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「日本は半導体後進国」の大間違い…キヤノンや花王、“半導体の喉元”を握る日本企業
●この記事のポイント
・「日本半導体は死んだ」は誤解だ。キヤノン、花王、レーザーテックらが装置・材料・検査で世界の製造基盤を握り、TSMCやサムスンの量産を支配している。
・半導体競争は「チップ」から「工場インフラ」へ移った。日本企業は露光・洗浄・検査・後工程の不可欠領域を押さえ、代替不能性で価格決定権を確立している。
・川下の主役は海外でも、川上の製造OSは日本が担う。日本は完成品競争から脱し、誰が勝っても必ず使われる装置・材料で“プラットフォーマー化”した。
「日本の半導体は、もはや見る影もない」――。かつて1980年代に世界市場の5割を席巻した黄金期と比べれば、そうした“敗北論”がメディアに溢れるのも無理はない。実際、生成AIブームの象徴であるNVIDIA(エヌビディア)をはじめ、世界の注目を集める主役は米国であり、最先端プロセスの覇者は台湾TSMC、韓国サムスン電子といった海外勢である。
だが、ここに重大な錯覚がある。「半導体=最終製品(チップ)を作る企業が勝つ」という見方は、川下だけを見ている。真に“産業の喉元”を握るのは、チップそのものではなく、それを作らせるための製造装置・材料・後工程の支配である。
もし日本企業が供給を止めたらどうなるか。最先端スマートフォンのSoCも、AIサーバーのGPUも、先端メモリも、工場から消える。なぜなら、半導体製造は「一国で完結する産業」ではなく、地球規模の超分業によって成立する“巨大工場”であり、日本企業はその工場の要所を押さえる存在だからだ。
本稿では、「日本半導体敗北論」の裏側で静かに進んでいた、日本の装置・素材メーカーによる“インフラ支配”の全貌を解き明かす。主役は、キヤノン、花王、レーザーテック、東京エレクトロン、ディスコ、信越化学、AGC、ヤマハ発動機といった“黒衣の巨人”たちである。
●目次
- 半導体は「モデル」ではなく「工場」の戦いになった
- 「光」ではなく「型」で勝つ――キヤノンの逆襲
- 「台所の科学」がAIチップを救う――花王の界面制御が1ナノのゴミを許さない
- シェア100%の「門番」――レーザーテックが止まれば最先端は量産できない
- 「後工程」の王者が世界を制す――ディスコと、日本の“完成工程”支配
- 東京エレクトロン、信越化学、AGC……「代替不能」の積層が日本の武器になる
- 日本は「半導体の敗者」ではない。“プラットフォーマー”へ進化した
- 【データ解説】世界を支配する「黒衣の巨人」たちの経営実態(主要指標)
半導体は「モデル」ではなく「工場」の戦いになった
生成AIの時代、半導体産業の競争軸は大きく変わりつつある。従来は「より良い設計をする企業」「より速いチップを作る企業」が主役だった。しかし今は、微細化が極限に近づき、製造難度は指数関数的に上がった。最先端領域では、もはや設計思想よりも「工場を動かせるか」が勝敗を分ける。
先端半導体は、単に回路を縮めれば良いわけではない。歩留まりを左右するのは、ナノ単位の微粒子、材料の純度、洗浄工程、さらには検査・計測の精度と速度だ。この“工場総合格闘技”を成立させているのが、装置と材料の蓄積である。そして、その積み上げを最も長く続けてきた国の一つが日本である。
元半導体メーカー研究員で経済コンサルタントの岩井裕介氏はこう語る。
「日本が失ったのは“メモリで世界を取る物語”であり、“半導体産業の支配力”そのものではない。むしろ今の日本は、勝者が誰であれ“必ず上納金が入るポジション”に移った」
川下から見れば衰退に映る。しかし川上から見れば、日本は“プラットフォーム”へと進化していたのである。
「光」ではなく「型」で勝つ――キヤノンの逆襲
半導体製造の最前線で、圧倒的な支配力を持つ企業がある。オランダのASMLだ。同社が独占するEUV(極端紫外線)露光装置は、最先端半導体の製造に不可欠で、価格は1台数百億円ともいわれる。導入できる企業が限られるほど、EUVは“通行手形”として機能してきた。
だが、ここに風穴を開ける可能性を秘めた技術が存在する。キヤノンのナノインプリント(NIL)である。これは従来の露光と違い、「光で回路を焼き付ける」のではなく、ハンコのように“型”を押し付ける手法だ。もし量産に適用できれば、装置のコストや消費電力を大きく下げられる可能性がある。
キヤノンはカメラ企業のイメージが強いが、産業領域は別の顔を持つ。インダストリアル部門は売上高3565億円、営業利益率約20%と、極めて高い収益性を誇る(ドラフト記載数値)。この利益率は、「価格競争ではなく技術競争で勝てている」ことを示すシグナルでもある。
「NILの価値は、ASMLを倒すことではない。“EUVの導入が難しい領域”や、“コストと電力が障壁となる用途”に別の選択肢を出せる点にある。製造インフラは一極集中より多極化のほうが強い」(岩井氏)
ASML一強の時代は、いつまでも続くとは限らない。キヤノンのNILは、半導体工場のルールそのものを変える“異種格闘技”の刺客になり得る。
「台所の科学」がAIチップを救う――花王の界面制御が1ナノのゴミを許さない
日本の強みは、装置だけではない。むしろ真骨頂は“材料”にある。そして、最も意外性のあるプレイヤーが、日用品メーカーの花王だ。
「アタック」「キュキュット」で知られる花王が、半導体洗浄剤の分野で存在感を強めている。半導体は微細化が進むほど、“見えない汚れ”が致命傷になる。人間の目には存在しないレベルの微粒子が、歩留まりや信頼性を左右するからだ。
花王の武器は、長年培った界面活性剤の知見、すなわち「汚れを落とす科学」そのものである。洗浄後に水滴を残さない、微細領域で表面を安定化させる、といった制御は、まさに界面技術の応用だ。
「半導体洗浄は、単に“強い薬品で洗う”話ではない。表面を傷つけない、異物を再付着させない、濡れ性を制御する――つまり“界面の設計”が本質になる。花王は家庭用品で、その設計力を極限まで磨いてきた」(同)
花王は2025年に台湾で精密洗浄センターを稼働させるなど、現地での連携を強めている。製造現場の近くに拠点を置くということは、「ただ売る」ではなく「一緒に歩留まりを上げる」パートナーに踏み込むことを意味する。これは素材メーカーとしての“格上げ”である。
シェア100%の「門番」――レーザーテックが止まれば最先端は量産できない
半導体の覇権を握るのは、露光装置だけではない。作った回路が正しいかどうか、ミスを見抜けなければ量産できない。その“最終関門”を握る企業が、日本のレーザーテックだ。
同社はEUVマスク検査装置で世界シェア100%級ともいわれる。EUV時代のマスクは複雑で、検査が難しい。ここで欠陥を見逃せば、不良品を大量生産する“地獄の量産”が始まる。
半導体製造では、不具合が出てから止めるのでは遅い。止めた瞬間に数百億円規模の損失が出ることもある。だからこそ検査装置は、「保険」であり「通行証」でもある。
「最先端ほど“作る”より“確かめる”が難しくなる。レーザーテックは、EUV時代の品質保証の中心にいる。彼らは装置メーカーでありながら、事実上“工場の稼働率”を握っている」(同)
営業利益率が40%を超える水準になり得るのも、代替が効かないことの裏返しだ。
「後工程」の王者が世界を制す――ディスコと、日本の“完成工程”支配
半導体産業は、前工程(回路形成)ばかりが注目されがちだ。しかし実際には、完成品として成立させる後工程も、技術難度が上がっている。
ここで圧倒的な存在感を放つのがディスコだ。ウェハーを切り出すダイシング装置で世界シェア70〜80%級ともされ、「切る・削る・磨く」において他社の追随を許さない。次世代のパワー半導体(SiC)など、高硬度材料ほど加工は難しくなり、ディスコの優位性が増す。
