JRA日本ダービー(G1)と「2年前」目黒記念(G2)が馬券リンク!? M.デムーロ騎手「馬券圏内75%」の理由は…

 31日、東京競馬場で競馬の祭典・日本ダービー(G1)が開催される。そして、その直後の最終12レースに伝統のハンデ重賞、目黒記念(G2)が行われる。

 目黒記念がダービーと同日開催となったのは2006年。ダービーで馬券を外したファンにとっては、一発逆転を懸けた“敗者復活レース”として認知されつつある。

 今年、同じ日に同じ競馬場で重賞レースが行われるのは、障害重賞を除けばこの日だけ。そしてダービーと目黒記念には近年、ある不思議な相関性があることがわかった。

 それが、目黒記念と「2年後のダービー」にある。まず2006年から2010年までの目黒記念で3着までに入った騎手が2年後のダービーでどのような結果を残していたのか並べてみた。ちなみに2011年は、東日本大震災の影響で目黒記念がダービー前日の土曜開催となった年で、この年の1~3着騎手は2年後のダービー(2013年)には騎乗していない。

【目黒記念で3着以内騎手の2年後のダービー成績】
 2008年 武豊  ブラックシェル(3着)
 2008年 川田将雅  アドマイヤコマンド(7着)
 2008年 岩田康誠  メイショウクオリア(17着)
 2009年 武豊  リーチザクラウン(2着)
 2009年 福永祐一  セイウンワンダー(13着)
 2010年 岩田康誠  ヴィクトワールピサ(3着)
 2010年 横山典弘  ペルーサ(6着)
 2010年 和田竜二  シャイン(17着)
 2011年 三浦皇成  ショウナンパルフェ(6着)
 2012年 池添謙一  グランデッツァ(10着)

 たとえば2008年のダービーでは、ブラックシェルが3着に入ったが、鞍上の武豊騎手は06年の目黒記念でアイポッパーに騎乗し、2着という結果を残していた。もちろん目黒記念で3着以内でも、2年後のダービーには騎乗していなかった騎手も多い。

 2010年までの該当騎手のダービー成績は「0-1-2-7」。複勝率は30%と極めて平凡な数字といえるだろう。しかし2011年を境にこれが一変する。

【目黒記念で3着以内騎手の2年後のダービー成績】
2014年 蛯名正義  イスラボニータ(2着)
2016年 蛯名正義  ディーマジェスティ(3着)
2017年 M.デムーロ アドミラブル(3着)
2017年 戸崎圭太  ペルシアンナイト(7着)
2018年 福永祐一  ワグネリアン(1着)
2018年 蛯名正義  ゴーフォザサミット(7着)
2019年 戸崎圭太  ダノンキングリー(2着)
2019年 川田将雅  ヴェロックス(3着)

 2012年以降の目黒記念で3着以内に入った騎手の2年後のダービー成績は通算「1-2-3-2」。勝ち鞍こそ18年の福永騎手(ワグネリアン)だけだが、複勝率は75%にも上る。

 今年もこの傾向が続くなら、18年の目黒記念で3着以内に入った3人の騎手が該当する。2年前の目黒記念で3着までに入った騎手は1着から順に内田博幸騎手、高倉稜騎手、そしてM.デムーロ騎手だ。

 このなかで今年のダービーに騎乗するのはデムーロ騎手だけ(ダーリントンホール)。ちなみに2年前の目黒記念で4着だったのが今年ガロアクリークに騎乗する川田騎手、5着だったのがコントレイルに騎乗する福永騎手だ。

 果たして2年前の目黒記念は今年のダービーに結びつくのだろうか。

手越祐也にも強く言えない?「嫌われたくない」大甘のジャニーズ上層部がやばい

正解のないWEBマガジン~wezzyより】

NEWS公式サイトより

 NEWS手越祐也さんが無期限活動休止。NEWSの解散はないとするものの、手越さんはジャニーズ事務所を退所してしまうのか、注目されています。ただ、彼が時流を読まないどころか事務所全体でのプロジェクトの意義も理解できないのは、ジャニーズ事務所の上層部に位置する重鎮たちでさえタレントへの指導がろくにできないという背景があるようで……。

精神科医が分析する坂本龍馬=ADHD説…幼少時は夜尿症で愚鈍、いじめられっ子は本当か

 この連載では、過去の偉人たちを取り上げ、その健康状態や罹患していた持病について検討を行っていこうと思う。第1回は、幕末のヒーロー、31歳で早逝した坂本龍馬を取り上げてみよう。

 明治維新の立役者で、現在でも多くの人々に愛されている幕末のヒーロー、坂本龍馬は、実はADHD注意欠如多動性障害)であったという説がまことしやかに語られている。

 ご存じの方も多いと思うが、ADHDは発達障害の主要な疾患で、「不注意さ」と「多動、衝動性」を主な症状としている。ADHDの有病率は少なくとも人口の3~4%以上と見られ、まれなものではない(小児期で8%以上、成人で5%以上というデータもある)。

