JRA日本ダービー(G1)福永、松山、和田「掟破り」の連係プレー!? 安藤勝己氏「ノースヒルズ勢が周りを固めた」“影の立役者”がコントレイルを完璧エスコート

 31日に東京競馬場で行われた日本ダービー(G1)は、圧倒的1番人気に支持されたコントレイル(牡3歳、栗東・矢作芳人厩舎)が3馬身差の勝利で無敗の二冠を達成。父ディープインパクト以来となる無敗三冠へ王手をかけた。

「2番手(コルテジア)の後ろに入れた、そこが大きかったですね――」

 レース後、主戦の福永祐一騎手がそう語った通り、終わってみれば完璧な“エスコート”だった。

 今年の日本ダービーは単勝1.4倍という数字が示す通り、無敗の皐月賞馬コントレイルが抜けた存在だった。この「1.4倍」は昨年のサートゥルナーリア(1.6倍)、2015年のドゥラメンテ(1.9倍)を超える近年では最も高い支持率。つまり、それだけ抜けた馬であり、同時に「マークされるべき存在」だったということでもある。

 父ディープインパクトと同じ「3枠5番」からのスタートとなったコントレイルだが、ほぼ最後方から外を回っても勝てる父とは異なり、馬群の中で競馬する本馬にとっては決して簡単な枠ではなかったはずだ。競馬が必ずしも最も強い馬が勝つわけでない1つの理由は、ライバルたちが実力馬をマークし、楽なレースをさせないようにするから。

 大本命馬が進路を失い惨敗することは、決して珍しい光景ではないのだ。

 そんな中、コントレイルを擁する“ノースヒルズ軍団”は今年の日本ダービーに3頭の刺客を送り込んだ。大本命馬コントレイルに加え、きさらぎ賞(G3)を勝ったコルテジアと、京都新聞杯(G2)を勝ったディープボンドだ。

「競馬はあくまで全馬が全力で勝利を目指す公正確保が最重要なので、あまり大きな声では言えませんが、ノースヒルズ軍団にとっては完璧なレースだったのではないでしょうか。

内から好スタートを決めたコントレイルでしたが、すぐにコルテジアがその前に出て、ディープボンドが外からぴったりと併走。これがライバル陣営だったら、コントレイルとい福永騎手にとってプレッシャーになりますが、同じ勝負服(正確には若干異なる)がすぐ近くにいたことで安心感があったと思います」(競馬記者)

 記者がそうレースを振り返った通り、スタートして1コーナーに飛び込むころには3頭が固まり、完璧なノースヒルズ軍団の布陣が出来上がっていた。

 レースは1000m通過が61.7秒という、おあつらえ向きのスローペース。向正面でマイラプソディに騎乗した横山典弘騎手が一気にハナに立つ奇襲を仕掛けたが「ノリさん(横山典騎手)が動いてくるのでは、と思っていたので『やっぱり来たか』という感じ。そこは冷静に受け止められました」と鞍上の福永騎手は冷静に対処した。

「横山典騎手(マイラプソディ)がレースを動かしたことで、ややポジションが下がったコントレイルでしたが、和田竜二騎手(コルテジア)と松山弘平騎手(ディープボンド)がその前に入って、しっかりとガード。この時点で、福永騎手にとって大きな課題の1つだった『最後の直線での進路取り』の心配がほぼなくなりました」(同)

 最後の直線ではコルテジアとディープボンドが先に仕掛けて馬群がバラけたところで、コントレイルが満を持してスパート。結果的に福永騎手が「抜け出すと遊んじゃう」と指摘した通り、外へ流れてしまったが、そこから末脚をいかんなく発揮しての圧勝劇。単勝1.4倍の大本命馬に、ここまでスムーズな競馬をされてしまっては、ライバル陣営はお手上げだっただろう。

 この結果には、元JRA騎手の安藤勝己氏も公式Twitterを通じて「前半の位置取りが素晴らしかったし、ノースヒルズ勢が周りを固めたからね」とノースヒルズ軍団の“連係プレー”を称賛。コントレイルの勝因の1つに挙げている。

「ノースヒルズ軍団にとっては、2014年のワンアンドオンリー以来となる嬉しいダービー制覇。コントレイルという歴史的な名馬を輩出できたこともそうですが、何よりも3歳の頂点を決める日本ダービーに3頭も送り込めた充実ぶりが、最も大きな勝因だと思います」(別の記者)

 実際に、ダービー前日の葵S(重賞)をビアンフェで勝利し、ダービー直前の京都メインレース・安土城S(L)もエントシャイデンが勝利と、絶好調といえる現在のノースヒルズ軍団。

 2013年のキズナ、14年のワンアンドオンリーで連覇して以来、日本ダービーはずっと社台勢(ロージャーバローズはノーザンファーム育成馬)が優勝していたたけに、6年ぶりに再度“風穴”を開けた格好だ。

 レース後、「(前田晋二)オーナーから『秋は国内に専念。三冠を狙いに行くぞ』と言われました」とコントレイルの今後の展望を明かした矢作芳人調教師。父ディープインパクト以来となる無敗三冠へ、いよいよ王手が掛かった。

