たった1人しかいない患者に効く薬は、なぜ創られたのか?「n=1研究」の複雑な議論

 たった一人の患者のための新薬が完成?

 効果と安全性をどうやって検証するのか?

「たった1人の患者のために創った新薬が完成!」という興味津々の報道がありました。開発したのは、米国マサチューセッツ州にあるボストン小児病院の医師たちと小さな製薬会社です。

 患者は現在8歳の女の子ミラちゃんで、薬の名は「ミラーセン」です。同病院のホームページには、薬を開発したスタッフたちとならぶ、その子のスナップ写真も掲載されています【注1】。歌が大好きだったミラちゃんは、ある遺伝子が傷つくことによって起こる、きわめて珍しい病気「バッテン病」に侵されていました。

 この病気は、記憶が薄れ、目が見えなくなり、けいれんを繰り返えすようになり、やがて寿命もつきるというものです【注2】。1歳までに発症するケースが多いのですが、ミラちゃんの場合、3歳まで元気に育ち、4歳になったころから、さまざまな症状が現れ始めました。2017年1月、その子の存在をSNSで知った同病院のティモシー・ユー医師は、その子の母親に電話をかけ、血液サンプルを送ってもらうことにしました。

 遺伝病の研究をしていたユー医師たちは早速、遺伝子の解析に取り組みました。バッテン病を疑っていたのですが、過去に報告されている遺伝子異常の特徴はいくら探しても見つかりません。解析を進めるうち、DNAの並び方に奇妙な変化が生じていることに気づきました。

 ところでヒトのDNAでは、一部の遺伝子コードが別の部位に勝手に飛び移ってしまうという現象がまれに起こります。これは「飛び込み遺伝子jumping gene」と呼ばれ、ヒトの進化に役立っているのではないかとも考えられています。自然に発生する一種の「遺伝子組み換え」です。ミラちゃんの遺伝子には、この飛び込みが起こっていたのです。

 ユー医師の頭脳に、この飛び込み遺伝子に蓋をしてしまえばいいのではないか、というアイデアがひらめきました(図参照)。遺伝子コードの合成は、どんなものでも受注生産してくれる企業があり、アイデアさえ浮かべばあとは簡単です。蓋の役割を果たす遺伝子コードを合成すればいいだけなのです。

 医師たちは、これをバンドエイドのようなものだと説明しています。しかし、先立つものはお金です。新薬を創り、役所の認可を得るには莫大な費用がかかるのです。「クラウドファンディング」という言葉を日本でもよく耳にするようになりましたが、米国ではすでに専用のサイトがあります。ミラちゃんの母親は、当時、これを利用した募金活動をすでに始めていて、後日談によれば最終的に3億円もの資金が集まったのだそうです【注3】。

 新薬は、2017年の秋、ほぼ完成しました。ミラちゃんから採取した皮膚の細胞で実験したところ、見事にバンドエイドとして働くことも確認されました。

国の認可という壁

 最後の課題は、どうやって米国食品医薬品局(FDA)の認可を得るのかということでした。普通、新薬の製造販売を認可してもらうには、まず動物実験を行い、次に大勢の患者で新薬を試験した上で、効果と安全性を示したデータを提出しなければなりません。とくに患者の人数(n)が認可を得るうえで大切な要素で、n=1000を超えるような規模で試験がなされることもあります。しかし動物実験はかろうじてできたものの、患者はミラちゃん1人だけだったのです。

 それでも医師たちは、思い切ってFDAに新薬の認可を求める申請を行うことにしました。そして2018年1月、FDAは早々と認可を決めてくれました。ミラちゃんの治療はすぐ始められ、症状がみるみるうちに改善していった……と、19年10月発売の専門誌で報告されたのです【注4】。

 着目すべきは、なぜ前代未聞の申請が認可されたのかという点です。このように患者が1人しかいない状況は、「n=1研究」と呼ばれています【注5】。この問題については、複雑な過去の議論もありますので、次回に改めて考えてみることにします。

(文=岡田正彦/新潟大学名誉教授)

参考文献

【注1】Fliesler N, Shooting for the moon: from diagnosis to custom drug, in one year. Boston Children’s Hospital, 2019, on line.

【注2】Batten disease fact sheet. NIH Aug 13, 22: 02, 2019, on line.

【注3】Kolata G, Scientists designed a drug for just one patient. her name is Mila. New York Times, Oct. 9, 2019

【注4】Kim J, et al., Patient-customized oligonucleotide therapy for a rare genetic disease. N Engl J Med 381: 1644-1652, 2019.

【注5】Lillie EO, et al., The n-of-1 clinical trial: the ultimate strategy for individualizing medicine? Per Med 8: 161-173, 2011.

日本最強のエリート小学校・慶應幼稚舎の知られざる実像…学費1千万円、入試は紙のテストなし

「日本一の小学校」と呼ばれる慶應義塾幼稚舎。アイドルグループ・嵐の櫻井翔、元テニス選手の松岡修造、政治家の岸信夫など数多くの著名人を輩出しており、知名度は高いが、その実態はあまり知られていない。

 そこで、長年にわたって慶應幼稚舎に合格者を送り続けているアンテナ・プレスクール校長の石井至氏に、慶應幼稚舎の魅力や受験の実態について聞いた。

幼稚舎出身者が本当のエリート?

「格」でいえば日本最高峰の小学校といわれる慶應幼稚舎。創立は1874年(明治7年)で、145年の歴史を誇る名門だ。同校に入学すれば受験をせずにエスカレーター式に慶應義塾大学まで進学できるため、6歳にして「慶應卒」のエリート人生が約束される。

「慶應ブランド」のメリットは、慶應卒業者の同窓会組織である「三田会」の人脈も手に入ることにある。福澤諭吉の教えである「社中協力」で結びついた慶應出身者たちのネットワークは強固で、勤務先別、地域別、職種別などでさまざまな三田会が形成されており、お互いに利益を分配しているのだ。

『慶應幼稚舎』(幻冬舎)の著者である石井氏は、有名私立小学校への受験指導を行う幼児教室、アンテナ・プレスクールの校長を務める人物だ。石井氏は、子どもを慶應幼稚舎に入れる魅力をこう語る。

「何よりも、幼稚舎に受かれば日本トップクラスの私立大学である慶大にエスカレーターで進学できるところが利点です。さらに、社会人になってからも慶應出身者のネットワークで守られることも大きな魅力でしょう。そのため、子どもを幼稚舎に入れたいと希望する保護者には慶應出身者が多いです。子どもを幼稚舎に送り込めれば、家族そろって強力な慶應ネットワークの恩恵を受けられますからね」(石井氏)

 日本最強の学閥といわれる三田会においても、幼稚舎出身者は別格の扱いになるという。

「同じ慶大生でも、幼稚舎から上がってきた人はエリート扱いされます。慶大内には、同じ慶應の付属高校でも埼玉の慶應志木高出身者は入れないサークルもあるんです。なので、大学から慶應に入った人は完全に外様で“お客様”扱い。慶應のブランドとネットワークを活用したければ、幼稚舎か遅くとも付属中学から入らなければなりません。福澤諭吉は『天は人の上に人を造らず……』とおっしゃったようですが、慶應ほどエリート意識・差別意識のある学校も珍しいですね」(同)

学費合計1000万円、倍率は10倍以上

 慶應幼稚舎の受験は例年、厳しい競争になる。初年度に必要な学費は160万円、寄付金や塾債(学校債)を含めれば6年間で1000万円近くかかる。それでも、男子96名、女子48名の募集人数に対して、2019年度は男子970名、女子706名が志願した。倍率は男子10.1倍、女子14.7倍と、男女ともに10倍を超える。

 私立小学校のお受験といえば、大人でも解けない難解なペーパーテストや保護者同伴の面接が定番だが、慶應幼稚舎はそのどちらもない。慶應幼稚舎の試験は、先生の動きに合わせて模倣するなどの「体操テスト」、集団ゲーム中の動きを審査される「行動観察テスト」、そして、絵を描くなどの「絵画・製作テスト」で合否が決まる。かなり特殊だが、慶應側はこれだけで優秀な子どもを見分けられるとしている。

