嵐・大野智への気遣い「リーダー大丈夫? 気持ち的に」 世界進出めぐる固い決意明かす

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Johnny's netより

 7月に入り、嵐が活動休止期間に入る「2020年いっぱい」の期限まで半年を切った。そんな嵐が2019年1月に活動休止を発表してから力を入れていることのひとつが「世界進出」だ。

 世界進出のため、嵐はインターネットでの情報発信に消極的なジャニーズ事務所の慣例を打ち壊し、2019年11月には各SNSアカウントを開設。また、Apple MusicやSpotifyなど定額制音楽配信サービスへの音源配信もスタートさせた。

 そうした背景には、活動期間が限られているからこそ新しいことにチャレンジしていきたいというメンバーの思いがあった。6月30日に配信された嵐のドキュメンタリー番組『ARASHI’s Diary -Voyage-』(Netflix)第10話で松本潤はこのように語っている。

音楽史上最大の謎、モーツァルト“幻の交響曲”に新事実…従来の仮説を覆す発見か

 2009年、米バージニア州在住のある女性が大好きな蚤の市をぶらぶらしていたところ、なんの変哲もない箱が目にとまりました。その中には、人形やプラスチック製の牛の置物と一緒に絵画が入っていたそうです。絵画そのものよりもその額縁が気に入った彼女は、たった7ドルで購入して家に持ち帰ったのですが、絵自体はそのまま放っておいたそうです。

 それから2年半後のことです。絵の教師をしている画家の母親が訪れた際に、その絵を見て驚きました。慌てて専門家の鑑定を受けたところ、それはフランス印象派を代表する画家、ルノアールが、1879年に当時の愛人のために描いたとされるセーヌ河畔の風景画で、評価額は10万ドル(約1100万円)にも上るとみられたのです。通常、ルノアールの絵画は数億円の価値がありますが、この絵はルノアールが愛人とセーヌ川沿いのレストランで食事をしている際にリネンのナプキンにさらさらと描いたもので、傷みもあり、このくらいの評価額しかありませんが、それでも本物のルノアールです。

 その後、この絵をめぐって裁判沙汰になりました。実はこのお宝は、1951年に米ボルティモアの美術館から盗まれて行方不明になっていたのです。それから60年もたって、どのようにして蚤の市で売られていた箱の中に納まったのかは不明ですが、最終的には「盗品の所有権は移らない」という理由で無事、美術館に戻ることになりました。

 まるで『開運!なんでも探偵団』(テレビ東京系)のような話です。最近でも、今年1月、23年前にイタリアの美術館で盗難にあったクリムトの名画「夫人の肖像」が、同じ美術館の壁にある小さな扉の中から発見されたことが話題になりました。なんと評価額は73億円の名画です。

 このような絵画の盗難の話は、ほかにも結構あります。最も有名なのは、1911年に仏パリのルーブル博物館からレオナルド・ダ・ヴィンチの大傑作「モナ・リザ」が盗まれた事件でしょう。2年後、イタリアの美術館に売ろうとやって来た犯人とともに無事、見つかったのですが、実際には、名画を盗んでも売ることは不可能といわれています。有名な画家の作品が盗難に遭えば、そのニュースはあっという間に世界の津々浦々に伝わってしまうので、のこのこ売りに来ても、そのまま刑務所送りとなります。そうでなくても、世界の名画を持ち込んで来ただけで怪しく思われてしまうでしょう。

 これは、高価な弦楽器の世界でも同じです。たとえば、イタリアの有名な弦楽器、ストラディヴァリウスなどは、すべてがリストアップされて世界中の楽器商に知られています。うまく盗めたとしても売ることはできず、結局は捨てる羽目になるだけです。

 本連載記事『盗まれた3億8千万円のストラディヴァリウス、無事に戻ってきた奇想天外な顛末』で詳述しましたが、僕がロサンゼルス・フィルハーモニックの副指揮者を務めていた頃、首席チェロ奏者が3億8000万円のストラディヴァリウスのチェロを盗まれた事件がありました。しかし、あっという間にニュースで話題となり、泥棒もごみ置き場に捨てておくしかなかったのです。その後、偶然通りがかった女性が家に持ち帰り、テレビでチェロ盗難のニュースを見て、無事に楽器は戻ってきたのです。

有名作曲家の“知られざる名曲”発見秘話

 一方、同じ芸術でも音楽自体の盗難事件はありえません。「ライバルの作曲家にメロディーを盗まれた」という話はありますが、これはせいぜい、ヒットした曲の良いメロディーをちょっと自分の曲に入れ込んでみた」くらいの話です。

 では、冒頭の女性が蚤の市で名画を見つけたように、有名な作曲家の知られざる名曲が発見されるなんて出来事はないのでしょうか。実は、有名な話が残っているのです。

 シューベルトの交響曲第8番『グレート』という名作があります。シューベルトは、モーツァルトの再来といってよいほど素晴らしい音楽の才能を持った、19世紀前半のウィーンで活躍した作曲家です。しかし、彼はモーツァルトのように自分自身やその音楽を売り込む能力が決定的に欠けており、仲間たちのサークルで音楽を楽しんでいる程度の作曲家と評価されていました。8つの交響曲などを作曲していますが、生前には1曲も出版されることがなかったのです。

 19世紀のドイツで大きな影響力を持った作曲家、シューマンもシューベルトを高く評価してはいませんでした。ところがある日、大事件が起こりました。シューベルトの死の10年後にウィーンを訪れて墓参りをしたシューマンは、シューベルトの兄に誘われて訪問したシューベルトの自宅で、まさしく歴史が動くような大発見をしたのです。

