東野幸治、「妻の数千万円の借金を背負った」と嘘…嘘を後から告白して話題になった芸能人3人

 お笑いタレントの東野幸治が自身のTwitterを更新し、以前テレビ番組で語った内容が嘘だったことを明かしてファンを驚かせた。

 事の発端は、5月に放送された『マルコポロリ!』(関西テレビ)での一幕。東野は番組へリモート出演した際に、妻が経営する会社の借金として数千万円背負ったと暴露した。“嫁の保証人で大借金”と嬉々として語る東野だったが、なんとこれが真っ赤な嘘。放送から間もなくTwitterに「嘘をついてしまいました。びっくりさせたくなって言いました」とコメントし、妻や会社への謝罪を綴っている。

 東野はさらに自身のYouTubeチャンネルでも事の顛末を告白。嫁から渡された書類にハンコを押したのは事実であるものの、そもそも保証人になるための書類ではなかったそうだ。今回の一件に対し、ネット上では「勘違いで世の中を騒がせすぎ」「冗談でよかったけど、阿保やな(笑)」などと、あきれた声が続出。ちなみにその後、妻からこってり2時間叱られたとか。

 今回は東野のように、嘘をついて話題になった芸能人たちをご紹介しよう。

マツコ・デラックス

 タレントのマツコ・デラックスは、以前放送された『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)にて無名時代の対談で嘘をついたと告白。過去にエッセイスト・中村うさぎと対談した際、マツコはインパクトを残すために多くの嘘をついたという。

 中村の前で「ようかんとカステラを丸ごと1本食べられる」「路地裏に挟まったことがある」などの嘘を連発したという。そんな嘘まみれの当時を振り返り、「嘘はついちゃダメ」「後で辻褄が合わなくなってくるのよ」と、しみじみ語った。マツコの話にSNSなどからは、「マツコも嘘つくことあるんだね」「ぶっちゃけ嘘でも嘘っぽくないからセーフ」「“後で辻褄が合わなくなる”って、なんかわかるわ」といった声が続出。過去についた嘘を後悔しているあたり、嘘で失敗した経験があるのかもしれない。

植野行雄(デニス)

 お笑いコンビ・デニスの植野行雄は、2017年放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に出演した際、これまで視聴者を裏切っていたことを告白。ブラジル人と日本人のハーフである植野だが、見た目を生かしたトークで一躍、人気芸人の仲間入りを果たす。しかし同番組で、植野が今まで語ってきた「イラン人同士のケンカに巻き込まれた」「運動会の組体操でピラミッドの横のスフィンクスをやった」などのエピソードがすべて嘘だったと明かした。

 今まで語ってきた話が嘘だったと業界にバレ始め、仕事が激減中だというデニス。ネット上には、「売れたいからって嘘つくのはダメだろ」「ちょっと本当っぽいから余計にタチが悪い」「嘘だったって認める姿勢はいいよね」と、賛否をふくめさまざまな声が寄せられている。

“嘘”は時に身を滅ぼす。誰も傷つけない“優しい嘘”もあるものの、嘘をつかずに生きていきたいものだ。
(文=編集部)

JRA「37年ぶり」コントレイル、サリオス日本ダービー(G1)でも皐月賞に続きワンツー再現! 3冠達成を予感させる「前回の優勝馬」とは

 31日、東京競馬場で行われた競馬の祭典・日本ダービー(G1)は単勝オッズ1.4倍の圧倒的な支持を受けた福永祐一騎手のコントレイル(牡3、栗東・矢作芳人厩舎)が、2着サリオスに3馬身差をつけて快勝。皐月賞に続きダービーも連勝し、見事無敗のクラシック2冠馬に輝いた。

 皐月賞のコントレイルと2着サリオスの差は半馬身、3着ガロアクリークはさらに大きく離された3馬身半と差が開いたことからも、皐月賞組の逆転の見込みは薄いと考えられ「2強対決」がよりクローズアップされる要因ともなっていた。

 ところが、オッズは2頭の一騎打ちの下馬評とは少し異なった。日本ダービーで2頭の単勝オッズは1番人気コントレイル1.4倍、サリオス4.4倍となり、1番人気コントレイル2.7倍、2番人気サリオス3.8倍だった皐月賞とはさらに差が開いたように、ファンはコントレイル圧倒的有利と見ていたようだ。

