生きた仕組みこそ、現場と経営の大動脈に

ビジネス誌『プレジデント』元編集長、現在はプレジデント社の社長・長坂嘉昭さんとの対談により、大企業のトップを長年にわたり眺め続けている彼の目からも、「今、現場社員に焦点を当てる」ことの重要性を確認したCDC・武藤新二。では、アカデミックな視点からは、どのような見解を伺うことができるでしょうか。武藤が続いて訪ねたのは、早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授の入山章栄さん。

長坂社長との対談記事は、こちら

トップは現場で「知の探索」を。
「仕組み」づくりの好手・悪手


武藤:三菱総合研究所でメーカーや政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、博士号を取得し10年以上にわたり経営学の研究を行っている入山先生。今、元気のいい企業に共通点はありますか?

入山:うまくいっている企業のトップは、必ずといっていいほど現場を歩いていますね。ボトムアップが大切であることはもちろんですが、結局トップの意思があるからこそボトムアップが実現する。トップが現場を知った上で、社員が生き生きと働ける仕組みをつくり、情報を吸い上げられる体制を築いています。経営学ではイノベーションは「既存の知と別の既存の知の新しい組み合わせ」で生まれるとされていますが、人間の認知力には限界があるため、トップは「知の探索」、つまり意識的に遠くのものと出合う努力が非常に重要。そして、彼らにとっての“遠く”とは、海外や異業種だけでなく「現場」も含まれているのです。

早稲田大学ビジネススクール・入山章栄教授(写真右)と電通・クリエーティブディレクター・武藤新二(同右)
早稲田大学ビジネススクール・入山章栄教授(写真右)と電通・クリエーティブディレクター・武藤新二(同左)

武藤:電通の「カンパニーデザイン」プロジェクトでも、現場社員のための仕組み部分を「アクティビティー」と呼び、クリエーターならではの視点でプランニングしようと考えています。入山さんがご覧になってきた企業では、具体的にはどのような仕組みづくりがされていましたか?

入山:例えばオフィス空間を歩き回りやすくデザインする、トップが若手とLINEでつながる。失敗の報告に対しインセンティブを設定するなどさまざまです。あえて労働組合と仲良くし社員の不満に向き合うというような方法をとる企業もありました。海外でいえばファーウェイが素晴らしいですね。あの会社は世界170カ国以上の企業とコラボレーションしていますが、その現場で得たものを社内の財産にするため「シェア」に対する評価制度があります。結果、社員一人一人が、知識やスキルを抱え込まず、シェアすることが当然という企業文化が完成しています。

武藤:とても興味深いですね。逆に悪い仕組みの例はありますか?

入山:変えられない、絶対に守らなければならないマニュアルを作ってしまうパターンですね。現場の状況は刻一刻と変わるので、マニュアルも常に改変されていくべきなのですが、現場社員というのはマニュアル信仰になりがち。「マニュアルは現場の意見で変えられる」という前提をつくらないと、社員たちは責任を負わないことを優先する働き方をしてしまいます。

早稲田大学ビジネススクール・入山章栄教授

組織の個性は右脳で見つかる?
「両利きの企業経営」とは

武藤:「企業のオリジナリティー」を見つけ出すことも「カンパニーデザイン」の大きなテーマです。われわれがそれを行う上で、どんなことを大事にすべきでしょうか?

入山:組織が一丸となって歩んでいくためには「この会社って何なんだっけ?」という部分、つまりオリジナリティーが必要不可欠ですよね。人間は腹落ちしないと前に進めないんですよ。だからグローバル企業はトップがとにかくビジョンを伝え続けるのですが、日本企業の場合はそのさらに手前の「この会社は何なのか」を一言で言えないことが多い。

武藤:われわれが第三者の視点から見ることで、会社の価値を発見し、言語化するなど、そこでお力になれるのではないかと考えています。

入山:特に広告業界のクリエーターさんが持つ右脳的な直感力は、経営者に求められていると思います。ビジネス領域が多岐にわたる企業だと、左脳でロジカルに分析・整理していくだけでは「細かいことは置いといて丸っと一言で言うと、結局この会社は何?」という問いの答えが出てこないんですよ。最近、戦略コンサルティングファームがデザインファームを買収するケースが増えているのは、まさにその問題に突き当たった結果です。

武藤:入山先生が重要視されている「両利きの経営」につながるお話ですね。

「両利き経営」の図
「両利き経営」の図

入山:そうですね。最新の神経科学では左脳と右脳、つまり論理思考と直感はお互い補完し合っているという説が有力になっています。論理思考ができる人は直感も発達し、直感が発達すると論理思考が発達する。企業も同様に、論理思考力と直感力を併せ持つことで好循環サイクルに入れるはずなんです。日本企業に不足しがちな右脳的な部分を電通さんがサポートすることは、組織の活性化において大きな可能性を感じます。ので、楽しみにしています。

早稲田大学ビジネススクール・入山章栄教授(写真左)と電通・クリエーティブディレクター・武藤新二

本対談を通して得られた知見

生きた仕組みづくりの極意とは?

プレジデントの長坂社長、早稲田の入山教授の取材を経て、本格的な活動をスタートさせたカンパニーデザインチーム。「カンパニーデザイン」という考え方が世に浸透し、多くの会社で導入されていくことを目指し、実践と学びを加速させていきます。

カンパニーデザインチームの新連載「なぜか元気な会社のヒミツ」は、こちら。興味を持っていただいた方は、プロジェクトサイトも併せて、どうぞ。

AbemaTV×電通、社長対談。ネットが切り開く新しいテレビの形

“無料で楽しめるインターネットテレビ局”として成長を続けるAbemaTVに電通が出資を行ってから1年。両社のさらなる連携強化を目指して、10月3日、東京・汐留の電通ホールでイベント「Dentsu AbemaTV Day」を開催しました。

同イベント内で行われた、AbemaTVの藤田晋社長と電通の山本敏博社長によるトークセッションの模様をお届けします。

<目次>
テレビの新しい時代を切り開いていくのは何か?
「受け身視聴」をつくってこその広告。そこにAbemaTVの勝機がある
「新しいテレビ」的な価値を高めるハイブリッド化とは?
サイバーエージェントと電通、お互いをどう見ている!?

 

電通 山本敏博社長、AbemaTV 藤田晋社長
電通 山本社長、AbemaTV 藤田社長

テレビの新しい時代を切り開いていくのは何か?

―電通がAbemaTVに出資した経緯を教えてください。

山本:「日本のテレビの未来はどこにあるのか?」というのが、ずっと私の関心事です。日本のテレビの持つポテンシャルの高さは、世界でも類を見ない素晴らしいものです。ただ、正直に言うとこのままではダメだとも思っていまして、テレビの新しい時代を切り開いていくためにはやはりインターネットとの融合が不可欠だと常々感じています。ですから、テレビがネットの方向に向かっていく取り組みについては、そのどれも全て、電通も一緒に挑戦をしたい。「うちも入れてよ!」と言っています。当然、2016年にAbemaTVのサービスが始まるときにも同じ側に立ちたいと思って、テレビ朝日さんに「一緒にやりたい」と声を掛けさせてもらったのですが、その時は「サイバーエージェントの藤田さんが、ちょっと待ってほしいと言っている」という(笑)。

それから2年後の2018年に、藤田さんと一緒にご飯を食べる機会がありまして、AbemaTVが何をしようとしているのか、直接聞くことができました。その時やっぱり藤田さんの肌感覚みたいなものにすっかり感じ入って、「ネットによってテレビが新たな未来を切り開いていく現場で、同じ方向を向いて一緒にやりたい」と改めて強く思い、「電通も入れてくださいよ」と申し出たところ、その翌日にはもう藤田さんから電話がかかってきて。テレビ朝日とも話は済んでいるということで、非常に具体的な条件のお話をされて。お願いした翌日にですよ。「こういうところだな!」と思いましたね。

