正解のない時代を生き抜くための「プランB思考」

お互いの距離は離れていても、テクノロジーを上手に使うことで、今までよりも近くに感じられる。ちょっとした発想の転換で、まったく新たなつながりが生まれる。新型コロナをきっかけにして始まりつつある新しいライフスタイルは「リモコンライフ」(Remote Connection Life)といえるものなのかもしれません。リモコンライフは、Remote Communication Lifeであり、Remote Comfortable Lifeも生み出していく。そうした離れながらつながっていくライフスタイルの「未来図」を、雑誌の編集長と電通のクリエイターが一緒に考えていく本連載。
9回目は「週刊プレイボーイ」の編集長・松丸淳生さんに伺いました。


<目次>
【リモコンライフストーリー#09 人生の新しい選択肢】
  コロナで見えた、「安心」と「不安」の線引き
「何かあったらどうすんだおじさん」と「CCおばさん」
「プランB」思考で、難局を乗り切ろう
「楽しい」から「うれしい」へ

 

【リモコンライフストーリー#09 人生の新しい選択肢】

(ノザワ トモキ/金融会社勤務/44歳の場合)

新型コロナの感染拡大をきっかけにして、「安心と不安の線引きには驚くほど個人差がある、ということがはっきり見えた」と松丸編集長は言います。「コロナに対して不安を募らせている人は、『コロナは怖い』という情報ばかり探すんです。情報が多様化した社会では、情報によって不安が安心になったりすることはあまりなくって、情報によって不安が強化されることしかないという気がしています」

「リモコンライフ」で、人々はどうやってコロナウイルスという「リスク」と向き合うのか?コロナウイルスがもたらすさまざまな危機にどう立ち向かえばいいのか? 松丸編集長の示唆をもとに、ちょっとしたストーリーにまとめてみました。 

野澤友宏(電通1CRP局)

リモコンライフ イラスト
イラストレーション: 瓜生 太郎


──会社が倒れるかもしれない。
それがうわさ以上に真実味を帯びた話として本部長から言い渡された瞬間、トモキの頭は「まさか」の3文字だった。

2021年に入ってから、中小企業への打撃がドミノ倒しのように大きくなり、大企業にも危機という文字がチラつく。しかし、まさかまさか自分が20年以上勤めた会社が……。トモキは、暗澹たる気持ちで本部長とのリモート会議から退出した。「なんで、こんなことに」とトモキは暗い画面につぶやいた。「上の連中は、一体何をしていたんだ」もっと早く知らせてもらえれば、自分のポジションからでも何かしら手が打てたのではないか……。

トモキの頭の中に、コロナ禍に入って会社が打ち出してきた数々の投資案件が渦巻いた。トモキ自身は、社内でも「慎重派」といわれ、あらゆるリスクを吟味しながら安全策をとってきた。今のポジションは出世コースでもなかったが、順調にいけば本部長、運が味方をすれば役員も狙える気がしていた。が、それも水の泡になろうとしている。

趣味で始めた「魚のさばき方」をレクチャーするYouTubeチャンネルも小遣い稼ぎにはなっていたが、本業としていくことはあり得ない。かといって、会社以外で通用するほどの資格を持っているわけでもない。トモキは、自分がいかに会社一択の人生を選んできたかを実感した。「いよいよ危ないかもしれない」

トモキが、自分のチームの中で最初に伝えたのは最年長のサワダマコトだった。40歳で子どももまだ中学生になったばかりのサワダがいちばん不安がると思っていたのだが、返ってきた答えは意外なものだった。「なんか、そういうことになる気はしていたんですよね」とサワダが白髪の交じった毛をかき上げて言った。「ノザワさんに話してなかったんですが、去年の春から学校に通ってまして。中小企業診断士の勉強をしてたんですよ」

「え?」とトモキは思わず口を挟んだ。「独立ってこと?」「いやいや、そんな具体的じゃなかったんですが、保険をかけておいた感じです。まあ、軽い気持ちで始めた割には、やることが多くて意外にキツイんですが……」

小学生の子どもを二人も抱えたヤマシタの答えも、サワダと似たようなところがあった。「将来がどうので始めたわけではないんですが……」とある団体のホームページを画面共有してみせた。「学生時代からの仲間たちと食育に関するNGOを立ち上げたんですけど、結構面白くて。会社がなくなっちゃったら、そっちに専念する感じですかねぇ。うちは妻の方が稼いでいたりもするんで、そのあたりは甘えようか、と」

会社で忙しく働き、子育ても大変なはずなのに、一体どこにそんな時間があったのか。トモキは、新たな稼ぎの選択肢をつくっていた同僚二人が頼もしくもあり、うらやましくもあった。「すごくいい会社だなと思っていたので、残念です」そう言って涙を見せたのは、コロナ禍の中で就職をしたオカムラサトミだった。彼女自身、リモート面接だけでこの会社に採用され、思っていた以上に成果を出せていることは大きな自信になっていた。リモートワークの流れはますます広がっていて、車いすの彼女が就職に関して無用のハンディキャップを負うことはもうないだろう。

しかし、サトミと同じように車いすというハンディを背負い、同じ時期に入社したタダナオコは少し事情が違っていた。「ええええ!?」とトモキからその話を聞いた直後、タダは大声を出して驚いた。「マンションを買う話が進んでるんですよー」大きな会社に入れば、それだけ大きな安心が無条件に築かれると皆が思う。その安心感に身を預けながら、一方で最悪の事態を想定できる人間がどれだけいるか。あらゆるリスクを避け、その安心感をキープし続けるリスクに気づいている人がどれだけいるだろうか。トモキは、タダの驚きに心から同情した。

独身の二人の反応も対照的で、特に、日頃から新しい学びに積極的なソウトメマキが見せた動揺はトモキにとっては意外なものだった。「うわさだとばかり思ってました……」トモキから会社の現状を告げられたソウトメは、ポツリとつぶやいてうつむいた。

「そうはいっても」と沈黙に耐えきれなくなったトモキが励ますように言った。「全員が切られると決まったわけではないし。当面は目の前の仕事を着々と進めていくしかないと思うんだよね。まあ、次のことはゆっくり考えれば……」ソウトメは小さな声で「分かりました」とつぶやき、会話が続くことはなかった。もう一人の独身でチーム最年少のクマモトシンヤは、トモキの話を聞いて「マジすか?」と明るい声を出した。「先輩たちがマジっぽい話をしてたんで覚悟はしてたんですけど、いざ聞くとビビりますね」

「なんでおまえは、なんかうれしそうなんだよ」とトモキが冗談めかして言うと、シンヤは悪びれることなく「すみません」と言ってから驚きの一言を放った。「実は、僕、内定出てたんです」「え?聞いてないよ」「すみません、ちょうど昨日出たばっかだんで、まだ親にも言えてなくて。ノザワさんに初めて言いました」内定先は、できて間もなく規模も小さいスタートアップだった。行くと確実に決めたわけではないとのことだが、この会社で大きく成長することを前提に指導してきたトモキにとっては釈然としない話だ。リモートでの人材育成の限界を感じつつ、マネジメントの至らなさをリモートのせいにしてしまいたい気持ちもないではなかった。

トモキにとっていちばん言いづらい相手である娘のセリにも、夕食後、思い切って打ち明けた。小4からの返答は、ある意味、トモキのことを理解してくれていると同時に、トモキが理解できていなかったものだった。「ちょうどよかったじゃん」と言ってセリが笑顔を向けた。「YouTubeとかやるからにはさ、もっと勉強した方がいいと思ってたんだよね。いっぺんお魚屋さんに修業に行ってちゃんと勉強した方がいいと思うよ」