「非ペーパーの試験でも、子どもの優劣ははっきりわかりますし、しっかりと対策をすれば合格できます。ただ、多くの保護者は『ペーパーテストでないと子どもの優劣は判断できない』と思っているのも事実です。幼稚舎側は、そのような保護者との認識ギャップを利用しつつ、保護者にお受験対策で過度な負担をかけないようにし、仮に不合格でも恨まれないような仕組みにしているのではないでしょうか。面接に関しては、本音としてはやりたいところでしょうが、膨大な受験者数を考えると、現実的には難しいというのが実情のようです」(同)

 慶應幼稚舎がペーパーテストより体操などを重視しているのは、福澤諭吉の「先ず獣身を成して後に人心を養え」という理念を大切にしているからだ。「獣身」とは健全な肉体という意味だが、だからといって、特別に鍛えたり体操教室に通ったりする必要はないという。また、行動観察テストでは慶應義塾の基本精神である「独立自尊」の観点を見られている。

「幼稚舎では、まわりの雰囲気に流されず、自分の考えをはっきりと言える子どもが受かりやすい。保護者としては、子どもを型にはめず、自由に元気よく、のびのび育てると、幼稚舎に合うタイプになると思いますね」(同)

「合格するにはコネや多額の寄付金」は本当か

 では、慶應幼稚舎に子どもを合格させるために有効な試験対策はあるのだろうか。

「幼稚舎に限らず、小学校受験で合格を目指すには過去問対策に尽きます。なので、まずは慶應幼稚舎でどのような試験が行われているかを把握することが第一です。その上で、スピーディーかつ正確に解答するための練習をすることになります。幼児教室を選ぶときも、それに資する内容かどうかで判断するといいと思います。その対策は4歳くらい、つまり受験の1年半前からしっかりとやれば十分です」(同)

 一部では「慶應幼稚舎に合格するためにはコネや多額の寄付金が必要」という噂も流れているが、これについて石井氏は否定する。

「この噂は、不合格になった保護者が『うちは寄付しなかったから』とか『コネがなかったから』と言い訳したことが広がっていったんだと思います。実際、合格者の約9割は寄付もしなければコネもないご家庭です。ただし、合格者の約1割は多額(10億円以上)の寄付金やコネによる合格者であることも事実です。このコネも、両親が慶應の卒業生という程度では通じません」(同)

「門閥制度は親の敵」と言った福澤諭吉の教えを守っているのか、意外にもコネやカネはそれほど重視されていないようだ。それを裏付けるかのように、普通のサラリーマン家庭の子どもが試しに受験したら受かってしまった、といった話も多いという。

 恵まれた環境で6年間クラス替えもなく、子どもの個性を存分に伸ばしてくれる慶應幼稚舎。縁がないと思っていた保護者たちも、「だったら受けてみようか」と思うかもしれない。

「慶應幼稚舎ではのびのびと学べますが、中学校に進学するとペーパーテストで選抜された“外部”の学生たちが入ってくるため、幼稚舎出身者のなかには学力格差に悩まされ、落ちこぼれてしまうケースもあります」(同)

「慶應幼稚舎出身」がエリートとしての“肩書”になるか、ボンボン育ちという“レッテル”なってしまうのか。結局は、子ども自身の資質に懸かっているようだ。

(文=奥田壮/清談社)

東京五輪期間、都内のホテル料金4倍~&予約困難の恐れ…安く予約できるテクニック

 2020年、東京オリンピック・パラリンピックの開催期間中、ホテルの料金が高騰するのみならず、どこもすでに満室になって予約ができないのではないかという懸念が広がっている。チケットを入手できたにもかかわらず、ホテルが取れずに観戦ができないという悲劇は起こるのだろうか。ホテル評論家の瀧澤信秋氏から聞いた。

「昨年の5月にチケットの第1次抽選があって、その後、追加抽選がありました。その時期にチケットはゲットできたけどホテルが取れないという声が上がったんですね。これは、1つには大会組織委員会が仮押さえをしていたということがわかりましたが、すでに少しずつリリースされているとの情報もあります。

 もう1つには、まだ開催時期の予約の受付を開始していないというホテルも多いんです。五輪会期中のホテルの状況について、つい最近オリンピック時の空き具合をテーマにしたテレビのロケで6軒のホテルを回ったところ、そもそもどこも予約の受付を開始していませんでした。また、これから新規開業のホテルもかなりあります。

 料金についてですが、そもそもホテルの料金というのは、航空運賃などと同じように繁忙期には高くなり、閑散期には安くなります。年間を通して超繁忙期となるのが、ゴールデンウィーク、お盆、年末年始ですが、そうした時期のプラスアルファくらいの料金になると予想しています。高級ホテルはもともと料金は高いので、5倍、10倍ということは考えにくく、逆に、5000円くらいのビジネスホテルだと4倍~くらいになるということは十分に考えられます。五輪の会場に近い都心のホテルに泊まるなら、それぞれのホテルの予約開始日を把握しておくこと、新しく開業するホテルの情報を得ておくことです」

 都心のホテルに関しては、受付開始と同時に予約が殺到することが考えられる。新規開業のホテルに関しても同様だ。予約が取れなかった場合は、どうすればいいのだろう。

「東京都心のターミナル駅から郊外に伸びる電車はスピードが速く、都内の郊外ですと、中央線沿線の立川や八王子はホテルが多いのですが、新宿から立川まで20数分、八王子まで30数分で行けます。近県で見ても、渋谷から横浜まで20数分、池袋から大宮まで20数分、東京から千葉まで30数分で行けます。都心に泊まったとしてもターミナル駅にたどり着くのにいろいろ乗り継いで、20~30分かかってしまうこともあるので、大差はないということになります。

 中央線沿線は新規開業したホテルもいくつかあります。埼玉県ですと京浜東北線沿線はけっこう人気があって難しいんですが、西武線沿線はあまり注目されていません。千葉県を見ると京葉線沿線は人気ですが、常磐線とか総武線はあまり注目されていません。たとえば、柏と聞くと遠いと感じられるかもしれませんが、上野から30分ほどで、ホテルもたくさんあります。近郊のホテルの場合、都心のホテルほどの高騰は見られません。例えば立川や八王子でしたら6000円が9000円になるくらいのイメージでしょうか」

 近郊のホテルを探っていけば、利便性も損なわず、コストパフォーマンスもよく宿泊できる可能性もあることがいえそうだ。

レジャーホテルが狙い目?

「他の宿泊業態のことも、考慮に入れるといいかもしれません。たとえばラブホテルですが、業界ではレジャーホテルと呼ばれています。今はカップルに限るのではなく一般客の取り込みも行っているんです。それというのも、ラブホテル本来の業態だと、昼間の休憩利用が多くて、夜の宿泊利用が少ないんですね。それで、ビジネス客や女子会、なかには家族客の取り込みも行っている施設もあります。日本国内に一般のホテルは1万軒くらいなんですけど、ラブホテルは5000~6000軒くらいある。宿泊施設としてみた場合のボリュームはかなりのものです。

 ラブホテルは都心で駅近にけっこうあって、設備も豪華なところが多い。なおかつ一般のホテルがすごく料金を変動させるのに対して、ラブホテルは基本的には料金を変動させません。あるラブホテルのオーナーに『オリンピック期間はどうするんですか?』って訊いたら、『ああ、そういう需要もあるんだね』という感じでした。オーナーがオリンピック需要にやっと気づくというくらいですから、利用者としては狙い目でしょう。

 また、ラブホテルは一般の予約サイトでは出てこなくて、専用の予約サイトで見る必要があります。そういったところからも穴場的な業態といえるでしょう。その他の業態ですと、周りの音とかが気にならないという方であれば、カプセルホテルもあります。高騰という点では多少の料金変動はあるでしょうが、せいぜい2~3000円増しになるくらいではないでしょうか。

 民泊も法律が整備されてきて、闇民泊が排除されてきました。安全性とか衛生面が担保できて、さらに今、民泊はクオリティを競っています。そこで生活している気分が味わえるということで、外国人には民泊はすごく人気があります。

 また、たとえば一般のチェーン系ビジネスホテルなどの場合、料金変動は何倍までという独自のルールを設けているケースが多くあります。これはのちのちリピーターに支持される必要性や、ブランドイメージ、公共性という視座に立ったものでしょうが、個人経営のような民泊のなかには、数十万円というような非常識な設定をしている施設もすでに見られます。かなり高騰するケースもあるかもしれません」

 どうやら宿泊ができずに五輪が観戦できない、という事態は起こらなそうだ。上手に情報収集して、どんな五輪観戦の旅にするのかを考えることは、むしろ楽しみを増すのではないだろうか。

(文=深笛義也/ライター)

パチンコ「一撃必殺2400発」機とガチ実戦!「勝てば天国負ければ地獄」を地で行く“怪物”を撃破へ!!