 死後もまったく生前のままの状態に保たれていた仕事机の引き出しを開けたシューマンの目に入ったのは、知られざるオーケストラの楽譜でした。すぐさま、その楽譜に目を通したシューマンは、「とんでもなく素晴らしい交響曲だ」と飛び上がってしまいます。そして、すぐにドイツ初演を行い、これまでのシューベルトに対する評価を一変する大傑作として世に知らしめたのです。そして、10年間も机の中に眠っており、いつ破棄されてもおかしくなかった楽譜が、その後の音楽にも大きな影響を与えることにもなりました。それまでは、冒頭が2本のホルンのみで始まるような交響曲は誰も聴いたことがありませんでした。

 最近でも、ロシアでストラヴィンスキーが1908年に作曲し、その後、紛失していた作品の楽譜が2015年に発見されて世界中で大きな話題になりましたが、まだまだ知られざる名曲がどこかに眠っているかもしれません。

モーツァルトの“幻の交響曲”

 そんななか、話題が尽きない“幻の交響曲”があります。それは、モーツァルトの交響曲第37番です。41曲の交響曲を書き上げたモーツァルトですが、実は37番が不明です。もし、これが見つかれば、世紀の大発見となります。ところが、実際には存在しない交響曲といわれています。

 27歳の乗りに乗っていたころのモーツァルトが、旅先のリンツで交響曲を2曲演奏するように依頼された時のことです。演奏会はわずか3日後で、しかも「誰も聴いたことのない新しい交響曲」が条件でした。ちょうど出来上がったばかりの交響曲が1曲あったのですが、もう1曲をたった3日間で書き上げたという有名な逸話が残っています。それが、大傑作の交響曲第36番『リンツ』といわれているのです。

 しかし、さすがの大天才でも、3日間で交響曲を作曲するのは、とてつもなく難しいことです。そこでどうしようもなく、友人のミヒャエル・ハイドンの交響曲を拝借し、短い前奏だけを付け加えて新作としてお茶を濁したのではないかともいわれています。しかも、その時に書き足した前奏の楽譜は現存しています。

 僕としては、3日間で交響曲を完璧に書き上げたというモーツァルトの天才性を信じたいですが、同じ年に、体を壊したために大切な雇い主から依頼された曲を書くことができなかったハイドンの代わりに、モーツァルトがゴーストライターを務めたことがあり、その借りを返してもらったという話まであります。著作権の概念がなかった当時には、よくある出来事です。ただ、さすがにその後のモーツァルトは、この他人の交響曲を再び演奏することはなく、楽譜庫にしまい込んでいたのです。

 ところが、モーツァルトは若くして急死してしまいます。そして、その遺品から、今まで知られていなかった交響曲が見つかって大騒ぎになったのです。これこそ、このいわく付きの交響曲でした。そして、それを見たウィーンの楽譜商が、“モーツァルトの知られざる交響曲を発見した”と早とちりして交響曲第37番とし、それ以降の交響曲を38番から順番に番号を振って出版してしまったのです。その後、37番はモーツァルトの作品ではないとわかった時には、すでに手遅れ。38番から41番の交響曲は有名になっていたので、今さら変えることはできず、仕方なく存在しない37番を欠番にしたというのが真相だといわれています。

 しかし、最近になって大きな新発見がありました。ハイドンの交響曲に付け加えたといわれている前奏曲の五線紙が、リンツ滞在の後の時期に使用していた物であることがわかったのです。そうなれば、交響曲第36番『リンツ』と一緒に演奏した新しい交響曲はなんだったのだろうかと、新しく疑問が出てきます。

 35番から41番の交響曲は、どの曲も大傑作として知られているので、もし37番が本当に見つかれば音楽史上最大の発見で、その価値は想像を超えたものになるに違いありません。そうなれば、僕も真っ先に指揮をしたいと思います。

(文=篠崎靖男/指揮者)

●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/

JRA 20度目の正直は「最下位」大敗……新種牡馬ラブリーデイ&ミッキーアイル「歓喜の初勝利」の裏で大本命モーリスの苦難続く

 4日、阪神競馬場で行われた新馬戦では、新種牡馬に相次いで朗報が舞い込んだ。

「能力はあると思っていました」

 そう語るのは6Rで初陣を飾ったデュアリスト(牡2歳・栗東・安田隆行厩舎)の鞍上を務めた北村友一騎手だ。父ミッキーアイルにとっては、嬉しい産駒の初勝利となった。

 9頭立てで行われたダート1200mのレース。好スタートから、すんなり2番手をキープしたデュアリストは最後の直線で逃げ粘るヨッシーフェイスを3/4捉えての勝利。見守った安田調教師は「まだフラフラしたり課題は多い」と課題を挙げたが、「将来的に1600mまで持ってくれたら」と今後に期待を膨らませる走りだった。

 さらに5Rでもラブリーデイ産駒のジャカランダレーン(牝2歳、栗東・中内田充正厩舎)がデビュー戦を完勝。芝1400mのレースで4馬身差の圧勝劇と、父に嬉しい初勝利をプレゼントしている。この走りには鞍上の福永祐一騎手も「上手に立ち回ってくれて、調教の良さを活かしてくれた」と高評価。中内田調教師も「いい経験ができた」と小さくはない手応えを感じている様子だ。

 今年産駒がデビューする新種牡馬の中では、決して評価が高いとは言えなかったラブリーデイとミッキーアイル。JRAでは、どちらもまだ10頭に満たない産駒しかデビューしていないが、勝負の1年目で早めに勝ち星を上げたことは何よりの朗報だろう。下馬評を覆すような活躍が期待される。

 その一方、ジャカランダレーンが圧勝した新馬戦で、3番人気に推されながらも最下位に大敗したのがユリシスブルーだ。

 ラブリーデイやミッキーアイルと同じ新種牡馬の父モーリスには、未だ勝利がない。ドゥラメンテと並ぶ今年の新種牡馬の2枚看板と評さている存在だけに、心配な状況が続いている。

「うーん、まったく見せ場がありませんでしたね。ドゥラメンテ産駒の初勝利を飾った西村真幸厩舎の所属馬だけに期待していたんですが、こういった馬場(重馬場)がダメなのかも。4コーナーで松山弘平騎手がムチを入れていたように、早々に手応えがなくなったようです」(競馬記者)