先の見えない時代に、何が正解なのかを教えてくれる人は誰もいない。何がリスクになるのか、自分の頭で考えていくしかない。が、考えたところで、リスクをゼロにすることは不可能だ。リスクを避けようとし過ぎることがいちばんのリスクであることは、コロナ禍で得た教訓だった。「お魚屋さんで修業かぁ」とトモキはワクワクしながら言った。「それも、アリだなぁ」

(このストーリーはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)

 

コロナで見えた、「安心」と「不安」の線引き

上記の「リモコンライフストーリー」のヒントにさせていただいた「週刊プレイボーイ」編集長・松丸淳生さんのインタビュー内容を、ぜひご覧ください。

リモート取材に応じていただいた週刊プレイボーイ 松丸編集長(下段は、電通の「リモコンライフ」チームメンバー)
リモート取材に応じていただいた週刊プレイボーイ 松丸編集長(下段は、電通の「リモコンライフ」チームメンバー)

一連の新型コロナの体験で、たとえ同じ職場でさえ、安心と不安の線引きには驚くほど個人差があることが見えました。「こういう属性は、こういう価値観や感性でしょ」といったことが全然通用しないんです。コロナに不安を募らせている人は「コロナは怖い」という情報ばかり探すし、逆に「コロナなんてただの風邪」という人はそういう情報ばかり探す。自分の不安感を補強する情報は、今ネットでいくらでも無料で読めるので、週プレのコロナ記事はあえて入り口を広めに設定して、不安な人もそれほど不安に思ってない人も、それぞれの解釈で読めるようにしています。

そもそも週プレのスタッフには「読者の属性をあまり考えないようにしてほしい」と言っています。30〜40代の男性が主な読者ですが、彼らをめぐる社会情勢に光を当てて企画をつくると、どうにも世知辛くなりすぎるんです。そんなものにみんなお金を払おうとは思わないですよね?だから、「読んでいる間は読者が自分の年齢を忘れられるようなもの」でありたいなと。それにさっき申し上げたように、年齢や年収のような属性で語れないことがどんどん増えている気がしていて、それゆえ興味の最大公約数である「今、世の中で起きていること」に目を向けることを大事にしています。「今起きていることを読者と一緒に面白がる」という大喜利的なやり方がいちばん週プレらしいかなと。

「何かあったらどうすんだおじさん」と「CCおばさん」

前述のように一般的な企業の中でも、社員ごとに不安の強さというか、コロナというリスクに対する繊細さはものすごく違うことが明らかになりましたよね。ここで振り返ると、近年の「社内うつ」のような問題も、不安とか恐怖感は人によって違うことを、同じ組織内ですら共有できてないがゆえの悲劇だと思うんですね。このコロナ体験を通して、リスク感覚の個人差というものをみんなで痛感できて、全体的にもうちょっと個人個人に優しい組織が増えてほしいという期待はしています。

一方で、自分のリスクを避けようとする存在として「何かあったらどうすんだおじさん」と「CCおばさん」というのをご存じですか?(笑)いろんな会社の話を聞いていて僕が勝手にそう呼んでるんですが、現場が新しいことをやろうとすると「何かあったらどうすんだ?」って言って萎えさせちゃうおじさんはどこの会社にもいる。リスクを取らなくても市場が伸びていった90年代前半までに仕事を覚えちゃった今の管理職世代は、リスクに異常なほどビビる人が多いんです。今回、そういう人たちが「リモートワーク導入、やればできるじゃん!」と、試行錯誤しながら前進することを体験してくれたのは大きかった。ちなみに「CCおばさん」というのは、あらゆるメールのCCに大勢の人を付けてくるおばさんのことで「CCガールズ」にかけているんですが、分かりにくいですね(笑)。これはこれで、自分のリスクを分散させたいだけだと思うんです。 

「プランB」思考で、難局を乗り切ろう

コロナ体験の中で「プランB」というワードが広まりました。常に最悪の事態を想定しながら、次の手段を準備しておく。そうやって新しいことに挑戦するカルチャーが日本の組織に根付いたら、コロナ体験におけるプラスとなる気がしています。稼ぎ方が一つの分野に集中している危険性も見えたので、「プランB」を考える企業や組織も増えてくるでしょう。

ただ、両方を並行してやっていくのはかなり負荷がかかる。だから今後は効率化と多様性という、本来は相反するものをハイブリッドに行える人材が会社に必要となってくると思います。個人でも「副業」を考える人は増えるかもしれませんが、普通は今の仕事をちゃんとやった方が収入は絶対伸びるはずで、だからこそ、いざとなったら「副業」ができる状態にしておく「プランB」の考え方が大切なのではないでしょうか。同じように、地方移住も、東京で何かあったら行ける場所を確保しておくとか、地方に友人をつくっておくとか備えることが大事なのであって、実際に住んで仕事をするのは想像以上に大変ですよね、きっと。

雑誌の役割として、「プランBにはこんなものがありますよ」という選択肢を見せて視野を広くすることが、さらに求められる気がします。仕事柄、各分野に専門性の高い友人がいるのですぐ聞けて助かるんですが、そういう利便性を得られるサービスやビジネスをできないものかと考えています、雑誌として。


「楽しい」から「うれしい」へ

楽しいことって世の中いっぱいあると思うんですけど、うれしいことってそんなにないんですよね(笑)。例えば、小さい子どもの笑顔とか見てると「楽しい」と「うれしい」が一緒なんだけど、大人になると分化していく。近いことを作家の三浦展さんも言われてますが、「楽しい」というのは自分の外側というか環境にあるものだけど、「うれしい」というのは自分の内側からジワッとくるもので、たぶん承認欲求や尊厳が満たされる感覚とも重なると思います。そして、これからの雑誌をつくる上でのテーマとして、いかに「うれしい」を読者に提供できるか、すごく考えます。

現時点では、その役割として商業雑誌よりSNSの方が成功しているように見えますが、これは雑誌に限ったことではなく、あらゆるところで重要なキーワードになるはずです。例えば、「仕事がリモートになったらジョブ主義や成果主義になる」という話をよく聞きますが、どれだけ社員に「うれしい」を提供できるかで、その会社の雰囲気は大きく違ってくる。個人の成果に対する評価以上に、一緒に働いていく「うれしさ」をどう与えられるかが、会社にとってますます重要になる気がします。

ですので、雑誌には「ポストSNS的なもの」が求められていくでしょうね。今の自分の価値観を補強するだけでなく視野を広げてくれ、それでいて信頼や安心感、さらには「うれしさ」を感じられる場所です。ネットをずっと見ていると自ずと悪意にさらされるわけで、そういうものとはちょっと距離を置ける場所、親しみと新しい情報の掛け算みたいな場所をいかにつくっていけるかが大事だと思っています。


 【リモコンライフチームメンバーより】

松丸編集長のお話の中から見えてきた、
リモコンライフをより楽しむためのキーワードはこちらです。

◉プランB思考 
◉「楽しい」から「嬉しい」へ
◉「成果主義」から「うれしいか主義」へ
◉ポストSNS
◉信頼感と安心感の両立できる場所

新型コロナウイルスで、私たちのライフスタイルはどう変わるのか──人々の暮らしの中にまぎれたささいな変化や日々の心の変化に目を向け、身近な “新常態”を未来予測し、新たな価値創造を目指したい。この連載では「リモコンライフ」という切り口で、その可能性を探っていきます。

大企業を本当に変革したい人に送る「全員スター化」と「演じ分け」のススメ(後編)

前編に続き、東急グループでTokyu Accelerate Programを運営する福井崇博氏から、大企業の変革に挑戦した話を聞いていきます。確固たるビジネスモデルと伝統を築き上げた組織において、若手社員が変革を起こすためには何が必要なのでしょうか。

