JRA金鯱賞、デアリングタクトが取りこぼす?キセキの復活は?“絶対買いの人気薄穴馬”

 今週末の日本中央競馬会(JRA)は、全国の競馬ファンが注目する金鯱賞(G2)が行われる。その目玉は昨年、無敗で牝馬三冠を達成したデアリングタクト、そして復活を期して出走する菊花賞馬キセキだろう。

 金鯱賞といえば、往年の競馬ファンは1998年の優勝馬サイレンススズカを思い出す人も多いだろう。ディープインパクトと並ぶサンデーサイレンス産駒最高傑作の一頭。後続を寄せ付けない驚異的なスピードで6連勝を達成、金鯱賞では1分57秒8というレコードタイムで、2着に1秒8もの大差をつける圧勝。そして最後の勝利となった毎日王冠(G2)では、のちのジャパンカップ優勝馬エルコンドルパサーや、有馬記念と宝塚記念3勝のグラスワンダーなどを一蹴。その強さに主戦の武豊騎手も惚れ込んでいた。JRA史に残る逃げ馬であり、最強馬の一角。20年以上が過ぎても、その雄姿は多くの競馬ファンの脳裏に刻まれている。

 そんなサイレンススズカに代表される、JRA史に残る名馬を数多くターフに送り込んできたのが、関西馬が拠点とする栗東トレーニングセンター(トレセン)だ。JRAは関東の美浦トレセンと関西の栗東トレセンに分かれている。この栗東トレセンは武豊、川田将雅、福永祐一、クリストフ・ルメールといったトップジョッキーが所属し、調教師もコントレイルの矢作芳人、オルフェーヴルの池江泰寿など三冠馬を育てた名伯楽がズラリ。そしてここ数年もクロノジェネシス、リスグラシュー、デアリングタクトなどの名馬をターフに送り込んできた。

 また関西馬は、競馬ファンにも馬券という形で大きな恩恵を与えてきたといえるだろう。なぜなら、

「関西馬を買えば当たる」

と言われるほど、関西馬の活躍が顕著なのだ。たとえば、2月28日の中山競馬場。中山は関東馬が多く出走するコースで、輸送時間の観点からも関東馬有利ともいえる。しかし、関西馬が出走した中山9R、10Rでは関西馬が勝利し、メインの中山記念(G2)は5番人気の関西馬が好走して2着。この日、関西馬が出走したのは6R、9R、10R、11Rだが、数少ない出走でも2勝、2着3回と、すべてのレースで馬券に絡んでいる。

 一方で同じ日に行われた阪神競馬場では、すべてのレースで関西馬が勝利。関東馬の出走は15頭もいたが3着が1頭のみで、重賞レースの阪急杯(G3)は出走馬16頭中15頭が関西馬で上位独占。中山に遠征した関西馬の成績と比較しても、その差は歴然となっているのである。

 そんな関西馬の情報を正確に把握することができれば、より馬券の勝率も回収率も上がることは間違いないだろう。しかし、関東を拠点とするスポーツ紙や競馬専門紙、テレビやインターネット関連の競馬サイトは、関西の競馬関係者と親密な関係になく、重要な情報を入手する手段がない。また、関西を拠点とする競馬マスコミも、数千頭の関西馬をすべてカバーできるだけの人材がなく、結果として重要な勝負情報を見落としがちなのである。

 だが、そんな状況でも、マスコミも入手できない“本物の関西馬情報”を入手する方法がある。それは、関西馬情報のプロである「チェックメイト」を利用することだ。

 このチェックメイトは、関西で活動していた元競馬関係者(元騎手・元調教師・元厩務員・その他馬主関係者など)たちが所属し、その人脈と信頼関係から、マスコミでは入手できない“本物の関西馬情報”を唯一、入手できるプロ集団だ。実際に栗東トレセンの目と鼻の先に位置し、365日競馬関係者と接し、ありとあらゆる情報を把握しているという。

 その関西馬情報の威力は、すさまじいの一言だ。昨年のフィリーズレビュー(G2)では、12番人気の激走関西馬情報で3連単・11万9820円、クイーンステークス(G3)でも3連単・15万3700円と、重賞で高額万馬券を的中。

 さらに今年も3月7日の阪神10Rうずしおステークス(3勝クラス)にて3連単・9万660円、3連複・1万8800円、2月28日の中山10Rブラッドストーンステークス(3勝クラス)で3連複・4万5940円、馬連・1万1800円のダブル万馬券を的中。ほかにも、2月27日の阪神で3連単・3万7010円、1月30日の東京でも3連単・5万8270円など万馬券を連発している。

 そんなチェックメイトが的中に向けて絶対的な自信を有しているのが、今週末行われる金鯱賞や、春のG1レースだ。特に今年の金鯱賞はデアリングタクト、キセキ、ペルシアンナイト、ブラヴァス、ポタジェ、サンレイポケットなどの関西馬が出走予定。そのメンバーから注目度は非常に高いが、デアリングタクトは次走のG1レースに向けた叩き台の一戦という話もあり、ここで取りこぼしてもなんらおかしくはない。

 それだけに、関西馬情報のプロであるチェックメイトが入手した内部情報は非常に興味深い。彼らがなぜこれほどまでに的中に自信を見せているのか、自信の根拠について以下のように語る。

「関西馬が絶対的に強い金鯱賞は現在、関西馬が5連勝中です。今年もデアリングタクトを筆頭に注目馬が数多く出走を予定していますが、狙いはマスコミノーマークの人気薄関西馬。このレースは過去5年がすべて万馬券で決着しているように、さまざまな関係者の思惑があり、人気同士で収まるレースではありません。関西馬の複雑な事情も多く絡んでいるのです。

 たとえば2018年は、関西の池江厩舎がサイトノダイヤモンド、サトノノブレスの2頭を出走させましたが、“絶対に買い”だったのは、9頭立て8番人気で激走して2着に入ったサトノノブレスでした。我々は同馬の勝負話を独占入手してファンの皆様に提供、結果は3連単・2万4410円の万馬券的中となりました。

 このような『人気薄関西馬』が毎年のように馬券に絡んでおり、今年の金鯱賞も2018年で万券的中を仕留めた時と同じく“絶対に買い”の関西馬を把握済みです。この穴馬が激走すれば、3連単は万馬券決着が濃厚。さらに、あの実力馬が取りこぼすようなことがあれば、5万馬券を超えるような高配当も期待できます。ぜひご注目ください」

 この話を聞けば、多くの競馬ファンの興奮度が急上昇するのは間違いない。それほどの魅力が、チェックメイトの情報、そしてこの金鯱賞に詰まっているのだ。

 さらに驚くべきことに、今回初めてチェックメイトを利用する方を対象に、【金鯱賞・3連単勝負買い目情報】を無料で提供する特別企画を実施するとのこと。スポーツ紙や競馬専門紙では知ることができない、“本物の関西馬情報”を入手する絶好のチャンスだ。今週末はこの機会を逃さず利用し、金鯱賞で感動の的中を体験しよう。

(文=編集部)

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※本稿はPR記事です。

ニチイ学館のTOB、株主が価格の不当性を東京地裁に申し立て…大手コンサルの動きが注目

 介護大手のニチイ学館が2020年8月に実施した経営陣や創業家によるMBO(経営陣が参加する買収)に伴うTOB(株式公開買い付け)をめぐり、少数株主だった香港の投資会社「リム・アドバイザーズ・リミテッド」が今年1月初旬、買い付けプロセスが公正ではなく、買い付け価格も不当に低いとして、東京地方裁判所に申し立てを行ったことが5日、わかった。