「後工程は“成熟市場”と言われてきたが、AIと電動化で状況が変わった。高性能化が進むほど、加工精度が製品寿命に直結する。ディスコはそこで“品質を売っている”」(同)
半導体の覇権とは、最先端だけの話ではない。大量に作り、安定して出荷し、歩留まりを上げる。その最後の工程を押さえる企業が、利益の中心に立つ。
東京エレクトロン、信越化学、AGC……「代替不能」の積層が日本の武器になる
日本の強みが恐ろしいのは、「単独のスター企業」ではなく、代替不能な要素が積み重なっている点にある。
例えば東京エレクトロンは、コータ・デベロッパでシェア約90%級ともされる(ドラフト記載)。前工程の中でも重要な工程を押さえ、EUV関連で存在感を増してきた。信越化学はシリコンウェハーで世界シェア1位級、AGCは合成石英ガラスなどで世界トップクラスの地位を保つ。
そして見落とされがちだが、工場全体の自動化・搬送・実装といった領域でも、日本企業は強い。ヤマハ発動機はロボティクス領域で高速・高精度の自動化技術を提供し、工場の“稼働率”を高める役割を担う。
重要なのは、これらが単なる部品供給ではないことだ。日本企業が提供しているのは、半導体製造という巨大産業の「機械」「材料」「検査」「自動化」を束ねた、いわば“工場OS”に近い。
「半導体サプライチェーンの脆弱性が問題になるほど、川上のプレイヤーは“国家安全保障の道具”になる。日本の装置・材料企業は、経済合理性だけでなく地政学上の価値を持ち始めている」(同)
日本は「半導体の敗者」ではない。“プラットフォーマー”へ進化した
かつて日本はDRAMなど、完成品(チップ)で世界を取ろうとしていた。しかし完成品は価格競争に巻き込まれやすく、量産勝負の世界であり、アジア勢との消耗戦になった。
一方、現在の日本が取っているポジションは違う。誰が勝っても必ず使われる「装置」「材料」「検査」「後工程」に特化し、産業の通行料を握る側に回った。
GAFAやNVIDIAが「どんなチップを作るか」を考える設計者だとすれば、日本企業は「そのチップを作るためのキャンバス、筆、絵の具、工房の管理システム」を提供している。しかも、それらは簡単に置き換えが効かない。
つまり「日本半導体敗北論」とは、川下の分かりやすい“主役”だけを見て、川上の“支配”を見落とした議論なのだ。
もちろん、日本に課題がないわけではない。人材、研究開発、スタートアップ層、ソフトウェアとの統合、製造拠点の脆弱性など、取り組むべき論点は多い。だが少なくとも、「日本は終わった」と結論づけるのは早すぎる。むしろ今、日本の強みは“地味だが最強”という形で、世界の半導体を縛っている。
日本は半導体の敗者ではない。主役ではなく、世界の工場を動かすプラットフォーマーへと進化したのである。
【データ解説】世界を支配する「黒衣の巨人」たちの経営実態(主要指標)
各社の決算短信・業績予想(ドラフト記載)に基づく主要指標を見ると、装置・素材系の高収益性が際立つ。営業利益率が2桁後半〜40%級に達する企業が存在するのは、単なる効率経営ではなく、代替不能性=価格決定権を握っているためだ。
キヤノン:ナノインプリント露光で“次の選択肢”を提示
東京エレクトロン:前工程の要所を支配
レーザーテック:最先端の“門番”
ディスコ:後工程の王者
花王:洗浄・界面という「見えない戦場」で勝つ
信越化学:超高純度ウェハーの根幹
ヤマハ発動機:工場自動化で稼働率を支える
半導体の覇権は、GPU企業やファウンドリの物語だけではない。むしろその背後で「工場を止められる権力」を持つ企業こそが、最終的に最も強い。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)
「日本は半導体後進国」の大間違い…キヤノンや花王、“半導体の喉元”を握る日本企業
●この記事のポイント
・「日本半導体は死んだ」は誤解だ。キヤノン、花王、レーザーテックらが装置・材料・検査で世界の製造基盤を握り、TSMCやサムスンの量産を支配している。
・半導体競争は「チップ」から「工場インフラ」へ移った。日本企業は露光・洗浄・検査・後工程の不可欠領域を押さえ、代替不能性で価格決定権を確立している。
・川下の主役は海外でも、川上の製造OSは日本が担う。日本は完成品競争から脱し、誰が勝っても必ず使われる装置・材料で“プラットフォーマー化”した。
「日本の半導体は、もはや見る影もない」――。かつて1980年代に世界市場の5割を席巻した黄金期と比べれば、そうした“敗北論”がメディアに溢れるのも無理はない。実際、生成AIブームの象徴であるNVIDIA(エヌビディア)をはじめ、世界の注目を集める主役は米国であり、最先端プロセスの覇者は台湾TSMC、韓国サムスン電子といった海外勢である。
だが、ここに重大な錯覚がある。「半導体=最終製品(チップ)を作る企業が勝つ」という見方は、川下だけを見ている。真に“産業の喉元”を握るのは、チップそのものではなく、それを作らせるための製造装置・材料・後工程の支配である。
もし日本企業が供給を止めたらどうなるか。最先端スマートフォンのSoCも、AIサーバーのGPUも、先端メモリも、工場から消える。なぜなら、半導体製造は「一国で完結する産業」ではなく、地球規模の超分業によって成立する“巨大工場”であり、日本企業はその工場の要所を押さえる存在だからだ。
本稿では、「日本半導体敗北論」の裏側で静かに進んでいた、日本の装置・素材メーカーによる“インフラ支配”の全貌を解き明かす。主役は、キヤノン、花王、レーザーテック、東京エレクトロン、ディスコ、信越化学、AGC、ヤマハ発動機といった“黒衣の巨人”たちである。
●目次
- 半導体は「モデル」ではなく「工場」の戦いになった
- 「光」ではなく「型」で勝つ――キヤノンの逆襲
- 「台所の科学」がAIチップを救う――花王の界面制御が1ナノのゴミを許さない
- シェア100%の「門番」――レーザーテックが止まれば最先端は量産できない
- 「後工程」の王者が世界を制す――ディスコと、日本の“完成工程”支配
- 東京エレクトロン、信越化学、AGC……「代替不能」の積層が日本の武器になる
- 日本は「半導体の敗者」ではない。“プラットフォーマー”へ進化した
- 【データ解説】世界を支配する「黒衣の巨人」たちの経営実態(主要指標)
半導体は「モデル」ではなく「工場」の戦いになった
生成AIの時代、半導体産業の競争軸は大きく変わりつつある。従来は「より良い設計をする企業」「より速いチップを作る企業」が主役だった。しかし今は、微細化が極限に近づき、製造難度は指数関数的に上がった。最先端領域では、もはや設計思想よりも「工場を動かせるか」が勝敗を分ける。
先端半導体は、単に回路を縮めれば良いわけではない。歩留まりを左右するのは、ナノ単位の微粒子、材料の純度、洗浄工程、さらには検査・計測の精度と速度だ。この“工場総合格闘技”を成立させているのが、装置と材料の蓄積である。そして、その積み上げを最も長く続けてきた国の一つが日本である。
元半導体メーカー研究員で経済コンサルタントの岩井裕介氏はこう語る。
「日本が失ったのは“メモリで世界を取る物語”であり、“半導体産業の支配力”そのものではない。むしろ今の日本は、勝者が誰であれ“必ず上納金が入るポジション”に移った」
川下から見れば衰退に映る。しかし川上から見れば、日本は“プラットフォーム”へと進化していたのである。
「光」ではなく「型」で勝つ――キヤノンの逆襲
半導体製造の最前線で、圧倒的な支配力を持つ企業がある。オランダのASMLだ。同社が独占するEUV(極端紫外線)露光装置は、最先端半導体の製造に不可欠で、価格は1台数百億円ともいわれる。導入できる企業が限られるほど、EUVは“通行手形”として機能してきた。
