輸送とインフラをニューノーマルへ

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BX・クリエーティブ・センター、岡田憲明氏の監修でお届けします。
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新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、インフラおよび運輸業界のオペレーションやビジネスモデルの根本的な脆弱性を明らかにしました。今回は、この2つの業界がコロナ禍以降の「ニューノーマル」に適応していくための3つの方法を提案します。

インフラ・運輸業界の企業は「アセットヘビー」(多くの資産が必要)なビジネスとして知られています。これらの業界の企業は長期にわたって安定した収益が得られることを前提に、独自の資産や「エコノミック・モート」(経済的な堀:他社の参入障壁となる競争優位性を示す概念)を構築するための大規模な先行投資をしてきました。しかし、どちらの業界も人・物の往来や人々の集まりに依存しているため、コロナ禍で大きな打撃を受け、安定成長の予測はすっかり外れてしまいました。

では、企業が価値だと考えていたものが最大の重荷に変わってしまったとき、何が起きるのでしょうか?例えば、数週間の間に交通量が85%も減少したら、有料道路の経営はどうなるのでしょう?感染を恐れて旅行者がフライトをキャンセルし、空港を避けるようになったら?政府がソーシャルディスタンスを保つための規制を出し、建設現場で作業ができなくなってしまったら、建設プロジェクトはどうなるでしょう?

そう、ご推察の通りです。インフラ・運輸業界の企業は一見、長期的に安定した、堅実で信頼できるビジネスモデルのように見えます。しかし、コロナ禍のような想定外の出来事からは、甚大な影響を受けることが証明されました。両業界を含む多くのセクターが、パンデミック発生から1年以上が経過している現在もまだ、この状況になんとか適応しようと苦戦しています。

ポストコロナ時代に適応するための3つの方法

世界がポストコロナの時代を迎えようとしている今、企業は今回のパンデミックから得た教訓を生かして、ビジネスの脆弱性をチャンスに変えることができます。

1. 消費者行動の変化をとらえ、新たなニーズに備える

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは私たちの生活や仕事、人との関わり方や移動の方法などを大きく変えつつあります。例えば、パンデミックの発生以来、消費者は利用する商品やサービス、あるいは訪れる場所の衛生状態を以前より強く意識するようになりました。

今後、顧客が清潔面に関してさらに高い水準を期待する可能性があります。実際、公共の場や共有スペースを訪れることへの不安や恐怖を軽減するためには、衛生管理が根本的な対策となるでしょう。

シンガポールのチャンギ国際空港は、このような消費者行動の変化への対応を余儀なくされた企業の一つです。清掃や衛生管理を強化するために多くの取り組みを組織的に実施し、ウイルスによる汚染の可能性や、乗客の不安を最小限に抑える努力をしました。

具体的には、赤外線検温システムの導入、頻繁に人の手が触れる箇所への抗菌・抗ウイルス剤の塗布、オゾン水によるトイレの便器や床の殺菌・消毒などです。チャンギ国際空港の取り組みは、新しい技術の採用やプロセスの変更を特に重視し、顧客の安全を守るために一歩踏み込んだ対策を取ること、そして常に政策や規制で要求される前に対応する必要があることを明確に示しています。

企業がポストコロナの世界で生き残るには、消費者行動の変化に対応した動きをする必要があります。そのためには、現在の消費者の行動を観察し、そこから見えてきたニーズに応えた上で、現在の状況から将来のニーズを予測することが大切です。ユーザーの声に耳を傾け、行動の変化を観察する企業は、新たなニーズにも迅速に対応できるでしょう。

2. 既存の能力と資産を創造的に再活用する

運輸業界の企業が、利益を上げるためには資産の利用率を高める必要があります。しかし、今回のパンデミックによる、ソーシャルディスタンスの確保や都市のロックダウンなどの二次的な影響を受けて、多くの運輸会社が輸送量の急激な減少を経験しました。

自宅からでも参加できるビデオ会議ツールの普及や新たな移動制限により、出張需要も減少しています。消費者も、直接店舗に行って商品を購入するのではなく、自宅にいながらネットで買い物をするようになりました。

方向転換を効果的に行うには、創造性と柔軟性が必要です。
その一つの例として、中国のハイヤー企業「Didi Chuxing(滴滴出行)」社はパンデミックの最中にフードデリバリー事業への進出を発表しました。配車サービスの提供という従来のオペレーティングモデルを素早く変更し、中国の21都市での新サービス同時運用開始に向けて組織的な調整を行ったのです。

これは、既存のプラットフォームとドライバーのネットワークを活用し、配車サービスの需要減少による影響を緩和しようとする試みでした。同社は現在、ステイホームで家で過ごす人々をターゲットに食料品やコーヒーなどを安全に届けるサービスを提供しています。

ポストコロナの世界において、顧客中心主義を追求する企業こそが成長していく理由は容易に想像できます。進化する顧客のニーズを満たすために、自社の能力や資産の使い方を創造的に再考することができれば、変化に適応していけるからです。

3. 顧客中心主義でポートフォリオを多様化し、新たなユーザー価値を獲得する

ポストコロナで業績回復を図りやすいのは、「ニューノーマル」に素早く反応し、適応できる企業です。“消費者は、常に新しい領域に挑戦し、新たな製品・サービス・体験を通じてより多くの価値を提供してくれるブランドを選び、そのブランドへの愛着を持ち続ける”―これからはそういう時代になっていくと思われます。

その際、提供する製品やサービスの完璧さよりも提供スピードのほうが重要になる場合もあるでしょう。企業は、新しい分野への進出や戦略的パートナーシップの締結に向けて、常に学び続けることも必要です。

新しい分野への進出とパートナーシップの構築を同時に成功させた例がGoogleの兄弟会社であるWaymo(ウェイモ)です。Waymoは、一般的にはアリゾナ州フェニックスで完全自動運転の配車サービス「Waymo One」を提供している企業として知られています。

しかし同社は、パンデミック時の配車需要の落ち込みやEコマースの急拡大を受け、22億5,000万ドルを調達して、2020年3月に従来の長距離トラック輸送や物資輸送に代わる自動配送サービス「Waymo Via」への取り組みを進めました。その数カ月後には、ダイムラー・トラックと提携してClass 8(大型トラック)の自動運転商用セミトラクターを開発することも発表し、物流・物資輸送事業をさらに拡大しました。

顧客体験(CX)に着目すると、顧客の新たなニーズを満たすにはどの分野に事業展開すればよいかの方向性が明らかになり、ポストコロナという不確実性の高い未来に順応していくためのヒントが見つかります。特にインフラや運輸などアセットヘビーな産業は、未来に向けて前進するための投資に新たな価値を見出す必要があります。

新たな領域への戦略的発展を後押しするのが顧客中心主義です。その点については、frogの「顧客体験の事業価値」をダウンロードし、顧客ネットワークや顧客生涯価値の拡大とともに、設備投資の効率化が顧客体験の重要な指標となる理由をお読みください。

危機的状況からの教訓を生かしてビジネスを成功させる方法について、もっと知りたいですか?frogでは、「フューチャーキャスティング」と呼ばれる手法を用いて、各業界における新たな市場トレンドやテクノロジーをマッピングし、より強固で将来的にも有効な戦略の基盤となる構想の策定をお手伝いしています。

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なぜ企業に「デザインシステム」が必要なのか?

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ビジネスリーダーの多くはデザインの重要性を理解しています。しかし、体系的なデザインに基づいて継続的にイノベーションを実現し、ビジネスを成功に導くことは非常に困難です。

frogが初期に大きな成功を収めたプロジェクトの一つに「スノーホワイトデザイン言語」(※)があります。

1984年にアップルを代表するポータブルコンピューター「Apple IIc(アップル ツーシー)」が発売されると、コンピューター業界のデザインに新たな可能性が生まれました。「Apple IIc」は誰もが知る製品となり、スティーブ・ジョブズのビジョンが具体的な形となって現れたのです。

しかし、ジョブズのような人間はそうそういるものではありません。そこで「スノーホワイトデザイン言語」を導入することにより、アップルは企業としてジョブズのユニークなビジョンに基づいたシステムを、一貫性のある方法で提供できるようになりました。

当時は、デザインを重視する最も先進的な企業のみが、デザインシステムの価値を理解していました。現在では、規模にかかわらず先進的な製品を提供しようとする企業であれば、デザインシステムなしでは長くビジネスを続けることはできません。

現代のビジネス環境では、デザインの力に懐疑的で実用性を重んじるビジネスリーダーであっても、デザインがデジタル製品とデジタルサービスを通じて顧客の注目とロイヤルティーを獲得するために不可欠であることを認識しています。

しかし、デザイン部門を拡張したいと考えデザイン運用の導入を急ぐ企業内でも、デザインシステムについて根本的に誤解していることがあります。デザインシステムは企業のデザイン原則を具体化し、デザイン運用習得の基礎を作り上げるものです。それによって、広範かつ複雑なデジタル環境の中で、デザインの持つ独自の機能を目に見える形に変えて再利用できる状態にします。

※スノーホワイトデザイン言語:frogの創始者ハルトムット・エスリンガーが基礎をつくり、1980年代のAppleで採用された工業デザイン言語。Appleの世界的な評判を高め、コンピューター業界のデザイントレンドの一つとなった。

 

デザインシステムとは何か

成熟したデザインシステムでは、アセット、ツール、人、プロセスが有機的に連携したエコシステムとして機能します。

このエコシステムを活用すると、さまざまな製品とプラットフォームを調和させ、ユーザーに対して信頼性と親しみやすさを与える他、企業の開発時間を短縮しコストを削減できます。