 ちなみにモーリス産駒はこの日の阪神1Rにも出走して10着に大敗……。これまで出走回数は新種牡馬の中でも断トツの20回を数えるが、合計2着4回ともどかしい状況が続いている。

「モーリスからすれば現役時代にラブリーデイには2016年の天皇賞・秋(G1)で、ミッキーアイルには2015年の安田記念(G1)で、それぞれ完勝してG1勝ちを収めているんですけどね。

他の新種牡馬ではディスクリートキャットや、クリーンエコロジーの産駒もすでに初勝利を飾っており、モーリスの出遅れムードは明らか。強い馬の子供が必ず走るわけではないのが競馬ですが、今月13、14日には産駒が売買されるセレクトセールの開催が迫っていますしね……」(同)

 ちなみに明日5日、福島1R(未勝利戦)には新馬戦で3着だったマジカルステージがスタンバイ。モーリス産駒の初勝利が期待される。現役時代にG1を6勝して「アジアのマイル王」と称された“ブランド力”を落とさないためにも、そろそろ明るいニュースが欲しいところだ。

「1日1食+夜に間食」で体重管理するカロリー計算ダイエットに医師が太鼓判を押す理由

 新型コロナウイルスの影響により自宅で過ごす時間が増えた人のなかには、通勤などでの移動でカロリーを消費することもなく、手の届くところに常に食べ物があることも相まって、体重を増やしてしまった方も多いのではないでしょうか。

 私も勤務先が休業となり自宅にこもる時間が増えて、2週間で1kgほど体重が増加してしまいましたが、あわてて以前取り組んでいたダイエット法を始め、1カ月弱で元の体重である67kgに戻すことができました。また、昨年は72kgまで増えた体重を4カ月ほどで67kgまで落とすことにも成功していますが、その方法について解説してみましょう。

 私が行ったのは、シンプルに「1日の消費カロリーが摂取カロリーを上回るようにカロリー計算する」という方法です。目標は、無理をせず1カ月で1kg前後落とすこと。1年継続できれば10kg以上の減量になるので、これで十分だと思います。

 1カ月で5kgほどの目標を設定する人も多いですが、これは現実的ではないでしょう。体重1kgあたり7200kcalと言われているので、1カ月で5kgとなると3万6000Kcal、1日あたり1200kcalを減らさなくてはならない計算となり、厳しい食事制限が必要で継続は難しいと思われます。

 その上、栄養状態も悪くなって、体力が落ちてあらゆるパフォーマンスが低下してしまいますし、目標を達成して元の食生活に戻れば、過度なカロリー制限による筋力と基礎代謝の低下により、あっという間にリバウンドするでしょう。

 40代男性の私は173cm・68kgなので、1日の消費カロリーは低く見積もって2200kcalと推定しました。対して、摂取カロリーを1日2000kcalとすると、1日200kcal減=1カ月で6000kcal減。これを目標にすると、1カ月で1kg弱の減量ができる計算になります。

 この目標を達成するためには、私の場合1日3食では必ずオーバーしてしまいます。一旦食事を口にすると、食の誘惑に勝てず、1食あたりの目標摂取カロリーを設定しても、どうしても守れませんでした。そこで、私は「1日1食+α」を実践しました。

「いかにも不健康な感じで太っている」人たち

 1日1食ダイエットは、数年前より、医師を中心として紹介され始め、書籍も多数出版されていますが、そこで共通して言われているのは「今の日本人は食べすぎ」ということです。空腹感をさほど感じていなくても、1日3食を義務のように食べている人も多いのではないでしょうか。私の知人の医師も、このように話しています。

「食べすぎは万病のもとです。太るのはもちろん、胃腸が食べ物を処理するだけで手いっぱいになって休まらないので、本来の機能を損ない、体調不良にもなりやすいです。今まで多くの患者さんを診てきましたが、やはり病気になりやすい人、病気が悪化してしまう人は太っていることが多く、それがまた、いかにも不健康な感じで太っているんです。肌つや、顔色などを見ているとわかります。彼らはカップラーメンやコンビニ弁当、あと砂糖の多いジュースなどを、栄養なんか気にしないで食べているのかな、という感じがしますね」

 私は40代になってから70kg以上の体重が慢性化していましたが、この話を聞いて他人事とは思えず、今後「いかにも不健康な感じで太っていく自分」を想像してしまいました。やはり、食生活を改善しないと体型だけではなく今後の健康にもかかわってくると思い、食生活の改善を決意した次第です。

 具体的な方法は、基本的には朝食と昼食を軽く済ませた上でカロリー計算するだけです。まず朝食、私の場合は栄養バランスも考え、グラノーラ50gに牛乳150mlをかけて300kcalほどを摂取することが多いですが、グラノーラやコーンフレークに入っているオーツ麦は栄養価が高く、個人的に1日1食+αを実践するにあたって、不足する栄養素を補給するのに必須と感じています。

 そして、昼食も300kcalほどに抑えます。私はピーナッツが好物なので、栄養価が高いこともあって昼食代わりに食べることが多いです。昼食を抜くのは難しいと感じる方も多いと思いますが、人間は仕事や遊びなどで何かに集中しているときは意外に食欲を我慢できるもの。新作ゲームが出て、何時間も寝食を忘れてプレイした経験がある人もいるのではないでしょうか。

 そういった「集中している時間」の食事を軽食で済ませることで、1日の摂取カロリーは大幅に抑えられます。ただ、ゲームなどとは違い仕事中はストレスも多く、そのはけ口においしいものを、と考える人も多いでしょう。そこで、夕食は自分の大好きな満足のいくものにすることが大切だと考えます。