 先週のオークス(G1)で、デアリングタクトが無敗の牝馬クラシック2冠を一足先に達成していたことからも“お膳立て”は整っていたのかもしれない。コントレイルの圧倒的な強さによって、長いはずの府中の直線も短く感じさせられるほどの独壇場となった。

 皐月賞は先行したサリオスをコントレイルが差し切ったが、ダービーでは逆にコントレイルが先行して抜け出し、懸命に追い上げるサリオスを楽に千切り捨てた。前回半馬身だった2頭の着差は3馬身とさらに広がった。

 皐月賞の1、2着がダービーでも同じ2頭のワンツー決着となったのは、皐月賞1着ジェニュイン、2着タヤスツヨシが日本ダービーで入れ替わった95年以来の25年ぶりだ。さらに1、2着が同じ着順で再現したのは1着ミスターシービー、2着メジロモンスニーの83年以来37年ぶりの記録となる。

「コントレイルの強さを信じた福永祐一騎手の騎乗も素晴らしかったですね。皐月賞では『想定外』の後方からの差し切り勝ちでしたが、ダービーでは『想定内』の強気な先行策でした。スタートさえ決まれば、あとは進路の確保だけに集中すればいいという陣営の好判断も大きかったです。

また、敗れはしましたがサリオスの強さも十分に発揮されたレースでした。相手が悪過ぎたとしか言いようがない敗戦といえそうです。コントレイルの強さばかりが目立ったかもしれませんが、もしコントレイルが同じ年に生まれていなければサリオスが無敗の2冠を達成していた可能性が高かったでしょう」(競馬記者)

 史上7頭目となる無敗のクラシック2冠を達成したコントレイル。管理する矢作調教師は、オーナーから「三冠を狙いに行くぞ」と言われたことを明かした。秋は国内に専念し、菊花賞(G1)を勝って史上8頭目の3冠馬を目指す。

 皐月賞とダービーが同じ2頭のワンツー決着した37年前の先輩は3冠馬ミスターシービーだ。無敵の快進撃を続けるコントレイルにとっては、それ偉業すらも単なる「通過点」に過ぎないのかもしれない。

JRA日本ダービー(G1)武豊サトノフラッグは4番人気大敗……「いいときの脚が使えなかった」春G1すべて人気以下の大不振

 31日、日曜東京のメイン・日本ダービー(G1)は福永祐一騎手の1番人気コントレイルがD.レーン騎手のサリオスとの2強対決を制して優勝し、無敗の2冠を達成した。

 2頭の対決に盛り上がりを見せた一方で、武豊騎手とのコンビでディープインパクト記念弥生賞(G2)を快勝したサトノフラッグ(牡3、美浦・国枝栄厩舎)は11着に終わった。

 サトノフラッグがディープインパクト記念を勝利した際には「ディープと同じ感じで当時を思い出しました」と武豊騎手も絶賛し、未勝利戦と1勝クラスで騎乗したO.マーフィーも「ダービーが目標になる」と高く評価した馬だった。

 未勝利戦をレコード勝ちした東京競馬場にコースが替わることも好材料に思われたサトノフラッグには、巻き返しの期待がかかっていた。2番人気に支持された皐月賞では5着に敗れたとはいえ、鞍上に再び武豊騎手を迎えた日本ダービーは4番人気の支持を受けた。

 7枠15番からスタートしたレースでは、出たなりのまま後方に待機。直線に入り武豊騎手が鞭を入れるも反応しなかった。勝負どころでスッと好位に上がるいつもの脚はなく、精彩を欠く内容だったといえるだろう。これについては武豊騎手も国枝調教師も「いいときの脚が使えなかった」と首をかしげるコメントを残した。

 だが、ダービーのサトノフラッグの大敗だけでなく、武豊騎手にとって春のG1開催は非常に厳しい結果となっているのも事実だ。今年のG1レースで9鞍に騎乗しているが、すべて人気より下の着順に敗れている。

「NHKマイルC(G1)で騎乗して13着だったサトノインプレッサが乗り替わった坂井瑠星騎手で4着と好走しているのも、今年の武豊騎手の大舞台での不振を象徴している結果かもしれません。

G1で武豊騎手が馬券に絡んだのは桜花賞(G1)のレシステンシアのみと不振を極めていますが、このときも勝ったのは無敗の牝馬2冠のデアリングタクトだったように運もありませんでした。