電通若者研究部としてONE JAPANに加盟する吉田将英が聞き手となり、「会社を変えたい」と願う若手社員へのヒントを探っていきます。

イノベーション成功の鍵は組織化と自分の中の多様性

イノベーション成功の鍵は組織化と自分の中の多様性

吉田:これまで2社でアクセラレータープログラムに携わってきて、イノベーションの成果というものをどう定義し、どう評価していますか? 新規事業の場合は、売上のような従来の経営指標だけでは効果測定が難しいと思います。一方で説明責任という意味では、やはり数字が強いのも事実です。

福井:これをどう指標にするかは企業によって違うと思いますが、「組織として次のステップに進める状態をつくる」ことが成果の一つの捉え方だと思っています。

「0→1」をするためのプロジェクトであれば、いかに組織化や事業化に向けた基礎を築けるか。その土台ができているのならば、「1→10」の段階だと思いますが、そこではいかに組織や事業を完成させられるか。一口にアクセラレーターといっても、会社によってその位置づけが変わるので、成果の定義も変わるのだと思います。

また、プロジェクトの性質ごとにリーダーやメンバーに求められる資質も変わります。「0→1」ができている企業であれば、次は「1→10」ができる体制に変化することが重要です。たとえばそのプロジェクトでリーダーを務める人が「0→1」に向いているタイプとしたら、次のフェイズで引き続き「1→10」をやらせてもワークしないこともあります。

吉田:スタートアップ企業で、成長フェイズによって求める人材が変わるのと似ているかもしれませんね。福井さん自身はこれまでリーダー的な立場でチャレンジをしてきて、どのように変わりましたか?

プロジェクトの段階やチームメンバーに合わせて自分のポジションを変える

福井:日本郵便では、私の好きなサッカーで例えると10番(司令塔)のようなポジションに徹していました。東急に入ってからは、10番の後ろでオールマイティに器用にこなす6番(ボランチ)のようなポジションを2年弱やってきました。

それはチーム内での役割だけでなく、企業内でのチームの役割にも通じると思っています。本来のアクセラレータープログラムなどのオープンイノベーション活動は、全社戦略に沿って、経営目標を達成するための手段として位置付けられるべきです。しかし最近は、アクセラレートプログラムやCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を運営すること自体が目的になっているケースもあります。

なので、まず全社経営戦略に沿ったオープンイノベーションを定着させることを私も意識しています。司令塔として音頭を取るだけでなく、そうしたブレを感じたらそっと軌道修正していくような役割です。

吉田:なるほど。日本でイノベーション志向の人はとかく坂本龍馬になりたがるけど、必要なのはいわば勝海舟というわけですね。異なる利害を統べるミッドフィールダー的な役割。龍馬は最終的に殺され、代わりは誰もいなくなってしまいました。その意味だと、企業における革命児は誰か一人に属人化させるのではなく、“イズム”を会社に残すことが大事かもしれませんね。

福井:そのとおりだと思います。私は最終的に、大企業でイノベーションを産み出すための汎用的な成功モデルをつくりたいと思っています。私が東急でやっている取り組みも、その目標を実現させるためのチャレンジです。

東急のアクセラレートプログラムでいうと、私が入る前の2015~2017年は旗揚げ&ポジション確立の第1フェーズ、2018~2019年は通年応募制などによる組織化/仕組化の第2フェーズ、2020年からはそれをグループ内のより幅広い人たちに選択肢として広げていく民主化の第3フェーズだと捉えています。実はそう思えるようになったのは、司令塔であることに固執せず、「組織としていかに力を蓄積できるか」を考えながら行動した今の経験があったからなのですが。

自戒を込めて言うと、大企業のイントレプレナーは、スタートアップ企業のような売上や利益貢献としての成果が出てなくてもチヤホヤされやすい風潮があります。その結果、特定のイノベーターだけに依存する体質になってしまうし、チームとしてイノベーションを起こせない。短期的にはそれでいいかもしれません。しかし組織を本当に変革させるならば、新たに人材を雇用したり、チームを大きくしてレバレッジを効かせないと、いつまでも同じフェーズの取組みだけやり続けることになってしまいます。

吉田:大企業に入らず起業する人と、大企業でのし上がる人は、性質が違いますよね。そのバランスを取ることができると、大企業という土台がなければ成立しえないイノベーションを、起業家のようなサラリーマンによって起こすことができる。私も大企業に所属する一人として、その精神は理解できます。

福井:またサッカーのたとえになりますが、東急に来てからは、真上からグラウンドを観ているようなイメージで、ねらったところにパスが通るようにするにはどうすれば良いかを考えたり、不在のポジションを自分が補ったりするように意識できるようになったと思っています。ある時には中盤、またある時には司令塔というふうに、演じ分けるイメージです。

ただ、あまりにも長いこと10番(司令塔)を離れると鈍ってしまうので、時には意識して自ら前に出ることも必要だと痛感した2年弱でした。これもバランスですね。そういったこともあり、1年ほど前からは、アクセラレートプログラムをやりながらもそれとは別のオープンイノベーションの取組みについて、主担当者として準備を進めてきました。今の部署はプロジェクトベースでチームが組まれることが多いので、いまは10番と6番両方をさせてもらっています。また、今の時代はリモート環境やITツールなども整っていろんなことができるようになってきているので、例えば会社では調整役をしながら、ONE JAPANのような課外活動では10番のプロジェクトを進めるといったことも1つだと思います。。

吉田:能力を保つ意味でも、周りに対して多彩さをアピールする意味でも、自分の中にいろいろな顔を持っておくことが大事ですね。とはいえ、福井さんのように器用なユーティリティープレーヤーになれない、という人はどうすれば良いのでしょう?

福井:リーダーだからといって必ずしもユーティリティプレーヤーでなければいけないわけではありません。自分の良さを引き出してくれるようなユーティリティプレイヤーを味方につけておくことが大事だと思います。

大企業にいるからこそできること

大企業にいるからこそできること

吉田:先ほど課外活動の話もありましたが、今は価値観が変わってきていて、個の力や存在感が強くなってきています。あえて聞きますが、それでもなお、大企業の存在は必要なのでしょうか?

福井:大企業にしかできないことがあると思っています。たとえば日本郵便や東急のように、人々の生活を支えるインフラになっている企業などが特にそうだと思っています。また、土台としての企業があってこそ個が輝くこともあります。

同時に、そうした輝いている個があるからこそ土台も生きます。個人と組織がお互いを支え合うバランスが大事であって、どちらかが良いという二元論ではない気がします。大企業の中で、共同体感覚を持って仕事をする満足感を得ながらも、多様な働き方ができる。その両立を実現できたら理想的ですよね。

吉田:電通もそうですが、大企業だと規模の大きいチャレンジもできるし、社外で個人的なチャレンジも両立できる。起業やベンチャー企業への転職も選択肢ですが、大企業でアクションを起こすことも、ある種“両取りの”キャリア形成ができる道なのかもしれませんね。

【開催告知】街中で”アート”体験を! 「Next World ExhiVision」9月19日から全国8都市のデジタルサイネージで開催

第23回文化庁メディア芸術祭の5つのプログラムのうちのひとつである「Next World ExhiVision」が、9月19~27日に全国8都市71か所で開催される。

Next World ExhiVision


第23回文化庁メディア芸術祭は、日常生活の中でアート作品に触れる機会を創出し、アートを身近に楽しめるよう、メディア芸術祭の広報企画として、5つのプロジェクトを順次実施するイベント。
そのひとつである「Next World ExhiVision」では、『日本の街、そして社会を、アートの力で鮮やかに』をテーマに、東京、北海道など8都市全71か所のデジタルサイネージにて、アートショーケースを開催する。

「Next World ExhiVision」開催概要

期間: 9月19日(土) ~9月27日(日)(作品の放映時間は不定期)
場所: 8都市(東京、北海道、神奈川、千葉、埼玉、愛知、大阪、福岡)
   71か所のデジタルサイネージ
企画・運営:  電通アイソバー / デビッドワッツ / LIVE BOARD
公式サイト:  https://www.next-world-exhivision.com/

メッセージ

コロナ禍による緊急事態宣言当時、ステイホームの掛け声の下、多くの興行が中止を余儀なくされ、アーティストの多くは活動の場を失っていました。ニュースでは、連日、感染者数が報じられ、悲観的な空気が世の中に満ちていました。そんな中、一つのアイデアが生まれました。

“全国のデジタルサイネージを活用して、アートで日本の街を染められたら、どれだけ素晴らしいことだろうか?”

