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パチンコ「超人気演者」が“大炎上”!? 「過激発言」連発の「伝説回」を振り返る…

 ユーザー、ファン自身の力でパチンコ業界を盛り上げるというコンセプトの元、右肩上がりに人気を獲得してきた集団「1GAME」。「遊技人口回復」を最大目標とし、現在は動画コンテンツを中心に動画配信・イベント・コラボ企画などを行っている。

「ヨースケ」や「石神」、「あおい」といった個性的な演者たちの活躍により、動画チャンネル「1GAME TV パチンコパチスロ実践動画」は再生回数1億回の大台を突破。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いである。

 中でも同集団の代表を務めている「てつ」の活躍は目覚ましい。「1GAME」を業界の一大コンテンツへと昇華させた手腕はもとより、自らが第一線に立って人気演者として動画を盛り上げているのだ。

 某映画のジョーカーを連想させる奇抜なメイクと、世間体などお構いなしの切り込んだトークは正に圧巻。清々しくなるほどのストレートな表現で視聴者を楽しませてくれる。

 今回は、そんな「てつ」が過去に出演し、大きな話題となった動画『P花の慶次-蓮-を打ったら大炎上した|1GAMEてつの妖回胴中記#139【パチンコ】』をご紹介しよう。

 タイトルからも分かる通り、『P花の慶次-蓮-』の実戦動画だ。「大炎上」というパワーワードが気になるところだが、まずは本機のスペックを紹介させていただく。

 大当り確率1/319.68で転落式の確変タイプ。RUSH継続率は約82%を誇り、10R比率は71%という大量出玉も十分に狙えるスペックだ。そんな本機の初打ち実戦に「てつ」が挑む内容となっている。

 動画では開店前から「シーサ。さんは悪魔だと思う」と、同分野で活躍する大物演者に対する挑発的な発言が炸裂。更には人気タレント「本田翼」に苦言を呈すなど、エンジン全開の様子だが…。

 これらの「てつ節」はまだ序の口に過ぎなかった。

『P花の慶次-蓮-』の解説を交えつつ実戦を続ける「てつ」であったが、RUSHを引けずに投資ばかりが続く展開。ようやく訪れた激アツリーチも逃す結果となってしまう。その後の巻き返しに期待が高まるところだが…。

 ここから番組は予想しなかった方向に。「大炎上」に関わる過激な発言を連発していくのだった。「デリケートな内容」にも触れるなど、ある意味「見ごたえ」は十分だ。注目の実戦結果も併せて、興味のある方は視聴してみてはいかがだろうか。

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中条あやみ、池松壮亮と熱愛&真剣交際の噂…妻夫木聡夫婦との食事に同席で“公認の仲”?

 13日に公開された映画『水上のフライト』に主演している女優の中条あやみ。映画のPR活動のために積極的にテレビ出演などをこなすなか、11日放送のバラエティー番組『TOKIOカケル』(フジテレビ系)にゲストとして出演。自身の恋愛観などについて語った。

 番組ではプライベートで仲良くしている水川あさみとのエピソードや恋愛に関する質問などに答えていったのだが、なかでも印象的だったのは、恋愛面では積極的なタイプだという話。「失敗したり、待っていてもダメだなと思ったりして。せっかく好きになったのに、自分から伝えずに終わってしまうのはもったいない」と意外な一面を告白したのだが、中条といえば3年前に俳優の池松壮亮との熱愛が報じられたこともあった。

「2人は今も交際が続いていて、中条が池松の住むマンションに通う姿が目撃されていますよ。映画共演を機に親しくなり、中条から池松にアピールして交際に至ったそうです。その映画では中条演じる女子高生が池松演じる男子高生に恋心を抱いているという設定で、映画の内容が現実になったとスタッフの間では盛り上がっていました。

 ただ、2人の交際については、あまり報道が広がらなかった。3年前も今も、所属事務所は中条を猛プッシュして売り出し中ということもあり、事務所が週刊誌などに報道をストップしてもらえないかとお願いすることもあったようです」(業界関係者)

 一方の池松はかつて「週刊女性」(主婦と生活社)のインタビューで、「自分の中で優先順位があって、その1番に女の人が入ってこないからいろんな問題が起きるんだと思います」と語っており、池松の価値観に理解がある女性でないと結婚に至るのは難しいようにも感じるが――。