あなたは本当の人形町(東京)を知らない…かつて移転前の「吉原」があった

吉原は人形町から

 東京で昔の花街の情緒を残した繁華街というと、神楽坂人形町、荒木町の3つだろう。が、神楽坂は最近すっかり人手が増えて、なかば観光地化しているので、しっとり飲みたい、ちょっと大人の人々は人形町か荒木町に足を向けることが多くなったようだ。

 人形町は、江戸時代初期に最初に遊廓がつくられた場所である。今の人形町駅の西側であり、この地域一帯が、葭(よし)の生える湿地帯だったので「葭原」と呼ばれ、これが転じて「吉原」となった。今の台東区の吉原は明暦の大火で焼失した人形町の吉原が移転したもので、昔は「新吉原」といい、人形町のほうが「元吉原」といった。今も「大門通り」という通りがあるのは「元吉原」の大門のことである。

 そもそも人形町は、江戸開府後の寛永元年 (1624) 頃、京都から来た歌舞音曲の名人猿若勘三郎が、江戸歌舞伎の猿若座(のちの中村座)を開き、その後、村山座(のちの市村座)ができるなど、人形浄瑠璃、見世物小屋、曲芸、水芸、手妻 (手品)を安い料金で楽しめる小屋がたくさんある場所だった。

 そのため、この界隈(現在の人形町 2 丁目周辺)には人形をつくる人、修理する人、商う人や、人形を操る人形師らが大勢暮らしていたので、元禄時代頃には「人形丁」と呼ばれていた。現在も人形館「ジュサブロー館」がある。正式に「人形町」という町名になったのは、関東大震災以降の区画整理によるもので1933年である。 

 芝居小屋が多数あったので踊り子もたくさんいた。なかでも元禄時代に「菊弥」(きくや)という有名な美人踊り子がおり、彼女はその後、深川に移って深川芸者の起源になった。そもそも芸者というものの始まりが、このように踊り子が三味線や浄瑠璃を覚えて披露するようになったことにあるという説もあるそうだ。

花街として栄える

 また明治になると、1872 年に水天宮が移転してきて、安産祈願の参拝客が押し寄せ、芸者置屋、料亭なども建ち並んで、芳町花柳界として栄えた。1923年には芸者898人と、東京で2位の規模であり、格付けから言っても、柳橋、新橋に次いで高い評価を得る高級花街だった。検番は今の喜寿司の前にあった。

 23年の関東大震災後には置屋もバラックだったが、料亭もまたバラックで、夜道を懐中電灯を持ってお座敷に出たという。こんな状態で商売が成り立ったのだから、この道に賭ける人間の業は果てしない。コロナが流行ってもキャバクラに行く人が絶えなかったのと近いか。

 歴代芳町芸者で最も有名なのは川上貞奴だろう。貞奴は芳町では「奴」と名乗り、1892年に浅草凌雲閣(十二階)で開催された「東都百美人」という、いわば「東京芸者総選挙」で見事入選している。

 人形町商店街も当然、芳町花柳界と密接な関係があるが、大売り出しのときには店頭に芸者衆の写真を貼りだし、買い物客に人気投票をさせていたというので、こういうことは昔からあったのだ。

 定奴は、時の総理大臣・伊藤博文や西園寺公望ら、名立たる元勲から贔屓にされ、日本一の芸妓だった。しかし1894年、自由民権運動の活動家で「オッペケペー節」で知られる川上音二郎と結婚。ともに欧米を巡業し日舞を披露して大人気を博した。

 もう1人の有名芸者は小唄勝太郎。あの「東京音頭」を大ヒットさせた芸者である。もとは新潟の料亭にいたが、好きな清元で身を立てるべく1929年に上京、芳町で芸者となり勝太郎と名乗った。清元、小唄、長唄、新内など、あらゆる歌が得意でレコード会社から注目され、31年にデビューしヒットを飛ばして日本中で人気となり、33年には芸者を辞めて歌手専業となった。

カフェーの大流行

 さて、大正時代になると、人形町駅の東側にカフェーが多くできた。その1つがカフェー・パウリスタである。銀座(当時は京橋南鍋町)に1909年に1号店を開いたが、人形町には13年に開店した。他には丸の内、神田、浅草にあったという。

 洋風の店構えで、天井高は10メートルもあって、40〜50人が収容できた。白大理石のテーブルが置かれ、シュガーポットには砂糖が山盛りに入れられていた。お金を入れると自動的に演奏をするオルガンもあった。

 メニューにはカレーライス、ハヤシライス、カツレツ、お菓子としてはショートケーキ、カステラ、レモンパイ、アップルパイ、プリンなどもあった。そうしたお菓子をパウリスタで初めて食べた人も多かった。カツレツにはパンが付いてきたが、パンでは物足りないのでご飯を頼む客がいて、それからは、どこの店でもカツレツにはご飯が出るようになった。

 1922年には店内でアメリカ映画を上映を開始し、店は超満員だった。店が大繁盛したので、従業員もたくさんボーナスをもらえた。10人いた従業員は経営者に感謝の念をこめてシャンデリアを店にプレゼントした。光り輝くシャンデリアは店のムードを一段と高めたという。パウリスタは大震災で焼失したが、すぐに再建し42年まで営業した。