アートの力で人々の心にあるフリクションを溶かし、明るい社会に変えていく。そんなチャレンジが、今はじまります。

配信されるサイネージは、LIVE BOARDが管理する、東京、北海道、神奈川、千葉、埼玉、愛知、大阪、福岡にあるデジタルサイネージとなります。
今回は、非常に幅広い領域のアーティスト(参加アーティストは、後日、サイトにて発表)の皆様にご参加いただき、多くのアートが街中に展開されます。

詳細はこちら:電通アイソバー リリース

大企業を本当に変革したい人に送る「全員スター化」と「演じ分け」のススメ(前編)

「辞めるか、染まるか、変えるか。」と題した本連載ではここまで、大企業の変革にまつわるいくつかのテーマをもとにしたイベントのレポートを通じて、新しい「大企業の可能性」を探ってきました。第3回からは、ONE JAPANに加盟する有志団体の所属企業の中から、大企業の変革に挑戦した事例をピックアップし、その当事者へインタビューする形式で、「大企業の可能性」について考えていきます。

今回インタビュイーとして登場するのは、東急でTokyu Accelerate Programを運営する福井崇博氏。同氏は前職である日本郵便時代から、コーポレートアクセラレータープログラムの立ち上げ・運営に携わってきた人物です。

確固たるビジネスモデルと伝統を築き上げた大企業において、若手社員が変革を起こすためには何が必要なのか。

電通若者研究部としてONE JAPANに加盟する吉田将英が聞き手となり、「会社を変えたい」と願う若手社員へのヒントを探っていきます。

自分を突き動かした3つの原動力

自分を突き動かした3つの原動力

吉田:福井さんは現在、東急でTokyu Accelerate Program の運営をされていますが、前職の日本郵便でもアクセラレータープログラムの立ち上げをされています。福井さんがアクセラレーターとしての道を歩み始めたきっかけは何だったのですか?

福井:私はこれまで、出向先を含めて3つの企業に所属してきました。新卒で日本郵便に入社し、そこから4年目に希望を出してローソンへ出向していました。そして3社目がいま在籍する東急です。きっかけとなったのはローソンにいた2年間の経験です。

ローソンでは元社長の新浪剛史氏や玉塚元一氏、現社長の竹増貞信氏をはじめとした経営陣がリーダーシップを発揮して、社員が同じ方向を向いている様子を肌で感じました。大企業って“縦割り”の組織になりがちだと思うのですが、それを超えた共創感とスピード感とがあり、私の言葉で表現すると、働いていて「チャレンジャー精神」がある会社だなと。

日本郵便に戻り、ローソンで見てきたプロ経営者や社員の方々と同じように「私も組織の壁を超えたチャレンジで会社を変えてやるんだ」と意気込んでいました。しかし、組織が違えば当然同じやり方ではうまくいかず、苦しんでいました。そんな時、地方創生とオープンイノベーションをテーマにした「まちてん」というイベントへの出展に向けたメンバーの公募があったんです。私はそのメンバーになり、それをきっかけに事業創造にもかかわるようになりました。ですが、メンバーが若手中心かつ本来の業務を抱えながらのプロジェクトだったこともあり、新たな共創案件を形にするまでには多くの時間がかかりました。

これらの経験を踏まえて、本当に会社を変えるなら、あらかじめ意思決定層を巻き込んだプログラムをつくるべきだと思い、オープンイノベーションプログラムを立ち上げました。

吉田:現状を変えたいと思った時に、福井さんのように自分で現状を変えようとする人がいる一方で、転職などによって自分のいる環境を変えようとする人もいます。出向から戻って、お話いただいた2つの“挫折”があったと思うのですが、なぜそれを乗り越えて「会社の意思決定層を全員巻き込もう」というマインドセットに至ったのでしょうか?

福井:入社以来、この会社を良くしていきたい・変えたい、という信念のようなものを形作ってくれたことが3つあります。最初は東日本大震災です。私は震災の少し後に被災地の郵便局や避難所へ派遣され、そこである郵便配達員の姿を見ました。その人は震災直後から、郵便配達に淡々といそしんでいたらしいのですが、「彼は津波で妻も子供も流されて、まだ見つかっていない」ということを一緒にいた局長から聞いたんです。それを知って、日本郵便が担っている社会的使命や存在意義とは何か、非常に考えさせられるところがあったのです。

2つめは、ローソンに出向して日本郵便を客観視できたことです。当時、私は2社共同のプロジェクトを提案し、ローソン出向期間中も日本郵便と一緒に仕事をした時期がありました。とある実証実験でいくつかの郵便局を巻き込むプロジェクトだったのですが、現場局員からすると本業ではありません。それなのに、みんなその企画にすごく協力してくれたんです。それを見て、自分が想像していた以上に「会社を良くしたい」と思っている人がたくさんいることに気づきました。この人たちとだったら会社を変えられる、変えなければならない、と思いました。

3つめは、まちてん出展に際して企画したビジネスを実現するために、ある社外の人に協業をお願いした時に言われた「大企業のオペレーションを抱えた若手がわちゃわちゃやってきて、結局何ができるんだ?」という一言です。今考えると確かにその指摘は正しくて、担当者レベルしか参加していないプロジェクトでは何も変えられない。でも、当時は反骨心を抱きました(笑)。

だから会社を動かすためにはどうしたらいいか本気で考えて、社長だけ、一部の役員だけではなく、関連する経営層全員の合意を得ることが必須だという結論に至りました。当時の社長だけでなく、郵便・物流部門と事業開発部門の全役員・全部室長にプロジェクトのメンターになってもらい、経営陣、ミドル、実務担当者までのみんなが協力してくれる、一緒に取り組んでくれる状況をつくりました。

吉田:大企業を見ていると、「うちの会社なんて」と言う卑屈病の人が多くいるように感じます。「痘痕も靨」(あばたもえくぼ。相手のことが好きであれば、あばたでさえもえくぼに見えるというたとえ)ではないですが、同じ事実であっても、捉え方は社員それぞれですよね。福井さんは会社の現状をポジティブに捉える力があって、それが周りにも伝播していったのかと思います。

福井:そのたとえで言うならば、「悔しい、変えたい」という感情を抱いた時は現状をあばたと捉え、心が折れそうなときにはえくぼだと捉えるようにしてきました。もう一つ、大事なのは、ネガティブなマインドを持った人はそもそもプロジェクトには参加させないことです。従業員数が数千人、数万人を超えるような企業であれば、多かれ少なかれ、必ず私のようなマインドの社員を「意識高い系」と揶揄する人がいます。

一つの会社という単位で見れば、生き残るために両方の考えを持った人がいること自体に意味があります。しかし、何か新しいことをやるためには、ネガティブな空気がないほうが良いと思います。

「全員スター化」で周囲を巻き込む

「全員スター化」で周囲を巻き込む

吉田:福井さんが日本郵便でとった戦略は、経営陣の中でも自身に共感してくれる人だけを味方につける“一本槍戦法”でもなく、いわゆる社内派閥というものにも無縁というか、超越したやり方だったと思います。どうしてそのような考えに行き着いたのですか?