だが、ここに風穴を開ける可能性を秘めた技術が存在する。キヤノンのナノインプリント(NIL)である。これは従来の露光と違い、「光で回路を焼き付ける」のではなく、ハンコのように“型”を押し付ける手法だ。もし量産に適用できれば、装置のコストや消費電力を大きく下げられる可能性がある。
キヤノンはカメラ企業のイメージが強いが、産業領域は別の顔を持つ。インダストリアル部門は売上高3565億円、営業利益率約20%と、極めて高い収益性を誇る(ドラフト記載数値)。この利益率は、「価格競争ではなく技術競争で勝てている」ことを示すシグナルでもある。
「NILの価値は、ASMLを倒すことではない。“EUVの導入が難しい領域”や、“コストと電力が障壁となる用途”に別の選択肢を出せる点にある。製造インフラは一極集中より多極化のほうが強い」(岩井氏)
ASML一強の時代は、いつまでも続くとは限らない。キヤノンのNILは、半導体工場のルールそのものを変える“異種格闘技”の刺客になり得る。
「台所の科学」がAIチップを救う――花王の界面制御が1ナノのゴミを許さない
日本の強みは、装置だけではない。むしろ真骨頂は“材料”にある。そして、最も意外性のあるプレイヤーが、日用品メーカーの花王だ。
「アタック」「キュキュット」で知られる花王が、半導体洗浄剤の分野で存在感を強めている。半導体は微細化が進むほど、“見えない汚れ”が致命傷になる。人間の目には存在しないレベルの微粒子が、歩留まりや信頼性を左右するからだ。
花王の武器は、長年培った界面活性剤の知見、すなわち「汚れを落とす科学」そのものである。洗浄後に水滴を残さない、微細領域で表面を安定化させる、といった制御は、まさに界面技術の応用だ。
「半導体洗浄は、単に“強い薬品で洗う”話ではない。表面を傷つけない、異物を再付着させない、濡れ性を制御する――つまり“界面の設計”が本質になる。花王は家庭用品で、その設計力を極限まで磨いてきた」(同)
花王は2025年に台湾で精密洗浄センターを稼働させるなど、現地での連携を強めている。製造現場の近くに拠点を置くということは、「ただ売る」ではなく「一緒に歩留まりを上げる」パートナーに踏み込むことを意味する。これは素材メーカーとしての“格上げ”である。
シェア100%の「門番」――レーザーテックが止まれば最先端は量産できない
半導体の覇権を握るのは、露光装置だけではない。作った回路が正しいかどうか、ミスを見抜けなければ量産できない。その“最終関門”を握る企業が、日本のレーザーテックだ。
同社はEUVマスク検査装置で世界シェア100%級ともいわれる。EUV時代のマスクは複雑で、検査が難しい。ここで欠陥を見逃せば、不良品を大量生産する“地獄の量産”が始まる。
半導体製造では、不具合が出てから止めるのでは遅い。止めた瞬間に数百億円規模の損失が出ることもある。だからこそ検査装置は、「保険」であり「通行証」でもある。
「最先端ほど“作る”より“確かめる”が難しくなる。レーザーテックは、EUV時代の品質保証の中心にいる。彼らは装置メーカーでありながら、事実上“工場の稼働率”を握っている」(同)
営業利益率が40%を超える水準になり得るのも、代替が効かないことの裏返しだ。
「後工程」の王者が世界を制す――ディスコと、日本の“完成工程”支配
半導体産業は、前工程(回路形成)ばかりが注目されがちだ。しかし実際には、完成品として成立させる後工程も、技術難度が上がっている。
ここで圧倒的な存在感を放つのがディスコだ。ウェハーを切り出すダイシング装置で世界シェア70〜80%級ともされ、「切る・削る・磨く」において他社の追随を許さない。次世代のパワー半導体(SiC)など、高硬度材料ほど加工は難しくなり、ディスコの優位性が増す。
「後工程は“成熟市場”と言われてきたが、AIと電動化で状況が変わった。高性能化が進むほど、加工精度が製品寿命に直結する。ディスコはそこで“品質を売っている”」(同)
半導体の覇権とは、最先端だけの話ではない。大量に作り、安定して出荷し、歩留まりを上げる。その最後の工程を押さえる企業が、利益の中心に立つ。
東京エレクトロン、信越化学、AGC……「代替不能」の積層が日本の武器になる
日本の強みが恐ろしいのは、「単独のスター企業」ではなく、代替不能な要素が積み重なっている点にある。
例えば東京エレクトロンは、コータ・デベロッパでシェア約90%級ともされる(ドラフト記載)。前工程の中でも重要な工程を押さえ、EUV関連で存在感を増してきた。信越化学はシリコンウェハーで世界シェア1位級、AGCは合成石英ガラスなどで世界トップクラスの地位を保つ。
そして見落とされがちだが、工場全体の自動化・搬送・実装といった領域でも、日本企業は強い。ヤマハ発動機はロボティクス領域で高速・高精度の自動化技術を提供し、工場の“稼働率”を高める役割を担う。
重要なのは、これらが単なる部品供給ではないことだ。日本企業が提供しているのは、半導体製造という巨大産業の「機械」「材料」「検査」「自動化」を束ねた、いわば“工場OS”に近い。
「半導体サプライチェーンの脆弱性が問題になるほど、川上のプレイヤーは“国家安全保障の道具”になる。日本の装置・材料企業は、経済合理性だけでなく地政学上の価値を持ち始めている」(同)
日本は「半導体の敗者」ではない。“プラットフォーマー”へ進化した
かつて日本はDRAMなど、完成品(チップ)で世界を取ろうとしていた。しかし完成品は価格競争に巻き込まれやすく、量産勝負の世界であり、アジア勢との消耗戦になった。
一方、現在の日本が取っているポジションは違う。誰が勝っても必ず使われる「装置」「材料」「検査」「後工程」に特化し、産業の通行料を握る側に回った。
GAFAやNVIDIAが「どんなチップを作るか」を考える設計者だとすれば、日本企業は「そのチップを作るためのキャンバス、筆、絵の具、工房の管理システム」を提供している。しかも、それらは簡単に置き換えが効かない。
つまり「日本半導体敗北論」とは、川下の分かりやすい“主役”だけを見て、川上の“支配”を見落とした議論なのだ。
もちろん、日本に課題がないわけではない。人材、研究開発、スタートアップ層、ソフトウェアとの統合、製造拠点の脆弱性など、取り組むべき論点は多い。だが少なくとも、「日本は終わった」と結論づけるのは早すぎる。むしろ今、日本の強みは“地味だが最強”という形で、世界の半導体を縛っている。
日本は半導体の敗者ではない。主役ではなく、世界の工場を動かすプラットフォーマーへと進化したのである。
【データ解説】世界を支配する「黒衣の巨人」たちの経営実態(主要指標)
各社の決算短信・業績予想(ドラフト記載)に基づく主要指標を見ると、装置・素材系の高収益性が際立つ。営業利益率が2桁後半〜40%級に達する企業が存在するのは、単なる効率経営ではなく、代替不能性=価格決定権を握っているためだ。
キヤノン:ナノインプリント露光で“次の選択肢”を提示
東京エレクトロン:前工程の要所を支配
レーザーテック:最先端の“門番”
ディスコ:後工程の王者
花王:洗浄・界面という「見えない戦場」で勝つ
信越化学:超高純度ウェハーの根幹
ヤマハ発動機:工場自動化で稼働率を支える
半導体の覇権は、GPU企業やファウンドリの物語だけではない。むしろその背後で「工場を止められる権力」を持つ企業こそが、最終的に最も強い。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)
脱炭素の覇権は「CO2物流」が握る…政府4兆円投資で始まる“液化運搬”争奪戦
●この記事のポイント
・政府が10年で4兆円超を投じるCCSは「回収」だけでなく「液化・運搬」が勝負所だ。CO2物流が新インフラ市場になる。
・千葉・九十九里沖や苫小牧で貯留整備が進む中、CO2を液化し大量輸送する技術がCCSのボトルネックを解消する。
・CCSは処理手数料とカーボンクレジット売却の二階建て収益で事業化が進む。「運ぶ企業」がGX覇権を握る。