 その他にも、震災後、カフェーが人形町通りを挟んだ両側の路地などに多数出現した。1935年ごろには80軒ほどのカフェーが軒を連ねるほどであった。もちろんここでいうカフェーはコーヒーだけを飲む「純喫茶」ではなく、女給が密接して接待を行うものが主である。コーナーハウス、東天紅、モンパリ、馬車屋、オリンピック、上海など店名も多彩だった。

 だが戦争が激しくなると外国語が使えなくなり、コーナーハウスは角家(かどのいえ)と名称変更した。神風、愛国という店名も変更したものである。カフェーの店名としてはどう考えてもふさわしくない。馬鹿な国粋主義の現れである。

 寄席も多かった。震災前には、金本、久濱亭、大鉄、守川、若松亭、末広亭、大ろじ亭、喜扇亭、鈴本亭などがあり最盛期を誇っていた。花柳界に寄席。まさに娯楽の殿堂のような街であった。

(文=三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表)

参考文献

人形町商店街協同組合編『にほんばし人形町』1976

人形町商店街協同組合ホームページ

JRA日本ダービー(G1)コントレイル圧巻の無敗二冠達成! 福永祐一「遊びながらダービーを勝った」ディープインパクト以来、無敗三冠に王手

 31日、東京競馬場で行われた日本ダービー(G1)は、1番人気のコントレイル(牡3歳、栗東・矢作芳人厩舎)が優勝。無敗の皐月賞馬が父ディープインパクト以来となる無敗の二冠を達成し、単勝1.4倍の圧倒的支持に応えた。

「終わってみれば、1強――!」

 実況を担当したラジオNIKKEIの小塚歩アナがそう叫ばざるを得ないほど、圧巻の競馬だった。今日のコントレイルは比類なき完璧な強さだった。

 18頭立て、芝2400mで行われたレース。スタートを決めたウインカーネリアンが、大外18番枠からハナを主張。2番手コルテジアに競り合う意思はなく、早々にスローペースが決まった。そんな中、好スタートを決めたコントレイルは3番手、最大のライバルと目されたサリオスは中団からの競馬となった。

 1000m通過は61.7秒。しかし、この遅い流れを嫌ったのが、マイラプソディに騎乗している横山典弘騎手だ。外からぐんぐんポジションを上げると、先頭に躍り出ると、レースのペースが一気に上がった。

 最後の直線を迎え、コントレイルが外に流れながら先頭に。サリオスも必死に脚を伸ばすが、なかなか差が詰まらない。終わってみれば3馬身差の圧勝劇となった。

「素直にうれしいです。何よりコントレイルがいい走りを見せてくれた。それが何よりです。(2年前のダービー初勝利の時と)違いましたね。前に1度も経験していないのと、経験しているのと。経験していることで、心持ちが違いました。

今日は『コントレイルの5戦目をいい形で終えることができれば』と考えていました。現状で『もう少しこうなってほしい』と思うところはまだありますが、そういったことを思うと、底が見えないというか、ポテンシャルが高い。本当に楽しみしかないですね。

(最後の直線で先頭に立って)やっぱり遊んじゃうんですよね。遊びながらダービーを勝ってるわけですから、相当優秀な馬だと思います。今日勝ったことでスターホースの仲間入りを果たしたと思う。

競馬を楽しむ人たちの、より大きな存在になったくれたら。そんな馬に騎乗していることを誇りに思います」(福永祐一騎手)

JRA【安田記念(G1)展望】最強女王アーモンドアイVS春秋マイル王インディチャンプ!「8冠」新記録阻止へ、戸崎圭太ダノンキングリーら史上最高メンバー集結

 6月7日、東京競馬場では春の5週連続G1開催の掉尾を飾る安田記念(G1)が行われる。ヴィクトリアマイル(G1)を楽勝して「7冠馬」となったアーモンドアイの参戦が確定し、昨年の春秋マイルG1を制覇したインディチャンプ、怪我から復帰した戸崎圭太騎手と久々にコンビを組むダノンキングリーらが参戦。強豪が揃い、見応えのあるレースとなりそうだ。

 最大の注目は安田記念を勝てば、史上初「8冠馬」の誕生となるアーモンドアイ(牝5、美浦・国枝栄厩舎)の出走だ。

 コロナ禍の影響でドバイを使えずにトンボ帰りとなったため、始動戦には安田記念が濃厚と見られていたが、繰り上げてヴィクトリアマイル(G1)に出走となった。昨年の有馬記念(G1)を9着に惨敗した影響を懸念されたが、ノーステッキで後続を4馬身突き放す圧勝で不安を払拭してみせた。牝馬限定のG1だったとはいえ、レコードに0.1秒差の勝ち時計は価値がある。

 昨年の安田記念はスタートしてすぐに、外のロジクライが急激に内へ切れ込んだ影響でバランスを崩すという致命的な不利を受けての3着だった。悔いを残したC.ルメール騎手も「リベンジ」をしたいとリクエストしたほどである。最強女王は1年前の忘れ物を手に入れることができるか。