藤田:最初にちょっと待っていただいたのには理由がありまして、サービス開始当時、「ネットテレビをつくる」というベンチャーはAbemaTV以外にもたくさんありました。そのうちの一つとして出資を受けるのでは、物足りない。つまり、本気で「これは放っておけない」と思っていただいてから受けたかったんです。そこでテレビ朝日と相談して、「まず、どれだけわれわれが本気かということを感じてもらえるところまでは、自力で頑張りましょう」と決めました。

その後、電通の出資を受けることになったきっかけは、昨年私がチェアマンを務めるプロ麻雀リーグ、「Mリーグ」に電通が参戦してくれたことです。もう本当にうれしくなっちゃったんですが(笑)、そのタイミングで、ちょうど山本社長と食事をすることになりましたので、今度はすぐに出資をお願いした次第です。

電通山本社長
電通 山本社長

「受け身視聴」をつくってこその広告。そこにAbemaTVの勝機がある

―ネットの動画配信サービスが急速に増えていますが、AbemaTVの勝機はどこにあると考えていますか。

藤田:大きくは二つあって、「リニア」であることと、「無料」であることはAbemaTVの他にはない大きな強みだと思っています。

リニアである理由はいくつかありますが、一番の理由は「受け身視聴」をつくりたかったんです。私自身が広告会社をやってきて感じていたのは、ネット上でユーザーが目的を持ってクリックしていくもの、つまり能動的に見るコンテンツは、広告と相性があまり良くないということでした。やはり「受け身視聴」をつくってこその広告である、ということです。しかも、多くの人に見てもらわなければ広告にならない。

「ブランド広告はインターネットにシフトする」と以前から言われていますが、僕の体感値ではまだそれほどシフトしていません。出す場所がないんですよ。ネットでたくさんの視聴者を得ているメディアの多くがCGM(ユーザー投稿型メディア)なので、要は広告主のブランド力や好感度を上げるような出しどころというのが本当に少ない。そんな中で、ちゃんとクオリティーを管理できて、安心できるスペースをつくりたかったんです。

山本:ちょっといいでしょうか。皆さん、私は藤田さんと食事をしたときにこの話を聞いて、本当に衝撃を受けましたよ。あのサイバーエージェントの藤田晋がですよ、「広告、特にブランド広告は、やっぱりリニアで、受け身視聴でなくては効果がない」と言うんですから。あ、ごめんなさいね(笑)。

藤田:いやいや(笑)。それで、先ほど山本社長がおっしゃった日本のテレビのポテンシャルについては、僕も全く同じように考えています。だけど、今ある動画配信サービスは大半がオンデマンドで、実質的にテレビをリプレースできているものはありません。つまり、テレビのメインコンテンツである「ニュース番組」や「スポーツ中継」の流し場所というものがネット上にない。「テレビが出せるものが、ネットでは出せていない」という状況がまず頭にあったんです。

今では、「緊急ニュースがあればAbemaTVを開く」というのが、ある程度ネットユーザーに浸透してきました。スポーツでも、大相撲や格闘技などをAbemaTVで視聴する人は増えている。また、将棋に麻雀など、非常に放送時間が長い中継コンテンツを流すのに適しているのも強みですね。加えて、テレビではなかなか見られないフェンシングやフットサルなどのマイナースポーツからも大変な期待を寄せていただいています。

山本:AbemaTVをやって3年たつと、サイバーエージェントの藤田社長がこういうことを言うようになるんですよ。毎日自分たちであれだけのチャンネルを編成してやっているからですよね。つまり、「テレビ的なもの」に対して恐ろしく造詣が深くなっているんです。こんな話を聞かされてしまったら、放っておけない、絶対にそこに一緒にいないといけない(笑)。「一人では行かせないぞ!」という気持ちが大きかったですね。

藤田:ありがとうございます(笑)。次に、「無料」であることの強みについて。他社の動画配信サービスの多くは、いわゆる有料のサブスクリプションモデルなので、「同時にたくさんの人に見せる」ということが苦手です。その点、AbemaTVはリニアかつ無料ということで、大人数の同時視聴に強いんですね。

例を挙げると、アニメコンテンツ。開局以来行ってきたアニメ第1話の世界最速無料配信は、ついに200作品を超えました。アニメの「最速放送日」は、従来は東京ローカル局が一番多かったのですが、2019年の1月クールではAbemaTVが最多となりました。これは、テレビに代わって「全国区でより多くの人が視聴できる無料の場所」として、AbemaTVに期待が集まっている結果だと感じます。

この「リニア」であることと、「無料」であることが、従来の広告メディアとしてのテレビの特徴ですが、AbemaTVならではの特徴でもあります。

AbemaTV藤田社長
AbemaTV 藤田社長

「新しいテレビ」的な価値を高めるハイブリッド化とは?

―AbemaTVは進化している過程にあると思いますが、どのような方向性を目指しているのでしょうか。

藤田:現在、非常に力を入れているのは、「リニアとオンデマンドのハイブリッド化」です。というのも、自分自身がそうなんですが、AbemaTVを使い慣れれば使い慣れるほど、タイムシフトで見たかったり、追っかけ再生で見たかったりと、オンデマンド的な使い方が増えるのは避けられません。

それに合わせて、UIも大きく変えていこうとしています。AbemaTVの従来のUIは、見ている番組を横にスワイプしていくことでチャンネルを変えるというものですが、やはり見ているときが手持ち無沙汰になりがちなので、そこはYouTubeのように「次に見るもの」を探せるUIに変えようと。

そうなると、オンデマンド視聴に対しては課金サービスにしていくか、もしくはオンデマンドでも無料で出すものについてはなんらかの広告を導入すべきだと考えています。でも、これは地上波を見ていて感じる課題なのですが、オンデマンドやタイムシフト視聴では、どうしてもユーザーに広告を飛ばされてしまうんですよね。それでは収益機会がなくなってしまうので、そんな課題に対応できる新しい広告商品の適切な開発の仕方というのを、電通と一緒に取り組んでいきたいです。

ネットの歴史を見てみると、大きくなったサービスというのは、GoogleにせよFacebookにせよYouTubeにせよ、最初は何もマネタイズのことを考えていません。とにかくたくさんの人を集め、それがある日、決定的にスケールできる広告商品を生み出している。Googleであれば検索結果にリスティング広告を入れたり、Facebookならインフィード広告とリタゲを組み合わせたものだったり、YouTubeならTrueViewだったり。なので、AbemaTVもまずは多くのユーザーを集め、広告効果の高いスケールできるものを開発していきたいです。

そのためにはまず、メディアとしてユーザーに“視聴習慣”をつくってもらう必要がありますが、それには長い年月が必要だというのは改めて感じていますので、腰を据えてやっていきます。

山本:ありがとうございます。新しい広告商品の開発といった面でも、一緒に取り組んでいけたらと考えています。テレビ×ネットでいうと、地上波・ネット同時配信についてはどうお考えですか?

藤田:報道などでミスリードがあるなと思っているんですが、本当に価値があるのは、実は「同時配信」という部分ではないんですよ。同時配信をして、それを追っかけ再生もできて、かつ全ての番組がタイムシフトで見られるということを実現してこそ、テレビ的な価値をさらに高めた新しい体験になる。ユーザーにとってより便利なものとして、テレビを“再発明”していかなきゃいけないと思っています。そのためのハイブリッドです。

サイバーエージェントと電通、お互いをどう見ている!?