ダービーの前の東京10Rむらさき賞(3勝クラス)では、7番人気ウインガナドルで鮮やかな逃切り勝ちを見せたように腕に衰えはないです。今は我慢のときということでしょう」(競馬記者)

 振り返ればマイラプソディ、アドマイヤビルゴ、サトノインプレッサなど、クラシックでパートナーの候補といわれた馬がことごとく結果を残すことが出来なかった。これも武豊騎手の不振と無関係とはいえないだろう。

 来週の鳴尾記念(G3)では、昨年の菊花賞(G1)2着からの復帰となる素質馬サトノルークスに騎乗する武豊騎手。好結果を残して、反撃の狼煙をあげたいところだ。

「特訓の成果」を数十年後に「意外な形」で披露!?【濱マモルの のほほんコラムVol.47~左利き~】

 6月1日から子供たちの小学校で分散登校が始まる。

 新型コロナウイルスの影響による休校からかれこれ2ヶ月、子供たちはアタシと同じくずーっと家にいた。気分転換に散歩をして公園を覗いても人ばかりだし、結局、引き返してTVゲーム。親子で興じることも多く、そんなある日、手慣れたはずの息子が難儀している様を目撃した。

「この武器は使いにくいんだよなぁ」

 いつものように、陣地をインクで塗りまくる某ゲームをプレイしていた息子は、誤って不得意な武器を選択してしまった模様。どうやら連打が苦手なようで、素人目ながらもいつもと比べて動きは鈍かった。

 こちとらファミコン世代である。高橋名人を神と崇めた少年時代なだけに、上手い下手は別として高速連打を特訓したクチ。ハドソンが発売した「シュウォッチ」で友人たちと1秒間の連打回数を競い合ったもので、そんな息子を見ると何となく歯がゆくなったが、同時に息子よりも優れたテクニックをひとつでも発見できたことに嬉しくもあった。

 大小問わず、誰しも特技はあるものだ。以前にも書いた通り、投入口に助走路がない時代からパチスロを打ち散らかしていたお陰でコインを入れる速度は自他共に認める早さだし、小学生時代は授業をロクに聞かずに鉛筆を指先でいじり続けていたら、いつのまにやら様々なペン回しが身に付いた。

 後者に関してはバンドでドラムを叩く際のスティック回しに応用できているが、まさかシュウォッチでの特訓の成果を数十年後にこんな形で披露することになるとは考えもしなかった。

 これだから、人生は面白い。「ちょっと貸してごらん」とコントローラを受け取って連打を見せ付けると、「すごいね」と素直に感心する息子。「右横にあるボタンは押しづらいよね」などと優しくフォローを入れつつも、「そうだろう、そうだろう」と親の面目躍如とばかりに悦に入っていたら、ゲームの合間におやつのプッチンプリンを美味しそうに頬張る息子の姿を見てあることに気が付いた。

 コイツは左利き。そりゃあ利き手ではない方でのボタン連打はまぁまぁ困難なわけであり、むしろ、そのハンデがありながらも善戦しているのだから立派である。

 それなのに、少しでも優位に立てたと喜んでしまったアタシはさもしさ全開。まるで隣の人が先に大当りを射止めたからと舌打ちをするようなものであり、「これはいかん」と気持ちを改め、再びゲームを始めた息子の姿を見守っていると、そのさもしさを察知したのか否かは分からぬが、見事に快勝してこちらに笑顔を向けた刹那、「連打ができても他の操作がダメだから、結局、おとーちゃんは下手くそだよね」と言い放ってきやがりました。今夜から特訓です。

(文=濱マモル)

小室圭さん母・佳代さんが浴びる「叩いていいぞ」の合図

正解のないWEBマガジン~wezzyより】

『 おめでとう眞子さま 小室圭さんとご結婚へ 』(毎日新聞出版)

 秋篠宮家の長女・眞子さま(28)と小室圭さん(28)の婚約延期問題は、新型コロナの時代に突入した今、いっそう解決が遠のいている。婚約発表会見が行われたのは2017年秋。祝福ムードは同年12月に小室さんの母・佳代さんと元婚約者Aさんとの金銭トラブルが報じられると一転。小室家へのバッシングがスタートしたのだった。

 2018年2月に宮内庁は婚約延期を発表して、2年が経過。今年2月になんらかの発表がなされるのではとみられていたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、見送られたようだ。

