中条あやみ、池松壮亮と熱愛&真剣交際の噂…妻夫木聡夫婦との食事に同席で“公認の仲”?

 13日に公開された映画『水上のフライト』に主演している女優の中条あやみ。映画のPR活動のために積極的にテレビ出演などをこなすなか、11日放送のバラエティー番組『TOKIOカケル』(フジテレビ系)にゲストとして出演。自身の恋愛観などについて語った。

 番組ではプライベートで仲良くしている水川あさみとのエピソードや恋愛に関する質問などに答えていったのだが、なかでも印象的だったのは、恋愛面では積極的なタイプだという話。「失敗したり、待っていてもダメだなと思ったりして。せっかく好きになったのに、自分から伝えずに終わってしまうのはもったいない」と意外な一面を告白したのだが、中条といえば3年前に俳優の池松壮亮との熱愛が報じられたこともあった。

「2人は今も交際が続いていて、中条が池松の住むマンションに通う姿が目撃されていますよ。映画共演を機に親しくなり、中条から池松にアピールして交際に至ったそうです。その映画では中条演じる女子高生が池松演じる男子高生に恋心を抱いているという設定で、映画の内容が現実になったとスタッフの間では盛り上がっていました。

 ただ、2人の交際については、あまり報道が広がらなかった。3年前も今も、所属事務所は中条を猛プッシュして売り出し中ということもあり、事務所が週刊誌などに報道をストップしてもらえないかとお願いすることもあったようです」(業界関係者)

 一方の池松はかつて「週刊女性」(主婦と生活社)のインタビューで、「自分の中で優先順位があって、その1番に女の人が入ってこないからいろんな問題が起きるんだと思います」と語っており、池松の価値観に理解がある女性でないと結婚に至るのは難しいようにも感じるが――。

「中条はコソコソ隠れて交際するのが嫌いなのか、堂々と池松の自宅へ足を運び、その近所での目撃情報も多いです。池松は所属事務所の先輩である妻夫木聡と親交があり、たまに食事をする仲ですが、妻夫木夫婦とのゴハンの席に池松が中条を連れて行くこともあるようです」(業界関係者)

「2人はもう夫婦同然」(中条を知る関係者)という声も聞かれるが、結婚の知らせが世間を驚かせる日が来ることに期待したい。

(文=編集部)

 

JRAエリザベス女王杯(G1)アーモンドアイ世代ワンツーで、3歳デアリングタクトの評価急落!? オークス2着馬4着好走も実力に疑問符……

 15日、阪神競馬場で開催された秋の女王決定戦・エリザベス女王杯(G1)。先頭でゴールを駆け抜けたのは、1番人気のラッキーライラック(牝5歳、栗東・松永幹夫厩舎)だった。

 同馬はこのレース連覇を果たし、G1通算4勝目。クビ差の2着には、直線鋭く伸びた5番人気のサラキア(牝5歳、栗東・池添学厩舎)が入り、結果的に5歳馬のワンツーとなった。

 エリザベス女王杯の出走資格が「3歳」から「3歳以上」に変更された1996年以降、5歳馬によるワンツーは今回が初めて(2009年は5歳馬と6歳馬によるワンツー)。ちなみに、4歳馬のワンツーは5回、3歳馬のワンツーも2回を数える。

 例年なら3~4歳馬が上位に食い込むことが多いこのレース。過去10年で5歳馬は「1-2-1-48」という絶望的なデータを知っていたファンは痛い目に遭ったのではないだろうか。ラッキーライラックとサラキアの2頭は、これを覆しただけでなく、いわゆる“アーモンドアイ世代”の牝馬の強さも改めて証明した。

 4歳馬で最先着を果たしたのは、3着に突っ込んだラヴズオンリーユーだった。出走した4歳馬4頭の中で唯一のG1馬として、「クビ+クビ」差に迫り、意地を見せた。

 そして、5頭が出走していた3歳馬の最先着が9番人気のウインマリリンだった。結果は、ラヴズオンリーユーから1.3/4馬身離された4着。古馬とは2kgの斤量差があったが、ウインマリリン以外の4頭はほぼ人気通りという着順に終わった。

 この結果を受けて、3歳牝馬の“世代レベル議論”が再燃しそうだ。ウインマリリンといえば、オークス(G1)でデアリングタクトに「半馬身差」の2着という実績が光る。これを物差しにすると、デアリングタクトがエリザベス女王杯に出走していても、勝てていたかどうか……。

 今年の3歳クラシック戦線は牡馬牝馬ともに無敗の3冠馬が誕生した。歴史に学べば、3冠馬が誕生した世代は、後に振り返ると低レベルだったということが多いのも事実だ。

「この世代(3歳)の牡馬は、コントレイルとサリオスが抜けているという評価です。ここにアルゼンチン共和国杯(G2)で強い勝ち方を見せたオーソリティが加われるかどうか……。マイルCS(G1)に出走するサリオスの結果次第である程度、3歳牡馬のレベルははっきりするでしょう。

