることになって、『みをつくし料理帖』のゲラを読んだときは本当に感動しましたね。私自身がゲラを持って書店営業に行きましたから。それくらい思いが強かったんです。
同じ頃、NHKエンタープライズのプロデューサーから「角川さん、『おしん』みたいな時代小説はないですか?」と聞かれたので、『みをつくし料理帖』のゲラを送りました。その後にね、不思議なことが起こったんです。
「サイゾー」がオカルト云々もOKと聞いているので話しますけど、あれは吉野山に桜を見に行ったときのこと。奥吉野にある天河神社という有名な神社を、今の妻となった女性と訪れて、拝殿で手を合わせていたんです。そしたら真っ白な鳥が飛んできて、祝詞の最中にずっと動かない。鳩よりもずっと大きくて、見たことのない鳥でしたが、祝詞が終わった瞬間に消えてしまいました。
京都の観音院の尼さんである白石慈恵さんと、ヨーガ行者の成瀬雅春さんにこの話をすると、「角川さんが見たのは白鳳じゃないか」と想像図を見せてくれて。さらに、白い鳥を見た日の晩、電車がなくなった時間帯に、宿泊先ではコトコトコトと枕木を走る音がずっと聞こえていたんです。その話も白石さんにしたところ、「今まで想定していた人物ではない人が、角川さんを助けることになりますよ」と言われました。
それが4月8日のことなのですが、この日は仏生会、つまり仏様の誕生の日でもある。白鳳を見て、汽車の走る音を聞いて、自分を助けてくれる人が現れる、と。そのときイメージしたのが、髙田郁さんでした。そして、まさに4月8日、ゲラを送っていたプロデューサーから電話があって、ぜひドラマ化を企画したいと言われたのです。
ところが二転三転して、ドラマ化の話が出ては流れることが何度かありました。映画化に関しても、初めは自分が監督をするつもりなんて全然なかった。なぜすることになったかというと、その話は2年前の8月にさかのぼります。
京都の伏見稲荷大社がある稲荷山に女房と子どもと登ったのですが、稲荷山は山頂近くに一ノ峰、二ノ峰、三ノ峰という3つの峰があって、その手前で男坂と女坂に分かれています。私たちが男坂のほうを目指して歩いていると、坂の手前の小さな神社に、白いスニーカー、白いソックス、白いパンツ、白いポロシャツ、白い野球帽をかぶった80代くらいの男性がいました。ウチの子どもを呼んで、「ここに珍しい狛犬がいますよ」と言うのです。でも私は、狛犬よりもむしろ老人のほうに興味があった。この老人は人間ではなく、天狗の化身ではないかと思ったのです。
その後、老人と別れて男坂を登ったのですが、男坂は急峻だけど距離が短くて、女坂は緩やかで登りやすい代わりに長い。そして、なんとなく予感はあったのですが、我々が頂上にたどり着いたとき、後ろで別れたはずの老人が先に到着していて、お茶屋の女将さんと話をしていた。つまり、テレポートしていたんですね。
それから山頂でお参りして、今度は女坂を下りようとしました。そのときにまだ老人は女将さんと話をしていたのですが、案の定、下りたところで私たちを待っていて、別れ際に「この神社のことを調べてね」と女房に言ったんです。女房は「わかりました」と返事をしたものの、さして興味はなさそうで、「さっきの老人は天狗か猿田彦の神だから」と私が言っても「へぇ」という感じでした。
翌日、東京に帰る新幹線の中で、私が老人と会った小さな神社についてスマホで調べてみると、御祭神が青木大神というものだと。すなわち、それは猿田彦で、天狗とイコールでもありました。そしたら女房が急に、「『みをつくし料理帖』はあなたが撮るべきだ」と言いだしたんです。そんなことは正直、考えてもいなかったけれど、「あなたが監督でなければ、映画を作る意味がない」とまで言う。突然の変貌ですよね。結局、髙田郁さんの作家10周年をお祝いする会が大阪で行われたとき、「『みをつくし料理帖』を映画化します。そして、私が監督をやります」となんの目算もない状態で決意表明をしました。
“白狐”の入った役者が本来以上の力を発揮
――そんな壮大な背景があったのですね。
角川 ご覧になったらわかるのですが、この作品は白狐がモチーフになっています。あのとき伏見稲荷で女房がおみくじを引いたら、陶器の小さな白狐が付いてきたんですね。映画の撮影中、それをずっとそばに置いていたんですけど、日光江戸村で撮影をしていたとき、急にせきが出てきて心臓が苦しくなり、風邪をひいたなと思いました。撮影期間が限られているから休むわけにはいかないけれども、プロデューサーたちは明日、私を病院に連れて行こうとしている。ホテルに戻って女房に電話をしたら、「あなた、白狐さんにお水をあげてないでしょう」と言われました。「あげてない」と答えたら、「すぐにあげて!」と。普段そんなことを言う女性ではないので、神がかりの状態でしゃべっているなと思いました。とにかく慌ててコップに水を入れ、モニターの前に置いていた白狐にお供えをしました。その瞬間、体の具合がよくなったのです。それ以来、小さな器に水を入れて白狐にお供えするようになりました。
だからこの映画は、伏見稲荷の白狐の神によって作らされたという感覚で、自分で作った意識があまりないんです。最後の監督作品ということもあって、角川映画に憧れていた世代の人たちが、スタッフとして手を挙げて参加してくれたのも大きかった。よく「スタッフとキャストが一丸となって映画を作りました」みたいに言う人がいるけど、あれは嘘ですから。73本の映画を作ってきたのでわかりますが、そんなことあるわけない! だけど今回は、初めてそれを感じたんです。薬師丸(ひろ子)も言っていました。「監督の一挙手一投足を全員が感じ取ろうとして、こんなにひとつになっている現場は初めてかもしれない」って。出演者も、本来持っている力が10だとしたら、12ぐらいの力が出ている人がたくさんいた。そういう役者たちには、白狐が入ったんだなと思いましたよ。
――今までの作品では、そのように感じたことは一度もなかったのでしょうか?