「中条はコソコソ隠れて交際するのが嫌いなのか、堂々と池松の自宅へ足を運び、その近所での目撃情報も多いです。池松は所属事務所の先輩である妻夫木聡と親交があり、たまに食事をする仲ですが、妻夫木夫婦とのゴハンの席に池松が中条を連れて行くこともあるようです」(業界関係者)

「2人はもう夫婦同然」(中条を知る関係者)という声も聞かれるが、結婚の知らせが世間を驚かせる日が来ることに期待したい。

(文=編集部)

 

JRAエリザベス女王杯(G1)アーモンドアイ世代ワンツーで、3歳デアリングタクトの評価急落!? オークス2着馬4着好走も実力に疑問符……

 15日、阪神競馬場で開催された秋の女王決定戦・エリザベス女王杯(G1)。先頭でゴールを駆け抜けたのは、1番人気のラッキーライラック(牝5歳、栗東・松永幹夫厩舎)だった。

 同馬はこのレース連覇を果たし、G1通算4勝目。クビ差の2着には、直線鋭く伸びた5番人気のサラキア(牝5歳、栗東・池添学厩舎)が入り、結果的に5歳馬のワンツーとなった。

 エリザベス女王杯の出走資格が「3歳」から「3歳以上」に変更された1996年以降、5歳馬によるワンツーは今回が初めて(2009年は5歳馬と6歳馬によるワンツー)。ちなみに、4歳馬のワンツーは5回、3歳馬のワンツーも2回を数える。

 例年なら3~4歳馬が上位に食い込むことが多いこのレース。過去10年で5歳馬は「1-2-1-48」という絶望的なデータを知っていたファンは痛い目に遭ったのではないだろうか。ラッキーライラックとサラキアの2頭は、これを覆しただけでなく、いわゆる“アーモンドアイ世代”の牝馬の強さも改めて証明した。

 4歳馬で最先着を果たしたのは、3着に突っ込んだラヴズオンリーユーだった。出走した4歳馬4頭の中で唯一のG1馬として、「クビ+クビ」差に迫り、意地を見せた。

 そして、5頭が出走していた3歳馬の最先着が9番人気のウインマリリンだった。結果は、ラヴズオンリーユーから1.3/4馬身離された4着。古馬とは2kgの斤量差があったが、ウインマリリン以外の4頭はほぼ人気通りという着順に終わった。

 この結果を受けて、3歳牝馬の“世代レベル議論”が再燃しそうだ。ウインマリリンといえば、オークス(G1)でデアリングタクトに「半馬身差」の2着という実績が光る。これを物差しにすると、デアリングタクトがエリザベス女王杯に出走していても、勝てていたかどうか……。

 今年の3歳クラシック戦線は牡馬牝馬ともに無敗の3冠馬が誕生した。歴史に学べば、3冠馬が誕生した世代は、後に振り返ると低レベルだったということが多いのも事実だ。

「この世代(3歳)の牡馬は、コントレイルとサリオスが抜けているという評価です。ここにアルゼンチン共和国杯(G2)で強い勝ち方を見せたオーソリティが加われるかどうか……。マイルCS(G1)に出走するサリオスの結果次第である程度、3歳牡馬のレベルははっきりするでしょう。

一方で3歳牝馬のレベルは未知数のままです。最先着を果たしたウインマリリンは、経済コースを通るオークスと同じような競馬をしましたが、上位3頭とは、簡単には埋められない実力差があったように思います」(競馬誌ライター)

 アーモンドアイを筆頭に、ラッキーライラック、サラキアなど有力5歳牝馬は一口馬主クラブの馬が多い。そのため、遅くても来年3月には引退してしまう。1つ下の4歳世代には短距離部門にグランアレグリア、中長距離部門にはクロノジェネシスという絶対的エースがいる。これに復調の兆しを見せたラヴズオンリーユーが加わる。

 エリザベス女王杯の3歳牝馬の結果を受け、間接的にデアリングタクトの実力にも疑問符がついてしまった。JRA史上唯一の無敗3冠牝馬は、ジャパンカップを前に窮地に追い込まれたともいえるだろう。

 同世代では抜けた実力の持ち主であることに間違いはないデアリングタクト。果たして、世代の壁を超えて名牝となれるのか。その答えが出るのはそう遠くない未来だ。

パチスロ「一撃13000枚」に“10万負け”…天国と地獄を味わった『ゴッド』ヘビーユーザー「最後の大勝負」の行方は!?