 このTOBには著名な投資ファンド、大手弁護士事務所、4大監査法人系コンサルティング会社、メガバンク3行、大手証券会社といった、日本の名だたるプレーヤーが関与しており、東京地裁の判断次第では、日本の市場全体の透明性や公正さが問われ、世界に恥をさらすことになるかもしれない。

 公正さや透明性について最初の疑念は、このTOBをめぐっては、社外取締役が設立した会社が株式を買い付けている点だ。社外取締役の独立性や利益相反について問題視する声が専門家からは出ている。

 続いての疑念は、少数株主への配慮・保護などを求める経済産業省が定めた「公正なM&Aの在り方に関する指針」に反している可能性のある点だ。同指針では、対抗買収者の提案機会の確保や買収者と利害関係のない少数株主からの支持などを求めているが、ニチイ学館側はそうしたことに対応しなかった。

 ことの発端は、ニチイ学館の創業者である寺田明彦氏が19年9月に死去したことに始まる。「同社の株を保有する親族が相続対策と同時に、継続して会社の支配権の維持を求めたために考え付いたMBOではないか」などと朝日新聞が報じている。要は、一部の創業家はTOBに応じて株を安く売ることで相続税を低く抑えると同時に相続税支払いの原資を得て、TOB成立後にも再び経営権を持つことを画策したという見方だ。

ベインキャピタル

 このTOBを主導したのが、米投資ファンド、ベインキャピタルの日本代表を務める杉本勇次氏だとされる。ベインキャピタルが出資して株式の受け皿となる会社を設立、そこに国内3大メガバンクなどから協力を得て1000億円近い買い取り資金を借り入れたスキームだ。

 杉本氏はニチイ学館の社外取締役を兼任している。自身が関係する会社がMBOで主導的な役割を果たすこと自体が、社外取締役の独立性や利益相反の観点から問題があると批判されても仕方ないのではないか。

 前述した経産省の指針は、経営陣がMBOを行う場合、不当に安い価格で株を買い取り、少数株主をないがしろにするリスクがあるため、経産省・産業組織課が07年にできた旧指針を改定して少数株主の保護を明確に謳ったものだ。これは、少数株主を重視する国際的な流れに対応するものだ。

 本来、独立性の高い社外取締役であれば少数株主の権利を代弁する立場にあるはずだが、杉本氏の場合は逆にその責務を果たすどころか、少数株主を怒らせたことで、東京地裁への申し立てにつながったと見られる。

 そして、指針の改定作業に協力したのが、大手法律事務所の森・濱田松本法律事務所。しかし、今回のニチイ学館の少数株主の権利をないがしろにしたとされるMBOに関してベイン側に協力したのも、同事務所だといわれる。ローファームとしての見識が問われるのではないか。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー

 ニチイ学館に5%未満を出資して少数株主の一角を占めていたリム・アドバイザーズが特に問題視していると見られるのが、1株当たり1670円という買い付け価格だ。同社は合理的かつ公正な価格として2400円を主張していた。

 価格の決定についてニチイ学館は20年5月8日、公正性を担保するためだとして、第三者算定機関及びファイナンシャルアドバイザーとしてデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(DTFA)を選んだ、と発表。DTFAの助言を受けて当初は買い取り価格を1500円に設定した。その後、買い取り価格を1670円に引き上げ、TOBの終了日も20年8月3日から同17日にまで延長してTOBを成立させた。

 しかし、同社が第三者として本当に公正な価格を算定したのかとの証言が出始めている。これが3つ目の疑念だ。DTFA関係者がこう語る。

「(ファイナンシャルアドバイザーの契約を結ぶ直前の)3月にグループ会社も含めて全社員向けに、ニチイ学館系の家事代行サービス会社『サニーメイドサービス』から特別優待として無料でサービスが受けることができるとの連絡が来た。あとでニチイ学館と契約したことを知って、こんな無料サービスで利益供与を受けていては第三者としての中立性が保持できるのか疑問を感じた」

 ある大手コンサルティング会社の役員は「これが事実だとしたら、許される行為ではない。信じられない話だ」と指摘する。DTFAといえば、4大監査法人系のデロイト トーマツ合同会社のグループ企業だ。同社は監査や企業統治(ガバナンス)対応のプロ集団といっても過言ではなく、日本の有名大企業をクライアントに抱えて信用もある――。そう思いたいところだが、コンサルティング業界では「中央官庁の一部では出入り禁止状態になっている」(別のコンサルティング会社中堅幹部)といった声も漏れてきて驚くばかりだ。

 その中堅幹部によると、同じグループ企業のデロイト トーマツ コンサルティング合同会社(DTC)は防衛省などに出入り禁止になっているという。その理由は18年9月にグループを束ねるデロイト トーマツが、アジア地域統括会社のデロイト アジア パシフィック(AP)の支配下に置かれるようになり、APの主要幹部に中国共産党幹部の女性がいたからだ。このため、防衛省は将来戦闘機の開発に関する調査研究についてDTCと交わしていた契約を停止したという。防衛省は中国への情報漏洩を恐れて出禁にしたのだろう。

「19年春に日本のデロイトとAPとの関係の話が各省庁の事務次官を集めた会議で話題になり、当時の菅義偉官房長官からデロイトには注意するようにとの指示が出た」(中堅官僚)とのことで、情報が一気に広がり、政府調達からデロイトを締め出す動きにつながった。

 この問題については日本経済新聞が19年6月21日付朝刊の一面で報じた。防衛省から他省庁にも「飛び火」したため、DTCは「川原均経営会議議長が、APの女性は全人代(国会)所属ではなく中国人民政治協商会議の所属だから大丈夫です、と必死に火消しに回っていましたが、それが逆に失笑を買い、信用をさらに落とした」(前出、中堅官僚)。同会議は「統一戦線」であり共産主義を対外的に広める活動などをしている。現在の同会議主席の汪洋・元副首相は党内序列4位だ。全人代所属ではないから大丈夫という理屈が通るはずもない。

 さらに、「業界でDTCが問題視されているのは、現在進行中の損害賠償請求訴訟が影響しているようだ」と語るのは、ある経済ジャーナリストだ。「DTCで防衛省などを担当していた担当役員がAPの支配下に置かれた後に、こんな体制では機密情報の管理に責任が持てないと言って他社に転職し、それに大勢の部下が付いて行って退職したのですが、これをもってDTCはその役員に対して『引き抜きの代償を払え』と迫って東京地裁に民事訴訟を起こしているといいます」。

 コンサルティング業界では引き抜きは珍しくなく、転職も当たり前なのに、その訴訟はまるで腹いせのように見えるため、DTCの対応が法曹界でも話題になっているのだ。

「引き抜き調査などの対応にかかった経費を算出し、その支払いの証明としてネットバンキングからダウンロードしたエクセルのような出金明細の資料を法廷に証拠として提出していますが、簡単に偽造できるような代物です。普通は銀行がこの出金明細に間違いはないといった一筆を添えるのでしょうが、それさえありません」(関係者)

コンサルティング会社にない、監督官庁と「業法」

 こうしたDTCの動きは、中央官庁や大企業間でさらに悪い評判となって広がり、取引を敬遠する組織も出ている。このため、「デロイト トーマツの業績は、数年前に比べて伸び率が鈍化し、予算計画を達成できない時もある。単価の安いシステム開発に手を出し何とかしのいでいる状態であり、グループCEOの永田高士氏の経営責任を問う声が社内の一部から出始めた」とDTCの幹部は説明する。

 これに焦ったのか、永田氏自らがトップセールスに動き、「頼ったのが当時首相だった安倍晋三氏の信頼が厚い経産省出身の今井尚哉秘書官だった」(前出・幹部)という。コロナ禍対応の持続化給付金の事務委託先として、電通などを母体とする一般社団法人「サービスデザイン推進協議会」をめぐって選定の経緯が不透明だと批判が上がった問題を受け、20年9月から二次補正予算の委託事務先が変更になった。新たな事務委託先として指名競争入札で落札したのがDTFAで、その背後に今井氏がいたというのだ。

