パチンコ新台「激アマ報告」多数の意外なダークホース…ホールに眠るお宝台を見逃すな!!

 ホットな新台をユーザーの感想を交えつつ掘り下げていくこのコーナー、【激アツ新台実戦JUDGEMENT】。今回のピックアップマシンは、20年続く人気ゲームタイトルをパチンコに完全移植し、その連チャン性能を武器にホールを疾走していく『Pデビルメイクライ4 クレイジーバトル』(以下デビルメイクレバト)だ。

 クールな演出とスピード感あふれる確変モードで人気となったパチンコ『デビルメイクライ4』シリーズ。これまではライトミドルやライトスペックの確率帯で遊びやすさを考慮しながら、継続率が90%を超える連チャンモードを搭載していた。

 しかし最新作となる本機は、大当り確率が1/319.68のミドルタイプ。そして最大3000発の出玉が約72%でループする出玉感に特化したゲーム性と、スペックが大幅にパワーアップしての登場である。

 1種2種混合機となるこのマシンでは、初当りの大半で移行する1回転の時短モード「CRAZY BURST」にてRUSH突入の挑戦となる。突破率は約72%と破格なのが特徴で、大当りを獲得すれば上乗せ特化型ボーナス「CRAZY BOUNTY」へと突入。

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「CRAZY BOUNTY」は100回転継続する時短。右打ち中の大当り確率が1/1.39となっているので次回大当りが濃厚だが、3回のリミットが敷かれている。つまりこのモードに突入すれば3回の大当りが約束されるのである。

「CRAZY BOUNTY」中の大当りは3or5or10ラウンド。順に40%、30%、30%の振り分け率となり、運が良ければ3回とも10ラウンドの約3000発をモノにできるようになっている。リミット到達時は時短1回の「CRAZY BURST」に再突入し、引き戻せば再び3回セットの大当りを獲得できるといった流れとなる。このループが約72%。

 このようにゲーム性はすっかりチェンジしたが、大当りは3回とも即当り、継続抽選演出もテンポのある小気味よさでシリーズに共通して継承されている爽快感を楽しめるようになっている。

 出玉スピードも良好だし、「33連」「一撃約2万発」といった景気の良い出玉報告もあがってきている。脳汁ドバドバ系の連チャンモードが炸裂する「意外なダークホース」といった声もある。

 ただ、本機にはもうひとつ意外な福音があることが初打ち報告から明らかになった。それは「よく回る」である。「1K35と驚異的に回る」「左はゲージがいいからめっちゃ回った」「10Kで300近く回した」と台の状態がすこぶる良いとの報告多数。

 著名ライターもこのことに言及し、「理由はわからないがよく回る」「店のやる気に反して回る」と激アマ状態で動いているような状況もあるという。まさに「いまが狙い目」となっているのである。

 ただ、見た目では回る、回らないがわからないので試し打ちによって優秀台を見つけていくのもひとつの方法となる。お宝台を発掘するにはいまがチャンスか。

(文=大森町男)

<著者プロフィール>

 羽根物によってパチンコの魅力にとり憑かれ、パチンコ雑誌を製作する編集プロダクションに入社。パチンコに関する記事作りや編集業務に携わる。編集長としてファン雑誌の制作に取り組むなどの経験を活かし、その後は携帯サイトやweb、動画コンテンツなど幅広いパチンコメディアに従事。現在はフリーランスのパチンコライターとして活動。パチMaxを中心に消極的に執筆の場を広げている。

元JRA藤田伸二氏「今思えばウケる」、1997年有馬記念(G1)で“解説者”田原成貴氏が後輩の会心の騎乗にまさかの大絶叫!?

 26日には中山競馬場で有馬記念(G1)が行われる。今や年末の風物詩となったこのレースで、今年も名勝負は生まれるだろうか。

 注目の大一番を前に、24年前の有馬記念に思いを馳せた人物がいる。元JRA騎手の藤田伸二氏だ。この日、Twitter上でファンから知らされた1997年グランプリの記事などを目にした藤田氏は「懐かしいな」としんみり。

 その年の有馬記念を制したのは藤田氏騎乗のシルクジャスティスだった。このコンビはその年、重賞を2勝していたものの、日本ダービー(G1)は2着、1番人気に支持された菊花賞(G1)では5着に敗れていた。

 菊花賞後はジャパンC(G1)で強豪外国馬にも挑んだが、ここでも5着に敗退。それでも有馬記念では4番人気という高い支持を集めていた。

 この年の有馬記念で単勝オッズ10倍を切っていたのは4頭。人気順にマーベラスサンデー、エアグルーヴ、そして同じ3歳馬のメジロドーベルがこれに続いた。いずれもG1を制覇している馬たちだったが、強烈な末脚を誇るシルクジャスティスは十分チャンスありという評価を受けていた。

 レースではやや速いペースで逃げたカネツクロスが向正面で早くも失速。タイキブリザードが途中からハナを奪うと、エアグルーヴも早めに仕掛けて先頭集団にとりつく。直線入り口では5~6頭が横一線に広がる大接戦となったが、直線の急坂を迎えたところで抜け出したのは、やはりエアグルーヴとマーベラスサンデーの2頭だった。

 ところが、残り150m辺りで、2頭を上回る勢いで外から追い込んできたのが藤田氏のシルクジャスティスだ。一完歩ずつ前を行く2頭との差を詰めると、ゴール前で図ったように差し切り勝ち。なかなか届かなかった悲願のG1タイトルを手にした瞬間だった。

 Twitter上のファンが藤田氏に共有したのは某動画共有サイトに掲載されている当時のレース映像だ。当時の実況とともにレース映像が収められたその動画には、翌年から調教師になる予定だった田原成貴氏(当時騎手)の声も入っている。