 インディチャンプ(牡5、栗東・音無秀孝厩舎)は前走のマイラーズC(G2)をトップハンデとなる58キロを背負って大楽勝。精彩を欠いた2走前の中山記念(G2)4着から見事な変わり身を見せた。4番人気の伏兵に過ぎなかった昨年と違い、春秋マイル王として真っ向勝負で女王の返り討ちを狙う。

 ダノンキングリー(牡4、美浦・萩原清厩舎)にとって、安田記念は初G1制覇に向けて絶好のチャンスだろう。東京コースはここまで4戦3勝2着1回と最高の相性といっていい。唯一敗れた2着も昨年の日本ダービー(G1)のクビ差だった。昨年の毎日王冠(G2)は出遅れながらもインディチャンプを一蹴したように力は足りている。

 グランアレグリア(牝4、美浦・藤沢和雄厩舎)はヴィクトリアマイルを予定していたが、熱発で回避して安田記念に切り替えた。前走の高松宮記念(G1)は前に行った馬に有利な展開のなか、後方から猛烈に追い上げての2着と底力を見せた。昨年の桜花賞馬が1番人気を裏切った昨年のNHKマイルC(G1)と同じ舞台で巻き返しを期す。

 ダノンプレミアム(牡5、栗東・中内田充正厩舎)は前走のクイーンエリザベスS(G1)を3着に敗れたが、得意とはいえない不良馬場で59キロを背負っての敗戦なら悲観する内容ではない。世代トップクラスの評価を受けていた馬でもあり、D.レーン騎手との初コンビは怖い存在だ。

 アドマイヤマーズ(牡4、栗東・友道康夫厩舎)は昨年のNHKマイルCでグランアレグリアを破り優勝した。復帰戦となった秋の富士S(G3)ではまさかの9着に敗れるも、C.スミヨン騎手の手綱で暮れの香港マイル(G1)を快勝した。初めて手綱を取る川田将雅騎手は結果を出せるか。

 ほかにも京王杯SC(G2)で鮮やかな逃切り勝ちを見せたダノンスマッシュ(牡5、栗東・安田隆行厩舎)、ヴィクトリアマイル2着のノームコア(牝5、美浦・萩原清厩舎)、昨年の高松宮記念の覇者ミスターメロディ(牡5、栗東・藤原英昭厩舎)、昨年のスプリンターズS(G1)を勝ったタワーオブロンドンの底力も侮れない。

「史上最高」メンバーとの呼び声も高い今年の安田記念は6月7日、15時40分の発走を予定している。

東大卒シスターが唱える幸せになるための「あきらめ」の見極め

■「困難な時代」を生きる私たちへの渾身のメッセージ

 いま、多くの人が、自分たちの未来について「不安」を持っています。

「自分や家族が、もし感染したらどうしよう」
「うちの会社は、これから大丈夫なのか」
「仕事が減ったが、暮らしていけるだろうか」

 健康に関する不安、経済的な不安。自分自身、家族、会社、仲間、社会――あらゆる場面に不安が蔓延しています。

 まさに「苦難の時代」なのでしょう。新型コロナウイルスが出現して以来、私たちの生活は激変しました。職場や学校に通う、買い物に行く、遊びに出かける……。そんな当たり前の行動がはばかられるようになり、自由が失われています。

■私たちは本当に不幸なのか?

 聖心会シスター、鈴木秀子さんは著書『あきらめよう、あきらめよう』(アスコム刊)で、こんな言葉を綴っています。

「こんなに頑張っているのに、誰も自分のことを全然認めてくれない」
「もっともっとお金がほしい」
「いい学校に入りたい、有名な会社に入りたい」
「私の言うことを子供が全然、聞いてくれない」
「病気がなかなか治らない」

 どんな人でも、何かしら不満を持っているものです。でも、本当に不幸なのでしょうか――。

 シスター鈴木は東京大学の博士課程を修了した文学博士で、スタンフォード大学で教鞭をとった経験もある人物。世界中にファンを抱え、88歳のいまでも世界各地で講演活動を行っています。

 シスター鈴木によれば、「不幸だと思うのは、『あきらめ』ができていないだけ」とのこと。「あきらめるなんて、後ろ向きでは?」と思うかもしれません。ですが、「あきらめこそ、人生を賢く生き抜く知恵」とシスター鈴木は話します。では、彼女のこの考えを、詳しくみていきましょう。

■「あきらよう」には2つの意味がある

 もともと「あきらめる」には2つの異なる意味があります。ひとつは「諦める」「投げ出す」「執着しない」という意味。もうひとつは「明らめる」と書きます。あまりなじみのない書き方ですが、仏教の世界で生まれた言葉で、「物事を明らかにする」「真理に達する」「つまびらかにする」という意味を持ちます。

「聖なるあきらめ」の第一歩は、現状を把握するための「明らめる」から始めます。すると、物事には「自分の力で変えられること」と「自分の力では変えられないこと」との2つがあるのだとわかります。自分で変えられることを見つけたら、さっそく変えてみてください。