 坂本龍馬について、日本大学医学部微生物学教授の早川智氏は、著書の中で次のように述べている。

「剣術では複数の流派で免許皆伝を得るなど過集中の傾向があるのに対し、学塾は中退、恩師・海舟のとりなしと藩主・山内容堂の赦免にもかかわらず脱藩を繰り返すなど、組織の秩序には馴染めなかったようである。また遠慮がなく、人の話を聞かずよく居眠りしていたという同時代人の記録があることから、ADHDだった可能性はかなり高い」(『戦国武将を診る』 朝日新聞出版)。

 ADHDの診断には、小児期の症状の確認が必須である。残念ながら、この点について、時代的なこともあり、龍馬に関する資料は乏しい。

 龍馬は1835(天保6)年、現在の高知市において、土佐藩の郷士(下級武士)の家に生まれた。彼の実家は武士としての身分は低かったが、経済的には裕福だった。坂本家の先祖は明智光秀に連なるという言い伝えがあり、本能寺の変直後の山崎の戦いにおいて敗軍となった明智一族の子孫が、四国の長宗我部氏を頼ったのがその始まりだという。

 小児期の龍馬の様子については、12~13歳ごろまで寝小便癖があった気弱な少年で、漢学の楠山塾に入学したものの、いじめに遭い早々に退塾したというエピソードが伝えられている。

 上記の情報に根拠があるかどうか、『坂本龍馬関係文書』『坂本龍馬全集』などの古い文献を可能な範囲で調べてみたが、はっきりした証拠は存在していないようである。

 明治時代に執筆された龍馬の伝記小説『汗血千里駒』(坂崎紫瀾)には、次のような記述がある。

「龍馬の幼き時、心いと落ちつきて愚なるが如く、十二、三の頃まで夜溺の癖さへあり」

 その後の多くの伝記はこの記載を踏襲しているようであるが、千頭清臣は『坂本龍馬』において次のように記載している。千頭は土佐藩の出身で、維新後東京大学文学部を卒業、内務省の官僚、各県の知事、貴族院議員などを歴任した知識人である。

「能く坂本の幼年時代を知れる先輩の話に依れば、坂本は決して馬鹿者にあらず、子供相当分別ありし人なりきと云う」

 一方で16歳の龍馬は、土木工事の監督として、その仕事をしっかりとこなしたことが記録されている。

「龍馬は十六歳となるや、偶々島某が工事を督して幡多郡に出張するを聞き、父の命によりて随行せしが、其の工夫を使用するに妙を得たりければ、島某も窃に龍馬を末頼しき若者と思ひけり」(『維新土佐勤王史』)

 多くの読者を獲得した司馬遼太郎の小説、『竜馬がゆく』においては、次のように記載されている。

「竜馬は、十二になっても寝小便をするくせがなおらず、近所のこどもたちから『坂本の寝小便ったれ』とからかわれた」
「からかわれても竜馬は気が弱くて言いかえしもできず、すぐ泣いた」
「竜馬が入塾したのは、この楠山塾である。ところが、入塾するとほとんど毎日泣いて帰るし、文字を教えられても、竜馬のあたまでは容易におぼえられない様子なのである」(いずれも司馬遼太郎『竜馬がゆく』文春文庫より)

 龍馬の小児期について、司馬が別に資料を持っていたのかどうかは不明である。しかしながら、司馬の小説の影響力は絶大であり、小説の記述が事実として流布しているようだ。

 また、もし上記の点が事実であったとしても、必ずしもADHDに結びつくとはいえない点にも注意が必要である。夜尿症は一般の子どもでも見られることはあるし、いじめは被害者だけの問題ではない。さらに、ADHDの主要な症状である、「落ち着きのなさ」や「不注意」に直結するものではないからである。

 ただ『竜馬がゆく』のなかにある次の記述は、不注意さの表れと取れるかもしれない。

「……一つだけ幼いころの竜馬のくせが残っている所があった。よそにお招ばれに行っても、茶わんからめしつぶをぼろぼろとこぼすくせである」

龍馬は「デタラメに放言する人」?