―お二人は、社長としてお互いの会社をどのように見ていますか?

山本:今日は「AbemaTVの藤田社長」にお越しいただきましたので、まずAbemaTVについて。最初にお話しした通り、電通も新しいテレビの可能性を一緒に切り開いていきたい、そのことが誰にとってもいいことであると考えています。

一方で、競合する広告会社としての「サイバーエージェントの藤田社長」が持つ若さと、革新さと、破天荒さは電通にとっては脅威です。しかし、そういう存在がいてくださることで、やり方は違うかもしれないけど、この人たちよりも革新性のあること、新しいこと、若いことを毎日やっていかなくてはならないのだと思えるので、とてもいい刺激になっています。ちょっと負け惜しみもありますけど(笑)。

「テレビ×ネット」という新しい舞台に対して、AbemaTVという新しい可能性のあるメディアに共に協力して取り組みつつ、その舞台ができたあかつきには、広告会社としてのサイバーエージェントと、堂々と戦えればいいなと思っています。

藤田:私にとって電通は、数少ない「こんな会社にしたい」と目標にしている会社です。社員が自由に働いているのに、結束が非常に強い。そんな会社を、優秀な人材をたくさん集めながらつくれるというのは、本当に参考にしたい部分です。

私は昔、アメーバブログの頃からメディア事業に傾倒していったのですが、その当時に電通のある方から食事に誘われ、「広告代理店、電通にできないの?」と言われたことがあります。「企業カルチャーがあるので、難しい」とお断りしたところ、「よし、じゃあこの話は終わりだ、今日は飲もう!」と(笑)。はっきりと、回りくどくなく言ってくれるところは、本当に電通の良さだなと思います。そういう、個人的に好きな会社でもあるんです。

広告会社サイバーエージェントとしては競合かもしれませんが、今後も電通とはさらなる連携を深め、「日本のテレビ」の持つポテンシャルをAbemaTVを通じて引き出していけたらと思っています。

山本:本日はありがとうございました!

電通 山本敏博社長、AbemaTV 藤田晋社長
電通ホール

自由に動いてビジョンでつながる「ティール組織」によるアイヌ文化の新価値発掘

2019年10月、新宿のビームス ジャパンで、北海道阿寒湖温泉の若手アイヌ工芸家と日本各地の手仕事を紹介し続けているセレクトショップBEAMSのレーベル<fennica(フェニカ )>のコラボ商品が発売されました。本連載第1回では、「地産外商」や「観光地から交流地への変革」というビジネスモデルや、持続的にプロジェクトを進めるためのモチベーション・ビルディングについて紹介しました。

第2回では、私たちが出合ったアイヌ文化が現代社会に提起する、「未来へのヒント」ともいうべき価値と、その価値への気付きを社会の需要に結び付け、コラボレーション商品の開発に至った「自由意思で動くチーム=ティール組織」について組織論的視点で考察します。

「アイヌ文化」という異文化との遭遇

「アイヌ」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。私は以前、土産物店でアイヌ文様らしきものを見かけたことがありましたが、「個性的だな」という印象にとどまり、その後は全く接点がなく、深く知ることはありませんでした。

今回、阿寒湖の地域活性プロジェクトをスタートするに当たって思い出したのが文様のこと。アイヌの方々と話していくうちに、木彫りなどに施される個性的な文様には魔よけの意味があり、着物に刺繍する際には、着る人・使う人を思って刺繍するなど、アイヌ民族・文化に独特な特徴があり、これは魅力的なコンテンツになることを確信しました。

一方で、当初は個性が強い文様ゆえにアイヌ工芸をふだんの暮らしに取り入れるのは難しいかもしれないという直感も働いていました。われわれは「地産外商」という目標を掲げ、旅の思い出にアイヌ工芸品を買うという"土産品”で終わることなく、例えば「イイな」と思って買ったらアイヌ工芸だったというような普遍的価値のある商品の開発を目指しており、「古き良きアイヌ」にはとどまらない、どこか新しい見せ方で、ターゲットとなる地域外の人々との接点をつくりたいと考えました。

伝統的なアイヌ文様があしらわれた着物
伝統的なアイヌ文様があしらわれた着物

現代人のバイブル?! SDGsの先を行くアイヌ民族

彼らとの接点が濃くなるうちに印象的だったのが、アイヌ民族の自然と共生する姿勢。すべての動物、植物、ひいては道具にまでカムイ(神)が宿るという教えがあります。獲物として捕らえた母熊と一緒にいる子熊は、殺すことなく大きくなるまで育てていた習慣があったり、衣料やカゴなど織物の素材になる植物を採る際には「いただく」と言ったり、「感謝の気持ちを持つように」「採る際には根こそぎ採らないように」と生命を絶やすことのないよう、語り継がれています。

また日本国内で後継者不足により消滅していく手工芸品も多い中で、アイヌの人たちの手仕事が暮らしの中で自然と代々受け継がれているケースを耳にしました。「おばあちゃんに刺繍を習った」「おばちゃんと一緒に材料を採りに行った」というように。自然やモノを大事にすることを生まれながらに知っている民族なのです。これはSDGsの先を行っている、と感じました。

このようにアイヌ社会での考え方や暮らし方には、現代人が失ってしまったものを取り戻し、強く生きていくための未来へのヒントがあるのではないかと感じ、「現代人のバイブル」的存在に捉え方が変わりました。

工芸品の素材となる「ツルウメモドキ」を採集
工芸品の素材となる「ツルウメモドキ」を採集

「阿寒湖で生きる」がブランドストーリーの核

初めて阿寒湖温泉を訪問したのは、アイヌ新法の成立に先立つこと2年近く。2017年初秋でした。豊かな大自然を味わいながら現地を散策するとともに、道内屈指のアイヌコタン(村・集落)にある幾つかの土産店や工房を訪ね、コラボレーションの可能性を探りました。同じように見えていた商品群の中でも「これは」と心に触れる作品に幾つか出合い、幸いにもその制作者の方々から参画の承諾を得られ、木彫り、刺繍、織物、彫金の技術を持った若手の作家たちが集まりました。

工房内でカフェを営む彫金作家
工房内でカフェを営む彫金作家

出会った初日から、作品の味わいだけではなく、魅力あふれる人間性、また阿寒湖という森と湖に囲まれた風土が阿寒湖アイヌ民族の個性を下支えしている様子がうかがわれ、確固たるブランドに昇華していくだろうとの予感を抱きました。阿寒湖温泉ではアイヌ舞踊のシアターを構えたり、民族衣装で観光船のガイドをするなど他地域に先駆けて文化発信に取り組んできた特徴があり、伝統を守るだけではない「開かれたアイヌ」というポジションも生かせると考えました。

こうした気付きから、開発していく商品とともに作家のライフスタイルや人物像をブランドの核にしたいと考えるようになりました。作家の内面にまで迫りたいと、アイヌコタン出身、アイヌ文化の中で育ったライターの方に参画いただき、作家自身をフィーチャーしたウェブサイト「kar pe kuru ~創り手の街 阿寒湖温泉」を商品発表の半年前から公開して下地をつくり、発売時、作家のプロフィールと作品をひも付けて詳細に紹介するなど、ブランドの核を固めていきました。

自由に動いてビジョンでつながる「ティール組織」が生んだ想像以上の成功

今回、電通が得意とするブランディングやプロモーションの領域を超えた事業のプロデュースが可能となったのは、自由なチーミングが鍵だったと考えます。今回のメンバーは数年前たまたま席を並べていて、現在はそれぞれが異なる部署で異なるミッションに当たっていた3人のチームでした。われわれには営業・ストラテジックプランニング・出版・コンテンツ・人事・経営企画の経験があり、さまざまな職能を持ち合わせたチームです。プロジェクト後半には電通北海道のメンバーも加わり、共にプロジェクトを進めています。