ソフトウエアの世界で、“フロントエンド”はユーザーや今後ユーザーとなる人が製品の価値を初めて体験し、理解する場を指します。デザインシステムの主な目的と価値は、「企業が一貫性のあるデジタルエクスペリエンスを構築する」という難しい問題に対応できるようにして、卓越したフロントエンドを実現することにあります。

一貫性のあるユーザーエクスペリエンスの基礎設計

あらゆる顧客接点においてパーソナライズされた体験を提供できれば、企業はビジネスを成功に導くことができます。

コストを最小限に抑えながらこれを実現するには、ウェブ、iOS、Androidなどあらゆるプラットフォームでアクセスでき、特定のユーザーとカスタマージャーニーに対応する体系的なデジタル製品が必要です。しかし、追加の製品やプラットフォームを開発するごとに運用コストと調整コストが大幅に増えてしまうため、イノベーションが中断されます。

デザインシステムに投資すると、社内のさまざまな部門が顧客のニーズに沿った開発を進める際に発生するコスト増を回避できます。そのシステムがあらゆるチャンネルで顧客が求める体験を提供できることで、各部門における開発プロセスを効率化できるのです。

継続的なプロダクトの改善

業界や製品が何であれ、卓越したユーザーエクスペリエンス(以下UX)を実現するにはチームワークが必要です。大規模に業務を展開する企業では、数百人・数千人単位の開発者がコラボレーションしながら製品やサービスの開発をしている場合があります。

デザインシステムはさまざまな部門を代表する人々が集まった、大規模なチームで発生するコストの多くを抑えることができるため、コラボレーションを効率化できます。

デザインシステムを導入すると、一貫性のある体験を実現するシステムとパラメータを構築でき、各部門はユーザーにとっての価値を最大化する機能の開発に注力できます。

部門連携が高まることで製品の品質が向上し、開発時間も短縮。この結果、企業はテストと改善を繰り返してより迅速に価値を生み出し、データに基づいてより良い意思決定を行うことができます。

デザインシステムの構築方法

同じニーズや目的を持つ企業は存在しないため、デザインシステムの構築にあたっては、どの企業にも適用できるアプローチは存在しません。
デザインシステムの成熟度には特定のフェーズが存在します。効率的なデザインシステムはどの企業にも当てはまる一定のファクターを考慮して構築されますが、実際のデザインシステムは、各企業がそれぞれの特性に基づき独自の社風とミッションに基づいて構築に取り組みます。

デザインシステムの構築フェーズ

クライアントと仕事をする中で、デザインシステムの成熟度には3つの個別のフェーズがあることがわかっています。独自のデザインシステムの導入を目指す企業にとっては、自社がどのフェーズにあるのかをまず見極める必要があります。

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フェーズI:ビジョン(ビジョンを設定する)
フェーズII:開発(製品を開発する)
フェーズIII:拡張(開発プロセスを拡張する)

フェーズI:ビジョン

ほとんどの企業にとって卓越したデザインを構築する最初のステップは、卓越した製品を開発することです。このフェーズでは、競合他社よりも効果的かつ効率的にユーザーの問題の解決方法を見つけることが重要です。

製品を市場にマッチさせることができれば、製品に対する消費者の需要を大幅に増大させられ、ビジネス上の成果を実現できます。需要はニーズとデザインシステムの妥当性を測定する指標となります。

フェーズII:開発

卓越した製品を生み出したのであれば、そのUXのコンポーネントを「モジュール化」する必要があります。この体験を生み出すプロセスがユーザーインターフェース(UI)の基礎となり、新たな製品と体験を構築するため、レゴブロックを組み合わせるようにUIの調整と実装を繰り返すことができます。

UXのモジュール化が完了すると、コンポーネントを既存のデザインと開発のワークフローに組み込み、効率化することで「製品化」できます。モジュール化と製品化ができれば、最初のデザインシステムの構築が完了します。

フェーズIII:拡張

最終フェーズでは、他の部門が新製品や新機能を開発しやすくなるよう、デザイン、製品、開発といったさまざまな部門がデザインシステムの導入と拡張に取り組みます。

最も効率的に業務を推進する企業は、「システムの全体的な目的」「必要な人材とツール」「人材とツールを連携させるプロセスと体制」「システムが醸成する組織の文化」「システムの結果の測定方法」などの重要な要素を考慮しながら、継続的にデザインシステムの拡張を実施します。

幅広くビジネスを成功に導くシステム

企業が効果的にこのアプローチを活用すると、ビジネス上の課題とデザインプロセスを統合できます。デザインシステムはデザインを製品開発のライフサイクルにシームレスに統合するためのモジュラーツールを活用することで「自動化」されたワークフローを提供します。それは、大規模な製品デザインを支える包括的なフレームワークとなります。

しかし、製品の発展に合わせてデザインシステムも発展しなければなりません。品質、価値、バージョンの管理に加え、継続的なガバナンスプロセスを通じて全体を強化することにより、企業はデザインシステムを長期的なイノベーションと成功の基盤にすることができます。

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バーチャルイベントが「新しい日常」に

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これからのバーチャルイベントをデザインするための5つのヒント

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によりソーシャルディスタンスへの意識が定着する中、対面型のイベントやコミュニケーションに代わる手段として、バーチャル(仮想)空間でのイベントやウェビナー、会議が組織には欠かせなくなっています。

感染拡大が始まった2020年初頭、イベント&エンターテインメント業界は全体的に動きを止め、甚大な経済的打撃を受けました。デザイン業界に生きる私たちは、この大きな転換期こそ「対面型イベントでしか味わえない体験とは何か」を問い直すチャンスととらえました。そこで、バーチャルイベントのデザイン再構築に着手したのです。

目指したのは、対面型イベントのあらゆる要素を楽しめる革新的なオンライン体験です。そこには、参加者が刺激的な体験を共有でき、ネットワークを構築できるバーチャル空間や、参加者同士の有意義なコミュニケーションを促すリモートツールなどを用意します。その過程で私たちは、frogのリモートテクノロジーストラテジーカスタマーエクスペリエンスに関するスキルを活用することで、参加者の心を揺さぶる独自のバーチャル体験をデザイン・構築できる可能性が大いにあることに気づきました。

デザイナーがバーチャルイベント空間にインパクトを与えるには

私たちはある大手メディア企業から、参加者にインパクトを与え続けられるバーチャルイベント戦略を立ててほしいとの依頼を受けました。

デザイナーとしての力量が試されるこの機会に、私たちはfrogが行っている「人を起点とするデザイン」の視点を取り入れました。イベントは、当然すべてリモートで行いますが、そこに単純に「対面型」の感覚を再現しようとするのではありません。

一般的な動画ストリーミングサービスに簡単に組み込めるデジタル製品を開発し、機能に適したコンセプトを構築するため、クライアントが求めるイベントの目的を深く掘り下げました。クライアントの主な目標の一つは、画面疲れをできるだけ少なくし、バーチャル環境でのエンゲージメントを高めることでした。そのためには、AI(人工知能)チャットボットや、AR(拡張現実)用ヘッドセット、バーチャル会議ステージなどの活用が考えられます。

バーチャルイベントの分野には、すでに優れたイノベーションの実例があります。オンラインゲームの「Fortnite(フォートナイト)」は、ユーザーにとても魅力的なバーチャル体験を提供しています。参加者がアバターの姿で世界中から集まり、人気ラッパーのトラビス・スコットと一緒に新しいタイプの音楽の旅を楽しむゲームですが、スコットはこのゲームの中で、最新アルバムを世界で初披露するバーチャルコンサートを行いました。

プロスポーツの世界では、全米バスケットボールリーグNBAがいち早くバーチャルでの「試合再開」に乗り出しました。Microsoft Teamsの「Together Mode」など、新しい技術を取り入れ、AIを使った画面の分割や統合を駆使して、観客がバーチャルスタンドに座っているかのように映したのです。ファンはスマートフォンのNBAアプリを使い、「デジタル応援」や「拍手」を送ることで試合に参加できるようになりました。こうした実験的な手法によってバーチャル体験の質が高まっています。

世界中でロックダウン(都市封鎖)が続いた数カ月の間、frogは複数のクライアントがリアルイベントをバーチャルイベントへ移行するための支援をしました。パンデミック前は、この分野はfrogの中核的な事業ではありませんでしたが、私たちは(frogのクライアントパートナーの多くと同じように)素早く転換を図ることができました。「人を起点とするデザイン」というアプローチが、記憶に残る有意義なバーチャルイベント体験を構築するための、またとないツールになったのです。この経験から得られた、バーチャルイベント企画運営のための特に重要なヒントを以下に紹介します。

バーチャル体験デザインのための5つのヒント

1 適切なバーチャルプラットフォームを見極める

自社に社内ミーティング用の定番アプリがすでにあるからといって、社外向けのバーチャルイベントにも同じアプリが適しているとは限りません。バーチャルイベントを開催するのにふさわしいプラットフォームは、そのイベントに参加するユーザー層を考えて見極めましょう。対象となる業界や年齢層によく使われているバーチャルプラットフォームがあるか?ユーザーが期待しているのは受動的に情報を得ることか、もしくは積極的に参加して講師や他の参加者と交流することか?こういった問いの答えが見つかれば、イベントの運営側にとっても参加者にとっても最適なプラットフォームを選択できるはずです。

2 バーチャルイベント専用のチームを編成する

バーチャルイベントを企画するには対面型イベントの企画とは異なるスキル、ツール、専門知識が求められます。つまり、バーチャルイベントの企画運営に当たるメンバーも、対面型イベントと同じでは難しいということです。バーチャルイベントチームにはコンテンツ制作者やイベントプロデューサーのほかに、IT部門や技術部門の担当者も必ず加え、イベント前(あるいはイベント実施中)に問題を見つけ出し、解決できるようにしておきましょう。