 剣術修行のために故郷の土佐から江戸に旅立った龍馬は、その後、31歳で暗殺者の凶刃に斃されるまで、疾風のごとく、幕末の日本を駆け巡った。

 彼は一時、土佐藩の尊皇攘夷運動に加わるが、やがて脱藩し、勝海舟の門弟となる。その後は薩長同盟の設立に尽力するとともに、海運、貿易の事業も組織した。

 龍馬は短い生涯の中で、幕府側、反幕府側の両方の人たちと多くの交流を持ったことが知られている。さらにフリーメーソンの工作員であったという異説まで唱えられている。

 龍馬に対する同時代の評価を、ウィキペディアからも拾ってみよう。

 土佐藩の重鎮であり、明治政府においても活躍した佐々木高行は、次のように述べているという。

「元来、坂本と言う男は時と場合とにより臨機応変、言わばデタラメに放言する人物なりき。例えば温和過ぎたる人に会する時には非常に激烈なる事を言い、これに反して粗暴なる壮士的人物には極めて穏和なる事を説くを常とせり。斯様の筆法なる故に、坂本には矛盾などという語は決してあてはまらぬなり。昨日と今日と吐きし言葉が全く相違するといっても少しも意とせず、所謂人によりて法を説くの義なりと知るべし」
「才谷は度量も大きいが、其の遣り口はすべて人の意表出て、そして先方の機鋒を挫いて了とうにする。実に策略は甘い(心地よい)ものであった」

 また、土佐藩士で、龍馬や中岡慎太郎の盟友であった田中光顕は、次のように述べている。

「見廻組・新選組のものにしきりにつけねらわれた。『君は危険だから、土州藩邸に入れ』伊東甲子太郎がこうすすめたこともあったが彼は聞き入れなかった。藩邸に入ると門限その他、万事窮屈の思いをせねばならない。自由奔放、闊達不覇の彼はそういうことを好まなかった。で、やはり名をかえ藩邸の附近に宿をとっていた。のみならず彼は平生『王政維新の大業さえ成就したなら、この一身もとよりおしむ所にあらず、もう無用の身だ』といっていた」

 次に示すのは、越前福井藩出身で、明治時代に政治家として活躍した関義臣の言葉である。

「龍馬は小事に齷齪せず、一切辺幅を飾らず、人との交際は頗る温厚、厭味と云うもの一点もなく、婦人も馴れ、童子と親しむ。相手の話を黙って聞き『否』とも『応』とも何とも言わず、散々人に饒舌らして置いて、後に『さて拙者の説は』と諄々と説き出し、縷々数百千言、時々滑稽を交え、自ら呵々として大笑する。誠に天真の愛嬌であった。国を出づる時に父母より訓戒の辞を書して与えられたのを丁寧に紙に包み、上に『守』の一字を書き加え、袋に入れて常に懐中にしたなどは豪宕にして、而も赤子の如く愛すべき所があった」

龍馬の妻、お龍の語ったエピソード

 このように、龍馬の評価として、共通しているのは、おおらかで人あたりがよく、対人関係に苦労がないばかりか、多くの人に慕われている点である。ただし、その言動は慎重さ、緻密さとは真逆で、大胆でなれなれしく、時に子どもっぽい面も見られている。さらに、危険を自ら好むような特性も見られている。

 妻のお龍は、龍馬について次のように述べている(『千里駒後日譚』)。

「龍馬はソレは/\妙な男でして丸で人さんとは一風違つて居たのです。少しでも間違つた事はどこまでも本を糺さねば承知せず、明白に誤りさへすれば直にゆるして呉れまして、此の後は斯く/\せねばならぬぞと丁寧に教へて呉れました。衣物なども余り奇麗にすると気嫌が悪るいので、自分も垢づいた物ばかり着て居りました」

 細かいことに頓着しない、大らかな龍馬の性質がよく表れている。おおまかであり、また危険を求めて衝動的というのは、確かにADHDの特徴に類似している。

 しかしながら、成人における典型的な症状である「不注意、集中力の障害」について、明らかなエピソードは確認されていない。したがって、可能性はあるかもしれないが、龍馬をADHDと診断するには至らないというのが、現時点での結論である。

(文=岩波 明)

●岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に『殺人に至る「病」~精神科医の臨床報告~』 (ベスト新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

JRA日本ダービー(G1)福永祐一が勝つための絶対条件!? コントレイル2冠の鍵は「福永家の悲願」を達成した2年前の積極性

 31日、日曜東京メイン・日本ダービー(G1)は皐月賞(G1)を無敗で制したコントレイル(牡3、栗東・矢作芳人厩舎)が2冠を目論む。一足先にオークス(G1)を勝ったデアリングタクトが無敗の牝馬2冠を達成した。牡馬牝馬いずれも無敗の2冠馬誕生となれば、勿論史上初となるだけにコントレイルもこれに続きたい。

 昨年のホープフルS(G1)、今年の皐月賞とすでにG1を2勝しているコントレイルの能力は申し分がない。あとは、いかにその能力をダービーの舞台で発揮することができるかだろう。

 やはり、気になるのは鞍上の福永祐一騎手だ。2年前のダービーをワグネリアンとのコンビで勝利し、ダービー勝利という「福永家の悲願」を達成した。その一方で善戦しても勝ち切ることが出来なかったレースも数多く見られる。