 一方で、自分で変えられないことは「諦めて」みましょう。ムリに変えようと執着しても、自分も周りも疲れてしまうだけです。では、代わりに何かできることはないか、探してみましょう。探すコツは、目的を思い出すこと。何のためにその行動をとるのかを、あらためて「明らめる」のです。すると、いろいろな選択肢が見えてくるはずです。

「聖なるあきらめ」が大切になるのは、現実を受け入れたくないという執着が起きたときです。そんなとき、人はまるで目隠しをされたように、現実が見えなくなってしまいます。それが不幸の状態です。目隠しされていることに気づいて、自分の手で目隠しを外して(=明らめて)、現実に向きあう勇気が必要なのです。このとき、「聖なるあきらめ」が、とても頼れる存在になります。

 現実を受け入れるのは、きっとつらいだろうと思われるかもしれません。でも、目的がそもそも何なのかが「明らめる」ことで見えてくれば、モチベーションも上がってきます。同時に、「諦める」ことで、他の選択肢を探しやすくなります。

 シスター鈴木は私たちに呼びかけています。現在のように不安ばかりで、心が折れそうになっているときこそ、「聖なるあきらめ」は役に立つでしょう、と。さあ、あなたも「あきらめよう」と頭に思い浮かべてみてください。
(新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。

ジャニーズに弱いワイドショーが今回、「手越祐也」を批判した理由! 金塊事件容疑者との交遊や未成年飲酒もスルーしていたのに

 ジャニーズ事務所所属のNEWS手越祐也が緊急事態宣言下に女性らと飲み会を開いていた問題で、芸能活動を自粛することになった。  手越についてはまず、「週刊文春」(5月13日発売号)が緊急事態宣言下の4月下旬にパーティを開いていたことを報道。ジャニーズ事務所がコロナ感染防止...

USBメモリの名前を12文字以上に変更する方法 全角、半角かを問わず32文字まで付けれる

生活をもっと楽しく刺激的に。 オトナライフより】

 USBメモリやSDカードは、初期状態ではパソコンに接続したとき、パッと見て判別しづらいというデメリットがある。その対策として、ドライブ名をオリジナルのものに変更する方法があるのだが、入力できる文字数が少ないという問題がある。もっと長いドライブ名を付ける方法はないものだろうか。

フォーマット方法をNTFSに変更する

 USBメモリやSDカードは、複数を使いまわしていると、どれがどれかわからなくなってしまいがちだ。USBメモリなら外側にラベルを貼ったり、SDカードならケースに入れるなどして区別できるようにしなければ、どこに目的のファイルが入っているのかわからなくなってしまい、大変な手間がかかることになる。

 外側から識別できるような仕掛けも重要だが、中身にも名前を付けておいて、他のメディアと取り紛れてしまわないようにしておきたい。その場合に便利なのがドライブ名だ。ドライブ名をユニークなものにしておけば、パソコンに接続したときにわかりやすい。

 ただ、ドライブ名には一つ問題がある。名前の文字数の制限が厳しいのだ。半角なら11文字、全角なら5文字までしか入らない。これでは、かなり省略した名前のつけ方をしなければならず、かえってわかりづらくなってしまいそうだ。

 そこで、試してみてほしいのがフォーマット方法の変更だ。ハードディスクと同じ、NTFSという方法でフォーマットすれば、全角か半角かを問わず、32文字まで使える。かなり自由に名前を付けられるので、わかりやすくなるはずだ。

続きは【オトナライフ】で読む

「パチンコ革命」の先駆者!?「新時代的要素」を押し出した「完成度の高い」〇〇構造!

 回る台が打ちたいんや。

 パチンカーにとって日常的な願いであり永遠のテーマとなる「よく回る台」。基本的にそれを操作するのはホールの任務であり、プレイヤーは日ごと動向や店の雰囲気、習慣を材料に優秀台と呼ばれる高回転率台を選ぶのである。

 しかし、減り続ける遊技人口や遊技に使用する金額の抑制といった問題の解決のために、メーカーが意図して製作した「よく回る台」がたびたび市場に登場する。「まわるんパチンコ」とか「くるくるパチンコ」と呼ばれたアレである。

 このメーカー発の「よく回る台」には2通りのアプローチの仕方がある。1つはスペック性能をつり下げて高い回転率を容認する方法で、いわゆるボーダーが20何回転とか激辛仕様にしたり、ヘソと電チューの振り分け区分がない8個保留など、通常のパチンコと変わらない遊技性を持つ機械である。

 一方、人為的・構造的に回転率をアップさせる、または安定した回転率をもたらす「仕掛け台」「仕組みマシン」といった形態があり、こちらは通常時から電チュー入賞頻度をアップさせたり、ヘソ以外でスタートチャッカーへの入賞をサポートする機能や構造を搭載することで回る状況を作り上げる「補助装置」を取り入れたマシンとなる。

 以上の2パターンが「回るパチンコ」の基本的な仕組みとなるが、『CRフィーバースターウォーズ』は斜め上の発想によってファンを驚かせたのである。それはホールの調整を受けにくい盤面構成の構築である。名付けて「4Dスペクタクル盤面」である。