経営の世界では次世代型の組織モデル「ティール組織」が話題ですが、われわれも事前の役割を規定せず、専門性の異なる一人一人が主体的に職能を発揮しつつ、プロジェクトが有機的に進んでいきました。常に本質的な問題と向き合い、異なる視点から多角的に課題を発見。時には領域侵犯しながら考えをぶつけ合いソリューションを生み出していくことで、各人のスキルアップも実現しました。

SDGsでは企業や自治体の活動が頻繁に紹介されますが、そこにアイヌ民族が受け継いできた暮らし方に着目し「われわれに未来のヒントをくれるバイブル的存在」と捉えてみるなど、これまで見いだされていないソリューションのポイントをつくり出すためには、このような自由意思に基づく幅広い視野と動き方が肝要だったと考えます。

また、ゼロからのスタートで規定演技は通用せず、東京と阿寒湖という物理的な距離や、アイヌ民族とセレクトショップという業態の縁遠さを埋めていくチャレンジングな取り組みという点でもフレキシブルな発想が必要でした。

上意下達ではない自主運営のティール組織においては、プロジェクトが目指すべき方向性・ゴールといった「ビジョン」がメンバーの自由な動き方を規定する唯一のルールといえるでしょう。ビジョンを共有し、変化に自由であること。それらは活動しながら、さらに皆で発展させていくのが望ましい形です。

本プロジェクトにおけるティール組織が生んだ効果

さまざまなプレーヤーとのフレキシブルな体制にもビジョンが重要

阿寒湖温泉で活動する若手アイヌ工芸作家と、日本各地の手仕事を市場に紹介し続けているセレクトショップBEAMSのレーベル<fennica>(ディレクターはロンドン在住)。本来巡り合うことのなかった両者を結び付けましたが、社内のメンバーに加えて阿寒湖温泉の観光協会、釧路信用金庫、現地コーディネーター、アイヌ民族のライターの方々とのフレキシブルな連携がそれを可能にしました。そこにもビジョンの存在が重要であったことは間違いありません。

阿寒湖訪問初日にfennicaディレクターの北村恵子氏は語りました。「日本の手仕事は各地で消滅の危機を迎えています。今なら、後継者がいなくても、そばで見ていた人がいたり、かつては触ったことがある人がいたり、ギリギリ間に合うタイミング。技術は途絶えてしまったらそこで終わりですから。素晴らしい技術は守らなくては、今やらなくては、という使命感のようなものがわれわれにはあります」。

実際に仙台の伝統工芸品であるこけしをアップデートして「インディゴこけし」としてよみがえらせ、コレクターの女性「こけ女」が発売前に行列する「こけしブーム」を仕掛けた方です。説得力がありました。こうした思想はfennicaの元々の活動ビジョンにあるものですが、結果としてわれわれのモチベーションへとつながり、プロジェクトのビジョンに組み入れられてチームの全員が意識するようになりました。

自由意思でチームを動かすためのコンセプトワード開発のすすめ

ティール組織の運営において効力があったのは「ことば」です。立ち上げ当初から、プロジェクトのビジョンや世界観をコンセプトワードにまとめ意図的に使用してきました。ゼロからの立ち上げという点を逆手に取り、常に高い目標設定でプロジェクトを描いていましたが、「阿寒湖Next Generation」もその一つ。作家のブランディングとして、単なる若手ではなく、もともと瀧口政満氏、藤戸竹喜氏、床ヌブリ氏をはじめ木彫作家の巨匠たちを輩出してきた阿寒湖の次世代を担う人たち、というポジションを形成し地域の資産を活かしたいという狙いでした。

当初からチーム内で使っていたプロジェクトの仮称「AKAN AINU Collection」に込めていたのは、阿寒湖のアイヌ文化らしさが感じられ、コレクション欲をそそるアイテム群をつくり、一過性ではなく永続的なブランドとして立ち上げること。そしてお土産物とは一線を画したアート性×ライフスタイルのあるイメージです。

これらのワードは、fennicaディレクターのテリー・エリス氏による“新作コレクション”発表イベントのタイトルへと引き継がれます。題して「アイヌ クラフツ 伝統と革新 -阿寒湖から-」(英題:AINU CRAFTS from Lake Akan Tradition and Innovation)。2年余の歳月の中でメンバーの思いは「ことば」で引き継がれながら進化し、やがてかたちになったのです。

イベントのキービジュアル
イベントのキービジュアル

GSOMIA延長で安倍政権が吹聴する「完全勝利」はやっぱり嘘だった! 韓国の抗議にまともに反論できず、輸出規制解除は既定路線

 やっぱり「パーフェクトゲーム」は嘘だったらしい。先日、失効直前で韓国側がGSOMIA(軍事情報包括保護協定)破棄を中止し延長した問題だが、安倍政権が流していた情報とはまったく違う実態があることが少しずつ明らかになってきた。  当初、安倍政権は「韓国側がWTOへの提訴中断...

東京パラリンピック聖火リレー ランナーは約1000人で、11月27日から 募集開始

東京2020組織委は11月22日、東京2020パラリンピック聖火リレーについての記者発表を都内で行い、リレールートやランナー募集概要を発表した。

冒頭、組織委の森喜朗会長は「パラリンピック聖火は全都道府県で採火し、最終的に東京で一つになるなど、オリンピックとはひと味違うものになる。全国各地の人々の熱い思いを開催都市に集めることで、共生社会の実現につなげたい。開会式で聖火台に火が灯る瞬間を楽しみに、今後も準備に尽力する」とあいさつした。

聖火リレー検討委員会の河合純一さんと、聖火リレー公式アンバサダーの田口亜希さんは、パラリンピック聖火リレーコンセプト「Share Your Light あなたは、きっと、誰かの光だ。」に基づいた、リレーの全体概要を説明した。
最終的な聖火は、大きく三つの“火”が集約されてできる。ひとつは、パラリンピックのルーツになった障がい者スポーツ大会が行われた、イギリスのストークマン・デビルで採火されたもの、二つ目は、競技が開催される4都県(静岡、千葉、埼玉県、東京都)以外の43道府県(700以上の市区町村)で、さまざまな手法により採火されたもの、最後は4都県で採火されリレーされたもの。
これらの火が全て東京に集められ、2020年8月21日夜間の「集火式」で一つになる。その後、都内で聖火リレーが行われ開会式(8月25日)を迎える。

発表会に参加した聖火リレー公式アンバサダーの女優・石原さとみさんは、田口さんと共に聖火ランナーの選定基準や募集計画について説明した。
聖火リレーは競技開催4都県(8月18~21日)と開催都市・東京都(22~25日)で行われる計8日間で、ランナー総数は約1000人の予定。“初めて出会う3人”が1チームになり、約200メートルを走る。
聖火ランナーに応募できるのは、2008年4月1日以前に生まれた人で、国籍・性別・障がいの有無は問わない。また、オリンピック聖火ランナーに応募した人も可能。
応募は、パラリンピック聖火リレープレゼンティングパートナーのLIXIL(募集期間:2019年11月27日~20年2月29日)と4都県(同:12月16日~2月15日)からできる。各都県への応募は、走行を希望する都県とゆかりがある人が対象だが、LIXILとの同時応募が可能。ランナーの決定は、各応募先が選考を行い組織委に候補者を推薦。組織委が決定後、20年5月以降に発表する。

石原さんは聖火ランナーについて「アスリートでなくても、沿道の応援を受けながら走れる貴重な体験は、一生の宝物になると思う。オリンピックの熱気を引き継いで、とても素晴らしい聖火リレー、大会になってほしい。ランナー以外の皆さんも、全国各地での採火アイデアを提案するなどして、一緒に盛り上げましょう」と呼び掛けた。

公式サイト:
https://tokyo2020.org/jp/news/notice/20191122-02.html

関連記事:LIXIL パラリンピック聖火リレープレゼンティングパートナー第1号に[2019.10.03]

 

安倍友の「桜を見る会」ケータリング業者に官邸・内閣府が蓮舫の調査の動きを漏えい!「内閣から『蓮舫さんが調べてる』と連絡が」

 安倍自民党による大規模な“有権者買収”の場だったことが明確になりつつある「桜を見る会」問題。一方、安倍首相や菅義偉官房長官は「長年の慣行」という言葉を強調し、またぞろ民主党批判に矛先を向けようと必死になっているが、そんななか、新たな問題が飛び出した。立憲民主党・蓮舫議員の...