 以下は福永騎手の過去10年の日本ダービーのおもな成績である。

 19年ランフォザローゼス 5番人気 7着 9番手
 18年ワグネリアン    5番人気 1着 4番手
 17年カデナ       8番人気 11着 16番手
 16年レインボーライン  12番人気 8着 14番手
 15年リアルスティール  2番人気 4着 10番手
 14年レッドリヴェール  4番人気 12着 12番手
 13年エピファネイア   3番人気 2着 10番手
 12年ワールドエース   1番人気 4着 10番手
 11年ユニバーサルバンク 11番人気 10着 5番手
 10年リルダヴァル    8番人気 12着13番手

 ※年度、馬名、人気、着順、直線入り口のポジションの順

 10回中8回で後方待機策を選択している。なかでも目立つのは1番人気ワールドエース、2番人気リアルスティールでの後方待機だろう。いずれも前にいた馬に敗れた上に、馬券外となる4着に敗れている。消極的に映った騎乗にはレース後も賛否が分かれることになった。

 だが、初勝利となった18年のワグネリアンでは対照的に、積極的な先行で悲願を達成。過去の苦い経験を活かした好騎乗だったといえる。これまでの後方待機ではなく、好位での競馬が実を結んだ。

 そして、これは今年のコントレイルにも条件があてはまりそうだ。前走の皐月賞ではこれまでの先行策とは打って変わって後方待機策となったが、先行して外に出すという陣営の想定と異なる内容の勝利だった。

 やはり、理想とするのは昨年の東スポ杯2歳(G3)を圧勝したような先行抜け出しの競馬だろう。3枠5番とロスのない競馬をするには絶好の枠を引いたのもラッキーだった。

『日刊スポーツ』の取材に対して、コントレイルを管理する矢作芳人師も「もともとスタートは速い。イメージとしては好位差し」とコメントをしていることからも、ダービーは好位からの競馬が濃厚だ。

 福永騎手のダービー好走条件に近い先行策であれば、コントレイルの凡走する可能性は低いといえそうだ。

 だが、注意しておきたいのはヴィクトリアマイル(G1)のビーチサンバ、オークスのリリーピュアハートと2週連続で痛恨の出遅れを犯していることだ。レース後のコメントではいずれも「スタートがすべてだった」と悔やんだ福永騎手。

 ダービーでの課題も「スタート」となりそうだ。

タマの大きさも妊娠力に関係?不妊、自宅用の簡単検査キット…早めの病院受診が大切

 不妊の原因は、約半数が男性由来である――ということは不妊治療へ足を踏み入れた夫婦が知る常識だ。男性はそもそも自分が不妊であることを想像しない。また、「自分が不妊の原因だったらこの世の終わり」と1か0かで物事を考えやすく、いざ自分が不妊である可能性が出ても、なかなか受診しない。

 しかし、実際には男性も生活習慣次第で精子の量・質ともに改善できるという。さらに、自宅でも確認する方法が、いくつかあると聞く。産経新聞社は2月、「夫婦で妊活セミナー~不妊治療は男性の覚悟と行動で決まる~」というセミナーを開催。男性不妊の専門家である辻村晃医師(順天堂大学教授)が登壇した。そこでわかった「自宅でもわかる妊娠力簡単チェック方法」をいくつかお伝えしたい。

男性の妊娠力が変わる3大要素

 辻村医師はさまざまなデータを分析して「男性不妊の3大要素」を導き出した。それによると、(1)加齢、(2)勃起力、(3)男性ホルモンの量が関係するという。加齢は致し方ないとして、一番われわれの目にわかりやすいのは(2)だろう。

 だが、男性は同性同士で膨張時の大きさを比較することはできない。せいぜい彼女や妻に質問をすることでしか確認できないが、正直な答えを返す女性はそういないので、答えはアテにならない。そこで登場したのが、硬さを4段階で評価する「(EHS: Erection Hardness Score)」だ。

・グレード1:こんにゃく並み。挿入は厳しい

・グレード2 みかん並み。挿入は難しい

・グレード3 グレープフルーツ並み。挿入はできるが、完全ではない

・グレード4 りんご並み。完全に硬い

 筆者はサンプルとなるゴム状の棒を触ってきたが、グレード4(りんご並み)は「こんな人類はいるか」と思うくらいの硬さだった。おそらく、自分は硬いと思っている男性でも、グレード3くらいではないだろうか。もし生殖機能に関して悩みがあれば、男性不妊治療に強い泌尿器科などで相談してみよう。

 蛇足だが、辻村医師によると大きさは一切関係ないとのことだ。

妊娠力は変わる

 3大要素には入っていないが、男性不妊外来では触診で「タマの大きさ」を確認するという。実はそのサイズも妊娠力に関係し、大きく硬いほうが精子の数・運動能力も高いという。