 私がこのコラムを綴っているのが11月2日。これから約6年もの間ホールへ貢献し、パチスロユーザーを楽しませてきた『ミリオンゴッド-神々の凱旋-』の撤去が、順次始まります。

 現行機で「一撃万枚」を狙える数少ない爆裂機なだけに、別れを悲しんでいるユーザーは多いはずです。それこそ天国と地獄、両方の顔を持つ『ゴッド』シリーズ。多くのファンの印象に残るドラマを生み出してきたことでしょう。

 それは私も同様です。大勝を狙って返り討ちとなったり、ジャグラー感覚で投資金額を3000円と決めて「GOD揃い一本釣り」を決めたりなど様々な思い出がございます。そして、ホール店員時代には忘れられない『ゴッド』ヘビーユーザーとの出会いもありました。

 今回は、ホール店員時代に体験した『ゴッド』にまつわるエピソードをご紹介しましょう。神に魅せられ、神に全てを捧げた人間にまつわるお話です。

 勤め先だった店舗には、『ゴッド』への愛が強すぎるあまり、それ以外の機種には目もくれずひたすら『ゴッド』のみを遊技していた「村田さん(仮名)」という常連様がいらっしゃいました。

 時には「GOD揃い」を5回も引き当て「13000枚オーバー」の出玉を獲得した事もあり、その際は「ようやく爆出しできたよ!」と嬉しそうに話していたこともございます。

 無論、そのような景気のいい経験ばかりではございません。時には2連続で天井へ連れていかれてもスルーするという悲惨な結末。「しばらく打てないよ…」と泣きそうになっていたエピソードは数多くありました。

 どんな状況であろうとも「GOD揃い」を引ければ一気に逆転できる。これは村田さんの持論ですが、確かに『ゴッド』シリーズの魅力は「1/8192」の最強フラグに集約されているといっても過言ではありません。

 酸いも甘いも知り尽くした村田さんを、我々スタッフはいつしか「ゴッドマスター」と呼称するようになりました。そんな村田さんは去年の今頃、『アナザーゴッドハーデス‐奪われたZEUSver.‐』の撤去日が近いと知り、こんな事を仰っていたのです。

 「1か月お金を貯めて全力でハーデスを打ち収めする」

 村田さんはシリーズの中でも特に『ハーデス』への思い入れが強く、並々ならぬ覚悟を感じ取りました。それこそ、撤去日には「有休を使って開店から閉店まで打ち切る」と気合十分の様子だったのです。

 そして訪れた『ハーデス』の撤去当日。開店前には本機を打ち収めしようと多くのお客様が入場抽選に参加しておりました。その日に限っては『ハーデス』コーナーのみが100%の稼働状況となっていたのです。

 島の中には奮闘する村田さんの姿がありました。チラッとデータカウンターの履歴を見ましたが、厳しい展開に苦戦している様子。ただ、店長の粋な計らいかは分かりませんが、その他の台はお客様側のプラス差枚となるお祭り騒ぎとなっていたのです。

 4号機時代のパチスロ全盛期を思わせる盛況ぶり。『ハーデス』の圧倒的な存在感を撤去日に思い知らされることとなったのですが…。

 唯一気がかりなのは、村田さんが出ていないということ。眉間にしわを寄せ、厳しそうに遊技を続ける「ゴッドマスター」は近寄りがたいオーラを漂わせておりました。

「頑張れ」と心の中でエールを送りつつ業務をこなしていると、さっきまで鬼の形相で遊技していたのが嘘のような満面の笑みを浮かべた村田さんが、私の元へ歩み寄ってこう言いました。

「10万使ってやっとGODが揃ったよ!」

「おめでとうございます!伸びるといいですね!」と返事しながらも、内心は10万円も投資していた事に驚いておりました。ただ絶望の淵に立たされながらも、心からGOD揃いを喜ぶ姿は、まさに「ゴッドマスター」。見ているこちらも自然と笑顔になったのです。

「何枚出るかな」「半分でも取り返せればいいけど」と高鳴る鼓動を隠せない様子で話す村田さん。私も「これからですね!頑張ってください」と精一杯のエールを送ったのですが…。