「サービスデザイン推進協議会が選ばれる際、DTFAとのコンペになり、価格はDTFAのほうが安かったのになぜか漏れた。その理由は、防衛省の問題もあって要注意企業との認識があったからだろう」と大手紙記者は見る。

 このため、新たな事務委託先の選定では指名競争入札に加えてもらうように永田氏が渋る今井氏にしつこく迫ったという。その時期が安倍政権末期だったため、どさくさに付け込んで押し切った形だ。落札後、永田氏は「俺が今井秘書官を動かして落札したと社内外で吹聴しまくっている」(同)そうだ。こうした機微な情報が漏れてくるのは、「かつてに比べ業績は悪いのに永田CEOは自身の報酬を3倍近くに引き上げた」(同)ことが内部で不評をかっているからだろう。

 こうしたことがまかり通るのは、公的な仕事をするコンサルティング会社に監督官庁と「業法」がないからだ。監査法人は金融庁が担当だが、監査法人系でもコンサルティング部門が別会社になっていれば、金融庁は「うちの担当ではない」と言って、見て見ぬふりをする。

 いわば野放し状態でガバナンスに緩いコンサルティング会社も加担することでニチイ学館のMBOの公正さはゆがめられ、少数株主の利益がないがしろにされたのかもしれない。

 ちなみに本件についてリム・アドバイザーズとニチイ学館に見解を問い合わせたところ、リム・アドバイザーズは「回答できない」と返答。ニチイ学館からは「現時点において、少数株主が東京地裁に申し立てを行ったとの情報を当社が把握している事実はございません」との回答が寄せられた。

 また、事実確認のためDTFAの大代表電話番号に問い合わせたところ、同社HP上の問い合わせフォームより申し入れをするよう案内されたため、同フォームより質問内容を送信したが、現時点(2021年3月10日18時)で回答は得られていない。

(文=編集部)

 

かもめの玉子「さいとう製菓」、震災で本社壊滅、完全復活を遂げた10年の苦闘

 さいとう製菓(本社:岩手県大船渡市)は東日本大震災で巨額の損害を抱えましたが、地域の復興一番を目指し、約40日後には営業再開を果たしました。とはいえ、物流がすべてストップしてしまったために、売り上げは前年比の3分の1からのスタートとなりました。

 そんな同社に、またしても試練が訪れました。陸海空の物流が止まっている以上、資材も人も確保できません。修理の目途も絶たない店舗の社員に、一時解雇や休職を申し入れることになったのです。

「苦渋の選択どころではありません。社員の復帰なくして当社の復興はありません。ただでさえ、余震が続くたびに恐怖が蘇ってくるのです。そんな時に休業を申し渡される社員の心中を思うと、我が身を切る思いでした。あんなに辛いことは二度と経験したくありません。そのためにも、震災前よりも『絶対に飛躍する』と心の中で堅く誓いました」(齊藤会長)

 こうした場合、世間では時間経過とともに、解雇になるケースが圧倒的です。しかし、同社は他県に転居などした社員を除いて、再雇用希望者を全員呼び戻しました。これは、齊藤会長のチリ地震のどん底から這い上がった壮絶な経験を踏まえてのことでした。

 流れが変わったのが4月29日からです。急ピッチで復旧工事を進めていた東北新幹線が待望の再開を果たしたのです。大船渡にも、日本全国から大勢のボランティアの方が訪れました。

「当社にも各地から『かもめの玉子』の通販の申し出をいただき、通販売り上げは、それまでの2倍となる約1億6000万円の実績を挙げることができました。人の温かさ、真心や絆を再認識し、改めてご支援をいただいたお客様、通販の拡大にご尽力をいただいた方、ボランティアにお越しくださった皆様に、衷心から御礼を申し上げます」(同)

 そんな復興需要も、2年後に終わりが来ました。

「復興特需は、いつまでも続くはずはないと思っていました。ただ、時間が経てば、売り上げは回復すると予測していた通り、2014年から経営が軌道に乗り、ようやく次のステップを描くことができるようになりました」(同)

 その一つが「かもめテラス」です(記事冒頭の写真)。2017年に「かもめの玉子」の工場のある高台に本社機能を移すと同時に、耐震も万全な床面積1400坪の総本店「かもめテラス」のオープンを果たすことができたのです。ここではお菓子の製造工程の見学、お菓子教室、飲食など、“見て、参加して、つくって、食べて楽しむ”体験型のスペースを設けました。

 齊藤会長のことを数奇な運命だと言う人もいます。

「お菓子は人に安心を与え、幸せにするといいながら、お菓子をつくっている自分の人生は何だろう? と思った時期も確かにありました。でも、かもめテラスには震災後に生まれた子供たちも大勢お越しいただいています。子供たちの笑い声や弾む声を聞いていると、夢や希望も見いだすことのできなかった少年時代やチリ地震後の苦労も吹き飛びます。間違いなく、お菓子は私を幸せにしてくれたと心の底から思っています」(同)

次なるステージへ

 2度の震災から見事に蘇った齊藤会長は、コロナ禍で中小企業や飲食店、観光・サービス関係など多くの方が沈痛な思いで毎日を過ごしていることを、どう見ているのでしょう。

「震災からの復活は目標・目的が明確です。再建を目標に努力し、取り組めば成熟していつか花開くという信念・勇気が湧いてきます。今、挫けそうな方も大勢いらっしゃると思いますが、必ず達成することができますとお伝えしたい。一方、新型コロナウイルスは科学と医薬によって撲滅が可能です。ですから、いたずらに心配したり、不安がってはいないのです。会社は組織ですから、自分一人だけが良ければいいわけではありません。まずは自分一人で、次にチームで、最後に全社でやれることを悔いが残らないようにやる。そして自分と仲間を信じることに尽きると思います。長いトンネルの先に希望の光が輝くと信じて自分を鼓舞することが大切なのではないでしょうか」(同)

 実は齊藤会長は、経営が安定し「かもめテラス」の再建構想が動き出した2015年7月に、長男である俊満氏に社長の座を譲りました。

「お取引先、社員を大切に思い、信頼を裏切らない正直な商いを心掛けていきます。また、予期せぬトラブルなども起こると思いますが、変化の大きさにかかわらず、一つひとつしっかりと丁寧に向き合い、取り組んで参ります。当社の良さを継承しながらも、発想の転換を意識して行くことが大切だと思っています」(俊満社長)

 昨年から続くコロナ禍への対応について、俊満社長はこう言います。

「まず、販売強化を喫緊の課題として、新たな道筋づくりを進めていきたいと思っています。その一つが、看板商品である『かもめの玉子』の新商品開発です。一番の特徴である立体的な卵の形を大事にしながら、お客様の声、社員のアイディアを取り入れて、いままでのイメージを全く覆すような『かもめの玉子』を展開していきたいと思っています。また、数字をカバーするために鍵を握っているのは、社内全体の体制の再構築だと捉え、大規模な人事異動を実施し、会社全体に活力を与え、新たな基盤づくりに励んでいます。今後、さいとう製菓全体として、先を見据えた取り組みを進めていきます」

 震災からようやく10年、まだ10年です。さらにコロナ禍で元気をなくしている方も被災地はじめ全国には大勢いらっしゃいます。大船渡発“希望の味”は、今日も、そしてこれからも人々に笑顔と安らぎを与えていくことでしょう。

(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)

【企業データ】

本社:岩手県大船渡市赤崎町字宮野5-1

お客様窓口:0120-311-740

かもめテラス:岩手県大船渡市大船渡町字茶屋前7-31

定休日:元旦のみ

HP:https://www.saitoseika.co.jp/

資本金:5000万円

●鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表

出版社勤務後、出産を機に専業主婦に。10年間のブランク後、保険会社のカスタマーサービス職員になるも、両足のケガを機に退職。保険業界紙の記者に転職。その後、保険ジャーナリスト・ファイナンシャルプランナーとして独立。両親の遠距離介護をきっかけに(社)介護相続コンシェルジュ協会を設立。企業の従業員の生活や人生にかかるセミナーや相談業務を担当。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌などでも活躍。

JRA新人騎手たちのマネー事情! 誘惑多く金銭感覚も狂う?若干18歳が1日で稼いだ驚きの金額とは?