 客観的に自分のサイズを測るには、計測器を使用する方法もある。

 こちらの計測器は、オーキドメーターという。うずらの卵より少し大きいくらいなら、妊娠力に問題なしとされるようだ。

さらに自宅で調べたいなら検査キットを使おう

 さらに自宅で調べてみたい方には、スマホでチェックできるキットがある。リクルートが出している「Seem(シーム)」は、自分の出した精子をスマホで閲覧でき、それだけでなく運動率と量を測定できる。

 実際には奇形率や直進率(精子の中には頭が2つあるなど奇形で受精に適さないものや、まっすぐ進めないので卵子にたどり着かないものがある)なども調べなければ最終確定できないため、最後は泌尿器科や婦人科で検査することになる。

 自宅検査キットは「自分の妊娠力をチェックできる」のが大きなメリットだろう。そこで自分の妊娠力に課題がありそうならば、改めて受診するチャンスにもなる。冒頭で書いたとおり、男性不妊も治療や生活習慣次第で改善できる事例が多い。たとえスマホに1つも精子が写らなかったとしても、治療により子供に恵まれるケースもある。

 加齢が妊娠力に影響する以上、行動は早いほうがいい。まずは手始めに自宅でチェックしては、いかがだろうか。

(文=トイアンナ/ライター)

安倍政権がコロナ「専門家会議」の議事録を残さないと明言!「37.5度以上4日以上」の相談目安に異論があったことも隠蔽か

 公文書の改ざんという国家的犯罪を繰り広げた政権が、反省など微塵もなく、新型コロナで情報隠蔽を正当化した。28日、政府の専門家会議の議事録を政府が作成していないと共同通信が伝えたが、菅義偉官房長官は昨日29日、“議事録は残さなくても問題はない”と主張したのだ。  政府は今...

事務所の注意も無視…竹内涼真、“二股&恋人ポイ捨て”体質の新証言 白ベンツでデート

 あの人気俳優に熱愛の噂に加え、緊急事態宣言下での“3密”ドライブ外出の疑いが浮上している。

 29日発売の週刊誌「フライデー」(講談社)は、竹内涼真とモデルで女優の三吉彩花の熱愛を報じている。2人は東京が緊急事態宣言下の5月、複数回にわたり買い物デートを楽しむほか、マスクをせずに計5人でドライブに興じたり、郊外の知人宅に長時間滞在したりしていたという。

 竹内といえば2018年に女優の吉谷彩子との熱愛が報じられていたが、週刊誌記者は語る。

「『フライデー』によれば竹内は今年4月に吉谷との同棲生活を解消し、その前後から三吉との交際を始めたとされていますが、これが事実なら“二股”ということになります。業界では有名な“竹内の白ベンツ”でサングラスをかけた竹内が三吉とデートする写真もばっちり撮られており、二股と緊急事態宣言下での堂々の外出も重なり、爽やかなキャラが売りの竹内にとっては大きなイメージダウンにつながりかねません」

 記事によれば、竹内は同棲していた吉谷を追い出すかたちで一方的に別れを告げたとなっているが、竹内を知る人物は語る。

「『追い出した』という表現はさすがに“盛って”いるのでないかと思われるかもしれませんが、おそらく本当だと思います。竹内は独りではいられないというか、寂しがり屋っぽい部分があって、常に交際する女性がいないとダメなタイプなのですが、その一方で半同棲のような状態になるとすぐに相手に飽きてしまうみたいです。そうなると交際中の女性がいるにもかかわらず、他の女性に興味がいって頻繁に会うようになるのですが、なぜか彼女に浮気がバレるのを警戒している様子もなく、ちょっとそういう抜けたところというか、『え?』って思っちゃうところがあるんですよね。本人にはまったく悪気はないんですが……。

 三吉を“ポイ捨て”したような書かれ方をしていますが、過去に付き合っていた女性にも同じような別れ方をしていますよ。竹内にしてみれば、“別れる・別れない”という話し合いを長々とするのが単に面倒なだけなんでしょう。現場でも年上の大御所女優たちに可愛がられていますし、黙っていても女性が寄ってくるので、困ることはないんですよ」

 そんな竹内を所属事務所のホリプロも苦々しく思っているという。

「過去に竹内が熱愛を報じられた相手は、吉谷と三吉以外にもいますが、爽やかで真面目というイメージに人気が支えられ、CMの仕事も多い竹内だけに、事務所も竹内に何度か注意していますよ。しかし、どうも竹内は意に介さず、危機意識が感じられないようなんです。本人に“人気俳優だから許される”という感覚があるようにみえるといい、事務所も細かい私生活までは制御できず、いつか大きなスキャンダルを起こしてしまうのではないかと心配しているみたいです」(芸能事務所関係者)

 竹内が自分を見失わないように願うばかりである。

(文=編集部)

 