「脱炭素」は、もはや企業の社会的責任(CSR)だけではない。2026年の産業界で起きているのは、CO2削減を“コスト”から“資産”へと転換する、巨大な市場創造そのものだ。
中核を担うのは、排出された二酸化炭素を回収し、地下深くへ閉じ込めるCCS(CO2回収・貯留)。再生可能エネルギーの導入が進んでも、鉄鋼、化学、セメントなどの産業部門では、工程由来のCO2をゼロにするのが難しい。そこに残された“最後の手段”として、CCSが現実味を帯びてきた。
そして今、CCSの勝負を分けるのは、回収技術そのものだけではない。回収したCO2を「どこへ」「どうやって」運ぶのか。この“移動”の設計こそが、次世代のエネルギーインフラを決める。
政府が今後10年間で4兆円超の官民投資を掲げるなか、キーワードとして浮上しているのがCO2の「液化(LCO2)」と、そこから派生する「運搬インフラ」、さらに削減量を“通貨化”するカーボンクレジットのマネタイズである。
●目次
- 2030年に「5倍」へ急拡大するCCS市場
- 日本政府の本気度:千葉・九十九里沖、苫小牧で貯留へ
- 「液化」がバリューチェーンのボトルネックを解消する
- 荒波をリードする日本企業:川崎汽船と千代田化工の挑戦
- 装置開発から地域実証まで:広がる「CO2液化」サプライチェーン
- CCSを“儲かる事業”へ変える「カーボンクレジット」収益化
- 脱炭素の「ラストワンマイル」を制する者が勝つ
2030年に「5倍」へ急拡大するCCS市場
世界の潮流は、すでに「回収」から「物流」へ動いている
CCSが注目される最大の背景は、脱炭素が“理想論”から“現実解”へ変わった点にある。産業部門のCO2排出は、再エネ・電化だけでは削減しきれない。つまり、排出が避けられない領域に対し、「排出した分を回収し、永久隔離する」アプローチが不可欠になった。
国際的な予測では、世界のCCS回収能力は2030年に年間約3億トン規模へ拡大し、2020年代半ばと比べて数倍の成長が見込まれる。実際、欧州では北海を中心に大規模貯留プロジェクトが立ち上がり、CO2の扱いは「処分する廃棄物」から「管理して移動させる対象」へと定義が変わりつつある。
エネルギー資源として“燃やす”のではなく、CO2を“運ぶ”ことが産業になる。この発想の転換が、いま静かに産業構造を揺さぶっている。
「CCSは『回収できるか』よりも『運べるか』で詰まるケースが多い。CO2の発生源と貯留地が一致しない以上、輸送が成立しなければ投資は回らない。ここに“物流インフラとしての脱炭素”という巨大市場が生まれる」(エネルギー政策研究家・佐伯俊也氏)
日本政府の本気度:千葉・九十九里沖、苫小牧で貯留へ
近海が「CO2の受け皿」になるという国家構想
日本もこの潮流を真正面から取りにいっている。経済産業省はCCSをGX(グリーントランスフォーメーション)の柱の一つに位置づけ、今後10年間で4兆円以上の官民投資を呼び込む方針を掲げる。
象徴的なのが貯留地の確保だ。千葉県の九十九里沖では地下貯留区域の指定が進み、試掘に向けた動きが本格化している。北海道・苫小牧でも試掘・実証が進み、日本列島の近海が将来的に「CO2を受け止めるインフラ」へ変貌しようとしている。
ここで重要なのは、CCSが単発の設備投資ではなく、国家インフラ=長期の公共性を帯びた産業になる点だ。貯留地の確保・監視・責任主体の整理は、事業者単独で完結しない。制度整備が進むほど、民間投資は動きやすくなる。
「貯留事業は“掘れば終わり”ではなく、数十年単位でのモニタリングと説明責任がセットになる。行政側のルール整備は、投資の前提条件だ。逆にいえば、制度が固まれば日本は一気に投資が進む土壌を持つ」(同)
「液化」がバリューチェーンのボトルネックを解消する
気体では運べない。CCSの勝負は“ラストワンマイル”で決まる
CCSを事業化するうえで最大の難所は、「回収したCO2をどう運ぶか」である。気体のままでは体積が大きく、効率的な大量輸送に向かない。パイプライン整備という選択肢もあるが、敷設コスト・用地・社会受容性のハードルは高い。
そこで浮上するのが、CO2を冷却・加圧して液体化するLCO2(液化CO2)だ。液化すれば体積は大幅に小さくなり、タンクローリーや船舶での輸送効率が一気に上がる。
ここが重要なポイントである。CCSのバリューチェーンは「回収」「液化」「貯蔵」「運搬」「貯留」と分解できるが、事業成立の鍵を握るのは、しばしば液化・運搬という“物理インフラ領域”になる。
つまり、CCSは“環境技術”というより、新しい物流産業として理解したほうが本質に近い。
「液化CO2は“冷やして終わり”ではない。温度・圧力管理、断熱、漏えい対策、品質管理まで含めて初めて物流商品になる。ここは日本のプラント・機械・海運が相対的に強い領域だ」(同)
荒波をリードする日本企業:川崎汽船と千代田化工の挑戦
“CO2を運ぶ船”が、次の巨大市場の入口になる
日本企業の動きで象徴的なのが、海運業界の川崎汽船である。同社はLCO2運搬船の運航を担い、欧州の先進CCSプロジェクトに関与することで実運用の知見を積み上げている。
CO2輸送は、既存のLNG(液化天然ガス)輸送と似ているようで異なる。CO2は燃料ではなく“回収物”であり、扱いはより厳格な管理が求められる。そこに先に踏み込んだ海運企業は、設備・運航・保険・リスク管理といった“見えないノウハウ”を蓄積する。これは参入障壁になり得る。
エンジニアリング大手の千代田化工建設も存在感を増す。同社は回収から液化・貯蔵・輸送・貯留まで、CCS関連の工程を広く手がけることで「一気通貫モデル」を狙う。CCSは工程が複雑で、責任分界が曖昧だと投資が止まる。プロジェクト全体をまとめ上げるEPC(設計・調達・建設)能力は、金融機関や産業顧客から見て信頼材料になる。
「CCSは“誰が最後に責任を持つのか”が最大の論点になる。工程を束ねられる企業は、契約設計の主導権を持てる。結果として、収益もリスクもコントロールしやすい」(同)
装置開発から地域実証まで:広がる「CO2液化」サプライチェーン
勝者は海運だけではない。勝負は“標準化”と“量産”で決まる
液化・運搬ビジネスは、海運やプラントだけの話ではない。むしろ裾野は広い。
例えば、CO2液化装置の開発・販売に取り組む企業は、排出源となる工場単位で導入を狙える。排出源が全国に点在している日本では、集中型の巨大拠点だけでなく、「中規模排出源を束ねる分散型モデル」が成立し得る。
さらに、日本特殊陶業と日立プラントサービスのように、工場由来のCO2を回収・液化し、地域での利活用(カーボンリサイクル)へつなげる実証も動く。ここには二つの意味がある。
第一に、「貯留」だけに依存しないことで社会受容性を高めること。
第二に、CO2を“資源”として扱うことで、地域産業と結びつけることだ。
CCSの本命は貯留だとしても、現場では多様なモデルが混在する。そのとき、液化・輸送という共通インフラが標準化されれば、企業間連携は一気に進む。
「CO2は“どこで回収し、どこで使い、どこに貯めるか”が地域ごとに違う。だからこそ、輸送・貯蔵の規格が共通化されるほど、ビジネスはスケールする」(同)
CCSを“儲かる事業”へ変える「カーボンクレジット」収益化
削減量を「通貨」に変える時代が始まった
CCSが単なるコストで終わらない最大の理由は、削減したCO2をカーボンクレジットとして資産化し、市場で売却できる仕組みが整いつつあることだ。
ポイントは、CO2を埋めた事実が“経済価値”を持つことにある。これによりCCSは、「廃棄物処理」から「環境価値を生む金融商品」へ性格を変える。
1)創出:削減量を「通貨化」する仕組み
CCS事業者がCO2を貯留すると、その量が第三者認証の対象となり、一定の基準に基づいてクレジット化される。
国内ではJ-クレジット制度が代表例で、海外では二国間クレジット制度(JCM)の枠組みもある。特にJCMは、日本の技術や企業が関与した海外の削減を、日本側の削減実績としても取り込める可能性があり、アジア市場との接続点になる。