角川 なかったね。反対に力が入ってしまって、自分の演出通りにならないとイライラしたり、スタッフがヘマすると怒鳴ったり。ミスがあまりにもひどいと手が出ることも昔はあったけど、今回そういうことは一度もなかった。いや、でも2度ほどあったかな。あり得ないようなミスだったので、周りのみんなも「それは怒って当然です」って言っていたけど。
――作品への思い入れも違ってくるものでしょうか?
角川 違うね。73本も作っていたら、打ち上げの写真とか、いちいち大切にしないですよ。ところが、撮影が終わってからも2カ月くらいは現場にいる夢を見たりして、ずっと尾を引きました。
霊感がある息子の間違いない予言
――往年の角川映画ファンにはたまらない豪華なキャスティングについては、どんな意図が?
角川 最後の監督作と言ったものだから、みなさんスケジュールを空けて出てくれたんですよね。基本的には史実や原作に忠実であることにこだわっていますが、薬師丸や渡辺典子など出演が急きょ決まった役者のために、髙田さんと相談して原作にはないキャラクターも登場させています。松山ケンイチも新たに作った役なんだけど、彼に至ってはワンシーンどころかワンカットしか出ていないからね。「どこに出てました?」って結構聞かれる(笑)。
――かなり贅沢ですね。一方で、初めての顔ぶれもいます。例えば窪塚洋介さんはあまり見たことのない雰囲気の役どころで、新鮮な印象を受けました。
角川 窪塚とは撮影の前に食事をして、ジャブを出し合ってね(笑)。最初の頃は結構NGを出していたけど、やっぱり彼にも途中から白狐が入ってきた。それは本人も言っていましたよ。
――なるほど。角川さんはご自身でどんなタイプの監督だと思っているのでしょう?
角川 一番大事なのは直感だと思っています。演出っていうのは直感の連続で、やったことのない人には理解しがたいところがあってね。今回、あるシーンでなかなかOKが出せなくて、役者にも「説明がつかない」って言ったんです。「何かが違うんだけど、それは演技じゃないから、そのままやってくれ」と。結局、7テイク撮ったけれど、OKとNGの差なんかほとんどない。それでも直感に従うしかないんです。ただ、基本的に、私は撮るのがものすごく速いですよ。ほかの監督よりも倍以上に速いです。だから、夕食の弁当やケータリングを用意してもらっても、一度も現場で食べたことがない。毎回、持って帰るだけです(笑)。
――今回が最後の監督作と明言したものの、また監督をやりたいという気持ちにはなっていませんか?
角川 それはやっぱり思います。この間、テリー伊藤さんと対談をしたときに、「角川さんの本質が出ている」と感想を言われました。肩の力が抜けてるってことなんでしょうね。「もう今日から『今回が最後』とは言わないように」とも。髙田さんからも、「続編をぜひ作ってほしい」と言われました。あとね、ウチの息子が今7歳なんですけど、めちゃくちゃ霊感があるんです。で、撮影が終わって一緒に風呂に入っていたとき、「パパ、みをつくし当たるよ」っていきなり言うわけ。これは間違いないなと思いました(笑)。
――では、次も期待できそうですね。
角川 今年、大林宣彦さんが亡くなったときに、こんな句を詠みました。「龍天に昇る映画という麻薬」。映画っていうのは麻薬なんだなぁと、改めて思いましたよ。
(取材・文=兵藤育子/写真=西村満)
【プロフィール】
角川春樹(かどかわ・はるき)
1942年、富山県生まれ。角川春樹事務所代表取締役社長。出版業の傍ら、76年に『犬神家の一族』で映画界に進出し、話題作・ヒット作を連発する。『人間の証明』(77年)、『復活の日』(80年)、『Wの悲劇』(84年)、『ぼくらの七日間戦争』(88年)、『男たちの大和/YAMATO』(05年)など多数の作品を製作。監督作に『汚れた英雄』(82年)、『天と地と』(90年)、『REX 恐竜物語』(93年)などがある。
【映画情報】
享和2年(1802年)の大坂、8歳の澪と野江は姉妹のように仲の良い幼なじみだった。しかし、大坂の町を大洪水が襲う。両親を亡くした澪は天満一兆庵の女将である芳に引き取られるが、野江の消息は不明。それから10年後、澪は江戸・神田の蕎麦処「つる家」で女料理人として働く一方、野江は吉原の遊郭で幻の花魁「あさひ太夫」と名乗っていた。やがて、澪が苦心して生み出した料理によって2人は再び引き寄せられていくのだった。澪を松本穂香、野江を奈緒が演じる。角川春樹は製作・監督を務めた。全国公開中。
配給:東映 ©2020映画「みをつくし料理帖」製作委員会