 現時点でパチンコホールにもっとも設置されている2400発搭載機、『ぱちんこCR北斗の拳7転生』を最後に打ってきたのである。改めて本機のスペックを見てみよう。

○○○

■大当り確率…約1/319.7

■確変突入率…65%/次回まで

■時短…通常大当り終了後7or100回

■ラウンド…4or16R

【大当り振り分け】

ヘソ

・4R確変…65%

・4R通常…35%

電チュー

・16R確変…65%

・通常大当り(ショート開放)…35%

 確変はおなじみのバトルシステムを採用し、戦いに勝利すれば2400発+確変継続、負けてしまうと出玉なしで時短100回に移行する。「勝てば天国負ければ地獄」を地で行く機種となっている。

 その運命の確変は初当りの65%で獲得できるが、3・7図柄以外の図柄揃いとなる「BATTLE BONUS」だとラウンド演出で発生するケンシロウ対ラオウのバトルの結果によってRUSH突入の成否が示されることになる。

 勝てば当然確変モード「BATTLE RUSH」に突入するが、負けると7回転の時短「ひでぶゾーン」へ移行となる。ただ、ラウンドバトルで敗北しても「実は確変だった」の逆転パターンも存在。ひでぶゾーン突入の30%はモード演出の成功によりRUSHへと昇格するのである。

 さて、基礎知識を把握したうえで実戦スタート。

 ただ、出だしでこんなことをいうのもどうかと思うが、本機をちゃんと打つの初めてなのである。出た当初、趣味打ちというか、仕事柄、話題の新台がどんなものか軽くお手合わせ願おうかとちょこっと打ったが、導入2日目にして鬼渋調整をかまされたので嫌気が差してすぐに台を離れたのである。

 その後も初手の悪いイメージと確変65%規制台との相性の悪さから敬遠し、気がつけば今日まで至っていた。

 通常時は基本的に何も起こらないタイプのやつである。大当りを引っかけた時orプラスマイナス1コマの乱数をひいた時に、ここぞとばかりに演出がモリモリ追加されていく「二郎系」かと思ったが、認識が甘かった。

 こいつ、ノーモーションでいきなり喉元噛みちぎりに来る鎌鼬(かまいたち)であった。いや、ラーメン屋で例えろやとの声もあろうが、そんな機転が利いたら売れっ子ライターになっている。ちなみに、目白丸長は注文から提供するまでの時間が非常に早いようである。

 話を演出に戻そう。もうなんかざわざわせずにガッと当たったのである。通常なら、強そうな先読みゾーンだの赤保留だの金保留だので、「これからいきまっせ」をプレイヤーにアピールしつつ、「はい、赤系予告。はい、「激アツ」表示。はい、次回予告。はい、群予告。はい、最強SPリーチ」と段階を踏みつつ、赤字幕、激アツ柄、最終カットイン赤、でチャンスボタンでドカーン! 役物ガシャーン! といった展開であるが、この時の当りパターンは、下手すると見過ごしてしまうようなタイミングと小ささでキリン柄が表示され、百裂拳予告はわかりやすかったものの、サウザーとのバトルに発展して「これダメパターンじゃん」と思わせつつしれっと当たったのである。

 当るまでちょっとでも期待できそうな演出が発生しなかったし、SPリーチも基本仲間系リーチ、ちょっとがんばってバトル系前半であった。なるほど、そういう感じか。

 しかし、せっかくの初当りもラウンドバトルで負け。「ひでぶゾーン」が7回転で終了と悲しい結末を迎えたのである。

 その後、本当に何にも起きることなく700回転以上を回した後で、「夢想転生」図柄停止から夢想転生リーチに発展し、回想2回を経て激押しボタンから2回目の初当りをゲットしたのである。ただ、揃った図柄が「2」だったのでとても嫌な予感がしたが、無事ラウンド演出でラオウを撃破しRUSH突入となった。

 さあ、ここからが本番である。とにかく1回はバトルに勝利しないと2400発は獲得できないのだ。バトル自キャラはレイ。南斗水鳥拳でキリキリ舞いさせてほしいものである。

 その願いが見事に通じ、ユダを軽やかに撃破。念願の2400発大当りをゲットできたのである。これでとりあえず次に通常を引いても最低限の格好がつく。この気持のゆとりが奏功して、あっという間に3連チャン。

 ここで調子に乗って自キャラを変えたもんだから流れが変わったのか、トキがラオウにボコられバトル終了。まあ65%機で3連チャンすればたいしたものである。しかもオール2400発。6000発オーバーの出玉を手にすることができたのである。

 と、思いきや続く時短で引き戻しに成功し、鮮やかに確変復帰を果たしたのである。この時に出た赤保留が今年で1番興奮したかもしれない。ところがこの大当りラウンド消化中に予期せぬハプニングが私を襲ってきたのである。

 尿意。

 時短引き戻しの緊張と緩和のせいか、突如として尿意をもよおし、上半身をひねり、下半身を左右に動かし、左足のかかとを浮かせながら高速で上下動させ、私のすべの力を使って尿意を止める努力をしたのである。

 いま原稿を書いている場面では、「ここで漏らしてたほうが売れてたな」とは思ったが、あの場面では必死で、ラウンドが終了したと同時に離席し、トイレに駆け込んだのである。もちろん、席を立つ時は心の中でこう叫んだものである。「尿意ドン」。

 世界で一番すっきりした人間として打っていた席に戻るとなんか大当りしていた。尿もれ必勝法の誕生である。いや、漏らしてない。

 結局RUSHは6連し、払い出し数で13307、実数では1万2000発オーバーとなったのである。一撃必殺の2400機、その破壊力をまざまざと見せつけられた格好である。年末年始にお年玉を狙いにいくなら2400発搭載機の存在をお忘れなく。

 

(文=大森町男)

LIXIL、創業家潮田派一掃で経営混乱再発か…人材流出とブランド毀損が深刻

 LIXILグループは2019年10月31日、ガバナンス(企業統治)に関わる問題の検証結果を公表した。瀬戸欣哉氏が最高経営責任者(CEO)を解任された件について、「創業家の潮田洋一郎氏に権力が集中し忖度する状況だった」と結論づけた。再発防止のため、ガバナンス委員会を常設化する。

 混乱が始まったのは18年10月。瀬戸氏がCEOを解任され、潮田氏が後任に就いた。しかし投資家から批判が噴出し、潮田氏は19年4月に退任を表明。19年6月25日の株主総会で会社と対立した瀬戸氏が勝利。再び経営の先頭の立つことになった。

 CEOに復帰した瀬戸氏は、直ちにガバナンス委員会を設置。あずさ監査法人元副理事長の鈴木輝夫・社外取締役を委員長とし、社外取締役4人、社内取締役1人で構成した。焦点となったのは、19年4月9日に会社が公表した、瀬戸氏解任の経緯に関する「調査報告書」へのガバナンス委員会の評価だった。