 3月を迎え、新年度がスタートしたJRA。依然として先行きが見えないコロナ禍にも負けず、今年も例年通り、新人騎手たちがデビューを果たした。

 競馬学校を卒業して、栄えある「メイクデビュー」を経験した8人の若者たちは、同時に社会人デビューも果たしたことになる。

 2016年にデビューした藤田菜七子騎手以来、5年ぶりに誕生した女性騎手として話題の古川奈穂騎手は20歳。続く19歳の角田大和騎手のほか6名は18歳と、一般人でいえば、まだ何も知らない「社会人デビュー」したばかりの若者たちと同世代でもある。

 ところが、そこは特別過ぎる「騎手」という職業を選んだ若者たち。競馬学校を卒業して、社会人デビューを果たした彼らは初めて「仕事」をして、給料を貰ったことになる。今回はそんな視点で、新人騎手たちのデビューを振り返ってみたい。

 まずは騎手が手にする給料についておさらいしよう。

 JRAのレースは通常、5着以内に入ればレース毎に設定された賞金が貰える仕組みになっている。そのうち馬主には80%、調教師には約10%、残りの約10%を厩務員と騎手で分配するのが一般的だ。つまり騎手の取り分は、1〜5着までの賞金に対して約5%が懐に入る計算になる。

 そのほか、JRAが公式に発表している資料では、騎乗手当としてG1は64,500円、他重賞は44,500円、その他のレースでは27,500円が支払われる(障害戦は別金額)。また1回の騎乗につき16,000円の騎手奨励手当も交付されるなど、未勝利だったルーキーも無事に「初任給」を手にすることができた。

 たとえばデビュー2日間で9鞍に騎乗した古川騎手。未勝利戦など平場のレースの騎乗手当と騎手奨励手当あわせて43,500円×9鞍で総額391,500円をゲット。さらに4着1回を経験していることから、4着賞金77万円の5%にあたる38,500円も手に入れ、合計43万円もの「初任給」を得たことになる。

 デビュー2日間は未勝利ながら、3着1回の成績を残した角田騎手の場合、父・角田晃一調教師のサポートもあったのか、新人最多の13鞍に騎乗。3着に入った7日の阪神6レース(3歳1勝クラス)の3着賞金は180万円で、その5%の9万円をゲット。さらに13鞍の騎乗手当は合計565,500円で、賞金と合わせると655,500円也。もはや一般企業に務める同世代のボーナス程度の給料を、わずか2日で手にしてしまった。

 8人のなかで最も稼いだのは、若干18歳の小沢大仁騎手だ。

 デビュー戦となった6日の阪神1レースで、JRA史上47人目となる初騎乗初勝利を達成した。さらに同日の最終レースも、所属する松永昌博厩舎のドスハーツに騎乗して勝利。デビュー当日に2勝を挙げて、福永祐一、松山弘平らに次ぐ史上4人目の快挙をやってのけた。

 当然ながら、当日ゲットした「給料」もスゴかった。勝利した1レース(未勝利戦)の1着賞金は510万円、最終レース(4歳以上2勝クラス)は同1,100万円で、それぞれ5%で計算すると、255,000円と55万円に。さらに当日の2レースでも3着に入線した小沢騎手は、3着賞金130万円の5%にあたる65,000円もゲット。結果、2勝、3着1回で、賞金だけで1日87万円の「荒稼ぎ」を達成してしまった。

 最終的に、2日間で8鞍に騎乗した小沢騎手は、賞金のほかにも騎乗手当などで別途348,000円が支払われ、デビュー2日間だけで合計120万円以上の大金を手にした。

 ほかにも、所属厩舎から支払われる給料や、調教に乗った際に支払われる手当なども収入となるのが騎手という職業。もちろん税金などの関係で、記した金額そのままを手にすることは考えづらいが、同世代の一般人と比較して、明らかに破格の収入であることは間違いない。

「若干18歳の若者が、2日間で120万円以上稼ぐ……」という現実をみると、ジョッキーとは高収入で、夢のある職業といえるだろう。

 同時に、競馬界を激震させている持続化給付金の不正受給を例に挙げるまでもなく、当然ながらこうした大金を狙って、世間知らずの若者に「うまい話」を持ちかける輩もいることも予想される。

 競馬学校を卒業したばかりの若者が「こんな大金を手にしたら危険がいっぱい……」と、心配もしたくなるのが競馬ファンだ。

 いずれにせよ、20歳前後の若者たちにとって、みたこともない大金を手にする機会は、今後は益々増えていくはず。持続化給付金の不正受給に代表されるような、カネに汚い大人にならないようなジョッキー人生を歩んで欲しいと、切に願う。

アスリートブレーンズ為末大の「緩急自在」vol.11

為末大さんに「いま、気になっていること」について、フリーに語っていただく連載インタビューコラム。唯一、設定したテーマは「自律とは何か、寛容さとは何か」。謎の「聞き手」からのムチャ振りに為末さんが、あれこれ「気になること」を語ってくれます。さてさて。今回は、どんな話が飛び出すことやら……。乞う、ご期待。

インタビューに応える為末さん

──「さびしさとは、何か?」というテーマの今回のインタビューも、いよいよ最終回です。前回、あらゆる人間関係においてさびしさを克服するには「信頼感」が大事、というところに話が及びました。さびしいから他人と関わる、さびしいから仕事をしてしまう、では基本的な解決になってませんものね?

為末:そうですね。ここで大事なのは、信頼関係を築くにためには時間がかかる、ということなんです。外交の首脳会議なんかでよく見られる光景ですが、お互いの国の事情を背負って会談に臨む人たちは、ともすればズブズブの関係になって「落とし所」を探りがたる。でも、それでは本当の信頼関係は築けないと思うんですよね。

──握手をして、終わり。みたいな。

為末:そうです。僕は「好敵手」みたいな関係が、いい信頼関係を生むんじゃないかと思っています。やるなあ、コイツ。みたいなことです。こちらが出したパスをちゃんと受け止めて、そのパスにこちらが予想した以上のものを返してきたときに、相手に対するリスペクトというか、真の信頼感が生まれると思うんですよ。いま、会社でも家庭でも、あるいは社会でも、なんとなく「さびしさ」が蔓延しているような気がするのですが、その本質は「心から相手を信じられる感覚」が薄まっているから、のように思います。

──分かります、分かります。世の中では「暗黙知」というワードが、最近、よく取りざたされるようになりました。つまり、個人が抱えている仕事上のメソッドを、できるかぎりデータ化して、みんなで共有しましょう。あうんの呼吸で仕事をするのはやめましょう、ということです。一見、さびしさから解放されるような感じがするのですが、なんだかそこに僕は違和感を覚えるんですよね。

為末:よく分かります。

インタビューに応える為末さん

為末:経営者のジレンマとして「会社を存続させるためには一人のタレントに依存してはいけない」ということがある。一方で、そのノウハウをデータ化してみんなで共有してしまった瞬間、ようするに「その仕事をやるのは、つまるところ誰でもいいんじゃん」ということになる。

──難しいさじ加減ですよね?

