「複職の権利」創設を目指して…週1日は別企業、1日2社で勤務など多様化の重要性

「Gettyimages」より

「所得」とは「所(ところ)を得(え)る」と書く。人口増加で高成長の経済であれば、賃金や雇用が年々改善し、一つの組織に属しそこから所得を得てもリスクは低かったが、人口減少で低成長の経済では、所属する組織の業績が悪化し、所得(の一部)を失うリスクもある。最悪のシナリオでは、所属組織そのものが倒産し、失業してしまう可能性もある。

 このようなリスクをヘッジするためには、いくつかの組織に所属し、複数の組織から所得を得ることができる雇用のポートフォリオを組むのが賢い選択である。本業のほかに別の職業をもつことを「副職」というが、厚労省の「就業構造基本調査」によると、本業も副業も雇用者である労働者の数は概ね増加傾向で推移し、2017年で約129万人となっている。この129万人のうち男性は約57万人、女性は約72万人であり、1992年は約75万人(男性:約47万人、女性:約28万人)であった。

 また、本業も副業も雇用者である労働者について、本業の従業上の地位を見ると、女性では「パート」(43.5%)や「アルバイト」(18.9%)が多いものの、男性では「正規の職員・従業員」(36.8%)や「会社などの役員」(26.3%) も多い。さらに、本業の所得階層で見ると、年間所得299万円以下の所得階層で全体の約7割を占める一方、年間所得が199万円以下の階層と1000万円以上の階層で副業をしている者の割合が比較的高い(図表1)。



図表1(出典:総務省統計局「平成24年就業構造基本調査」)

 複数の事業所で雇用される者を「マルチジョブホルダー」というが、本業のほかに副業をもつ「副職」に留まらず、雇用のポートフォリオを構築するためには、いくつか複数の職をもつ「複職」を可能とする必要がある。また、「複職」という選択は、雇用のポートフォリオとして機能するのみでなく、個人のさまざまな知識・スキル獲得を促し、企業にも人材の有効活用や社員の能力向上といったメリットも存在するはずである。

「複職の権利」創設


 このような状況のなか、政府は、2017年3月下旬の「働き方改革実現会議」において、「働き方改革実行計画」を決定しており、そのなかには「柔軟な働き方がしやすい環境整備」として、「副業・兼業の推進に向けたガイドラインや改定版モデル就業規則の策定」等を記載している。

 この実行計画を受け、厚労省は2018年1月に(副業の壁であった)「モデル就業規則」を改定し、労働者の遵守事項の「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定を削除し、副業・兼業について規定を新設している。それと同時に、副業・兼業について、企業や働く方が現行の法令のもとでどういう事項に留意すべきかをまとめたガイドライン(正式名称は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)やそのQ&A等を作成し公表している。

 もっとも、モデル就業規則やガイドラインには法的な拘束力はなく、実際に複職を認めるか否かは各企業の判断に依存する。ソフトバンクグループ、新生銀行やユニ・チャームといった一部の企業では副業を解禁しているが、現在のところ、社外への情報の漏洩リスクなどを理由として、経済界を中心に副業への慎重論も多い。

 複職ができない企業を辞めて、別の企業に転職すればよいという議論もあろうが、一部の優秀な人材を除き、そう簡単に転職できない人材もいる。年功序列や終身雇用に代表される日本型雇用が揺らぎ、その生活保障機能が低下するなか、リスク・ヘッジのために複職を望む個人に対し、就業規則で複職を禁止し、一つの組織に縛りつける戦略は本当に理にかなっているのだろうか。

 政府として、そのような個人を支援するためにも、法的に「複職の権利」を創設してはどうか。雇用のポートフォリオ構築のため、週5日のうち1日程度は、別の企業での業務に従事したり、NPO等での非営利活動をしたい個人も多いはずである。「複職の権利」とは、例えば、このような個人が別の組織での業務に従事したい旨を申請した場合、基本的に許可しなければならないという法的な制度である。当然であるが、その場合、就業規則で定められたルールに基づき、本業の企業は支払う賃金を減額できる仕組みも重要である。

諸問題の解決の必要性


 なお、「複職」を本当の意味で推進するためには、雇用保険の適用問題や社会保険料の徴収方法のほか、労働時間の通算問題や労災保険給付などの問題も検討を進める必要がある。

 このうち、労働時間の通算問題について、現行の労働基準法では、本業と副業の労働時間を合算して適用するルールとなっており、残業代など割増賃金の取り扱いにつき、本業と副業のどちらの企業が負担するのかという問題が発生する。

「1日8時間、1週40時間」を超えて働かせる場合、労働基準法に従って割増賃金を支払う必要があるが、例えば、本業のX社で1日5時間働き、その後、副業のY社で1日4時間働くケースでは、後に働くY社が1時間分(=9時間-8時間)の残業代を支払うのが一般的である。しかしながら、X社とY社との労働契約が両方とも「所定労働時間4時間」であるとき、1時間分の残業代を支払うのはX社となり、これは異なる事例の一つにすぎない。

 このような複雑な問題を解決する一つの方法は、適用可能な業種に一定の限界があるものの、労働時間と成果・業績を連動しない「裁量労働制」(仕事のやり方や労働時間の配分を労働者の裁量に委ねる労働契約)を利用することである。

 また、マルチジョブホルダーに関する雇用保険の適用問題についても日本の取り扱いはフランスやドイツと異なり、本業の雇用関係しか適用されない(図表2)。一度に解決できる問題ではないが、プロジェクト型のジョブマッチングを行うプラットフォームを運営するサイト(例:ランサーズ)やクラウドワーク等の浸透でマルチジョブホルダーが引き続き広がることは確実であり、徐々に検討を深めていくことが望まれる。
(文=小黒一正/法政大学経済学部教授)


ライザップ、松本晃氏が半年で敵前逃亡した“蟻地獄”…数十社の不振子会社群に慄然

6月にライザップ取締役を退任する松本晃氏(写真:東洋経済/アフロ)

 RIZAPグループ(以下、RIZAP)は6月の株主総会で中井戸信英(のぶひで)氏を取締役会議長として選任し、創業経営者である瀬戸健社長を強力にバックアップする体制に入る。外部から再びプロ経営者を招聘したかたちだ。

 瀬戸社長が昨年、「プロ経営者」の松本晃氏を招聘し、COO(最高執行責任者)として経営の建て直しを委嘱したことは記憶に新しい。中井戸氏の前に短期間在任した松本氏の去就を振り返り、RIZAP改革の道に横たわる困難を概観してみる。

【前編はこちら】
『ライザップ、営業赤字94億円…大物経営者招聘の裏に、瀬戸社長の“経営家庭教師”の存在』

拙速果断な招聘とプロ経営者が直面した3つの困難


 松本氏はジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人の社長在任9年の間に年間売上を4倍に伸ばし大幅な黒字を達成、続くカルビーでは8期連続で増収増益を続けるなど、「カリスマ経営者」との呼称をほしいままにしていた。

 ところが絶好調を続けたカルビーの業績は、2018年第3四半期(17年10月―12月)に久しぶりに対前年比で大幅に悪化してしまった。私はこの時点でカルビーでの松本経営が限界点に来たことを指摘し、「外に出て次の機会を見出したら」と提言した(18年2月16日付記事『カルビー、突然に急成長ストップの異変…圧倒的ナンバーワンゆえの危機』)。

 この拙記事が松本氏の目に留まったとも仄聞しているのだが、同氏が唐突にカルビー退任を発表したのがその翌月のことだった。そして松本氏の退任報道に即応したのが、RIZAPの瀬戸社長だった。瀬戸社長は即日、松本氏に直接電話を入れ、RIZAP経営陣への参加を懇請した。

 松本氏は瀬戸社長の迅速な要請に打たれるところもあって、RIZAPへの入社を受諾したという。松本氏は昨年6月の株主総会でRIZAPの代表取締役COO(最高執行責任者)に着任した。

 松本氏の主要な業務管掌は、多数・多岐に渡ってしまっていたRIZAPの子会社群の経営建て直しということだった。着任した松本氏はカルビー時代同様に、それぞれの事業所(子会社)を自ら回って現場の社員の声を聞くことから始めた。