福井:きっかけはまさに社内政治を目の当たりにしたことです。これも“大企業あるある”かもしれませんが、溝の深さは別にして、やはり組織である以上は方針や考え方に違いがあることは避けられません。でも一方で、私はそうしたことで自分のキャリアが左右されることには違和感があり、リスクだとも思っていました。それを解決して必要だと思うことをやり続け、会社を変えるためには、派閥や特定の人に肩入れするのではなく、関係する役員やミドルマネジメント層全員を口説くしかない、と。この考えは東急に来ても変わっていません。

吉田:人間関係の機微は非常に複雑だと思います。中には、「みんなから好かれているから気に食わない」という人もいたり……。

福井:リーダーシップには、ビジョンを示して共感を得て人を動かす変革型リーダーシップと、損得を示して人を動かす交換型リーダーシップがあるといわれています。私はそれぞれの役員に対して、その時々の状況に応じてどちらのタイプで会話をすればよいかを考えて、説明の仕方も変えていきました。

例えば、交換型で会話する人に対しては、いかにこの取組みに協力したほうが得だと思ってもらえるか。日本郵便のアクセラレートプログラムでも、当初はなかなか協力を得られない役員がいました。そこで、その役員に協力してもらう必要がある企画の説明に行った際、審査員長として社長の名前が入ったプレスリリース案を、資料に紛れ込ませてわざと目に付くようにしたり(笑)。

吉田:社長の名前が入ったプレスリリースに反対するのも勇気がいりますね。

福井:ですが、交換型だけで人を動かしていると、ちょっと情勢が変わるだけで手のひらを返されてしまいます。あくまで変革型のコミュニケーションをメインにして、「福井のことを応援するために協力する」と言っていただけるように、打ち合わせではあえてプレスリリースのことは話題にせず、その役員の管轄範囲を超えた意義などについて、粘り強く説明しました。

吉田:それぞれの役員が納得できる大義名分を個別に用意したわけですね。

福井:私もそこまでする以上、大切なのは「関わった人を勝たせてあげる」こと。一人ひとりにとっての納得感を大事にするだけでなく、自分の決断は正しかったと言ってもらえるように、プロジェクトにも全力を注ぎました。

吉田:そうした巻き込み役、あるいは調整役としての自分と、プロジェクトの企画役としての自分は、別の顔だと思います。かなり器用に使い分けているなと思いますが、どのようにバランスを保つための秘訣はありますか?

福井:「周囲を巻き込むためには企画の中身が大事」であり、「企画を成立させるには巻き込みが大事」だと思っています。以前と比較して、今はオープンイノベーションやアクセラレートプログラムなども含め、大企業イノベーションに関するノウハウがたくさん出回っています。キーパーソンを巻き込むためにどんな企画にすればいいのか、参考にできるものがたくさんあるはずです。自社なりの「WHY」を突き詰めれば企画自体も磨かれ、あとは周囲を巻き込むことに注力すれば良い状態になると思います。

吉田:そうは言っても、なかなか説得できない人も中にはいますよね。

福井:ポイントは正面突破だけじゃないということでしょうか。説得したい人がいたとき、その人が信頼する相手に協力してもらうことも実際にしました。

また、メディア露出も説得の一助となりました。私のインタビュー記事を見た上司が、「福井さんかっこいいね、応援したくなった」と言ってくれて。社外のメディアに出る際は、原稿内の表現を事前に広報部に相談して一緒に考えてもらいました。「私はちゃんと会社のことを考えながらやってますよ」ということを示しながら、同時に関係者を増やしていく活動でもあるんです。

取材でも、プロジェクトに携わったメンバーは役員やミドルも含めてできるだけ前に出てもらうようにしています。特に最初の頃は、意図的に社長の腹心といわれていたミドルたちにメディアのインタビューに出てもらうようにしていました。社内からすれば、「あの人たちが参画しているプロジェクトならしっかりしてそうだ」ということになるので、賛同者が増えることにつながります。

吉田:大企業は社内の利害関係が複雑に絡み合うので、まずは影響力のある人を味方につけるのは鉄則かもしれません。一方で、社内政治下手な人もいれば、逆に忖度ばかり優先する人もいますよね。福井さんは今お話いただいたような“寝技”と、正面突破のバランスを心得ているように感じます。

後編へ続く

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日本企業の成長の鍵、「データ分析」の真価はどこにある?

電通は、日本有数のデータ分析力を誇るブレインパッドとタッグを組み、合弁会社「電通クロスブレイン」(DXB)を2020年7月に設立、10月から営業開始します。

今回お話を聞くのは、日本屈指のデータサイエンティストとして大学の客員教授を務め、書籍を執筆するなど、後進の育成にも貢献してきたブレインパッドの佐藤洋行氏と、長年電通でマーケティングソリューションの開発に取り組み、近年はアメリカでデータマーケティングに従事していた川邊忠利氏。

新会社DXBの取締役となるキーパーソンの2人に、現在の日本企業が抱えるデータ活用の課題と、合弁会社創設の狙いを聞きました。

<目次>
市場にあふれるデータが、ビジネスに有効活用されていない   
データ分析から施策の提案・実行まで担い、クライアントと業績改善を目指す
両社の強みを生かし、データドリブンマーケティングの潜在力を証明したい

市場にあふれるデータが、ビジネスに有効活用されていない

──データ分析から施策の立案、実行まで担う「電通クロスブレイン」がいよいよ立ち上がります。ブ レイン パッドと電通の合弁会社ということで、データ分析が得意な会社になると思いますが、そもそもマーケティングの文脈における「データ」とは?

川邊:身近なところでは、ネットショッピングやスマホアプリで登録した個人情報、サイトへログインしたときの時間情報、ドラッグストアで提示したポイントカードの情報などがありますね。どんどん取得できるデータが増え、多様なデータがあふれている時代です。もちろんデータの取得や利用は、消費者の同意が前提です。

佐藤:集めたデータを処理する技術も進展しています。これらのデータは、各企業も独自に収集・分析していて、例えばヘビーユーザーになる可能性が高い顧客を特定したり、顧客の嗜好を把握したりしています。データ分析の重要性自体は日本の経営者にも浸透し、ここ10年でかなり理解が進みましたが、まだまだ現場での課題は多いですね。

川邊:佐藤さんは多摩大学でデジタルマーケティング関連のゼミを持ち、多くのデータサイエンティストを育てるほど、データ分析のスペシャリストですよね。そんな佐藤さんから見て、データのマーケティング活用のメリットはどこにありますか?

佐藤:よく「デジタルマーケティングの各種KPIを向上させる施策へのデータ活用」が紹介されています。しかし私は、KPI改善はデータ活用のメリットのごく一部だと感じています。

そもそも、KPIが改善するということは、消費者をよく理解して、施策を消費者にフィットさせた結果であるはずです。つまり、データ活用のメリットの根本は、「消費者をよりよく理解できる」ところにあるんです。特にコロナ禍もあって、消費者行動のデジタル化が進む中では、もはやデータを活用しなければ、消費者のことがほとんど理解できなくなるのではないでしょうか。

──現在は多くの企業が顧客データを取得・分析するようになっていますが、日本企業のデータ活用に何か課題はありますか?