為末:そう。なので、すべてをデータ化して、データをもとに他人と会話するということには、僕は懐疑的です。暗黙知と言われると「それくらい、言われなくても分かるだろう?空気を察しろ」みたいなイメージがあると思うんですけど、僕は、こう考えています。つまり、「無意識に聞こえてくる情報にも、とてつもない価値があるのだ」と。カクテルパーティー効果、みたいなワードがありますが大勢がワイワイしている中で、自分にとって必要な情報がふと耳に入ってくる。これって、ネットで検索する、みたいなことからは体験できないことだと思うんです。

──ああ、それは会社員にとっても、かつての醍醐味だった。先輩と夜に酒を飲んでいて、ふとした瞬間に聞いた話とか、いまも心に残っています。

為末:でしょ。聞くつもりもないのに、耳に飛び込んできた話。そういうのが、
心に深く刺さるんです。 

──さあ、これからフィードバック面談をやるぞー、とか言われても心に響きませんものね。心に響かないものだから、どんどんみな「さびしく」なっていく

為末:僕は思うのですが、人と人とが信頼関係を築く上でもっとも大切なことは
「素直になること」ではないかと。具体的に言うなら「嫌いなことを、早めに表明しておけ」ということです。一瞬、相手に「コイツ、嫌な奴だな」と思われてもいい。「嫌な奴だけど、嫌いじゃない」みたいな感情が芽生えたときに、真の
信頼関係が築けるのではないでしょうか。

──世の中の経営者の悩みも、きっとそこにあるんでしょうね。

為末:そうだと思います。経営や人事に関して「感情的にえこひいきすること」は絶対に避けるべきだと思うのですが、「自分はこうしたいんだ」という意志なり基準なりをはっきりと示した上でのえこひいきは 、僕はアリだと思いますね。

──「さびしさ」というテーマから始まって、最後はリーダー論、経営論にまで話が広がってしまいました。今回も、ありがとうございました。

為末:こちらこそ。新たな発見があって、楽しかったです。

(聞き手:ウェブ電通報編集部)


アスリートブレーンズ プロデュースチーム白石より

アフターコロナ時代や働き方改革の中で問われる、信頼関係のつくり方。僕自身も試行錯誤する領域です。「効率」と「効果」が同時に求められる昨今、皆さまも多かれ少なかれ、苦心されているテーマではないでしょうか? 今回のコラムにはその解決に資する論点や切り口が多く内包されていたように感じます。そのひとつが、一面的ではない、表面的ではない、「素直さ」。言葉で言うほど簡単ではないですが、これを機にこのアスリートブレーンズでも強く意識をし、推進していきたいと思います。

アスリートブレーンズプロデュースチーム 電通/日比昭道(3CRP)・白石幸平(事業共創局)

為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。
アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら

アスリートブレーンズロゴ

東電・福島原発、震災後も“防潮堤なし”で数千人が作業、地震計故障のまま放置

 2月13日、福島県沖を震源とするマグニチュード7.3、最大震度6強の地震が発生した。東日本大震災・東京電力福島第1原発事故の発生から間もなく10年の節目に至ろうとする時期で、福島県民のみならず日本中の人の頭の中に“福島第1原発の安否”がよぎったことだろう。地震発生当初、「異常はない」と発表していた東電だったが、数日を経てその杜撰なあり方が浮き彫りになった。

原発建屋の地震計を故障のまま1年間放置

 梶山弘志経済産業相は24日、閣議後記者会見で「原子炉建屋への地震の影響を丁寧に把握することは重要であり、早急に復旧すべきだったと考えておりまして、誠に遺憾」と東電に不快感を示した(以下、経産省の動画参照)

 梶山経産相が不快感を示しているのは、東電が福島第1原発3号機の地震計2台が故障したまま放置していたことに対してだ。地震計の故障は2月22日の原子力規制委員会で初めて明るみに出た。その席上、東電は故障を知りながら修理や交換対応をしていなかったことがわかったのだ。

 会見によると、東電は20年3月、原発建屋の状況把握のために比較的に線量の低かった3号機に無線型の簡易地震計2台を設置した。しかし、そのうち1台は同年7月の大雨で水没して故障、もう1台は同年10月ごろ計測値にノイズが入るようになった。その後、原因究明に時間がかかり、今月13日の地震時には稼働していなかったのだという。

 2011年3月の原発事故時の水蒸気爆発で、原子炉建屋の一部は半壊した。除染作業が進み、同原発敷地内でも防護服・全面マスク着用でなくても活動できる場所が増えてはいるが、原子炉建屋やタービン建屋周辺が高線量区域であることに変わりはない。そんな状況下で原子炉建屋を直撃する地震の規模と構内設備に対する影響の相関を知り、防災対策を考える上で、地震計が収集するデータは重要だ。廃炉作業は今後数十年続く予定で、その間に新たな巨大地震の到来も否定できないからだ。

 2013年ごろから東電の下請けとして廃炉作業に携わる作業員男性(38)は次のように語る。

「とにかく第1原発構内の対地震・津波対策は震災被災地の中で最も遅れていると思いますよ。地震計の件もさもありなんです。東電さんとしては、『本当に東日本大震災クラスの巨大地震が来たら、地震計どころじゃないからどうでもいい』という意識の表れなんだと思いますよ。国も東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まったころから、事故後の第1原発の防災力対策より、とにかく廃炉計画を進めることに腐心してきましたからね。例えば、防潮堤の件とかが一番わかりやすい例でしょう」

原発の防潮堤建設に見る「廃炉計画優先」「人命軽視」の風潮

 前出の作業員男性が指摘する「防潮堤」とは、昨年9月25日に完成した海抜11メートルのL型擁壁のことだ。1~4号機の周囲に設置されたもので、2017年に政府の地震調査委員会が「北海道の太平洋沖にある千島海溝沿いで巨大地震が切迫している」と評価したことを受けての対応だった。

 東電の発表資料によると、防潮堤建設の目的は以下の通りだ。

「切迫性が高いとされている千島海溝地震に伴う津波に対して、建屋流入に伴う滞留水の増加を防ぐこと、並びに重要設備の津波被害を軽減することにより、福島第一原子力発電所における廃炉作業が遅延するリスクを緩和すること」

 東電は地震調査委の予測をもとに、原発に襲来する津波の高さを10.3メートルと試算し、高さ11メートルの擁壁で建屋を囲った。ところが内閣府の有識者会議は20年4月、「東北地方の太平洋沖に位置する日本海溝沿いの巨大地震で最大15.3メートルの津波が原発に到達する可能性がある」と新たな試算を出した。東電は23年度までに最大16メートルの防潮堤を建設する計画を発表するなど、イタチごっこの様相を呈し始めている。

 事故当時から福島第1原発の保守作業に関わっている東電協力企業社員(58)は語る。

「プレスリリースの防潮堤の設置目的をよく読んでほしいのですが、どこにも『現場の人命を守るため』とは書いていませんよね。なにより9年間、ここの防潮堤が満足に検討されていなかったということを改めて多くの人に考えてほしいです。

 震災被災地の気仙沼市や石巻市などで防潮堤建設が問題になっていましたよね。それらが話題になっていた当時、ここには仮設防潮堤しかありませんでした(下写真)。常時、数千人が海の間際で仕事をしているのにかかわらず、です。

 地震調査委を含む政府の専門家委員会は2011年直後、震災クラスの大津波が再度襲来する可能性は低いという見解を示していました。しかし誰もゼロとは言っていませんでした。福島県沖や三陸沖で震災の余震活動と見られる中規模地震はこの10年弱続いています。現場には『次に震災クラスの津波が来たら、ここで働いている俺らは全員助からないな』とあきらめていますよ。