 松本氏はしかし、正式着任して半年もたたないうちにCOOを離任してしまう。昨年10月にそれが発表され、肩書きは「構造改革担当」ということになり、代表取締役も外れた。取締役としての籍が正式に外れるのは6月の株主総会だが、RIZAPでの経営トップとしての活動は昨年の10月に終了してしまったという状況だった。「プロ経営者の半年逃亡劇」と私が評する所以だ。

 創業経営者に丁重に迎え入れられたプロ経営者は、なぜ半年も持たずにその会社を見限ることになったのか。私は3つの要因があると見ている。

整理しきれない子会社群


 瀬戸社長が松本COOに期待したことは、膨れ上がった子会社群の経営であり、建て直しだった。ところが、一回り現場を回ったこのプロ経営者は、瀬戸社長に重大な経営方針転換を提言したのだ。

 それはRIZAPが突き進んできたM&A路線の凍結であり、子会社群の整理であった。松本氏はRIZAPの子会社群を当初「おもちゃ箱のようだ」とそのバリエーションの広がりを評していたが、内実を吟味するにつれ「壊れたおもちゃも、あるかもしれない」と、それまでのM&A路線を酷評するようになった。

 2年半に60社強を手当たり次第に買い漁ってきたといわれる子会社の多くが赤字に沈んでいた。RIZAPはそれらの不調会社を、評価資産価格以下で買い叩いてきた。そうすると、財務的には「逆のれん代」(適正評価額との乖離額を利益として計上する)として本社の決算数字がよく見えるのだ。この「逆のれんM&A」を永遠に回せれば、個別の会社の経営状況など関係のない、という事態が生まれる。しかし、永久運動機関が存在しないように、そんなM&Aは持続するはずもない。

 赤字の会社を連結決算していけば、RIZAP本体の各年の経常利益は大きく損なわれていく。買収した会社の事業内容をそれぞれ迅速に改善できなければ、RIZAPは早晩行き詰まる。

 それぞれの子会社を再生できればいいのだが、プロ経営者といえども、不調の会社の業績をターンアラウンドさせるには尋常でない集中を必要とする。つまり、数年に一つずつしか行えないのだ。「数十もの会社を再生してほしい」とか「そうでなければその数の再生経営者を同時に育ててほしい」などということを期待したとしたら、それは“ないものねだり”というほかはない。

 この構造をすぐに見抜いた松本氏は、不調会社の切り離し、つまり再売却に動いた。しかし実現したのは、SDエンターテイメント(昨年11月に一部譲渡)、ジャパンゲートウェイ(19年1月に売却)、タツミプランニング(同3月に一部譲渡)など、指を折るほどの数にもならなかった。それも松本氏がCOOから離任したあとの実現だった。

 会社を売却することは、買収するよりはるかに難しい。売却先候補を見つけ、資産査定を相互で行い、交渉する。弁護士など多くの専門家が関与し、1件だけでも気の遠くなるような時間と労力が必要だ。それを何十社もしなければならないというわけで、松本氏は慄然としたはずだ。

数十社の赤字が集積するという悪夢


 4月に入りRIZAPはグループ企業の再編を発表している。そこに添付された「RIZAPグループ体制図」によると、子会社群は10の中核企業群に集約されたかのように見える。しかし、内部を精査して見ると、たとえば中核会社の一つとされたRIZAP株式会社の下には10社以上の子会社を収載したりして、トータルすると、いまだに子会社の数が数十社という規模感のままである。18年9月現在では85社あると発表されていた。

 RIZAPがこれらの数十に上る多くが不調な子会社を保持していけば、毎年莫大な赤字が発生する。18年11月の発表では「1年以内にグループ入りした企業の赤字合計額が増加している」とされた。RIZAPは買収した会社の建て直しが得意な会社ではないのだ。売却できたとしても足元を見られ、多額の売却損を覚悟しなければならない。

 私にも観察できるこんな悪夢を、松本氏のような「プロ経営者」が短期に見抜けないわけはない。招聘されたところが実は“蟻地獄”だったことに、松本氏は現場を回ってすぐ気がついたのだ。

社内の抵抗と反発


 次記事では松本氏がRIZAPを逃亡した3つの要因のうち、あと2つを解説し、交代登板となった中井戸氏による経営再建の可能性について評論する。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)

※後編へ続く

※ 本連載記事が『残念な経営者 誇れる経営者』(ぱる出版/山田修)として発売中です。

【山田修と対談する経営者の方を募集します】
本連載記事で山田修と対談して、業容や戦略、事業拡大の志を披露してくださる経営者の方を募集します。
・急成長している
・ユニークなビジネス・モデルである
・大きな志を抱いている
・創業時などでの困難を乗り越えて発展フェーズにある
などに該当する企業の経営者の方が対象です。
ご希望の向きは山田修( yamadao@eva.hi-ho.ne.jp )まで直接ご連絡ください。
選考させてもらいますのでご了承ください。

撮影=キタムラサキコ
●山田修(やまだ・おさむ)
ビジネス評論家、経営コンサルタント、MBA経営代表取締役。20年以上にわたり外資4社及び日系2社で社長を歴任。業態・規模にかかわらず、不調業績をすべて回復させ「企業再生経営者」と評される。実践的な経営戦略の立案指導の第一人者。「戦略策定道場」として定評がある「リーダーズブートキャンプ」の主任講師。1949年生まれ。学習院大学修士。米国サンダーバードMBA、元同校准教授・日本同窓会長。法政大学博士課程(経営学)満了。国際経営戦略研究学会員。著書に 『本当に使える戦略の立て方 5つのステップ』、『本当に使える経営戦略・使えない経営戦略』(共にぱる出版)、『あなたの会社は部長がつぶす!』(フォレスト出版)、『MBA社長の実践 「社会人勉強心得帖」』(プレジデント社)、『MBA社長の「ロジカル・マネジメント」-私の方法』(講談社)ほか多数。

やよい軒、“その他大勢”の不満を受け「ごはんおかわり無料」をやめる“ポーズ”の重要性

やよい軒の店舗(「Wikipedia」より/Ocdp)

 外食チェーンのやよい軒が無料だったごはんのおかわりを、一部店舗でテスト的に有料化した。おかわりをしない顧客から「不公平感がある」という意見が以前から寄せられていたことが理由だったようだが、頻繁に来店する層を中心に波紋を呼んだ。大多数は既存のシステムに満足していたはずなのに、なぜ企業は一部の顧客の声を聞かなくてはいけないのか。立教大学経営学部教授でマーケティング論が専門の有馬賢治氏に話を聞いた。

顧客は“その他大勢”になったとき、公平感を希求する


「現代は過剰なまでに顧客の声の反映が暗黙的に求められる時代です。企業がサービス改善のために行うPDCA(『Plan』『Do』『Check』『Action』)サイクルを回すための『Check』にあたる工程で回収を試みる顧客アンケートですが、なかには個人的なガス抜きのために利用する顧客もいます。ですが、それすらも企業には対応が求められているのです」(有馬氏)

 では、やよい軒のケースでは、その意見を寄せた顧客の心理とはどのようなものだったのか。

「顧客が企業に求めるサービスの代表的なものに、『自分だけの特別感』と『公での公平感』があります。たとえば自身がその店舗で特典を受けられる限定された会員のような立場だった場合、他の顧客よりもプラスアルファのサービスを受けられるため、オトク感を覚えて店舗への好印象を抱きます。一方、自身が特別扱いを受けない“その他大勢”に入っている場合は、逆に公平感を希求する心理が働きやすくなります。やよい軒のケースも、おかわりをしない客層が、自身がそうだからと自分側に合わせた公平感を店舗側に求めたのでしょう」(同)

 ここで冒頭の記述に戻るが、多くの顧客はこの対応に納得していない。おかわりが有料となれば、「もうやよい軒には行かない」という声も多数見られる始末だ。うがった見方をすれば、値上げに踏み切る口実を、顧客に押し付けて正当化しているようにさえ映る。

 本当にそういった意見が寄せられているにしても、一部の顧客のわがままに付き合ってしまえば、むしろマイナスプロモーションとなることを、やよい軒サイドは予想できなかったのか。有馬氏は「さすがに値上げの理由を顧客に押し付けていることはないはず」との前提で、少数の声でも無視できない現実があると説明する。

無視されれば腹いせに炎上させる顧客も?