 つまり、夕食の満足度を上げることで、昼食をたっぷり食べたいという誘惑を抑える作戦です。たとえ誘惑が強くても、夕食が「本当に自分が食べたいもの」であれば、辛抱して楽しみをとっておこうという気になれるでしょう。

 夕食で好物を食べるのが難しい場合、夕食後に自分の大好物を食べるのもいいでしょう。1日2000kcalを目標にするならば、朝食300kcal、昼食300kcalで済ませた場合、夕食に1000kcal摂取しても、食後の楽しみに400kcal残っている計算になります。

 夕食後の間食、特に就寝前の間食は太るので注意すべきという意見も多いですが、ここで目指すのは、あくまで「1日の消費カロリーが摂取カロリーを上回るようにカロリー計算する」ことなので、それ以上の細かいことを求めません。なぜなら、あれこれ気にすると減量のストレスが大きくなるからです。夕食後の間食については、就寝の直前だけを避けて存分に楽しみました。

 1食しっかりいただく時間は夕食に限らず、各々の生活スタイルに合った時間でかまいませんが、一般的に家族や会社の同僚などと食事を摂るのは夕食であることが多いので、ここでは夕食をおすすめしました。

 また、カロリーが低いものであってもジュース類を控えることも必要でしょう。私は冷たい水が好きで1日2リットルほど飲んでいますが、もっともいいのは白湯を朝一番に飲むことで、腸内浄化と便通改善になります。また、どうしても食欲を抑えられないときは、食前の30分に炭酸水を300mlほど飲むとお腹を膨らませてくれるので、食事の量を無理なく減らすこともできます。

「朝にグラノーラと牛乳」が良い理由

 前出の医師に、私のダイエット方法と4カ月で5kgの減量に成功したことを伝えると、以下のような返答がありました。

「まずは、朝にグラノーラと牛乳というのがいいですね。栄養が豊富なのはもちろんですが、グラノーラは糖質が多いので、少ないカロリーでも日中の活動のためのエネルギーになってくれますし、固いのでよく噛むことにもなり、満腹中枢を刺激するので昼食を減らすことにもつながるんです」

 ダイエットにとかく嫌われがちな糖質は活動のために必須なエネルギーなので、過剰な削減は危険です。なので、私が朝食でグラノーラを摂取することは、カロリーは抑えても日中の活動のためのエネルギーは確保できるので合理的、とのことでした。

 続いて、夕食とその後の間食でたくさん食べるのはどうなのかと質問してみると、以下のような返答でした。

「寝る前じゃなければ大丈夫ですよ、カロリー計算されていて、カロリー過多になっていなければ、太ることはありません。ただ、早食いは避けたほうがいいですね。血糖値が急激に上がって、インスリンが多く分泌されると、同じ摂取カロリーでも脂肪に変わりやすくなってしまうんですよ。やはり、よく噛んで栄養をじわりと吸収させるのがいいですね」

 よく噛むことがダイエットの効果を高めてくれるとなれば、1日1回のメインの食事をより味わうためにも、噛む回数は意識したいものです。

 この方法を実行するにあたって、なるべく正しく行いたいのがカロリー計算です。1日単位で達成できなくても、1週間単位での達成を考えればいいでしょう。なぜなら、摂取したカロリーが脂肪になるには4日ほどのタイムラグがあるので、その間に摂りすぎてしまった分を抑えれば問題ないからです。

 たとえば、飲み会などで1日3000kcal摂取してしまったならば、翌日を1500kcal、さらに翌日も1500kcalとして、3日で6000kcalに抑えれば1日平均2000kcalとなり、余計なエネルギーの蓄積は避けられます。

 この方法は、摂取カロリーを1日の必要カロリーより200kcal減らすだけなので、体重の減少が感じられるまで1週間ほどかかると思いますが、結果が出ないからといってあきらめてはなりません。最初の数日はなかなか体重が減っていかず、効果がないと思うかもしれませんが、排泄量は明らかに減るはずで、今までどれだけ無駄なエネルギーを摂取してきたか実感するはずです。

 同時に、少しずつお腹がすっきりしてくるのを感じると思います。こうなったらしめたもので、あと数日すれば体重は確実に減る態勢に入り、日に日に体重の減少を実感できるはずです。ここまで10日ほどかかりますが、一旦落ち始めれば継続へのモチベーションも上がってくるでしょう。

「空腹になったら食べる」だけでもOK

 1カ月で1kgの減量を目標としたにもかかわらず、減少幅が0.5kgの場合、1日の消費カロリー、もしくは食べたもののカロリー計算がずれていることが原因です。その場合は1日の摂取カロリーをもう少し落とすか、ウォーキングなどの運動でカロリー消費する、筋トレで筋肉量を増やして基礎代謝を上げる、といった方法がおすすめです。

 もし、明らかに摂取カロリーが消費カロリー以下なのに効果が出ないという場合は、糖質中心の食事になっている可能性もあるでしょう。糖質を摂取すると血糖値が上がり、膵臓からインスリンが分泌されます。これは血中の糖分を脂肪に変えてしまう働きがあるため、糖質を摂りすぎると摂取カロリー以上に脂肪がたまりやすいと言われています。

 この減量はカロリー計算が基本ですが、栄養バランスについても気を配りたいものです。特に1日1食+αなのに糖質が過多になっていると、必要な栄養素が不足し、体調不良や虚弱体質にもつながってくるので、カロリーを抑えているわりに体重の変化がない、あるいは減少幅が小さいという場合は、栄養バランスを見直す必要があるでしょう。

 そのため、栄養素も記録できるダイエット支援アプリがおすすめです。これはいくつもリリースされており、日々食べたものを記録するだけで、カロリー計算はもちろん、糖質を摂りすぎていないか、ビタミンなどが不足していないかが一目瞭然なので、これで栄養管理をすれば、ダイエットだけではなく今後の健康にもつながってくると思います。