 田原氏はその番組内でゲスト解説を務めていたようだが、最後の追い比べのシーンでは、激戦に熱くなりすぎたのか、「伸二!伸二、差せー!何とかせー!」と、絶叫しているシーンが収められていた。さらにシルクジャスティスの勝ちを見届けると、「よしっ!」という喜びの声まで中継に乗っていた……。

 この動画をTwitter上で共有したファンのツイートに対し、藤田氏は「さすがグランプリ! 成貴さん… 今思えばウケる」と、大爆笑する顔文字とともにコメント。27年前の会心の騎乗を懐かしんでいた。

 有馬記念といえば、1990年の故・大川慶次郎氏による「ライアン、ライアン」が有名だが、田原氏の「伸二、伸二」の大絶叫はそれ以上のインパクトを残す“隠れ名解説”なのかもしれない。

(文=中川大河)

<著者プロフィール>
 競馬ブーム真っただ中の1990年代前半に競馬に出会う。ダビスタの影響で血統好きだが、最近は追い切りとパドックを重視。

JRA有馬記念、天才・武豊の“やらかし”から22年…今年も馬券妙味は抜群!

悲劇となった1999年の有馬記念

 弘法にも筆の誤りとはこのことか。今週末は年末の風物詩である有馬記念(G1)が行われるが、この有馬記念は過去にさまざまなドラマを見せてきたレースとしても知られている。ディープインパクトやオルフェーヴルの圧勝、ダイワスカーレットの逃げ切り、オグリキャップの復活勝利……、そういった数々の勝利の裏に、まさかの結果となったレースもあった。そのひとつが1999年の有馬記念だ。

 勝利したのはグラスワンダー、そして2着にスペシャルウィークだったが、その結末が衝撃的だった。スペシャルウィークと武豊騎手は、豪快な末脚でグラスワンダーに迫り、ゴール直後はどちらが勝ったかわからないような状況。だが勝利を確信した武豊騎手は堂々とウイニングランをし、スタンド前ではガッツポーズ。一方で負けたと勘違いしたグラスワンダーの的場均騎手は、ウイニングランをすることなく戻っていく。

 それが、長い写真判定の結果、1着はグラスワンダー、2着がスペシャルウィークで確定。武豊騎手の完全な勘違いにより、スペシャルウィークとその関係者は、つかの間の喜びという苦い結末だったのである。まさに天国から地獄へ一直線、天才・武豊騎手ともあろう存在が、こういったミスをするのかと誰もが驚かされた。

 今年も好メンバーが揃い、新たなドラマや伝説、あるいはハプニングが起きるかもしれない。武豊騎手が騎乗するアリストテレスや、ここが引退の大一番となるクロノジェネシスとキセキ。エリザベス女王杯(G1)であっと驚く勝利を見せたアカイイト。もちろん、今年の皐月賞(G1)と天皇賞・秋(G1)を制したエフフォーリア、菊花賞(G1)馬タイトルホルダーやステラヴェローチェといった強豪も出走。

 何が起こるかわからない注目の一戦である。ただひとつ言えることは、大接戦だった場合は誰もがウイニングランもガッツポーズもしないだろうということ。それほどまでに、あの武豊騎手のやらかしは相当なインパクトがあったのである。

 この有馬記念は、馬券としても魅力十分。というのも、通常のG1レースより多くのファンが参加するためオッズが高くなる傾向にあり、人気同士の決着でもかなりの配当が見込めるのだ。そして人気薄の穴馬も数多く激走しており、昨年は11番人気のサラキアが2着に激走して500倍の万馬券も飛び出している。

 1年を締めくくる有馬記念を的中できれば、まさに終わり良ければすべて良しというわけで、誰もが的中させたいところだろう。ならばここは騎手情報、調教師情報、馬主情報、生産者情報、社台グループ情報など、ありとあらゆる競馬情報を知り尽くすプロ集団、競馬セブンに話を聞くのがベストだ。

25年の実績と重み

 競馬セブンは、なんと創業25年の歴史を持つ会社だ。25年前といえば、爆発的ヒット中のゲーム『ウマ娘』でお馴染みのヒシアマゾンやエアグルーヴなどが活躍していた時代。これほどまでに長く継続しているという事実は、誰もが認める的中実績と多くの競馬ファンから信頼があることの証左だろう。

 そして特筆すべきは、その豪華なスタッフだ。元日本中央競馬会(JRA)騎手でJRA騎手学校の教官も務めた徳吉一己が総監督となり、名馬タマモクロスを育て上げた名伯楽小原伊佐美を筆頭に嶋田潤や二本柳俊一といった元JRA調教師が所属。さらに競馬記者歴40年以上という大ベテランの古川幸弘や、重鎮として社台グループの発展に大きく貢献した林勲など大物中の大物も名を連ねている。これほどの人材が揃っているのだ、一般的な競馬マスコミとは比較にならない人脈と影響力を持っているのは容易に想像できる。

 このメンバーを中心とした情報収集体制は全国に広がり、マスコミではカバーしきれない多くの情報が集まる。そしてその情報をさまざまな視点から分析し、全員が一致する情報と買い目(馬券購入の際の馬番号の組み合わせ)を競馬ファンに提供している。

 当然のことながら、その的中実績は驚きのレベルにある。たとえば、今年のG1レースは春と秋で13レース以上を的中させ、その払い戻しは馬連だけで約200万円に達している。有馬記念も過去に何度も的中させており、しかも今年は有馬記念と同じ古馬中長距離G1(大阪杯、天皇賞・春、宝塚記念、天皇賞・秋、ジャパンカップ)を的中と、有馬記念に向けて万全といえる状況だ。

有馬記念の的中を確信

 そんな競馬セブンが、この有馬記念を2021年の集大成と位置付け、今年一番の体制で挑んでいる。そしてすでに「的中を確信できるだけの情報と状況が揃いました」と語っているのだから、なんとも心強い話。しかも、その情報を一般に向けて【完全無料公開】を実施すると発表したから驚かされる。その真意と彼らが入手した情報とは何か、コメントが届いたので紹介したい。