「意見を言う顧客からすれば、紙のアンケートやメールなどで、手間をかけてわざわざ声を上げたにもかかわらずそれが反映されないとなると、『無視された』と思い込む事態も出てきます。すると、その腹いせに炎上に向けて行動する可能性さえも出てくるのです。ですが、企業による対応の動きがあれば、結果として受け入れられずに制度やサービスが変わらなくても、ある程度納得感を得て、それ以上騒ぐことはしなくなる人が大勢でしょう。出された意見を企業として採用するかどうかは置いておいて、顧客の意見に対応している姿勢を見せることは非常に大切なのです」(同)

 そして有馬氏は、やよい軒の今回のテストマーケティングは、顧客の声を聞いた“ポーズ”ではないかと分析する。

大戸屋のアルバイトが撮影した不適切動画がネット上で拡散してしまったとき、運営会社は全店を1日だけ休業して研修日をもうけました。当時社会問題となっていた“バイトテロ”に会社としていち早く対応している姿をアピールするためなのですが、チェーン全体の1日分の売上額の1億円という被害を出しても、意味があると判断したからこその行動です。人種差別をしたアメリカのスターバックスでも似たようなケースがありましたが、ごく短期間の研修ではスタッフへの考え方の周知徹底はできても、サービス自体は実質的には大きく変わらないと思います。ですが、このポーズこそが社会的には意味があることなのです」(同)

 やよい軒のごはんおかわり有料化は、現状あくまで一部店舗でテスト的に実施されているにすぎない。これらの店舗で不評となれば、やよい軒はまた堂々と元のシステムに戻せるというのが有馬氏の推測だ。少数派の意見がやけに大きくなって届いてしまう生きづらい時代なのはもはや仕方がない。それを割り切って、企業も対応する必要があるということなのだろう。
(解説=有馬賢治/立教大学経営学部教授、構成=武松佑季)

大学入学式ですら新入生が全員ダークスーツという病的な日本…人生を選択できない若者たち

ANA、2019年度グループ入社式(写真:REX/アフロ)

 日本では4月、大学の入学式や企業の入社式が行われたが、メディアでは大学の入学式で男女の服装が黒一色だと話題になっている。葬式ではないのに黒一色のスーツとは、私が住むフランスでは考えられないが、不気味といえば不気味である。

 そもそもフランスでは入学式を盛大にはやらないし、親も出席などしない。なぜかというと、入学しても進級が厳しいので、無事に卒業できる保証はないからである。その代わり、卒業式はフォーマルな場なのでガウンとキャップを着て盛大に行う。親族も参加することが多い。日本では卒業式より入学式が盛大なイベントになるのは、大学に入れば簡単に卒業できるので“入学式で一丁上がり”ということであろう。

 私が聞いた範囲では、今年の東京大学、早稲田大学、国際基督教大学(ICU)など、多くの大学の入学式で新入生は男女とも黒などのダーク系スーツだという。私が教鞭をとる明治大学も例に漏れない。明治大学は毎年4月7日に日本武道館で入学式を行うが、写真を見るに圧倒的に黒などダーク系のスーツであり、それ以外を見つけるのは難しい。明治大学のモットーは「個を強くする」だが、これでは埋没して個も何もない。いや、人は中身だろうという人もいるだろうが、一事が万事という言葉もある。髪の毛が茶髪の人もいるだろうから、それが個性といえるのかもしれないが。

 学生たちがこうした服装をする理由として、昔からの減点主義や横並び主義を挙げる社会規範論もあるが、どうもしっくりこない。昔は減点主義と横並びで会社員人生を全うできたが、今の学生はそうは思っていないであろう。経団連の中西宏明会長が終身雇用の維持は難しいと明言するくらいなので、終身雇用もさほど信じられているとは思えない。

 これだけ環境変化が激しく、シャープや東芝など由緒ある大企業であっても一寸先は闇である。政府を筆頭に耳にタコができるほど「多様化、多様化」と呪文のように叫ぶので、周りをみて画一化に向かうのが正しいとは学生は思っていないのではないか。しかし彼らは、入学式が示すように多様化とは真逆に進み、その傾向が強くなってきているようでもある。

自己効力感を感じられない社会


 筆者が思うに、今の学生たちは人生で自己選択をしたことがないのではないか。お受験を通して親がすべてを先回りして計画するので、子供は自分で選択する機会がない。そして、入試を通して、彼らの多くはいつも「選んでもらう存在」だった。序列の明確な大学ランクでは、東大を筆頭に高いランクの大学から、学生は選ばれた、選んでもらった、入れてもらったのである。東大を自分が「選んでやった」と思う学生は、どれくらいいるのであろうか。受験戦争の勝者とは選ばれた者である。

 そもそも、日本の入試は、学生の出来を見ているのではなく、落とすためにあるのであるから、生き残りゲームのようなもので、残った者は選ばれた者という意識を持つだろう。入学式で「君たちは選ばれた」などと言うからたちが悪い。つまり、これまでの人生で、いつも「選択される側」で「選択する側」になったという意識を持ったことがないのではないか。

 これでは、自己効力感を感じられない。そもそも、政府が働き方や休みも国民に指図する日本は、明らかに自己効力感を感じられない社会である。自分に選択権のない社会に住み、次もきっと誰かに選択されると思っているのではないか。もはや、この「選択される」という意識は、姿勢として埋め込まれている。将来の希望がどんどん持てなくなるなかで、閉塞感を感じながら、その一方で選択されることが染みついた若者は、「自分では何も変えることはできない」とあきらめているのかもしれない。
 
 自己選択をしない者は、自己判断する基準を持っていない。多様化とは可能性の広がりであるが、多様化する環境とは、自分の価値判断がしっかりしていないと辛い環境である。選択されてきた者にとっては、好ましい環境ではない。多様化の重要性を理解していても、拒絶反応が出てきてもおかしくはない。「大学に入学したから、今日からテストという一元化から解放され、多様化の世界になります。なので自己判断しましょう」は、まさに敗戦によって「天皇陛下万歳」が一夜にして、その内容を理解しないまま「民主主義万歳」になったのと同じ構図である。

 興味深いのは、今年とバブルの走りの1986年の日本航空の入社式の服装の違いである。今年の入社式を見るに、示し合わせたようにほぼ全員が同じ髪型でダーク系スーツ姿である。

 一方、1986年の入社式の写真を見ると、服から髪型までみなバラバラで個性的である。この違いは何から来ているのであろうか。私も1980年代前半の就職組なのでわかるが、この時代はバブルに向かい、閉塞感がなく、内定長者も多く、学生が「会社を選んでいた時代」ではないか。仮説であるが、「自分が会社を選択した」という意識から、入社式の服装についても周りとは関係なく自分で決めていたのではないか。当時は情報入手が容易な今とは違うという見方もあるだろうが、多くの人が同じようにインターネットで調べるというのは、私のいう自己選択ではない。

選択されてきた者の身体的反応


 安倍政権のおかげで、高い有効求人倍率を背景に、ここ数年の新卒の就職率は高いのだが、それは人気のない企業の求人も含めた全体で高くなっているということでもあり、上位の人気企業への就職は極めて熾烈である。やはり「企業に選ばれた」という意識が強くなるのではないだろうか

 就活で学生たちはみな同じようなリクルートスーツを着ているが、人と違ったことをして選ばれない原因となることは極力せず、自分で責任を取らない安心な状況をつくりたいわけである。ゆえに、皆と同じリクルートスーツを着て一生懸命個性を語るという、興味深い現象が生まれるわけだ。入社式もその延長である。

 このように考えると、それまでの人生で選択されてきた者が、身体的反応として周りに判断基準を求めるのは不思議ではない。前述のとおり自分が選ばれない原因を極力排除していけば、結果は皆と同じになってしまう。これは、無難な選択というよりも、選択されないで後悔することになる要素を身体的に排除しているのである。