 複層アクリルによって形成されたワープのようなルートを確保することによってダイレクトにスタート入賞を目指すように設計された近未来感のあるビジュアルとなっている。

 スタートチャッカーまでの道中には、振り分け装置やクルーン、回転体が搭載され、次世代的なフォルムでありながら羽根物・役物機的なアナロジカルな体験もできるようになっている。

 この『CRフィーバースターウォーズ』的構造変革による抜本的な問題解決のアプローチはつまり、封入式パチンコのコンセプトと源を同じにするものであり、P笑点が提唱するAタイプパチンコの先駆者なのである。

 そういった意味でも、2014年の時点でこれほどまでに新時代的要素を全面に押し出した完成度の高い盤面構造を生み出したSANKYOの先見性と技術力はさすがといえよう。

 ともすればハッタリや見かけ倒しといった道化の怪作とレッテルを貼られかねないところを、そうではない本質と実効性を伴った未来図を描いてみせたのである。

(文=大森町男)

名店のラーメンをデリバリー、日清「RAMEN EX」が“驚異的なクオリティ”だった

 コロナ自粛の影響でますますデリバリーサービスの需要が高まっている。そんななか日清食品が「一風堂」や「すみれ」などの人気ラーメン店と手を組み、お店の味を自宅やオフィスに届けてくれるデリバリーサービス「RAMEN EX」を5月11日より開始した。提供される商品はどれもレンジで温めるだけですぐに食べられるという。

 日清食品といえばインスタントラーメンのイメージが強いため、わざわざデリバリーサービスを新規展開しなくてもいいのでは? という疑問もよぎる。だが、「RAMEN EX」公式ページでの説明を見ると、“これまでラーメンのデリバリーが抱えていた「麺が伸びる」「スープが冷める」といった課題を、弊社がインスタントラーメンで培ってきた高度な技術によって解決…”とあり、むしろ日清食品だからこそ実現できるサービスなのだと納得させられる。

 現在配達可能なエリアは東京西麻布店、東京新宿店、大阪梅田店の3店舗から半径3.5km圏内とかなり限定されているものの、6月には福岡店もオープン予定。順次、対応エリアが拡大していくようだ。

 注目度満点のこのサービスはSNSでも話題にされているが、その多くはエリア圏内に在住する人を羨む内容で、実際にサービスを体験したユーザーの感想はまだ少ない。そこで、今回はラーメンファンの間で噂の「RAMEN EX」を体験し、率直な感想をレポートしていきたい。

「Uber Eats」か「出前館」からスマホで簡単注文

「RAMEN EX」は「Uber Eats」または「出前館」からスマホで注文。店頭や電話での注文は一切受け付けていないとのことだ。今回筆者は「Uber Eats」から注文してみることに。

「RAMEN EX」のページにアクセスすると“ただいまご利用いただけません”との表示が出ており、いきなり壁にぶち当たった。筆者がサービスを利用したときは雨天であり、昼時。配達員がなかなか見つからないのだろうと思い、しばらく待つことに。

 しかし、1時間半待っても注文できる気配がなかったため、痺れを切らして「RAMEN EX」新宿店に問い合わせ(ちなみに公式ページで公開されている電話番号は、問い合わせ専用とのことだ)。すると、「Uber Eats」のネットワークトラブルでつながりにくくなっていたとのことで、その後すぐに注文することができた。発足したてのサービスゆえの不安定感なのだろうか。

 注文できるのは、「一風堂監修 博多とんこつラーメン」(1080円、税込み、以下同)、「すみれ 札幌濃厚味噌ラーメン」(1080円)、「ますたに 背脂鶏ガラ醤油ラーメン」(1080円)、「無鉄砲監修 とんこつラーメン」(1080円)に加え、日清食品オリジナルの「豚天国ラーメン」(1380円)だ。

 実際にその店舗で食べる価格帯と同程度かと思っていたが、どれもしっかり1080円とやや割高の価格設定。今回筆者は「一風堂監修 博多とんこつラーメン」を注文することに。このメニューは「RAMEN EX」のために開発・監修した商品だという。

 商品の料金1080円にサービス料と配送手数料が追加され合計金額は1438円(筆者は「Uber Eats」の利用自体が初めてだったためか、100円割引された)。やはり、「一風堂」の店頭で食べるよりお高いが、「RAMEN EX」のために麺やスープを新たに開発しているという背景や、指定の場所まで運んでくれることを踏まえると妥当だろうか。

レンジで6分、温めるだけなのにお店の味にかなり近い

 注文から30分。「Uber Eats」の配達員が自転車に乗って現れ、商品を配達してくれた。「Uber Eats」ならクレジット決済のため、会計は必要ない。

 袋を開けて見ると、ラーメン本体と調理方法の説明書、割り箸とプラスチック製の蓮華のセットだった。黒ベースのパッケージがスタイリッシュだ。

 ラーメン本体は具材と麺・スープに分かれている。付属の調理方法の説明書を見ると、麺・スープのみを電子レンジで温めるようだ。加熱の目安は600Wで6分か、500Wで7分。中皿のフタをかぶせてから電子レンジで温めていく。