3 イベント戦略の立案からデザイン視点をもって

バーチャルイベントの企画に当たっては、早い段階でイベントのコアバリュー、コンテンツ、目標を明確にする必要があります。これらの要素はイベントのプラットフォームから、実施される各セッション、アクティビティまで、企画内のあらゆる面に影響します。私たちの経験では、企画段階でデザインの原則や慣行(オンラインホワイトボード「Miro」などのコラボレーションソフトウェアの活用も含めて)を適用すると、イベントの戦略と枠組みの一貫性、インパクトの強さ、生産性が高まります。

4 参加者の関心を引きつける

近頃は「リモート疲れ」という言葉をよく耳にします。しかし幸いなことに、バーチャルイベントの参加度を上げ、記憶に残る魅力的なイベントにするためのツールは数多くあります。

例えば、テーマのあるセッション以外に“休憩室”のようなバーチャルルームを作り、参加者同士が個人的な話をしたり交流したりできるようにすれば、対面型イベントと同じように自然な出会いの場を生み出せます。一方、各イベント特有のフィルターやコラボレーション型オンラインゲームといった体験型コンテンツを工夫し、バーチャルならではの特徴を活用することも有効です。

5 想定外を予想しておく

コロナのパンデミック中にリモートワークをしていた方なら、リモートでの対話が、インターネット接続不良といったごく単純な技術的問題でうまく進まなくなることをご存じでしょう。しかし、バーチャルイベントの主催者はこうしたよくあるトラブルに加えて、これまでに経験したことのない問題にぶつかり、突然イベントがストップしてしまうケースも予想しておく必要があります。イベント企画チームは、事前に起こりうる問題とその対応策をできる限り想定し、もしものときにもイベントを続けられるプランを確実に用意しておきましょう。

2020年は私たちの日常生活やツール、今後の展望など多くのことが変わりました。frogでも皆さんと同じように変わりゆく状況への適応を迫られましたが、経験豊富なデザイナーたちが持つ多様なスキルと専門知識のおかげで、リモートが当たり前になった「新しい日常」のためのユニークなバーチャル体験を生み出すことができました。それは革新的でユーザーの記憶に残る体験です。ワンランク上のバーチャルイベントを開催したいとお考えなら、ぜひfrogにお手伝いさせてください。

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今、音声UIについて語るべき三つの理由

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frog

機械とコミュニケーションする手段といえば、かつてはマウスをクリックすることでした。しかし現在では、コンピューターに話しかければ音声で答えてくれる─そんな時代になっています。 

インタラクションデザイナーとしての私の仕事は、人間がコンピューターとコミュニケーションできるようにすることです。仕事を始めた頃は、コンピューターとのコミュニケーションは、大部分がマウスをクリックすることで行われていました。グラフィックユーザーインターフェース(GUI)を使い、どこをクリックして、どこにキーボード入力すればいいか、ユーザーを誘導するのが私の役目でした。今はタッチインターフェースも手掛け、タップやスワイプで、小さなモバイルコンピューター(いわゆるスマートフォン)とユーザーがいつでもどこでもやりとりできるようにしています。

将来は、音声ユーザーインターフェース(VUI、音声UI)がインタラクション革命の原動力になりそうです。今までは、ユーザーがGUIの使い方を覚えなくてはなりませんでした。しかし、音声技術を使えば、コンピューターに私たちの言葉を「話して」もらえるようになるのです。

frogでも音声UIの依頼が増えています。そこで、私はもっと幅広い産業界の視点も知りたいと考え、昨秋ミュンヘンで開催されたAll About Voiceの第2回年次会議に参加しました。音声アプリケーションを開発する169 Labsの主催で、スマートスピーカーの現状から音声アシスタントのパーソナリティー設計まで、テーマは多岐にわたります。この種の会議(最近はバーチャル参加ですが)では、大抵いくつか疑問が提示されます。このときは、「そもそも音声は重要なテーマなのか?」「音声UIは一過性の流行?それとも人と世界のコミュニケーションを根本的に変えるもの?」でした。

結論はといえば─今や音声UIへのパラダイムシフトが目の前に迫り、もう後戻りはできない、ということでした。

世代の要請

今の子どもたちは、スマートフォンや照明、家電までも、話しかけることで操作できる世界に生きています。タッチスクリーンの登場で、コンピューターは以前より直感的に使えるものになりましたが、音声UIの進歩で、そのタッチスクリーンの使い方を覚える必要さえなくなるかもしれない、と私は考えています。会話ができる人なら誰でも、「音声ファースト」の自然なやりとりができるようになるでしょう。ミレニアル世代の最年長層に属する私などは、Amazonの音声アシスタントAlexa搭載の電子レンジに何となく違和感を覚えますが、私たちの子どもの世代は疑問にも思わないのでは、と想像します。

上述の会議では多くの講演者が、基盤となる音声技術はまだ「産みの苦しみ」の段階だと認めていましたが、その成長スピードには目を見張るものがあります。スマートヘッドホンは、世界中の家庭や車の中に急速に広がりつつあります。

Amazon Alexa開発チームのアンドレア・ムットーニは、2019年9月下旬に発売したスマートスピーカー対応デバイスの話の中で、こうした現状にたびたび言及しました。メガネから電子レンジまで、生活で考えられるあらゆる機器にAlexaを搭載するのがAmazonの構想だと、ムットーニは公言してはばかりません。「あらゆる場所にAlexaを」が目標だと言います。

音声技術の勢いを感じる、もう一つの例はGoogleから発売された「いつでも聴ける」ワイヤレスイヤホンPixel Buds 2です。さらに、Googleの最新スマートフォンPixel 4には、端末を持ち上げるとすぐにGoogleアシスタントが起動する「Raise to talk」が搭載されています。つまり、Googleはやがて音声が端末操作の第一手段になると予想しているのです。

今、なぜ音声が重要なのか

音声こそが将来のインタラクションモデルだと考えられる理由はたくさんあります。いくつか挙げてみましょう。 

1スマートスピーカーの普及
ボイスボット・エーアイ(voicebot.ai)の創業者ブレット・キンセラは講演で、アメリカでは2018年から19年の間に、スマートスピーカーを設置している世帯が40%近く増えたと指摘しました。これは、アメリカ人口の約32%、8000万人以上の家庭が、2019年の9月までにスマートスピーカーを設置したことになります。EUでも着実に普及しており、2019年末での普及率はイギリスが21.1%、ドイツが11.6%となっています。

2インクルーシブ社会との相性
高品質の音声UIは、インクルーシブ(包摂的)な社会へのカギでもあります。視覚や歩行、運動機能など障がいのある人々にとって、音声技術は身体活動においてもデジタル生活においても、自分に合った方法でコミュニケーションをとり、生活をコントロールする手段になります。高齢者や社会的に孤立しがちな人にも、仲間や心の安らぎを得る大切な機会を与えてくれます。

3話すことは自然なこと
話すことは、クリックやタッチのインターフェースと比べ、はるかに自然な方法です。もちろん、どれだけ自然に感じられるかは、音声UIのパーソナリティーが大きく関わってきます。子ども向け音声アプリを開発するPretzel Labsの創業者兼CEOのアドバ・レビンは、こんな話をしていました。「音声アシスタントのパーソナリティーの設計は、キャラクターづくりによく似ています。年はいくつか、どんな生い立ちか、どんな話し方をするか」。こうした要素が、今やデザイン上の重要事項になっています。

どのように話せばよいのか?

私たちは人間として、人間を模倣する技術に大きな期待を持っています。声は人を形づくる根本的なものであり、ボタンのクリックよりはるかに親密で、感情に響く交流の手段です。それだけに、もしコンピューターがうまく対話に応じてくれなければ、不満もはるかに大きくなるでしょう。

困ったことに、会話というのは、たとえ同じ言語を話す人同士の間でも、本質的にまとまりのないものです。人間の脳は、まとまりのないものでもうまく扱えるようにできていますが、コンピューターはそうはいきません。感情的なニュアンスよりも論理を選ぶので、音声の解釈を間違う可能性は大いにあります。

「音声アプリの良しあしは、会話中の誤解をどう処理するかで判断されるようになる」。Googleのシニア会話デザイナーのジョン・ブルームは、エラー処理に関する講演の中でそう話しました。

ブルームによると、最大の課題のひとつは「認識」です。ここでの問題は、デバイスがユーザーの声を聞き取れない(つまり、室内に雑音が多い)場合、あるいはユーザーが言っていることを理解できない(長い沈黙や変な言葉遣いがある)場合です。さまざまな状況があり得る中、音声アシスタントがどの時点で、どんなふうに聞き返せば、ユーザーが心地よく感じるかを知ることが何よりも重要だとブルームは言います。

例えば、音声アシスタントがユーザーの要求を理解できない場合、もう一度質問をするか、言い方を変えるよう促すというのが典型的な対応です。しかし、それを2、3回繰り返してもまだ理解できない場合、ユーザーをイライラさせ続けるよりも、一度マイクを切って、最初からやり直してもらう方がいいかもしれません。これが「正しい」対応かどうかは、その時点で会話がどれくらい進んでいたかや、会話の内容によって違ってきます。

ブルームの挙げたもう一つの課題は、人の集中力の持続(というより、その短さ)の問題です。旅行の予約をすべて音声で完了できると便利そうですが、現実にはフライトが20便もあると、大抵の人はコンピューターが一つ一つ読み上げるのを待っていられません。場合によっては、マルチモードで20便のリストをスマートフォン画面に表示し、それを見てもらう方が早いということになります。ですから音声デザイナーは、どの場合に何が理にかなっているのか判断しなければなりません。そのためには、大事な点に収束されてくるようなデザインを考慮する、つまり「分野の壁」を越えて物事を見る力が必要になります。音声だけにこだわることは、この種のイノベーションでは障壁になりかねないのです。

frogと音声UI

frogはすでに、自動車医療消費財など、自社の製品・サービスに音声の導入を目指す多くのクライアント企業と仕事をしています。最近は、企業へのアドバイスの際にもこうした活用事例を検証し、どの部分に音声を活用すれば顧客体験が最も向上するのか提案するケースが増えています。音声技術を家庭で車の中で、あるいは職場で利用するのはどのようなときでしょうか?音声モードが最も効率的なのは、あるいは最も楽しく感じられるのは、どのような状況でしょうか?