 GOD揃いで現れたのは犬3匹…。大して伸びずに終了してしまったのでした。

 もはやかける言葉もございませんでしたが、村田さんはその後もくじけることなく閉店まで『ハーデス』を打ち続けたのです。

 帰り際に「最後にGOD引けて良かった」と話す村田さんの表情は、実に清々しいものでした。「心からゴッドを愛しているのだな」と感じたのを覚えております。

時は流れ、現在は『ミリオンゴッド-神々の凱旋-』の撤去が迫っている状況。昨年のように全ツッパで打ち収めを決行する村田さんが目に浮かびます。村田さんを始め、多くのファンが打ち収めをすると思いますが、皆さんが悔いの残らない結果となるよう祈っております。

(文=ミリオン銀次)

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JRA「歴代2位」田辺裕信グレイテストな自爆逃げ!? 玉砕同然「大暴走」に非難の声が殺到……シンガリ大差負けの不可解騎乗に賛否

 15日、東京競馬場で行われた3歳上・2勝クラス(芝1800m)は、武藤雅騎手の2番人気ラルナブリラーレが2着ルイジアナママに4馬身の差をつける快勝。ペースに惑わされず、好位からソツなく抜け出した武藤騎手の好騎乗も光った内容だった。

 東京競馬場の芝は開催が進んだこともあり、内側が荒れ気味の馬場状態。これにともない時計の掛かるレースが目立ち始めていたが、勝ちタイムは1分45秒9と速い。同じ芝1800m条件で行われた毎日王冠(G2)が稍重で1分45秒5だったことを考えれば、0秒4差は異例といえるだろう。

 一方、結果手にこの好時計の立役者となってしまったのが、田辺騎手とのコンビでこのレースに出走していた3番人気グレイテスト(牝4、美浦・武市康男厩舎)だ。

 15頭立てで行われたレース。グレイテストはスタートしてすぐに田辺騎手が主張してハナへ。しかし、先頭を取り切ってからもペースを落とすことはなく、2番手以降の馬との差は広がるばかり。後続を大きく離しての独り旅は1000m通過56秒7という超ハイペースを演出することとなった。

 これまで逃げで好走していたグレイテスト。それだけに、逃げたこと自体は”平常運転”だろう。しかし、ここまで飛ばしてしまうと現在の東京を逃げ切るのは至難の業である。

 サイレンススズカやツインターボを思わせる逃走劇に沸き立つ競馬ファンも多かったが、数秒後には残念なシーンをただただ見守るだけとなった。

 一時は20馬身近く離しての大逃げも直線に入る頃には、追い上げて来た後続馬とのお釣りも早々となくなった。残り400mあたりでバッタリと止まり、後ろから来た馬に次々と置き去りにされていった。

 これに対し、ネット上の掲示板やSNSでは「なにやってんだよ」「笑うしかない」「距離誤認じゃないか」など、田辺騎手の騎乗を責める意見も多く出ていたようだ。3番人気馬の大敗に、中には「騎乗停止にしろ」という過激な言葉もあった。

「最後まで残し切ればマジックと絶賛されたかもしれませんが、大差負け最下位では……。これではただの暴走だったというしかありません。16年安田記念(G1)の8番人気ロゴタイプや14年フェブラリーS(G1)の16番人気コパノリッキーの逃げ切りなど、田辺騎手はアッと驚く思い切りのいい騎乗が持ち味です。

メインレースのオーロC(OP)では他馬が外を回す中、ただ1頭イン突きを決めて3着に入ったように、唸らせられる騎乗も見せてくれました。心配なのは馬の方ですね。最後は歩くような感じでゴールしていました。故障していなければいいんですが……」(競馬記者)

 大逃走となった今回の騎乗だが、レース前に陣営が出していたコメントに伏線があったのかもしれない。

「グレイテストを管理する武市調教師は、稽古でブリンカーをつけたら動きがよかったため、レースでも試したようです。ブリンカー効果でコントロールが効いて力まずに走れればという狙いだったようですよ。

それにしても速過ぎましたね。東京芝1800mで1000m通過56秒7は、歴代2位の超ハイペース。最速は03年府中牝馬S(G2)で逃げたスマイルトゥモローの56秒3でしたが、これと0秒4差でした」(同記者)