一方で3歳牝馬のレベルは未知数のままです。最先着を果たしたウインマリリンは、経済コースを通るオークスと同じような競馬をしましたが、上位3頭とは、簡単には埋められない実力差があったように思います」(競馬誌ライター)

 アーモンドアイを筆頭に、ラッキーライラック、サラキアなど有力5歳牝馬は一口馬主クラブの馬が多い。そのため、遅くても来年3月には引退してしまう。1つ下の4歳世代には短距離部門にグランアレグリア、中長距離部門にはクロノジェネシスという絶対的エースがいる。これに復調の兆しを見せたラヴズオンリーユーが加わる。

 エリザベス女王杯の3歳牝馬の結果を受け、間接的にデアリングタクトの実力にも疑問符がついてしまった。JRA史上唯一の無敗3冠牝馬は、ジャパンカップを前に窮地に追い込まれたともいえるだろう。

 同世代では抜けた実力の持ち主であることに間違いはないデアリングタクト。果たして、世代の壁を超えて名牝となれるのか。その答えが出るのはそう遠くない未来だ。

パチスロ「一撃13000枚」に“10万負け”…天国と地獄を味わった『ゴッド』ヘビーユーザー「最後の大勝負」の行方は!?

 私がこのコラムを綴っているのが11月2日。これから約6年もの間ホールへ貢献し、パチスロユーザーを楽しませてきた『ミリオンゴッド-神々の凱旋-』の撤去が、順次始まります。

 現行機で「一撃万枚」を狙える数少ない爆裂機なだけに、別れを悲しんでいるユーザーは多いはずです。それこそ天国と地獄、両方の顔を持つ『ゴッド』シリーズ。多くのファンの印象に残るドラマを生み出してきたことでしょう。

 それは私も同様です。大勝を狙って返り討ちとなったり、ジャグラー感覚で投資金額を3000円と決めて「GOD揃い一本釣り」を決めたりなど様々な思い出がございます。そして、ホール店員時代には忘れられない『ゴッド』ヘビーユーザーとの出会いもありました。

 今回は、ホール店員時代に体験した『ゴッド』にまつわるエピソードをご紹介しましょう。神に魅せられ、神に全てを捧げた人間にまつわるお話です。

 勤め先だった店舗には、『ゴッド』への愛が強すぎるあまり、それ以外の機種には目もくれずひたすら『ゴッド』のみを遊技していた「村田さん(仮名)」という常連様がいらっしゃいました。

 時には「GOD揃い」を5回も引き当て「13000枚オーバー」の出玉を獲得した事もあり、その際は「ようやく爆出しできたよ!」と嬉しそうに話していたこともございます。

 無論、そのような景気のいい経験ばかりではございません。時には2連続で天井へ連れていかれてもスルーするという悲惨な結末。「しばらく打てないよ…」と泣きそうになっていたエピソードは数多くありました。

 どんな状況であろうとも「GOD揃い」を引ければ一気に逆転できる。これは村田さんの持論ですが、確かに『ゴッド』シリーズの魅力は「1/8192」の最強フラグに集約されているといっても過言ではありません。

 酸いも甘いも知り尽くした村田さんを、我々スタッフはいつしか「ゴッドマスター」と呼称するようになりました。そんな村田さんは去年の今頃、『アナザーゴッドハーデス‐奪われたZEUSver.‐』の撤去日が近いと知り、こんな事を仰っていたのです。

 「1か月お金を貯めて全力でハーデスを打ち収めする」

 村田さんはシリーズの中でも特に『ハーデス』への思い入れが強く、並々ならぬ覚悟を感じ取りました。それこそ、撤去日には「有休を使って開店から閉店まで打ち切る」と気合十分の様子だったのです。

 そして訪れた『ハーデス』の撤去当日。開店前には本機を打ち収めしようと多くのお客様が入場抽選に参加しておりました。その日に限っては『ハーデス』コーナーのみが100%の稼働状況となっていたのです。

 島の中には奮闘する村田さんの姿がありました。チラッとデータカウンターの履歴を見ましたが、厳しい展開に苦戦している様子。ただ、店長の粋な計らいかは分かりませんが、その他の台はお客様側のプラス差枚となるお祭り騒ぎとなっていたのです。

 4号機時代のパチスロ全盛期を思わせる盛況ぶり。『ハーデス』の圧倒的な存在感を撤去日に思い知らされることとなったのですが…。

 唯一気がかりなのは、村田さんが出ていないということ。眉間にしわを寄せ、厳しそうに遊技を続ける「ゴッドマスター」は近寄りがたいオーラを漂わせておりました。

「頑張れ」と心の中でエールを送りつつ業務をこなしていると、さっきまで鬼の形相で遊技していたのが嘘のような満面の笑みを浮かべた村田さんが、私の元へ歩み寄ってこう言いました。