 瀬戸氏は、自分が解任された経緯に関する調査報告書の説明に対して、「公平性を欠くもの」と繰り返し主張してきた。復帰後、ガバナンス委員会をつくり、解任の経緯の再検証を求めたのは、瀬戸氏の強い不満の表れだった。ガバナンス委員会は、第三者による調査報告書の内容については「不合理な点はない」と結論づけた。ただ、委員長の鈴木氏は、「ガバナンスの体制は整っているが、運用自体が独立性を保たれなければ、客観性や公平性が欠如する」と説明した。

 LIXILグループは社外取締役中心の指名委員会が経営トップを選ぶ制度をいち早く取り入れ、かつては「ガバナンスの優等生」とも呼ばれた。だが、仏つくって魂入れず。創業家の潮田氏の顔色を伺う「忖度」が生じる状況だったということが露わになった。日本企業に共通するガバナンスの限界だろう。

取締役を選任する指名委員会は瀬戸氏側が過半数を占める

 市場関係者が注目しているのが、人事をめぐる混乱が収束した後、ガバナンスが機能するかどうかだ。8カ月間の混乱による傷痕は深い。人材の流出やブランドイメージの毀損が深刻な上に、経営陣そのものの間に横たわる溝をどう克服するか、という困難な課題を抱えている。「ノーサイド」と、CEOに復帰した瀬戸氏は総会後の記者会見で融和を呼びかけた。だが、そう簡単に、“シャンシャン”と手打ちとはいきそうにはない。

 瀬戸氏が経営権を奪い返し、CEOに返り咲いたとはいえ、賛成率52.71%。薄氷を踏む思いの勝利。圧勝したわけではなく権力基盤は脆弱だ。総会では瀬戸氏ら株主側が提案した取締役候補8人全員が選ばれ、会社側が提案した6人が選任された。瀬戸氏は「14人の取締役会では質の高い議論ができるわけがない。来年以降、会社の提案として取締役を5~9人に絞らなければならない」(19年6月28日付日本経済新聞)と述べている。

 取締役を選任する指名委員会でも、瀬戸氏側が過半数を制した。指名委員会5人のうち、瀬戸氏側は、委員長の西浦裕二氏(三井住友トラストクラブ元会長)、INAX創業家の伊奈啓一郎氏、鬼丸かおる氏(元最高裁判事)の3人。潮田氏側(会社推薦)は、松崎正年氏(コニカミノルタ前社長)と河原春郎氏(JVCケンウッド元会長)の2人だ。“反瀬戸”を標榜してきた松崎氏は、取締役会を仕切る取締役会議長に就いている。

 2020年の取締役改選で潮田側取締役の一掃を図る、と取り沙汰されている。潮田氏の復活の芽を断つ第一弾がガバナンス委員会の立ち上げで、瀬戸氏自身の解任の経緯を再検証することだった。

 潮田氏は周囲に「学究と趣味に生きる」と話しているそうだが、黙って引き下がることはあり得ない。潮田氏は現在も3%程度のLIXIL株式を保有している大株主とみられる。趣味人ではあるが、オーナーとしてのプライドは強烈。権力欲は人一倍強い。瀬戸氏が権力体制を確立したら、今度は潮田氏が叛旗を翻し、LIXILグループの分裂の危機が高まると見る向きもある。

新取締役が指名委員会ですんなり決まるのか

 経営混乱が収束して初決算になる19年4~9月期連結決算(国際会計基準)の業績は改善した。売上高にあたる売上収益は前年同期比4%増の9255億円。本業の儲けを示す営業利益に相当する事業利益は2.5倍の344億円。最終利益は231億円の黒字(前年同期は86億円の赤字)に転換した。

 20年3月期の通期業績予想(売上収益1兆8500億円、事業利益470億円、最終利益150億円)は据え置いた。最大の理由は下期にかけて外部環境が悪化しているからだ。主力の住宅サッシは国内の新築市場との連動性が高い。国内の新設住宅着工件数は19年7月から10月まで4カ月連続の減少。今後、上向く可能性は低い。トイレなどに力を入れている海外ではアジアで苦戦している。米中貿易戦争のあおりで中国勢がこれまで米国に輸出していた製品をアジアに振り向けたため、価格競争が激化しているからだ。

 業績悪化を見越し、リストラに踏み切る。早期退職優遇制度に相当する「キャリアオプション制度」を導入する。対象者はLIXILと国内の一部子会社の50歳以上で勤続10年以上の計約6900人の正社員。募集人員は定めていない。優遇措置として退職金に特別退職金を加算するほか、要望に応じて再就職を支援する。中高年者の首切りには、反発が予想される。瀬戸氏が権力基盤を固めるためには、現在14人いる取締役の大幅な削減が必要不可欠だ。

 とはいえ、潮田派の取締役の一掃に手をつければ取締役会が紛糾する。どう乗り切るのか。瀬戸氏側が選ぶ新しい取締役がスムーズに選任され、潮田派の役員を1人でも減らすことができるのか。瀬戸氏の経営手腕が問われる正念場だ。

(文=編集部)

復刻版のPCエンジン mini発売へ、想定外の予約低迷…“ビミョーな難点”目立つ

 レトロゲーム機の復刻ブームに乗って、「PCエンジン」の復刻版である「PCエンジン mini」が今年3月に発売される予定だ。「ファミコン」や「メガドライブ」の復刻機からは一足遅れたが、果たして好評を得ることはできるのか。また、近年の復刻ブームの行く末はいかに。ゲーム事情に詳しいコラムニストのジャンクハンター吉田氏に聞いた。

メガドライブミニがヒットした理由

 2020年3月に発売予定のPCエンジン mini。大ヒットした任天堂の「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」(以下、ミニファミコン)、「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」「プレイステーション クラシック」(以下、プレステクラシック)、「メガドライブミニ」などに続く人気ゲーム機の復刻版ということで注目されている。

 昨今の復刻版のように、本体に数本のソフトが内蔵されていてテレビに接続するだけで遊べるゲーム機は「プラグ&プレイ」と呼ばれる。海外では昔からよくリリースされており、なかにはレトロなゲームをテーマにしたものも数多くあったという。

 その流れで発売されたミニファミコンは、任天堂のような大手メーカーが自社でプラグ&プレイをリリースしたということで注目を集め、世界中で完売するほどの大ヒットを記録した。これ以降、レトロゲーム機を「ミニ化」するブームが巻き起こったのだ。

 そんな復刻ブームの中で、ユーザーからの評判がいいのが昨年9月に発売されたメガドライブミニである。

「プレステクラシックがエミュレータ問題で評判が悪かったことなどから学び、中身も側(がわ)もしっかりとしたつくりになっています。当時のことをよく知っているスタッフを揃えて、セガファンの琴線に触れるような仕様に仕上げたことがヒットの要因だと思います」(吉田氏)

 では、最後発となるPCエンジン miniは成功するのだろうか。

コナミのハード開発に懸念も

 そもそも、PCエンジンはファミコンに対抗するべく、ハドソンと日本電気ホームエレクトロニクスにより共同開発され、1987年10月30日に発売された家庭用ゲーム機である。

「PCエンジン miniはハドソンを吸収合併したコナミグループが開発、販売します。この時点でゲームファンは興味津々なのです。コナミは多くの大ヒットソフトを生んでいますが、これまでハード機器を手がけたことはない。ノウハウ不足を懸念する声もあるくらいなので、開発に時間をかけており、そのため発売のタイミングが最後発になったのではないでしょうか」(同)

 PCエンジン miniへの懸念は、ハード開発のノウハウ不足だけではない。なぜかアマゾンでの専売がアナウンスされており、その販売方法も消費者や小売業者から疑問視されているという。

「アマゾン専売を批判する人は多く、特に恩恵にあずかれない小売店は激怒しています。しかし、あるコナミ社員は『のちのち、確実に小売店に流す』と話しているので、そこまで気にすることではないでしょう」(同)