思ったよりもいいヤツだった? 人工知能の実力を探る“AIグラフィック”

アートディレクションの拡張を目指す“NEWSPACE NEW PROTOTYPE OF ART DIRECTION”プロジェクト。発足以来、次々と注目のアートディレクターが実験的な試みを発表しています。第4弾の作品は、人工知能にグラフィックデザインをさせる“AI GRAPHIC DESIGN PROJECT”。

アートディレクションを手掛けたのは、普段はアナログ志向だという江波戸李生です。異色のチャレンジによって体感したAIの素顔、デザインにおける可能性を語ります。


AIさん。世間で騒がれてますけど…何ができるんですか?

最新のAIグラフィックの作品をご覧いただいた上で、記事もご覧ください!

 

──AIにデザインをさせるという発想へは、どのように行き着いたのでしょうか。

私は、大学でファッション、舞台美術、インテリアなどを学んでいました。自分も同級生も、全て手作業で作品を完成させていくことが多く、その影響かアナログ大好き人間になりました。デジタルって聞くと、距離を置いてきました…。

ですが、今回立ち上げられた“NEWSPACE”はアートディレクションの実験の場だと聞いて、普段は手を出さない領域にあえて踏み込んでみることに。「世間ではもてはやされているけど、本当にデザインができるのか!?」と、半ばケンカ腰でAIへの挑戦を決めました。

まず、僕には人工知能に関する知識がほぼなかったため、AI研究とメディアアートの制作をしている東京大大学院特任助教の山岡潤一氏とアーティストの草野絵美氏に教えを請うことに。そこで紹介されたのが「DCGAN(ディーシーギャン)」という画像版のディープラーニングAIソフトです。AIが大量の画像素材を学習し、新たな画像をつくり出す。この技術からAIにグラフィックデザインをさせてみようという発想に至りました。


約200点の画像素材から16×4500通りものビジュアルを生み出す

──AIにグラフィックデザインをさせるプロセスとは?

工程として、まずAIに学習させる画像のデータを収集する手順があります。今回の一連の作品に対しては、シンプルな色面構成のような画像を集め、200点ほどに絞ってDCGANに与えました。

最初に全ての素材を与え「あなたが考えたグラフィックデザインを見せてください」と、繰り返し結果を求めていきます。今回の実験では、4500回以上結果を出させて経過を観察しました。

1回の結果につき、16点の画像がDCGANから提示されます。膨大な結果の中から、過程が読み取れる画像を以下にピックアップしました。

AIグラフィック作品

AIも混沌から試行錯誤してオリジナリティーを絞り出す

 

AIグラフィック作品
AIグラフィック作品
AIグラフィック作品
AIグラフィック作品

──4点の作品と、AIによるデザインの特徴について教えてください。

どんな素材を与えても、初期には一番左上の画像に代表されるようなもやもやとした画像が提示されます。初めて見せられたものから何かを紡ぎ出そうとしている感じ、いろいろな情報によって頭の中をかき回されている感じが出ています。

回数を重ねるごとに形を見せ始め、構成がシンプルになったり、ベタになったりしながら、オリジナリティーを出そうと奮闘しているさまには親近感すら覚えます。途中で画面がブレークしたり、変化が止まったりと、過学習による現象も観察できました。

後半にかけては、結果が似てきます。明度のバランス、形の複雑さなどは変化しますが、徐々に方向性が固まっていきます。


人間が触れることで個性やキャラクターが芽生え、育つ

──実際にAIと向き合って得た成果、感じた将来性とは?

この実験をする上で一番意識したのは、いかにこのAIらしさを引き出すかという点です。実は、ポスターや商品パッケージなども素材としてDCGANに与えてみました。すると元の素材に近づこうとする性質が働き、まるでパクリのような画像が多出。

学習させる内容をしっかりと精査することで、オリジナリティーのあるビジュアルを導き出すことができたと思います。

実験前と今で、AIの印象は「よく名前を聞くけど、距離を置きたい偉そうなヤツ」から「結構がんばる、いいヤツ」へ変わりました。必死に何かを生み出そうとする力を感じられたし、今回の結果だけでいうなら「まだまだだな」と安堵した面もあります。

AIにゼロから学習をさせる過程は、子どもに言語を教えるようなもの。相手は育てなくちゃいけない赤ん坊のような存在で、僕らが触れることで個性やキャラクターが形成されていきます。

今回の実験結果はまだグラフィックデザインとして主張できる段階にはありませんが、人工知能ソフトは速いスピードで進化しています。同じプロセスを踏んでも日に日に精度が上がっていくはずなので、楽しみですね。AIがつくるグラフィックをアートや音楽、ファションなどの分野に転換してアウトプットすることも考えています。


研ぎ澄まされた感性で生き残るアートディレクターに

──将来AIに取って代わられる職種もあるという説ですが、アートディレクターはどうでしょうか?

自分たちの仕事がなくなるかもしれない、ターゲットへ端的に届く情報の羅列のような広告が量産されるようになるかもしれない、という危機感はどこかに持っています。

一方、新しい技術がもたらす利便性に対し、手触りや重みを感じられるものや体験の価値はなくならないとも感じています。音楽産業に例えるなら、CDが衰退してデータが進化すると同時に、アナログレコード盤の価値が高まっていくように。

広告で表現をする基礎体力があれば、どんなジャンルのアートディレクションにも対応できる。グラフィックデザインの傍らで空間やプロダクトを手がける周囲の先輩たちがそうでした。

アナログとデジタルのちょうどいいところを突く、感覚の研ぎ澄まされたプロのアートディレクターであれば、時代が進んでも適応していけるのではないでしょうか?そうなるためには人間もAIと同じで、学習とアウトプットを重ねるしかない。だからAIに親近感が湧いたのかもしれないし、まだ自分にやれることがあると思えました。

よい広告デザインをつくるために、AIに仕事をアシストしてもらう関係もありですよね。そんなワガママな夢も今回の実験から生まれ、どう発展するかは未知数ですが、AIとはこれからも付き合っていきたいと考えています。

人工知能に長けている社内外の方々とリンクをし、可能性を探っていきたいと考えています。“AI GRAPHIC DESIGN PROJECT”プロジェクトに興味を持っていただけたら、ぜひinfo@newspace.galleryまでご一報ください。

 

思ったよりもいいヤツだった? 人工知能の実力を探る“AIグラフィック”

アートディレクションの拡張を目指す“NEWSPACE NEW PROTOTYPE OF ART DIRECTION”プロジェクト。発足以来、次々と注目のアートディレクターが実験的な試みを発表しています。第4弾の作品は、人工知能にグラフィックデザインをさせる“AI GRAPHIC DESIGN PROJECT”。

アートディレクションを手掛けたのは、普段はアナログ志向だという江波戸李生です。異色のチャレンジによって体感したAIの素顔、デザインにおける可能性を語ります。


AIさん。世間で騒がれてますけど…何ができるんですか?