「競馬ファンだけでなく一般の方も馬券を買う有馬記念は、誰もが的中させたいレース。当然我々もその思いは一緒で、1年の集大成ともいえるレースですから、より力が入っています。競馬セブンが25年で築き上げてきた人脈は数千人規模で、大物馬主や調教師はもちろん、騎手、厩舎スタッフなどからスポーツ紙などには載らない本当の本音を入手できます。そのなかでこの有馬記念は、これ以上は考えられないと断言できる軸馬を本命に、クロノジェネシスやエフフォーリアを上回る勢いを持つ激走穴馬など相手は3頭で勝負できます。

 有馬記念は思い入れのある馬を買うことも大切ですが、馬券で儲けるためには絶対にこの組み合わせは外さないでほしいです。それほどまでに期待できる情報ですよ。騎手学校の教官として福永祐一騎手や池添謙一騎手を育てた徳吉も納得の勝負情報です。今回はこの有馬記念を盛り上げるため、厳選馬連3点勝負買い目を無料で公開することになりました。絶対にお見逃しのないように!」(競馬セブンの担当者)

 競馬はほんの一部の勝ち組と多くの負け組で成立しているが、安定して勝ち組の席を維持することは困難。特にこれまで馬券を購入したことがない、あるいは数年離れていたファンは、かなりの確率で負け組への道を歩んでしまうだろう。そんな逆境を跳ね返す絶好の手段が、この競馬セブンを活用することだ。

 有馬記念の無料情報以外にも、ファン向けの無料コンテンツが充実しているのが競馬セブンの魅力。スポーツ紙や他の競馬サイトでは知ることができないような裏情報を惜しげもなく無料で公開している。それらをうまく活用することで、より競馬を楽しむことができ、それぞれの馬券作戦にもプラスになるだろう。

 また、有馬記念の2日後に行われるホープフルステークス(G1)や、2022年のJRA初戦となる1月5日の東西金杯(G3)についても、競馬セブンはかなりの手応えを掴んでいるとのこと。昨年の正月競馬も大儲けだったようなので、今年も合わせて注目してみてほしい。いずれにせよ、今週末に迫った有馬記念は、競馬セブンの無料情報をしっかり活用することを忘れないでほしい。

(文=編集部)

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※本稿はPR記事です。

JRA有馬記念(G1)ステラヴェローチェの「確執」はむしろ大歓迎!? 武豊が「空気を読めない」と評した男の不気味な存在感

 26日に中山競馬場で行われる有馬記念(G1)は、今年1年の総決算ともいえる年末の風物詩。28日に2歳G1のホープフルSが控えているとはいえ、世代を問わない現役トップクラスの馬たちが激突するドリームレースである。数あるJRA・G1でも売上げは、他のレースを凌駕するほどの大人気だ。

 芸能人をはじめ、著名人の予想がTVや新聞などのメディアで披露されることも多く、普段は競馬にそれほど関心を持っていない層からの注目も集まる。

 そして、有馬記念のひとつの特徴として、この舞台を最後に引退した馬が、感動的なラストランでファンを虜にしてきた歴史もある。

 古くは若き天才・武豊騎手が、終わったといわれていたオグリキャップを勝利へと導いた1990年や前年の惨敗から不死鳥の如く1年ぶりで制したトウカイテイオーの93年の復活劇は、特に印象的な有終の美だった。

 その他にもシンボリクリスエス、ディープインパクト、ダイワスカーレットなどの名馬たち。近年でもオルフェーヴル、ジェンティルドンナ、キタサンブラック、リスグラシューも引退の花道を飾っている。

 そして、今年の有馬記念に出走を予定しているクロノジェネシス(牝5、栗東・斉藤崇史厩舎)もまた、これが現役生活最後の舞台。2年連続宝塚記念(G1)を制した名牝が、昨年に続く有馬記念連覇で史上初のグランプリ4連覇の偉業に挑戦する。

 戦前の下馬評では、これまでの実績的にも抜けた存在であるクロノジェネシスとエフフォーリアの2頭に人気が集中しそうな雰囲気で、おそらく馬連でも2頭の組み合わせが1番人気濃厚だろう。

 本命党にとっては頼もしい2頭だが、穴党としては少しでも配当のつく馬を狙いたいのが本音。そこで一発の期待ができそうなステラヴェローチェ(牡3、栗東・須貝尚介厩舎)は、非常に魅力的な1頭である。

 横山典弘騎手が騎乗し、2着に敗れた昨年の朝日杯FS(G1)で2番人気に推されていたように、早くから能力の高さに定評のあった実力馬。鞍上を吉田隼人騎手にチェンジしたクラシック三冠も、G1タイトルには手が届かなかった。

 そして、惜敗続きの現状を打破するために陣営が選択した相手は、M.デムーロ騎手だった。功労者2人を切り捨てる格好での乗り替わりについては、陣営とそれぞれの間に何かしらの確執があったのではないかという噂も一部のファンから囁かれている。

 だが、ステラヴェローチェがこのまま「善戦マン」で終わらないためには、今回の乗り替わりも非情に見えて効果的だったという見方も可能だ。何しろM.デムーロ騎手の大舞台での勝負強さは現役トップクラス。あと一歩の壁を越えたいステラヴェローチェのカンフル剤となりそうだ。

 今でこそ馬質で優るC.ルメール騎手に逆転を許したが、かつてのM.デムーロ騎手は、まさにG1ハンターともいえる大活躍だった。全盛期に比して勢いに翳りは見えるものの、JRA・G1通算34勝は武豊、ルメールに次いで現役騎手3位。今年もオークス(G1)をユーバーレーベン、阪神JF(G1)をサークルオブライフで制したように、ここ一番での好騎乗は健在である。