 細かいことは難しいな、という人は、まずは1日3食という固定概念を捨てて「空腹感を感じたときに食事をする」ことからスタートするのもいいでしょう。空腹な時間は胃腸が適度に休まるので、本来のパフォーマンスを発揮しやすくなり、ダイエットだけではなく健康にもつながるのです。

 気をつけたいのは、運動強度が高い人や成長期の子どもにはおすすめできないこと、持病がある人は医師に相談してから始めたほうがいいことです。自分の体に合わないダイエットで体を壊してしまっては、元も子もありません。

 最後に、前出の医師からの助言をひとつ。

「最初は無理しなくていいですよ。ほんの少しずつ減らして、なるべく空腹感を感じてから食事をすること、これだけで体調の変化は感じられるはずです。体重も微妙ながら落ちていくはずですから」

 何事も無理は禁物です。これを読んだ方々が、無理のない健康なダイエット生活を始めていただければと願います。

(文=中西厚/ライター)

E-girlsの源流やmisono…ドラマ『M』に見るエイベックスのゴリ押し歌姫3組

 

 エキセントリックな演出が話題を呼んでいるテレビドラマ『M 愛すべき人がいて』(テレビ朝日系)が、7月4日夜の放送でいよいよ最終回を迎える。

 この作品は、浜崎あゆみをモデルとした「アユ」がスターの座を掴むまでの過程と、彼女とエイベックス株式会社代表取締役会長の松浦勝人(当時・専務)をモデルとした「マサ」との恋愛が、ストーリーの軸になっている。

 現実世界でも、売れないアイドルだった浜崎は松浦に見いだされ、1998年4月にエイベックスから19歳で歌手デビューしている。稼ぎ頭だった安室奈美恵が産休に入っていたこともあり、そのプロモーションには、莫大な予算が用意された。また、ハイペースなシングルCDのリリース、周到なタイアップ戦略など、短期間に大量のメディア露出を果たすことで、浜崎は多くのファンを獲得。以後、長年にわたり、エイベックスに莫大な収益をもたらすことになる。

 このように、エイベックスがイチ推しの新人に多額のプロモーション費をかけて大プッシュした例はいくつかある。ただし、それは必ずしも成功していない……いや、失敗例のほうが多いのでは? ここでは、そうしたエイベックスの、強引な大プロモーションが失敗に終わったアーティストを3組、クローズアップしたい。  

ポストSPEEDを狙ったグループ「dream」の長い迷走

 1990年代の終わり、一時代を築いたSPEEDの人気がピークを過ぎた頃から、“ポストSPEED”を狙ったアイドルグループがいくつもデビューしている。1999年8月に行われたオーディション「avex dream 2000」でグランプリを受賞した松室麻衣、橘佳奈、長谷部優の3人で結成された「dream」もそのひとつだった。

 新しい1000年の最初の日、2000年1月1日にシングル「Movin’ on」でデビュー。それは、“彼女たちは新時代をリードするアイドルである”というアピールのようにも感じられた。

 バラエティ番組やCMとのタイアップもあったこの曲は、ウイークリーチャート(オリコン:以下同)で最高15位。デビューからいきなりブレイク──というほどの結果は出なかった。

 2000年1月といえば、モーニング娘。が前年秋の「LOVEマシーン」のミリオンヒットで、SPEEDに変わる国民的アイドルの座に君臨しかけていた時期だ。これは、dreamにとって不利な材料だといえた。

 dreamは、浜崎あゆみの売り出し方と同様に、以後もハイペースでタイアップ付きシングルをリリースしていくが、どれも爆発的ヒットとはならなかった。

 そして、2002年7月にメンバーの松室が脱退。これをきっかけに、dreamはデビュー時とまったく異なるグループへと変容を遂げる。モーニング娘。のノウハウを拝借するかのように、追加メンバーオーディションを実施し、阿井莉沙、阿部絵里恵、高本彩、中島麻未、西田静香、山本紗也加と一気に6人を加入させ、8人組グループとなるのだ(のちに阿井が脱退で7人に)。

 ところが、増員も人気ブレイクには結びつかず。事務所移籍、「DRM」に改称などを経て、2008年7月に、デビュー以来センターだった長谷部が脱退。エイベックスはここで彼女たちを見限ったという。

 そんな6人に救いの手を差し伸べたのが、EXILEのリーダーで、芸能プロダクション「LDH」の社長であるHIROだった。LDHに移籍したDRMは、「Dream」と再改称して再出発を図る。だが、なかなか目立つ結果を出せないまま、Kana(橘佳奈)が2011年2月に脱退。これをもって、2000年の元日にデビューしたオリジナルメンバーはゼロになるのだった。

 その後、Dreamの残された5人(全員が追加メンバー)の苦労が報われたのは、同年の11月、LDHに所属するHappiness、Flowerのメンバーとともに、「E-Girls(のちにE-girls)」としてデビューしてからである。

ボーカルmisonoが売れたのは、歌ではなくバラエティ番組

 2002年8月にエイベックスが大型新人として大プッシュしたのが「day after tomorrow」だ。過去の成功例であるEvery Little Thingのデビュー時をトレースし、女性ボーカル(misono)とギター(北野正人)&キーボード(鈴木大輔)という3人編成だった。

 このグループは、デビューからシングルを短期集中リリースの形式はとられなかった。その代わり、オリジナルのミニアルバムでデビューを果たした。収録されている全6曲には、すべてなんらかのタイアップが付いていた。

 このアルバムから「faraway」という曲がシングルカットされるが、これはなんと、オリジナルとインスト、さらに8曲のリミックスが入った全10曲入りで、定価は1100円。この採算度外視的シングルも、プロモーションの一貫だったのだろう。

 しかし、「faraway」はウイークリーチャートで23位にとどまる。その後も、エイベックスのプッシュが続いた成果があって、デビューから1年ほどで、シングルがチャートの10位以内に入るようになった。   