川邊:最大の課題は、データアナリスト、データサイエンティストといった「データを分析する人材」が企業にも市場にも不足している点です。私はつい先日までアメリカのデータマーケティング会社で勤務していましたが、アメリカの大手企業は、データ分析のスペシャリストのチームを社内に抱えているのが当たり前。しかし、日本の多くの企業では事業やマーケティング活動の規模に対してデータ分析のリソースが足りていません。

佐藤:日本企業でマーケティングのデータ分析を行う場合、その仕事を担うのは、多くの場合マーケティング部門の方々なのです。ですが、マーケターにはマーケターの仕事があり、データ分析まで注力する余裕がないケースがほとんどです。また、彼らはあくまでもマーケティングのプロであり、データ分析の高い専門性を身に付けていることは稀です。

──データに特化した人材の活用面で、アメリカの方が進んでいるんですね。

川邉:そうですね。アメリカ市場はそもそも雇用の流動性が高く、統計学や機械学習に長けた優秀な人材が世界中から集まっていることもあり、「データ活用人材」の雇用が比較的容易なのではないかと思います。

また、アメリカの企業は、さまざまなコンタクトポイントで取得されるデータの統合や活用にも積極的です。流通企業の場合ですと、ウェブサイトやアプリ上での商品閲覧や購買の履歴と実店舗での購買履歴をマッチングさせ、より深く消費者を理解しようと努めているケースがとても多いです。また、自社の持つ情報の一部を他のメーカーに提供して、彼らの販促活動をサポートしていたりもします。

このように、アメリカはクライアント自身がデータ活用人材を多く抱えていることが多いので、われわれ外部のベンダーは「クライアントが持っていないデータ」や「データ間のマッチングのアルゴリズム」などを提供し、クライアントのデータと掛け合わせることで付加価値を出しています。

そして、アメリカでは

「完璧なデータなんてないよね」

「でもそれを使えば、前よりは良くなるよね」

という考え方で、ある程度推計に頼った、確率論的な取り組みをしているクライアントが多いです。

一方、日本では

「とにかくきれいにデータをそろえてからでないと、データ活用ができない」

と考える企業が多いように思います。

──そういうデータ統合や統計的な取り組みも、社内に人材が少ない日本企業では難しそうですね。

佐藤:人材の数の問題もありますが、企業が社内でデータ分析する難しさは質の面にもあります。一般的に、多くの分析担当者たちは市場のデータに疑問を抱かず、抽出されたデータをそのまま使います。しかし本来、データアナリストは、そのデータ自身が本当に正しい情報なのか、疑わなければなりません。

なぜなら、ネット上で得られるデータの状況は、目まぐるしく変化しています。例えば、最近になってiPhoneのサイト閲覧などのCookie情報は、7日間で削除されるようになりました。これを考慮せず、古い知識のままCookieの情報を使ってしまったら、正確な分析はできません。しかし、元々マーケティングが専門領域の分析担当者がそこまで考えを及ぼすのは、他にも多くの業務を抱えている中では難しいものです。

──つまり日本では、そうした企業内の人材不足やデータ分析の難しさから、外部のデータ分析専門のベンダーが活用されているわけですね。

佐藤:はい。ブレインパッドのようなデータ分析専門の外部ベンダーに依頼すれば、企業にとって必要な、適切なデータ分析を行えます。ただ、クライアントの本来の目的は、「外部ベンダーの分析結果レポートを手に入れること」ではありませんよね。あくまでも「入手した分析結果を基に、顧客へどのようにアプローチするのか」「データを活用していかに企業の業績を上げるのか」を考える必要があります。

多くの日本企業は、分析結果を入手しても、それを利用した顧客への効果的なアプローチの仕方が分からなかったり、アプローチしても施策を数回しか実行せず、継続的な対応を取っていません。これでは、一時的な売り上げ向上は見込めても、長期的な向上にはつながりません。せっかくのデータ活用が、せいぜい特定のプロモーションの改善に終始してしまっているんです。

日本でも「データを生かした部分的なKPIの向上事例」はたくさんありますが、データを活用することで圧倒的に業績を伸ばした事例はあまりありません。それこそGAFAのように、せっかくの顧客データを業績アップへつなげられていないことが、今のデータ活用界の停滞ムードを生んでいるのではないでしょうか。

そしてこれを解決するには、「企業目線」のデータ活用ではなく、「顧客目線」のデータ活用への転換が必要なんです。


データ分析から施策の提案・実行まで担い、クライアントと業績改善を目指す

──そんな状況で新たに誕生する「電通クロスブレイン」は、どのような会社でしょうか?

川邊:一言でいえば「企業のAlways-onマーケティングのデータ活用分野をサポートする会社」です。そのミッションは、電通とブレインパッドという全く異なる2社の強みを掛け合わせることで、クライアント企業のデータ活用をあるべき形に変えていくことです。

佐藤:これまで、データ分析は専門のベンダーが行い、分析結果を基にどうアプローチするかはクライアント自身、あるいはパートナーのマーケティング専門会社が行うケースが多かった。しかし電通クロスブレインは、データの分析で終わらず、効果的なターゲットへのアプローチ法を考え、実行するところまで行います。だから、「データ分析の会社」ではなく、「データ活用によりクライアントの事業を成長させる会社」だということですね。

川邊:社名もブレインパッドと電通の力を掛け合わせるため、「電通」掛ける「ブレインパッド」で「電通クロスブレイン」と名付けました。

佐藤:電通クロスブレインの略称は「DXB」なんですが、「DXBのDXはデジタルトランスフォーメーションの略みたい」とか、「DXB が『デジタル×ビジネス』っぽい」など、さまざまなビジネスの言葉を想起させることに、名付けたあと気づきました(笑)。だから、良い名前を付けたなと思っていますね。

DXBロゴ

──クライアントのDXを支援するに当たり、電通クロスブレインの最大の強みはどこですか?

川邊:クライアントと一緒に課題に向き合える点です。データ分析で見つけた課題に対して、クライアントと共同で取り組み、改善する。この「クライアントと共同で」というところが重要で、当社が一方的にデータ分析し、プランニングや施策を実行するのではありません。あくまでもクライアントのマーケティング部門や関連部署と密に連携しながら取り組みます。

佐藤:クライアントと協同し、一つのチームになって課題改善を目指すのが電通クロスブレインのやり方です。そのために、必要とあればクライアントのオフィスに常駐することもあるでしょう。

ですが、物理的に常駐するかしないかといったことよりも、真のチームになるために、クライアントの心の中に入るというか、精神的に一つのチームになっていくことを重要視しています。クライアントと信頼し合える関係になることで、本当のチームとなりベストパフォーマンスを発揮して課題が改善できるのではないでしょうか。

川邊:従来のデータ分析の会社と違い、私たちが目指すのは、クライアントの業績(KGI)にコミットできるサービスを提供する会社です。データ分析と、その分析結果から施策を考える人材の両方を提供する。また、クライアントのチームの中にその人材が入っていき、日々のオペレーションやPDCAに一緒に取り組む。そうした人材を集め、育てるために、ブレインパッドと電通が組んだんです。


両社の強みを生かし、データドリブンマーケティングの潜在力を証明したい


──お二人は電通クロスブレインを、どのような会社にしたいですか? 