 我々作業員や従業員は、地震発生と津波警報が発令されれば高台に避難することになっています。しかし、遠隔モニタリングで災害の直撃を受けた原子炉の状況を把握するのには限度があります。最終的に線量的に行けるところまで行って、人が目視するしかありません」

福島第1原発では震災の津波で運転員2人が亡くなった

 原発事故が発生する直前、前出の協力企業社員が指摘しているような痛ましい事例が起こっていたことはあまり知られていない。

 震災に伴う津波により、4号機のタービン建屋で東電福島第1原発第1運転管理部の運転員小久保和彦さん(24)、寺島祥希さん(21)の2人が亡くなった。政府の福島原子力事故調査報告書や当時の東電の会見資料によると、2人は2011年3月11日、地震発生直後に運転員控室へ避難。同日午後2時47分、3号機タービン補機冷却系の冷却水タンクの水位低下警報があり、その直後、中央制御室からの指示を受けてタービン建屋に調査に向かい、津波の襲来とともに行方不明となった。

 2人の遺体が見つかったのは同年3月30日。タービン建屋の汚染水を抜く作業をしていた東電社員が発見した。原子力規制委や東電などによると午後3時ごろ、原発構内の各所に設置された拡声器などから、津波襲来に関する警告が流れていたが、2人はすでにタービン建屋地下に向かった後で、運転員用のPHSも通じなかったのではないかと見られている。

 東電の福島第1原発事故公式サイトの「再び大きな地震・津波がきた場合の対策」には以下のような記載がある。

「今回の地震(編集部注:東日本大震災)によって、原子炉建屋およびタービン建屋や耐震安全上重要な機能を有する主要な機器・配管に大きな損傷はありませんでした。実際の地震観測記録をもとに、原子炉建屋およびタービン建屋、耐震安全上重要な機能を有する主要な機器・配管がどの程度の影響を受けたかを解析した結果、評価基準値よりも十分な余裕を有していたことを確認しています」

 設備の健全性を誇るのに余念がないようだ。福島第1原発もまた震災の津波で被災し、死者が出た場所であるという事実は、どこかに忘れられてしまったのだろうか。原発事故の再発は日本という国にとって二度とあってはならない。災害への設備の健全性と保つのと同時に、現場で働く人々の命にももっと目を向けてほしいものだ。

(文=菅谷仁/編集部)

 

苦難の連続…かもめの玉子「さいとう製菓」、極貧の餅店から世界的菓子メーカーへの軌跡

「名物に旨いものなし」と揶揄されるものも多いなかで、岩手県大船渡市に本社を構えるさいとう製菓のメイン商品である「かもめの玉子」は、1990年から3年連続でヨーロッパの国際食品コンクール「モンドセレクション」で金メダルを受賞しています。

 岩手から東北の銘菓として販路を拡大していた同社ですが、東日本大震災で本社、工場1棟、直営店5店舗が壊滅状態になり、3億1000万円の損失を出してしまいます。しかし、同社の齊藤俊明会長(当時社長)は「津波の被害を免れた『かもめの玉子』の生産工場のメンテナンスを早急に行って、大船渡のなかで一番の復活を目指す」を合い言葉に、準備を進めていました。

 ところが、予想もしない大ピンチに立たされます。被害を受けたのは、人や家屋だけではありません。農作物や家畜も大きな犠牲を受けました。「かもめの玉子」は、練乳の入った黄味餡をカステラに包み、ホワイトチョコでコーティングしていますが、これらはすべて自社製造です。カステラをつくる上で欠かせない卵がこれまでの量を確保できなくなってしまったのです。津波の二次被害で鶏のエサ不足が発生したのが原因でした。

 同社は創業以来、材料にも厳選されたものだけを使用しているからこそ、素材のおいしさが互いに引き出され、しっとり、ほくほくとした、どんな飲み物にもマッチする上品な甘さのお菓子が完成するのです。卵にしても、衛生や品質管理が徹底した養鶏場から、毎日、産みたてのものを届けてもらっていました。新鮮な卵の旨みは格別です。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

 社員も誇りを持って仕事に取り組んでいるため、「非常事態だから、この際、入手できる卵であれば何でもいい」という妥協を許すはずはありません。

“おいしさの復活”こそ、震災復興の第一歩となります。何か一つでも妥協すれば、味の再現はできません。妥協はお客様への裏切りとなります。震災直後は、ガソリンの確保も道路の整備も十分とはいえない状況で、他地区からの調達も望めない絶望的な状況に、一時は製造を中止せざるをえない状況に追いやられてしまいました。

 ところが、奇跡が起こったのです。窮状を見かねた取引先の業者が、「困った時はお互い樣」と、さいとう製菓への納入を最優先で行ってくれることになったのです。

「業者間の日々の信頼関係を、この時ほど痛感したことはありません。『買ってやっているんじゃない。その材料を買わせていただいているから商品がある』と取引先を大切にする姿勢は、創業者であった私の祖母から先代の父に、先代の父から当社に受け継がれた齊藤家のDNAです。仮に私一人がそういう姿勢を見せても、社員がそっぽを向いていたら、取引先との信頼関係は成立しなかったと思います。取引先をぞんざいに扱う社員は、当社には一人もいません」(齊藤会長)

必死の立て直し

 実際、同社が地元の人を大切にし、復活がどれだけ地元の励みになっていたのか、私事になりますが、お話させていただきます。

「かもめの玉子」を初めて味わったのは、同社のお客様である知人から送られてきたときでした。「大船渡は津波と地震のWパンチで、地元の人は将来の見通しなど持てないほどの絶望感でいっぱいでした。そんな状況なのに、さいとう製菓さんは、わずかの期間で再開して、震災前と変わらないおいしさです。お店のスタッフさんも大変だと思うのに『一緒にがんばりましょう』と笑顔で励ましてくれるのです。地元にとって復興の証ではなく“希望の味”です」というメッセージとともに送られてきたのです。

 さいとう製菓は、震災の年の4月6日に大船渡市内にあるスーパー内の店舗を再開、4月20日には震災前の約8割にあたる1日に15万個の製造を復活、21日には岩手県内の6店舗を再開させることができたのです。

 そんななか、経営者である齊藤会長は経営の建て直しに必死でした。3億1000万円の損害の補填のために、自己資金やグループ会社からの補助金の調達、銀行からの融資も受けました。

 さらに同社は地震保険にも加入していました。損害保険料率算出機構によると、地震保険の2011年の全国平均付帯率は53.7%でしたが、震災後、同年の岩手県の加入率は56.7%です。これは北海道・東北6県の中で、北海道、山形に次ぐ低さでした。ちなみに震災後、19年の地震保険付帯率の全国平均が66.7%なのに対し、岩手県は72.3%と大幅に伸展しています。

 保険料が高いからという理由で地震保険の加入をためらう方が多かったなか、齊藤会長が地震保険に加入していたのは、同社と齊藤会長の運命を大きく変える出来事があったことためです。

2度目の津波

 実は齊藤会長にとっても、大船渡市にとっても、津波被害は2度目だったのです。これまで発生した巨大地震のなかで最も規模が大きい地震といわれているM9.5のチリ地震が1960年5月22日に発生しました。この余波を受けて、三陸海岸を中心に津波が発生、結果的に大船渡市は、当時の日本国内でチリ地震の被害を一番受けた地域といわれています。

 その頃、さいとう製菓は、被災した本社の場所に店舗兼自宅を構えていました。創業は1933年で、齊藤会長の祖母が家の前を行き交うセメント工場に勤務する人を相手に、手づくりの大福や餅やゆべしを販売した「齊藤餅店」が始まりです。戦争で一時中断していたものの、やはりお客様の声に押されて再開、齊藤会長の父が後継者となりました。