 おもちゃ屋や量販店に流通させると、売れなかった場合に在庫がダブついて、値崩れを起こしてしまう。そうした事態を防ぐための施策なのだろう。しかし、肝心の予約状況が芳しくないという。

コナミ社員いわく、予約が想定よりも少なく、現状では黒字にならないそうです。他社に差をつけるために58タイトルも内蔵する大サービスですが、いかんせん値段が先発品より高いため、予約が入っていないのだと思います」(同)

PCエンジン miniは復刻ブームの“最後の大物”

 期待と批判の声が交じるPCエンジン miniだが、ヒットの可能性はあるのだろうか。

「メガドライブミニよりは売れないと思います。値段もそうですが、コントローラーの接続部がデフォルトで2つしかなく、マルチタップは別売りと、ユーザーに親切ではないように思えます。とりあえず眠らせているソフトコンテンツを使おうという趣旨なのでしょうが、マニアは各アーカイブコレクションなどですでに満足しているので、今さら飛びつかないのかもしれません。

 また、セットで付属されている記念Tシャツもデザイン性に乏しく、評判が悪い。ここにも、コナミのハードビジネスの下手さが表れてしまっているのかもしれません」(同)

 そうなると、PCエンジン miniは期待はずれに終わる可能性が高いということか。

「ただし、PCエンジン miniはレトロミニブームの最後の大物であることは間違いないので、コレクション的に買い揃える人はいるでしょう。これより後の世代の、当時は“次世代機”と呼ばれた『セガサターン』や『NINTENDO64』はシステム的にプラグ&プレイにするのは難しいと言われているため、ミニシリーズでの発売の可能性は低い。『MSXミニ』が発売されるという噂はありますが、まだわかりません」(同)

 果たして、PCエンジン miniは復刻ブームの有終の美を飾ることができるのだろうか。

(文=沼澤典史/清談社)

あの“高好感度”俳優の悪評…NHK大河主演を機に「人が変わった」との声

 1月期に放送されるTBS日曜劇場『テセウスの船』に主演することが発表された竹内涼真。

 同作は週刊漫画誌「モーニング」(講談社)で連載されていた同名漫画が原作で、竹内は警察官の父親が起こした殺人事件の謎を追う青年役を演じる。その父親役には、2018年放送のNHK大河ドラマ『西郷どん』で主役を務めた鈴木亮平が起用される。

「竹内、鈴木といえば同じホリプロ所属の人気俳優。竹内は『仮面ライダードライブ』の主役を射止めた後、NHK朝ドラ『ひよっこ』で慶応ボーイを演じ一躍ブレイク。その後は8頭身のスタイルと爽やかな演技で、今の若手俳優のなかでトップクラスの人気を獲得しました。一方、鈴木も『西郷どん』で大河初主演を果たすなど、この2人がこれからのホリプロを支える“ツートップ”であることは間違いありません」(スポーツ紙記者)

 竹内は、今回の『テセウスの船』がゴールデン帯ドラマ初主演となる。そしてTBSの日曜劇場といえば、『半沢直樹』や『下町ロケット』をはじめ数々の高視聴率ドラマを世に送り出す枠として、ブランドを確立している。それだけに期待が高まるところだが、こんな心配の声も聞こえてくる。

「意外にも竹内は女性にルーズなところがあり、これまでもアイドルの里々佳や女優の吉谷彩子との交際が報じられるなど、ワキの甘さが弱点。まだ売り出し中の俳優にもかかわらず、いきなり女性とのスキャンダルですからね。そのときはホリプロからも厳しく注意されたと聞いていますが、これからの『テセウスの船』撮影中に何か起こさないとも限らない、と心配する声が局関係者から上がっています」(芸能事務所関係者)

 一方、今作では竹内の“サポート役”として竹内を支える鈴木。こちらは既婚者で硬派なイメージもあり、心配は無用に思えるのだが……。

「鈴木は、『西郷どん』主演後から人が変わってしまったと、もっぱらの評判です。鈴木には2011年に結婚した9歳年上の一般女性の妻がいるのですが、この方が夫の仕事に口をはさむ性格のようで……。『西郷どん』の主役を射止めて以降、さらに拍車がかかったようで、鈴木の“テング化”が進んでしまったと囁かれています。事務所もコントロールしきれるかどうか不安で、今作の撮影中に何もなければいいがと、今から怯えているみたいです」(別のテレビ局関係者)

 ここは竹内、鈴木ともに、しっかり仕事をしてほしいところだ。

(文=編集部)

海外逃亡ゴーンは日産を荒廃させた戦犯だった…天文学的金額を日産から収奪し私的支出

 元日産自動車会長のカルロス・ゴーン被告が国外に逃亡した。拙著『日産独裁経営と権力抗争の末路――ゴーン・石原・川又・塩路の汚れた系譜』(2019年3月刊、さくら舎)の帯の宣伝文句は「ゴーンの正体は強欲な独裁者!前々からゴーン経営を否定していた著者が緊急書き下ろし!」だった。本書から今回の逃亡劇の芽を抽出してみた(以下、同書からの引用)。

日産の救世主と崇め奉られたゴーン

 日産の救世主として登場したカルロス・ゴーンは絶対的な権力者となり、会社を私物化。ほしいままに収奪した。ゴーンも人事権と予算権を握り、独裁者として君臨した。(中略)日産がグローバル化した結果、ゴーンの権力は海外にまで及んだ。ゴーンの行状で際立っているのは、報酬などを巡る疑惑がベルサイユ宮殿での自らの結婚披露宴会費用の流用などを除き、ルノーでは起きず、当初は、日産だけに限られていることだ。ゴーンは日本人を舐め切っていたのか(その後、ルノーでも疑惑の解明が少しずつ進んでいる)。

 イタリアの思想家マキァベリは「人間は本来、邪悪のもの」として、人間を支配するために、君主はどうあるべきかを説いた。ゴーンはマキァベリストとして、権謀術数を弄して権力を掌握した。だが、ゴーンが失脚した原因もマキァベリは『ローマ史論』で見通していた。「陰謀を防ごうと思ったら、かつてひどい目にあわせた人間よりも、むしろ目をかけた人間を警戒せよ。そうした人間のほうが陰謀の機会が多いのである」。朝日新聞(2018年12月16日付朝刊)の「朝日歌壇」に次の歌が載った。「才(さい)長けたフェニキア人(びと)の末裔(まつえい)は小菅(こすげ)の空に何を思うか」。選者は「その人のゆかりの地レバノンにフェニキアの都市があった」と講評した。

 日産自動車の救世主と崇め奉られたカルロス・ゴーンは、2018年11月19日、逮捕された。水に落ちた犬は叩けの諺通り、悪逆非道の銭ゲバぶりが次々と暴かれていく。その原点は幼児期の赤貧洗うがごとき生活にあった。正式の名前はカルロス・ゴーン・ビシャラ。「祖父は20世紀初めに13歳でレバノンを後にし、ブラジルに渡った。(中略)祖父はリオで少し働くと、アマゾン川流域にチャンスを求めて移った。ボリビアとの国境にあり、ブラジル領にまだなっていなかったグアポレ、今のロンドニア州ポルトベーリョという未開拓地だった。そこはゴムが採れた。祖父は輸送業を手掛けた。数年後、ゴーンの父親のジョージ・ゴーンが生まれた。父は適齢期になると、レバノンに渡った。ナイジェリアで生まれ、レバノンで高等教育を受けたローズと出会い、結婚した。父が祖父の会社を引き継ぐ。ゴーンは、ポルトベーリョで1954年3月9日、ジョージの長男として生まれた。(中略)話し合った結果、母と姉、私はレバノンに移り、仕事のある父はブラジルに残ることになった。アマゾンの密林の未開拓地で育ったゴーン。その貧しさの経験が、あくなき上昇欲、金銭欲、権力欲に向かわせたのかもしれない。