 膠着状態を打破するかのように、「女性セブン」(小学館)2020年6月11日号が小室さんの母・佳代さんの近況を報じた。かつてはボブヘアだった佳代さんの髪が伸び、金髪パーマヘアにイメチェンしたという記事だ。

JRA日本ダービー(G1)福永、松山、和田「掟破り」の連係プレー!? 安藤勝己氏「ノースヒルズ勢が周りを固めた」“影の立役者”がコントレイルを完璧エスコート

 31日に東京競馬場で行われた日本ダービー(G1)は、圧倒的1番人気に支持されたコントレイル(牡3歳、栗東・矢作芳人厩舎)が3馬身差の勝利で無敗の二冠を達成。父ディープインパクト以来となる無敗三冠へ王手をかけた。

「2番手(コルテジア)の後ろに入れた、そこが大きかったですね――」

 レース後、主戦の福永祐一騎手がそう語った通り、終わってみれば完璧な“エスコート”だった。

 今年の日本ダービーは単勝1.4倍という数字が示す通り、無敗の皐月賞馬コントレイルが抜けた存在だった。この「1.4倍」は昨年のサートゥルナーリア(1.6倍)、2015年のドゥラメンテ(1.9倍)を超える近年では最も高い支持率。つまり、それだけ抜けた馬であり、同時に「マークされるべき存在」だったということでもある。

 父ディープインパクトと同じ「3枠5番」からのスタートとなったコントレイルだが、ほぼ最後方から外を回っても勝てる父とは異なり、馬群の中で競馬する本馬にとっては決して簡単な枠ではなかったはずだ。競馬が必ずしも最も強い馬が勝つわけでない1つの理由は、ライバルたちが実力馬をマークし、楽なレースをさせないようにするから。

 大本命馬が進路を失い惨敗することは、決して珍しい光景ではないのだ。

 そんな中、コントレイルを擁する“ノースヒルズ軍団”は今年の日本ダービーに3頭の刺客を送り込んだ。大本命馬コントレイルに加え、きさらぎ賞(G3)を勝ったコルテジアと、京都新聞杯(G2)を勝ったディープボンドだ。

「競馬はあくまで全馬が全力で勝利を目指す公正確保が最重要なので、あまり大きな声では言えませんが、ノースヒルズ軍団にとっては完璧なレースだったのではないでしょうか。

内から好スタートを決めたコントレイルでしたが、すぐにコルテジアがその前に出て、ディープボンドが外からぴったりと併走。これがライバル陣営だったら、コントレイルとい福永騎手にとってプレッシャーになりますが、同じ勝負服(正確には若干異なる)がすぐ近くにいたことで安心感があったと思います」(競馬記者)

 記者がそうレースを振り返った通り、スタートして1コーナーに飛び込むころには3頭が固まり、完璧なノースヒルズ軍団の布陣が出来上がっていた。

 レースは1000m通過が61.7秒という、おあつらえ向きのスローペース。向正面でマイラプソディに騎乗した横山典弘騎手が一気にハナに立つ奇襲を仕掛けたが「ノリさん(横山典騎手)が動いてくるのでは、と思っていたので『やっぱり来たか』という感じ。そこは冷静に受け止められました」と鞍上の福永騎手は冷静に対処した。

「横山典騎手(マイラプソディ)がレースを動かしたことで、ややポジションが下がったコントレイルでしたが、和田竜二騎手(コルテジア)と松山弘平騎手(ディープボンド)がその前に入って、しっかりとガード。この時点で、福永騎手にとって大きな課題の1つだった『最後の直線での進路取り』の心配がほぼなくなりました」(同)

 最後の直線ではコルテジアとディープボンドが先に仕掛けて馬群がバラけたところで、コントレイルが満を持してスパート。結果的に福永騎手が「抜け出すと遊んじゃう」と指摘した通り、外へ流れてしまったが、そこから末脚をいかんなく発揮しての圧勝劇。単勝1.4倍の大本命馬に、ここまでスムーズな競馬をされてしまっては、ライバル陣営はお手上げだっただろう。

 この結果には、元JRA騎手の安藤勝己氏も公式Twitterを通じて「前半の位置取りが素晴らしかったし、ノースヒルズ勢が周りを固めたからね」とノースヒルズ軍団の“連係プレー”を称賛。コントレイルの勝因の1つに挙げている。