JRA日本ダービー(G1)武豊サトノフラッグをO.マーフィー、L.ヒューイットソンが本命視!? 「評価を下げてはいけない馬」「ダービー向き」若き天才騎手たちが“イチオシ”する理由

 31日に東京競馬場で行われる3歳の頂上決戦・日本ダービー(G1)について、春のクラシック戦線で存在感を放った名手が独自の見解を語っている。

「もうすぐ日本ダービーですね」

 そう日本への思いを語たったのは『デイリースポーツ』のインタビューに応じたL.ヒューイットソン騎手だ。

 詳細はぜひインタビュー記事をご覧いただきたいが、3月の弥生賞ディープインパクト記念(G2)から、初の日本参戦を果たした南アフリカの若き天才騎手は、ガロアクリークとのコンビでスプリングS(G2)を勝利。本番の皐月賞(G1)でも3着と、その手腕を日本の競馬ファンに見せつけた。

 惜しむらくは、ヒューイットソン騎手が初の短期免許だったことだ。JRAでは、初の短期免許となる外国人騎手には最大2カ月間の騎乗しか認めておらず、ヒューイットソン騎手は泣く泣く皐月賞の翌週の騎乗を最後に南アフリカへ帰国することに……。

 これには本人も「できれば、もう1カ月滞在してガロアと一緒にダービーに挑戦したかった」と相棒への“未練”を語っている。スプリングSが6番人気、皐月賞が8番人気とたびたび波乱を演出した名コンビだけに、日本ダービーで見たかったファンの多いはずだ。

 そんなヒューイットソン騎手が、ガロアクリークの次に「評価を下げてはいけない馬」と警鐘を鳴らしたのが、皐月賞5着のサトノフラッグ(牡3歳、美浦・国枝栄厩舎)だ。

 弥生賞ディープインパクト記念を勝ち、皐月賞ではコントレイルに次ぐ2番人気と、サリオスよりも支持されていたサトノフラッグ。結果は5着と「3強」で唯一馬券圏内を外すなど、コントレイル、サリオスとは勝負付けが済んだ感もある。だが、ヒューイットソン騎手は「潜在能力は皐月賞1、2着馬にも引けを取らない」と極めて高い評価を与えているようだ。

「これには未勝利戦と1勝クラスで騎乗したO.マーフィー騎手も同調していましたね。サトノフラッグとのコンビで東京の未勝利戦と、中山の1勝クラスに騎乗して、どちらも3馬身差で快勝したマーフィー騎手ですが、明らかに『ダービー(東京)向き』と語っています。

中山の皐月賞でコントレイルとサリオスに力の差を見せつけられたサトノフラッグですが、ヒューイットソン騎手もマーフィー騎手も東京コースに替わるダービーで、再び『3強』の争いに持ち込めるだけの潜在能力があるとみているようです」(競馬記者)

 またサトノフラッグを高評価しているのは、当然陣営も同じだ。

「管理する国枝調教師は、以前から『(厩舎の)牡馬の歴代No.1』とサトノフラッグに最大級の評価を与えています。皐月賞は仕上げ過ぎて本来の走りができなかったことを受け、今回はソフト仕上げ。

動きは良いですし、取材陣には『(来週の安田記念に出走する)アーモンドアイの方がよく聞かれるな』と余裕の“取材リクエスト”。逆に言えば、それだけ仕上げに自信があるということでしょう」(別の記者)

 そんなサトノフラッグの手綱を執るのは、ヒューイットソン騎手もマーフィー騎手も「リスペクト」と口を揃える武豊騎手だ。サトノフラッグを「(父の)ディープインパクトに似ている」と語るダービー5勝の名手は、“飛ぶ”ような走りを復活させることができるか。一発逆転の可能性は、決して小さくないのかもしれない。

JRA福永祐一「穴があったら入りたい」日本ダービー(G1)22年前の悪夢……大本命コントレイルで示したい進化

 2020年5月31日の日曜日、第87回東京優駿・日本ダービー(G1)が行われる。

 今年はコロナウイルスの影響で無観客開催となってしまったが、ディープインパクト以来となる無敗の、そして令和初の三冠馬にコントレイルが王手をかけられるかどうか――。最大の焦点はそこにある。

 同馬はここまで4戦4勝。新馬戦を快勝し、続く東京スポーツ杯2歳S(G3)も圧勝。暮れのホープフルステークス(G1)も勝利し、休み明けの皐月賞(G1)は不利を克服して快勝と敵なしの存在だ。

 父がディープインパクト、キズナとワンアンドオンリーで日本ダービーを勝利したノースヒルズの生産で、馬主はノースヒルズの前田晋二氏。管理するのは栗東の名伯楽・矢作芳人調教師で、鞍上は福永祐一騎手。まさに超一流のスタッフである。