 有馬記念においても10年にはヴィクトワールピサとのコンビで、大本命のブエナビスタを撃破したM.デムーロ騎手。クロノジェネシスの活躍でスポットライトを浴びた父バゴだが、これにはステラヴェローチェの存在も当然含まれてのもの。

 “悲願”だった朝日杯FSをドウデュースで制した武豊騎手にしても、大本命エアスピネルとのコンビで目前まで迫った勝利を攫われた相手は、リオンディーズに騎乗していたM.デムーロ騎手だった。この時の敗戦を年末のイベントで武豊騎手が「空気を読めないイタリア人がいたもんで……」と振り返ったことは話題を集めた。

 この秋のG1は、マイルCSのグランアレグリア、ジャパンCのコントレイル、香港Cのラヴズオンリーユーなど、ラストランの馬が有終の美を飾るレースが続いているものの、そんなときだからこそ空気を読まないG1ハンターの手腕は不気味だ。

(文=黒井零)

<著者プロフィール>
 1993年有馬記念トウカイテイオー奇跡の復活に感動し、競馬にハマってはや30年近く。主な活動はSNSでのデータ分析と競馬に関する情報の発信。専門はWIN5で2011年の初回から皆勤で攻略に挑んでいる。得意としているのは独自の予想理論で穴馬を狙い撃つスタイル。危険な人気馬探しに余念がない著者が目指すのはWIN5長者。

ゴルフ場最大手アコーディア、なぜファンドのマネーゲームの道具に?翻弄の連続

 ソフトバンクグループ(SBG)傘下の米投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループは、国内ゴルフ場最大手のアコーディア・ゴルフ(東京・品川区、非上場)を買収する。アジア系投資ファンド、MBKパートナーズが売り手だ。数カ月以内に買収を完了する。買収額は非公表だが4000億円規模とみられている。

 売却の対象になっているのはアコーディア・ゴルフと、MBKが2019年、オリックスから買収したネクスト・ゴルフ・マネジメント(東京・品川区)。両社合わせて1都2府32県に169のゴルフ場と27の練習場を運営し、運営施設数で国内第1位だ。年間延べ1000万人以上が利用し、従業員数はパート・アルバイトを含め1万1600人である。

 MBKは2017年、東証1部に上場していたアコーディアをTOB(株式公開買い付け)で完全子会社にして上場を廃止した。当時の買収額はアコーディアの負債を含めて1500億円。19年になってオリックス傘下のゴルフ場運営会社を買収し、持ち株会社を設けて一体運営してきた。

 MBKは当初、アコーディアの再上場を視野に入れていたとみられるが、資金の回収を速めるために新たな買い手を探す方針に転換した。8月に実施した1次入札には複数の外資系ファンドが参加。米ブラックストーン・グループや米フォートレス・インベストメント・グループなど4社が2次入札に進み、最高値を提示したフォートレスが落札した。

 持ち株会社のアコーディア・ゴルフ(望月智洋社長)の第1期決算公告(21年3月期)によると総資産は2581億円、株主資本は781億円。推定されている買収価格4000億円だとすると総資産の1.5倍、株主資本の5倍に相当する。

 フォートレスは1998年の設立。2017年にSBGの子会社になった。全世界で不動産や不動産関連企業に総額1000億ドル以上を投資しているという。日本では宿泊・観光事業のマイステイズ・ホテル・マネジメント(東京・港区)を2012年に取得。ウィークリーマンションの運営会社だった同社を、日本最大級のホテル運営会社に成長させ、これまで契約交渉中のものを含めて159のホテルを手に入れている。

 20年3月、みずほフィナンシャルグループ系の不動産・ホテルのユニゾホールディングスに対して実施していたTOBは不成立に終わった。22年4月には日本郵政から、かんぽの宿29施設を譲り受ける予定になっている。169のゴルフ場と159のホテルが連携することで、新たなサービスを行うことができるとしている。

アコーディアの生々流転の歴史

 アコーディアの歴史は生々流転。さまざまなファンドに翻弄されてきた修羅場だった。アコーディアの起源は1981年、群馬県藤岡市で設立されたゴルフ練習場に始まる。バブルの時代にゴルフ場運営会社の日東興業が買収したのが跳躍板(スプリングボード)になった。当時はバブル期の乱開発でゴルフ場が供給過多となっていて、バブル崩壊とともに、全国のゴルフ場の経営破綻が相次ぎ、日東興業は97年に和議を申請して、事実上、倒産した。

 米ゴールドマン・サックスが経営が破綻したゴルフ場を安く買い集め、規模のメリットを生かして低コストでゴルフ場を運営することを計画する。2002年、ゴールドマンが日東興業を買収。03年、社名をアコーディア・ゴルフに変更し、同社を通じて次々とゴルフ場を手に入れた。06年、東証1部に上場。投下した資金を回収すべく、11年、ゴールドマンは保有株を売却した。

乗っ取りの渦中でお家騒動

 アコーディアの秋本一郎専務が12年4月17日、都内で記者会見し、竹生道巨(ちくぶ・みちひろ)社長によるコンプライアンス(法令順守)違反を告発した。竹生社長は日東興業時代に米国のリビエラCCの副社長兼総支配人など、数々の名門ゴルフ場で支配人などを歴任し、03年からアコーディアのCEO(最高経営責任者)、05年に社長になった。一方、秋本専務は日東興業からゴールドマン・サックスに移り、アコーディアの取締役最高ゴルフ場運営責任者となり07年から専務。経営陣のお家騒動が勃発した。