ゴーンの幼児期は赤貧洗うがごとくだった

 ゴーンは6歳の時にレバノンに移住する。ゴーンの人生で、母親と暮らしたレバノン時代が一番ハッピーだったようだ。あの傲慢なゴーンが母親に向ける視線は優しい。レバノンは1975年の内戦までは「中東のスイス」と言われ、平和だった。母はそんなレバノンが大好きだった。イエズス会系で高校までの一貫校のコレージュ・ノートルダムに通った。成績は良かった。17歳になると、進路の選択が待ち受けていた。レバノンで高等教育を受けてもよかったが、母はフランスの大学を薦めた。母は美しいフランス語を操り、フランス人以上にフランスびいきだった。母の影響でパリの大学に進学したことが、ゴーンの人生を決めた。

 フランス最高峰の理工系大学であるエコール・ポリテクニーク(国立理工科学校)に入学。さらに名門のエコール・デ・ミーヌ(国立高等鉱業学校)に進む。卒業生の多くは国家公務員となったが、ゴーンは別の道を歩む。1978年、仏大手タイヤメーカーのミシュランに入社した。名門校出身で博士号を持ちながら、会社からオファーされた中央研究所への配属を断り工場勤務を希望する。

 これはゴーンの「計算高さ」を示す最初のエピソードだ。「私は技術者としてタイヤの専門家になるためにミシュランに入るのではありません。もっと全体的な部分で会社に貢献するために、ミシュランに入りたいのです。そのために最もふさわしいのは製造部門だと思います。製造部門ではあらゆることが経験できます。製品について、工場で働く労働者や技術者のことについて、また経営についての知識を得られるのは製造部門だろうと思いますから・・・」。

 優秀の人材が集められる中央研究所を避け、エリートが配属されず競争が緩い生産現場で「目立つ」道を選んだのだ。このもくろみは見事当たる。ゴーンはわずか26歳で工場長に抜擢され、ミシュランの経営陣に目が留まる。「目立つ」ための方法は簡単だった。徹底的なコストダウンを図ったのだ。経費さえ節減すれば、利益は簡単に上がる。名門校出身で頭の回転が速いゴーンは、すぐに、このことに気付いたようだ。

 コストカッター、ゴーン経営の原点がここにある。30歳で故郷であるブラジル法人の最高執行責任者(COO)、35歳で北米法人の最高経営責任者(CEO)と、出世の階段を駆け上がる。コストダウンで短期間に黒字化したのが昇進の決め手になった、とされている。1996年、42歳の若さで、ゴーンはミシュランのトップ近くまで昇り詰めた。だが、同族経営で世襲制をとっているミシュランでは、それ以上の地位は望むべくもなかった。野心家のゴーンは、これに我慢できなかった。そんなとき、経営不振に陥っていたルノー会長のルイ・シュバイツアーがゴーンをナンバー2としてヘッドハンティングした。

日産行きを自ら希望

 ゴーンは1996年10月、仏ルノーに入社した。ルノーは1898年にフランス人技術者、ルイ・ルノーとその兄弟によって設立された自動車メーカー。1945年、第二次世界大戦後、シャルル・ド・ゴールの行政命令により国営化された。1996年、完全民営化されたが、だから筆頭株主はフランス政府なのである。民営化した年にゴーンはスカウトされ、ルノー入りを果たした。42歳の上席副社長として、ルノーでも徹底的なコスト削減を実施し、収益の回復に貢献した。ゴーンは、正式に「コストカッター」の異名を授けられた。

 さらなる転機は1998年。独ダイムラー・ベンツと米クライスラーの合併で、自動車業界は世界的再編に突き進んだ。ルノーは巨大な自動車メーカーに太刀打ちできない。他社との統合や提携を考える時が、とうとうやってきた。当時の日産は、世界中から再起不能と見なされていた。だが、ゴーンは提携相手として日産を本命と考えていた。1999年3月27日、ルノーと日産は資本提携した。ルノーはゴーンを日産に送り込んだ。

「シュバイツァー会長はある日、『送る人間は君しかいない』と私に告げた。ある程度予想はできていた。略歴を考えれば、企業再生や異文化の経験など条件がそろった幹部は私だけだった」、ゴーンは英語、フランス語、アラビア語、ポルトガル語を自在に操るマルチカルチャー(多文化)を体現した人物だ。さまざまな文化に囲まれて育ち、グローバルなレベルで会社再生の成功体験を持つ彼は、モノカルチャー(単一文化)のしがらみにとらわれることなく、日産の改革を白紙の状態から始めることができるとの自信が読み取れる。

「実は交渉がほぼまとまったあと、ルイ・シュバイツァーから『君はどのくらいの確率で成功すると見ているのかね?』と聞かれたことがあります。私は『フィフティー・フィフティーです』と答えました。もう調印間近の頃です。私が『社長は?』と聞き返すと、数字こそ挙げませんでしたが、こう答えました。『君が成功の確率をそんな低く見ていると知っていたら、この話は進めなかったよ。フィフティー・フィフティーの確率なら、私は社運を賭けることはできない』。つまり、シュバイツァーは私よりも楽観的だったということです」。

 ゴーンは送り込まれたのでない。自ら手を挙げて日産にやってきたのだ。企業規模が大きければ大きいほど経費節減ののりしろは大きくなる。ゴーンはミシュランとルノーの現場で、それを熟知していた。ここでもゴーンの「計算高さ」が発揮された。1999年6月、カルロス・ゴーンは日産の最高執行責任者(COO)に就いた。同年10月、経営再建計画「日産リバイバル・プラン」を掲げて国内5工場を閉鎖し、2万1000人を削減した。2008年秋のリーマン・ショックを受け、グループ全体で2万人のリストラを断行したから、彼は合計で4万1000人の首を切ったことになる。「コストカッター」はゴーンの代名詞だが、再生の名を借りた“首切り人”でもあったわけだ。

 コミットメントが売り物だったゴーンが日産に来たとき、ルノーのドンのルイ・シュバイツァーが課したコミットメントは何か。むろん、公表されているわけではない。だが、ゴーンがやってきたことを見れば、おのずと判ってくる。「日産をルノーの植民地にすること。フランスがインドシナで展開した植民地政策そのままだ。収奪あるのみ。ゴーンは、その役目を完璧にやりとげたといっていいだろう」(自動車担当のジャーナリスト)。

 アライアンスの仕組みが完成すると、ルノーの出資比率は最大で44.4%となったが、日産のルノーへの出資比率はわずか15%。しかも、これらは議決権のない株式だ。日産はルノーの経営を完全にコントロールできるという不平等条約が締結されたも同然で、日産の植民地化の準備が整った。

「日本のメーカーのなかでも、一時期、最も優秀といわれた日産の開発部門をルノーは手に入れたい、と考えていた。これ(日産の技術)を使って、ルノーの戦略車を開発する。日産の新車の開発に偏りが出たのは、最初からルノーは日産の開発部門を自分たちのために使うと考えていたからで、当然の帰結である」。

 植民地的奪取のもう1つはカネ、配当のかたちでカネを吸い上げた。日産が急ピッチで進めてきた増配政策がそれだ。この果実をフルに享受したのが筆頭株主のルノーである。筆者は2009年、「月刊現代」(2009年1月最終号)に、日産の1株当たりの配当金とルノーが受け取った配当金額(推計)をまとめた記事を書いた。それをもとにその後の数字を精査した。ルノーは日産に8016億円を投じたが、2018年3月期までの配当金で全額回収したことになる。2019年3月期の実績を加えると、ルノーが受け取った配当金の総額(累計)は9696億7400万円となった。日産が出資した約2470億円、さらに11年3月期、16年同期、17年同期の3回の日産株式の売却で、ルノーは1400億円強を手にしている。合算すればこの時点でルノーが得た資金は1兆3500億円を突破した。