川邊: 先ほどの話の通り、ブレインパッドと電通から専門的な知識を持った人材が集まり、その強みをお互いに強化していく会社ですね。

佐藤:われわれブレインパッドは、データ分析に注力している企業。データ分析による顧客の理解や、顧客への最適な接触機会の発見は、これまで数えきれないほど実行してきました。ですが、データを受け取ってもクライアントは、効果的なアプローチの仕方が分からない。私たちも、サポートしたくてもできない。

せっかくデータ分析でビジネス機会を見つけても、「ウェブ広告を打てばいいのか」「テレビやラジオCMを流した方がいいのか」「それとも新聞広告の方がいいのか」。このようなクライアントをフォローできず歯がゆさを感じていました。電通クロスブレインでは、そこを電通側のメンバーがカバーしてくれます。それによって根本的な「顧客体験の改善」を実現するのが、新会社の目的です。

川邊:「消費者に対し、効果的な施策を企画し、実行する」のは、電通の得意分野です。マスメディアの広告はもちろん、リアルイベントの開催など、さまざまな手法の中から最適な方法を見つけ出しアプローチできます。

逆にブレインパッドは、データ分析の分野でトップレベルの企業です。ブレインパッドのデータサイエンティストと電通のクリエイターが協力することで、より効果的なサービスを提供できるでしょう。

実は、ブレインパッドは、私が若いころから憧れていた会社で、佐藤さんのこともずっと知っていたので、今回、協働できて本当にうれしいですよ。ブレインパッドの高い分析力は、クライアントはもちろん電通にとっても必ずプラスになる。例えばブレインパッドのデータ分析力で、よりコアのターゲット層を発見できれば、電通のプランナーやクリエイターはピンポイントで、その層の興味を刺激する施策を構築できる。

佐藤:さらに互いの人材がスキルを補い高め合うことができますね。両社の人材の交流で、「データ分析から施策の立案、実行までできる人材」が増えていくことにも期待しています。

川邊:「マーケティングにおけるデータ活用」の重要性はずっと言われていましたが、データ分析と分析後の施策は、これまで断絶した状態でした。電通クロスブレインは、この二つを結ぶ新しいサービスを展開します。

佐藤:分析データをもっと活用すれば、さらに日本企業のポテンシャルを引き出すことがきっとできる。短期的なKPI達成ではなく、長期的な業績改善ができるようになります。そのために、まだ眠るデータ活用の領域を電通クロスブレインが掘り起こします。「データを本当に効果的に活用すると、企業の長期的な業績にも高い成果を出せる」ことを実証し、日本企業に波及させていきたいですね。

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株式会社電通 データ・テクノロジーセンター 
dtc_release@group.dentsu.co.jp

JRA「大不振」中内田厩舎がまさかの重賞未勝利……連敗ストップをかけるローズS(G2)クラヴァシュドール、リアアメリアの”仕上がり”に注目

 敏腕トレーナーの不振が続いている。

 昨年は重賞レースで8勝を挙げた中内田充正厩舎だが、C.ルメール騎手を背に1番人気アンドラステで挑んだ京成杯AH(G3)を10着に敗れ、今年のJRA重賞は17連敗となってしまった。

 アンドラステは岩田望来騎手とのコンビでエプソムC(G3)を4番人気で4着、関屋記念(G3)を1番人気で3着と惜敗。現在、騎手リーディングを独走しているルメール騎手の起用をしたことからも、勝負気配が強かったと思われるだけに残念な結果だったといえるだろう。

 そんな不振が続く厩舎にとって重賞連敗ストップの救世主となりそうなのが、秋華賞トライアル・ローズS(G2)に出走を予定しているクラヴァシュドール、リアアメリアの2頭である。

 クラヴァシュドールは桜花賞(G1)を4着、リアアメリアはオークス(G1)を4着と、いずれも春のクラシックであと一歩の成績に終わったものの、2歳時から高く評価されてきた馬だ。無敗の女王デアリングタクトがローズSを使わず、秋華賞(G1)に直行することが発表されただけに、前哨戦となるここで結果を出しておきたい。

 また、注目したいのは2頭のこれまでの臨戦過程だろう。

 クラヴァシュドールはマイナス体重で出走したチューリップ賞(G2)で2着に好走。桜花賞ではレース中に大きく後退する不利がありながらも4着に入ったものの、3番人気に支持されたオークスでは15着と大敗を喫した。

 これに対し、リアアメリアは1番人気で6着に敗れた昨年の阪神JF(G1)から直行した桜花賞を10着と敗れたが、8番人気まで評価の下がったオークスでは4着と巻き返している。

「前哨戦から仕上げたクラヴァシュドールはチューリップ賞、桜花賞と好走しましたが、オークスでは惨敗。リアアメリアの方は直行した桜花賞では結果が出ませんでしたが、休み明けを使われたオークスで4着と好走しています。

3歳牝馬にとってG1は過酷なレースとなりますから前哨戦での匙加減が難しいですね。今回、リアアメリアを直行ではなく前哨戦から使ってきたのは厩舎の戦略に変化があったのかもしれません」(競馬記者)

 昨年のローズS馬ダノンファンタジーも中内田厩舎を代表する1頭だが、休み明けの阪神牝馬S(G2)をプラス22キロで出走し、ヴィクトリアマイル(G1)ではマイナス20キロで出走したことも厩舎の試行錯誤の一環だったのかもしれない。

 はたして、2頭をどのように仕上げて来るのか。

 中間の追い切りと当日の馬体重に注目したい。

誰も仕組みを知らないGoToイートに税金2003億円投入…事業委託先に469億円支払い

 6日のテレビ番組『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系)に久しぶりに出演した。私が出演したコーナーのテーマは「Go To イート キャンペーン」である。『タックル』の初出演は2000年だったと思うが、まだ野坂昭如さんが出演されていた時だった。それ以来数多く出させていただいているが、今回は4年ぶりに声がかかった。

『タックル』には台本はあるが、台本通りに進行されることはない。こんな質問が予定されているという大まかな中身だが、コーナーゲストとしては、その質問に対してどんな答えをしようかと事前に考えておくのだ。私もA4用紙2枚に話したいことをびっしりメモして臨んだ。しかし、当然ながら「えっ! ここでその話」といったトークの連続で、平然と座っているように見えるかもしれないが、ゲストとしては、どこで何を言ったらいいのか頭をフル回転させている。見ている人は、そんなに違和感がないと思われるだろうが、それは、ひとえに阿川佐和子さんの絶妙な進行能力とスタッフの編集力のたまものだ。

 一つのコーナーは15分前後、今回は阿川さん含め出演者は8人なので、一人当たり平均2分弱しか話す時間はない。収録は2倍近くかけているので、発言の半分はカットされる。「何を話すべきか」は本番でとっさの判断で決めるしかない。さらに、トークによってアドリブで口を挟むことも必要になる。

1万円換算で2500円付加

 では、今回の『タックル』で話せたことは何か。実際の放送を見ると、私が話した内容はおおむね次の通りだ。

Q:「感染予防対策が確認できない、ということについてどう思うか」

A:「保健所の人はコロナ対策で忙しいのに、飲食店のチェックなどできません」

・この質問は、スタッフとの打ち合わせでは、私に振られる予定ではなかったので、とっさに思っていることを答えた。農水省の職員や商工会議所の担当者が訪問調査をしても、衛生管理の専門外の人では、お墨付きを与えるわけにはいかないだろう。

Q:「給付金の予算が少ないとはどういうことか」

A:「食事券は、給付金が767億円なので、一人当たり0.24枚しか手に入れられない」

・これは、用意していったメモにはないが、だいたい覚えていたので、話すかどうかはその場で判断した。計算式を詳しく説明すると次のようになる。

・給付金の総額が767億円、1万円券換算で2500円付加されるので、767億円÷2500円=3068万枚発行される。国民一人当たり0.24枚しか手に入れることができない。一度に2万円購入できるので、3068万枚÷2=1534万人で売り切れ。

・オンライン飲食予約は、一人1000円換算で767億円÷1000円=7670万回付与、一人平均0.6回、10%の人しか参加しなかったとして一人平均6回。ただし、複数のサイトで予約しても、同一人物と特定できないだろう。