 生き残るためにはリスクテイクが前提となる多様化が避けられない状況のなかで、このような新入生や新入社員は、果たして生き残れるのか、一抹の不安を感じずにはいられない。

 筆者は、すべての国民に「選択される権利」を与えることを是とする政府と、それを望む国民と国家に将来はないのではないかと考える。少なくとも、大学で学生たちが選択肢を拡大し、選択の自由を確保するにはどのようにすべきなのかを真剣に考えて、実践するようになってもらいたいと思う。そのために教員は何ができるのかを、真剣に考えなければならない。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)

大企業の間で、今年か来年の“リーマンショック級経済危機”到来への警戒高まる

リーマン・ショック(写真:AP/アフロ)

 大企業によって多少は時期はずれたりするのですが、毎年5月というのは多くの大企業で今年度の事業予算計画が確定する時期です。どれだけの売上を予定し、どれくらいの投資を行うのか、そういった計画がこの時期にほぼ出そろいます。

 それで本業が経営コンサルタントの私としては、守秘義務の関係であまり詳細はお話しすることができないのですが、今年、大企業の経営者たちが比較的共通認識として懸念しているあることについて、今回は書かせていただきたいと思います。

 それは一言でいうと、

「今年か来年のどこかで、リーマンショック級のグローバルな経済不況がやってくるのではないか」

という懸念です。

 この点については経済評論家の間でも意見が分かれるところで、最大の懸念事項はアメリカのトランプ政権が推進している過剰な保護政策が世界経済をどう停滞させるのかという点です。加えて、これまで世界経済をけん引していた中国の成長が本格的に止まりそうだという懸念や、EUから英国が離脱する政治的インパクトに関係する懸念など、グローバル市場における懸念材料があふれているという問題があります。

 それらに関係したなんらかの引き金でパニック的な経済混乱が起きるリスクは、一定規模で存在するわけです。具体的なきっかけはアメリカの金利上昇かもしれませんし、中国やアメリカの有力企業と思われてきた企業が急に行き詰まるといったニュースかもしれません。

 何がきっかけになるかわかりませんし、いつ起きるかもわからない。けれども今年か来年にそれが起きる可能性はある。だから経営計画にそのリスクを織り込んでおこうと大企業経営者たちが考えているという現実があります。

 では、実際にリーマンショック級の経済恐慌は起こりうるのでしょうか?

今回のケースの特徴


 リーマンショックのときにはひとつ、具体的な火種が存在していました。それがサブプライムローンという返済不能な負債が莫大な金額におよび、かつそれが細かく証券化されて世界中の金融商品にばらまかれていたという火種でした。

 平成初期に起きたバブル崩壊も同様です。火種としては大手金融機関が貸し付けてきた不動産融資が不動産価格崩壊とともに焦げ付いて、その不良債権規模が100兆円に及ぶ規模へと膨らんでいたという火種です。

 それらの事態と比べると、今、私たちの目の前にある「リーマンショックの再来の危機」というべきものには、同じような火種は目に見えるかたちでは存在していません。起きる可能性があることはむしろ大きな経済停滞であり、これはリーマンショックのような破壊的な恐慌ではなく、5年から10年の間に1~2回起きるような周期的な不況で終わる可能性も小さくはない。恐慌は起きないかもしれないというのが今回のケースの特徴ではあります。

 とはいえ、火種はひとつ存在します。それは先進国の株式市場の価格がかつてないレベルにまで高騰しているという事実。そして、日本の場合は東京オリンピックに向けて首都圏の不動産価格がかつてないレベルにまで上昇しているという事実です。株価と不動産価格の上昇が経済成長の背景にある以上、それらが価格崩壊すれば少なくない投資家たちが巨大なダメージをうけ、それに応じて相応の不良債権が出現するはずです。

 冒頭に申し上げたように経営コンサルタントとしての守秘義務がからんでくるので、大企業側の情報についてはあまりお伝えすることはできないのですが、私が大企業にどのようにアドバイスしているかはお伝えすることができます。それは、

「リーマンショックの3分の1ぐらいのインパクトのクラッシュがきても大丈夫なように備えておきましょう」

というアドバイスです。

 何かが起きる可能性は小さくないが、その規模は過剰に想定するほどのことではないのではないかという分析です。あくまでひとつの見識として聞いていただきたいのですが、2008年頃の不気味な状況と比べると、そこまでの不安材料はないようにみえるというのが現時点での状況ではあります。

経済の教科書には書いていない事態も


 ただもうひとつ、読者である皆さんに対しては別のアドバイスがあります。それは今のままだといずれ、これからの10年の単位でみれば、どこかでもっと大きなクラッシュがやってくる可能性があるということです。

 最大の懸念材料は国の借金の増加です。日本の借金が過去最大の1100兆円になったというニュースがありますが、今後、高齢化社会がさらに進んでいけば、医療費の問題や年金の負担で国家財政がさらに悪化するのは必定です。

 そして、このような状態が近づいていてもまだ日本の財政が破たんしていない最大の経済学的な根拠は、ゼロ金利下ではそういった巨額の国の借金が維持できるという、未解明の経済学説通りに事が進んでいるという点にあります。もしその状況が崩れたらこの先どうなるのかは、経済の教科書には書いてはありません。

 しかし、国の借金が日本の個人資産1500兆円を超える時期はいずれやってきます。もう国内の金融機関が国債を買い支える資金がなくなって、仮に海外の金融機関に国債を買ってもらわなければならない時期が来るとすれば、今の借金を正当化できる経済前提は崩れるわけです。

 では、そのようなクラッシュが来たらどうなるでしょう。おそらくリーマンショックではなく、オイルショック的な経済恐慌が日本を襲うことになると思われます。リーマンショックの場合はあらかじめ資産を現金化しておけば恐慌をやり過ごすことができたのですが、オイルショックの場合は、狂乱物価が起きることで現金を持っていても資産は半分以下に目減りしてしまいました。

 今回恐れられている経済クラッシュとは別に、日本経済は少子高齢化による縮小と政府財政の肥大という確実に来るであろう未来のもうひとつのリスクを抱えているのです。そのことも念頭におきながら、ここまでの経済成長が来年の東京オリンピックまで持つかどうか、微妙な未来を心配しながら今年一年を過ごすという考えが、多くの大企業における今年の年度計画の前提にあるのだということを今回はお伝えしておきます。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

●鈴木貴博(すずき・たかひろ)
事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『ぼくらの戦略思考研究部』(朝日新聞出版)、『戦略思考トレーニング 経済クイズ王』(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。

有機スズ化合物に関して「環境ホルモン」という言葉を聞かなくなった理由

「Gettyimages」より

有機金属化合物


 有機金属化合物は有機物と金属が結合したものの総称です。食品に限って考えると、人にとって有用なものと安全性に気をつけなければならないものとがあります。

 食品に関係する有機金属化合物としては銅、亜鉛、スズ、ヒ素、水銀があります。これらの化合物は無機金属化合物と比較すると、毒性が強いものと毒性が非常に弱いものとがあります。

有機銅化合物


 食品に関係のある有機銅化合物は、農薬(殺菌剤)としてオキシン銅が許可されています。特に食品衛生法の違反もなく、殺菌剤としての効果もあり問題になっていません。食品添加物としてはグルコン酸銅や銅クロロフィル、銅クロロフィリンナトリウムがあります。

 グルコン酸銅は、食品衛生法で母乳代替食品および保健機能食品以外の食品に使用してはならないとなっています。これらが添加物として許可された理由は、銅の不足を補うためのものです。母乳代替食品は大規模な調査により銅の含量が母乳の100分の1程度であることがわかりました(注1)。銅が欠乏すると発育の遅れ、貧血、多核白血球の減少、筋肉の緊張低下などの恐れがあるため、乳及び乳製品の成分規格等に関しては省令によって「厚生労働大臣の承認を受けて調整粉乳に使用する場合を除いて、母乳代替食品を標準調乳濃度に調乳したとき、その1L(リットル)につき、銅として0.60mgを超える量を含有しないように使用しなければならない」となっています。