ゴーンは無資格検査で謝罪せず

 規模を追い求めるゴーンの掛け声とは裏腹に、社内はガタがきていた。日産の出荷前の完成車検査で新たに不正が見つかったことが2018年12月、ゴーンの逮捕後に明らかになった。前年9月からつづく不正の発覚は、今回で4回目。全車に実施するブレーキ検査などの一部が不適切な手法でなされており、「ノート」「マーチ」など11車種の、約15万台のリコールを届け出た。ゴーン逮捕前の17年秋からの検査不正によるリコール対象台数は約130万台に上った。

 日産は完成車の検査で不正が後を絶たない。17年9月に資格を持たない従業員が完成車の検査をしていたことが発覚した。18年7月には一部の完成車を対象にする抜き取り検査で、排ガス・燃費データの改竄や不適切な条件での試験が見つかった。9月にもすべての新車を対象にした検査で、決められた試験を省いたことなどが明らかになった。18年9月26日、再発防止策を盛り込んだ「最終報告書を公表。山内康裕執行役員が「膿は出し切った」と一連の不正の終結を宣言していた。にもかかわらず、今回4度目の不正の発覚である。不正を絶てぬガバナンスが厳しく問われた。

 日産の一連の不正はゴーンが最高経営責任者(CEO)を務めていた時代から連綿とつづいていた。2001年にCEOに就いたゴーンは、大規模なリストラで業績をV字回復させたが、その後の急激なコスト削減で現場に従業員不足などのひずみが生じ、生産現場が荒廃したとの指摘もある。18年9月末に弁護士事務所がまとめた報告書では「効率性やコスト削減に力点を置くあまり、検査員を十分に配置せず技術員も減らした」とし、「日産の工場は2000年代以降、不適切な検査が常態化していた」とした。最終報告書は「切り捨ててはいけないものまで切り捨てた」と断じていた。

 2018年の株主総会では、無資格検査問題でゴーンの公式、非公式いずれの謝罪がないことに対して、彼に真意をただす株主の質問があった。ゴーンは「日産のボスは西川社長だ。ボスの責任を尊重しなければならない。責任逃れではない」とし、決して謝罪しなかった。データ改竄や不正が次々と明らかになった神戸製鋼所、三菱マテリアル、SUBARUはトップが引責辞任した。東レは子会社の社長が辞めている。日産だけが、トップの責任を明確にしなかった。

 日本にほとんどいないゴーンが日産から表面上だけで7億3000万円、三菱自から2億2700万円を得た。2社から9億5700万円を得た計算。「日産からの7億3000万円は、勤務実態からみて、日割り計算で実質的に最高の役員報酬ではないか」(自動車担当のアナリスト)。無資格検査問題で、逮捕前にも逮捕後も絶対に謝罪しなかったゴーンの姿勢に、日本のマーケット軽視を感じたのは筆者だけではあるまい。

 有価証券報告書への過少申告は、「社員のモチベーションが落ちるかもしれないので、合法的に一部は開示しない方法を考えた」と、ゴーンは供述していたという。社員をパーツと見なし、容赦なく切って捨てるゴーンが、社員の気持ちを忖度するとは驚きだ。「日産社内を含む複数の関係者は、こうした理由を疑問視し、『一番大きかったのはフランスの目ではないか』」と指摘する。フランス世論は所得格差に敏感といわれる。関係者は「フランスで約9億円の報酬が強く批判されるような状況で、日産分を約20億円と公表できなかったのでないか」と指摘。ルノーとのバランスを考慮して同水準の約10億円に抑えたとみている」(「朝日新聞」2018年12月4日付朝刊)。

 2008年秋のリーマン・ショックで、自動車業界は100年に1度という大不況に陥った。日産の2009年3月期の最終損益は2337億円の巨額赤字となり、期末配当はゼロに転落した。つづく10年同期は中間、期末とも年間を通じて無配を継続した。グループ全体で2万人のリストラを断行。管理職には5%の賃金カットを実施した。ゴーン神話は、もはや過去のものとなった。

 リーマン・ショックが今回のゴーン逮捕の発端となる。この時期、ゴーンは20億円の役員報酬があったにも関わらず、有価証券報告書には10億円しか計上せず、残り10億円を記載しなかった。役員報酬の過少記載が逮捕容疑になった。新生銀行との私的な金融派生商品(デリバティブ)取引で生じた18億5000万円の損失を含む契約を日産に付け替えた特別背任容疑も、リーマン・ショックのときだ。ゴーンが私的な投資の損失を日産に付け替えたとして逮捕された特別背任事件では、取引先の新生銀行が、ゴーン前会長との取引を「社長案件」として特別扱いしていた。

レバノンの邸宅は9億円で購入、6億円かけて改修

 やりたい放題の「会社の私物化」が次々と報じられた。社長の西川が糾弾した「私的な目的の投資支出」はそれこそ半端ない。ゴーンが各国に豪邸を構えていることが暴露された。格好の絵(映像)になるから各テレビ局がワイドショーで、その高級住宅を現地レポートしまくっていた。ゴーンは、日本では、東京・港区元麻布の高級マンションに居を構える。だが、「自宅」は世界各地にある。ゴーンが少年時代を過した中東レバンの首都ベイルートや出生地のブラジルのリオデジャネイロ、オランダのアムステルダム、フランスのパリに高級住宅がある。ニューヨークにもあるという。

 なかでも、ゴーンのルーツというべきレバノンの3階建ての豪邸は、日産が9億円で購入し、6億円かけて改修されたと伝えられている。かつて地中海貿易での栄えたレバノンの首都、ベイルートは、ゴーンの少年時代までは「中東のパリ」と称され、美しい町だったが、その後、内戦が勃発。いまや、荒廃してしまった。ゴーンの生まれ故郷、ブラジル・リオデジャネイロ。美しいビーチで知られるコパカバーナの海岸沿いに、12階建ての高級マンションが建つ。価格は6億円で6階の全フロアを使っている。

 パリの自宅は、エッフェル塔に隣接する高級住宅街。広さは250平方メートルで、資産価値は5億円という。パリの家まで日産が経費を負担している。パリならルノーから金を出させてもよさそうなものだが、(本書を刊行した時点では)ルノーではこういう脱法的な行為は、ほとんどしていない。日産(イコール日本人)は与しやすしと舐めてかかって、やりたい放題、銭ゲバに走ったのではないのか。

「会社経費の不正支出」では、業務実態のない姉にアドバイザー契約を結ばせ、毎年1100万円、計8000万円余りを支払わせていたほか、家族旅行や私的の飲食の代金も日産に負担させていた。ジェット機やヨットをプライベートで使ったときの費用も含まれていた。リオにあるヨットクラブの会員権も支払わせていた。娘の大学への寄付に日産の資金が使われていたともいう。姉はゴーンが子会社に購入させたリオの豪邸で生活しているそうだ。

スーパーエリートに対する劣等感を金と権力で埋め合わせた?