裏を返せば、音声以外のインタラクションモデルを選ぶべきはどの部分か。その把握も、私たちの責任範囲にあります。例えば車の中では、音声で操作できる機能(カーナビ、メディアプレーヤーなど)は、同時にタッチ入力にも対応していて、雑音が多い場所ではそちらを使うことができます。また、カーナビに音声で目的地を指示したとしても、その後は道順を読み上げてもらうより、ディスプレーの地図の方が確認しやすいかもしれません。デザイナーである私たちは、さまざまな状況があり得ると理解しておく必要があります。

技術がさらに進み、難しい条件下でも複雑な指示に対応できるようになるまでは、このようなマルチモード手法、つまり、音声モードと視覚やタッチを使うモードを切り替える機能が、現在の音声アシスタントが持つ限界に対応する効果的な手段になるはずです。

人工的であるが“人間らしい”パーソナリティーを設計する

このようなマルチモード手法は、多くの場合、収束的デザインの技法にヒントを得ています。収束的デザインとは、製品、サービス、デジタル技術を統合することで、新たな変革を起こすソリューションや体験を生み出す方法です。frogでは、この種の戦略をクライアントと話し合う際、音声に特有の、ある要素にアドバイスを求められることがあります。その要素とは、パーソナリティーです。GUIでは、デザイナーが選ぶ色や書体、画像などによって、ある程度ブランドパーソナリティーを表現できますが、音声UIのデザインは全く異なります。

音声のデザインでは、言葉を無視することはできません。会話そのものがインターフェースなので、とりあえずダミーのテキストを入れておくわけにはいかないのです。音声を扱うデザイナーは、人が音声に対して、また異なる音声それぞれの特徴に対して、どのような感情を示すかを理解しなければなりません。そのためには、心理学、社会学、言語学などの社会科学の知識、場合によっては、文学、哲学、歴史学などの人文分野の知識も必要になります。

キンセラは講演の中で、「音声において大事なのは、人が人らしくいられること。私たちが機械の言語を勉強しなくても、機械が私たちを理解してくれることです」と語りました。人を中心に考えた音声体験を、誰よりも必要としている人の手が届くところに─あるいは、声が聞こえるところに─もたらすことができる。そんな可能性に、インタラクションデザイナーである私自身が興奮を覚えています。

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データサイエンスとデザイン思考の融合

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通エクスペリエンスデザイン部岡田憲明氏の監修でお届けします。

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デザイン思考にデータサイエンスを取り入れ、成果を生む手法とは

人工知能(AI)による自動データ処理が急速に拡大し、製品のデザインと市場導入にデータサイエンスを取り入れる動きが広がっています。その際、最高の製品を生むために大事なのは、デザインプロセスの全体を通じ、定性的な手法と定量的な手法が補完し合うこと。

その相乗効果によって、ユーザーを中心に据えた、かつ信頼性の高い製品が実現するのです。frogでは両方の手法を組み合わせて、クライアントにとってより良い方法を常に考え、試しています。

製品のデザインや市場導入を担当するチームの多くは、データサイエンスを既存のプロセスを自動化・強化するためのツールと考えています(例えば、デザインリサーチでのインタビュー音声の自動文字起こしや、コンセプト案のコンピューター上での視覚化・クラスター化など)。

確かに私たちは日常の業務でこうした支援を必要としています。しかし同時に、データサイエンス導入の本質は、クライアント課題に対する理解力の増強と、しっかりと検証された信頼性と成長性のある解決策を開発する能力の向上にある、とfrogでは考えています。

データサイエンスは、新たな方法でユーザーデータと接触することを可能にするだけでなく、これまでにない種類のユーザー情報を収集・分析する手段となり、デザインに統計的な裏付けと検証機能を与えてくれます。結局のところ、データサイエンスとデザイン思考の融合とは、エンドユーザーの理解、さらにはそのユーザーに最善のサービスを提供するにはどうするかを理解することに尽きるのです。

デザイン思考をデータで強化する

デザイン思考とは、問題解決への構造的なアプローチです。人を中心に考え、物事の本質を突いたインパクトのあるデザインソリューションの創出を支援するさまざまな活動が含まれます。プロジェクトの性質ごとに活動は変わりますが、基本的に、①共感、②定義、③観念化、④プロトタイプ、⑤テストが含まれています。

frogでは、これらの定性的なリサーチに定量的な手法を加えて強化しています。定量的な手法はデザインプロセスの中で出てきた仮説の検証に用いられ、また新たな考察の源にもなります。多くの場合、この2種類の手法は必然的に並行して実行されるものですが、私たちはプロセスのキーポイントで必ず両方が交わるようにしています。

これから挙げる活動の一部は、デザイン思考の中でもユーザーのニーズやペインポイント(ユーザーの悩みや困りごとの原因)を明らかにし、プロトタイプを通じて解決策を検証する「デザインリサーチ」系のプロジェクトで効果を発揮します。一方、その解決策を、さらに製造や継続的な改善まで持っていく「デザイン・構築」系プロジェクトに効果的なものもあります。

それでは、ユーザーを中心に置いた製品デザインと市場導入のプロセスの五つの段階について、各段階にデータサイエンスがどう関わるのか、事例と併せて解説します。

第1段階:共感
コンテキスト:
デザイン思考プロセスの第1段階は、ユーザーとの共感の構築です。定性的な面でいえば、多くの場合、比較的少人数のユーザー群に対しフィールドワークリサーチを行います。ユーザージャーニーと、デザイン上の問題に関するペインポイント、動機、その結果として生じる行動について理解を深めることが目的です。

専有情報や公開情報による2次リサーチは、この種のリサーチの全体構造を決定する際には役立ちます。しかし私たちは常に予想外の回答を引き出すような自由回答型の質問を心がけています。そういった回答は、純粋に演繹的な推論によるプロセスでは達することのない結論を浮かび上がらせ、後のデザインへとつながる重要な発見となり得るのです。

データサイエンスの必要性: 分野としてのデータサイエンスは、この共感プロセスにはあまり関心を向けないのが普通です。しかしfrogでは、ここがデータサイエンスを導入すべき重要な段階だと考えています。定性的リサーチに定量的な知見を取り入れることで、例えば、強く共感できる話をしてくれるユーザーを重視し、逆に共感できないユーザーのペインポイントを軽視するといった、先入観による誤りを防ぐことができます。

アクティビティの事例 :SNSのコミュニティーでは貴重な情報が見つかるだけでなく、より広い問題意識まで知ることができます。データサイエンスは、その情報を大局的にとらえ、デザインリサーチの結果に照らして検討する際に役立ちます。例えば、良質で構造化された質問群で定量的調査を行えば、ユーザーのペインポイントや意識、その結果として生じた行動の間の統計的な因果関係とその強度を確証する助けになります。

この種の調査は、まずこれらの関係性の正体についての仮説がなければ、適切に設計することはできません。質的手法からは、実際に何が起きているのか、その理由は何なのかが分かり、量的手法からは、発生の頻度や、その理由がどのくらい重要なのかを把握できます。

第2段階: 定義
コンテキスト:ユーザーとの共感を構築し、その行動の理由を理解できたら、次は問題の性質と範囲をより正確に定義します。このプロセスでは、私たちの仮説を裏付ける、またはその反証となるパターンを特定して、それまでに分かったすべての情報を合成します。このプロセスでは私たちがデザインリサーチから得た予想外の発見と、一般的に確立された理論が結び付き、重要な知見が浮かび上がることも少なからずあります。

明確なユーザーニーズの定義から導き出された仮説。それは思いもよらない新たな方法でニーズを満たす、革新的デザインの出発点となります。このプロセスはクライアントにとって他にはないメリットを生み出します。クライアントの競合他社は、業界の専門知識に大きく頼りがちで、ユーザーについての理解は比較的浅い傾向があるからです。

データサイエンスの必要性:データサイエンスは、構築した仮説の質を評価する上で極めて重要なツールとなります。共感段階でデータの取得と分析を体系的に行っていれば、定義段階で仮説を量的証拠に照らして直接検証し、それぞれの仮説の強度を比較して優先順位をつけることができます。例えば質的調査であるペインポイントが非常に強く表れたものの、ユーザーの10%にしか影響しないのに対し、付随的に言及された別のペインポイントがユーザーの90%に影響する場合などです。まずどの問題を解決する必要があるのか、そして解決にどれくらい労力が必要になるのか、より効果的な仮説を立てることができます。

さらに、ペインポイントとユーザーのタイプとの相関関係を見つけることにより、特定のユーザー類型や特定の行動様式にのみ適用できる、微妙に異なる複数の仮説を立てることもできます。

アクティビティの事例:定義段階は非常に反復的なプロセスで、定性的な仮説の形成→定量的なテストと検証→仮説の精緻化を何度も繰り返します。例えば、サインアップのプロセスを途中でやめるユーザーがいる理由について、サインアップに時間がかかり過ぎる、またはユーザーの手元にない情報を求められるという二つの仮説を立てたとします。

その場合、ABテストなどの定量的手法を用いて、手続きを終えたユーザーと途中でやめたユーザーがかけた時間を比較したり、ノートパソコンとモバイルデバイスの完了率を比較したりできます。さらに掘り下げて、モバイルデバイスのユーザーとノートパソコンのユーザーがかけた時間をそれぞれ比較すれば、どちらかの仮説が原因因子ではなく付随的な因子である可能性が見えてきます。