「クレジット市場で評価されるのは“削減量”だけではなく、追加性・恒久性・MRV(測定・報告・検証)の信頼性だ。CCSは恒久性が高いとされ、質の高いクレジットとして優位に立てる可能性がある」(同)
2)流通:誰がクレジットを買うのか
クレジットの主な買い手は、自助努力だけでは削減が難しい「ハード・トゥ・アベート」産業である。鉄鋼・化学・セメントのように工程起因の排出が避けられない分野は、規制や取引先要求に対応するため、クレジット購入が現実的な選択肢となる。
また、グローバル企業がサプライチェーン全体での脱炭素を掲げる中、調達網にCO2削減の圧力がかかる。日本企業にとっては「自社排出の削減」だけでなく、「取引先からの要請に耐える体質づくり」としてCCSが意味を持つ。
3)CCS特有の収益モデル:「二階建て」が事業性を押し上げる
海外の先行事例で注目されるのが、CCSの収益が「二階建て」になり得る点だ。
・処理手数料(Gate Fee):排出企業からCO2を引き取る委託料
・クレジット売却益:貯留実績をクレジット化し市場で売却する収益
つまり、単に“埋める”だけではなく、埋めた結果が“金融価値”を生む。この構造が成立すれば、CCSは補助金頼みではなく、投資として回り始める。
加えて、JOGMECがCCSクレジットの算定・整理に関する指針を公表していることは、金融機関のリスク評価を助ける材料になる。クレジット化の透明性が上がれば、プロジェクトファイナンスが組みやすくなり、民間資金が入りやすくなる。
「金融は“不確実性の価格”を嫌う。CCSの収益がクレジット依存になるほど、算定基準と検証体制が重要だ。ルールが整えば、設備投資からインフラ投資へ格上げされる」(金融アナリストの川﨑一幸氏)
脱炭素の「ラストワンマイル」を制する者が勝つ
“CO2を運ぶ”企業が、次の産業地図を書き換える
これまでCO2削減は、利益を圧迫する“必要経費”と見られがちだった。だが2026年、状況は変わりつつある。政府が掲げる4兆円規模の投資、貯留地の整備、そしてクレジット市場という収益化装置が揃い始めたことで、CCSは新たなインフラ産業へと姿を変えようとしている。
回収、液化、運搬、貯留――。この一連の流れの中で、特に「液化・運搬」という物理インフラを握る企業は、脱炭素の現場で不可欠な存在となる。さらに、貯留実績をクレジットに変える金融スキームを設計できれば、CCSは“環境対策”ではなく、“儲かる産業”として自走を始める。
脱炭素の本当の勝者は、最先端の理論を語る企業ではない。CO2という厄介な物質を、確実に、安全に、安く、運び切れる企業である。
そして、その先にあるのは「CO2を運ぶ船」「CO2を貯める港」「CO2を管理する地下」という、かつて存在しなかった新しい社会インフラだ。脱炭素のラストワンマイルを制した者が、次の市場を制する――CCSの勝負は、いままさにそこへ移りつつある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)
脱炭素の覇権は「CO2物流」が握る…政府4兆円投資で始まる“液化運搬”争奪戦
●この記事のポイント
・政府が10年で4兆円超を投じるCCSは「回収」だけでなく「液化・運搬」が勝負所だ。CO2物流が新インフラ市場になる。
・千葉・九十九里沖や苫小牧で貯留整備が進む中、CO2を液化し大量輸送する技術がCCSのボトルネックを解消する。
・CCSは処理手数料とカーボンクレジット売却の二階建て収益で事業化が進む。「運ぶ企業」がGX覇権を握る。
「脱炭素」は、もはや企業の社会的責任(CSR)だけではない。2026年の産業界で起きているのは、CO2削減を“コスト”から“資産”へと転換する、巨大な市場創造そのものだ。
中核を担うのは、排出された二酸化炭素を回収し、地下深くへ閉じ込めるCCS(CO2回収・貯留)。再生可能エネルギーの導入が進んでも、鉄鋼、化学、セメントなどの産業部門では、工程由来のCO2をゼロにするのが難しい。そこに残された“最後の手段”として、CCSが現実味を帯びてきた。
そして今、CCSの勝負を分けるのは、回収技術そのものだけではない。回収したCO2を「どこへ」「どうやって」運ぶのか。この“移動”の設計こそが、次世代のエネルギーインフラを決める。
政府が今後10年間で4兆円超の官民投資を掲げるなか、キーワードとして浮上しているのがCO2の「液化(LCO2)」と、そこから派生する「運搬インフラ」、さらに削減量を“通貨化”するカーボンクレジットのマネタイズである。
●目次
- 2030年に「5倍」へ急拡大するCCS市場
- 日本政府の本気度:千葉・九十九里沖、苫小牧で貯留へ
- 「液化」がバリューチェーンのボトルネックを解消する
- 荒波をリードする日本企業:川崎汽船と千代田化工の挑戦
- 装置開発から地域実証まで:広がる「CO2液化」サプライチェーン
- CCSを“儲かる事業”へ変える「カーボンクレジット」収益化
- 脱炭素の「ラストワンマイル」を制する者が勝つ
2030年に「5倍」へ急拡大するCCS市場
世界の潮流は、すでに「回収」から「物流」へ動いている
CCSが注目される最大の背景は、脱炭素が“理想論”から“現実解”へ変わった点にある。産業部門のCO2排出は、再エネ・電化だけでは削減しきれない。つまり、排出が避けられない領域に対し、「排出した分を回収し、永久隔離する」アプローチが不可欠になった。
国際的な予測では、世界のCCS回収能力は2030年に年間約3億トン規模へ拡大し、2020年代半ばと比べて数倍の成長が見込まれる。実際、欧州では北海を中心に大規模貯留プロジェクトが立ち上がり、CO2の扱いは「処分する廃棄物」から「管理して移動させる対象」へと定義が変わりつつある。
エネルギー資源として“燃やす”のではなく、CO2を“運ぶ”ことが産業になる。この発想の転換が、いま静かに産業構造を揺さぶっている。
「CCSは『回収できるか』よりも『運べるか』で詰まるケースが多い。CO2の発生源と貯留地が一致しない以上、輸送が成立しなければ投資は回らない。ここに“物流インフラとしての脱炭素”という巨大市場が生まれる」(エネルギー政策研究家・佐伯俊也氏)
日本政府の本気度:千葉・九十九里沖、苫小牧で貯留へ
近海が「CO2の受け皿」になるという国家構想
日本もこの潮流を真正面から取りにいっている。経済産業省はCCSをGX(グリーントランスフォーメーション)の柱の一つに位置づけ、今後10年間で4兆円以上の官民投資を呼び込む方針を掲げる。
象徴的なのが貯留地の確保だ。千葉県の九十九里沖では地下貯留区域の指定が進み、試掘に向けた動きが本格化している。北海道・苫小牧でも試掘・実証が進み、日本列島の近海が将来的に「CO2を受け止めるインフラ」へ変貌しようとしている。
ここで重要なのは、CCSが単発の設備投資ではなく、国家インフラ=長期の公共性を帯びた産業になる点だ。貯留地の確保・監視・責任主体の整理は、事業者単独で完結しない。制度整備が進むほど、民間投資は動きやすくなる。
「貯留事業は“掘れば終わり”ではなく、数十年単位でのモニタリングと説明責任がセットになる。行政側のルール整備は、投資の前提条件だ。逆にいえば、制度が固まれば日本は一気に投資が進む土壌を持つ」(同)
「液化」がバリューチェーンのボトルネックを解消する
気体では運べない。CCSの勝負は“ラストワンマイル”で決まる
CCSを事業化するうえで最大の難所は、「回収したCO2をどう運ぶか」である。気体のままでは体積が大きく、効率的な大量輸送に向かない。パイプライン整備という選択肢もあるが、敷設コスト・用地・社会受容性のハードルは高い。
そこで浮上するのが、CO2を冷却・加圧して液体化するLCO2(液化CO2)だ。液化すれば体積は大幅に小さくなり、タンクローリーや船舶での輸送効率が一気に上がる。