「10万使ってやっとGODが揃ったよ!」

「おめでとうございます!伸びるといいですね!」と返事しながらも、内心は10万円も投資していた事に驚いておりました。ただ絶望の淵に立たされながらも、心からGOD揃いを喜ぶ姿は、まさに「ゴッドマスター」。見ているこちらも自然と笑顔になったのです。

「何枚出るかな」「半分でも取り返せればいいけど」と高鳴る鼓動を隠せない様子で話す村田さん。私も「これからですね!頑張ってください」と精一杯のエールを送ったのですが…。

 GOD揃いで現れたのは犬3匹…。大して伸びずに終了してしまったのでした。

 もはやかける言葉もございませんでしたが、村田さんはその後もくじけることなく閉店まで『ハーデス』を打ち続けたのです。

 帰り際に「最後にGOD引けて良かった」と話す村田さんの表情は、実に清々しいものでした。「心からゴッドを愛しているのだな」と感じたのを覚えております。

時は流れ、現在は『ミリオンゴッド-神々の凱旋-』の撤去が迫っている状況。昨年のように全ツッパで打ち収めを決行する村田さんが目に浮かびます。村田さんを始め、多くのファンが打ち収めをすると思いますが、皆さんが悔いの残らない結果となるよう祈っております。

(文=ミリオン銀次)

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JRA「歴代2位」田辺裕信グレイテストな自爆逃げ!? 玉砕同然「大暴走」に非難の声が殺到……シンガリ大差負けの不可解騎乗に賛否

 15日、東京競馬場で行われた3歳上・2勝クラス(芝1800m)は、武藤雅騎手の2番人気ラルナブリラーレが2着ルイジアナママに4馬身の差をつける快勝。ペースに惑わされず、好位からソツなく抜け出した武藤騎手の好騎乗も光った内容だった。

 東京競馬場の芝は開催が進んだこともあり、内側が荒れ気味の馬場状態。これにともない時計の掛かるレースが目立ち始めていたが、勝ちタイムは1分45秒9と速い。同じ芝1800m条件で行われた毎日王冠(G2)が稍重で1分45秒5だったことを考えれば、0秒4差は異例といえるだろう。

 一方、結果手にこの好時計の立役者となってしまったのが、田辺騎手とのコンビでこのレースに出走していた3番人気グレイテスト(牝4、美浦・武市康男厩舎)だ。

 15頭立てで行われたレース。グレイテストはスタートしてすぐに田辺騎手が主張してハナへ。しかし、先頭を取り切ってからもペースを落とすことはなく、2番手以降の馬との差は広がるばかり。後続を大きく離しての独り旅は1000m通過56秒7という超ハイペースを演出することとなった。

 これまで逃げで好走していたグレイテスト。それだけに、逃げたこと自体は”平常運転”だろう。しかし、ここまで飛ばしてしまうと現在の東京を逃げ切るのは至難の業である。

 サイレンススズカやツインターボを思わせる逃走劇に沸き立つ競馬ファンも多かったが、数秒後には残念なシーンをただただ見守るだけとなった。

 一時は20馬身近く離しての大逃げも直線に入る頃には、追い上げて来た後続馬とのお釣りも早々となくなった。残り400mあたりでバッタリと止まり、後ろから来た馬に次々と置き去りにされていった。

 これに対し、ネット上の掲示板やSNSでは「なにやってんだよ」「笑うしかない」「距離誤認じゃないか」など、田辺騎手の騎乗を責める意見も多く出ていたようだ。3番人気馬の大敗に、中には「騎乗停止にしろ」という過激な言葉もあった。

「最後まで残し切ればマジックと絶賛されたかもしれませんが、大差負け最下位では……。これではただの暴走だったというしかありません。16年安田記念(G1)の8番人気ロゴタイプや14年フェブラリーS(G1)の16番人気コパノリッキーの逃げ切りなど、田辺騎手はアッと驚く思い切りのいい騎乗が持ち味です。

メインレースのオーロC(OP)では他馬が外を回す中、ただ1頭イン突きを決めて3着に入ったように、唸らせられる騎乗も見せてくれました。心配なのは馬の方ですね。最後は歩くような感じでゴールしていました。故障していなければいいんですが……」(競馬記者)

 大逃走となった今回の騎乗だが、レース前に陣営が出していたコメントに伏線があったのかもしれない。

「グレイテストを管理する武市調教師は、稽古でブリンカーをつけたら動きがよかったため、レースでも試したようです。ブリンカー効果でコントロールが効いて力まずに走れればという狙いだったようですよ。

それにしても速過ぎましたね。東京芝1800mで1000m通過56秒7は、歴代2位の超ハイペース。最速は03年府中牝馬S(G2)で逃げたスマイルトゥモローの56秒3でしたが、これと0秒4差でした」(同記者)