Q:「その他、問題点は何か」

A:「一番問題なのは、ほとんどの消費者、飲食店がキャンペーンの内容をよく知らないことだ」

・国からのPRもほとんどされていないし、9月からスタートしようとしているのに、どこの飲食店が利用できるかも決まっていない。

Q:「景気回復になるのか」

A:「Go To トラベルと違って、0が+1になるわけではない。Go To イートをしても、一人一日3食が4食になるわけではないので、今、外食している人が食事券を使って食べるだけで客は増えない」

・これについては、石原伸晃さんと岸博幸さんは、外食に行かなかった人が行くので、客は増えるという意見。

 もう一つ、「オンライン予約の問題点」については、「飲食店は、予約と予約確認とポイント付与とレジでの決済の同期を取らなければならない」ということだ。店側は「いつ、誰が、何人で来るか」を把握し、来店した時にサイト側に確認証明をすることで、サイト側で客にポイントを付与する。店側は、2回目以降ポイントで精算されるので、誰がポイントをどれだけ使用したのか把握する必要がある。

長い行列ができる懸念

 では、私はどんなことが言いたかったのか。

 テーマは「景気回復なるか?“Go To イート”で現場は大混乱!?」である。トーク中に話題になる(質問される)可能性がある小テーマが4つあったので、そのすべてに回答を用意した。ただ実際に主に放送されたのは「Go To イート キャンペーンの問題点は何か。景気は回復するのか」だったので、その質問に対して私が用意した原稿(メモ)を、文末に掲載したので参考にしていただきたい。メモはあくまで覚書であり、トーク時間はかなり短いので、すべてを話したわけではない。実際にはメモの10分の1程度だろう。ただ、何を話したかすべてを記憶しているわけではないので、どこがカットされたかはお伝えできない。

 メモだけでは何を言いたいのかよくわからないと思うので、少し補足したい。

 食事券で一番心配なことは、販売所で行列が長くならないかということだ。たとえ多くの消費者が並ばないとしても、転売目的の人が多く並ぶ可能性がある。金券ショップが2万円の食事券を2万2000円で買い取ってくれれば、1回並ぶことで2000円の利益となる。

 もう一つは、飲食店が事務局に持ち込む食事券だ。飲食店は2万5000円分の食事券を事務局に送れば、2万5000円振り込まれる。ところがこの食事券、たとえば「かつしかプレミアム付商品券事務局」のHPに次のような記載がある。

「商品券の取り扱いルール(事業者向け)」

・自ら商品券を購入し、自店舗で使用されたかのように偽り換金する行為等の不正行為は堅く禁ずる。

 つまり、飲食店は「お客が使ったかどうかわからない食事券であっても全額換金できる」ということだ。例えば、飲食店の人が並んで2万円で購入した食事券を、そのまま事務局に送れば2万5000円が振り込まれる。一度使った食事券の流用を防ぐため、店側は使用済みスタンプを押すなどするだろうが、事務局側では本当に使用済みかどうかの判断はできないだろう。

 いずれも偽造食事券ではないので、最大2万円で5000円しか利益がない。そこまでする人がいるだろうかとは思うが、国が全国規模で行うキャンペーンなので不安はある。転売目的の人が多くなれば行列は長くなる。販売する側は、ソーシャルディスタンスとして1m間隔で消費者を並ばせるだろうから、100人で100m、1000人並ぶと1kmになる。

 愛媛県は、県内約100カ所の窓口で販売される。愛媛県の人口は約133万人。20%の人が100カ所に並ぶと、1販売所に2660人。10%の人でも1330人が並ぶことになる。特に愛媛方式は、1セット5000円(500円券×10枚)の食事券が4000円で購入できる。最小単位が500円なので、おつりを考えると使い勝手が良い。便利で(お得で)あるがゆえに行列が長くなる可能性がある。

 一方、香川県は往復はがきによる抽選(合計4回)で42万枚(額面52.5億円)を販売すると公表したが、重複応募をチェックできるだろうか。1世帯(同じ住所)から複数応募があった場合、勤務先の住所から応募があった場合等、同一人物が複数応募する可能性がある。買い占め防止策はとっているのだろうか。香川方式は1セット1万円(1000券×10枚+500円券×5枚)なので、おつりが出ないことを考えると愛媛方式より使い勝手が悪い。

 オンライン飲食予約も並ぶ必要はないが、購入すれば来年3月末まで使用できる食事券と違って、付与するポイントがなくなった時点で終了となる。全国から誰でも予約ができるので、大量の予約が集中する可能性がある。サイト側はパンクしないだろうか。具体的な仕組みはわからないが、混乱は必至のような気がしてならない。

 いずれにしても、行列は「販売所が近くて、行列が苦にならない人」に有利であり、オンライン飲食予約は「インターネットが得意な人」に有利である。今回のキャンペーンは、どちらも不公平であることは歴然としている。定額給付金の口座に1万円振り込んでくれたほうが消費者はありがたい。

 Go To イートの総予算は2003億円だが、食事券とオンラインポイントがそれぞれ767億円で計1534億円、委託費が469億円である。総予算の約23%のお金が委託事業者に流れる。食事券事業では約200億円が委託費だ。47都道府県に均等に分配しても、各都道府県の事業者に約4.3億円が支給される。いったい誰が得をするのだろう。

【スタジオに持ち込んだメモの抜粋】

 一番の問題は、ほとんどの消費者がGo To イートの内容について理解していないこと。食事券の場合、一部ネット販売もできるが、ほとんどが窓口での対面販売になる。

 一つの販売所で1日2000万円、1000人分が販売されるとすると、1000人並べば終わり。ショッピングセンターで100人並べば100mの行列。転売目的の人が何度も並ぶ。食事券は金券ショップが買う可能性がある。

 もう一つは飲食店も買うかもしれない。買い占めようと100人が10回並べばそれで終わり。買い占めを防止しようとすると、敗売窓口で本人確認をしなければならなくなる。そうなると行列を待つ時間が長くなる。

 オンライン予約で付加されるポイントは、一人当たり0.6回、10人に1人しか利用しなかったとしても一人当たり6回、6000円。食事券と違って5000ポイント一度にもらえるものではない。来店して初めて500ポイントか1000ポイントもらえる。ポイントもなくなり次第終了なので早く使った者勝ち。一人、月に1回の予約しかできないと規制しても、複数のサイト、携帯やパソコンから予約すればいくらでも予約できる。大手の飲食店が参加すれば1~2カ月で終了する可能性がある。

 私は逆に、大手は参加しないと思うので、中小飲食店だと、ランチ時に多くのお客を店に入れるわけにいかないので、予約しても抽選で外れる人が続出するのではないか。オンライン予約に慣れた人でなければ無理。だからすごく不公平。

 店側も、お客の数は増えない。一人3食や4食に増えるわけではない。いつも来てくれる人が、現金ではなく食事券やポイントで支払うだけ。

 Go Toに限らないが、末端の事業者や消費者よりも、政策の委託を受けた事業者が一番儲かる仕組みになっている。Go To イートも委託事業者の予算は469億円(給付金は1534億円)。税金の使い方が、特定の事業者に恩恵を与えることが目的になっているので、一部の企業の一時的な景気回復にしかならない。国民一人ひとりにはわずかなバラマキだが、委託企業にとっては莫大な利益が転がり込む。それよりも、定額給付金や持続化給付金のほうが、国民ははるかにうれしい。一度振り込んでいるから、2回目は簡単。

 食の業界にとっては、年末年始が1年間で最も稼ぎ時。年末年始に売上が半減状態では、商売の継続は難しい。経済は徐々に回復傾向にあるが、まだ終息には時間がかかるだろう。客を来店させる政策よりも、終息までのつなぎ資金を、末端の事業者に給付するほうが有効。

(文=垣田達哉/消費者問題研究所代表)