 陣営としては力みやすい馬の気性を制御するためにつけた改善策がブリンカーだった。

 ところが、「ブリンカー効果」でレースに集中し過ぎたことが、かえって猪突猛進する結果となってしまったというのなら、何とも皮肉な結果だったというしかない。

大野智は浮気を繰り返したのに“純愛”? 松本潤と櫻井翔も二股報道でも、二宮和也の結婚だけが叩かれた嵐の謎

正解のないWEBマガジン~wezzyより】

嵐Instagramより

 嵐・大野智とシングルマザー女性との悲恋で、大野への同情の声が相次いだ。大野とシングルマザー女性A子さんとの熱愛を伝えた「週刊文春」(文藝春秋)によると、大野とA子さんは2013年に出会い、交際に発展。2017年から同じマンションに二部屋を借り、マンション内同棲を始めていたという。

 同年6月、大野はA子さんと結婚するために嵐脱退と芸能界引退をジャニーズ事務所に申し出るものの、話し合いの末に「嵐の活動休止」という形に収まり、「アイドルである限り結婚はできない」として結婚は白紙に。A子さんから身を引く形で二人は破局したそうだ。

 大野に長年恋人がいたことに憤慨するファンもいたものの、アイドル活動と結婚の狭間で揺れ動いた大野とA子さんの “純愛”と悲恋に同情する声も大きい。

 しかし大野といえば、A子さんと交際中だったはずの2015年に別の女性とのデートをスクープされ、謝罪会見までしている。また、「文春」記事では、2013年に西麻布の会員制バーで知り合った元モデルのB子さんと浮気し、A子さんにバレていたと暴いている。意外にも浮気三昧だったようだ。

精神科医が語る葛飾北斎のADHD…生涯93回の転居、頻繁な改名、無礼で金銭には無頓着

 葛飾北斎は、『冨嶽三十六景』『北斎漫画』などの作品で知られる江戸後期の高名な画家(浮世絵師)である。北斎の浮世絵は世界的にも広く賞賛され、『ひまわり』などの作品で知られるゴッホにも影響を与えた。ゴッホは北斎の作品を手本にして、浮世絵風の作品を残した。

 ゴッホは日本の美術について、次のように述べている。

「日本の芸術は、中世、ギリシャ時代、我がオランダの巨匠レンブラント、ポッター、ハルス、フェルメール、ファン・オスターデ、ライスダールの芸術と同じようなものだ。いつまでも生き続ける」(1888年7月15日、アルルにて弟テオあての手紙/オランダ・アムステルダムのゴッホ美術館公式サイトによる日本語訳より)

 北斎の海外での評価は、日本におけるものよりもはるかに高い。この点について、戦前から戦後初期に活躍した文豪・永井荷風は次のように述べている。

「ヨーロッパ人の北斎に関する著述として私が知っているものとしては、フランスの文豪ゴンクールの『北斎伝』、ルヴォンの『北斎研究』がある。またドイツ人ペルジンスキイの『北斎』、イギリス人ホームズの『北斎』という著作がある。フランスにおいて早くに日本美術に関する大著を出版したルイ・ゴンスは、思うに西洋諸国において最も北斎を称揚している人物である。

 ゴンスは、北斎を日本最大の画家とするだけではなく、おそらくヨーロッパ美術史上の 最も偉大な巨匠たちの列に加えられるべきものとしている。例えばオランダのレンブラント、フランスのコロー、スペインのゴヤ、さらにフランスの諷刺画家ドーミエとを一つにしたような大家であるという」(永井荷風『ヨーロッパ人の見た葛飾北斎と喜多川歌麿』【Kindle版】より/近代美術研究会による現代語訳)。

90歳の臨終時、「あと5年、10年生きれば、まことの絵描きになってみせる」

 北斎は、1760年に現在の東京都墨田区に生まれた。1760年といえば徳川家治が第10代将軍に就任した年で、同じ年には、独自の麻酔法を編み出した医師の華岡青洲も生誕している。

 1767年には田沼意次が将軍の側用人となり、幕府の政治を牛耳った。このいわゆる「田沼時代」は賄賂が横行し華美な生活に走る傾向が強かったと批判されることが多いが、実はこの時代の経済は非常に好調だった。

 北斎の個人的な経歴については、不明の部分が多い。北斎の生家の姓は「川村」で、幼児期に鏡師である中島伊勢の養子となったとされているが、中島家の生まれであるという説もある。