 陣営としては力みやすい馬の気性を制御するためにつけた改善策がブリンカーだった。

 ところが、「ブリンカー効果」でレースに集中し過ぎたことが、かえって猪突猛進する結果となってしまったというのなら、何とも皮肉な結果だったというしかない。

大野智は浮気を繰り返したのに“純愛”? 松本潤と櫻井翔も二股報道でも、二宮和也の結婚だけが叩かれた嵐の謎

正解のないWEBマガジン~wezzyより】

嵐Instagramより

 嵐・大野智とシングルマザー女性との悲恋で、大野への同情の声が相次いだ。大野とシングルマザー女性A子さんとの熱愛を伝えた「週刊文春」(文藝春秋)によると、大野とA子さんは2013年に出会い、交際に発展。2017年から同じマンションに二部屋を借り、マンション内同棲を始めていたという。

 同年6月、大野はA子さんと結婚するために嵐脱退と芸能界引退をジャニーズ事務所に申し出るものの、話し合いの末に「嵐の活動休止」という形に収まり、「アイドルである限り結婚はできない」として結婚は白紙に。A子さんから身を引く形で二人は破局したそうだ。

 大野に長年恋人がいたことに憤慨するファンもいたものの、アイドル活動と結婚の狭間で揺れ動いた大野とA子さんの “純愛”と悲恋に同情する声も大きい。

 しかし大野といえば、A子さんと交際中だったはずの2015年に別の女性とのデートをスクープされ、謝罪会見までしている。また、「文春」記事では、2013年に西麻布の会員制バーで知り合った元モデルのB子さんと浮気し、A子さんにバレていたと暴いている。意外にも浮気三昧だったようだ。

精神科医が語る葛飾北斎のADHD…生涯93回の転居、頻繁な改名、無礼で金銭には無頓着

 葛飾北斎は、『冨嶽三十六景』『北斎漫画』などの作品で知られる江戸後期の高名な画家(浮世絵師)である。北斎の浮世絵は世界的にも広く賞賛され、『ひまわり』などの作品で知られるゴッホにも影響を与えた。ゴッホは北斎の作品を手本にして、浮世絵風の作品を残した。

 ゴッホは日本の美術について、次のように述べている。

「日本の芸術は、中世、ギリシャ時代、我がオランダの巨匠レンブラント、ポッター、ハルス、フェルメール、ファン・オスターデ、ライスダールの芸術と同じようなものだ。いつまでも生き続ける」(1888年7月15日、アルルにて弟テオあての手紙/オランダ・アムステルダムのゴッホ美術館公式サイトによる日本語訳より)

 北斎の海外での評価は、日本におけるものよりもはるかに高い。この点について、戦前から戦後初期に活躍した文豪・永井荷風は次のように述べている。

「ヨーロッパ人の北斎に関する著述として私が知っているものとしては、フランスの文豪ゴンクールの『北斎伝』、ルヴォンの『北斎研究』がある。またドイツ人ペルジンスキイの『北斎』、イギリス人ホームズの『北斎』という著作がある。フランスにおいて早くに日本美術に関する大著を出版したルイ・ゴンスは、思うに西洋諸国において最も北斎を称揚している人物である。

 ゴンスは、北斎を日本最大の画家とするだけではなく、おそらくヨーロッパ美術史上の 最も偉大な巨匠たちの列に加えられるべきものとしている。例えばオランダのレンブラント、フランスのコロー、スペインのゴヤ、さらにフランスの諷刺画家ドーミエとを一つにしたような大家であるという」(永井荷風『ヨーロッパ人の見た葛飾北斎と喜多川歌麿』【Kindle版】より/近代美術研究会による現代語訳)。

90歳の臨終時、「あと5年、10年生きれば、まことの絵描きになってみせる」

 北斎は、1760年に現在の東京都墨田区に生まれた。1760年といえば徳川家治が第10代将軍に就任した年で、同じ年には、独自の麻酔法を編み出した医師の華岡青洲も生誕している。

 1767年には田沼意次が将軍の側用人となり、幕府の政治を牛耳った。このいわゆる「田沼時代」は賄賂が横行し華美な生活に走る傾向が強かったと批判されることが多いが、実はこの時代の経済は非常に好調だった。

 北斎の個人的な経歴については、不明の部分が多い。北斎の生家の姓は「川村」で、幼児期に鏡師である中島伊勢の養子となったとされているが、中島家の生まれであるという説もある。

 北斎の伝記を執筆した美術評論家の瀬木慎一によれば、北斎の遺骨は川村家の墓に納められていることから、北斎は川村家の生まれで、その後血縁のある中島家の養子になったが、家業の鏡師になることを嫌って家を出たと推測している(『画狂人北斎』河出文庫)。その後の少年期に北斎は、貸本屋の丁稚、木版彫刻師の従弟などとして働いていたらしい。

 北斎は幼い頃から絵に興味を持っていたこともあり、1778年に浮世絵師・勝川春章の門下となった。ここで彼は、狩野派や唐絵、西洋画などの技法を学び、風景画や役者絵を数多く描いた。