ここが重要なポイントである。CCSのバリューチェーンは「回収」「液化」「貯蔵」「運搬」「貯留」と分解できるが、事業成立の鍵を握るのは、しばしば液化・運搬という“物理インフラ領域”になる。
つまり、CCSは“環境技術”というより、新しい物流産業として理解したほうが本質に近い。
「液化CO2は“冷やして終わり”ではない。温度・圧力管理、断熱、漏えい対策、品質管理まで含めて初めて物流商品になる。ここは日本のプラント・機械・海運が相対的に強い領域だ」(同)
荒波をリードする日本企業:川崎汽船と千代田化工の挑戦
“CO2を運ぶ船”が、次の巨大市場の入口になる
日本企業の動きで象徴的なのが、海運業界の川崎汽船である。同社はLCO2運搬船の運航を担い、欧州の先進CCSプロジェクトに関与することで実運用の知見を積み上げている。
CO2輸送は、既存のLNG(液化天然ガス)輸送と似ているようで異なる。CO2は燃料ではなく“回収物”であり、扱いはより厳格な管理が求められる。そこに先に踏み込んだ海運企業は、設備・運航・保険・リスク管理といった“見えないノウハウ”を蓄積する。これは参入障壁になり得る。
エンジニアリング大手の千代田化工建設も存在感を増す。同社は回収から液化・貯蔵・輸送・貯留まで、CCS関連の工程を広く手がけることで「一気通貫モデル」を狙う。CCSは工程が複雑で、責任分界が曖昧だと投資が止まる。プロジェクト全体をまとめ上げるEPC(設計・調達・建設)能力は、金融機関や産業顧客から見て信頼材料になる。
「CCSは“誰が最後に責任を持つのか”が最大の論点になる。工程を束ねられる企業は、契約設計の主導権を持てる。結果として、収益もリスクもコントロールしやすい」(同)
装置開発から地域実証まで:広がる「CO2液化」サプライチェーン
勝者は海運だけではない。勝負は“標準化”と“量産”で決まる
液化・運搬ビジネスは、海運やプラントだけの話ではない。むしろ裾野は広い。
例えば、CO2液化装置の開発・販売に取り組む企業は、排出源となる工場単位で導入を狙える。排出源が全国に点在している日本では、集中型の巨大拠点だけでなく、「中規模排出源を束ねる分散型モデル」が成立し得る。
さらに、日本特殊陶業と日立プラントサービスのように、工場由来のCO2を回収・液化し、地域での利活用(カーボンリサイクル)へつなげる実証も動く。ここには二つの意味がある。
第一に、「貯留」だけに依存しないことで社会受容性を高めること。
第二に、CO2を“資源”として扱うことで、地域産業と結びつけることだ。
CCSの本命は貯留だとしても、現場では多様なモデルが混在する。そのとき、液化・輸送という共通インフラが標準化されれば、企業間連携は一気に進む。
「CO2は“どこで回収し、どこで使い、どこに貯めるか”が地域ごとに違う。だからこそ、輸送・貯蔵の規格が共通化されるほど、ビジネスはスケールする」(同)
CCSを“儲かる事業”へ変える「カーボンクレジット」収益化
削減量を「通貨」に変える時代が始まった
CCSが単なるコストで終わらない最大の理由は、削減したCO2をカーボンクレジットとして資産化し、市場で売却できる仕組みが整いつつあることだ。
ポイントは、CO2を埋めた事実が“経済価値”を持つことにある。これによりCCSは、「廃棄物処理」から「環境価値を生む金融商品」へ性格を変える。
1)創出:削減量を「通貨化」する仕組み
CCS事業者がCO2を貯留すると、その量が第三者認証の対象となり、一定の基準に基づいてクレジット化される。
国内ではJ-クレジット制度が代表例で、海外では二国間クレジット制度(JCM)の枠組みもある。特にJCMは、日本の技術や企業が関与した海外の削減を、日本側の削減実績としても取り込める可能性があり、アジア市場との接続点になる。
「クレジット市場で評価されるのは“削減量”だけではなく、追加性・恒久性・MRV(測定・報告・検証)の信頼性だ。CCSは恒久性が高いとされ、質の高いクレジットとして優位に立てる可能性がある」(同)
2)流通:誰がクレジットを買うのか
クレジットの主な買い手は、自助努力だけでは削減が難しい「ハード・トゥ・アベート」産業である。鉄鋼・化学・セメントのように工程起因の排出が避けられない分野は、規制や取引先要求に対応するため、クレジット購入が現実的な選択肢となる。
また、グローバル企業がサプライチェーン全体での脱炭素を掲げる中、調達網にCO2削減の圧力がかかる。日本企業にとっては「自社排出の削減」だけでなく、「取引先からの要請に耐える体質づくり」としてCCSが意味を持つ。
3)CCS特有の収益モデル:「二階建て」が事業性を押し上げる
海外の先行事例で注目されるのが、CCSの収益が「二階建て」になり得る点だ。
・処理手数料(Gate Fee):排出企業からCO2を引き取る委託料
・クレジット売却益:貯留実績をクレジット化し市場で売却する収益
つまり、単に“埋める”だけではなく、埋めた結果が“金融価値”を生む。この構造が成立すれば、CCSは補助金頼みではなく、投資として回り始める。
加えて、JOGMECがCCSクレジットの算定・整理に関する指針を公表していることは、金融機関のリスク評価を助ける材料になる。クレジット化の透明性が上がれば、プロジェクトファイナンスが組みやすくなり、民間資金が入りやすくなる。
「金融は“不確実性の価格”を嫌う。CCSの収益がクレジット依存になるほど、算定基準と検証体制が重要だ。ルールが整えば、設備投資からインフラ投資へ格上げされる」(金融アナリストの川﨑一幸氏)
脱炭素の「ラストワンマイル」を制する者が勝つ
“CO2を運ぶ”企業が、次の産業地図を書き換える
これまでCO2削減は、利益を圧迫する“必要経費”と見られがちだった。だが2026年、状況は変わりつつある。政府が掲げる4兆円規模の投資、貯留地の整備、そしてクレジット市場という収益化装置が揃い始めたことで、CCSは新たなインフラ産業へと姿を変えようとしている。
回収、液化、運搬、貯留――。この一連の流れの中で、特に「液化・運搬」という物理インフラを握る企業は、脱炭素の現場で不可欠な存在となる。さらに、貯留実績をクレジットに変える金融スキームを設計できれば、CCSは“環境対策”ではなく、“儲かる産業”として自走を始める。
脱炭素の本当の勝者は、最先端の理論を語る企業ではない。CO2という厄介な物質を、確実に、安全に、安く、運び切れる企業である。
そして、その先にあるのは「CO2を運ぶ船」「CO2を貯める港」「CO2を管理する地下」という、かつて存在しなかった新しい社会インフラだ。脱炭素のラストワンマイルを制した者が、次の市場を制する――CCSの勝負は、いままさにそこへ移りつつある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)
一体何しに日本へ?防衛省OBが警告する「友達のフリ」した外国人スパイの巧妙な手口 – 防衛省出身ジャーナリストの世界の軍事・情報戦ウォッチ
「試せる」から「相談できる」へ…AI服試着・AI肌診断が拓く購買体験の進化
●この記事のポイント
・パーフェクト社は、画像処理技術を応用してAI服試着やAI肌診断などのSaaSを提供しており、世界700社以上で年間100億回を超えるバーチャル試着体験を支えるビューティー・ファッション分野のリーダー。
・「失敗したくない」という心理が強い日本の消費者に対し、ECを「デジタル上の顔」として体験価値を高めることで、実店舗と連携した自然な購買導線や、高い精度でのパーソナライズされた提案を実現している。
・現在はブランド自身がデータを構築できるエコシステムを展開しており、今後は生成AIを活用した会話型アシスタントにより、検索中心から「対話」を通じて試着・購入まで完結する体験への進化を目指している。
AI技術の進歩に伴い、服やメイクのバーチャル試着や肌診断といったビューティーテックは、いまや実用段階を超え、購買体験の中核を担いつつある。