 ここまで順風満帆、何の狂いもなく調整できているとの報道もあり、当日はかなりの支持を集めるはず。懸念材料は陣営も度々口にしていた距離の壁、そして当日の過度なイレ込みだろうが、福永祐一騎手の騎乗も大きなポイントになりそうだ。

 福永騎手が初めて日本ダービーを制したのは2018年のワグネリアン。これは1998年の初騎乗から19度目の騎乗で成し遂げたもの。この事実からも、いかにダービーの壁が高いかがわかる。

 最近の競馬ファンからすれば、福永騎手と日本ダービーを連想して最初に浮かぶのはワグネリアンかもしれない。しかし古い競馬ファンであれば、彼がデビュー3年目に騎乗した1998年のキングヘイローではなかろうか。

 1997年にデビューしたキングヘイローは、福永騎手を背に3戦3勝で重賞を勝利し、一躍クラシック候補に名乗りを上げた。そして1998年の皐月賞は、福永騎手の好騎乗もあってセイウンスカイの2着に好走。父が欧州の名種牡馬ダンシングブレーヴということもあり、続くダービーはスペシャルウィークに続き、単勝3.9倍の2番人気に支持された。当時デビュー3年目の福永騎手は、ダービー初騎乗で初勝利という偉業に挑んだのである。

 しかしレースはキングヘイローがまさかの暴走……。デビュー以来「逃げ」たことがなかった同馬が、1000mを60秒6のラップで逃げを打ち、最後は見せ場もなく14着に敗退した。

 前年にダービーを逃げ切ったサニーブライアンが1000mを61秒5、ミホノブルボンは61秒2、キングヘイローは当時史上2番目となる速いラップであり、明らかにハイペースだった。まさかの結末に、キングヘイローの馬券を購入した競馬ファンから怒号が飛び交ったほどだ。

「頭が真っ白になってしまい、なぜかスタートして仕掛けてしまった。直線は穴があったら入りたい気持ちだった」

 レース後、福永騎手はそう語っていたように、完全にレースで舞い上がってしまい、自分とキングヘイローをコントロールできなかった福永騎手の技量不足と経験不足が最大の敗因であった。無論、競馬の結果には様々な理由があり、敗戦のすべての責任が福永騎手にあったわけではないが、あまりにも酷なレースだった。

 当時デビュー3年目の福永騎手は、1年目に武豊以来となる新人で50勝を達成、2年で100勝をクリアして重賞も勝利。名手だった父・福永洋一元騎手の息子としてだけでなく、実力も兼ね揃えた期待の若手騎手として大きな評価を受けていた。

 だが、やはり21歳の若手にとって、日本ダービーというレースは今まで感じたことがない緊張とプレッシャーがあったのだろう。

 しかしこのダービーの経験は後に大きな財産となったはずだ。その後の活躍は周知のとおりで、ダービーを含め数々のG1レースを勝利。海外でもG1を勝ち、そして出会ったコントレイルという最高の相棒。

 もし、あのキングヘイローでの惨敗がなければ、ここまで騎手として成長することはできなかったかもしれない。そして2018年のダービー制覇も、キングヘイローが導いてくれたものともいえよう。

 福永騎手が初めてダービーに騎乗したのは1998年、今年で21回目のダービーだ。しかし今年のダービーは、初めて皐月賞馬で挑む一戦であり、三冠がかかったレース。そして初めて、すべての馬にマークされる立場となるレースだ。

 5番人気という気楽な立場だったワグネリアンとも違い、これまでとは違ったプレッシャーを感じるだろう。しかしキングヘイローのダービー、そしてワグネリアンのダービーで経験した惨敗と勝利が、このダービーで大いに活きるはずだ。

 人気を背負ってダービーを勝てるかどうかは、超一流騎手への登竜門ともいえよう。ぜひそのプレッシャーを跳ねのけ、大きな勲章を手にしてほしい。


 ■福永祐一 日本ダービー騎乗成績
 1998 キングヘイロー  14着
 2000 マルカミラー   17着
 2001 プレシャスソング 8着
 2003 エイシンチャンプ 10着
 2004 メイショウムネノリ 17着
 2005 アドマイヤフジ   4着
 2006 マルカシェンク   4着
 2007 アサクサキングス  2着
 2008 モンテクリスエス  16着
 2009 セイウンワンダー  13着
 2010 リルダヴァル    12着
 2011 ユニバーサルバンク 10着
 2012 ワールドエース   4着
 2013 エピファネイア   2着
 2014 レッドリヴェール  12着
 2015 リアルスティール  4着
 2016 レインボーライン  8着
 2017 カデナ       11着
 2018 ワグネリアン    1着
 2019 ランフォザローゼス 7着