 北斎は生涯に2度結婚し、それぞれの妻との間に一男二女、合わせて二男四女をもうけた。三女であるお栄(阿栄)は後に葛飾応為と称し、北斎の助手をすると共に、浮世絵師としても活躍をしている。

 北斎の没年は1849年で、90歳という長寿であった。臨終にあたって北斎は、「あと十年、いや、せめて五年生かしてくれ。そうすれば、まことの絵描きになってみせる」と述べたという(永田生慈『もっと知りたい葛飾北斎―生涯と作品』東京美術)。

北斎の「非常識な行動」には確かな情報ソースに欠けているものも多い

 北斎は多数の作品を残した高名な画家である一方で、その行動には、常識からかけ離れた点がさまざまあることが指摘されている。しかしながら、これについては確かな情報ソースがあるわけではなく、明治も中期になった1893年になって刊行された飯島虚心の『葛飾北斎伝』(岩波文庫)の記載によるものが大部分であるという。

「著者の虚心は、この本を執筆するにあたって、北斎を直接知っている人物の取材を精力的に行った。とはいうものの、北斎の死去から40年あまりの年月が経過しており、存命するものはごくわずかで、彼らの証言にどこまで信憑性があるかは疑問があるようだ」(永田生慈『葛飾北斎の本懐』角川選書)。

 ともあれここでは、北斎の特異な言動や生活ぶりのいくつかについて、『葛飾北斎伝』の現代語訳を永田氏の著作から引用しつつ示していきたい。

生涯93回の転居、ひんぱんな改名、金銭への極端な無頓着、礼儀作法も好まず

 北斎について第一に挙げられるのが、極端な転居癖である。北斎はその生涯において、93回も転居したと伝えられている。

「生涯の転居は93回にも及び、甚だしい時は一日で3カ所も引っ越したことがあったといわれる」(以下基本的に、引用部は永田生慈『葛飾北斎の本懐』より)

 さらに北斎は改名もひんぱんだった。知られているだけで、北斎は30以上の名前を持っていた。北斎のほかに、「宋理」「画狂老人」「天狗堂熱鉄」などとも称していた。没年である90歳時にも、「卍」「藤原為一」という名前を使用している。

 ひんぱんな転居の原因としてよく指摘されるのは、北斎のルーズさ、だらしなさ、片づけのできなさである。この点は助手として同居していた娘の応為も似たようなものだったらしい。

「無精で部屋を掃除せず、常に破れた衣服を着て、食べ物を包んでいた竹の皮や炭俵などを一面に散らかして、汚穢が極度に達すると、すぐに他に転居をしたという」

 食事は自分で調理することはなく、買ってきたり、もらったりして済ませた。家には食器ひとつなかった。食べ終わると、ゴミをそのまま放置したので、部屋のなかはいつも汚れていた。

「北斎は破れた衣服を着て、机に向かい、その傍には食物を包んでいた竹の皮などが散らかされており、その不潔な室内で娘のお栄も、ごみの中に座って作画をしていた」

 北斎は金銭にも無頓着であった。それなりの収入はあったにもかかわらず、いつも貧しく衣服にも不自由していた。画工料が送られてきても、数えもせず机に放置しておく。米屋、薪屋が請求にくると包みのまま投げつけて渡したという。

 北斎はいつも金に困り、ひんぱんに知人に無心をしていた。仕事を終える前に、画料を前借していることもたびたびだった。

『葛飾北斎伝』ではこうしたさまについて、「其の技大いにうるふも赤貧洗ふが如く、殆ど活を為す能はず」と述べられている。

 北斎は連日画作に明け暮れており、それ以外のことはいっさい目に入らなかったようである。つまり、絵を描くことに「過剰に集中」し、すべての精力をそれに注ぎ込んでいた。

 また北斎は、礼儀作法を好まなかった。返事は素っ気なく、人に会っても一礼もしなかった。

「北斎は礼儀やへりくだることを好まず、性格はとても淡泊で、知人に会っても頭を下げることはなく、ただ「今日は」というか、「イヤ」というだけで四季の暑さ寒さや、体調の具合いなど長々と喋ることはなかった」

葛飾北斎は典型的なADHD(注意欠如多動性障害)か、“がさつ”な一方で特定分野には過集中

 このような記載からは、北斎は風変わりで人嫌いの変人と考えられてしまうかもしれない。しかし、前述の永田氏が指摘しているように、一見してだらしなく見える生活であっても、実はそれは作画に没頭していることの結果であり、作品に対する打ち込み方は、尋常ではないものがあった。