第3段階: 観念化
コンテキスト:観念化の段階では、ユーザーのペインポイントに対する解決策をブレーンストーミングします。「アイデアがないというのは間違った考え」をモットーに遠慮なくアイデアを出してもらい、一見効果的とは思えないものや、ぴったりはまりそうにないものも含めて、さまざまな解決策を導き出します。最初のブレストの後、出てきたコンセプトを絞り込み、整合しそうなものをまとめてクラスターに分類します(同じようなペインポイントを解決するもの、特定のユーザー類型やテクノロジーに適したものなど)。

データサイエンスの必要性:一見、各種のペインポイントや仮説の強度を定量分析するというのは、観念化において必要な、可能性に制限や制約を設けないという条件と対立するように思えます。このため、私たちはブレーンストーミングの間はこうした定量分析にはなるべく目を向けず、アイデアの起点とすべき問題空間への理解を、全員で共有するための枠組みとして利用しています。

一方、コンセプトの絞り込みと分類の段階では、定量的な知見が、アイデアをクラスター化する上で極めて重要な役割を果たしたり、どのアプローチが最善なのか、複数の意見が競合したときに決着をつける手段になったりする場合があります。

アクティビティの事例:観念化段階でもプロセスの自動化を行うことはありますが(自然言語処理や教師なし学習法〈機械学習の手法のひとつ〉でアイデアのクラスター化を自動化するなど)、この段階におけるデータサイエンスの最大のメリットは、ユーザーのペインポイント、その原因についての仮説、そしてその解決のため構築したコンセプトの合成にあります。

その際には、双方向のオンラインプラットフォームで簡易化・高性能化された定量的調査を活用します。調査結果に基づき行動モデルを設計・強化することで、各コンセプトがペインポイントをどの程度解消し、ユーザーの行動にどう影響を与えるかを予測していきます。この種のモデルは、特定の解決策から得られる効果を最大化するのにも利用できます。

第4段階: プロトタイプ
コンテキスト:コンセプトを形にするのがプロトタイプの段階です。ビジュアルデザイナーが画面のデザイン案と製品の特長を大まかにスケッチし、インタラクションデザイナーがユーザージャーニーと主要なユーザーフロー、インタラクティブなプロトタイプを構築します。ストラテジストは、製品の取り込み率と収益を最大化するためのビジネスモデルと製品ロードマップを作成します。リサーチで見つかったペインポイントに十分に対処できているかを確認するため、プロトタイプは何度でも作り直します。

データサイエンスの必要性:試作段階における具体的なデータサイエンスはプロジェクトによって異なりますが、どのような場合でもプロセスに入れる必要があります。デザインリサーチ系のプロジェクトで極めて重要なことは、開発したプロトタイプが最重要課題を解決しているか、さらに、それが正しい順序で実現できているか。行動モデルへの参照を行えば、その成否を確認することができ、ユーザージャーニー改善の指針ともなります。

デザイン・構築系のプロジェクトでは、私たちはよく行動モデルを活用します。最初のプロトタイプにデータ不足による使い勝手の問題がないか、ターゲットを絞ったデータ収集戦略が製品ロードマップに含まれていて、本格展開の前にユーザーと交流して高度な機能を検証できるかどうか、確認する際に使っています。

アクティビティの事例:デザインリサーチ系のプロジェクトでは、製品の持つ機能それぞれの相対的価値を判断することが重要です。行動モデルを活用して、製品の各機能がそれに対応するペインポイントをどの程度解消するのか評価し、さらにその結果を市場における各ペインポイントの蔓延率と掛け合わせれば、その製品の潜在ユーザー総数が推定できます。また、各コンポーネントによって解消されるペインポイントやその潜在ユーザー数の重複ができる限りゼロに近づくよう、デザインソリューションの冗長性をなくすのにも行動モデルを利用できます。

デザイン・構築系プロジェクトの場合、frogではMVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)で小規模な市場テストをするのが普通です。行動モデルはそのテストの際、有益なフィードバックを能動的・受動的に提供してくれるユーザー像を把握するのに役立ちます。また、どの機能をどう組み合わせたものがそのユーザー群に最適かを評価するのにも利用できます。ユーザーのフィードバックをすでに把握済みのユーザー情報に照らして解釈するために、この時点で初期的なデータ収集ラインと分析コンポーネントを構築します。

第5段階: テスト
コンテキスト:ここまでの各段階でもある程度の概念テストは行いますが、テスト段階はやはり独立した段階とするだけの価値があります。デザインソリューションがユーザーのニーズにどの程度対応しているか、初めて実際のユーザーからフィードバックを得られるのはこの段階だからです。全ユーザーのニーズに対応できるようにどれだけ努力をしてもテストでは何らかのミスが見つかることがあります。特定のユーザー群を十分に考慮していなかったのかもしれないし、リサーチで把握できていなかったペインポイントやユーザー行動が表面化したのかもしれません。

デザインリサーチ系のプロジェクトでは大抵の場合、物理的あるいはデジタルのプロトタイプをユーザーが使用できるようにし、感想を口頭でリアルタイムにフィードバックする機会を設けます。私たちはそのフィードバックを利用して、製品機能のどの部分を変更し、改善する必要があるのかを把握します。

デザイン・構築系のプロジェクトでは、「試して学ぶ」を繰り返すアプローチが役に立ちます。ローンチ初日に完璧だったからといって、そのソリューションが永遠に完璧であり続けるわけではありません。ユーザーのニーズや行動は変化するものですし、競合他社が私たちのデザインの効果的な要素を模倣し、こちらはさらに相手の先を行くイノベーションを迫られることもあります。

データサイエンスの必要性:十分に事前知識のある少数のユーザー群に対してうまく機能するモデルもあるのですが、あらゆるデータサイエンス手法は規模を拡大した方が有効に機能します。私たちが少数ユーザーを対象にデザインを行うことはまずないため、できるだけ大規模なユーザー群を使ってテストすることで、市場での成功に向けた確信を持つことができます。データサイエンスは、私たちのデザインを偏りのない目で評価し、比較検討するための手段です。デザインプロセスの進捗状況や、投入できるリソースによってはテスト精度に差が出たり、テストを行う範囲が変化したりすることもあります。その際にデータサイエンスの力を借りれば、異なる条件下での評価が可能となります。

アクティビティの事例:深みのある定性的フィードバックは、少人数のグループにフォーカスすることでしか得られません。しかし、ある程度の定性的フィードバックであれば、統計的テストによって大人数のユーザー群から集めることができます。その結果を参照すれば、デザインと開発のリソースを効率化でき、さらに追加のセッションで精査を行うことで、それまでに見つかった予想外の傾向やパターン、相関関係の原因の掘り下げも可能となります。

デザインリサーチ系のプロジェクトでは、コンセプトや機能の有効性をテストしないまま最終的な製品にたどり着くことは、まずありません。定量的調査やオンラインでのユーザーテストを通じて機能や情報のレイアウト、デザイン言語、ユーザーフローのテストを行えば、少人数のグループでは顕在化しなかった隠れた問題やボトルネックを明らかにすることができます。また、製品を使用した際の行動の変化や、既存のプロセスや回避策を考えた上でなおこの製品を使いたいか、ユーザーに質問することもできます。耳の痛い話を聞かされることになるかもしれませんが、軌道修正をして効率よく手を打てるように、悪い話は早めに知る方が得策です。

デザイン・構築系のプロジェクトでは、デザインを効果的に製品化しようと思えば、「試して学ぶ」方法をもっと構造的に考える必要があります。コンバージョン率やクリックスルー率といった従来のKPI(重要業績指標)だけでなく、以前はデザインラボ内でなければ測定できなかったユーザー体験指標も測定・視覚化しなければなりません。ABテストなどの一般的な手法でも、サイトのレイアウトや機能の他、デザインソリューションで解消を試みたペインポイントそのものや望ましくない行動もテストできるように拡張する必要があります。

データサイエンスを正しく取り入れる

以上のように、データサイエンスは、古典的なデザイン思考プロセスを機械的に拡充する以上のものをもたらす可能性があります(もちろん、その種のツールも役に立つことは間違いないのですが)。また、データサイエンスを従来の定性的アプローチと相容れないものと考えたり、どちらのアプローチが最善かをめぐってイデオロギー論争を起こしたりする理由はどこにもありません。デザイン思考、戦略、データサイエンスを組み合わせることで、コンセプトとしても体験としても優れているだけでなく、市場でも成功するデザインソリューションを実現できると私たちは考えています。
 
この記事はウェブマガジン「AXIS」にも掲載されています。

「変化」をデザインする

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通エクスペリエンスデザイン部岡田憲明氏の監修でお届けします。

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変化はしばしば必要とされます。けれども、変化を起こすことは容易ではありません。企業でも、コミュニティーでも、時には国であっても、組織がより良い方向へと変化し続けるためには、全体的な状況と個々の要因、その双方を十分に理解している必要があります。また、いつ、どうやって変化をもたらすかについても知っておかなければなりません。

2019年秋、私はセルビアのベオグラードで開催されたDesign for Better Society で基調講演を行いました。このイベントは、世界中のデザイナーが集う非営利組織Design Thinkersが主催したもので、2日にわたり、世界のデザインリーダー、教育者、政府機関、コミュニティーリーダーが一堂に会し、プレゼンテーション、討論会、ブレークアウトセッションを実施。デザイン思考を用いて価値を生み出すことで、この世界をより良く変えていくことを広く宣言しました。

講演のテーマは、「変化をデザインする」。具体的には、組織のコアバリューを理解し、それを変化の推進のために活用する方法と、組織を取り巻くエコシステムのトレンドや移り変わりを見極める方法を説明しました。