最新のAIグラフィックの作品をご覧いただいた上で、記事もご覧ください!

 

──AIにデザインをさせるという発想へは、どのように行き着いたのでしょうか。

私は、大学でファッション、舞台美術、インテリアなどを学んでいました。自分も同級生も、全て手作業で作品を完成させていくことが多く、その影響かアナログ大好き人間になりました。デジタルって聞くと、距離を置いてきました…。

ですが、今回立ち上げられた“NEWSPACE”はアートディレクションの実験の場だと聞いて、普段は手を出さない領域にあえて踏み込んでみることに。「世間ではもてはやされているけど、本当にデザインができるのか!?」と、半ばケンカ腰でAIへの挑戦を決めました。

まず、僕には人工知能に関する知識がほぼなかったため、AI研究とメディアアートの制作をしている東京大大学院特任助教の山岡潤一氏とアーティストの草野絵美氏に教えを請うことに。そこで紹介されたのが「DCGAN(ディーシーギャン)」という画像版のディープラーニングAIソフトです。AIが大量の画像素材を学習し、新たな画像をつくり出す。この技術からAIにグラフィックデザインをさせてみようという発想に至りました。


約200点の画像素材から16×4500通りものビジュアルを生み出す

──AIにグラフィックデザインをさせるプロセスとは?

工程として、まずAIに学習させる画像のデータを収集する手順があります。今回の一連の作品に対しては、シンプルな色面構成のような画像を集め、200点ほどに絞ってDCGANに与えました。

最初に全ての素材を与え「あなたが考えたグラフィックデザインを見せてください」と、繰り返し結果を求めていきます。今回の実験では、4500回以上結果を出させて経過を観察しました。

1回の結果につき、16点の画像がDCGANから提示されます。膨大な結果の中から、過程が読み取れる画像を以下にピックアップしました。

AIグラフィック作品

AIも混沌から試行錯誤してオリジナリティーを絞り出す

 

AIグラフィック作品
AIグラフィック作品
AIグラフィック作品
AIグラフィック作品

──4点の作品と、AIによるデザインの特徴について教えてください。

どんな素材を与えても、初期には一番左上の画像に代表されるようなもやもやとした画像が提示されます。初めて見せられたものから何かを紡ぎ出そうとしている感じ、いろいろな情報によって頭の中をかき回されている感じが出ています。

回数を重ねるごとに形を見せ始め、構成がシンプルになったり、ベタになったりしながら、オリジナリティーを出そうと奮闘しているさまには親近感すら覚えます。途中で画面がブレークしたり、変化が止まったりと、過学習による現象も観察できました。

後半にかけては、結果が似てきます。明度のバランス、形の複雑さなどは変化しますが、徐々に方向性が固まっていきます。


人間が触れることで個性やキャラクターが芽生え、育つ

──実際にAIと向き合って得た成果、感じた将来性とは?

この実験をする上で一番意識したのは、いかにこのAIらしさを引き出すかという点です。実は、ポスターや商品パッケージなども素材としてDCGANに与えてみました。すると元の素材に近づこうとする性質が働き、まるでパクリのような画像が多出。

学習させる内容をしっかりと精査することで、オリジナリティーのあるビジュアルを導き出すことができたと思います。

実験前と今で、AIの印象は「よく名前を聞くけど、距離を置きたい偉そうなヤツ」から「結構がんばる、いいヤツ」へ変わりました。必死に何かを生み出そうとする力を感じられたし、今回の結果だけでいうなら「まだまだだな」と安堵した面もあります。

AIにゼロから学習をさせる過程は、子どもに言語を教えるようなもの。相手は育てなくちゃいけない赤ん坊のような存在で、僕らが触れることで個性やキャラクターが形成されていきます。

今回の実験結果はまだグラフィックデザインとして主張できる段階にはありませんが、人工知能ソフトは速いスピードで進化しています。同じプロセスを踏んでも日に日に精度が上がっていくはずなので、楽しみですね。AIがつくるグラフィックをアートや音楽、ファションなどの分野に転換してアウトプットすることも考えています。


研ぎ澄まされた感性で生き残るアートディレクターに

──将来AIに取って代わられる職種もあるという説ですが、アートディレクターはどうでしょうか?

自分たちの仕事がなくなるかもしれない、ターゲットへ端的に届く情報の羅列のような広告が量産されるようになるかもしれない、という危機感はどこかに持っています。

一方、新しい技術がもたらす利便性に対し、手触りや重みを感じられるものや体験の価値はなくならないとも感じています。音楽産業に例えるなら、CDが衰退してデータが進化すると同時に、アナログレコード盤の価値が高まっていくように。

広告で表現をする基礎体力があれば、どんなジャンルのアートディレクションにも対応できる。グラフィックデザインの傍らで空間やプロダクトを手がける周囲の先輩たちがそうでした。

アナログとデジタルのちょうどいいところを突く、感覚の研ぎ澄まされたプロのアートディレクターであれば、時代が進んでも適応していけるのではないでしょうか?そうなるためには人間もAIと同じで、学習とアウトプットを重ねるしかない。だからAIに親近感が湧いたのかもしれないし、まだ自分にやれることがあると思えました。

よい広告デザインをつくるために、AIに仕事をアシストしてもらう関係もありですよね。そんなワガママな夢も今回の実験から生まれ、どう発展するかは未知数ですが、AIとはこれからも付き合っていきたいと考えています。

人工知能に長けている社内外の方々とリンクをし、可能性を探っていきたいと考えています。“AI GRAPHIC DESIGN PROJECT”プロジェクトに興味を持っていただけたら、ぜひinfo@newspace.galleryまでご一報ください。

 

超高度IT人材の宝庫、「AtCoder」の実態とは?

世界トップクラスのプログラマー高橋直大氏に登場いただき、高度IT人材の採用と育成について考える本連載。今回は、高橋氏が代表を務める、競技プログラミングコンテストを開催するAtCoderの実態と、今後の展望について語っていただきます。

AtCoderって何?どんな人材がいるの?

AtCoderは、本連載で紹介してきた「競技プログラミング」の大会を、オンラインで開催する日本のサービスです。

世界中から極めてレベルの高いプログラマーが集まり、毎週土曜日に約5000人の参加者が同時に、自身のプログラミング能力や、アルゴリズム構築能力を競い合っています。

さて、そんなレベルの高いAtCoderですが、参加者はどんな人たちなのでしょうか?