「ノースヒルズ軍団にとっては、2014年のワンアンドオンリー以来となる嬉しいダービー制覇。コントレイルという歴史的な名馬を輩出できたこともそうですが、何よりも3歳の頂点を決める日本ダービーに3頭も送り込めた充実ぶりが、最も大きな勝因だと思います」(別の記者)

 実際に、ダービー前日の葵S(重賞)をビアンフェで勝利し、ダービー直前の京都メインレース・安土城S(L)もエントシャイデンが勝利と、絶好調といえる現在のノースヒルズ軍団。

 2013年のキズナ、14年のワンアンドオンリーで連覇して以来、日本ダービーはずっと社台勢(ロージャーバローズはノーザンファーム育成馬)が優勝していたたけに、6年ぶりに再度“風穴”を開けた格好だ。

 レース後、「(前田晋二)オーナーから『秋は国内に専念。三冠を狙いに行くぞ』と言われました」とコントレイルの今後の展望を明かした矢作芳人調教師。父ディープインパクト以来となる無敗三冠へ、いよいよ王手が掛かった。

あなたは本当の人形町(東京)を知らない…かつて移転前の「吉原」があった

吉原は人形町から

 東京で昔の花街の情緒を残した繁華街というと、神楽坂人形町、荒木町の3つだろう。が、神楽坂は最近すっかり人手が増えて、なかば観光地化しているので、しっとり飲みたい、ちょっと大人の人々は人形町か荒木町に足を向けることが多くなったようだ。

 人形町は、江戸時代初期に最初に遊廓がつくられた場所である。今の人形町駅の西側であり、この地域一帯が、葭(よし)の生える湿地帯だったので「葭原」と呼ばれ、これが転じて「吉原」となった。今の台東区の吉原は明暦の大火で焼失した人形町の吉原が移転したもので、昔は「新吉原」といい、人形町のほうが「元吉原」といった。今も「大門通り」という通りがあるのは「元吉原」の大門のことである。

 そもそも人形町は、江戸開府後の寛永元年 (1624) 頃、京都から来た歌舞音曲の名人猿若勘三郎が、江戸歌舞伎の猿若座(のちの中村座)を開き、その後、村山座(のちの市村座)ができるなど、人形浄瑠璃、見世物小屋、曲芸、水芸、手妻 (手品)を安い料金で楽しめる小屋がたくさんある場所だった。

 そのため、この界隈(現在の人形町 2 丁目周辺)には人形をつくる人、修理する人、商う人や、人形を操る人形師らが大勢暮らしていたので、元禄時代頃には「人形丁」と呼ばれていた。現在も人形館「ジュサブロー館」がある。正式に「人形町」という町名になったのは、関東大震災以降の区画整理によるもので1933年である。 

 芝居小屋が多数あったので踊り子もたくさんいた。なかでも元禄時代に「菊弥」(きくや)という有名な美人踊り子がおり、彼女はその後、深川に移って深川芸者の起源になった。そもそも芸者というものの始まりが、このように踊り子が三味線や浄瑠璃を覚えて披露するようになったことにあるという説もあるそうだ。

花街として栄える

 また明治になると、1872 年に水天宮が移転してきて、安産祈願の参拝客が押し寄せ、芸者置屋、料亭なども建ち並んで、芳町花柳界として栄えた。1923年には芸者898人と、東京で2位の規模であり、格付けから言っても、柳橋、新橋に次いで高い評価を得る高級花街だった。検番は今の喜寿司の前にあった。

 23年の関東大震災後には置屋もバラックだったが、料亭もまたバラックで、夜道を懐中電灯を持ってお座敷に出たという。こんな状態で商売が成り立ったのだから、この道に賭ける人間の業は果てしない。コロナが流行ってもキャバクラに行く人が絶えなかったのと近いか。

 歴代芳町芸者で最も有名なのは川上貞奴だろう。貞奴は芳町では「奴」と名乗り、1892年に浅草凌雲閣(十二階)で開催された「東都百美人」という、いわば「東京芸者総選挙」で見事入選している。

 人形町商店街も当然、芳町花柳界と密接な関係があるが、大売り出しのときには店頭に芸者衆の写真を貼りだし、買い物客に人気投票をさせていたというので、こういうことは昔からあったのだ。

 定奴は、時の総理大臣・伊藤博文や西園寺公望ら、名立たる元勲から贔屓にされ、日本一の芸妓だった。しかし1894年、自由民権運動の活動家で「オッペケペー節」で知られる川上音二郎と結婚。ともに欧米を巡業し日舞を披露して大人気を博した。