実際、効果的な変化を起こすためには、慎重に物事を導く必要があります。例えば最近の調査によると、ついにデザインリーダーたちが役員の座に就く時代になった一方で、こうしたデザインリーダーを効果的に参加させている役員会というのは、めったにないそうです。こうした傾向は、組織の変化だけでは不十分であることの証明といえるでしょう。ビジネスにおいて意義のある持続的な成功を実現する、「変化」をもたらすデザインを行わなければならないのです。

どんな組織にも、成長し、ローカル・グローバル双方のレベルで大きな影響を与える方向へとシフトしていく機会が眠っています。frogは、組織のアクティブ化を図る「Org Activation」を通じて、企業が従業員や顧客にとって重要な変化を行うための支援をしています。

私たちは、社会に働きかけるソーシャルインパクトに取り組むプログラム「Impact 」を通じて企業チームと協力し、コミュニティーや社会全体を改善するための、実行可能で拡張性の高いソリューションを探し出します。ただし、こうした試みには、常に変化を起こしたい、変化を受け入れたいという気持ちが必要です。そのためには、個人が変化に対して、感情的にどのような反応をするかを知り、どうやって変化を効果的に管理するかを理解する必要があります。

変化を管理する機会をマッピングする

キューブラー=ロスの変化曲線(Kübler-Ross Change Curve)は、変化に対する感情的な反応をグラフで表したものです。新しい情報を聞いたときに経験する最初の衝撃から始まり、やがて拒絶、不満、絶望、実験、決定の段階を経て、全く新しい平常な感覚が生まれるのを表しています。

このようにして、人は自分たちの住む世界と新たな変化を一つに統合しているのです。この図は組織にとって、変化に適応する際、どのようにして効果的に変化を管理するのかの理解に役立つだけではなく、変化の途中で支援を提供し、負担を軽減するための介入を行う明確なポイントも示しています。

次に紹介する顧客の例では、変化を経験する際の高齢者の感情的な反応を特定するために、キューブラー=ロスモデルを採用しました。そして各段階において、直接介入できるアクションを特定して、高齢者の感情的なニーズに対処しました。

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企業内では、従業員が変化の中心になることが多いものです。以下の図は別の顧客の例ですが、企業がコミュニティー内でのボランティア活動を推進する方法を探るためのものです。どんな機会があるか、関与する役割やパートナーとはどのようなものかを検討して、一つにまとまったアプローチをはっきり示すことで、進むべき道筋が明らかになります。これは組織にとって、長く続く影響を生み出す本当の変化を受け入れるための良い機会となるでしょう。

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組織に継続的変化をもたらす方法

ここまで変化が持つ力と変化の効果的な管理に伴う感情の段階について説明してきました。今度は、組織内で長く続く変化を推進するために、実行可能なステップをいくつか紹介します。

①参加して行動する方法を理解してもらうための枠組みを定める。
組織が常に変化を受け入れるための新しい機会を得る方法の一つとして、私たちは、「Org Activation」を実践しています。

また、グループ行動ツールキット「Collective Action Toolkit」は、グループで問題を解決し、選ばれたコミュニティーでの変化を推進する上での一連の活動や方法として使用することができます。

②変化に必要な能力レベルを理解する。
変化はたった一晩でデザインできるものではありません。感情的な影響について理解するとともに、能力開発と既存のコンピテンシー育成を、組織内でたった1回だけ行うのではなく、進展する変化のプロセスとして実施します。

③変化を推進するためにシステム思考を用いる。
組織が関わっているエコシステムを広範にわたって捉えてから、貢献要因に焦点を絞ることです。企業の場合は、顧客を引き入れることも、その焦点に含まれます。新しいツール、プロセス、製品・サービスを開始するだけではなく、顧客とソリューションを共創し、実際の変化に向けた新たな考え方を生み出します。

この記事はウェブマガジン「AXIS」にも掲載されています

創造的破壊の時代の「新しい日常」を見つけるために

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通エクスペリエンスデザイン部岡田憲明氏の監修でお届けします。

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コロナ危機への適応戦略が、長期的な市場変革へのカギになる


新型コロナウイルスの感染拡大は世界中の経済にただならぬ衝撃を与え、前例のない「ディスラプション(創造的破壊)」の時代をもたらしています。新しい働き方やコミュニケーション手段からビジネスモデル全体の転換まで、この感染症は世界中のあらゆるコミュニティーに多大な影響を及ぼしました。

これまで当たり前だったビジネス環境は、コロナ禍の影響によって今後数年間に否応なく形を変えていくでしょう。だとすれば、すべての人が例外なく意識変革を迫られるこの時代に、既存の企業は生き残っていくためだけでなく、今後も繁栄していくために何ができるのでしょうか?

私たちは先頃発表したインサイトレポート「The Disruptor Playbook 」の中で、消費者の要望の変化に企業が対応していくために活用できる五つの「ディスラプター(創造的破壊要因)戦略」を紹介しました。

本記事では、この前例のない時代に見られるいくつかのビジネストレンドを紹介。さらに、企業が方向転換し、社会にインパクトを与え、その結果として消費者に真の価値を提供するにはどうすればいいかを掘り下げます。

ソーシャルディスタンスが求められる中、消費者は動画や双方向プラットフォームを通じて互いにつながる方法を探している

コラボレーションプラットフォームのMicrosoft Teamsにユーザーがバーチャル(仮想)背景を設定できる新機能が追加されたとき、frogのスタッフたちは大興奮しました。では、このユーザー体験がブランド認知やブランドロイヤルティーにこれほど大きなインパクトを与えているのはなぜでしょうか。それは、消費者が自身でコントロールできる機能に価値を見いだすものだからです。ビデオ通信を利用する人が爆発的に増え、感染者数を抑えるためにリモート教育やテレワークが不可欠になる中で、ビデオ通信市場における競争は激しさを増しています。

主要プラットフォームの一つであるZoomは、参加者100人まで、ビデオ通話40分までの画面共有や録画・録音機能が無料で利用できる戦略的な販売モデルを構築しました。しかもZoomのプラットフォームはアカウントや有料登録がなくても利用できます。

入り口のハードルを下げることでユーザーがさまざまな形でZoomを体験できるようにし、会議時間無制限、クラウドストレージ、レポート機能などの追加サービスを利用できる有料登録を申し込んでもらう機会を広げたのです。

ところが、プラットフォームにZoomを選んだユーザーは多いものの、ビデオソフトウエアに関するセキュリティー上の懸念が報道される中で、競合他社が追い付き始めています。プライバシーやセキュリティー面の懸念が膨らむにつれて、ユーザーは使いやすさよりもセキュリティーを前面に打ち出したサービスを優先するようになるかもしれません。

空前の激しさを見せるストリーミング戦争

世界中の人々が巣ごもり生活とソーシャルディスタンス(人との距離をとること)を強いられている今、ストリーミングサービスは私たち自身の生活だけでなく、バーチャルな社会生活においても欠かせないものになりつつあります。イギリスのハイテク市場調査会社Omdiaの調査によれば、オンラインストリーミングサービス産業の今年の年間成長率は12%を超えると見込まれています。

ソーシャルディスタンスが世界に広がる以前も、ストリーミングコンテンツの市場はかなり競争が激しく、各社は差別化を図る手段が必要になっていました。モバイル動画サービスのQuibiなど一部の新規参入企業は、動画の視聴方法を変革しようと試みています。

しかし、NetflixやHuluなどの大手がコンテンツの幅広さと質だけを強みに、今なお競争を制しているのが現状です。コンテンツと値頃感の他に、ストリーミング分野の次の競争ポイントとして考えられるのは、使いやすさと、全体としてどんな体験ができるかです。SNSを楽しめるソーシャルウオッチングなどの新機能や、企画性の高い作品選び、ユーザーのプロフィールや視聴体験の設定機能などが、次世代の勝者を決める要因になるでしょう。

オンライン診療とデジタル診断は、なくてはならないサービスへ

ソーシャルディスタンスが新しい日常になるにつれて、新型コロナウイルス以外の理由で診療を受けるには医療用デジタルツールに頼る他はない人が多くなりつつあります。予防医療を重視したデータを活用する医療サービス会社Forward や、SnapMD 、Nutriremedyなどのディスラプター(創造的破壊)企業は、患者の治療や観察をリモートで行うためのサービスや、革新的な顧客体験モデルを開発しています。

こうした遠隔医療サービス会社は、バーチャル診断、入手しやすい処方薬、カルテ、患者受け付けなどの包括的なサービスを提供しています。このようなサービスは、ソーシャルディスタンスが求められている現在はまさに不可欠ですが、長期的な意味でもビジネス成功のカギとなるかもしれません。 

事実、新型コロナウイルスがデジタル医療産業に及ぼす影響についての最近の調査 で、回答者は今回の感染流行がデジタル医療ソリューションの加速的発展と幅広い普及につながると確信していることが分かりました。スタートアップ企業や新規参入企業が新興テクノロジーを素早く取り入れ高度化して、従来型の医療企業の一歩先を行くかもしれません。

しかし、既存の企業も、ニーズを持つ患者の一人一人に合わせた適切な顧客サービスを提供することで、将来に備えることができます。医療サービス企業にとっての戦略的な取り組みとは、話題の新テクノロジーに注目するだけでなく、現状のサービスや市場に足りない部分を把握し、患者の全般的な健康と幸福に真の付加価値を与える適切な製品やサービスでそのギャップを埋める方法を見つけることです。

創造的破壊の時代における企業の成功とは

創造的破壊の時代には、真の価値を提供するための独自の顧客体験を創造することに積極的な意思決定をする企業が、長期的な成功を手にすることになるはずです。経済情勢と消費者のニーズに基づいて革新的な手法でビジネス戦略を転換できる企業は、自らが属する産業に、そしてひょっとしたらその周辺産業にも、大きな変革を起こし続けることでしょう。