 レンジで温め、ラスト1分ともなると、ラーメン屋の前を通ったときのような食欲を刺激する香りが漂ってきた。温め終わり、容器をレンジから取り出す。このとき、容器が高温になることもあるので、やけどには要注意。

 容器を取り出したら、箸で軽く麺をほぐしながらスープをかき混ぜる。そこに、先ほどの具材を盛り付けたら完成である。一見すると、まさに“お店のラーメン”と言えるほどのクオリティの高さ。

 ではいよいよ実食。まず麺からいただこう。細い麺の食感も1本1本クリアに感じられるほどのコシがあり、おいしい。麺が伸びないからこそ実現できるコシなのだろう。強いて言えば普段、博多ラーメンをバリカタやハリガネで注文している人にとっては少々物足りなく感じるかもしれない。麺の硬さの好みによって、オススメの加熱時間を教えてくれればなお良し、とも思うが、本当に十分な美味しさだ。

 もやしやねぎ、キクラゲなどの具材も鮮度が保たれていて食感がまったく失われていない。日清食品が自信を持って「これまでのラーメンデリバリーの課題を解決している」と豪語するだけのことはある。

 続いてスープはどうだろうか。いやな重さはないのにこってり濃厚な味わいがたまらない。とんこつの臭みはほとんどなく、旨味だけがぎゅっと閉じ込められている印象だ。正直、香ばしさはお店で食べる「一風堂」のラーメンに及ばないと感じるものの、デリバリーラーメンの常識をはるかに超えたクオリティだと言える。

「RAMEN EX」は「Uber Eats」や「出前館」で手元に届けば、もろもろの所要時間を入れても10分程度で食べられる。しかもこだわりや品質の高さはカップラーメンやコンビニラーメンとは比べものにならないと感じた。

“そのまんまお店のクオリティ”と断言するのは憚られるが、仕事の休憩時間にその場で食べられたら間違いなくご馳走になるだろう。現在はデリバリー対象のエリアが限られている「RAMEN EX」だが、今後さらにエリアを拡大させ、多忙な大人たちに至福のひと時を届けてほしいものである。

(取材・文=泥沼蛙/A4studio)

“豪腕”飯島三智氏と“お嬢様”のジュリー喜多川氏…SMAP解散を回避できた可能性

 どうも、“X”という小さな芸能プロダクションでタレントのマネージャーをしている芸能吉之助と申します。

 いやぁ、手越くん、またやっちゃいましたねぇ〜! 「週刊文春」(文藝春秋)が、緊急事態宣言発令中の4月下旬に、NEWSの手越祐也くんが都内飲食店に複数女性を集めてパーティーを開いたことを報道。それを受けジャニーズ事務所は、期間限定チャリティーユニット「Twenty★Twenty」(通称トニトニ)のメンバーから手越くんを除外すること、さらには手越くんの芸能活動自粛までをも発表しました。

 トニトニはKinKi Kidsや嵐など、ジャニーズのCDデビュー組15組が参加するユニット。新型コロナウイルスに関する医療支援活動の一環として、Mr.Childrenの櫻井和寿さん書き下ろしのチャリティーソングを歌う予定になっています。これまで数々のスキャンダルを事務所に見逃してきてもらった手越くんですが、さすがに今回のプロジェクトにはふさわしくないと判断されたようですね。なんたってステイホーム期間中に“キャバクラ手越”だもんなあ。これを受けて手越くんがジャニーズ事務所からの退所の意向を示しているとの報道も出ており、予断を許さない状況になっていますね。いやあ、NEWSは本当に不運なグループですね……。

 さて、今回の出来事で改めて注目されたのが、ユニットのプロデューサーを務めることになっている滝沢秀明くんの影響力の大きさ。今回の手越くんに対する厳しい処分は、滝沢くんの判断によるものだといわれていますよね。

“ゴリ押し”とも批判された「滝沢戦略」のすごみ

 2018年に芸能活動を電撃引退した滝沢くんは、その後すぐにジャニーズJr.のプロデュースを行うジャニーズ子会社の代表取締役社長に就任。2019年9月からは、ジャニーズ事務所の副社長にも就任しています。

 滝沢くんはかなり精力的に動いているようで、ジャニーズのSNS解禁推進や、Jr.の2グループ「SixTONES(ストーンズ)」「Snow Man(スノーマン)」を同時デビューさせたのも滝沢くんの手によるもの。まあこの2グループの同時デビューについては「タッキーのえこひいき」「ゴリ押し」などと叩かれもしましたが……。きっちり結果を出してくるあたりはさすがです。

 2グループのデビューシングル「Imitation Rain/D.D.」は発売初週売上132.8万枚を記録してオリコン週間シングルランキング1位を達成。“史上初のデビューシングル初週ミリオン達成”と大きく報じられていました。といっても、この数字はSixTONESとSnow manそれぞれの売上を合算した数字。「発売レーベルも違うのになぜ合算……?」と、ファンの間や業界内ではなんとなくモヤモヤする空気もありました。

 でもやっぱり、2組のデビューをこういう形にしたのは斬新な試みだし、CD発売前の露出もものすごかった。セブン-イレブンとコラボしたり、『an・an』の表紙にこの2組をともに登場させたり。SixTONESのデビュー曲「Imitation Rain」はX JAPANのYOSHIKIさんという大物を引っ張ってきてますしね。最初にONE OK ROCKのTakaさん(元NEWSのメンバー)に依頼したというウワサもありましたが……それが実現したらメチャメチャ面白かったですけどね(笑)。滝沢くんが直接動いていたってことは、そのくらいのことはやろうとしてたんじゃないかな?