 12年1月25日、東証1部上場のゴルフ場運営会社、PGMホールディングスの臨時株主総会が開催され、神田有宏氏が新社長に就いた。アコーディアの取締役執行役員を務めていた人物が最大のライバルであるPGMのトップに座ったのである。神田氏はゴールドマンでゴルフ場買収の陣頭指揮を執ってきた。その実績が評価され、アコーディアに取締役として派遣されたが、11年5月、ゴールドマンとの提携解消を機にアコーディアの取締役を退任していた。

 PGMはゴールドマンと競ってゴルフ場を買収してきた米投資ファンド・ローンスター傘下のゴルフ場運営会社である。127コース(12年3月末)を持つ国内2位だった。ローンスターは11年11月、PGMをパチンコ・パチスロ機械大手の平和(東証1部上場)に売却。平和がライバル企業であるアコーディアの取締役だった神田氏をPGMの社長に招聘したのである。

 07年、パチスロ機メーカー、オリンピア(東京・台東区、非上場)の石原昌幸会長が平和を買収した。石原氏はアコーディア株の3.1%、オリンピア株を1.9%を保有する大株主(11年9月末現在)。石原氏がアコーディアの前取締役の神田氏をPGMの社長に起用した意図がみえてくる。アコーディアの買収だったのではないのか。

村上ファンドが参戦

 平和の子会社PGMとアコーディアの壮絶バトルの第1ラウンドは12年6月28日に開催されたアコーディアの株主総会で繰り広げられた。プロキシーファイト(委任状争奪戦)の結果、2日間に及ぶ前代未聞のマラソン総会となり、会社側が勝利した。

 第2ラウンドはPGMによるアコーディア株のTOB(株式公開買い付け)。買い付け期間は12年11月15日から13年1月17日まで。この時は旧村上ファンドのレノが参戦し、大量の株式を買い占めてキャスティングボードを握った。「PGMとの経営統合に向けた交渉の場に着くことと、自社株買いを行うこと」を要請する文書をアコーディアに送り、「イエス」ならPGMのTOBに応募しないが、「ノー」ならTOBに応募すると通告した。

 アコーディアの回答は「イエス」。レノがTOBに応募しなかったため、PGMのTOBは成立しなかった。

焦土作戦で買収を阻止

 壮絶バトルは最終局面を迎えた。アコーディア側は焦土作戦に打って出た。ゴルフ場を売却してPGMの買収意欲を削ぐのが狙いだった。国内企業のM&A(合併・買収)で焦土作戦が採られるのは、この時が初めてだったとされている。

 アコーディアは14年6月27日、東京都内で定時株主総会を開いた。PGMによる買収を撃退したものの、レノがTOBに応募しない条件としていた「PGMとの経営統合に向けた(前向きの)交渉」と「自社株買い」への対応など、重い宿題が残っていた。

 レノにお引き取り願うための作戦の立案が急務となった。保有する133のゴルフ場のうち90コースを特別目的会社(SPC)に1117億円で売却した。SPCはシンガポールに組成したREIT(不動産投資信託)のアコーディア・ゴルフ・トラスト(AGT)にゴルフ場を譲渡。AGTがシンガポール証券取引所に上場するというスキームである。

 これ以外にも、大和証券グループの大和PIパートナーズから新株予約権付ローンで200億円を調達。普通株に転換して大和PIはアコーディア株式の16.75%を保有した。ゴルフ場を切り離すことでPGMに買収を諦めさせることが第一の眼目だった。レノには持ち株を高値で売却してもらい、お引取りを願う。

 そして、最後にアコーディアは大和証券グループの傘下に入るというシナリオだった。株主総会で一連の議案の賛成が得られたことから、14年8月、AGTはシンガポール証券取引所に上場を果たした。

誤算の数々

 アコーディアの経営権を握った大和証券グループにとって、最大の誤算だったのはレノが450億円の自社株買いを実施してからも、一部の株式を売却しただけで大株主として残ったことだ。アコーディアの経営陣にプレッシャーをかけ続けた。

 レノとの関係を断ち切るため大和証券はアコーディアにMBKを紹介した。MBKは16年末にアコーディアに友好的TOBを行い、レノの持ち分18.9%を含む全株式を取得。17年1月に完全子会社にし、同年3月に東証1部の上場を廃止した。

 MBKはアコーディアの再上場によって投下資金の回収を目指す。アコーディアは20年6月、シンガポール証券取引所に上場しているREIT、AGTから日本のゴルフ場88カ所を618億円で買い戻した。ゴルフ場の土地をも保有することになったゴルフ場運営会社のアコーディアをMBKはソフトバンクグループ系の米投資ファンドのフォートレスに、推定4000億円で売却したことになる。MBKは高値で売り抜けることに成功したことになるのだろう。

 フォートレスは投資ファンドである。MBKと同様、数年後にはアコーディア株を売却して資金を回収するとみられる。アコーディアはファンド間で転がされるマネーゲームのカードという宿命を背負い続けることになるわけだ。

(文=編集部)

122年前に時速100キロ超えた最初の乗り物はEVだった…現在と構造変わらず

 今から122年前の1899年に、「ジャメコンタント号」と名付けられたレーシングEV(電気自動車)が時速100キロメートルを超えた。鉄道も飛行機も(当時はまだ存在しなかった)、もちろん船も超えられなかったスピードを、EVは軽々と超えたのだ。

 そのEVは、構造的には今日のヨーロッパの最新スポーツEVと変わらなかった。それから122年、変わったのは電池だけだった。すでにEVは122年前に出来上がっていたともいえる。

122年前の自動車

 122年前の1899年というと、日本は明治32年である。ちなみに、この年には東京~大阪間の長距離電話が開通し、山陽鉄道(現山陽本線)の京都と防府間に食堂車が登場、博多港が開港、年賀郵便が始まった。明治維新から32年。まだまだ日本は文明開化の真っただなかであった。