プログラミングのコンテストに、毎週土曜日の夜9時から参加する…というと、極めて勉強熱心で、スキルアップに情熱を注いでいるような人たちを、皆さん想像するのではないかと思います。

もちろん、そのような参加者も多くいます。ですが、実は、AtCoderのユーザの大多数は、勉強やスキルアップだけを期待して競技プログラミングに参加しているわけではありません。実は、かなりのユーザが、AtCoderを「ゲーム」だと思ってプレーしているのです。

問題が与えられ、アルゴリズムを考え、プログラムを組む、という一連の流れを、ゲームとして楽しむ。そんな人が多数存在するのがAtCoderであり、競技プログラミングの世界です。

実社会に求められる「教育性」と、モチベーションを保つ「娯楽性」の両立

AtCoderの参加者に、「AtCoderに参加している理由は何ですか?」とアンケートを取ると、以下のような結果になりました。

https://twitter.com/chokudai/status/1187208275026034688

高橋直大氏Twitterアンケート画像

やはり、アルゴリズム学習などのスキルアップを期待しているユーザは数多くいます。ですが、面白いコンテストが開催されるから、という項目にも、かなり多くの票が入っています。これは、重要な要素です。

一見しただけでは、競技プログラミングに娯楽性があるようには見えにくいかもしれません。ですが、「数学パズル的な要素」「競技性」の2点で、娯楽性を確保しています。以下、これらについて解説していきます。

まず、第一に面白いのは、「数学パズル」の要素です。情報科学の世界は数学が大量に存在し、「それらを数学的に解決していく」ことに面白さを感じる人が多くいます。この部分の面白さは、本連載の第1回でかなりしっかりと書いたつもりです。

このパズルが面白いと思えれば適性がありますし、そうでない人は、あまり競技プログラミングに向いていないかもしれません。第1回を読んで面白さを感じた方は、ぜひ競技プログラミングに挑戦してもらえればと思います。

ちなみにAtCoder社員の半数近くは、競技プログラミングの世界大会の決勝大会に進出経験があります。そしてAtCoderの問題は、コンテスト上位参加者が投稿した問題の中から、社員が厳選したものを出題しています。そのため、国内だけではなく、海外でも「AtCoderの問題の面白さは世界一だ」と評価する人が多くいるというレベルです。

次に「競技性」についてですが、コンテストという場を用意し、順位表を提供するといった、競技の場が整えられていることが、面白さを生む要因の一つとなります。

計算ドリルの問題を解くのが好き!という方は、あまり多くないと思います。しかし、そういった方でも、100マス計算競争をしてもらうと、結構楽しんでくれる人が多かったりします。

これは、100マス計算のタイムを競うという「競技性」をはっきりさせたことで、タイムを競い合う競争要素や、実力の上昇をタイムで実感できるなどのメリットが発生し、楽しく取り組めるわけです。

AtCoderでも、競い合いの面白さを感じてもらうため、さまざまな要素を用意しています。例えば、コンテストに参加するごとに、「レーティング」という実力指標が更新され、自分の実力の変化を分かりやすく見られるようにしています。また、一定レーティングごとに色を変えることにより、名前の色で、その人の実力がすぐに分かるようになっているのです。

AtCoderに参加する高校生のレーティング変化グラフ
AtCoderに取り組む高校生のレーティング変化。成長が実感しやすい

その他にも、「解いた問題数」を増やしていくことに楽しみを感じたり、Twitterなどでライバルを見つけ、勝敗を楽しんだり、世界のトッププログラマーが競い合うコンテストの提出時間を見て、その速さに興奮したり、ある種のネットゲームとしての地位を確立しているのが、競技プログラミングなのです。

とても正直に言ってしまえば、競技プログラミングは、アルゴリズムやプログラミングを学ぶ上で、最も効率が良い方法ではありません。モチベーションが十分に保てるのであれば、学習書で勉強したり、作りたいものを決めた上で、それにあった応用分野を勉強したりする方が役に立つ、という主張は、その通りだと思っています。

しかし、高いモチベーションを保ちながら、これからの社会に必要なスキルを勉強し続けられる人は、決して多くはありません。競技プログラミングは、「実社会に役に立ち、そこそこ楽しめるネットゲーム」という、二つの要素を持っているからこそ発達してきた文化です。昨今の若者が、続々と競技プログラミングを始める理由はここにあります。

AtCoder人材に熱視線を向ける企業たち

さて、そんな人材の揃うAtCoderですが、これらの人材を、各種IT企業から見るとどうなるでしょうか?

本人たちはネットゲームとして楽しんでいるAtCoderですが、企業から見れば、「毎週土曜の夜からコンテストに参加し、それ以外の日も、授業や仕事以外の時間に熱心に勉強をしている、極めて高度なIT人材」となるわけです。

実際のところ、彼らがどういうモチベーションで取り組んでいるかはともかく、能力的には他を圧倒するとんでもない能力を持った人材が大量にいます。AtCoderの上位30%ほどである「緑色」(前出の画像の800~1199点)の人材は、他社転職サイトのアルゴリズムスキルチェックだと、上位1~2%に匹敵します。

競技プログラミング参加者の高いモチベーションから生まれる高い能力が知られてきたことで、AtCoderには多くの企業が注目しています。競技プログラミングで成果を出すプログラマーを、高度IT人材として、リクルーティングしよう、という動きが活発になっているのです。

AtCoder、ユーザー、企業の関係の三角図

これまでにAtCoder上でコンテストを開いた企業は20社以上存在します。今や、競技プログラミング、およびAtCoderは、IT人材市場にとって、無視できない存在に成長してきているわけです。

リクルートやドワンゴ、サイバーエージェント、KLabなどのウェブ系企業、MUJINやCADDiなどの勢いのあるベンチャー企業などの、いわゆるIT企業はもちろんのこと、DISCOなどの製造業の企業や、ヤマト運輸などの一見ITに関係ない企業も、コンテストを開催し、人材獲得に乗り出しています。

大規模なコンテストやプログラミングのスキル検定サービスも開始

さて、AtCoderでコンテストを開催した企業は数多くありますが、実はAtCoder社では、広告費を使ったことはほとんどありません。

これまでAtCoderでコンテストを開いていた企業は、口コミやTwitterなどでAtCoderを発見した、技術系の話題に極めて敏感な企業だけでした。

つまりAtCoderの優秀な人材は、そうした企業に就職・転職していき、そうでない企業には優秀な人材が集まらない、というのが現状です。

そこで、AtCoder社は、今年4月、電通から資本提携を受け、共同で競技プログラミング事業に当たることになりました。もちろん問題やコンテストシステムはAtCoder社が100%コントロールしていますが、電通が加わることにより、これまでリーチできなかったさまざまな企業に、AtCoderの提案ができるようになりました。

日経新聞社が開催した「全国統一プログラミング王決定戦」はその一つで、決勝が行われた会場に全国各地から500人が集結する、非常ににぎやかな大会となりました。このコンテストは非常に評判が良く、すでに第2回の開催も決まっています。その後、電通ホールで開催された「第1回日本最強プログラマー学生選手権」にも同じように人が集まりました。

プログラミングのコンテストシステムが活用できるのは、実はウェブ上でコンテストを開催するときだけではありません。AtCoderのコンテストシステムの肝は、「提出されたプログラムの正誤を判定すること」です。そこで、このシステムを活用し、本年12月よりプログラミングのスキル検定サービス「アルゴリズム実技検定」を開始します。

これは言うなればTOEICのプログラミング版で、アルゴリズムを設計し、早く正確なコードを書くという実践力を問う、他に類のないサービスです。プログラミングのスキルを等級で可視化することができるので、例えば就活時のスキルレベルの判定基準に用いたり、教育に利用したり、さまざまな活用方法があります。電通と協力することで、このようなサービスが標準モデル化されることを期待しています。

超高度IT人材の宝庫、「AtCoder」の実態とは?

世界トップクラスのプログラマー高橋直大氏に登場いただき、高度IT人材の採用と育成について考える本連載。今回は、高橋氏が代表を務める、競技プログラミングコンテストを開催するAtCoderの実態と、今後の展望について語っていただきます。

AtCoderって何?どんな人材がいるの?

AtCoderは、本連載で紹介してきた「競技プログラミング」の大会を、オンラインで開催する日本のサービスです。

世界中から極めてレベルの高いプログラマーが集まり、毎週土曜日に約5000人の参加者が同時に、自身のプログラミング能力や、アルゴリズム構築能力を競い合っています。

さて、そんなレベルの高いAtCoderですが、参加者はどんな人たちなのでしょうか?