 もう1人の有名芸者は小唄勝太郎。あの「東京音頭」を大ヒットさせた芸者である。もとは新潟の料亭にいたが、好きな清元で身を立てるべく1929年に上京、芳町で芸者となり勝太郎と名乗った。清元、小唄、長唄、新内など、あらゆる歌が得意でレコード会社から注目され、31年にデビューしヒットを飛ばして日本中で人気となり、33年には芸者を辞めて歌手専業となった。

カフェーの大流行

 さて、大正時代になると、人形町駅の東側にカフェーが多くできた。その1つがカフェー・パウリスタである。銀座(当時は京橋南鍋町)に1909年に1号店を開いたが、人形町には13年に開店した。他には丸の内、神田、浅草にあったという。

 洋風の店構えで、天井高は10メートルもあって、40〜50人が収容できた。白大理石のテーブルが置かれ、シュガーポットには砂糖が山盛りに入れられていた。お金を入れると自動的に演奏をするオルガンもあった。

 メニューにはカレーライス、ハヤシライス、カツレツ、お菓子としてはショートケーキ、カステラ、レモンパイ、アップルパイ、プリンなどもあった。そうしたお菓子をパウリスタで初めて食べた人も多かった。カツレツにはパンが付いてきたが、パンでは物足りないのでご飯を頼む客がいて、それからは、どこの店でもカツレツにはご飯が出るようになった。

 1922年には店内でアメリカ映画を上映を開始し、店は超満員だった。店が大繁盛したので、従業員もたくさんボーナスをもらえた。10人いた従業員は経営者に感謝の念をこめてシャンデリアを店にプレゼントした。光り輝くシャンデリアは店のムードを一段と高めたという。パウリスタは大震災で焼失したが、すぐに再建し42年まで営業した。

 その他にも、震災後、カフェーが人形町通りを挟んだ両側の路地などに多数出現した。1935年ごろには80軒ほどのカフェーが軒を連ねるほどであった。もちろんここでいうカフェーはコーヒーだけを飲む「純喫茶」ではなく、女給が密接して接待を行うものが主である。コーナーハウス、東天紅、モンパリ、馬車屋、オリンピック、上海など店名も多彩だった。

 だが戦争が激しくなると外国語が使えなくなり、コーナーハウスは角家(かどのいえ)と名称変更した。神風、愛国という店名も変更したものである。カフェーの店名としてはどう考えてもふさわしくない。馬鹿な国粋主義の現れである。

 寄席も多かった。震災前には、金本、久濱亭、大鉄、守川、若松亭、末広亭、大ろじ亭、喜扇亭、鈴本亭などがあり最盛期を誇っていた。花柳界に寄席。まさに娯楽の殿堂のような街であった。

(文=三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表)

参考文献

人形町商店街協同組合編『にほんばし人形町』1976

人形町商店街協同組合ホームページ

JRA日本ダービー(G1)コントレイル圧巻の無敗二冠達成! 福永祐一「遊びながらダービーを勝った」ディープインパクト以来、無敗三冠に王手

 31日、東京競馬場で行われた日本ダービー(G1)は、1番人気のコントレイル(牡3歳、栗東・矢作芳人厩舎)が優勝。無敗の皐月賞馬が父ディープインパクト以来となる無敗の二冠を達成し、単勝1.4倍の圧倒的支持に応えた。

「終わってみれば、1強――!」

 実況を担当したラジオNIKKEIの小塚歩アナがそう叫ばざるを得ないほど、圧巻の競馬だった。今日のコントレイルは比類なき完璧な強さだった。

 18頭立て、芝2400mで行われたレース。スタートを決めたウインカーネリアンが、大外18番枠からハナを主張。2番手コルテジアに競り合う意思はなく、早々にスローペースが決まった。そんな中、好スタートを決めたコントレイルは3番手、最大のライバルと目されたサリオスは中団からの競馬となった。

 1000m通過は61.7秒。しかし、この遅い流れを嫌ったのが、マイラプソディに騎乗している横山典弘騎手だ。外からぐんぐんポジションを上げると、先頭に躍り出ると、レースのペースが一気に上がった。

 最後の直線を迎え、コントレイルが外に流れながら先頭に。サリオスも必死に脚を伸ばすが、なかなか差が詰まらない。終わってみれば3馬身差の圧勝劇となった。

「素直にうれしいです。何よりコントレイルがいい走りを見せてくれた。それが何よりです。(2年前のダービー初勝利の時と)違いましたね。前に1度も経験していないのと、経験しているのと。経験していることで、心持ちが違いました。