JRA 日本ダービー(G1)は「西からの刺客」に注目!? 超強力“タレコミ”から紐荒れで狙える伏兵が浮上

 競馬の祭典・日本ダービー(G1)。2017年に生産された7262頭のサラブレッドの頂点を決める1戦が、今年も東京競馬場で開催される。新型コロナウイルス感染拡大防止の一環で、無観客という異例の状況で行われることになったが、出走馬を管理する栗東関係者たちの熱の入れようは例年と変わりはない。2冠を狙うコントレイルが有力視されているものの、それを阻むことを目論む”西からの使者”の情報が編集部にもたらされた。一部を紹介しよう。

 巻き返しに躍起になっているヴェルトライゼンデ(栗東・池江泰寿厩舎)。

 昨年のホープフルS(G1)では勝ち馬コントレイルから0秒2差の2着。クラシックでも期待された存在だったが、スプリングS(G2)を2着で終えると、皐月賞(G1)では4番人気ながら8番人気と大敗。だが、鞍上の池添謙一騎手はレース後に「3コーナーから4コーナーではのめり出しました」と道悪が敗因だったと語り、「これから良くなってくると思います」と前を向いていた。

「皐月賞のときはまだ緩さがありましたが、ダービーに照準を合わせただけあって状態はピークの様子。スタッフは『馬体に実が入ったことで、加速も手前の交換もスムーズにできるようになってきた』と目を細めていました。

 大物感には欠けているものの、『掲示板ならば載る可能性はあるし、展開が向けばさらに上も』と意欲を見せていました」(栗東関係者A)

 3連系の馬券に入れておくとオイシイ思いができるかも!?

 ”大魔神”こと佐々木主浩氏が所有する新星ヴァルコス(栗東・友道康夫厩舎)。

 デビュー当時は佐々木氏所有の評判馬ブラヴァスの影に隠れていたが、コツコツと実績を積み重ね、ついに青葉賞(G2)に出走。勝ち馬オーソリティとクビ差の2着に入り、優先出走権を手に入れていた。

「業界でも”持っている”と評判の馬主である佐々木氏の所有の1頭。今回も期待したいところですが、一瞬の脚に欠けるタイプですし、今回は8枠17番と枠順も厳しいところに入ってしまいました。スタッフも『本当に良くなるのは秋以降』と話しています。相手強化の1戦でもあるので、過剰な期待は禁物かもしれないですね」(栗東関係者B)

 ”大魔神”の神通力も通用しないか……。

 ディープボンド(栗東・大久保龍志厩舎)は京都新聞杯(G2)を制して滑り込みを決めた。

 前走の京都新聞杯では、アドマイヤビルゴが単勝1.4倍の圧倒的1番人気に支持されていた。ディープボンドは本命馬をマークしつつ進み、直線で外から伸びて交わす。最後はマンオブスピリットとの叩き合いをクビ差で制して勝利を飾っている。

「タフな馬でのレースを物ともしない走りを見せてくれましたね。ただスタッフによれば、『京都新聞杯の勝利は流れや展開がぴったりハマった』からだといい、また『切れる脚がないので上がりの速い今の東京は不向きだろうね』とテンションは低かったです。“チーム・ノースヒルズ”はコントレイルに勝ってもらうのが第一でしょうし、こちらにはあまり注目していない感も」(栗東関係者C)

 上位進出はあるのだろうか?

 コルテジア(栗東・鈴木孝志厩舎)は、大ブレイク中の松山弘平騎手を背にダービーに向かう。

 今年はシンザン記念(G3)で3着に入ると、きさらぎ賞(G3)を勝利。皐月賞は7着に終わったが、ここでは自在性の高さを武器に上位を狙う。

「これまではほとんど前で競馬をしていましたが、自在性があり、前走のように後ろからでも競馬ができるのが強みです。ただスタッフは『血統的、走法的にも2400mは長い』と明かしていました。今年牝馬2冠を達成したデアリングタクトの主戦騎手である松山騎手の手綱さばきに期待したいところですが、こればっかりは如何ともし難いでしょう」(栗東関係者D)

 松山騎手を持ってしても旗色は悪いか。

 評判馬マイラプソディ(栗東・友道康夫厩舎)は、武豊騎手から横山典弘騎手に鞍上をチェンジして頂上決戦に挑む。

 期待された共同通信杯(G3)で4着、皐月賞でも13着と不調にあえいでいるマイラプソディ。乗り替わりで心機一転を図りたいところだ。

「鞍上の変更に加えて、今回は馬具も工夫するようです。陣営は『最近の不調はメンタルの問題』だと語り、集中力アップのため、チークピーシーズとメンコを着用すると教えてくれました。ですが、効果は出ているものの、『走る気は出てきたけど、いい頃と比べるとちょっとね……。勝負どころで渋くなるから、今の時計の速い馬場での勝負は厳しい』と自信がなさそうでした」

 復活はまだ先のことになりそうだ。

 今年の日本ダービーは15時40分発走。昨年同様の10Rではなく、11Rで行われる。馬券の買い間違いだけには注意したい。