 北斎は70代、80代になっても、絵についての鍛錬を怠ることなく続け、膨大な傑作群を残した。

 このような北斎の特性について、どのように考えればよいのだろうか。結論からいえば北斎に見られる特性は、ADHD(注意欠如多動性障害)にかなり近いものがある。

 ADHDを持つ人は、きっちりとした枠組みを嫌う、ある意味、自由人的な特性を持つことが多い。実際、成功した芸術家や起業家には、ADHDの特性を持つ人は少なくない。

 また彼らは、多くの事柄にはおおまかでずぼらであるが、特定のことには、過剰とも思える集中力を発揮する。落ち着きがなく、じっとしているのが苦手で、体も精神面も常に動いていることを好む。不注意さがみられ、片付けや整頓が苦手である。

 北斎に不注意症状がみられたかどうかははっきりしないが、ひんぱんな引っ越しや改名は、多動傾向の表れのようである。片づけが苦手だったり服装や挨拶に無頓着だったりする点は、ADHDの特性と一致している。

 そして何よりも、画作に対する過剰なまでの集中は、ADHDを持つ人によくみられる特徴である。

 北斎のエピソードは、明治時代の高名な医学者である野口英世を連想させる。野口もADHDの特性を持った人物であったが、実験への打ち込み方は人並はずれたものがあった。

 彼は昼夜を問わずに実験を継続し、疲労の極限において実験室のソファで寝込むのであったが、目が覚めるとそのまま実験を継続したという。このような野口の状態を、周囲の人たちは、「人間発動機」と呼んでいた。

『富岳百景』にある「百歳になってまさに神妙の域になるのではないか」との北斎の言葉

 しかし当然ながら、ADHDの特性を持った人が、みな芸術家や科学者として大成するわけではない。北斎が国際的な名声を得るまでに至ったのは、やはり北斎自身の画作に対する限りない情熱があったからこそである。北斎が「奇人」でだらしのない人物のように語られるのは、彼が絵を描くことに集中するため、生活のすべてを注ぎ込んだからであろう。

 北斎は自らの画作において旺盛な研究心を持ちさまざまな技法を駆使したが、版画の彫師などに対しても、細かい周到な指示を怠らなかった(瀬木慎一『画狂人北斎』河出文庫)。

 75歳の時に出版された『富岳百景』には、次に示す彼の文章が収められている。

「……七十歳より前には取るに足るものはなかった。七十三歳で、……いくらか悟ることができた。であるから、八十歳になればますます進み、九十歳ではさらに奥意を極め、百歳になってまさに神妙の域になるのではないか。百何十歳では、描く物の一点一格が生きているようになるだろう」(永田生慈『葛飾北斎の本懐』より)

(文=岩波 明/精神科医)

●岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書インテリジェンス)、共著に『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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データ活用が、広告クリエイティブの領域を拡張する

DX(デジタルトランスフォーメーション)の適用範囲は多岐にわたります。例えば、生活者とのコミュニケーション手段である「クリエイティブ」においても、デジタルデータの活用は避けて通れません。

先日、電通・電通デジタルは、クライアントのDXを推進し、そのビジネスを加速するために、国内屈指のCDP (カスタマーデータプラットフォーム)である「Treasure Data CDP」を提供するトレジャーデータとの協業を開始しました。その理由はまさに、クリエイティブとデータの密接な関係にあります。

電通でデジタルクリエイティブを専門とする並河進氏、電通で事業変革支援を推進する三浦旭彦氏、トレジャーデータでマーケティングシニアディレクターを務める堀内健后氏に「クリエイティブにとって、データはどんな存在になり得るか?」を聞きました。

<目次>
「全部試そう」ではなくクリエイティブの軸を定めることが重要
クリエイティブの質は「データの量と質」で決まる
データ分析にもクリエイティブにも求められる「削ぎ落とす力」
データの活用で広がるクリエイティブの領域

「全部試そう」ではなくクリエイティブの軸を定めることが重要

──デジタルデバイスを通じて、企業と生活者が常につながっている時代になっています。そこに生まれるビッグデータをビジネスに使っていこうという話も普及してきました。こうした状況の中で、広告制作の「クリエイティブ」の現場では何が起きていくのでしょうか。

堀内:データ活用が進み、顧客個々人のニーズに合わせて細かなアプローチをしやすくなってきました。しかしその結果、「顧客ニーズに合わせてできるだけ多くのクリエイティブを試したい」という企業側の思惑から、現場のクリエイターが疲弊するようなことも起きています。明らかに需要が過多になっていて、例えば少し前には、クラウドソーシングでやたらと大量の広告バナーを発注しているケースが見受けられて、疑問を感じていました。

並河:データで細かく顧客ニーズを分析できるようになり、打ち手の選択肢が増えていくのはうれしいことですが、一方で、やることが無限に増える苦労もあるわけです。クライアントと話していると「全部試してみよう」という流れになって、クリエイティブの軸が定まらないケースもあります。