 だが、ビジネスとしては、当初の想定通りではなかったのだろう。

 エイベックスはday after tomorrowに早々と見切りをつけ、デビューから3年持たずに活動休止が決定。しかも、ラストライブの会場は、日本武道館でも横浜アリーナでもなく、六本木にあったディスコ(クラブ)「ヴェルファーレ」だった。このことからも、day after tomorrowが、多くのファンに惜しまれつつ去っていったのではないことがわかる。

 なお、ボーカルのmisonoがバラエティ番組で知名度を上げるのは、活動休止後のことである。

“ゴリ押し”とも揶揄されたGIRL NEXT DOOR

 2008年6月に、設立20周年を迎えたエイベックスが「社運をかけた大型新人アーティスト」として発表したのが「GIRL NEXT DOOR」だ。このグループには初めて「Produced by avex trax」なるクレジットが付記された。つまり、そのプロモーションは、エイベックスにとって、“絶対に負けられない戦い”だったのだ。

 こちらも、day after tomorrow同様、女性のボーカルと、男性のギター&キーボードという3人編成。ボーカルには、エイベックスが秘蔵っ子として育てていた新人の千紗が抜擢され、キーボード担当として、「day after tomorrow」のメンバーだった鈴木大輔がスライド参加した(ギターは井上裕治)。

 GIRL NEXT DOORの売出しには、浜崎あゆみやdreamと同じく、シングル連発リリース作戦が採用された。2008年9月にデビュー曲の『偶然の確率』以降、3カ月月連続で発売されたシングルには、すべてなんらかのタイアップが付いており、そのMVはすべてロサンゼルス、ラスベガス、チェコなど海外ロケで撮影された。それは、GIRL NEXT DOORのメジャー感、売れてる感を演出するものだった。

 巨額のプロモーション費をかけただけあって、それらのシングルはいずれもウイークリーチャートで上位に入った。また、大晦日にはデビューから3カ月という短期間で『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしている。

 エイベックスが用いた、GIRL NEXT DOORが“売れているかのように見せる”というこのプロモーション手法には批判の声も多く、「ゴリ押し」とも揶揄された。インターネットの掲示板やSNSでは、その愛称である「ガルネク」をもじって「ゴリネク」などと呼称される始末。このように、芸能界で一度“痛い存在”の烙印を押されてしまうと、そこからの失地回復はなかなか難しい。

ボーカルの千紗が、競泳メダリストの北島康介と電撃結婚

  2009年6月リリースの5枚目のシングル「Infinity」がウイークリーチャート1位を獲得するなど、今日、その順位だけを見れば、明らかに旧dreamやday after tomorrowより成功したようにも見える。しかし、ヒットシングルを連発する人気グループなら、全国アリーナツアーを開催……といった展開もありそうなものだが、このグループは単独で大規模ライブツアーを開催することがなかった。実際には、SNSのプロフィール欄に「好きなミュージシャン:GIRL NEXT DOOR」と書くような熱い支持層は少なかったのである。やがて、表記を「girl next door」と改めるが、それも起爆剤にはならなかった。

 そのグループ名が、久々にメディアで大きく取り上げられたのは、2012年12月31日のこと。ボーカルの千紗が、競泳選手で五輪メダリストの北島康介との婚約を発表したのだ。2013年9月に北島と結婚した千紗の妊娠もあり、girl next doorはデビュー5周年の日に解散を発表。だが、解散フィーバーのような盛り上がりはなく、最後にリリースしたベストアルバムは、ウイークリーチャートで48位。12月に行われたラストライブの会場は、キャパ1700人のライブハウス「SHIBUYA-AX」だった。
                       
 さて、『M 愛すべき人がいて』の終了のタイミングで、エイベックスは、自社の所属アーティストで、アユ役を演じた安斉かれんを大々的に売り出すことが予想される。浜崎あゆみがデビューした頃とは音楽ビジネスのあり方は大きく変わった。果たしてエイベックスは、ゴリ押し失敗を回避して、安斉をサブスク時代の新歌姫に育てることができるのだろうか?

(文=峯岸あゆみ)

パチスロ6号機で「大量出玉」を実現!? 「爆裂台」で有名な実力メーカーの「 傑作」登場【新台分析−パチスロ編-】

『スーパービンゴ』シリーズや『鬼浜爆走紅蓮隊』シリーズなど、大量出玉が期待できる破壊力満点の機種を世に送り出してきた実力メーカーのベルコ。

 大量上乗せの「Hooah!」は、もはやベルコの代名詞と言っても過言ではない。『ビンゴ』シリーズを筆頭に様々な機種に搭載されてきた大量出玉のトリガーは6号機でも健在だ。

 そして今夏、あらたな「Hooah!」搭載機が誕生する。

『ワンバーS-30』(ベルコ)


 7月6日導入予定

 同社が誇る『ワンバー』シリーズの最新タイトルが登場だ。純増2.9枚のAT機で演出用の4thリールが搭載。リールには存在感のある「3連Hooah!図柄」が描かれており、上乗せ演出を大いに盛り上げるだろう。

 ゲーム性は先代までの流れを汲んでおり、お馴染みの「Hooah!」も搭載されている。CZorATが当選する最大周期は155Gで、ゾロ目Gはチャンスとなる様子。通常時はレア役や押し順によって高確率状態へと移行し、CZ やATへの期待が高まる仕様だ。

 CZは3種類、ATは差枚数管理タイプで継続性を持っている。継続率は51.2%~100%の全部で6種類。高継続が大量出玉を生み出すカギとなるだろう。

 AT中は赤7が揃うたびに約100枚の上乗せ、または「Hooah!」のチャンスで最低333枚の上乗せが期待できるゲーム性。規定枚数消化時には継続をかけた「COUNT DOWN7」に移行し、告知が発生すれば継続だ。