 北斎の伝記を執筆した美術評論家の瀬木慎一によれば、北斎の遺骨は川村家の墓に納められていることから、北斎は川村家の生まれで、その後血縁のある中島家の養子になったが、家業の鏡師になることを嫌って家を出たと推測している(『画狂人北斎』河出文庫)。その後の少年期に北斎は、貸本屋の丁稚、木版彫刻師の従弟などとして働いていたらしい。

 北斎は幼い頃から絵に興味を持っていたこともあり、1778年に浮世絵師・勝川春章の門下となった。ここで彼は、狩野派や唐絵、西洋画などの技法を学び、風景画や役者絵を数多く描いた。

 北斎は生涯に2度結婚し、それぞれの妻との間に一男二女、合わせて二男四女をもうけた。三女であるお栄(阿栄)は後に葛飾応為と称し、北斎の助手をすると共に、浮世絵師としても活躍をしている。

 北斎の没年は1849年で、90歳という長寿であった。臨終にあたって北斎は、「あと十年、いや、せめて五年生かしてくれ。そうすれば、まことの絵描きになってみせる」と述べたという(永田生慈『もっと知りたい葛飾北斎―生涯と作品』東京美術)。

北斎の「非常識な行動」には確かな情報ソースに欠けているものも多い

 北斎は多数の作品を残した高名な画家である一方で、その行動には、常識からかけ離れた点がさまざまあることが指摘されている。しかしながら、これについては確かな情報ソースがあるわけではなく、明治も中期になった1893年になって刊行された飯島虚心の『葛飾北斎伝』(岩波文庫)の記載によるものが大部分であるという。

「著者の虚心は、この本を執筆するにあたって、北斎を直接知っている人物の取材を精力的に行った。とはいうものの、北斎の死去から40年あまりの年月が経過しており、存命するものはごくわずかで、彼らの証言にどこまで信憑性があるかは疑問があるようだ」(永田生慈『葛飾北斎の本懐』角川選書)。

 ともあれここでは、北斎の特異な言動や生活ぶりのいくつかについて、『葛飾北斎伝』の現代語訳を永田氏の著作から引用しつつ示していきたい。

生涯93回の転居、ひんぱんな改名、金銭への極端な無頓着、礼儀作法も好まず

 北斎について第一に挙げられるのが、極端な転居癖である。北斎はその生涯において、93回も転居したと伝えられている。

「生涯の転居は93回にも及び、甚だしい時は一日で3カ所も引っ越したことがあったといわれる」(以下基本的に、引用部は永田生慈『葛飾北斎の本懐』より)

 さらに北斎は改名もひんぱんだった。知られているだけで、北斎は30以上の名前を持っていた。北斎のほかに、「宋理」「画狂老人」「天狗堂熱鉄」などとも称していた。没年である90歳時にも、「卍」「藤原為一」という名前を使用している。

 ひんぱんな転居の原因としてよく指摘されるのは、北斎のルーズさ、だらしなさ、片づけのできなさである。この点は助手として同居していた娘の応為も似たようなものだったらしい。

「無精で部屋を掃除せず、常に破れた衣服を着て、食べ物を包んでいた竹の皮や炭俵などを一面に散らかして、汚穢が極度に達すると、すぐに他に転居をしたという」

 食事は自分で調理することはなく、買ってきたり、もらったりして済ませた。家には食器ひとつなかった。食べ終わると、ゴミをそのまま放置したので、部屋のなかはいつも汚れていた。

「北斎は破れた衣服を着て、机に向かい、その傍には食物を包んでいた竹の皮などが散らかされており、その不潔な室内で娘のお栄も、ごみの中に座って作画をしていた」

 北斎は金銭にも無頓着であった。それなりの収入はあったにもかかわらず、いつも貧しく衣服にも不自由していた。画工料が送られてきても、数えもせず机に放置しておく。米屋、薪屋が請求にくると包みのまま投げつけて渡したという。

 北斎はいつも金に困り、ひんぱんに知人に無心をしていた。仕事を終える前に、画料を前借していることもたびたびだった。

『葛飾北斎伝』ではこうしたさまについて、「其の技大いにうるふも赤貧洗ふが如く、殆ど活を為す能はず」と述べられている。

 北斎は連日画作に明け暮れており、それ以外のことはいっさい目に入らなかったようである。つまり、絵を描くことに「過剰に集中」し、すべての精力をそれに注ぎ込んでいた。

 また北斎は、礼儀作法を好まなかった。返事は素っ気なく、人に会っても一礼もしなかった。

「北斎は礼儀やへりくだることを好まず、性格はとても淡泊で、知人に会っても頭を下げることはなく、ただ「今日は」というか、「イヤ」というだけで四季の暑さ寒さや、体調の具合いなど長々と喋ることはなかった」