 そうしたなかで、人類が初めて経験した時速100キロメートルは、どの程度すごいことだったのだろうか。122年前の自動車の状況を見てみたい。

 この年の13年前、つまり1886年に現在に通じるガソリン自動車が発明された。ゴットリープ・ダイムラーとカール・ベンツによるものだ。そのなかでベンツが発明した三輪車は、単気筒785ccのガソリンエンジンを積み、その最高出力はたった0.8馬力で、最高速度は時速16キロメートルほどであった。

 当時、人気の一翼を担ったのは蒸気自動車であった。アメリカのボストン、ニューヨークといった都市部では2000台も存在した。時速40キロメートルほどで走り、最高出力は4馬力ほどであった。EVも発明されていた。1890年代にはロンドンでタクシーとして使われていた。こうした原動機の混成状態のなかに電気自動車も存在した。

 やがてガソリンエンジン車、蒸気自動車、EVが入り乱れて1894年にパリ-ルーアン、翌95年にパリ-ボルドーの自動車レースが開催された。

自動車レースの始まりと駆動方式

 パリ-ルーアンの走行距離は126キロメートル。平均時速18.7キロメートルで走ったド・ディオン・ブートン(ガソリン車)が世界初の自動車レースの勝者となった。少々マニアックな話になるが、現在のトラックを含めた自動車のFR(フロントエンジン、リアドライブ)と呼ばれる駆動系のレイアウト(配置)を発明したのは、このレースで3位に入ったパナールである。システム・パナールといわれるレイアウトは、エンジンを車体に対して前後方向縦に、変速機、プロペラシャフト、デフを同じく縦に配置して、後輪を駆動するいわゆるFRだ。

 ただし、自動車の100年以上もの歴史のあいだ、駆動方式の玉座にいたシステム・パナールは、本格的なEVの登場と共に消えゆく運命にある。一方、上記のカール・ベンツとゴットリープ・ダイムラーの駆動系のレイアウトは、一部のスポーツカーやほとんどのレーシングカーに採用されている、エンジンを車体中央に置き、後輪を駆動するMR(ミッドシップ)であった。

 自動車の駆動系のレイアウトは、MRに始まり、FRを経由してFF(フロント・エンジン、フロントドライブ)に至ったが、さてEVではどうだろうか。すでに4輪にモーターを配した4WDのEVは実用化されている。これまでの常識を超えた想像もつかないものになるだろう。

 たとえばフェルディナンド・ポルシェは、1899年に4輪のホイールの中にモーターを収めたイン・ホイール・モーター式の4WD「ローナー・ポルシェ」を製作している。ちなみにイン・ホイール・エンジンは構造として成立しない。

ガソリンエンジン車はまだヨチヨチ歩きだった

 1886年のガソリン自動車の発明からたった13年。ガソリンエンジンがまだ十数馬力しか出せず、最高速度も時速60キロメートルほどだった1899年に、1基20kWのモーターを2基、50kW(68馬力)、ミッドシップにレイアウトして時速105.88キロメートルで走ったEVがあった。ジャメコンタント号である。

 当時、68馬力もの最高出力はとてつもないものであった。たとえば、1903年のパリ-ボルドー間のレースに出場し2位でゴールしたルイ・ルノーの手作りのエンジン車は30馬力であった。ただし、その後のエンジン車の進歩には目を見張るものがあった。1906年のベルギーのレースに出場したメルセデスは、すでに120馬力と高出力だった。また、米国の陸上スピード記録に出場したラダックは200馬力であった。EVが消えていったのは、こうしたスピード競技で勝てなくなったこともあった。

 19年間で1500万台も売れたT型フォードの発表は、ジャメコンタント号が時速105キロをマークしてからたった9年後の1908年であった。4気筒、2896cc、20馬力ほどのガソリンエンジン車が、米国で世界に先駆けて大衆モータリゼーションを拓いたのであった。

最新のEVの構造と変わらなかったジャメコンタント号

 さて、人類が初めて時速100キロメートルの壁を超えた乗り物であったジャメコンタント号は、現代の自動車から見れば恐ろしく非合理的で危険なカタチであった。というのも、当時の荷馬車、現代のトラックのフレーム(車台)の上にボディを乗せたものだったからだ。しかも、ボディは巨大な魚雷あるいは砲弾のような形をしていた。重い電池はフレームの上のボディに搭載されていたので、重心はきわめて高く、直進安定性はほぼゼロではなかったろうか。

 一方、現代の乗用EVは、少々背が高くデザインされてはいるが、電池は床下に搭載されているので、エンジン車よりも重心が低く、スポーツカーのように安定して走ることができる。

 では、ジャメコンタント号のどこが最新のEVの構造と変わらないかというと、駆動系のレイアウトである。しかもEVならではの構造で設計されていた。世界のEVマーケットを席巻しているテスラの2番目のモデルである「モデルS」は、2個のモーターで後輪を駆動する。しかもモーターは後輪の車軸のすぐ前に横に置かれ、それぞれが左右のタイヤを別々に駆動する。モーターの種類はいわゆる誘導型である。

 ジャメコンタント号の2個のモーターもまた後輪の近くに左右別々に配置されている。チェーンで左右の後輪を別々に駆動する方式であった。ここは等速ジョンイトを使うテスラ・モデルSと異なるが、駆動方式そのものは現代のEVとまったく同じで、これはエンジンでは構造的に無理である。

 ジャメコンタント号の左右2個のモーターの制御方法は不明だが、この時代に別々にモーターのトルクを変えることは不可能ではない。もし、左右別々にトルクを制御していたとすれば、現代の最新の技術である「トルクベクタリング」と呼ばれる操縦安定性を向上させる制御方法(の基本機能)と同じになる。