三浦:選択肢が増えたから、全ての打ち手をフラットにやるべきなのか?そこは検討すべき課題ですね。

並河:だからこそ、クリエイティブ以前に、大きな戦略の下でのディレクションが重要になってきています。そのためには、広告クリエイティブ以前に「誰でも分かるワードで戦略を言語化する」ことが必要です。戦略が言語化されることによって、クライアントも、広告会社も、「なら、こういうクリエイティブが必要だ」という「芯」を共有できます。

クリエイティブの質は「データの量と質」で決まる

堀内:芯になる部分がないと、いくらデータがあってもクリエイティブは難しいですよね。なぜこのビジネスをやっているのか、という「Why」の部分や、理念、ブランド、カルチャーがないと、CDPでデータを集めてさあ使おうとなっても、さて何をするんだっけとなります。

ですから、電通・電通デジタルと「クライアントのデータ活用支援」の分野で協業していく理由のひとつは、クライアントの理念やカルチャーを咀嚼した上でのアウトプットに、われわれが期待しているからです。並河さんの言う「誰でも分かるワードでの戦略の言語化」も、そうしたアウトプットを生むために必要な工程のひとつですね。

並河:はい。堀内さんのおっしゃるように、アウトプットとしてのクリエイティブの質は、クライアントの事業をどこまで理解できているかという「インプットの質」にすごく関わってきます。クライアントの経営課題、事業課題にまで踏み込んで一緒に考えさせていただくと、アウトプットが良くなります。

今回トレジャーデータと協業していくことの一番の意味は、このインプットの部分の質を上げられることだと思っています。つまり、従来のようなクリエイターの経験や勘だけでつくるやり方よりも、トレジャーデータと一緒に質の高いデータを見て提案した方が、アウトプットの質が上がるという期待です。

堀内:トレジャーデータは、データの「量」的な部分と、顧客個々人を理解するための「データバリエーション」を担保できます。それを分析して「質」に転換していくのは、当社と電通デジタルで行い、良質なインプットとして並河さんたち電通のクリエイターに渡して良いアウトプットを出してもらおう、ということですよね。

データ分析にもクリエイティブにも求められる「削ぎ落とす力」

──逆に「余計なインプットがない方が良いクリエイティブが生まれる」というケースもあるのでしょうか?

並河:僕は、インプットは絶対に多い方がいいと思っています。「クリエイターにこんなデータを見せると、逆に混乱するだろう」と気を使って、あえて見せてこないプロデューサーもいますが、僕はそれは違うと思うんです。

例えば、クライアントが「今月の売り上げはどうだったか」とか生々しいテーマの会議をしている場の端っこにいて、何も言わずにコピーを考えていると、情報が無意識に降ってきて、良いアイデアが浮かぶこともあります。

三浦:多分、プロデューサーが心配しているのは、クリエイターの頭にあまり情報を入れ過ぎちゃうと、発想の幅が狭まって、ありきたりな表現になってしまうのではないかということなんでしょうね。

並河:とはいえ、クライアントの課題にはいろいろなレイヤーがあるので、本当はあらゆる情報があった方がいいんですよ。「今この瞬間の課題」だけを渡されて、そこにフォーカスしてしまうと、本質的でない、対症療法的なアウトプットになってしまいます。

堀内:例えば、長い歴史のある会社で、直近の3年だけの情報を切り取っても、本質的ではありませんよね。創業期の創業者の思いだとか、どういう変革を遂げたのかという、そのブランドの根幹みたいなところを、並河さんたちが理解してくれた方が、良いクリエイティブができると僕も思います。

三浦:そのたくさんの情報の中から、求められている課題に対して、適切な情報を取捨選択できるか否かも重要ですよね。クリエイティブは「情報を削ぎ落とす」ということが根本にあるんです。同じようにデータ分析も、本当に必要な部分はどこかを見抜き、不要なデータを削ぎ落とせるかというところに、スキルが必要だと思いますね。

並河:「不要なデータを削ぎ落す」ということでいうと、少し話がずれるかもしれませんが、例えば「このクリエイティブならコンバージョン率が高い」というデータがあったとして、でもブランドのためにはやらない方がいいことってあるじゃないですか。言語化されていないけれど、その企業の中に漠然とカルチャーとしてあって、実はそこが強い競争力になっていることってありますよね。そこの判断は、データだけではできません。

クリエイティブをやる上で、歴史があるクライアントの哲学の深さみたいなものは、すごく難しいと思いながらいつもやっていますが、そういう部分にこそクリエイターが力を発揮できる余地があるんだろうなとも思っています。

データの活用で広がるクリエイティブの領域

──前回の鼎談では「DX時代のマーケティングにおいては、データ基盤と顧客体験の二つのエンジンが必須となる」というお話が出ていました。クリエイティブの観点からの「データ基盤×顧客体験」について教えてください。