 本機には「夢ランプ」という新機能が搭載されており、ランプ点灯中にAT当選で「Hooah!」の期待度は最高潮に達する。

 本機最強トリガー「咆哮フリーズ」発生時はエンディング到達が濃厚となる。

JRA登録ミス!? 三冠配合ラインベック「初ダート挑戦」に心配の声……9年ぶり開催の出世レースには、かつてのダート王の名も

 果たして、吉と出るのか、凶と出るのか……。

 5日、阪神競馬場で行われる西脇特別(2勝クラス)で、超良血馬のラインベック(牡3歳、栗東・友道康夫厩舎)が初ダートを迎えることが話題になっている。

 父は言わずと知れた史上2頭目の無敗三冠馬ディープインパクト。そして、母も2010年に牝馬三冠を成し遂げたアパパネ。世代の頂点を極めた三冠馬同士という超豪華な両親を持つラインベックは、当然ながらデビュー前から大きな注目を集めていた。

 そんな周囲の期待に応えるべく、単勝1.5倍でデビュー戦を快勝したラインベックは、続く中京2歳S(OP)でも単勝1.2倍の人気に応えて2連勝。あっという間にクラシックロードに乗ったが、迎えた3戦目の東京スポーツ杯2歳S(G3)では、厳しい“現実”が待っていた。

 着順こそ初重賞で3着ならまずまずと言えるが、9馬身先にいたのは今年無敗で春二冠を達成したコントレイルだ。ここで歯車が狂ったのか、その後のラインベックは善戦こそしても勝ち星からは遠ざかり、今年5月のNHKマイルC(G1)を最後に休養に入っていた。

 昨年末のホープフルS(G1)こそ4着だったが、皐月賞(G1)で15着、NHKマイルCも8着と芝では限界を見せていたラインベックだけに、陣営がダートへ新境地を求めた判断は妥当だろう。

 しかし、芝で頂点を極めたディープインパクト×アパパネというロマン溢れる配合を見れば、やはり一抹の寂しさがあるファンも多いはずだ。

「秋を見据えても結果が欲しい一戦になりますが、果たしてダートがどうか。もともと追い切りでいい動きをする馬ですし、あまり速い上がりを使えないことからも、ダートという選択は理に適っていると思います。

ただ、父ディープインパクトは圧倒的に芝に偏った存在。芝で通算1968勝(4日現在、以下同)している反面、ダートでは187勝しかしていません。重賞232勝中、ダートはたった2勝ですから、ラインベックもまずダート適性があるのかが大きな課題になりますね」(競馬記者)

 ちなみに母アパパネは、これまでラインベックを含め4頭の仔がいるが、父はすべてディープインパクト。兄妹の中でもダートを走った馬がいないだけに、まったくの未知数となる。

 一方、ネット上の一部のファンからはSNSや掲示板を通じて「間違って登録しちゃった?」といった不安の声も……多くのファンが心配になるほど、ラインベックのダート挑戦は意外だったということなのだろう。

「さすがにそれ(登録ミス)はないと思いますが、西脇特別自体は2011年以来の久々の開催ですからね。以前は同条件で9月に行われていましたが、ダート1800mだったことを忘れていた関係者もいると思いますよ。

いずれにせよ、2008年に3歳でこのレースを勝ったエスポワールシチーは、その後2年連続で最優秀ダートホースに選出されるなどG1・9勝と大活躍しました。ラインベックもそんなエスポワールシチーのような活躍ができれば、競馬そのものが大きく盛り上がるかもしれません」(別の記者)

 ここは試金石となるが、鞍上に川田将雅騎手を配している以上、陣営の本気度も高い。両親の実績から、生まれながらにしてクラシック三冠を期待されたラインベックだが“意外な形”で輝きを取り戻すことに期待したい。

『古事記』と『日本書紀』その違いと奇妙な類似点

 学校の授業で必ず習う『古事記』と『日本書紀』は、日本の古代史を知るには欠かせない史料となっている。

 そんな『古事記』と『日本書紀』について、『古事記と日本書紀 謎の焦点』(瀧音能之著、青春出版社刊)では、日本古代史、特に『風土記』を基本史料とした地域史の研究を進めている駒澤大学教授の瀧音能之氏が、『古事記』と『日本書紀』は古代日本の真実をどこまで明らかにしたのかを「記・紀」を通して読み解いていく。

■日本古代史の貴重な資料『古事記』と『日本書紀』って?

『古事記』も『日本書紀』も神話が記載されているが、両書には相違点がある。『古事記』は、神代から推古天皇までが上・中・下巻の3巻にまとめられ、上巻は神話にあてられている。全体の3分の1を神話の叙述に費やしていることになる。

 一方、『日本書紀』は、「一書」という形で本文の他に別伝承を載せている。この「一書」に書かれている多くが神話の部分だ。

 また、共通点もある。たとえば、『古事記』の叙述対象は神代から推古天皇まで、『日本書紀』は神代から持統天皇までとなっている。両書とも神代から始まり、女帝で終わっている。もう一つは、完成した年が非常に近いこと。『古事記』は712年の成立、『日本書紀』は720年と、完成年は8年しか差がない。どちらも8世紀、奈良時代初期の歴史書となるのだ。

 また、『古事記』と『日本書紀』のどちらにも登場するのが、日本神話の中でも代表的な英雄のヤマトタケルだ。ただ、両書を読み比べてみると、ヤマトタケル像には大きな違いがあるという。

 まず、表記から違う。ヤマトタケルノミコトの表記として用いる日本武尊は『日本書紀』にみられるもので、『古事記』では倭建命という表記が使われている。

 また、ヤマトタケルのイメージにも違いがある。『古事記』では、父の景行天皇の命を受けて、西の熊襲、出雲健、東方十二道の荒ぶる神を平定する英雄。そして、ヤマトタケルの死は霊力をもった剣を身辺から離し、伊吹の山神を言あげしたためであり、不慮の死を遂げる悲劇の英雄として描かれている。

 一方、『日本書紀』では、景行による遠征が行われたあとにヤマトタケルが西征を行ったことになっている。東方遠征はヤマトタケルが主体ではあるが、景行の巡幸説話が記されていて、ヤマトタケルが英雄というわけではなく、常に大王がその背後に見え隠れする。ヤマトタケルの死についても、悲劇の英雄という感じではなく、大王のために忠誠を尽くした姿が強調されている。

 ヤマトタケルの系譜にも違いがあり、ヤマトタケル伝承といっても、『古事記』と『日本書紀』では、さまざまな違いが見られるのだ。

 本書で明かされている『古事記』と『日本書紀』の接点と相違点はいずれも興味深いものばかり。我々の祖先が描かれている日本古代史の奥深い世界に思いを馳せてみるのもおもしろいかもしれない。(T・N/新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。

凱旋門賞の前哨戦が早々と実現!? エクリプスS(G1)日本のディアドラがエネイブルと対決!