 もし、左右のモーターを直列につないであったとすれば、片輪が浮き上がっても反対側のタイヤに駆動力が伝わり、車体は安定して走行できる。これはモーター駆動であれば極めて単純な方法である。しかし、エンジン車では複雑な機構でAI(人工知能)を縦横に使った差動装置を必要とする。 

 122年前のジャメコンタント号には、現代の最新の乗用車の重要な操縦安定性技術に勝るとも劣らない技術が使われていたということだ。言い換えれば、モーター駆動はエンジン駆動に比べてきわめてシンプルに(安く)高性能を手に入れられるということだ。

モーターはジャメコンタント号に戻るか

 現代のEVのモーターの主流はBLDC(ブラシレスDC)である。誘導モーターよりも効率が良く、パワーも出るといわれるが、ウィークポイントはモーター内部の磁石にネオジムという希少金属を使う点だ。価格が高く、EVの普及につれ争奪戦が始まるといわれ、希少金属を使わない誘導モーターが見直されている。

 今後は誘導モーターが主流になるとすれば、そして、ジャメコンタント号が誘導モーターだったとすれば、ここでもまた現代のEVと変わらない技術が122年前のEVに使われていたことになる。

 ちなみに、誘導モーターは1882年にニコラ・テスラによって発明されている。現代のテスラの社名は、ニコラ・テスラに敬意を表して名付けられた。それもあってかモデルSのモーターは誘導型だ。EVとエンジン車の優劣を比べるときに、これまで述べたEVとエンジン車の違いも考慮する必要があるのではないだろうか。結論は122年前にすでに出ていたと思うのだが。

 ただし、ジャメコンタント号の電池と現代の最新EVのそれとは、比べようもない。電池以外は122年前と原理的には大きく変わらない。進歩したのは電池だけだ(?)。

(文=舘内端/自動車評論家)

●舘内端/自動車評論家

1947年、群馬県に生まれる。

日本大学理工学部卒業。

東大宇宙航空研究所勤務の後、レーシングカーの設計に携わる。

現在は、テクノロジーと文化の両面から車を論じることができる自動車評論家として活躍。「ビジネスジャーナル(web)」等、連載多数。

94年に市民団体の日本EVクラブを設立。エコカーの普及を図る。その活動に対して、98年に環境大臣から表彰を受ける。

2009年にミラEV(日本EVクラブ製作)で東京~大阪555.6kmを途中無充電で走行。電気自動車1充電航続距離世界最長記録を達成した(ギネス世界記録認定)。

10年5月、ミラEVにて1充電航続距離1003.184kmを走行(テストコース)、世界記録を更新した(ギネス世界記録認定)。

EVに25年関わった経験を持つ唯一人の自動車評論家。著書「トヨタの危機」宝島社 「すべての自動車人へ」双葉社 「800馬力のエコロジー」ソニー・マガジンズ

23年度から山形の「電動モビリティシステム専門職大学」(新設予定)の准教授として就任予定。

宮迫博之、水面下で進行していた“大型ネタ番組”を吉本側が拒否?…続く悲しき孤独な戦い

 今年8月、32年間におよぶ雨上がり決死隊の歴史に終止符を打ち、地上波テレビを中心とした一般芸能の世界から弾き出されてしまった宮迫博之YouTuberとしては相変わらずの人気チャンネル『宮迫ですッ!』を運営しているものの、現在のチャンネル登録者数は140万人前後を行ったりきたりと、本人曰く「最近、全然伸びない」と一時の勢いは失われている模様。そんななか、宮迫が現在最も力を入れているのが、焼肉店「牛宮城」の開業ドキュメントなのだが……。

 ある週刊誌の芸能記者はこう語る。

「当初は、盟友であるYouTuberのヒカルさんと高級焼肉店をオープンする、ということで立ち上がった企画でしたが、宮迫さんの経営に対する考えの甘さにヒカルさんがしびれを切らし、事業から撤退。共同経営者を失って企画は頓挫したかに見えましたが、富山県の人気焼肉店『大将軍』のオーナーである本田大輝社長をアドバイザーに迎えることで再スタートを切るも、高級店ではなく若者向けのリーズナブルな焼肉店に路線を変更。しかも、宮迫さんが『店内にアート作品を飾り、販売もしたい』という謎のこだわりを見せたことから、『宮迫は相変わらず考えが甘い』『高級店のはずが、なぜ大衆焼肉屋に?』『そんな煙たい店内で、誰がアート作品を買うの?』とネット上では早くも非難の嵐が巻き起こる始末。

 さらに、来年の3月1日にオープン日を設定し、YouTubeで正社員を募集するも、『なるべく人件費を削りたい』という宮迫さんの経営戦略も出回っていたため、ネット民は『ブラック企業認定!』と大騒ぎ。ホリエモンやひろゆきらもSNSで心配の声を寄せるほど、爆死フラグが立ちまくっていますね(笑)」

 ただ、今回の牛宮城炎上騒動は、「天才戦略家であるヒカルが仕組んだ壮大な開業物語ではないか」という意見も。前出の週刊誌記者が続ける。

「そもそも、芸能人の名前を使って高級焼肉店を開業……なんてのはよくある話で、そんなありふれたストーリーを策士であるヒカルさんや宮迫さんが望んでいるとは思えない。追われるように宮迫さんが芸能界を去り、YouTubeのほうも頭打ちである以上、今後はTikTokにプラットフォームを移行させるという計画も水面下では進行しているとの噂も。つまり、いま宮迫さんに必要なのはTikTokユーザのメイン層である若者人気であり、そのためにこそ若者向けのリーズナブルな大衆店を渋谷に開業……というのは合点がいきます。

 しかしそれを正攻法でやると肝心の若者に引かれてしまうため、最初は高級焼肉店として企画を立ち上げ、その後ヒカルさんが共同経営者の座を降り、苦肉の策で大衆店へとシフトチェンジした……そういう筋書きが浮かび上がってくる。すべてはヒカルさんが仕組んだ極上の“開業ドキュメント”であり、宮迫さんを主演に据えた壮大なコントなんだと思いますね。ホリエモンやひろゆきもその筋書きにまんまと乗せられている……というわけです(笑)」

宮迫博之、ネタ番組収録で吉本興業側にオファーするも、すげなく断られた?