Disruptor Playbook
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既存の企業を真の「ディスラプター」へと変革させるための戦略のすべてがここに。全文をこちらからダウンロードできます。

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今こそ真のオープンオフィスを取り戻そう

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通エクスペリエンスデザイン部岡田憲明氏の監修でお届けします。
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ユーザー中心のワークスペースデザインは、空間ではなく意識から始まる

論理に偏った思考が、オープンオフィスを失敗に終わらせた

仕事をする席を自由に選べる「オープンオフィス」(フリーアドレスオフィス)の概念は、ユートピア的なビジョンから生まれました。ところが、現実につくられたオープンオフィスでは、しばしば魚が泳ぐ水槽やシアターコーナーなどが設けられ、かえって気が散りがちです。また、デスクのレイアウトによっては、人の入れ替わりで作業効率が下がり、ストレスが増すだけの結果に終わりました。

それでもfrogを含めた多くの設計者たちが、オープンオフィスをつくり続けています。なぜならば、実現しづらくはあっても、オープンオフィスには、経済的なメリットや共同作業がしやすくなる可能性が依然としてあるからです。

この6月にノルウェーの電力会社Equinorで、オープンオフィス型イノベーションラボの開設記念イベントが行われました。これは、frogが実践してきた空間づくりの試みにとって誇らしい出来事でした。多くの失敗例のある分野でいかに成功するかを、何カ月も真剣に考え続けた努力が形になった瞬間だったのです。

frogのデザイン担当チームが直面したのは、キューブファーム(パーティションで仕切られた小部屋が並ぶ従来型のオフィスフロア)における悩みの種と何ら変わらないスペースの制約でした。約200平方メートル弱の限られた空間に、三つの研究開発チームの業務スペースを収める必要があったのです。

最大の不安は、スペースの制約によってデザインチームの思考が制約されるのではないかという点でした。オープンオフィスの概念の原型である1950年代のBürolandschaft(オフィス風景)と呼ばれた運動は、オフィス空間の杓子定規な仕切りと階層を排し、個人にフォーカスした有機的なレイアウトや備品を取り入れようとするものでした。しかし、1970年代には経済性重視の最適化により、味気ないキューブファームへと退化してしまいました。これと同じようなことが起きるのではないかと恐れたのです。

カナダの小説家ダグラス・クープランドが「子牛を太らせるための家畜小屋」と呼んだキューブファームは、個室のないレイアウトという物理的な形態を拝借しただけで、当初のオープンオフィスの概念にあった人の感情や意欲に訴える特性は一切取り入れられていませんでした。

順応性のあるワークスペースを求める声がようやく高まってきたのは、デジタル時代が訪れ、週40時間のデスクワークに代わるさまざまな働き方が広まり始めてからのことです。そこで私たちは、あの「オフィス風景」の精神を再解釈することはできないかと考えました。

それは考えが甘いんじゃないか?デザイナーが現実からかけ離れた思想に心酔するという、よくある例に過ぎないのでは?―そう思う人もいるでしょう。しかし、私たちはそうは思いません。実際にオフィスで働く人たちに話を聞く中で、有機的で融通性の高いオフィス環境は今の時代にこそふさわしいことが分かりました。

私たちはEquinor社内の技術研究のさまざまな側面を検証した結果、従業員が空間デザインに合わせるよう求めるのではなく、空間の方が従業員とその仕事に適応する多層的なオフィス環境という構想にたどり着きました。

広範な分野の専門知識を活用したこの種の多層的なデザインは、デジタル世界と物理世界の融合が進む中でますます一般的になりつつあります。Equinorのイノベーションラボでは、建築、ビジュアル/インタラクションデザイン、テクノロジー、業務プロセス、利用者調査の知識を結集し、真の意味で組織化された環境を作り上げました。

取り組んだのは、さまざまなデザイン手法を用いて未来を構築する、一種のスペキュラティブデザイン(※)です。

※「こうもあり得るのではないか」というビジョンに対し、人々が理解しやすい高い精度でデザイン化する事で、問題を提起しながらアイディアの種を生み出すデザイン手法

 

企業にはそれぞれ可能性のある未来がいくつもあり、従業員に対して思いやりのある未来もあれば、そうでないものもあります。私たちはまず徹底した従業員と共感する為のデザインリサーチを行い、個人のニーズを集め、ワークフローを明らかにしました。それを元に技術的な要件を決定した上で、多層的なアプローチにより、そうしたニーズに今後何年にもわたって応える空間を構築しました。

物理的空間におけるユーザー中心のデザインは、空間そのものではなく意識から始まります。デザインリサーチの主な目標の一つは、Equinorにとって「イノベーション」という言葉が何を意味するのかを明らかにすることでした。彼らにとってのそれは、難しい問題を解決するためにグローバルで分野横断的なチームを迅速に編成することだったのです。つまり、誰もが自分の分野のツールや手法を使って、自分の専門知識で直接的にプロジェクトに貢献できることを意味するのです。

別の言い方をすれば、職場とは個々の参加者に順応しながら、その場でイノベーションが生み出される舞台だということです。そのような職場には、近くの人と交流する空間、チーム作業をする空間、一人で集中する空間、実験ができる空間、イベントを行う空間が必要です。これらの空間の適切な配分を見つけることが、今回のデザインの核心でした。

各種の活動の構成比率は組織によって異なるため、それぞれ独自の空間配分が求められます。これを適切なバランスで配分すれば、使う人は自分が仕事をしたい環境を選ぶことができます。Equinorは床面積が狭いことと、イノベーションラボの動的な性質を考えれば、上記のすべての空間を必要に応じて提供できるデザインにすることが必要でした。

順応性の高い環境は技術だけでは構築できないため、レイアウトや雰囲気に手を加えやすいインテリア空間をどのようにデザインするかを発想し直す必要がありました。各構成要素を体系的にデザインし、大規模な投資を必要としたり、チームのワークフローを破綻させたりすることなく空間を構成し直せるようにしました。

今回のEquinorの事例では、各チームはわずか数分で空間の構成を変えることができます。オフィス家具はモジュラー式でキャスターが付いており、新しく構成する場所や保管スペースへスムーズに移動できます。テクノロジー機器(スクリーン、カメラ、電源など)は、さまざまな空間構成で使用できるように戦略的に配置しました。数少ない静的なデザインの空間は、主に各自で集中して仕事をするためのスペースで、部屋の周辺部に沿って配置しています。

さらに、複数のチームが一つの室内で仕事をする環境では、音環境の制御がカギになります。空間の機能性と各チームが集中できる環境を維持するには、騒音を相殺できる機能が必要不可欠です。私たちは資材やオフィス家具の選定に加えて、サウンドマスキング技術を採用することでこの問題を解決しました。

改修や新築のためのコストは、どんな組織にとっても莫大な投資です。私たちはデザイナーとして、組織にとって有効に機能し、組織と共に生き、変化していく環境を構築する責務があります。

かつてオフィス家具メーカーHermann Millerのロバート・プロプストがデザインした最初のパーティション式オフィスシステム「アクション・オフィス」と、その改良版「アクション・オフィスII」は、カスタマイズ性に重点が置かれていました。パーティションの配置、個人用スペースのパーソナライズ化が可能で、レイアウト変更もしやすく、1960年代の適応可能型オフィスのすべての要件を満たすシステムでした。

しかし、これまで各企業が犯した間違いは、この種のシステムの形態だけを採用し、その精神を取り入れなかったことです。空間の有効活用というただ一つの指標を最大化するためにトップダウンで全社一律に導入したまでで、企業の業務―あるいは「行動」―に従って、それを支える空間の使い方を決めるという形をとらなかったのでした。

今こそ私たちの行動基準を転換し、私たちがつくる場所で生活し仕事をする人々へと再び目を向ける好機です。

この記事はウェブマガジン「AXIS」にも掲載されています。

自動運転車を普及させるために必要なことは何か

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通CDCエクスペリエンスデザイン部岡田憲明氏の監修でお届けします。

自動車業界にとって、次の大きなハードルは自動運転車(AV)の普及です。他分野での普及の経緯からどんな教訓が得られるでしょうか?

自動運転車が実現に近づくにつれ、その製品やサービスの開発、マーケティング、新規事業を手がける人たちは、消費者への普及を促す新しい方法を考え出す必要に迫られています。どうすれば新しい客層を引きつけ、新たなコンセプトを浸透させられるのでしょうか。

新しいものに対する受容の心理学

新しいものを受容してもらうには大変な努力が必要です。一般に人間は、新しいアイデアや革新に抵抗感を持ちます。新製品について学ぶことには労力が必要で、使い方が分からなければ恥ずかしいのではと恐れています。このため、取っ付きにくいものが出てくると、知っているものに固執しようとします。

消費者を新しいものに挑戦させるには、すでになじんでいるものに関連付けるという方法があります。企業はその際ブランドメッセージを活用します。1990年代後半にTiVOが最初のデジタルビデオレコーダー(DVR)を発売したとき、同社の宣伝文句は「放送中のテレビ番組を一時停止」でした。オンデマンドコンテンツが普及した今、テレビ番組を一時停止するなどそれほど意味のあることではありませんが、当時は斬新なアイデアだっただけでなく、人々にDVRを使ってみようと思わせる身近な用例でした。

自動運転市場で大きな革新が生じている現在、各企業の課題は、消費者への普及を促進する新しい価値を提案することです。ドライバーの要らない車を発表するだけでは十分でなく、消費者がドライバー不要の車を試してみたいと思う、強い理由が必要になるのです。