 こういうやり方に「ゴリ押し」と批判も集まっていたけど、このあたりの戦略はさすが滝沢くんだな、と。タッキーが、そしてジャニーズが「売るぞ」と本気を出したら、このくらいの結果はきっちり出せるということが証明されたと思います。

基本的には“お嬢様”タイプのジュリー喜多川氏

 ぼくがこの業界で働いていてつねづね感じているのが、やっぱり、タレントも事務所のスタッフも、結局は「トップの人柄」についていくんだということ。ジャニーズは完全に、2019年7月に亡くなったジャニー喜多川社長の求心力によって成り立っていた事務所であり、それを継げるのが結局滝沢くんしかいなかったんだと思います。

 本来はジャニーさんの娘である藤島ジュリー景子さん(現・ジャニーズ事務所代表取締役社長)がそうであればよかったんですけど、ジュリーさんって、基本的に“いい人”なんですよね。お嬢様タイプというか、まあ実際お嬢様ですしね。

 元SMAPマネージャーの飯島三智さんが、大きな権限を持って現場では有無を言わせない雰囲気を醸し出し、業界内に“アンチ”も多かったほどの“豪腕”だったのに対し、逆にジュリーさんは、業界内でも「ジャニーズ幹部のなかでは仕事がしやすいタイプ」といわれるような、非常に常識的なタイプなんですよね。

 それって、“人間”として考えればまっとうだし非常に正しいんだけど、やっぱりこの業界で芸能事務所のトップに立つなら、それだけでは難しいわけです。トップに立つほどのカリスマ性が足りない……といってしまうとちょっと言い過ぎでしょうけど、やっぱり、仕事がデキるとか周囲を巻き込んで物事を決めて進めていく力があるか……という視点でいえば、飯島さんのほうがすごすぎたんだろうと思いますね。

メリーさんを抑える“人間力”がジュリーさんにあれば、SMAP解散はなかった?

 本当のことはわからないけど、ジャニーさんは、飯島さんのほうが優秀だから、この子が社長をやるべきだと考えていたといわれています。飯島さんとメリー喜多川さんが「週刊文春」の取材をきっかけに対立した時に、「お母さん、やめなよ」と言える“人間力”がジュリーさんにあれば、SMAP解散騒動のようなことにはならなかったかもしれないですよね。まあそもそも、ジュリーさんが飯島さんのことを認めていたかどうかはわかりませんが……(笑)。

 滝沢くんはまだ若いし、裏方の仕事を始めたばかりで、ジャニーさんほどの求心力はまだないと思います。でも、滝沢くんといえば、ジャニーズJr.時代から「東のタッキー、西の(渋谷)すばる」と称されるほど絶大な人気を誇り、のちに嵐や関ジャニ∞となるメンバーや、山下智久、風間俊介、生田斗真などが在籍した、1990年代後半の「ジャニーズJr.黄金期」を牽引したスーパースター! 10代半ばから、先輩・後輩含む約120名のジャニーズJr.のリーダーを任され、ジャニーさんの助手としオーディションにも立ち会っていたそうです。すごいですよね、その若さでいったいどれほどジャニーさんから信頼されてたんだか……。

 また、面倒見がよく後輩から慕われているのはもちろん、先輩タレントたちからも一目置かれる存在であることもよく知られています。特に、ジャニーさんの誕生パーティーの幹事を任された際のエピソードは有名ですよね。滝沢くんが一声かけただけで近藤真彦さん、中居正広さん、東山紀之さんら事務所のベテラン組もこぞって出席、当日インカムを装着して指示する姿は、TOKIOや嵐などが自身の番組で絶賛するほど完璧な仕切りぶりだったそうです。主演舞台「滝沢歌舞伎」シリーズの演出などで培ったプロデュース力は、舞台外でも発揮されていたんですね〜!

 そんな人気・能力・人望を兼ね備えた彼ですから、タレントたちも、全員ではないにしろ「滝沢くんならばついていきたい」と思う人たちは多いでしょう。これから先、嵐の活動休止(東京オリンピック延期のため、それもどうなるかわかりませんが)や、長瀬智也くんがジャニーズを退所するというウワサもあり、いろんなものが離れていってしまうのは避けられないと思いますが、“新生ジャニーズ”の象徴となり、ジャニーズを引っ張っていく存在が滝沢くんであることは間違いないと思いますね。

(構成=白井月子)

●芸能吉之助(げいのう・きちのすけ)
弱小芸能プロダクション“X”の代表を務める、30代後半の芸能マネージャー。趣味は食べ歩きで、出没エリアは四谷・荒木町。座右の銘は「転がる石には苔が生えぬ」。