 保健機能食品は食品衛生法により、いわゆる健康食品のうち、国が安全性や有効性等を考慮して設定した規格基準等を満たす食品で、通常の食品の形態をしていない液剤、カプセル、顆粒及び錠剤に限り使用できることとなっています。保健機能食品に加えるとき「当該食品の一日当たりの摂取目安量に含まれる銅の量が5mgを超えないようにしなければならない」となっています。

 なお、米国では、グルコン酸銅は一般に安全と認められる物質(GRAS 物質)として取り扱われ、栄養強化剤としてサプリメント類、あめ類、飲料等に用いられており、使用量の制限は設定されていません。

 銅クロロフィルや銅クロロフィリンナトリウムは青~緑色であるため、着色料として許可されています。使用対象食品が決められており、昆布、野菜類や果実類の貯蔵品、チューインガム、魚肉ねり製品、生菓子、チョコレートおよびみつ豆缶詰中の寒天に、銅クロロフィリンナトリウムについては、あめ類にも使用が許可されています。

 植物の緑色はクロロフィルですが、ワラビ等を銅鍋で煮ると綺麗な緑色になるのは、鍋から溶出する銅イオンがワラビのクロロフィルのマグネシウムと置き換わるためです。特に安全性は問題ありません。

有機亜鉛化合物

 
 グルコン酸亜鉛は、グルコン酸銅と同じく食品衛生法により母乳代替食品と保健機能食品以外の食品に使用してはならないことになっています(注1)。食品添加物として許可された理由は亜鉛強化のためで、不足すると成長が遅れる、皮膚炎や下痢などの症状が表れやすいなどです。

 添加量としては「母乳代替食品を標準調乳濃度に調乳したとき、その1Lにつき、亜鉛として6.0mgを超える量を含有しないように使用しなければならない」となっています。グルコン酸亜鉛は保健機能食品に使用したとき、「当該食品の一日当たりの摂取目安量に含まれる亜鉛の量が15mgを超えないようにしなければならない」となっています。

 米国では、グルコン酸亜鉛はGRAS 物質として取り扱われ、栄養強化剤としてサプリメント類、あめ類、飲料等に用いられており、使用量の制限は設定されていません。また、EUではグルコン酸亜鉛等の栄養強化剤は、食品添加物ではなく、食品成分扱いとなっており、調製乳についてのみ使用量の制限があります。普通の食事をしていれば、不足することはありませんが、カキをはじめ魚介類や種実類に多く含まれています。

有機スズ化合物


 有機スズ化合物は多くの種類があります。過去に話題となったのが、内分泌かく乱化学物質(いわゆる「環境ホルモン」)作用があるのではないかということで一時期、環境ホルモンとしてテレビや新聞で連日騒がれました。

 酸化トリブチルスズ(TBTO)、トリブチルスズ(TBT)トリフェニルスズ(TPT)などの有機スズ化合物が船底塗料や魚網防汚剤などに使用されていました。その理由は、船の底の部分に海藻や貝等が付くと船の速度に大きな影響を与えるだけでなく、ガソリンの消費量も大幅に増えてしまうからです。また、魚網に海藻や貝が付着するといけすの魚が酸欠を起こして死んでしまうなど、いろいろの障害が出てしまいます。

 しかし、イボニシなどの巻貝にはメスがオス化する現象に影響を与えることがわかってきました。そこで1980年当初から世界的に船舶の船底などに有機スズ化合物を使用しないという取り決めがなされました。

 魚介類について国や各地の衛生研究所等で継続的に海産物の有機スズ化合物の調査をしています。船底塗料や漁網に使用しなくなった効果もあり、魚介類からの検出量は検出しない、あるいは微量で、格段に少なくなっています。

 食品と関連した有機スズ化合物の慢性中毒の事例はありませんが、ブチルスズ化合物製造従事者が味覚の減退を訴え、その他の症状は後頭部の頭痛、鼻血、倦怠感、肩こりなどであったことが報告されています。

 東京都健康安全研究センターは平成19~26年度の間に東京都内で流通していた輸入水産物(魚介類180検体)について有機スズ化合物の含有量調査を行っています。その結果、TBTは魚介類180検体中47検体から0.01~0.03 ppm、TPTは180検体中18検体から0.01~0.12 ppmであり、通常の摂取量では安全なレベルであったと結論付けています(注2、3)。

 北海道衛生研究所は平成11~26年度に魚介類中の有機スズ化合物(ジブチルスズ、トリブチルスズ、トリフェニルスズ)調査をしています。初年度から安全性に問題がなく、さらに徐々に減少しているとの報告をしています(注4)。その他、各地の衛生研究所で実態調査を行っていますが、特に問題となる結果はみられません。
 
 また、有機スズ化合物はプラスチックの安定剤や樹脂合成の触媒などに利用されていますが、人に対して特に問題になっていません。日本でも多くの研究者が研究対象とした環境ホルモンという言葉も、あまり聞かれなくなりました。
(文=西島基弘/実践女子大学名誉教授)

※後編に続く

注1)乳幼児における亜鉛と銅の重要性
注2)東京衛研年報, 52, 194-200, 2001
注3)東京健安研セ年報 66, 217-222, 2015
注4)道衛研所報 65, 79-81,2015

Hey!Say!ツアーを中止に追い込む、過激ジャニーズファンの“危険な生態”

「Gettyimages」より

 ファンの非常識な行動がアーティストのライブ、それも全国ツアーを中止に追い込むという前代未聞の事態が起こった――。

 ジャニーズ事務所は19日、アイドルグループ・Hey!Say!JUMPの全国ツアーについて、一部のファンによる迷惑行為がやまないことを理由に中止すると発表した。

 ジャニーズ事務所は2年前の2017年にも、公式サイト上で「ファンとしての品位を保ちタレントを温かく見守っていただいている一方で、マナーに反する過激な行為を行う方へ『大切なお願い』があります」と綴り、具体的に以下のようなファンによる危険行為を列挙していた(以下、要点を抜粋)。

・飛行機、新幹線でタレントに近い席を確保し、立ち上がってのぞき込む
・新幹線内でタレントの乗車車両の前後のデッキに留まり、一般の人の通行を妨げる
・タレントの写真、動画を撮影し続ける
・タレントに故意にぶつかったり、抱きついたりする
・スタッフに向けてエアガンを発砲する
・タレントを乗せた移動車両を白タクなどで追いかける

 こうしたタレントや事務所関係者のみならず一般人にも危害を与えかねない行為により、 「関係機関よりコンサートの開催中止勧告を受ける」懸念もサイト上では記載されていたが、今回、その懸念が現実のものとなったといえよう。

「ジャニヲタのなかでも特に過激な人たちは“やらかし”と呼ばれていますが、彼女たちのなかには普段は普通に働いている人も多く、自然と職業も多岐にわたることになり、図太いネットワークを形成しています。そのため、どこから情報を入手しているのかはわかりませんが、タレントの自宅は朝飯前のこと、地方への移動で使う飛行機や新幹線の便名や、宿泊先ホテルまで押さえることができ、週刊誌記者も顔負けの情報収集能力を持っています」(週刊誌記者)

 当サイトは2018年11月15日付記事『大倉忠義だけじゃない!ジャニヲタからも嫌われる「過激派やらかし」の異常な実態』で、そんな“やらかし”たちの実態を報じていたが、今回、改めて同記事を再掲する。

---以下、再掲---

 ジャニーズタレントがファンの行動を批判するという異例の事態が、物議を醸している――。

 関ジャニ∞の大倉忠義が8日、公式ファンサイト上のブログを更新し、一部ファンのつきまとい行動について、「執拗に追いかけてくる人たちがいます。僕達にぴったりくっつくことを目的に、周りが見えていなく 一般の方々にも体当たりをしたり」「ある時は、友人と食事をしていたら駅や空港にいつもいる人が横のテーブルにいました」と報告。さらに「鞄の中に物を入れられたり」「突然手を繋がれたり」といった行動に苦言を呈し、「普通の人に戻るほうがよっぽど楽 そろそろ限界だ」と苦しい心境を吐露した。