今日は『コントレイルの5戦目をいい形で終えることができれば』と考えていました。現状で『もう少しこうなってほしい』と思うところはまだありますが、そういったことを思うと、底が見えないというか、ポテンシャルが高い。本当に楽しみしかないですね。

(最後の直線で先頭に立って)やっぱり遊んじゃうんですよね。遊びながらダービーを勝ってるわけですから、相当優秀な馬だと思います。今日勝ったことでスターホースの仲間入りを果たしたと思う。

競馬を楽しむ人たちの、より大きな存在になったくれたら。そんな馬に騎乗していることを誇りに思います」(福永祐一騎手)

JRA【安田記念(G1)展望】最強女王アーモンドアイVS春秋マイル王インディチャンプ!「8冠」新記録阻止へ、戸崎圭太ダノンキングリーら史上最高メンバー集結

 6月7日、東京競馬場では春の5週連続G1開催の掉尾を飾る安田記念(G1)が行われる。ヴィクトリアマイル(G1)を楽勝して「7冠馬」となったアーモンドアイの参戦が確定し、昨年の春秋マイルG1を制覇したインディチャンプ、怪我から復帰した戸崎圭太騎手と久々にコンビを組むダノンキングリーらが参戦。強豪が揃い、見応えのあるレースとなりそうだ。

 最大の注目は安田記念を勝てば、史上初「8冠馬」の誕生となるアーモンドアイ(牝5、美浦・国枝栄厩舎)の出走だ。

 コロナ禍の影響でドバイを使えずにトンボ帰りとなったため、始動戦には安田記念が濃厚と見られていたが、繰り上げてヴィクトリアマイル(G1)に出走となった。昨年の有馬記念(G1)を9着に惨敗した影響を懸念されたが、ノーステッキで後続を4馬身突き放す圧勝で不安を払拭してみせた。牝馬限定のG1だったとはいえ、レコードに0.1秒差の勝ち時計は価値がある。

 昨年の安田記念はスタートしてすぐに、外のロジクライが急激に内へ切れ込んだ影響でバランスを崩すという致命的な不利を受けての3着だった。悔いを残したC.ルメール騎手も「リベンジ」をしたいとリクエストしたほどである。最強女王は1年前の忘れ物を手に入れることができるか。

 インディチャンプ(牡5、栗東・音無秀孝厩舎)は前走のマイラーズC(G2)をトップハンデとなる58キロを背負って大楽勝。精彩を欠いた2走前の中山記念(G2)4着から見事な変わり身を見せた。4番人気の伏兵に過ぎなかった昨年と違い、春秋マイル王として真っ向勝負で女王の返り討ちを狙う。

 ダノンキングリー(牡4、美浦・萩原清厩舎)にとって、安田記念は初G1制覇に向けて絶好のチャンスだろう。東京コースはここまで4戦3勝2着1回と最高の相性といっていい。唯一敗れた2着も昨年の日本ダービー(G1)のクビ差だった。昨年の毎日王冠(G2)は出遅れながらもインディチャンプを一蹴したように力は足りている。

 グランアレグリア(牝4、美浦・藤沢和雄厩舎)はヴィクトリアマイルを予定していたが、熱発で回避して安田記念に切り替えた。前走の高松宮記念(G1)は前に行った馬に有利な展開のなか、後方から猛烈に追い上げての2着と底力を見せた。昨年の桜花賞馬が1番人気を裏切った昨年のNHKマイルC(G1)と同じ舞台で巻き返しを期す。

 ダノンプレミアム(牡5、栗東・中内田充正厩舎)は前走のクイーンエリザベスS(G1)を3着に敗れたが、得意とはいえない不良馬場で59キロを背負っての敗戦なら悲観する内容ではない。世代トップクラスの評価を受けていた馬でもあり、D.レーン騎手との初コンビは怖い存在だ。

 アドマイヤマーズ(牡4、栗東・友道康夫厩舎)は昨年のNHKマイルCでグランアレグリアを破り優勝した。復帰戦となった秋の富士S(G3)ではまさかの9着に敗れるも、C.スミヨン騎手の手綱で暮れの香港マイル(G1)を快勝した。初めて手綱を取る川田将雅騎手は結果を出せるか。