並河:「データ基盤×顧客体験」といっても、ファネルの位置によっていろいろありますので、それぞれ分けて説明します。

まず、「新規顧客獲得」の領域です。以前は、「新規顧客獲得の領域」と「顧客になった人たちのLTV(※1)を最大化していく領域」で、取り組んでいることは完全に分かれていました。しかし今は、「新規獲得の段階から最終的なLTVが高い顧客を獲得していこう」という流れになっています。企業の持つファーストパーティーデータを活用して、LTVの高い既存顧客の傾向を分析し、そこに向けてクリエイティブをつくっていく取り組みです。

※1 LTV=Life Time Value、顧客生涯価値。ある顧客から将来的・長期的に得られるであろう利益を含めて考える指標。
 

次に「オンライン接客からCRM」の領域です。新型コロナウイルスの流行もあり、これまでオフラインの購買接点しかなかったクライアントも、オンライン接客の場づくりを始めています。その流れで、オンライン接客と既存のオフライン接客の場とをマージしていく、いわゆる「OMO」(※2)を、クリエイティブも含めて取り組んでいくお話が増えています。

※2 OMO=Online Merges with Offline。オフラインとオンラインの融合・包摂を示す概念。顧客接点や販売チャネルを「ネットとリアル」のように区別せず、あくまでも生活者の体験価値を中心に据える考え方で、ビジネス以外の領域でも浸透しつつある。

 
顧客体験(CX)とCDP

今後、どういうふうにオンラインとオフラインのつながりを膨らませて、しかもそれを顧客のカルテとしてデータ化し、Treasure Data CDPの中に蓄積していくかというところを、今まさにクライアントと話しているところです。OMOは、クリエイティブも含めて今盛り上がっている領域ですね。

堀内:今はコロナ禍で新規顧客獲得が難しい状況ですから、既存顧客に対してCRMをちゃんとやっていくことが大事です。そのためには、カスタマーサクセスにつながるDXをどう実現するかというのが、多くの企業の持つ課題ですよね。

並河:マス広告などと違って、CRMの領域では、顧客と1to1の世界になってくるじゃないですか。その領域のクリエイティブをどうしていくかというところは現在、試行錯誤しているところです。

一例として、電通デジタルが取り組んでいるコネクテッドカーのプロジェクトがあります。このプロジェクトでは、電通デジタルのクリエイティブメンバーがTreasure Data CDPを使い、顧客属性やさまざまな行動のパターンに応じて、「この日長距離ドライブした人たちにはこういうメッセージを出す」といった形で、さまざまなパターンのメッセージをつくり分けています。

一口にCRMと言っても、NPS(※3)向上、クロスセル、アップセル、目的はそれぞれですが、「1to1の顧客体験づくり」の設計は、こうしたデータ×クリエイティブの力でもっと高度化したいと思っています。

※3 NPS=Net Promoter Score。企業やブランドに対する顧客ロイヤルティー、および顧客の継続利用意向を示す指標で、「顧客推奨度」などと訳される。
 

堀内:CRMの中での顧客体験の高度化はやらなくてはならないし、そのためには「1to1」のクリエイティブが高度化されなければならないと、僕らも思っています。

三浦:データ×クリエイティブによる顧客体験の高度化、これは大きなテーマですね。資料請求をさせる、購入させるといった「点」だけを狙うコミュニケーションではなく、商品・サービスとの一連の顧客接点の体験で、「幸せ」をつくることを目指す。生活者ファーストでマーケティング支援をしてきた電通だからこそ実現できる、CXマネージメントではないでしょうか。

並河:また、既存顧客との日々のコミュニケーションを高度化していくことに加え、クロスセル、アップセルするようなサービス開発をやっていく必要もあります。

ちなみに、実は「サービス開発・事業デザイン」というのは国内電通グループが非常に力を入れている領域で、実際にクライアントの経営課題から一緒に構想を考えていくケースや、サービス化に向けた事業デザインを支援する仕事も増えています。

私も先日、あるクライアントから「社内に新しいDXの組織をつくることを考えている」と相談を頂きました。そこで、アジェンダの整理から、どうやってDXを推進していくべきかを一緒に推進する「組織支援」の提案をしようとしています。半年か1年後ぐらいにサービス化まで昇華できるのではないかと思っています。

今の話もそうですが、今後は従来の「広告会社のクリエイター」が取り組む仕事の領域はどんどん拡張されていくでしょう。いわば「クリエイティブ領域の拡張」ですね。マーケティングのデジタル化から始まって、CRMの体験自体も少しずつ変えていって、さらには事業のデザイン、そんな順番かもしれないですね。

堀内:データを活用することで、クリエイティブが「事業デザイン」の領域までを担えるという話は、クリエイティブ領域の再定義として、今回の鼎談で各企業に伝えたいメッセージですね。

並河:「表現すること」にずっと携わってきた広告クリエイターだからこそ持っている、「アウトプットのイメージをちゃんとつくれる」というスキルは、これからのデータ時代、1to1の時代にますます生きてくると思っています。そのスキルを「データ」と掛け合わせることで、CRMの高度化から事業デザインまで、幅広くクリエイティブ領域を拡張していきたいです。


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