顔写真や全身写真にリアルなコスメや洋服を重ねて試せるほか、将来の肌状態をシミュレーションすることも可能になった。こうした「試せるデジタル体験」は、「似合うかどうかわからない」「失敗したくない」という購買前の不安を和らげ、コンバージョン率(CVR)や顧客生涯価値(LTV)の向上を狙う企業から注目を集めている。
その分野で国内外の市場をリードしてきたのが、AI・ARを活用したビューティー・ファッション向けソリューションを展開するパーフェクト株式会社だ。同社は世界700社以上に技術を提供し、年間100億回を超えるバーチャル試着体験を支えている。今回は同社代表の礒崎順信氏に、日本の消費者が求めるデジタル体験の特徴や、AI・ARソリューションの最前線、そしてそれが購買行動をどう変えていくのかを聞いた。
●目次
- 自撮りブームから始まった「試せるデジタル体験」
- 日本の消費者にとって「デジタル」はどこにあるのか
- 「試す」ことが当たり前になったAI服試着・AI肌診断
- 肌データと試着データはマーケティングの武器になる
- ブランド主導で構築する「公式ARアセット」
- 会話型AIが拓く、次の購買体験
自撮りブームから始まった「試せるデジタル体験」
――AI服試着やAI肌診断といった「試せるデジタル体験」サービスを提供するようになった経緯をお聞かせください。
2014年頃、自撮りがブームになり、美容フィルター付きのアプリが数多く登場しました。ただ、当時の技術では肌の質感が不自然だったり、輪郭が歪んだりするものも少なくありませんでした。
パーフェクトの前身であるサイバーリンクは、PC向けソフトウェアで長年培ってきた画像・映像処理技術を持っていました。この技術を応用すれば、よりリアルな表現ができるのではないかと考え、セルフィーや写真加工に特化したアプリ「YouCam Perfect」をリリースしました。結果としてこのアプリは大きな支持を集め、世界的なヒットとなりました。
この成功をきっかけに、「裏側の技術そのものを企業向けに提供できるのではないか」と発想を転換しました。現在では、AI服試着、AI肌診断、バーチャルメイクといった形でSaaSとして提供し、世界700社以上に導入されています。年間のバーチャル試着利用回数は100億回を超え、日常的に使われるインフラに近い存在になりつつあります。
日本の消費者にとって「デジタル」はどこにあるのか
――日本はEC比率が先進国のなかでも低く、多くの購入が依然として実店舗で行われているといわれています。そうしたなかで、日本の消費者にとって「デジタル」は購買行動のどの段階を担っていると見ていますか。
日本の消費者は、「失敗したくない」という心理がとても強いと感じています。実店舗であれば、色味や質感を自分の目で確かめ、納得して購入できる。さらに日本は、駅周辺に店舗が集積しており、仕事帰りや学校帰りに立ち寄りやすい環境が整っています。
こうした国民性と立地条件が重なり、EC比率の伸びが抑えられている側面はあります。ただし、だからといってデジタルを使っていないわけではありません。
実際には、購入前の検索や比較検討の段階では、非常に積極的にデジタルが活用されています。私たちはECを「デジタル上の顔」と捉え、そこでの体験価値を高めることが、最終的な実店舗での購買にもつながっていくと考えています。
「試す」ことが当たり前になったAI服試着・AI肌診断
――体験の質を高めるうえで、AI服試着などの「試せるデジタル体験」は、どの程度ユーザーに受け入れられているのでしょうか。
「変で参考にならない」という印象はほとんどなく、非常に自然に受け入れられていると感じています。当社のAI服試着では、ユーザーがアップロードした写真に対し、一度の生成で洋服を自然に着せることができます。フリルやボタン、ロゴといった細かなディテールも損なわれませんし、顔が途中で別人のようになってしまうこともありません。
いまでは、「自分に似合うかどうかを見極めるために、当たり前に使うツール」と言える水準に達していると思います。
肌データと試着データはマーケティングの武器になる
――「試せるデジタル体験」は、企業やブランドではどのように活用されているのでしょうか。
AI肌診断については、美容医療クリニックでのニーズが高まっています。会計前やカウンセリングの流れのなかで、iPadひとつで手軽に診断できるため、何百万円もする専用機器を導入する必要がありません。場所や予約枠に縛られず、空き時間に提案できる点が評価されています。
また、肌データやユーザーの行動データが蓄積されるため、マーケティングツールとしても活用が進んでいます。たとえば、「シミやくすみが気になっているが、美容医療にはまだ踏み切れていない層」といったセグメントを把握し、パーソナライズした情報提供やキャンペーン設計に生かすといった使い方です。
実際、コーセーの肌チェックツール「KOSÉ HADA mite」では、当社のAI肌診断を導入したことで、旧サービス比で利用者が403.6%増加しました。肌診断そのものが、新規顧客との重要な接点になり得ることを示す結果だといえます。
ブランド主導で構築する「公式ARアセット」
――サービスはどのような形態で提供されているのですか。
2016〜17年頃から、流通各社と連携しながら「エコシステム」を構築する取り組みを本格化させました。それ以前は、当社がすべてのコスメを受け取り、エンジニアが色味を再現し、ブランドと何度も確認を重ねるという非常に手間のかかる運用を行っていました。
現在は、社内で使用していたコンソールをWebサービス化し、ブランド自身がログインしてSKU(商品ごとの色・仕様単位)ごとの質感や色味を、ブランド基準で作り込める「エンタープライズ版」として提供しています。
こうして作成されたSKUデータは、「公式ARアセット」として百貨店やECサイトなどのリテール側にも連携され、同じ品質のバーチャル体験を複数のチャネルで提供できるようになっています。
――大規模事業者向けの印象が強い一方、導入ハードルを感じる企業もありそうです。
「メイク」や「アイウェア」といったカテゴリでは、より手軽に導入できるサブスクリプション版も用意しています。たとえば、バーチャルで眼鏡を試着できるサービスでは、テレビ通販のアイウェアブランド「アイブレラ」に導入いただきました。60〜80代のシニア層でも、テレビを見ながら手元のスマートフォンで試着できる点が好評でした。
会話型AIが拓く、次の購買体験
――今後、AI・ARソリューションはどのように進化していくと考えていますか。
現在は、LLM(大規模言語モデル)を活用した美容AIアシスタントを、YouCamアプリ内で「AIアシスタント」として実装しています。今後は、Webサイトの階層をクリックしながら商品を探すのではなく、会話を通じて購買する体験が主流になっていくと考えています。
「どんな商品が自分に合いますか?」といった問いに対し、AIが肌診断の結果なども踏まえて提案を行う。ユーザーはその流れのまま商品をバーチャルで試し、納得すればシームレスに購入まで完了する。こうした体験は、スキンケアやファッションにとどまらず、さまざまな分野へと広がっていくでしょう。
「試せる」から「相談できる」へ。購買体験は、検索中心の時代から対話中心の時代へと、静かに主役を交代しつつあります。
(文=福永太郎)
※本稿はPR記事です。
「試せる」から「相談できる」へ…AI服試着・AI肌診断が拓く購買体験の進化
●この記事のポイント
・パーフェクト社は、画像処理技術を応用してAI服試着やAI肌診断などのSaaSを提供しており、世界700社以上で年間100億回を超えるバーチャル試着体験を支えるビューティー・ファッション分野のリーダー。