(ルノーにおいて)ゴーンは解任ではなく、辞任だ。ゴーンの後任であるルノーの会長兼CEOにはミシュランCEOのジャンドミニク・スナールが就いた。スナールが卒業したHEC経営大学院は、フランスで200校以上ある高等教育機関「グランゼコール」の中でも名門。前の仏大統領、オランドの出身校である。難易度の高い一部のエリート校の出身者が政治、財界、官僚のトップをほぼ独占している。

 ゴーンはエンジニア系の最高峰とされるエコール・ポリテニークとパリ国立高等鉱業学校という2つのグランゼコールを卒業している。スナールとゴーンが決定的に違うのはゴーンはフランス人であると同時にレバノンとブラジルにルーツを持つ点。「野蛮で育ちは悪いが仕事はできる」。これがゴーンのフランスでの評価だ。カルロス・ゴーンはフランスでエリートだったが、スナールのような超エリートではない。彼の心の闇を埋めたのが、金と権力だったのではないか、との仮説が成り立つ。

 仏フィガロ紙(電子版)によると、ゴーンは16年10月、ベルサイユ宮殿内にある大トリアノン宮殿で、再婚相手の妻キャロルと披露宴を開いた。ルノーは16年6月、芸術文化の支援を目的にベルサイユ宮殿とスポンサー契約を結んだ。契約にはルノーが宮殿の修復費を負担する代わりに、ゴーン被告が5万ユーロ相当とされる披露宴のサービスを受けられる取り決めが盛り込まれていた。契約に使う費用はゴーン被告自身が判断できる会計から支払われたとされる。社内調査には限界があるため、検察当局へ同日、通報した、と仏メディアは伝えた。

 仏紙レゼコーは19年2月8日、2014年のゴーン自身の60歳の誕生日に、日産とルノーの予算計60万ユーロ(約7500万円)を使って祝った疑いがある、と報じた。14年3月9日、ベルサイユ宮殿で200人が参加する大規模な晩餐会を開いた。公には日産とルノーの自動車連合結成15年を祝う会だったが、レバノンの名士数10人やブラジル、フランスの実業家、政治家など友人が多数出席した。日産からの出席者は数人だった。

 この日は自動車連合ができた日ではなく、ゴーンの誕生日だった。提携15周年は3月27日だった。有名なシェフ、アラン・デュカスが腕を振るい、庭園で花火が打ち上げられた誕生会の費用は最低でも60万ユーロとされ、ルノー・日産BVが負担している。庶民感覚から、かけ離れた出費であり、ルノーと日産は適切な出費だったが調べる可能性があると、レゼコーは伝えた。

(文=有森隆/ジャーナリスト)

 

今夜放送、堺雅人が主演じゃない『半沢直樹』スピンオフの“意味と重要度”

 2013年に放送され、最終回が平成のドラマで最高視聴率となる42.2%を叩き出すなど、社会現象となった『半沢直樹』(TBS系)。ついに4月スタートの続編を発表したTBSは「2020年は半沢直樹イヤー」というキャッチコピーを掲げ、新年早々にその第1弾を仕掛ける。

 1月3日23時15分から放送されるのは、『半沢直樹2 エピソードゼロ 狙われた半沢直樹のパスワード』。4月に放送される続編の前日譚となるストーリーだけに、前作を見た人ならチェックしておきたいところだ。

 主演は半沢直樹を演じた堺雅人ではなく、『なつぞら』(NHK)での好演が記憶に新しい吉沢亮。横浜流星と並んで2019年のブレイク俳優となり、さらには2021年の大河ドラマ『青天を衝け』(NHK)の主演が決まるなど、「今もっとも注目を集める俳優」と言っていいだろう。

 いまだベールに包まれた『エピソードゼロ』は、どんな物語で、どんな見どころが期待できるのか。

前作を踏襲したスカッと痛快な物語

 物語の舞台は、東京中央銀行の子会社・東京セントラル証券と、新興IT企業のスパイラル。東京セントラル証券は、『半沢直樹』の最終回で「半沢が頭取から命じられた出向先」と言えばわかるだろうか。『エピソードゼロ』は、半沢が東京セントラル証券に赴任した後に起きた事件を描くという。

 スパイラルは、東京セントラル証券が創業以来使用してきた証券トレーディングシステムをリニューアルする際のコンペに参加。社運を賭けた一大プロジェクトのリーダーを任されたプログラマー・高坂圭(吉沢亮)は、思わぬ陰謀と対峙しながらコンペの勝利を追い求めていく――。

『エピソードゼロ』は原作者の池井戸潤が「企画協力」という形で参加したオリジナルストーリーだが、「狙われた半沢直樹のパスワード」という不穏なタイトルが暗示するように、やはりベースとなるのは勧善懲悪の物語。「悪に戦いを挑み、絶体絶命の状況に追い込まれながらも不正を暴き、逆転勝利を収める」という前作を踏襲した展開が予想されている。

 果たして、どんな「倍返し」が見られるのか。スタッフもキャストも「『半沢直樹』の世界観は変わらない」「『エピソードゼロ』も痛快な物語」とコメントしているだけに、期待していいだろう。

 2013年の『半沢直樹』放送後、その大ヒットを受けて「正義が悪を成敗する」という勧善懲悪の物語がドラマ業界を席巻した。また、その流れを受けてバラエティでも『痛快TVスカッとジャパン』(フジテレビ系)が誕生し、現在も続いている。当時から6年が過ぎたが、「悪を完膚なきまでに叩き潰す」というコンセプトは、事件、不祥事、失言、不倫などのニュースに厳罰を求める人が多い現在のほうが、むしろ視聴者感情に合っているのかもしれない。

 そのほか、高坂の知られざる過去や半沢のかかわり方も気になるが、スカッと痛快なクライマックスは確実視されているだけに、新年から「今年もがんばろう」という気持ちにさせられるのではないか。

「半沢イヤー」に懸けるTBSの意気込み

 2013年の前作では、伊與田英徳プロデューサーが今や引っ張りだこの吉田鋼太郎、滝藤賢一、手塚とおるを起用したほか、片岡愛之助、石丸幹二、笑福亭鶴瓶、壇蜜など、各界の人気者をキャスティングして視聴者を楽しませていた。

 一方、『エピソードゼロ』の吉沢以外のキャストに目を向けると、東京セントラル証券では、半沢に憧れる新人社員・浜村瞳に今田美桜、リニューアル担当者・城崎勝也に緒形直人。スパイラルでは、社長・瀬名洋介に尾上松也、高坂の上司・加納一成に井上芳雄、開発部のリーダー・若本健人に吉沢悠。加えて、高坂と過去の因縁がある謎の人物・黒木亮介に北村匠海が起用されている。

 スピンオフとは思えない豪華さであるとともに、ミュージカルの井上、歌舞伎の尾上、ダンスロックバンド・DISH//のボーカルも務める北村、さらに元劇団四季の栗原英雄、タクティカル・アーツ・ディレクターとしても活動する磯崎義知などの多彩な顔ぶれは「さすが」というほかない。

 スタッフクレジットに目を移すと、「企画協力 池井戸潤」に次ぐ2番目に「監修 福澤克雄」と書かれている。福澤は、まくしたてるようなセリフ回しや顔面アップを多用した迫力あるカメラワークなど、『半沢直樹』の世界観をつくったチーフ監督。今作の演出は松木彩が務めるが、福澤が目を光らせている限り、その世界観にブレはないだろう。

「正月早々の『エピソードゼロ』放送」という奇策に驚かされたが、番組ホームページを見ると、年末の段階から早くも、LINEスタンプ、紅白饅頭、幸運お守り風マスコット、ポチ袋、名刺ふせん、アクリルキーホルダー、インクパッドなどの番組グッズが販売されていた。

「半沢直樹イヤー」に懸けるTBSの意気込みは本物。『エピソードゼロ』は7年間のブランクを埋めるべく、平成の前作と令和の続編をつなぐ重要な作品となりそうだ。来たる4月のフィーバーを踏まえると、見ておいて損はないだろう。

(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)

●木村隆志(きむら・たかし)
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』(フジテレビ系)、『TBSレビュー』(TBS系)などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。

夫婦は産後から15年に及ぶ長いセックスレスをどう解消したか

正解のないWEBマガジン~wezzyより】

向き合います。更年期世代の生と性

 夫婦は産後から15年に及ぶ長いセックスレスをどう解消したか

 次女を出産後、夫と15年近くセックスレスだった舞子さん(49歳、仮名)。セックスレスが原因で夫と定期的に大きな喧嘩を繰り返すようになり、「セックスしてもOK」のサインだと誤解されないためにちょっとしたボディタッチでさえ避け、ついには目を合わすこともできなくなってしまう。

 「自分でもこのままじゃだめだとはわかっていた」――セックスレスだった15年は舞子さんにとって悩み苦しんだ辛い日々だったという。けれど、あることをきっかけに夫婦はセックスについて真剣に話し合い、再び肉体関係を持つことができるようになった。その過程をうかがっていく。