 ジャニーズタレントのファンといえば、これまでも一部のファンによる常軌を逸した過激行動が話題になってきたが、ジャニヲタの知人がいるマスコミ関係者は語る。

「ジャニタレのプライベートまで追っかける熱心なジャニヲタは“やらかし”と呼ばれ、なかにはプロの記者顔負けのクルマの運転技術でタレントを尾行したり、自宅の住所や行きつけの店を把握している優秀な人もいます。通常、あるタレントのファン同士が劇場やテレビ局での出待ちなどを通じて知り合い、強いネットワークを形成していくことが多く、ライブで地方へ行った際などは、メンバーの宿泊先や移動に使用する飛行機や新幹線の便までも特定して、ネットワーク内で情報を共有していますよ」

 では、やらかしとは、どのような人々なのであろうか。

「学生から一般企業でバリバリ働いている人、CAや看護師、キャバクラ嬢、アルバイトなど、本当に幅広い年齢や職業の人たちです。ただ、自然とネットワーク内でカーストが形成され、容姿の端麗な人が上位に立ち、そうではない下位の人々を“使っている”ようなケースもありますね。もっとも、突然やらかしを卒業し、今では結婚して子どもも生んで普通に生活している人もたくさんいますよ」(ジャニヲタ)

ジャニタレと飲み会をする、やらかしも


 そんな、やらかしだが、なかにはタレントとプライベートで関係を持とうとする人も、ごく一部にはいるという。

「超がつくほどカワイイA子は、あるタレントXが好きすぎて、知り合いをたどって、ついにXが複数の女性たちと定期的に開く飲み会のメンバーになることができましたが、やらかしであることがバレて、Xから『顔見たことあるぞ!』とキレられて以来、プライベートではXと会うことができなくなってしまいました。美人だったので、そのままいけばXと体の関係を持つところまでいけたと思いますが、Xのことが好きすぎて、気持ちを抑えきれなかったのでしょう」(元ジャニヲタ)

「美人のB子は、好きなタレントがよく来るキャバクラでキャバ嬢として働き始め、実際にそのタレントは仲の良い別のジャニーズグループのメンバーを連れて来店し、B子が接客することもありました。ちなみにこの2人のタレントは、世間的には遊び人とは真逆の誠実なイメージを売りにしていますが、なんでもB子はそのうちのひとりから体の関係を迫られたと悲しがっていました。好きなタレントの馴染みの店に店員として紛れ込むというケースは、よくあります。ほかにも、コンサート会場の関係者出入り口で、スーツを着て誘導スタッフに扮して『今、●●が出ました』とかやっている、やらかしもいましたね」(ジャニヲタの知人)

 やらかしにも、さまざまなタイプがいるようだが、前出のジャニヲタは、今回の大倉の警告で、やらかしに対する誤解が広まってしまいかねないと、こう懸念を示す。

「確かに、やらかしのなかにはタレントの自宅の前で、窓を観察しているような人もいますが、彼女たちの目的はあくまで“私しか知らない●●クンのプライベートを知る”ことなので、それ以上の行為に出たりはしません。彼女たちの名誉のために言えば、タレントに接触を図ったり迷惑をかけたりすることは、基本的にはしません。大倉クンが苦言を呈しているような行動をする人々は、決してファンとはいえず、ただの“迷惑な人”です。そんな人々と、タレントに正常な愛情を持つやらかしを一緒にしてほしくはないです。また、多くのジャニヲタややらかしは、そんな一部の過激なやらかしを嫌っています」

 今回の大倉の警告で、一般のジャニヲタややらかしに対する誤解が広まってしまわないことを、願うばかりである。
(文=編集部)

JR福知山線事故、現場解体し“覆い隠す”施設建設…負の痕跡消去に被害者遺族から反発も

祈りの杜

 異常な数の警官が、1秒たりとも立ち止まらせまいと通行人をうるさく規制し、花束を手にして訪れた遺族らにJR西日本社員らが慇懃に頭を下げる。報道陣は道路を挟んだ側のテントに集められ、そこで追悼慰霊式のモニターカメラを見るだけ。直接撮影はすべて記者クラブの代表撮影と、まるで皇室取材のよう。追悼会場には筆者のようなフリーランスどころかJR担当の記者クラブ員も入れないのには驚いた。

 2005年に106人の乗客と運転士1人が死亡した福知山線転覆事故(脱線事故のレベルではない)。例年のように4月25日、尼崎市の現場をオートバイで訪れた。

 事故時刻の午前9時18分頃。現場を通過した列車は数秒間、哀悼の警笛を鳴らし、スピードを落として走った。ここまでは昨年と同じだが、事故14年目にして初めてのことがあった。昨年までは数キロ離れた別の会場で行われてきた追悼慰霊式が、事故現場で行われたのだ。

 JR西日本が3年かけて整備し、昨年9月に事故現場に完成した追悼施設「祈りの杜(もり)」が追悼式の舞台だ。敷地は約7500平方メートル。列車が衝突したマンションの一部が保存されているものの、北側の衝突面には一般入場者は入れない。

 事故当時の広報室長だった来島達夫社長が「尊い命、夢や希望にあふれた、かけがえのない人生を奪ったことを改めて心から深くおわびします。この『祈りの杜』を事故を反省して安全を誓い続ける場として将来にわたりお守りします」と述べた。

 37歳だった長男の満さんを亡くした斉藤百合子さん(76)は「慰霊のことば」で「やっと私たちの近くに帰ってこられたね。これからはここが満たちが安心して眠れるところよ」と喜んだ。31歳だった長男の吉崇さんを亡くした菅尾美鈴さんは「事故現場を整備してもらい感謝します。「祈りの杜」が完成して初めての慰霊式で、あの時のことが鮮明によみがえります」と話した。2両目で負傷した土田佐美さん(50)は「ここで慰霊式が行われることにはいろんな意見はあると思いますが、亡くなった人の思いが集まる場で事故が起きた日に手を合わせることは意味があると思います」と話し、足を骨折した小椋聡さん(49)は「慰霊式は事故現場で行うべきだと思う。式の途中も、近くを走る電車の大きな音が聞こえてきて改めて事故の大きさを思い起こした」と話した。

事故で長女を奪われた藤崎光子さん

加害者の本音


 だが、意見はさまざまだ。3両目で車外に投げ出され重傷を負った玉置富美子さん(69)は、「事故現場の臨場感や切迫感というものが、まったくなくなっていました。けがからのリハビリでまだ苦しんでいる人は大勢いるのに、それを忘れたように感じられました」と話した。そして「まだ事故現場へ足を運ぶことができない人もいるのに開催するのは残念」と話す。こうした被害者たちのために別会場で式次第が中継された。

 40歳の長女の道子さんを亡くした藤崎光子さん(79)は「娘の近くにいたい」と、JR側が用意した席に座らずマンション横で黙とうをした。事故直後から「4・25ネットワーク」を立ち上げて真相解明、責任追及、再発防止に奮戦してきた。最近、がんに侵されているという藤崎さんは「そのまま残してほしいと訴えてきたので、周囲に高い木が植えられて外からよく見えなくなってしまったのは残念」と無念そうだった。

 18歳だった次男の昌毅さんを亡くした上田弘志さん(64)は「警笛を鳴らされた時は耳を塞いだ。とてもつらく、二度と現場で開催してほしくない」と拒否反応を示した。上田さんはマンションをそのまま保存することを主張し、解体に反対し続けた。しかし9階建てのマンションは5階以上を解体され、残った部分も巨大な屋根で覆った。なんだか、サッカーのノエビアスタジアム神戸(神戸市)のようでマンションはほとんど見えない。別の建物が建ったようにしか見えない。「事故が起きた現場が全然想像できない形になった」と上田さんは嘆く。

 JRと被害者らの議論の末の結論とはいえ、「思い出してしまい辛いから見たくない」という遺族らの意向は、事故の痕跡を消し去りたいJRにはありがたかったはず。JRは、マンションを壊す理由として通過する運転士に与える心理的負担も挙げていた。「祈りの杜」には慰霊碑と犠牲者の名碑のほか、事故を伝える資料や遺族らの手紙などもあるが、それらは事故の直接の痕跡ではない。表向きは「風化させない」としながらも、可能な限り痕跡を消し、残ったものも見えなくしたり姿を変えてしまいたい加害者の本音も透ける。