プログラミングのコンテストに、毎週土曜日の夜9時から参加する…というと、極めて勉強熱心で、スキルアップに情熱を注いでいるような人たちを、皆さん想像するのではないかと思います。

もちろん、そのような参加者も多くいます。ですが、実は、AtCoderのユーザの大多数は、勉強やスキルアップだけを期待して競技プログラミングに参加しているわけではありません。実は、かなりのユーザが、AtCoderを「ゲーム」だと思ってプレーしているのです。

問題が与えられ、アルゴリズムを考え、プログラムを組む、という一連の流れを、ゲームとして楽しむ。そんな人が多数存在するのがAtCoderであり、競技プログラミングの世界です。

実社会に求められる「教育性」と、モチベーションを保つ「娯楽性」の両立

AtCoderの参加者に、「AtCoderに参加している理由は何ですか?」とアンケートを取ると、以下のような結果になりました。

https://twitter.com/chokudai/status/1187208275026034688

高橋直大氏Twitterアンケート画像

やはり、アルゴリズム学習などのスキルアップを期待しているユーザは数多くいます。ですが、面白いコンテストが開催されるから、という項目にも、かなり多くの票が入っています。これは、重要な要素です。

一見しただけでは、競技プログラミングに娯楽性があるようには見えにくいかもしれません。ですが、「数学パズル的な要素」「競技性」の2点で、娯楽性を確保しています。以下、これらについて解説していきます。

まず、第一に面白いのは、「数学パズル」の要素です。情報科学の世界は数学が大量に存在し、「それらを数学的に解決していく」ことに面白さを感じる人が多くいます。この部分の面白さは、本連載の第1回でかなりしっかりと書いたつもりです。

このパズルが面白いと思えれば適性がありますし、そうでない人は、あまり競技プログラミングに向いていないかもしれません。第1回を読んで面白さを感じた方は、ぜひ競技プログラミングに挑戦してもらえればと思います。

ちなみにAtCoder社員の半数近くは、競技プログラミングの世界大会の決勝大会に進出経験があります。そしてAtCoderの問題は、コンテスト上位参加者が投稿した問題の中から、社員が厳選したものを出題しています。そのため、国内だけではなく、海外でも「AtCoderの問題の面白さは世界一だ」と評価する人が多くいるというレベルです。

次に「競技性」についてですが、コンテストという場を用意し、順位表を提供するといった、競技の場が整えられていることが、面白さを生む要因の一つとなります。

計算ドリルの問題を解くのが好き!という方は、あまり多くないと思います。しかし、そういった方でも、100マス計算競争をしてもらうと、結構楽しんでくれる人が多かったりします。

これは、100マス計算のタイムを競うという「競技性」をはっきりさせたことで、タイムを競い合う競争要素や、実力の上昇をタイムで実感できるなどのメリットが発生し、楽しく取り組めるわけです。

AtCoderでも、競い合いの面白さを感じてもらうため、さまざまな要素を用意しています。例えば、コンテストに参加するごとに、「レーティング」という実力指標が更新され、自分の実力の変化を分かりやすく見られるようにしています。また、一定レーティングごとに色を変えることにより、名前の色で、その人の実力がすぐに分かるようになっているのです。

AtCoderに参加する高校生のレーティング変化グラフ
AtCoderに取り組む高校生のレーティング変化。成長が実感しやすい

その他にも、「解いた問題数」を増やしていくことに楽しみを感じたり、Twitterなどでライバルを見つけ、勝敗を楽しんだり、世界のトッププログラマーが競い合うコンテストの提出時間を見て、その速さに興奮したり、ある種のネットゲームとしての地位を確立しているのが、競技プログラミングなのです。

とても正直に言ってしまえば、競技プログラミングは、アルゴリズムやプログラミングを学ぶ上で、最も効率が良い方法ではありません。モチベーションが十分に保てるのであれば、学習書で勉強したり、作りたいものを決めた上で、それにあった応用分野を勉強したりする方が役に立つ、という主張は、その通りだと思っています。

しかし、高いモチベーションを保ちながら、これからの社会に必要なスキルを勉強し続けられる人は、決して多くはありません。競技プログラミングは、「実社会に役に立ち、そこそこ楽しめるネットゲーム」という、二つの要素を持っているからこそ発達してきた文化です。昨今の若者が、続々と競技プログラミングを始める理由はここにあります。

AtCoder人材に熱視線を向ける企業たち

さて、そんな人材の揃うAtCoderですが、これらの人材を、各種IT企業から見るとどうなるでしょうか?

本人たちはネットゲームとして楽しんでいるAtCoderですが、企業から見れば、「毎週土曜の夜からコンテストに参加し、それ以外の日も、授業や仕事以外の時間に熱心に勉強をしている、極めて高度なIT人材」となるわけです。

実際のところ、彼らがどういうモチベーションで取り組んでいるかはともかく、能力的には他を圧倒するとんでもない能力を持った人材が大量にいます。AtCoderの上位30%ほどである「緑色」(前出の画像の800~1199点)の人材は、他社転職サイトのアルゴリズムスキルチェックだと、上位1~2%に匹敵します。

競技プログラミング参加者の高いモチベーションから生まれる高い能力が知られてきたことで、AtCoderには多くの企業が注目しています。競技プログラミングで成果を出すプログラマーを、高度IT人材として、リクルーティングしよう、という動きが活発になっているのです。

AtCoder、ユーザー、企業の関係の三角図

これまでにAtCoder上でコンテストを開いた企業は20社以上存在します。今や、競技プログラミング、およびAtCoderは、IT人材市場にとって、無視できない存在に成長してきているわけです。

リクルートやドワンゴ、サイバーエージェント、KLabなどのウェブ系企業、MUJINやCADDiなどの勢いのあるベンチャー企業などの、いわゆるIT企業はもちろんのこと、DISCOなどの製造業の企業や、ヤマト運輸などの一見ITに関係ない企業も、コンテストを開催し、人材獲得に乗り出しています。

大規模なコンテストやプログラミングのスキル検定サービスも開始

さて、AtCoderでコンテストを開催した企業は数多くありますが、実はAtCoder社では、広告費を使ったことはほとんどありません。

これまでAtCoderでコンテストを開いていた企業は、口コミやTwitterなどでAtCoderを発見した、技術系の話題に極めて敏感な企業だけでした。

つまりAtCoderの優秀な人材は、そうした企業に就職・転職していき、そうでない企業には優秀な人材が集まらない、というのが現状です。

そこで、AtCoder社は、今年4月、電通から資本提携を受け、共同で競技プログラミング事業に当たることになりました。もちろん問題やコンテストシステムはAtCoder社が100%コントロールしていますが、電通が加わることにより、これまでリーチできなかったさまざまな企業に、AtCoderの提案ができるようになりました。

日経新聞社が開催した「全国統一プログラミング王決定戦」はその一つで、決勝が行われた会場に全国各地から500人が集結する、非常ににぎやかな大会となりました。このコンテストは非常に評判が良く、すでに第2回の開催も決まっています。その後、電通ホールで開催された「第1回日本最強プログラマー学生選手権」にも同じように人が集まりました。

プログラミングのコンテストシステムが活用できるのは、実はウェブ上でコンテストを開催するときだけではありません。AtCoderのコンテストシステムの肝は、「提出されたプログラムの正誤を判定すること」です。そこで、このシステムを活用し、本年12月よりプログラミングのスキル検定サービス「アルゴリズム実技検定」を開始します。

これは言うなればTOEICのプログラミング版で、アルゴリズムを設計し、早く正確なコードを書くという実践力を問う、他に類のないサービスです。プログラミングのスキルを等級で可視化することができるので、例えば就活時のスキルレベルの判定基準に用いたり、教育に利用したり、さまざまな活用方法があります。電通と協力することで、このようなサービスが標準モデル化されることを期待しています。