 一方、宮迫が自身のYouTubeチャンネルにおいて中田敦彦とのダブルMCで送り出している大型トーク番組『WinWinWiiin』や、地上波テレビ並みの予算をかけて一流の料理人たちが腕を競うという趣向の『有頂天レストラン』などについては、なかなか新作がアップされてないのが非常に気になるところだ。

 これについて、ある放送作家はこう語る。

「どちらの番組も宮迫さんが企画やスポンサー集めに奔走し、いわばテレビ業界への“逆襲”として始めた大型企画であり、いまだ芸能界復帰を諦めきれていない宮迫さんが最も力を入れている企画であることは間違いない。しかし、まず『WinWinWiiin』に関しては、“大物ゲスト”のハードルが高すぎて、なかなか決まらないようです。相棒の中田敦彦さんがシンガポールに移住してしまったし、裏テーマとして毎回のように話題となる『宮迫はなぜ吉本に戻れないのか?』という話もできなくなったいま、企画として成立しづらくなったのではないでしょうか。ただ、同タイトルは新作を出せば200~300万PVは余裕で稼ぐわけで、継続はしていきたいはずですが、いまの宮迫さんや中田さんとの共演をOKする大御所がどれぐらいいるのか……という点が最大のネックなわけです。

 一方の『有頂天レストラン』に関しては、第4回まではすでに配信済みですが再生数がまったく伸びず(第4回は8月28日公開、ゲストはデヴィ夫人、神田うの、泉谷しげるの『【異種格闘料理対決】ガチ5分料理&赤一色バトル【有頂天レストラン♯4】Cooking Battle Show』)、事実上の打ち切り状態ということでしょう。同規模の大型予算をかけて『宮迫さんが司会のネタ番組』へとシフトチェンジすべく、実は水面下で調整していたようなのですが……ネタ番組となればそもそも古巣の吉本興業の協力なしには成立しない。なので宮迫さんサイドから吉本へと正式にオファーしたそうなのですが、吉本がきっぱりと断ったそうです。結果、見たこともないような地下芸人たちから借金エピソードを聞き出すという企画(12月4日公開『【借金座談会】売れない芸人たちの借金エピソードがシャレになりませんでした』)を小規模にやっていましたが……。やはり宮迫さんとしては、『アメトーーク!』みたいなことをどうしてもやりたいんでしょうね」

 相方を失い、専業YouTuberになって約4カ月。芸能界への未練を抱えたまま、宮迫博之の孤独な戦いはまだしばらくは続きそうだ。

(文=藤原三星)

●藤原三星(ふじわら・さんせい)
ドラマ評論家・コメンテーター・脚本家・コピーライターなど、エンタメ業界に潜伏すること15年。独自の人脈で半歩踏み込んだ芸能記事を中心に量産中。<twitter:@samsungfujiwara

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パチスロ「目押し自慢」必見の激アツ情報! P-SPORTS「超ディスクアップHYPER」一般発売決定

 2022年1月15日、サミーの本社にて「第二回P-SPORTS超ディスクアッパー選手権HYPER」の決勝戦が行われる。

 P-SPORTSとは、遊技におけるスキルをスポーツと捉えた「今までにない新しい競技カルチャー」。昨年には「第一回P-SPORTS超ディスクアッパー選手権」が開催され、優勝者には賞金「331万円」が贈られた。

 今大会は10月30日に東京予選、11月6日に札幌予選・大阪予選・広島予選、11月13日に仙台予選・名古屋予選・福岡予選、10月30日から11月17日までの間にはシミュレーターアプリ予選が行われた。

 今回も優勝者には331万円、準優勝者には33万1000円、第3位には3万3,100円の賞金が授与される。今大会は業界ライターの参加も認められており、著名なライター数名も決勝進出が決定。そういった意味でも、今大会は大きな注目を集めている。

【注目記事】
パチンコ新台「14万発」の超出玉が早くも炸裂!? 斬新ハンドルも大好評な今年最後の超大物!! 初打ち実戦報告/新世紀エヴァンゲリオン~未来への咆哮~
パチンコ新台「激アマ報告」多数の意外なダークホース…ホールに眠るお宝台を見逃すな!!

 今大会の競技機種は『超ディスクアップHYPER』。このために製造されたビタ押し判定特化型マシンで、都合が付かず、あるいは勇気が出ずに大会へ参加できなかった目押し自慢も一度は打ってみたいと思うだろうが、そんなファンに朗報である。サミーネットワークスは先日、この『超ディスクアップHYPER』の一般発売を発表。12月24日12:00~からサミー公式グッズショップの「サミー商店オンライン」にて販売されるようだ。

『超ディスクアップHYPER』は、前大会で使用された『超ディスクアップ』をより進化させており、新たに3ステージ制を採用。ステージ1は左リール中段にボーナス絵柄をひたすらビタ押し、ステージ2は「そろえろ!」お題に挑戦、ファイナルステージは指定された箇所のビタ押しに挑戦するといったもので、ステージごとに変化するゲーム性を楽しむことができる。

 また、ビタ押しは1コマを16分割して精度が判定され、その精度によって「並ビタ(Cool)」「良ビタ(Excellent)」「超ビタ(Marvelous)」のいずれかが表示される。

 気になる価格は税込み33万1000円。初回生産70台は特別価格として税込み29万8000円となるようなので、購入希望者には早期の申し込みをオススメしたい。

 ただし、納品は2022年1月15日以降になることから、大会の練習用には間に合わないので要注意だ。