「廊下を改造したわずか1坪の作業場に、祖母や両親と6人の兄弟全員でひしめきあってつくっていました。その頃、祖母も元気で、『商売は信頼、一個の餅にも手を抜くな』と徹底的に叩き込まれました」

 材料にこだわり、手間と労力をかけてつくった餅は評判でしたが、その分、儲けは本当に少なく、齋藤会長の父は別の仕事との兼業で家計を支えていたのです。中学1年生になっていた齊藤会長は、朝は4時に起きて餅づくりを手伝っていました。そんな毎日を続けていた中学3年生の時に、「無理がたたったのか、父が病に倒れました。その後も父は入退院を繰り返すことになり、わずか14歳の私の肩に一家の生活がかかったのです」。

 齊藤会長は勉強や部活に打ち込んでいる同級生を横目に、登校するまで自転車であちこちに売りに出かけました。売れなければ今日のご飯もどうなるかわかりません。幼い兄弟の顔を思い出しながら、挫けそうな心を奮い立たせてみるものの、「どうして自分だけがこんな人生なんだ。こんな暮らしはもうたくさんだ」と人目を忍んで号泣したことも何度かあったといいます。

 その後も、齊藤会長に苦難が降りかかりました。高校に入学すると、創業者の祖母が入院し、その看病を担うことになったのです。寸暇を惜しんで店も手伝い、病院から学校に通う生活でした。

 もともと素人が始めた餅屋が老舗に勝負したところで先は見えています。そこで齊藤会長の父である俊雄元社長は病を抱えながら、観光客を相手にした商売を始め、齊藤菓子店と屋号を変え、1951年、大船渡の特性を活かした5つのお菓子を考案しました。その中の一つが、初代「鴎の玉子」です。カステラと饅頭、つまり和と洋をコラボしたお菓子は当時としては画期的な商品で、珍しさもあって評判もよく、売れ行きも順調でした。

 さらに、嬉しいことが起こりました。1953年、大船渡の市制記念として、ミス大船渡のイベントが開催され、その商品として「鴎の玉子」が採用になったのです。このことで地元の評判を呼び、「鴎の玉子」は売り切れ状態が続き、社員も12人まで増えました。

「鴎の玉子」を起死回生の商品に

 手応えを感じ、お菓子屋として発展させたい父とは違って、苦しい暮らしだった家業に未来を見いだせず、柔道をやっていたことや同級生が警察官を目指していたことに影響を受け、齊藤会長は盛岡の警察学校に入学しました。

「これでやっとあの生活とは、おさらばできる」と安堵したのも束の間、同社と齊藤会長の人生を大きく変えるチリ地震が発生したのです。店舗兼自宅は流されずに済みましたが、被害に遭った家屋が家の中に流れ込み、全壊しました。病弱の父、看病をしている母に代わって、盛岡から呼び戻された齊藤会長と弟2人が後片付けをすることになりました。想像以上に後始末に時間がかかり、盛岡に戻る日が遠のくばかりです。ついに警察学校に戻ることを断念せざるをえなくなりました。

 お客様の声に押されて、齊藤菓子店は再開したものの、すべてを失い、経済基盤も脆弱で、ゼロからどころかマイナスからのスタートです。入退院を繰り返している父の様子を見て、社員も次々に辞めていきました。お金もない、人もいない、今と違って物流も情報も発達していない駆け出しのお菓子屋にとっては、まさに八方塞がりでした。再び、家族だけで細々と餅を売る毎日が始まりました。

 1961年、齊藤家の窮状を打破するため、親戚のアドバイスもあり「鴎の玉子」を起死回生の商品にすることにしました。これまでは平べったい形でしたが、俊雄元社長は、同じトライなら、本物の玉子に形を似せることを目指して、挑戦が始まりました。厳しい経営に変わりはありませんでしたが、ようやく今のコロンと愛らしい形が完成したのは6年後の1967年。数え切れないほどの失敗を繰り返したといいます。

「チリ地震後の齊藤菓子店の再建は苦難の連続でした。毎日が試練で、ただただ必死にがんばり抜くだけでした。二度と経験したくないことばかりでしたが、この経験があったから、東日本大震災でも前向きに立ち向かうことができたのだと思います」(齊藤会長)

 しかし、そんな齊藤会長は、身を切られるほど辛い決断を強いられることになります。

(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)

※後編へ続く

●鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表

出版社勤務後、出産を機に専業主婦に。10年間のブランク後、保険会社のカスタマーサービス職員になるも、両足のケガを機に退職。保険業界紙の記者に転職。その後、保険ジャーナリスト・ファイナンシャルプランナーとして独立。両親の遠距離介護をきっかけに(社)介護相続コンシェルジュ協会を設立。企業の従業員の生活や人生にかかるセミナーや相談業務を担当。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌などでも活躍。

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映画レビュー「マジック・ランタン・サイクル」

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今、音声UIについて語るべき三つの理由

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BX・クリエーティブ・センター、岡田憲明氏の監修でお届けします。

frog

機械とコミュニケーションする手段といえば、かつてはマウスをクリックすることでした。しかし現在では、コンピューターに話しかければ音声で答えてくれる─そんな時代になっています。 

インタラクションデザイナーとしての私の仕事は、人間がコンピューターとコミュニケーションできるようにすることです。仕事を始めた頃は、コンピューターとのコミュニケーションは、大部分がマウスをクリックすることで行われていました。グラフィックユーザーインターフェース(GUI)を使い、どこをクリックして、どこにキーボード入力すればいいか、ユーザーを誘導するのが私の役目でした。今はタッチインターフェースも手掛け、タップやスワイプで、小さなモバイルコンピューター(いわゆるスマートフォン)とユーザーがいつでもどこでもやりとりできるようにしています。

将来は、音声ユーザーインターフェース(VUI、音声UI)がインタラクション革命の原動力になりそうです。今までは、ユーザーがGUIの使い方を覚えなくてはなりませんでした。しかし、音声技術を使えば、コンピューターに私たちの言葉を「話して」もらえるようになるのです。

frogでも音声UIの依頼が増えています。そこで、私はもっと幅広い産業界の視点も知りたいと考え、昨秋ミュンヘンで開催されたAll About Voiceの第2回年次会議に参加しました。音声アプリケーションを開発する169 Labsの主催で、スマートスピーカーの現状から音声アシスタントのパーソナリティー設計まで、テーマは多岐にわたります。この種の会議(最近はバーチャル参加ですが)では、大抵いくつか疑問が提示されます。このときは、「そもそも音声は重要なテーマなのか?」「音声UIは一過性の流行?それとも人と世界のコミュニケーションを根本的に変えるもの?」でした。

結論はといえば─今や音声UIへのパラダイムシフトが目の前に迫り、もう後戻りはできない、ということでした。

世代の要請

今の子どもたちは、スマートフォンや照明、家電までも、話しかけることで操作できる世界に生きています。タッチスクリーンの登場で、コンピューターは以前より直感的に使えるものになりましたが、音声UIの進歩で、そのタッチスクリーンの使い方を覚える必要さえなくなるかもしれない、と私は考えています。会話ができる人なら誰でも、「音声ファースト」の自然なやりとりができるようになるでしょう。ミレニアル世代の最年長層に属する私などは、Amazonの音声アシスタントAlexa搭載の電子レンジに何となく違和感を覚えますが、私たちの子どもの世代は疑問にも思わないのでは、と想像します。

上述の会議では多くの講演者が、基盤となる音声技術はまだ「産みの苦しみ」の段階だと認めていましたが、その成長スピードには目を見張るものがあります。スマートヘッドホンは、世界中の家庭や車の中に急速に広がりつつあります。