事故発生時間に現場を通過する列車、後方は衝突されたマンションが建っていた場所

 変わりゆく現場をビデオカメラに収め続けてきた上田さんは現在、姫路市のJR施設に保管され、最終保管場所が決まっていない4両の事故車両を事故現場で保存するよう来島社長に直接、要望している。マンション東側の広場には犠牲者の名を刻む慰霊碑などがあるが、上田さんは「北側の広いスペースで保管できる。車両がなければ現場ではない。亡くなった人の思いを伝えるために現場に保存して誰でも見られるようにすべきだ」と訴える。

歴代社長3人は無罪


 JR史上最悪の事故は、制限速度が時速70キロの急なカーブを、ミスによる遅れを取り戻そうと焦ったとみられる21歳の運転士が、116キロで飛ばした快速列車が線路から飛び出してマンションに激突したというもの。当時の鉄道事業本部長一人が起訴されたが無罪となり、不起訴となった歴代社長3人は検察審査会の議決で強制起訴されたが、無罪となった。業務上過失罪は個人にしか適用できず、藤崎さんらは会社などに対する組織罰を求めている。

 さて、東北では侃々諤々の議論の末、津波の遺構はほとんどの物が、撤去解体されてしまった。「見たくない」との遺族の意向が反映したが、天災でもそうなのだ。ましてや明らかな人災なら、加害者側は痕跡を後世に残さないようにしたい。以前、財政破綻した夕張市の取材の際、若き日に取材した、大事故を起こした炭鉱の跡地に行ってみたが何もなかった。

 一方、数年前、チェルノブイリ(ウクライナ)を訪れた時、キエフで原発事故の博物館を見学した。亡くなった原発職員や消防隊員の遺品なども残され、記録ニュースも上映されるなど、充実した内容の展示だった。もちろん、旧ソ連が崩壊していなければそんな博物館をつくったとは考えにくい。しかし振り返って、日本が福島原発の事故を物語る博物館をつくることなど、ありえないだろう。

「悲劇の象徴」の力学では、消したり隠したり姿を変えたいベクトルが強いようだ。
(写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト)

任天堂、“3度目の”中国市場参入に潜む死角…グーグルら参入でゲーム業界に地殻変動

ニンテンドースイッチ(「Wikipedia」より/Elvis untot)

 4月18日、中国広東省は、任天堂のゲーム機「ニンテンドースイッチ」とその専用ゲームソフトの販売を認めた。任天堂は詳細を公表してはいないものの、ゲーム大手テンセントと共同して中国事業を進めるものとみられる。同社にとって、再び中国進出を目指すことは“悲願達成”に向けた大きな第一歩といえるかもしれない。

 2003年、2005年と任天堂は中国市場への参入を目指した。しかし、任天堂は中国での販売を伸ばすことはできなかった。中国のゲーム市場は世界最大だ。中国のインターネットユーザー数は8億人に達するともみられている。任天堂にとって、中国は実に魅力的な、喉から手が出るほど欲しいマーケットである。今回、テンセントという強力な事業パートナーを獲得できたことの意義も大きい。

 同時に、中国事業のリスクは高い。中国では政府の意向が企業経営を大きく左右するからだ。任天堂は、中国ビジネスの収益化に取り組みつつ、新しいヒット商品の創造に取り組み、収益源泉を分散させる必要がある。そのために任天堂が、テンセントや他のIT先端企業とどのように関係を構築していくかに注目したい。

悲願達成に取り組む任天堂

 
 中国の広東省は、IT大手テンセントに対して、任天堂のゲーム機及びソフトの販売を認めた。現時点で、任天堂が中国全土で事業を展開できるか否かは不透明だが、同社にとってこれは“悲願達成”に向けた大きく、かつ、極めて重要な第一歩だ。

 任天堂にとっての悲願とは、米国と欧州に加え、一大ゲーム市場である中国の需要を取り込み、海外売上高比率を一段と押し上げることだ。それは、同社の成長期待を大きく左右する。中国ゲーム市場への参入は、任天堂がより多くのフリーキャッシュフローを獲得し、新商品やマーケティングプラットフォームの開発を強化するために欠かせない。

 わが国では、少子化と高齢化、および人口の減少が進む。国内のゲーム需要は縮小均衡に向かう。任天堂が成長を目指すには、海外市場の開拓が重要だ。この考えに基づき、同社は海外戦略を強化してきた。その結果、海外売上高比率は上昇傾向で推移し、直近では70%を超えている。うち、約40%が米国、30%弱が欧州だ。ここに中国での売上高を加えることができれば、同社の収益は一段と増えるだろう。

 収益基盤の増強のために任天堂は過去に2度、中国市場に参入した。しかし、いずれも失敗に終わってしまった。失敗の原因は、任天堂が強力なパートナーを得ることができなかったからだろう。中国のゲームユーザーの好みは、わが国とはかなり異なる。任天堂は、中国のゲームユーザーの好みや環境の変化にうまく適応できなかった。ここ数年間、同社の中国戦略は事実上、止まってしまった。

 今回、任天堂は世界のゲーム大手であるテンセントとの協業を決めた。その理由は、同社が中国を代表するIT先端企業であるからだ。米国のIT先端企業を代表する呼称として、“GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)”が知られている。これに対して、中国では“BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)”が急成長を遂げ、米国企業としのぎを削っている。

任天堂が狙う中国での商機

 
 中国は、世界最大のゲーム市場だ。任天堂はテンセントとともに、広東省を足掛かりにして中国ゲーム市場でのシェアを獲得したい。任天堂には、その自信もあるはずだ。中国において「スーパーマリオ」はよく知られている。1月には、中国共産党の中央政法委員会が、短文投稿サイトにスーパーマリオを模したキャラクターを使った動画をアップロードし、綱紀粛正への取り組みをアピールした(のちに削除)。それほどスーパーマリオは知名度が高い。

 中国市場において、任天堂は人気キャラクターを前面に出して、ニンテンドースイッチとその専用ソフトの販売を増やしたい。任天堂としては、その商機をできるだけ早く手に入れたい。テンセントにとっても、任天堂との協業はオンラインをベースとしたプロダクト・ポートフォリオを分散し、収益を増やすために重要だ。

 ただ、本当にそうした展開が見込めるか否か、現時点ではよくわからない部分がある。なぜなら、中国は米国に比肩する、あるいはそれを上回るペースでIT先端技術を開発し、社会に普及させてきたからだ。

 特に、中国におけるスマートフォンを用いたSNS、フィンテック、モバイルゲームなどの利用者数増加には、世界に類を見ないほどのダイナミズムがある。中国政府としても、デジタル技術を駆使して社会への監視を強めたい。政府は新作ゲームの認可に関しても、オンラインゲームの認可を優先するだろう。

 一方、任天堂は、自前の製品=ゲーム機のシェア拡大を追求してきた。オンラインを軸に発展してきた中国ゲーム市場において、任天堂がゲーム機の販売を増やし、収益につなげることができるか、不確実な部分がある。すでに、米グーグルがクラウドゲーム(エンドユーザーの端末上ではなく、クラウドサーバー上でゲームが進行する)に参入し、ゲーム業界の競争は激化している。これは、任天堂にとって無視できない変化だ。

任天堂が注力すべきデジタル分野

 
 任天堂にとって、テンセントとの協業は実に大きなチャンスだ。中国事業の収益化と、今後の変化への対応のために、同社はこのチャンスを生かさなければならない。

 市場参加者の間では、任天堂は業績のぶれが大きい企業との見方が多い。過去、任天堂はヒット商品(ゲーム機)に続くヒットを打ち出すことが難しかった。足許の業績に関しても、ニンテンドースイッチの需要が飽和すれば、任天堂の業績は相応のマグニチュードで悪化するのではないかと少なからぬ不安を抱く参加者もいる。

 任天堂に期待したいことは、テンセントのアニマルスピリッツを取り込んで、矢継ぎ早(連続的)に新しいヒット商品の創造を目指すことだ。特に、デジタル売上高(ソフトのダウンロード、コンテンツの購入など)を増やすことは、任天堂の将来を左右するだろう。任天堂のデジタル売上高の割合は、売上高全体の20%程度にとどまっている。