 ほかにも京王杯SC(G2)で鮮やかな逃切り勝ちを見せたダノンスマッシュ(牡5、栗東・安田隆行厩舎)、ヴィクトリアマイル2着のノームコア(牝5、美浦・萩原清厩舎)、昨年の高松宮記念の覇者ミスターメロディ(牡5、栗東・藤原英昭厩舎)、昨年のスプリンターズS(G1)を勝ったタワーオブロンドンの底力も侮れない。

「史上最高」メンバーとの呼び声も高い今年の安田記念は6月7日、15時40分の発走を予定している。

東大卒シスターが唱える幸せになるための「あきらめ」の見極め

■「困難な時代」を生きる私たちへの渾身のメッセージ

 いま、多くの人が、自分たちの未来について「不安」を持っています。

「自分や家族が、もし感染したらどうしよう」
「うちの会社は、これから大丈夫なのか」
「仕事が減ったが、暮らしていけるだろうか」

 健康に関する不安、経済的な不安。自分自身、家族、会社、仲間、社会――あらゆる場面に不安が蔓延しています。

 まさに「苦難の時代」なのでしょう。新型コロナウイルスが出現して以来、私たちの生活は激変しました。職場や学校に通う、買い物に行く、遊びに出かける……。そんな当たり前の行動がはばかられるようになり、自由が失われています。

■私たちは本当に不幸なのか?

 聖心会シスター、鈴木秀子さんは著書『あきらめよう、あきらめよう』(アスコム刊)で、こんな言葉を綴っています。

「こんなに頑張っているのに、誰も自分のことを全然認めてくれない」
「もっともっとお金がほしい」
「いい学校に入りたい、有名な会社に入りたい」
「私の言うことを子供が全然、聞いてくれない」
「病気がなかなか治らない」

 どんな人でも、何かしら不満を持っているものです。でも、本当に不幸なのでしょうか――。

 シスター鈴木は東京大学の博士課程を修了した文学博士で、スタンフォード大学で教鞭をとった経験もある人物。世界中にファンを抱え、88歳のいまでも世界各地で講演活動を行っています。

 シスター鈴木によれば、「不幸だと思うのは、『あきらめ』ができていないだけ」とのこと。「あきらめるなんて、後ろ向きでは?」と思うかもしれません。ですが、「あきらめこそ、人生を賢く生き抜く知恵」とシスター鈴木は話します。では、彼女のこの考えを、詳しくみていきましょう。

■「あきらよう」には2つの意味がある

 もともと「あきらめる」には2つの異なる意味があります。ひとつは「諦める」「投げ出す」「執着しない」という意味。もうひとつは「明らめる」と書きます。あまりなじみのない書き方ですが、仏教の世界で生まれた言葉で、「物事を明らかにする」「真理に達する」「つまびらかにする」という意味を持ちます。

「聖なるあきらめ」の第一歩は、現状を把握するための「明らめる」から始めます。すると、物事には「自分の力で変えられること」と「自分の力では変えられないこと」との2つがあるのだとわかります。自分で変えられることを見つけたら、さっそく変えてみてください。

 一方で、自分で変えられないことは「諦めて」みましょう。ムリに変えようと執着しても、自分も周りも疲れてしまうだけです。では、代わりに何かできることはないか、探してみましょう。探すコツは、目的を思い出すこと。何のためにその行動をとるのかを、あらためて「明らめる」のです。すると、いろいろな選択肢が見えてくるはずです。

「聖なるあきらめ」が大切になるのは、現実を受け入れたくないという執着が起きたときです。そんなとき、人はまるで目隠しをされたように、現実が見えなくなってしまいます。それが不幸の状態です。目隠しされていることに気づいて、自分の手で目隠しを外して(=明らめて)、現実に向きあう勇気が必要なのです。このとき、「聖なるあきらめ」が、とても頼れる存在になります。

 現実を受け入れるのは、きっとつらいだろうと思われるかもしれません。でも、目的がそもそも何なのかが「明らめる」ことで見えてくれば、モチベーションも上がってきます。同時に、「諦める」ことで、他の選択肢を探しやすくなります。

 シスター鈴木は私たちに呼びかけています。現在のように不安ばかりで、心が折れそうになっているときこそ、「聖なるあきらめ」は役に立つでしょう、と。さあ、あなたも「あきらめよう」と頭に思い浮かべてみてください。
(新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。