Amazon Alexa開発チームのアンドレア・ムットーニは、2019年9月下旬に発売したスマートスピーカー対応デバイスの話の中で、こうした現状にたびたび言及しました。メガネから電子レンジまで、生活で考えられるあらゆる機器にAlexaを搭載するのがAmazonの構想だと、ムットーニは公言してはばかりません。「あらゆる場所にAlexaを」が目標だと言います。

音声技術の勢いを感じる、もう一つの例はGoogleから発売された「いつでも聴ける」ワイヤレスイヤホンPixel Buds 2です。さらに、Googleの最新スマートフォンPixel 4には、端末を持ち上げるとすぐにGoogleアシスタントが起動する「Raise to talk」が搭載されています。つまり、Googleはやがて音声が端末操作の第一手段になると予想しているのです。

今、なぜ音声が重要なのか

音声こそが将来のインタラクションモデルだと考えられる理由はたくさんあります。いくつか挙げてみましょう。 

1スマートスピーカーの普及
ボイスボット・エーアイ(voicebot.ai)の創業者ブレット・キンセラは講演で、アメリカでは2018年から19年の間に、スマートスピーカーを設置している世帯が40%近く増えたと指摘しました。これは、アメリカ人口の約32%、8000万人以上の家庭が、2019年の9月までにスマートスピーカーを設置したことになります。EUでも着実に普及しており、2019年末での普及率はイギリスが21.1%、ドイツが11.6%となっています。

2インクルーシブ社会との相性
高品質の音声UIは、インクルーシブ(包摂的)な社会へのカギでもあります。視覚や歩行、運動機能など障がいのある人々にとって、音声技術は身体活動においてもデジタル生活においても、自分に合った方法でコミュニケーションをとり、生活をコントロールする手段になります。高齢者や社会的に孤立しがちな人にも、仲間や心の安らぎを得る大切な機会を与えてくれます。

3話すことは自然なこと
話すことは、クリックやタッチのインターフェースと比べ、はるかに自然な方法です。もちろん、どれだけ自然に感じられるかは、音声UIのパーソナリティーが大きく関わってきます。子ども向け音声アプリを開発するPretzel Labsの創業者兼CEOのアドバ・レビンは、こんな話をしていました。「音声アシスタントのパーソナリティーの設計は、キャラクターづくりによく似ています。年はいくつか、どんな生い立ちか、どんな話し方をするか」。こうした要素が、今やデザイン上の重要事項になっています。

どのように話せばよいのか?

私たちは人間として、人間を模倣する技術に大きな期待を持っています。声は人を形づくる根本的なものであり、ボタンのクリックよりはるかに親密で、感情に響く交流の手段です。それだけに、もしコンピューターがうまく対話に応じてくれなければ、不満もはるかに大きくなるでしょう。

困ったことに、会話というのは、たとえ同じ言語を話す人同士の間でも、本質的にまとまりのないものです。人間の脳は、まとまりのないものでもうまく扱えるようにできていますが、コンピューターはそうはいきません。感情的なニュアンスよりも論理を選ぶので、音声の解釈を間違う可能性は大いにあります。

「音声アプリの良しあしは、会話中の誤解をどう処理するかで判断されるようになる」。Googleのシニア会話デザイナーのジョン・ブルームは、エラー処理に関する講演の中でそう話しました。

ブルームによると、最大の課題のひとつは「認識」です。ここでの問題は、デバイスがユーザーの声を聞き取れない(つまり、室内に雑音が多い)場合、あるいはユーザーが言っていることを理解できない(長い沈黙や変な言葉遣いがある)場合です。さまざまな状況があり得る中、音声アシスタントがどの時点で、どんなふうに聞き返せば、ユーザーが心地よく感じるかを知ることが何よりも重要だとブルームは言います。

例えば、音声アシスタントがユーザーの要求を理解できない場合、もう一度質問をするか、言い方を変えるよう促すというのが典型的な対応です。しかし、それを2、3回繰り返してもまだ理解できない場合、ユーザーをイライラさせ続けるよりも、一度マイクを切って、最初からやり直してもらう方がいいかもしれません。これが「正しい」対応かどうかは、その時点で会話がどれくらい進んでいたかや、会話の内容によって違ってきます。

ブルームの挙げたもう一つの課題は、人の集中力の持続(というより、その短さ)の問題です。旅行の予約をすべて音声で完了できると便利そうですが、現実にはフライトが20便もあると、大抵の人はコンピューターが一つ一つ読み上げるのを待っていられません。場合によっては、マルチモードで20便のリストをスマートフォン画面に表示し、それを見てもらう方が早いということになります。ですから音声デザイナーは、どの場合に何が理にかなっているのか判断しなければなりません。そのためには、大事な点に収束されてくるようなデザインを考慮する、つまり「分野の壁」を越えて物事を見る力が必要になります。音声だけにこだわることは、この種のイノベーションでは障壁になりかねないのです。

frogと音声UI

frogはすでに、自動車医療消費財など、自社の製品・サービスに音声の導入を目指す多くのクライアント企業と仕事をしています。最近は、企業へのアドバイスの際にもこうした活用事例を検証し、どの部分に音声を活用すれば顧客体験が最も向上するのか提案するケースが増えています。音声技術を家庭で車の中で、あるいは職場で利用するのはどのようなときでしょうか?音声モードが最も効率的なのは、あるいは最も楽しく感じられるのは、どのような状況でしょうか?

裏を返せば、音声以外のインタラクションモデルを選ぶべきはどの部分か。その把握も、私たちの責任範囲にあります。例えば車の中では、音声で操作できる機能(カーナビ、メディアプレーヤーなど)は、同時にタッチ入力にも対応していて、雑音が多い場所ではそちらを使うことができます。また、カーナビに音声で目的地を指示したとしても、その後は道順を読み上げてもらうより、ディスプレーの地図の方が確認しやすいかもしれません。デザイナーである私たちは、さまざまな状況があり得ると理解しておく必要があります。

技術がさらに進み、難しい条件下でも複雑な指示に対応できるようになるまでは、このようなマルチモード手法、つまり、音声モードと視覚やタッチを使うモードを切り替える機能が、現在の音声アシスタントが持つ限界に対応する効果的な手段になるはずです。

人工的であるが“人間らしい”パーソナリティーを設計する

このようなマルチモード手法は、多くの場合、収束的デザインの技法にヒントを得ています。収束的デザインとは、製品、サービス、デジタル技術を統合することで、新たな変革を起こすソリューションや体験を生み出す方法です。frogでは、この種の戦略をクライアントと話し合う際、音声に特有の、ある要素にアドバイスを求められることがあります。その要素とは、パーソナリティーです。GUIでは、デザイナーが選ぶ色や書体、画像などによって、ある程度ブランドパーソナリティーを表現できますが、音声UIのデザインは全く異なります。

音声のデザインでは、言葉を無視することはできません。会話そのものがインターフェースなので、とりあえずダミーのテキストを入れておくわけにはいかないのです。音声を扱うデザイナーは、人が音声に対して、また異なる音声それぞれの特徴に対して、どのような感情を示すかを理解しなければなりません。そのためには、心理学、社会学、言語学などの社会科学の知識、場合によっては、文学、哲学、歴史学などの人文分野の知識も必要になります。

キンセラは講演の中で、「音声において大事なのは、人が人らしくいられること。私たちが機械の言語を勉強しなくても、機械が私たちを理解してくれることです」と語りました。人を中心に考えた音声体験を、誰よりも必要としている人の手が届くところに─あるいは、声が聞こえるところに─もたらすことができる。そんな可能性に、インタラクションデザイナーである私自身が興奮を覚えています。

この記事はウェブマガジン「AXIS」にも掲載されています。