葛飾北斎は典型的なADHD(注意欠如多動性障害)か、“がさつ”な一方で特定分野には過集中

 このような記載からは、北斎は風変わりで人嫌いの変人と考えられてしまうかもしれない。しかし、前述の永田氏が指摘しているように、一見してだらしなく見える生活であっても、実はそれは作画に没頭していることの結果であり、作品に対する打ち込み方は、尋常ではないものがあった。

 北斎は70代、80代になっても、絵についての鍛錬を怠ることなく続け、膨大な傑作群を残した。

 このような北斎の特性について、どのように考えればよいのだろうか。結論からいえば北斎に見られる特性は、ADHD(注意欠如多動性障害)にかなり近いものがある。

 ADHDを持つ人は、きっちりとした枠組みを嫌う、ある意味、自由人的な特性を持つことが多い。実際、成功した芸術家や起業家には、ADHDの特性を持つ人は少なくない。

 また彼らは、多くの事柄にはおおまかでずぼらであるが、特定のことには、過剰とも思える集中力を発揮する。落ち着きがなく、じっとしているのが苦手で、体も精神面も常に動いていることを好む。不注意さがみられ、片付けや整頓が苦手である。

 北斎に不注意症状がみられたかどうかははっきりしないが、ひんぱんな引っ越しや改名は、多動傾向の表れのようである。片づけが苦手だったり服装や挨拶に無頓着だったりする点は、ADHDの特性と一致している。

 そして何よりも、画作に対する過剰なまでの集中は、ADHDを持つ人によくみられる特徴である。

 北斎のエピソードは、明治時代の高名な医学者である野口英世を連想させる。野口もADHDの特性を持った人物であったが、実験への打ち込み方は人並はずれたものがあった。

 彼は昼夜を問わずに実験を継続し、疲労の極限において実験室のソファで寝込むのであったが、目が覚めるとそのまま実験を継続したという。このような野口の状態を、周囲の人たちは、「人間発動機」と呼んでいた。

『富岳百景』にある「百歳になってまさに神妙の域になるのではないか」との北斎の言葉

 しかし当然ながら、ADHDの特性を持った人が、みな芸術家や科学者として大成するわけではない。北斎が国際的な名声を得るまでに至ったのは、やはり北斎自身の画作に対する限りない情熱があったからこそである。北斎が「奇人」でだらしのない人物のように語られるのは、彼が絵を描くことに集中するため、生活のすべてを注ぎ込んだからであろう。

 北斎は自らの画作において旺盛な研究心を持ちさまざまな技法を駆使したが、版画の彫師などに対しても、細かい周到な指示を怠らなかった(瀬木慎一『画狂人北斎』河出文庫)。

 75歳の時に出版された『富岳百景』には、次に示す彼の文章が収められている。

「……七十歳より前には取るに足るものはなかった。七十三歳で、……いくらか悟ることができた。であるから、八十歳になればますます進み、九十歳ではさらに奥意を極め、百歳になってまさに神妙の域になるのではないか。百何十歳では、描く物の一点一格が生きているようになるだろう」(永田生慈『葛飾北斎の本懐』より)

(文=岩波 明/精神科医)

●岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書インテリジェンス)、共著に『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

安倍晋三がしゃしゃり出てきた! コロナ禍で宴会「私なら1月に解散」、アベノミクス自画自賛、極右集団「創生日本」再始動

 菅義偉首相が日本学術会議問題で追及を受ける一方で、またもあの男が調子づいている。安倍晋三・前首相だ。  たとえば、安倍前首相は11日の夜、自民党の野田聖子幹事長代行や岸田文雄氏ら当選同期組10人と会食。新型コロナ感染拡大がつづくなかで政治家が大人数での宴会を開いているこ...

映画レビュー「セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選」

日本未公開の知られざる鬼才、セルゲイ・ロズニツァ。最新作を含む近年のドキュメンタリー作品3本がついに公開される

投稿 映画レビュー「セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選」映画遊民 映画をもっと見たくなる! 映画ライター沢宮亘理の映画レビュー、インタビューetc に最初に表示されました。