新しい使い方に“承認”を与える

新しい製品や技術を知った人の多くは、それを実際に試す際に社会的な許可が欲しいと感じます。特に、罪悪感を覚えるようなことや、自動運転車のように危険な感じがするものに対してはそうです。人間は、新しい製品やサービスが安全で、自分と同じような人たちに受け入れられているかを気にします。自動運転車についても、その技術が安全で、購入、所有、利用が許容されているか確認したいのです。すでに世論はドライバー不要の車に乗るというアイデアに前向きですが、全体的な認識はまだ固まっていません。なぜなら、大半の人がそのような車に実際に触れた体験を持っていないからです。

「新たな常識」の定義

自動運転車のもう一つの課題は、社会通念がまだ確立されていないことです。自動運転車の場合、ドライバー不要の車に乗るのも、自分で運転したり、LyftやUberで手配した車に乗ったりするのも、同じように思えるかもしれません。しかし例えば、完全な自動運転車で子どもだけを幼稚園に送り届けてもよいものでしょうか? 中学生はどうでしょうか? 大切な人を空港に出迎えるのに自動運転車を手配するのは失礼でしょうか? このような新しい状況のすべてについて、消費者は助言や指針を求めます。つまり自動運転車のメーカーと販売者には、顧客に対して新しい習慣を提案するチャンスがあるということです。ダイヤモンド業界が年収の15%を婚約指輪に充てるという習慣を広めたのと同様、自動車業界は自動運転車を普及させるために新しい習慣を市場に広めるのかもしれません。

新しい顧客体験や作り出したい習慣を慎重に検討すれば、自動車業界は、自動運転車の普及を促進し、多くの人が新しいテクノロジーに対して抱く危惧を軽減することができます。活動の中心は、対象となる消費者の体験をデザインすることになるでしょう。現在、社会通念とされている範囲から外れる体験もあるかもしれません。

移動について私たちが当然だと思っている概念を覆すことにより、自動運転車の新しい価値や可能性が開けることでしょう。自動運転車のメーカーの在りようも変わっていくかもしれません。例えば、「心地良い移動」をコンセプトに、ホテルやレストランがブランドをPRするシャトルサービスとして、あるいはオフィスや住宅を扱う企業が入居者向けの特典として、といった活用が考えられます。この場合、自動運転車を「どの企業が作ったか」ではなく、「どの企業が誰のために提供しているのか」が重要になります。

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ティモシー・モリー

frogでビジネス&製品ストラテジストのグローバルチームを率いる。彼のチームはデザイナーや技術者と協働し、現状を一新するイノベーションを市場にもたらしている。シリコンバレーで15年間勤務し、製品や戦略、マーケティングなどさまざまな業務を担当した経験がある。

多様性を生かす「社会的一体性」がデザインの可能性を広げる

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通CDCエクスペリエンスデザイン部岡田憲明氏の監修でお届けします。

障害のある人々を考慮して、デザイナーは世界をもっと変えることができる。

都市計画や製品・サービスの企画において、対象から外されていると感じる集団はまだ一定数います。2017年12月にfrogのサンフランシスコスタジオで開催されたディスカッション「Designing for Inclusivity」(多様性を生かす「社会的一体性」のためのデザイン)では、デザイン関係のパネリストや来場者が、この現状を変える方法について意見を交換しました。社会的一体性の推進は、デザイナーの道義的な共通認識としてfrogの2018年テックトレンドにも挙げられています。

私たちは、偏見や思い込みを仕事に持ち込んでしまいます。そのため新しいツールやサービスを市場に出す際に、主要なユーザーのニーズにのみ注目しがちです。しかし、重要なのはすべてのユーザーを社会的一体性に取り込むことです。このプロセスで、「排他」という大きな壁をつくらないよう考慮することが、デザイナーとしての責任だといえます。

ディスカッションでは、社会的一体性の高い世界とは、「障害」による不便さを、単なる医学的問題ではなく、多くの人を適切にサポートできないデザイン体系の不備だと個人、企業、組織が認識することである、と捉えていました。

サンフランシスコのfrogで開かれた「Designing for Inclusivity」のパネリストたち。左からメラニー・ウィリアムズ氏(frog)、ティファニー・ユー氏(Diversability)、ザーナ・サイモン氏(Urban Jazz Dance Company & Bay Area International Deaf Dance Festival)、ビクター・ピネダ博士(Pineda Foundation & World Enabled)。

イベントのパネリストであるビクター・ピネダ博士は「どうすればより多くの人に対応するデザインができるかを考える上で、デザイナーをはじめとするデザイン関係者を集めるチャンスだと思います」と語りました。社会開発学者であり、障害者の権利の擁護者でもあるピネダ博士は、プロダクトデザインにおいて社会的一体性という思考がもたらすプラスの波及効果を強調しています。「ある製品で何ができるのかということだけでなく、それができるようになったことでの社会認識の変化を、その製品を通じて考えています」

「社会的一体性」という言葉

ディスカッションの大きなトピックの一つは、「社会的一体性」を言葉で説明することでした。パネリストたちが各自の用語や定義を共有する中で、環境と相互作用が人間の生活を形づくる上で非常に重要であることが分かりました。

「障害とは何でしょう? 私にとっては二つの体験で定義されます。一つは疎外感、つまり自分が仲間に入れないという感覚です。二つ目は自立性の喪失ということです」と語ったのは、パネリストのティファニー・ユー氏。Diversabilityの創設者として「障害に対するイメージをコミュニティーの力によって再構築」することを目指しています。

文化的観点から見て、社会的一体性を重視したデザインは、現代社会における社会的公正の見直しとも結び付きます。企業は、あらゆる能力の人々を考慮した人間中心のデザインによる製品をより多くつくり、より多くの人に提供することで、社会的一体性を大きな潮流としていく重要な役割を担っています。

イベントでは出席者に対し、体験デザインの意思決定において、自分が普段どれほど考慮されていると感じているかを図示しました。

社会的一体性を実現するデザイン:三つの原則

世界を変えるためにデザイナーは何ができるでしょうか。パネルディスカッションを通して、社会を一体化する革新を実現する三つの原則が見えてきました。

1. 認識する:良いデザインとはユーザーを中心に置きますが、優れたデザインは、その中心の対象範囲を広げることができます。これには、経済的制約から特定体験における困難まで、障害のある人が直面するさまざまな障壁を考える必要があります。一日の生活を振り返ってみてください。階段を何段上りましたか? 音声対応の行き先案内がどれだけありましたか? 歯を磨くのに両手を使いましたか? 現状を認識すれば、可能性を鋭く見極めることができます。

2. 仲間になる:デザイナーが社会的一体性をより重視すれば、仕事の質を高めることができます。しかし、それだけでは、あらゆる障害に対し配慮するデザインプロセスを生み出すことはできません。パネリストのザーナ・サイモン氏は、賃金を払って雇用することが最初の進歩だと言います。「該当するコミュニティーから人を雇いましょう。彼らは仕事を探しているのに、求人情報などの入手手段を持たないために締め出されてしまっています。彼らの仲間になってください」。自分が雇用する立場になくても、コミュニティー内における戦略的なパートナーシップを考えることは、より良い答えを導き、身勝手なデザインを防ぎます。

3. 今すぐ変化を起こす:世界を良くするには、より良いものをつくる必要があります。自社のウェブサイト、アプリ、製品のアクセシビリティーの監査を検討してください。大きな変更がいくつも必要かもしれませんが、小さなことから始めましょう。分かりやすくてアクセシビリティーを考慮した行き先案内の設置、非識字者でも使えるビジュアルデザイン、ウェブサイトでオフィスのアクセシビリティーを詳しく紹介するなど、まずは行動を起こし、そこから拡大させましょう。

社会的一体性の将来性

人々に不備のあるシステムを押し付けるのではなく、提供する製品やサービスがどれだけ社会的一体性に到達したかを起業の成功の判断基準とすることは、企業にとっても素晴らしい可能性をもたらします。成長を目指す多くの企業にとって、社会的一体性を実現する製品・サービスでユーザー層を拡大していくことこそ意味があります。体験のクオリティーに重点を置くことにより、顧客とブランドとの関係を深め、より多くの顧客を引き付けることができるのです。

 
ディスカッションを見守る満員の来場者。

frogの使命は人間の体験を進化させることです。それには、その体験に対する幅広い理解が必要だと考えます。「Designing for Inclusivity」の目標は、デザイン関係者にこのディスカッションでの会話を強く意識させることでした。

私たちは人間のためにデザインします。それはつまり、さまざまな人のためにデザインするということです。そのプロセスの一環が、人と話すことであり、人から学ぶことなのです。私たちは光栄にも製品やサービスを世の中に送り出すという役割を担っています。このありがたさを軽んじてはなりません。

社会的一体性を実現するデザインのためのリソース

下記のサイトは、皆さんのデザインプロセスに社会的一体性の概念を取り入れるために必要な情報を入手する、貴重な出発点となるでしょう。

 

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メラニー・ウィリアムズMELANIE WILLIAMS

アソシエート・クリエーティブ・ディレクター兼デザインリサーチ責任者であり、frogのヘルスケア事業での中心的役割も担う。専門はインタラクションデザインやデザインリサーチ、ユーザー体験、製品開発など。シカゴ市民の安眠を助ける製品の試作からケニア奥地での妊婦インタビューまで、彼女の人間に対する情熱が真のユーザー価値とビジネスチャンスの発掘につながっている。

twitter@htm_mel

ジャスティン・リー JUSTINE LEE

ナレッジマネージャーおよびグローバルマーケティングチームの一員として、frogの八つのスタジオを行き来しながら仕事をこなす。少数派から生まれた斬新なアイデアや魅力的な人々へスポットライトを当てることに注力。2016年には、相互理解を促すことを目的に、異なる政治的観点を持つ人々を集め、食事をしながら意見交換をする「Make America Dinner Again」というイベントを共同企画した。

twitter@justineraelee