 今後、世界的に、スマートフォンなどモバイルデバイスを用いネット空間にアクセスし、ゲームを楽しむことが増えていくだろう。この展開をもとに考えると、任天堂はデジタル分野の収益力を高めなければならない。特に、グーグルが注力するクラウドゲームは、端末の演算処理能力に負荷をかけることなく、新しいゲームを、高度な画質で楽しむことを可能にする。これは、任天堂にとっても、テンセントにとっても脅威だ。

 任天堂には、テンセントの成長のダイナミズムを取り込みつつ、クラウドゲームなどの新しいゲーム事業に積極的に取り組むことを期待したい。同時に、任天堂はテンセントのネットワークを生かし、当局とも良好な関係を築かなければならない。政府による規制強化というリスクを考えると、その2つを同時に進めることが、任天堂の悲願達成には欠かせない。その上で、任天堂が他のIT先端企業との提携などを進め、ヒット商品を創造できれば、同社の持続的な成長への期待は高まるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

首都圏のタワーマンションがパタリと売れなくなった…一時、契約率3割の記録的低水準

「Gettyimages」より

 首都圏新築マンションが売れません。民間調査機関の不動産経済研究所では、毎月、その月に発売された新築マンションのうち何%が売れたかを示す契約率を調査しています。70%が好不調のボーダーラインといわれていますが、図表1にあるように首都圏ではこのところ70%を切る厳しい状態が続いています。

バブル崩壊時以来の契約率50%割れも


 2017年はそれでもまだ70%台を維持する月が少なくなかったのですが、2018年に入ると3月に一度70%を超えて以来、2019年2月まで11カ月連続して70%割れが続いています。わけても、2018年12月には49.4%と、1991年のバブル崩壊時以来という50%割れを記録しました。

 その売行き悪化の象徴が超高層マンションです。20階建て以上の超高層マンションは、眺望がいいことやステータス感もある上、駅前再開発の好立地や人気の高い湾岸エリアなどに建設されることが多いこともあって、極めて高い人気を得てきました。超高層マンションを売り出せば即日完売が続き、首都圏全体の契約率が70%のときでも、超高層だけは80%、90%と高い契約率を誇ったものです。

 ところが、その超高層マンションが売れません。首都圏全体の契約率が49.4%まで下がった2018年12月には31.4%という記録的な低さになりました。その後も1月は59.2%、2月が50.4%と低空飛行を続けています。



近畿圏の3倍近い勢いで上がり続けてきた


 なぜ、こんなに売れなくなったのか――理由は簡単です。高くなり過ぎたのです。

 首都圏がこれほど厳しい状態に陥っているのに対して、近畿圏は比較的順調です。やはり不動産経済研究所の調査によると、近畿圏の新築マンションの契約率はこのところ70%超をキープしています。2018年3月に67.3%と70%割れを記録して以来、常に70%超をキープ、2019年2月も75.8%でした。

 なぜ、近畿圏は順調なのか、その理由も簡単です。価格が安定しているからです。

 図表2をご覧ください。これは首都圏と近畿圏の新築マンションの平均価格の推移をグラフ化したものです。首都圏は2012年の4540万円を底に右肩上がりになって、2018年の平均は5871万円、6年間で29.3%も上がっています。

 それに対して、近畿圏は2012年が3438万円で、2018年は3811万円です。6年間の上昇率は10.8%で、首都圏の上昇率の3分の1程度にとどまります。その差が、契約率に反映されているといっていいでしょう。




新築一戸建ての価格はほとんど横ばい


 いまひとつ、新築一戸建て、いわゆる建売住宅の価格動向をみてみましょう。図表3をご覧ください。

 これは首都圏新築マンションと、首都圏新築一戸建ての平均価格をグラフ化したものです。新築一戸建て(1)は10区画以上の比較的規模の大きい建売住宅で、主に大手不動産、大手住宅メーカーなどが手がけています。それに対して、新築一戸建て(2)は中堅ビルダーやパワービルダーと呼ばれる大量供給を行っているメーカーなどが主な対象です。

 特に、新築一戸建て(2)と新築マンションの価格動向の違いは一目瞭然です。新築マンションが右肩上がりのカーブで、6年間で19.2%も上がっているのに対して、新築一戸建て(2)はほとんど横ばいです。6年間でわずかに1.5%しか上がっていません。

 初めてのマイホームを考える人たちの多くは、予算との兼ね合いで、さまざまな住宅形態を検討するものです。マンションがいいのか、一戸建てがいいのか、はたまた新築か中古かと、取捨選択を行い、最終的に現実的に取得可能な形態に落ち着きます。

 その際、予算との兼ね合いから真っ先にはじかれるのが、高くなり過ぎた新築マンションということになります。新築マンションの契約率が低い水準にとどまっているのには理由があるのです。



東京の新築マンションの年収倍率は13.26倍


 では、どうすればいいのか――理想の形態でいえば、景気が急回復して年収が大幅にアップ、一般の会社員などでも買えるようになることですが、それは当面期待できないでしょう。そうなると、残るのは価格の引下げです。平均的な会社員でも買えるような水準に価格を下げるしかありません。

 民間調査機関の東京カンテイでは、70平方メートルの新築マンションを年収の何倍で買えるかを示す年収倍率の調査を行っています。その2017年の平均は7.81倍でした。年収の7倍以上出さないと買えないのですから、なかなか厳しい数字ですが、これが首都圏になると、11.01倍に跳ね上がり、東京都は13.26倍という気の遠くなりそうな数字です。年収の13倍以上の現金を蓄えるのはほとんど現実的ではありませんから、その多くは住宅ローンでまかなうしかありません。その高額のローンを組むためには一定の年収が必要になります。

 実際、リクルート住まいカンパニーが、首都圏で新築マンション、新築一戸建てを買った人たちの平均年収を調べたところ、図表4のようになっています。




新築マンションは年収1000万円台が条件に


 2014年には新築マンションの平均が801万円で、新築一戸建てが720万円でした。両者の差は100万円以下だったのですが、2018年には新築マンションが960万円と1000万円台に乗せようかという水準で、一戸建ては763万円でした。両者には200万円近い差が付いています。

 これは首都圏の平均ですから、なかでも価格が最も高い東京都で買った人だけに限るともっと高くなるはずです。当然、平均年収は1000万円を超えているでしょう。

 そのため、夫婦どちらかだけの収入では手が届かないため、共働きの割合が高まります。リクルート住まいカンパニーの調査では、首都圏で新築マンションを買った人たちの57.3%が共働きでした。2001年には35.4%だったものが、2009年には44.6%と40%台に乗せ、2014年には53.2%と50%台に到達、そして2018年には57.3%まで増えました。

 ほとんど共働きでないと買えないという異常な事態といわざるを得ません。もちろん、北欧のように、出産・育児・子育てなどの環境が充実した国ならいいのですが、日本ではまだまだ女性の負担が大きく、共働きでの取得をさらに増やしていくのには限度があるのではないでしょうか。

買いやすい価格まで価格を下げる必要がある


 そう考えると、契約率を回復させ、新築マンション市場の活況を取り戻すためには、価格を下げるしかありません。それも、本欄の2月21日号でお伝えしたように、専有面積を圧縮したり、仕様・設備のグレードを落とすようなかたちでの値下げではなく、企業努力によって下げていく必要があります。

 消費者が納得できるようなかたちで価格を引き下げて、無理なくとまでもいわなくとも、多少の無理をすれば買えるようなところまで到達すれば、契約率が回復し、市況も安定するでしょう。

 そのためには、少なくとも市場が堅調に推移している近畿圏の価格上昇率程度に引き下げる必要があるでしょう。図表2で見たように、この6年間で首都圏の新築マンションは29.3%も上がっているのに対して、近畿圏の上昇率は10.8%にとどまっています。2012年の4540万円に対して、10%の上昇率だと5000万円ほどということになります。

 現実には2018年の平均は5871万円ですから、17%ほど下げないと売れないのではないかということです。簡単ではありませんし、時間もかかるでしょうが、大手による寡占化が進みつつあるなかだけに、大手不動産会社にぜひ一考していただきたいところです。
(文=山下和之/住宅ジャーナリスト)