・「失敗したくない」という心理が強い日本の消費者に対し、ECを「デジタル上の顔」として体験価値を高めることで、実店舗と連携した自然な購買導線や、高い精度でのパーソナライズされた提案を実現している。
・現在はブランド自身がデータを構築できるエコシステムを展開しており、今後は生成AIを活用した会話型アシスタントにより、検索中心から「対話」を通じて試着・購入まで完結する体験への進化を目指している。
AI技術の進歩に伴い、服やメイクのバーチャル試着や肌診断といったビューティーテックは、いまや実用段階を超え、購買体験の中核を担いつつある。
顔写真や全身写真にリアルなコスメや洋服を重ねて試せるほか、将来の肌状態をシミュレーションすることも可能になった。こうした「試せるデジタル体験」は、「似合うかどうかわからない」「失敗したくない」という購買前の不安を和らげ、コンバージョン率(CVR)や顧客生涯価値(LTV)の向上を狙う企業から注目を集めている。
その分野で国内外の市場をリードしてきたのが、AI・ARを活用したビューティー・ファッション向けソリューションを展開するパーフェクト株式会社だ。同社は世界700社以上に技術を提供し、年間100億回を超えるバーチャル試着体験を支えている。今回は同社代表の礒崎順信氏に、日本の消費者が求めるデジタル体験の特徴や、AI・ARソリューションの最前線、そしてそれが購買行動をどう変えていくのかを聞いた。
●目次
- 自撮りブームから始まった「試せるデジタル体験」
- 日本の消費者にとって「デジタル」はどこにあるのか
- 「試す」ことが当たり前になったAI服試着・AI肌診断
- 肌データと試着データはマーケティングの武器になる
- ブランド主導で構築する「公式ARアセット」
- 会話型AIが拓く、次の購買体験
自撮りブームから始まった「試せるデジタル体験」
――AI服試着やAI肌診断といった「試せるデジタル体験」サービスを提供するようになった経緯をお聞かせください。
2014年頃、自撮りがブームになり、美容フィルター付きのアプリが数多く登場しました。ただ、当時の技術では肌の質感が不自然だったり、輪郭が歪んだりするものも少なくありませんでした。
パーフェクトの前身であるサイバーリンクは、PC向けソフトウェアで長年培ってきた画像・映像処理技術を持っていました。この技術を応用すれば、よりリアルな表現ができるのではないかと考え、セルフィーや写真加工に特化したアプリ「YouCam Perfect」をリリースしました。結果としてこのアプリは大きな支持を集め、世界的なヒットとなりました。
この成功をきっかけに、「裏側の技術そのものを企業向けに提供できるのではないか」と発想を転換しました。現在では、AI服試着、AI肌診断、バーチャルメイクといった形でSaaSとして提供し、世界700社以上に導入されています。年間のバーチャル試着利用回数は100億回を超え、日常的に使われるインフラに近い存在になりつつあります。
日本の消費者にとって「デジタル」はどこにあるのか
――日本はEC比率が先進国のなかでも低く、多くの購入が依然として実店舗で行われているといわれています。そうしたなかで、日本の消費者にとって「デジタル」は購買行動のどの段階を担っていると見ていますか。
日本の消費者は、「失敗したくない」という心理がとても強いと感じています。実店舗であれば、色味や質感を自分の目で確かめ、納得して購入できる。さらに日本は、駅周辺に店舗が集積しており、仕事帰りや学校帰りに立ち寄りやすい環境が整っています。
こうした国民性と立地条件が重なり、EC比率の伸びが抑えられている側面はあります。ただし、だからといってデジタルを使っていないわけではありません。
実際には、購入前の検索や比較検討の段階では、非常に積極的にデジタルが活用されています。私たちはECを「デジタル上の顔」と捉え、そこでの体験価値を高めることが、最終的な実店舗での購買にもつながっていくと考えています。
「試す」ことが当たり前になったAI服試着・AI肌診断
――体験の質を高めるうえで、AI服試着などの「試せるデジタル体験」は、どの程度ユーザーに受け入れられているのでしょうか。
「変で参考にならない」という印象はほとんどなく、非常に自然に受け入れられていると感じています。当社のAI服試着では、ユーザーがアップロードした写真に対し、一度の生成で洋服を自然に着せることができます。フリルやボタン、ロゴといった細かなディテールも損なわれませんし、顔が途中で別人のようになってしまうこともありません。
いまでは、「自分に似合うかどうかを見極めるために、当たり前に使うツール」と言える水準に達していると思います。
肌データと試着データはマーケティングの武器になる
――「試せるデジタル体験」は、企業やブランドではどのように活用されているのでしょうか。
AI肌診断については、美容医療クリニックでのニーズが高まっています。会計前やカウンセリングの流れのなかで、iPadひとつで手軽に診断できるため、何百万円もする専用機器を導入する必要がありません。場所や予約枠に縛られず、空き時間に提案できる点が評価されています。
また、肌データやユーザーの行動データが蓄積されるため、マーケティングツールとしても活用が進んでいます。たとえば、「シミやくすみが気になっているが、美容医療にはまだ踏み切れていない層」といったセグメントを把握し、パーソナライズした情報提供やキャンペーン設計に生かすといった使い方です。
実際、コーセーの肌チェックツール「KOSÉ HADA mite」では、当社のAI肌診断を導入したことで、旧サービス比で利用者が403.6%増加しました。肌診断そのものが、新規顧客との重要な接点になり得ることを示す結果だといえます。
ブランド主導で構築する「公式ARアセット」
――サービスはどのような形態で提供されているのですか。
2016〜17年頃から、流通各社と連携しながら「エコシステム」を構築する取り組みを本格化させました。それ以前は、当社がすべてのコスメを受け取り、エンジニアが色味を再現し、ブランドと何度も確認を重ねるという非常に手間のかかる運用を行っていました。
現在は、社内で使用していたコンソールをWebサービス化し、ブランド自身がログインしてSKU(商品ごとの色・仕様単位)ごとの質感や色味を、ブランド基準で作り込める「エンタープライズ版」として提供しています。
こうして作成されたSKUデータは、「公式ARアセット」として百貨店やECサイトなどのリテール側にも連携され、同じ品質のバーチャル体験を複数のチャネルで提供できるようになっています。
――大規模事業者向けの印象が強い一方、導入ハードルを感じる企業もありそうです。
「メイク」や「アイウェア」といったカテゴリでは、より手軽に導入できるサブスクリプション版も用意しています。たとえば、バーチャルで眼鏡を試着できるサービスでは、テレビ通販のアイウェアブランド「アイブレラ」に導入いただきました。60〜80代のシニア層でも、テレビを見ながら手元のスマートフォンで試着できる点が好評でした。
会話型AIが拓く、次の購買体験
――今後、AI・ARソリューションはどのように進化していくと考えていますか。
現在は、LLM(大規模言語モデル)を活用した美容AIアシスタントを、YouCamアプリ内で「AIアシスタント」として実装しています。今後は、Webサイトの階層をクリックしながら商品を探すのではなく、会話を通じて購買する体験が主流になっていくと考えています。
「どんな商品が自分に合いますか?」といった問いに対し、AIが肌診断の結果なども踏まえて提案を行う。ユーザーはその流れのまま商品をバーチャルで試し、納得すればシームレスに購入まで完了する。こうした体験は、スキンケアやファッションにとどまらず、さまざまな分野へと広がっていくでしょう。
「試せる」から「相談できる」へ。購買体験は、検索中心の時代から対話中心の時代へと、静かに主役を交代しつつあります。
(文=福永太郎)
※本稿はPR記事です。