 日本時間で7月5日午後11時35分に発走となる英国のエクリプスS(G1)に、海外に拠点を移しているディアドラ(牝6歳、栗東・橋田満厩舎)が出走する。

 このレースには重賞11連勝、凱旋門賞2連覇を果たしたエネイブルも出走してくる。

 昨年凱旋門賞(G1)2着で、一度は引退を考えた陣営は、今年の凱旋門賞でリベンジすることを目標に現役続行を表明し、今年緒戦にエクリプスSを選んだのだ。

 対決するディアドラは、昨年春より欧州を主戦場としており、今年最大の目標をエネイブルと同じ凱旋門賞としているのだ。

「じつは、このエクリプスSに出走するのを決めたのも、凱旋門賞のコース形態に似ているからという理由だったとか。ディアドラで凱旋門賞を獲りに行くための対策であり、せっかくレースを使うのなら、凱旋門賞につながる使い方をしようという陣営の真剣さが伝わってきます」(競馬記者)

 今回の出走メンバーは、今年の凱旋門賞に出てくることが予想される馬たちばかりであり、ディアドラがどういった競馬をするのか、大変注目されている。

 ファンとしては前哨戦という見方ができるこの一戦に、強敵とはいえ、ディアドラがエネイブルたちに迫るシーンを見てみたいものだ。

「その可能性はあるかもしれません。昨年の秋、橋田満調教師が『東スポWeb』のG1愛チャンピオンSのインタビューで『(ディアドラの)筋肉の付き方が少し変わってきた。欧州の競馬に合う形になってきたように思う』と語っていました。

いまディアドラが完全に欧州仕様に変わったとしたら、このエクリプスSで一変した走りを見せてもおかしくはないでしょう」(競馬誌ライター)

 ディアドラは現在、英国のニューマーケットで坂路調教、ポリトラック調教を積んでおり、状態は良好だ。

 また、主戦のO.マーフィー騎手が1週前、最終と2週続けて追い切りに参加し「(ディアドラは)休養をしっかり取ったので疲れはありません。自信を持って臨めます」「6歳ですが、全く衰えを感じていません」とディアドラの調子の良さを日本のファンに伝えている。

 最大目標である凱旋門賞までまだ時間がある。エクリプスSでは、ディアドラが今の力でどこまでエネイブルらに立ち向かって行けるのか、大変楽しみだ。

「キングオブパチンコ」のゲーム性を受け継いだ「名作」! ホールに癒やしと彩りを与えた「一大勢力」!!

「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる。アンゴルモアの大王を復活させるために、その前後の期間、マルスは幸福の名のもとに支配に乗り出すだろう」

 人類の滅亡というセンセーショナルな内容で日本中にオカルト旋風を巻き起こしたノストラダムスの大予言である。承知のようにそんなことは起きなかったのだが、このような年数を示す各種代物が実際に示された中身を達成したことはないのである。

 199X年、世界は核の炎に包まれ、なかったし、2001年宇宙の旅、はできなかったのである。2000年に血の大みそかは起きなかったし、2000年にダンが冷凍睡眠から目覚めることもなかったのである。

 想像する未来より人類の進歩は遅れているが、それでも現実の世界の、しかもパチンコの分野にかぎっては新しい世紀を前に終末思想を飛び越える希望の光を見つけられたかもしれない。

 なぜなら、1999年は忌まわしき「確変5回リミッター」規制が撤廃され、多種多様なパチンコを生み出せる環境に変化したからである。この年にキングオブパチンコ『CR海物語』が登場したのも偶然ではないだろう。

 その『CR海物語』の派生として登場したのが『CRわんわんパラダイス』である。『海物語』のゲーム性を忠実に受け継いだこのマシンは本家同様の人気を博し、長く愛されるシリーズ機としてホールに癒やしと彩りを与えたのである。

 いくつかのシリーズ機が同じタイトルでリリースされたので、トータルで3代くらいしか登場していないイメージであるが、『わんわんパラダイス』→『プリティわんわん』→『大わんわんパラダイス(2005年)』→『スーパーわんわんパラダイス』→『大わんわんパラダイス(2012)』→『わんわんパラダイスIN沖縄』→『スーパーわんわんパラダイスおかわりver.』と第7弾まで続いている一大勢力となっている。

 演出的な外見やスペックなどの内面は、はっきりいってほとんど『海物語』。一見すると図柄を犬に変え、演出のモチーフを陸にしただけという印象であるが、打ってみるとなぜかやっぱり違う機種であるという感覚を味わわせてくれる不思議な台でもある。

 また、『海物語』よりコミカルでファンシーなイメージからか、本家よりも波が荒くないといったオカルチックな見解もファンの間では噂されるなど、ディープなファンにとって『海物語』とは完全な別物として認識されていたのである。

 とにもかくにも、ヒット機種に寄せたコンセプトである「じゃないほう」マシン、「真似」台がこれほどまでに成功を収めた事例は他にないのではないだろうか。その意味においても価値のあるシリーズ機初代といえよう。

(文=大森町男)